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続折々の記 2018⑪
【心に浮かぶよしなしごと】
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歌声の思い出
放送文化について
01 02 (水) 生命は祖先につながり未来につながる 文化とは生きていた 証
90才のおお台になった。 ピアスの説によれば、大脳旧皮質の活動は親の遺伝を受け継ぐ洗剤脳であり生後3~4才まで続き、その後新皮質の活動へ移行していくという。 すべてのことを善悪の区別なくコピーしていく能力を誰しも持っている。 この3~4才の期間は、大脳の記憶細胞の連携が想像をはるかに超えたものでありこの時期を過ぎると、その大脳能力を土台として自分でも積極的に自己世界を広げ深めていくという。
母の胎内から4~5才といえば、満3~4才時期は母親と家族が中心になっている。
この時期は人が生涯に活動する最重要な時期であり、家族環境如何によってその子の生涯を大きく規定することになる。
一人の生命はこのように何百年も前からの祖先の対応によって今日の一人の生涯を規定することになる。 逆に未来を同様な立場で想定すると、生まれて3~4才までの期間、私たちの環境如何によってどのようにでもその子の生涯が変わると言える。
ですから、命題の「生命は祖先につながり未来につながる」ということは、人としての活動が他の人に対して有用な活動ができるかどうか直接かかわります。 人文科学の発展にかかわれるか否かということにもつながる。
“おもてなしの心”に寄りそう行動ができるかどうかにもかかわるのです。 一日一日の自分の行動は生涯の文化の証(アカシ)の細かい材料になっているのです。 生きているのはそのまま文化につながっているのです。
大晦日のテレビを見ていると ‘ 舞台文化に熱狂する人が多い ’ と老人の目には映るのです。 こう感ずるのは老人のひがみだと思います。 朝日新聞の社説や声欄を見ていると、年齢相応の落ち着いた着実に進もうとする人たちが多くいるのだということも承知しています。
四書五経 、藩校、寺子屋教育とまではいかないとしても、松下村塾の出身者とか薩摩藩の郷中教育など調べてみると、 “ さすがに… ” と納得がいきます。 また、ユダヤの幼児教育重視の書籍に目を通しても、幼児の教育がどれほど重要かもわかるのです。
01 03 (木) 歌声の思い出 青春時代の歌と少年の頃
日本歴史には古代を反映した神話に基づくロマンに満ちた発想がたくさんあった。 その一つに「羽衣」が位置していた。 羽衣は佐々木賢明が教えてくれた。 忘れがたいものでした。
もう一つは一つ上の女の子が声を張り上げての歌「げんげそう」で、私の脳天を駆け抜け無限の天高く消えていった歌でした。
『新訂高等小学唱歌 伴奏附 第二学年用
文部省 昭和十年四月 発行 昭和十年六月 訂正発行
② 三 羽衣 (男-- 女02)
合唱 三保の松原、 うらうらと
日は晴れ渡る空の上。
天津乙女の舞の袖、あざやかにこそ見えにけれ。
天女 あら、かなしや、
松の枝(えだ)の羽衣失(う)せて、帰るすべなき雲の通路(かよひぢ)。
合唱 得たりと拾ふ、浜の漁師、
持ち帰りてぞ宝にせんと。
天女 衣(ころも)なくては、如何にして 雲居のはてに帰るべき。
疾(と)く疾く返せ、人間に 着る用もなき羽衣を。
漁師 返せとや、さて返せとや。いと惜しけれど、さらば返さん。
天人も、心しあらば、更に一(ひと)さし舞ひても見せよ。
合唱 舞ふや、霓裳(げいしゃう)羽衣(うい)の曲。
見る見る、影は遠ざかり、
あとに残れる富士の山、うららかにこそ浮かびけれ。
伴奏附楽譜は転載できない
[注] 「霓裳羽衣の曲」は,楽史「楊太真外伝」によると,唐の玄宗皇帝が三郷駅に登り, 女几山を眺めた時に愛妃楊貴妃のために作曲したものであるという説と,玄宗が,仙人の 羅公遠に連れられ,月に行き,仙女が舞っていた曲の調べを,覚えて作曲させたという説 の双方が記されているという.
いろいろと調べていたが、なかなか見つからなかった。 ところが、何のことはなかった。 検索で「三保の松原うらうらと 歌」と入力してみたら、一番初めに載っていた。
この羽衣は楽譜(クリック)がついている。 楽譜はコピーアウトして利用するしかない。
羽衣は謡曲として始まっているので「三保の松原うらうらと 歌」の各項を開いて概要を理解するようお勧めする。 誰かにこの歌を歌ってほしいと思っていたので、この歌を提案した。 この歌とともに、小学校四年生か五年生の時秋の音楽会で、背も小さい一つ年上の女の子、声が脳天を突き抜けていくような素晴らしい声を張り上げて「げんげそう」を歌ってくれたその歌も、誰かにこの歌を歌ってほしいと思っていた。
歌声に寄せる子供のころと若いころの思い出深い歌なのです。
01 04 (金) 放送文化について
可視・可聴のものが多くの人の文化の対象になるが
不可視・不可聴も含め、生きているそのものが文化である。
文化遺産とか文化財、文化人というと、目で見えるものや耳に聞こえるものが多いと受け取りやすい。 間違いはないが、文化という言葉を辞書で調べると、次のように解説している。
ぶん‐か 〔‐クワ〕 【文化】どうして文化という言葉にこだわるかといえば、テレビ番組が本来人々の文化活動の内容から見て気持ちを高めるべきものだと思っているからである。 テレビが普及し始めたときに、一億総白知化と言われた。 ところが、ここ数年に大きく変化したことに気づいた。 それは何か? 番組編成が質的低下してきた。 視聴する人にとって、白知化される番組が茶の間に土足で我が物顔でふるまい始めたと感ずるからである。
1 人間の生活様式の全体。人類がみずからの手で築き上げてきた有形・無形の成果の総体。それぞれの民族・地域・社会に固有の文化があり、学習によって伝習されるとともに、相互の交流によって発展してきた。カルチュア。「日本の―」「東西の―の交流」
2 1のうち、特に、哲学・芸術・科学・宗教などの精神的活動、およびその所産。物質的所産は文明とよび、文化と区別される。
3 世の中が開けて生活内容が高まること。文明開化。多く他の語の上に付いて、便利・モダン・新式などの意を表す。「―住宅」
[用法]文化・文明――「文化」は民族や社会の風習・伝統・思考方法・価値観などの総称で、世代を通じて伝承されていくものを意味する。
◇「文明」は人間の知恵が進み、技術が進歩して、生活が便利に快適になる面に重点がある。
◇「文化」と「文明」の使い分けは、「文化」が各時代にわたって広範囲で、精神的所産を重視しているのに対し、「文明」は時代・地域とも限定され、経済・技術の進歩に重きを置くというのが一応の目安である。
「中国文化」というと古代から現代までだが、「黄河文明」というと古代に黄河流域に発達した文化に限られる。「西洋文化」は古代から現代にいたるヨーロッパ文化をいうが、「西洋文明」は特に西洋近代の機械文明に限っていうことがある。
◇「文化」のほうが広く使われ、「文化住宅」「文化生活」「文化包丁」などでは便利・新式の意となる
具体的に指摘する。 常連の人たちや俳優はじめ舞台歌人などを出演させ、その人たちのお笑い番組がNHKで放映され始めている。 あるいはまた画面の左下に鳥かごに類する画面を置き、文化の紹介を鳥かごの人と会話をする手法をとるようになった。 これは馴れ合った二人のやり取りを私たちは傍観している、その立場と変わりがない手法ではないのか。 私はこれに類する番組を「ゲラ番」と言っている。 直接国民一人ひとりに、ニュースなり解説なり話しかける直接法からかけ離れ、私たちをツンボ桟敷に扱うやり方と何ら変わりがないのではないか。
これに反して、今まで通りに人々の知性の働きの紹介や文化的な知識の拡張を図るものや明日への健全な望みを持たせる番組も数多く編成されている。
どうして「ゲラ番」を多くしたのか、視聴者から見ていると、楽な編成にして予算がかからないようにというNHKの方針転換があったのではないかと案じてしまう。
視聴者の一人としてこの「ゲラ番」をやめてほしいと思う。 笑いは健康につながることは事実であっても、出演者の番組ではなく、日本中の視聴者の精神的バックボーンを高める番組編成へ舵を取り直してほしい。
このまま進むと、一億総白知化の苦言どおりになるのではないか。 生活のうるおいは、物質文化のうるおいを通して娯楽文化を生み、さらに進んで享楽文化が多くなり、やがて活力を失う国になっていく運命にある。 平安時代の文化は、その後の人々の精神文化を支え次々と文化の次元を高めてきたのではないか。
現代の文化を支えてきた人々の精神的な強靭さは、歌に浮かれ笑いに浮かれるTV文化の禍に染まることはないだろうけれど、やっぱり日本文化の良さをむしばんでいくのではないかと心配する。
こうした放送文化の現況と並行して、守銭奴に落ち込むような現代の悪弊忖度が続いてゆけば、孫子(マゴコ)の平安を願う気持ちすら押し流されていくことになる。
こうした風潮に染まっていくことは、戦争へもつながる浮き草に堕すると私は危惧する。 こんなことは、だれしもの願うところではない。
ちょっとまとまりのつかない文字を重ねてきたが、言わんとする中身は分かってほしい。
01 05 (土) 成長の原則は真似と希望 遺伝子にプログラムされている
いのちについてそれはどういうものなのか、どのように伝えられ、またどのように伝えていくのか? この生から死に到るその中身はどうあればいいのか? このことについても、てんでんこの考え方を持っているから、簡単な命題ではない。
いずれにしても成長の原則は真似と希望にあると思う。
これは細胞(遺伝子といってもいい)そのものが不死で種を残すことを本命としていると考えるからである。
こう考えるほかにもいろいろの考えがあってもいい。
まず「真似とは何か」だが、文字から言えば真に似ていることが真似に違いない。 突き詰めて考えてみると、真似とは細胞分裂そのものずばりであることに気づく。 そしてそのことは、私たちの肉体的な成長のことも精神的な成長のことも当てはまっている。
私が問題にしたいのは一人ひとりの精神的な成長であり、文化を担うものとしての成長である。
そっくりまねる、それはマジカル・チャイルドの著者ジョセフ・ピルトン・ピアスのいうホログラムという遺伝子にみられるそっくりそのままの完全なコピーもあるが、ここでいう真似は生まれて以降に成長する大脳新皮質が持っている本能的類似という真似を意味している。
hologram とは、全体の像があらゆる部分や断片の中にも含まれている一種の写真である。たとえば、花瓶を写したホログラム・プレートを半分に割り、それを結像させると、二つに割ったどちらからも全体像が得られる。この部分の中に全体があるという現象が、脳の特質に似ていることから、脳のホログラフィ理論が生まれた。ここでは、人間の脳ばかりか、地球全体も一つのホログラムと捉えられている。一人の人自身の成長は、地球の誕生が46億年前とすればその6億年後、つまり40億年前の生命誕生以来の長い命の歴史を遺伝子DNAの伝承進化によって支えられたと言っても過言ではない。成長はピアスの言うように、生命がもつ潜在本能ととらえたい。
山賀 進のWeb site > われわれは何者か > 第3部 生命
この “第3部 生命” サイトも参考となる。
人の生後の諸能力を成長させる大事な時期は、大脳の旧皮質といわれる働きの時期から大脳の新皮質の働きといわれる時期への移行期間までの時期がとても重要な能力開発期間である。 その移行時期は4~5歳ころです。
生まれてこの時期までは最高の大脳細胞最高の連絡能力が出来上がる時期です。 真似による大脳組織をくみ建てる時期に当たる。
具体的に真似による成長の実証として、理解できる例をあげましょう。
① 語部(カタリベ)としての実証としての例では、「一万年の旅路」の著者ポーラ・アンダーウッドさんが自(ミズカ)らの体験をその本のはしがきに書いています。 読んでいけば、彼女がどのようにして才能を伸ばしていったのか、そしてそれは最高の大脳細胞最高の連絡能力が出来上がっていた頃であることが理解できる。幼児期はだれでもこのような環境にあれば想像できないほどの能力があるのです。 じっくり読み取りたいと思う。。
② またスキー・ジャンプの「 高梨沙羅、小さい女の子が小さいスキーを履いてわずかな落差をジャンプし、また戻っては手を挙げ、「いきまーす」と声掛けして、私も見たことがある層雲峡より少し下ったところに生まれ、練習していました。 これはテレビの映像でしたが、飛べなかったといってはべそをかき、また雪の坂を上っ入っては滑り降りていたのです。
彼女は小さいときにスキーのジャンプのコツを身に着けその技術を伸ばしていったのです。 技能はどのように伸びていくのか、自分が置かれた環境によって体得できるのです。
③ また運動技能としては、オリンピック体操種目で活躍している内村航平、人間でもこんなことができるのかと吃驚(ビックリ)した 白井健三、体の能力もあんな風に身につくのかと思う。 同様に、スケートの 羽生結弦のジャンプ回転能力にしても幼少時からの練習によって世界的な技能まで高めることができる。 卓球選手、 福原愛にしても能力を成長させる大事な時期からだったことは報道で誰でも知っている。 この人たちの技能習得はみんな、幼少時の環境によっていたことに帰するのです。
知能能力も同様に多くの例がある。
④ わずか5~6歳で、数学の四則計算を親ができないような速さで正解することが可能になる方法「ドッツ法」も開発されている。 この方法はドーマンメソッド によるものであるが、幼児教育のすべてに適応しています。
⑤ ドーマンと同じく胎児教育を進めたジツコ・スセディックの胎児はみんな天才は間違いなく草教育の先駆者として知られています。 彼女の夫がその考えを新妻に伝えた元になったのはヴィッテの教育実践だ立ったと考えられます。 ヴィッテの教育については日本で木村久一著「 早教育と天才」で知ることができます。
⑥ 私自身が「0歳教育」のホームページを開くことになったきっかけは、「塾なんかもういらない」日本経清通信社 七田真著 という本を購入したことだった。
以上人の成長についていくつか取り上げて整理したが、大げさに言えば爆発的に大脳の連携能力が活動する時期であり、その後の大脳活動の組み立て基盤が確立した時期であり、この時期を過ぎていきながら大脳の新皮質の働きに移行していくのです。
この移行からはそれまでで出来上がった大脳活動によって、言葉をはじめとする知的分野と身体活動の体験によって会得した技能分野をはじめとする自立する基礎が整って、幼いながら自分で自分の意志を表明し、自立活動が始まるのです。 この移行する意味を今まであまり教えられてこなかったため、親が幼児に接してどう教えどう導いていったらいいのか意識しないことが多かったと思います。
この時期に移行してからは、子供を一人の人格者としてその子の意志を尊重し、何故そう考えて自分の意思を表明しているのかに対して、大事に対応することを心得ていなくてはならないのです。
この時期の子供は「なんだもんで○○なの?」とか「どうして○○?」という問いが多くある。この自分から進んで原因を知ろうとする発言は、とても大事なことであり適当にあしらってはならないのです。 もし知っていることでしたら幼児の発言がどんなつもりなのかを推察して幼児が理解できる範囲でいろいろ関連事項も含め「な~るほど、わかった」という気持ちを持てるような話を心掛けなければなりません。
「なんだもんで、こんにちは!って挨拶するの?」聞かれたら、どう応(コタ)えたらいいか…これは聞かれた大人が考えて答えなくてはならないとても大事なことなんです。 子供にとってこの問いかけは自立していく原点であり、その問いにどう応(コタ)えるかによって、生活のいろいろなつながりを理解していく道筋を自分の中に築き上げることができるのです。 この一つの疑問とか関心は子供が将来にわたって多くの因果応報を求めていく取り組み方を真似行く大事な基礎になっていくのです。
こうした自立に関する問いかけや行動に対して、私たちはどう応じたらいいのか? 主として母親が対応しなければならないのですから、子供の自立への自分の取り組み方に、親としての腹構えを作っていかなければなりません。 子供の幸せを願うとしたら、この時期の心構えは極めて大事なことになります。
日頃の対応だけではなく、子供が成長して10歳くらいになるまでには、動物園とか、海洋施設、博物館、美術館。図書館、科学館、その他日本の歴史を知る関係からみれば遺跡や建造物記念館にも案内したいし、文学者の記念館や書家の展示会とかいろいろと体験させたいことや場所があるでしょう。 こうした生活の中からいろいろな興味や関心を示すでしょうし、問いかけによる興味関心をいろいろと深めていくことにつながっていくと思います。 その人の将来にわたっての対応によってどんなことにも深い理解ができいろいろと対処の方法も持つことができるようになるのです。
こうしたいろいろの文化には良いものを体験させることが、成長してからその子の考えの大系を広げておくことは大事なことになります。 「可愛い子には旅をさせよ」故事ことわざ辞典にはいろいろと先人の知恵が提示されています。 この【類義】として
いとしき子には杖で教えよ/親の甘いは子に毒薬/親の甘茶が毒になる/可愛い子には薄着をさせよ/可愛い子には灸をすえ憎い子には砂糖やれ/可愛い子は棒で育てよ/獅子の子落とし/獅子の子育て/獅子の子を谷へ落としてその勢を見るという諺もあります。
書いているうちに長くなったが、これらすべて 「成長の原則は真似と希望にある」 の真似の内容になっています。
この真似については今までもあちこちで書いたものがあるけれど、真似こそ大事とする言葉があるのです。 それは中国の古典孔子の教え「論語」の一番初めに編集されている “学而第一” です。
子曰。學而時習之。不亦説乎。有朋自遠方來。不亦樂乎。人不知而不慍。不亦君子乎。【字通】によれば……この「学びて」の原義は「真似をして」であり、「習う」の習は「くりかえす」「繰り返し行って身につける」……となっている。 従って「繰り返し真似をして自分のものにする」ことを孔子は第一の大事なこととして挙げ、弟子たちを導いたに違いない。
子曰く、学びて時に之を習う。亦説(ヨロコ)ばしからずや。朋(トモ)有り、遠方より来たる。亦楽しからずや。人知らずして慍(イキドオ)らず、亦君子ならずや
「真似」については以上とし、真似とともに大事な「希望」についての考えの意味を深めておきたい。
細胞の成長はコピーのような真似による遺伝という言葉で表しています。 一つひとつの個体の成長はこれまで述べてきたように各種各様に「真似る」ことによって成長すると理解してよいが、生物の個体の進歩は「真似」だけでは理解できない。
メンデルの遺伝の法則だけでは個体に進化の説明までカバーできない。 進化の説明として従来突然変異という表現を使って進化の理解としてきた。 或いはルイセンコ説も出てきていた。 高山植物ではどうして美しい花を咲かせるのか? 私は植物にせよ動物にせよ、その個体の生息環境に適応するように自分で意識的に願望を持ちその希望に向かって細胞自体が意識変化すると考えてみたい。
朱に交われば赤くなるという諺もある。 世の中の風潮に染まりやすいから、一人ひとりの子供の成長について、自意識を持った考えを育てていくことが大事になっている。 孟母三遷の教えもある。(ここを開くと故事成語の一覧もあり、これを見ると中国から学んだことが如何大きく、また大事にされて今日に伝えられているか理解できる)
成長には環境すべてが大事といえます。 だけれど、やっぱり家庭の殊(コト)に母親の環境からまねて成長することが一番大きいことを確認しておきたい。
自分から希望(=望んで)して環境を利用して真似をし成長する、これが成長原則の一つになります。 親からだんだん自立していき完全自立に移行するのに大事なのが、自分で何を選んで、どんな風に真似て、自分を築いていくか、が大きなキイポイントになります。
親はそのために子供の見聞を広めておいてやらなくてはならないのです。 これは前に書いた通りです。
さて、動物や植物でさえ、それぞれの環境に適応するように自分を変えています。 人はこの時に自分の意志によりと表現しますが、実は考えただけであり実際は細胞がその意志に即して活動し、自分を変えているのです。
動物や植物も、環境に順応して変化していくのです。 このことを、私たちは進化という言葉を使っています。
カメレオンの体色の変化もナナフシの擬態も、外敵から逃れる対策を自分から考えて進化してきたであろう。 ウスバカゲロウの幼虫(蟻地獄を作って潜(ヒソ)む)もウツボカズラのような食虫植物も、自ら生きるために奇妙な方法を考え出して方に相違ない。 植物が気温や降水量によって多様な生き方をしているのも、生きんがための細胞の変化によるものだという考え方が基本的には共通認識になってきております。
高山植物や平原植物は厳しい生活条件の中で生き抜くため、子孫を残すために美しい花を咲かせるようになってきたのでしょう。 植物にも意思があるのです。 植物細胞も意志を持って生きているのです。 子孫を残すために!
「成長の原則は真似と希望」ということで考えていることを書き残しました。 この命の成長ということは、日常すべての根源となっています。
総合して思うことは、文化とは
「生きていること自体、生きて作ったものすべて、自分の全感覚すべてで受け止められるものすべて」を意味する言葉であり、また生きるということは
「他の生命・文化のおかげであること、そしてそのことに報いるために報恩(感謝する)ということを旨としなければならないということ」である、という実感にたどりついた。
他山の石について
出典 小学館/大辞林 第三版の解説
1.攻玉(コウギョク)
〔「詩経小雅、鶴鳴」より。「攻」はみがく意〕
玉をみがくこと。転じて、知徳をみがくこと。 → 他山の石以もつて玉たまを攻おさむべし
2.鶴九皐(キュウコウ)に鳴き声天に聞こゆ
〔詩経 小雅、鶴鳴〕 深い谷底で鳴いても、鶴の声は天に聞こえる。賢人は身を隠しても、その名声は広く世間に知れ渡るというたとえ。
3.他山の石以て玉を攻(オサ)むべし
〔詩経 小雅、鶴鳴「他山之石、可二以攻一レ玉」〕 よその山から出た粗悪な石も自分の玉を磨くのに利用できるの意から、他人のつまらぬ言行も自分の人格を育てる助けとなりうることのたとえ。
(この解説は他人を評価する立場とすれば、ちょっとおかしい。人はだれしもてんでに生まれてんでに生きててんでに死んでいく、それが本質だから。)