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続折々の記 2022 ⑦
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【 04】07/29
     米:ロシヤと中国   田中宇の国際ニュース解説
        資源の非米側が金融の米国側に勝つ
     米、再び 0.75% 利上げ   景気後退の懸念 GDP 0.9% 減
        インフレ退治、不況の影 米個人消費、節約モード
        識者の見方 米FRB 0.75% 利上げ

 2022/07/29
米:ロシヤと中国    田中宇の国際ニュース解説

資源の非米側が金融の米国側に勝つ
 【2022年7月28日】ロシアは、自分たちが進めている下剋上の米国潰しの試みに中国が全面協力してくれると、とてもうれしい。だが中国には、米国側と対立せず経済関係を維持した方が儲かるので良いという考え方がある。ロシアが頼んだだけでは中国はあまり動いてくれない。だがそこに、米英が全力で中国を敵視する新たな政治力学が加わると、それならロシアに協力して米国側を経済的に潰してしまった方が早道だと考える傾向が中国で強まる・・・

資源の非米側が金融の米国側に勝つ  題目をクリックした詳細

2022年7月28日  田中 宇 (あと 56 日購読できます。会員メニューはこちら)
今年2月、ウクライナ戦争開始とともに、米欧日(米国側)が、ロシアを米国側の経済体制・金融システムから完全に追放する史上最強の経済制裁を発動した。米国は、対露経済制裁に協力しない国をロシアと同様に米国側の経済体制から追放するぞと言い出した。米国側から追放されたロシアは、中国やインド、イランなど、米国の支配に従属したくない非米諸国を誘い、非米諸国が全体として米国に依存しない独自の経済体制・金融システムを作ってそちらに移行し、米国側の経済体制・金融システムから離脱して逆に米国側のシステムを衰退・崩壊させようとする策を開始した。追放される前に出ていってやるわ、という姿勢だった。ウクライナ開戦とともに、世界は経済的に米国側と非米側に分裂し始めた。ウクライナ戦争はとろ火の状態で今後ずっと続くので、こうした世界的な分裂もずっと続く。 (米欧との経済対決に負けない中露) (優勢なロシア、行き詰まる米欧、多極化する世界)

非米諸国には決定的な強みがある。それは、世界の石油とガスの埋蔵量の大半を、非米諸国の国営石油ガス会社群が保有していることだ。世界的なエネルギー分析会社・シンクタンクであるウッドマッケンジー(本社英国なので権威あり)が最近まとめた報告書によると、世界の石油とガスの確定埋蔵量の65%が、ロシア2社、サウジアラビア、イラン、カタール、アブダビ、ベネズエラの国営石油ガス会社の保有だ。この7社をまとめて「新セブンシスターズ」と呼ぶ。1940-70年代に米国系7社と英国系2社の石油会社が世界の石油利権のほとんどを支配しており、それらの米英7社を「セブンシスターズ」と呼んでいた。かつては米国側が世界の石油を支配していた。だが今の米国側は、合計で世界の石油ガスの3割しか保有していない。 (WoodMac: Seven giant oil players have what it takes to keep up output for 40-60 years)

この10年間に発見された新規の埋蔵量は米国側より非米側の方がはるかに多く、新シスターズの優勢が増していく傾向だ。非米側では、ウッドマッケンジーがなぜか無視した中国の石油ガス会社も世界各地に多くの利権を持っている。旧シスターズなど米国側の石油ガス開発は、地球温暖化問題(という名の国際詐欺)の影響で阻止・自粛される傾向にあり、米国側が開発を放棄した世界各地の石油ガス田の利権が、非米側の国営企業のものになっていく。米国が巨額の軍事費と殺戮の末に占領したイラクの未開発の石油ガス田の利権の多くも、中露など非米側に取られている。 (Who Really Controls The World's Oil Reserves?)

埋蔵状態の石油ガスを消費地に送れるようにして商業化する技術はこれまで米国側が圧倒的に高い。非米側が持つ石油ガスの中には商業化できるか不確定なものも多い。だが、これまでは世界経済の全体が米国側に支配され、米国側が技術を独占し、途上諸国・新興諸国と呼ばれてきた非米諸国への技術の移転を妨害してきたので、非米側に石油ガス開発技術が蓄積されにくかった。今のように、米国側と非米側が決定的に分裂し、米国側が非米側を支配できなくなると、非米側が思う存分結束できる。非米側で比較的高い技術を持つ中露の結束が進むと、いずれ非米側の石油ガス開発技術が向上し、商業化できる割合が増す。米国側は、ロシアを思い切り敵視して完全制裁してしまったばかりに、露中など非米側を支配できなくなり、結束させ、優勢を与えてしまっている(隠れ多極主義)。 (ロシアが負けそうだと勘違いして自滅する米欧) (米諜報界を乗っ取って覇権を自滅させて世界を多極化)

世界の石油ガス利権が非米側に移っていることは、遅くとも15年前の2007年から指摘されていた。当時、権威ある英国系の新聞FTが、非米側の7つの国営石油ガス会社が世界の埋蔵量の3分の1を握り、どんどん優勢になっていると報じていた。7社の顔ぶれは今回のウッドマッケンジーと異なり、ロシア、中国、サウジ、イラン、ベネズエラ、ブラジル、マレーシアになっていたが、非米側が優勢、米国側が劣勢になっていく傾向は今と同じだ。世界を永久に支配したかったはずの米英が、なぜ15年以上前から世界の石油利権を非米諸国(新興諸国)に明け渡してしまっていたのかといえば、その理由は「金融による支配」だ。 (反米諸国に移る石油利権)

米英は1990年代以来、信用取引のトリックを使って石油ガス穀物金地金などすべてのコモディティの相場・価格を永久に引き下げておく技能を持っており、石油ガスの価格も低く抑えておけるようにした。石油ガス産業の利益は永久に低く抑えられ、そんな儲からない産業の利権を米英が持ち続ける必要はないので、非米側に下請けさせる意味で利権が移譲されていった。(昨今のような金融システム崩壊の可能性を考えると、石油ガス利権の下請け策は隠れ多極主義的だった。地球温暖化問題も、人為説の無根拠さと代替エネルギー源の不安定さを考えると、隠れ多極方向の詐欺だ。米国のシェールの石油ガス開発など、逆方向の流れもある。だが、それらを勘案しても、金融支配策に立脚した現物軽視はあり得る話だ) (ドルを否定し、金・資源本位制になるロシア)

米英は、起債や信用取引など金融技能で世界を支配し、資源など現物側の分野は新興諸国に下請けさせてきた。だがその後、2008年のリーマン危機から米英の金融技能が崩壊し始め、米英は中央銀行群のQE(造幣による相場テコ入れ策)で金融支配を延命してきたが、それも2021年からのインフレ激化で継続困難になり、ウクライナ開戦とほぼ同時の今年3月に米連銀がQEを終わらせた。 (ドルはプーチンに潰されたことになる) (ドルを否定し、金・資源本位制になるロシア)

そして、ウクライナ開戦と同時に、ロシアが強烈に制裁されて米国側の経済金融システムから排除され、世界が米国側と非米側に決定的に分離した。それまで米国側の「下請け」に甘んじていた非米側は、世界の資源類の大半を持ったまま米国側から離脱し、米国側に依存しない独自の決済・通貨システムを構築していくことになった(通貨システムといっても相互に自国通貨を使う原始的な段階だが。いずれ複数通貨をバスケットした新制度が実用になるか?)。米国側は金融技能を持っているが資源・現物をあまり持っていない。ロシアなど非米側の資源類が米国側に入ってこなくなり、欧州はひどい石油ガス不足で経済破綻が加速している。金融的な相場抑止策は効かなくなっている。下請けだったはずの現物を持つ非米側が、金融支配してきた米国側を覆す下剋上が起きている。 (現物側が金融側を下克上する) (Did Russia And China Just Announce A "New Global Reserve Currency"?)

ウクライナでの露軍の作戦は成功裏に進んでいる。国連によると、開戦以来のウクライナ市民の死者は、開戦から5か月近く経った7月12日にようやく5000人を超えた。負傷者は6520人だ。露政府でなく、国連の発表だから誇張はない。市民の死傷者がこんなに少ない戦争は珍しい。ウクライナ国民の半分前後はもともとロシアを敵視していない。だから露軍は市民をできるだけ殺さない。露軍の作戦は成功している。マスコミの歪曲報道に騙されてはいけない。露政府はウクライナの希望者全員に露国籍の取得資格を与えている。露国籍を申請したら逮捕だと人権侵害なことを言っているのはウクライナ政府の方だ。 (Civilian Toll in Ukraine Conflict Passes 5,000 Mark, UN Says) (Seeking Russian passport could mean jail for Ukrainians)

ロシアはドンバスからウクライナ軍を追い出し、次はその周辺地域をじわじわとロシア側に取り込もうとしている。ウクライナでのロシアの策略は今後も成功裏に進みそうだ。ロシアが優勢な限り、米国は欧日を従えてロシア敵視・対露制裁を続ける。ロシアは、欧州など米国側への石油ガス輸出が減った分、インドや中国など非米側への輸出を増やして穴埋めしている。開戦から時間が経つほど、ロシアから非米側への石油ガス輸出のルートが確立し、ロシアは米国側に輸出する必要がなくなる。ロシアは、ドイツへの天然ガスパイプラインであるノルドストリーム1の定期点検に絡み、カナダで修理したタービンの返還をカナダ政府が対露制裁の一環として一時拒んでいたことなどを理由に、欧州に送るガスの量をどんどん減らしている。欧州のNATO諸国は、ロシアを敵視してウクライナに兵器を送っているのだから、対抗策としてロシアが欧州にガスを送らなくなるのは正当防衛だ。 (Gazprom Unexpectedly Halts Another Nord Stream Turbine Cutting Flows In Half; European Gas Prices Soar) (Media Miss Major Moves On Russia-Ukraine)

欧州の天然ガスのスポット価格は、石油換算で1バレル330ドルに相当する額まで高騰している。欧州の人々は石油ガス電力が足りなくなり、生活苦が増している。この状態が続くと、企業倒産と大量失業、社会混乱、行政サービスの低下、反政府運動、暴動などがひどくなり、既存の左右のエリート政党の人気が落ち、ポピュリズムが勃興して選挙での政権転覆になる。ポピュリズム政権は、EU当局や米国やNATOの言うことを聞かなくなり、勝手にロシアと和解して資源を送ってもらいたがる。EUもNATOも機能不全に陥って崩壊していく。米国が欧州を傘下に入れていた時代が終わっていく。この過程に何年かかるかまだ不明だ。ロシアは悠然とかまえ、少しずつガスの輸出を減らしていく。プーチンは、18世紀のスウェーデンとの21年戦争を引き合いに出して、欧州との対立がこれから21年間続いてもロシアはかまわないよ、と言ったりしている。欧州人はゾッとしている。21年よりはるかに短い期間で、欧州はロシアに屈服する。欧州のエリートたちは、自分たちの支配が失われるぐらいなら、米国を無視してロシアと和解したくなる。 (ロシア敵視が欧米日経済を自滅させ大不況に) (French left and right-wing populist parties unite to crush Macron's vaccine travel mandate)

日本は、欧州に比べて実質的なロシア敵視がかなり少ない。安倍晋三を殺された自民党(岸田)は、その後、殺害黒幕の米国の言いなりになってロシア敵視を増すかと思いきや全くそうでなく、日本政府はロシアにお願いしてサハリン2の利権(資本の持ち分)を維持することを決めた。安倍は何のために殺されたかという感じだが、その分析はあらためて書くとして、日本は水面下でロシアとの協調姿勢を維持している。日本はたぶん中国とも隠然と協調し続けている。これから米英が台湾などを材料に中国敵視を強めても、日本(自民党+官僚)はそれにできるだけ参加しないようにする。こうした敵対回避策により、日本人は欧州人よりましな生活を送り続けることができる。 (安倍元首相殺害の深層) (日米欧の負けが込むロシア敵視)

米英は、これからさらに中国敵視を強める。米国からはペロシ下院議長が8月に台湾を訪問しそうだ。共和党議員団の中からもペロシの台湾訪問を支持する声が増えている。バイデンは、インフレ緩和のために中国からの輸入関税を引き下げる親中国政策をやりたいのでペロシの台湾訪問に反対してきたが、議会の超党派での攻勢で反対し切れなくなっている。英国では、最近の中国敵視の急先鋒をつとめてきたリズ・トラス外相が、親中国派だったリシ・スナク元財務相を破って次期首相になりそうだ(マスコミ報道と裏腹に。まだ流動的だが)。米英が中国敵視を強めるほど、中国は、ロシアによる「資源を持つ非米側が、金融で支配する米国側を倒す下剋上」に協力するようになる。中国敵視の強化は、米英の上層部(諜報界)を牛耳る隠れ多極派による、米覇権自滅と多極化の策である。 (Biden Administration Fears Pelosi Taiwan Trip Could Spark Cross-Strait Crisis) (UK candidates’ militancy and imperialism threaten to bring Britain down)

プーチンのロシアは、自分たちが進めている下剋上の試みに中国が全面協力してくれると、とてもうれしい。だが中国には、米国側と対立せず経済関係を維持した方が儲かるので良いという考え方がある。ロシアが頼んだだけでは中国はあまり動いてくれない。だがそこに、米英が全力で中国を敵視する新たな政治力学が加わると、それならロシアに協力して米国側を経済的に潰してしまった方が早道かも、と考える傾向が中国(習近平の頭の中)で強まる。これがウクライナ開戦直後だったら、ロシアが優勢になるかどうか不明だったが、今ではもうロシアの優勢は揺るがず、欧州など米国側が自滅していく流れも不可逆になった。中国がロシアに協力して米国側を潰すなら今だ。まさにそういうタイミングを狙って、ペロシが台湾に送り込まれ、英国で中国敵視のトラスが首相になりそうになっている。この超自滅的な流れを統御しているのは、米諜報界の隠れ多極派だろう。プーチンは、この流れの創設者でなく、米国の隠れ多極派が創設した策略に便乗している人である。 (The United States is building a coalition of its adversaries) (US losing influence at UN)

便乗者であるが、プーチンはとても上手だ。最近はシリア内戦解決のための非米側のサミット出席のためにイランを訪問し、露イランの間で軍事や石油ガス開発などの経済協力の話をまとめた。米国がイスラエルの圧力を受けてイラン核協定を再開できず、イランを米国側に引き戻すことに失敗し続けている間に、プーチンがイランに接近して非米側に取り込んでしまっている(もともとイランを米国側に引き戻すことはブッシュ政権以来できないことだったが)。中露イランが非米側の中核として結束すると、そのまわりにいる中央アジア諸国、トルコ、アラブ諸国、アフガニスタン、インドなども引っ張られて非米側に入る傾向を増し、ユーラシアは非米側の大陸になり、そのぶん米覇権が低下する。最近の記事に書いたように、プーチンはガスのパイプラインを使って中央アジアやアフガニスタン、インドを取り込む外交も展開している。 (インドへのパイプラインでアフガンを安定化するプーチン) (Gazprom, Iran Sign Tentative $40BN Energy Deal As Russia Threatens Europe Gas Supply)

非米側と米国側の対立に関して、非米側が世界の石油の大半を握り、米国側の金融バブルが大崩壊して覇権が衰退しても、しょせん非米側は貧しい国々ばかりなので、非米側が世界経済の中心になるはずがない、と考える人がいるかもしれない。その考えは、これまで米国側(米英)が世界支配を恒久化するために非米側の経済発展を阻止してきたことを忘れている。下剋上が完遂し、非米側が米国側の妨害なしに発展できるようになると、貧しかった非米諸国が経済発展しやすくなる。それから20年もすれば非米側にたくさんの中産階級が生まれ、経済発展が軌道に乗った状態になる。貧しい状態のまま抑止されてきた非米諸国を経済発展させることは、多極派の背後にいる国際資本家たちが望んできたことでもある。米諜報界の多極派がプーチンを誘い込み、中国を引っ張り込み、イランを奮い立たせて、米国の覇権を自滅させ、非米諸国の長期的な経済発展を引き出そうとしている。 (田中宇史観:世界帝国から多極化へ) (資本の論理と帝国の論理)

このテーマはまだ書きたいことがいくつもあるし、この記事もまとまりが悪いが、続きはあらためて書く。


 2022/00/00
米、再び 0.75% 利上げ      景気後退の懸念 GDP 0.9% 減

 米国の中央銀行にあたる米連邦準備制度理事会(FRB)は27日の会合で0・75%幅の利上げを決めた。前回6月会合に続いて通常の3倍となる異例の上げ幅で、利上げは4会合連続。今回の利上げで政策金利の誘導目標は2・25~2・50%となった。物価高(インフレ)の抑え込みを優先したい考えだが、急激な引き締めによる景気後退懸念が強まっている。▼2面=不況の影、7面=識者の見方

 26~27日の連邦公開市場委員会(FOMC)で全会一致で決まった。FRBは年末までに政策金利を3・4%程度まで引き上げることを想定。年内に残り3回の会合でさらに1%幅程度の利上げが見込まれるが、次回9月会合での上げ幅についてFRBのパウエル議長は「データ次第だ」とも述べ、今後の経済指標を慎重に見極める考えを示した。

 6月の米消費者物価指数(CPI)は、1981年11月以来の前年同月比9・1%の大幅上昇で、生活必需品の高騰が米国民の暮らしを直撃している。パウエル氏は「物価の安定は経済の根幹だ」と述べ、インフレの抑え込みがはっきりするまで、金融引き締めを続ける考えを強調した。

 一方で利上げが個人消費の伸びを鈍化させており、米経済の先行きへの懸念が高まっている。28日発表の4~6月期の米実質国内総生産(GDP)は年率で前期比0・9%減となり2四半期連続でマイナスだった。2四半期連続でマイナスとなると、市場では一種の景気後退とみなされることが多い。(ワシントン=榊原謙)

▼2面=不況の影(時時刻刻)
インフレ退治、不況の影 米個人消費、節約モード ガソリン代高騰「スタバ断ち」

写真・図版  好調だった米国経済に、景気後退の影が迫っている。深刻な物価高(インフレ)は米国民の消費を圧迫し始め、企業は業績の悪化に身構える。コロナ禍にウクライナ危機が追い打ちをかけて景気の減速が各国で進み、「世界同時不況」の様相になりつつある。▼1面参照  「もうスターバックスに通うのはやめよう」  好調だった米国経済に、景気後退の影が迫っている。深刻な物価高(インフレ)は米国民の消費を圧迫し始め、企業は業績の悪化に身構える。コロナ禍にウクライナ危機が追い打ちをかけて景気の減速が各国で進み、「世界同時不況」の様相になりつつある。▼1面参照

 「もうスターバックスに通うのはやめよう」

 カリフォルニア州ロサンゼルスの会社員コセ・デラトーレさん(40)は6月、自宅で家計簿アプリを見て決心した。アプリは毎月約150ドル(約2万円)をスタバに使っていると表示していた。通勤時に店で飲み物を買うのが習慣。「目が覚め、仕事に集中できる。生活の一部になっていたが、節約しないといけない」

 朝の楽しみを奪ったのはガソリン代の高騰だ。週に1度の給油は以前は50ドル(約7千円)ほどで済んだのに、今年に入りみるみる上昇。6月にはついに80ドル(約1万1千円)超まで跳ね上がった。6月のレギュラーガソリンの全米平均価格は1ガロン(約3・8リットル)あたり5ドル(約680円)を超え過去最高に。全米でガソリン価格が最も高い同州は6ドル(約810円)を超えた。

 少しでも安いガソリンスタンドを探し回るようになり、今は周辺より1ガロンあたり数十セント安いスタンドに通う。それでも急速なガソリン代の上昇にはかなわず、「スタバ断ち」に追い込まれた。

 ガソリン代は前年同期比59・9%増、食費同10・4%増、ガス代同38・4%増――。6月の米消費者物価指数(CPI)は40年半ぶりの上昇率となった。生活必需品が軒並み高騰し、デラトーレさんのように消費を絞る米国民は増えている。

 全米自動車協会の調査によると、ガソリン代の捻出のために買い物や外食を控えたり、車の運転を減らしたりした消費者は64%にのぼった。米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長は「消費者の支出の伸びは大きく鈍った」と認めた。

 弱含む消費は、企業業績にも影響を与えている。米小売り大手ウォルマートは今月25日、今年の業績予想を下方修正した。マクミロン最高経営責任者(CEO)は声明で「食品と燃料のインフレ率の上昇が消費行動に影響を及ぼしている」と説明。在庫が積み上がる衣料品を値下げする方針だ。

 米グーグルやメタ(旧フェイスブック)などIT大手は、新規採用の一部凍結や抑制の方針を打ち出した。グーグルは、景気の先行きを敏感に反映する広告の減少に悩む。今年4~6月期決算は、コロナ下での急成長から減速した。

 米メディアによると、メタのザッカーバーグCEOは社内会議で「我々が最近の歴史で見てきた中で最悪の停滞」と語った。米電気自動車大手テスラは先月、約200人を解雇したことが報じられた。

 国際通貨基金(IMF)は今月26日、今年と来年の米国の経済成長率の見通しを大幅に引き下げた。予想以上の個人消費の弱さに強力な金融引き締めが加わって景気は今後大きく減速し、来年10~12月期の成長率は先進国最低水準の0・6%まで落ち込むと見込む。「(米国が)景気後退を回避するのはますます難しくなっている」(IMF)とみる。(ロサンゼルス=真海喬生、サンフランシスコ=五十嵐大介)

 ■日本経済に影響の恐れ 円安・原油・輸入物価・輸出…

 米国経済の行方は、日本の金融市場や生産の現場にも大きく影響する。

 28日の外国為替市場では、対ドルの円相場が前日夜より一時2円超円高に振れ、1ドル=134円台をつけた。

 前日のFRBのパウエル議長の会見で、これまであからさまに想定される利上げ水準を口にしてきたパウエル氏が「オン・ザ・テーブル(○○が検討される)」との決まり文句を封印。「金融引き締めが進めば、利上げペースを落とす公算が大きくなる」とも語ったため、利上げのペースが緩むとの見方が拡大。日米の金利差縮小が意識され、ドルを売って円を買う動きが進んだ。

 為替市場では3月以降、大規模な金融緩和が続く日本と利上げが進む米国で金利差が広がったため、円を売って金利が高いドルが買われ、一時1ドル=139円台まで円安が進んだ。だが、急激な利上げで米国の景気が減速するとの懸念が高まってドルが売られ、円安には一服感が出ている。

 三井住友DSアセットマネジメントの市川雅浩氏は「円安が加速した春以降から状況が変わりつつある」と指摘。「米国の将来的な利下げを見込んでドル安円高方向に転換する要因となりうる動きだ」と話す。

 一方で原油などを輸入する際にはドルが必要で、「エネルギー価格高騰によるドル需要の高まりなど実需で円安になっている面もあり、すぐに春以前の水準に戻るわけではない」とみる。円安の流れが大きく変わらなければ、輸入品の物価高は続く懸念がある。

 また、財務省の貿易統計によると、2021年度の対米輸出額は約15兆4千億円と、全体の2割弱を占める。日本が輸出した部品が他国を経由して完成品として米国へ輸出される分も含めると、「米国の景気が悪化すれば、米国向けだけでなく、アジアへの輸出も落ち込む可能性がある」(ニッセイ基礎研究所の斎藤太郎氏)。

 日本の製造業は部品の供給不足などに直面している。米国の需要が落ち込めばさらなる打撃となり、設備投資や賃金にも影響する可能性がある。

 日本銀行の雨宮正佳副総裁は28日の記者会見で「米国が経済の安定とインフレ抑制をうまく両立させることは、日本経済にも大変重要だ」と語った。

 米国を始め各国で進むインフレで、世界経済は減速懸念が高まっている。IMFは22年の世界のインフレ率が8・3%に跳ね上がると推計。各国の中央銀行は金融引き締めに走り、景気後退が同時発生するおそれがある。

 FRBはインフレの抑え込みには年末までに政策金利を3・4%程度まで引き上げるのが適切とする。そのため、残り1・0%幅の利上げを年内にある残り3回の会合で達成することが想定されるが、想定通りにインフレが収まる保証はなく、景気後退を引き起こす懸念は絶えない。

 パウエル氏は会見でこう語った。「ソフトランディング(軟着陸)をめざしているが、簡単ではない」(小出大貴、徳島慎也、ワシントン=榊原謙)

▼7面=識者の見方
米FRB0.75%利上げ、日米の専門家に聞く

 米連邦準備制度理事会(FRB)が27日、前回会合に続いて0・75%幅の大幅な利上げを決めた。急激な物価高(インフレ)を抑えるためだが、米国の景気減速への懸念も強まっている。日本に与える影響はどうなるのか。日米の専門家に聞いた。▼1面参照

 ■見えてきた着地点、円安一服か 野村証券チーフエコノミスト・美和卓氏

 FRBの0・75%幅の利上げは、市場の予想通りで特に驚きはない。ポイントは、今後の金融政策の見通しだったが、従来にくらべて利上げのペースダウンや着地点が垣間見える内容だった。

 日米の金利差が広がることで急激に進んできた円安ドル高傾向だったが、米国の利上げ終了の見通しが見え始めたことなどを受けて、円安ドル高が一服した。今後は円安傾向が落ち着くとみられ、金融緩和を続ける日本銀行への政策修正圧力も沈静化する可能性がある。

 パウエル議長は会見で、急激な利上げに伴う米国の景気後退を否定していたが、年末にかけて景気後退の局面が来る可能性を考えておく必要がある。米国の景気後退は、日本の景気にも波及するだろう。

 米国が景気後退することで、世界経済にかげりが出て、日本の輸出が鈍化することが懸念される。輸出関連企業の生産活動が低下すると、雇用の削減が起きたり、ボーナスなどの給与削減が起きたりする可能性もある。家計心理が大きく悪化することによって国内の消費に影響が出て、日本の景気が減速することも考えられる。

 (聞き手・山本恭介)

 ■景気とインフレ対策、中間の道 元FRB副議長、ドナルド・コーン氏

 米国経済がすでに景気後退入りしているとは考えていない。景気後退とは、経済活動が広範囲にわたって低下することを意味するが、企業はかなり速いペースで雇用を増やしている。仮に自社製品の需要が減少すると考えれば、企業はこれほど雇用を増やさない。求人は多く、失業率も低い。FRBは失業率の多少の上昇は容認してでも、インフレ抑制に焦点を当て続けている。

 問題は、金融引き締めは早くやめればインフレがぶり返しやすい一方で、長く続けると深刻な景気後退を招く点だ。FRBのパウエル議長はこのことをよく認識したうえで、「狭い道」を歩くと言っている。それは、この両方の問題の中間を進むという意味だ。

 ただ、FRBがコントロールできない要素が多いことも確かだ。今のインフレがウクライナ危機やコロナ禍による影響、中国での都市封鎖(ロックダウン)、変異株のために仕事に戻らない人々の存在などに起因しているからだ。今後さらに商品価格が高騰し、サプライチェーン(供給網)に問題が生じれば、景気後退を伴わずに、インフレ率をFRBがめざす2%台にまで下げることは困難だろう。(聞き手・ワシントン=榊原謙)