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折々の記 2015 ④
【心に浮かぶよしなしごと】

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【 04 】05/16

  05 16 戦争反対の燎火   篝火を絶やさないように !!!
  05 16 天声人語   浮き草の日本の総理大臣
  05 17 田中宇の国際ニュース解説   ①②③④ の 4本

 05 16 (土) 戦争反対の燎火   

戦争反対の燎火(篝火=カガリビ)を絶やさないように !!!



      ① (社説)安保法制、国会へ この一線を越えさせるな
      ② 安倍演説への違和感
      ③ (声)戦争行為を容認する安保法制
      ④ (耕論)この道しかないのか 田中秀征さん、植木千可子さん



2015年5月15日05時00分 (社説)
① 安保法制、国会へ この一線を越えさせるな
   http://digital.asahi.com/articles/DA3S11753997.html

 安倍内閣は新たな安全保障政策の関連法案を閣議決定した。きょう国会に提出する。

 安倍首相は先月の米議会での演説で、この安全保障法制について「戦後初めての大改革だ。この夏までに成就させる」と約束した。

 だが、その通りに成就させるわけにはいかない。

 ◆合意なき歴史的転換

 集団的自衛権の行使を認めた昨年7月の閣議決定は、憲法改正手続きを素通りした実質的な9条改正である。

 法案の成立は行政府の恣意(しい)的な解釈改憲を立法府が正当化し、集団的自衛権の実際の行使へと道を開くことになる。

 そうなれば、もう簡単には後戻りできない。この一線を越えてはならない。

 一連の法整備を前提とした「日米防衛協力のための指針」の改定を、ケリー米国務長官は「歴史的転換」と評価した。

 思い起こしてみよう。首相は昨年5月の記者会見で、母子が描かれたパネルを見せながら邦人輸送中の米艦船を自衛隊が守ることの必要性を訴えた。

 ところが、新たな指針はそんな事例をはるかに飛び越え、自衛隊が米軍の活動を世界規模で補完する可能性を示している。自らの軍事負担を軽くしたい米国が歓迎するのは当然だ。

 この歴史に残る大転換の是非を、日本の国会も国民もまだ問われてはいない。

 法案の内容は多岐にわたるが、その起点となったのは9条の政府解釈を変更した昨年7月の閣議決定だ。

 それまで政府は9条のもとでは集団的自衛権の行使は認められず、認めるには憲法改正が必要だとしてきた。

 自衛隊が合憲とされてきたのは、「自衛のための必要最小限度の実力」であると解釈されてきたからだ。だが、限定的であろうと集団的自衛権で他国を防衛できるとなれば、必要最小限度の範囲を逸脱してしまう。

 集団的自衛権の容認は、米軍からの様々な要請を断ってきた憲法上の根拠を自ら捨て去ることにもなる。

 ◆平和国家の変質

 米軍などに弾薬を提供し、航空機に給油する。「後方支援」とはいっても、実態は軍需補給の「兵站(へいたん)」だ。米軍などと戦う相手から見れば、自衛隊は攻撃すべき対象となる。

 自衛隊が、世界中で米軍の活動に組み込まれる。そして、米国と一緒になって戦う国と見なされる――。これは、様々な曲折をへながらも築いてきた憲法9条に基づく平和国家としてのありようの根本的な変質だ。幅広い議論と国民合意がなければ、なしえないものである。

 周辺の安全保障環境が厳しくなるなかで、本当に日本の平和と国民の安全に必要だというのなら、安倍首相はそのための憲法改正を国会に働きかけ、国民投票で是非を問わねばならなかったはずだ。

 安保政策の急転換は、集団的自衛権だけではない。

 これまで自衛隊が他国軍の後方支援をする場所は、「非戦闘地域」に限られていた。新たな法案ではその概念はなくなり、自衛隊が活動できる場所は他国軍の戦闘現場にぐっと近づくことになる。しかも、その場所は日本周辺に限らず地球規模で想定されている。危険を背負うのは現場の自衛隊員である。

 ◆国会がなすべき仕事

 新たな法制は、集団的自衛権の行使を認める武力攻撃事態法など10の法律の一括改正案と、海外で他国軍を後方支援する国際平和支援法案からなる。

 このなかには、米軍の世界戦略とは関係なく、日本の国際貢献という面から審議しなければならないテーマも含まれる。

 国連平和維持活動(PKO)や人道支援などでの日本の活動のあり方は積極的に議論されてしかるべきだ。政府案に丸ごと賛成というわけではないが、自衛隊が実績を重ねてきたなかで見直すべき点があるのなら修正し、さらなる貢献につなげればいい。

 このほか、警察や海上保安庁では手に負えない武力攻撃一歩手前の「グレーゾーン事態」への対処も、もっと議論が必要だろう。

 11法案の一本一本が十分な時間をかけて審議されるべき重い内容を持つ。いっしょくたに審議していまの国会でまとめて成立させようという政府・与党の方針は乱暴すぎる。

 安倍政権は一連の法案を成立させてしまえば、民主主義国として正しい手続きを踏んだというだろう。内閣が政策実現のため憲法を実質的に改めてしまう立憲主義の逆立ちに、国会がお墨付きを与えることになる。それは立法府の自殺行為だ。

 極めて重要な国会論戦になる。採決に向けてただ時間を費やすだけの審議は許されない。

 与野党の議員に求めたい。

 政権ではなく国民の声を聞くことを。すべての国民の代表にふさわしい判断を下すことを。

 ◆この記事に関するニュース

  (声)戦争行為を容認する安保法制(5/15)
  安保11法案、今夕閣議決定 国会審議、下旬から(5/14)
  (社説)安保法制の与党合意 戦後日本の危うい岐路(5/12)
  (社説)与党安保協議 巨大法案で見失うこと(4/16)
  (読みとき 安全保障法制)安保、14の問い(4/3)
  (社説)与党安保協議 ああ、つじつま合わせ(3/14)
  (社説)安保法制の与党協議 立ち止まって考えること(3/9)



2015年5月15日05時00分 (社説余滴)
② 安倍演説への違和感
     村上太輝夫
     http://digital.asahi.com/articles/DA3S11753994.html

 先月末にあった安倍首相の米議会演説は東アジアをめぐる歴史認識問題に焦点が当たったが、それよりも私が違和感を覚えたのは、日米関係史を語ったくだりだ。

 「日本にとって米国との出会いとは、すなわち民主主義との遭遇でした。それは150年以上前にさかのぼり、年季を経ています」

 幕末にやって来たペリー提督やハリス総領事が米国の民主政治を日本に伝えたとは、ちょっと聞いたことがない。彼らの狙いは捕鯨船の寄港地、そして貿易相手としての日本だったはずだ。

 もっとも、明治になると自由民権運動が始まるから、そのあたりを含めて近代初期の日本に米国の影響があったと安倍首相は言いたかったのかもしれない。そう考え直して、信頼する近代史学者に相談したところ、一笑に付された。「首相が間違ったことを言うのは珍しくないだろう。ばかばかしい話には付き合いたくない」という当人の意向で名前は伏せる。以下はその先生の話。

 国会開設を目指した民間の運動は、英国の議院内閣制を模範とした。フランスの思想に影響を受けた急進的な主張も展開された。もちろん、独立革命をはじめとする米国の政治動向は知られていたが、運動に影響があったとは言い難い。

 一方、明治政府が帝国憲法を練り上げるにあたってモデルにしたのはドイツだった。米国は共和制だから、天皇を中心とする制度を設計する日本にとって、手本にはならなかった。

 ――という次第で、安倍史観を支える米国要因は、残念ながら発見できなかった。

 安倍首相は、リンカーンのゲティズバーグ演説にも触れている。日本人は、あの「有名な一節」に「民主政治の基礎を求めてきた」と。

 それはその通りだ。「人民の、人民による、人民のための政治」は、日本国憲法前文に引き継がれている。「米国の民主主義との遭遇」を語るなら、150年以上前まで無理にさかのぼらなくても、ふさわしい挿話が69年前にあったのだ。

 ところが、安倍首相は憲法には言及しなかった。

 外交と安全保障で米国に依存しながら、その米国が「押しつけた」として現行憲法は否定したがる。戦後の一部保守派が抱え続けた矛盾が演説に反映されたと考えれば、奇妙なことではないのだろう。(むらかみたきお 国際社説担当)


2015年5月15日05時00分 (声)
③ 戦争行為を容認する安保法制
     無職 岸伸輔(栃木県 75)
     http://digital.asahi.com/articles/DA3S11753999.html

 安倍政権は安全保障法制の関連11法案を閣議決定した。自衛隊の海外活動を大幅に拡大するという。あれよあれよという間に日本が戦争に近づいていくかのようで、危機感を覚える。

 「集団的自衛権の行使」が安保法制の大きな柱だという。安倍晋三首相は、その例として中東・ホルムズ海峡での機雷掃海をあげた。機雷を敷設する国としてイランが想定されているという。だが、イランがそんなことをすれば米国と軍事衝突し、国の生命線である石油の輸出ができなくなる。そこまで愚かな国とは思えない。安倍首相の主張は、法案を正当化するための方便ではないだろうか。

 安保法制のもう一つの柱は戦争中の他国への後方支援だ。対象には南半球の豪州も含まれるという。豪州の軍隊を自衛隊が助ける状況とは何なのか。そもそも、いつから日本が豪州と緊密な同盟国になったのか。この点も政府は十分に明らかにしていない。

 後方支援には、他国軍に対する弾薬などの提供や給油も含まれるという。これは、戦争行為にほかならない。戦争を放棄した憲法9条の下で、このようなことが許されるわけがない。


2015年5月15日05時00分 (耕論)
④ この道しかないのか
     田中秀征さん、植木千可子さん
     http://digital.asahi.com/articles/DA3S11754016.html

 敗戦から70年。日本の安全保障政策は大きな曲がり角を迎えた。占領期に起源を持つ自衛隊の役割は、日米安保条約の改定や冷戦終結、対テロ戦争への協力を経て、さらに広がりそうだ。日本が進むべきは、この道しかないのだろうか。

 ◆国連重視の石橋構想、今こそ 田中秀征さん(元経済企画庁長官)

 かつて日本の針路や安全保障の基本戦略を考え直す絶好の機会がありました。ベルリンの壁が落ち、東西冷戦が終結した1990年代前半です。宮沢喜一元首相は私に「冷戦の終結は二、三百年に一度の歴史的変動」と言いましたが、この大きな転換期の時代的要請に応じることができなかった。同時期にバブルがはじけたのも不運でしたが、肝心の政治が小選挙区制の導入に無我夢中でした。

    *

 <2匹の猛獣解放> それから20年。現代世界は冷戦時代の檻(おり)に閉じ込められていた2匹の猛獣が解き放たれて、時代の動向を支配しています。

 政治における過激な「ナショナリズム」と経済での野放図な「グローバリズム」です。有効に制御されない2匹は、人類の将来に大きな不安定要素になるでしょう。

 ユーゴ内戦から始まったナショナリズムの勢いは、年々強まって、いまでは抑止することが極めて困難になっています。国家、民族、宗教が複雑に絡み、手に負えない存在になりつつあります。

 人、物、金が国境を越えて動くグローバル経済は功罪両面ありますが、最近は格差の拡大など社会的矛盾が深刻化しています。

 国によっては、2匹の猛獣をあおる傾向が強まっています。経済の落後者にナショナリズムの旗を与えれば、内戦、テロ、覇権主義は拡大の一途をたどるでしょう。

 冷戦期に棚に上げられていた戦争責任に関する歴史認識についても、それぞれの立場でナショナリズムを先鋭化させています。

 こうした時代に日本がどうすべきか、実に難しい問題です。

 集団的自衛権を行使して日米の軍事的一体化を進めることは、決して賢明な選択とは思えません。世界とアジアに新しい冷戦構造を作ることにもなりかねません。ロシア、朝鮮半島、中国――。大陸の東岸全体とにらみ合って生きていくことは、お互いにとってこの上なく不幸なことです。

 この際は、安倍晋三首相が祖父、岸信介元首相の同盟強化路線を引き継ぐのではなく、岸氏の先代である石橋湛山元首相の国際協調路線に転換すべきだったと、私は確信しています。

 石橋氏は56年末に自民党総裁に就任。4日後に日本の国連加盟が実現して首相に指名された時、「国連に加盟して国際的に口をきくためには、義務を負わなければならない。義務を負うということは軍備ということも考えられる」と述べ、無法国に対して国連が一体として立ち向かう軍事制裁行動への参加を示唆しました。

 しかし、わずか2カ月で石橋氏は病気退陣し、岸氏が後継首相となります。石橋氏が集団的自衛権(同盟)よりも集団安全保障(国連)を重要視した点で2人の首相には大きな違いがありましたが、石橋構想は厳しい冷戦下では説得力に乏しかった。常任理事国の拒否権により、国連の集団安全保障も機能不全のままで、結果的には岸路線に軍配が上がりました。

    *

 <好機を生かせず> その後、思いもかけず米ソ冷戦が終わり、国連は創設当時の理想を実現できる好機を迎えました。湾岸戦争で国際社会が一丸となり理想の実現に確かな手応えも感じました。しかし、世界も日本もあの好機を生かせませんでした。結局は指導者たちの構想力と本気さが足りなかったからでしょう。

 米国議会での演説で安倍首相は今回の安保改革を「戦後初めての大改革」と言いました。しかし、憲法改正も日米安保条約改定もせず、「国際公約」をテコに断行する「大改革」に国民的協力が得られるのか、はなはだ疑問です。

 首相は「積極的平和主義」を強調しますが、日本はいざというときに「世界から必要とされる国」を目指すべきです。そのためには、自由な立場と独立性を堅持したい。いまこそ石橋構想を実現する方策を考える時です。日米同盟強化以外の選択肢を、国民に提案できる政党や政治家の出現が求められます。(聞き手 編集委員・駒野剛)

    *

 たなかしゅうせい 40年生まれ。83年衆院初当選。新党さきがけ代表代行、細川政権で首相特別補佐、橋本内閣で旧経企庁長官。著書に「日本リベラルと石橋湛山」など。



 ◆「戦うべき戦争」はあるのか 植木千可子さん(早稲田大学教授)

 集団的自衛権の行使を認めることは大きな変化です。これまでとは違う世界に踏み込みます。それなのに政府は少しだけ変わるかのように説明し、国民もそれぐらいならいいと思っているようです。

 日本は専守防衛を掲げ、自分からは攻撃も紛争への関与もしない、軍事的には孤立主義で来ました。集団的自衛権の行使は、それを捨てて「国際主義」へ転換することを意味します。「自分を守る国」から「ほかの国も守る国」への根本的な転換です。そうした議論がどれだけあったでしょうか。政府にも覚悟があるでしょうか。

 そもそも、何を守るのか。それを議論し、では現行憲法では守れないのか。守れないなら改憲するのか。守れないとしても改憲はしないのか。そうした議論をしないまま、現行憲法と現行法との整合性を無理にとろうとしたため、極めて複雑でわかりにくい法制となっています。その結果、抑止が低下する危険や、海外に派遣される自衛隊員の安全が確保できない可能性が懸念されます。

 国際紛争が起きた時に適正に対応できるのか。どういう事態の時にどこまで介入するのか。これまで日本は、安全保障ではなく外交的な観点から判断してきました。今後、主体的に判断できるのでしょうか。よその国の判断にゆだねてしまう懸念がぬぐえません。

    *

 <世界と意識ズレ> 日本と世界との意識のズレも気になります。世界を見れば、中長期的には日米とも国力は相対的に低下していく。欧州の先進諸国も同様です。課題は二つ。国際秩序をどう維持発展させていくか。そして中国とどう協調していくか。

 大国同士の戦争は考えにくい一方、中東やアフリカなどで国内統治が弱まった地域が国際テロの温床になり、その結果、世界が全体的に住みにくくなっていく。国際社会はそれを懸念しています。

 主要国が集団で米国と一緒になって国際秩序を維持する。その中に中国も入れていく。そういう形でしかこの世界は維持できない。これが多くの国の考え方です。ところが日本は中国を潜在的な脅威だとみなす一方、国際テロに対する脅威の意識は低い。

    *

 <ツケきかぬ同盟> 北東アジアではいまだに古典的な形の戦争、つまり国家対国家の戦争をイメージしていますが、世界全体では対テロや感染症、温暖化といった国際安全保障の責任をどうとるかが課題です。日本政府は「積極的平和主義」という今風の言葉を使っていますが、一昔前の問題が関心の中心のようです。

 新たな安保法制によって日米同盟は強化されるのでしょうか。米国の求めに応じやすくすることで、より守ってくれるようになる、という考えだと思います。でも同盟相手に「ツケ」はききません。これをやったから次はよろしくというのは期待できない。米国はそのつどそのつど判断します。むしろ米国に対して日本が「出来ない」と答えると、これまで以上に米国は失望し、同盟が一致していないと見せるリスクがあります。

 日本が安全保障面で新しい一歩を踏み出すのなら、さきの戦争を自分たちで総括することが必要です。当時の日本社会のどの仕組みが機能しなかった結果、あの戦争が拡大し、多くの命が奪われたのか。誰がではなく、どういう制度があったら、あそこまでひどくならなかったのかを知り、今後に生かすためです。

 その上で、これを機会に考えてほしいことがあります。日本が「戦うべき戦争」はあるのかということです。もし今、世界のどこかに「アンネ・フランク」がいたら? 民族浄化などで著しい迫害を受けている人がいると分かったら、日本は救うべきでしょうか。

 私は救うべきだと考えます。アンネを放置することは住みにくい世界を認めることになる。国際秩序を維持するため、日本はもう少し積極的にほかの国と一緒にやっていくべきではないでしょうか。(聞き手 編集委員・刀祢館正明)

    *

 うえきちかこ 08年から現職。専門は国際安全保障。米マサチューセッツ工科大学安全保障プログラム客員研究員も。著書に「平和のための戦争論」など。

 05 16 (土) 天声人語   浮き草の日本の総理大臣

こんな総理大臣でいいはずはない !!!


2015年5月16日05時00分 
天声人語
   有事に銃をとる者
   http://digital.asahi.com/articles/DA3S11756148.html


▼この8日は、第2次世界大戦でのドイツ降伏から70年の日だった。当時の様子を仏紙は、若者たちが頭に旗を巻きつけ、勝利に熱狂してパリの大通りをジープで走り抜けたと書いた。そして、「それも当然だ。若者にとって危険は去ったのだ」(『廃墟〈はいきょ〉の零年1945』から)。

▼戦争が始まれば、駆り出されるのは若者だ。「平和な時には子が父の弔いをするが、戦いとなれば父が子を葬らねばならないのだ」。古代ギリシャの歴史家の言葉は、不変の真実を言い当てている。

▼集団的自衛権の行使を含む安全保障関連法案が、きのう国会に提出された。海外での自衛隊の活動を一気に広げ、「普通の軍隊」に近づける法案である。内容も進め方も、問題の多さは類を見ない。

▼近く審議が始まるが、拙速が心配される。論じるのは、何かあっても銃をとる立場の者ではない。政治家も識者も、当方ら言論人も。しかも人口の8割は戦後生まれで、戦争を肌で知る人は少ない。

▼「こんなに危険なことを、なぜ国民が反対しないのか。家族は不安でいっぱいのはず」。自衛官の母親の声を本紙が伝えていた。今の米国もそうだが、徴兵制のない国で、とかく「戦争」は一般国民とは関係のない他人事(ひとごと)になりがちだ。

▼「米国の戦争に巻き込まれることは絶対にあり得ない」と首相は言った。こうも易々(やすやす)と「絶対」という語を用いるものかと、言葉の軽さに驚いた。自衛官や家族はどう聞いただろう。政治家自ら戦うことは「絶対にない」だろうが。

 05 17 (日) 田中宇の国際ニュース解説    ①②③④の4本

最近取り上げた田中宇の国際ニュース解説

    【2015】②【02】03/08
    ① ISISと米イスラエルのつながり<02/22>
    ② EU統合加速の発火点になるギリシャ<02/25>
    ③ QEやめたらバブル大崩壊<03/01>
    ④ テロ戦争を再燃させる<03/03>
    ⑤ 日銀QE破綻への道<03/05>

    【2015】②【05】03/18 この項の 03 20
    ⑥ QEの限界で再出するドル崩壊予測<03/11>
    ⑦ 金本位制の基軸通貨をめざす中国<03/14>

    【2015】③【03】04/19 この項の 04 22
    ⑧ 加速する日本の経済難<04/14>
    ⑨ 日本をだしに中国の台頭を誘発する<04/16>

きょう取り上げた田中宇の国際ニュース解説

    ① 現金廃止と近現代の終わり<04/22>
    ② 人民元、金地金と多極化<04/26>
    ③ 出口なきQEで金融破綻に向かう日米<04/28>
    ④ 多極化への捨て駒にされる日本<05/10>



2015年4月22日 田中宇の国際ニュース解説①
① 現金廃止と近現代の終わり
    http://tanakanews.com/150422cashless.htm

 1年ほど前に「世界の決済電子化と自由市場主義の衰退」という記事を書いた。イスラエルやフランスなどが、現金を廃止してすべての決済を電子化する計画を進めていると知ったのが、この記事を書いたきっかけだった。その後、イスラエルからは報道が出てこないが、フランスでは今年9月から、現金決済の法定上限額が3千ユーロから1千ユーロに引き下げられる。 (世界の決済電子化と自由市場主義の衰退) (They Are Slowly Making Cash Illegal)

 外国人観光客の現金利用の上限も、1万5千ユーロから1万ユーロに下がる。銀行は、1カ月間に1万ユーロ以上の現金の預金化や預金の現金化について当局に通報する。イタリアやスペインも、現金決済の制限を強化しつつある。南欧では「多額の現金を使うのは悪い人」になりつつある。今年1月の、大騒ぎになったパリの「イスラム」テロ事件以来、フランスでは「テロ対策」の重要性が喧伝され「テロ対策のために現金を廃止しよう」という政策が人々に受容されるようになっている。 (The War On Cash Is Here And They're Slowly Making It Illegal) (テロ戦争を再燃させる)

 米シティ銀行の分析者(Willem Buiter)は、最近の欧州のようなマイナス金利の時こそ現金を廃止する好機だと説いている。欧州ではQEなど金融緩和策によって金利がマイナスになり、銀行に多額の預金をおいておくと金利を取られて元本が減る。多くの投資家が、できるだけ資産を預金でなく、できるだけ現金にしようとする。当局が、投資家の資産現金化を放置すると、マイナス金利策の効果が薄れる。現金を廃止し、資金のやり取りを電子的な口座間取引だけにすれば、人々は資金をどこかの口座に入れておくしかなくなり、口座から金利または手数料の形で徴集することで、当局がマイナス金利策を確実に実行できる。 (Citi Economist Says It Might Be Time to Abolish Cash)

 EUが今の時期に現金廃止・決済総電子化を進める、これ以外のもっと大きな理由があると、私は考えている。それは、EU統合による国民国家制度の終了(縮小)との関係だ。今後EU統合が進むほど、EUにおける徴税は、各国家でなくEUが統括して行う傾向が強まる。フランス革命で国民国家が発足して以来「納税」は、兵役と並び、国民が国家の主権者であることに付随する、愛国心に基づいて喜んで行うべき義務だった。国民国家は、教育や世論形成(マスコミ)によって国民の主権者としての自覚(愛国心、ナショナリズム)を涵養し、喜んで納税や兵役を行うようにする。国民国家制度がうまく機能していると、国民は喜んで納税するので、国民の収入が現金という匿名性の高い資産の形で得られる状況でも、収入の現金を秘匿して脱税を試みる国民が少なく、高い徴税効率を維持できる(実際はそんなにうまくいかないが)。 (覇権の起源)

 欧州諸国がEUに国家統合される際、同時に愛国心も統合し、従来の各国の愛国心の代わりにEU全体の愛国心「愛欧心」を人々に植えつけられれば(愛国心が統合可能なものか疑問だが)、人々が喜んで納税する状態を維持できる。しかし現実を見ると、EU当局は、国家統合をいくら進めても、新たなEUナショナリズム(愛欧心)の創造を試みていない。EU統合は、愛国心やナショナリズムの統合を含んでいない。

 EU統合の目的の一つは「欧州諸国間の戦争抑止の恒久化」だ。戦争は、各国が自国を強化しようとして敵対的な愛国心を相互に扇動する時に起こりやすい。愛国心の涵養と扇動は、強い国民国家を作るための策であると同時に、せっかく作った国民国家を破壊する戦争を引き起こしやすい諸刃の剣だ。EU統合の際、欧州各国の愛国心を統合すると、欧州諸国間は戦争しにくくなるが、代わりにEUは、ロシア、イスラム世界、米国など外部勢力との間で相互のナショナリズムを扇動して戦争になりやすくなる。EU上層部の人々は、ナショナリズムなしでEUを統合し、各国の旧来のナショナリズムを長期的に弱めることを画策していると考えられる。

 ナショナリズムや愛国心、民族意識の超越は、究極の戦争抑止策であり、人類史上、近現代(モダン)の終わり(まだ名前もついていない新たな時代の始まり)を意味する。これは人類の「進化」だが、同時に、人々に喜んで納税させてきた徴税制度はどうなるのかという問題を含んでいる。何も策をとらないと、愛国心の低下と反比例して脱税が増える。現金廃止と決済電子化を進めれば、国民が愛国心を発露して納税の手続きをわざわざとらなくても確実に徴税でき、とりあえずの対策ができる。

 欧州内でも、ドイツや英国は、現金利用について規制を設けていない。EUを主導する独仏のなかで、現金利用について放任派のドイツと規制派のフランスが齟齬をきたしている。これが過渡期の役割分担なのか、フランスの試みに対してドイツが否定的であるのかはわからない。

 米欧マスコミでは、現金廃止・決済総電子化が、テロ対策(犯罪防止)や、徴税効率の向上の観点から好意的に語られることが多いが、政治的な観点からは、与党や当局が、反政府的な野党や活動家の行動を監視してスキャンダルを起こしたり言論封殺に使うことが考えられるので、民主主義の阻害要因になる。与党や当局は、全国民がいつどこで何にお金を使ったかデータベースを検索し、野党や反政府派の行動を監視することが容易になる。与党は、台頭しそうな野党政治家を事前に潰し、政権交代を防げる。野党は、電子決済のデータベースを検索できないので与党のスキャンダルを暴けず、この点で民主主義が弱体化する。 (What happens to democracy in a cashless society?)

 電子決済は、誰と誰の間でいついくら決済されたか政府当局が把握できるが、これは当局が決済システムを運営もしくは監督している場合だ。電子決済の中でもビットコインなど、決済当事者以外の人が決済の内容を知ることができないよう暗号化をほどこしてある場合は、むしろ現金よりも当局による決済の把握が困難だ。だから、ビットコインに対して人々が悪い印象を持つような策が、諜報機関やマスコミによって行われている。ウィキリークスが、正義感に基づく当局関係者の悪政暴露の匿名性を暗号化技術によって高め、米当局がウィキリークスを攻撃しているのと同じ構図だ。

 業界別に見ると、すでにレンタカー代金やホテルの宿泊代といった人々の移動(旅行)に関する決済は世界的に、犯罪防止策としての個人特定を理由に現金払いが歓迎されずカード決済が奨励され、人々の移動が監視されている。インターネットや携帯電話など通信の分野も同様だ。現金廃止は、こうした監視をさらに強化する。米国ルイジアナ州では、中古品の売買を現金で決済することを禁止する州法が2011年から存在している。中古品は誰でも売れるので、徴税と治安維持(監視)の両面から、記名式決済が義務づけられてる。この傾向は今後広がるだろう。 (The Criminalization of Cash)

 グーグルなどが、全人類の電子メールやブラウザの閲覧履歴、スマホ保有者の今いる場所の位置情報などを盗み見することを、米当局(NSAなど)に許可している(もしくはグーグル自身が諜報機関として機能している)ことも含め、全人類の活動の全体が、米国や自国の当局によって監視される状況が強まっている。 (覇権過激派にとりつかれたグーグル) (米ネット著作権法の阻止とメディアの主役交代) (全人類の個人情報をネットで把握する米軍諜報部)

 人類は、この状態に「慣れる」「がまんする」しかない。年寄りにとっては「とんでもない」ことだろうが、若い世代は生まれた時から監視されるのが当然なので違和感が少ない。「プライバシーは死んだ。二度と戻ってこない」と、情報工学のハーバード大教授(Margo Seltzer)が今年のダボス会議で語っている。人類は「進化」でなく「退化」している(進化、退化という二元論はインチキくさいが)。なぜこんな状況になっているのか。一つ考えられるのは「経済成長の鈍化」との関係だ。 (Privacy is dead and it's never coming back)

 18世紀末以来、国民国家革命(諸国の独立)と産業革命(経済成長)という2つの革命が、欧州から世界に広がったのが人類史上の近現代だった。ナショナリズムで強化された民主主義の国民国家が、匿名決済の現金利用に象徴される自由市場経済を維持して経済成長するのが近現代の世界のモデルであり(自由市場経済の対照物として計画経済の社会主義も発案された)、これらが失敗して経済成長が鈍化するとナショナリズムの扇動が悪化して戦争が起きる仕掛けだった。しかし近年、先進諸国はもはや成熟して経済成長できない。米国や日本では、通貨を無制限に増刷して株価を吊り上げ、これを経済成長だと偽っている。 (QEやめたらバブル大崩壊)

 近現代モデルの発祥の地である欧州では、国民国家やナショナリズムを捨てるEU統合が進められ、現金の廃止が試みられている。もう一つの先進国で、覇権国でもある米国は、世界の経済成長の主軸が中国などBRICS・新興諸国に移転することに合わせ、国際政治の構造を多極型に転換する隠れ多極主義を推進している(近現代は「米英覇権の時代」でもあった)。これらの転換はおそらく、近現代のモデルに基づく先進諸国の経済成長の時期が終わりつつあることと関係している。

 BRICSや新興諸国の多くは一応、国民国家のモデルを使っているが、先進諸国よりモデルに対するこだわりが少ない。多民族なので国民国家モデルに適合しにくい国も多い。中国は民主主義でないし、自由市場主義だが社会主義を掲げている。BRICSが主導する今後の世界の経済成長には近現代のモデルが適用しにくく、長期的に別のモデルが形成されていく可能性がある。その意味で今後、近現代が終わりになるかもしれない。

(私は以前、ナショナリズムを統合しないのでEU統合は近現代の終わりを意味しないとか、BRICSの勃興は近現代の範疇を出ない「モダンの出戻り」だといった趣旨を書いた。しかし今考えると、EUがナショナリズムを放棄すると考えれば近現代の終わりだと言えるし、BRICSが今後もずっと近現代の規範を重視し続けるかどうかわからない。今は多極型世界への転換の初期であり、転換した後の状態はまったく見えてこない) (多極化とポストモダン)

 現在、国民国家の重要性が低下するとともに、民主主義が重視される傾向も低くなっている。米国の2大政党制は911以来、両党が好戦策を競い合って違いが減り、無意味になっている。日本は鳩山政権が倒されて以来、自民党が官僚傀儡化を強めて政権に戻り、官僚独裁制が強化されている(311震災は官僚復権のまたとない好機となった。「がんばれ東北」が延々と喧伝されるのは、その本質が「がんばれ官僚」だからだ)。米国も日本も民主主義が形骸化しているが、これは民主主義の国民国家制を維持しても経済成長できなくなったことと関係している。

 民主主義が必要ないなら、政府や与党が国民への監視を強め、政権交代を抑止してもかまわないことになる。経済成長が鈍化すると暴動や犯罪が増えるので、それを抑止する「防犯」のためにも国民への監視強化が必要だ。次の時代の経済成長を担う中国など新興諸国は全体的に、強い政府が国民を監視する体制が好きなので、監視強化は大歓迎だ。新興諸国は徴税体制が弱いので、現金の禁止で徴税効率を上げられるのも歓迎だ。民主主義や言論の自由、プライバシーの尊重は今後、近現代から次の時代への移行とともに、終わっていく可能性がある。

 とはいえ、現金廃止・決済総電子化は、人々の「できるだけ実体がある、自立した価値を持つかたちの財産を好む」という経済行動原理に反しており、失敗するという指摘もある。現金廃止は、超モダンな電子マネーによる資産備蓄につながるのでなく、近代以前の金地金備蓄を煽りかねないという見方だ。次回はそれについて有料配信で分析する。


2015年4月26日 田中宇の国際ニュース解説②
② 人民元、金地金と多極化
    http://tanakanews.com/150426gold.php

1カ月ほど前、中国が、ロンドン金地金市場における支配権を拡大し、米英金融界がドルの強さを維持するためにやってきた金相場の下方歪曲策が無効になっていく一方、中国政府がひそかに貯め込んできた金地金を使って人民元を金本位制の国際基軸通貨の一つに昇格させるつもりでないかと書いた。 (◆金本位制の基軸通貨をめざす中国)

 3月20日にロンドンの金地金市場の改革が行われ、金相場の値決めに直接携わる銀行(LBMA値決め会員)の数が増え、そこに中国の国有銀行が入ることで、米英金融界による金相場歪曲策を中国が阻止する、というのが私の予測だった。しかし、ふたを開けてみると、3月20日に新たにロンドン金市場の値決め会員になった銀行は、米国のゴールドマンサックスとスイスのUBSだけで、中国勢は入らなかった。事前のFTなどの報道は、中国勢の加盟する可能性が高いように書いてあったのだが・・・。 (No Chinese banks in new London Gold Fixing system - yet) (Gold Fix Replacement Gets More Participants, No Chinese Yet) (Chinese banks to join new Gold fix from March)

 ぜんぶインチキな話か?、とも思ったが、この直後、英国が米国の反対を押し切って中国主導のAIIB(アジアインフラ投資銀行)に入る話が出てきた。ロンドン金市場を監督する英国が、必死に中国にすり寄っている。もし中国が望むなら、簡単に金市場(LBMA)の値決め会員になれるはずだ。 (日本から中国に交代するアジアの盟主)

 中国政府が金地金に強い関心があるという前提自体が、米国の「地金おたく」の作り話なのか?。そんな風に迷いつつも、3月20日以降の金相場の推移を見ていると、それ以前と微妙に様子が違っていることに気づいた。以前は、そろりそろりという感じで上昇した後、これでも食らえという感じで急落し、急落すると金融界の「アナリスト」らが「地金相場は1オンス800ドルまで下がるぞ」と脅しをかける展開が続いていた。しかし3月20日以降は、1オンス1200ドルをはさんだ小動きの展開がずっと続いている。上げるのも下げるのも、そろりそろりと様子を見ながらやっている。1200ドルで談合が成立しているかのようだ。 (Gold Prices for the Last 90 Days in US Dollars)

 米国の「地金おたく」たちによると、中国は今すぐ地金相場を引き上げたいと考えておらず、しばらく安値を継続して地金の備蓄を増やし、いずれ少しずつ値上がりさせ、これまでの米英勢による下落歪曲分を是正するつもりだという。このシナリオに沿って考えるなら、とりあえずの1オンス1200ドルの談合はあり得る。英国政府が中国にしっぽを振っているのだから、中国の国有銀行が日々の値決めに入って値動きを監視しなくても、英国の銀行が英中政府の意を受けて相場談合をしてくれる。中国勢が値決め会員になると、米英マスコミに「中国が金相場をつり上げている」と書かれる。目立たない手口の戦略を好む中国としては、自国の銀行が値決め会員にならない方が好都合だ。 (操作される金相場)

 そのうち何らかの兆候が見えてくるのでないかと思っていると、IMF世銀総会(4月17-19日)直後の4月21日、ブルームバーグ通信が興味深い記事を流した。中国政府(人民銀行)は、金地金の備蓄量について09年に1054トン(世界第8位)と発表したきりで、その後発表がないが、中国の地金輸出入などから同通信社が概算したところ、中国政府の金備蓄はその後の5年間で3倍以上になり、今は3510トン(米国に次ぐ世界第2位)になっているという。中国は、この金備蓄を人民元の信用力を増強するものとして使い、IMFが人民元を主要通貨の一つとして認めるよう求めている。主要通貨として認められると、IMFのSDR(特別引き出し権)を構成する通貨になる。SDRは現在、ドル、ユーロ、円、ポンドで構成されている。 (The Mystery Of China's Gold Holdings Is Coming To An End) (China's Stealth Gold Reserves To Quadruple as IMF Seek Answers)

 IMFのラガルド専務理事は、元をSDRに入れる方向で検討していると述べている。元がSDRに入るのは時間の問題だ。 (IMF says yuan on path to inclusion in SDR basket)

 中国がSDRに元を入れたければ、09年から発表していない金地金の備蓄量を発表する必要がある。金備蓄の量が多いほど、人民元は亡霊通貨でなく、金地金という実体ある価値に裏打ちされた状態になる。IMFは、毎年10月の秋の総会でSDRの構成通貨を見直す。中国政府がその前に金地金の備蓄量を発表するはずで、その量が3510トンだろうとブルームバーグは報じている。中国が発表よりはるかに多い金地金を持っていると以前から指摘してきた金融分析サイトのゼロヘッジは、人民銀行の地金保有量を3千-8千トンと概算している。 (The Mystery Of China's Gold Holdings Is Coming To An End) (China's secret Gold stockpile may be world's 2nd biggest)

 中国は3・7兆ドルの外貨準備を持っている。3千トンの地金は、外貨準備全体の3%を占めるにすぎない。中国は、厳格な金本位制でなく「金本位制を意識した新通貨体制」に向かっている。米国やドイツは、外貨準備の半分以上が金地金だ。しかし、米政府が保有する8100トンの地金の大半は、地金相場を売り先物で引き下げてドルの価値を守る策をやるために金融界に貸し出され、たぶん二度と戻ってこない。米政府の金地金は「亡霊通貨」ならぬ「亡霊地金」だ。ドイツの地金の多くは敗戦後、米国に預託されたまま、米当局から米金融界に(片道切符で)貸し出されている。 (金塊を取り返すドイツ)

 4月のIMF世銀総会で、人民元をSDRに入れる件は正式な議題でなかったが、各国の中央銀行幹部を集めてこの件について話す非公式な会議が開かれた。人民元だけでなく、金地金そのものをSDRに入れることも同時に検討されている。金地金のSDR入りは、金地金を通貨とみなすことを意味する。現在、金地金は多くの国で「通貨」でなく「商品」とみなされ、地金取引(地金と通貨の交換)が課税の対象だ。米国の憲法は、金銀だけしか通貨として認めてはならないと第1条の第10節の(1)に書いてあるが、実際は金銀と何の関係もない紙切れが通貨として流通している。IMFがSDRに金地金を入れ、地金が通貨として認められるようになると、世界的に地金への対応が大きく変わる。 (Gold-Backed SDR "Is Quite Likely To Happen", LSE's Lord Desai Warns) (ロン・ポールが連銀をつぶす日)

 これまで米国と傘下の欧日の通貨だけで構成されてきたSDRに、金地金や、地金による裏打ちを意識した人民元が入ることは、米国覇権とドルが凋落している今の流れを象徴している。IMF世銀総会では、IMF世銀体制の外側に中国がAIIBを作ったことも、非公式な議題としてさかんに論じられた。これも米国覇権の凋落の象徴だ。IMF総会に出たインド政府の経済顧問(Arvind Subramanian)は「米国は、IMFでのBRICSの発言権を拡大したオバマと、その策の批准を拒否して話を潰した米議会の間の国内政治対立によって、世界経済を率いる役割を自ら放棄し、新興諸国に覇権を渡してしまった」と述べている。 (US Economic Decline Overshadows IMF-World Bank Meeting) (US primacy seen ebbing at global meet)

 金本位制を意識した動きは、中国だけでなくBRICS全体のものだ。中国、インド、ロシアの中央銀行が、3月に金地金を大量購入した。ロシアの中央銀行は3月、ルーブルの為替が安いにも関わらず、3カ月ぶりに金地金を30トン買い増した。ロシア中銀の金備蓄の量は05年の3倍になった。インドと中国はスイスからの地金購入が急増し、3月の購入量はインドが73トン、中国が46トンだった。 (Russia Returns to Gold With Biggest Purchases in Six Months) (Big day in Gold: Russia buys more; China may reveal; India buys too)

 中国だけでなくロシアも、金地金とルーブルをやんわり結びつける準金本位制に向かおうとしている。全体として、米英(アングロサクソン)は、戦後の米覇権下のブレトンウッズ体制の1オンス=38ドルの固定相場制やNATOの5条(相互参戦の義務)など、決まりを確定的に明文化、条約化することが好きだ。対照的に、今後の覇権運営者になりそうな中露などBRICSは、明文化や決まりの確定化をせず、最初から最後まで隠然とやることを好んでいる。だから今後、基軸通貨の制度が金本位制に戻っても、ニクソンショック以前のような確定的な金本位制に戻るのでなく、通貨と地金のつながりが曖昧なままになると予測される。 (Gold And Russia)

(米英は、決まりを明文化し、大々的に発表したうえで、微妙な運用上あるいは秘密の諜報機関の動きとして、重要で狡猾なことをやる。条約と諜報、明確な決まりと運用上の隠微な動き、表の正義と裏のインチキの対照性が、アングロサクソン覇権の特長だ。「建前と本音の使い分け」は日本よりも米英の特長だ。日本人の本音はすぐばれるが、米英人の本音はなかなかばれない。上手にウソをつき通せるのが米欧の大人であり、日本人は子供だ)

 BRICS諸国の中央銀行は、昨年から地金の備蓄量を急増している。BRICSは、米国が、リーマン危機で壊れかけた金融システムの延命のためQE(通貨の過剰発行)や経済統計の粉飾でバブルを膨張させていると懸念している。いずれ米国発の国際金融崩壊が起こり、戦後のブレトンウッズ体制(ドル基軸)が壊れそうなので、BRICSは、ドルに代わる備蓄対象として金地金の備蓄を増やしている。BRICSは、きたるべきドル崩壊後、米国中心のIMFと世界銀行(ブレトンウッズ機関)がうまく機能しなくなることを見越して、BRICS独自の危機準備基金や開発銀行、ADB(世銀の子分であるアジア開銀)に代わるAIIBなどを設立した。中国やロシア、インドの中銀が金備蓄を増加するのは、こうした流れの中にある。 (The Stage Is Now Being Set For Gold To Be Officially Accepted As The Ultimate Reserve Money Once Again) (「ブレトンウッズ2」の新世界秩序)

 IMFは、総会で発表した経済報告書で、米欧日のQEによるゼロ金利状況が世界の金融システムを不安定にしていると指摘している。リーマン危機の対策としてのQEが、世界の金融システムの不安定を招き、BRICSが不安定を是正しようとIMF世銀での発言力の拡大を求めたが米国の内紛で実現せず、しかたなくAIIBや人民元と金地金の基軸通貨化といった非米化・多極化を進めている。今春のIMF総会の周辺での各種の動きは、そうした動きの一環である。

 BRICS以外では、イランも金地金を貯めている。イランは米国に制裁されドルを石油ガスの決済代金に使えないため、トルコやインドなどに石油ガスを売る際、金地金を対価としてきた。イラン中央銀行は金地金を急速に蓄積し、きたるべき金本位制を意識する時代への準備を、期せずして整えている。イランを困らせるはずの米国の制裁が、イランの復活に手を貸している。さすが、米国の好戦派は隠れ多極主義者だ。 (Iran, Secret Gold and the Mystery Trade Boosting Turkish Exports)

 人民元は今年中にSDRに入るだろう。元は、世界が多極型の複数基軸通貨体制に転換していくなか、基軸通貨の一つになる。一方、金地金のSDR加入はまだ先かもしれない。グリーンスパンも言うように、いずれ金地金は高騰する。しかし、その前に中国が米金融界に地金相場の再引き下げを黙認し、BRICS諸国の中銀がその下落を利用して地金の蓄積を増やすかもしれない。元や金地金の先行きを決めるのは、元や金自身でなく、ドルの延命策がいつ破綻するかによる。日銀のQEなどゼロ金利策の長期化により、日米の国債の値決めが困難になる信用不安が起きているのが、今の最大の金融不安だ。この信用不安が拡大・顕在化するかどうかが、今後しばらくの注目点だ。 (Is The Credibility Bubble Bursting?) (BoJ QE Exit "Out Of The Question," Former Official Says) (金融危機を予測するざわめき)

 金地金相場は下方歪曲されてきた。「正しい」相場がどのくらいなのか気になる。それを考える際に確定せねばならないのは、今の世界にどのくらいの(すでに採掘された)金地金が存在しているかだ。世界の金地金総量を100万トンとする見積もりがあるが、この場合、50兆ドルと概算される世界の金融資産の総量を、100万トンの金地金とひもつけると、1グラム50ドル前後の今の相場でちょうどよくなり、今以上の地金相場の上昇は高すぎることになる。世界の金地金総量を20万トンとする概算もあり、この場合、金本位制になったとすると、適正な金相場が今の5倍の価格になる。金融資産の世界総量も、どこまでの範囲を考えるかによって変わってくる。この手の計算は、いつも曖昧さがつきまとう。 (There's A Lot Less Gold In The World)

 金地金の再台頭は、米国の覇権が自壊し、中国などが主導する多極型の覇権体制に転換することと同期して起ころうとしている。この転換の中で、日本は自壊する米国に最後まで追従し、米国より先にQEの出口戦略の失敗から金融財政が破綻して大幅に弱体化しようとしている。まもなく行われる安倍首相の訪米は、短期的に「日米同盟を強化した」と賞賛されるだろうが、長期的には、日本の破綻への道を決定づけるものとなるだろう。 (日本をだしに中国の台頭を誘発する) (加速する日本の経済難)


2015年4月28日 田中宇の国際ニュース解説③
③ 出口なきQEで金融破綻に向かう日米
    http://tanakanews.com/150428qe.php

 円を過剰発行して国債を買い支える日本銀行のQE(量的緩和策)に対し、経済専門家たちが次々と警告を発する事態が続いている。米英の通信社が日本の財界人や官僚らにインタビューし「QEは良い効果より悪影響の方が大きい」「QEを続けると日銀と日本国債の信用が崩れかねない」「QEはいったん始めたらなかなかやめられないので早くやめた方がいい」「日銀がうまくQEをやめられるかどうか疑問だ」といった危機感満載の警告を記事にしている。日本のマスコミは、こうした危機感をほとんど報じない。 (BoJ QE Exit "Out Of The Question," Former Official Says As Morgan Stanley Talks JGB Liquidity)

 ブルームバーグ通信社は4月22日、財務省の内海孚元財務官のインタビューを配信した。内海はQEをやめていく出口戦略について「考えること自体が悪夢だ」と述べ、日銀は国債金利の高騰を招かずにうまくQEをやめることが難しく、やめたくてもやめられないのでQEをずっと続けるしかないと指摘した。内海は、日本国債について、金利が急騰するおそれがあるので民間投資家が買いたがらないとも指摘した。 (Ex-Currency Chief Sees Bank of Japan Exit Nightmare on Debt Pile) (黒田異次元緩和の出口は「悪夢」、泥沼の累積債務で-内海元財務官)

 QEは国債金利を下げるための政策だが、QEによって国債金利が人為的に下げられていることを国債投資家の全員が知っているため、QEを減額した時の金利高騰が恐れられ、民間市場で国債の売れ行きが悪い。日銀のQEが新規国債の大半を買い占めているため、民間の国債市場は供給も需要も先細り、わずかな衝撃で金利が激しく上下する。この不安定を恐れて投資家がますます国債を買わなくなり、QEで国債購入用の資金が無限大にあるのに、下がるべき金利が逆に高騰してしまう。この状態を指摘したのは「売れるべき国債が売れない」と言った内海だけでなく、ロイター通信が4月10日にインタビューを報じた岡本圀衞・日本生命会長や、ブルーバーグが3月2日にインタビューを報じた日銀出身の翁百合・日本総研副理事長も、同じことを指摘している。QEによる国債金利の高騰は「起きるか起きないか」でなく「いつ起きるか」の問題になっている。 (加速する日本の経済難) (日銀QE破綻への道)

 ブルームバーグは4月27日、経済同友会の代表幹事に就任する小林喜光・三菱ケミカルホールディングス会長の、もうQEを加速すべきでないと主張するインタビューも報じた。小林会長は「(QEは)出口がどんどん遠のいている。サステイナブル(持続可能)でない」と述べ、これ以上QEをやっても景気テコ入れの効果は薄く、QEの効果の一つである円安についても、円は十分に下落していると指摘した。 (BOJ Shouldn't Ease Further; Yen Fell Enough: Business Lobby Head) (日銀は追加緩和すべきでない、円安は十分-小林同友会代表幹事)

 3月以来の翁(元日銀)、岡本(日本生命)、内海(元財務省)、小林(財界トップ)といった4人の専門家の、QEに対する危険の指摘、出口戦略の不在、金利高騰の懸念は、いずれもブルームバーグとロイターが報じたものだ。日本のマスコミは、この手のQEをめぐる危険性をほとんど報じない。朝日新聞たたきやNHKへの介入など、安倍政権のマスコミへの脅し策は大きな成果を上げている。日銀は、QEを縮小する予定がなく、逆に拡大の選択肢を保持している。専門家の警告は無視されている。日本では、安倍政権を批判する者を「売国奴」扱いする風潮が席巻しているが、こうした風潮こそが日本を経済破綻に近づけている。国民のほとんどが何も知らされないまま、日銀のQEは、国債金利高騰、政府財政の破綻へと向かっている。 (QEの限界で再出するドル崩壊予測) (崩れゆく日本経済)

 安倍政権は13年、日銀の慎重派の白川総裁を追い出して財務省出身の黒田にすげ替え、強い姿勢でQEを開始した。安倍政権の金融政策を立案している日本財務省は、最初からQEが危険なことを承知した上で、確信犯的にQEを始めた。日本がQEを続けているのは、日本自身のためでなく「おかみ」である米国の金融の屋台骨、債券システムを守るためだ。昨年10月末、米連銀がQEをやめると同時に日銀がQEを急拡大した。米連銀がQEを続けていたら、日本でなく米国の国債の金利が急騰する危険が増していた。日本がQEを受け継いでくれたので、米国はQEをやめて米国債の健全性を何とか維持できている。日本は、米国債と米連銀(ドル)を救うために、日本国債と日銀(円)を自滅させるQEを引き受けた。殿様の身代わりになって切腹する、忠義を貫く武士そのものだ。国を滅ぼす覚悟で始めたQEなのだから、周囲から批判されてもやめるはずがない。今回の安倍訪米後、日本はますます国策を米国と一体化する。QEは日本が財政破綻するまで、もしくは財政破綻した後も続くだろう。 (米国と心中したい日本のQE拡大) (中央銀行がふくらませた巨大バブル)

 米連銀は、日銀が身代わりになってくれたので昨秋QEをやめられた。EUは、米連銀に頼まれて欧州中銀が今春QEを始めたが、口実を作って予定枠より少ない額しかやらず、足抜けできるようにしている。日本だけが、QEを全力でやって自滅への道を直進している。日本の対米従属は、日本が米国より下位にあることを重視する(だから90年代に日本財務省は自国の金融バブルをひどく崩壊させ、日本が経済面で米国を抜かないようにした)。米国を救うために日本が自滅するのは、対米従属の国是に合致している。日本のQEは失敗策でなく、意図どおりに大成功している。 (QEするほどデフレと不況になる)

 QEの出口戦略を無理に求めるよりも、QEを永久に続けることを「新たな常識」として受け入れるのが良いと、米連銀の一部門であるボストン連銀が、最近の報告書で説いている。 (Boston Fed Admits There Is No Exit, Suggests QE Become "Normal Monetary Policy") (Let's Talk About It: What Policy Tools Should the Fed "Normally" Use? - Boston Fed)

 ボストン連銀は、この提案を大まじめに出したのかもしれないが、実のところ、QEを永久に続けることなどできない。すでに述べたように、QEで債券を買い支えると、債券投資家が買い支えによる金利の歪曲を感じて投資を控える傾向が強まり、金利高騰(債券相場急落)の可能性が増す。金利高騰を防ぐため、中央銀行がQEを拡大すると一時的に金利が下がるが、金利の歪曲がひどくなるので、やがて投資家が再び債券を買い控え、金利高騰が再燃する。QEは中毒性があるので、やめるのが難しいだけでなく、続けるほど中毒がひどくなり破綻(金利の不可逆的な高騰)に至る。 (QEやめたらバブル大崩壊)

 米欧3大格付け機関の一つであるフィッチが、日本国債を「A+」から「A」に格下げした。フィッチの「A」は上から6番目の格付けで、日本国債に対する同社の格付けは、ライバルのムーディーズよりひとつ下、S&Pより2つ下だ。日本では、今回の格下げがあまり問題になっていない。自身の身を挺して殿様(米国)を救う日本の対米従属策からすると、日本国債が格下げされ、日本の投資家がゼロ金利の日本国債よりも利回りが高めの米国債を好む傾向が続いた方が、日本によって米国債が延命する状況が続くので好都合だ。日本勢の米国債を買い増したので、最大の米国債保有国は最近、中国から再び日本に戻った。 (Fitch downgrades Japan's credit rating on fiscal policy concerns) (Fitch Downgrades Japan To A From A+) (Japan tops China in US govt debt holdings)

 日本が身を挺して米国を救おうとしても、米国自身の債券市場の状況が悪く、救いきれない可能性が増している。米国は、QEを日本に代わってもらった後も、米国債を多めに発行すると国債金利の高騰を招く状況がおさまらず、財政赤字が法定上限に達していることなどを理由に国債発行を制限している。その結果、市場に出回る米国債の供給量が少いままで、日本国債と同様、米国債も、わずかな衝撃で国債金利が激しく上下する状況が続いている。4月初め、JPモルガンのダイモン会長が、こうした国債不足を指摘し、次の金融危機はこれまでよりずっと悪影響が大きくなると表明した。米国のサマーズ元財務長官も、同様の債券不足を指摘している。 (Jamie Dimon warns next crisis could see `more volatile' markets) (Summers agrees with Dimon: There's a liquidity problem)

 米国は日本同様、実体経済が改善しないままで、小売店の閉店が続いている。それなのに、自社株買いや日銀QEなどの影響で株価は史上最高値を続けている。米国のマスコミは「景気が良くなっているので株が高い」と報じ、先行きに悲観的な解説者をテレビに出さないようにしているが、いまだにマスコミに呼ばれる解説者自身が、この手の解説のウソ臭さを自ら感じ、皮肉的な態度が画面や紙面に出てしまうことが最近多いと指摘されている。 (Wal-Mart suddenly closed 5 stores and laid off thousands of workers and no one knows why) (The Informed Minority) (Hedge Fund Legend Julian Robertson Warns Of A "Complete Explosion" Unless Fed Contains "Boiling, Bubble" Market) (Why U.S. Economic `Statistics' Get More and More Absurd)

 米金融界では従来、リーマン危機のようにジャンク債の信用崩壊がデリバティブ危機に発展する展開が懸念されてきたが、最近はこれに、QEや米国債供給の減少から国債相場の価格決定が不能になって金融危機が起きる懸念が加わった。原油安を受け、シェール石油業界のジャンク債が債務不履行担って危機がおきる可能性もじわじわと増している。最近、米金融界のバブル再崩壊が近いという指摘をあちこちで読むようになった。 (4 Billionaires are Extremely Worried that America's Next Big Financial Crisis is Coming Soon) (America's unintended strong-dollar policy worries top Fed officials, and may delay rate hikes)

 日本や米国より、EUの方が先に金融破綻すると指摘する人もいるだろう。たしかにギリシャは、EUとの金融救済の交渉に失敗しそうで、5-6月に利払いができなくなって国債が債務不履行(デフォルト)に陥る可能性が増している。 (Greece prepares for debt default if talks with creditors fail)

 しかしギリシャは債務不履行になってもユーロを離脱しない。マスコミは、ギリシャの債務不履行がユーロ離脱に直結し、ギリシャの離脱でユーロやEU統合が破綻していくとの予測を喧伝しているが、ユーロ離脱はギリシャ自身が望まない限り起こらない。ユーロの崩壊は、地政学的な欧州の弱体化を意味する。ギリシャのツィプラス政権は地政学的戦略に敏感で、ユーロ崩壊を起こさず、今起きている金融危機を脅しの道具に使ってEU内での自国の地位を引き上げようとしている。だからギリシャは、債務不履行に陥る可能性が高いが、ユーロを離脱する可能性はほとんどない。 (Greek default necessary but Grexit is not) (ギリシャはユーロを離脱しない)

 米国や日本では「いちばん危ないのはユーロだ」という報道が好まれているが、ユーロの危機は長期的な欧州の弱体化に至りにくい。EUやギリシャの上層部は、きたるべき多極型覇権体制の世界の中で、自分たちが国家統合していた状態の方が有利だと知っている。ユーロ危機は4年も続き、最初から米日で「ユーロは崩壊だ」と喧伝されていたが、いまだにユーロは崩壊していない。ユーロは意外に強い。長期的、構造的(地政学的)な弱体化に至りそうなのは、QEで国債や債券金融システムが破綻していきそうな米国や日本の方だ。日本は、米国より先に財政破綻するのが国家戦略だし、米国は、リーマン危機やブレトンウッズ体制の作り替えを誘導する隠れ多極主義に隠然と率いられている。国際政治的に、欧州(や中露)の力は維持拡大する方向で、日米の国力は浪費される方向だ。 (ギリシャ危機とユーロ破綻の可能性) (US fears a European sequel to Lehman Brothers)


2015年5月10日 田中宇の国際ニュース解説④
④ 多極化への捨て駒にされる日本
    http://tanakanews.com/150510japan.htm

 安倍首相が連休中に訪米した。日本の首相として初めて米議会の両院合同会議で演説し、自衛隊が米軍のお供(家来)として世界中に出ていけるようにする日米安保の新ガイドライン(日米防衛協力の指針)が合意された。安倍訪米時に締結されるかと思われたTPPの日米合意は実現しなかったが、外交安保面では、安倍政権や自民党、外務省など日本の官僚機構が以前から切望していた日米同盟の強化が大きく進んだ。安倍自身と自民党、外務省は、訪米の成功に大喜びしている。

 外務省など日本政府は冷戦後、米国が日本との関係を重視しなくなること、米国が日本を飛び越えて巨大市場となった中国と結束してしまうこと(クリントン政権はそれを試みた)を、一貫して懸念してきた。日本が米国に見捨てられないようにするには、米国が外交軍事戦略の面で中国敵視を強め、日本が外交軍事的に米国と一体化する(外交軍事面で米国のいうことを何でも聞く)のが良いと日本外務省などは考えてきた。日本政府にとって、今回の安倍訪米で実現した日米同盟の強化は早ければ早いほど良かった。(日本の官僚機構は、誰が首相になっても官僚のいうことを聞かざるを得ないという独裁的な権力を維持するため、対米従属を必要としている) (日本の官僚支配と沖縄米軍) (民主化するタイ、しない日本)

 冷戦後一貫して日米同盟の強化を望んできた日本側と対照的に、米国側は、日本の対米従属を容認しつつも賞賛せず「もっとカネ(防衛費、思いやり予算)を出せ」「後方支援だけでなく地上軍派兵しないとダメだ」「その前に農産物などの市場を開放しろ」「韓国と喧嘩しないで軍事協調を強めろ。靖国参拝するな」「海兵隊はグアムに撤退するが、それでも辺野古に基地を作れ」などなど、いつも不満げだった。米国側は、対米従属強化を切望する日本側を延々とじらしてきた。オバマは昨年4月の訪日時、安倍を好きでないことがにじみ出ていた。日本は米国を熱愛し、米国はそれを受け入れていたが日本を愛していなかった。 (日本経済を自滅にみちびく対米従属)

 今回の安倍の訪米が実現したのは、米国が不満げな姿勢を引っ込め、対米従属の日本を賞賛する姿勢に転じたからだ。これまで「A級戦犯合祀の靖国神社に参拝するようなやつはお断りだ」と不機嫌だった米議会は今回、安倍に両院合同会議での演説という大きな栄誉を与えた。米議会は、翻心の理由を何も説明していない。安倍は、かねてから追いつきたいと思っていた小泉純一郎(訪米時に議会演説を断られた)どころか、祖父の岸信介(日米安保条約を改訂したご褒美に1960年に米議会上院で演説させてもらった)を超えてしまった。昨春の女性セブンの調査で日本女性に嫌われる男の第1位に輝いた、あの貧相な安倍晋三が、だ。 (The real story behind Shinzo Abe's visit: China, TPP and what the media won't tell you about this state visit)

 貧相な男が、お店で「さすがシャチョー」とか「お兄さんイケメンね」などと賞賛されてうかつに喜んでいると、大体あとから法外な代金を請求される。安倍さんはすでに嬉々としてお店に入り、オバマや米議会のもてなしを受けてしまった。その対価は何なのか、これから何が起きそうか考える必要がある。

 今回の画期的な安倍訪米がなぜ実現したか、その理由は、日本側でなく米国側に起因するはずだ。日本政府が最近やったことのうちの何かが、米国側の態度を変えさせたのではない。最近の日本側による最大の対米貢献は日本銀行のQE(円と日本国債を犠牲にしてドルと米国債を延命さす量的緩和策)だが、QEは今回の安倍訪米の議題でない(日銀QEは表向き米国と無関係な日本経済自身のための策だから)。日本がTPPで農産物などの市場を開放する見返りに安倍が賞賛されるのかと私は前に考えたが、TPPは締結まで至らず、それでも米国側から安倍を非難する声が発せられていない。TPPは脇役のようだ。 (安倍訪米とTPP) (米国と心中したい日本のQE拡大)

 米国の外交戦略を立案する奥の院であるニューヨークのCFR(外交問題評議会)は、安倍訪米と同時期に、安倍招待の意味を解説するかのような報告書を出した。キーワードは「中国包囲網の強化」だ。「対中戦略の見直し」(Revising U.S. Grand Strategy Toward China)と題するこの報告書は、中国の台頭によって米国がアジアから追い出されかねないので、中国の台頭を経済的、外交的、軍事的に抑止せねばならないと説いている。経済面の中国包囲網としてTPPを創設し、外交軍事面の中国包囲網として日米安保体制の強化を筆頭に、米国と韓国、オーストラリア、インド、ASEAN、台湾との軍事協調を進めるべきと主張している。経済や外交で中国の台頭を抑止できないなら軍事(戦争)でやるしかないという趣旨だ。 (Revising U.S. Grand Strategy Toward China) (US "Grand Strategy" for War Against China Laid Out)

 論文は、米国自身を覇権国とみなさず、逆に覇権(他国への隠然とした介入)を悪いこととみなし、他国の覇権拡大を阻止するのが米国の役目だと主張し、この理論をもとに、中国がアジアの覇権国になるのを阻止せねばならないと書いている。実のところ今の世界で、民主化支援などの口実を作って他国に介入する覇権行動を最も多発しているのは、米国自身だ。中国が台頭をめざすのは、中国と周辺国(日本や東南アジア、インドなど)との領土紛争で、米国が周辺国側に肩入れする覇権的行動をとっていることへの対抗だ。この点で、この論文は偽善でウソつきなのだが、国際政治は古今東西、偽善ばかりなのだから、偽善性を非難するだけでは意味がない。 (CFR Says China Must Be Defeated And TPP Is Essential To That)

 米国が日本との安保関係を強化したい理由が「中国包囲網」だというのは目新しい話でない。しかも、中国包囲網は限界のある戦略だという点も、以前からよく指摘されている。米国(米欧日)は、世界最大の消費市場になった中国、世界経済の牽引役となった中国と、本気で戦争することなどできない。米国が「中国包囲網を強化する」「対中戦争も辞さず」と喧伝するのは、日本や東南アジアやインドに兵器を売りつけて儲ける策にすぎない、というのも良く言われることだ。日本は、米国が安倍を招待・賞賛しなくても、米国に冷たくされても、米国の兵器を喜んで買い続ける。兵器売り込みは、安倍招待の意図として弱い。 (中国包囲網の虚実)

 私が以前から注目してきたのは、包囲網を強化するほど中国の台頭が誘発される点、米国が中国を潰すと言って実は台頭させている隠れ多極主義的な傾向だ。オバマ政権が2011年から始めた中国包囲網策(アジア重視策)は、09年に米国防総省が出した軍事戦略案「エアシーバトル」に依拠している。この策は、中国とイランを仮想敵として、敵国が米国に軍事的な脅威を与える場合だけでなく、敵国が米国の侵攻を阻止する軍事力(接近拒否・領域拒否、A2/AD)を持つこと自体を妨害し、米軍がいつでも中国とイランを侵攻・破壊できる状態にしておくことを目標にしている。 (The Emerging Anti-Access/Area-Denial Challenge) (中国を隠然と支援する米国)

 中国やイランの軍事力は米国よりかなり弱いから、米軍の侵攻を受けると破壊される。核戦争を除外して考えると、米軍の侵攻を抑止しうる国は世界でも少ない(ロシアぐらいだ)。米国が黙っていれば、中国やイランは、米国より弱い状態でかまわないと思い続けるが、いったん米国がエアシーバトルの策を宣言し「いつでも中国やイランを侵攻・破壊できるようにする」と言ってしまうと、逆に中国やイランは、迎撃ミサイルや戦闘機、軍艦などの兵器を強化し、米軍が自国の影響圏内に入ってこれないようにするA2/ADの策を強めてしまう。 (Should America Really Fear China's Military?) (America's Air-Sea Battle Concept: An Attempt to Weaken China's A2/AD Strategy)

 昨春以来のウクライナ危機で、この流れにロシアが加わった。ロシアは米国との関係改善を模索していたが、自国の影響圏であるウクライナで米国が画策した政権転覆で反露政権が作られ、ロシアは米国との関係改善をあきらめた。ロシアと経済関係が強かった欧州が米国に引っ張られて対露制裁を開始し、欧州との経済関係をあきらめざるを得なくなったロシアは中国に接近した。米国はロシア敵視を強め、ウクライナ危機が長引くほど、ロシアは中国との戦略関係を強化し、石油ガスの主な売り先が中国になり、中国からロシアへの投資が増えただけでなく、ロシアは中国に積極的に軍事支援するようになった。 (China, Russia Coming Closer To Create A New World Order) (プーチンに押しかけられて多極化に動く中国) (Moscow offers bigger stakes in energy projects to lure Chinese) (Moscow seeks to unlock Chinese financing for Russian companies)

 ロシアは、ウクライナ危機で親米策を捨てざるを得なくなったことで、逆に米国に気兼ねせず独自の非米的な国際戦略ができるようになった。4月に米欧がイランに対する核問題での姿勢をゆるめると、そのすきにロシアは棚上げしていた迎撃ミサイルS300のイランへの売却を実施することを決め、その結果、イランの防衛力(A2/AD)が強まり、米イスラエルはイランを空爆しにくくなった。米国は、ウクライナ危機を起こしてロシアとの敵対関係を強めた結果、イランに対するエアシーバトル策を自ら破綻させてしまった。 (中露結束は長期化する) (プーチンを怒らせ大胆にする) (イランとオバマとプーチンの勝利)

 同様のことが、中国についても言える。ロシアはS300よりさらに最新鋭の迎撃ミサイルS400を中国に売ることを最近決めた。S400は、米国のパトリオットより迎撃力が強いと言われる。安倍訪米直前の4月中旬、中国がロシアから4-6機のS400を買うことを昨年末に調印していたことが、ロシア側の発表で明らかになった。17年に配備完了予定だという。 (S-400 Strengthens China's Hand in the Skies) (Alarm Over China's S-400 Acquisition Is Premature)

 ロシアは冷戦後、何度か新型の兵器を中国に売ったが、そのたびに中国がロシアの兵器をコピーして自国で生産し、ロシアから買わなくなるので、ロシアは中国に新型兵器を売りたがらなくなっていた。ウクライナ危機後の中露接近は、そんな状況を大転換した。ロシアは、戦闘機などの新型兵器を積極的に中国に売り、中国との戦略関係を強めている。これにより、米軍に対する中国の防衛力(A2/AD)が急速に強化され、イランだけでなく中国に対しても、この数年間で、米国のエアシーバトル策が無効になりつつある。 (Russia Could Make China King of the South China Sea)

 米国は、エアシーバトル策とウクライナ危機の両方を同時に進めたことで、中国、ロシア、イランというユーラシア大陸の内側にある3カ国が結束して、軍事的に、米国(米欧日)に対抗できる状態を誘発してしまった。今年4月にイラン核問題の濡れ衣が暫定的に解かれ初め、中露イランの結束は今後さらに強まるだろう。NATO(米軍)はすでに、これまでのロシア敵視戦略を拡大し、中露イランを一体のものとして見る新戦略を検討している。中露イランは、NATOや米国から、一体のものと見られて敵視されるほど、結束を強め、相互の弱点を補完し、全体として強くなっていく。 (The Pentagon's "Long War" Pitches NATO Against China, Russia, & Iran) (米国覇権の衰退を早める中露敵視)

 米国が中国を敵視せず、南沙群島や尖閣諸島の国際紛争で中国の敵方(日本やフィリピンなど)に加勢して中国を刺激することを控えていたなら、中国はこれほど急いで軍事台頭や外交力の拡大を希求しなかっただろう。中国は、内政や国内経済に問題点が多いので、中国自身は、もともと時間をかけた国際台頭を望んでいた。米国の対中戦略は、中国の台頭を煽っている。 (不合理が増す米国の対中国戦略)

 同じことは、軍事と外交だけでなく、経済の分野でも言える。米国は2011年にいったんIMF世界銀行における中国(などBRICS諸国全体)の発言権(出資比率)を、中国(BRICS)の経済規模拡大に見合う形で拡大することを了承したが、その後中国を敵視する米議会がこの決定の批准を拒否したため、中国(BRICS)は、仕方なくIMF世銀体制に対抗しうる独自の国際金融機関を作った。その一つがAIIBだ。 (日本から中国に交代するアジアの盟主)

 また、米国がTPPを中国包囲網だと強調するほど、中国は対抗してASEAN+5の自由貿易圏(RCEP)の創設を急ぐ。RCEPは年内の創設をめざしている。米国がアジア諸国を中国敵視の方に引っ張ろうとするほど、中国が脅威を感じ、対抗的に好条件を出してアジア諸国を米国でなく自国の側に引っぱり込もうとする。米国が敵対を煽らなければ、中国中心のアジア経済圏の出現は20年がかりでゆっくり進んだだろう。米国が敵対を煽るので、中国が急いで台頭する必要に迫られている。 (`Accommodating' Beijing may be no bad thing)

 米国勢は2012年に訪米中の石原慎太郎元都知事をけしかけ、日本政府を尖閣諸島の土地の国有化へと踏み切らせて以来、日本を中国敵視の道具に使う傾向を強めている。米国では財界が中国との投資や貿易で儲けており、米国の議会や政府が直接に中国敵視策をやるのは限度がある。だから米国は日本を経由する間接的な中国敵視を加速して、それにより中国に脅威を感じさせ、中国の台頭を急かしている。この流れの中に今回の安倍訪米を置くと、米国が、日本を使った中国敵視の強化で、中国を台頭へと急かせる策を加速しようとしていると考えられる。 (尖閣で中国と対立するのは愚策) (尖閣問題と日中米の利害)

 米国が安倍を訪米に招待した理由が、中国敵視を強化して中国を台頭へと急かす戦略であるとしたら、米国はなぜ今のタイミングで、中国を台頭へと急かせたいのか。

 私が考えたことは、リーマン危機の再来として米国中心の債券金融システムの大きな危機が予測されていることとの関係だ。今年に入って米国で、金融危機の再来を懸念する声が関係者の間で強まっている。大口投資家の何人かが最近、金融危機の発生を警告したり、1980年代以来の債券市場の長い上昇期が終わりそうだと指摘したりしている。 (Experts are warning that the 76 trillion dollar global bond bubble is about to explode) (US facing major financial crisis, Ron Paul warns) (This Man Will Never Be Invited Back On CNBC) (Liquidity drought could spark market bloodbath)

 数日前には、米連銀(FRB)のイエレン総裁自身が、米国の株価が非常に高い(高すぎる)ことと、米国の債券市場で金利高騰(価格暴落)の懸念があることを指摘した。ちょっとした発言が株や債券のバブルを破裂させかねない中央銀行のトップ自らがこんな発言をするのは異例だ。 (Share prices `quite high', says Yellen) (Fed's Yellen: Stock Valuations `Generally Are Quite High')

 米国の債券金融システムの崩壊、米国債の金利高騰は、世界の基軸通貨としてのドルの地位を喪失させ、米国の覇権崩壊につながる。中国など新興市場諸国も、きたるべきドルや米国債の崩壊の悪影響を受けるが、中国やBRICSは、リーマン危機直後からドル崩壊を予測し、中央銀行がドルや米国債による外貨準備を減らす代わりに金地金を買い貯めたり、IMF世銀体制の代用になるBRICSの緊急用基金を創設するなど、数年かけてドル崩壊後への準備を行ってきた。巨大な金融危機の再来によってドルや米国覇権が崩壊するなら、その後の世界は中国主導のBRICSやイランなどによる多極型の覇権体制に転換していく。 (ドル崩壊とBRIC)

 この場合、BRICSやイランが、米国に頼らない世界体制を早く準備するほど、多極型への転換が円滑に進み、転換が人類に与える悪影響が少なくなる。オバマ政権や前ブッシュ政権、米議会の好戦派は、911以来、過激な単独覇権戦略をやりすぎることで、戦略を失敗させて米国覇権を自滅させ、中露イランを結束させて多極化を進めようとする隠れ多極主義をやっている。彼らは意図的に、世界の覇権体制を多極型に転換しようとしている。転換するなら、世界に与える悪影響が少ない方が良いはずだ。きたるべき米国の金融大崩壊で覇権体制が多極化する前に、日本をけしかけて中国敵視策を強め、ウクライナ危機を扇動してロシアを反米の方に押しやって中露を結束させ、米国に頼らない新しい世界秩序、つまり多極型の覇権体制を一足先に作る動きを中露に急がせる、それが米国中枢の隠れ多極主義者たちの意図でないかと考えられる。 (多極化の進展と中国) (覇権の起源:ロシアと英米)

 米国は、ドル崩壊でいったん無茶苦茶になる。米国ではリーマン後、中産階級が貧困層に転落し、ファーグソンやボルチモアなど全米各地で暴動がしだいに増えている。米国は、しばらく混乱がひどくなるが、何年かかけて多極化がある程度進んだら、多極型の新世界秩序になじむ形に国是を転換し、その後は再び安定や経済成長を獲得するだろう。米国はいったん自滅した後に蘇生する。米国の中枢は、世界の覇権体制をリセットし、長期的に見た場合の世界の経済成長を確保しようとしているのだろう。多極化は、資本家による、長期的、世界的な経済戦略と考えられる。資本と帝国の相克の歴史が、その背景にある。 (米経済の崩壊、世界の多極化) (資本主義の歴史を再考する) (多極化の本質を考える) (資本の論理と帝国の論理)

 すでに述べたように、今回の安倍訪米に合わせて、米国の世界戦略を練る最高権威のシンクタンクであるニューヨークのCFR(外交問題評議会)が、中国敵視策の報告書を出した。CFRは、ロックフェラー家を筆頭とする資本家が運営しており、以前から隠れ多極主義的な動きを繰り返してきた。1972年のニクソン訪中によって中国を米国の敵から味方へと劇的に転換させたキッシンジャーは、ニクソンの大統領補佐官になる前、CFRの研究者として、対中和解策を練っていた。米国は、中国包囲網として、北方からの包囲網である朝鮮戦争に続いて、南方からの包囲網としてベトナム戦争をやって失敗した挙げ句、キッシンジャー補佐官がニクソン大統領の対中和解策を打ち出し、米国を親中国に大転換させた。ニクソン政権は、米単独覇権(米ソ2極の冷戦体制)を解体し「米欧露中日」の5極体制に転換する多極化を構想していた。 (世界多極化:ニクソン戦略の完成) (日米防衛協力における3つの転機)

 CFRは冷戦期、一方で軍産複合体による対中、対ソ敵視策を賞賛しつつも、いずれ転覆してやろうと考え、ベトナム戦争を泥沼化させた後、キッシンジャーとニクソンを政権に送り込み、電撃的な対中和解を実現し、冷戦構造に風穴を開けた。CFRは共和党で、ロックフェラー家から大統領を出そうとしたがケネディ暗殺への同情で民主党が優勢になったため、キッシンジャーはCFRで4年待った。

 CFRを作ったロックフェラー家は、第二次大戦時、多極型の常任理事国体制を持った国連の創設に金を出したうえ、山奥に追い詰められたゲリラでしかなかった国民党の中国を常任理事国にしてやった。ロックフェラーは昔から親中国だ。超好戦的な政策立案集団「ネオコン」の多くもCFRのメンバーだ。ネオコンはブッシュ政権の中枢に入り、ニセの証拠でイラクの大量破壊兵器(WMD)保有をでっち上げて米軍にイラクを侵攻させ、あとからWMDのウソがばれて米国の国際信用が失墜する仕掛けを作りつつ、占領計画を何も作らず、占領を大失敗させて米国の軍事力を浪費させ、イランが漁夫の利でイラクを傘下に入れて台頭する構図を用意した。これはまさに隠れ多極主義の戦略だ。 (ネオコンと多極化の本質) (ネオコンの表と裏) (ネオコンは中道派の別働隊だった?)

 ベトナム戦争は、米国が、中国包囲網を強化すると言って稚拙で過激な策をやって失敗した挙げ句、ニクソン訪中で中国の台頭を容認する態度へと大転換した隠れ多極主義的な戦争だった。イラク戦争も、米国の軍事力を浪費してイランの台頭を誘発する隠れ多極主義だった。今回、安倍政権の日本を使って中国敵視を強める策も、隠れ多極主義的な展開になるだろう。 (日本をだしに中国の台頭を誘発する)

 今回の安倍訪米で、米国側が戦後初めて明確に示したメッセージの一つは「米国にとって、対米従属一本槍の日本は、模範的な同盟国だ」ということだ。これは、隠れ多極主義の文脈で考えると、アジア太平洋地域の他の親米諸国が迷惑に感じるメッセージになっている。 (US should back Japan but not at any price)

 東南アジア諸国、豪州、韓国、インドなど、日本以外のアジア諸国は、まだしばらく覇権国であり続ける米国と、その後の多極型体制下でアジアの地域覇権国になりそうな中国の、両方とうまくつき合おうとしている。日本以外のアジア諸国はここ数年、米国から中国包囲網を強化しようと誘われて「良いですね」と評価しつつ、その一方で中国との経済関係で儲けることも重視し、米国と中国のどちらを選ぶのかと米国から迫られても、どっちつかずな態度をとってきた (America and China are rivals with a common cause)

 そんな中で、米国が、対米従属・中国敵視の安倍を賞賛することは、米国があらためてアジア諸国に対して「米国と中国のどちらを選ぶのか」「日本のように対米従属一本槍になれ」と迫る意味がある。以前なら、このように迫られると、アジア諸国は中国よりも米国を選んでいた。しかし3月末、日本以外のアジア諸国のすべてが米国の反対を無視して雪崩を打ってAIIBに加盟したことで、アジア諸国が米国より中国を選ぶようになったことが明らかになった。その後になって、米国が安倍を米国に招待して賞賛し、アジア諸国に「日本のように反中国の対米従属になれ」と示唆してみせたところで、アジア諸国は、以前に増して迷惑に思うだけだ。 (The unforeseen effects of Chinese medicine)

 この事態は、米国がウクライナ危機を起こして米露敵対を扇動し、ドイツやフランスに「米国と一緒にロシアを敵視しろ」と迫ったのと似ている。独仏は、仕方なく米国主導のロシア制裁につき合ったものの、欧露の経済関係を破壊しただけでなく欧露戦争まで起こしたがる米国に、独仏は愛想を尽かす傾向だ。ロシアと独仏は、米国を除外する形で、ミンスクでウクライナの停戦合意を締結し「ミンスク」が米国抜きの欧露協調の新たな形の基礎になりつつある。 (ユーラシアは独露中の主導になる?) (The Choice Before Europe)

 米国のロシア敵視策は、ウクライナをだしにして行われている。同様に、米国の中国敵視策は、日本をだしにして行われている。ウクライナも日本も、米国の隠れ多極主義の捨て駒として使われている。米国が金融崩壊するなら、その前に日銀がQEでドルを支えてきた日本の国債金利が高騰し、財政破綻する。安倍訪米で日米同盟が強化されたと喜んでいる場合ではない。