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折々の記 2016 ⑦
【心に浮かぶよしなしごと】

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  11 09 トランプ新大統領   きょう勝利宣言
  11 09 トランプ大統領を予測していた田中宇の「国際ニュース解説」   何故予測していたか?
       トランプが勝ち「新ヤルタ体制」に
       ニクソン、レーガン、そしてトランプ
       世界多極化:ニクソン戦略の完成

 11 09(水) トランプ新大統領     きょう勝利宣言

米大統領が決まる日でした。 各州の選挙結果が少しずつ決まってきた。 得票は拮抗している。

クリントン、トランプ両氏の選挙前の演説が合間に紹介されましたが、大国に似合わず個人攻撃に終始していたことに失望しました。 心あるアメリカの人達もこのありさまに憤慨したのではないか。 政権を引き継ぐリーダーの候補者としてはずかしく、値打ちのある演説はついに聞くこともなかった。

2時ころまでは、テレビで開票結果をきいていた。 夕方の5時ころトランプ氏が大統領を引き継ぐことがわかった。 6時ころテレビニュースに出ると思いパソコンで調べると次のような記事が出ていた。 朝日デジタルには何も出なかった。 外国の記事になるとこんなにもあっさりしているのか。 トランプ氏の当選だったからなのか。 なにか釈然としないものを感じた。




NHK NEWS WEB 11月9日 16時54分
米大統領選 トランプ氏が勝利宣言
      http://www3.nhk.or.jp/news/html/20161109/k10010762231000.html?utm_int=news_contents_news-main_001

アメリカ大統領選挙は、共和党のトランプ氏が東部ペンシルベニア州など26州で勝利を確実にして265人の選挙人を獲得し当選に必要な過半数の270人に迫っていて、アメリカの複数のメディアはトランプ氏が当選を確実にしたと伝え、トランプ氏は勝利を宣言しました。

過激な発言で話題を集めた共和党のトランプ氏と女性初の大統領を目指す民主党のクリントン氏によるアメリカ大統領選挙は8日、東部の州から順次、開票作業が行われています。

アメリカABCテレビによりますと、トランプ氏は新たに東部ペンシルベニア州で勝利を確実にし、すでに制した25州と合わせて265人の選挙人を獲得しました。
これに対し、クリントン氏は18州と首都ワシントンを制して218人の選挙人を獲得しました。

大統領選挙はトランプ氏が当選に必要な過半数の270人の選挙人獲得に迫っていて、アメリカの主要メディアのAP通信とFOXニュースは、トランプ氏が当選を確実にしたと伝えました。

これを受けてトランプ氏は地元のニューヨークで演説し、勝利を宣言しました。また、クリントン氏はトランプ氏に電話し敗北を認め、祝意を伝えたということです。

「ともに結束していくとき」

トランプ氏は、日本時間の午後5時前に、副大統領候補のペンス氏や家族とともに地元ニューヨークで支持者の前に姿を現しました。
そして、トランプ氏は「さきほど、クリントン氏から電話を受け、われわれの勝利を祝福するものだった」と述べ、勝利宣言しました。そして、「クリントン氏とも激しく戦った。彼女はこれまでこの国に尽くしてくれた。今こそこの分断の傷を修復し、ともに結束していくときだ」と述べ、クリントン氏の健闘を称え、結束を訴えました。
そして「あなた方をがっかりさせないと約束する。われわれはすばらしい仕事をしていく。あなた方の大統領になれること楽しみにしている。選挙戦はこれで終わりだが、この運動はまさに今始まったばかりだ」と述べ、次の大統領就任に向けた決意を表明しました。
【 ヒラリー・クリントン 218 : ドナルド・トランプ 289 | 過半数 270 】


 11 09(水) トランプ大統領を予測していた田中宇の「国際ニュース解説」     何故予測していたか?

田中宇の国際ニュース解説では、すでに11月6日に『トランプが勝ち「新ヤルタ体制」に』と解説していた。 日本の報道関係者はみんなトランプ氏の強引な演説を聞きながらも、競り合いながらヒラリー・クリントンが次期大統領だろうと予測していた。 アメリカでの予測も同じようだったという。

なぜ田中宇は『トランプが勝つ』と予測できたのだろうか?

老生はNHKのニュースで『トランプ氏の勝利宣言』を知り、田中宇がすでに米・中・ロによる『新ヤルタ会談』を予測し解説したのか、その根拠にどうたどり着いたのか猛烈な興味関心を持った。

解説は次の通りでした。




田中宇の国際ニュース解説
世界はどう動いているか

http://tanakanews.com/

 フリーの国際情勢解説者、田中 宇(たなか・さかい)が、独自の視点で世界を斬る時事問題の分析記事。新聞やテレビを見ても分からないニュースの背景を説明します。無料配信記事と、もっといろいろ詳しく知りたい方のための会員制の配信記事「田中宇プラス」(購読料は6カ月で3000円)があります。以下の記事リストのうちがついたものは会員のみ閲覧できます。



トランプが勝ち「新ヤルタ体制」に
      http://tanakanews.com/161106trump.php

2016年11月6日   田中 宇

 最近、イスラエルの諜報機関モサド系の情報サイトと言われる 「デブカファイル」を定期的に見るようにしている(イスラエルのサイトっぽく、ウェブサイトのセキュリティに問題があるとブラウザが表示する時があるが)。米国とその同盟諸国のマスコミやシンクタンクが発信する情報は、ロシアや中国などの非米諸国を敵視する方向で、国際情勢に対する解説を歪曲する傾向が増している。歪曲はだいたい画一的なので、米欧日のマスコミの解説を読むと、その多くが歪曲されているとわかるが、歪曲なしの解説がどんなものかはわからない。大勢と異なる論調の解説を探して読み、自分なりに納得できる解説を構築するのが私の作業だ。デブカファイルは、大勢と異なる論調の解説がわりとよく載る。 (Russian-Syrian Aleppo tactics await the South)

 イスラエルは米国の同盟国ということになっているが、911以来の米国の過激な中東戦略の(未必の故意的な)大失敗で窮地に陥らされ、米国の裏の意図を探る必要に迫られてきた。最近のイスラエルはロシアに擦り寄る傾向を強めており、それが、デブカや他のイスラエルのサイトに異説(独自の歪曲?)が載りやすい一因かもしれない。 (中東和平に着手するロシア) (イスラエルがロシアに頼る?)

 最近、デブカの記事で私が注目したのは「トランプが米大統領になると、ロシアのプーチン、中国の習近平との間で、これからの世界秩序に関するサミットを行い、米露中の影響圏の再配置が行われるだろう」という予測だ。これは、米国が次期政権になったら中東を中心とする国際政治がどう変わるかを予測した記事のひとこまだが、この予測が正しいとしたら、11月8日の大統領選でトランプが勝つと、世界は「新ヤルタ体制」と呼ぶべき新たな状況に転換することになる。米国が「非米側」に転向してしまうことでもある。 (Clinton and Trump offer diverse ME scenarios)

 第2次大戦でドイツ(日独)の負けが見えてきた1945年2月、米英とソ連の首脳がクリミアのヤルタで会談し、ドイツを倒したら東欧をソ連の影響下に入れることや、5大国(米英仏ソ中)が対等に協調する国連安保理の体制決定、ソ連の対日参戦など、米英ソの影響圏の再配置を決めた。英国はソ連を敵視していたが、米国はソ連(や中国)と協力してユーラシアを安定化することをめざした。ヤルタ会談や、その前後のカイロ会談、ポツダム会談などで、米国主導で描かれた、米欧とソ中が協調する戦後の多極型の世界体制がヤルタ体制だ。(ヤルタ体制の復活)

下平追記 (ヤルタ体制の復活の中から pick up)

 アメリカは従来、日米、米中、米韓など、東アジア諸国と2国間関係だけを強化し、東アジア諸国どうしの横の関係を持たせない「ハブ&スポーク型」の外交システムを作ることで、東アジアにおける単独覇権を維持してきた。6者協議が発展し、東アジア6カ国(中露米日韓朝)の地域安保組織ができると、東アジア諸国間の横の関係が強化され、その分アメリカの覇権が弱まる。(関連記事)

 日本は、日米安保を軸にした対米関係だけが重要だった戦後の状態を続けられなくなり、中国やロシア、韓国・北朝鮮と、独力で、きちんとつき合わねばならなくなる。ふつうに考えると、周辺諸国ときちんとつき合うことは、国家として当然の権利や利益、喜びであり、義務なのだが、戦後の日本はアメリカの傘下にいる状態で経済発展に成功し、対米従属に安住しているため、中国やロシアなどとまっとうにつき合う気力と能力を失っている。

 日本は、アメリカの傘下にいる限り、日本自身が何もしなくても、アメリカが圧倒的な覇権の力で、中国やロシアににらみをきかせてくれている。日本政府の外務省などは、一日でも長く対米従属を続けたいので、拉致問題は解決されず、対露の北方領土や対中の靖国問題がこじれ続けて「外交防波堤」になってくれるのが良いと思っている。(関連記事)


 この体制はその後、英国が、米国の軍事産業や議会、マスコミ(これらを総称して「軍産複合体」)を巻き込んでソ連敵視を煽る策が成功し、米ソが協調関係から敵対関係に転換したため短命に終わり、冷戦体制に取って代わられた。アジアでも1950年の朝鮮戦争後、米国(日韓)が中ソと恒久対立する冷戦体制が確定した。(多極主義者は経済まで手が回らなかったようで、経済面は米単独覇権主義のみが先行し、英国の主導でドルを単独の基軸通貨にするブレトンウッズ体制が1944年に確立した) (「ブレトンウッズ2」の新世界秩序)

 ヤルタ体制から冷戦体制への転換の歴史から透けて見えるのは、米国(米英)の上層部に、ソ連(露中)と協調したい多極主義と、ソ連との敵対によって米英覇権を強化したい米単独覇権主義の勢力が対立・騙し合い・潰し合いしていることだ。冷戦時代を通じて米単独覇権主義の方が勝っていたが、1972年のニクソン訪中・米中協調開始以降、多極派が単独覇権派を凌駕する場面が目立つようになり、1990年後の冷戦終結・ソ連崩壊によって、ソ連(ロシア)との敵対構造自体がいったん崩壊・喪失した。(ニクソン、レーガン、そしてトランプ)→後掲①(世界多極化:ニクソン戦略の完成)→後掲②

 ソ連崩壊は米単独覇権体制の恒久化・全面勝利なのだという「歴史の終わり」的な見方が90年代に出たが、強力な敵国との対立構造の喪失により、米単独覇権を維持してきた軍産複合体の役割自体が低下した。代わりに、90年代から急拡大した米英債券金融システムの「カネのちから」で世界を支配する金融覇権体制(IMFのワシントンコンセンサス、アジア通貨危機など)が強化された。00年のIT株バブル崩壊後、金融覇権が揺らぎ出したのに呼応して、軍産複合体が01年の自作自演的な911テロ事件で劇的に復権し、ソ連の代わりにアルカイダ(イスラム世界)と「第2冷戦」的な恒久対立をする「テロ戦争」が、米単独覇権主義として再台頭した(911は覇権中枢のクーデターだった)。(覇権転換の起点911事件を再考する) (911事件関係の記事) (激化する金融世界大戦)

 だが「(冷戦と同じ長さの)40年続く」と予言されたテロ戦争は、15年しか持たなかった。イラク戦争の開戦事由の捏造の露呈、イラクやアフガニスタンの軍事占領のひどい失敗、リビア、シリアの内戦での戦略失敗、ブローバック的な欧州でのテロ頻発や難民流入危機など、あまりにひどい「未必の故意」的な失策の連続の末に、15年後の今、米欧の人々の多くが、テロ戦争にうんざりする事態を生んでいる。この有権者のうんざり感の中から、今回の米大統領選挙でのトランプの意外な優勢が出てきた。 (得体が知れないトランプ) (テロ戦争の終わり→ http://tanakanews.com/090416GWOT.htm : http://tanakanews.com/090414GWOT.htm) (中露を強化し続ける米国の反中露策)

 私は、テロ戦争の失敗を、偶然の産物でなく、米覇権中枢における米単独覇権主義者と多極主義者の対立の一環としての、テロ戦争という単独覇権戦略を意図的に下手くそにやって失敗させる多極主義者の策略の結果であると考えている。ブッシュ政権の、チェイニー副大統領やネオコンの面々(ウォルフォウィッツ国防副長官ら)の中に、単独覇権主義者のふりをした多極主義のエージェント(隠れ多極主義者)が多数混じっていた疑いがある。彼らは、外交や戦争戦略のプロのくせに、イラク大量破壊兵器の不存在など、すぐばれるウソを繰り返し、やり方が異様に下手だった。 (ネオコンは中道派の別働隊だった?) (ネオコンと多極化の本質)

 オバマ大統領も、13年にシリア空爆を直前で撤回して米国の信用を引き下げた挙句、ロシアにシリア問題の解決を丸投げし、ロシアの中東覇権の拡大を引き起こしており、隠れ多極主義の疑いが濃い。ヒラリー・クリントンも、大統領に就任するまでは軍産複合体に極力迎合し、就任したら態度を微妙に変える隠れ多極主義なのかもしれないが、トランプはもっと直裁的で「隠れ」の部分がほとんどすっ飛んでおり「シリアにおいてロシアのテロリスト退治は成功しているのだから、米国はこれまでの馬鹿げたロシア敵視をやめて、ロシアと協調してテロ退治をやるのが良い」と明言している。 (プーチンを敵視して強化してやる米国) (米選挙不正と米露戦争の可能性) (シリアをロシアに任せる米国)

 単独覇権派と多極派の戦い(暗闘)は、未必の故意的な失策で単独派を潰す多極派の911以来の策が奏功し、「隠れ」の演技が必要ないところまで来たようだ。だから「隠れ」の演技にこだわるクリントンは、軍産の圧倒的な支持支援を受けているのに優勢を伸ばせず、「隠れ」の仮面を外して露骨な多極主義を見せるトランプの方が有力になっている。機密メール問題の捜査再開を表明し、土壇場でクリントンを不利に陥れたFBIの策は、隠れ多極主義のオバマがやらせたものと推測できる。投票3日前の現時点で、私は、大統領選挙はトランプが勝つと予測している。(土壇場のクリントン潰し)

続きの解説は、現在の国際情勢概要をつかんでおくのには大事な判断とかなる。(この行・枠は下平付記)


▼米国の軍事力を中東で浪費させ効率よく多極化に誘導したネオコンやチェイニー

 1945年のヤルタ会談から、2017年にトランプが大統領になった場合に起こりそうな「新ヤルタ会談」的な米露中サミットまでの約70年間の、多極主義と米単独覇権主義の長い暗闘について書いたが、ヤルタ会談は、欧日中など全世界で何千万人もの死者を出した第2次大戦に付随する出来事だ。米国が、ヤルタ体制を作って世界を多極化しようとしたのは、それまでの英国覇権体制を壊し、多極化によって世界経済の長期的な成長力を引き出すためだった。(覇権の起源<3>ロシアと英米) (覇権の起源)

 単独覇権体制は、英米などどこの単独であっても、覇権体制を維持するために敵視・抑圧される国々(途上諸国、新興諸国)の経済成長を長期に阻害する。多極型の方が、世界経済の発展を引き出せる(90年代以降、単独覇権体制下で米欧が経済発展したのは、実体経済でなく債券金融バブルが拡大したからだ。近いうちにリーマン危機以上のバブル崩壊が起きる)。2度の世界大戦の時期は、世界大戦を起こして多大な殺戮や破壊をやることで、世界を多極型へと転換・再起動しようとした。 (資本の論理と帝国の論理) (多極化の本質を考える)

 対照的に現在は、覇権の転換に関わる戦争が、ほとんど中東だけに限定されている(他はウクライナ東部ぐらいしかない)。中東では何百万人もの人々が犠牲になっているが、米国の軍事力が中東で浪費されているため、戦争は中東以外に広がらず、世界大戦にならない。中東の人々の犠牲のもとに、他の地域の人々の安穏とした生活が保たれつつ、多極化が進行している。覇権転換のやり方として、覇権運営者たちは、70年前よりも効率的・人道的な手法をとっている。イラク戦争で(わざと)大失敗をやらかしたネオコンやチェイニーの「功績」といえる。 (せめて帝国になってほしいアメリカ)

 70年前のヤルタ体制で、英国は、ヤルタ体制を壊して冷戦体制に転換させる役回りだった。しかし今回は対照的に、英国自らが多極化を推進し、他の欧州諸国より早く多極化の波に乗ることで、自国の発展を維持する戦略をとっている。英国はキャメロン政権の時から、中国が作る国際銀行AIIBに、米国の反対を押し切って加盟表明するなど、多極主義的な動きをしていたが、メイ政権になってロシアと和解すると表明し、多極主義を加速したい感じだ(英上層部は最近、暗闘感が強いが)。 (多極派に転換する英国)

 FBIのクリントン捜査再開表明後、メイの英首相官邸が、トランプ陣営に接触し、会合の場を持ったという。英政府は、トランプの勝ちを予測して接近してきたのかもしれない。トランプが勝った場合に進みそうな新ヤルタ体制において、英国は破壊者でなく協力者だ。新ヤルタ体制になったら、独仏(EU)は米国覇権下からの離脱傾向を強め、EU軍事統合を進めて対露和解し、NATOを有名無実化していきそうだ。豪州や韓国は中国に吸い寄せられる傾向を強める。日本は、何が起きているのか把握できず、茫然自失的な無策が続く。 (Is Downing Street Bracing For A Donald Trump Win?)

 70年前も今回も、タナボタ的に優遇されているのが中国だ。70年前の中国は、日本によって山奥に追い詰められていた弱小の国民党政権だったが、米国は蒋介石をカイロ会談に招待し、世界5大国の一つとして厚遇した。数年後に蒋介石は内戦で毛沢東に敗れ、朝鮮戦争後は共産中国と米国が対立に入り、中国のタナボタ状態は長続きしなかった。だが今回また米国は、南シナ海問題などで中国を国際政治のお芝居として敵視する演技を続けているが、本質的に米国は中国の台頭を抑止せず放置している。カイロ会談からニクソン訪中を経て現在までの70年の米中関係を眺めると、中国を多極型世界の地域覇権国の一つに仕立てるのが米国の長期戦略だとわかる。 (多極化の進展と中国) (加速する中国の優勢)



→後掲①
ニクソン、レーガン、そしてトランプ
      http://tanakanews.com/160301trump.htm

2016年3月1日   田中 宇
 米国の大統領を選ぶ2大政党の予備選挙で、共和党はドナルド・トランプ、民主党はヒラリー・クリントンが優勢になっている。他の候補が意外な巻き返しをしない限り、早ければ3月1日のスーパーチューズデーで、遅くとも3月中旬までに2人が両党の候補に決まりそうだ(民主党はバーニー・サンダースが巻き返す可能性がまだ少しある)。米国は「2党独裁制」で、まず2党がそれぞれ各州ごとの選挙を積み重ねて2人の大統領候補を決め、2人の候補に対して11月初めに有権者からの投票が行われて決まる。 (Trump shatters the Republican Party) (Are Trump and Clinton Now Unstoppable?)

 トランプとクリントンのどちらが勝つかは、白人票がどのような配分になるかによる。民主党は「有色人票の8割以上と白人票の4割以上をとれば勝つ」と言われている。前回12年の選挙で有色人票を圧倒的に集めてオバマが再選され、クリントンはオバマの後継者とみなされているため、有色人票に関して民主党は盤石といわれる。その一方でトランプは、この20年あまりの「進歩的」な社会傾向の中で地位が低下し、貧富格差の拡大で低賃金化や失業に苦しんでいる中産階級以下の白人男性の圧倒的な支持を集めている。トランプは大金持ちだが、言い回しが白人のおっさん好みだ。白人票の多くをとれば、トランプが勝つ。 (Donald Trump has invented a new way to win) (Trump has the White House in his sights)

 米国の2大政党は、民主=リベラル・共和=保守という区分で、従来おおむねこの線引きに沿って論戦が展開し、大統領が選ばれてきた。だが今回の米大統領選挙は、テロ戦争の失敗、金融救済の末の貧富格差の増大などへの人々の不満が拡大し、2大政党の両方で、エリート(大金持ち、大企業、金融界、軍産複合体、国際主義者)と草の根(庶民、貧困層、国内優先派=「孤立主義者」)との対立が激化し、リベラルvs保守よりも、エリートvs草の根の戦いになっている。トランプは草の根に支持され、党内エリートが支援する他の候補たちに30%以上の差をつけている。 (Donald Trump now has more support than all his Republican rivals combined, says new poll) (Trump shows his presidential bid is no mere publicity stunt)

 民主党でも、草の根に支持されたサンダースが意外な健闘を見せ、一時はクリントンを打ち負かしそうだったが、2月27日のサウスカロライナでクリントンの圧勝後、サンダースの勝算が下がった(同州は黒人票が決め手で、前回大統領選でクリントンがオバマに大敗したが、今回クリントンはオバマの後継者ということで票を集めた)。クリントンは、ゴールドマンサックスやモルガンスタンレーから講演を頼まれて巨額の金をもらったと伝えられるなど、金持ちに支持された候補という印象を多くの人にもたれている。 (Clinton, Sanders tied in new Mass. primary poll) (Hillary Cruises To Victory In South Carolina Amid Strong African American Support) (Hillary Clinton's Very Bad Night)

 共和党内でトランプ、民主党内でクリントンが勝ったとして、これで両党内がまとまるのかが次の問題だ。エリート(主流派)と草の根が分裂する懸念が両党ともにある。共和党の主流派は、トランプをひどく嫌っている。国会議員の中には、トランプが候補になったらクリントンに入れると豪語する者が続出している。不動産業で成功したトランプは大金持ちで、軍産や金融界からの献金を必要とせず、大衆の不満をすくい取る形で軍産や金融界を好き放題に批判しているので、軍産と金融界に取り込まれている党主流派がトランプを攻撃している。トランプが候補になったら共和党は分裂崩壊するという見方が出ている(主流派の脅しという感じもするが)。 (Republicans race to derail Trump) (The Republican Party's implosion over Donald Trump's candidacy has arrived)

 同様の現象として、民主党では、クリントンが勝った場合、サンダースの支持者である草の根層が離反し、同じ草の根派のトランプに投票するのでないかと懸念されている。共和党のトランプ支持者の中にも、クリントンを「大金持ちの傀儡」「好戦派」として毛嫌いする傾向が強い。放映されるトランプの演説を見ようと大画面の前に集まって待っていたトランプ支持者たちが、クリントンが画面に映った瞬間に皆ブーイングしたが、サンダースが出てくると敬意を表して静かに見ていたというエピソードをFTが紹介している。 (Why Hillary Clinton Cannot Beat Donald Trump) (Hillary Clinton's big, complicated world)

 新種の候補者が勝ったり、2000年のように得票が拮抗して決着がつかなかった時など、米国の2大政党制はこれまで何度も崩壊すると言われつつ、崩壊していない。今回も平然と延命するかもしれない。だが、米国の実体経済は悪化を続けており、貧富格差の拡大は今後も続く。近いうちに金融危機も起きそうだ。エリートvs草の根の対立はひどくなる一方だ。リベラルvs保守の2大政党制の構図は、911以来、ネオリベラル(人権主義を装った好戦派)vsネオコン(保守派の好戦派)の構図に転換しており、2大政党のどちらを選んでも好戦性の点で変わらなくなっている。こうした選択性の低下が改善されないままだと、2大政党制は崩壊する。 (Obama's true heir is Hillary Clinton. But that is a blessing for Bernie Sanders)

 クリントンは、人権や民主主義を非常に重視する「モダンな進歩派」を自称するが、実質的には、独裁政権を武力で倒すべきと考える好戦的な「ネオリベラル」だ。それは、国務長官時代にリビアのカダフィ政権を倒すことを強く主張してオバマに受け入れられ、リビアの大混乱を作り出したことに象徴されている。彼女の好戦性は、人権や民主を重視した結果というより、大統領になるため軍産複合体にすりよったからだ。武力による政権転覆は、無数の市民の死と、何十年もの大混乱、ISISなど残虐なテロ組織の支配など、人権や民主と正反対の状況につながることは、すでにイラク、シリア、リビア、アフガニスタンなどで実証済みだ。政権転覆が人権や民主につながるとクリントンが本気で考えているとしたら、大統領になる素質がない大間抜けだ。 (Hillary Clinton, `Smart Power' and a Dictator's Fall) (Political positions of Hillary Clinton From Wikipedia) (Assange: Vote for Hillary Clinton is `vote for endless, stupid war' which spreads terrorism)

 対照的にトランプは、イランとの核協約を破棄すると約束したり、イスラム教徒の米国入国禁止を提案するなど、一見、好戦派で人種差別者に見えるが、彼が打ち出している国際戦略は、意外なことに、非常に現実的だ。トランプの政策顧問であるサム・クロビス(Sam Clovis)は、トランプが外国における民主主義や人権を守るために武力を使うことはないと断言している。 (Donald Trump: Candidate of Peace?) (Sam Clovis)

 外国の独裁状態を改善するには、市場開放させて経済発展に導くと、いずれ政治的に開けていくので、そのような経済戦略の方が、軍事戦略よりも有効だとトランプは考えているという。トランプは「イラクのフセインやリビアのカダフィがいた方が中東は安定していた」と発言している。クリントンは、外国の人権や民主を守ることが米国の国益になると考えているが、トランプは国益をもっと狭く、実際の軍事脅威を受けた場合にそれを排除することだけに限定している。クロビスによると、トランプは「リアリスト」(現実主義者)だ。 (Trump: World Better Off If Saddam, Gadhafi Were Still in Power) (So when will realists endorse Donald Trump?)

「リアリスト」は、米国の国際戦略の歴史の中で特別な意味を持つ言葉だ。リアリストは、武力による「民主化」を標榜して大失敗するアイデアリスト(好戦派)の対極にある姿勢で、アイデアリストが無謀な戦争をやりまくって大失敗した後、リアリストが出てきて「敵」だった国々と融和して強化してやり、国際政治の体制を根幹から覆すことが、戦後繰り返されてきた。最も有名なリアリストは、ニクソン政権時代の大統領補佐官として、ベトナム戦争の失敗から米国を救うためと称して中国と和解する策を打ち出したヘンリー・キッシンジャーだ。 (歴史を繰り返させる人々)

 キッシンジャーは、国連安保理の体制など多極型の世界秩序を好んだロックフェラー家の傘下にいた。彼らは、多極化を阻止するために軍産英複合体が作った冷戦構造を壊す目的で、意図的に過激なベトナム戦争をやって失敗し、現実策をやるしかないとうそぶいてリアリストを自称しつつ、米中関係を改善してこっそり中国を強化してやったのでないか、というのが私の「隠れ多極主義」の見立てだ。 (世界多極化:ニクソン戦略の完成) (隠れ多極主義の歴史)

 ニクソンが開始した冷戦態勢の破壊を完成させたのが、同じく共和党のレーガン政権だった。レーガンは好戦派を装って大統領になり、米ソ和解や東西ドイツの統合、EU統合の開始など、世界を多極化していく流れを作った。レーガンは大統領選挙期間の初期、今のトランプに似て、共和党主流派から泡沫・変人扱いされ、攻撃されていた。 (Hillary and Jeb's Nightmare - Donald Trump Brings Back The "Reagan Coalition")

 911以来の米国は、ニクソンからレーガンにかけての時期と類似した流れを繰り返している。911で軍産複合体がイスラム世界を恒久的な敵とする「第2冷戦」の体制を構築しようとしたが、それが共和党のネオコンらによって、大失敗への道があらかじめ埋め込まれた無謀なイラク侵攻へとねじ曲げられ、米国は好戦的になるほど覇権(国際信用)を失う構図におとし入れられた。これらの展開は「新レーガン主義」を標榜したブッシュ政権下で起きた。 (ネオコンと多極化の本質) (◆負けるためにやる露中イランとの新冷戦)

 次の現オバマ政権は、リビアやシリアで好戦策の継続を容認する一方で、イランにかけられた核兵器保有の濡れ衣を解いてイランの台頭を引き出したり、シリア内戦の解決をロシアに任せるといった多極主義的な態度をとった。しかも同時にイラクやアフガニスタンからの軍事撤退を挙行して覇権を温存するという、単独覇権主義と多極主義が入り混じった姿勢をとってきた。 (◆イランとオバマとプーチンの勝利) (シリアをロシアに任せる米国)

 ニクソン(共和党)からレーガン(共和党)への、アイデアリストが稚拙に失敗した末にリアリストが席巻する隠れ多極主義的な展開が、ブッシュ(共和党)の911から今後(2020年ごろ?)にかけて繰り返されるとしたら、共和党のトランプがリアリストの外交戦略を掲げて次期大統領を狙うことは、非常に大きな歴史的な意味がある。ロックフェラーや傘下のCFR(外交問題評議会)が、歴史の繰り返しを演出しようとしているなら、次の大統領は、クリントンでなくトランプだ(かつてロックフェラーはキッシンジャーを政権に送り込むのに4年待った。今回もクリントンが勝って4年待つかもしれないが)。 (People Are Still Underestimating Donald Trump)

 トランプのリアリズム(現実主義)は「強い指導者が率いる国は、たとえ民主的でなくとも、安定的な成長ができるので(必要悪として)評価すべきだ」というものだ。トランプがロシアのプーチンを支持賞賛していることが、彼のリアリズムを象徴している。トランプは「米国がプーチンを敵視し続けるほど、中露が結束して米国に対抗してくる。これを防ぐためにロシアとの和解が不可欠だ」と考えている。プーチンを支持するトランプは「ウクライナ問題は欧州の問題で、米国が介入すべきことでない」という姿勢だ。この姿勢は、米国の軍産がNATOや欧州を引き連れてウクライナの反露政権を支援し、ロシアとの対立を続けている現状と真っ向から対立する。またトランプは「アサドより悪い独裁者が世界にはたくさんいる(アサドはそんなに悪くない)」と言って、シリアの停戦や安定化をロシアに任せる姿勢をとっている(すでにオバマがこの姿勢を隠然ととっている)。 (Political positions of Donald Trump From Wikipedia) (茶番な好戦策で欧露を結束させる米国) (NATO延命策としてのウクライナ危機)

 共和党の選挙参謀を長く続けていたカール・ローブは、トランプが選出されると大変なことになると党主流派に対して警告している。共和党主流派は軍産複合体と金融界の連合体だ。トランプが今の破裂寸前まで膨張した金融バブルに対してどんな政策をとるか見えていないが、彼が軍産の好戦的な軍事策をつぶそうとしていることは「リアリスト」の自称が雄弁に物語っている。(トランプは「本当の米国の失業率は当局発表の5%でなく28-42%だ」と、失業率をごまかして景気回復を演出する米連銀のインチキを暴露している。それを拡大解釈すると、彼が大統領になったら金融延命策をつぶしにかかると予測できるが、そんなことを本当にやるのかまだ不明だ) (Inside the Republican Party's Desperate Mission to Stop Donald Trump) (Why Trump Thinks Unemployment Is 42%)

 2月25日ごろ以降、共和党の予備選挙でトランプの勝利が決定的になってきたタイミングで「何が何でもトランプを引きずりおろす」という感じの動きが党内やマスコミで始まり、共和党主流派に位置するCFRもトランプを非難する宣伝を開始した。だが、これは明らかに遅すぎる動きで、茶番劇の感じがする。マスコミの中にも「今ごろトランプ非難を強めても遅すぎる」といった分析が目立つ。 ("Trump Must Be Stopped" Plead 'The Economist' And CFR As Financial Establishment Panics) (Trump has the White House in his sights)

 共和党の予備選でトランプの後塵を拝しているルビオとクルズの陣営が合体し、どちらかが大統領でもう一人が副大統領候補になれば、トランプに勝てるかもしれない。だがルビオとクルズは互いに批判を続けており、合体を提案する党内の意見は無視されている。このあたりも、CFRの勢力が2人に対立をけしかけて合体を阻止し、トランプを優勢にしている感じがある。 (The Republican Party's implosion over Donald Trump's candidacy has arrived) (Why the Hell Won't Anyone Attack Trump?)

 共和党内のネオコンも、トランプを敵視するふりをして優勢にしているのでないかと感じられる。共和党のネオコンの指導者的な論客であるロバート・ケーガンは2月下旬、トランプ優勢の流れが決まった直後のタイミングを見計らって、トランプを阻止するためにクリントンを支持すると表明した。 (Neocon Kagan Endorses Hillary Clinton)

 ネオコンは共和党支持だが、歴史を見ると、1970年代まで民主党支持で、独裁政権を転覆して民主化すべきと主張する好戦リベラルだったが、レーガン政権の発足とともに共和党に移った「転向者」だ。ネオコンは共和党ブッシュ政権で過激策をやって米国の覇権を自滅に追い込んだ後、近年また民主党に再接近していた。ケーガンの妻のビクトリア・ヌーランドは、民主党の現オバマ政権の国務省に入り、ウクライナの政権を反露側に転覆させる画策をやった張本人だ。ヌーランドは国務長官だったクリントンに引き上げられ、国務省内で頭角を現した。 (ネオコンの表と裏) (危うい米国のウクライナ地政学火遊び)

 ケーガンのクリントン支持表明は、妻であるヌーランドの動きからして不自然でないが、クリントンの選挙活動にプラスなのかどうか、大きな疑問だ。クリントンがサンダースを破ったら、民主党内の草の根勢力をどう取り込むかがその後の課題になるが、ネオコンの頭目ケーガンのクリントン支持は、クリントンがネオコンの一派である事実を民主党の草の根の人々にますます強く印象づける点でマイナスだ。 (Why Hillary Clinton Cannot Beat Donald Trump) (Trump is the GOP's Frankenstein monster. Now he's strong enough to destroy the party)

 トランプは、軍産やネオコンの好戦策が失敗してもはや米国民に支持されていないことを見抜き、自分が金持ちで軍産から政治資金をもらう必要がないことから軍産やネオコンの策を容赦なく批判することで選挙戦を成功させてきた。軍産やネオコンと結託しているのがイスラエルで、イスラエル右派を支援する財界人シェルドン・アデルソン(Sheldon Adelson、カジノリゾート経営)が、トランプを阻止するための政治資金を主に出してきた。アデルソンは今回クリントンを支持している。 (Inside Republicans' failed attempts at blocking Donald Trump's rise) (And the winner of the Sheldon Adelson primary is... Hillary Clinton)

 だが、トランプがユダヤ人やイスラエルと敵対しているかといえば、むしろ逆だ。トランプの娘のイヴァンカは、正統派ユダヤ教徒の財界人(Jared Kushner、新聞経営)と結婚し、ユダヤ教に改宗している。トランプはイスラエルの右派のネタニヤフ首相を長く支援してきたことでも知られ、古くからの親イスラエル派だ。トランプが軍産の言うことを聞かなくても、ネオコンやシオニストは簡単にトランプを非難できない。 (Is Trump a Realist?)

 これまで米国の世界戦略は、軍産やイスラエルや英国に牛耳られ、世界の面倒を米国が見ることが良いのだという「国際主義」の立場がとられ、世界のことより米国内を良くするのが先だという国内優先主義は「孤立主義」としてマスコミなどで批判されてきた(対米従属の日本でも、米国の孤立主義化は良くないことと喧伝されている)。しかし、911から15年間ずっと失敗ばかりの国際主義という名の好戦主義につき合わされてきた米国民は、国内の貧富格差の拡大、実体経済の悪化もあって、国際主義を嫌い、孤立主義の傾向を強めている。トランプはその流れに乗って、リアリストの姿勢を採用して孤立主義的な政策をとろうとしている。これが成功すると、軍産やイスラエルは影響力を失う。

 トランプは表向き、好戦的な感じのことを言い続けている。イスラム教徒の米国入国の一時禁止の提案は、軍産のイスラム敵視のテロ戦争の構図に乗っている。実際には、イスラム教徒の入国を禁止したとたん、米国内でいくつもの提訴が裁判所に起こされ、米政府は裁判に負けてイスラム教徒の入国を認めざるを得なくなる。 (What President Donald Trump's first 100 days in office would look like)

 トランプは、オバマがイランの核兵器開発の濡れ衣を解いて締結した協約を廃棄するとも言っている。これはイスラエルや軍産が強く希望しており、トランプはそれに応えてこの策を出した。しかしイランは昨夏に経済制裁を解かれた後、欧州やアジア諸国などと急速に経済関係を強化しており、米国だけが協約を破棄してもイランは他の諸国と貿易して十分豊かになれる道を歩んでいる。トランプがイランとの関係を断つことは、イランを弱体化せず米国を孤立させるだけの「隠れ多極主義」的な戦略になる。 (What a Trump presidency will mean for Iran) (Donald Trump's Iran idiocy: The interview that should have ended his candidacy once and for all)

 延々と書いてしまったが、日本にとって重要な、日本や中国に対するトランプの姿勢についてまだ書いていない。トランプは「日本や韓国、ドイツやサウジアラビアは、米国の安全保障にぶら下がるばかりで、米国の安全にあまり貢献していない」と言い、在日・在韓米軍の撤退も含め、日本や韓国との安保関係を再交渉する姿勢を見せている。軍産系の勢力は「日本は(思いやり予算などを米国が要求するだけ出し続け)米国に貢献している。トランプは日本を批判するな」といった論調を流布している。 (Trump Shouldn't Bash Japan) (Donald Trump slams U.S. allies South Korea, Japan)

「米軍が日韓から撤退すると、安保的な支柱を失った日韓は独自に核武装しかねない。トランプは東アジアを核兵器開発競争に追い込もうとしている」といった批判も、軍産(日本外務省傘下?)っぽい駐日英文メディアが流している。 (Donald Trump's Asia Policy Would be a Disaster) (日本の核武装と世界の多極化)

 歴史を見ると米国は、かつてニクソン政権の時代にも、在日米軍の撤退を模索し、日本政府はそれに呼応して米軍抜きの日本の自主防衛策を「中曽根ドクトリン」として立案した。これは「米国が出ていくなら仕方がない」という感じで立案されたが、その後米国でウォーターゲート事件が起きてニクソンが追放され、日本でニクソンに呼応していた田中角栄首相もロッキード事件で失脚させられ、日本は「まだ自主防衛できる力がついていません」と米国に懇願して沖縄に米軍基地を集中させて駐留を続けてもらう策に出た。これ以来、外務省が握っている日本の安保戦略は、米軍に永久に駐留してもらう策になり、対米従属が日本の絶対の国是になっている。 (日本の権力構造と在日米軍) (終戦記念日に考える) (見えてきた日本の新たな姿)

 トランプが大統領になると、ニクソンから40年あまりの時を経て、再び米国が在日米軍を撤退させようとする動きを強めることになる。在日米軍の撤退話は、ここ数年、海兵隊のグアム移転構想などで、すでに何度も浮上しては消えている。日本は、辺野古の計画や思いやり予算など、米国の無体な要求を何でも飲むことで、在日米軍を引き留めている。このような日本の強度な対米従属策を、トランプがどんな方法で乗り越えようとするのか、まだ見えていない。トランプ政権になると、日本の対米従属派にとって厳しい時代が来ることは間違いない。 (Asia's President Trump Nightmare) (Trump's nationalism is corrosive and dangerous) (再浮上した沖縄米軍グアム移転)

 トランプは「中国が米国の雇用を奪っている」「中国からの輸入品に45%の関税をかける」「中国で生産する米国企業に、生産拠点を米国に戻すことを要求する」などと、中国に対する強硬姿勢を見せている。すべて経済面ばかりで、政治面では中国敵視のことをあまり言っていない。中国が米国民の雇用を奪っているという言い方は、この四半世紀の歴代の大統領候補の多くが発しており、目新しくない。選挙戦では人気取りのために中国に対する強硬姿勢を示しても、当選するとボーイングやGMの中国での販売増の方が重要になり、中国におもねる姿勢をとるのが、歴代大統領によくある姿勢だ。対立候補のルビオは「君のネクタイも中国製だろ(中国からの輸入を拒否すると着るものがなくなるよ)」とトランプを揶揄した。 (Rubio to Trump: Are You Going Start A Trade War Against Your Own Chinese-Made Ties?)

 トランプが大統領になって在韓米軍の撤退を考えるとしたら、まず北朝鮮の核問題を解決せねばならない。北核問題に対する米国の態度はブッシュ政権以来、一貫して「中国に任せる(押しつける)」ことだ。トランプは、在韓米軍を撤退するために、政治的に中国の言いなりになるかもしれない。北が核を持ったままの北核問題の「解決」がありうる。 (北朝鮮に核保有を許す米中)

 このほか、トランプが地球温暖化問題を「インチキだ」「米国の経済成長を阻害するための中国の謀略だ」と批判していることも興味深い。たしかにCOP15以降、温暖化問題は中国の主導になり、中国など新興諸国が米国など先進国から支援金をむしり取るための道具に転換している。トランプは荒っぽい言い方ながら、いろんなことを的確に見ている。 (Trump on Global Warming : "hoax," "mythical," a "con job," "nonexistent," and "bullshit.") (地球温暖化めぐる歪曲と暗闘)

 温暖化問題は、もともと米金融界の発案で捏造された構図である。共和党系の分析者(David Stockman)は「共和党はカネに目がくらみ、かつての信奉していた自由市場主義を捨てて、金融界が捏造した温暖化問題や、リーマン危機後の金融界救済策など、自由市場主義と正反対なものをどんどん受け入れた挙句、行き詰っている。共和党は、完全に行き詰って破綻しない限り再生しない。トランプは、この行き詰りを突いて人気を集めている。」という趣旨の指摘をしている。 (The Donald - The Good And Bad Of It)

 長々と書いたが、まだ書き足りない。だがトランプが大統領になると決まったわけでもないので、今回はこのぐらいにしておく。

→後掲②
世界多極化:ニクソン戦略の完成
      http://tanakanews.com/071218multipolar.htm

2007年12月18日  田中 宇
 このところ気になっていることの一つに「ニクソン政権は世界を多極化しようとしていた」ということがある。

 1969年から74年まで続いたアメリカの共和党政権であるニクソン政権は、それまで10年あまり続いていたベトナム戦争による米軍の疲弊、ソ連の軍事能力の向上、経済分野における日本や西ドイツの台頭、アメリカの財政赤字増とインフレといった不利な状況の拡大への対策として、日欧などの同盟国に軍事的自立を求めた1969年7月の「ニクソン・ドクトリン」発表、1971年8月の金ドル交換停止(ニクソン・ショック)、1972年2月のニクソン中国訪問、72年の対ソ協約(SALT)、73年のベトナム終戦(パリ協定)などの政策を打った

 ニクソン・ドクトリンや中国訪問、対ソ宥和策といった一連の外交軍事戦略の裏には、米ソが対立する「2極」の冷戦構造の世界体制よりも、アメリカ・ソ連・中国・日本・欧州という5つの大国が並び立つ「多極」(multipolar)の世界体制の方が、アメリカの軍事力・経済力が低下した場合の安定感が大きいと考えるニクソン大統領自身の信念があったのだと、ニクソン政権の国防長官だったメルビン・レアード(Melvin Laird)が、1985年に発表した論文「A Strong Start in a Difficult Decade」で書いている。ニクソンは「多極主義者」だった。(関連記事)

 ニクソン・ドクトリンの前提として、世界に自律的な極がいくつもある多極的な世界が誕生した方がアメリカにとって好ましいという考え方が存在していたということは、1974年に米空軍の研究者が書いた論文「National Security in a Decade of Transition」でも指摘されている。(関連記事)

 以前から、現ブッシュ政権の方針は、多極主義とは全く逆の戦略をやりながら結果的に多極化を招く「隠れ多極主義」ではないかと疑い続けている私にとって、ニクソンが多極主義者だったと元側近らが論文で指摘しているという事実は、大きな意味を持つ。以前の記事にも書いたが、ニクソンからレーガンを経て今のブッシュに至る3つの共和党政権はいずれも、無茶な財政赤字の拡大や戦争によってアメリカの覇権を浪費した後に「現実策への転換」と称して、世界の多極化を促進・容認している。

 ニクソンは1950年代、アイゼンハワー政権の副大統領だった。アイゼンハワーは、通常兵器より核兵器を重視することで軍事費を効率化し、冷戦の永続化を目指した「ニュールック」戦略を展開した。そのためニクソンの多極化戦略をニュールックの延長版と見る向きもあるが、ニュールックが冷戦の永続化なのに対し、ニクソンの多極化は冷戦終結を目指したものであり、具体策は似ているが、世界戦略としての本質は正反対である。(関連記事)

▼中国訪問

 ニクソン政権による多極化戦略の内容は、多岐にわたっている。最もあからさまな多極化政策は、ベトナム敗戦期の1972年2月の「ニクソン訪中」である。アメリカは、1950年の朝鮮戦争で中国軍と戦って以来、中国と敵対関係にあったが、米軍がベトナムから撤退するに際し、北ベトナムに対して大きな影響力を持っていた中国と和解することで、撤退を容易にしようとする戦略だったと説明されている。1950年代までは、中国はソ連と仲が良かったが、60年代に中ソ対立が起こり、アメリカにとっては中国を取り込んでソ連を孤立させる利点もあった。

 第二次大戦後のアメリカの対中国戦略は、米政界の冷戦派(米英中心主義、軍産複合体)と親中国派(資本家、多極主義)との暗闘の連続だ。1949年の共産中国成立後、最初は親中国派が強く、毛沢東に訪米を要請する構想もあったが、1950年に冷戦派が北朝鮮の金日成を引っかけて韓国に侵攻させて朝鮮戦争が起こり、米軍は意図的に中朝国境まで迫って中国軍の参戦を誘発し、米中を決定的な敵対関係に陥れた。

(金日成に「南侵すれば韓国から米軍を追い出して南北を統一できる」と勘違いさせたのは、1939年にヒットラーを引っかけてポーランド侵攻させて第二次大戦を起こしたり、1941年に日本を引っかけて真珠湾攻撃させたり、1980年にイラクのフセインを引っかけてクウェートに侵攻させて湾岸戦争を起こしたのと似た、英米式の開戦事由作りの軍事諜報作戦だろう)

 朝鮮戦争から20年後のニクソン訪中は、米政界の親中国派による反撃だった。冷戦派は議会で猛反対して米中国交正常化を実現させず、ニクソンをウォーターゲート事件で辞任させて挽回したが、結局、米中国交正常化は次のカーター政権下の1979年に実現した。その直後から、中国の経済発展(改革開放政策)が始まり、冷戦派が仕掛けた天安門事件後の経済制裁などを乗り越え、約30年かけて中国は世界の「極」の一つに成長した。

▼ニクソン・ドクトリン

 ニクソンの2つ目の多極化戦略は、1969年2月の「ニクソン・ドクトリン」の発表だ。これは日本や韓国、英仏独などの同盟国に対し、それまでは米軍が直接派兵して守っていたものを、軍事技術や諜報、核の傘、資金面での支援のみに切り替え、同盟国を自立させ、アメリカの負担を減らすという宣言だった。1971年の沖縄返還は、この宣言の具現化の一つである。

 ニクソン・ドクトリンを「世界多極化」の一環としてみると、日本や独仏などをアメリカの傘下から外し、世界の「極」になる自立した大国に仕立てる動きだが、この多極化戦略は成功しなかった。失敗した理由の一つは、米国内の軍事産業(軍産複合体)が多極化による冷戦構造の終焉に反対したことで、もう一つの理由は、対米従属に安住する同盟国が自立したがらなかったからである。

 独仏の自立は、1989年の冷戦終結の後の欧州統合まで実現しなかった。韓国は気持ちは反米だが、いまだに軍事的にアメリカにおんぶしている。日本は、戦後の発展が対米従属のもとで大成功したので自立など真っ平で、ニクソン・ドクトリンの意図を換骨奪胎し、日本の軍事拡大は対米従属を強めるためのものと規定した。日本では左翼も「護憲」を理由に、自国の軍事的な自立に反対した。(関連記事)

 ニクソン・ドクトリンは、イランやアラブの産油国に対する軍事支援強化も含んでいた(当時イランはイスラム革命前で親米だった)。これは私から見ると、イスラエル(シオニスト)が軍産複合体の知恵袋として米政界に食い込んでいたのに対抗し、イランやアラブを軍事的に支援して中東における力の均衡状態を作り、イスラエルの力を削ごうとしたと感じられる。

 ニクソン在任中の1973年には、中東産油国が石油の対米輸出を止めて石油危機が起き、世界の石油利権を支配していたはずのメジャー(米英大手石油業界)はほとんど無抵抗で石油が高騰し、米経済は大打撃を受け、その後のアメリカの経済的衰退の端緒となったが、これも「イスラエルの力を削ぐ」「アメリカの経済的単独覇権を自滅させる」という意味で多極化戦略の一つに見える。

▼金ドル交換停止

 ニクソンの3つ目の多極化戦略は、1971年8月の「金ドル交換停止」(ニクソン・ショック)である。これは以前の記事で分析したように、1944年のブレトンウッズ体制(ドル基軸制)の開始以来、米政府が25年間、世界と米国内に対して経済援助や戦費、補助金や公共事業などの大盤振る舞いを続けた結果、財政赤字と経常赤字(貿易赤字など)が巨額になり、ダメ押しとしてベトナム戦争の戦費急拡大でドルの信用不安が強くなり、米政府保有の金が流出して空っぽになったため、ブレトンウッズ体制の根幹をなしていた金ドル交換の保証をニクソンが放棄し、ドルの体制が崩壊した事件である。その後は、金本位制を切り離した疑似変動相場制(スミソニアン体制など)が採られ、今に至っている。

 ニクソンによる金ドル交換停止はやむを得ない措置だったという見方もできるが、私はそう考えない。ニクソン政権は金ドル交換停止の直前まで戦費の大盤振る舞いを続けており、意図的にドルの信用不安を悪化させたと見るべきだと思っている。金本位制を離脱したことにより、アメリカはドルを際限なく刷れるようになったため、金ドル交換停止はアメリカの通貨覇権拡大が目的だったという説もあるが、私はそれも採らない。

 ニクソン・ショック後、ドル中心の国際通貨体制の維持に躍起になったのは、アメリカではなくイギリスやドイツ、日本などの方だった。ニクソン政権のコナリー財務長官(John Connolly)は「ドルは私たちの通貨だが、(ドル下落は)君たち(英独日)の問題だ」('The dollar is our currency, but your problem')という有名な発言を発している。

 ニクソン後の歴代政権の多くは、依然として財政赤字や経常赤字の拡大を放置し、金本位制という天井がなくなった分、赤字は急増し、1985年のプラザ合意や、最近のドル不安など、ドルの崩壊局面が繰り返されている。ニクソン以後のアメリカは、ドルの通貨覇権を粗末に扱い、覇権を自滅させる傾向を続けている(唯一の例外は、米英中心の国際金融覇権を強化したクリントン政権)。

 ニクソン・ショックは、レーガン時代のプラザ合意と並び、日本の円とドイツのマルクを強化したという点で、世界を「米欧日露中」の5極体制に転換させようとした多極化策の一環である。通貨の多極化は、ニクソンの時代には実現しなかったが、レーガンが冷戦を終わらせて欧州諸国に統合を勧め、ユーロが誕生したことで、世界の通貨体制は多極化し始めた。日本については1970年代以来「円の国際化」が騒がれたものの、日本は対米従属下で経済発展した状態を続けたかったので、円の国際化は掛け声だけに終わった。

 通貨の多極化は、最近のドルの信用不安な世界的なインフレを受け、中東産油国(GCCとイラン)がドルペッグを止めて独自の通貨統合をするかもしれないということで、新たな段階に入ろうとしている。ニクソンがブレトンウッズ体制を壊し、レーガン(とパパブッシュ)がユーロ誕生を誘発し、今のブッシュが中東や東アジアの通貨統合を誘発しているのが、国際通貨体制の30年史である。

▼多極化は資本主義100年の計

 アメリカの多極主義の政権によってドルが自滅させられるのは、多極主義の黒幕がロックフェラーなどの資本家であることと矛盾しているようにも見える。石油危機を誘発してアメリカ経済を自滅させたりするのも、資本家の行為としては奇妙である。

 しかし同時に、多極化を阻止してきた米英中心主義者が永続させようとした「冷戦」は、世界経済のうち、中国、ロシア周辺、インドなど(非同盟諸国)の地域を「敵」として封じ込めの対象にして経済発展を阻害し、欧米の資本家がそれらの「敵地」に投資することを禁止した。米英中心の世界体制を維持するためには、大国として勃興するかもしれない中露印などの発展を阻止する必要があったので、冷戦によって敵味方が作られた。

 これは、国際的な資本家にとっては、市場や投資対象が大きく制限されていることを意味する。資本家は「消費者」の増加を望むが、冷戦構造は、中印露など人類の半分を「消費者」にできない状態である。資本家が「アメリカの経済発展」「今年の儲け」などの狭義の儲けだけを希求するなら、米英中心主義やドル基軸制の永続でかまわないが、世界の100年規模の経済成長を考えた場合、冷戦や米英中心体制へのこだわりは、むしろ壊すべき対象になる。

▼隠れ多極主義とPNAC

 ニクソンは1974年にウォーターゲート事件で失脚し、これ以降、アメリカでは「多極化」を口にする政権はなくなった。米政界では軍事産業とイスラエルが結束した右派勢力(軍産イスラエル複合体)が強くなり、米英中心主義に基づいた冷戦の永続を目指し、多極主義を目の敵にした。これに対して多極主義の勢力は、軍事産業とイスラエルのために働いているかのように見せかけた戦略を推進し、それを大失敗させることで米英中心主義を壊し、結果的に多極化の方にもっていく「隠れ多極主義」になった。

 レーガン政権は、軍事産業とイスラエルのための政権だったはずが、結果的に冷戦を終わらせ、EUを誕生させた。今のブッシュ政権は、テロ戦争とイラク戦争によって軍事産業とイスラエルに貢献するはずが大失敗し、米軍は疲弊、イスラエルは窮地に立っている。ブッシュ政権の軍事・外交・財政・金融などの多方面の戦略の(意図的な)失敗の結果、事態はニクソンが果たせなかった「多極化」の方向に急ピッチで進んでいる。

「隠れ多極主義」の好例は、2003年のイラク侵攻を推進した「PNAC」(アメリカ新世紀プロジェクト)である。この組織は1998年、現ブッシュ政権を生んだ大統領選挙の運動期間の初期に作られたシンクタンク・圧力団体で、目標は米政府にイラク戦争を挙行させることだった。メンバーはブッシュ政権で副大統領になったチェイニー、国防長官になったラムズフェルドのほか、国防副長官になったウォルフォウィッツや副大統領補佐官になったルイス・リビーら「ネオコン」で、彼らは政権入り後、911テロ事件でアメリカが戦争モード(有事体制)に入ったことを機にイラク侵攻を主張し、侵攻にこぎつけた。

 私は当初、PNACは軍産イスラエル複合体の出先機関だと思っていた(今でも多くの分析者はそう見ている)。だが、イラク侵攻は、湾岸戦争を戦ったパパブッシュ政権も、その次のクリントン政権も回避して行わなかったことである。パパブッシュは、湾岸戦争でイラク軍をクウェートから追い出したが、米軍をイラク領内まで進軍させはしなかった。クリントンもイラク空爆はさかんにやったが、地上軍の侵攻はしなかった。

 イラクに米地上軍を入れれば、泥沼のゲリラ戦に巻き込まれ、ベトナム的な軍事力の浪費になるとわかっていたので、賢明な大統領たちは避けた。しかし息子のブッシュは本人が間抜けで、側近たちがPNACだったので、自滅的なイラク侵攻を挙行し、見事に泥沼にはまり、ベトナム戦争以来の米軍の疲弊を招いている。

 アメリカの軍事産業が望む「儲かる戦争」は空軍と海軍の新兵器を使って圧勝する短期決戦だが、イラク戦争はこれと正反対の、地上軍消耗型の長期のゲリラ戦である。イラクの泥沼化で、中東は反米反イスラエルのゲリラ(テロリスト)の巣窟となり、イスラエルは窮地に陥っている。

 このような展開を見て、PNACは「軍産イスラエル複合体」の出先機関ではなく「軍産イスラエル」のぬいぐるみをかぶった「多極主義」の組織ではないかと、私は考えるようになった。PNACの事務局は「アメリカン・エンタープライズ研究所」(AEI)と同じビルにあり、事務員もAEIからの派遣で、PNACの母体は明らかにAEIである。

 AEIは、共和党を支援するアメリカの大企業群(財界)によって作られており、資本家系の組織だ。ニクソンの戦略が多極主義であることを指摘した前出の論文を書いたニクソン政権のレアード元国防長官はAEIの主要メンバーである。AEIは、PNAC以外の場でも、ネオコン的な強硬策を主張しているが、それはすべて「隠れ多極主義」としてやっているのではないか、と私は疑うようになった。

▼追い詰められるイギリス

 もともと、アメリカの覇権はイギリスからもらったものである。「アメリカが自国の覇権を粗末に扱って浪費するのは、それがもらいものだからだ」とも言えるし、逆に「タダより高いものはない」ということで、イギリスはアメリカの世界戦略を黒幕として牛耳っているとも言える。

 イギリスは第一次大戦で疲弊して自滅的に覇権を失ったが、この際、アメリカの政府や財界に覇権の味を覚えさせ、アメリカに覇権を移譲してイギリスがその黒幕になるという米英中心主義の体制(米英同盟)を作り、自国が弱体化しても覇権利得の一部が自国に入る仕掛けを作った。欧州を地政学的に見ると、イギリスの敵はドイツとロシアであるが、冷戦構造の中では、ドイツは永久に東西分割され、ロシア(ソ連)はアメリカが敵視してくれて、アメリカはイギリスの同盟国であり続けるので、イギリスは安泰だった。

 アメリカが作った国連の安保理常任理事国は「米英仏露中」の5極であり、多極主義である。この制度は、米英中心主義に基づいて推進された冷戦によって無力化された。

 これに対し、ニクソン以来の多極化戦略はイギリスの冷遇を目指した。ニクソンの世界5極化は「米欧日露中」であり、イギリスは「欧」の中に入れられてしまっている。「欧」は「欧州統合」を暗示しているが、それはレーガンが誘発したEU誕生によって実現した。EU誕生によって、欧州内で敵対しがちだったドイツとフランスは恒久的に統合され、2度と敵対できなくなった。フランスを味方につけてドイツを封じ込めるという、イギリスの歴史的な大陸分断戦略は永久に無効化された。

 EUの誕生は、イギリス自身の「内部分裂」につながるおそれもある。イギリスは、イングランド・スコットランド・ウェールズなどの連合王国(UK)であるが、今やスコットランド人の40%は、イギリスからの独立を望んでいる。EUに加盟すれば、イギリス連合から離脱しても、スコットランドは国家としてやっていけるという考え方である。連合王国に残るべきだと考えるスコットランド人も44%いるが、離脱派は増え、残留派は減りつつある。(関連記事)

 イギリスは前ブレア政権が、隠れ多極主義のブッシュ政権を米英中心主義の方向に引き戻そうとしてイラクやアフガニスタン侵攻につき合った結果、軍事・財政的に疲弊し、政治的にも親米と反米が激突し、混乱している。イギリスは長年、アメリカとそっくりの経済システムを採っているため、住宅バブルの崩壊、サブプライムの金融危機も起こしており、英経済は来年もっと大変な状態になる。アメリカとの同盟にこだわって破綻するイギリスに愛想を尽かし、イギリス連合から脱退してEU入りを望むスコットランド人が増えるのは当然である。スコットランド人の独立気運を見て、隠れ多極主義のブッシュ政権の高官たちは、ほくそ笑んでいるはずだ。

▼多極化すると戦争は減る?

 第一次大戦以来、人類の歴史の隠された中心は、イギリスの国家戦略の発展型である米英中心主義と、資本主義の政治理念である多極主義との相克・暗闘であり、それが数々の戦争の背景にある。米英中心主義は、日独の台頭を阻止するために世界大戦を起こし、冷戦をアジアに拡大するために朝鮮戦争やベトナム戦争を誘発した。中東におけるイスラエルと米英の戦略上の摩擦が、数次の中東戦争、石油危機、イスラム革命、イラン・イラク戦争、湾岸戦争、テロ戦争、イラク戦争の背景に存在している。

 イギリスは、アメリカの軍事産業の利権を拡大してやることで米英同盟を強化しており、これも米英が戦争ばかりやっている状態を生んだ。建国時にイギリスの策略でアラブとの永続的戦争状態をつかまされたイスラエルは、その後アメリカを牛耳ることで自国の存続を可能にしたが、この要素もアメリカを中東での連続的な戦争に巻き込んだ。加えて、米英中心主義への報復を試みた多極主義が、米英中心主義的な戦争を大々的にやりすぎて失敗するという戦略を採ったため、米英イスラエルはますます戦争漬けになった。

 今後もしブッシュの隠れ多極主義が成功し、米英イスラエル中心主義が完全に清算され、世界が多極的な状態になって安定したとしたら、その後の世界では、戦争が劇的に減るかもしれない。

「ロシアや中国は好戦的で覇権争いをするので戦争は増える」と考える日本人が多いかもしれないが、その考え方は冷戦型の米英中心主義のプロパガンダの影響を受けている。ロシアや中国は古い型の帝国で、自国の影響圏がはっきりしており、それを侵害されたり、挑発されたりしない限り、戦争しない傾向が強い。「影響圏」など関係なしに、世界中で戦争を意図的に誘発し続けてきたのは、米英中心主義という新型の帝国だけである。