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続折々の記 ⑥
【心に浮かぶよしなしごと】
【 01 】06/26~     【 02 】06/27~     【 03 】06/30~
【 04 】07/01~     【 05 】07/02~     【 06 】07/03~
【 07 】07/05~     【 08 】07/10~     【 09 】07/11~
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【 04 】7/01
       中国共産党100年 「強国」の現在地:
              1 「誕生祝い」にワクチン工場
              2 不動産神話、政府のカネ生む
              3 新疆モスクにらむ監視カメラ
       習氏、外圧「許さない」台湾統一「任務」   2021/07/01当日
       習氏、「強国」誇示 演説66分   自信と対抗心
              4 「ゆとりある社会」の裏で
       中国共産党 誰のための統治なのか   社説

2021年6月29日 (中国共産党100年 「強国」の現在地:1)
「誕生祝い」にワクチン工場
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北京市郊外で建設が進むワクチン生産工場「108号棟」=2日、北京市、平井良和撮影

 川のほとりに建設中のビルで溶接作業の火花がはじけ、闇を裂く。

 6月初旬、夕闇に包まれ始めた北京市郊外の経済開発区を訪ねた。「108号棟」。そう呼ばれるビルは、新型コロナウイルスのワクチン工場で、国有製薬会社「中国医薬集団」(シノファーム)傘下の製造企業「中国生物技術」の北京で3カ所目の生産拠点だ。完成すれば年間10億回超分の生産を担い、他のメーカーを加えて中国本土で年70億回分以上の生産体制が実現する。

 3月に本格的な工事が始まり、現場には「党への誕生日プレゼント」との横断幕が掲げられた。誕生日とは、中国共産党の結党100年の式典がある7月1日を指す。500人以上の作業員が24時間態勢で作業を続け、100日ほどで落成させる計画だ。

 多大なコストがかかり、高い安全性も求められるワクチン開発は企業にとってリスクを伴う。日本では政府の支援も限定的になり、開発は後手に回った。

 一方、中国政府は昨年1月23日の武漢封鎖から2日後、習近平(シーチンピン)総書記ら党最高指導部による政治局常務委員会が「ワクチンの研究開発を急ぐ必要がある」と指示。2月中旬に政府と企業で開発専門班を立ち上げ、工場建設にもほぼ同時に着手した。

 支援も手厚かった。専門班の政府側担当者は企業側に「採算の心配はいらない」と言い切った。開発資金の保証や感染終息後も政府が保管用として買い取りを続けることなども約束された。

 それからわずか2カ月後、シノファームのワクチンは臨床試験の段階に入り、ほぼ同時に北京に年産1億2千万回分の能力を持つ「世界初」の新型コロナワクチン工場が落成した。

 最高指導部からのトップダウンでヒト、カネ、モノなど必要な資源を惜しみなく注ぎ込む。共産党はこうしたやり方を「力を集中して大事をなす(集中力量ベン大事)」と称し、欧米にはない「体制の優位」の一つと位置づける。

 しかしその統治は、過ちも犯してきた。コロナ初期対応では、武漢市や湖北省は国会に当たる全国人民代表大会前の地方議会の政治日程を優先し、コロナの危険性を訴える情報提供が制限され感染拡大を招いた。

 感染が出た地域では強制的な外出禁止措置が取られ、住民の不満が噴出した。休業に追い込まれた飲食店は党の「指導」の前に補償の要求さえできない。中国メディアがコロナを封じ込めたことを美談として報じても、こうした負の側面に光をあてることは許されない。

 中国の誇る「成功」は、こうした多くの犠牲や忍耐の上に成り立っている。
(北京=平井良和)

 ◇結党100周年を迎える中国共産党は、多くの矛盾を抱えながらも独自の統治システムに自信を深めています。 米国と覇を競う中国を率いる巨大政党の力の源泉や課題を探ります。次回から国際面に掲載します。
(2面に続く)

※ 突貫鉄道、地球一周に迫る
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写真・図版 【写真】少数民族が暮らす「中国の盲腸」と呼ばれてきた山中を貫通する高速鉄道の高架=5月12日、湖南省湘西トゥチャ族ミャオ族自治州

写真・図版 (1面から続く)
 「中国の盲腸」。南部の湖南省にある湘西トゥチャ族ミャオ族自治州の山岳地帯は、交通の便のあまりの悪さからそう呼ばれてきた。その「盲腸」で今、最高時速350キロの高速鉄道の建設が進む。

 関連工事の現場には「(中国共産党結党から100年となる)7月1日に滞りなく開通させる」との横断幕が掲げられ、せわしなくクレーンやトラックが動いていた。10年前までバスなどを乗り継いで1日がかりだった省都・長沙までの道のりが、高速鉄道が通れば2時間余りになる。

 「こんな日が来るとは思いもしなかった」。生まれてから一度も県外に出たことがないという地元の朱良書さん(91)は、そう言って涙を浮かべる。改革開放以降の急速な発展に、こうした感慨を抱く庶民は少なくない。

 中国共産党が1949年に政権を取った後も中国は苦難の道を歩んだ。毛沢東が発動した文化大革命で社会が荒廃し、トウ小平も89年の天安門事件で民主化を求めた学生らを武力弾圧。当局発表の319人をはるかに上回る犠牲を生んだとされる。

 負の歴史を覆い、党への支持をつなぎとめるため、共産党は発展の恩恵を人々に実感させることに最大の力を注いできた。高速鉄道網もその一つで、都市部が得た豊かさを中国の隅々に行き渡らせる「動脈」だ。

 北京―天津間に時速300キロ超で走れる最初の路線が開通したのは北京五輪直前の08年夏。翌年には総延長が3千キロを超えて日本の新幹線を上回った。総延長は15年末に1万9千キロ、20年末には地球一周に迫る3万8千キロになっている。

 ■膨らむ負債、進む延伸

 だが、不採算路線も目立つ。

 鉄道事業全体を統括する国家鉄路集団の累計負債額は、今年の第1四半期までに5兆7595億元(約98兆円)にふくれ上がっている。

 国内外のメディアや経済学者は赤字路線に関する情報公開が少ないと批判し、「灰色のサイ」という表現を使って負債による潜在的なリスクに警鐘を鳴らしている。普段はおとなしいが、ひとたび暴れ出せば制御できない脅威になるという意味だ。

 国家発展改革委員会は今年3月、新規の路線は国が厳しい許可基準を設けるとし、地元への路線や駅の誘致を競う地方政府が不採算路線を増やさないよう釘を刺した。

 しかし、中国では当局側が「後ろ向きな意見」を嫌い、リスクを指摘する声に虚心坦懐(たんかい)に耳を傾けないという構造的な問題がある。政権への忠誠を示そうと成果を競う地方政府や国有企業の権勢の下、批判の声がかき消される構図は、改革開放の40年余りで大きく変わっていない。

 鉄道当局は昨年、「35年までに総延長を7万キロに延ばす」と表明。地方への延伸をさらに進めようとしている。 (湘西トゥチャ族ミャオ族自治州=平井良和)

 ■習氏、権力集中を推進

 党指導部は「米国の民主主義だけが民主主義ではない」とし、中国には中国に合った民主制度があると主張する。

 その一つが、トウ小平の時代に採用された「集団指導体制」だ。重要な意思決定を合議や多数決の原則に基づいて行う仕組みで、政治局常務委員を中心とする党の指導者たちは党組織、中央・地方政府、シンクタンク、メディアなどから集まる膨大な情報や分析をもとに、党と国の進む道を定めてきた。

 議論はブラックボックスだが、政権の暴走を防ぐ安全装置だとされてきた。

 しかし、胡錦濤総書記の時代、指導部内で権限が分散して規律が緩み、周永康・政治局常務委員や薄熙来政治局員らの「専横」を許した。その状況を党序列6位の立場で見ていた習近平(シーチンピン)総書記は、自らトップに立つと権力の一極集中を進めた。16年に「党の核心」と呼ばれるようになった。過去2代の総書記が2期10年の任期で退いた慣例を破り、22年の党大会以降も最高指導者の座に君臨することが有力視される。

 習氏が引き続き政権を担うことへの評価は揺れている。ある政府関係者は「独裁政治が何をもたらしたか我々は忘れていない。長期政権には心理的な抵抗がある」と漏らす。

 言論の抑圧は社会にとどまらず、党内にも及んでいる。集権政治の「力強さ」が際立つほど、その裏に潜むリスクも色濃くなる。(北京=冨名腰隆)

 ■<視点>強さと弱さ、併せ見る冷静さを

 習指導部は7月1日、中国共産党の結党100年を盛大に祝う。街角には党史をモチーフにしたオブジェが飾られ、天安門広場では大規模な式典のリハーサルが続く。

 香港や新疆をめぐる強権支配、海洋などでの覇権主義的な動きに懸念を強める世界は、式典を複雑な思いで見つめるに違いない。

 「中国に共産党の統治があったことは、中国、中国人民、中華民族にとっての一大慶事である」。習氏は今月発表した論文でこう自賛したが、彼らの高揚感が強まるほど国外の当惑と反発は深まる。それがここ数年の共産党政権の振る舞いがもたらした現状だ。

 しかし世界はリーマン・ショックへの対応、ハイテク分野の急進ぶりや第2波以降の新型コロナの感染抑止などで、中国の独自のシステムが持つ力も目の当たりにしてきた。

 「異質の大国」の台頭と膨張は、日本を含む世界が向き合わざるを得ない事実だ。渡り合うためには拒絶や批判だけでなく、彼らの強さと弱さを併せ見る冷静さが欠かせない。その核心にある中国共産党の生命力や自信の由来を、彼らが抱えるもろさや危うさとともに探る努力も必要になる。(中国総局長・林望)

2021年6月30日 (中国共産党100年 「強国」の現在地:2)
不動産神話、政府のカネ生む
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写真・図版 写真・図版 【写真・図版】不動産業者300社近くがオークションに集まった空き地=5月31日、福建省泉州市

 中国南東部の沿海部にある福建省泉州市。かつて海上シルクロードの起点として栄えたこの街に300社近い不動産業者が集まったのは、今年5月のことだ。

 彼らの目的は、市中心部から外れた同市安渓県東部の二つの空き地の使用権をオークションで競り落とすことだった。高台の行き止まりにあり、伸び放題の草に、古い民家がいくつか軒を並べている手つかずの場所だ。

 地元の不動産業者によると、オークションは入札が相次いで政府が定めた上限額に達してしまい、最後は抽選になった。落札額は計5・5億元(約94億円)で、1平方メートル当たり5千元。大都市より安いが、北京や上海でもめったに見られないほどの過熱ぶりに、関係者は「宝くじに当たるような確率だよ」と笑う。

 市内の不動産業者によると、人口が約100万人の同県では地元や周辺住民の住宅購入の需要は根強いのに開発が進まず、マンションは発売と同時に売り切れるという。業者は「まだまだ家が売れる」と自信たっぷりに言い切る。

 「不動産バブルがはじける」と言われ続けてきた中国だが、今もなお一部地域を除いて不動産価格が上昇している。中国国家統計局などによると、5月の主要70都市の新築住宅の価格指数は、前年同月比で4・5%増だった。

 コロナ禍から回復傾向にある中国経済の牽引(けんいん)役となったのが、不動産への投資だ。2020年の不動産開発投資額は14兆元(約240兆円)を超え、過去最高を記録。対国内総生産(GDP)比でも約14%となった。上海交通大の朱寧教授(金融学)は「不動産は建設材料や家具などの需要を生み、全体でGDPの約3分の1を生み出している」とみる。

 18年には中国人は1人当たり平均1・1件の住宅を持ち、すでに住宅は行き渡っているはずだが、それでも投機の対象として売れ続ける。複数の不動産を持つことは珍しくなく、新たな規制で2件目の家を買えず、離婚してまで新たに住宅を買う人もいる。

 中国では今もなお、不動産価格は大きく値崩れしないという「神話」が広く信じられている。それを支えるのは、政府だ。

 「労働者階級の前衛隊」として共産主義の実現を掲げた中国共産党は、土地や生産手段を所有し、労働者を搾取する資本家を否定。土地は国の所有が基本とされ、私有は禁じられた。だがトウ小平が始めた改革開放路線のもと、生産活動や住宅の提供を促すために浮上したのが、所有権ではなく「使用権」を取引するという考え方だった。

 ■使用権を売買、バブル懸念

 1980年代から90年代にかけて憲法や複数の法令を改正し、私有は禁じつつも国の土地を期限付きで借りられる使用権を、個人や企業が買えるようになった。期限は住宅は70年、商業用は40年などとされ、使用権を売買する不動産市場も形成されて開発が進んだ。

 この制度によって、土地は政府にとって「金のなる木」になった。土地の使用権をいつ、どれだけ売り出すかは管轄する地方政府が決め、使用権の売却で得た収入は地方政府の財政に回る。中国国家統計局によると、2020年の全国の地方政府の使用権売却収入は8兆4千億元(約140兆円)。中央政府からの補助金を除く財政収入の8割超の規模だ。10年前の3倍にふくれあがっている。

 使用権を売れば財政は潤い、住宅や商業の開発が進み、それだけ地元経済のGDPは増える。中央政府から求められる高い経済成長率を達成するには、地方政府は使用権を売って開発を進める以外に道はない。朱教授は「賢い投資家や家を買う人は、経済成長のために政府は不動産価格を上昇させるしかないことを知っている」と話す。「神話」の背景には、政府の暗黙の「保証」があるのだ。

 ただ、当然にリスクは潜む。不動産価格が下がれば、不動産を買い求める人々は減り、不動産開発会社の経営も行き詰まる可能性が高い。そうなれば金融機関は不良債権を抱えることになり、金融不安が社会に広がりかねない。

 不動産価格の上昇には別の弊害もある。

 中国政府が産児制限を緩和しても出生数が増えない一因に、住宅費の上昇がある。少子高齢化で人口減少社会に突入すると、14億人の市場と豊富な労働力という中国経済の魅力が大きく損なわれることになる。

 中国政府も住宅購入規制などに動いてきたが、地方政府は住宅価格の下落で収入が減るのを避けたいのが本音だ。ある日中関係筋は地方政府幹部が昨年、中国の不動産価格について、こう発言したことを覚えている。「ある程度は上がらないと財政は回らない。最近は5%ほどを目指すように上からは言われている」(泉州=西山明宏)

2021年7月1日 (中国共産党100年 「強国」の現在地:3)
新疆モスクにらむ監視カメラ
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写真・図版 写真・図版 【写真】金曜礼拝を終え、モスクから出てくるウイグル族ら少数民族の人々。 広場には中国国旗が掲げられている=5月21日、ウルムチ、高田正幸撮影

 屋根にイスラム教のシンボルの新月をいただくモスクの入り口に、中国の国旗「五星紅旗」が音を立ててはためいていた。

 中国新疆ウイグル自治区ウルムチ市南部にある「洋行モスク」。5月末、モスクの周辺には至る所に監視カメラが設置されていた。近くで商売をしていた男性は、「この辺りの景色はすっかり変わった」と話したが、周りの目を気にしてすぐに口をつぐんだ。

 習近平(シーチンピン)指導部の発足当初に頻発した暴力事件こそ減ったものの、街に漂う重い空気は、共産党政権とウイグル族の対立の根深さを物語る。

 大きな転機は、2009年のウルムチ騒乱だった。広東省の工場で漢族がウイグル族を襲った事件に抗議するデモ隊と治安部隊が衝突。当局発表で197人が死亡した。騒乱後、政権は批判勢力を「テロ分子」「分離独立派」と呼んで弾圧。危険思想の温床になっているとしてイスラム信仰にも大幅な制約を加えた。

 14年4月30日には、習氏が総書記就任後初の新疆視察で洋行モスクを訪ねたがその夜に、洋行モスクから約4キロの距離にあるウルムチ南駅で爆発が起き、82人が死傷した。習氏は即日、「テロ分子の増長をたたきのめせ」と号令し、民族政策に反発して警察署などを襲うウイグル族らの徹底弾圧を命じた。

 米欧は、中国政府が「職業技能教育訓練センター」とする施設などで、強制収容や強制不妊など深刻な人権侵害があると指摘。民族的な集団の破壊を意図したジェノサイド(集団殺害)と批判するが、中国政府は人権侵害を否定し、収容は過激思想を取り除く正当な「テロ対策」だと訴える。

 新疆の現状は、共産党が当初描いた理想とも大きくかけ離れている。

 1921年の結党後は、主な少数民族による連邦制を掲げた上で、連邦から離脱する自由も含む「自決権」を認めるとしていた。しかし49年の中国建国後、共産党は党の支配の下で一定の優遇政策や少数民族出身幹部の登用、民族の言語による教育などを認める「自治」制度にとどめた。

 政権は発展の恩恵で連帯をつなぎとめようとした。新疆にも多額の予算が投じられ、街は発展した。しかし、標準中国語を操れないウイグル族は望んだ仕事にも就けず、格差が拡大。ウイグル族やイスラム教への無理解もはびこり、民族間の火種が広がった。

 ウイグル族の立場を発信し続け、国家分裂罪で無期懲役刑を受けた経済学者のイリハム・トフティ氏は2014年に拘束される前、「力による統治と管理は失敗している」と語った。

 ■「愛国」強調の統治、両刃の剣

 56の民族からなる14億人の心をつなぎとめるために党が強調するのが「愛国」だ。その源流は、トウ小平の時代にさかのぼる。

 「この10年の最大の過ちは教育にあった。どれほど苦労して国を作り上げたかという教育が少なかった」

 学生らの民主化運動を武力弾圧し、多数の死傷者を出した1989年の天安門事件の直後、当時の最高実力者トウ小平はこう語ったと、党資料は記している。

 学習院大学の江藤名保子教授は「改革開放で経済発展を推し進めるほど政治改革や民主化を求める声が高まり、独裁体制が揺らぐというジレンマを政権は抱えるようになった」と指摘。「共産党の求心力を高めるための政治思想教育と、外国に侵略された屈辱の歴史の回顧が進んだ」とみる。

 天安門事件後の江沢民指導部は、94年に「愛国主義教育実施要綱」を発表。特に抗日戦争の歴史に重点が置かれた。中国を救ったのが共産党で、歴代の党員や人民の多大な犠牲の上に現在の安定と繁栄があるという歴史観だ。そこで教えられる「愛国」は「愛党」とほぼ同義で、紡がれるのは、なぜ共産党が中国を率いるのか、という政権の正統性を高める「物語」だ。

 しかし、国をまとめるための『愛国』が、いつしか外国を襲い始めた。2012年に中国各地に広がった反日デモでは、幼い頃から愛国教育を受けて育った世代が「愛国無罪」と叫んだ。新疆ウイグル自治区の人権問題を巡っては、新疆綿を使わないと表明した外資の衣料品大手などが不買運動の標的となった。

 天安門広場を埋めた学生も掲げた「愛国」の訴えは、政権にとっては両刃の剣とも言える。党の思惑からはずれて制御が利かなくなったとき、「愛国すなわち愛党」の物語が崩れ、そのうねりが政権自身に向かうリスクは常につきまとっている。
(ウルムチ=高田正幸、上海=井上亮)

2021年7月2日 (中国共産党100年)
習氏、外圧「許さない」 台湾統一「任務」
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【写真】
1日、北京の天安門広場で開かれた中国共産党の結党100周年を祝う式典で、演説する習近平党総書記=新華社

 中国共産党は1日、結党100周年の祝賀式典を北京の天安門広場で開いた。習近平(シーチンピン)党総書記(国家主席)は演説で、対立が続く米国を念頭に、外国の批判に屈しない強硬姿勢を示した。政権が目標としてきた「小康社会(ややゆとりのある社会)」の全面的実現も宣言。一党支配体制の正当性を強調し、党と自身の求心力の向上をはかった。▼2面=「強国」誇示、9面=格差なお、12面=社説

 習氏は1時間余りの演説で、「我々をいじめ、服従させ、奴隷にしようとする外国勢力を中国人民は決して許さない。妄想した者は14億の中国人民が血と肉で築いた鋼の長城にぶつかり血を流すことになる」と異例の強い表現で外圧に立ち向かう姿勢を示した。人権や領土をめぐる米国を中心とした国際社会からの批判が念頭にあるとみられる。

 米国との争点でもある台湾問題については「祖国統一は揺るぎない歴史的任務」として、統一を目指す姿勢を改めて示した。

 米国のバイデン政権から「専制主義」と指摘されるなか、習氏は「党の指導は中国の特色ある社会主義の最も本質的な特徴で、最大の優位だ」と強調。列強による侵略や抗日戦争から、中華人民共和国の建国、改革開放を経て世界第2位の経済大国に発展してきた歩みを振り返り、「共産党がなければ新中国もなく、中華民族の偉大な復興もない」と党の功績を誇示した。

 さらに、トウ小平以来の歴代指導部が目指していた小康社会の全面的実現も宣言。党の積年の目標を自らが達成したことで、習氏は強いリーダーシップを示したことになる。

 習指導部は次の目標を、建国から100年となる2049年ごろまでの「社会主義現代化強国」の完成と定めている。習氏が「2期10年」の慣習を破り、来年以降も続投するとの見方は強まっている。(北京=高田正幸)

 ■<視点>「説教受けない」危うい道

 天安門の楼上から習近平総書記が発する勇ましい言葉とそれに応える聴衆の歓声が、世界と折り合いをつけながら歩んできたトウ小平以降の時代の終わりを告げているように聞こえた。

 中国共産党の100周年式典で、習氏は米国との対決で一歩も引かない決意を示した。人権問題批判などを念頭に「教師づらした偉そうな説教は受け入れぬ」と傲然(ごうぜん)と言い切った姿に、大国の肥大した自負を感じた人は少なくないだろう。

 違和感はほかにもあった。習氏は演説で文化大革命や天安門事件などの負の歴史に触れなかった。

 習氏も語った「歴史を鑑(かがみ)とする」という言葉は、過去の過ちを直視し、我が身をただすことにほかならない。共産党はかつて文革を「指導者が誤って発動した内乱」と総括した。改革開放が矛盾を抱えながらも力強く進んできたのは、文革の反省に立って掲げた「人民の生活を立て直す」という明確な目標が、国内はもとより国際社会からも広く共感を得たからだ。

 一方、建国100周年の2049年に向けた目標である「中華民族の偉大な復興」は、真に14億人の生活に根ざし、世界に受け入れられるものなのか。この日の会場の歓声に政権が酔いしれるようであれば、道のりは危ういものになる。(中国総局長・林望)

■演説の骨子
  ◆小康社会(ややゆとりのある社会)を築き上げ、絶対的貧困の問題を解決した
  ◆軍の現代化を加速する
  ◆覇権主義と強権政治に反対し、歴史を前進させる
  ◆我々をいじめ、服従させる外国勢力を許さない
  ◆一国二制度の下、香港とマカオの全面的な統治権を行使
  ◆「一つの中国」の原則を堅持し、台湾の平和統一を進める

▼2面=(時時刻刻)「強国」誇示 (中国共産党100年)
習氏、「強国」誇示 演説66分、自信と対抗心
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写真・図版 【写真・図版】中国共産党の主な指導者とできごと/中国のGDPの推移

 1日、北京で開かれた中国共産党100周年の祝賀式典は、「強くなる中国」を内外に誇示した。習近平(シーチンピン)党総書記(国家主席)は演説で「中華民族の偉大な復興」を繰り返して党の実績を強調。台湾統一も見据えつつ、長期政権への権力基盤をさらに固めた舞台となった。▼1面参照

 午前8時(日本時間午前9時)、灰色の中国の礼服「中山服」を着た習氏が天安門に姿を現すと、党員や招待された外交官ら約7万人の観衆が拍手を送った。後方に胡錦濤前国家主席が続いたが、2019年の建国70周年式典に出席していた江沢民元国家主席の姿はなかった。94歳という高齢の事情から参加を見送ったとみられる。

 習氏は2年前の建国70周年式典では「強国路線」を抑えた8分間の演説だったが、この日は打って変わって「強さ」を前面に押し出す内容に。時間も66分間に及んだ。目を引いたのは他国と渡り合える力を備えつつあるという自信と意思だ。「中国共産党がなければ中華民族の偉大な復興もなかった」としたうえで、「共産党と中国人民を切り離そうという企ては思い通りにはならない!」と力を込めた。党員を対象にビザ制限などを進める米国への発言であることは明らかだ。

 さらに習氏は「有益な提案や善意の批判は歓迎するが、教師づらした偉そうな説教は受け入れない」とし、「14億の中国人民が血と肉で築いた鋼の長城にぶつかり血を流すことになる」と続けた。最後は「偉大で正しい中国共産党万歳! 偉大で勇ましい中国人民万歳!」と2度、拳を突き上げた。

 習氏は近年、建国後の歴史を三つに区分し、毛沢東の「立ち上がる」、トウ小平の「豊かになる」、そして自らの「強くなる」時代だと説明。あわせて今回の共産党100周年と49年に迎える建国100周年を重要な節目ととらえてきた。

 全面的な小康社会(ややゆとりのある社会)の達成を表明したこの日の演説は、今後は本格的に強国路線を進めていくとの宣言に等しい。習氏は強軍路線にも触れ、「世界一流の軍隊を築いてこそ、大きな能力と手段で国家主権を守ることができる」と訴えた。

 だが、人権や領土をめぐる中国の振る舞いを非難する国際社会に習氏の声が届くとは言い難い。特に中国を専制主義国家と位置づけて対抗姿勢を鮮明にする米国などから、さらに強い警戒心と反発を招きかねない。だが、習氏は歩みを止めるつもりはない。演説を聴き終えた中国外交筋は、習氏の意図をこう読み解いた。「米国に振り回される時代は終わらせる。その誓いだ」(北京=冨名腰隆)

 ■3期目へ、のぞいた意欲

 今後は習政権の行方が焦点になる。18年の憲法改正で国家主席の任期制限が撤廃され、習氏は制度上、5年に1度の人事が行われる22年秋以降も最高指導者にとどまることが可能になった。ただし、個人崇拝への懸念から長期政権に慎重な意見が党や政府内にあるのも事実だ。

 習氏は党100周年の先の具体目標は示しておらず、自らの任期についても一度も言及していない。

 だが、この日の演説で意欲と受け取れる発言があった。台湾問題について、習氏は「祖国の完全統一を実現することは、中国共産党の揺るぎない歴史的任務であり、すべての中華民族の共通の願いだ」と表明した。台湾と向かい合う福建省や浙江省で政治経験を積んだ習氏にとって、中台統一は政治的使命とされる。

 長期政権を進めるためには信任に見合う実績も必要だが、それもそろいつつある。小康社会の実現はトウが「改革開放」政策を打ち出して以来、約40年かけて求めてきた大目標だった。国民1人当たりの国内総生産(GDP)が1万ドルを突破し、同時に脱貧困を達成したことは、習氏にとって大きな手柄となる。演説では過去の指導者を順番に挙げて敬意を表したが、習氏が目指すのは「建国の父」である毛と並び立つことだ。6月25日、最高指導部メンバーを率いて毛の旧居を視察。「紅色の血脈を引き継ぎ、革命の先人に恥じない新たな業績をつくらねばならない」と発破をかけた。

 習氏は5年前、党大会まで残り1年に迫る中、党中央委員会第6回全体会議(6中全会)で別格の存在である「党の核心」になった。同様の会議は年内に開かれる。「政治の季節」を迎える段階で、長期政権に慎重と見られてきた江氏が式典に現れなかったことも大きな意味を持つ。党関係者は「6中全会の議論は、3期目へ向かう習氏の重要な布石になる」と語る。(北京=冨名腰隆)

 ■台湾側「民意、尊重すべきだ」

 習氏は「中央政府が香港への全面的な統治権を行使し、国の主権を守る」とも述べ、中国政府の主導で制定した香港国家安全維持法(国安法)のもと、反体制的な民主派を封じ込めている「自負」をにじませた。

 香港はこの日は中国への返還24周年でもある。警察は民主派団体に毎年許可してきたデモを新型コロナウイルスの感染防止などを理由に禁止。約1万人の警官を配置して抗議活動を起こさせない態勢をとった。

 香港政府主催の返還記念式典では、廃刊に追い込まれた香港紙「リンゴ日報」への捜査を指揮した後、6日前に政府ナンバー2に抜擢(ばってき)された李家超政務長官が演説。李氏はあいさつ冒頭の約2分半の間に「中国共産党」と7回連呼し、党100周年を祝福した。

 一方、習氏は台湾の「統一」を訴えた。ただ、台湾の蔡英文(ツァイインウェン)政権は習氏が台湾に言及した部分に目新しさがないとして冷静に受け止めている。対中政策を担う「大陸委員会」は、「台湾人は中国が一方的に唱える『一つの中国』を拒んでいる。北京当局は現実を直視し、台湾の民意を尊重すべきだ」とする声明を出した。(香港=奥寺淳、台北=石田耕一郎)

▼9面=格差なお (中国共産党100年 「強国」の現在地:4)
「ゆとりある社会」の裏で
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 中国共産党の習近平(シーチンピン)総書記は1日、トウ小平ら歴代指導者が目指した「小康社会(ややゆとりのある社会)」を達成したと宣言した。農村の産業振興などを進め、生活改善に注力したと誇る。ただ、都市と農村の格差は縮まらず、経済発展はいびつなままだ。▼1面参照

 「全面的な小康社会を築き上げ、絶対的貧困の問題を歴史的に解決した」。天安門で演説した習氏は、党100年の祝賀式典に集まった大勢の人々の前でこう宣言した。歴代の指導者が取り組んできた難しい問題を決着させた成果を強調した。

 小康という概念は、中国最古の詩集「詩経」や儒教の経典が由来とされ、衣食が満たされ、生活にゆとりがあることとされてきた。最初に目標として掲げたとされるトウ小平氏は、20世紀末に1人当たり国内総生産(GDP)1千ドル(約1万1千円)を小康社会の実現とする考えを示した。

 その後、発展状況に合わせて小康社会の目標数値は修正されながらも、歴代指導部が継承。習指導部が16年の「第13次5カ年計画」で、20年に小康社会を全面的に実現すると公約。農地に適さない土地から移住させたり、産業振興やインフラ整備に多額を投じたりして、生活環境の改善を進めた。

 貴州省の省都・貴陽市から車で約2時間半離れた納雍県陶営村はその象徴的な街だ。6月下旬に記者が訪れると、地元の尚雲書記(39)が、標高1400メートルの高原地帯に広がるサクランボ畑を指し、「この緑の山は我々に富をもたらす金山であり銀山です」と誇らしげに語った。

 15年に年収が約3千元(約5万円)を下回る貧困人口が623万人と中国で最も多かった貴州省でも、同県は最も貧しい地域のひとつだった。

 以前、同村周辺の山々は赤茶けた土が目立つはげ山だった。そこで政府は貧困対策として、栽培に手間がかかる山の斜面でサクランボを育てる農家に対して、苗木などを無償で提供。15年ごろから栽培面積が急増し、サクランボ狩りや花見で今や年間100万人の観光客が訪れる。

 村民1人当たりの年間収入は、14年の約1万元から昨年は約1万9千元(約32万円)に増えた。同省の農村部では昨年、1人当たり平均の年間支出は約1万元で、これを超える水準だ。

 同村の陳林さん(40)はこの政策で畑を広げ、5年前に比べ年収が3~4倍の8万元(約136万円)に増えたという。「生活に余裕ができ、自宅を2階建てに増築することもできた」と笑みをこぼした。

 ■都市と農村の格差なお

 習氏はゆとりある生活が行き渡ったと誇ったが、必ずしも中国の国民が等しく豊かになったことを示してはいない。

 「中国では6億人が月収1千元(約1万7千円)ほどだ。中級都市では家を借りるのも難しい」。李克強(リーコーチアン)首相が昨年5月の記者会見でこう述べたことが波紋を広げた。1年後の小康社会の達成を掲げるなか、全人口の約6割はいまだ低水準の生活を余儀なくされていることを政府自ら認めたからだ。

 統計には表れない貧しい人々はいまだ多くいるとみられる。昨年1月、貴州省の24歳の女性が栄養失調でなくなったことが中国で注目を集めた。両親を亡くし、弟の治療費のために1日2元(約34円)まで食費を切り詰め、極貧の生活を余儀なくされていた。

 貧富の格差を示すジニ係数は19年で0・465と、危険とされる0・5に近い。都市部と農村部の格差は依然大きく、現状でゆとりのある暮らしを送れるか議論は分かれる。(納雍県=井上亮、北京=西山明宏)

▼12面=社説
中国共産党 誰のための統治なのか
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 長大な栄枯盛衰の中国史のなかでも、この100年は特筆すべき激動の時代だった。

 確かに、一党支配体制は富国強兵を実現した。しかし、その統治は真の意味で人びとの解放を成し遂げているか。

 中国共産党の言う「偉大な復興」は、足元に潜む危うさと裏腹であると認識すべきだろう。

 きのうの結党100年の記念演説で、習近平(シーチンピン)総書記は力説した。「中華民族は立ち上がり、豊かになり、さらに強くなる飛躍のときを迎えた」

 結党時に五十数人だった党員は今や9500万人を超す。頂点に立つ習氏の言葉にみなぎる自信の源泉は、経済である。

 多くの国民が貧困を脱し、旧西側経済の停滞をよそに、ほぼ堅調な成長のペースを保ってきた。それは共産党の統治の優位さゆえであるとする「物語」が国民に広く浸透している。

 実際にソ連崩壊後、中国の共産党体制も早晩崩れると世界は見た。そうならなかったのは、党がイデオロギーを柔軟に扱い、大胆に市場経済化を進めたことが大きい。

 だが今後に目を転じれば、中国は産児制限の影響もあり、少子高齢化が加速している。経済一辺倒で政権の求心力を維持するのは難しくなりそうだ。

 米中の覇権争いの時代といえども、共産党政権が今なお恐れるのは国内の体制批判である。昨今の言論弾圧や、「愛国」の強調は、その芽を封じるための引き締め策であろう。

 この100年間には、大躍進運動、文化大革命、天安門事件など、多大な不幸や流血を生んだ共産党支配の過ちがあった。その痛ましい過去が再び繰り返されない保証はない。

 中国が今後の持続可能な発展のために実践すべきは、棚上げされた政治改革である。現在の豊かさを築いた「改革開放」の柔軟な発想を、経済から政治にも広げる必要がある。

 人権と自由を制限し、民主的に指導者を選ぶ手段も与えない体制が、長期安定を見通せないのは当然だ。ところが習氏は自らに権力をさらに集中させようとしている。来年の党大会では定年制のルールを覆しての続投の臆測もささやかれる。

 平和的な権力移行の仕組みを崩し、香港や新疆で弾圧し、ことさら外国の脅威をあおる。その遠景には列強から屈辱を受けた近代史があるとはいえ、今ほど強大化した中国が内向きな強権政治に走るのは危うい。

 もはや共産党にとっては政権維持が統治の目的なのではないか。習氏はきのう「中国人民の幸福を求める」のが党創設からの使命だと述べた。ならば改めて、結党の志に戻るべきだ。