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折々の記 2015 ⑦
【心に浮かぶよしなしごと】

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【 09 】09/27

  09 27 田中宇の国際ニュース解説   世界はどう動いているか

 09 27 (日) 田中宇の国際ニュース解説     世界はどう動いているか

田中宇の国際ニュース解説を見逃していてはならない。


田中宇の国際ニュース解説
世界はどう動いているか

http://tanakanews.com/

 フリーの国際情勢解説者、田中 宇(たなか・さかい)が、独自の視点で世界を斬る時事問題の分析記事。新聞やテレビを見ても分からないニュースの背景を説明します。

① ロシア主導の国連軍が米国製テロ組織を退治する?
 【2015年9月24日】  米国が過激で無能な策を延々と続けている以上、中東はいつまでも混乱し、何百万人もの難民が発生し、彼らの一部が欧州に押し寄せる事態が続く。このままだと、ISISがアサド政権を倒してシリア全土を乗っ取り、シリアとイラクの一部が、リビアのような無政府状態の恒久内戦に陥りかねない。米国に任せておけないと考えたプーチンのロシアが、シリア政府軍を支援してISISを倒すため、ラタキアの露軍基地を強化して駐留してきたことは、中東の安定に寄与する「良いこと」である。

② 不透明が増す金融システム
 【2015年9月21日】 米連銀が利上げできないことがわかり、米国の債券金融システムやドルが健全性を取り戻すことが難しいとわかった。米連銀は行き詰まっている。だが、しかし一直線で金融が崩壊に向かうわけでもない。新興市場から逃避した資金で、米国債の利回りが低下している。米国債は簡単に崩れない。事態が不透明になり、方向感が失われている。金融当局や金融界は、金融システムが行き詰まるほど、人々に行き詰まりを感じさせないよう、統計や報道をごまかし、事態はいっそう不透明になる。不透明さの増大は、危機が増していることを意味している。

③ 英国に波及した欧州新革命
 【2015年9月17日】 コルビンの登場は、英国が、米国覇権の黒幕として世界を(金融から)支配して繁栄を維持する従来の(すでに機能不全に陥って何年も経っている)国家戦略を放棄し、米英同盟を重視しなくなり、代わりに新革命に参加して欧州で大きな力を持つことで、今後の米国覇権崩壊後の多極型世界を生き抜く道を模索し始めたことを意味している。

④ クルドの独立、トルコの窮地
 【2015年9月9日】 露イラン主導のシリア再建策が成功したら、シリアとイラクにクルド国家が作られる可能性が高まる。トルコとイランでも、クルド人の自治拡大要求が強まる。特にトルコは、国内にクルド人の自治区を作ることを認めざるを得なくなるかもしれない。この流れを食い止める策として、トルコ軍がシリアやイラクに侵攻し、ISISと組んでクルド軍を完全に潰すという選択肢があるが、これをやるとトルコはまったくの「テロ支援国家」になる。与党AKPが11月の選挙に勝つためにクルドに本格戦争を仕掛ける可能性がある。

ラジオデイズ・田中宇「ニュースの裏側」・・・「対米従属」の背景
「折々の記」 2015⑦の 【04】09 03 ⇒“米国債を大量売却し始めた中国”“構造転換としての中国の経済減速”及び【06】09/08 ⇒“行き詰る米日欧の金融政策”に続いて上の四つの‘国際ニュース解説’が出てきた。 日本の政治家はモタモタしておれない。

老成が気をもむまでもないことなのだが、・・・・・。




田中宇の国際ニュース解説
① ロシア主導の国連軍が米国製テロ組織を退治する?
     【2015年9月24日】
     http://tanakanews.com/150924syria.htm

 9月28日、国連総会で、ロシアのプーチン大統領の演説が予定されている。この演説でプーチンは、シリアとイラクで拡大している「イスラム国(ISIS)」やアルカイダ系の「アルヌスラ戦線」など、スンニ派イスラム教徒のテロ組織を掃討する国際軍を編成することを提案する予定と報じられている。 (What is Putin's end game in Syria?) (Russia calls on world to back Syrian military)

 ロシアはすでに、8月末からシリアの地中海岸のラタキア周辺に2千人規模の自国軍を派遣し、ラタキアの飛行場を拡大し、迎撃ミサイルを配備して、ロシアの戦闘機や輸送機が離発着できるようにしている。ラタキアには冷戦時代から、ロシア海軍の基地が置かれている。ロシア軍のシリア派遣は、ISISに負けそうになっているアサド大統領のシリア政府軍をテコ入れするためで、アサド政権はロシアの派兵を歓迎している。 (Russia to Deploy 2,000 Military Personnel to Syria) (シリア内戦を仲裁する露イラン)

 国連総会でのプーチンの提案は、シリアに派遣されているロシア軍に国連軍としての資格を付与するとともに、ロシア以外の諸国がロシアと同様の立場(親アサド)でシリアに派兵したり補給支援し、国連の多国籍軍としてISISやアルヌスラを退治する戦争を開始することを、国連安保理で決議しようとするものだ。ロシアは現在、輪番制になっている安保理の議長国であり、根回しがやりやすい。毎年9月に行われている国連総会へのプーチンの出席は10年ぶりで、プーチンがこの提案を重視していることがうかがえる。 (Putin Plans to Attend UN General Assembly For First Time in 10 Years)

 プーチンの提案は、安保理で可決されない可能性も高い。米国は以前から、ISISの掃討を目標として掲げる一方で、アサド政権の転覆も目標としてきた。アサド政権のシリア政府軍によるISISとの戦いを支援することでISISを掃討しようとするプーチン案は、アサド政権を強化することであり、米国にとって受け入れがたい。米国が安保理で拒否権を発動し、プーチンの提案を葬り去る可能性がある。この件を分析した記事の中には、米国が拒否権を発動するため、プーチンは国連総会に3日間出席する予定を1日に短縮し、怒って早々に帰国するだろうと予測するものもある。 (U.S. Stonewalls Putin's 'Anti-Terror' Push at the United Nations)

 とはいえ、米国がこの件で必ず拒否権を発動するとは限らない。私が見るところ、米国が反対(拒否権発動)でなく棄権し、プーチンの提案が安保理で可決される可能性が日に日に高まっている。米国のケリー国務長官は、数日前まで、ロシアのシリア派兵を、アサドの延命に手を貸していると批判していたが、9月22日に態度を転換し、ロシアのシリア派兵はISISと戦う米軍を支援する意味で歓迎だと言い出した。米国は依然、アサド打倒を目標として掲げるが、当面、ISISが掃討されるまでは、ロシアがアサドを支援してISISを退治することを容認しよう、というのがケリーら米政府の新たな態度になっている。事態は流動的だ。米政府は、プーチン提案への賛否について、まだ何も表明していない。 (Russia strengthens positions in search of solution for Syria) (US plans to accept Russia offer to join military talks on Syria) (US changes tone on Russian weapons in Syria)

 ISISは、イラク駐留中の米軍によって涵養されたテロ組織だ。米軍は、ISISを空爆する作戦をやりつつも、ISISの拠点だとわかっている場所への空爆を控えたり、イラク軍と戦うISISに米軍機が武器や食料を投下してやったりして、戦うふりをしてISISを強化してきた。米軍は、露軍の駐留に猛反対しても不思議でない。 (わざとイスラム国に負ける米軍) (露呈するISISのインチキさ) (Lavrov suspicious about US motive in fighting Daesh)

 しかし最近、露軍駐留に対する米軍内の意見が「歓迎」の方向になっている。露軍が空爆するなら、米軍がISISを空爆する(ふりをする)必要がなくなって良いし、露軍がISISとの戦いで苦戦するほど、ソ連崩壊の一因となった1980年代のソ連軍のアフガニスタン占領と同様の重荷をロシアに背負わせ、プーチンのロシアが自滅していく流れになるので歓迎だ、という理由だ。国務省も国防総省も、ロシアにやらせてみたら良いじゃないかという姿勢で、米国がプーチン提案に反対しない可能性も高いと考えられる。 (Russia to Start Bombing in Syria ASAP)

 国連安保理でプーチンの提案が可決されると、それは戦後の国連の創設以来の大転換となる。国連を創設した米国は、もともと米英仏と露中が安保理常任理事国として並び立つ「多極型」の国際秩序を戦後の覇権体制として考えていたが、国連創設後間もなく冷戦が激化し、米英仏と露中が対決して安保理は何も決められない状態になった。安保理で重要な提案をするのは米国だけで、露中は自分たちの利益に反しない場合だけ賛成し、利益に反するときは反対(拒否権発動)する受動的な態度を続けた。 (多極化の本質を考える) (オバマの多極型世界政府案)

 冷戦終結後も、この態勢が続いたが、01年の911事件後、米国の世界戦略はどんどん好戦的、過激になり、一線を越えて頓珍漢な水準にまで達している。たとえばシリアに関して米国は、存在しない架空の「穏健派イスラム教スンニ派武装勢力」を支援してISISとシリア政府軍との2正面内戦を戦わせる策をとっている。昨年来、穏健派勢力が存在せず架空であることが露呈すると、米議会は、5億ドルという巨額資金をかけて穏健派勢力を募集して軍事訓練する法律を作って施行したが、集まった穏健派は数十人しかおらず、彼ら(第30部隊)もシリアに入国したらすぐアルヌスラに武器を奪われてしまった。 (クルドの独立、トルコの窮地)

 上記の件は以前の記事に書いたが、その後シリアに入国した第2派の第30部隊は、入国直後にアルヌスラにすすんで投降し、米国からもらったばかりの新しい武器も全部渡してしまった。彼らの中の司令官は「米国製の武器を得るため、最初から寝返るつもりで米国の募集に応じた」と言っている。米国の対シリア戦略は完全に破綻している。 (Capture or betrayal? US-trained Syrian rebels with weapons end up in hands of Nusra jihadists) (New US-Trained Rebels in Syria Gave Their Weapons to al-Qaeda)

 米国がこんな無能ないし茶番な策を延々と続けている以上、中東はいつまでも混乱し、何百万人もの難民が発生し、彼らの一部が欧州に押し寄せる事態が続く。このままだと、ISISがアサド政権を倒してシリア全土を乗っ取り、シリアとイラクの一部が、リビアのような無政府状態の恒久内戦に陥りかねない。米国に任せておけないと考えたプーチンのロシアが、シリア政府軍を支援してISISを倒すため、ラタキアの露軍基地を強化して駐留してきたことは、中東の安定に寄与する「良いこと」である。加えてプーチンが、自国軍だけでなく国連軍を組織してISISと戦うことを国連で提案することは、国連の創設以来初めて、ロシア(というより米国以外の国)が、自国の国益を越えた、世界の安定や平和に寄与する方向で、国連軍の組織を提案したものであり、画期的だ。 (LaRouche: 'Most Momentous Weeks in Modern History) (Putin: Friend Or Foe In Syria?)
下平・註>日本の新聞報道ではこうした情報を流さないのはどうした訳があるのだろうか? 今ではすべて地球規模で考えを組み立てる時代であるのに、なぜ報道の自由にブレーキがかかるのか? 新聞報道にしても、政権与党の方針情報を取り上げるのに反対野党の方針情報はカットされる始末である。 
 シリアではすでにイランが、アサド政権を支援しつつISISと戦っている。ロシアはイランと協調してシリアに進出した。イランは、イラクの政府軍やシーア派民兵、レバノンのシーア派民兵(ヒズボラ)を支援してISISと戦っているが、その担当責任者であるスレイマニ司令官(Qasem Soleimani)が7月にロシアを訪問してプーチンらと会い、シリアでの露イランの協調について話し合っている。米軍筋は、7月のスレイマニ訪露が、ロシアのラタキア進駐にとってとても大事な会合だったと分析している。 (Russia, Iran Seen Coordinating on Defense of Assad Regime in Syria) (Pentagon Warns Of Russia-Iran "Nexus" In Syria: "We Assume Russia Is Coordinating With The Iranians")

 ロシアはその後、米議会がイランとの核協約を阻止できないことが確定的になった8月下旬まで待って、ラタキア進駐を開始した。米議会がイラン協約を阻止し、米国がイランを許さない状態のまま、ロシアがイランを助けることになるラタキア進駐を挙行すると、米国のタカ派にロシアを攻撃する口実を与えることになるので、ロシアは8月末まで待った。 (イランがシリア内戦を終わらせる) (対米協調を画策したのに対露協調させられるイラン)

 露軍のラタキア進駐に関して、イランも米国も、事前に察知していなかったと政府が言っているが、両方とも大ウソだ。シリアの外相は、ロシアとイランは軍事的に密接に協調しつつ、シリアを守っていると述べている。ロシアはラタキアがある地中海岸を中心にISISと戦い、イランはシリアの首都ダマスカスや、傘下のヒズボラが守るレバノン国境沿いに展開して戦っており、地域的な分担もできている。 (Russia's Syria build-up takes Iran by surprise)

 また、米国のケリー国務長官は、今春から何度もロシアを訪問してシリア問題について話し合っており、ロシアがシリアの内戦終結やISIS退治に貢献することを前から支持している。米国が露軍の進駐計画を事前に知らなかったはずはない。8月末時点で、ロシアはシリア進駐を事前に米政府に通告したと指摘されている。そもそも、露軍のシリア進駐を先に望んだのは、国内の軍産複合体との暗闘で苦戦していたオバマの方だ。 (US never expected Russian deployment in Syria: Analyst) (The Russian army is beginning to engage in Syria)

 オバマはISISの掃討を望んだが、彼の命令で動くはずの米軍は勝手にこっそりISISを支援し続けていた。自国軍に頼れないオバマは、ロシアに頼るしかなかった。米国がイラン制裁を解くことが、オバマの要請に対するプーチンの条件だったのだろう。オバマがイランとの核協約を急ぎ、軍産に牛耳られた米議会がそれを阻止しようとしたのも、ロシア主導のシリア(中東)安定策を実現するか阻止するかの米国内の政争だったことになる。オバマのこれまでの動きからみて、米国はプーチン提案に拒否権を発動しないのでないかというのが私の見立てだ。 (イランとオバマとプーチンの勝利) (イラン核問題の解決)

 米軍(軍産)は、いまだにISISを支援している。露軍がラタキアに進駐を開始した後、ISISの軍勢が露軍基地を襲撃し、露軍の海兵隊と戦闘になった。ロシアのメディアによると、露軍が殺したISIS兵士の遺体を確認したところ、露軍基地を空撮した精密な衛星写真を持っていたという。このような精密写真をISISに提供しうるのは米軍、NATO軍、もしくはイスラエル軍しかいない。軍産がいまだにISISを支援していることが見てとれる。 (Report: Russian Marines Battle ISIS In Syria, IS Possesses "Satellite Imagery" Of Base)

 ISISがシリア政府軍の攻撃を事前に把握したり、政府軍の拠点を襲撃しやすいよう、米軍がISISに精密な衛星写真をリアルタイムで供給してきたことを、ロシアは以前から知っていた。これに対抗し、ロシアが衛星写真をリアルタイムでシリア政府軍に供給することが、露軍のシリア進駐の目的の一つだったことは、以前の記事に書いた。 (Putin's Master Stroke In Syria) (シリア内戦を仲裁する露イラン)

 ISISをめぐる軍産との暗闘で、オバマは最近、自分の政権でISIS掃討の外交面の責任者だった元米軍司令官のジョン・アレン(John Allen)の辞任を決めた。昨年秋、アレンをISIS掃討担当にしたのは表向きオバマ自身だったが、アレンはISISをこっそり支援する米軍の「ペトラウス派」の一員で、シリアの穏健派武装勢力を強化するために安全地帯(飛行禁止区域)をシリア国内に作ること(穏健派などいないので実際はISISを強化する安全地帯になる。もともとトルコの発案)を提案したり、ISISと戦うため米軍の地上軍をシリアに派遣す(イラク侵攻と同様の占領の泥沼にはまる)べきだと提唱したりしてきた。いずれの案も、しつこく提案したがオバマに却下されている。 (ISIS Czar Allen Stepping Down Amid Second Scandal, Support For ISIS)

 ペトラウス派とは、元米軍司令官、元CIA長官のデビッド・ペトラウスを頭目とする派閥で、米軍内でこっそりISISを支援する勢力だ。ペトラウス自身、シリアに(ISISが強くなれる)飛行禁止区域を作るべきだと言い続けている。だが、上記のジョン・アレンの辞任は、オバマ政権に対するペトラウス派の影響力の終わりを意味すると指摘されている。オバマは、ペトラウス派を追い出すことで、軍産がISISを支援できないようにして、ロシアをこっそり支援している。 (David Petraeus calls for safe havens of militants in Syria)

 ペトラウス派やトルコ政府が飛行禁止区域を作りたがったシリアのトルコ国境沿いの地域では今、クルド軍(YPG)がISISを追い出している。ISISは従来、トルコとシリアを自由に行き来することで、トルコの諜報機関から補給を受けて力を維持していたが、両国間の越境ルートは一つをのぞいてすべてクルド軍が押さえ、クルド軍は最後の一つ(Jarabulus)を攻略しようとしている。事態は、ISISの敗北、トルコの窮地、クルドの勝利に向かっている。クルド人が対トルコ国境に自治区(事実上の独立国)を作ることは、アサド政権も認めている。 (Syrian Kurdish Leaders Planning to Capture Last Border Crossing with Turkey Held by Isis)

 トルコの権力者エルドアン大統領は先日、モスクワを訪問し、シリア問題についてプーチンと会談した。エルドアンの訪露は、シリアに対するロシアの影響力の急伸を意味している。米国が安保理で拒否権を発動してシリアに駐留したロシアが孤立するなら、エルドアンが急いで訪露する必要はない。 (iddle Eastern leaders flock to Moscow for talks with Putin) (iddle East Leaders Line Up for Putin)

 もう一人、エルドアンと前後して急いで訪露した権力者がいた。イスラエルのネタニヤフ首相だ。イスラエルは、以前からゴラン高原越しにシリアを砲撃しており、今後も攻撃を続けるとロシアに伝え、相互の戦闘にならないよう連絡網を設けるためにネタニヤフが9月21日に日帰りで訪露してプーチンと3時間会談したと報じられている。だが、その手の話だけなら、首相と大統領の会談でなく、国防相や実務者の会議でいいはずだ。 (With eyes on Syria, Netanyahu meets with Putin in Moscow) (Israel fears to clash with Russian army in Syria)

 オバマの米国が中東で傍観の姿勢を強め、米国の黙認を受けてロシアがシリアに駐留し、イスラエルの仇敵であるイランに味方してアサドをテコ入れし、軍産が涵養したISISを潰そうとしている。ロシアを後見人として、中東におけるイランの影響力が拡大している。ネタニヤフは、プーチンに「イスラエルの安全を守る気はあるのか」と尋ねたに違いない。プーチンは「イスラエルの懸念は理解できる。シリア(やイラン、ヒズボラ)がイスラエルを攻撃することはない」と答えた。ネタニヤフがアサド政権の継続やISISとアルカイダの掃討を容認するなら、ロシアはイランやヒズボラやアサドがイスラエルを攻撃させないよう監視するという密約が結ばれた(もしくは再確認された)のでないかと考えられる。 (Putin: Syria does not intend to fight with Israel) (Netanyahu: Israel, Russia to Coordinate Military Action in Syria to Prevent Confrontation)

 ロシアとイスラエルは、シリアでの活動を相互に報告して協力する協議会を設置した。この協議会には、ロシアと並んでシリアで活動するイラン軍の司令官も出席するかもしれない。ISISなどテロ組織が掃討された後、この協議会は、ロシアがイスラエルとイラン、シリア、ヒズボラとの停戦(和解)を仲裁する機関になりうる。イスラエルにとって、自国の安全を維持してくれる国が、米国からロシアにすり替わりつつある。 (Israeli, Russian Armies to Form Joint Committee on Syria Actions) (イスラエルがロシアに頼る?)

 国連安保理で、プーチンの提案に対して米国が拒否権を発動した場合、ロシアは孤独な闘いを強いられそうだが、実はそうでない。露軍のシリア進駐は、コーカサス、中央アジア諸国から中国(新疆ウイグル自治区)にかけての地域でISISやアルカイダがはびこることを防ぐための「テロ戦争」として行われている。ロシア軍は「CSTO軍」としてシリアに駐留している。CSTOは、ロシア、中央アジア(カザフスタン、キルギス、タジキスタン)、ベラルーシ、アルメニアという旧ソ連諸国で構成される軍事同盟体だ。 (The CSTO arrives in Iraq and Syria)

 CSTOの兄弟組織として、CSTOに中国を加えたような構成になっているSCO(上海協力機構)がある。中国の新疆ウイグル自治区からは、数百人のウイグル人が、タイやトルコを経由してシリアに入り、イスラム戦士(テロリスト)としてISISに参加している。トルコ国境近くのシリア国内で、ISISが占領して村人を追い出した村(Jisr-al Shagour)に、ウイグル人を集めて住まわせる計画をISISが進めていると報じられている。この計画が進展すると、中国の新疆ウイグル自治区で、イスラム戦士をこっそり募集する動きが強まる。中国政府は、シリア政府が望むなら、この計画を潰すためにロシア主導のISIS退治に軍事的に参加することを検討すると表明している。 (If Assad asks, China can deploy troops to Syria)

(上記の、シリアにISISのウイグル村を作る計画の黒幕は、以前からウイグルの独立運動をこっそり支援してきたトルコの諜報機関だと、イスラエルのメディアが報じている。トルコの諜報機関は、8月にタイのバンコクで起きたヒンドゥ寺院(廟)の爆破テロの実行犯を支援していた疑いもある。トルコのAKP政権は、ISISとの戦いでクルド人が伸張して与党の座をずり落ちかけているので、政権維持のために意図的に混乱を醸成している) (As Turkish election looms, Erdogan presses pro-Kurdish opposition) (クルドの独立、トルコの窮地)

 ロシアだけでなく中国もISIS掃討戦に参加するとなると、これは上海機構のテロ戦争である(もともと上海機構は911後、中国と中央アジアのテロ対策組織として作られた)。中露はBRICSの主導役でもあるので、BRICS(中露印伯南ア)も、このテロ戦争を支持しそうだ。中国が主導する発展途上国の集団「G77」(134カ国)も賛成だろう。G7以外の多くの国が、プーチン提案を支持することになる。 (Group of 77 - Wikipedia) (覇権体制になるBRICS)

 ロシア軍のシリア進駐に対しては、欧州諸国も支持し始めている。ドイツのメルケル首相やショイブレ財務相が賛意を表明したし、オーストリアの外相はイランを訪問し、シリアの内戦終結のための交渉にアサド政権も入れてやるべきだと表明した。これらの発言の背景に、シリアに対するこれまでの米国主導の戦略が、200万人のシリア人が難民となり、その一部が欧州に押し寄せるという失敗の状況を生んでおり、好戦的で非現実的な米国でなく、中東の安定を模索する現実的なロシアと組んで、シリア危機の解決に取り組む方が良いという現実がある。欧州は、ISIS掃討に関するプーチンの提案に賛成だろう。 (Western Europe needs Russia to solve crisis in Syria: Merkel) (German Finance Ministry calls on West to cooperate with Russia) (Austria joins growing voices that say Assad must be part of Syrian solution)

 ロシアは、シリアに軍事駐留するだけでなく、テロリストをのぞくシリアの各派とアサド政権をモスクワに集め、内戦の終結をめざす外交交渉も以前から仲裁している。プーチンは、シリアの内戦を解決したら、次はリビアの内戦終結も手がけるつもりかもしれない。その布石なのか、プーチンは今年、リビアの隣国であるエジプトの(元)軍事政権と仲良くしている。すでに書いたように、ロシアはイスラエルとイランの和解も仲裁し得る。先日は、パレスチナのアッバース大統領もモスクワを訪問しており、イスラエルがその気なら、パレスチナ問題もロシアに仲裁を頼める。

 これらのロシアの動きの脇には、経済面中心の伴侶として中国がいる。シリアをめぐるプーチンの国連での提案は、世界が米国覇権体制から多極型覇権体制へと転換していく大きな一つのきっかけとして重要だ。プーチンの提案に対し、米国が拒否権を発動したら多極型への転換がゆっくり進み、発動しなければ早く進む。どちらの場合でも、米国がロシアと立ち並ぶかたちでシリア内戦の解決やISIS退治を進めていくことはないだろう。米国が入ってくると、流れの全体が米国流の過激で好戦的な、失敗する方向に引っ張られる。国内で軍産と暗闘するオバマは、そんな自国の状況をよく知っているはずだ。オバマは、米国を健全な覇権国に戻すのをあきらめ、世界を多極型に転換させることで、世界を安定させようとしている。 (茶番な好戦策で欧露を結束させる米国) (プーチンを怒らせ大胆にする) (世界に試練を与える米国)

 露中やBRICSにEUが加わり、イスラエルまでがロシアにすり寄って、中東の問題を解決していこうとしている。米国は傍観している。そんな中で日本は、軍隊(自衛隊)をこれまでより自由に海外派兵できるようにした。安倍政権や官僚機構としては、対米従属を強化するため、米国が望む海外派兵の自由化を進めたつもりだろう。しかし、この日本の動きを、世界を多極型に転換していくプーチンのシリア提案と重ねて見ると、全く違う構図が見えてくる。

 プーチンが日本に言いそうなことは「せっかく自由に海外派兵して戦闘できるようにしたのだから、日本の自衛隊もシリアに進駐してISISと戦ってくれよ。南スーダンも良いけど、戦闘でなく建設工事が中心だろ。勧善懲悪のテロリスト退治の方が、自衛隊の国際イメージアップになるぞ。昨年、貴国のジャーナリストが無惨に殺されて大騒ぎしてたよね。仇討ちしたいだろ?。ラタキアの滑走路と港を貸してやるよ。日本に派兵を頼みたいってオバマ君に言ったら、そりゃいいねって賛成してたよ。単独派兵が重荷なら、日本と中国と韓国で合同軍を組むとかどう?」といったところか。

 この手のお招きに対し、以前なら「米国にいただいた平和憲法がございますので、残念ながら海外での戦闘に参加できません」とお断りできたのだが、官僚と安倍の努力の結果、それはもうできなくなった。対米従属を強化するはずの安倍政権の海外派兵策は、米国が傍観する中、ロシアや中国に招かれて多極化に貢献する策になろうとしている。今後、世界が多極化するほど、この傾向が強まる。8月の記事「インド洋を隠然と制する中国」の末尾でも、このことを指摘した。 (インド洋を隠然と制する中国)

 ISISは、米国が涵養した組織だ。ロシアは、ISISと戦う義理がない。それなのにロシアはISISとの戦いをかって出ている。軍港ラタキアの保持とか、シリアや中東を傘下に入れる地政学的な野心とか、ロシアには国際的な強欲さもあるが、シリアに進軍してISISと戦うリスクは、それらの利得を上回っている。シリア人の多くは今、アサド政権を支持しており、ロシアがアサド政権を支援することを歓迎している。ロシアは世界の平和と安定に貢献している。えらいと思う。

 反戦派の人々は「戦争をする人に、えらい人などいない。戦争反対。おまえは好戦派だ」と言うだろう。しかし、中東の多くの人々は、リスクをかけてラタキアに進軍してISISと戦い始めたロシアに感謝している。そもそも日本国憲法は、対米従属の国是を暗黙の前提にしている。米国の覇権が衰退している今、護憲派はこの点をもっと議論しないとダメだ。自衛隊がラタキアに行くべきだとは思わないが、ロシアには敬意を表するべきだ。


田中宇の国際ニュース解説
② 不透明が増す金融システム
     【2015年9月21日】
     http://tanakanews.com/150921bank.php

 9月17日、米連銀(連邦準備制度)が定例理事会(FOMC)を開き、利上げを見送ることを決めた。表向き、米国の景気が回復基調にあると報じられているので、連銀がリーマン危機後のゼロ金利策を脱し、7年ぶりに利上げするのでないかと期待されていた。利上げの実際の理由は、景気回復でなく、ゼロ金利策を続けていると不況になった時の対策である利下げができず不健全なので、日本やEUにゼロ金利策(QE)を続けさせ、米国だけ利上げしてドルの健全性を回復しようとするものだ。 (米国の利上げと世界不況)

 ゼロ金利の状態は、銀行の利益の源泉である利ざやを減らし、米欧日の多くの銀行が、じわじわと経営難になっている。米連銀は、米銀行界から「利上げしろ、さもなくば大量解雇に踏み切らざるを得ない」と圧力をかけられていた。 (Bankers Threaten Fed with Layoffs if it Doesn't Raise Rates And Bank Shares Got Crushed) (加速する日本の経済難) (On The Verge Of Collapse? HSBC To Cut 25,000 Jobs)

 連銀上層部は利上げしたかっただろうが、できなかった。その最大の理由は、中国など新興市場を中心に、世界経済が急速に減速して不況色を強めているからだ。理事会後の記者発表で、連銀のイエレン議長が世界経済の悪化を強調したため、世界的な景気の先行きを懸念して世界的に株価が下落した。 (Dovish Fed unnerves global equity markets)

 米連銀は、今回の利上げ話や昨秋のQE終了時などに、緊縮をするのかどうか、わざと明確にせず、市場を驚かせないようにしてきた。緊縮を実施しない時は「次の理事会で実施するかも」という言説をマスコミに流布させて目くらましにする策をとっている。今回も「12月の理事会で利上げすると予測する専門家か多い」といった記事が目立っている。しかし、今回の利上げ見送りの理由が世界経済の悪化であるのなら、12月や来年3月も利上げできないだろう。中国など新興市場の経済減速は始まったばかりで、来年にかけて顕在化(悪化)するだろうからだ。 (Yellen gives investors a world of worry)

 連銀が利上げを見送るのと前後して、米国の銀行間の短期融資の貸し倒れのリスク(TED Spread、銀行間融資と短期米国債の利回り差)が3年ぶりの水準まで上昇した。連銀が利上げを見送ると、米銀行界が経営難に陥るとの懸念から、リスクへの懸念が上昇したと考えられる。銀行間融資の貸し倒れリスクが高まると、銀行界のうち特に破綻しそうな銀行への融資の利回りが個別に上昇し、どこが危険か一目瞭然になっていき、その銀行の破綻が早まる。この現象は、07-08年にベアスターンズやリーマンブラザーズなどが次々に潰れた時に何度か起きている。危険な兆候だ。 (Interbank Credit Risk Soars To 3 Year Highs - Is This Why Janet Folded?)

 金融システムが健全な状態なら、危ないところとそうでないところの金利差がほとんどない。金利差が大きくなるほど、リスクプレミアム(リスクに対する評価額)が大きくなり、危機的になる。米連銀が利上げするなら、リスクプレミアムが小さい間にやる必要がある。さもないと、連銀が利上げ(短期金利の上昇)をやると、危ない銀行への融資金利が大きく上がり、危険さを扇動してしまう。今後、銀行経営がさらに苦しくなるだろうから、連銀の利上は今より困難になる。ゴールドマンサックスは、連銀は来夏まで利上げしないと予測している。状況が不透明な中、来夏のことなど今から予測できないはずだから、この予測は「もう連銀は利上げできない」といっているのと同じだ。来夏だと、来年11月の米大統領選挙に近すぎる。政治的にも考えにくいシナリオだ。 (Goldman Calls It: No Rate Hike Until Mid-2016) (アメリカ金利上昇の悪夢)

 米連銀は昨秋来、日本と欧州の中央銀行にQEを肩代わりさせ、リスクプレミアムの低い状態を維持しつつ、自分だけQEをやめて逆に利上げし、ドルを健全な状態に戻そうとしてきた。今回、米連銀が利上げを見送ったことで、日欧の中銀は、今後もしばらくQEを続けることが必要になっている(さもないとリスクプレミアムが上昇し、ジャンク債など高リスクの市場が危なくなる)。しかし、日本はもうQEを拡大できないし、欧州は拡大したくない。日銀は先日、QEを拡大しないことを発表した。 (Bank of Japan makes no change)

 前回の記事に書いたように、日銀が新たにQEの買い支えの対象にできる債券が、日本にはもうない。日銀はQEを拡大できず、むしろ買える債券が減る中で、しだいにQEを縮小せざるを得ない状況にある。自民党の安倍首相の側近は、日銀はあと10兆円QEを拡大すべきだと言っているが、頓珍漢であり、市場を煙に巻くために口だけ動かしている感じだ。 (◆行き詰る米日欧の金融政策) (Abe Adviser Says Next Month Good Opportunity for BOJ Easing) (S&P downgrades Japan, doubts Abenomics can soon reverse deterioration)

 先日、S&Pが日本国債を格下げした。理由は「(QEなど)アベノミクスに効果がないことがわかったから」だ。昨秋にQEを拡大した後、今春から日本経済はマイナス成長になっている。不況入りすれすれの状態だ。QEやアベノミクスに効果がないことは、S&Pの格下げを見るまでもなく、以前から明らかだ。なぜおえらい経済新聞や放送協会は、アベノミクスは効果がないからやめた方が良いと大々的に報じないのか。マスコミやその背後にいる官僚機構、安部政権の太鼓もちをしたがる人々こそ、非国民、売国奴(米傀儡)、もしくは軽信者(間抜け)である。 (S&P downgrades Japan's sovereign rating on concerns about economic outlook) (アベノミクスの経済粉飾) (逆説のアベノミクス)

 日本と同様に、EUもQEを拡大しろと圧力をかけられているが、EUの反応は日本より健全だ。EUを率いるドイツのショイブレ財務相は9月初め「通貨の増発(QE)や財政赤字の拡大で経済を再建しようとすると、危機が起こりやすくなるので良くない。財政均衡を維持するのが良い」と発言し、米国などが求めるQE拡大や財政出動の政策を否定した。独財務相の発言からは、米連銀が日本とEUに、QEを拡大しろと圧力をかけていたことがうかがえる(圧力がないなら発言も必要なかった)。日銀は(実はもう拡大が不可能ないのに)今はQE拡大の必要がないと記者発表してことわり、EU(独財務相)は不健全な策だからQEは続けるべきでないと発言してことわった。今後、日欧ともQEを縮小しそうな傾向だ。QEが縮小すると、米連銀は利上げしにくくなり、逆に米連銀自身がQEを再開せざるを得なくなる。無理矢理に利上げすると、リスクプレミアムが上昇してジャンク債市場が壊れる。 (Schaeuble warns central banks of fostering a new bubble) (German finmin says must avoid reliance on debt, cenbank stimulus) (German finance minister Schaeuble warns of market bubble)

 日本が、ドイツのように不健全なQEを拒否せず、米国より先に自国を財政破綻に追い込むQEを喜々として拡大してきた理由は、日本を支配する官僚機構が、官僚独裁(国会や政治家に実質的な力を与えない状態)を維持するため、米国が常に日本の上位にいて、日本が米国の傀儡である対米従属の体制を必要としているからだろう。米国は、日本を支配しているように見えるが、実のところ日本にさほど圧力をかけていない。米国が明確な圧力を日本にかけることは少ない。 (日本の官僚支配と沖縄米軍)

 安全保障でも経済でも「米国の圧力」と指摘されているものの多くは、日本が断りたければさしたる問題もなく断れるものだ。それを、外務省など官僚機構は「米国の絶対の命令」であるかのように「解釈」して国民を軽信させ、官僚独裁のための道具として使っている。本来、官僚は政治家(国民の代表)より下位にいるはずだが、戦後の日本では、米国(特に軍産複合体)が、日本の政治家よりさらに上位にいて、米国の意志を官僚が勝手に代弁(偽装)して政治家にやらせることで、官僚が米国になりすまし、事実上、政治家を下位においている。官僚が隠然独裁権力を維持するため、対米従属が必須になっている。ドルの強さ(米国覇権)が維持され、対米従属が維持できるなら、官僚機構は、QEのやりすぎで日本国債がデフォルトしてもかまわない。官僚にとって、国民の幸せよりも自分たちの権力維持の方がはるかに重要だ。 (米国を真似て財政破綻したがる日本) (日本経済を自滅にみちびく対米従属)

 話をもとに戻す。もう一つ、リスクプレミアムの上昇が起こりつつあるのが、米国シェール石油産業だ。先進諸国のエネルギー調査機関であるIEA(国際エネルギー機関)は先日、来年にかけて米国のシェール石油が減産するという予測を月例報告書の中で発表した。来年、非OPEC諸国で日産50万バレルの減産が起きるが、その80%が米シェール産業だとIEAは予測している。シェール産業は昨秋来の原油安の中で、無理に増産し、売上増で何とかしのいできた。 (Saudis are winning their war on shale oil) (Cheap oil `slams brakes' on US shale production)

 シェール産業は、油田開発に巨額の資金を必要とし、債券金融のかたまりのような産業だ。米シェール産業の大幅な減産は、増産による延命策が限界に達し、資金調達ができなくなって倒産が相次ぎ、業界ごと破綻していくことを意味する(IEAは先進国の機関なので、米国の産業の破綻をはっきり書きたくないのだろう)。シェール産業は10月に金融界から利回りなど融資条件の定例見直しを受ける予定で、その後資金調達コストが上がって経営難に陥って大減産するのかもしれない。 (IEA Sees U.S. Shale Oil Shrinking in 2016 on Price Slump)

 シェール業界の債券は、米国のジャンク債(高リスク債)市場の大きな柱の一つだ。シェール産業の崩壊は、米債券市場のリスクプレミアムの急騰になる。IEAの発表は、マスコミも肯定せざるを得ない「確実」な予測だ。シェールの債券が崩壊したら、米連銀は利上げでなく正反対のQE4が必要になる。 (Opec expects higher demand for its oil as shale production slows) (米サウジ戦争としての原油安の長期化)

 米国も加盟するIEAが米シェール産業の減産(破綻)を予測したのは驚きだが、これに負けない衝撃は、各国の中央銀行で構成されるBIS(国際決済銀行)が、中央銀行群がやっているQE(量的緩和策)の不健全性を正面から指摘する報告書を出したことだ。BISの分析部門のトップ(Claudio Borio)は、9月11日に発表した四半期ごとの分析書の中で、米連銀など世界の中央銀行が行ったQEによって世界経済は負債総額が急増して負債過多の脆弱な状態になっており、米連銀が利上げすると危険だと警告した。 (US interest rate rise could trigger global debt crisis) (BIS Quarterly Review, September 2015) (Dependence On Central Banks Is "Unrealistic And Dangerous")

 在野の分析者の中には、米連銀が2011年にQEを始めた当初から、QEは金融システムを一時的に延命する効果のみで、長期的には金融バブルを膨張させて危険だし、景気対策にもデフレ対策にもならないと警告していた人々がけっこういた。米連銀や日銀などは、QEの危険性を十分に知りながら、リーマン危機後になかなか蘇生しない米国の金融システムを延命させるため、やむを得ず、景気対策だとかデフレ対策だとかウソを言ってQEを続けてきた。BISの分析者も、そんな中央銀行関係者の中にいたはずだ。それなのにBISは、米連銀がQEをやめて何とか利上げして健全な状態に戻ろうともがいている今ごろになって、QEは悪い政策だと言い放ち、米連銀が健全化のためにやろうとしている利上げを「やると危ない」と反対している。BISの分析は正しいが、遅すぎて米連銀にとって有害だ。 (金融大崩壊がおきる) (米国と心中したい日本のQE拡大) (Global Economy Nearing a "Structural Recession")

 日欧がQEを拡大できないので、金融界は、自分たちの金融システムを守るため、民間のバブルを膨張させる延命策を強化している。07年の金融危機の元凶になった「サブプライム住宅ローン債券」も、サブプライムという名称を使うと投資家に忌避されるので「ノンプライム」という名称で復活し、増発されている。 (Riskier mortgage bonds are back - but don't call them subprime) (Las hipotecas subprime ahora se llaman "non-prime")

 米連銀が利上げできないことがわかり、米国の債券金融システムやドルが健全性を取り戻すことが難しいとわかった。米連銀は行き詰まっている。だが、しかし一直線で金融が崩壊に向かうわけでもない。新興市場から逃避した資金が米国債市場に入り、米国債の価格上昇(利回り低下)が起きている。米国債は簡単に崩れない。事態が不透明になり、方向感が失われている。金融当局や金融界は、統計や報道のあり方も握っているので、金融システムが行き詰まるほど、人々に行き詰まりを感じさせないよう、統計や報道をごまかし、事態はいっそう不透明になる。いずれ金融崩壊が起きるとしたら、それは突如として起きる。不透明さの増大は、危機が増していることを意味している。 (The Fed is Now Cornered) (Yellen gives investors a world of worry)

 ロンドンなど世界各地で、金地金の配給遅延がひどくなっている(日本では起きていないようだ)。ロンドンの金地金は、中国人やインド人が買いあさって母国に送ってしまったので、ロンドンは地金の在庫が払底している。東南アジアや欧州など、地金の在庫が減った地域では、金商社で金地金を買っても、くれるのは「証書」だけで、現物の金地金を手にするまでに何カ月もかかる。「金の取り付け騒ぎ」が静かに起きている。現物を早く受け取りたい人はプレミアムを払わねばならない。プレミアムの高騰が、金地金の実際の価格の上昇である。 ("It's Virtually Impossible To Get Physical Gold In London") (Gold demand from China and India picks up) (金地金の売り切れが起きる?)

 価値が信用に基づいていない金地金は、ドル(信用だけが命の不換紙幣)の最終的なライバルであり、金融界はドル防衛策の一環として、先物を使って金相場を引き下げ続けている。だから、金融崩壊が近づいても金相場は上がらないが、代わりに現物不足が起きている。 (Gold and Silver Bullion Demand Very Robust - Delays and Premiums Rising) (操作される金相場) (通貨戦争としての金の暴落)

 金融システムが崩壊すると、金地金の相場が高騰するが、その時が近いとは思えない。今後、債券金融システムが危なくなると、テコ入れのために米連銀が利上げをあきらめてQE4を開始するだろうが、そうするとまず金相場の引き下げに資金が使われ、金相場が再び大きく下がりそうだ。金相場の大幅な高騰は、ドルや債券のシステムが完全に壊れた後にならないと起きないだろう。「金地金が輝くのは、ドルが不換紙幣であることが完全に露呈した後だ」と、ドルの不換紙幣性について詳しい元下院議員のロン・ポールが指摘しているとおりだ。 (金暴落はドル崩壊の前兆)

 また米国では最近、株価の急落が近いという指摘があちこちから出ている。ノーベル賞を取った経済学者ロバート・シラーは最近、相場の分析から、米国の株価が明らかなバブル状態になっていると警告した(マスコミは当然、シラーは間違いだと指摘する「専門家」の意見を多く流布している)。金融システムにとって、株式より債券の方がずっと重要だ。金融界は、債券市場が危険になると、株式の急落を誘発・容認し、株式から債券に資金が移動するよう仕向けて、債券を延命させる。金融崩壊が起きるなら、その前に株価の急落が起こる。 (Shiller issues fresh warning about stock bubble) (格下げされても減価しない米国債) (Shiller Ditches U.S. Stocks, Says It's a 'Dangerous Time') ('Absolutely not': Reaction to Shiller bubble warning)


田中宇の国際ニュース解説
③ 英国に波及した欧州新革命
     【2015年9月17日】
     http://tanakanews.com/150917uk.php

 9月12日、英国の2大政党の一つである労働党で、党首選挙の結果が発表され、左翼の国会議員であるジェレミー・コルビン(Jeremy Corbyn)が当選した。コルビンは、党内投票で59・5%を得票した。他の3候補はそれぞれ19%、17%、4・5%しか得票できず、コルビンの圧勝だった。 (Labour Party (UK) leadership election, 2015 From Wikipedia)

 この選挙結果が驚きなのは、コルビンが、英マスコミがいうところの「極左」だからだ。右派の新聞であるテレグラフ紙は、コルビンを「頭のおかしな変人(nutjob)」と形容する記事を出した。コルビンについてテレグラフが最も酷評した点は、彼が「緊縮財政政策の中止」「削減した社会福祉の復活」「金持ちや企業への増税」「鉄道や電力ガス会社の再国有化」「大学の授業料無償化」「貧困層のため家賃水準を統制する」「中央銀行の政府からの自立の剥奪」など、サッチャー政権以来30年以上、英政府が超党派で進めてきた市場主義の経済政策を否定して元に戻す政策を掲げていることだった。 (Corbyn has just appointed a man from cloud cuckoo land as shadow Chancellor) (Telegraph Calls UK's New Shadow Chancellor "Nutjob", Promptly Retracts)

 コルビンは、英中銀に造幣させて作った資金で、金融界を救済するのでなく、インフラ投資など実体経済をてこ入れする事業を行う「人々のためのQE(people's quantitative easing)」も提唱している。米日欧の中銀がやってきたQEは、金融界を救済することだけが目的で、実体経済をてこ入れしていないが、コルビンはそれを見抜いている。国際政治面で、コルビンは「英国のNATO離脱」「核兵器(トライデントミサイル)の放棄」「パレスチナ人を虐待し続けるイスラエルへの経済制裁」「シリア空爆の停止」「ロシアはウクライナ問題で米欧から濡れ衣的に不当に非難されている」など、反米的であり、既存の英国のエリート政治と正反対な方向をめざしている。 (Jeremy Corbyn, the UK Labour Party's radical new leader, explained) (Labour Names Opponent of BOE Independence as Finance Spokesman)

 緊縮財政政策への強い反対は、ギリシャの政権党シリザや、スペインで急拡大した野党ポデモス、イタリアの五つ星運動など、私が以前の記事で「欧州新革命」と呼んだ、欧州の従来のエリート層がやってきた市場主義経済政策を拒否する草の根からの政治運動と同じものだ。親露的・反米的である点も、コルビンとシリザなどはよく似ている。 (ギリシャから欧州新革命が始まる?) (革命に向かうEU)

 英労働党は、1994年にトニー・ブレア(元首相)が「新しい労働党(New Labour)」の標語を掲げて党首になって以来、市場主義(金融優先、金融主義)の経済政策を党の基本方針としてきた。2007年に米国でサブプライム危機が起こり、翌年のリーマン危機につながる米英の金融主義の経済体制の崩壊が始まるとともにブレアは首相をやめ、2010年に労働党は選挙に負けて野党になった。 (Tony Blair From Wikipedia)

 その後、米国はQEなどバブル膨張策(金融の超緩和策)で金融システムの延命をはかってきたが、この延命策の不健全性は明らかで、米連銀は日欧にQEを肩代わりさせて自分だけ利上げして健全性を回復しようとしている。こんな状態なのに、英労働党の上層部は、その後も金融主義を信奉するブレア一派が席巻してきた。ブレア一派は、今回の党首選でコルビンが優勢とみるや、ブレア自身やブラウン元首相、ストロー元外相らが「コルビンが党首になったら労働党は次の総選挙で惨敗する」と、さかんに圧力をかけた。 (Corbyn taps into rising mood of populism on the left)

 草の根の労働党員たちの多くは、ブレア派が大嫌いだった。リーマン危機後、英国の一般市民の生活は悪化する傾向だが、その中で現在の保守党政権は、政府の財政難を支出の切りつめによって乗り切ろうとしており、社会保障や福祉、教育の分野で行政サービスを削減している。草の根の労働党支持者たちは、労働党が保守党の財政緊縮策に強く反対すべきだと思っているが、労働党の国会議員の多くは市場主義を信奉するブレア派で、財政難になったら福祉などの削減をせざるを得ないと考え、保守党の緊縮策にたいして反対していない。 (Jeremy Corbyn's Victory and the Demise of New Labour) (Corbyn win shakes up UK Labour as Blair's shadow fades)

 2010年の選挙に負けて野党になった後、労働党はブレア派のエド・ミリバンドが党首になり、草の根党員の不満をすくい上げる意味で、ある程度左傾化した政策をとった。ミリバンドは「赤いエド」とまで呼ばれていたが、左傾化は中途半端で、党内の不満は解消されず、党を離れる者が多く、世論一般からの受けも悪く、労働党は今年5月の総選挙で惨敗、ミリバンドは引責辞任し、今回の党首選挙となった。 (Champion of Palestinian rights wins leadership of UK Labour Party)

 労働党は左傾化して今年の総選挙に惨敗したのだから、もっと左に寄って極左のコルビンが党首になっても惨敗を重ねるだけだ、というのがブレア派の主張だ。しかし今回の党首選は、従来の党内選挙と異なり、3ポンド(約600円)を払って支持者登録すれば英国民の誰でも投票できる新制度を採用していた。2010年から今年までに党員や党支持者になった人の多くがコルビン支持で、今年新たに党員や支持者になった人のほぼ全員がコルビン支持だった。 (Jeremy Corbyn, the UK Labour Party's radical new leader, explained)

 党首選後、コルビンの人気はむしろ加速した。コルビンが党首に決まった後の5日間(9月12-16日)に、3万人が党員や支持者として新規登録した。このような人気の高まりは、コルビンの圧勝が、労働党内だけでなく、一般の英国民(中産階級、労働者層)の多くが、英国の現在の緊縮財政や、対米従属的な外交政策(シリアやリビア、アフガニスタンを空爆して難民が欧州に押し寄せる事態を作ったことなど)に反対していることを示している。コルビンが59・5%を得票したのと対照的に、ブレア派の党首候補だったケンダル(Liz Kendall)は、4・5%しか得票できなかった。 (Jeremy Corbyn Says Labour Will Win Next Election As Membership Soars) (Thousands join UK Labour after Corbyn victory)

 草の根に支持されて極左のコルビンが労働党首から首相になった場合、彼の政策は成功するのか。コルビンが強く拒否している英国の国営企業の民営化や市場主義の経済政策は、1970年代の労働党政権時代に英国が財政破綻に瀕した後、79年に労働党から政権を奪ったサッチャーの保守党政権が導入した。サッチャーが進めた市場主義の経済政策(民営化、市場化、自由化、規制緩和、ビッグバン)は、公共サービスの効率を上げ、民営化して株式を上場することで税金でなく内外の投資家から資金を集めて公共サービスを運営した。株価の上昇で、政府も投資家も儲かった。これは、その後40年続いた金融拡大、バブル膨張の始まりだった。金融界と政府が合体し、ロンドンは世界的な金融センターになった。英国と同様の手法もレーガン政権の米国も採用し、90年代を通じて米英は金融の力で経済を再建し、71年のニクソンショック(金ドル交換停止)以来へこんでいた覇権を再構築した。 (激化する金融世界大戦) (世界多極化:ニクソン戦略の完成)

 米英の2大政党制は、右派(米共和党、英保守党)と左派(米民主党、英労働党)の対立関係だ。80年代に市場主義の経済政策を導入したのはサッチャーとレーガンという米英の右派政権だった。しかし特に米国の右派は、覇権を金融主導に転換することで、それまでのソ連との敵対関係を扇動維持することで成り立っていた軍事主導の覇権体制からの脱却をもくろみ、米ソ冷戦を終結した。しかし、金融化によって覇権戦略から外されることになった共和党内の軍産イスラエル複合体が反逆し、サダム・フセインをクウェート侵攻に誘導して湾岸戦争(米国が中東を長期に軍事支配せざるを得なくなることを目的とした戦略)を引き起こすなど、右派の内部で暗闘になった。 (多極化の本質を考える)

 この右派の混乱で漁夫の利を得て政権をとったのが、92年の米大統領選挙で「(重要なのは軍事外交、軍産、軍事覇権でなく)経済(市場主義、金融覇権)だよバーカ(It's the economy, stupid)」の名言をはいて当選した民主党のクリントンだった。クリントンの登場は、覇権の金融化によって外された軍産イスラエルの反逆を防ぐため、金融覇権を運営する米国の政権を共和党から民主党に移してしまう策だった。英国もこの転換を真似て、出てきたのが94年からの「新しい労働党」のブレア、ブラウンのコンビだった。外された軍産イスラエルは、しばらく冷や飯を食わさた後、01年に米国が共和党政権に戻った後に911テロ事件を引き起こし、クーデター的に復権したが、ネオコンなど過激にやって自滅させる隠れ多極主義者たちが権力中枢に取り付いて失敗させた。 (It's the economy, stupid From Wikipedia,)

 サッチャー・レーガン時代から拡大し続けた金融システムは、00年のIT株バブル崩壊あたりから限界が見え始め、08年のリーマン危機で崩壊期に入った。その後、米日欧の中央銀行のQEなど金融緩和策によって金融は延命し、株価が高騰してあたかも景気が回復しているかのような演出がなされている。だが、米国からQEを肩代わりさせられた日欧は、もうQEを拡大できない状態で、延命策は行き詰まっている。米英日とも、金融の延命を優先し、実体経済の回復を統計粉飾でごまかした。一般市民の生活は悪化し、貧富格差の拡大や、中産階級から貧困層への転落、正社員(年収500万円)が減って派遣社員(年収200万円)が増える貧困化が広範に起きている。世界は、大恐慌以来のひどい不況入りが目前だ。 (行き詰る米日欧の金融政策)

 英労働党首になったコルビンは、サッチャーが市場主義の政策を始めたときから、市場主義に反対していた。35年経って、市場主義がバブル崩壊して失敗し、世界が大不況になるからといって、ずっと反対していた者が首相になって元に戻せば良いというものではない。しかし、貧富格差が拡大し、貧困層が増えて困窮しているなら、金持ちに対する税金を引き上げて貧困救済や社会福祉に回すのが自然な政策だ。英国では、民営化された公共サービスが、利益を重視して値上げや不採算部門の縮小など、サービスの低下を引き起こしている。これまで経済の全分野が底上げ的に金融バブル膨張の恩恵を受けてきたが、リーマン危機後それが減り、今後はさらに悪化する。経済の全分野で採算が悪化するなら、国民生活にとって重要な電力ガスや鉄道などのサービス維持のため、再国有化が必要になる。 (As French are taking our power away from us Jeremy Corbyn vows to take it back)

 英国で次の総選挙が行われるのは早くても2020年だ。コルビンの労働党が与党になるとしても、それは早くて5年後だ。しかし、この5年の歳月は、コルビンにとってむしろ好都合だ。今はまだ、中央銀行のQEなどのトリックによって、金融危機が再燃しておらず、株価が上昇し続け、市場主義に基づく経済体制や金融システムが健全に機能していると多くの人が勘違いしている。現状では、コルビンは時代遅れで頭のおかしな変人だ。金融が崩壊せず延命し続ければ、コルビンは変人のまま、次の総選挙で負けるだろう。しかし、今後5年間ぐらいの間に金融が再崩壊し、世の中の方がコルビンに近づいていく可能性が増す。今すでに保守党のキャメロン政権への支持率は20%台しかない。 (Britain's Unsettling Omen) (Corbyn election shows Britons no longer want war: Activist)

 今回の労働党党首選挙をよく見ると「世の中」だけでなく、労働党の上層部も、コルビンを必要としていた感じだ。労働党は昨年、党内選挙のやり方を根本的に変えた。この変更がなければ、コルビンは勝てず、いまだにブレア派が党を席巻していただろう。従来の党内選挙制度は、選挙権を3分割し、3分の1を国会議員、3分の1を労組など支持組織、そして残りの3分の1を党員個人による投票に与えていた。既存の選挙制度だと、コルビンが個人投票で60%をとっても、それは60%の3分の1の20%の得票しか意味しなかった。 (Labour Party (UK) leadership election, 2015 From Wikipedia)

 草の根の党員は親コルビン・反ブレアだが、党の上層部は逆に反コルビン・親ブレアだ。労働党の国会議員232人のうち、党首選前にコルビンを支持していたのは15人しかいない。国会議員票のほとんどはコルビン以外に行く。労組も、上層部はブレア派がおさえてきた。既存の選挙制度だと、コルビンは勝てなかった。ところが、一昨年から昨年にかけて、党内選挙を改革する動きがあり、党のコリンズ総書記(Ray Collins、終身の貴族院議員)が昨年、一人一票の個人投票だけの選挙制度に変えるべきとする報告書を出し、それが具現化されるかたちで今回の党首選が実施された。 (Ray Collins, Baron Collins of Highbury From Wikipedia)

 労働党の上層部は、草の根の支持者たちが反ブレアでコルビン支持で、一人一票の選挙制度にしたらコルビンが勝つと知っていたはずだ。ブレア派は、この選挙制度改革に反対したはずだが、それを乗り越えて一人一票の制度が導入されている。ブレア派のさらに上部にいる英国の最上層部に、金融システムと米国覇権の崩壊、市場主義やブレア派の破綻を見越して、次の英国に必要なのはコルビンが主張するような政策だと考えた人々がいた感じだ。コルビンを勝たせたのが、党内選挙制度を変更した労働党(英国)の上層部であることは間違いない。 (Can Jeremy Corbyn Free Labour From the Dead Hand of Tony Blair?)

 英国の対岸にあるフランスは、社会党のオランド大統領が政権をとっているが、従来からの市場主義や緊縮策へのこだわりを捨てておらず、国際政治面でも米国との協調を重視して対露制裁への参加を続けている。このままだと17年の次期大統領選で、人気が急上昇した極右のマリー・ルペンに政権を奪われかねない。そんな中、左派の新聞リベラシオンは、1面から3面までを全部使い、英労働党でコルビンが党首選で勝ったことを大歓迎して報じた。今後、フランスでも、与党の社会党内で、緊縮財政政策の放棄や、ロシアやシリアに対する敵視をやめて反米方向に左旋回することを求める動きが強まるかもしれない。 (Le Corbynmania! Paris media hail the socialist hardliner) (Jeremy Corbyn: Now Corbynmania spreads to France)

 今年初め、ギリシャで極左政党シリザが政権をとって始まった「欧州新革命」は、スペインやイタリアなど南欧を席巻し、今回英国に上陸し、フランスなども影響を受けている。新革命は欧州を、経済面の市場主義(新自由主義)と、政治面の軍事偏重戦略という、対米従属がゆえの基本政策から離脱させようとする動きだ。この革命が進展するとEUは、対米従属をやめて自立し、NATOがすたれ、対露協調が進み、多極的な新世界秩序における極の一つになる。EUはすでに、イタリアの共産党(社会民主党に改名)の国会議員だったモゲリーニを外相(外務・安全保障政策上級代表)にするなど、対米自立的な新体制を採り始めている。欧州新革命は今後さらに進み、ロシア革命以来の欧州の大きな政治転換になりそうだ。 (イスラエルとの闘いの熾烈化)

 ドイツ(独仏)主導のEUが国家統合を進める中で、昔から欧州大陸諸国からの距離感を重視する沖合島国の英国では最近、EUに取り込まれることを是認するか、それとも離脱するかをめぐる議論が再燃している。英国がEUから離れるなら、スコットランドは英国から独立してEUに直接加盟する道を選びたがるだろう。コルビン主導の労働党が政権をとった場合、英国は、このジレンマを乗り越える。英国は、EU内の他の左翼政権の諸国と協力してEUを対米従属から引き剥がして乗っ取る動きに参加するからだ。 (スコットランド独立投票の意味)

 今回の労働党首選で、コルビン陣営がスコットランドで支持者集会を開こうとしたところ、集会参加の整理券が、配布開始から数時間で売り切れてしまい、急いで会場を広い場所に変える事態になった。労働党は5月の選挙で、スコットランドで持っていた約40の議席のほとんどを失い、その分がスコットランド独立党(SNP)の躍進になったが、コルビンの登場で労働党はスコットランドで巻き返し始めた。英国から独立してEUに直接加盟するのでなく、英国の一員として欧州新革命に参加する道を選びたいスコットランド人が出てきたことを意味している。コルビンの登場に、SNPは危機感を持っている。SNPは、スコットランドの独立を問う再度の住民投票を前倒ししようとするかもしれない。 (Can Jeremy Corbyn Free Labour From the Dead Hand of Tony Blair?) (British election results produce seismic political shift in Scotland)

 コルビンの登場は、英国が、米国覇権の黒幕として世界を(金融から)支配して繁栄を維持する従来の(すでに機能不全に陥って何年も経っている)国家戦略を放棄し、米英同盟を重視しなくなり、代わりに新革命に参加して欧州で大きな力を持つことで、今後の米国覇権崩壊後の多極型世界を生き抜く道を模索し始めたことを意味している。この動きはすでに今春、英国が米国の反対を押し切って中国の地域覇権的な国際金融機関AIIBに参加したことにも表れている。 (日本から中国に交代するアジアの盟主)

 コルビンの登場は、米国覇権の崩壊と多極化への英国の対応として、必要不可欠なものに思える。コルビンの登場は、英国の国家戦略であるといえる。それを実現する方法として、英国の上層部は、労働党内の選挙制度を目立たないように変え、国民の民意がコルビンを首相に押し上げていく民主主義のかたちをとって実現している。この点は、民主主義制度を創設した英国のすばらしさだ。民主主義を所与のものとして、深く理解せず形式だけ導入し、権力中枢も国民も民主主義をうまく使いこなせていない(中国やベトナムなどは、形式的な導入すらできない)アジアなどの後発諸国(当然、日本も含まれる)には真似できない高度な政治芸能を、英国は持っている。


田中宇の国際ニュース解説
④ クルドの独立、トルコの窮地
     【2015年9月9日】
     http://tanakanews.com/150909turkey.htm

 シリアの反政府武装勢力の一つに「第30部隊」(Division 30、New Syrian Forces)がある。内戦が長引くなか、反アサド武装勢力の多くはISISやアルカイダ(アルヌスラ戦線)といったイスラム過激派で、穏健派の武装勢力がクルド人しかおらず、シリア国民のほとんどを占めるアラブ人の穏健派武装勢力がない(以前にいた穏健派武装勢力は亡命するか、過激化してISISやアルヌスラに鞍替えした)。米国は、ISISやアルカイダを敵視しているので彼らと一緒に反アサド戦線を組めない。米国は、自分らと組める穏健派の反アサド武装勢力を作ろうと、昨年、5億ドルの政府予算をつけ、5千人の穏健派シリア人を集めて軍事訓練してシリアに送り出す計画を開始した。 (New Syrian Forces - Wikipedia)

 だが、米国の代理人が北シリアのアレッポ周辺で行った穏健派勢力の募集は、ほとんど人が集まらなかった。シリア人の多数を占める穏健的な人々は、ISISなど過激派を嫌っていたが、同時に米国も嫌いだった。穏健派市民の多くは、アサド政権が持続してISISが退治されることを望んでいた。アサドを嫌う人も、米国の力を借りて武力でアサド政権を倒すべきだとは考えていなかった。募集担当者は、米国との関係を強調しすぎたので、米国の傀儡勢力を集めようとしているとみなされ、人々にそっぽを向かれた。米政府は、それならクルド人(シリアの人口の10%前後)を軍事訓練しようと考えたが、米国と組んで第30部隊の創設を手がけていたトルコが、クルド人を敵視しており、猛反対した。トルコはむしろ、トルコ語を話すトルクメン人(シリアの人口の数%)を集めたいと主張した。失策と混乱の中、結局集まったのは約百人だけで、その多くはトルクメン人だった。 (Lessons from the Bay of Pigs in the Syrian `Division 30' debacle)

 米国が武装勢力を訓練してシリア内戦を激化することについて、国防総省や軍産系の勢力とトルコは熱心だったが、オバマ大統領は消極的で、むしろロシアが仲裁する和平交渉に期待していた。そのため第30部隊は超少人数でかまわないということになり、今春からトルコで軍事訓練を行い、7月半ばにシリアに入国し、戦闘を開始することになった。だが、彼らは目立たないように入国したにもかかわらず、すぐ一部のメンバーがアルヌスラに誘拐され、残りのメンバーは事前に設置してあった基地に到着したものの、すぐにアルヌスラに攻撃され、何人かが戦死した。米国が渡した新品の武器も奪われた。米軍機が援護の空爆をしにきたが、くるのが遅すぎた。 (Obama's "Moderate Terrorists": US Trained and Funded Syrian Rebel Force Division 30) (シリア内戦を仲裁する露イラン)

 第30部隊のシリア入国の前、米国のエージェントがアルヌスラと話をつけ、ヌスラは30部隊を攻撃してこないはずだった。30部隊は全滅を避けるため「自分たちの敵はISISであり、ヌスラは敵でない。米国がヌスラを敵視するのは間違っている」と表明した。彼らは、親ヌスラに鞍替えすることで、身を守ることにした。米国が巨額の予算をつけて訓練した穏健派武装勢力は、過激派ヌスラの軍門に下った。 (US-trained Syrian fighters refusing to fight)

 30部隊は、隠密にシリアに入国したのに、すぐヌスラに誘拐された。それは、米国直系の軍事勢力がシリアにできることをいやがったトルコ当局が、30部隊の入国をヌスラに知らせたからに違いないと、米国の当局者がマスコミに話している。トルコが裏切ったというわけだ。30部隊の入国は、米国とトルコの当局しか知らないことだった。 (Turkey duped the US, and ISIS is reaping the rewards)

 しかし考えてみると、30部隊の多くはトルクメン人で、トルコに好都合だ。トルコは、シリアでISISと戦う唯一の穏健派武装勢力であるクルド人が、米欧やロシアなどから支持・支援されて台頭していることに大きな脅威を感じている。トルクメン人主体の穏健派武装勢力がISISを打ち負かして功績を挙げ、クルド人に負けずに世界から支持支援されるようになることこそ、トルコの望むところだ。トルコが30部隊を潰そうとしたという説はおかしい。 (War with Isis: Is Turkey's buffer zone in Syria a matter of self-defence - or just anti-Kurd?)

 30部隊が基地を作った北シリアのアザーズ(Azaz)の周辺は、北シリアのトルコ国境近くに2カ所あるクルド人の地域(コバニとアフリン Efrin)の間に位置し、2つのクルド人地域が合体して独立国に近い自治区(Rojava、西クルド)になっていくのを妨害できる要衝にある。クルド軍(YPG)は北イラクでISISと戦い、国境沿いの2つのクルド人地域を合体する影響圏の拡大を試みている。トルコは、2つが合体して独立国に発展するのを防ぐため、国境沿いにISISやアルカイダの巣窟(飛行禁止区域)を意図的に作っていたが、30部隊の基地はその地域内にあった。30部隊はトルコに嫌われていたのでなく、むしろトルコの傀儡だった(資金だけ米国が出していた)。30部隊を失敗させたのは、トルコでなく米国自身の内部勢力だろう。 (Despite demands, Syria no-fly zone a no-go for US) (Rojava - Wikipedia)

 米国の新聞は、30部隊の失敗を、1961年に米諜報機関が亡命キューバ人を訓練してキューバに攻め込ませて惨敗した「ピッグス湾事件」と同質な、あまりに稚拙な作戦と指摘している。ネオコンが03年のイラク侵攻の大義として「イラクの大量破壊兵器保有」を扇動した時も、あとですぐばれる稚拙さだった。これらはいずれも、米国の諜報界に、過激で稚拙な戦略を扇動・遂行して意図的に失敗に導く勢力がいることを示している。ネオコンの真の目的が、米国の覇権を自滅させる隠れ多極主義だったとしたら、彼らは大成功している。30部隊の壊滅も同様に、わざと稚拙にやって失敗させる米諜報界の策の観がある。 (歴史を繰り返させる人々) (Syrian rebels: Turkey tipped al Qaida group to U.S.-trained fighters) (Lessons from the Bay of Pigs in the Syrian `Division 30' debacle)

 オバマが今夏イランを制裁解除し、台頭に導き始めて以来、シリア情勢は、イランやロシアが優勢、米国やトルコが劣勢となっている。イランとロシアは、シリアのアサド政権と、唯一の穏健派武装勢力であるクルド人を和解させ、その上でアサドとクルドの連合軍がISISを倒し、ヌスラを解散させる計画だ。この計画では、クルド人が北シリアの居住地域に準国家的な自治区を作ることをアサド政権が容認し、クルド人はアサドが政権に残ることを容認し、両者とシリアの他の諸勢力で連立政権を作る。プーチンは先日、アサドが連立政権化を了承したと述べた。 (Putin: Syria's Assad Ready to Share Power) (イランがシリア内戦を終わらせる)

 クルド人は、第一次大戦後に国家創設を認められず(英国は、いったんクルド人にトルコ帝国からの独立運動を扇動したが、トルコ共和国ができるとクルドの独立を支持しなくなった)、トルコ、イラク、シリア、イランの4カ国に分かれて住んでいる。このうちイラクは、クルド人自治区がすでに独立国に近い状態だ。シリアも、露イランの調停で内戦が和解するとクルド人の準国家ができそうだ。イランでは、中央政府がクルド地域のインフラ整備を急に進めたり、初めてクルド人の外交官を大使に任命するなど、クルドの懐柔を試みている。クルド人は、イラクとシリアでも親イラン(反アラブ)の傾向で、イランのクルド人が分離独立する懸念は今のところ低い。だがトルコでは、中央政府とクルド人(PKK)の対立が続いており、イラクとシリアのクルド人が独立傾向を強めると、トルコのクルド人(国民の2割)も合流しようとする動きが強まる。 (Growing Kurdish Unity Helps West, Worries Turkey) (Sunni Kurd named Iran's first envoy in Cambodia, Vietnam)

 11年からのシリア内戦で、トルコはアサド政権の転覆を求めたが、内戦前の米軍イラク侵攻後の時代、トルコとシリアの関係は改善し、貿易が急増し、09年には合同軍事演習も行われた。しかし米国がアサド敵視を強めて内戦を誘発し、内戦でアサド政権の崩壊が現実の可能性として出てくると、トルコは、アサド政権崩壊でクルド人が独立国を作り、イラク側のクルド人地域と合体していくことを恐れた。トルコは、アサドが嫌いだからというより、シリアのクルド人の独立を阻止するため、あえてアサドを敵視して米国に協力するかたちでシリアに介入した。昨年、シリアとイラクにISISが出現し、クルド人と対峙するようになると、トルコはISISを支援し、クルド軍がISISと戦って疲弊するよう仕向けた。 (Syria-Turkey relations - Wikipedia) (Syrian Kurdish leader: Turkey turns blind eye to ISIS) (Kobani Surrounded, Kurds Report ISIS Fighters Attacking From Turkey)

 だがシリア北部の戦況は、しだいにクルド軍が優勢になり、ISISは追い出された。米国では、軍産複合体がISISを支援していたが、オバマ政権は軍産の好戦戦略を嫌い、軍産より過激にやって軍産の戦略を破綻させる策をやった。オバマ政権は、濡れ衣に基づくイラン制裁を解除してイランを強化し、イランがアサド政権やクルド人を支援する力を強めてやったり、ロシアがイランの肩を持ち、アサドやクルド人が有利になるシリア内戦の和解策を進めるよう、ケリー国務長官が何度も訪露したりした。その結果、シリア内戦は、クルド人やイランが優勢、ISISやトルコが劣勢となった。 (Turkey takes off gloves in battle against ISIS) (イランとオバマとプーチンの勝利)

 イランが制裁を解除されて台頭する道筋が確定的になった今年7月、オバマ政権はトルコに対し、これまでのようなISISへの支援や黙認をやめ、ISISとの戦いにきちんと参加するよう求めた。トルコはそれを了承したが、同時に、これまでISISにクルドを攻撃させていたのができなくなるため、トルコ軍が直接、シリアにあるトルコのクルド人過激派PKKの拠点を空爆し始めた。トルコは2年前からPKKと結んでいた停戦協定を一方的に破棄した。トルコのエルドアン大統領は最近「ISISよりPKKの方がトルコにとって脅威だ」と、本音を暴露している。 (Turkey Invades Iraq: Two Battalions Launch Ground Incursion In "Hot Pursuit" Of "Terrorists") (Erdoan says PKK, not ISIL, urgent threat for Turkey)

 イラクのクルド人は03年の米イラク侵攻前、米イスラエルに支援されてサダムフセインと戦っていたころから武装し、立派な軍隊(民兵団、ペシュメガ)を持っていたが、シリアのクルド人は、11年に内戦が始まるまでほとんど武装していなかった(アサド政権に弾圧されていた)。シリアのクルド人を武装させ、軍隊(YPG)の強化に貢献したのは、シリアを拠点にトルコ政府軍と戦っていたトルコ人クルド組織PKKだった。PKKは、YPGの生みの親といえる。YPGはシリアでISISと戦う唯一の穏健派勢力で、今や米欧のISIS退治に不可欠な友軍だ。それなのにトルコは、YPGの親分であるPKKを分離独立主義のテロリストとして空爆殺害し続けている。 (Kurds Accuse Turkey of Allowing IS Attack on Kobani) (People's Protection Units From Wikipedia)

 トルコにしてみれば、トルコから分離してクルド人国家を作ろうとするPKKは、ISISができるずっと前(80年代)からの脅威であり、ISISと戦える勢力がPKKの子分であるYPGしかいないという理由でトルコにPKK敵視をやめろと圧力をかける国際社会の方がおかしい、ということになる。しかし、そもそもトルコ・ナショナリズムに基づいてクルド人の民族意識を抑圧し、人権弾圧してきたトルコの国是に問題があるという話にもなり、クルド問題でトルコは国際的に孤立しそうな流れになっている。 (The YPG: America's new best friend?)

 中東の国境線の多くは第一次大戦後に確定した。その後、トルコやイラク、シリアなど、新生国家が各自のナショナリズムを扇動して国内を統合することが国際的に奨励され、自分の国を持てなかったクルド人の民族意識は軽視された。トルコ政府が国民の2割を占めるクルド人を「まつろわぬ民」として弾圧しても、誰も非難しない時代が続いた。しかし今、覇権国である米国が、イラク侵攻(3分割誘導)やテロ戦争という名の混乱醸成、エジプトやシリアの政権転覆の誘発、ISIS涵養など、中東諸国の根本的な枠組みを変えてしまう(故意の)失策を続けた結果、中東は第一次大戦当時に匹敵する再編期に入っている。 (わざとイスラム国に負ける米軍) (米英を内側から崩壊させたい人々)

 露イラン主導のシリア再建策が成功したら、シリアとイラクにクルド国家が作られる可能性が高まる。トルコとイランでも、クルド人の自治拡大要求が強まる。特にトルコは、国内にクルド人の自治区を作ることを認めざるを得なくなるかもしれない。この流れを食い止める策として、トルコ軍がシリアやイラクに侵攻し、ISISと組んでクルド軍を完全に潰すという選択肢があるが、これをやるとトルコはまったくの「テロ支援国家」になる(与党AKPが11月の選挙に勝つためにクルドに本格戦争を仕掛ける可能性がある)。 (AKP may resort to civil war to remain in power: Turkey opposition)

 トルコの現政権(AKP、エルドアン政権)は、2002年に政権をとって以来、それまでの政権よりもクルド人に融和的だった。以前の政権はイスラム政治を敵視する世俗主義で、トルコ・ナショナリズムのみを基盤としたため、同化に消極的なクルド人への弾圧が必須だったが、AKPはイスラム主義の傾向を強めたため、トルコ人もクルド人もイスラム教徒が大多数である点で変わらず、クルド人を無理矢理トルコ人として同化する必要が減った。AKPは、それまで禁止されていたクルド語の教育や放送を認め、12年からはクルド人組織PKKと停戦した。しかし、シリア内戦でのクルド人の国際発言力の拡大を受け、クルド人の独立機運が強まり、それを封じるためトルコ軍は昨秋からPKKへの空爆を再開している。 (Kurdish Anger Soars as Turkey Won't Open Iraq Arms Corridor)

今年6月のトルコの総選挙では、クルド運動家と左翼運動家が作った政党HDPが躍進し、AKPは02年以来初めて過半数をとれなかった。11月にやり直し選挙をすることになり、AKPはとりあえず連立政権を作ろうとしたが、第2政党のCHPは短命とわかっている政権への参加を拒否した。AKPは結局、親クルド政党であるHDPと連立政権を組んだが、クルド政党が与党に入る前代未聞の事態の中で、トルコ軍がクルドのPKKへの空爆を拡大するという異様な展開になっている。 (Turkey appoints opposition groups to interim cabinet)

 今年7-8月には、トルコからギリシャを通って西欧に行こうとするシリア人などの難民が急増し、全欧的な大騒動になった。トルコからギリシャ経由で西欧に向かう難民の7割程度がシリア人で、そのほとんどは内戦勃発後、シリアから出てトルコに何年か住んでおり、今回新たにシリアから出てきたわけでない。対岸のギリシャのコス島(Kos)との間の海が狭いトルコのボドルム(Bodrum)などに、業者に手引きされた多数の難民が夜間に押し寄せ、次々にゴムボートでコス島にわたったが、地元の警察や沿岸警備隊は、ゴムボートが転覆したとき以外動かず、難民の出国を黙認していた。 (Amid Perilous Mediterranean Crossings, Migrants Find a Relatively Easy Path to Greece)

 越境を試みる難民のほとんどは、越境を手引きする業者に金を払って依頼している。業者の勧誘や当局筋の誘導・脅しがなければ、多数の難民が越境する騒動は起こらない。難民騒動は、トルコの治安当局や諜報機関、その下部組織である業者などによる、意図的な動きであると考えられる。 (Engineered Refugee Crisis to Justify "Safe Havens" in Syria)

(難民はリビアからイタリアなどにも来ており、それらはトルコと関係ない。だが、全く異なる複数のルートで難民の大量流入が同時に起きている点は、諜報事案のにおいがする。ヨルダンでは最近、国連がシリア人難民キャンプの20万人に、資金難で食糧配給が滞るかもしれないと同送メールを送り、難民の危機感を煽った。国際機関は、諜報に長けたアングロサクソンや仏人が現場の幹部をしており、危機感の扇動によって難民が欧州に押し寄せる事態を誘発できる) (UN Text Messages Over 200,000 Syrian Refugees: Food Aid To Be Cut Off)

 トルコは総勢200万人のシリア難民を国内に抱えている。難民の中にはクルド人も多い。トルコ政府は、難民が西欧に押し掛ける事態を誘発した可能性があるが、その意図は、露イランのシリア再建策に賛成し始めたEUに対し「クルド人の独立を容認しろと言ってトルコに意地悪していると、無数の難民が西欧に押し寄せますよ。良いですか」というメッセージを送ることだろう。 (Russia Was Right About How to Deal with Syrian Crisis - Finnish President)

 このほか、8月にタイのバンコクで起きた寺院(エラワン廟)の爆破テロも、トルコの諜報機関が絡んでいるようだ。タイが約100人のウイグル人(トルコ系)を中国に強制送還したことに抗議する意味で、中国人観光客がよく来るエラワン廟(金儲けがかなうとされるパワースポット)を選んで爆破テロが起こされたらしく、ウイグル人の独立運動を支援してきたトルコの民族主義運動組織「灰色の狼」のメンバーが、テロ実行犯の容疑者として逮捕され、自宅から爆弾の材料らしきものが押収されている。 (Bangkok bombing: Was it the Grey Wolves of Turkey?) (Jane's Analyst Implicates NATO Terror Group in Bangkok Blast) (ウイグル人のイスラム信仰を抑圧しすぎる中国)

 灰色の狼は60年代に設立され、かつては世俗的な極右のトルコ民族主義だったが、近年はイスラム主義に傾注している。同組織はトルコの野党MHPの系統で、同党は今年6月の選挙で投票数の16%を獲得し、第3政党の座を維持している。灰色の狼は、右翼の政治組織でもあり、トルコの諜報界と関係ない組織ではない。トルコは自暴自棄になりつつあるのか。最近まで中東で最も安定した国の一つだったトルコは、急速に崩壊色を強めている。 (Grey Wolves From Wikipedia)




     
     
     




     
     
     

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