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続折々の記 2022 ⑥
【心に浮かぶよしなしごと】
【 01 】07/04~
【 02 】07/07~
【 03 】07/10~
【 04 】07/10~
【 05 】07/13~
【 06 】07/17~
【 07 】07/18~
【 08 】07/20~
【 09 】07/22~
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【 06】07/17
田中宇の国際ニュース解説
腑抜けたバイデンの中東訪問 7.16
行き詰まるFRBのQT 7.16
ロシア敵視が欧米日経済を自滅させ大不況に 7.12
安倍元首相殺害の深層 7.10
英ジョンソン首相辞任の意味 7.08
FRBがQTをやめるかも 7.05
7.03までは 2022 ⑥【01】で取り上げた
2022/07/17
腑抜けたバイデンの中東訪問
2022年7月16日 田中 宇
米バイデン大統領が7月13-16日にイスラエルとサウジアラビアに行く中東歴訪をしている。訪問の目的は2つだ。(1)米国側(米欧)が対露経済制裁としてロシアからの石油ガス輸入を止めてしまって自滅的に困っている分を穴埋めするため、サウジなどアラブ湾岸産油国に石油の増産と米国側への追加輸出を求めること。(2)イスラエルが米国の傘下でサウジなどアラブ諸国と組んでイランと敵対していきたいという、トランプ政権時代からの戦略的願望を持っていて、トランプはいろいろやってくれたがバイデンはやってくれないと不満を持っている。米政界に影響力を持つイスラエルの願いを聞いて、イスラエルとアラブが米国の傘下で連携してイランを敵視する「中東版NATO」を作り、今秋の中間選挙での民主党の不利を少しでも解消すること。 (The follies of Biden’s upcoming Middle East trip=バイデンの今後の中東旅行の愚かさ) (US, Israel Pushing Arab Nations for Joint Military Pact Against Iran=米国とイスラエルは、イランの緊張の中でアラブ同盟国に共同防衛協定を迫る)
バイデンの中東訪問の2つの目的は、いずれも達成できそうもない。しかも、達成できないことが事前にわかっていたのに訪問を挙行するというボケぶりだ。なぜ達成できないかというと、それはサウジアラビアがこれまで採ってきた対米従属の国是をすでに放棄し、ロシアや中国と結託しており、非米諸国の仲間入りをするためBRICSに入ろうとしているからだ。ウクライナ開戦後の今春、中国がサウジをBRICSに招待し、サウジ王政はすでにBRICSに加盟する意志を固めている。 (Saudis Double Russia Crude Imports As It Prepares For BRICS Inclusion=サウジアラビアは、BRICS包摂の準備として、ロシアの原油輸入を倍増) (Why Biden Could Come Back From Saudi Arabia Empty-Handed=なぜバイデンはサウジアラビアから手ぶらで戻ってくることができたのか)
これに関連して、サウジ王室内でも特に親米的なリベラル派であるはずのファイサル家のトルキー・アル・ファイサル元諜報長官が、7月4日の米独立記念日という栄誉ある日をわざわざ選んで、米国のマスコミに「世界は米単独覇権体制をやめて中露が望む多極型体制に転換すべきだ」と主張する趣旨の論文を掲載した。この論文は、サウジ王政から米国への決別宣言になっている。バイデン訪問の直前に「米国は終わりだよ」と言ってしまったサウジ王政は「バイデンが訪問してきても無駄だよ」と米国側に伝えたことになる。だが、バイデンはそのメッセージを無視してサウジを訪問した。当然ながら、訪問の目的は果たせない。行くだけ無駄だ。 (Rethinking the Global Order -- Turki bin Faisal al-Saud=グローバル秩序の再考) (ロシア敵視が欧米日経済を自滅させ大不況に)
米国がサウジに石油の増産を求めても、非米側に入ってロシアとの関係を重視するサウジ王政は、米国のロシア敵視に協力することになる増産に応じない。サウジはむしろ最近、軽油などをロシアから積極的に買い増すようになっている。ロシアは米国側に売れなくなった石油類を安く非米諸国に割引販売してくれるので、サウジは産油国だがロシアの石油製品を買いたがる。サウジは、親米の姿勢を維持しつつ、ロシアとの関係を強化して非米側の国になる姿勢を強めているインドと似た道を歩んでいる。サウジは、親米の国だが、もう米国からの要求を、自国の国益になる場合にしか受け入れない。国益に反しても米国の要求を受け入れ続けねばならない米国側の(逃げ遅れている)日本や欧州とは違う。 (Can Biden Break The Alliance Between Saudi Arabia And Russia?=バイデンはサウジアラビアとロシアの同盟を破ることができるのか?) (Saudi Arabia doubles second-quarter Russian fuel oil imports for power generation=サウジアラビア、第2四半期のロシアの燃料油輸入を倍増)
BRICSにはサウジだけでなく、イラン、トルコ、エジプトも加盟申請する予定だ。今後、サウジとイランの両方がBRICSに加盟したら、サウジとイランの和解は中露などBRICSの非米諸国によって仲裁されることになる。BRICSではすでに、中国とインドが対立しつつも両方がBRICSに加盟し、協調できる部分で協調している。中印は2国間で対立しているが、もう一段大きな視野で見ると、中印ともに米国の単独覇権体制を否定する非米側の国として仲間だ。今後、サウジとイランもBRICS内で中印みたいな協調関係になっていくことが予測される。サウジもイランも産油国であり、石油ガスなど資源類を持っている非米側が米国側より優勢になる今後の2分割された世界では、サウジもイランも非米側に入っておいた方が策だ。 ("Preparing To Apply For Membership" - Saudi Arabia, Turkey, Egypt Plan To Join BRICS=サウジアラビア、トルコ、エジプトがBRICSに加盟) (いずれ和解するサウジとイラン)
米国ではトランプ前大統領が、イスラエルの要請を受け、米国がイスラエルとサウジUAEをまとめてイラン敵視の同盟体を作る「イラン敵視を口実としたイスラエルとサウジUAEの接近」を「アブラハム合意」としてイスラエルのために実現してやった(パレスチナ問題が未解決なのでサウジは非公式な参加)。バイデンの今回の中東歴訪の2番目の目的は、イスラエルのためにトランプが作ったアブラハム合意の体制を継続することだ。バイデン政権は、これを自分たち独自の中東戦略であるかのように言っているが、それは間違いで、トランプの戦略をイスラエルに求められて継承しているにすぎない。 (トランプの中東和平) (Biden hopes to preside over Israel-Saudi wedding=バイデンはイスラエルとサウジアラビアの結婚式を主宰したいと考えている) (Israel Reveals It’s Building a US-Backed Regional Military Alliance Against Iran=イスラエル、イランに対するアメリカが支援する地域軍事同盟を構築していることを明らかに)
バイデン政権はもともと、イスラエルともサウジとも仲良くしたいと思っていなかった。米民主党はオバマ以来イスラエルと仲が良くない。今の民主党ではパレスチナの味方をしてイスラエルを公式に非難するリベラル左派が強く、彼らはイスラエルと犬猿の仲だ。バイデンがイスラエルを訪問するのは、愚策ばかりやって米国内で人気が落ち、今秋の中間選挙や2024年の大統領選で惨敗しそうなので、米国の政治に強い影響力を持っていたイスラエルの力を借りたいからだ。バイデン政権が何もしないと、イスラエルはトランプ路線の共和党支持を強めてしまう。 (De Blasio To AIPAC: Drop Dead=「早く気づけ!」(田中宇) 泥沼にはまった?岸田政権 [現状把握]) (US security alliance in the Middle East is unjustified=中東における米国の安全保障同盟は不当である) (解体していく中東の敵対関係)
バイデンはもともと6月末にドイツでのG7サミットに出席するため訪欧した時に、同時に中東も訪問する予定だったが、中東の部分だけ2週間延期した。その理由は表向き「バイデンが高齢なので欧州と中東の両方を歴訪すると疲れてしまうので2つに分けることにした」というものだが、実際の理由はそうでなく、6月21日にイスラエルの連立政権が崩壊してバイデンの訪問に対応できなくなったためだ。イスラエルは、米大統領の訪問日を変更させてその理由を米マスコミに歪曲報道させるだけのパワーがまだある。 (US reportedly split up Biden’s 10-day trip abroad, feared too taxing for 79-year-old=米国はバイデンの10日間の海外旅行を分割したと伝えられており、79歳の彼には課税がかかりすぎることを恐れていた) (覇権の暗闘とイスラエル)
米民主党左派は人権侵害を理由にサウジのことも大嫌いで、バイデンはできればサウジにも行きたくなかったはずだが、石油価格の高騰を抑えるためにはやむを得ないと思っている。しかし、たとえサウジが協力したとしても、世界的な石油高騰を抑えることは難しい。それに、すでに書いたようにサウジは非米側に転じており、もう米国に協力したくない。 (サウジアラビアの自滅) (President Joe Biden Heads to the Mideast: Plans to Abase Himself Before Saudi Royals=ジョー・バイデン大統領、中東へ向かう:サウジ王室の前で自分を卑下する計画)
中東の国際政治の世界では、これまで米国が圧倒的な影響力を持ってきた。米国の意向がすべてを決めてきた。それだけに、イスラエルもサウジもエジプトもトルコもイランも、近年の米国の覇権衰退と多極化の傾向を敏感に察知し、米国覇権衰退後の中東でどのように自国が生き延びていくかを考えてきた。そのうえで、サウジやエジプトやトルコやイランは米覇権を見限って非米側に入ることを決め、BRICSに加盟申請している。イスラエルだけは、米国に頼んでサウジを味方につけてイランと敵対する道を選んでいるように見えるが、これとて、イラン敵視を方便として使ってまずサウジなどアラブ諸国と和解協調していき、いずれ米覇権がもっと衰退してイランと和解せざるを得なくなったら、アラブ諸国と結束してイランと交渉し、イスラエルだけが孤立する事態を避けるという2段階作戦と考えれば、多極化対応策として納得できる。イスラエルは、ウクライナ開戦後もロシアとの良い関係を維持している。これも多極化対応だ。 (As NATO Grows, China and Russia Seek to Bring Iran, Saudi Arabia Into Fold=NATOが成長するにつれて、中国とロシアはイラン、サウジアラビアを崩壊させようとしている) (Argentina is looking forward to BRICS membership=アルゼンチンはBRICS加盟を楽しみにしている - 駐ロシア大使)
イランは米イスラエルに敵視されるほど、露中と結束して強くなる。イランが米国に敵視されて強くなったので、サウジはイランを敵視し切れなくなり、非公式に和解する道を選んでいる。サウジは、米国の謀略によって2015年にイエメンのフーシ派との戦争に突入させられ、7年間も戦争の泥沼にはめられた。イエメン戦争は今年、シーア派イスラム勢力であるフーシ派に影響力を持つイランが裏でサウジのために動き、停戦が実現している。サウジにとって、米国は戦争の泥沼に陥らせる悪い同盟国である半面、イランは泥沼の戦争を停戦させてくれた良いライバルである。サウジが米国と切りたくなり、イランと和解したり非米側に転向したくなるのは当然だ。米国では、左翼リベラルやマスコミが「バイデンは、イエメンで人殺しを続けるサウジを訪問すべきでない」などと言っている。米国自身がサウジをイエメン戦争に陥らせたことが、意図的に無視されている。 (米国に相談せずイエメンを空爆したサウジ) (Yemen ceasefire extended after today’s expiration=破綻:イエメンの停戦は本日の満了後も延長)
米左翼やマスコミは、サウジ当局が2018年に反体制派ジャーナリストのジャマル・カショギを殺したことも非難して「バイデンは、カショギを殺したサウジのMbS皇太子に会うべきでない」と言っている。サウジ当局がMbSの了承にもとにカショギを殺したのは事実だろうが、カショギは米マスコミに記事を書いていた人であり、サウジ当局は殺害の前に米諜報界に打診して了承を得ていたはずだ。米諜報界がMbSを陥れるために、サウジ当局を誘導してカショギを殺させた疑いすらある。しかし、米国人(とその傀儡)たちはそんなことを意図的に無視して、MbSのサウジを極悪な存在に仕立てている。サウジが米国から離反するのは当然だ。米国が、サウジを離反へと誘導してきた(米国のリベラル左翼は近年、隠れ多極主義に入り込まれている)。 (サウジを対米自立させるカショギ殺害事件) (サウジを敵視していく米国)
カショギ殺害事件(下平註)
ジャマル・カショギ氏は生前、サウジアラビア王室の批判を続けていたサウジアラビア人の
ジャーナリストで、2018年10月にトルコ・イスタンブールのサウジ総領事館で殺害された。
事件の調査を行って来た国連の調査担当者は信頼にたる証拠があるとして、サウジアラビア
のムハンマド皇太子の関与について調べることが必要だとする調査結果を公表している。
カショギはトルコで殺された。当時はトルコとサウジの仲が悪く、カショギ殺害の裁判がトルコで進められた(サウジはカタールやムスリム同胞団を敵視しており、親同胞団なトルコが喧嘩を買ってサウジを敵視した)。だがその後、サウジが非米側に寄っていくとともにトルコと和解し、カショギの裁判は今年4月、トルコからサウジに移管された。サウジ当局の傘下にあるサウジの裁判所は、カショギ殺害の裁判をうやむやにしてしまい、カショギ殺害の話はトルコの外交戦略として葬り去られた。 (Turkey transfers Khashoggi murder trial to Saudi Arabia in move that likely ends case=トルコ、カショギ殺害裁判をサウジアラビアに移送) (カタールを制裁する馬鹿なサウジ)
ウクライナ開戦後、米国は世界に対して「ロシアを敵視しない国は米国の敵とみなす」という米露二者択一的な姿勢を強硬に採っている。このような「俺が敵視した奴を敵視しない奴は全員俺の敵だ」と言い放つ態度は、そいつが強大なパワーを持っている限り、他の奴らを沈黙・服従させることができるが、パワーが落ちている時にそれをやると全員からのけ者にされて弱体化が加速する。米国は、そういう状況にある。欧州や日本は、米覇権下から逃げ遅れて自滅策を採らされている。日本は元首相まで米国に殺された。イスラエル以外の中東諸国は、早めに逃げ出して非米側に転じている。イスラエルはどうなるかわからない。バイデンの中東訪問は、頓珍漢や的外れ、腑抜けが重なっており、中東諸国に米国の覇権衰退を痛感させるものになっている。 (Biden Goes to Saudi Arabia to Advance Peace But Local Analyst is Skeptical About His Intentions=バイデンは和平を進めるためにサウジアラビアに行くが、地元のアナリストは彼の意図に懐疑的である) (Is Saudi Arabia In Discussion To Join BRICS?=サウジアラビアはBRICSに参加する議論中ですか?)
バイデンの米国と対照的に、プーチンのロシアは中東での影響力・覇権をじわじわと拡大している。シリアは、ロシアがアサド政権をテコ入れし続けたおかげで、米国が起こした内戦による国家崩壊を免れた(シリアの後始末をロシアに頼んだのはオバマ)。ロシアが支援したアサド政権が、米国が育成・支援したテロ組織のISやアルカイダを退治してシリアを再び安定させている。すべての中東諸国が、米国よりロシアの方が中東を安定・発展させていることに気づいている。最近はイスラエルも、米国よりロシアを頼りにしている。ロシアより米国の方が良いと勘違いしているのは、今や欧州や日本の人々ぐらいだ。早く気づけ。 (Putin To Meet Raisi, Turkey's Erdogan In Tehran, Kremlin Says=プーチンは、テヘランでトルコのエルドアン、ライシに会うために、クレムリンは言う) (プーチンが中東を平和にする)
行き詰まるFRBのQT
2022年7月15日 田中 宇 (あと 69 日購読できます。会員メニューはこちら)
これは「FRBがQTをやめるかも」の関連です
米連銀(FRB)は6月1日から資産を減らすQT策(量的引き締め)を毎月475億ドルずつやっていることになっている。QTは、リーマン危機後の14年間の金融システムの最大の延命策だったQE(ドルを過剰発行して債券などを買い支えるバブル膨張策。資産拡大。量的緩和)の巻き戻し・清算であり、QEで膨らませた金融バブルを縮小するのがQTだ。QTは金融相場の維持を困難・不可能にする危険な自滅策だが、QEをやめてQTをやらないと世界的にすごくなっているインフレを抑止できないと考えられており、米政界からインフレ抑止策を要求された連銀は、3月中旬にQEを終了し、6月1日からQTを開始している。連銀は6月から毎月475億ドルずつ債券(米国債とMBS不動産担保債券)を手放して資産を減らすと発表している。 (来年までにドル崩壊) (もっとひどくなる金融危機) (Strike Three for the Federal Reserve=連邦準備制度理事会のためのストライク3)
だが実際に米連銀が毎週木曜日に発表している資産状況の推移を見ると、米連銀は6月1日から7月13日までの1か月半に190億ドルしか資産を減らしていない(8兆9646ドルから8兆9456ドルへ)。予定なら連銀は1か月半で700億ドル近く資産圧縮せねばならないが、実際はその30%ぐらいしか圧縮できていない。連銀はQTをやれてない。その理由はおそらく、QTを予定通りやると、株価がもっと下落し、債券の金利が上昇し、石油ガスや金地金などコモディティの相場も上がり、金融崩壊とインフレが激化してしまうからだ。表向きインフレ抑止策と言われているQTは、実のところ、予定通りにやると逆にインフレが激化する策である(米政界はそれを無視して連銀にQTをやらせた)。 (Factors Affecting Reserve Balances July 14, 2022=Factors Affecting Reserve Balances July 14, 2022) (Factors Affecting Reserve Balances June 2, 2022)
これまでQEが市場全体の資金を増やし、その資金を使って株や債券の相場のテコ入れだけでなく、信用取引で石油ガスや金地金の相場の上昇が抑止されてきた。だからQEをやめてQTをやっていくと、株安・債券安・コモディティ高がどんどん進み、金融崩壊とインフレ激化になる。米欧日の経済が崩壊してしまう。米連銀は政界に加圧されてQEをやめてQTを始めたものの、QTが引き起こす経済崩壊に直面し、QTを減額した状態で立ちすくんでいる。 (No more whispers: Recession talk surges in Washington=これ以上のささやきなし:ワシントンで不況の話が急増) (Goldman: "The World Is On The Brink Of A Rather Severe Recession"=ゴールドマン:「世界はやや深刻な景気後退の瀬戸際にある」)
米政界は、米国民の生活を破壊するインフレを抑止したい。加えて最近の米国側は、石油ガス価格の高騰がロシアを儲けさせウクライナ戦争の露軍の戦費になっているとの見方から、石油ガス相場の上昇を止めねばならないという話にもなっている。G7は最近、ロシアがG7諸国(米国側)に輸出する石油の価格に上限を設けることで石油相場の上昇を止める策を決めたが、これを実施するとロシアは米国側に売るはずの石油を中国インドなど非米側に売るだけで、むしろロシアからの石油輸出を止められた米国側が困窮して終わる(天然ガスは長期契約が多いので価格を急に変えられない)。G7の露石油価格上限設定は自滅的な超愚策なので、すでに事実上棚上げされている。 (日米欧の負けが込むロシア敵視) (The Fed Is Causing Another Recession=ここで我々は再び行く:FRBは別の景気後退を引き起こしている)
物理的な石油の価格でなく、信用取引を使って米英にある国際相場の石油ガス価格を上昇抑止する方が手っ取り早い。すでにここ2週間ほど、米露対立が激化して本来なら石油ガスの相場が急騰しそうな状況なのに、実際の相場は下がっており、信用取引による石油ガス相場の引き下げが行われている感じだ(ロシアからのガス送付を止められている欧州のガス相場だけは上昇している)。 (Explaining The Disconnect Between Physical And Paper Oil Markets=物理石油市場と紙市場の間の断絶を説明する) (The One Commodity That Won't Stop Soaring=急上昇を止めない唯一の商品)
とはいえ、前回の記事に書いたように、ロシアやサウジアラビアなど非米側の産油国は、米英で決められる国際相場を無視して自分たちの石油の輸出価格を決める傾向を強めている。露サウジなどは、インド中国など仲間の非米諸国には安値で石油を売り、欧日など敵性の米国側諸国にはプレミアムを上乗せして高値で石油を売っている。世界の石油利権の大半は非米側が握っている。 (ロシア敵視が欧米日経済を自滅させ大不況に) (ドルを否定し、金・資源本位制になるロシア)
米連銀や金融界が信用取引を使って米英の国際石油相場の上昇抑止策を続けるほど、非米側は米英が決める石油価格を使わなくなり、「国際石油相場」は国際性を失い、実態を反映しない頓珍漢な存在になっていく。米国側は、マスコミの解説も頓珍漢、国際相場の価格設定も頓珍漢、露中敵視など外交も頓珍漢、温暖化対策やコロナ対策など科学の「事実性」も頓珍漢なものになっている。これらは軍事や経済のパワーの低下と相まって、全体として米英覇権の喪失・自滅を形成している。米英覇権が低下するほど、替わりにプーチンが提唱している金資源本位制を伴った、非米側が主導する多極型の世界体制が強くなり、覇権転換が進む。 (China And Russia Want To Replace US Dollar With BRICS Currencies=中国とロシアは米ドルをBRICS通貨に置き換えたい) (制裁されるほど強くなるロシア非米側の金資源本位制)
米連銀は、金融崩壊とインフレを激化させるQTを続けられなくなっている。だが、米オルトメディアで出ている予測は「今すぐQTが停止される」でなく「来年後半あたりにQTが停止される」というものだ。3年間続けられる予定のQTが1年半ぐらいで終わりになるだろう、との予測だ。米国のインフレの最大の原因である流通網の詰まりは今後も続き、連銀はインフレをなくしたい米政界に加圧され続けるのでQTをやめられない。QTを予定より減額して続けるぐらいしかできない。予測から感じ取れるのはそういうことだ。 (Iconic Fed Analyst Calls It: Powell Will Be Forced To End QT Much Sooner Than Expected=象徴的なFRBアナリストが呼ぶ:パウエルは予想よりもはるかに早くQTを終わらせることを余儀なくされる) (Letter: Quantitative tightening is the last thing the US needs=書簡:量的引き締めは米国が必要とする最後のものだ)
減額されてもQTが続く限り、米国側の金融システムはじわじわと崩壊していく。株や債券の下落、金利上昇の傾向が続く。米国側(米英)の石油ガスや金地金の「国際相場」の上昇抑止は続きそうだが、実体的な価格と乖離したものになる。金地金は、米国側がロシアの地金の輸入を停止したこともあり、米国側で品薄が拡大・顕在化するかもしれない。プレミアムがつくと国際相場との乖離になる。金相場の上昇抑止の黒幕は、抑止をやめさせるためにバーゼル3で金取引の規制を強化したはずのBIS(国際決済銀行。中央銀行群の上位に立つ中央銀行)自身だったと、最近ロンドンの金取引の内部者(Peter Hambro)が告発した。金相場の上昇抑止は永久に続くように設定されている。だが、ドル崩壊が進んでいくと、いずれ永久設定の上昇抑止策も壊れていく。また、金地金の「当て馬」として用意されたビットコインなど仮想通貨は反騰しないとみられている。 (Don’t forget the golden rule: whoever has the gold makes the rules) (Bitcoin more likely to plunge to $10,000 than rise to $30,000: Survey)
ロシア敵視が欧米日経済を自滅させ大不況に
2022年7月12日 田中 宇 (あと 69 日購読できます。会員メニューはこちら)
ウクライナ戦争でのロシアと米国側との対立の一環として、ロシアがドイツなど欧州に天然ガスを送るのをやめる方向に動いている。ロシアから欧州へのガス輸出の最大のルートの一つである、ロシアとドイツをつなぐ海底パイプラインのノルドストリーム1が、7月11日から21日まで定例の年次メンテナンスに入って稼働を停止しているが、メンテナンス期間が終わってもロシア政府がガス送付を再開しない可能性が高まっている。ロシア側はメンテナンス前から、米国側からの経済制裁でパイプラインの修理部品が足りないことなどを理由に、ノルドストリーム1のガス送付量を往時の4割ぐらいに減らしていた。メンテナンス後、ロシアからの送付量がさらに減りそうで、送付がゼロになるかもしれない。7月10日にフランスの財務相が、今後最もありそうなことはロシアから欧州へのガス輸出の完全停止だと表明した。 (France prepares for total cutoff of Russian gas) (Russia is set to switch off the gas for work on a key pipeline — and Germany fears the worst)
欧州で最もロシアのガスに依存しているのはドイツで、消費するガスの4割がロシアからだ。ドイツはすでにロシアからの石油ガス輸入が減り、省エネも限界に来ており、電力やガスの配給制もありうる事態になり、経済活動への支障が拡大している。これ以上ロシアからの石油ガス送付が減ると、経済破綻や社会混乱がひどくなる。ドイツだけでなく欧州全体が、1970年代の石油危機時を上回る惨事になりつつある。フランスは、ロシアのガスへの依存度がドイツより低いが、原発の多くを定期点検などで運転停止しているので、ドイツ同様、エネルギー危機に瀕している。 (Germany braces for ‘nightmare’ of Russia turning off gas for good) (France issues new gloomy gas supplies prediction)
独仏など欧州がエネルギー危機を脱却・解決したければ、ロシア敵視をやめれば良い。これまでも書いてきたようにウクライナ戦争は、米英がウクライナを傀儡化してロシア側(ウクライナ国内の露系住民)を攻撃・殺戮させ、ロシアに脅威を感じさせて反撃を誘発したものであり「米英が悪い戦争」だ。ロシアは正当防衛として開戦し、その後米英から「虐殺」「大量破壊」など、実際にはやっていないいくつもの「戦争犯罪」の濡れ衣を着せられて「極悪」に仕立てられている。実のところロシアは悪くない。独仏など欧州の上層部は、米英による対露濡れ衣戦争の実態を知っているはずだ。だが欧州は、軍事的な安全を米国(NATO)に依存しているため、米英による善悪歪曲のロシア敵視に参加してロシアを経済制裁せざるを得ない。 (ウソだらけのウクライナ戦争) (French, German Leaders Warn Populations "Prepare For Total Cut-Off Of Russian Gas" As Social Unrest Looms)
ロシアは、欧州に制裁されて輸出できなくなった分の石油ガスを中国やインドに輸出増加できるので困らない。ロシアと中国インドは、石油ガスを輸送するインフラを急いで拡充している。米英は、ロシアが勝っている限り対露経済制裁を続けると決めている。ロシアはウクライナの戦場で勝っており、優勢は今後もずっと続く(露政府は最近、ウクライナ人の希望者全員にロシア国籍を与えることにした。すごい余裕だ。ウクライナ国民の4-6割が「隠れ」も含めた親露派であり、彼らは露国籍の取得を検討しそうだ)。 (Russia offers fast-track citizenship to all Ukrainians) (Russian companies launch regular sea transportation to India, China)
ウクライナでのロシアの勝利はずっと続くので、米英による対露経済制裁もずっと続く。独仏は、対米従属をやめられないのでロシアからの石油ガス輸入を永久にあきらめざるを得ない。ロシアは石油ガスを欧州に売るのをやめて、替わりに中印など非米諸国に売る体制を固めつつある。ロシアは、欧日に石油ガスを出さなくなると欧日が自滅することを知っているので、じわじわと輸出量を減らしていく。ロシアは欧州へのガスをすぐに止めなくても、いずれ止めていく。ロシアからのガスが完全に止まると言った仏蔵相の予測は正しい。米議会はロシアを「テロ支援国家」に指定する準備を開始している。実のところ、テロ支援国家はウクライナの残虐な極右民兵団を支援している米英の方であり、ここでも善悪逆転のすごい濡れ衣・歪曲になっているが、欧州や日本は対米従属なので濡れ衣と知りつつロシアをテロ支援国家として制裁強化せざるを得ない。テロ支援国家に指定されたら、欧日はますますロシアと付き合えなくなる。欧日は、対露制裁を続けるほど経済が自滅していく。自滅が確定的になっても対露制裁をやめられない。 (US Senators Meet With Ukrainian President, Discuss Designating Russia As "State Sponsor Of Terrorism") (US Plans to Supply Ukrainians With Military Equipment in Months, Years Ahead -Official)
欧州は、ロシアからガスを止められたらひどい不況・経済難に陥り、ユーロの価値が下落して、対ドルの為替が史上初めてドルとの等価(1ドル=1ユーロ)を割ってユーロ安になると予測されている(今日明日にも等価を割りそう)。ドル(FRB)は利上げしているがユーロ(ECB)はまだなので、それもドル高ユーロ安の要素だが、ユーロの等価割れはウクライナ戦争で欧州がひどく弱体化したことを象徴している。 (The Fate Of The Euro After Parity Is In The Hands Of Putin) ("Social Peace Is In Great Danger": Germany Is Quietly Shutting Down As Energy Crunch Paralyzes Economy)
欧州はロシアでなく他の産出国から石油ガスを買えばいいじゃんと思うかもしれない。だがウクライナ開戦後、世界の石油ガス産出国の多くが、ロシアのように対米自立的にやれることを知り、それまで米欧の言いなりになっていたのをやめて非米側に転向している。非米側に転向したロシア以外の石油ガス産出国は、自分たちが欧日など米国側に石油ガスを売らなければ、米国側が経済的に自滅して覇権を喪失し、自分たち非米側の優勢が増すことを知っているので、色んな理由をつけて米国側に石油ガスを売らなくなっている。売っても高値をつけるようになっている。欧日は石油ガスの調達先がなくなって自滅が加速し、最終的に欧日も米国の言いなりになるのをやめざるを得なくなる。そこに近づくまでこれから2年ぐらいだろうか。 (West is struggling to compete with Asia and Africa – BRICS forum president to RT) (EU not winning in global battle of narratives on Ukraine, Borrell says)
世界最大級の産油国であるサウジアラビアはかつて対米従属だったが、今や非米諸国に仲間入りし、中国に招待されてBRICSに加盟する道を歩み始めている。BRICSは、これからの非米的な多極型世界体制を代表する国際組織だ。サウジが本当にBRICSに加盟したら、それはサウジが対米従属をやめて中露と組んで多極型世界の主導国のひとつになると決めたこと、世界が多極化したことを意味する。サウジのBRICS加盟の話が出るのと同時に、サウジ王室内で最も親米的な一人だったトルキー・アル・ファイサル元諜報長官は米国の独立記念日である7月4日に、世界が米単独覇権体制をやめて中露が望む多極型体制に転換すべきだと主張する論文を米マスコミ(シンジケート)に発表している。祝辞を言うべき米独立記念日に「米国覇権はもう終わりだよ」という趣旨の論文を発表するとは、とても皮肉的で、サウジの対米自立を象徴している。 (As NATO Grows, China and Russia Seek to Bring Iran, Saudi Arabia Into Fold) (Rethinking the Global Order -- Turki bin Faisal al-Saud)
米バイデン大統領は間もなく7月15日にサウジを訪問し、もっと米国側に石油を売ってくれと頼む。ファイサルの論文やBRICS加盟話は、バイデンの訪問に合わせたものでもあり、サウジが米国を嫌っていることを示唆している。サウジはバイデンに頼まれても米国側に売る石油を増やさない。欧日が対米従属を続けても、米国を頼ってサウジなど産油国に加圧してもらって欧日が輸入できる石油を増やすことができなくなっている。対米従属を続ける限り、欧日は非米側と直接交渉して石油を新たに売ってもらうこともできなくなっている。米国の覇権が低下した結果、欧日の対米従属は無意味、というより国益自滅のマイナスな策になっている。 (Biden Heads to the Mideast: Plans to Abase Himself Before Saudi Royals)
米連銀(FRB)は約束した分の半分の額のQTしかやっておらず、QTをやめてQEを再開していきそうな流れだ。連銀はQE再開によって作られる資金で、株や債券の相場の下落を防止するだけでなく、石油や金地金などコモディティの信用売りをやり、ウクライナ戦争で高騰する傾向のコモディティの相場の上昇抑止をやっている。ロシア敵視が米国側の石油ガス不足を招き、米連銀のQE資金がなかったら、石油は1バレル200ドルに向かって上がるだろう。QE資金により、石油は100ドルぐらいに抑圧されている。しかし、QE資金による信用売りで米国側の石油相場が急落した後の7月5日、サウジアラビアは逆に、アジア向けの石油輸出価格をつり上げた。 (Saudi Arabia Hikes Oil Prices To Asia Once Again) (Oil Dumped By Hedge Funds On Soaring Recession Risk)
QE資金による信用売りで不正(金融的)に引き下げられる米国側の「国際」石油相場と、サウジなど非米化した産油国が米国側に売る実際の石油価格との間に格差(プレミアム)が広がっている。以前なら、米政府がサウジなど米傀儡産油諸国に石油価格の引き下げを命じ、金融的に引き下げられた石油相場に合わせた額で実際の石油が売られるように事態が修正されていたが、サウジなど多くの産油国が米国に見切りをつけて非米側に転向し、米国側の言うことを聞かなくなって石油価格を実需に合わせて勝手に決めるようになった結果、米国(米英)が金融的に設定する石油相場と、実際の石油販売価格との乖離がひどくなっている。乖離は今後も続き、米英の市場が出す石油相場が頓珍漢なものになり、信用と権威を失っていく。これも、米英覇権の崩壊と多極化・金資源本位制への移行の表れのひとつだ。 (Explaining The Disconnect Between Physical And Paper Oil Markets)
欧日など米国側の諸国は、ロシア以外の諸国から買う石油ガスを増やせなくなっている。欧日の経済は自滅を免れない。米国(隠れ多極派が牛耳る諜報界)は、欧日を自滅に追い込み、いずれ欧日が対米従属をやめて米覇権の維持に協力しなくなるよう仕向けている。日本はこれまで、対米従属を続けつつ中露とも目立たないように仲良くする影の権力者だった安倍晋三の「米中両属策」を採っていたが、安倍は7月8日に殺されしまった。安倍殺害の黒幕と推察される米諜報界は、巧みな米中両属策を実現していた安倍を殺し、その後の日本に「中露を敵視しろ」と強く加圧することで、日本がやむを得ず対米従属の維持のためにロシアや中国への敵視を強めるように仕向け、ロシアからの石油ガス輸出の停止や、中国との経済関係の断絶によって日本を経済的な自滅に直面させるだろう。 (安倍元首相殺害の深層)
とはいえ私の見立てでは、安倍を殺した米諜報界多極派の目的は日本の自滅でない。日本に自滅的な中露敵視をやらせ続けると、日本の上層部はこのまま自滅を加速していくか、それとも対米従属をやめて中露と和解するかの二者択一を迫られる。以前なら安倍晋三の米中両属策があって二者択一が避けられていたが、もう安倍はおらず、今後の米国は日本に二者択一を迫る傾向を増していく。日本が対米従属を選び取っている限り、経済の自滅が加速していく(これは欧州と同じだ)。日本も欧州も、いずれ対米従属の愚鈍さを痛感し、米国の言うことを聞かなくなって中露と和解し、経済を立て直す。安倍を殺した米諜報界多極派の目的は、日本に対米自立を選び取らせ、米国覇権を支えていた日欧同盟諸国を離反させて米国覇権を壊していくことだと考えられる(彼らの目標が多極化であることは2003年のイラク戦争から変わっていない)。5年ぐらい経つと、新たな流れが具現化するのでないか。とりあえず今後1-2年は、日欧ともに自滅が加速する。 (US to Ask India, Japan to Back Plan to Cap Russian Oil Price)
欧州と対照的に、米国自身は、ロシアからの石油ガスの輸入が少ない。だがその分、米国は昨年から輸入や国内の物資の流通網が(諜報界によって)崩壊させられており、それによって経済の破綻が加速している。欧米日ともに、これからの1年間ぐらいで経済の破綻がひどくなる。最近はマスコミも、来年にかけて不況になることが不可避だと言い出している。 (There's Still Over $40BN In Cargo On Container Ships Waiting Offshore) (No more whispers: Recession talk surges in Washington) (This Won't Be A Short Shallow Recession)
安倍元首相殺害の深層
2022年7月10日 田中 宇
7月8日の安倍晋三・元首相が殺害された事件の最大の要点は、安倍が自民党を仕切っている黒幕・フィクサーだったことだ。安倍は一昨年に首相を退いた後、後継の菅義偉と、その後の今の岸田文雄が首相になるに際して自民党内をまとめ、菅と岸田の政権が安全保障・国際関係などの重要事項を決める際、安倍の意向が大きな影響を与える体制を作った。安倍は首相時代から、対米従属を続ける一方で中国との親密さも維持し、日本を「米中両属」の姿勢に転換させた。安倍は、米国の「インド太平洋」などの中国敵視策に乗る一方で、日中の2国間関係では中国を敵視せず協調につとめ、世界の覇権構造が従来の米単独体制から今後の多極型に転換しても日本がやっていけるようにしてきた。 (米国の中国敵視に追随せず対中和解した安倍の日本)
安倍はプーチンらロシアとの関係も維持しており、ロシア政府はウクライナ開戦後、岸田首相や林外相らを入国禁止の制裁対象にしたが、岸田の後ろにいて日本で最も権力を持っていた安倍は制裁対象にしなかった。ウクライナ戦争によって作られた米国側と非米側の対立の激化は、今後時間が経つほど資源類を握るロシアなど非米側が優勢になり、日本など米国側は資源調達がとどこおって経済的に行き詰まる。岸田政権は今のところ米国の言いなりでロシア敵視の姿勢を続けてきたが、今後はロシアなど非米側から石油ガスなどを止められる傾向が強まり、資源を得るためにロシアと和解せねばならなくなる。そのとき安倍がプーチンとの関係を利用して訪露などして対露和解を進め、日本を資源不足の危機から救う展開が期待できた。そのため、露政府は安倍を入国禁止の対象に入れていなかったと考えられる。
左翼リベラルなどは安倍を敵視してきたが、安倍は今後の日本に必要な権力者だった。だがその安倍は今回、ロシアなどが日本への資源輸出を止める報復措置を強め始め、安倍の出番が近づいたまさにそのタイミングで殺されてしまった。これから日本が資源を絶たれて困窮しても、日本を苦境から救うことができたかもしれない安倍はもういない。7月8日の安倍の殺害は、偶然のタイミングにしては絶妙すぎる。報じられているような、犯人の個人的な怨恨によるものとは考えにくい。今回のような大きく衝撃的な政治事件は、偶然の産物として起きるものではない。安倍の殺害は、日本がこれから困窮しても中露と関係を改善できず、中露敵視を続けざるを得ないようにするために挙行された可能性が高い。 (中立が許されなくなる世界)
安倍の死去により、日本の権力は岸田のところに転がり込んだ。これまで岸田は安倍の傀儡だったが、安倍が死んだので岸田は好きにやれるようになった。岸田が今後も安倍が作った米中両属の路線を継続する可能性はゼロでない。しかし、安倍殺害犯を動かした背後の勢力は、岸田に勝手にやらせるために安倍を殺したわけでない。安倍を殺した勢力はおそらく、安倍を殺すと同時に岸田を傀儡化し、安倍が続けてきた米中両属の路線を潰し、傀儡化した岸田に中国やロシアに対する敵視を猛然とやらせるつもりだろう。 (日米欧の負けが込むロシア敵視)
1964年に米諜報界(軍産複合体)は、自分たちに楯突いてきたケネディ大統領を殺したが、諜報界はケネディを殺すと同時に、副大統領から昇格して次の大統領になったジョンソンを傀儡化し、冷戦の再燃やベトナム戦争の激化など、ケネディが阻止しようとしたことを思い切りやれるようにした。それがケネディ殺害の目的だった(その後ベトナム戦争は泥沼化し、米国の覇権を自滅させる隠れ多極主義の流れに入り込まれたが)。今回の安倍殺害は、ケネディ殺害に似ている。安倍殺害犯を動かしていたのは米国の諜報界(軍産、ネオコン)である可能性が高い。彼らは、安倍が敷いた日本の米中両属路線を潰すために安倍を殺し、同時に岸田を傀儡化して、安倍の路線と正反対の露中敵視の強化路線を岸田に採らせていくのでないか。 (英ジョンソン首相辞任の意味)
安倍が殺される10日ほど前の6月末のG7サミットあたりから、岸田政権は米国(バイデン政権を牛耳るネオコン系の勢力)からの要請・加圧を受け、ロシアが輸出する石油の価格に上限を設定するG7の対露制裁案を積極的に推進するなど、米国側のロシア敵視の急先鋒を演じ出した。日本などG7から石油の輸出価格を抑止されたら、ロシアは石油をG7諸国でなく中国やインドに売ればいいだけの話で、ロシアは全く困らない。自滅的に困窮するのは、ロシアから石油ガスを輸出してもらえなくなる日本などG7の方だ。 (Vladimir Putin: Anti-Russian Sanctions Have Backfired on Those Imposing Them)
岸田政権のロシア敵視強化は、ロシアからの報復を招き、日本国民の生活と岸田自身を困窮させる自滅策だ(その分、露中など非米側の優勢が増し世界が多極化する)。岸田は米ネオコン(隠れ多極派)の言いなりで日本を自滅に誘導する策をやり出している。米ネオコン系はドイツにも露敵視を強要して自滅させているが、それと同じことを日本に対してやり出した。安倍は、日本側の自滅が顕在化するまで傍観し、自滅が顕在化したら岸田のために安倍がロシアと掛け合って日露を和解に持っていき、日本のエネルギー輸入を保全しようと考えていたのでないか。だがそれは安倍の殺害によって不可能になった。 (Germany’s developing economic crisis is a fascinating study in self harm)
安倍殺害は、2日後の7月10日の参院選挙で同情票を得る自民党を有利にした。岸田政権は参院選に勝利して権力を強化するが、その権力強化は安倍が敷いた米中両属・対露和解の路線を潰すために使われる。安倍の死で、自民党は安倍の路線から離れる方向で優勢になる。安倍は自らの命を奪われれただけでなく、死によって自分の路線を破壊される。ひどい話だ。米諜報界は残酷に狡猾だ。
岸田は安倍路線を捨て、米国から誘導されるままに露中敵視を強めるが、それは日本が経済的に露中から報復されて窮乏することにしかつながらない。米諜報界とバイデン政権を牛耳るネオコン系は隠れ多極主義なので、露中を強化して多極化を進めるために、日独に自滅的な露中敵視をやらせて潰し、露中を優勢にしている。安倍は日本を米中両属にして国力の温存を図ったが、今回ネオコン系に殺され、代わりに日本の権力を握らされた岸田は、ネオコンの傀儡になって日本を急速に自滅させていく。
安倍を殺した実行犯が逃げずに現場にとどまったことも、私怨による単独的な犯行でなく、後ろに巨大な勢力がいて犯人を動かしたことを思わせる。私怨による単独犯なら、犯行後に逃亡を試みるのが自然だ。犯人が逃げずに逮捕され、犯行の動機を警察に供述したことにより、安倍殺害は統一教会への怒りによって引き起こされたという頓珍漢な話が喧伝されることになった。統一教会の話は、実行犯の気持ちとして本当なのかもしれないが、事件の全体像としての本質から逸脱している。背後にいる米諜報界は実行犯に対し、犯行後に現場に残って逮捕されるよう誘導したのだろう。
安倍は死んだ。岸田の露中敵視もいずれ破綻する。その後の日本は弱体化し、経済的に露中敵視を継続できなくなり、米国も金融破綻や国内混乱で弱体化するので、いずれ日本は再び米中両属への道を模索するようになる。それを自民党の誰が主導するのか、まだ見えない。岸田自身が露中敵視の強化が自滅策だと気づいて方向転換を図るかもしれない。左翼リベラルなど野党やマスコミが事態の本質に気づく可能性はほぼゼロなので、そちらからの転換はない。マスコミ権威筋が頓珍漢なままなので、日本人のほとんども何も知らないまま事態が転換していく。
英ジョンソン首相辞任の意味
2022年7月8日 田中 宇
7月7日、英国のジョンソン首相が辞意を表明した。彼が率いてきた与党の保守党が新しい党首・首相を決めるまでは暫定的に留任する。保守党内では、5月ごろからジョンソンを支持しない議員が増え、6月初めには議会に不信任案が提出されたが僅差で否決された。その後も保守党内のジョンソン不支持は拡大し、閣僚の辞任が相次いだため、ジョンソン自身が辞任を決めた。保守党の議員団がジョンソンを支持しなくなった理由は、周辺の性的スキャンダルや宴会騒動など倫理的な不祥事の連続だとされている。だが私が見るところ、真の理由はそうでない。保守党がジョンソンを辞任させねばならなかった真の最大の理由は、ジョンソンが米国と結託し、G7を率いてロシアや中国を敵視している戦略の大失敗が確定し、このままだとロシアなど非米諸国から米国側への経済的な報復によって、英国を含む米国側の全体が、エネルギー穀物など資源類の高騰と不足によって経済破綻しかねないからだ。 (BoJo Urges Allies to ‘Steel’ Themselves For 'Long' Ukraine Conflict, Offers Plan to ‘Recruit Time’) (‘The clown is leaving’ – top Putin ally on PM Johnson)
ジョンソンの英国は、米諜報界のネオコン勢力と結託し、ウクライナの反露な極右政権をテコ入れし、露中を敵視し、NATOやG7の諸国を引きつれて新冷戦の世界体制を作ろうと画策してきた。これは、英国の最上層部に当たる諜報界の世界戦略だ。ジョンソンは、それを遂行するために首相をしていた。米諜報界が英諜報界を乗っ取って、ジョンソンに露中敵視策をやらせていたと言っても良い。英国の自滅策となったEU離脱も、米諜報界が英国を乗っ取ってやらせたことだ。ジョンソンは、EU離脱を強硬に進めてきた政治家でもある。英保守党には、英国が米諜報界に乗っ取られて自滅させられていくことを阻止したいナショナリストがけっこういて、彼らは以前からジョンソンを敵視していた。 ('Her Majesty's Russia Unit': How British spies have launched a full-scale propaganda war to demonize Moscow) (新型コロナでリベラル資本主義の世界体制を壊す)
EU離脱、新型コロナ対策、露中敵視と、米諜報界が英国を自滅させようとする動きが重なっていき、保守党内のナショナリストとジョンソンの対立も激化し、最終的に最近のロシア敵視の失敗の確定を受け、保守党内でナショナリストの力が強まり、ジョンソンを辞任に追い込んだ。諜報界の戦略は非公式なものなので、その失敗を理由に首相に辞任を迫ることはできない。だから代わりに宴会ゲートなど倫理的な不祥事をあげつらってジョンソンを辞めさせようとしてきた。 (UK’s Boris Johnson Urges Ukraine Not to Negotiate With Russia) (英国のEU離脱という国家自滅)
ウクライナ戦争はロシアの勝ちで決着がついている(ポーランドがベラルーシを攻撃して戦線が拡大する可能性はある)。ゼレンスキー政権のロシア敵視策の黒幕をやっていた英国は敗北が確定している。米英はG7を率いて、ロシアが米国側に輸出する石油価格を1バレル60ドルぐらいまで引き下げる策略を決めつつある(日本はG7でこの策のお先棒担ぎを率先してやっている)。 (Belarus Threatens To Strike Poland If Cross-Border "Provocations" Launched) (プーチンの偽悪戦略に乗せられた人類)
だが、これは逆に石油価格を高騰させてしまう。G7の石油引き下げ策への報復としてロシアは今後、サウジアラビアなど非米側の産油諸国と結託して米国側に輸出する石油を止めたり値上げしたりする動きを誘発するので、石油は逆に1バレル200-400ドルに高騰してしまうと予測されている。今後の石油高騰は不可避だ。ロシアなど金資源本位制の非米側が台頭し、英国など金融バブル(ドル)本位制の米国側が弱体化していく。これまで率先してロシア(露中)を敵視してきたジョンソンの英国は今後、露中など非米側から報復されて経済的に困窮がひどくなる。そうした英国失敗の流れが確定したので、ジョンソンは辞めさせられる。 (Make NATO a Pacific Power? British Government Comes Up With Another Dumb Idea)
ジョンソンは辞任を表明したが、これで英国が立ち直っていくわけではない。英保守党のナショナリストたちは米ネオコンの傀儡だったジョンソンを辞めさせたものの、次の一手がない。英国は誰が次期首相になろうが、米国との同盟関係をやめられず、米諜報界が英国を乗っ取って過激な露中敵視などの自滅策をやらせる状態から離脱することもできない。米国との関係を切れないので、英国は露中敵視もやめられず、自滅していく傾向が続く。ジョンソンの後継者として強い次期首相が出てくる可能性は低い。英保守党内は、ナショナリストと、ジョンソンのような米諜報界(ネオコン)の傀儡が戦う状態が続き、次期政権は弱く、短命に終わって、再びジョンソンが首相に返り咲く可能性すらある。 (英国をEU離脱で弱めて世界を多極化する)
英国の中央政府が弱体化(自滅)するほど、北アイルランドやスコットランドは英国から離脱してEU側に入りたがる。英国領である北アイルランドと、EU加盟の独立国であるアイルランドでは、両者を統合しようとするシン・フェイン党が優勢になっている。英政府は、EU離脱時のEUとの交渉で、北アイルランドは英国領だがアイルランドとの間に国境管理施設を作らず、物流・関税的にEUの一部であり続けることを了承した。だが実際のEU離脱後、ジョンソンの英政府はこの約束(議定書)を守っておらず、それが北アイルランドの人々の英国からの分離独立運動に火をつけてしまっている。この問題は、英国の首相がジョンソンでなかったとしても起きたと考えられるが、ジョンソンの時代に北アイルランドと英政府の関係が悪化した。今後の英政府を誰が運営しようが、英国の弱体化の加速や国家分解の動きを止めるのは難しい。 (UK Tells EU: Without Flexibility, We Will Act on N.Ireland) (Scotland Set to Hold 2nd Independence Referendum As Sturgeon Prepares To Fight Johnson Veto)
ジョンソンの英国と、バイデンとネオコンの米国は、とくに2月のウクライナ開戦後、日独などG7やNATOの諸国を引っ張り込んでロシア敵視・ウクライナ支援をやらせてきた。英米がG7を率いてロシア敵視・対露制裁を強めるほど、ロシアは石油ガスなど資源類を米国側に売らず中印など非米側に売り、米国側は資源類の高騰と不足に悩み、経済が崩壊する傾向になった。ドイツなどEU諸国は、ロシアから資源類を輸入したくてもできない状態が強まり、経済崩壊が加速している。英国では、こんな状態を続けることはできないと考えた保守党のナショナリストたちがジョンソンを追い出した。だが逆に日本の政府は、これからロシアの報復で資源類が不足高騰することが確実になった今ごろになって、ロシアの石油輸出価格を強制的に下げようとする失敗必至の超愚策をG7で急に進め出したりして、最悪のタイミングで自滅策をやり出している。 (Kremlin Slams Japan's 'Unfriendly' Stance Amid G7 Oil Price Cap Talk) (Russia responds to Japanese threat)
これはおそらく米諜報界の隠れ多極派からの差し金だろう。日本外務省は丸ごと米英傀儡だし、自民党にも米傀儡が多い。ロシア政府は、日本がG7で急にロシア敵視を強め始めたので怒っている。その怒りの発露のひとつが、先日プーチンがサハリン2のガス田の日本などの利権を剥奪していくことを決めたことだ。日本は今後、サハリンからガスを輸入できなくなり、輸入する石油の価格も高騰させられる。日本国民の生活は窮地に陥る。プーチンと親しい自民党の安倍晋三・元首相がロシアに行ってプーチンと話をして和解していくしかない。私は最近の記事でそう書いた。 (日米欧の負けが込むロシア敵視)
そういう流れで、もしかすると安倍晋三は動き出そうとしていたのかもしれない。その安倍の動きを阻止するため、米諜報界が死客を奈良に放ち、7月8日に演説中の安倍を銃撃したのでないか。日本がロシアと話をつけて石油ガスを輸入し続ける道は絶たれつつある。田中角栄も、小沢一郎も、そして今回の安倍晋三も、米国(軍産、ネオコン)の無茶苦茶な戦略から日本を守ろうとした政治家はみんなやられる。残された自民党の岸田や林は、ますます米ネオコンの言いなりになってロシア敵視を強め、非米側から日本への石油ガスの安定的な供給が失われていく。日本のマスコミや権威筋は、安倍が撃たれた理由についての深いことすら国民に伝えないだろう。左翼リベラルの野党や知識人たちの間抜けなロシア中国敵視も続く。日本の人々は、わけもわからず生活苦に陥れられる。ボリス・ジョンソンは辞めてもピンピンしているが、安倍晋三は撃たれてしまった。これでいいのか??。馬鹿げている。 (The World's Third-Largest Economy Is Facing A Looming Energy Crisis)
FRBがQTをやめるかも
2022年7月5日 田中 宇 (あと 69 日購読できます。会員メニューはこちら)
これまで私は、金融の崩壊が進んでも、米連銀(FRB)はずっとQTを続けるだろうと考えてきた。連銀がこれまでQEで買い支えてきた債券や株などを手放して市場に戻すQTを続けたら、金融が崩壊していくことは目に見えていた。QEは、リーマン危機後に米国中心の世界の金融システムを延命させてきた唯一の要素であり、QEを巻き戻すQTを進めたら金融は自滅する。だが、QTがインフレ抑止策になると勘違いしている米政界が連銀にQTを強要している以上、連銀はいやいやながらにQTを続けざるを得ないのでないかと私は考えてきた。米諜報界の隠れ多極派が、米国の金融覇権を崩壊させて世界を多極化させるためにインフレを起こし、インフレ対策と称して米政界を通じて連銀に自滅的なQTを強要する策略だ。 (Hedge Fund CIO: How Will The Fed Do QT? Each Crisis Has Increased Markets' Dependency On Fed Liquidity) (インフレに負ける米連銀)
QTは、もう一つの隠れ多極化策であるウクライナ開戦とタイミングを合わせて開始されており、この時期的な合致も政治的な意図を感じさせる。意図的な米覇権自滅策なのだから、QTは、停止しても金融崩壊を止められない手遅れ状態になるまでずっと続けられる、というのが私の見立てだ。今回は、この見立てが間違っているのでないか、連銀は意外と早くQTをやめるのでないかという再分析だ(結論は出ないが)。米連銀が毎週木曜日に発表している資産総額は3週間連続で増えている。あと1-2週間見ないと確定しないが、連銀は、QTをやめる方向に動いている可能性がある。 (Factors Affecting Reserve Balances - H.4.1) (QT Will Be The First Casualty In The Great Tightening)
米国の金融分析業界では、連銀が金融崩壊の進行を黙認するわけがないのだから、連銀はQTを近いうちに終了する、という予測が多い。たしかに、QTを続けたら金融崩壊が進行する。だが同時に、米連銀はインフレを抑止するためにQTをやらされている。インフレは今すでに大変な状態だが、今後さらにひどくなる。先日G7がロシアが輸出する石油に価格上限を設定することを決めたが、これはとんでもない(意図的、隠れ多極主義的な)超愚策で、これをやるとロシアが報復として米国側に石油を売らなくなり、米国側が輸入する石油は逆に今よりさらに高騰する。米大統領府は、今の1バレル110ドル台の石油価格が今後200ドルまで上がることを覚悟している。欧州の天然ガスも再び高騰している。石油ガスが値上がりしてインフレがひどくなると、米連銀は政治的にQTをやめるのが難しくなる。金融危機を防ぐ観点からはQT停止だが、インフレを防ぐ(実は間違いな)観点からはQT継続だ。 (White House Is Quietly Modeling For $200 Oil "Shock") (Oil Giants Warn Of Much Higher Prices For The Next 3-5 Years Amid Lack Of Supply)
ウクライナ戦争前からの米国のインフレ激化の原因である、鉄道網など流通網の詰まりもひどくなるばかりだ。対露制裁による資源類の高騰もまだまだ続く。米上層部の隠れ多極派によるインフレ悪化策は延々と続いている。多極派は、インフレを悪化させ、連銀にQTを続けさせて米金融の大崩壊に発展させたいのだろうから、これから金融が崩壊しても、それを理由に連銀がQTをやめることを許さない手はずになっていると推測できる。となると、これから金融が崩壊してもQTは継続され、さらに金融が崩壊する展開になると予測される。QTをいくらやってもインフレは沈静化しない。中国も多極化は歓迎なので、コロナの都市閉鎖などを口実に、米欧などに製品を輸出する沿岸の港湾の機能を意図的に悪化させ、米国側のインフレ激化に貢献している。 (West Coast Rail Networks Clogged As Supply Chain Normalization Delayed) (もっとひどくなる金融危機)
多極派の策略が続いているという政治分析と裏腹に、金融市場を見ると、QTをやめてQEを再開する方向に事態が動いていると思われる事象もある。そのひとつは、米国債の金利上昇が止まっていることだ。10年もの米国債の金利は、6月中旬に3.5%近くまで上がった後、今は2.9%ぐらいまで下がっている。この間、株価やジャンク債は下落傾向が続いており、株から米国債に資金が移ってきたとも考えられるが、そうでなく、連銀がQEをこっそり再開していることの表れとも考えられる(すでに述べたように連銀の資産総額も3週間連続で増加)。米長期国債の金利低下が続くなら、連銀がQTをやめている可能性が高くなる。金地金の相場抑止も続いている。金相場もQE資金で引き下げているのだろうから、QT中止・QE再開を思わせる。QE再開が顕在化すると金相場はさらに下がりうる。 (10 Year Treasury Rate) (Russia's Gold Standard a "Pipe Dream"; Why a Gold Standard Is Not Happening)
今後インフレはどんどんひどくなる。今の状況だと、インフレが長引くほど経済成長が悪化し、米国側の諸国は不況に陥っていく。不況に陥ると、QE再開や利下げの口実を作れる。しかし、QEを再開すると株価が反騰する。実体経済が不況に陥っていくのに、株価が反騰する。あきらかに頓珍漢だ(コロナの時もQEで同じ現象が起こされたが、誰も頓珍漢だぞと言わなかった)。経済指標をごまかして不況に陥っていないことにするのか(3-6月期米経済の成長がプラスに転じたことにしたように)。マスコミ権威筋はQEの意味を正しく伝えないので、頓珍漢やごまかしがひどくなるばかりだ。マスコミに対する人々の信頼が落ちており、マスコミは頓珍漢を是正もせずにインチキ報道を続け、人々は問題にもしなくなっている。 (White House: Joe Biden Has Prepared Americans to ‘Deal with a Recession’) (Former NY Fed Chief: 'Welcome To The Recession')
連銀がQEを再開しても、その意味が正しく報じられることはない。政界からの圧力が少なければ、連銀は再開したQEをずっと続けられる。実体経済はすでにひどいインフレだから、いったん連銀がインフレを無視してQEを再開することが政治的に容認されると、その後ずっとQEを続けられるかもしない。金融バブルは無限に膨張でき、米金融システムは永遠のQEによってずっと崩壊しないかもしれない。米国側の人々の生活はインフレと不況で破壊されるが、ドルや米金融は延命し、「来年までにドル崩壊」の予測がはずれる。 (来年までにドル崩壊)
そうなると、米覇権の自滅や多極化、プーチンが狙う金資源本位制による世界支配といったシナリオが崩れる可能性も増す。今の事態は世界大戦の代替物であるが、この大戦でも米英は辛勝することになる。日銀はQEをやめなくて良かったという話になる。QEが再開されるのか、再開されたQEがいつまで、どこまで続けられるのか、最終的にどうなるのか、先行きは不透明だ。