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続折々の記 ⑩
【心に浮かぶよしなしごと】
【 01 】10/15~
【 02 】10/18~
【 03 】10/24~
【 04 】11/01~
【 05 】11/04~
【 06 】11/09~
【 07 】11/14~
【 08 】11/16~
【 09 】11/26~
――――――――――――――――――――――――――――――
【 01 】10/15
岸田・菅・安倍政権の4年問う 10/15
「悪弊」断ち切る覚悟、見極めを 衆院選
(天声人語)分配と再分配
(社説)4年ぶり衆院選へ 民意に託された政治の再生
(インタビュー)劣化した日本社会
危機の時代に 2021衆院選:1 10/16
夜の公園、無料の弁当に列 女性や若者もコロナで困窮
(2面)安全網に穴、不安と不信と 休業手当・雇用保険「当てにならず」
危機の時代に 2021衆院選:2 10/17
名字変更、悩まされた3世代 夫婦別姓、多様性の象徴
(2面)生きづらさ、問われる政治 夫婦別姓論議、再起動とトーンダウン
核禁条約「米は歓迎を」 全米市長会議、行動求める決議
(3面)こだわる核廃絶、ぶち当たる壁 広島選出、「核禁条約は出口」訴え
(日曜に想う)強権政治の最後、指導者の予感は
(中国の参考ニュース)習氏、中間層拡大打ち出す
2021/10/15
岸田・菅・安倍政権の4年問う
衆院解散、31日投開票
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衆院は14日、解散された。岸田文雄首相は解散後の臨時閣議で、衆院選を19日公示、31日投開票とすることを正式決定した。選挙戦では新型コロナウイルスへの対応をはじめ、安倍、菅、岸田政権と続いた4年間の政権運営への評価と、今後の政権選択が問われる。
■首相、最大争点は「コロナ対策」
衆院選は2017年10月以来で、小選挙区289、比例区176の計465議席で争われる。
首相は14日夜、首相官邸で記者会見し、今回の衆院選を「未来選択選挙」と称し、最大の争点に「コロナ対策」を挙げた。首相は15日にコロナ対策の全体像の骨格を示すとし、「この夏の2倍程度の感染力に対応可能な医療体制を作っていく」と説明した。
首相は「成長の果実が幅広く行き渡る『成長と分配の好循環』を実現する」と述べ、「数十兆円規模の経済対策を最優先で届ける」と主張。「非正規、子育て世代などの方々に、申請を行わず給付を受けることができるプッシュ型の給付を行っていく」とし、事業者向けには「昨年の持続化給付金並みの給付を事業規模に応じて行う」と語った。
衆院選の勝敗ラインについて、首相は改めて「与党で過半数」と説明。一方、憲法改正の発議に必要な「3分の2以上」の議席を目指すかを問われると、首相は「選挙だけで3分の2を確保する考え方には無理がある。議論の中で理解を得ることで、結果として3分の2を得て発議をし、国民の2分の1の賛成を得て改正につなげていくことではないか」と述べた。17年衆院選では与党で3分の2以上の議席を得ている。
一方、野党側は政府のコロナ対応などを厳しく批判する。首相の金融所得課税をめぐる発言の軌道修正ぶりや、長期にわたった安倍・菅政権下で生じた「ひずみ」を指摘。森友・加計・桜を見る会の問題を引き続き追及し、政治姿勢の違いを強調する構えだ。
立憲民主党の枝野幸男代表は14日、報道各社のインタビューで森友問題で首相が自民党総裁選での当初の主張をトーンダウンさせたことを踏まえ、「隠す、ごまかす、改ざんまでする。まっとうな政治に変えていくため、政治そのものを表紙だけではなく変えなければならない」と訴えた。
今回の衆院選では、「野党共闘」で立憲、共産、国民民主、社民、れいわ新選組の5党の候補者は全289選挙区のうち200以上で一本化される見通しとなっている。枝野氏はこの日のNHKの番組で「220の選挙区で事実上の(野党と与党の間で)一騎打ち構造がつくれた」と主張。共産党の志位和夫委員長はこの日の記者会見で、政権交代した場合の共産党の立場について、「限定的な閣外協力というのが私たちの立場だ」と話した。
野党共闘に対し、自民党の甘利明幹事長は「自由、民主主義の思想のもとに運営される政権と、共産主義が初めて入ってくる(立憲による)政権と、どちらを選びますかという政権選択だ」と批判した。
政治部長・坂尻顕吾
任期満了を1週間後に控え、岸田文雄首相が衆院解散に踏み切った。事実上の任期満了選挙である。
であればこそ、争点は直前に発足した岸田政権の顔ぶれや、そこで打ち出された政策や方針にとどまらない。むしろ、任期の大半を占めた安倍・菅両政権で目立った弊害を含め、その是非を正面から見据えるべきだろう。
この4年間に国政では何があったか。森友学園問題で公文書の改ざんと破棄が判明し、「桜を見る会」をめぐっては安倍晋三元首相による衆参両院で118回に及ぶ「虚偽答弁」が明らかになった。「政治とカネ」をめぐる事件が相次ぎ、安倍内閣の閣僚経験者らが立件された。
日本学術会議の会員候補6人の任命が見送られた理由は今も明らかにされていない。政治が丁寧で真摯(しんし)な説明を欠き、長期政権によるおごりや緩みが指摘された。岸田政権はその「悪弊」を反省し、断ち切る覚悟を持っているのか。前面に掲げる「信頼と共感」の看板は本物なのか、まずは目をこらしてみる必要があるだろう。
衆院選は有権者にとって、これまでの政権の業績を問う機会であるとともに、言うまでもなく政権選択の選挙でもある。今回は近年になく多くの小選挙区で与党と野党が事実上一騎打ちとなり、国民の審判を受ける構図になりそうだ。
野党第1党の立憲民主党は小選挙区で200人以上の候補者を擁立する。自民党が野党第1党として臨んだ2012年の衆院選以来、9年ぶりのことだ。さらに共産党などとの「野党共闘」により、3分の2超の小選挙区で野党系候補者が一本化される見通しだ。
安倍氏が自民党総裁に返り咲いた12年以降の「国政選6連勝」の背景には、分裂した野党がそれぞれ候補者を擁立した事情もあった。小選挙区制のもとで緊張感のある政権運営を促し、国会審議をより活性化させるには、政権に対する有権者の批判的な声は集約して示す必要がある。
一方で、互いに批判ばかりに終始すれば将来を託すだけの魅力や新鮮さに欠ける。与野党ともに新型コロナ対応や経済対策だけにとどめず、コロナ後の社会や国のありようまで幅広く議論をたたかわせてほしい。日本の民主主義を委ねるべきはどこなのかを見極め、選択する機会としたい。
(天声人語)
この国会でよく聞かれた言葉が「分配」である。しかしなぜだろう、平易な言葉なのに耳になじんでこない。考えてみれば昔から経済政策でよく使われるのは、「分配」ではなく「再分配」なのだ
▼「再」の1字のあるとないでは大違いだ。分配は配るだけだが、再分配となれば、富める者からそうでない者へ所得を移すという政策である。岸田文雄首相はあえて「分配」のほうを多用しているのではないか。総裁選で訴えていた金融所得への課税も早々に封印した
▼お金に余裕のある皆さんの懐はあてにしませんと宣言したかのようだ。企業に賃上げを促し「分配」するというが、果たしてうまくいくかどうか。一方の立憲民主党は「再分配」の言葉をよく使う。所得の高い人ほど税が重くなる累進課税を強めていくと主張する
▼もっとも年収1千万円以下の所得税を一時ゼロにするという公約は、政権に就いたらすみやかに実行するという。配るのが先で、再分配は後になる。「野放図なバラマキ」と批判されないためにも、与野党は財源についてもっと語るべきではないか
▼「財源は赤字国債」と言っても構わないが、それで開き直ってもらっても困る。その借金を要する緊急性とは何か。借金してでも目指そうとする社会のあり方は、どういうものか。説得力をもって語れるかどうかが問題なのだ
▼衆議院が解散された。投票まで17日間という例のない短期集中型である。気持ちを集中し、各党の語り口にある違いを見極めたい。
(社説)
衆議院が解散され、万歳をする岸田首相ら議員たち=2021年10月14日、井手さゆり撮影
新政権発足からわずか10日、岸田首相が衆院を解散した。31日の投開票まで17日間という異例の短期決戦である。
日本の民主主義を深く傷つけた安倍・菅両政権の総括のうえに、政治への信頼をどう取り戻すか。少子高齢化など直面する課題への処方箋(しょほうせん)や、「コロナ後」も見据えた将来のビジョンをどう描くか。与野党は明確な選択肢を示して、有権者の審判を仰がねばならない。
■疑似政権交代の限界
振り返れば、これまでの展開は異例ずくめだった。
新型コロナ対応で国民の信を失った菅前首相が退陣を表明したのは、衆院議員の任期満了まで残り1カ月半というタイミング。4氏が立候補した自民党総裁選は、不人気な首相に代わる「選挙の顔」選びとなったが、大半の派閥が事実上の自主投票を決めたこともあり、「本命」は定まらず、決選投票を経て首相の当選が決まった。
安倍・菅政権の異論を排除する強権的な手法や「説明しない政治」への批判が高まる中、「聞く耳」や「丁寧な説明」を売りにする首相を担ぎ上げたことは、この党がかつてみせた、党内での「疑似政権交代」を思い起こさせた。
60年安保闘争で社会の分断を広げた岸信介の後は、経済重視で「寛容と忍耐」を掲げる池田勇人に。金脈問題で退陣した田中角栄の後は、「クリーン三木」と言われた三木武夫に。「新しい資本主義」を看板に、分配を重視する首相の姿勢は、政治手法のみならず、政策面でもこれまでの路線の転換をめざしているようにもみえた。
しかし、その後の党や内閣の人事、臨時国会での所信表明演説と各党の代表質問に対する答弁をみる限り、転換よりも「継承」に近いと言うほかない。「安倍1強」体制が長く続き、党内から多様性が失われた自民党の限界が示されたといえる。
■「安倍・菅」総括の時
首相はゆうべの記者会見で、今回の衆院選を「未来選択選挙」と命名した。確かに、次の4年間の政権運営を誰に託すのかを選ぶ場であることに間違いはないが、その前提として、現在の与党のこれまでの実績は厳しく評価されねばならない。だが、自民党の総裁選では、安倍・菅政権の負の側面が吟味されることはなかった。
首相には、森友・加計・桜を見る会といった、安倍政権下の疑惑を清算しようという意思はみられない。時の権力者に近い者が特別扱いされたのではないかという一連の問題は、政治や行政の公平・公正に対する疑念を招き、統治機構に対する信頼を著しく損なうものだった。これこそ、首相がいう「民主主義の危機」ではなかったのか。
首相は菅政権が拒んだ日本学術会議の会員候補6人の任命にも応じない。長年維持されてきた法解釈を、ろくな説明もないまま一方的に変更するという、安倍・菅政権で繰り返された振る舞いを是認するに等しい。
この臨時国会で、一問一答形式で議論を交わす予算委員会の開会に応じるかどうかは、安倍・菅政権の国会や野党を軽視する姿勢を改める試金石だったが、首相が選んだのは早期の衆院解散だった。投開票日を想定より1週間前倒ししたのは、ぼろが出ないうちにという党利党略とみられても仕方あるまい。
政策面でも、安倍・菅政権との違いはあいまいになるばかりだ。総裁選の公約で分配政策の柱としてあげた金融所得課税の見直しは早々に先送りされ、外交・安全保障政策や改憲へのスタンスは、安倍元首相に近いといっていい。
■問われる野党の実力
野党第1党の立憲民主党は、選択的夫婦別姓制度の早期実現や金融所得課税の強化を含む格差是正策、森友・加計・桜を見る会問題の真相解明など、自民党との違いを意識した政策を掲げる。長らく「1強多弱」といわれ、安倍・菅政権の横暴に十分な歯止めをかけられなかった野党にとって、今回の衆院選はまさに正念場である。
4年前は最大野党の民進党が、公示直前に立憲と希望の党に分裂し、野党系候補の乱立を招いた。今回は「市民連合」の仲立ちで、立憲、共産、社民、れいわ新選組の野党4党が「共通政策」に合意。全国の289の小選挙区のうち、200以上で、国民民主を含めた野党5党の候補者が一本化される見通しとなった。
共産、社民、れいわ新選組は、先の首相指名選挙で立憲の枝野幸男代表に投じた。野党連合の形が明確になり、多くの選挙区で、自民、公明の与党連合との1対1の構図ができたことは、有権者にとって、わかりやすいといえる。
ただ、野党の共通政策には、具体像や実現に向けた手順が示されていないものもある。共産党との協力をめぐっては、立憲と国民民主の間に考え方の違いもある。有権者の心をつかみ、共闘の実をあげられるか。短期決戦の中で真価が問われる。
(インタビュー)社会学者・宮台真司さん
【写真】「日本社会は『富すれば鈍す』。共同体がぼろぼろです。経済だけで社会が良くなるわけがない」=恵原弘太郎撮影
■2021衆院選
岸田文雄首相が14日、衆院を解散した。ほぼ任期満了となる衆院選も事実上始まった。何を問うべきなのか。「安倍政治」継承の是非、新型コロナ対策の総括、はたまた「新しい資本主義」のかたち……。様々な争点があるが、社会学者の宮台真司さんは、いま直視すべきはコロナ禍で可視化された「日本社会の劣等性」だという。
――コロナ禍での衆院選です。何が問われるべき選挙ですか。
「アベノミクスに象徴される安倍晋三元首相の政治路線を、僕は『粉飾決算』政治と呼んできました。株価上昇や失業率の低下など一部の経済指標のみに注目する一方、『悪夢の民主党政治』と過去を批判する。まるで日本が良くなっているかのように、です」
「しかし実態は、実質賃金は25年間下がりっぱなしです。社会指標に目を転じれば、自己肯定感や子どもの幸福度、家族生活への満足度など、飛び抜けて悪い数字だらけ。『見たいものだけを見る』政治が続き、惨状の自覚が不十分です。でも安倍元首相が元凶だというのも間違い。自民党は1993年に下野して再び政権に返り咲いた後、民主党政権を挟んで続いてきました。悪夢という言葉を使うなら、この惨状は四半世紀にわたる『悪夢の自民党政治』の結果です」
――総裁選から岸田氏は、新自由主義からの転換と、成長と分配の好循環を訴えていました。国会でも再分配のあり方が議論されました。自民党内で「自浄作用」が働いた結果ではないですか。
「違います。そもそも最近の自民党の経済路線を、新自由主義と呼ぶのがデタラメです。『規制改革』の旗の下で、既得権益を持つ大企業が身軽になるよう、雇用の非正規化などを進めただけ。新自由主義とは似ても似つかない」
「証拠は山のようにあります。米国のIT5社『GAFAM(ガーファム)』に代表されるような新しい巨大企業が生まれていません。欧州諸国の一部で進むエネルギーシフトが起きていない。先日の総裁選で河野太郎氏が持論の核燃料サイクル見直しに言及すると、財界は猛反発した。東日本大震災から学んだドイツが脱原発にかじを切ったのに、日本は既存のエネルギー供給体制に固執した。既得権益の温存で生産性が上がらず、非正規化で社会指標も悪化の一途をたどっています」
――進む格差拡大に歯止めをかけたいという流れで、「新しい資本主義」という言葉が出てきました。コロナ禍を経て、今のままではまずいという意識が政治の側で高まっていませんか。
「そうは思いません。巨大既得権益を身軽にする規制改革を続けるには、貧困化への反発の手当てが不可欠なので、再分配を言い出した。安倍・菅政権が続いていたとしても同じことを口にしたでしょう。岸田氏が再分配を強調するのも弥縫(びほう)策です」
「再分配は必要です。しかし日本は、産業構造の転換に必要な政策を採れていません。とはいえ、それも表面的な話で、政策が採れない背景こそが重要です。日本社会の劣化です」
■ ■
――劣化、ですか。
「近代の日本社会が持つ『劣等性』です。自民党政治が原因という類いの話ではない。象徴が、コロナ禍で注目された自粛警察です。コロナ禍では各国がガバナンスを競いましたが、東アジアで見ると、日本は感染者数・重症者数・死者数で抑制に失敗しています。『お上にすがる』人々が不安になって『お上に従わない』人をたたく、という近代日本の劣等性です。戦前から広く見られました」
「都市化と郊外化が進むと、共同体の空洞化が進みます。すると、人々は人間関係に依拠できなくなる。経済の調子が良ければ市場と行政に依存できるから、気になりませんでした。が、その間進んだのが感情の劣化と呼ぶべき事態です。不安の原因は『お上』にある、いや『お上に従わない人』にある、と他人を責めるのです」
「そもそも、新型コロナ対策の失敗の根幹は、PCR検査の拡大ができないことと、世界一の人口あたり病床数があるのにコロナ病床を確保できなかったことにあります。僕は、厚生労働省と医師会に代表される権益ネットワークが既得権益を優先したからと考えています。だから、現行憲法下での法制度でやれたことがたくさんあった。『既得権益にはさわらない』を前提にした結果、多くの人々が犠牲になったのです」
「『お上にすがる』自粛警察に象徴される日本社会の劣等性は、他でも見いだせます」
――何でしょうか。
「官僚です。官邸に人事を握られ、恫喝(どうかつ)と左遷を目の当たりにした。ひたすら上を見て忖度(そんたく)し、自分だけが良いポジションにつけるよう振る舞う。公文書を改ざんし、虚偽の首相答弁の作成に加担する。官邸主導に固執する政治家の悪影響の結果のように語られますが、むしろ、こうした官僚を大量生産する日本社会の劣等性の結果です。そんな日本社会から政治家も生まれてきているわけです」
■ ■
――ただコロナ禍は日本のみならず、欧米も含めて対策に苦慮してきました。日本がそんなにひどかったと言えますか。
「ひどかった。コロナ禍で各国の政治リーダーが何をしていたか。僕は『誠実さの競争』と呼んでいます。典型的なのがドイツのメルケル首相です。東独の生活を知っている自分は、移動の自由の価値の大切さをよくわかっていると語りつつ、本当に申し訳ないが一時的なものだから制約を受け入れてほしい、と訴えた」
「政治家が自分たちと『同じ世界』に生きている、と市民が感じられることが危機の時には欠かせない。納得できない命令に市民が従うために必要だからです」
「これは、議会制民主主義の構造に由来する根本問題に関わります。民主主義は『51%の多数派と49%の少数派』でも、多数派の意見で物事を進めます。だから二段構えの構造になります」
「まず議会審議を通じて、納得はしないけど理屈は理解できるという状態をもたらす。次に政治指導者が、理解はしても納得していない市民を前に『あなたたちの理屈とは違ったことをするが信じてほしい』と呼びかける。多数決に伴う少数派の不満は、政治家への信頼で乗り越えるしかないからです。『こいつが言うなら仕方ないから聞いてやろう』と。政治家が国民に対し、『この人たちは敵だ』という構えでは統治できません。欧州の主要な政治リーダーは、それをわきまえています」
「では日本で、市民と『同じ世界』にいるという感覚が欠かせないと考えている政治家が、どれほどいますか。コロナ禍での政治家の『誠実な』言葉を誰が覚えているか。これは死者数や感染者数から見えてこない根本問題です」
――野党は、アベノミクスに代表される政治との決別を訴えるべきだということでしょうか。
「違います。必要なのはその反対です。『アベノミクスの路線は継承するが、公文書改ざんや官僚とマスコミへの恫喝はしない』と言うべきです。アベノミクスは失敗だったと声高に言うのを見ると、野党の党首も市民と『同じ世界』にいるという感覚を持てないのだなと思わざるを得ません」
「生活が苦しい若年層や非正規労働者の自公政権支持は根強い。安倍政権下で身軽になった企業が非正規労働者の雇用と所得を少し改善したからです。投票の背後にある感情を政治家がくみとれないのなら、市民に『同じ世界』を生きていると思ってもらえません」
「政権交代を訴える野党は『現政権の実績を継承する。政治や行政は既存のものを使うから信頼できるでしょう』と言うのが合理的です。にもかかわらず、安倍政治を批判しておけばいいと考えている野党の稚拙さは、これもまた日本社会の劣化の現れでしょう」
■ ■
――与党も野党もだめで、社会もだめと言われても、選挙はあります。選べないし、選ばなくていいということになりませんか。
「日本は党議拘束が強いため、個人公約にほとんど意味がありません。所属政党で選ぶべきです。でもコロナ禍での政党を見て、選択肢がないと思うのは当然です。ならば、今の惨状が既得権益に手を付けないことに由来し、改ざんと恫喝の政治がそれを加速している事実を今後も自分は放置するのか。それだけを考えればよい」
「別の視点からこうも言えます。自分が既得権益側にいても、『座席争い』をしている船は沈み、やがてオルタナティブな社会構想が必要になる。人々は新しい物差しを求められます。それに備えて、誰が信用できる政治家か、誰が自分と『同じ世界』を生きている政治家か、見極める能力を涵養(かんよう)する必要がある。その機会が選挙で、人を見極める訓練だと考える。訓練には繰り返しが必要です。それでも『誰もいないじゃないか!』と思うのなら、最後に言いましょう。『じゃあ、お前が立て。上や横を見て不安を募らせ、選択肢がないと嘆くなら、自分がやれ』」(聞き手・高久潤)
*
みやだいしんじ 1959年生まれ。東京都立大学教授。現代社会、戦後思想など幅広く評論。著書に「社会という荒野を生きる。」「正義から享楽へ」など。
下平評
「日本社会は『富すれば鈍す』。共同体がぼろぼろです。経済だけで社会が良くなるわけがない」
社会学者・宮台真司さんへのインタビューでの概括表現です。 劣化した日本社会、その通りです。
一番胸がすっきりするのは、最後の表現でした。
「日本は党議拘束が強いため、個人公約にほとんど意味がありません」
「日本には民主主義の政治はない」それは党議拘束を見れば、憲法に規定する前文第一節後半にある文章
そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
どこをどうすれば、党議拘束の筋が通るのか? 党議拘束は私が厳粛な信託によって投票した人の意思が、党議拘束によってねじ曲げられてもいいとは言えないはずです。
だから、日本には民主主義がないと言えるのです。 とすれば宮台真司さんの言うとおり、自分が立候補するしかないのです。 国民がみんなそうすることは論理的にも不可能であり、法律によって党議拘束は違法であるという判決を出すべき性質のものなのです。
以上
2021/10/16 (危機の時代に 2021衆院選:1)
夜の公園、無料の弁当に列 女性や若者もコロナで困窮
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週末の買い物を楽しむ家族や友だち連れ、コスプレイベントに集まった若者らが行き交う東京・池袋のサンシャインシティ。そのわきにある東池袋中央公園は、ここだけが別世界のようだった。
9月下旬の昼下がり、人々が「ソーシャルディスタンス」で2メートルほど間を空けて列に並びだした。高齢の男性が多いが、中年の男女、スマホをいじりながら待つ若者の姿も。日が落ちるころには、広い公園を埋める長蛇の列となった。
彼らの目当ては、無料でもらえる弁当だ。生活に困る人を支援するNPO法人「TENOHASI」が、炊き出しや生活相談を月2回おこなっている。
妻と一緒に列に並ぶ男性(54)は、ホテルの従業員。コロナ禍の影響で仕事がなくなった。会社は休業手当を出さず、収入が減った。妻は飲食店におしぼりを納入する会社でパートで働いていたが、その仕事も失った。今年2月ごろ、炊き出しのことをテレビで知り、訪れるようになった。
最近はホテルの仕事が徐々に戻ってきたものの、生活は苦しいという。「並ぶのは正直、恥ずかしさもあるけど、こういう場があるのは本当にありがたい」
若い人にも話を聞いた。
並ぶのは3回目という男性(32)は、派遣会社に登録し、ネット通販大手の倉庫で商品の棚出しの仕事をしていた。ところが、今年夏、雇い止めに遭った。ハローワークにも通ったが、コロナ禍以来の就職難で厳しい現実に直面した。興味を持った病院の清掃の仕事は、3人の求人に40人の応募があり、あきらめた。
友人の家に居候し、日雇いの仕事で食いつなぐ日々だ。今の月収は7万円ほど。「収入を計算できる仕事を早く見つけて、炊き出しに頼らなくてもいい生活に早く戻りたい」
ほかの人たちも、事情はさまざまだった。生活保護を受けているが、障害の加算分を減らされ、生活がいっそう苦しくなった人、専業主婦だったが、家で「いろいろあって」路頭に迷った女性……。よい仕事が見つからないという声も多く聞いた。
午後6時、弁当の配布が始まると、並んだ人たちは次々と受け取り、用意された400食は20分ほどでなくなった。
■リーマン以来の人数
この日、炊き出しや生活相談に集まったのは416人。コロナ危機が本格化した昨年春以降は200人台が多かったが、今年に入って急増し、最近は300人台が続いていた。今回400人を超えたのは、リーマン・ショック後の2009年以来。最近は20~30代が増え、コロナ以前はほぼ皆無だった女性も来るのが特徴だという。
貧困の現場を長年見てきたTENOHASIの清野(せいの)賢司・事務局長(60)の表情には、危機感がにじむ。
「コロナでぐらぐら揺れて、液状化現象のように貧困層が表面に出てきた。困窮する人に手を差し伸べるというメッセージを、今こそ国が発してほしい」
(五郎丸健一) (2面に続く)
▼2面=(危機の時代に 2021衆院選:1)
安全網に穴、不安と不信と 休業手当・雇用保険「当てにならず」 |
【写真・図版】コロナ危機でセーフティーネット(安全網)はどう機能した?
(1面から続く)
人々の暮らしを脅かしたコロナ危機。露呈したのはセーフティーネットのあちこちに開いた「穴」だ。
「ルールは守られず、雇用保険も当てにならない。国の仕組みがきちんとしていないことをつくづく実感しました」。東京都内のファミレスで会った女性(48)の言葉には、世の中への不信がこもっていた。
2人の子がいるシングルマザー。コロナ以前は、渋谷のレストランでアルバイト店員として週5日、1日10時間以上働き、30万円ほどの月収があった。社会保険にも入っていた。
ところが、昨年4~5月、最初の緊急事態宣言で店は休業。社員と同様、休業手当を会社からもらえると思ったが、出たのは8日分だけだった。会社は「勤務シフトが決まっていない分は、休業手当を払う必要がない」と主張し、相談した労働基準監督署も助けてくれなかったという。
6月には会社から「1カ月後に閉店する」と告げられた。雇用保険で失業給付をもらって次の仕事を探そうと思い、店をやめたが、その当ても外れた。会社は「退職は本人の自己都合」と主張。給付の額は減り、もらえる時期も遅れた。
仕事を探しても、希望のフルタイムのものは見つからない。行政の困窮者支援情報をネットで必死に集め、次々申し込んだ。家賃補助や生活費の貸し付けでしのいできたが、不安は頭を離れない。「支援策が打ち切られると、どうなってしまうのでしょう」
コロナを受けて、政府もセーフティーネットを広げてきた。雇用保険では雇用調整助成金を拡充し、雇用維持を後押しした。その結果、失業率は約3%に抑えられているが、パート・アルバイトで勤務が5割以上減っても休業手当をもらえない「実質的失業者」は5月時点で約130万人にのぼるという推計もある。
生活に困る人には、無利子の貸し付けや家賃補助などを拡充したが、制度からこぼれ落ちる人は後を絶たず、生活保護の申請もじわじわ増えている。困窮者の支援団体「つくろい東京ファンド」の稲葉剛代表理事は、政府や自治体に対策の改善を働きかけてきた。「対応は場当たり的で、公助の仕組みはあっても実際は機能不全。生活保護とその手前のセーフティーネットを拡充すべきだ」と訴える。
■現金給付、競う与野党
国は一人ひとりの暮らしの保障にどこまで役割を果たすべきか。コロナが公助のあり方に投じた一石は、波紋をさらに広げている。
「消費税を30%にすれば1人年35万円を配れる」
9月にオンラインで開かれた「日本ベーシックインカム(BI)学会」。約40人の参加者は、教員や介護職ら研究者以外も目立った。
BIとは、国がすべての人に一定額を定期的に配る「究極の公助」だ。巨額の財源などが難題で、生活を維持できる額で全面導入した国はない。コロナ以降、アイデアの発信が相次ぎ、賛否両論に火をつけた。
同学会の樋口浩義会長(元水戸短期大教授)は、昨年配られた一律10万円の給付金のインパクトが大きかったと言う。「給付金はBIと共通する面がある。だれでも政府から生活費をもらえることがあり得るんだと多くの人が実感した」
今回の危機は、医療体制や安全網のほころび、経済格差をあらわにし、公衆衛生や所得再分配といった政府の役割の大切さを人々に再認識させた。
その求めに応じるように、主要国は軒並み巨額の経済対策を打ち出し、財政を一気に拡大させた。日本も、2020年度予算は総額175兆円に膨らみ、過去最大を大きく更新した。
市場と「小さな政府」を信奉する新自由主義は、08年のリーマン・ショックで曲がり角を迎えたが、その後も格差拡大への不満を背景に、米国のような社会の分断やポピュリズムが広がった。そこに襲ったコロナ危機で新自由主義は説得力を失い、世界はいや応なしに「大きな政府」へと回帰しつつあるように見える。
日本でも、岸田文雄首相が「新自由主義からの転換」を掲げ、経済政策の軸を分配に移すと訴える。衆院選では与野党とも現金給付を打ち出し、経済対策で何十兆円もの規模を競い合う。しかし、大事な問題が置き去りのままだ。
■受益と負担、示す責任
本当に困る人を支えるため限られたお金をどう使うか。必要な財源をいつからだれに負担してもらうか。
これらの問題は避けて通れない。日本の財政は、コロナで借金頼みに拍車がかかった。国の債務残高はGDPの2倍をゆうに超え、先進国で突出する。にもかかわらず、政治家から聞こえてくるのは、大盤振る舞いの話ばかりだ。
海外に目を向ければ、米国や英国、ドイツなどは、財政出動とセットで増税など財源確保の道筋も示す。バイデン米大統領は4月の議会演説で「企業と最富裕層に公平な負担をしてもらう時が来た。私の提案は財政に責任を果たせるものと信じている」と訴えた。
この先、日本も「大きな政府」へ向かうのか。経済政策の歴史に詳しい東京財団政策研究所の早川英男・主席研究員は、こう指摘する。「本来の役割を考えれば、政府はもっと大きくてもよいはずだが、それには国民の信頼が欠かせない。消費増税への抵抗感の強さに見られるように、以前から信頼は低い。しかもコロナ対応で政府はさらに信頼を損ねてしまった」
だれもが受け入れやすい公助の充実を訴えるだけでは信頼は取り戻せない。国の役割をどう位置づけ、自助・共助・公助のバランスをどう見直すのか。持続可能な受益と負担の形はどんなものか。各政党には、衆院選でビジョンと方策を示す責任がある。その選択は社会のありようを左右するだけに、有権者の判断も問われる。(五郎丸健一)
◇終わらぬ新型コロナウイルスの感染、差し迫る地球温暖化など、わたしたちはいま行動や価値観の変化を迫られる危機の時代に生きている。守るべきものは、そして変わらなくてはならないものとは。衆院選を前に考える。
2021/10/17
核禁条約「米は歓迎を」 全米市長会議、行動求める決議
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米国内の人口3万人以上の1400を超える都市で構成する全米市長会議が、米政府に対し、1月に発効した核兵器禁止条約を歓迎し、核廃絶に向けた即時行動を求める決議を全会一致で採択した。決議は「核禁条約への反対を撤回するよう検討し、核兵器のない世界の実現に向けた合意形成への前向きなステップとして歓迎するよう呼びかける」としている。▼3面=岸田首相は
あらゆる核兵器の開発や保有、使用などを禁じる核禁条約は56の国と地域が批准しているが、米国などの核保有国は参加していない。8月末の年次総会で採択した決議はこのほか、米国の核軍備を近代化させる計画を中止し、そうした財源をインフラ整備や貧困問題、気候危機などの対応に充てることも求めている。
全米市長会議は2004年以降、核兵器廃絶に賛同する決議を重ねてきた。決議に法的拘束力はないが、米政府や市民への明確なメッセージとなる。他の7市と共同提案したアイオワ州デモイン市のフランク・カウニー市長らによると、決議には国際問題を扱う委員会で2人の市長が反対し、微修正。その上で20人超が参加する年次総会役員会で全会一致による採択がなされたという。
カウニー氏は朝日新聞のインタビューに「ほとんどの米国人は核禁条約を認識すらしておらず、核兵器の脅威を理解しているとも思えない」と指摘。決議の意義について「最も大きな声を上げられるのは、市民の日常生活に一番近い地方自治体。新型コロナとの戦いでも最前線に立っている。核問題も地方自治体が立ち上がるべきだ」と述べた。決議を受け、各市長らは地元選出の上院・下院議員や連邦政府に働きかけるという。
さらにカウニー氏は、米国の「核の傘」の下にいて核禁条約に消極的な日本政府の姿勢にも言及。「核兵器の絶対悪を伝えるため、常に重要な役割を果たしてきた被爆者たちの声を聞くべきだ」とした。
日本国内の自治体は世界の都市との連携を進めている。デモイン市を含む世界の8千以上の加盟都市とともに核廃絶をめざす国際NGO「平和首長会議」(会長=松井一実・広島市長)は今年7月、今後5年間の新たなビジョンを発表。核保有国やその同盟国を巻き込んだ核禁条約の批准国を増やすため、加盟都市から自国政府へ要請活動をすることなどを明記した。国内の343自治体が加盟する日本非核宣言自治体協議会(会長=田上富久・長崎市長)も17年から毎年、核禁条約への参加を政府に求める決議を採択している。(福冨旅史、渡辺丘)
■変革もたらす可能性
米国人の原爆観に詳しい宮本ゆき・デュポール大(米シカゴ)教授の話 市長レベルで核兵器の問題への意識が高まりつつあることを示した点で非常に意義がある決議だ。米国では政府を動かそうとする草の根の市民活動が多い。(人種差別に抗議する)ブラック・ライブズ・マター運動で経験したように核問題でも市民の盛り上がりが実際に政府を動かし、変革をもたらす可能性がある。核兵器は気候変動の問題と同じように、自分たちの生活を脅かしかねない身近な問題だ。日本でも市民がもっと気軽に話し合い、政府に働きかけ、政治の現場で議論を深めるべきだ。
▼3面=(岸田文雄研究)
こだわる核廃絶、ぶち当たる壁 広島選出、「核禁条約は出口」訴え
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【写真・図版】岸田文雄首相と核兵器禁止条約
「世界の偉大なリーダーたちが挑戦してきた核廃絶という名の松明(たいまつ)を、この手に引き継ぎます」
首相として初の所信表明演説で岸田文雄はそう訴えた。3日間にわたる代表質問で与野党に6度、覚悟を問われ、「唯一の戦争被爆国として、核兵器のない世界の実現に向けしっかりと取り組む。核兵器禁止条約は出口ともいえる重要な条約だ」と答え続けた。
前首相の菅義偉は「条約に署名する考えはない」と断じたが、一線を画した。核兵器の保有に加え、威嚇や援助まで禁じる核禁条約は1月に発効。被爆地・広島では条約参加を求める声が根強く、地元選出の岸田にはこだわりがある。
昨年10月に核軍縮を訴える自著を出した翌月、朝日新聞の単独インタビューで「出口」へのイメージをこう説明していた。
入り口が核兵器国も加わる核不拡散条約(NPT)といった枠組みで、「核兵器のない世界」への出口が核禁条約。核兵器国が核禁条約に参加できるよう、離れた入り口と出口をつなぐのが日本の役割だ――。
簡単な話ではない。4日の首相就任会見では「厳しい現実に何回もぶち当たって残念な思いをした」と外相当時を振り返った。
在任4年7カ月のほとんどの期間、米大統領は「核兵器のない世界」を掲げノーベル平和賞も受けたオバマだった。その広島訪問が2016年に実現したのを追い風に、岸田は核兵器国と非核国の「橋渡しを」と意気込み、17年3月に始まる核禁条約交渉に加わる考えを示した。だが結局、参加できなかった。
昨秋の取材に「政府内では少数意見だった」と語り、「NSC(国家安全保障会議)や外務省の関係者が色々と言い、(条約に反対の)米国をすごく気にする人もいた」と明かした。
外務省幹部らが「交渉に加われば『橋渡し』どころではない」と説得。日本を守る米国の核の傘を否定するような条約に日本は結局は入れないのだから、交渉すらすべきでないという「多数意見」に、岸田は押された。だが議論の末に「橋渡し」へ種をまいた。
■「鳩山さんのように…」冷淡な声
17年5月のNPTの国際会議で「核兵器のない世界への道筋」について演説。(1)核兵器や関連物質の保有状況の透明性向上(2)核兵器を持つ動機を減らすための安全保障環境の向上(3)被爆の実相や拡散リスクへの認識の向上、の「三つの向上」を訴えた。3カ月後に岸田は外相を退くが、(1)や(3)は国際原子力機関(IAEA)や被爆地などで取り組みが続く。
問題は(2)だ。中国や北朝鮮の軍拡により核の傘への依存が強まる構図はあらわになった。岸田がカギとみるのが米国。日本の外交・防衛当局幹部が核戦略を深く知る場である「日米拡大抑止協議(EDD)」を活用し、「核兵器の役割や今後のあり方を共有する。そして、中国を議論に引き入れたい」と昨秋に語った。
ただ、EDDは米国の核を頂点に米軍と自衛隊が連携し、「日米同盟の抑止力強化を議論する場」(今年の開催時の発表)。オバマ政権発足時、日本政府が中国を牽制(けんせい)するために核の傘の維持を望んだことに由来する枠組みで、もとより軍縮は扱いづらい。岸田は、自著で唱えた「EDDの政治レベルへの格上げ」を語った。政治家同士の協議で核軍縮もテーブルに載せる狙いだが、長くこの問題に関わってきた元政府高官は冷ややかだ。
「核軍縮と核抑止は表裏一体。日本の政治家にそれを理解して交渉する覚悟があるかだ」。中国の軍拡が続く中で、日本が米国にまず核軍縮を、と求めたらどうなるか。「米国は怒り出すよ。岸田さんは鳩山由紀夫さんのようになる」
民主党政権で首相を務めた鳩山は、沖縄県の米軍普天間飛行場の移設先を日米合意に反して「最低でも県外」と打ち上げ、混乱の末に退陣した。官邸から核軍縮について具体的な指示はないといい、外務、防衛両省は様子見の状況だ。
「出口」へどう進むのか、首相になっても模索は続く。所信表明演説ではEDDに触れない一方で、外相退任間際に有識者を集め設けた「賢人会議」の活用に言及。会議には米中からも加わり、核兵器国と非核国の「橋渡し」へ提言を重ね、昨年から各国政府関係者を交えた会合も開く。
代表質問で与野党が求めたのが、核禁条約締約国会議への日本のオブザーバー参加。岸田は「ご指摘のような対応よりも、核兵器国を関与させるよう努力せねばならない」と語るにとどめた。第1回の会議は来年3月に控える=敬称略 (編集委員・藤田直央)
(日曜に想う)ヨーロッパ総局長・国末憲人
ブダペストから車で西に1時間弱、フェルチュートはハンガリーのごく平凡な農村である。人口約1700人で、トラックが行き交う街道沿いに民家が点在する。その1軒で、元調理員の女性コルマイ・ユリカさん(59)が、ビッキーの愛称を持つ同級生男子の思い出を語った。
「賢くて、要領が良くて、成績は1番だけどいたずら好き。13~14歳の頃、好きな女の子の自宅に塀を乗り越えて忍び込んで見つかったこともあったね」。将来はプロのサッカー選手かジャーナリストを夢見る少年だったという。
ビッキーは首都の大学に進学した。ハンガリーはその後、社会主義から民主化、欧州連合(EU)加盟と、激動の時代を経た。故郷にとどまったコルマイさんがビッキーと再会したのは数年前だという。村のスポーツ施設の落成式で、最前列に座ったコルマイさんの前に、彼が来賓としてやって来た。
「やあ、ビッキー」
声をかけると、男が応じた。
「やあ、ユリカ」
オルバン・ビクトル首相(58)である。
*
現在の欧州で、オルバン氏ほど評価の分かれる政治家は珍しい。若き頃は民主化の闘士。2010年に2度目の首相に就任して以来、この国に君臨する。
支持者からの信頼は絶大だ。故郷フェルチュートの村人らはもちろん、農村部や高齢者の間で人気が高く、国政選挙は近年負け知らず。15年の難民危機では受け入れ拒否の姿勢を貫き、決然たる指導者としてのイメージを定着させた。
一方、野党支持層や都市住民の評価は散々である。理由の一つは縁故主義。大学の同級生や同郷人を次々と主要な役職に送り込み、政財界からメディアに至る与党礼賛のネットワークを築き上げた。
利益誘導体質も指摘される。フェルチュート村の畑には、村の人口の倍以上を収容する豪華なサッカースタジアムと複合スポーツ施設がそびえ立つ。7年前に完成。事業にかかわった国内有数の富豪は、同氏の幼なじみの元村長である。
さらに問題視されるのは、司法を形骸化させ、野党を攻撃し、報道機関を傘下に収めつつ、自らの周囲に権力を集中させる政治スタイルである。同国の政治学者はこれをヒトラーの地位になぞらえて「総統(フューラー)民主主義」と呼んだ。
オルバン氏は批判を意に介さない。「私は物事を20年単位で考える」と公言し、さらなる長期政権を担う構えだ。
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ただ、老いるまでその地位にとどまっても、後継者や傀儡(かいらい)に引き継いで王朝化を試みても、民主主義である以上、いつかは権力を失う。その時、積み重ねた行状が審判を受ける。
「オルバン氏の唯一の関心は今や、権力にしがみつくことです。もし失うと、自身も友人たちも法廷の被告席に立たされかねないのですから」
同氏と親交を持ちながらその手法を批判してきた著名なジャーナリストのパウル・レンドバイ氏(92)はこう評する。
民主主義を掲げながら、実際には特定の人物が権力や利権を一手に握る例は、ハンガリーをはじめロシア、トルコやアジアの国々にうかがえる。一見非情で、思うがままに権力を振るうこれらの指導者は、しかし、いつか最後の日が来るとも、予感しているのではないか。運命をともにする仲間たちの手前引き下がれず、破滅を何とか先延ばししようと懸命なのが実態だと察する。
来春総選挙を迎えるハンガリーでは、統一候補擁立を目指す野党勢力が、支持率で与党に迫る。すでに一昨年、ブダペスト市長選で与党が敗れる波乱もあっただけに、この動きが劇的な変化の予兆である可能性は捨てきれない。
盤石に見える体制も、ふとしたきっかけであっけなく崩壊するのは、何よりオルバン氏が知っているはずだ。1989年のハンガリー民主化では、隣国オーストリアとの国境封鎖を解き始めたのを機に流れが生まれ、ベルリンの壁崩壊、冷戦終結までわずか半年あまり。この間、学生組織の代表として運動を牽引(けんいん)したのが、ほかならぬオルバン氏なのである。
連載 日曜に想う 前の記事 2021年10月10日
岸田首相に贈る大平氏の言葉 編集委員・曽我豪
「温故知新」歴史の学びは大切と思う、ぜひ開いて読んでほしい(下平)。
中国の参考ニュース
習氏、中間層拡大打ち出す 「共同富裕」具体策、税制に言及
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中国共産党の理論誌「求是」は16日付の最新号で、共に豊かになる社会を目指す「共同富裕」に関する習近平(シーチンピン)国家主席の演説を掲載した。「共同富裕は社会主義の本質的要求であり、中国式現代化の特徴だ」としたうえで、中間所得層の拡大や税制改革に取り組むとしている。
習氏は「共同富裕」の実現を目標に掲げるが、具体策が明らかになるのは初めて。「高すぎる所得を合理的に調整する」とし、所得税制度の改善を掲げた。累進課税強化が念頭にあるとみられる。中国では導入されていない固定資産税について「立法化に向けた改革を積極的に進める」とし、試験導入する考えを打ち出した。「第3次配分」と位置づける寄付制度の充実へ公益慈善事業の税優遇も図るとした。
一方、中間所得層の底上げや拡大に向けては、中小企業の支援や技術者の育成などのほか、独占業界の改革も挙げた。寡占化が進んだIT業界などへの締め付けはすでに始まっている。家庭の教育負担の軽減にも努めるとしており、非営利化を進めた学習塾改革などはさらに強まりそうだ。
習氏は演説で「一部の国で貧富の差が拡大して中間階級が落ち込み、政治が分極化している。我が国は両極化を断固防ぎ、社会の調和と安定を図らねばならない」と強調。「2035年までに基本的な公共サービスを均等化させる」「今世紀半ばまでに全体の共同富裕を基本的に実現する」などとスケジュールも示した。
共同富裕を進める原則として掲げたのは、機会の均等や分配の強化だ。ただし、政府が過度に市民社会に介入することや急速に改革を進めることには慎重な姿勢も示している。
演説は8月に重要会議である中央財経委員会で行われた。議論の内容は公表済みだったが、習氏の発言はほとんど明らかにされていなかった。(北京=冨名腰隆)
(危機の時代に 2021衆院選:2)
名字変更、悩まされた3世代 夫婦別姓、多様性の象徴に
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「私は結婚する際、名字を変えることを巡って、とても苦労しました」
仙台市に住む91歳の樋口静枝さんは今年4月、地元紙の河北新報に投稿した。
父を早く亡くし、母は婿をとることを希望したが、結婚相手は難色を示した。結局夫の名字を名乗り母と同居。母は名字へのこだわりが強く、「世界一の親不孝者」と呼ばれた。「夫婦がそれぞれの名字を名乗ることが、家族の一体感を失わせるとは思えません」
その娘の典子さん(62)。1983年に結婚。「婚姻届を出して自分の名字がなくなるとすごく喪失感があった」。公務員だったが、99年に通称使用が可能になると切り替えた。選択的夫婦別姓を求める運動に参加、子どもの手をひき集会にも出かけた。1男2女の名字は夫と同じだ。
典子さんは2011年に仙台市議に当選した。法務省にかけあって、当選証書には戸籍名に加え、通称も付記されている。典子さんの娘(34)も結婚しているが通称を使っている。
典子さんの娘は、母と名字が違うことに「それが普通だったから何も感じない」。通称を使うのは「接客業なので名札をつけていますが、名前を変えると私生活を詮索(せんさく)される。それが嫌で」と語る。本来、会社では戸籍名を名乗らねばならないが、上司の理解もあり通称を使い続けている。
それぞれの時代とスタイルは異なるものの、女性3世代にわたって自らの名字には思いがあり、結婚による変更に悩まされてきた。
選択的夫婦別姓は数十年にわたり必要性を訴える声があがっているが、政治は実現に向けた動きを見せぬままだ。この問題はいつしか、自分と異なる考え方や属性を持つ人たちの生き方を認めるのかという多様性をめぐる象徴的なテーマとなっている。
(2面に続く)
(危機の時代に 2021衆院選:2)
生きづらさ、問われる政治 夫婦別姓論議、再起動とトーンダウン
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【写真・図版】選択的夫婦別姓の流れ
(1面から続く)
選択的夫婦別姓を認めるかどうか――。政治の舞台では浮上しては沈み、を繰り返してきた。2002年ごろ自民党内で野田聖子氏らを中心に機運が盛り上がったが、結局実現には至らなかった。第2次安倍政権の7年余は首相が反対だったこともあり、議論自体が止まっていた。最高裁は15年に夫婦同姓の規定が「合憲」と判断する一方、制度のあり方は国会で判断されるべきと促したのにもかかわらずだ。
この間、制度を求める活動も広がった。18年にできた「全国陳情アクション」は地方議会に陳情を出し、選択的夫婦別姓の国会審議を求める意見書の可決を後押ししてきた。結果、同アクションが働きかけた90議会を含め、290以上の議会が意見書を可決した。
仙台市議の樋口典子さんも同アクションと連携。書類の通称併記のためのシステム改修で、国と市合わせて4億円以上が支出されていることを明らかにした。
最近は経済界からも声が上がるようになった。IT企業サイボウズの社長青野慶久さんは自らも通称使用者だ。あまりの不便さに訴訟を起こし(最高裁で敗訴確定)、「選択的夫婦別姓を求めるビジネスリーダー有志の会」を呼びかけ600筆を超す署名を集めた。
中央政界でも、菅政権になって自民党に「夫婦別氏(姓)制度を早期に実現する議員連盟」推進派の議連が立ち上がるなどようやく動きが出てきた。
世代を超えて社会のあちこちで声があがり、さまざまな活動が行われている。
以前はこうした多様性をめぐる問題は、切実に求める人がいても、政治の表舞台に登場することは少なかった。だがあきらめずに訴える人たちの存在に加え、ネットなど活動の手段も増え、共感する人の輪が広がった。政治も受け止めようという機運が出てきた。今や世界的に政治が多様性に向き合う時代だ。
なぜ多様性は大事なのか。性別、人種、性的指向、世代――以前は「マイノリティー」だからと放置されてきた人々の生き方や価値観を認めることは、人権上の問題であるだけではない。様々な人が互いに尊重し共生していける社会でなければ、社会も経済も持続可能ではないからだ。同質性が高い日本。それをそのままにして、生きづらさを感じる人々を放置しつづければ、社会は今のような激変の時代に柔軟に対応する活力を失い、少子化も解消されないだろう。
再起動に向けた機運は出始めているとはいえ、やはり国の制度を変えるには、政治のトップの決断が必要だ。選択的夫婦別姓でいえば、岸田文雄首相は、先の自民党議連の呼びかけ人、すなわち推進派だ。
ところが、今月11日に開かれた国会で、選択的夫婦別姓の実現を求めた立憲民主党の枝野幸男代表に対し、岸田首相の答弁は「引き続きしっかりと議論すべき」にとどまった。
別姓は家族の一体感を失わせるという自民党の反対派に配慮をしたのだろう。明らかに後退したのだ。
■生理用品、若者が動かす
これまで見過ごされてきた問題に、社会のさまざまな層で解決を求めて動きが起こり、政治がそれを受け止めて変化を起こした例に生理まわりの政策がある。
女性に月1度くる生理だ。生理用品の税の軽減や、学校での無償配布。近年、生理をめぐる政策が充実し始めたのは世界的に共通した動きだ。
選択的夫婦別姓と生理。問題の性質が一見違うようにもみえる。だがどちらも生きづらさをとりのぞく、という意味では共通している。生理用品を買うのが難しい女性という少数派だけの問題ではない。少数派に配慮した社会は多数派にも生きやすくなる。それに多数派もいつ何かの問題で少数派になるかもしれない。生理も多様性の問題に連なるのだ。
生理をタブーと見なす風潮の強かった日本でこの問題が動くのは難しいと思われた。しかし、日本でも昨年、自治体での生理用品の無償配布などが始まった。若者が動きだし、真剣に向き合う政治家がいたからだ。社会問題や政治、政策への意識が、有権者も政治家も若い世代を中心に明らかに変わりつつある。
大学生だった谷口歩実さん(23)は19年、生理用品の軽減税率を求める署名をネットで始めた。もともと生理に関心があり、卒論のテーマも「日本人大学生の月経に対する認識」。消費税が上がる時に、生理用品も軽減税率の対象にとネットで盛り上がっているのを見て「勢いで始めた」。
1カ月で1万筆が集まり、一緒にやろうという仲間が現れた。20年2月に「#みんなの生理」という組織を結成。国会議員に要請し、若者と生理の調査もした。5人に1人が過去1年以内に金銭的理由で生理用品入手に苦労した、という衝撃的な結果は女性政治家が国会で取り上げた。当時の菅義偉首相も対応にあたるNPOの活動を後押ししたいと答弁。政府はコロナで苦境にある女性を支援する13億円余の交付金を決めた。
生理をめぐる動きは永田町周辺だけではなかった。大手生理用品メーカーでは19年に女性マネジャーが主導して、生理用品を買う時に紙袋に入れてくれることに疑問を呈し、断る選択肢を投げかけた。「#No Bag For Me」というプロジェクトだ。とかく隠されがちな生理に正面から向き合い、議論しようという試みでもあった。
若い世代が発掘した課題を女性政治家が国会につなげる。企業でも、意思決定層に育った女性が声を上げ、人々が問題に気づく環境をつくっていく。トップリーダーが世の中の変化を感じ政策を作る。社会のあちこちで多層的に動きが起これば、政治が変わる。
選択的夫婦別姓も構造は似ている。政治が向き合うのかどうか。有権者が政治家をどう動かすのか。これは私たちの問題でもある。 (編集委員・秋山訓子)
■選択的夫婦別姓をめぐる各党公約
自民党 記載なし
立憲民主党 早期に実現
公明党 導入を推進
共産党 いますぐ導入
日本維新の会 旧姓使用に法的効力を持たせる選択的夫婦別姓制度を創設
国民民主党 導入します
社民党 導入
れいわ新選組 記載なし(政策集に「選択的夫婦別姓を進めます」との記載)
NHK党 記載なし