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  11 12 米国民を裏切るが世界を転換するトランプ
       田中宇氏の国際ニュース解説
       (付)日中共同声明
  11 00 トランプショック どう考える
       ① 米国という重し、失う世界で 
       ② 日米安保に新たな試練
       ③ 深い分断、きしむ民主主義
       ④ 自由貿易、制限する前に
  11 14 黒田日銀総裁の金融政策
       (付)さよなら先進国

 11 12(土) 米国民を裏切るが世界を転換するトランプ     

早速トランプ氏のニュースが入った。 これからそれをじっくり読みます。

2016年11月11日
米国民を裏切るが世界を転換するトランプ
      http://tanakanews.com/161111trump.htm

2016年11月11日   田中 宇
 ドナルド・トランプが米大統領選挙で勝ったことで、来年1月にトランプが大統領になった後、尖閣諸島をめぐる日中対立に再び注目が集まりそうな流れが始まっている。オバマ大統領は、尖閣諸島が日米安保条約の適用対象地域に含まれるという解釈をとってきた。中国が尖閣諸島に侵攻して日本との交戦になったら、米国は日本に味方し、米軍が中国と戦うために参戦するということだ。トランプは、大統領就任後、このオバマの解釈を廃棄し、代わりに「尖閣諸島は日米安保条約の対象地域に含まれない」という新たな解釈を表明する可能性がある。 (With Trump as President, What's Next for Japan and the U.S.?)

 米国の共和党系の論文サイト「ナショナル・インテレスト」は11月9日に「トランプは就任から百日間にどんな新しい外交政策をやりそうか」という記事を出した。その中で①「地球温暖化対策パリ条約にオバマが署名したのを撤回する」 ②「オバマ政権がイランと締結した核協約を破棄するというのに続き③「尖閣諸島は日米安保条約の対象地域だと言ったオバマの姿勢を撤回する。尖閣諸島で日中が交戦した場合、米国が参戦するかどうかはその時の状況によって変わる、という姿勢へと退却する(日本を疎外しつつ米中間の緊張を緩和する)というのが、トランプが就任後の百日間にやりそうな新外交政策の3番手に入っている。 (Donald Trump's First 100 Days: How He Could Reshape U.S. Foreign Policy)

 4番手には「中国を不正な為替操作をする国の一つとしてレッテル貼りし、それに対する報復として米国が輸入する中国製品に高関税をかけ、米中貿易戦争をおこす」というのが入っている。尖閣紛争を日米安保の枠から除外して軍事面の米中対立を減らす代わりに、貿易や経済の面で米中対立をひどくするのがトランプの政策として予測されている。 (Yuan slips as dollar recovers but wary over Trump's China intentions)

 米フォーチューン誌は11月9日に「トランプ大統領は最初の1年間に何をしそうか」という記事を載せた。「米国内での大規模なインフラ整備事業の開始」「地球温暖化対策の後退」「税制改革」などの後に、尖閣諸島問題をあげて「トランプの最初の外交試練は中国との間で起きる」と予測している。日本の安全保障に米国が全面的な責任を負う従来の体制を拒否するトランプの姿勢を見て、中国がトランプを試すため、トランプ就任後、尖閣諸島での中国側の領海侵犯がひどくなると予測し、これが「トランプの最初の外交試練」になると予測している。 (Here’s What to Expect from Donald Trump’s First Year as President)

 英ガーディアン紙は「トランプ政権下で激動しそうな10の国と地域」という感じの記事を11月10日に載せた。タリバンの要求に応じて米軍が撤退するかもしれないアフガニスタン、親ロシアなトランプの就任におののくバルト三国、NAFTA改定を心配するカナダ、トランプ勝利のあおりでルペンが来春の大統領選で勝ちそうなフランスなどに混じって、オバマ政権からもらった尖閣諸島を守る約束をトランプに反故にされかねない日本が言及されている(北の核の話と合わせ、日韓がひとくくりにされている)。 (Mapping the Trump factor: 10 countries and regions feeling the heat)

 米国の外交政策の決定権は議会にもあり、大統領だけで決められない。米議会は今回の選挙で上下院とも共和党が多数派になったが、議会では軍産複合体の影響が大きく、日韓など同盟国との関係見直しは議会の反対や抵抗を受ける。とはいえ、議会と関係なく、大統領令や、大統領による意思表明によって決まった政策もかなりある。温暖化対策やイランとの核協定は、議会の反対を無視してオバマが大統領令で固めた部分が大きい。それらは、トランプが新たな大統領令を出すことで政策を転換できる。 (Obama's Environmental Legacy Just Went Up in Smoke)

 日米安保に関しても、安保体制そのものを変えることは議会の承認が必要であり、トランプの一存で決められないが、安保条約の対象地域に尖閣諸島を含めるという決定・解釈は、オバマ大統領が議会と関係なく発したものだ。だからトランプ大統領も、議会と関係なく、尖閣諸島は日米安保条約の対象地域でないと言ったり、対象地域であるかどうか曖昧化してしまうことができる。対象地域から明確に外すと議会の反発を受けるが、曖昧化は議会の反発を受けにくいのでやりやすい。曖昧化されるだけでも、日本政府にとって非常に恐ろしいことになる。 (世界と日本を変えるトランプ)

 世界的には、トランプ政権下で変わりそうなことの中で、日米安保よりも、温暖化対策パリ条約からの離脱や、イラン核協約からの脱退の方が意味が大きいようにも見える。だが、パリ条約は批准国が55カ国を超えて事前の規定に達し、先日、条約として発効した。米国が離脱しても条約の体制は変わらない。米議会はパリ条約の批准を拒否しており、オバマは議会上院を迂回して大統領権限で条約を批准したことにしている。トランプは、このオバマの策を無効化するつもりのようだ。 (Paris Agreement to combat climate change becomes international law) (Global Warming Scam Exposed) (White House defends Obama evading Senate on Paris climate deal)

 米国が転換・離脱してもくつがえらないのは国連で決まったイラン核協約も同じだ。欧州やアジア諸国など他の世界各国は、制裁をやめてイランとの経済関係を広げており、いまさら米国がイラン制裁を再強化しても大したことでない。オバマ政権下でも、議会はイラン制裁解除を拒否し続けており、トランプはそれを追認するだけだ。温暖化もイランも、トランプがやりそうなことは、米国自身の孤立を深めるだけだ。日米安保から尖閣を外すことの方が、米国としての大きな方向転換になる。

▼石油産業や金融界と癒着しつつ覇権構造を変える歴代共和党政権

 トランプ政権になって新たに始まる外交政策の最大のものは、対ロシア関係だろう。トランプとロシア政府は、選挙期間中に連絡を取り合っていたことを認めている。前出のナショナルインテレストの記事は、トランプが大統領就任後、自分の権限でやめられる対露制裁をすべて廃止し、プーチンと会ってウクライナ問題とシリア問題を話し合うと予測している。シリア問題では、オバマ政権(ケリー国務長官)が何度もロシア側と会い、ロシアに頼んでシリアに軍事進出してもらい、中東覇権をロシアに譲渡した観がある。トランプは、この路線を継承する。オバマが目立たないようにやってきたことを、トランプは大っぴらにやる。 (Trump, Putin have really close positions in foreign policy: Kremlin) (Donald Trump's First 100 Days: How He Could Reshape U.S. Foreign Policy)

 ウクライナ問題での米露交渉は、トランプが独自に新たに始める部分だ。オバマ政権は、ウクライナ問題の解決に参加していない(露独仏で推進)。オバマ政権はむしろ、ウクライナの政権転覆を煽るなど、内戦や混乱を引き起こした「犯人」の側だ。ロシア敵視の一環として内戦を引き起こした米国が、内戦解決のためにロシアと対話し始めるのだから、トランプになるとウクライナ問題の意味が全く変わる。 (ウクライナでいずれ崩壊する米欧の正義)

 経済分野では、米国内のエネルギー産業に対する優遇がトランプ政権の一つの特徴になりそうだ。温暖化対策を拒絶することがその一つで、温室効果ガスを多く出すとして使用を規制されてきた石炭に対する規制を撤廃し、環境問題を理由に止められてきた米国内の石油ガスパイプラインの敷設も解禁しそうだ。シェールの石油ガスの採掘に対する規制も緩和される。 (The Promises of President-Elect Donald Trump, in His Own Words)

 環境保護の観点から、トランプのエネルギー政策への反対が強まるだろう。だが同時に、国内のエネルギー開発を抑制する既存の米政府の政策は、環境保護にかこつけたサウジアラビアなど産油国からの献金や政治ロビーの見返り(輸入に頼らざるを得ない状態の維持)という部分があった。クリントン大統領になっていたら「環境保護=サウジとの癒着=サウジが支援するISアルカイダを米国も支援」の構図が続いただろうが、トランプはそれを破壊する。米シェール産業とサウジ王政の、原油安とジャンク債市場が絡んだ長い戦いは、トランプの登場により、シェール側が優勢になる。 (米サウジ戦争としての原油安の長期化) (米シェール革命を潰すOPECサウジ)

 経済面でトランプがやると宣言しているもう一つの政策は、リーマン危機後に金融バブル防止のために制定された金融規制法である「ドッドフランク法」を廃棄(Dismantle)することだ。これは、選挙期間中にクリントンを支持し、トランプを嫌っていた金融界を取り込むための作戦だろう。大統領選挙の投票日、トランプが勝ちそうなのでいったん株価が暴落したが、その後、株は反騰した。ドッドフランクの廃止など、トランプも悪くないぞということらしい。 (Trump Team Promises To 'Dismantle' Dodd-Frank Bank Regulations) (Donald Trump’s Transition Team: We Will ‘Dismantle’ Dodd-Frank)

 2300ページという膨大なドッドフランク法は、議会審議の過程で金融界の強い介入を受けて骨抜きにされ、発効したもののバブル防止の効果はほとんどない。そもそも今の金融市場は、米日欧の中央銀行群が自らQEなどによって巨額資金を注入し、超法規的にバブルを膨張させており、どんな強力なバブル防止法があっても意味がない状態だ。それでも、金融危機再燃防止策の象徴だったドッドフランク法を廃止するトランプ政権は「一般市民の味方とか言っていたのに、当選したら金融界の言いなりだ。騙された」という批判を受ける。 (米国金融規制の暗雲) (QEの限界で再出するドル崩壊予測)

 トランプの経済政策は、ブッシュ親子やレーガンの共和党政権がやってきたことのごたまぜの観がある。ブッシュ親子は石油業界の出身で、米国内のエネルギー開発の徹底した自由化をやって環境団体から批判されていた。レーガンは金融自由化や劇的な減税をやり、米国の貧富格差拡大の源流となったが、トランプはこれを継承している。大幅な減税をやる一方で軍事費の増大をやる点も、トランプはレーガンを踏襲している。トランプは選挙戦で貧困層の味方をしたが、就任後の政策が金持ち層の味方になるだろう。彼は、クリントンより規模が大きい詐欺師だ。

 米国内的にはそういうことだが、世界的には、レーガンが「冷戦を終わらせた人」であるように、トランプは911以来続いている米国の軍産支配を終わらせるか、弱体化させるだろう。トランプがウクライナ問題を対露協調して解決に乗り出したら、今まで米国に睨まれていたのでロシアを敵視していたドイツやフランスは、あわてて対露協調に転換する。独仏が独自でロシアを敵視する理由など何もない。NATOは内部崩壊だ。エルドアンの高笑いが聞こえる。英国メイもニンマリだ。これだけでも、トランプがレーガンの後継者であることがわかる。 (Trump's Revolution - Now beware the counter-revolution by Justin Raimondo) (ニクソン、レーガン、そしてトランプ)

 米露協調でシリアやイラクのISアルカイダを退治しようという話になれば、米軍は増強でなく(ISカイダ支援をやめて)撤退するだけで、あとは露イラン軍やシリア政府軍がISカイダを退治してくれる。ISカイダは欧州などに行ってテロを頻発しようとするが、それはフランスのルペンなど欧州のトランプ派を政治的に強化し、難民や移民の流入を規制することで中長期的に抑止される。

 米中関係は、しばらく貿易戦争した後、何らかの米中合意が結ばれるだろう。全体として、トランプ政権下で米国の単独覇権体制が崩れ、多極型の覇権体制の構築が進むことになる。トランプが大統領になる意義はそこにある。



1972.09.29 外務省
(付)日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明
      http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/china/nc_seimei.html

 日本国内閣総理大臣田中角栄は、中華人民共和国国務院総理周恩来の招きにより、千九百七十二年九月二十五日から九月三十日まで、中華人民共和国を訪問した。田中総理大臣には大平正芳外務大臣、二階堂進内閣官房長官その他の政府職員が随行した。

 毛沢東主席は、九月二十七日に田中角栄総理大臣と会見した。双方は、真剣かつ友好的な話合いを行った。

 田中総理大臣及び大平外務大臣と周恩来総理及び姫鵬飛外交部長は、日中両国間の国交正常化問題をはじめとする両国間の諸問題及び双方が関心を有するその他の諸問題について、終始、友好的な雰囲気のなかで真剣かつ率直に意見を交換し、次の両政府の共同声明を発出することに合意した。

 日中両国は、一衣帯水の間にある隣国であり、長い伝統的友好の歴史を有する。両国国民は、両国間にこれまで存在していた不正常な状態に終止符を打つことを切望している。戦争状態の終結と日中国交の正常化という両国国民の願望の実現は、両国関係の歴史に新たな一頁を開くこととなろう。

 日本側は、過去において日本国が戦争を通じて中国国民に重大な損害を与えたことについての責任を痛感し、深く反省する。また、日本側は、中華人民共和国政府が提起した「復交三原則」を十分理解する立場に立って国交正常化の実現をはかるという見解を再確認する。中国側は、これを歓迎するものである。

 日中両国間には社会制度の相違があるにもかかわらず、両国は、平和友好関係を樹立すべきであり、また、樹立することが可能である。両国間の国交を正常化し、相互に善隣友好関係を発展させることは、両国国民の利益に合致するところであり、また、アジアにおける緊張緩和と世界の平和に貢献するものである。

一   日本国と中華人民共和国との間のこれまでの不正常な状態は、この共同声明が発出される日に終了する。

二 日本国政府は、中華人民共和国政府が中国の唯一の合法政府であることを承認する。

三 中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する。

四 日本国政府及び中華人民共和国政府は、千九百七十二年九月二十九日から外交関係を樹立することを決定した。両政府は、国際法及び国際慣行に従い、それぞれの首都における他方の大使館の設置及びその任務遂行のために必要なすべての措置をとり、また、できるだけすみやかに大使を交換することを決定した。

五 中華人民共和国政府は、中日両国国民の友好のために、日本国に対する戦争賠償の請求を放棄することを宣言する。

六 日本国政府及び中華人民共和国政府は、主権及び領土保全の相互尊重、相互不可侵、内政に対する相互不干渉、平等及び互恵並びに平和共存の諸原則の基礎の上に両国間の恒久的な平和友好関係を確立することに合意する。
 両政府は、右の諸原則及び国際連合憲章の原則に基づき、日本国及び中国が、相互の関係において、すべての紛争を平和的手段により解決し、武力又は武力による威嚇に訴えないことを確認する。

七 日中両国間の国交正常化は、第三国に対するものではない。両国のいずれも、アジア・太平洋地域において覇権を求めるべきではなく、このような覇権を確立しようとする他のいかなる国あるいは国の集団による試みにも反対する。

八 日本国政府及び中華人民共和国政府は、両国間の平和友好関係を強固にし、発展させるため、平和友好条約の締結を目的として、交渉を行うことに合意した。

九 日本国政府及び中華人民共和国政府は、両国間の関係を一層発展させ、人的往来を拡大するため、必要に応じ、また、既存の民間取決めをも考慮しつつ、貿易、海運、航空、漁業等の事項に関する協定の締結を目的として、交渉を行うことに合意した。

千九百七十二年九月二十九日に北京で

    日本国内閣総理大臣  田中角栄(署名)
  日本国外務大臣  大平正芳(署名)
  中華人民共和国国務院総理  周恩来(署名)
  中華人民共和国 外交部長  姫鵬飛(署名)


 11 13(日) トランプショック どう考える     

2016年11月11日
① 米国という重し、失う世界で
      論説主幹代理・立野純二
      http://digital.asahi.com/articles/DA3S12652811.html

 来年に始まる「トランプ時代」の幕開けを、世界は固唾(かたず)をのんで見守ることになろう。戦後の国際秩序が未踏の領域に入る可能性をはらんでいるからだ。

 地球上のどの国であれ、米国との関係の遠近で国運が揺れる。親米か反米か。その物差しが決定的な意味をもった戦後世界の常識が変質するかもしれない。

 日韓や欧州、サウジアラビアが相応の負担をしないならば、同盟をやめてもいい――。トランプ氏の主張は、米国が築き上げた国際体制を維持する責任に耐えかねているかのようだ。

 「米国はもはや世界の警察官ではない」。そう公言したのは、イラクとアフガニスタンの戦争終結を誓ったオバマ大統領も同じだったが、真意は全く異なる。

 オバマ政権は、ブッシュ前政権の単独行動主義を改め、国際社会との協働による戦後秩序の維持をめざした。一方のトランプ氏は、秩序そのものに関心があるのかすら見えない。

 金銭コストが割に合わなければ友邦とも手を切る。そんなビジネス感覚で外交を進めるのが「米国第一主義」ならば、世界は安定の重しを失うだろう。「これからは不確実の時代になる」。フランスのオランド大統領は、そう語った。

 ただ、トランプ氏が登場する以前から、世界の多極化の流れは加速していた。中国は南シナ海で、ロシアはウクライナで、既成秩序に挑むような振るまいを続けている。英国の欧州連合離脱決定という激震も振り返れば、世界の勢力図は、「統合」から「拡散」へと新たな秩序に移る過渡期にあるとみるべきだろう。

 冷戦期からの米国の覇権に基づく体制は「パクス・アメリカーナ(米国による平和)」と呼ばれてきた。それを支えたのは圧倒的な軍事と経済のハードパワーと、自由と民主主義という理念のソフトパワーの両輪だった。

 2008年の「リーマン・ショック」はハードを裏打ちした資本主義の限界を示し、「トランプ・ショック」は米国の理念を損ねる打撃となりかねない。

 このまま衰退を受け入れるのか、それとも発言通り「強い米国」を取り戻すのか。それは政権発足後に、扇動的な政治を控え、現実と理念のバランスをとれるかどうかにかかっている。

 各国首脳らはさっそく、次期政権との関係づくりに乗り出している。安倍晋三首相も今月内の会談の約束を取りつけた。それは「米国詣で」を競う古い風景のようにも映る。

 トランプ時代が求めるのはむしろ、対米関係を客観視する新たな視点だろう。米国の存在が必ずしも約束されない現実の中で、地域の安定をどう築くか。世界全体の外交力が問われる。

 ◇世界を揺るがした米大統領選。全4回で考えます。

2016年11月12日
② 日米安保に新たな試練
      編集委員・国分高史 ワシントン=佐藤武嗣
      http://digital.asahi.com/articles/DA3S12654696.html

 トランプ政権の誕生は、日本の外交・安全保障政策にとって冷戦終結以来の大きな転機となりかねない。60年あまり続いてきた在日米軍を軸とした日米同盟の根幹に対し、変更が迫られる可能性があるからだ。

 安倍晋三首相とトランプ氏の早期会談の見通しがつき、日本政府はひとまず胸をなでおろした。だが、トランプ氏の外交・安保政策がなお「予測不能」であるのは間違いない。

 トランプ氏は9日未明の勝利演説で「国際社会に訴えたいのは、米国は常に米国益を第一に考えるが、誰でも、どの国も公平に扱うことだ」と語った。米外交をゼロベースで再構築するともとれる発言だ。

 トランプ氏の今後の日本への出方を占うキーワードは、ここでも触れられた「米国第一」と「公平」だと、添谷芳秀・慶応大教授(国際政治学)は見る。

 「トランプ氏がこのふたつの原則に照らして日米同盟をどう判断するか。日本の負担と役割増大に満足しなければ、沖縄の在日米軍削減という選択肢も出てくる。そうなれば沖縄は歓迎するだろうが、日本政府は難しい対応を迫られる」

 トランプ氏は当選前、日本についてこう語っていた。「日本が対価を払わなければ、数百万台もの車を我々に売りつける日本を守ることはできない」

 9月26日のクリントン氏との討論会で、対日貿易と日米安保を関連づけ、駐留米軍経費の全額負担を求めた。応じなければ米軍撤退もありうると示唆。選挙戦では、被爆国・日本が政策として取りえない核保有の容認までにじませた。

 全額負担か撤退か二者択一を迫る論法には「外交はビジネスの取引ではない。先例や理解、相互信頼に基づいた国同士の交渉だ」(ケリー国務長官)との批判が根強い。

 実際に政権の座に就いたトランプ氏が、こうしたやり方を改めるかどうかは不透明だ。日本政府内には「共和党が上下両院で過半数を制し、議会とのねじれを解消したのは大きい。トランプ氏は強力な政治基盤のもと、公約実現を迫ってくるだろう」(外務省幹部)との見方もある。

 東アジアの安全保障環境をみると、中国と北朝鮮は不安定な変数だ。加えてトランプ氏の登場によって日米安保体制までが変数になってしまえば、地域の安定は大きく損なわれる。

 日本として独自の外交・安保戦略を練りあげ、アジアの安定がもたらす米国の利益は、「米国第一主義」と広い意味では矛盾しないことを説く。そうして日米同盟のソフトランディングを図ることが、日本外交に与えられた喫緊の課題だ。

2016年11月13日
③ 深い分断、きしむ民主主義
      編集委員・大野博人
      http://digital.asahi.com/articles/DA3S12656508.html

 あまりにも軽く、あまりにも重い選挙だった。

 候補者のわいせつ発言やメール問題が熱を帯び、米国と世界の課題についての議論など吹っ飛んだ。しかし、軽薄なパロディーのように見えるものが、実際の選挙だった。民主主義ってなんだろう。問いは米国の内外で多くの人の心に重くのしかかった。

 他方、民主主義が機能した結果だ、という声もある。嘆いているのは、政治家やメディア、大企業経営者など米国内のエリートや既得権層で、その連中がふつうの人々の考えをわかっていなかっただけだと。

 「トランプ氏は支離滅裂でも、支持する人たちの反乱には理がある」と選挙前に指摘したのは、フランスの歴史学者エマニュエル・トッド氏だ。働き盛りの白人の死亡率上昇などに注目し「米国は大転換のとば口に立っている」と波乱の可能性を示唆していた。

 開票翌日、電話すると「当然の結果」と話した。「生活水準が落ち、余命が短くなる。自由貿易による競争激化で不平等が募っているからだ。そう思う人が増えている白人層は有権者の4分の3。で、その人たちが自由貿易と移民を問題にした候補に票を投じた」

 むしろ「奇妙なのは、みんなが驚いていること」という。「問題は、なぜ指導層やメディア、学者には、そんな社会の現実が見えないのかという点だ」

 たしかに政治家やメディア、世論調査は結果予測に失敗した。それはエリート層が社会の現実を把握できていなかったことも意味するだろう。トランプ・ショックが暴いたのはエリート層と大衆層の断絶の深さとも言える。社会を主導しているつもりの人たちに、ふつうの人々の反乱が民主主義の機能不全と映った。

 指導層が現実を理解していれば、人々に寄り添いつつ、もっと理性的な候補を出せたかもしれない。しかし、できないまま差別感情をあおって支持を集める人物に選挙を乗っ取られた。深刻な分断を放置した社会では民主主義はきしむ。

 気になる世論調査がある。米大統領選をテーマに新潟県立大学が9月、日本の首都圏で500人を対象に実施した。

 もし可能なら「どちらの候補に投票しますか」という問いに、6割強が「クリントン」と答え「トランプ」は1割弱。だが、15歳から29歳までの男性では、支持はどちらも4割弱で拮抗(きっこう)した。

 同大学の猪口孝学長は「将来への不安が立ちこめているのだろう」と見る。「これを『新常態』として直視しなければ」

 民主主義を揺さぶる社会の分断。日本では、それが認識されているだろうか。

2016年11月15日
④ 自由貿易、制限する前に
      編集委員・原真人
      http://digital.asahi.com/articles/DA3S12657951.html

 自由貿易は人々にとって善か悪か――。トランプ氏が打ち上げた環太平洋経済連携協定(TPP)からの離脱方針は、世界中でくすぶる根源テーマを現実課題に引き上げた。

 トランプ氏は大統領選で「米国民の雇用が貿易を通じ他国に奪われている」と訴え、支持された。世界で台頭する大衆迎合主義の政治リーダーたちと同様、グローバル化を敵視する。

 だが、自由貿易が人々を貧しくしたのだろうか。

 中国は15年前、世界貿易機関(WTO)に加盟し、自由貿易市場に仲間入りしてから飛躍的に国民生活の水準を高めた。世界の最貧困人口は5年で3億人以上減った。貿易をてこに成長を遂げたアジアの途上国で多くの雇用が生まれたからだ。米国も恩恵を受けている。この20年で経済規模は6割も膨らんだ。

 その間、経済学者リカードが唱えた理論どおりの現象が起きた。自由貿易を進めると、各国で最も優位な産業の生産性が高まり国際的な分業が進む「比較優位論」だ。この現象によって淘汰(とうた)される産業、職を失う人々が生まれた。それがトランプ現象の背景にある。

 ただ、自由貿易を制限しようというトランプ流では問題は解決しない。必要なのは、各国の雇用政策や社会保障による安全網の強化である。むしろTPPのような新しいルール作りを拒絶することで、重商主義や植民地時代のように、世界貿易を「ルールなき無秩序なゲーム」に先祖返りさせるようでは元も子もない。

 それを憂慮したのが元シンガポール首相の故リー・クアンユー氏だった。9年前、TPP構想を携えワシントンでひそかに米国の要人たちを口説いて回った。大国にのし上がった中国が力にものを言わせ、近隣諸国に中国式の経済秩序を押しつけてくる前に、日米を組み込んだ貿易ルールを作ってしまおうとしたのだ。

 今のWTOルールはもともと中国の台頭もインターネットもなかった30年前に練られた。公正で自由な貿易を守るのには古すぎる。しかし、新ルール作りの多角的貿易交渉は失敗した。

 TPPはその穴を埋める起爆剤となるはずだった。刺激された中国は、アジア自由貿易圏のルール作りに前向きになりつつあった。

 「地域主義の衣をまとった保護主義は遅かれ早かれ地域ブロック間の紛争や戦争に発展する。グローバル化は公正かつ受け入れ可能で、世界の平和を守る唯一の答えだ」(「リー・クアンユー、世界を語る」)。

 悲惨な歴史の教訓を強く意識していたリー氏がたどり着いた結論を、トランプ氏ら世界のリーダーたちにも共有してもらわねばならない。

 11 14(月日) 黒田日銀総裁の金融政策     

何回も田中宇はニュース解説で金融危機の危険を指摘していた。

黒田総裁は安倍総理の要請を受けてアメリカ金融政策を鵜吞みにした経営を続け、マイナス金利という聞いたこともない政策に追いつめられている。

ドル体制の崩壊という禁句の経済破綻の言葉は、マスコミ界ではまだ使われない。 「ドル建ての金融世界の破綻」というお金持ちの心を震撼させるこの言葉、この現実にどう対処する覚悟なのだろうか。

今年の9月4日の tanakanews.com もう一度見直して、日本金融の操舵をにぎる黒田東彦の考え方が、「さよなら先進国」の世界の経済動向とどれほど違っているか、見据えていかなくてはならない。


異次元緩和 google.co.jp検索
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ドル建ての金融世界の破綻

さよなら先進国
      http://tanakanews.com/160904dollar.php

2016年9月4日   田中 宇
 これまで、国際情勢の中心は「米国の覇権」だった。純粋な2国間紛争に見える各地の問題も、ほとんどが、米国か、その前の覇権国だった英国が絡んでいる。覇権とは、直接的な占領でないかたちで他国を動かす力のことだ。冷戦終結から最近まで、世界の覇権は米国が単独で持っていた。近年は、ロシアや中国、BRICSが、米国から自立した国際体制を構築し、覇権の多極化が進んでいる。英国やイスラエルは、米政界に影響力を行使し、内側から牛耳って米国の覇権戦略を自国好みのものにねじ曲げ、間接的に世界に影響力を持っていた。日本は、そのような牛耳り戦略を全く持たず、政府の官僚機構が米国の覇権の代理人として振る舞うことで、政治家(国会)より官僚が強い「官僚隠善独裁体制」を終戦以来続けてきた。 (中東を多極化するロシア)

 覇権や地政学(覇権戦略を考える学問)というと、軍事や外交、石油利権争い、民族紛争など政治分野であると思われがちだが、私から見るとこれは大間違いだ。覇権に関して最も重要な部分は、基軸通貨(誰の紙切れ=紙幣が最も価値を持つか)とか、誰が金融や貿易で大儲け(大損)するかといった、経済の分野である。最近、ロシアが中東で影響力(覇権)を拡大できているのは、中国がロシアを経済面で支えているからだ(見返りにプーチンはロシア極東を中国人が経済占領することを容認した)。欧米がロシアを経済制裁しても、ロシアは中国に石油ガスなどを売れるので、その金で露経済を回し、シリアに軍事進出できている。米国が、中露の経済的な結びつきを事前に切断できていたら、ロシアは経済難に陥り、今ごろエリツィン時代の混乱に逆戻りしていたはずだ。なぜか米国はこの10数年、中露が経済結束を強めることをずっと看過・黙認していた(なぜかを問い詰めていくと「隠れ多極主義」に行き着く)。 (中露結束は長期化する) (中国とロシアの資本提携) (多極化の進展と中国)

 経済面の米覇権は、ドルが基軸通貨であり、米国債が世界的に最良の備蓄手段である体制(金融覇権体制)を大黒柱としている。ドルは戦後、金本位制(ドルの総発行量が金地金の保有量に縛られている)を前提に、世界で唯一の基軸通貨になったが、1971年の金ドル交換停止(ニクソンショック)でいったん破綻した。だが、当時の他の諸大国である英仏独日など(先進諸国)は、どこも米覇権の崩壊を望まず、ドルが唯一の基軸通貨であるブレトンウッズ体制の継続を希望した(ソ連や中国はもともとこの体制に入っていない)。そこで米国は、金本位制を捨て、代わりに覇権国である米国に対する信用を担保にドルを刷り、ドルと他の諸通貨との為替が乱れたら、日独英仏などの当局(G7)が協力して為替を安定させる体制を、85年のプラザ合意で正式に開始した。 (ニクソンショックから40年のドル興亡)

 同じ年に米英が金融を自由化し、ドルが信用を担保にどんどん発行できるようになった新体制を真似て、民間の債券も、企業の信用や物件の価値を担保にどんどん発行できるようになった。企業間の貸付や住宅ローンなどの債権を債券化して売ることで、銀行からの借入しかなかった従来に比べ、資金調達が飛躍的に容易になった。この「債券金融システム」の導入によって、90年代の米国(米英)経済は金融主導の黄金期となり、米国の覇権体制は経済主導に転換した。 (冷戦後の時代の終わり)

 企業の価値・信用や物件の価値は、相対的なものであり、価値がバブル化しやすい。これからはインターネットだと騒がれ出すと、よく見ると儲かる当てがない新興のネット関連企業の債券や株が過剰に売れてITバブルに発展し、00年に起きたようにバブル崩壊する。だが同時に、債券が破綻した場合の損失を補填する債券破綻保険(CDS)など、破綻の拡大を防げる派生商品(デリバティブ)の仕掛けも作られ、バブル拡大の長期化に貢献した。しかし、CDSの保険をかけておけば大丈夫という過信が広がり、返済できる所得もない貧しい人に貸した住宅ローンの債権を束ねて債券化した「サブプライムローン債券」が大量発行された。それが07年夏からバブル崩壊し、不動産担保債券の全体に破綻が拡大すると、救済措置のはずのCDSも保険金を払い切れない限界が露呈し、債券やCDSを扱っていた投資銀行が次々と行き詰まり、08年のリーマン危機になった。 (世界金融危機のおそれ) (国際金融の信用収縮) (リーマンの破綻、米金融の崩壊)

▼金融を蘇生せず延命させるだけのQE

 リーマン危機後、米国中心の世界の債券金融システム(社債と派生商品の仕掛け全体)は、信用が失墜したままで、蘇生が部分的でしかなく、全体的にはまだ死んでいる。しかし、マスコミなど世の中の常識では、リーマン危機を乗り越えたことになっている。実態は、リーマン後、米当局(連銀、FRB)が、ドルを増刷して債券金融システムに資金を注入するQE(量的緩和策)によって相場を底上げすることで、あたかもシステムが蘇生したかのように見せる策が続けられている。米連銀がQEをこれ以上続けると資産状態(会計勘定)が不健全化するところまできた14-15年からは、日本と欧州の中央銀行がQEを肩代わりしている。 (腐敗した中央銀行)

 もともと、あらゆる債権を担保に債券化して儲けられる米国中心の民間の債券金融システムは、米国の覇権を担保にドルをどんどん発行し、米国債が資産の備蓄手段として世界的に尊重されることで米国が儲け、覇権を維持できるという、プラザ合意で形成された金融覇権システムを真似て、民間に適用したものだ。リーマン危機で民間の債券金融システムが崩壊すると、米当局(連銀)は、米国の覇権を維持するためのドルを大量発行するシステムを、民間金融を延命させるために発動した。これがQEの実態だ。 (QEするほどデフレと不況になる)

 ここで重要なのは、QEによって民間の債券金融システムが「蘇生」するのでなく「延命」しているだけということだ。QEをやめたら、債券相場は再び下落(金利上昇)し、債券破綻が広がって金融危機が再発し、債券金融システムが再び崩壊する。米連銀は、バブル状態の民間の金融システムを「延命」させるために、米覇権維持のための大切な余力を使いきり、自分がもうやれないので日欧にQEを肩代わりさせるところまでやっている。 (Years of Fed Missteps Fueled Disillusion With the Economy and Washington)

 金融は、90年代以降の米経済の最大の柱だ。米経済の大黒柱を潰すわけにいかないので、米連銀が民間金融の維持に全力を尽くしたのだと考えることも、できなくはない。しかし、民間金融を長期的に助けるなら、延命でなく、縮小均衡的な軟着陸を誘導すべきだった。実際に米連銀や日欧の中央銀行群がやってきたことは、債券市場を縮小させるどころかバブルを膨張させ、国債からジャンク債までの相場を、明らかに高すぎる状態にしている。 (QEやめたらバブル大崩壊)

 社債の相場が高すぎることは、社債発行元の企業が行き詰まって債券が破綻し、企業の資産を売却して債券の価値の一部だけが投資家に返済される「リカバリー」の比率を見るとわかる。米国のジャンク債(高リスク債)のリカバリー率は、14年まで40-50%台だったが、15年は25%に下がり、今年は10%に下がっている。14年までは、ジャンク債の相場が、企業の実際の資産価値の2倍強だったものが、15年は4倍に、今年は10倍になっている。中銀群が全体としてのQEの総額を増やすほど、その資金でジャンク債が買われ、債券バブルを膨張させている。 (The High Yield Bond Market Has Never Been This Decoupled From Reality)

 おまけに日銀は、円を増刷した資金で株式(ETF)を大量に買い支え、株価をつり上げている。欧州中銀も同様の株式の買い支えを検討していると報じられている。米連銀は法律の定めに従い株式を買っていないが、企業の自社株買いが奨励されており、米日欧の中銀がQEで社債相場をつり上げ、企業は低利で起債して簡単に巨額資金を作り、自社株を買って株価をつり上げている。株式は、債券に比べ、当局が面倒を見る必要がない分野だ。債券は、ジャンク債の崩壊を看過すると国債の信用失墜につながりかねないが、株式は民間のバクチであり、いざとなったら株価の暴落を放置して資金を国債に流入させ、国債を守ってもかまわない。それなのに中銀群は日銀を筆頭に、通貨を過剰発行して株価までつり上げている。 (Any ECB move into stocks unlikely to be plain sailing) (Japanese Government Now The Largest Shareholder Of 474 Big Companies)

 中銀群のリーマン後の金融延命策には、マイナス金利やゼロ金利の政策もある。これらは、低リスクな短期金利を極端に下げることで、高リスクな長期の国債金利や社債・ジャンク債の金利までの全体を引き下げ、債券のバブル崩壊(ジャンク債の金利が高騰し、低リスク債に波及する)を防ぐ債券の延命策である。これにより債券は延命するが、資本主義の根幹に位置する、高金利な高リスク債と低金利な低リスク債の間の金利差(利ざや)が極端に減り、資本主義の原理が潰されてしまっている。「ベニスの商人」以来、投資家や金融機関は、利ざやで稼いでいる。マイナス金利は、全く不健全な策だ。健全な資本主義を育てるのが任務なはずの中央銀行が、資本主義を破壊している。しかも、マスコミはそれを指摘しない。馬鹿げている。 (Bill Gross Explains Why He Is Not A "Broken Clock") (ジャンク債から再燃する金融危機)

 いまや債券も株も金利も、民間投資家の需給で動いていない。中央銀行が手がける民間金融システムの延命策がすべてを飲み込み、マスコミや専門家は誰もそれを指摘せず、うわべだけ平常が保たれ、市民の多くは何も知らないが、実際には、中銀群が延命策をやめたら債券金利が急騰し、株価が暴落してリーマン危機より大きな金融危機が起きる。中銀群は、この延命策をやめたり縮小することができない。 (ドルの魔力が解けてきた)

▼日本も米国も生活水準が第三世界並みに下がる

 だがその一方で、中銀群はこの先あまり長く金融延命策(超緩和策)を続けられない。日欧の中銀は、すでに買える債券をほぼ買い尽くしており、QEの拡大が困難だ。マイナス金利も金融機関の利ざやを奪って経営難を加速するので、もうあまり深掘りできない。延命策を拡大できなくなると、金融危機が再発しやすくなる。リーマン危機の時は、中銀群に大きな救済余力があったが、次の危機は、その余力を全部使い果たした末に起きる。危機が再発すると、すべての消防車のガソリンが切れた状態で起こる大火のように、消すすべがなく、前代未聞のひどい金融危機になる。 (万策尽き始めた中央銀行)

 中銀群の大きな救済余力は本来、自国の通貨や国債を安定させるために用意してあったものだ。次回の金融危機は、米国債や日本国債の金利高騰(価値急落)を引き起こすかもしれないが、その場合でも、中銀群には、自国の国債の急落を阻止・緩和する力が失われている。すでに述べたように、プラザ合意以降の米国覇権の本質は金融覇権であり、その基盤は、米国債の強さや、ドルの基軸通貨としての信用力にある。米国債の金利上昇(価値下落)は、米国の金融覇権の崩壊を意味する。 (日銀マイナス金利はドル救援策)

 米国発の止めるすべのない金融危機が進むと、ドルも基軸通貨としての国際信用力を失う。米連銀は、リーマン危機後に死に体が続く民間金融を延命させるために、米国の覇権を自滅させてしまうことになる。米国の覇権は、03年のイラク侵攻という軍事面の自滅的な策を経ても潰れなかった。だが、きたるべき金融危機は、米国債の金利高騰、ドルの基軸性喪失、金融主導の米国覇権の崩壊まで引き起こす可能性が強くなっている。 (金融を破綻させ世界システムを入れ替える)

 先進諸国の外側では、すでにBRICSが人民元など自国通貨での国際決済システムを構築している。新興諸国は、ドルが基軸通貨でなくなっても、代わりの新システムがあるので何とかなる。中国は11年まで、毎年の対米貿易黒字の半分以上の額を米国債購入にあてていた。中国が米国の財政赤字を埋めてくれていた。だが、米国が中国敵視を強めた11年以降、中国は米国債を全く買わず、むしろ売る傾向に転じ、貿易黒字の資金は金地金などの購入にあてられている。ドルの基軸性が低下するほど、金地金が代わりの備蓄対象として台頭する。中国は、米国の金融覇権の崩壊を予期している。 (The Chinese Are Buying Gold, Selling Treasuries - Should You?)

 中国が買わなくなった分の米国債は、日銀などのQEで作られた資金による購入で埋められている。米国覇権の崩壊を予期して中国が忌避するようになった米国債を、代わりに日本などが買い支えている。中国は、米国覇権の崩壊への対応を準備しているが、対米従属の日本は、最後まで自国の力をふりしぼり、米国覇権の崩壊を食い止めようとしている。しかし、もう日銀は弾切れだ。いずれ米日欧とも力尽き、日本などが持っている米国債は紙切れになり、中国が持っている金地金は価値が高騰する。中国は台頭し、日本は衰退する。この事態を回避するのは、日本にとってしだいに困難になっている。 (中国の米国債ドル離れの行方)

 中国はすでに、政府高官が株価の下落を扇動している。すでに大きく下がった中国の株は、きたるべき米国発の金融危機に際し、もうそれほど下がらない。やばいのは先進国の方だ。株価の下落は、すでに日本の公的年金基金や、米国の年金基金に大きな損失をもたらしている。この先、大きな金融危機が起きると、年金基金の損失は何倍にもなる。年金を受け取れず、貧困層に転落する「乞食老人」たちが、日本でも米国でも急増する(すでに増えている)。公的年金に株式を大量購入させる策はアベノミクスの一環だ。さすが日本国民の多数が選んだ名宰相、安倍だけのことはある。 (金融バブルと闘う習近平) (Abe Advisor Admits That Abenomics May Fail)

 金融危機の再燃は、リーマン後の世界不況の再発を生む。特に、金融と財政(国債)の面で大打撃を受ける日本や米国の経済破綻がひどくなる。日本も米国も、市民の生活水準が「第三世界」並みに下がるだろう。日本の生活水準が、中国より低くなりかねない。すでに平均的な日本人像は、年収500万円の正社員から、年収250万円の派遣スタッフに下がっている。年収の低下を受け、25-44歳の男性で、結婚したい(結婚できる)と考える人の割合が、昨年の67%から、今年は39%に急低下している。さらなる少子高齢化が不可避だ。 (With Japan's Unemployment Rate At 21 Year Lows, "A Hidden Problem" Is Revealed)

 金融危機が再発すると、米日欧とも経済が大幅に悪化し、相対的に新興諸国に追いつかれ、「先進国」はまるごと「先進」でなくなる。「さよなら先進国」である。そのような中で、米国覇権が崩壊し、多極化が進む。中銀群の延命策は、いずれ必ず限界に達し、その際に必ず金融危機が再燃する。だから、ここに述べたような非常に暗い未来像は、非常に高い確率で具現化する。将来は明るくなければならないマスコミ記事しか見ていない読者は「悲観的な将来像など読みたくない」「暗い話を書く前に回避策を考えろ」と言うかもしれない。だが、現実的な回避策はないし、明るい未来が具現化する可能性はかなり低い。まず、この現実を受け入れるしかない。 (利上げできなくなる米連銀)

▼米連銀が無理して9月に利上げするかも

 日欧中銀はすでに弾切れだが、今秋、米連銀に頼まれてもう一回、追加緩和の無理をさせられる可能性がある。10日前の記事「いずれ利上げを放棄しQEを再開する米連銀」では、もう米連銀の利上げがなさそうな感じで書いたが、あれを配信した直後、金相場が下落傾向に入った。昨年12月の前回の米連銀の利上げの前にも、11月末から金相場が下落させられている。ドルの対抗馬である金地金の相場を先物を使って引き下げ、日欧中銀に追加の緩和策をやらせた上で、米連銀が9月か12月に0・25%の利上げを行う可能性がある。 (いずれ利上げを放棄しQEを再開する米連銀) (利上げを準備する米連銀) (Is the ECB Buying Bonds From Itself?)

 米金融界では「米大統領選挙前の利上げはない。やるなら選挙後の12月」と言われている。利上げは景気にマイナスなので株価が下がり、株安は現職大統領の党でない方の候補(今回は共和党のトランプ)を有利にするというのがその理由だ。だが今の金融は通常と異なる。株価は、中銀群によるのQEのさじ加減でどうにでもなる。金相場の動向からは、9月に利上げがありうる感じだ。投資家は「景気が悪いので利上げはない」と見る人が多いが、米企業(MSやコカコーラ)などは8月に急いで起債し、秋の利上げの前に安い金利で資金調達している。9月8日の欧州中銀の会合、9月末の日銀の政策委員会で、無理を押して追加の緩和策をやるかどうかが見ものだ。 (US corporate borrowers have upper hand as Fed decision looms) (Investors Doubt That Fed Chair Yellen Can Raise Rates in 2016) (Economists and the market diverge on Fed rate hike forecast. Here's why)

 欧州中央銀行の上層部では、QEやマイナス金利など超緩和策の不健全さを主張する人が増えている。「中央銀行の中央銀行」であるBISも、もう超緩和はやめた方が良いと警告している。だが、やめたら覇権崩壊だ。G7など先進諸国の中央銀行のネットワークは米国の覇権維持装置であり、覇権を自ら放棄することにつながる超緩和策に踏み切るとは考えにくい。日銀は7月末、緩和策の追加を最小限しかやらず、米連銀の意に従わなかったが、9月末もその姿勢を貫けるかどうかわからない。 (ECB's Mersch Warns on Using `Extreme' Measures to Lift Economy) (米国の緩和圧力を退けた日本財務省)

 米連銀が利上げして短期金利を0・5%にしても、それで金融危機を防げるわけではない。街中が燃えている前で消火器2本(1本あたり0・25%)という感じだ。それでも米連銀が利上げをめざすのは、利上げをあきらめたとたんに、事態が金融危機にぐんと近づいてしまうからだ。利上げをあきらめ、日欧の緩和策が敗退し、米連銀がQEを再開し、その弾が尽きる過程で金融危機になり、米覇権が崩れるのが「死に至るシナリオ」だ。そのシナリオに入ること、「死」を拒否するには、日欧に無理をさせつつ米連銀が利上げを強行するか、少なくとも利上げをあきらめない姿勢を貫くしかない。 (ECB Board Member Lashes Out At Central Banking: Ignore "Mathematical Models", Focus On Reality) (Echoes of 2008 as danger signs are ignored)

 しかし何度も言うが、これは延命の時間稼ぎでしかない。この先、無理に無理を重ね、意外と長く(2-3年?)延命できるかもしれないが、バブルを膨張させるだけの今の延命策が、最終的に金融システムを蘇生ないし軟着陸させていくことは、構造的に考えて、ありえない。いずれ大崩壊が起こり、多極化が加速する。米国の延命策に最後までつきあうであろう日本は、大好きな米国とともに貧困になる。