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書斎

『本番台本』

Shooting Script : Gavin Lyall : 1966

早川書房,ギャビン・ライアル


イギリス人の空輸パイロット、キース・カーは、積荷を積んで飛行中、南米の小国レプブリカ・リブラの空軍に威嚇された。その夜、プエルト・リコのホテルのカジノで、かつて朝鮮戦争で一緒に飛んだ戦友のネッドと出会う。彼は今、レプブリカの空軍大佐になっていた。 政治の不安定さから、レプブリカではいつ内紛が勃発してもおかしくない。スパイと取られかねない行為は慎め、という警告にもかかわらず、キースはやがて否応なくトラブルに巻き込まれていく。次の雇い主である映画製作グループが、アメリカの有名俳優を先頭に、レプブリカの革命家に力を貸していたのだ――

レプブリカというのは架空の国で、南米のどこか、プエルト・リコの近くにある、という設定らしい。カリブ海とラテン・アメリカでは毎年1回の割合で革命が起きてきた、失敗したのは含めないでだ。それが150年間ずっと続いている―― 作中にそんなセリフがある。この話が書かれたのは1966年頃、それから数十年が経った今も状況はあまり変わっていないわけだ。

ストーリーの説明に戻ると、キースは俳優ウィットモアやルイス、女性弁護士のJ・Bらに騙された形で革命に“関与”していく。挙句にレプブリカの将軍に飛行機を取り上げられ、翼をもがれてしまう。それでも、ネッドの計らいで解放され、色々あってウィットモアたちに協力することになる。ここから派手な冒険が展開されていく。

戦友ネッドはもちろん、他の登場人物もとても魅力的で、それが政治情勢によって敵味方の立場にならざるを得ないことへの歯がゆさが描かれている。また、アクション、というか飛行アクション?―― も迫力もの。G・ライアルは空軍パイロットだったそうで、それも、なるほど、と頷ける。

しかし、もちろん本領は冒険の部分の面白さだ。元空軍のパイロットが映画屋たちと組んで革命を起こす、という波乱万丈で度肝を抜く物語。翼をもがれたパイロットがなんとか手に入れたおんぼろ戦闘機で一国の空軍に立ち向かっていく。しかも、その空軍を率いているのはかつて、共に戦ったことのある仲間。――という話だ。

こうしてあらすじを書いてみるとかなり面白そうだし、実際に非常に面白い。戦闘機のパイロットというものがリアルに描かれているのも興味深かった。だが、あらすじや、物語のエッセンス―― 革命、パイロット、冒険―― から受けるイメージと、実際に読んだ印象は少し違うかもしれない。血湧き肉踊る話を想像されるかもしれないが、そういうのとはちがう気がするのだ。

主人公のキースは、30代という若さで軍隊を退き、儲からない個人空輸業などをやっている。愛機は年季の入ったダヴで、もちろん機銃など備わっていない。

一方のネッドはというと、朝鮮戦争後も傭兵として各国を転々としながら戦闘機に乗り続けている。小国とはいえ一国の空軍のトップであり、ヴァンパイアという、なんだか凶悪そうな名前の飛行機の一団を率いている。

この、両極端な道へ分かれた二人が運命の巡り会わせで戦うことになるのだ。ネッドが最新の戦闘機を率いているのに対し、キースには愛機を奪われた代わりにあてがわれた、おんぼろのミッチェルしかない。ミッチェルは戦争を潜りぬけたよれよれの戦闘機で、もはや飛んでいられるのが不思議なくらい。要するに鉄屑なのだ。けれど、そんなミッチェルがキースには不思議に似合っている。なぜなら、キースもまた、ある意味で“鉄屑”だからだ。

若くして空軍を辞めた彼は、ミッチェルとどこか重なる人物だという気がしてならない。軍をなぜ辞めたのかと聞かれて、彼はこう答える。「袖に何本金筋をつけてみたところで、常にもっとたくさんつけているやつがいる」―― 戦後、で思い出すのは、同じG・ライアルの『深夜プラス1』だ。あれもまた、舞台はヨーロッパになるが“戦後”の話だった。戦闘機は出てこない代わり、それはもう数え切れないほどの、戦時の銃が出てきたものだ。ここでも、ライアルはやはり鉄屑を登場させているのだ。

『深夜プラス1』では分かりにくかったが、この『本番台本』ではミッチェルへの愛情がストレートに描かれている。ミッチェルを老嬢になぞらえ、おれの女とまで言い切り、なんとか飛ばし続けようと奮闘するキースの姿は涙ぐましいほどだ。あれは、人間の道具として戦場で使われ、捨てられたものたちへの、ライアルの本物の愛情ではないだろうか。

冒険小説、スパイ小説、ハードボイルドには読後も胸に残るような、血が沸き立つカタルシスが求められることが多い。しかし、ライアルの描く話にある興奮は、どこかレベルのちがいを感じさせる。戦い終わったものたちの、興奮の名残。そんなふうに思えるのだ。


最終更新日: 2007.12.05