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折々の記 2009 I

【心に浮かぶよしなしごと】

【 01 】11/08〜        【 02 】11/14〜        【 03 】11/15〜
【 04 】11/21〜        【 05 】11/26〜        【 06 】12/01〜
【 07 】12/03〜        【 08 】12/13〜        【 09 】12/17〜


【 8 】12/13

  12 13 平山郁夫と仏教思想
  12 16 市田柿の魅力
  12 00 

 12 13 (日)  平山郁夫と仏教思想

 【平山郁夫】

 12 02 に亡くなられた平山郁夫の追悼番組が放映されました。 数年前、青年師範の同級会の折、信州高遠美術館で落着いた渋味のある平山郁夫絵画展をみる機会がありました。

これまで平山郁夫についての知識は全くなかった老生にとって、二歳年下の方で広島原爆の体験を持ちそこから立ち上がって絵筆をもって平和を願い続けてきた経歴に、心の奥深くから頭の下がる思いでした。

戦争という人の醜い現実を見てきたものにとって、心の平安は “ 釈迦の教えに拠るしかない ” という確信にたどり着くまでいろいろの戸惑いにも翻弄されてきました。

平山さんは絵という作品を通して心の証を残しました。 素晴らしいことです。

平山さんについていろいろと調べてみました。

@ NHKのテレビ

NHKアーカイブス「シルクロード・祈りの旅人 平山郁夫」
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   チャンネル :総合/デジタル総合
   放送日 :2009年12月12日(土)
   放送時間 :午前10:05〜午前11:25(80分)
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   今月2日に亡くなった画家平山郁夫さんの足跡をNHKアーカイブスを交えてゆかりの深い方々と振り返る緊急特別番組。
   現代に「平和」を訴え続けた日本絵画界の重鎮を悼む。
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   【ゲスト】画家…田渕俊夫,京都大学名誉教授…樋口隆康,女優…真野響子,
   【コメンテーター】元国連事務局長…明石康,評論家…高階秀爾,元薬師寺総管司…安田暎胤,
             水墨画家…フー・イーヤオ,
   【司会】桜井洋子
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A 朝日新聞の訃報

   http://www.asahi.com/obituaries/update/1202/TKY200912020262.html

日本画家、シルクロード 平山郁夫さん死去 79歳2009年12月2日

 【流沙・朝】

 日本画壇の第一人者で、シルクロードを描いた作品で知られ、文化財保存活動にも尽力した文化勲章受章者の平山郁夫(ひらやま・いくお)さんが、2日午後0時38分、脳梗塞(こうそく)で死去した。79歳だった。

 広島県で生まれ、旧制中学3年で被爆した。東京美術学校(現・東京芸術大学)で、日本画家の前田青邨(せいそん)に師事。卒業後母校の助手となり、1953年に日本美術院展に出品して初入選。以後、同展を拠点に発表し、59年発表の「仏教伝来」や61年の「入涅槃(にゅうねはん)幻想」などで評価され、仏教やシルクロードの歴史・風物、各地の文化遺産などを主題にした作風を確立する。

 また、法隆寺金堂や高松塚古墳の壁画の模写に従事。中国・敦煌の石窟(せっくつ)寺院を守るために、展覧会を開催して得た2億円を寄付するなど、世界の文化遺産の保存・修復活動を展開した。カンボジアのアンコールワットやアフガニスタンのバーミヤン仏教遺跡なども含む広い範囲を対象とし、「文化財赤十字」構想を唱えてライフワークとした。

 その一方、73年から東京芸大の教授を長らく務めて後進の指導にあたり、89年に同学長に。95年に一度退いたが、2001年に再び選ばれて05年まで学長を務めた。その間、98年の文化勲章や03年度の朝日賞など受章・受賞を重ねた。このほか、所属していた日本美術院の理事長に就いたのをはじめ、日中友好協会会長や日本育英会会長、日本ユネスコ国内委員会会長などの要職を歴任した。

B 読売新聞の訃報  (2009年12月2日)

    http://www.yomiuri.co.jp/national/culture/news/20091202-OYT1T00672.htm?from=nwla

日本画の第一人者、平山郁夫氏死去

 【敦煌莫高窟(シルクロードの心)】

 シルクロードを描き続けた日本画家で、国際的な文化財保護に尽力した文化勲章受章者、平山郁夫(ひらやま・いくお)氏が2日午後0時38分、脳こうそくのため都内の病院で亡くなった。79歳。

 自宅は神奈川県鎌倉市二階堂120の14。

 広島県の生口島に生まれた。広島市内の中学に在学中、勤労動員先で原爆に遭った。1947年、東京美術学校(現東京芸大)日本画科予科に入学。卒業時に日本画科の副手に選ばれ、前田青邨(せいそん)に師事した。

 53年、院展初入選。原爆の後遺症の中で、仏典をインドから持ち帰った唐僧・玄奘を描いた59年の「仏教伝来」で注目された。さらに61年の「入涅槃(ねはん)幻想」などで釈迦への敬慕の念を表現する一方で、シルクロードを舞台にした「仏伝シリーズ」で評価を高めた。

 70年代のシルクロードブームもあって、平和への祈りを叙情的に描き出した一連の作品は幅広い人気を獲得。2000年末には「仏伝シリーズ」の集大成として、奈良・薬師寺玄奘三蔵院に「大唐西域壁画」を描き上げた。

 制作のため砂漠や高地を旅する中で、人類の遺産である文化財を守ることが平和につながるとの信念を深め、アフガニスタンのバーミヤン遺跡などの保護運動に取り組んだ。「国際文化財赤十字運動」を提唱し、88年にユネスコ親善大使に任命されたほか、国際会議や学術調査に奔走した。

 96年に仏レジオン・ドヌール勲章、98年に文化勲章、01年にマグサイサイ賞。母校の東京芸大学長を2度務めたほか、日本美術院理事長、日中友好協会会長など画壇内外の要職を務め、政財官界に幅広い人脈があった。2008年に北京とパリで個展を開いたが、その前後から体調を崩し、名誉職などを退任していた。

C Wikipediaによる平山郁夫の紹介

    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E5%B1%B1%E9%83%81%E5%A4%AB

平山郁夫 - Wikipedia

旧制広島修道中学(現修道中学校・高等学校)3年在学中、勤労動員されていた広島市内陸軍兵器補給廠で広島市への原子爆弾投下により被災[1]。この被爆経験が後の「文化財赤十字」活動などの原点になっている。

第二次世界大戦後は実家に近い旧制忠海中学(現広島県立忠海高等学校)に転校した。ここでは高橋玄洋と同級生となっている。卒業後、清水南山(祖母の兄)の強い勧めもあり東京美術学校(現・東京藝術大学)に入学。前田青邨に師事する[1]。

東京芸術大学で助手を務めていた1959年ごろ、原爆後遺症(白血球減少)で一時は死も覚悟したなか玄奘三蔵(三蔵法師)をテーマとする『仏教伝来』を描きあげ院展に入選する。以降、郁夫の作品には仏教をテーマとしたものが多い。

 【月 (シルクロード)】

仏教のテーマはやがて、古代インドに発生した仏教をアジアの果ての島国にまで伝えた仏教東漸の道と文化の西と東を結んだシルクロードへの憧憬につながっていった。

郁夫は1960年代後半からたびたびシルクロードの遺跡や中国を訪ね、極寒のヒマラヤ山脈から酷暑のタクラマカン砂漠に至るまでシルクロードをくまなく旅している[1]。その成果は奈良・薬師寺玄奘三蔵院の壁画に結実している。

アッシジのサン・フランチェスコ聖堂壁画の模写、法隆寺金堂壁画の模写、高松塚古墳壁画の模写や[1]、ユネスコ親善大使として北朝鮮の高句麗古墳群の世界遺産登録推進に寄与した功績で韓国政府より修交勲章興仁章受章、「文化財赤十字活動」の名のもとカンボジアのアンコール遺跡救済活動、敦煌の莫高窟の保存事業、南京城壁の修復事業、バーミヤンの大仏保護事業などの文化財保護や相互理解活動を評価されるなどその活動は幅広く社会への影響も大きい。

D 陶壁画「広島生変図」

 【陶壁画「広島生変図」】

平山郁夫画伯は1945(昭和20)年8月6日、学徒動員中の陸軍兵器支廠の材木置場(現在の南区仁保にあった)で被爆し故郷の瀬戸田町へ避難途中黄金山で数時間にわたり広島全市が炎に包まれているのをぼうぜんと見つめていた。34年後原爆死没者慰霊碑の前に立った時、平和の灯があの日目にした炎と重なって見えたという。

この生変図は被爆体験を自分の原点と考える画伯の唯一の原爆の絵である。けっして滅びることのない平和、生まれ変わって生き続ける「不死鳥ヒロシマ」のイメージを表現している。この陶壁画は、広島県立美術館に所蔵されている原画をもとに、世界恒久平和を念じる多くの人々の善意と協力により製作設置されたものである。 1994(平成6)年8月6日「広島生変図」陶壁画製作会

 “ 広島で被爆した私(平山)は、平和の祈りは描き続けたが、直接的に原爆図は描かなかった。 1978(昭和53)年8月6日お参りした私は、記念堂の灯に、被爆の業火が甦った。 広島は不死鳥のように生きよと、火焔の中で不動明王が呼び、今も生きていると、広島の被爆を描いた。 作品からは原爆の悲惨さや戦争の愚かさよりも「広島は決して滅んだわけではない、生まれ変わって生き続けているんだ、ということを表現したかったんです。” 平山さんの言葉

    http://yutaka901.web.infoseek.co.jp/page1ba2.html
      <1ba2 陶壁画「広島生変図」(平山郁夫)>

このサイトを開くと、もう少し鮮明な「広島生変図」が見られます。 右上の方に不動明王が描かれているのが判ります。

E 「広島生変図」へ寄せたブログ  2009/08/05

静謐の裏の不動明王―平山郁夫氏 ― あなたの子どもを加害者にしないために  

    http://nakaosodansitu.blog21.fc2.com/blog-entry-1700.html

8/3朝日新聞連載の「被爆国からのメッセージ」は、日本画家の平山郁夫氏だった。

被爆して逃げる途中、
『崩れた民家の台所で飲もうとした水から漂う死臭が、今も鼻を離れません。血や、人の体が焼けるにおいが立ちこめました。』

『足のない人、黒焦げになって「水をくれ」とうめく人。塵芥のように人が亡くなる。地獄でした。』

平山氏は悪夢、めまい、貧血に悩まされ続ける。 それでも、
『原爆をただ告発しても救いがない。怒りではなく、平和を願い、経験を糧に前に進むことが重要だと。真の仏教を伝えるため、インドから中国に命がけで教えを持ち帰った玄奘三蔵が思い浮かびました。その年「仏教伝来」を描き、一生のテーマにしました』

平山氏は怒りを祈りに代えた。

真の平和のために命をかける。 三蔵法師の姿に、真(まこと)の行為を見たのだろう。

彼は、芸術を通して宇宙の理を伝えようとした。 理屈ではなく、感性で。

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その静謐な作品の裏には憤怒の思いもあっただろう。 それが現れたのが、「広島生変図」だ。

『「広島生変図」(79年)は、平和記念式で目を閉じたときに浮かんだ光景です。怒りや悲しみを乗り越え、不死鳥のごとくよみがえる広島の姿です』

とても、心に残る絵だ。 上記の画面右上に描かれているのは不動明王。
右手に煩悩を断ち切る降魔の剣、左手に煩悩から抜け出せない人々を自由の地へと救い上げる羂索(けんじゃく=投げ縄)を握る不動明王は、大日如来(光)の化身とも言われている。

その意は、宇宙の理に従わない者を恐ろしい姿で教え諭し、外道に進もうとする者を正道に戻すなど、積極的に介入を行う大日如来のもう一つの姿である。

釈迦仏陀が、「我、悟りを開くまではこの場を立たず」と決心して菩提樹の下に座した時、魔が押し寄せてきた。このとき、降魔の印を静かに結び退散させたが、不動明王はそのときの釈迦の決意を表した姿とも言われているそうだ。

「広島生変図」は、平山氏の心の内を表したものだと思った。
怒り、恨み、憎しみ、悲しみ、復讐心…カルマの火が我が身を焼き尽くしている。我が身を焼き尽くされながらも、不動明王は不退転の決意でその火を見据えている。

わずかにでも心に隙ができれば、瞬く間にカルマの火に飲み込まれてしまうだろう。飲み込まれたが最後、自分自身が怒れるカルマの塊となって周囲を焼き尽くしていくだろう。

【「広島生変図」の中の不動明王

平山氏は我が身の内に業火を感じつつ、心の内に不動明王を置いているのである。平山氏が、その穏やかな風貌や悠久を感じさせる絵柄の裏に、憤怒の決意を秘めていることがわかる。

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ニキ・ド・サンファルを思い出した。

『不死鳥が再生のために、身を焼き尽くす炎を通り抜けねばならぬように、私も行き着くところまで行かねばと、自分を痛めつけたのです。心だけでなく、体にも火がつきました。苦しみを味わい、犠牲を払うことによってのみ、自由を感じることができます』
【愛は実在する―内なる魔と闘ったニキの物語】

まさに身を焼き尽くす業火。
このような業火(カルマの火)を心に抱えている人がたくさんいる。
とても辛く、苦しい思いをされている。
ニキのように『行き着くところまで行かねばと、自分を痛めつけた』人も多い。

が、心の業火に踊らされていては自分も周囲もを灰にしてしまう。
だから、自分の中に不退転の不動明王を置かなければならない。

火は、それがどのような業火であれ、燃え尽くせば消える。

そして、その跡には

生まれたばかりの、何ものにも汚されていない不死鳥(フェニックス)が、

かわいい産声を上げている。

F 平山郁夫 日本画・版画作品在庫一覧 <株式会社シバヤマ>

    http://www.shibayama-co-ltd.co.jp/hirayama.htm
      平山郁夫 日本画・版画作品在庫一覧 <株式会社シバヤマ>  コピー可能

G平山郁夫 作品 - Google 画像検索

    http://images.google.co.jp/images?hl=ja&source=hp&q=%E5%B9%B3%E5%B1%B1%E9%83%81%E5%A4%AB+%E4%BD%9C%E5%93%81&lr=&um=1&ie=UTF-8&ei=IyQmS7nQIo6TkAX08NynAw&sa=X&oi=image_result_group&ct=title&resnum=4&ved=0CCgQsAQwAw
      平山郁夫 作品 - Google 画像検索  コピー可能

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I

 12 16 (水)  市田柿の魅力

12日の朝日新聞8面、全面広告で市田柿が紹介されました。 


市田柿の再発見 !!

  平井俊次

     “柿博士”こと平井俊次氏プロフィール
     1942年長野県飯田市生まれ
     1987年農学博士号(大阪府立大学)を取得
     【主な著書】●カキ果実の成熟・貯蔵・加工中における呈味成分の変化に関する研究
     ●ふるさとの健康食品●信州伊那谷の食再訪-素材に伝わる健康と文化
     ●食に学ぶ●身近にあるくだものの機能性●食の歳時記など、他多数


  市田柿は、ポリフェノールの宝庫



 市田柿は、ポリフェノール含量と、ラジカル捕捉活性が極めて高いことが最近の研究で明らかになりました。ドライフルーツ類のポリフェノール量とラジカル捕捉活性値を図に示しました。
 市田柿は、他の果実に比べて、この両者が群を抜いて多く含まれていて、素晴らしい食品です。
 タンニン、フラボノイドなどのボリフェノール類は、ヒトの健康維持に役立ちそうです。 

  “神の食べ物”KAKI

 生柿には、ポリフェノールのほか、ビタミン類、カロテン類、食物繊維、ミネラル類など機能性の高い成分が多く含まれています。干し柿は、生柿を乾燥させて約1/3位に濃縮したものです。
 正に、柿の学名Diospros Kaki(ディオスピュロス カキ…神の食べ物の意)に恥じない食べ物です。

  古くから知られていた飯田・下伊那地方の干し柿



  【写真左】 立石寺(りっしゃくじ)には江戸時代の柿問屋さんらによる柿の絵額が奉納されていました。

 長野県の飯田・下伊那地方は、長い歴史を有する干し柿の産地です。文献で確認できるものでも500年以上になります。310余年前の江戸中期(元禄8年)に刊行された食療書として名高い「本朝食鑑」には、”信州の立石(たていし)の小串柿”が記されています。

  【写真右】 江戸時代に、この地区から干し柿を馬・牛・船で江戸まで運んでいたという絵額が保管されていました。

 この小串柿が立石柿と呼ばれ、現在の長野県飯田市の三穂地区を中心に、下伊那郡下で作られていた干し柿(串柿)で、現在の”市田柿”の前身になった柿です。この”市田柿”は、下伊那郡高森町市田地区にあった渋柿の中から大粒で良質な柿を選抜して、大正10年に改称したものです。


紹介したのは次の「市田柿のかぶちゃん農園」でした。

    http://kabuchan.biz/
       <ようこそ 市田柿のかぶちゃん農園へ>

このサイトへジャンプして『市田柿』を開き、‘市田柿の歴史’と‘市田柿の「力」’に上記枠内の内容が紹介されています。

さらに、このブログには豊富なデータが掲載されています。

   カテゴリー
          市田柿日記 (106)
          かぶちゃんレシピ (126)
          かぶちゃん農園ニュース (33)
          ゴーヤ君通信 (17)
          園主より (22)
          野菜ソムリエのお話 (9)

詳しい日記は多くの写真が載せられており、とても参考になります。

ところで、‘ ポリフェノール ’ とか ‘ ラジカル捕捉活性 ’って何なのだろうか。 調べてみました。

■ ポリフェノールってなに?

     http://www.kenkou-yama.com/polyphenol.html
       <ポリフェノールの効能について>

ポリフェノール
ポリフェノールとは近年その効能が注目され、よく耳にするようになった。
ポリフェノールは、フラボノール、イソフラボン、タンニン、カテキン、ケルセチン、アントシアニンなど植物が光合成を行うときにできる物質の総称です。
糖分の一部が変化したもので、植物の葉や花、樹皮などに成分として含まれており、植物自身が生きるために持っている物質ですが、人のからだの中に入っても、抗酸化物として有効に働くことが明らかになっています。
ポリフェノールは動脈硬化、心筋梗塞、脳梗塞、がんなどの病気の原因となる活性酸素に対して戦う抗酸化物質です。
    
  ポリフェノールの種類  含まれるもの
  カテキン  緑茶
  アントシアニン  ぶどう、いちご、ブルーベリー
  ルチン  そば
  イソフラボン    大豆、豆腐、納豆
  ケルセチン    玉ねぎ、ほうれん草、ブロッコリー、春菊
  クロロゲン酸  コーヒー

ポリフェノールは現在、続々と確認されていますが、その構造はそれぞれ少しずつ異なりますので、身体の老化に伴う不調から自分を守り、 いつまでも若々しくありたいのなら、色々なタイプのポリフェノールをまんべんなく取り入れることが重要です。

     http://www.eromap.jp/
       <ポリフェノール@研究所 効果・効能・含む食品など>

 非常に詳しい解説が載っています。

■ ラジカル捕捉活性ってなに?

     http://libweb.nagoya-wu.ac.jp/kiyo/kiyo50/ks5007.pdf
       <ナスポリフェノール量がラジカル捕捉活性および抗酸化活性に及ぼす影響>

     http://www.pref.shiga.jp/e/ef45/kikansi_eiseikankyou/105-02.pdf
       <食品の抗酸化活性>

 要するに、病気の原因となる活性酸素に対して戦う抗酸化物質と理解していればよいようです。