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折々の記 2015 ⑧
【心に浮かぶよしなしごと】

【 01 】09/28~     【 02 】10/02~     【 03 】10/03~
【 04 】10/17~     【 05 】10/20~     【 06 】10/21~
【 07 】11/02~     【 08 】11/10~     【 09 】11/17~

【 04 】10/17

  10 17 総理の当初の旗揚げ金融経済政策不調   経済界は金融不安を内蔵している
  10 17 今こそ国家主導に決別を   従属の危険
  10 17 田中宇の国際ニュース解説(10 06に続く)   世界はどう動いているか
       ① 金融蘇生の失敗
       ② 中露を強化し続ける米国の反中露策
       ③ 多極化とTPP … 重要
  10 20 メルケルの忠告を無視することなかれ

 10 17 (土) 総理の当初の旗揚げ金融経済政策不調       経済界は金融不安を内蔵している

朝日新聞 安倍総理は経済界に要請したが双方の思惑はちぐはぐ。 世界の金融システムのカラクリ不安が共通認識になりつつある。 そんなふうに読みとれる節がある。

スタンフォード大学のフーヴァー研究所教授西鋭夫の、「すべては人間のお金の執着によって歴史が動かされていく」という温故知新の根底理論を聞くにつけ、戦争の卒業も人々のお金への本能的執着を変えない限り世界の平和に遠ざかる、そんな気持が強くなっています。



2015年10月17日  安倍政権、経済界に積極投資を要請
積極投資、経済界に要請 安倍政権、「官民対話」初会合
     10 06 田中宇の国際ニュース解説(09 27に続く)米金融財政の延命と行き詰まり
         米金融財政の延命と行き詰まり

         <http://park6.wakwak.com/~y_shimo/momo.589.html>を参照
     http://digital.asahi.com/articles/DA3S12019822.html

写真・図版
 【図版】官民対話の構図/企業の利益は過去最高だが、設備投資の伸びは鈍い

 安倍政権は16日、財界幹部らを集めた「官民対話」の初会合を開き、国内での積極的な投資を求めた。企業収益が過去最高を更新する一方で、設備投資や賃金が十分に伸びておらず、景気の足踏みの一因になっているとみているためだ。しかし、企業の経営判断に政府が介入することには批判もあり、どこまで投資に結びつくかは見通せない。

 「企業収益は過去最高だが、投資の伸びは十分ではない。今こそ企業が設備、技術、人材に積極果敢に投資をしていくときだ」

 安倍晋三首相はこの日の会合で、そう呼びかけた。

 安倍政権の発足以降、企業の経常利益は16兆円増え、内部留保も50兆円増加。これに対し、設備投資の伸びは5兆円にとどまる――。会合では甘利明経済再生相や麻生太郎財務相もこうした現状を説明し、参加した榊原定征(さだゆき)経団連会長らに設備投資への姿勢をただした。

 政権は来春まで月1回程度で官民対話の会合を開き、ITなど新産業分野を中心に投資の拡大を求めていく方針だ。政権はこれまでも、労働者代表も含めた「政労使会議」で企業に賃上げを促してきた。今回はさらに、設備投資も後押しすることで景気回復の起爆剤にしたい考えだ。甘利氏は会合後、「投資に対するコミットメントが弱ければ、さらなる強い要請をかけていく」と語った。

 背景には景気の停滞がある。2015年4~6月期は3四半期ぶりにマイナス成長となり、7~9月期もマイナス成長だとみる指摘は多い。頼みの綱の中国経済は減速し、輸出も期待できない。首相が「新3本の矢」の一つに掲げた「名目GDP(国内総生産)600兆円」を達成するには、国内の生産設備や人への投資を活性化し、景気を押し上げることが欠かせない。


 だが、民間の投資判断に政府が介入するのは異例だ。民主党の枝野幸男幹事長は14日の記者会見で「まるで国家社会主義だ。民間がやらないから、政府が圧力をかけるなどという話は資本主義の基本に反する」と批判した。

 官民対話により、実際に投資が増えるのかどうかもはっきりしない。

 政府の要請に対し、経団連の榊原会長は、生産性向上のためロボット技術の導入などを促す考えを示したが、「政府としても様々な(設備投資の)環境整備をしてほしい」と主張。法人実効税率の20%台への早期引き下げや規制緩和、安定した電力の供給確保など8項目を挙げ、政府にボールを投げ返した。

 日本商工会議所の三村明夫会頭も会合後、記者団に「みんなで議論すること自体はいい」としつつ、電力料金などの課題を挙げて「投資は企業が個別に判断する」と釘を刺した。

 そもそも国内の投資が進まない背景には、企業がコストの低い海外での生産比率を高めていることや、少子高齢化が進む日本経済の将来への不安もある。SMBC日興証券の宮前耕也シニアエコノミストは「人口減で内需が縮んでいることが、投資が増えない根本的な理由だ。子育て支援などの対策が追いついておらず、すぐに状況を改善するのは難しい」と話す。 (大内奏、小林豪)


 10 17 (土) 今こそ国家主導に決別を       従属の危険

朝日新聞 対米従属一色の安倍総理は第二の三本の矢という言葉で、国民を一定方向へ誘導しようとしている。 編集委員の駒野剛さんは遠慮がちに比喩している。 我がままかってなふるまいで国の将来を決めていく悪弊に驚く。


連載:ザ・コラム
「日本を変えた男」 今こそ国家主導に決別を
     編集委員 駒野剛
     http://digital.asahi.com/articles/DA3S11992189.html?iref=reca

 去る者と来る者が際だつ紙面だった。

 1960(昭和35)年、7月14日付の朝日新聞夕刊(東京)は、1面で池田勇人氏が自民党総裁に選ばれたと伝え、満面の笑みで記者会見する写真も掲載された。

 一方、同じ面の左肩に「岸首相、刺される」の記事と写真。安倍晋三首相の尊敬する祖父岸信介氏が、官邸の新しい主に祝意を伝えての去り際、右翼の男に襲われた。

 1カ月前、日米安保条約の改定に反対する学生らのデモ隊が国会に乱入。東大生、樺(かんば)美智子さんが死亡するなど国を二分した対立の余燼(よじん)が、くすぶり続けていたのだ。

 条約が発効した6月23日の夕刊のコラム「素粒子」は「日本中が疲れている。早く平穏を、ともかくも」と世情を代弁した。


         ◇

 池田氏が政権を担った時、日本は殺伐としていた。「疲れ」をいやすには、対立を団結に、悲しみを幸せに、そして、貧しさを豊かさにかえる、大転換が急務だった。

 「明かるい豊かな日本をつくろう」。池田氏の政策発表のための小冊子がある。

 「民心の安定が第一であり、政治家が国民と結びつき一体となってやらねば駄目だと切実に感じた」と危機感をにじませた。

 「一人よがりの力の政治ということについて、大いに反省しなければならない」。国民の強い批判があっても「千万人といえども、われゆかん」と目的の達成を優先させた力の政治からの脱却を誓った。

 池田氏にとって政治の最大の目的は「生活水準を上げ、働く人に働く場所を与え、不幸な方々に温かい手を伸ばすこと」であり、その手段が、経済成長の加速による国民の所得倍増論だった。

 「所得を倍増する時に日の当たらない方々に喜びの水口(みなくち)をつけてあげたい」

 成長の果実を分かち合う「絆」を結び直すことこそ繁栄の基盤と考えたのだろう。国民も一丸となって懸命に働いた。


 安全保障関連法を成立させた安倍首相は、祖父の安保改定に匹敵する大仕事をした思いだろう。しかし、それをもって退いた岸氏と異なり、政権を維持するという。

 池田氏ばりの「経済最優先」をテコに、対立を和解に転換させる役割も務めたいようだが、とてつもなく難しい道だろう。

 岸氏は「放漫なる自由主義経済は弱肉強食」と語り、「一種の計画性とか、みずから越えてはならない制約を設ける」という「計画的な経済」を標榜(ひょうぼう)した。開戦時の東条英機内閣で商工相を務めるなど、国家主導の統制経済を推進した人らしい考えだ。

 極力民間の自主性や市場に任せ経済を拡大させた池田氏の手法とは大きく異なる。


 池田氏の評伝をしるした藤井信幸東洋大教授は「アベノミクスが停滞するのは、岸的手法と、池田流の経済との折衷型だからではないか」と指摘する。

 政府・日銀による異次元の金融緩和や財政出動という2本の矢だけが目立ち、民間主導の経済成長の推進力となる3本目の矢の正体がはっきりしないのも、安倍首相が岸流の国家主導を池田的な自由主義より優先しているからではなかろうか。

 民間が創意工夫を発揮するには、徹底した自由化、規制緩和が不可欠だ。しかし、安倍首相は経済界に給与アップや、携帯料金の引き下げを促すなど介入を続けている。これでは成長はおぼつかない。国内総生産(GDP)成長率は一進一退を続け、4~6月期は年率換算1・2%減だった。

 首相は子育て支援や社会保障を「新3本の矢」として今後の重点施策に掲げた。子どもの6人に1人が貧困状態にあることを考えれば首相の問題意識は正しい。だが、成長無くして、施策の財源無しである。今こそ、国家主導に決別し、民間主導への成長路線、自由主義的政策への大転換が求められているのだが、できるだろうか。

         ◇

 今年は池田氏没後50年。故郷、広島県のたけはら美術館で24日から、彼の残した言葉を中心に、その足跡をたどる特別展「日本を変えた男」が開催される。

 「私は嘘(うそ)は申しません」。所得倍増をいぶかる声に、反論した言葉が目を引く。事実、1人当たりの実質国民所得は60年度を基準にすると、68年度にほぼ倍になった。

 安倍首相もGDP600兆円の達成を目標に挙げた。ぜひ、嘘はないと願いたい。


 10 17 (土) 田中宇の国際ニュース解説(10 06に続く)     世界はどう動いているか

10 06(http://park6.wakwak.com/~y_shimo/momo.589.html) に続く。 金融危機とシリア危機の理解の為に、田中宇のニュース解説をとりあげます。

田中宇の国際ニュース解説
世界はどう動いているか

http://tanakanews.com/

 フリーの国際情勢解説者、田中 宇(たなか・さかい)が、独自の視点で世界を斬る時事問題の分析記事。新聞やテレビを見ても分からないニュースの背景を説明します。

① 金融蘇生の失敗
 【2015年10月17日】 高レバレッジの金融事業が成功し続けることは、米英が覇権国であり続けるための必要条件だった。銀行が薄利なままだと、米国の金融界が世界を牽引する金融覇権体制を蘇生できず、米国は自国の覇権喪失と多極化を容認せざるを得なくなる。米金融界が高レバレッジ型の金融システムを蘇生できない理由の一つは、米連銀のQEなど金融救済策によって当局が金融界のリスクを吸い取っているので、金融界が自助努力による蘇生を怠っているためだ。

② 中露を強化し続ける米国の反中露策
 【2015年10月13日】 中国は、ドルでなく人民元で決済する国際体制を強化している。まさに、それと同期するかのように、米国の裁判所が中国銀行を米国から追い出すかもしれない開示命令を下した。米国が中国を困らせようとして、中国の銀行によるドル建て決済を制限するほど、中国は元建て決済に力を入れ、ドル離れに向けて努力する。米国自身の戦略が、ドルの潜在的な地位低下と、基軸通貨の多極化を引き起こしている。

③ 多極化とTPP
 【2015年10月7日】 日本がTPP交渉に途中から参加し、今や米国より熱心な推進者になっている理由は、世界の多極化が進む中で、何とかして自国を米国の傘下に置き続けたいからだ。TPPは、米国の多国籍企業が日本の生産者を壊滅させつつ日本市場に入り込むことに道を開く。日本経済を米企業の餌食にする体制がTPPだが、日本の権力である官僚機構にとっては、米政府に影響力を持つ米企業が日本で経済利権をむさぼり続けられる構図を作った方が、米国に日本を支配し続けたいと思わせられ、官僚が日本の権力を握り続ける対米従属の構図を維持できるので好都合だ。


田中宇の国際ニュース解説
① 金融蘇生の失敗
     2015年10月17日
     http://tanakanews.com/151017bank.php


 米国の大手銀行、特に投資銀行の儲けが減り続けている。ゴールドマンサックスは、先日発表した7-9月期の決算が予想以上の減益だった。中核的な事業である債券・為替・コモディティの分野が悪化し、中でも債券取引の利益が前年同期比4割も減った。米国の大手5行の合計で、債券取引の利益が2割減となっている。JPモルガンも債券取引の利益が23%減となり、全体として予想以上の減益だった。総数店舗を3%減らし、1万人を解雇してコストを削減する。 (Goldman bond trading hit caps bleak season for Wall Street) (JP Morgan reports revenue slide) (JPMorgan grapples with revenue slide)

 バンカメなど商業銀行も減益だ。シティは増益したが、その理由は、6千億ドル近い巨額の資産を売却して利益を捻出したからだ。米国の大手銀行は08年のリーマン危機まで、債券が絡んだ(高レバレッジ型)金融業務で大儲けしていた。だがそれ以降、債券事業は儲からなくなり、米連銀などの当局が出してくれるQE(量的緩和策)などによる救済的な資金を頼りに何とか会社を回してきた。それでも黒字にできないため、資産売却や支店閉鎖、大量解雇が必要になっている。 (Citi shines in gloomy bank earnings season)

 米銀行界は今回の減益について「米連銀が利上げせず、ゼロ金利が続いているので利ざやが稼げなかった」と、不振を連銀のせいにしている。こうした言い訳が出ることは、リーマン以前の金融界の大儲けの源泉だった債券金融システムが復活しておらず、米銀行界が昔ながらの「低利で預金を集めて少し高い金利で貸す」という、薄利な「利ざや業務」に頼らざるを得なくなっていることを示している。預金融資型の事業の収益率は良くても15%だが、かつての高レバレッジ型の債券金融事業は収益率が50-100%だった。収益が激減したのだから、大幅減益や大量解雇は当然だ。 (Top US banks grapple with weak revenue) (アメリカ型金融の破綻)⇒2008年7月12日田中宇

 銀行事業のうち、昔ながらの預金融資型事業はわかりやすいが、高レバレッジ型の債券金融事業は理解しにくい。「高利貸付とジャンク債(高利社債)が絡んだ金融をレバレッジ金融と呼ぶ」という解釈もある。私が理解するところ、高レバレッジ型金融は「仕組み金融」である。レバレッジ(先物など)を使ってリスクを分離し、高いリスクの金融商品を低リスクに見せて売るとか、倒産しそうな企業の資産のうち優良なものだけ関連会社(別帳簿)に移し、関連会社が高い格付けをもらって債券を発行して資金調達し、企業の倒産を防ぐとか「金融技術」を駆使することで異様に高い儲けを出せるようにしていた。この事業は1990年代に米国の投資銀行が開発した。 (What is Leveraged Finance?)

 倒産しそうな企業は、非常に高い利回りを提示しないと債券(ジャンク債)を発行できないが、企業が倒産した場合に債券の減額分を補填する保険(CDS)をつけて売ると、利回りを低くできる。リーマン危機の前後、ジャンク債が連鎖破綻し、CDSを発行する金融機関(投資銀行、保険会社など)の支払い能力を超え、CDSの仕組み自体が破綻しかけた(米政府が公金で救済した)。CDSは、実のところ全く「保険」になっていないシステムだが、危機さえ起きなければ、倒産しそうな企業が倒産しなくなり、金融市場や景気の右肩上がりの恒久化に貢献する。 (リーマンの破綻、米金融の崩壊)⇒2008年9月15日田中宇

 高レバレッジ金融は、金融界や大金持ちを儲けさせるだけだが、政府や金融界自身がうまく仕掛けを作れば、金融の儲けが他部門の経済全体を押し上げる「トリックル(滴り落ちる)システム」を構築でき、好景気を生み出せる。米国のトリックル理論は粉飾の部分が大きそうだが、少なくとも経済モデルとして、金融主導で米経済が発展して世界経済を牽引する金融覇権体制が、リーマン危機以前は存在していた。リーマン危機後、金融界は自己救済だけで手一杯となり、利益のトリックルがなくなり、米国(と世界)は貧富格差が一気に拡大した。 (超金融緩和の長期化)⇒2015年5月23日 (加速する日本の経済難)⇒2015年4月14日田中宇

 高レバレッジ金融の中には、詐欺的ないし倫理的に悪いものも多い。レバレッジ型企業買収(LBO)は、投資銀行と結託した買収専門企業が、含み資産が多いが株価が安い老舗の上場企業に狙いを定め、その企業の資産を勝手に担保にした債券を発行して投資銀行が投資家に売り、その資金で株を買収して企業を乗っ取り、資産を売却したり大量解雇でコストを削減して短期間に大幅な利益を出し、それを投資家、買収屋、投資銀行で山分けするものだ。買収された企業は、含み資産を吸い取られ、しゃぶられて捨てられる。似たようなやり方で、不動産開発の地上げ資金の調達も債券で行われてきた。 (国際金融の信用収縮)⇒2007年7月31日田中宇

 リーマン倒産につながる危機の発生点となった「サブプライム住宅ローン債券」も詐欺的な金融商品だった。住宅ローン債券は、家を買う市民に銀行が貸した資金の債権を束ねて債券化して投資家に売るものだ。債券化によって銀行は債権を転売してしまえるので、ローンの債務者が返済不能になっても銀行が損をかぶらずにすむ。銀行は、返済不能の可能性が高い人々(サブプライム格、つまり資金面で優良より低い格づけの個人)にどんどんローンを貸し、それを債券化して売りまくって儲けた。投資家は、銀行が審査して貸した債権だから大丈夫だと思って買ったが、実際は07年夏に債券破綻を引き起こし、システムごと崩壊した。 (広がる信用崩壊)⇒2007年8月21日田中宇

 リーマン危機後、高レバレッジ金融は倫理の欠如を指摘され、「悪」として非難された。レバレッジとは「てこの原理」のことだ。技術を使って本来の能力を超える力を出すことを、人類は「てこ」を発明した大昔から行ってきた。歩いてゆっくり移動するのでなく、自転車や自動車に乗って速く移動することは、速さのレバレッジがかかっている。レバレッジ自体は、善悪と関係ない。金融のレバレッジが悪用されないよう、当局などが規制していれば、事態は変わっていた。問題は、80年代以降の金融自由化の中で「金融技術」の開発が、当局の監督外のところで急速に進んだことだ。 (Leverage (finance) From Wikipedia)

 リーマンが倒産する3カ月前の08年6月、英国の銀行協会の会長で英最大手銀行HSBC会長でもあったスティーブン・グリーンが、英銀行協会の講演で「高レバレッジ型の金融は、事業モデルとして破綻した(もう蘇生しない)。銀行は、収益の減少を覚悟しつつ、基本(預金融資型事業)に戻るしかない」という趣旨のことを述べた。 (HSBC says excessive bank leverage model "bankrupt")

 1980年代後半からの米英経済の復活は、米英が(おそらく談合しつつ)高レバレッジ金融に象徴される金融技術の「産業革命」を行い、ニューヨークとロンドンの金融界が世界経済を牽引する金融覇権体制を作ったことに起因している。高レバレッジ金融は、英国にとっても非常に重要なものだった。それが事業モデルとして破綻したと、英銀行界の中枢にいるグリーンが宣言したことに、当時の私は驚愕した。これは、米英覇権の終わりになると感じた。 (米英金融革命の終わり)⇒2008年7月8日田中宇

 その後リーマン危機が起こり、米英金融覇権は破綻に瀕した。グリーンの宣言は正しいかに見えた。しかしさらにその後、米当局は巨額の公金投入や、米連銀によるドルの大量発行(QE)によって金融界を延命させ、金融危機は再発せず、株価は高騰し、債券市場は比較的安定している。米金融界はリーマン危機を乗り越え、蘇生したように見える。

 しかし、7年前のグリーンの言葉と、今回の米銀行界の業績の状態を並べて考えてみると、米金融界は本質的に蘇生などしておらず、グリーンの宣言が今になっても正しいことがわかる。グリーンは、米英の金融界が高レバレッジ型の事業を蘇生させて再び大儲けすることは不可能で、金融界は儲けの少ない昔ながらの預金融資型の事業に戻るしかないと宣言していた今、米銀行界は「米連銀が利上げしてくれなかったので(預金と融資の間の)利ざやが少ないままで、儲かりません」と愚痴を言っている。加えて、高レバレッジ型の中心である債券業務は、どこも減益だ。つまり米銀行界は、高レバレッジ型の事業を蘇生できておらず、薄利な昔ながらの事業に頼るしかないのが現状だ。

 米国の銀行は近年、ATMの利用料をつり上げることで利益を出そうとしている。WSJ紙によると、米国で、口座がある銀行とは別の銀行のATMからお金を引き出す「他行引き出し」の手数料の平均が過去最高の4・52ドル(5百円強)になっている。8ドルとるATMもある。他行引き出しは、日本だと大体100円だ。500円は、悪質な「ぼったくり」である。米国の銀行は、隆々とした過去の高レバレッジ時代と似てもにつかぬ、貧相な小銭稼ぎのやくざ稼業に成り下がっている。 (Record ATM Fees Rise Toward $5) (Punishing Cash: US ATM Withdrawal Fees Soar To All Time High)

 ここで「銀行は薄利で良いじゃないか」と言う人がいるかもしれない。確かに、銀行自身は薄利でかまわない。問題は、高レバレッジの金融事業が成功し続けることが、米英が覇権国であり続けるための必要条件だった点だ。銀行が薄利なままだと、米国の金融界が世界を牽引する金融覇権体制を蘇生できず、米国は自国の覇権喪失と多極化(中露などの台頭)を容認せざるを得なくなる。

 米金融界が高レバレッジ型の金融システムを蘇生できない理由の一つは、米連銀のQEなど金融救済策によって、当局が金融界のリスクを吸い取っているので、金融界自身が自助努力によって高レバレッジ型金融を蘇生していくことを怠っているためだ。信用の再構築には時間がかかるが、すでにリーマン倒産から7年がすぎている。この間、リーマン危機でいったん凍結したデリバティブやCDSなど高レバレッジ型のリスク回避の機能を再び生かす機会があったが、リスクはすべて当局のQEや公金注入の資金が吸い取ってくれたので、金融界はそれに依存して何も努力しなかった。その結果、金融界は債券投資で儲けることができないままだ。高レバレッジ型の金融に特化しているヘッジファンド業界の経営難が、今年に入ってひどくなり、中小から順番に潰れていく事態になっている。 (The Liquidations Begin: Three Hedge Funds Shut Down After Summer Rout)

 金融界は全般的に当局のQEなどゼロ金利策に依存する傾向がひどくなり、米欧日がゼロ金利策をやめたら株価が半値になるとドイツ銀行などの何人もの金融分析者が指摘する事態になっている。 (The Unwind Of QE Means The "S&P Should Be Trading At Half Of Its Value", Deutsche Bank Warns) (Central banks are a "doomsday machine" sitting on a $100 trillion market implosion, Stockman warns)

 米連銀や日銀など、QEに手を染めた中央銀行は、高レバレッジ金融が蘇生しないと、自分たちも破綻しかねない。米連銀が昨秋まで手がけていたQEは、米連銀が大量発行したドルで金融界が持っていた不良化した債券を買い取るもので、米連銀は、いずれ債券市場が蘇生して買い取った債券が高値に戻ったら売り抜け、損をしないようにしたい。債券が高値に戻るには、高レバレッジ金融のシステムが蘇生して債券市場が活気を取り戻す必要がある。金融界にQE依存体質をやめさせないと、高レバレッジ金融は蘇生せず、米連銀がQEで抱え込んだ損失を帳消しにできない。(金融相場と実体経済の乖離)⇒2013年11月12日田中宇

 (米連銀と異なり、日銀のQEは日本国債を買い占めるものだが、これは日本国債を買えなくなった日本の金融機関に米国などの国債や社債を買うよう仕向け、米連銀が昨秋にやめたQEを肩代わりさせる策だ。日本の金融機関に損をさせないようにするには、米国中心の高レバレッジ金融システムの蘇生が必要だ)(米国と心中したい日本のQE拡大)⇒2014年11月5日田中宇

 米連銀は昨年来、事態を改善しようともがいている。昨秋、日本と欧州に肩代わりさせることで連銀自身はQEをやめ、今春来、利上げの機会をうかがい、ゼロ金利策もやめて、短期金利を健全な水準である2%近くまで戻すことをめざした。米連銀は、金融界を救済する策を少しずつ外すことで、金融界をQEやゼロ金利策から乳離れさせ、金融界が金融技術(高レバレッジ金融)による自前のリスク吸収策を蘇生するよう仕向けたのでないか。ゼロ金利策やQEは、実体経済が不況になった時の景気対策の手段でもある。ゼロ金利やQEを続けたままでは、実体経済が悪化した時に景気対策を発動できず、景気が極度に悪化するのを看過せざるを得なくなる。その意味でも、米連銀は利上げをめざした。(米金融財政の延命と行き詰まり)⇒2014年11月5日田中宇

 しかし、9月の利上げの機会(定例理事会)を前に、中国の株の暴落や、新興市場諸国の景気の悪化が顕在化し、米連銀は9月の利上げを見送らざるを得なくなった。その後、世界経済の減速がさらに明確になり、連銀は12月の理事会でも利上げできないという予測が強まっている。米日欧ともゼロ金利の状態で、先進国が利下げなど金融緩和による不況対策をとれないまま、世界経済が不況に突入する。来年にかけて、世界はひどい不況になるだろう。(不透明が増す金融システム)⇒2015年9月21日田中宇

 景気の悪化は、企業収益の悪化から株価の大幅下落や債券市場の危機につながる。債券格付け機関のS&Pは、今年1-9月で297社を米国企業を格下げした。この数は09年来の多さで、同時期にS&Pに格上げされた企業数172社をはるかに上回っている。この状態を放置すると、いずれ債券市場がリーマン危機(サブプライム危機)と似たような崩壊(信用凍結)を引き起こす。 (Bond Market Breaking Bad - Credit Downgrades Highest Since 2009)

 高レバレッジ金融は、蘇生どころか2度目の崩壊に向かっている。これは、米連銀がQEで抱えた不良化した債券の価値がさらに下がり、連銀の運営状況のさらなる悪化をも意味している。米連銀は、健全化としての利上げでなく、不健全なQEを再開せざるを得なくなり、この点も連銀の運営状況の悪化になる。いつ起きるかわからないが、来年にかけて金融危機が再燃する可能性が高い。


田中宇の国際ニュース解説
② 中露を強化し続ける米国の反中露策
     2015年10月13日
     http://tanakanews.com/151013china.php


 9月29日、米国と中国の金融システムに大転換を引き起こしかねない決定を、米国ニューヨークの連邦地裁が行った。高級かばんメーカーのグッチが、中国のニセブランド品製造会社を相手にNYで起こした裁判で、ニセブランド品を米国で売った代金が中国の大手国有銀行「中国銀行」(世界第5位の資本時価総額)の在米支店の口座を経由して中国に送金されているとのグッチの主張に基づき、NYの地裁が中国銀行に対し、該当の銀行口座に関する資金の動きを地裁に開示するよう命じた。 (Bank of China ordered to release counterfeiters' records)

 中国側が問題の口座情報をすんなり出すなら、この件は政治的に小さな話だ。しかし、中国銀行の所有者である中国政府は、要求に応じると、政府自身がこの裁判に巻き込まれるため、主権侵害の懸念を理由に応じないと予測されている。以前、同様のニセブランド裁判を中国の業者を相手に起こしたティファニーは勝訴したが、被告の業者が中国にいて米国の裁判所の出頭命令や支払い命令に応じないため、ティファニーは判決に書かれた損害賠償金を全く獲得できなかった。ティファニーの裁判は中国政府と無関係に進んだが、もしグッチの裁判で、中国政府が銀行情報を開示した上でグッチが勝訴したら、次は米裁判所が中国政府に、中国銀行の該当口座の資金を差し押さえてグッチにわたせと命じかねない。こうなると国家間の政治問題になってしまう。 (Bank of China ordered to release counterfeiters' records)

 中国銀行は、口座情報の開示を拒否し、この件を米国の上級審に抗告した。もし上級審も地裁の肩を持ち、中国銀行が開示を拒否し続けると、NYの地裁が中国銀行を法令違反とみなし、米国での銀行免許を無効にする決定を下すかもしれない。米政界は中国敵視派が多いので、米議会などで「やっちまえ」という主張が席巻するだろう。ドルの国際決済はすべてNY連銀を経由するので、米国での銀行業務を禁じられると、中国銀行はドル建て決済が非常にやりにくくなる(同行はかつて中国唯一の外国為替専門銀行で、外貨取引を得意としてきた)。 (The US Government Just Crossed The Rubicon)

 米政府は2005年、北朝鮮のニセドル札事業や資金洗浄に協力したとして(米国が濡れ衣をかけていた)中国政府の管轄下にあるマカオのデルタ銀行に米国との金融取引を禁じ、中国銀行にも同じ容疑がかけられた。この時、中国政府はデルタ銀行の濡れ衣を解き、中国銀行への嫌疑を晴らすため、2年近く低姿勢で米国と交渉せねばならなかった。 (北朝鮮制裁・デルタ銀行問題の謎)

 しかし、それから10年たった今、ドル建て決済に対する中国の姿勢はかなり変わってきている。05年は、まだ中国の貿易決済はドル建てが圧倒的に多く、ドル建て取引を禁じられることは中国の銀行にとって死活問題だった。だが今、中国は人民元建ての貿易決済を増やすことに力を入れ、BRICSでは決済の非ドル化が進んでいる。先日は全世界に占める決済の比率で、人民元が円を抜いて、ドル、英ポンドに次ぐ第3の決済通貨になった(まだ2・8%にすぎないが)。来年には、元がIMF公認の基軸通貨(SDR構成通貨)になるだろう。 (Renminbi overtakes Japanese yen as global payments currency) (China's renminbi creeps closer to global reserve status) (人民元のドル離れ)

 中国は先日、中国の38の銀行と140の外国銀行を網羅して元建ての国際決済システム(CIPS)を立ち上げ、ドルでなく元で決済する国際体制を強化した。まさに、それと同期するかのように、米国の裁判所が中国銀行を米国から追い出すかもしれない開示命令を下した。中国政府は、元建て決済を早く増やし、中国の方からドル建て決済が要らないと言える状態を作る必要性をあらためて感じているはずだ。そもそも中国政府に、早く元建て決済を増やしてドル離れしなければならないと思わせたきっかけの一つは、10年前のデルタ銀行事件だった。 (China Launches Yuan-Based International Payment System)

 米国が中国を困らせようとして、中国の銀行によるドル建て決済を制限するほど、中国は元建て決済に力を入れ、ドル離れに向けて努力する。米政府は、中国ががんばって元を強化することを後押ししているかのようだ。ドルの決済が以前のように便利なままだったなら、中国は、人民元の国際化を急がず、貿易決済がドルのままでかまわないと考えただろう。米国が中国に意地悪してドル決済をやりにくくするので、中国は元の国際化、基軸通貨化を急がざるを得ない。米国自身の戦略が、ドルの潜在的な地位低下と、基軸通貨の多極化を引き起こしている。 (世界に試練を与える米国)

 昨年夏には、フランスのBNPパリバ銀行が、イランやキューバの経済制裁を迂回したドル資金調達に協力した疑いを米政府に持たれ、史上最大級の罰金を支払った。イランやキューバとの資金取引は、米国で違法だがEUでは合法だ。フランスは米国のやり方に怒り、財務相がドルでなくユーロ建ての貿易決済を増やさねばならないと発言した。その後、米国はイランともキューバとも和解している。パリバ事件はフランスに対する嫌がらせだった。EU諸国は、米国を信用できない覇権国と感じ、ドル建ての国際決済をできるだけ減らしてユーロや人民元で決済しようとしているが、これは米国自身が引き起こした問題だ。 (米国自身を危うくする経済制裁策) (茶番な好戦策で欧露を結束させる米国)

 軍事の面でも、米国が中国に嫌がらせをするほど、中国は米国の覇権を崩す多極化を推進し、中国敵視が米国の覇権の寿命を不必要に縮める効果を生んでいる。米軍は最近、中国が埋め立てた南シナ海の南沙群島の岩礁(人工島)から12海里以内に軍艦を派遣すると発表した。国際法上、岩礁は領土でないので12海里以内を「領海」とする国際法が適用されない。米国はこの規定を使い、中国が埋め立てた岩礁のすぐ近くに軍艦を派遣しても領海侵犯にならないと言っている。中国は、埋め立てたのは岩礁でなく「島」なので領海が存在し、米国は違法行為をしようとしていると非難している。同様の件で、今夏には米軍機が中国の人工島近くの「領空」を意図的に侵犯している。米軍艦が中国の人工島の近くまで行って何をするわけでもないので(撮影するぐらい)これは中国に対する嫌がらせ、敵意を誇示する行為だ。 (In Major Escalation, US To Sail Warships Around China's Man-Made Islands In South Pacific) (南シナ海の米中対決の行方)

 最近の記事に書いたように、ロシア軍がシリアに進出してISIS(イスラム国)などテロ組織を空爆して短期間に成果を上げ、米国がこれまで意図的にシリアでのテロ退治を怠ってきた疑いが強まったことを機に、ロシアや中国、イランなど非米諸国の国際的な威信が強まり、米国の威信が低下している。その中で、中国はロシアやイランよりも対米敵視が弱く、しかも中国は経済面からロシアやイランの手綱を握っている。米国は、中国と協調する姿勢をとれば、中国に、イランやロシアをある程度抑止してもらえる。 (負けるためにやる露中イランとの新冷戦)

 ところが実際に米国がやっていることは正反対で、中国の主席が米国を訪問して米中協調の雰囲気が作られてから2週間もたたないうちに、米国は南シナ海の問題を蒸し返し、敵意を誇示するために中国の人工島に軍艦を派遣しようとしている。こうした行為は、中国をロシアやイランの方に押しやり、米国の覇権の寿命を自ら縮めている。 (プーチンを怒らせ大胆にする) (プーチンに押しかけられて多極化に動く中国)

 米国の議会やマスコミではロシア敵視が席巻している。だが米政府はシリア問題で、ロシアを敵視しているように見えて、実は敵視していない。オバマ大統領は、米国が敵視するアサドをロシアが支援してシリアを空爆していることを黙認し、ロシアとことを構えない「戦略的忍耐」の姿勢だ。オバマの側近の間からは、アサドを倒すのはもう無理なので、シリアから米軍を撤退し、ロシアやイランに後始末を任せるのが良いという提案すら出ている。これは米国が、シリア、レバノン、イラク、イランなどに対する支配権を露イランに渡してしまう「覇権の譲渡」を意味している。 (Obama avoids a showdown in Syria) (Obama Advisors Recommend US Military Withdrawal From Syria)

 シリア空爆以来、イラクでもプーチンの人気が高騰し、精密誘導ミサイルをシリアに飛ばせるロシアの軍艦がペルシャ湾に入ったが、これと前後して米国の空母が「整備のため」と称してペルシャ湾から出ていき、イラン核問題が激化し始めた07年以来8年ぶりに、米軍の空母がペルシャ湾内に一隻もいない状態になった。 (US pulls aircraft carrier out of Persian Gulf as Russian ships enter) (Popularity of 'Putin the Shiite' sky high in Iraq)

 米国がイランやロシアに譲歩するので、サウジアラビアなど湾岸アラブ諸国やイスラエルなど中東の親米諸国は、米国に対する懸念や不安を強めている。こんな時こそ、米軍がペルシャ湾に空母を配備し続けていることが、サウジなどにとって心強い支えになる。しかし、まさにそうした正念場に、米国は空母をペルシャ湾から引き上げてしまった。馬鹿じゃないの?、という感じだ。 (Why did US Navy pull US Aircraft Carrier out of Persian Gulf?)

 シリア国営通信SANAによると、10月10日に米軍機がシリアを領空侵犯し、北部の大都市アレッポの2つの発電所を空爆した。アレッポ市民は今後ずっと、電気のない生活を強いられることになる。ロシア軍がアサド政権に依頼されて合法的にテロ組織の拠点を空爆して成果をあげている時に、米軍は違法に(アサド政権の了承を得ず)シリアの発電所を空爆し、市民生活に大打撃を与えている。シリアから欧州への難民の流れは、米国の戦略によって作られている。これでも米国が「善」でロシアが「悪」であると、日本の対米従属派たちは言うのだろうか。 (Two US led Coalition F16 Aircrafts Violate Syrian Airspace, Target Electric Power Plants in Aleppo) (As Russia Bombs ISIS, US Bombs Syrian Civilian Power Stations) (多極化の申し子プーチン)

 米国防総省は、ISISが新品のトヨタ製のトラックを大量に持っているので、ISISがそれらをどこから得たのか不審に思い、日本のトヨタ自動車に、心当たりがないかどうか尋ねた。テロ支援者の濡れ衣をかけられかねないトヨタは「全く心当たりがない」と急いで答え、この件は「迷宮入り」しそうになった。その後、実は、米国の国務省がアサド政権打倒策として昨年「穏健派」のシリア反政府勢力(FSA)に公費で買い与えてシリアに送り込んだ大量のトヨタ車が、そっくりISISにわたっていたことが明らかになった。そもそもFSAは、シリア国内に勢力をほとんど持っていない亡命組織だ。大量のトラックがシリア国内に届いた瞬間にISISかアルカイダの手に落ちることは事前にわかっていたはずだ。 (The Mystery of ISIS' Toyota Army Solved) (シリア内戦を仲裁する露イラン)

 刑法の用語で「未必の故意」というのがある。プロは、自分の仕事の基本的な部分について長年の訓練を重ねており、プロがあまりに基本的な失敗をすることは、絶対失敗したくないのに失敗したのでなく、失敗するかもしれないとうすうす感じていたのにそのままにして失敗した「うすうすの故意」だという見方だ。未必の故意は「故意」に近い罪が適用される。米国が、テロリストにわたる可能性が高いのに大量のトヨタ車をシリアに送り込んだのは、未必の故意(もしくは故意)のテロ支援である。米国は少なくとも「未必のテロ支援国家」である。サウジなど湾岸アラブ諸国の対米不信が強まることが明らかなのにペルシャ湾から空母を撤退したのも、未必の故意の戦略失敗だ。米国の軍事外交(や経済)戦略は、この手の未必の故意的な失策に満ちている。失策は01年の911事件後に増え、最近さらに急増している。 (わざとイスラム国に負ける米軍) (露呈するISISのインチキさ)

 トルコは、NATOを通じて米国の大切な同盟国だが、ロシアのシリア空爆で急速に不利になっている。露軍のシリア進出は、シリアやイラクのクルド人を有利にし、トルコからの分離独立をめざすクルド人を強化し、トルコの与党の窮地と国家的な混乱、内戦の危機を生んでいる。トルコは軍隊をシリアに侵攻させせることを企図し、クルド人を攻撃してシリアのクルド人が準独立国家を作ることを妨害しようとした。そこに露軍の戦闘機が10月5日に飛んできてトルコの領空を侵犯することで、トルコ政府に「シリアに侵攻すると、おれたちと戦うことになるぜ」と警告し、トルコに侵攻を思いとどまらせた。 (Putin's "Endgame" in Syria) (クルドの独立、トルコの窮地) (多極化とTPP)

 トルコは、シリアでクルド人が準国家を創設し、トルコのクルド人の独立心が扇動されるのを看過せざるを得なくなった。そんなトルコの傷口に、米国が、さらに塩を擦り込んでいる。オバマ政権の国防総省は先日、穏健派シリア勢力を訓練支援する策が破綻したので中止し、今後は代わりにシリアのクルド人組織を軍事支援すると発表した。トルコは米国に対し、大きな失望を感じている。同盟国のトルコがクルド人の伸張で困っているときに、クルド人への軍事支援を発表する米国は、軍事外交のプロとしての基本を欠いた失策をしている。同盟国に対する未必の故意的な敵対策である。 (Ashton Carter: U.S. to end Syrian rebel training program, instead will work with Kurds)

 ロシアのプーチンは、露軍がシリアに地上軍侵攻することはないと断言している(地上軍はシリア政府軍と、イランやヒズボラなどシーア派が担当する)。露軍シリア進出の「アフガン化」の懸念はなくなった。プーチンは、露軍のシリア進出は、今春から夏にかけてISISなどに負けて崩壊しかけていたアサド政権を軍事支援して蘇生させ、アサドをシリア国内で有利な立場に戻したうえで、アサドと反政府各勢力の間で、内戦終結と国内安定に向けた政治交渉を再開するのが目的だと言っている。シリアを安定させるには、プーチンが提案した方法が最も早道だ。ロシアは世界平和に貢献し、米国は世界平和を壊している。国際マスコミは、善悪を歪曲している。BRICSや欧州の多くの人々が、すでにそれに気づいている。米国の人々も、いずれ気づくだろう。対米従属の官僚独裁に洗脳されてきた日本人の大多数は、最後まで気づかないかもしれない。 (Putin: Russia has no intention of mounting Syria ground operation, wants to see political compromise) (ロシア主導の国連軍が米国製テロ組織を退治する?) (ロシアのシリア空爆の意味)

 今後、米国の覇権の崩壊を決定的にするであろう分野は、軍事や外交でなく、金融、財政、通貨などの経済面である。中東で米国に代わって露中イランなどの影響力が増す軍事外交面の転換は、ゼロ金利策やQE(量的緩和策)による米国中心の債券金融システムの延命が行き詰まっている経済面の転換と並行して起きている。この並行性が重要だ。経済面の行き詰まりについては少し前に書いたが、また次回に書くつもりだ。 (米金融財政の延命と行き詰まり) (不透明が増す金融システム)


田中宇の国際ニュース解説
③ 多極化とTPP
     2015年10月07日
     http://tanakanews.com/151007tpp.htm


重要 ロシアがシリア政府の要請を受けてISIS退治を始めたことで、世界の覇権体制の多極化と、米単独覇権体制の崩壊に、拍車がかかっている。前回の記事に書いたように、ロシア軍は数日でISISを総崩れの状態に追い込んでいる。おそらく今後半年以内に、シリアとイラクは、ISISやアルカイダのテロ組織がほとんど掃討され、ロシアとイランの傘下でかなり安定した状態が始まる。ロシアは今後ずっと、中東で大きな影響力を持つだろう。その分、米国(や英仏)の中東における支配力が大幅に低下する。 (◆ロシアのシリア空爆の意味) (Russian air strikes disrupt supply system of ISIS terrorists in Syria - Russian General Staff)

 10月5日、シリアでテロ組織を空爆中の露軍機が、間違ってトルコの領空内に数キロ入って飛行してしまい、トルコ空軍機が緊急発進し、ロシアがトルコに謝罪した。露軍機が領空侵犯したのを見て、米国がトルコに「露軍機を迎撃しろ」とけしかけたが、トルコ外相は「ロシアは友人だ。領空侵犯に対しては、友人として優しく注意喚起した」と表明した。今回の露軍のシリア進出は、トルコがシリアのクルド人を攻撃することを阻止しており、トルコはロシアに対して激怒している。しかしトルコは、中東で大きな力を持つようになったロシアを強く批判したがらない。ロシアは、トルコにアサド政権を容認せよと求めており、いずれトルコはしぶしぶ従うだろう。 (Moscow informs Ankara about Russian plane incident - Turkish PM) (Russian-made fighter jet harasses Turkish F-16s over Turkey's Syrian border)

 イスラエルのネタニヤフ首相は米CNNのインタビューで、露軍のシリア進出を非難しているNATO諸国と異なり、イスラエルはロシアを非難しないと表明した。ネタニヤフは「もうロシアと対立していた時代には戻らないと宣言し、今後はロシアと協調的な関係を維持すると述べた。トルコもイスラエルも、ロシアが中東の新たな覇権国であることをすでに認めている。 (Netanyahu says Israel's relationship with Russia is good)

 英国の議会では「英空軍もISISの拠点を空爆すべきだ」と要求する声が強まっている。ロシアが、シリアとイラクを席巻していたISISを退治すると、シリアとイラクに対する影響力を米英仏から奪う結果になる。英国が中東での利権をロシアに奪われないようにするには、ロシアが進めているISIS退治に参加するしかない。英国は従来、ISISを潰すふりをして強化する米国の策に協力し、米国と歩調を合わせてロシアを敵視してきた。それが突如、ロシアと一緒にISISを空爆しようという話になっている。露軍のシリア進出が地政学的な大転換であることが見てとれる。 (Support growing in Parliament for bombing ISIS in Syria, says UK FM)

 英国の外務省の事務次官(Simon McDonald)は最近、英議会の外交委員会での証言で、「人権」がすでに英外務省にとって重要なテーマでないと表明した。同次官は、人権よりも経済発展(prosperity agenda)の方が英外務省にとって優先的な事項だとも述べた。これまで英米の外交官たちは、ロシアや中国など新興諸国や発展途上国に対し、人権問題を理由に経済制裁して弱体化させたり従属させる「人権外交」を得意としてきた。英外務省が人権を重視しなくなることの意味は、英国が、米英同盟による世界支配戦略をやめて、これまで人権問題で批判してきた中国や露イランやBRICSに接近し、それによって英経済を維持する策に転換したということだ。英国は、人権外交をやめることで、米覇権の崩壊と多極化に対応しようとしている。(Human rights are no longer a 'top priority' for the Government, says Foreign Office chief) (人権外交の終わり)

重要 話をシリアに戻す。米国とロシアは、それぞれの陣営の地元の国々(米はサウジアラビアとトルコ、露はイランとエジプト)を引き連れて、シリア問題の解決を話し合う「コンタクトグループ」を設置した。EUも入れてくれと頼んだが、米国に断られてしまった。米国は、EUを除外することで、これまで米国と欧州諸国が共有してきた中東利権を、みすみす全部ロシアに渡してしまおうとしている。これは欧州を怒らせている。ドイツでは、メルケルの与党(CSU)の党首(Horst Seehofer)が、難民流入問題に絡む発言として、シリア問題で米国と組むのをやめてロシアと協調すべきだと提案した。(US Seeks to Cut Europeans Out of Syria Peace Talks) (Finally, EU and U.S. Are Breaking Apart)

 ドイツなどEUは、米国の戦略失敗によって内戦状態が続くシリアやリビアから大量の難民が押し寄せ、非常に迷惑している。ISISなどテロ組織をこっそり育てて内戦を激化するばかりの米国より、テロ組織を空爆してどんどん潰すロシアの方がずっとまともだと欧州人が思うのは当然だ。 (A Syria/Berliner ensemble: Escobar) (The Western Alliance Is Crumbling)

 ドイツなどEU諸国は、ウクライナ危機でロシアに濡れ衣をかけて経済制裁する米国につき合わされ、対露貿易が減少して経済的な打撃を受けている。ウクライナとシリアの両方で、EUは米国のロシア敵視のやり方に怒っており、米国を無視してロシアと関係を回復すべきだという声が強くなっている。先日は、メルケル首相が初めてクリミアがウクライナでなくロシアの領土であることを認める発言をしている。欧州の対米従属は終わりに近づいている。 (German Government Wants Sanctions on Russia Lifted) (Finally the Penny Drops: Merkel Admits Crimea is Part of Russia) (プーチンを強め、米国を弱めるウクライナ騒動)

 ウクライナでは今年初め「ミンスク2」の停戦合意が締結されたが、米国に好戦策を扇動されたウクライナ政府は兵器を前線から撤退させる約束を守らず、戦闘が続いてきた。しかし最近、ロシアとEUが協調して圧力をかけた結果、ウクライナ軍はようやく前線からの兵器の撤収を進めている。ウクライナの事態は少しずつ安定に向かっている。 (Envoy: East Ukraine Weapons Pull-Back Deal Could End War) (Kiev to begin withdrawing weapons Monday - headquarters) (Ukraine's Minsk process will run into next year: Hollande) (ウクライナ危機の終わり) (NATO延命策としてのウクライナ危機)

 前回の記事にも書いたが、中国はアフリカ大陸の紛争解決に、国連平和維持軍の兵力と資金を出すことを国連総会で宣言した。ロシアがシリア内戦の解決に動き出したのを機に、米国覇権下で放置扇動されてきた各地の紛争が、露中など非米・反米勢力によって終結させる努力が開始され、覇権の多極化が加速している。 (China to set up $1b peace fund) (ロシア主導の国連軍が米国製テロ組織を退治する?) (中国とアフリカ)

 多極化が進むと、NATOは名前だけのものになってEUの欧州統合軍に取って代わられる。EUと中露が接近する。それと同時に多極型世界の「極」となる北米(NAFTA)や中南米(メルコスルなど)、アフリカ(アフリカ連合)などで、国際的な地域統合の動きが強まる。この流れは冷戦後、断続的に続いているが、欧州と、ユーラシア中央部(ロシア主導のユーラシア経済同盟、中露主導の上海協力機構)以外の地域では、地域統合があまり進んでいない。 (中南米の自立) (南米のアメリカ離れ) (アフリカの統合) (多極化に圧されるNATO)

 露軍がシリアに進出し、中東覇権が米国の手から離れ始めた直後、米国が多極化に対応する地域統合の策を進めていることが再び話題になっている。その一つは、米国とカナダの軍事統合だ。カナダの公共放送(CBC)によると、米軍とカナダ軍の上層部は2013年から頻繁に会合し、米加両軍の統合について検討している。防衛力の統合は、国家統合の大きな部分だ。(Canadian military explored plan to fully integrate forces with U.S.)

 米国とカナダは、空軍について、自国上空の防衛を担当する司令部(NORAD)を1950年代から統合して運営しているが、地上軍や海軍は別々に運営してきた。今回、米加は、海外派兵する際の部隊の統合を検討し、最終的に軍隊全体の統合にまでつなげていく構想も米加で共有していることが、カナダ軍がCBCにリークした文書で明らかになった。カナダ軍より米軍の方がはるかに規模が大きいので、統合はカナダ軍が米軍の傘下に入ることを意味している。 (Canada's top general discussed fully integrating its armed forces with US military)

 米国は、イラクが大量破壊兵器を持っていないのに持っていると濡れ衣をかけて侵攻した03年のイラク侵攻や、シリア政府軍が自国民を化学兵器で攻撃したと濡れ衣をかけて13年に空爆しようとしたことなど、違法な海外派兵の策を繰り返してきた。カナダが海外派兵軍を米国と統合すると、このような違法行為にカナダも巻き込まれることになる。それを懸念するカナダ軍内の勢力が、CBCに米加軍事統合の計画をリークしたのだろう。

 世界的な長期の流れとして、戦後70年続いてきた米単独覇権の世界体制が崩れ多極型の覇権構造に転換すると、国民国家が至高の存在であるという世界的な観念が過去のものになっていき、各地で国家間の統合が進むシナリオが、米国のCFR(外交問題評議会)などによって、折に触れてうそぶかれている。それを「陰謀論」と無視するのは簡単だが、EUや、露主導のユーラシア同盟、BRICSなどの動きを見ると、多極化は国民国家間の統合につながるだろうと感じられる。米加軍事統合は、そうした動きの一つだ。1民族1島国の天然国民国家の日本人には知覚・理解しにくい流れだ。

重要 米国が関与する地域統合のもう一つの動きは、10月5日に交渉が妥結したTPPだ。TPPは、米加メキシコの北米3カ国が1993年に締結した貿易協定であるNAFTAを基盤に、中南米やアジア太平洋の親米諸国を加えて新たな貿易圏を作る計画で、拡大NAFTAともいうべきものだ。 (貿易協定と国家統合)2013年8月12日 … 田中 宇

 米国は、アジア太平洋諸国とのTPPと、欧州(EU)との協定であるTTIPという、2つの似た内容の自由貿易圏を同時並行的に交渉して設置することで、米国中心の新たな経済覇権体制として構築しようとしてきた。だがTTIPは、24の全項目のうち10項目についてしか米欧双方の意見表明がおこなわれておらず、対立点の整理すら未完成で、まだ交渉に入っていない。EUでは、署名活動として史上最多の300万人がTTIPに反対する署名を行った。 (TTIP negotiations not even half done)

 TPPもTTIPも、企業が超国家的な法廷(裁定機関)をあやつって国権を超越できるISDS条項や、交渉中の協定文が機密指定され国会議員でも見ることが許されていない(米議会では数人が見たらしいが、日本の国会議員は誰も見ていない)など、国民国家の主権を否定する傾向が強い。EUの調査では、欧州市民の96%がTTIPに反対だというが、当然だ。 (国権を剥奪するTPP)2012年7月2日 … 田中 宇 (TTIP Negotiations Fall Apart As EU Big Hitters Abandons US)

 すでに書いたように、EUは今後、米国との同盟関係を希薄化して露中への接近を加速し、米単独覇権体制を見捨てて多極型世界の「極」の一つをめざすだろう。欧州がTTIPに同意する可能性は今後さらに低くなる。おそらくTTIPは破棄される。TPPだけが残るが、TPPは拡大NAFTAであり、米単独覇権体制の強化でなく、多極型世界における米国周辺地域の統合を強化するものになる。(米国の中枢には、単独覇権体制を声高に希求する人々と、多極型世界をこっそり希求する人々がいる。ベトナム戦争もイラク戦争も、単独覇権を過激に追求してわざと失敗させ、多極型世界を実現する流れだ。単独覇権型の貿易体制が多極型の体制に化けても不思議でない) (The Trans-Pacific Partnership charade: TPP isn't about `free' trade at all)

 以前、日本はTPPの交渉に入っていなかった。日本がTPP交渉に途中から参加し、今や米国より熱心な推進者になっている理由は、世界の多極化が進む中で、何とかして自国を米国の傘下に置き続けたいからだ。日本の権力者が国際的に自立した野心を持っているなら、対米従属の継続を望まないだろうが、戦後の日本の隠然独裁的な権力者である官僚機構は、日本を対米従属させることで権力を維持してきた。対米従属下では、日本の国会(政治家)よりも米国の方が上位にあり、官僚(外務省など)は米国の意志を解釈する権限を乱用し、官僚が政治家を抑えて権力を持ち続けられる。近年では、08-09年の小沢鳩山の政権が、官僚独裁体制の破壊を画策したが惨敗している。対米従属は、官僚という日本の権力機構にとって何よりも重要なものだ。 (日本経済を自滅にみちびく対米従属)2013年1月29日 … 田中 宇

 TPPは、米国の多国籍企業が、ISDS条項などを使って日本政府の政策をねじ曲げて、日本の生産者を壊滅させつつ日本市場に入り込むことに道を開く。日本経済を米企業の餌食にする体制がTPPだが、日本の権力である官僚機構にとっては、米政府に影響力を持つ米企業が日本で経済利権をむさぼり続けられる構図を作った方が、米国に日本を支配し続けたいと思わせられ、官僚が日本の権力を握り続ける対米従属の構図を維持できるので好都合だ。米企業が日本でぼろ儲けし、日本の生産者がひどい目に遭うことが、官僚にとってTPPの成功になる。官僚が、意志表示もほとんどしない国民の生活より、自分たちの権力維持を大事と考えるのは、人間のさがとして自然だ。 (大企業覇権としてのTPP)2015年6月18日 … 田中 宇

 米国はTPPに対し、貿易だけでなく経済システム全般の枠組みとして、今後の米国の影響圏設定の意味づけを持たせている。TPPに入れば、日本は、米国の影響圏内にいることを明示でき、世界が多極化した今後も、米国の経済システムの中に入って対米従属を続けられるが、TPPに入らなければ、日本は中国の影響圏に入るしかない。 (Obama on TPP: America should write the rules of the global economy) (US in position to write rules on trade)

 今夏以降、中国経済が減速すると、日本経済が大打撃を受け、2四半期連続マイナス成長の不況入りが濃厚になっている。すでに日本経済は、米国などTPP圏より、中国に依存する度合いが強くなっている。長期的に見て、米経済は巨大な金融バブル崩壊の過程にあるので、日本経済にとって米国より中国の方が重要である傾向が、今後さらに強まる。放っておけば、日本は経済面から中国の傘下に引き込まれていく。隣の韓国は、経済面で中国の傘下に入ることをすでに容認している。 (Japan's Tankan shows dwindling business sentiment) (Japan Industrial Output Slide Hints at Recession)

 TPPに入っても、日本経済の中国依存が減るわけではない。TPPはもっと政治的、国際システム的、象徴的なものとして、日本が中国でなく米国の傘下にあることを示すものだ。TPPが重要なのは、関税率とか「コメや乳製品が値下がりして国民生活を助けます」とかいう経済面でなく、TPPが経済政策の政治的な枠組みであり、日本が米国の傘下にとどまるか、中国の傘下に追い出されるかという、多極化する世界の中での今後の日本の位置づけを明示している点だ。 (安倍訪米とTPP)2015年4月8日 … 田中 宇

 日本ではここ数年、国民が中国や韓国を嫌うように仕向けるプロパガンダがマスコ"ミによって流布され、それを国民の多くが軽信している。こうした洗脳戦略も、米国が衰退して中国が台頭する多極化の傾向への対策だろう。洗脳戦略がなかったら、国民のしだいに多くが「米国より中国と組んだ方が日本経済のためだ」「TPPでなく日中韓で貿易圏を作れば良い」と思うようになり、民意主導で日本が対米従属から離脱していってしまう。それを防ぐため、国民が中国や韓国を「敵視」するのでなく「嫌悪」するよう仕向ける洗脳戦略が採られ、かなり成功している(敵視を扇動すると、日本が中国に対して攻撃的に関与してしまうことにつながり、どこかの時点で日中が折り合って和解してしまいかねない)。 (TPPより日中韓FTA)2012年1月1日 … 田中 宇

 TPPと並んで、自衛隊が米軍と一緒に海外派兵できるようにする日本の集団的自衛権の強化も、対米従属維持のためだ。先に書いた、カナダ軍が米軍の傘下に入って海外派兵する新体制を作ろうとする米加軍事統合を、日本の集団的自衛権の強化と並べてみると、2つが良く似ていることに気づく。カナダは米国から「多極化の中で国家統合を進めたいなら、カナダ軍が米軍の傘下に入って海外派兵できるようにしろ」と言われ、迷いつつ進めている。それを見た日本外務省が「うちも、米軍の傘下に入って海外派兵できるようにしますので、多極型世界における北米圏に入れてもらって良いですか」と申し出た。米国は了承し、日本は集団的自衛権を改訂した。NAFTA(北米経済圏)の拡大版であるTPPに、日本が何とかして入ろうとしたのと同じ構図だ。

 日本では、米国が昔から将来までずっと日本を傘下に入れ続けたいのだという勘違いが、意図的に流布されている。米国は歴史的に、ハワイやグアムを自国領にしたり、フィリピンを植民地にするなど、太平洋を自国の影響圏として設定してきたが、そこには日本が入っていなかった。単独覇権から多極型世界への(隠然とした)シナリオだった911前のサミュエル・ハンチントンの「文明の衝突」でも、日本は、米国にも中国にも従属しない「孤立文明」に分類されていた。TPPでも、米国は当初、米国と同様アングロサクソンの国である豪州とニュージーランド、豪州とフィリピンの間にある中小の諸国をTPPの交渉に入れていたが、日本を入れていなかった。

 第二次大戦後、米国が日本を自国の影響圏に入れておいたのは、ソ連や中国との冷戦構造があったからだ。日本は、米国が中露と対立している限り、米国にとって有益な場所にあるが、世界が多極型になり、米国と中露が対等な関係で協調するようになると、米国が日本を傘下に入れておくとやっかいなことになる。日本は、米国の傘下に居続けるため、中露と米国の恒久対立を望み、中露と軍事対立し続けたい軍産複合体と結託し、多極型の世界運営の邪魔になる。

 だから、米国の単独覇権を過激に強化するふりをして破壊してこっそり多極型覇権に転換する策をやっているオバマ(や共和党の隠れ多極主義勢力)は、日本が延々と対米従属し続けることを望んでいない。オバマの本心は、TPPをまとめず頓挫させたかったのではないかと思われる。

 今回、TPPの交渉が妥結した一因は、乳製品問題で前回の交渉を頓挫させたニュージーランドを、日本が輸入増で譲歩してなだめたからだ。バイオ医薬品の独占期間の5年+3年の解決方法も日本が進めた。TPPは、日本のイニシアチブで妥結した。安倍政権を動かしている日本の官僚機構は、多極化が進んで日本が米国圏から切り離される前に米国にしがみつこうと、これまでにない積極性で対米従属を強化している。日本が主導してTPPを妥結に持ち込んだのはその一つだし、説明抜きで無理矢理に集団的自衛権を強化したのもそうだ。
(Major progress has been made in the long running trans Pacific trade deal) (Trans-Pacific Partnership Deal Struck As "Corporate Secrecy" Wins Again)

 日本の主導権発揮を受け、オバマはTPPの妥結を容認した。しかし、中東や対露関係から判断してオバマは隠れ多極主義者であると考えられるので、このまますんなりTPPが実現していくとは考えにくい。10月中のカナダの選挙で右派の与党が負けると、カナダ議会がTPPの批准を否決する可能性が強まる。米議会でも超党派でTPPへの反対があり、来年の大統領選挙で勝ちそうな共和党のトランプもTPPに反対だ。TPPをめぐる戦いはまだ終わっていない。 (Can Donald Trump Sink the TPP?) (Harper under pressure to deliver fair TPP deal amid election)


 10 20 (火) メルケルの忠告を無視することなかれ       世界情勢に盲目たるなかれ

私は、対米従属の日本の政治姿勢を見続けるにつけ、 ことに安倍総理が明治の剛直さを失い世界情勢の大きな変化に対応することなく政治家の胆力を失った盲目の日和見主義に直面している。

国民の多くはテレビの享楽番組に明け暮れし、五箇条の御誓文の重要に内容である「智識ヲ世界ニ求メ云々」と「広ク会議ヲ興シ云々」を忘れ去っている。

カナダのように、議会がTPPの批准を否決する可能性がありうるのです。

若者達や学生諸君の奮起を願う。