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折々の記 2015 ②
【心に浮かぶよしなしごと】

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【 02 】03/08

  03 08 田中宇の国際ニュース解説①   怪しい雲行

 03 08 (日) 田中宇の国際ニュース解説① 5回分    怪しい雲行

田中宇の国際ニュース解説 5回分
   世界はどう動いているか

   http://tanakanews.com/

 フリーの国際情勢解説者、田中 宇(たなか・さかい)が、独自の視点で世界を斬る時事問題の分析記事。新聞やテレビを見ても分からないニュースの背景を説明します。無料配信記事と、もっといろいろ詳しく知りたい方のための会員制の配信記事「田中宇プラス」(購読料は6カ月で3000円)があります。


田中宇の新刊本「金融世界大戦」
発注済

①◆日銀QE破綻への道
 【2015年3月5日】 無制限のQEを認められている日銀は、債券市場で価格決定不能のパニックが起こりかけたらすぐ円を大量発行して債券を買い支え、その日のうちに事態を安定化できる。しかし、投資家の間には「日銀がQEをやらなかったら金融崩壊が起きていた」という記憶が残り、不透明感と不信感が増す。次にパニックになった時には、日銀が前より大きな額を投入しないと事態が安定化しなくなる。QEは中毒症状を生み、最終的に日銀がいくら買い支えても金利が下がらなくなる。

②◆テロ戦争を再燃させる
 【2015年3月3日】 テロ戦争の策略は、01年の911事件とともに米国が世界戦略として大々的に採用した。その後、ネオコンが話をねじ曲げてイラク侵攻を引き起こし、イラク占領が失敗してオバマが米軍を撤退させ、テロ戦争は下火になった。しかし昨年6月、モスル陥落とともにISISが突然台頭し、ISISとの戦いが「テロ戦争Ver.2」となった。最初のテロ戦争は911事件で劇的に始まったが、今回は段階的に始まっている。第2テロ戦争が始まったのはISIS台頭から半年後の今年1月、パリの週刊シェルリ襲撃事件がきっかけだ。その直後、安倍首相のイスラエル訪問とともにISISが日本人2人を殺すと脅す映像を流し、日本も自分から第2テロ戦争に入り込んだ。

③◆QEやめたらバブル大崩壊
 【2015年3月1日】 QEの表向きの目的が「景気回復」であることと裏腹に、当局はQEを続けるため景気を回復させないようにしている。GDPや失業率などが改善されないと景気回復の演出がばれるので、統計上失業者でない半失業者や求職活動停止者を増やし、統計を歪曲・粉飾している。これら大きなマイナスを勘案しても、なおQEが必要だと米日当局は考えている。それだけQEをやめた場合の金融崩壊の程度が大きいと予測されるのだろう。QEをやめたらバブルの大崩壊が起きる。

④◆EU統合加速の発火点になるギリシャ
 【2015年2月25日】 今回のギリシャとEUの交渉延長合意は、EU史上初の、加盟国の民意が勝ち取った獲得物だ。スペインやイタリアの国民は、ギリシャの動きを注視している。いずれ、スペインやイタリアも、EUに借金取り救済策を変えさせるべく、政権交代や交渉を始めるだろう。各国が民意に基づいてEUを変えようと交渉し、それでEUが変わるほど、EUは民主的な組織に衣替えする。国家統合だけして民主体制がなかったEUは、シリザに引っ張られて「民主化」していきそうだ。

⑤◆ISISと米イスラエルのつながり
 【2015年2月22日】 イスラエルは米軍(米欧軍)の中東駐留を恒久化するため、米軍産複合体は軍事費の肥大化を恒久化するため、ISISやアルカイダを操って跋扈させ、シリアやイラクを恒久的に内戦にする策を展開している。軍産イスラエルとISISやアルカイダは同盟関係にある。対照的に、中東を安定化し、米軍が撤退できる状況を作るため、イランやアサド政権やヒズボラ、ロシアと中国、オバマは同盟関係にある。不安定化や戦争を画策する軍産イスラエル・ISISアルカイダ連合体と、安定化や停戦を画策するイラン露中・アサド・ヒズボラ・オバマ連合体との対立になっている。

⑥◆ラジオデイズ・田中宇「ニュースの裏側」
   ISISはイスラエルとアメリカがつくった!?(2月20日収録)



①◆日銀QE破綻への道

2015年3月5日

 日本銀行の意を受けた金融界が、日銀による金融緩和策の資金で、金地金相場を引き下げる目的で金先物取引をしているのでないかという指摘が出ている。円を大増刷して債券を買い支えるQEに代表される金融緩和策の資金は、株式市場に流入して株の相場をつり上げる(株が上がっているのだから景気は回復していると政府が言えるようにする)ために使われていることが半ば常識になっているが、2012年秋以降の、日本株(日経平均)と、金相場の推移のグラフを重ねると、株が上がるほど金地金が下がる、見事な逆相関関係を示している。 (An Inside Look At The Shocking Role Of Gold In The "New Normal")

 債券や株、通貨(紙切れ資産)に対する信用が落ちるほど、金地金の価値が高まる。金地金の価値を人為的に下げておけば、たとえ紙切れ資産の信用が落ちても、代わりの資産である金地金に資金が流入せず、信用失墜が具現化しない(地金に対する信用が上がらない)ので、信用が落ちていることにならない。金相場は、実際の地金のやりとりなしに、数字(金額)上だけの巨額な先物取引で簡単に上下する。日銀はQEを13年春から開始、14年秋に大幅拡大しており、12年秋からの逆相関関係は、時期的にもおおむねQEと一致する。 (操作される金相場)

 2月17日に、その日の円ドル為替と、金相場、米国株式相場(S&P500平均株価)の推移の関係を分析者が調べたところ、円安になるほど金相場が下がり、米株が上がる相関関係が見られた。日銀や金融界は、QEの円資金をドルに替えて(円安ドル高を引き起こし)その資金で金先物売りと米株買いを行い、金安と株高を演出している。この日、米株は途中で利食い売りされており、日銀は米国の投資家を儲けさせる動きもやっていたことになる。日銀は日本だけでなく、米国中心の世界の金融システムを救済している。さすがは忠臣クロダだ。 (Is The Bank Of Japan 'Managing' US Stocks Today?) (◆陰謀論者になったグリーンスパン)

 日銀だけでなく、欧州中央銀行(ECB)など世界中の中央銀行がQEや他の激しい金融緩和策を行っており、それらの資金が株式や債券に流入し、相場を押し上げている。「株高は景気回復の先行指標」というのは、すでに時代遅れの見方だ。今の株高は緩和策の影響であり、景気回復と関係が薄い。 (◆QEするほどデフレと不況になる)

 米国では1980年代後半から、当局が株式相場をつり上げる政策をこっそりやっているとの指摘が存在する。最近、80年代後半の米レーガン政権の株式下落防止組織(Working Group on Financial Markets)のメンバーだった一人(Pippa Malmgren)が、株式相場のつり上げを認める発言を行った。権威筋が「陰謀論」と否定してきた下落防止組織の動きが現実のものであることがわかった。 (Ex-Plunge Protection Team Whistleblower: "Governments Control Markets; There Is No Price Discovery Anymore")

「景気の先行きは、株でなく債券相場にあらわれている」と指摘する人もいる。景気か回復すると、インフレ気味になるのでつられて長期金利が上昇傾向になり、資金需要も増えて金利が上昇する。たしかに長期国債の相場を見ると、日本や米国、英国など世界の主要な国々で、2月初めから金利が上昇傾向にある。 ("Monetary Policy Is Bankrupt" Dr. Lacy Hunt Warns "Bonds, Not Stocks, Are A Good Economic Indicator")

 しかし、債券の金利も中銀網がQEによって動かしたいものの一つであり、実のところ株と同様、景気との関係が薄い。むしろ最近の金利上昇傾向は、日銀などのQEの威力が低下していることを示している。日銀は昨年11月から全力でQEをやっている。QEで債券を買い支えているのだから、日本や米英の国債の長期金利が下がるのが自然だ。11月から1月中旬までは、日米英とも長期金利が低下傾向だった。しかしその後、2月中旬にかけて金利が上昇し、その後また下がる傾向にある。乱高下の状態だ。

 金利動向が「景気」と「QEの効果」の両方を表すと考えて「原油安などの影響で1月中旬から日米などで景気が回復基調に入って金利が上昇傾向になり、中銀網によるQE強化の効果と相克し、乱高下になっている」という説明もできる。しかし、この説明は楽観的すぎる。権威筋としてQEの効果扇動に協力するFT紙ですら、債券金利の上昇要員のうち、景気とインフレの要素は4分の1だけで、残りは市場の先行き不透明感を懸念する信用不安の要素であり、危険だとする記事を出している。 (The dangers in rising bond yields)

 先進諸国の経済は、日本も欧州も景気が悪く、良いのは米国だけと言われている。しかし米国も、アトランタ連銀が最近、今年の経済成長率の見通しを、他の権威筋の予測の半分以下の1・2%と予測した。金融界だけは儲かっているはずがそうでもなく、英国の大手銀行が、米国を中心に事業展開してきた投資銀行部門を次々と大縮小・閉鎖している。米国の投資銀行事業の儲けがピーク時の3分の1に減ったという。米国も景気が良いとは言えない。長期金利の上昇は景気回復でなく信用不安(市場の先行きの不透明感)の要因が大半だろう。 (GDP Shocker: Atlanta Fed Calculates Q1 Growth Of Only 1.2%) (UK retreat from investment banking gathers pace)

 債券市場の先行き不透明感は、QEの当然の帰結でもある。QEによって本来民間が買うべき債券を中央銀行が買ってしまうので、投資家は債券の利回り低下(価格上昇)を勘案しつつも、どの程度の利回り低下が妥当か価格の判断がつかなくなり、価格決定不能の危機になる。日本政府が新規に発行する国債の全量と同額を日銀が買い取っている日本の場合、特にその傾向が強い。

 そもそも政府が発行した国債を中央銀行が買い支えるQEは、財政政策上非常に不健全で、危機の時にしか認められない行為だった。それがリーマン危機後、最初はQEが時限的な政策として導入され、今では無期限・無制限にやれる政策になってしまった。権威筋のマスコミや専門家は、安倍政権筋の報復が怖いからなのか、日銀が不健全なQEを全力で無期限に続けていることをほとんど批判しない。

 公式に語られないものの、QEをめぐる不健全性を多くの投資家が感じている。不健全な政策はいずれ行き詰まり、金融危機になり、金利が高騰する。それがいつ来るか、多くの投資家は断定できないが、いずれ金利が高騰するという懸念が常にある。投資家の間に先行き不透明感があるので、何かのきっかけで投資家の間に「いよいよQEが効かなくなって金利が高騰しそうだ」という懸念が広がると、いくらQEで金あまりでも市場から巨額の資金逃避が起こって金利が上昇し、パニックが急拡大する。近年の金融界は瞬間的なプログラム売買が増え、どこも似たようなプログラムを組んでいるので、危機が瞬時に急拡大しやすい。 (BoJ Is Losing Control As Demand Wanes For JGBs_vv)

 無制限のQEを認められている日銀は、パニックが起こりかけたらすぐ円を大量発行して債券を買い支え、その日のうちに事態を安定化できる。しかし、投資家の間には「日銀がQEをやらなかったら金融崩壊が起きていた」という記憶が残り、不透明感と不信感が増す。次にパニックになった時には、日銀が前より大きな額を投入しないと事態が安定化しなくなる。QEは中毒症状を生み、最終的に日銀がいくら買い支えても金利が下がらなくなる。2月上旬以降の日米英の金利の乱高下は、国債市場が価格決定不能の危機に陥ったことの表れで、QE中毒の悪化を示しているという分析が出ている。 (Is The Bank Of Japan Losing Control? JGB Yields Surge Most Since 2003)

 危険信号は日銀の関係筋からも発せられている。日銀出身の翁百合・日本総研副理事長は3月2日、ブルームバーグ通信に対し、日銀がQEを拡大すると「債券市場の機能が大幅に低下する副作用がある」「出口戦略が難しくなる」と警告した。同通信社の日本語記事では、この機能低下の中身について書いていないが、英文記事では、QE拡大直後の昨年11月に金融界が日本政府に対し、日銀が買い占めるので市場への国債の供給量が減り、価格の確定が困難になっていると苦情を言ったことが紹介されており、翁氏が指摘する副作用とは、価格決定不能の危機であることが示されている。 (Kuroda approaching limit on JGB buying, says ex-BOJ official) (日本総研の翁氏:追加緩和は必要ない-国債買い増し副作用)

 日銀のQEで、日本国債市場に価格決定不能の危機が起きている。日銀はこの危機を、QEの拡大による人為的な債券価格上昇(金利低下)によって抑えようとしている。しかし、QEを拡大するほどその後の価格決定不能の危機がひどくなり、QEの効き目が低下し、日銀に対する信用が失墜し、最後には日本国債の金利高騰で日本政府の財政破綻につながる。だから翁氏はQEの拡大に反対したのだろうが、通信社の日本語記事からそれは読みとれない。 ("We Can't Do This Forever," Fed Admits "Market Will Overwhelm Us")

 金融分析サイトのゼロヘッジの記事によると、米国では連銀がQEをやめることになった昨年10月15日、国債市場が価格決定不能に陥り、数時間混乱した。QEは開始時より後半や終了時に危機を生みやすい。日銀は、QEは無期限だと宣言しているが、QEは長引くと効果が低下し、無期限にやれない。米連銀は以前、最初から期限を切ってQEを実施したので何とか終了できたが、日銀はそうでない。片道の燃料しか積まずに空爆しに行く「カミカゼ」と同じだ。日本はいつまでも戦略が稚拙だ(今の日本の権力機構は、米国より先に破綻したい対米従属なので、それを考えるとこの自滅策は稚拙でなく妥当な戦略だが)。 (Japan Approaches Limit To Bond Buying Former BOJ Official Okina Warns) (More Flash Crashes To Come As Shadow Banking Liquidity Collapses)

 価格決定不能の危機が恒常化すると、債券は価格(価値)を失って「紙切れ」になる。日銀はカミカゼ的なQEで、そこに向かって突進している。今ならまだ引き返せる燃料が機体に残っているかもしれない。しかし、日本にQEをやらせているのは、自分でQEを続けられなくなった「お上」の米国だ。お上への絶対忠誠を植えつけられている日本人の選択肢に、引き返すことは含まれていない。 (米国と心中したい日本のQE拡大)

 大事なのは金利を下げることでなく、市場の透明度を改善して価格決定機能を強めてやることだ。デフレ対策のふりをして金利を下げるQEは、逆に市場の透明度を下げてしまう。日本に無謀なQEをさせるのがお上(米国)の意志であるなら仕方がない。 (Rates Don't Matter - Liquidity Matters)

 世界の金融市場を全力で底上げしている日本のQEが失敗すると、国際金融システムは大混乱になる。日銀QE以外にも、原油安による米石油産業の債券破綻、米国から敵視を強められている中露による米国債の売却などが危機再発の引き金を引きうる。グリーンスパン元連銀議長や、中国の信用格付け機関「大公」などが、数年内の金融危機発生を予測している。今年中に、中央銀行網に対する世界的な信用失墜が起きるかもしれないという指摘も出ている。 (Chinese Rating Agency Warns Coming Crisis Is Worse Than 2008, Blames US "Printing Press") (◆QEやめたらバブル大崩壊) (2015 may be the year that investors will lose confidence in central banks)



②◆テロ戦争を再燃させる

2015年3月3日

 最近の記事で、イスラエルが自国とシリアの国境地帯でアルカイダ(アルヌスラ戦線)を支援し「イスラエル・軍産複合体・アルカイダ・ISIS」の連合体ができていると書いた。米オバマ大統領は、この連合体と対峙している「イラン・イラク・シリアのアサド政権・レバノンのヒズボラ」の連合体を宥和(強化)する傾向で、その一環としてオバマ政権は、かつて米国自身がかけたイランの核の濡れ衣を解こうと交渉を続けている。イスラエルのネタニヤフ首相は、軍産イスラエルの傀儡色が強い米議会に自らを招待させ、イランと核協約をめざすオバマに反対する演説を3月3日に行う。アルカイダやISISを支援するネタニヤフと、イランへの宥和を強めるオバマとの敵対が激化している。 (ISISと米イスラエルのつながり) (The Israeli embassy tweet that annoyed the White House) (Nuclear deal with Iran gets closer as Netanyahu comes to Washington)

「イスラエルがアルカイダ(ISIS)を支援している」と指摘しているのは私だけでない。米国の、軍産イスラエル系の共和党勢力「ネオコン」(米政府にイラク侵攻を挙行させた勢力)の中心に位置する「権威ある」雑誌ウィークリースタンダードが最近、イスラエルの対シリア国境でのアルカイダ支援の事実を指摘し、イラン容認のオバマと、イラン敵視・アルカイダ支援のイスラエルの対立がひどくなっていると、まさに私と同じことを書いている。米政界の有力な勢力であるネオコンが認めているのだから、この件はまぎれもない「事実」だ。 (Friend and Foe in Syria: The Enemy of My Enemy Is My Enemy's Enemy) (Israel Working With Al-Qaeda?)

 クウェートの新聞によると、ネタニヤフ政権は昨年、オバマがイランの核の濡れ衣を解こうとしているのに対抗し、戦闘機を飛ばしてイランの核施設を空爆しようとした。イスラエル側は米国に知らせず空爆しようとしたが、閣内の親米派が米国側に漏らしてオバマの知るところとなり、オバマがネタニヤフに「イランを空爆しに行く貴国の戦闘機を米軍が迎撃せざるを得ない」と脅し、空爆をやめさせたという。真偽のほどはわからないが、オバマとネタニヤフの敵対を示す象徴的な話だ。イスラエルは、81年にイラクの建設中の原子炉を空爆・破壊しており、イラン空爆は机上の空論でない。 (Report: Obama threatened to fire on Israeli jets attacking Iran) (◆イランと和解しそうなオバマ)

 米軍は先日、ISISに奪われたイラク第2の都市モスルを、米軍とイラク軍で攻略して奪還する計画を発表した。軍産はISISを攻撃したくないが、オバマが攻撃したいのだろう。しかし米軍は、記者団に対する説明の中で「4-5月に2万5千人までの兵力でモスルを攻略する」と作戦の詳細をばらしてしまい、ISISが攻撃に対する準備をしやすいようにした。イラクの防衛相は米軍の暴露に激怒した。米軍は結局、イラク軍の準備ができていないとの理由で、攻略作戦を秋以降に延期した。事実上の無期延期として報じられている。 (Iraqi minister criticizes US over revealing Mosul assault details) (Pentagon Scraps Spring Attack on Mosul; Iraqi Troops Not Ready)

 米軍は、イラク軍に攻略を成功させる能力があるかどうか、調査やイラク側との打ち合わせもせずに攻略を発表したことになる。米軍(軍産)がISISと戦いたくないことが見てとれる。イラクでは、政府軍よりシーア派民兵団の方がずっと強い。米軍がやらないなら、イランがシーア派民兵団を率いて、いずれモスル攻略をするだろう。オバマはその面でも、自国の軍産よりイランを頼る傾向を強めている。 (Pentagon walks back plans for spring offensive against ISIS stronghold Mosul)

 以前に書いたように、ISISはアルカイダのブランドを再編したものだ。アルカイダは、軍産イスラエル(米英諜報機関)が支援して育て、911とともに「仇敵」に仕立てたが、ISISも、米英やイスラエルの軍と諜報界が敵として育ててきた観が強い。 (イスラム国はアルカイダのブランド再編) (アルカイダは諜報機関の作りもの)

 日本人2人を殺すぞと脅すビデオの真ん中に立っていて日本でも有名になったISISの英語の広報役である「聖戦士ジョン」は、クウェート生まれ英国育ちの英国人モハメド・エムワジという人物だと判明した(母親が息子の声と認知した)。英国の国内担当の軍事諜報当局であるMI5が英国在住中のエムワジを監視していながら、彼がISISに入るためにシリアに行くことを止めずに容認したこともわかっている。エムワジは05年7月のロンドンテロ事件の計画に参加しており、以前からMI5が「おとり捜査」と称して泳がせていたテロリストだった可能性がある。 ('Jihadi John': Reaction to the Unmasking of Emwazi Confirms His PR Value) (`Jihadi John' known to MI5 since 2008, but they let him escape - report) (怪しさが増すロンドンテロ事件)

 捜査当局の要員(エージェント)がイスラム教徒の青年を扇動してテロを計画させ、実際にテロが行われることになったら、挙行の直前に警察官が踏み込んで逮捕して犯罪として立件する「おとり捜査」か、踏み込まずにテロを実際に挙行させて「テロ戦争」を誘発強化する策は、昔から米英当局がよくやっていたことだ。911は後者の例だろう。1995年のNYの世界貿易センタービルでの(1回目の、911より小規模な)爆破テロ事件では、おとり捜査のはずが実際に爆弾が仕掛けられたことを、エジプト人のエージェントがNYタイムスに暴露している。93年のオクラホマ連邦ビル爆破事件、13年のボストンマラソン時のテロ事件も、おとり捜査がらみで本物のテロ事件が起きた観が強い。 (政治の道具としてのテロ戦争) (ボストンテロの自作自演性) (オクラホマ爆破事件と911)

 最近では、米国オハイオ州の実家で生活していたひきこもり青年リー・コーネルが、インターネットの影響でイスラム教徒に改宗した後、身分を隠したFBIのエージェントに接近され、ワシントンDCでテロをやろうと持ちかけられてその気になり、ライフルと銃弾を買った直後に逮捕される事件が起きた。エージェント役自身、別のテロ誘発事件でFBIに逮捕されたイスラム教徒で、自らを無罪にするためにFBIに協力することを余儀なくされた犠牲者だった。米英の当局は、この手のやり方でテロを誘発して寸止めするか、寸止めせず本当にテロを起こすか、その時の状況に応じて使い分けている。当局は好きなときにテロを起こせる。 (FBI says plot to attack U.S. Capitol was ready to go) (The Uses of Charlie Hebdo by Justin Raimondo)

 04年のマドリード爆弾テロでも、スペインの諜報機関(公安当局)が、自分たちが監視していたバスク独立運動の過激派が鉱山で得て持っていた爆弾を、実行犯のイスラム教徒に渡してテロをやらせたことがわかっている。テロを「防ぐ」のは、米英などの当局の仕事の一部にすぎない。テロを「誘発」するのも、防がず「挙行を黙認」するのも、当局の仕事である。米当局は「近いうちに米本土の商業施設でテロがあるかもしれない」と表明している。 (スペイン列車テロの深層) (Department Of Homeland Security Issues Warning After "Mall Of America" Terror Threat)

 イスラエル軍当局も、パレスチナ人を過酷に弾圧して彼らがテロで反撃したくなるような状況を作り、彼らの中にエージェントを潜り込ませてテロを誘発している。米欧イスラエルの多くの政府(相互に入り込んだ諜報機関群のネットワーク)にとって、イスラムテロは、政府の立場を強化する「テロ戦争」をやるための政策の道具の一つになっている。 (テロ戦争の意図と現実)

 このようなテロ戦争の策略は、01年の911事件とともに米国が世界戦略として大々的に採用したものの、ネオコンが話をねじ曲げてアルカイダよりサダムが悪いという話にしてイラク侵攻を引き起こし、イラク占領が失敗してオバマが米軍を撤退させたことで、テロ戦争は失敗した戦略になった。しかし昨年6月、モスル陥落とともにISISが突然台頭し、ISISとの戦いが「テロ戦争Ver.2」となった。 (テロ戦争の終わり) (諜報戦争の闇)

 最初のテロ戦争は、01年の911事件で劇的に始まったが、今回のバージョン2は段階的に始まっている。昨年6月にISISが台頭したが、第2テロ戦争が始まったのは半年後の今年1月、パリの週刊シェルリ襲撃事件がきっかけだ。その直後、安倍首相のイスラエル訪問とともにシリアでISISが日本人2人を殺すと脅す映像を流し、日本でも第2テロ戦争が始まった。 (安倍イスラエル訪問とISIS人質事件)

 ISISが昨年6月に台頭してから人質事件発生まで、日本のマスコミはISISのことを「遠い中東でのなじみのない話」とみなし、あまり大きく報じていなかった。しかし人質事件発生以来、日本のマスコミは毎日ISISのことをさかんに報じている。2人が殺されたことを日本政府が認めて人質事件が一段落し、本来ならしだいに再び「遠くのなじみのない話」に戻るべきISISが、しつこく連日大きく報じられ続けている。これまでの人質殺害事件の報道になかった「プロパガンダ臭」が感じられる。これは、日本が従属する「お上」である軍産(米英イスラエル)が始めた第2テロ戦争に、日本も参加することが求められているからだろう。日本人が2人の殺害を忘れるころ、テロ戦争の構図を再燃させるイスラムテロが日本で誘発されるかもしれない。

 テロ戦争の敵であるISISやアルカイダが軍産イスラエルに支援されていることは、ネオコンの権威筋すらが指摘する「事実」であるのに、日本のマスコミでは全く紹介されない。第1テロ戦争の「911陰謀説」と同様に「陰謀論」として抹殺されるタブーになっている。 (911事件関係の記事)

 1月以降、パリやコペンハーゲンでISISやアルカイダを支持するイスラム教徒による銃撃テロが起きている。いずれのテロ事件でも、襲撃された対象の中にユダヤ人の店舗や礼拝所(シナゴーグ)が含まれており「過激なイスラム教徒がイスラエルを憎んで殺戮をやった」という構図で報じられている。イスラエル政府は、被害者を代表する勢力としてふるまっている。ネタニヤフは、テロがあるたびに「欧州のユダヤ人はイスラエルに移住すべきだ」と表明している。(コペンハーゲンのユダヤ宗教者らのひんしゅくをかったが) (Danish chief rabbi responds to Netanyahu: Terror is not a reason to move to Israel)

 しかし、イスラエルがアルカイダやISISを支援しているというすでに書いた事実や、米欧イスラエルの諜報機関網がイスラム教徒を扇動してテロをやらせることができるという構図、パレスチナ人を弾圧するイスラエルをEUが経済制裁しようとしているというイスラエルの窮地を合わせて考えると、全く違った構図が浮かび上がる。 (イスラエルとの闘いの熾烈化)

 パレスチナ問題でEUから制裁されそうなイスラエルは、欧州の世論を「反イスラエル」から「反イスラム」に180度転換し、テロの被害者であるユダヤ人の代表としてのイスラエルを非難しにくい状況を作るため、自分たちが支援しているISISやアルカイダを動かして、欧州でイスラム教徒がユダヤ人を銃殺するテロを起こすことができる。パレスチナ問題ではイスラエルが「悪」でイスラム教徒が「善」だが、欧州のテロではイスラム教徒が「悪」でユダヤ人(イスラエル)が「無実の(善良な)被害者」である。

 ISISとイスラエルの関係を考えると、欧州のテロにおいてイスラエルは被害者でなく犯人側(犯人を幇助した容疑者)であるのだが、そのことを声高に指摘することはできない。在欧の親イスラエル勢力がEU各国の政府に圧力をかけて、イスラエルやユダヤ人を批判・中傷するネットの書き込みなどの言論を犯罪として従来より厳しく取り締まる法律を立法させようとしている。フランスのオランド大統領は、仏ユダヤ人協会での演説で、ネット上などでの「反ユダヤ」的とみなされた書き込みを、児童ポルノと同様の重い犯罪として取り締まる法律の新設を約束している。イタリアの議会も似たような法案を審議している。 (France must treat online "anti-Semitism" like child pornography, president says) (Italy Senate moves to outlaw Holocaust denial)

 ユダヤ人に対する中傷だけでなく、イスラエルを非難する言論が「反ユダヤ」とみなされて黙らされる可能性が指摘されている。少なくとも、イスラエル批判がやりにくくなったのは確実だ。パリでテロが起きる前の昨年末、EU諸国の政府はイスラエルの入植地に対する経済制裁を強化すると声高に表明していたが、パリのテロの後、欧州各国の当局筋のイスラエル批判の声の高さが一気に下がった。ISIS支持者のテロ行為は、イスラエルにとって非常に好都合な展開を実現している。 (覇権転換とパレスチナ問題)

 ISISは首切りなど残虐な殺害を喧伝したがる。彼らは、人質を首切りで殺す映像が世界に飽きられていると感じ、ヨルダン人の人質を檻に入れて焼き殺す映像を流し、新たな残虐性を世界に流した。こうしたISISの残虐性も、イスラエルやテロ戦争の構図にとって好都合だ。もともとイスラムの法体系の中には、投石による処刑やむち打ち、一夫多妻など、米欧人が「残虐」「ひどい」と考えやすい事象が入っており、米欧人がISISの残虐性をイスラム教の残虐性とみなすことは簡単だからだ。ISISが残虐性を喧伝するほど、イスラム教徒(パレスチナ人)が「悪」で、米欧とその一部であるイスラエル(ユダヤ人)が「善(無実)」という善悪の逆転を促進できる。

 パリのテロ事件の後「私はシェルリだ」と叫ぶプロパガンダ軽信者たちに対抗し、仏人コメディアンのデュードネ・エムバラエムバラは「私はクリバリ(犯人の一人)の気持ちだ」とネット上に書き込んだところ、テロ容認の容疑で逮捕された。デュードネは、もともと差別に反対する寸劇が評判で、ユダヤ人差別をする極右を非難していた。しかし03年に、パレスチナ人を弾圧するイスラエルの不法なユダヤ人右派入植者をナチスにたとえて批判したところ、在仏イスラエル右派から猛反撃を受けた。 (Dieudonne arrested over Facebook post on Paris gunman) (Why French Law Treats Dieudonne and Charlie Hebdo Differently)

 ラディカルなデュードネはこれを許さず、イスラエル右派との激しい闘いを続けている。闘いの中で彼は、極右などが主張してきたホロコーストの歪曲性の事実性を確認し、今では極右やホロコースト否定論者と連携しているため「ユダヤ人差別主義者」のレッテルを貼られている。今後のフランス(欧州)は、イスラエルを非難することとユダヤ人を中傷することとの混同が進み、デュードネのような裏の事実を追求する人々にとって、ますます生きにくい場所になっている。安倍政権下の日本も似たようなものだ。私自身にいつまで言論の自由が容認されるかも心もとない。 (Dieudonne M'bala M'bala From Wikipedia) (Norman Finkelstein: Charlie Hebdo is sadism, not satire)

 軍産イスラエルの延命策である「第2テロ戦争」を終わらせられるとしたら、それはオバマ自身でなく、オバマが隠然と頼みの綱としているイランやロシア(露中)だ。ISISと本気で戦うアサド政権やヒズボラを支えているのはイランで、イランを支えているのはロシアや中国だ。シリアの停戦交渉を仲裁するのはロシアだし、最近はロシアとイタリアとエジプトで組んでリビアのISISを退治する米国抜きの軍事行動も計画されている。 (Reports indicate Egypt, Italy, Russia planning military action in Libya)

 米欧日で流布するプロパガンダでは、イランや露中は「悪」で、プーチンの発言はウソばかりだと報じられている。実のところプーチンは最近、国際政治の中で、発言が最も信頼できる指導者の一人だ。ウクライナ危機についても、プーチンが言っていることが大体正しいことが事後に判明している。半面、米政府は間違ったことばかり言っている。



③◆QEやめたらバブル大崩壊

2015年3月1日

 報道によると、米国の経済はリーマン危機後の不況から好況へと、堅調に推移している。だから株価が毎週のように最高値を更新している、と説明されている。私は以前から、こうした報道や説明を歪曲や粉飾の結果と考えてきた。米国(や日本)の「景気回復」は、中央銀行が金融緩和策で作った過剰資金を株式市場に流入させたり、雇用統計などの経済統計を「改善」の方向に粉飾したりした結果であり、実体経済の状況は非常に悪く、雇用も改善していない、リーマン危機後の金融救済の失敗がこのひどい事態を生んだ、米経済は非常に悪い状態なのに政府や金融界やマスコミがウソをついている、と私は考えてきた。 (揺らぐ金融市場) (アベノミクスの経済粉飾)

 そんなことを書いているのは君だけだよ(また空想じゃないのかね)と、私は言われている。だが、私は最近、非常に強い味方を得た。それは(またもや)世界最高の金融の権威の一人であるグリーンスパン元米連銀議長だ。彼は2月26日、米CNBCのインタビューで「実際の米経済の需要の状況は非常に悪い。(1930年代の)大恐慌の最悪の時期(後期)と同じぐらいだ(株価はこの異様な悪さを全く反映していない)」「実経済が非常に悪いことから考えて、雇用はそれ(喧伝されている状況)ほど良くない」「前四半期の米経済の成長率が年率2%と発表されたが、実際はそれより低いかもしれない」「(QEで投資用の資金が巨額にあるのに)長期的な資本投資が行われていないことが最大の問題」「今後金利が上がると、金融危機が再燃するかも」などと語った。 (Greenspan: Effective demand as weak as during Depression) (Greenspan: "The Stock Market Is Great", But The Economy Feels Like In "The Late Stages Of The Great Depression")

 この発言は、連銀のイエレン現議長が米議会証言で経済が改善していると発言したのと前後して発せられており、イエレンがウソを言っていることを示唆している。グリーンスパンはまた、別のインタビューで、連銀がQEによって深刻な問題を抱えており、この状態を終わらせるには大きな金融崩壊(significant market event)を経るしかないとも述べている。 (Alan Greenspan Warns: There Will Be a "Significant Market Event... Something Big Is Going To Happen")

 グリスパは今年に入って、ドルをいずれ紙切れになりかねない「幽霊通貨」と呼び捨て、ドル崩壊の反動として金地金高騰(金本位制への移行)があり得ることも指摘した。これらの指摘は、私や、私が参考にしている米欧の非主流の分析者たちが指摘してきたこととだいたい同じだ。 (陰謀論者になったグリーンスパン) (金融危機を予測するざわめき)

 グリスパの話を私なりに補足して語ると、以下のようになる。巨額資金を金融市場に注入するQE(量的緩和策)は、リーマン危機で破綻した米国中心の債券金融システムを延命するために行われている(昨年末から、QEの中心は米連銀から日本銀行に移っている。3月からいやいやながらEUも加わる)。債券市場はQEの注入資金以外に大きな買い手がなく、QEをやめると金利が高騰し、金融システムが再崩壊する。金融市場は植物人間の状態で、QEは生命維持装置だ。 (米国と心中したい日本のQE拡大) (逆説のアベノミクス)

 QEは、プラスとマイナスの副産物を生んでいる。株価上昇や、国債金利の低下(政府利払いの減少)は、政府を助ける方向のプラスの副産物だ。当局は金融界が持つ(不良)債券を買い、金融界はその代金収入で株を買って株価をつり上げ、マスコミが「株高は景気回復の証拠だ」と喧伝する。これがQEをめぐる談合のルールだろう。(国債金利の上昇を防ぐため、米政府はQEだけで足りないので、長期的な経済成長に必要なインフラ投資を大きく引き締め、国債発行・財政赤字を減らしている。グリスパが問題にした「長期投資の不在」の一因はこれだ) (Quarter of US bridges designated as structurally deficient or functionally obsolete)

 QEの副産物のプラス面は短期的な効果しかないが、マイナス面はもっと長期的で大きな悪影響だ。その一つは「QEを持続するために景気の改善を止めておかねばならない」ことだ。米国も日本も、経済の大半(米国の7割、日本の6割)は「製造」でなく「消費」だ。景気を改善したければ、QEで大増刷した資金の一部を一般市民(中産階級と貧困層)に、給与もしくは貸与によって与えると、それが消費に回り経済成長につながる。米国は2000-05年ごろ、本来住宅ローンを借りられない貧困層に「サブプライムローン」を大盤振る舞いで貸与し、住宅関連の消費を拡大して経済成長につなげていた。これをやりすぎて債券バブル崩壊が始まったのだが、少しずつやればこの手の方法は実体経済の改善に効果がある。 (Paul Craig Roberts: Whatever Became of Economists (and the American Economy)?)

 今はこうした実体経済の回復が行われていない。昨今のQEは、おそらく金融界から外(実体経済)に資金が出ないようにする行政指導をともなっている。QEの資金が実体経済に回って経済成長を引き起こすと、デフレが解消されてインフレ気味になり、目標が達成された中央銀行は、金融システムへの生命維持装置であるQEをやめねばならなくなる。加えて、インフレに押し上げられて長期金利が上がり、グリスパが指摘した金利上昇時のバブル崩壊が起こりやすくなる。今の債券金融システムはとても脆弱なので、金利上昇時のバブル崩壊の可能性が非常に高い。 (QEするほどデフレと不況になる)

 QEの表向きの目的が「景気回復」であることと裏腹に、当局はQEを続けるために景気を回復させないようにしている。景気が全く回復していないことが世間にばれると「QEは効果がないからやめろ」と言われるので、QEの資金で金融界に株式を買わせて株高を演出し、マスコミに「株高だから景気は回復している。QEは効果がある。ただしデフレは解消されないのでQEを続ける必要がある」と書かせている。 (Is The Bank Of Japan 'Managing' US Stocks Today?)

 GDPや失業率などの経済統計が改善されないと、景気回復の演出がばれるので、統計上失業者でない半失業者や求職活動停止者を増やすなど、統計を歪曲・粉飾している。この歪曲は、長期的に経済統計への信用性を落とす悪影響をもたらす。これらの大きなマイナス面を勘案しても、なおQEをやらねばならないと米日の当局は考えているようだ。それだけQEをやめた場合の金融崩壊の程度が大きいと予測されているのだろう。QEをやめたらバブルの大崩壊が起きるということだ。 (経済の歪曲延命策がまだ続く?) (揺らぐ経済指標の信頼性) (米雇用統計の粉飾)

 中央銀行は、民間銀行を通じて資金を市中に流入(融資)することができる。なぜ、この通常の方法でなく、中央銀行が直接に債券を買い支えるQEが重視されているかといえば、それは民間銀行に融資をさせると、その資金は実体経済を構成する企業や個人に融資され、消費を拡大させ、経済成長、デフレ解消、インフレ傾向、金利上昇、バブル崩壊懸念の拡大につながるからだ。中央銀行が死に体の債券金融システムを延命させるには、資金の用途を債券の買い支えに限定するQEを実施する必要があった。

 昨年初め、英国の中央銀行の研究者が、QEと民間銀行の関係について興味深い論文を発表している。預金を集めた分を融資するのが民間銀行の仕組みとされてきたが、実はそれが間違いで、以前から民間銀行は中央銀行から好きなだけ通貨を受け取ってそれを融資できる。融資のほぼ全額が、どこかの民間銀行の預金になる。預金が融資になるのでなく、融資が預金になる。民間銀行の融資こそ「資金創造」だと説明するこの論文は、こうした従来型の金融もQEも、中央銀行が無制限に資金を供給する点で同じであり、QEが特に異常・不道徳なわけでないと釈明しようとしている。 (Money Creation in the Modern Economy)

 この論文も、前出のグリーンスパンの発言と同様、当局者が語れないQEの実態と合わせて考えると奥が深い。論文は「民間銀行は中央銀行から好きなだけ借りられる。中央銀行が民間銀行の融資を統制する唯一の方法は貸出金利の調整だ」と書いている。中央銀行は、その唯一の金融統制の方法である金利の調整の機能を、金利をゼロの前後に固定してしまうQEによって喪失している。米債券金融システムの崩壊を招きかねないので、米日などの中央銀行は、金利を二度と上げられない(英中銀はすでにQEをやめているが、米日欧のQEの影響を受ける)。金利調整機能の喪失は恒久的だ(QEの終了、つまり金融システムの大崩壊が起きるまで続く)。

「集めた預金の中から融資する」という、厳格でつつましい印象を銀行界に付与してきた神話を破壊することもかまわず、英中銀がこの論文を出した理由は、既存の神話が間違いであることがすでに多くの人に自明の理になっているからだと、この論文を紹介した英ガーディアン紙は書いている。同紙の記事は「英中銀は歴史的に、世界の中央銀行界の先導役者だ。英中銀が言い出す時にはラディカルなことが、その後平凡なことになる」とも書いている。 (The truth is out: money is just an IOU, and the banks are rolling in it)

 米連銀は、今年中に利上げしそうな雰囲気を流布しているが、これは、米連銀が利上げできない状態にあることを世間に察知されないようにするための演技だと私は疑っている。米金融システムの脆弱性を考えると、利上げはとても危険な行為だ。もともと粉飾している雇用統計を失業増の方に戻し、景気が急に後退したことにして利上げを見送る、などといったことがあり得る。 (US investors primed for midyear rate rise)

 QEによって金利はほぼゼロになり、融資業務で民間銀行が得る利ざやも事実上ゼロになっている。民間銀行が自由に融資できるなら、サブプライムローンのような高リスク融資が増えるはずだが、米日とも銀行は貸し渋りを続けている。利ざやがゼロになったので融資したがらないという説明もできる。QEによるゼロ金利が長引くのは必至だ。それによって、旧来の民間銀行業務のほか、生命保険や年金基金など、利ざやで回ってきた事業のすべてが、いずれ立ちゆかなくなる。英中銀は、要らなくなった旧来の神話を暴露したが、この神話崩壊は、いずれ市民生活に大きな悪影響をもたらす。 (Negative rates to shake up financial system, say experts) (Rates Don't Matter - Liquidity Matters)

 各国の中央銀行は、せっせと金地金を貯め込んでいる。通貨(預金)や債券、融資債権などの「紙切れ」は、金利が存在の根幹にあるが、金地金は「野蛮な価値」であり、存在が金利と関係ない。英中銀の論文の題名は「現代経済の価値創造機能について」だが、金地金は「古代経済の価値備蓄機能」である。論文に金地金の話は出てこないが、題名と現状から推測できるのは、現代経済の価値創造機能が失われ、古代経済の価値備蓄機能が復活することだ。いずれ中央銀行界(現代金融システム)に対する世界的な信用失墜が起こり、QEの手法が行き詰まる。中央銀行自身、それを予知しているからこそ「古代金融システム」である金地金を貯め込んでいる。 (Central banks start lying about Gold at once) (This Marked the Beginning of the End for the Central Banking System As We Know It) ("More ominous would be a renewed bull market in Gold reflecting a loss of faith in central banks.")

 行き詰まりが起きるとしたら、QEを最も過激にやっている日本銀行(と円)が最初だろう。対米従属に強く固執している日本は、生半可なところでQEをやめず、金融財政が大破綻するまでQEをやりそうだ。超円安や日本国債の金利上昇が起きるかもしれない。日銀がもうQEをやれなくなったら、その前後に米連銀がQEを再開するだろう。EUがどうなるか、米国の無理心中につき合うか、対米従属から上手に離脱できるか、微妙なところだ。カギを握るのはギリシャ発の欧州新革命の行方かもしれない。米国は、自らが財政破綻する前に世界を潰してドルを守ろうと、意図的に世界経済を大混乱させる可能性が大きい。米国はすでに、世界をかなり混乱させている。 (崩れゆく日本経済) (日本経済を自滅にみちびく対米従属) (EU統合加速の発火点になるギリシャ)



④◆EU統合加速の発火点になるギリシャ

2015年2月25日

 2月20日、ギリシャのツィプラス新政権が、EUから救済支援を受ける交渉を4カ月延長することをEUと合意した。この合意は、ギリシャ側の敗北的な譲歩として報じられている。ツィプラスは、EUから押しつけられて前政権が決めた、ギリシャ国民を窮乏させる厳しい緊縮財政策の実施を拒否すると公約して1月末の選挙で左翼政党シリザを勝たせ、首相になった。 (How Greece Folded To Germany: The Complete Breakdown)

 それなのに彼は首相就任後、交渉相手のドイツ主導のEUが意外に強硬だとわかり、政府の国庫が尽き、金融界の資金不足もひどくなる中で、交渉の4カ月の延長と見返りに、EUが押しつけてきた緊縮策を受け入れる大譲歩を行い、ギリシャ国民を失望させている。4カ月延長しても過酷な緊縮策が変わりそうもないと国民は怒っている・・・というのがマスコミと在野分析者(特に左翼)に共通した論調だ。 ("How Will 4-Month Extension Improve Our Negotiating Position?") (Tsipras: Scared by His Own Courage)

 ドイツの財務相は「ツィプラスは、今回の合意を自国民に説明するのに苦労するだろう」という趣旨を(冷ややかに)述べた。ツィプラスは就任早々の1月末、ナチスのギリシャ占領を非難し、ドイツがギリシャに払うべき賠償金と、近年に貸した融資を相殺すべきだとドイツに喧嘩を売った。ネクタイもしない左翼の青二才が、最初は偉そうにドイツを非難したが、結局のところドイツが持っている資金に頼らざるを得ず、有権者に説明できない譲歩をしたぞ、ざまあみろ、というのが独財務相の含みだと報じられている。左翼が惨敗し、銀行屋(の代理人)が笑う。おなじみの構図だ。 (Who Won the Greek Showdown in Europe?)

 ツィプラスは与党シリザ内の「現実派」だ。党内の極左勢力は、ツィプラスはEUが強要する緊縮策を最後まで拒否すべきだったと怒り、シリザ内の極左の92歳のご意見番(Manolis Glezos。元ゲリラ)が記者会見し、ツィプラスの譲歩について、党を(勝手に)代表して国民に謝罪した。 (Greece scrambles to finalise fiscal reform list)

 ツィプラスの「敗北的な譲歩」が報じられたとき、私は奇異に感じた。直前までの交渉においてギリシャ側は終始優勢で、2月末の交渉期限にこだわる必要すらなかった。本当に、合意はギリシャにとって大譲歩なのか? (Greek Gambit Succeeds As Germany Said To Ease Bailout Terms)

 合意内容を良く読むと、ギリシャ側は、EUが求める緊縮策を「交渉の出発点」として認めただけで、EU緊縮策の「実施」を認めたわけでない。ツィプラス政権は、EUに強要された年金削減、雇用者の権利剥奪などの政策を拒否する代わりに、徴税効率化(金持ちに税金を払わせること)など、自主的に決めた緊縮・財政再建策をやることを公約にしてきた。強要を自主に替える交渉を4カ月延長してほしいとのギリシャの要請に対し、EU(ドイツ)は、既存のEU緊縮策を交渉の出発点にすることを認めるなら延長しても良いと答え、ギリシャ側がそれを飲んだ。EU案を交渉の出発点にすると認めたことが、EU案の実施を了承したこととして誇張して報じられている。 (Greece bailout deal: Backtracking on promises?) (Merkel pours cold water on Greece's push to end bailout)

 米英のマスコミは、プロパガンダまみれだが行間や奥が深い。どこまでも浅薄な日本のマスゴミと異なる。米英の長い記事をよく読むと、後ろの方に意外なことが書いてあったりする。WSJの記事は、最初の方でツィプラス政権が選挙公約に掲げた政策をどんどん縮小していると書いている。最低賃金を危機前の水準に戻す策は「即時実現」を「2年後までに実現」に変えた。未納税者から200億ユーロを徴税する徴税効率向上の目標額は、半分に減らした。前政権が解雇した1万人の公務員を復職させる政策は、裁判で勝った人だけの復職に縮小し、しかも元の職場に復帰できるとは限らないと条件をつけた。ここまでは「失望」編だ。 (Greek Leader Seeks to Temper Expectations)

 しかしWSJの記事は、うしろの方で「希望」編を書いている。(ユーロを潰したい)外国人や(理想主義的な)極左は、公約目標の「半減」を非難するが、ギリシャ国民は、半減して現実的な目標になった政策が実際に実現しそうな点を評価している。危機後、政府に期待も信用もできなくなっていたギリシャ人が、ツィプラスが公約の半分でも実現できるかもしれないのを見て、政府に期待を持ち始めている。

 失望的大譲歩と揶揄された合意発表の後の2つの世論調査で、ツィプラスは80%前後の支持率を維持している。合意は失態でない。成功だった。ギリシャではマスコミも、ツィプラスの対EU交渉のやり方について、賛成もしくは慎重に支持、中立などで、反対や批判がほとんどない。ツィプラスは、EUとの合意や公約目標の半減が国民の失望を引き起こすものの、政権崩壊につながる反政府運動にまで至らないと判断し、時間をかけた現実策に転換したとWSJは分析している。

 英ガーディアン紙の記事は、冒頭で「ギリシャとアイルランドとポルトガルの金融界は、EUの救済がないと崩壊する(だから言うことを聞け)」とEU資本家を代弁して始まり、選挙公約を守れなくなったギリシャの青二才首相の苦境をわらう独財務相を紹介している。しかし、私が今回の記事の冒頭で書いたようなことをひとしきり書いた後「実際に起きていることはもっと微妙で、しかも希望が持てる」と、本音の分析に転じている。 (The Observer view on Greece, bailouts and the euro)

 前政権は、ギリシャ国民を窮乏させるEUの緊縮策に対し、文句も言わず、交渉延期も求めなかった。対照的に新政権は、EUに文句を言い、交渉延期を引き出した。ギリシャ国民から見て、これは大きな前進だ。新政権は、強要された改革でなくギリシャ人が決めた改革を実施することもEUに認めさせた。これは、人間のくずと北欧から揶揄され続けたギリシャ人の尊厳を回復させている。

 ドイツのメルケル首相は、ギリシャ危機が始まった後の2012年までに、ギリシャをユーロから離脱させない方針を決めている。ギリシャはEUで最も強い空軍を持っており、EUととロシアの影響圏の接点でもある。EUは、ギリシャを切り離してロシアの側につかせたくない。ギリシャがユーロから離脱することはないとガーディアンは示唆している。 (◆ギリシャはユーロを離脱しない)

 英国ではFTも、ギリシャ問題は経済の事件として騒がれているが、実は地政学や国際政治の問題であり、欧露関係や、欧州と中東の関係という政治の問題として見ると、欧州にとってギリシャは巨額の金をかけてもEUやユーロ圏の内部にとどめておくべき存在だと主張する記事を載せている。 (Keeping Greece in the euro is about far more than money)

 支援交渉の延長合意の意味は、EUがギリシャ新政権をねじ伏せたのか、それともギリシャがEUに勝ったのか。調べていくと、そもそもこの勝敗二択の考え方自体が間違っているかもしれないことが見えてきた。EUの上層部は、民意を背景に楯突いてくるギリシャ新政権の政治破壊力を、ねじ伏せるのでなく逆に活用し、これまで紛糾して進められなかったEU(ユーロ圏)の統合加速をやろうとしている。私が以前から注目してきた欧州のシンクタンクGEAPが最近「シリザは欧州の政治機構改革の起爆剤」と題する記事を出している。 (Syriza: Catalyst for Europe's politico-institutional reform)

 EUは、昨年11月にルクセンブルグ元首相のユンケルが大統領(欧州委員会委員長)に就任した後、欧州統合を加速する策として、EUの意志決定機関(欧州委員会など)と別に、ユーロを導入しているユーロ圏諸国だけの経済面の決定機関を新設することを模索している。この策は多方面からの反対を受け、最近まで棚上げされていた。だが、ギリシャが交渉相手をIMFが含まれている「トロイカ」でなく「ユーロ圏の正当な組織」に替えてほしいと要望したことを受け、ユンケルは2月中旬に、ユーロ圏の経済意志決定機関を作る話をEUで再提案した。 (Juncker sparks debate about a core eurozone union)

 ユーロ圏を代表する機関として、ユーロ圏の19カ国の財務相たちで構成するユーログループがあり、ユンケルはかつてこの組織の委員長だった。同組織は非公式の色彩が強い。ユンケルは、ユーログループを正式な機関に格上げし、ギリシャなど南欧で続いているユーロ危機への対策(支援策)を立案し、欧州中央銀行(ECB)に政策を命じる機関に仕立てたい。だが、ドイツ連銀がECBを隠然と(ECBは超国家機関で、表向き一つの加盟国だけからの命令を受けられない)牛耳る従来の体制をドイツが変えたがらず、ユーロ非加盟の英国や東欧もユーロ圏諸国の権限拡大に反対してきた。 (Eurogroup From Wikipedia)

 ユーロ圏の経済決定機関がなく、ECBの決定体制が宙ぶらりんであることにつけ込んで、米連銀は昨夏からECBに圧力をかけ、弊害が多い米国式の金融緩和策(QE、量的緩和策)をECBにやらせる話をまとめてしまった。ECBは、ドイツに隠然と握られていたと同時に、中央銀行として、米連銀を頂点とする中銀ネットワークの中にあり、米連銀は、ドイツを押しのけてECBの意志決定を乗っ取り、ドイツがやりたくない危険な(ドル救済に貢献する)QEをECBにやらせている。 (◆ユーロもQEで自滅への道?) (◆崩れ出す中央銀行ネットワーク)

 ECBへの隠然支配を米連銀に乗っ取られたドイツは、これまで反対してきた、ユーログループをユーロ圏の経済政策決定の正式機関に格上げするユンケル案に反対しなくなっている。ユーログループを、ECBに影響力を行使できる正式機関にすれば、米連銀がECBを乗っ取ってQEをやらせている現状を終わらせられる。しかし、ユーログループの権限拡大への反対論はドイツだけでなく、ユーロ非加盟諸国、加盟各国の権限がEUに吸い取られることに反対する諸勢力(各国の反EU政党など)など多方面に存在し、EU上層部だけの意志で乗り越えられない。

 そんな中、ギリシャでシリザの政権が誕生した。彼らは、自分たちの交渉相手(トロイカ)に、米国(ユーロを潰したい米英金融覇権)の申し子であるIMFが入っていることに反対し、EUの正当な機関との交渉に変えてほしいと要求してきた。報道では、EUはこのギリシャの要求を拒否し、ギリシャは「敗北」したことになっている。しかし実のところEU(ユンケル大統領)は交渉の中で「ギリシャが既存のEU緊縮案を前提とした交渉に応じるなら、トロイカを解散し、急いで別のやり方を考える」とギリシャに提案している。 (EU's Juncker wants to scrap troika's mission to Greece)

 ギリシャは今回、既存のEU緊縮案を前提とすることに合意した。見返りに今後トロイカは解散し「別のやり方」としてユーログループを正式な機関に格上げしてギリシャの交渉相手にする転換が行われるだろう。トロイカを拒否したギリシャの要求は受け入れられた。EU(ユンケル)は、ギリシャの要求を「受け入れざるを得ない」と演じることで、以前からやりたかったユーログループの格上げを実現しつつある。EUは従来、IMFや米連銀といった米金融覇権の機関に振り回され、ユーロ危機に効果のある対策をとれなかった。EU上層部は、独力でこの状態から脱せなかった。ギリシャのツィプラスは、EUが危機対策の態勢を改革できるようにする救世主として現れたと、GEABの記事は書いている。 (Jean-Claude Juncker From Wikipedia)

 EUの中枢は、15年間の政治経済統合によって巨大な超国家権力機構になったが、そこではEU各国の民意が反映される度合いが低い(欧州議会は選挙で選ばれるが、重要策の立案は主要諸国とEU官僚の密室の談合で行われる)。これまでEU各国では、EU統合に黙って協力する政権ばかりだった。GEABによると、ギリシャの新政権は、EU中枢を自国民に有益なものに変えてやると言いつつEUと交渉し、ある程度成功したEU史上初めての政権だ。私も以前の記事に書いたように、これは革命だ。革命を伝播させたくないので、各国のマスコミは「ギリシャ新政権は譲歩して失敗した」と書きたがる。 (◆ギリシャから欧州新革命が始まる?)

 今回のギリシャとEUの交渉延長合意は、EU史上初の、加盟国の民意が勝ち取った獲得物だ。スペインやイタリアの国民は、ギリシャの動きを注視している。いずれ、スペインやイタリアも、EUに借金取り救済策を変えさせるべく、政権交代や交渉を始めるだろう。各国が民意に基づいてEUを変えようと交渉し、それでEUが変わるほど、EUは民主的な組織に衣替えする。国家統合だけして民主体制がなかったEUは、シリザに引っ張られて「民主化」していきそうだ(まだまだ暗闘が続くだろうが)。

 ギリシャはEUにとって必要な存在だ。ギリシャがユーロから離脱することはあり得ないとGEABの記事は書いている。(米国の金融システムが崩壊していく中で)英国のEU離脱も多分ないとも書いている。加えてこの記事は、ウクライナ危機が世界の構造を不可逆的に変えたとも書いている。詳述していないので何のことかわからないが、おそらくウクライナを無茶苦茶にする米国の反露戦略に嫌気がさしたEUが対米従属を不可逆的にやめていく転機がウクライナ危機だという意味だろう。 (NATO, QE, Siriza, the Ukraine, Israel: Highways towards ≪ tomorrow's world ≫ on the horizon)

 欧州人は近代の黎明期に「民主主義」と「国民国家」「ナショナリズム(の扇動)」「(愛国)教育」「マスコミ(によるプロパガンダ)」「徴兵制」「納税」などを発明し、世界に広げた人々だ。その欧州人は冷戦後、既存の「国民国家」を放棄して超国家組織EUに統合する事業をやっている。EU統合では、ナショナリズムの扇動が全く行われていない。「欧州人」の概念が創設・喧伝されていない。ドイツ人はドイツ人のままで、欧州人になっていない。近代国家の体制を作った欧州人のことだから、これは意図的な策だろう。EU統合の新事業によって、欧州は何をやろうとしているのか。ナショナリズムの扇動が二度の世界大戦につながった教訓から、ナショナリズム抜きで超国家組織を作ろうとしているのか。

 しかし「欧州ナショナリズム」抜きのEUは、加盟各国の既存のナショナリズムが扇動されてEU反対を叫ぶ状況に勝てず、弱々しい。この点でも、ひょっとするとシリザは救世主かもしれない。ギリシャの新政権は反EUのように見えて、実のところツィプラスは何度も「ユーロから離脱しない」「ギリシャはEUの一員だ」と言い続けている。ギリシャ人の多くも、それに賛成している。その上で、ギリシャは欧州を下から改革し、革命を全欧に広げようとしている。ギリシャから始まる新革命が、欧州人のアイデンティティ創設と、各国のナショナリズムを上塗りする全欧州ナショナリズムの勃興につながっていく歴史展開を、EUの中枢は期待(誘導)しているのかもしれない。



⑤◆ISISと米イスラエルのつながり

2015年2月22日

 シリア南部とイスラエル北部の間にあるゴラン高原は、もともとシリアの領土だったが、1967年の中東戦争でイスラエルに侵攻され、それ以来、イスラエルは同高原の東側の9割の土地を占領している。ゴラン高原のイスラエルとシリアの停戦ラインには、停戦維持のため、1974年から国連の監視軍(UNDOF)が駐留している。 (Will Israel enter the Syrian civil war?)

 2011年から、シリアでイスラム過激派を中心とする反政府勢力が武装蜂起して内戦になった後、反政府勢力の一派であるアルカイダの「アルヌスラ戦線」が、ゴラン高原のシリア側でシリア政府軍を打ち破り、支配を拡大した。14年前半には、シリア北部でISIS(イスラム国)が支配を拡大したのに合わせ、南部のゴラン高原周辺はアルヌスラの支配地になり、14年夏には、イスラエルとの停戦ラインに沿った地域の大半から政府軍を追い出して占領した。アルヌスラは、国連監視軍の兵士を誘拐する攻撃を行い、国連は14年9月、監視軍を停戦ラインのイスラエル側に退却させた。 (Al-Nusra Front captures Syrian Golan Heights crossing)

「アルヌスラ」はアラビア語で「地中海岸地域(シリア、レバノン、パレスチナ、イスラエルにあたる地域)の闘争支援戦線」の意味で、アルカイダのシリア支部だ。兵力の多くは、もともとイラクのスンニ派地域で米軍と戦い、米軍撤退後、シリア内戦に転戦し、12年にアサド政権を倒す目的でアルヌスラを作った。米政府は同年末にアルヌスラを「テロリスト組織」に指定している。 (New Al Qaeda Video Shows Steady Advance along Israeli Border)

 ISISの前進である「イラクのイスラム国」は、もともとアルカイダの傘下にあり、アルヌスラの同盟組織だったが、13年4月に「イラクのイスラム国」がアルカイダからの独立を宣言した後、両者はライバル関係になったとされ、両者が戦闘したという指摘もある。しかし両者は、思想がサラフィ主義のスンニ派イスラム主義で一致し、アサド政権やシーア派、米欧を敵視しする点も一致している。 (al-Nusra Front - Wikipedia,)

 ISISとアルヌスラは、シリア内戦で、イラン(シーア派)傘下のシリア政府軍、イラク民兵、ヒズボラ、米欧に支援されたクルド軍などと継続的な戦闘に直面しており、相互に仲間割れして戦う余裕がない。両者は、敵対するライバルのふりをしているが実は味方で、対立する別々の組織を演じる策略をとっている可能性がある。米国の駐シリア大使だったロバート・フォードは最近「アルヌスラはISISと見分けがつかない組織だ」「シリア反政府勢力の中には似たような組織が多すぎる」「反政府勢力の大半は過激派であり(米欧が支援していることになっている)穏健派はほとんどいない」と指摘している。 (Former Ambassador Robert Ford Admits "Conspiracy Theorists" Were Right - Jihadists Are Majority Of Rebels)

 そんなアルヌスラが昨夏以来、シリア政府軍を撃退してゴラン高原西部を占領し、国連監視軍を押しのけてイスラエルと対峙している。アルヌスラはイスラエルを敵の一つに名指ししている。イスラエルとアルヌスラの戦争が始まるのかと思いきや、その後の展開はまったく正反対のものになった。国連監視軍が14年末に発表した報告書によると、イスラエル軍は、ゴラン高原の停戦ライン越しに、アルヌスラの負傷した戦士を受け入れてイスラエル軍の野戦病院で手当したり、木箱に入った中身不明の支援物資を渡したりしている。国連監視軍が現地で見たことを報告書にしたのだから間違いない。 (Report of the Secretary-General on the United Nations Disengagement Observer Force for the period from 4 September to 19 November 2014) (New UN report reveals collaboration between Israel and Syrian rebels) (UN reveals Israeli links with Syrian rebels) (UN Peacekeepers Observe IDF Interacting With Al Nusra in Golan)

 イスラエルが停戦ライン越しにアルヌスラを支援するようになったのは13年5月からで、それ以後の1年半の間に千人以上の負傷者をイスラエル側の病院で治療してやっている。イスラエル側は、シリアの民間人に対する人道支援と位置づけているが、負傷者はアルヌスラの護衛つきで送られてくるので、民間人でなく兵士やアルヌスラの関係者ばかりと考えられる。イスラエルのネタニヤフ首相は14年2月にゴラン高原の野戦病院を視察しており、これは政府ぐるみの戦略的な事業だ。国連監視軍は14年6月にも、イスラエルがアルヌスラを支援していると指摘する報告書を出している。 (UN Finds Credible Ties Between ISIS And Israeli Defense Forces) (Israel Is Tending to Wounded Syrian Rebels) (Report of the Secretary-General on the United Nations Disengagement Observer Force for the period from 11 March to 28 May 2014)

 ゴラン高原のイスラエル側とシリア側をつなぐ道路は、クネイトラという町(廃墟)を通る1本だけだが、この道は14年8月末からアルヌスラの支配下にある。イスラエルは、この道を通って、夜間などにいくらでもアルヌスラに支援物資や武器を送れる。クネイトラ周辺にいた国連監視軍は、アルヌスラに脅されてイスラエル側に撤退した。監視軍が見て報告書に書いたのは、イスラエルとアルヌスラの関係性の中のごく一部だけと考えられる。 (Syrian rebels, al Qaeda-linked militants seize Golan Heights border crossing)

 未確認情報で作り話の可能性があるが、ISISが米軍の輸送機C130を持っていて、それがイスラエルのゴラン高原の道路を使った滑走路に離着陸し、イスラエルから物資を受け取っているとか、同じC130がリビアまで飛び、リビアのイスラム過激派の兵士や武器を積んでキルクークやコバニの近くまで運び、劣勢だったクルド軍との戦闘を挽回したなどという話もある。 (Obama Leaks Israeli Nuke Violation Doc Before Bibi Visit)

 米軍は13年から、ヨルダンの米軍(ヨルダン軍)基地で、シリア反政府勢力に軍事訓練をほどこしている。アルカイダやISIS以外の「穏健派勢力」に訓練をほどこす名目になっていたが、かなり前から「穏健派」は、米欧からの支援を受けるための窓口としての亡命組織のみの看板倒れで、米軍が訓練した兵士たちは実のところアルヌスラやISISだった(米軍はそれに気づかないふりをしてきた)。シリアからヨルダンの米軍基地への行き帰りには、ゴラン高原のイスラエル領を通っていたと考えられる(他のシリア・ヨルダン国境はシリア政府軍が警備している)。 (Assad: US idea to train rebels illusionary)

 ヨルダン空軍のエリートパイロットがISISに焼き殺され、世論が激昂する中で、自国内で米軍にISIS訓練を許してきたヨルダンの姿勢を変えようとする動きが起きている。 (Did Jordan Train The ISIS Fighters Who Burned Their Pilot Alive?)

 イスラエルとシリアのゴラン高原の停戦ラインは、シリア内戦で米イスラエルがアルヌスラやISISを支援するための大事な場所になっている。昨年末以来、シリア政府軍と、それを支援するヒズボラやイランの軍事顧問団(要するに「シリア・イラン連合軍」)は、ゴラン高原の停戦ラインに近い地域をアルヌスラが奪還しようと、攻撃を仕掛けている。 (With Iran's help, Assad expands Golan offensive)

 シリア・イラン連合軍を食い止めるため、イスラエル軍は1月末に無人戦闘機をシリア領空に飛ばし、ゴラン高原近くのシリア政府軍の拠点を空爆した。ヒズボラ兵士や、イランから来ていた軍事顧問も殺された。イスラエルがシリア領内を空爆するのは非常にまれだ。シリア・イラン連合軍が優勢になり、アルヌスラがイスラエルに空爆をお願いした結果と報じられている。シリア政府は「イスラエル空軍は、アルカイダの空軍になった」と非難した。 (Southern Syria Rebels Ask Israel to Attack Army, Hezbollah Positions) (Assad: Israel is Al-Qaeda's Air Force in Syria)

 イスラエルがアルヌスラやISISを支援する経路としてゴラン高原の停戦ラインを使っているので、シリア・イラン連合軍が停戦ラインをアルヌスラから奪還しようと試み、それを防ぐためにイスラエル軍がシリア・イラン連合軍を空爆したのに、ワシントンポストなど米国のマスコミは「ヒズボラがイスラエルを攻撃しそうなので先制的に空爆した」と、わざと間違ったことを書き、読者に実態を知らせないようにしている。 (Hasbara happenings: US media again propagandises for Israel) (Tensions rise between Israel and Hizbollah)

 元米軍大将のウェスリー・クラークは最近、米国のテレビに出演し「ISISは当初から、米国の同盟諸国や親米諸国から資金をもらってやってきた。(親米諸国が支援した理由は)ヒズボラの台頭をふせぐためだった」と語っている。ヒズボラの台頭を最も恐れているのはイスラエルだ。クラークは複数形で語っており、イスラエルだけでなくサウジアラビアなどペルシャ湾岸産油諸国のことも示唆していると考えられる。 (General Wesley Clark: "ISIS Got Started Through Funding From Our Friends & Allies")

 サウジは以前、米国に頼まれて、シリア反政府勢力を支援していた。米国が10年にシリアのアサド政権を許すことを検討した時、サウジはいち早くアサドを自国に招待して歓待し、和解した。しかしその後、米国が再び反アサドの姿勢を強めたため、サウジも反アサドに転じた。サウジのシリア政策は、対米従属の一環だ。米国がアルカイダやISISを支援したから、サウジも支援した。しかしISISは14年11月、イラクとシリアを「平定」したら、次はサウジに侵攻し、メッカとメディナを占領すると宣言する動画を発表した。メッカの聖職者は、ISISを最大の敵だと非難し返した。 (Islamic State sets sights on Saudi Arabia)

 サウジ政府はその後、イラクと自国の千キロの砂漠ばかりの国境線に、深い塹壕や高い防御壁からなる「万里の長城」の建設を開始し、ISISが国境を越えて侵入してくるのを防ぐ策を強化した。今やISISは、サウジにとって大きな脅威であり、支援の対象であり続けていると考えられない。サウジは以前、米国に頼まれてISISに資金援助していたが、すでに今は支援していないと考えるのが自然だ。 (Revealed: Saudi Arabia's 'Great Wall' to keep out Isil) (War with Isis: If Saudis aren't fuelling the militant inferno, who is?)

 もしISISやアルヌスラがアサド政権を倒してシリアを統一したら、ゴラン高原を本気で奪還しようとイスラエルに戦争を仕掛けてくるだろう。サウジだけでなくイスラエルにとっても大きな脅威になる。だが米国やイスラエルは、アルヌスラやISISを支援する一方で、彼らがアサド政権を倒してシリアを統一できるまで強くならないよう制御し、彼らの間の分裂や、米欧による空爆も行い、シリアの内戦状態が恒久化するように謀っている。こうすることで、イスラエルは自国の北側に敵対的な強国ができないようにしている。 (敵としてイスラム国を作って戦争する米国)

 米国の上層部では、オバマ大統領が、自国の中東戦略がイスラエルに牛耳られ、馬鹿げたイラク侵攻を起こした体制からの脱却を望み、イラクからの軍事撤退を強行した。国防総省や議会など軍産複合体がイスラエルと同じ立場で、イラクからの軍事撤退に反対し、オバマが撤退を強行すると、次は過激派にISISを作らせて支援し、米軍が中東の軍事介入から脱却できないようにした。オバマは、軍産イスラエルが、シリアやイラクの混乱を恒久化するため、ISISやアルヌスラを強化しているのに対抗し、米軍の現場の司令官に直接命令して「ISISと戦うふり」を「ISISを本気で潰す戦い」に変質させようとしている。 (◆イスラエルがロシアに頼る?)

 イスラエルの軍司令官は昨秋、オバマの「本気に戦い」に反対を表明し「ISISは(米イスラエルの敵である)ヒズボラやイランと戦ってくれる良い点もある。ISISの台頭をもう少し黙認すべきであり、本気で潰すのは時期尚早だ」と表明している。 (West making big mistake in fighting ISIS, says senior Israeli officer)

 オバマは、軍産イスラエルの策動によってイランにかけてきた核兵器開発の濡れ衣が解かれ、イランが経済制裁を解かれて強くなり、ISISを潰せる力を持つよう、イランとの核交渉をまとめようとしている。すでにイランは、ISISと本気で戦う最大の勢力だ。イランがISISと戦うためイラクで組織したシーア派民兵団は10万人以上の軍勢で、兵力5万のイラク国軍よりずっと強い。 (Iran and west narrow gap in nuclear talks) (Pro-Iran militias' success in Iraq could undermine U.S.) (Iran eclipses US as Iraq's ally in fight against militants)

 こうした展開は、イスラエルにとって脅威そのものだ。ネタニヤフ首相は米政界に圧力をかけ、3月に訪米して米議会でイランを非難する演説を行い、オバマに圧力をかけようとしている。しかしこの策は、イスラエルが米国の世界戦略を隠然と牛耳ってきた状態を暴露してしまい、逆効果だ。米国のマスコミは、イスラエルに逆らった議員が落選させられてきた米国の歴史を報じ始めている。 (Benjamin Netanyahu Is Playing With Fire)

 オバマはイスラエルに報復する意味で、米国がイスラエルの核兵器開発に技術供与したことを書いた1980年代の国防総省の報告書「Critical Technology Assessment in Israel and NATO Nations」を機密解除して発表した。米国は、イスラエルが秘密裏に核兵器を開発していたことを正式に認めたことになる。 (US helped Israel with H-bomb - 1980s report declassified) (Critical Technology Assessment in Israel and NATO Nations)

 パキスタンで戦士の勧誘を手がけてきたISISの幹部が、パキスタン当局に逮捕され、自白したところによると、米当局はISISが一人戦士を勧誘するごとに、旅費などとして500-600ドルをISISに渡すことを繰り返してきたという。ISISやアルカイダは、米イスラエルが育ててきた勢力だ。 (Islamic State (ISIS) Recruiter Admits Getting Funds from America) (Islamic State operative confesses to receiving funding through US - report)

 イスラエルは米軍(米欧軍)が中東に駐留する状況を恒久化するため、米の軍産複合体はこのイスラエルの策に乗って米軍事費の肥大化を恒久化するため、ISISやアルカイダを操って跋扈させ、シリアやイラクを恒久的に内戦状態にする策を展開している。軍産イスラエルとISISやアルカイダは同盟関係にある。 (イスラム国はアルカイダのブランド再編)

 この事態を打破し、中東を安定化し、米軍が撤退できる状況を作るため、イランやアサド政権やヒズボラのイラン・シリア連合軍と、オバマは同盟関係にある。イランの背後にいるロシアや中国も、この同盟体に入っている。シリア内戦の解決策として最も現実的なのは、アサド政権と反政府勢力の停戦を大国が仲裁することだが、それをやっているのはロシアだ。米政府はロシアの仲裁を支持している。また中国は以前、中東の国際問題に介入したがらなかったが、最近ではイランの核問題の解決に貢献する姿勢を強めている。事態は、不安定化や戦争を画策する軍産イスラエル・米議会・ISISアルカイダ連合体と、安定化や停戦を画策するイラン露中・アサド・ヒズボラ・オバマ連合体との対立になっている。 (Kerry Supports Syrian Peace Talks in Russia) (China's foreign minister pushes Iran on nuclear deal)

 日本は先日、2人の国民がISISに殺された。戦後の日本人は、戦争を好まない民族だったはずだ。本来なら、ISISを本気で潰して中東の戦争を終わらせて安定化しようとするイラン露中・アサド・ヒズボラ・オバマ連合体の一員になってしかるべきだ。しかし最近の日本は、オバマの大統領府でなく、軍産イスラエル複合体に従属する国になっている(ドイツなど欧州諸国も同様だ)。

 ISISが日本人2人を殺すと脅迫した事件は、安倍首相が、ISIS退治に2億ドル出すと表明しつつ、ちょうどイスラエルを訪問している時に起きた。イスラエル政府は、ISISが日本人を殺そうとしていることを非難し、日本と協力してISISと戦うと表明した。しかしイスラエルは実のところ、裏でISISやアルヌスラを支援している。 (安倍イスラエル訪問とISIS人質事件)

 2人殺害の事件が起きるまで、日本のマスコミはISISについてあまり報じなかった。遠い中東で起きている複雑な背景の現象だから、報道が少ないのは当然だった。だが事件後、テレビは毎日必ずISISのことを報道する。これは911後のテロ戦争と同様、米国(軍産)主導の新たな国際体制を作ろうとする時のプロパガンダ策のにおいを感じる。

 軍産イスラエルは、自分たちが支援しているISISが日本人やヨルダン人や米英人やエジプト人らを次々と殺害し、世界がISISとの戦争に巻き込まれ、中東に軍事関与せざるを得ない事態を作ることで、911以来14年経って下火になってきた、テロリストが米国の世界支配を維持してくれる「テロ戦争」の構図を巻き直そうとしている。イスラエルは、オバマやEUなど、世界から敵視を強められている。それに対抗する策としてISISは便利な存在だ。

 安倍首相のイスラエル訪問は、安倍がイスラエル現地で会ったマケイン米上院議員ら、米政界の軍産イスラエル系の勢力からの要請を受けて行われた(イスラエルはパレスチナ問題で欧州に経済制裁される分の投資や貿易を日本に穴埋めさせたい)。安倍は軍産イスラエルに頼まれてイスラエルを訪問し、訪問とともにISISに人質事件を起こされ、軍産イスラエルの新たなテロ戦争に見事に巻き込まれた。日本は、ISIS人質殺害事件を機にイスラエルとテロ対策で協調を強めようとしているが、これは防火体制を強化する策を放火魔に相談するのと同じで、とても危険だ。

 今のイスラエルの危険さは、国際的に追い詰められている点にある。イスラエルは国際政治力に長けていて謀略の能力が高い。対照的に戦後の日本は、対米従属の国是をまっとうするため、国際政治や謀略の技能を自ら削ぎ、国際情勢に無知な、諜報力が欠如した状態を、意図して維持してきた。そんな無知な日本が、追い詰められた謀略国イスラエルに、のこのこと接近している。ひどいことにならないことを祈るしかない。



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