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『殺しのパレード』

Hit Parade : Lawrence Block : 2006

二見書房,ローレンス・ブロック


殺し屋ケラー・シリーズの最新短編集。ケラーが主役の短編集としては、初作の『殺し屋』に続く2作目になるわけだけれど、前回同様、作品同士が緩い結びつきをもっていて、1冊で1つの作品、という感じになっている。といっても、個々の短編の話の中心はやはりその時々にケラーが請け負った殺しで、今回も前回と同じく、バラエティーに富んだ仕事が彼を待ち受けている。

ざっとその仕事内容を説明すると、こんな感じ。

『ケラーの指名打者』
ターゲットはメジャーリーグの指名打者。ピッチャーの代わりに打席に立つ彼を、誰かが邪魔だと感じたらしい。ケラーは彼の試合を観にいくが、そこでその選手が三千安打の記録を目前にしていることを知る。

『鼻差のケラー』
急遽、切手を買うための金が必要になったケラーのもとに、競馬騎手を殺してくれという依頼が舞い込んだ。ケラーは騎手が乗ることになっている馬が大穴の馬だということを知る。

『ケラーの適応能力』
ターゲットは申し分のない余生を送る富豪の老人。ケラーはいつもどおり仕事をこなそうとするが・・・

『先を見越したケラー』
飛行機の中で偶然隣り合わせになった男。彼が共同経営者を殺したがっていると聞かされたケラーは・・・

『ケラー・ザ・ドッグ・キラー』
今回のターゲットはなんと犬。依頼主は上流の奥様方らしい。場所がケラー自身の住むNYということもあって怯むが、結局は引き受けることに。だが、思わぬ落とし穴が待っていた。

ほかに、株に詳しい経理係、切手収集家など。今回も、依頼のとおりにいくとは限らないけれど、それぞれの仕事、あるいは殺しそのものと向かい合い、解決していくケラーが描かれている。解決すべき問題はそのときによって異なっていて、難しい仕事であったり、ケラー自身の心の葛藤であったりする。
それに加え、もっと大きなストーリーの流れに関わるテーマ、課題も描かれている。どんな種類のネタバレもイヤだ、という人はこの先は読まないでほしい。

今回、ケラーは初めて引退を口にする。前々から、充分な引退資金がたまったら仕事から退こう、と考えていたが、そろそろそのときがきた、と感じたらしい。年齢的にキツくなった、ということだが、どうも読み手の印象としては、肉体的なことではなくて、精神的な老いのことじゃないか、という気がする。年とともに心が弱くなり、冷酷な殺しに耐えられなくなったのか。それとも、殺し屋という仕事を続けるうちに知らず知らずにうちにどこかが疲弊していき、これ以上は続けられなくなったのか。いずれにしても、まあ気持ちは分かるような気がする。

わたしだって、仕事を辞めたくなったことがないわけじゃない。それに、実際辞めたこともある。そのときの心の内は、きついなー、やだなー、もうやめよっかなー、の積み重ねに、何かのきっかけで心が折れた、という感じだったから、ケラーが感じる精神的疲弊と似ていると言っても間違いではあるまい。

しかし、考えてみれば、一般市民のわたしに殺し屋ケラーの心情が理解できる、というのはおかしな話だ。殺し屋という一般社会とかけ離れた仕事につきまとう悩みが、ごくあたりまえの生活を送るわたしたちと似通っているなんて、ありえないはずじゃないだろうか。そもそも、ケラーは殺し屋としてはやさしすぎ、普通すぎるのかもしれないな、という気がする。だからこそ、1つ1つの話に共感し、のめりこみながら読んでしまうのだろう。

ケラーが引退を考える、というのは寂しいことではあるが、そういうことを思うと、「うん、キツければ辞めればいいじゃん」と彼に言ってあげたくもなるのだった。


最終更新日: 2009.1.6