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書斎

『プリーストリー氏の問題』

Mr.Priestley's Problem : A.B.Cox : 1927

晶文社,A・B・コックス


A.B.コックス名義のユーモア・ミステリ(?)"Mr.Priestley's Problem"が刊行されたのは、1927年のこと。駆け出しの作家だったアントニー・バークリー・コックスは、既にミステリ作家としてデビューし、アントニー・バークリー名義でロジャー・シェリンガム・シリーズを書き始めていた。別名義のコックスとしても、ユーモアもの、ファンタジーもの、ユーモア短編など多岐に渡る作品を精力的に書いていた。 さすが、若いだけのことはある、と思いきや、新人とはいえバークリー/コックスは当時三十過ぎ。若かりし頃に結婚した彼は家庭持ちでもあった。そのためか、あるいはやはりミステリ作家との二足のわらじだからか、ユーモア作品とはいえ辛味がきいている。笑えるのだけれど、苦笑、辛笑(?)。つまり、バークリー・ファンが愛してやまないシニカルな笑いが、ちゃんと存在するのだ。

読書を愛する独身青年、プリーストリー氏のフラットでは、結婚を目前に控えた彼の友人ドイルが、彼を罵っていた―― 「蕪野朗!」と。果たして自分は、退屈な世捨て人の蕪野朗なのか? 悩むプリーストリー氏をよそに、ドイルとその友人ガイ達はある計画を立てる。この上ない事件好きで、素人犯罪学者を自認する彼らは、現実に人が殺人を犯したと「思い込んだ」らどうするか、実験してみようと思い立ったのだ。その実験台として選ばれた人物こそ、かの蕪野朗、プリーストリー氏だった。かくて、平穏無事な生活を送っていたプリーストリー氏は、美女と手錠で繋がれ、架空の殺人事件の犯人として逃亡する羽目に陥った!

という愉快な話なのだけど、注目すべきはやはり、”素人犯罪学者”、”殺人事件”、”実験”というキーワード。最初の二つはミステリにはつきものだとして、最後の”実験”こそバークリー。バークリーのミステリの真髄でなくて何だろう。考えてみれば、バークリーは早くから”実験好き”なところを現していた。バークリーの実験の最たるものの一つ、『毒入りチョコレート事件』の原形である短編、『偶然の審判』(1925)はこの頃既に書かれていたし、同じく”実験的ミステリ”の『殺意』(フランシス・アイルズ名義)はこの作品の僅か4年後に書かれている。一つの作品の中にこれだけバークリーのミステリの特色が含まれている以上、たとえ探偵も推理も出てこなくても(バークリーのミステリにおいては、この二つはもはや必須ではない!)、ユーモア・ミステリ、と言い切ってしまってもいいのではないだろうか。

とはいえ、本当に探偵も推理もないので、そういう作品を読みたい人は別の話を選んだほうがいいだろう。


最終更新日: 2006.6.27