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続折々の記 2022 ⑪
【心に浮かぶよしなしごと】
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【 08】10/23
     習氏に権力集中、加速 ブレーキ役、李首相退任へ  急激な変化?
        集団指導体制に終止符 李氏、コロナ対応でも違い
        「68歳定年」の不文律 目立つ例外 最高指導部、7人中4人退任
     日本の防衛「盾」から「矛」へ? 米との役割分担、変化の兆し
        コレデイイノカ
        安保の行方 敵基地攻撃
        
 2022/10/23 共産党大会閉幕
習氏に権力集中、加速 ブレーキ役、李首相退任へ
急激な変化?

 5年に1度の中国共産党大会が22日閉幕し、党序列2位の李克強(リーコーチアン)首相(67)が党指導部から退任することが決まった。一方、習近平(シーチンピン)総書記(69)は「2期10年まで」の慣例を破り、最高指導者として続投することが確定した。年齢に基づく指導者の交代システムが骨抜きとなり、新指導部では集権を強める習氏の歯止め役の不在が際立つことになりそうだ。▼3面=外様退場、7面=前総書記が退席

 党指導部は、党大会の年に67歳以下であれば留任し、68歳以上なら退く「七上八下」という不文律の定年があるとされる。だが、22日に選ばれた党幹部の中央委員に定年を超える習氏が残った一方、李氏や序列4位の汪洋(ワンヤン)・全国政治協商会議主席(67)は外れた。

 憲法が首相の任期を2期10年と定めているため、李氏は来春の全国人民代表大会(全人代)で首相職も退くことが決まっている。今回の決定で全ての要職から退くことが濃厚だ。

 李氏は胡錦濤(フーチンタオ)前総書記らを輩出したエリート養成機関の中国共産主義青年団(共青団)のトップ出身。習氏は党内で共青団の引き締めを図ったほか、経済路線をめぐっても李氏との確執が取りざたされてきた。

 汪氏は、李氏の後任の首相候補ともされてきた。ただ、経歴を含む政治的な背景で習氏と重なる面が少なく、指導部内では中立的な立場にあった。

 両氏の退任は、習氏1強が進む指導部で、バランスに配慮してブレーキをかける役割がいなくなることを象徴する。

 高齢の栗戦書(リーチャンシュー)全人代常務委員長(72)と韓正(ハンチョン)副首相(68)を含め4人の退任が決まった最高指導部の政治局常務委員には、習氏に近い人物の就任が見込まれる。新たな中央規律検査委員に李希・広東省委書記(66)が入り、常務委員ポストの同委書記に就任することが濃厚だ。

 習氏以外にも、複数の幹部が定年を超えて中央委員に残った。

 中央軍事委員会副主席を務める張又侠氏(72)は習氏の信任が厚い腹心の一人で、続投する可能性がある。王毅(ワンイー)国務委員兼外相(69)も、引退する楊潔チー氏(72)の後任として外交部門トップへの就任が有力視される。

 党大会は22日、党の憲法にあたる党規約の改正も行った。習氏が実現を目指す「共同富裕(共に豊かになる社会)」のほか、「台湾独立に断固反対する」という文言も加えるとした。改正後の全文はまだ公表されていないが、習氏の核心的地位と習思想の指導的地位が確立したとする「二つの確立」など、習氏の権威をさらに高める文言が盛り込まれる見通しだ。

 新中央委員は23日に全体会議(1中全会)を開き、総書記を含む最高指導部や中央軍事委員会のメンバーを選出する。(北京=高田正幸)

 ■変わる中国共産党政治局 常務委員の顔ぶれ

【留任】習近平(1)、王滬寧(5)、趙楽際(6)
【退任】李克強(2)、栗戦書(3)、汪洋(4)、韓正(7)

【新任か】李希  (カッコ内数字は党内序列。22日現在。敬称略。)

▼3面=習体制、外様退場 (中国共産党大会2022)
集団指導体制に終止符 李氏、コロナ対応でも違い

写真・図版 【習氏と李氏の歩み】

 22日に閉幕した中国共産党大会が選出した新たな党幹部の名簿から、最高指導部の顔ぶれが大きく変わることが明らかになった。3期目続投を確実にした習近平(シーチンピン)氏に対し、党序列2位の李克強(リーコーチアン)首相は一線から去る。腹心で周囲を固めてきた習氏は「外様」を退場させ、さらに権力集中を強めることになる。▼1面参照

 李氏は22日の閉幕式で、硬い表情が目立った16日の開幕式と比べ、態度も表情もリラックスした様子だった。習氏が閉幕を宣言したあと、互いに向き合う場面もあったが、握手や言葉を交わすことはなかった。

 習、李両氏は2007年に同じタイミングで党最高指導部入り。毛沢東、トウ小平、江沢民、胡錦濤に続く「第5世代」の中核として、並び立つ存在だった。

 ただし、2人が持つ背景は大きく異なる。

 胡氏と同じ党青年組織の共産主義青年団(共青団)のトップを務め、エリート養成機関から頭角を現した李氏に対し、習氏は建国に貢献した革命第1世代を父に持つ政治家だ。

 中国の首相は、行政トップとして実務をあずかる立場であり、役回りは歴代政権ごとに微妙な差がある。

 江時代の朱鎔基氏は経済政策を一手に握った。胡時代の温家宝氏は庶民と近い「平民総理」として広告塔の役割を果たした。

 だが、最高指導者となった習氏は、いずれの役割も李氏に与えなかった。

 13年に首相に就いた李氏は、過剰な景気刺激策に頼らない経済政策を提言。「リーコノミクス」ともてはやされたが、習氏は側近の劉鶴副首相を司令塔に経済分野を牛耳るようになった。

 庶民派の肩書も「習大大(習おじさん)」と呼ばれた習氏のものに。李氏は前任の温氏と同様に、災害被災地へ駆けつける動きを続けたが、報道が抑えられるようになった。

 両氏の違いは、さまざまな言動からも見てとれる。

 20年に湖北省武漢市で新型コロナが広がった際、政権批判を懸念した習氏は「感動的なストーリーを積極的に報じよ」と命じた。これに対し、李氏は「正確な数字、真実を報告しろ」と指示した。

 今年に入ってからも、人々の移動を厳しく制限する「ゼロコロナ」の徹底を指示する習氏に対し、李氏は失業率低下への対応を全国オンライン会議で呼びかけるなど、2人の政策の方向性にずれがあったことは確かだ。

 政権発足後の習氏と李氏の権限の差は大きく、2人が対等なライバル関係にあったわけではない。李氏も基本的には習氏を支える立場を貫いた。それでも習氏にとって、共青団派の筆頭格である李氏は時に警戒すべき相手だったようだ。李氏は理論上、国家副主席に転じることもできるが、党関係者は「ない」と語る。

 最高指導部の人事では、党序列4位の汪洋(ワンヤン)全国政治協商会議主席の退任も決まった。李氏と同じく中央入りするまで習氏との関係はなく、若い頃から将来を嘱望されていた人材だ。

 李氏は、憲法規定により来春に首相任期を終えることは決まっていた。副首相の経験もある汪氏はその後任候補の筆頭格と目されてきたが、この可能性も完全に消えた。習氏にとって、汪氏も心を許せる存在にはなり得なかったようだ。

 李・汪両氏はともに67歳で、党の慣例とされてきた「68歳定年」を待たずに党中枢を去る。一方、69歳の習氏は異例の3期目に入る。世代交代を進めるルールは完全に消滅し、習氏が査定した幹部らが集う新指導部が23日に発足する。

 毛への個人崇拝が引き起こした独裁政治の反省からトウがつくりあげた集団指導体制は、事実上、ピリオドが打たれた。(北京=冨名腰隆、金順姫)

▼7面=前総書記が退席(中国共産党大会2022)
「68歳定年」の不文律
目立つ例外 最高指導部、7人中4人退任

写真・図版 【中国共産党大会の閉幕式で、係員に腕をつかまれて退席を促される胡錦濤前総書記。隣には習近平総書記が座っていた=22日、北京の人民大会堂、金順姫撮影】

 22日に中国共産党大会の閉幕に伴って発表された党中央委員の名簿からは、習近平(シーチンピン)指導部を支えた多くの党幹部が引退することが判明した。ただ、「68歳で定年」とする従来の指導部の不文律が適用されないケースが目立った。▼1面参照

 最高指導部の政治局常務委員(7人)では、党の序列3位の栗戦書(リーチャンシュー)全国人民代表大会常務委員長(72)と、7位の韓正(ハンチョン)副首相(68)が引退する。一方、2位の李克強(リーコーチアン)首相(67)と4位の汪洋(ワンヤン)全国政治協商会議主席(67)は「定年未満」で退くことになった。

 常務委員を含むトップ25の政治局員で見ると、約半数の13人が引退となった。マクロ経済や金融の政策を担った劉鶴(リウホー)副首相(70)や、外交部門トップの楊潔チー(ヤンチエチー)中央外事工作委員会弁公室主任(72)らが退く。

 陳全国・前ウイグル自治区書記(66)は定年前の退任。民族問題を抱える同自治区で厳しい統制を敷いたことで知られ、人権侵害を理由に米国の制裁対象にもなった。国際的な批判が影響したかは不明だが、昨年12月に離任し、格下のポストに移っていた。

 不文律を超えて留任する王毅(ワンイー)国務委員(69)の後任をめぐる外相レースでは有力候補の1人だった劉結一・国務院台湾事務弁公室主任(64)は中央委員に選出されず、候補から脱落したと言える。一方、秦剛・駐米大使(56)や劉海星・中央国家安全委員会弁公室副主任(59)が選出されており、外相候補に名乗りをあげたことになる。(北京=高田正幸)

 ■胡錦濤氏、腕をつかまれ退席 習氏と話し、李氏の肩に手

 北京の人民大会堂で22日に開かれた中国共産党大会の閉幕式で、習近平総書記の左隣に座っていた胡錦濤(フーチンタオ)前総書記(79)が、途中退席した。理由は明らかになっていないが、退席を拒んでいるように見えた胡氏が係員に促され、腕をつかまれた状態で壇上から離れた様子が波紋を広げている。

 胡氏が退席したのは、党規約の改正案などが採決される前。国内外のメディアが会場に入り、壇上を注視する中での出来事だった。

 胡氏は当初、席を離れようとせず、不服そうな表情を浮かべながら係員とやりとりをしていた。係員に腕をつかまれて席から去る際、厳しい表情で習氏に話しかけた。習氏も短く返答した。

 さらに胡氏は歩みを進めつつ、習氏の右隣に座っていた李克強首相の肩を軽くポンとたたいた。

 党大会では、党序列2位の李氏が指導部から退くことが決まった。李氏は胡氏と同じく、エリート養成機関と言われる中国共産主義青年団(共青団)のトップだった経歴があり、「団派」と呼ばれるグループの象徴的な存在。1985年に訪日した青年代表団では胡氏が団長、李氏が副団長を務めた間柄だ。

 こうした事情もあり、胡氏が今回の党大会での人事に不満を持っていることが退席の背景にあるとの観測が出ている。胡氏の体調不良が原因ではないかとの見方もある。(北京=金順姫)

 ■第7世代、中央委員に選ばれず

 中国共産党大会では、171人の中央委員候補に1970年代生まれが中心の「第7世代」から複数が選ばれた。ただ、中国メディアによると、党序列の上位205人の中央委員に選ばれた第7世代はおらず、若手登用の遅れが目立つ結果となった。

 中央委員候補に選ばれたのは、若手の指導者候補として注目されていた上海市の諸葛宇傑・副書記(51)や、貴州省の時光輝・副書記(52)、福建省の郭寧寧常務委員(52)らだ。ただ、習近平総書記や胡錦濤前総書記は40代後半~50代前半で最高指導部に名を連ねた。第7世代から、そうした傑出した指導者候補は今回も現れなかった。(北京=高田正幸)

 ■<考論>行き詰まり感、強まる恐れ 東大・高原明生教授(現代中国政治)

 独裁的な習近平体制の継続強化が確認された共産党大会だった。毛沢東への過度な権力集中への反省から生まれた集団指導体制が、形骸化したことがここにきてはっきりとした。

 独裁的な体制のもとでは、不都合な真実はトップに伝わらない危険性があり、まちがった判断がただされない可能性も高い。

 67歳の李克強氏が政治局常務委員から退く一方、同じ年齢の王滬寧(ワンフーニン)氏は常務委員に残る見通しだ。69歳の王毅氏も引退しない。習氏が信頼できる人を残し、自分に近くない人に辞めてもらうことが鮮明な人事だ。

 69歳の習氏自身も3期目に入る。67歳以下であれば留任し、68歳以上なら退くという「七上八下」と呼ばれるルールは、不文律とされるが、広くその存在が信じられてきた。年齢制限は今後、実質的には意味をなさなくなった。

 習氏は3期目でも、これまでの政策を変える気配はない。厳格すぎる「ゼロコロナ」政策をはじめとして、経済社会の行き詰まり感が強まる可能性がある。

 トウ小平が始めた改革開放政策にも背を向けている部分がある。中国経済の先行きへの人々の不安が、より強まるのではないか。(聞き手・金順姫)

 ■<考論>習氏へ忖度、経済にリスク 大阪経済大・福本智之教授(中国マクロ経済)

 経済の観点から見れば、李克強氏が来春に首相の任期を終え、経済ブレーンの劉鶴氏が中央委員を退くことは予想出来たことなので意外感はない。

 李氏は政府の介入を少なくし、市場メカニズムを機能させようとしていた。リーマン・ショックの時のような巨額の刺激策に頼らずに政府の債務膨張を防いだり、「大衆創業」を掲げて民営企業のイノベーションを応援したりもした。コロナ禍で経済が停滞する中で矢継ぎ早に政策を出すなど、限られた権限の中で経済悪化を防ごうとしていたように見える。

 李氏や米欧とのパイプがあった劉氏が去るからといって、習近平氏が経済を軽視するとは思えない。今回の政治報告でも「経済の質の高い発展」を最重要任務だとしており、人々の中国共産党への支持の根底にあるとわかっている。誰が2人を継ぐのかはまだわからないが、経済がわかる能吏は党や政府内に多くいる。

 ただ、「共同富裕」や反独占などの政策を実行する部下たちが習氏に忖度(そんたく)してやり過ぎ、経済に悪影響が出るリスクは懸念される。そうならないようにできるのかどうか、今後注視していく必要があるだろう。(聞き手・西山明宏)

 2022/10/23 (安保の行方 敵基地攻撃)
日本の防衛「盾」から「矛」へ?
米との役割分担、変化の兆し

コレデイイノカ

写真・図版 【2016年以降、防衛省が南西諸島に新設・配備した主な自衛隊部隊】

 日本は専守防衛で「盾」に徹し、相手国の領土を攻撃する「矛」は米軍に委ねる――。日本が敵基地攻撃能力を持てば、この構図が変わるかもしれない。そんな兆しが見え始めた。

 南西諸島に位置する陸上自衛隊奄美駐屯地。周辺で軍事活動を活発化させる中国をにらみ、3年前に新編されたばかりの駐屯地に日米双方のミサイル部隊が展開した。九州各地で8月14日から9月9日まで行われた日米共同訓練の一環だ。

 「この地域での中国の無責任な振る舞いを深く憂慮している」。奄美入りしたフリン米太平洋陸軍司令官は9月8日、吉田圭秀・陸上幕僚長と臨んだ記者会見でこう訴えた。

 奄美は、中国が独自に設けた軍事防衛ライン「第1列島線」に近い。フリン司令官らの後方には米陸軍高機動ロケット砲システム「ハイマース」と陸自地対艦ミサイル「12式地対艦誘導弾」が並んだ。

 陸自12式は、現在は射程約200キロだが、防衛省は射程を1千キロ超に延ばす方針を決め、量産化の経費も2023年度予算で要求。艦艇や戦闘機から発射する改良も検討している。

 これらが奄美などに配備されれば、中国本土の一部も射程に入る。日本が敵基地攻撃能力の保有を宣言すれば、その一翼を担う。

 訓練は、中国を念頭に、南西諸島に接近する艦艇を日米が連携して探知し、「目標」を同時に攻撃する想定だった。「集団的な決意」(フリン司令官)を示そうと、ハイマースと12式誘導弾が共に機械音を鳴らして砲身を上空に向ける姿は、日米の「盾と矛」の役割の変化を感じさせた。

 敵基地攻撃の是非は、年末に改定する国家安全保障戦略の最大の焦点になる。(成沢解語、編集委員・佐藤武嗣) (2面に続く)

▼2面=(安保の行方 敵基地攻撃)
迎撃「困難」、攻撃能力踏み込む
北朝鮮・中国、高度化するミサイル

写真・図版 写真・図版 🔶先の図版☛弾道ミサイル防衛と敵基地攻撃/敵基地攻撃能力をめぐる主な論点🔶

 (1面から続く)
 「『反撃能力』を含め、国民を守るために何が必要か、あらゆる選択肢を排除せず、現実的な検討を加速します」。岸田文雄首相は3日、臨時国会の所信表明演説でこう訴えた。

 「反撃能力」は、敵基地攻撃能力を自民党が言い換えた呼び方だ。なぜ検討を加速するのか。

 北朝鮮は、今年だけで約50発の弾道・巡航ミサイルを発射。車両や鉄道、水中からの発射は兆候がつかみにくく、変則軌道を描くミサイルも増えている。日本には飛来するミサイルを迎撃する弾道ミサイル防衛システムがあるが、「兆候の早期把握や迎撃はより困難になっている」(岸信夫・前防衛相)。さらに深刻なのは中国だ。

 「米国ゼロ」対「中国約2200(推計)」――。米中の地上発射型中距離ミサイル(射程500~5500キロ)保有数の比較だ。「米国ゼロ」は、米ロが結んでいた中距離核戦力(INF)全廃条約で米ロが互いに保有を禁じていたからだ。トランプ米政権が2019年に条約を離脱。条約失効を受け、米国は新型中距離ミサイルの開発を急ぐが、実戦配備には至っていない。

 これに対し、INF条約に縛られずにきた中国は、米軍の接近を阻止するため、着々とミサイル能力を強化。数だけでなく、米領グアムや米空母を狙う弾道ミサイル「グアムキラー」「空母キラー」、音速の5倍超で変則軌道を描く極超音速滑空ミサイルなど、ミサイルの高度化も著しい。

 迎撃だけでは防げないとの認識が政府・与党内で広がるなか、岸田首相は歴代首相で初めて、国会で「敵基地攻撃能力」保有を検討する必要性に踏み込んだ。

 歴代政権は憲法上、敵基地攻撃能力の保有は可能としつつも、「敵基地攻撃を目的とした装備は考えていない」(2005年当時、大野功統防衛庁長官)と、こうした能力は持たないと宣言してきた。憲法上保有が可能という解釈と、実際に保有することとは違う。敵基地攻撃能力を保有すると政治宣言すれば、防衛政策の大きな転換になる。

 ただ、防衛省はこうした政治宣言に先行し、敵基地攻撃能力の保有に向けた準備を着々と進めてきた。

 17年にノルウェー製「JSM」(射程約500キロ)と米国製「JASSM―ER」(同約900キロ)など戦闘機搭載用の長射程巡航ミサイルの導入を決定した。

 防衛省は当時、これらを敵の射程圏外から攻撃できる「スタンド・オフ・ミサイル」と呼び、敵基地攻撃に転用可能との指摘にも、「離島防衛用で専守防衛の範囲内」と強調していた。

 20年12月には、長射程ミサイルの国産化も決定。陸上自衛隊の12式地対艦ミサイルの射程も約1千キロ超に大幅に伸ばす計画で、現在の形状にはない大型の主翼を取り付けるなど「実態は新型の長射程ミサイル」(防衛装備庁幹部)の開発を進める方針だ。

 今では防衛省幹部も「こうしたミサイルは離島防衛用に限定していない」と敵基地攻撃への転用も視野に入ると、説明ぶりを変化させている。

 ■「反撃」あいまい、先制攻撃の懸念も

 「敵基地攻撃能力」を保有することで、それをどう運用し、効果をどう見積もり、何を目指すのか。政府・与党内の議論では、いまだに示されていない。

 自民党は「敵基地攻撃能力」を「反撃能力」と言い換え、岸田首相もそれを踏襲する構えだ。しかし、どんな状態で反撃に踏み切るのか、あいまいなままだ。

 「反撃」といえば、攻撃を受けた後の報復措置を想像する。しかし、自民党の小野寺五典・安保調査会長は「相手側に明確に攻撃の意図があって、既に着手している状況」なら、相手のミサイル発射前でも攻撃可能との考えを示している。

 これに対し、岸田首相は昨年9月の自民党総裁選中、敵基地攻撃能力は「第2撃への備えを考えなければならない」とし、攻撃を受けた後の第2撃を阻止する能力だと強調していた。

 相手の「着手」前に攻撃すれば、国際法違反の先制攻撃につながりかねない。浜田靖一防衛相も21日の会見で「着手」の判断については「個別具体的な状況に即して判断する」と述べるにとどめた。

 また、相手領土に届くミサイルを保有しても、実際にピンポイントで攻撃できるのか、そもそも何を攻撃対象とするのか、といった議論も積み残されている。

 自民党が4月にまとめた、国家安全保障戦略改定に向けた提言では、「敵基地」以外にも拡大解釈の余地を残した。党幹部は「燃料・ミサイル貯蔵施設、レーダーも対象になる」と例示する。

 実際に狙った対象を攻撃するには、移動式の発射機などの正確な位置情報が不可欠だ。地上レーダーや対空ミサイルを破壊し、ミサイルを正確に誘導する技術も必要になる。日本独自でこうした能力を持つには、技術的な課題もあり、巨額の予算も必要になる。

 道下徳成・政策研究大学院大学教授は「巡航ミサイルの単価は迎撃ミサイルに比べて低い半面、速度が遅く、移動式の発射機の攻撃には使えない」と分析。さらに「日本から狙われると相手に認識させて抑止効果は期待できるが、日本が実際に攻撃すれば、より強い反撃を受ける可能性もあることを政治が理解する必要がある」とも指摘する。

 敵基地攻撃能力を保有するそもそもの目的でも、思惑はさまざまだ。

 安倍晋三元首相の昨年11月の講演を掲載した日本協議会・日本青年協議会機関誌によれば、安倍氏は「敵基地だけに限定せず、抑止力として打撃力を持つ」必要を説き、「米国は反撃能力によって相手を殲滅(せんめつ)します。これこそが抑止力なのです」と強調している。

 「殲滅」させる能力を持つことは、相手の都市部への反撃など壊滅的な損害を与える威嚇によって攻撃を断念させる「懲罰的抑止」に該当する。政府が定める「必要最小限度の実力行使にとどめる」との武力行使の要件をはるかに超える。

 外務省幹部は「中国とのミサイル格差を物理的に埋めるのは、経済力を考えても非現実的。勇ましい議論はむしろ有害だ」と語る。敵基地攻撃能力について、危機感に訴えて必要性を強調するだけでなく、これらの疑問にどう政府・与党が答えるか問われている。(編集委員・土居貴輝、同・佐藤武嗣、松山尚幹)

 ■<考論>専守防衛、説明難しく 阪田雅裕・元内閣法制局長官

 憲法9条に基づく「専守防衛」とは海外で武力行使をしない、他国からの攻撃を排除するためにしか武力を使わない、というものだった。それが安全保障法制で自衛隊は集団的自衛権の行使が容認され、外国のためにも武力行使できるようになり、外国を直接攻撃する敵基地攻撃能力も持つと説明が難しくなる。

 1956年に鳩山内閣が「法理的には可能」と答弁した当時は、固定式発射台を破壊すればミサイルが飛んで来ないという前提があった。今や全く意味合いが違う。移動式発射台や潜水艦からの発射も可能で、指揮系統も攻撃しなければミサイルは止まらない。ほぼ全ての攻撃能力を備えなければいけないことになる。

 敵基地攻撃を判断する相手の攻撃「着手」の認定も難しい。一つ間違えば国際法違反の先制攻撃になってしまう。敵基地攻撃能力を持つのなら敵の意図を的確に判断できる情報収集能力を備えることが大事だ。

 今の安全保障環境に照らして敵基地攻撃能力が必要なら、恐れずに憲法9条の改正を提起するべきだ。「国民の覚悟」を問わないまま、言葉だけでごまかして「普通の国」になってしまうと、有事になった際に国内で混乱が起きる。(聞き手 松山尚幹)

 ■<考論>能力持てば、抑止効く 渡部恒雄・笹川平和財団上席研究員

 過去20年の中国の軍事力拡大の勢いはすさまじい。加えて日本の弾道ミサイル防衛では迎撃困難な変則軌道や極超音速ミサイルを中国や北朝鮮が持ちはじめた。

 中国との能力差を埋めるには時間がかかる。まずは脅しに屈しないよう、相手基地を攻撃できる能力を持ち、それを相手に認識させるのが先決だ。それが抑止力になり、相手の軍事力行使のハードルを上げる。

 (相手の攻撃前の意図や兆候をめぐる議論は)机上の空論だ。自民党のように攻撃の前提条件を緩めようが、公明党や野党のように条件を厳格にしようが、中国の受け止めは同じだ。反撃能力を持つ日本を攻撃すれば、自らも被害を受けるという自制が働く。

 懲罰的抑止力を持つほど、日本に経済的、時間的余裕はない。中国との競争を無限に続けても互いにいいことはない。いまは中国は自分たちが軍縮する段階にないと思っているが、日本は、相手を「殲滅(せんめつ)する能力」よりも、軍縮のテーブルにつかせることを目的にすべきだ。米国は核を保有しており、日本に相手を殲滅する能力がなくても、一定程度の能力を持てば、相当抑止は効く。(聞き手 編集委員・佐藤武嗣)

※ 今日は今年の柿むきです。 そしてまた、『巨大な金融危機になりそう』手製本ができる日になります。