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折々の記 2015 ⑤
【心に浮かぶよしなしごと】
【 01 】06/12~ 【 02 】06/19~ 【 03 】06/21~
【 04 】06/24~ 【 05 】06/27~ 【 06 】06/29~
【 07 】07/01~ 【 08 】07/03~ 【 09 】07/07~
【 05 】06/27
06 27 田中宇の国際ニュース解説 世界はどう動いているか
① 世界に試練を与える米国 【2015年6月26日】
② 革命に向かうEU 【2015年6月23日】
③ 大企業覇権としてのTPP 【2015年6月18日】
④ 債券市場の不安定化 【2015年6月15日】
⑤ 南シナ海の米中対決の行方 【2015年6月1日】
⑥ 超金融緩和の長期化 【2015年5月23日】
06 27 (土) 田中宇の国際ニュース解説 世界はどう動いているか
田中宇情報は大変役にたっている。 このまえ取りあげた情報は次の 4本 でした。
05 17 田中宇の国際ニュース解説 ①②③④ の 4本
http://park6.wakwak.com/~y_shimo/momo.554.html
① 現金廃止と近現代の終わり<04/22>
② 人民元、金地金と多極化<04/26>
③ 出口なきQEで金融破綻に向かう日米<04/28>
④ 多極化への捨て駒にされる日本<05/10>
きょう取り上げたのは次の 7本 です。
06 27 田中宇の国際ニュース解説 ①②③④⑤⑥ 6本
http://tanakanews.com/
① 世界に試練を与える米国 【2015年6月26日】
② 革命に向かうEU 【2015年6月23日】
③ 大企業覇権としてのTPP 【2015年6月18日】
④ 債券市場の不安定化 【2015年6月15日】
⑤ 南シナ海の米中対決の行方 【2015年6月1日】
⑥ 超金融緩和の長期化 【2015年5月23日】
【2015年6月26日】
① 世界に試練を与える米国
http://tanakanews.com/150626ordeal.php
ここ数年、私は、毎日国際情勢の動きを見ていて「米国は、世界に試練を与えることを戦略として続けているのでないか」という、一見すると突拍子もない仮説を抱く事態にときどき出くわす。キリスト教的、もしくはイスラム教やユダヤ教を含む3つの一神教的にいうと「乗り越えられない試練はない」。神様は、人々(信者)を鍛えてより良い状態にするために試練を与えるので、その試練は人々が最大限努力すると何とか乗り越えられる程度のものであり、人々がいくら頑張っても乗り越えられない極度の試練は設定されない。人々が挫折しそうになると神が希望を与えて励ます。そんな物語が一神教の教えの中にある。米国は、こうした一神教のシナリオに沿って、自らが神の立場に立ち、世界各国の政府や人々に、各種各様の「試練」を与え続けている、というのが今回の仮説だ。
米国は、たとえばロシアに対し「ウクライナ危機」という試練を与えている。ロシアがソ連だった時代、ウクライナは自国の一部だった。ロシア最重要の黒海岸のセバストポリ軍港はウクライナ領内のクリミアにあったし、ウクライナ東部の住民はロシア系だったが、ウクライナがソ連国内だった時代は何の問題もなかった。ソ連崩壊後、ウクライナは独立国となったが、ロシアとの関係が比較的良かったので問題が起きなかった。ところがヌーランド国務次官補ら米当局は、13年秋からウクライナのヤヌコビッチ親露政権を転覆する市民運動を支援扇動し、14年3月、政権転覆と、反露政権の樹立に成功した。新政権はロシア語を公用語から外し、セバストポリの露軍への賃貸を打ち切る検討をするなど、ロシアと敵対する姿勢に出た。 (危うい米国のウクライナ地政学火遊び)
米国主導の政権転覆によってウクライナは、ロシアにとって、欧州との緩衝地帯というプラスの意味を持つ国から、自国に敵対する脅威に転換した。ロシアはまず、セバストポリ軍港の喪失を防ぐため、ロシア系がほとんどであるクリミアで、ウクライナからの分離独立、ロシアへの併合を求める住民運動を起こさせ、住民投票での可決を経て、クリミアを併合した。ウクライナ東部のロシア系住民は、ウクライナからの分離独立を求めて武装決起し、ウクライナ軍と内戦になった。米国は欧州を引き連れてロシアへの敵視を強め、ロシアを経済制裁し、ウクライナを支援した。ウクライナの東部住民はロシアに軍事支援を求めたが、ロシア政府が東部に武器を支援すると米欧に対露制裁の口実を与えてしまうので、ロシア市民(軍人ら)が個人的にウクライナ東部を支援する形式を守った。 (ウクライナ軍の敗北)
米欧の対露制裁は、ロシアのクリミア併合と東部への武器支援を理由にしていたが、クリミア併合は米国がウクライナに内政干渉して反露政権を作ったこと対するロシアの正当防衛の範囲内だし、ロシアによる東部への武器支援は行われておらず濡れ衣だ。欧州の監視団OSCEもロシアが東部に武器支援していないと認めている。米国は、ウクライナの政権を転覆した上、それに対するロシアの正当防衛を「国際法違反」と決めつけて経済制裁している。国際法違反は、ウクライナに内政干渉した米国の方なのだが、米欧日のマスコミは米国覇権のプロパガンダ機関になり、善悪を歪曲している。 (プーチンを怒らせ大胆にする)
昔のロシア(ソ連)なら、戦車部隊をキエフに差し向けてウクライナの反露政権を軍事的に転覆し、追放されロシアに亡命中の親露派のヤヌコビッチを大統領に据え直したかもしれない。しかし、それをすると米欧がロシアを長期制裁することに口実を与える。プーチンのロシアがやったことは軍事を使わず外交のみで、ベラルーシのミンスクに関係諸勢力(露、ウクライナ、東部露系、監視団OSCE、のちに独仏も)の代表を集め、ミンスク停戦協定を構築することだった。 (ウクライナ再停戦の経緯) (プーチンを強め、米国を弱めるウクライナ騒動)
米国はロシアに対し、まずウクライナ政権転覆という試練を与え、ロシアがクリミア併合で応えると、ロシア制裁という次なる試練を与え、ロシアが軍事を使わず外交に徹するという試練の乗り越えをやってミンスク停戦体制を構築しても、まだ濡れ衣的なロシア制裁を続けた。米国はNATOを引き連れてバルト三国などでロシア敵視の軍事演習などを続けてロシアを苛立たせ、試練を与え続けたが、ロシアはパイプライン敷設を使った経済的な取り込み作戦を含む外交戦略だけで対応し、試練を乗り越えている。プーチンの人気はロシア内外で高まっている。ロシア国内のプーチン支持率は89%だと、米マスコミすらが報じている。 (Putin scores highest ever poll rating) (ロシアは孤立していない)
ウクライナ危機は、ロシアだけでなく欧州にとっても試練となっている。欧州の指導者たちは、米国が欧露戦争に発展しかねないウクライナ危機を起こし、ロシアは停戦体制を構築して危機の解消に貢献しているのに、マスコミが善悪を逆さまに報じていることを知っている。しかし欧州はNATOとして米国の傘下にあり、覇権国である米国が善悪を歪曲してロシアと敵対するのだと言えば、追従せざるを得ない。欧州は、対米従属を静かに脱する策としてEU統合を推進してきたが、米国によるロシア敵視策やそれによるNATOや冷戦構造の復権は、そうした欧州の策略を困難にしている。米国が起こしたウクライナ危機は、欧州に、国家統合による対米自立策を妨害する試練を与えている。 (米国の新冷戦につき合えなくなる欧州) (茶番な好戦策で欧露を結束させる米国)
ロシア制裁で最も被害を被っているのは欧州で、昨春以来の対露制裁は欧州に1千億ユーロの損失を与え、全欧で200万人、ドイツで50万人の雇用喪失につながったと、ドイツの新聞(Die Welt)が報じている。欧州が、米国から与えられた試練を乗り越えず、対米従属に安住して対露制裁に参加し続けると、欧州経済が打撃を受けるばかりだ。しかし欧州では上層部やマスコミで対米従属派がまだ強く、公式論として「ウクライナ危機で悪いのはロシアでなく米国だ」と言うことができない。 (EU losses from anti-Russia sanctions estimated at 100 bln euro)
欧州にできることは、一方で米国主導の対露制裁につき合いつつ、他方で従来どおり目立たないように欧州統合を進めることだ。EUのユンケル大統領は6月22日、EU各国の財務省の機能を10年後の2025年までに統合するという財政統合の構想を発表した。税制や予算編成は各国の権限として残すが、財政赤字を制限する機能は、各国の財務省が決定権を持つ従来のガイドライン方式から、EU当局が決定権を持つ統合方式に移行する。ギリシャなどで起きている国債危機を防ぐための方策との口実で、EU統合が進められようとしている。 (Eurozone should have own treasury by 2025)
ギリシャ危機も、米金融界の投機筋がユーロを潰すことでドルの覇権(基軸通貨性)を守るためにギリシャの国債先物市場を破壊して起こしたことと考えると、米国が欧州に与えている試練だ。欧州がこの試練を乗り越えるには、米国覇権の一部であるIMFが新興諸国を潰すためにやってきた借金取り政策(巨額資金を流入させてバブルを膨張させ、投機筋にそれを潰させ、IMFが救済するといって破綻国に成功しない緊縮策を採らせ、借金漬けにする)をEUが拒否することが必要だ。前回の記事に書いたとおり、欧州の上層部は、ギリシャや南欧、東欧の人々がIMF反対を強め、欧州議会を席巻するなど民主的なやり方で、EUが経済政策の分野で対米従属を離脱する流れを期待している観がある。 (革命に向かうEU) (ギリシャから欧州新革命が始まる?)
IMFは、同じ財政破綻しかけている国の中でも、米国傀儡のウクライナには何の条件もつけずに追加融資するのに、対米自立的なギリシャには難癖をつけて貸さない。IMFには戦争している国に追加融資しないという規定があるのに、IMFはそれを自ら破っている。これも、ギリシャや南欧諸国の人々のIMF敵視の世論を強めるために米国が与えている試練に見える。ギリシャのチプラス政権は地政学を踏まえた策士なのでなかなかデフォルトしないが、ウクライナは7月にもデフォルトしかねない。 (IMF Violates IMF Rules, to Continue Ukraine Bailouts) (IMF Humiliates Greece, Repeats It Will Keep Funding Ukraine Even If It Defaults) (Ukraine could default in July - finance minister)
EUでは中央銀行(ECB)が米国に圧され、3月からユーロを大量発行してドルを守るQE(量的緩和策)をやっている。その後、ドイツなどEU各国の国債金利が乱高下する債券市場の流動性の危機が起きており、QEはユーロを不安定にしている。これも、ロシア制裁やギリシャ危機と並び、米国の圧力でEUが自分たちの不利になることをやらされている試練の一つだ。試練を乗り越えるには、EUが対米従属をやめるしかない。だが、それは困難で、EUは次々と米国から与えられる試練を一つも乗り越えられず、苦闘している。 (欧州中央銀行の反乱) (ユーロもQEで自滅への道?)
中東ではイランが、米国から次々と試練を課されている。イランはNPTやIAEAといった核技術の軍事転用禁止を監視する国際機構に入り、査察も受けて軍事転用していないと認められてきたが、米国は03年のイラク侵攻前後から「イランが核兵器を開発している」と濡れ衣をかけて経済制裁を強化し、先制攻撃すると言って脅してきた。イランが米国の濡れ衣を解くため、IAEAの査察を受けると、次々と新たな濡れ衣をかけて別の施設を査察させろといったり、米国は疑いが解かれたはずの同じ施設を何度も査察しようとしたりして、繰り返し試練を与えてきた。 (善悪が逆転するイラン核問題) (歪曲続くイラン核問題)
イランは、もともと欧州との経済関係が強かった。だが欧州が米国の濡れ衣につき合ってイランを制裁し続けるので、イランは中国やロシア、インドなどとの経済関係を強め、「西」との関係を「東」との関係に切り替えることで、制裁を何とか乗り切っている。ロシアも同様に、欧州との関係が制裁で切られ、中国との関係を強めた。イランやロシアは、米国から与えられた経済制裁の試練を、主に中国との関係強化によって乗り越えている。 (イラン制裁はドル覇権を弱める) (中露結束は長期化する) (イラン核問題と中国)
イランの核問題は、交渉の最終期限である6月30日もしくは7月初めに、イランと米欧露中(P5+1)が協約を締結する可能性が強くなっている。イスラエルのハアレツ紙は、数日遅れるかもしれないがイランとP5+1の協約締結が確実だと予測している。協約締結は、米国が与えた試練をイランが乗り越えたことを意味する。 (After Gaza report, Israel is losing its clout on Iran) (続くイスラエルとイランの善悪逆転)
米国はイランに核の濡れ衣という支援を与える一方で、覇権的な利得をイランに与えている。米国は、フセイン政権(スンニ派)を潰した後のイラクに民主主義の政治体制を与えたが、その結果できたのはイラク国民の6割を占めるシーア派の政権だった。イラクのシーア派政権は米国と対立する傾向を強め、その分、同じシーア派のイランに頼るようになった。イランは労せずして隣国イラクを手に入れた。しかし最近になって、米国はこの面でも新たな試練をイランに与えている。それはISIS(イスラム国)だ。 (「イランの勝ち」で終わるイラク戦争) (To Many Iraqis, U.S. Isn't Really Seeking to Defeat Islamic State)
ISISを作ったのはイラク占領米軍が運営する監獄に収容されていたイラク人たちで、ISISは米イスラエルが中東の恒久分断状態を作るために作った組織といえる。米軍は、一方でISISと戦うイラク政府軍を指揮する顧問団として入り、他方でイラク軍と戦うISISに武器を空から投与して支援している。スンニ過激派であるISISは、シーア派のイランを仇敵とみなしている。ISISによって潰されそうなシリアのアサド政権は、イランを最大の頼り先としており、イランは自国の軍事顧問団のほか、レバノンのシーア派武装組織ヒズボラをシリアに派遣してISISと戦わせている。 (露呈するISISのインチキさ) (わざとイスラム国に負ける米軍)
米国が作ったISISとの戦いにイランが勝てば、イランは自国からイラク、シリア、レバノンの地中海岸までを影響圏として拡大し、イスラエルに隣接する勢力となる。試練を乗り越える見返りは大きい。ISISに勝てなければ、イランは、かつてイラクと8年間戦った「イラン・イラク戦争」の時のように、米イスラエルの策略で長期の消耗戦を強いられ、中東のシーア・スンニの恒久内戦化によって弱い状態が続き、その分イスラエルが有利になる。 (ISISと米イスラエルのつながり)
米軍内では、イラク3分割案が検討されている。これはイラクを(1)イラン傘下のシーア派のイラク(2)ISIS(3)クルド人国家という3つの新国家として承認する動きで、ISISを強化するのが隠れた目的だ。中東は、イランが核問題で国際的に許され強化されてアサドを支援しつつISISを倒すか、ISISがアサドを倒して事実上の国家として認められてイランを弱体化させ中東の分断状態が恒久化するか、という分岐点にいる。イランに課された試練は、中東全体の未来を左右する。 (Concerns as Pentagon Chief Broaches Possibility of `Three Iraqs, not One') (Iraqi Shi'ite Militias Say US `Help' Is Unwelcome in ISIS Fights)
ロシア、イランとくれば、次は中国だ。中国は宗教が一神教でない。だが、国際共産主義運動の生みの親が欧州人(ユダヤ教徒、キリスト教徒)だっただけに、共産党を正当化する神話には一神教的な要素が多分に含まれる。心清らかな人民が、禁欲的な党に率いられ、試練を乗り越えて努力し、共産主義の理想郷(=神の国)に近づくシナリオは、多分に一神教的だ。今の中国の党員と人民は禁欲的でも心清らかでもないが、中共の人々は「帝国主義者」が次々に与えてくる試練を乗り越えることに、今も闘争心を燃やす。
最近、米国が中国に与えた試練の一つは、南シナ海をめぐるものだ。中国は昨年から、自国が占領する南シナ海の珊瑚礁を埋め立てて島にして軍事施設を設置する工事を続けている。同様の工事はベトナムやフィリピンもやっており、中国はそれを巨大な規模でやっている。今春、米国がこれに目をつけ、中国包囲網策の一環として、偵察機を飛ばすなど敵対的な挑発を始めた。中国は対抗心を燃やし、工事の速度を上げている。埋め立てた島に最新の軍事設備を置き、米軍機が接近したら迎撃できるようにして、南シナ海に防空識別圏を設定するとの説もある。 (南シナ海の米中対決の行方)
米国が試練(挑発)を与えた結果、逆に中国は米国を南シナ海から追い出すところまでやろうとしている。中国は急速に軍事力をつけており、中国沿岸地域では米軍と互角か、中国の方が強くなっている。中国には米軍を南シナ海から追い出せる軍事力などないと言い切れる時代は終わっている。米国が、中国包囲網策で中国に軍事的な圧力をかける(試練を与える)ほど、中国は軍事力を急拡大して試練を乗り越えている。米国は、最終的に第2列島線のグアム以東に引っ込むことになる。 (US-China: Shifting sands) (中国の台頭を誘発する包囲網)
経済面では、今春のAIIB設立が、米国による試練とそれに対する中国の乗り越え行為として存在する。米国は、IMFやADB(アジア開発銀行、米日主導)が中国の発言力(出資比率)を拡大することを決めたのに、それを批准することを拒否し、中国に試練を課した。中国はADBに対抗できるAIIB(アジアインフラ投資銀行)を設立し、米国は欧州などの関係諸国にAIIBに入るなと命じたのに、日米以外のすべての関係国がAIIBに入ってしまい、中国の勝ちになった。中国は、ロシアやイランに比べ、米国の試練を容易に乗り越えている。ロシアを敵視する軍産複合体、イランを敵視するイスラエルといった、米国を牛耳る勢力の中に、強い反中国勢力がいないからだろう。 (日本から中国に交代するアジアの盟主) (China Rising - Pepe Escobar)
米国が中国に課す試練は、アジア太平洋の他の国々にも試練を与えている。米国は、経済面の中国包囲網としてTPPを制定しようとしているが、オーストラリアや東南アジア諸国は、米国とだけでなく中国とも貿易関係を拡大したい。米国は、同盟諸国が中国と経済関係を強化することを好まないが、オーストラリアはTPPに参加する一方で、先日、中国とのFTA(自由貿易協定)を締結した。豪州は、米国から中国とつき合うなと圧力をかけられても、その試練をやすやすと乗り越え、中国とFTAを結んだ。 (China, Australia sign landmark free trade agreement)
このように、米国が世界各国に与える試練は「国益を損なっても米国の言うことを聞け」という覇権行使策になっている。試練の策を考案しているのは、米露冷戦復活や中国包囲網、イラン弱体化(中東内戦の恒久化)などをやりたい軍産イスラエル複合体だ。ユーロ危機を起こしてドルの金融覇権を維持したい米金融界も考案者だろう。米国が与える試練を乗り越えると、その分だけ米国の覇権体制に風穴が開き、覇権体制が崩壊していく。ロシアや中国やイランが、米国からの試練を完全に乗り越えると、露中イランはそれぞれの地域の米国に代わる地域覇権国となり、世界の覇権体制が多極型に転換する。 (中露の大国化、世界の多極化)
軍産イスラエル複合体や米金融界は、各国に試練を与えているが、その本来の目的は、各国に試練を乗り越えてもらうためでなく、各国が試練を乗り越えず米国の言いなりになり、それによって米国の覇権体制が維持されることだ。しかし、米国の上層部には、自国の覇権を解体して多極化したい勢力もいて(オバマ大統領は多分その一人だ)彼らが試練を一神教的な「頑張れば乗り越えられる」水準に調整して施行し、試練を覇権維持の道具から覇権解体の道具に変質させている。この時点で、服従を目的とする「圧力」が、乗り越えられることを目的とする「試練」に転換している。宗教上の「試練」を思わせる手法をとる理由は、その方が一神教の人々のやる気を起こせるからだろう。 (イランとオバマとプーチンの勝利)
全体として米国は、世界を多極化するために各国に試練を与え続け、試練を乗り越えた国から順番に、多極型の新世界秩序における極の一つになっていく。一神教の世界では、人々を超える存在である「神」が人々に試練を与えるが、国際政治(国家間政治)の世界では、国家を超える存在である「覇権国」が、諸国に試練を与えている。国際政界では、試練が神に近づくためでなく、神を乗り越えて自分たちが神(地域覇権国)になるためにある。 (負けるためにやる露中イランとの新冷戦)
米国から与えられる試練を乗り越えられない国、対米従属を脱せない国は、苦闘し続ける。ウクライナやギリシャ、イランなどの問題で、米国やIMFの言いなりから脱せない欧州がその一つだ。新国王が対米自立を模索したとたん、イエメンとの戦争に追い込まれたサウジアラビアもその例だ。英国やイスラエルも、米国を牛耳ろうとしてもうまくいかないことが多くなり、苦闘している。 (米国に相談せずイエメンを空爆したサウジ)
米国から試練を与えられても、それを試練と認識すること自体を避け、対米従属を続けつつ苦闘もしていないめずらしい国が、わが日本だ。そもそも日本は一神教から遠い社会だ(あるイスラム教徒は、日本人が108人の神がいると言うのは、イスラム教で唯一の神が108つの名前を持っているのと同じことでしかないと言っているが)。米国は、普天間基地の辺野古移転問題で日本に試練を課したが、その試練の被害者は沖縄の人々に限定され、本土の人々は無関係・無関心で問題の存在すら感じずにおり、試練として機能していない。 (沖縄から覚醒する日本) (日本の官僚支配と沖縄米軍) (多極化への捨て駒にされる日本)
ドル延命のために円を自滅させる日銀のQEも、いずれ円や日本国債の破綻を引き起こすだろうが、それまでは危険性が日本のマスコミでほとんど報じられない状態が続くだろうから、警告も発せられず、早くQEをやめるべきだという意見も広がらない。QEで日本が破綻しても、QEがドル延命のため円を自滅させる策だったことが広く知られることはないので、これまた試練として機能していない。 (加速する日本の経済難) (出口なきQEで金融破綻に向かう日米)
米国が発する試練(圧力)を無視する構造を持つ日本は、世界の転換に最後まで気づかない人々になるだろうが、01年の911テロ事件より前は、世界的に、米国の覇権崩壊の可能性もあまり語られず、覇権国の圧力が乗り越えるべき試練と感じられることも少なかった。911事件が、イスラム世界に対する試練の始まりだった。その後03年に大量破壊兵器(WMD)のウソに基づく米軍イラク侵攻が起きたが、世界の多くの国では、イラクがWMDを持っていないと知りながら米国がWMDを理由にイラクを侵攻したことが問題にされず、米国覇権の問題点が隠蔽される傾向だった。
08年のリーマン倒産後、多極型のG20が、米英主導のG7に取って代わり、G20サミットがドル覇権(ブレトンウッズ体制)の終わりも論じられたが、これまた世界の多くの国が米国覇権の崩壊より不健全な延命を好み、米日欧でドル延命のためのQEが行われ、今に至っている。米国が覇権を維持しているのは、米国自身でなく、覇権延命を希望する諸国の力によっている(だから米国が無茶苦茶をやっても覇権が維持される)。対米従属は、日本が世界で最も根強いものの、世界的な傾向だ。中国政府も最近まで、米国覇権が永続した方が良いと考えていた。 (「ブレトンウッズ2」の新世界秩序) (G8からG20への交代)
しかしその一方で、米国の外交軍事戦略が次々と失敗し、QEの不健全さを指摘する声も(日本以外で)強まっている。米覇権の延命はしだいに困難になっている。露中イランは、覇権構造の早期の転換(米国覇権崩壊)を望む傾向を増している。露中が結束してドル離れ戦略をやるとドル覇権は崩れると、米国のロン・ポールが指摘している。露中イランなど、世界各国に試練を与えて覇権構造を転換しようとする米国中枢の策は、成功しつつある。 (Ron Paul says Sino-Russian currency will `dethrone dollar')
【2015年6月23日】
② 革命に向かうEU
http://tanakanews.com/150626ordeal.php
米国債を頂点とする国際金融システムが、QEなど前代未聞の金融緩和策によるバブル膨張で危機に瀕しているという指摘が出続けている。先日ロシアのサンクトペテルブルグで開かれた経済フォーラムに出席した著名投資家のジム・ロジャーズ(ジョージ・ソロスの元相棒)は、先進諸国ので中央銀行に対する信用が揺らいでおり、1-2年内に金融危機が起こる可能性を指摘した。同時に、当局がうまいことバブル崩壊を防げば2022年ごろまで大丈夫かもしれないとも述べた。また彼は、危機に際して当局が人々(投資家など)の資産を没収する(ベイルイン)傾向が強まる、中国のバブルが崩壊する、ロシア経済は回復する、金融危機が起きたら金地金が上昇する、といった予測を発した。 (Jim Rogers: Turmoil Is Coming)
英国の債券投資基金の運用家(Ian Spreadbury)は最近、金融危機によって銀行が破綻し、預金を引き出せなくなるかもしれないので、資産の一部を現金で持っておいた方が良いと指摘した。ゼロ金利の長期化で、先進諸国の銀行は赤字体質がひどくなっており、QEに扇動され膨張を続ける金融バブルが崩壊したら、銀行が連鎖破綻する可能性がある。預金保険など銀行破綻に備える資金は米欧日とも不足しており、次に大きな金融危機が起きたら、公金で救済する「ベイルアウト」でなく、銀行の債権者や預金者から資産を没収する「ベイルイン」の策が採られる。「現金で持て」という指摘の背景に、そうした米欧の状況がある。 ('It's time to hold physical cash,' says one of Britain's most senior fund managers) (Full-Blown Panic Coming As This Historic Market Bubble Implodes. Signs Of The Bubble's Last Days)
先週、米連銀が理事会(FOMC)を開き、利上げしないことを決めた。「米国の景気が回復基調なので、米連銀はそろそろ利上げする」と喧伝されているが、実のところ、利上げによって金利負担が増加すると、米政府も企業(債券発行者)も負担増に耐えられず、それが金融危機の引き金を引きかねない。米経済の延命には、ゼロ金利の維持が不可欠だ。米連銀は、景気の改善を粉飾するため、今にも利上げしそうな雰囲気を漂わせているだけで、実際の利上げが挙行される可能性は非常に低い。 ("Lift-Off" Lies And The Fed's Reputational Risk) (超金融緩和の長期化)
米国債とドルを頂点とする国際金融システムと、米国の金融覇権を守るために、米金融界とその傘下の人々は、世界経済の米国以外の領域を先に金融危機に陥らせることで、世界に散らばる巨額資金がリスク回避のため米国の金融市場に戻らざるを得なくなるよう仕向けている。最近、危機に陥らされている領域は、中国など新興市場諸国の株式や債券、それから欧州のギリシャ危機だ。先週、中国株は一週間で10%ほど急落した。 (Chinese shares suffer biggest weekly drop in 7 years) ("Calm Reigns" Everywhere As Greece Inches Closer To Default, China Crashes) (債券市場の不安定化)
中国株がバブル膨張してきたのは確かだが、中国は5-7%の経済成長を続けているという裏付けがある。実体経済がほとんど成長していない(実質的にマイナス成長)なのに、株価が急上昇している日本や米国の方が、株のバブルはひどい状態にある。それなのに、米日でなく中国の株が暴落するのは、実体経済の動きに連動したものでなく、投機筋による金融戦争の側面が強い。 (Signs Of Financial Turmoil Are Brewing In Europe, China And The United States) (出口なきQEで金融破綻に向かう日米) (アベノミクスの経済粉飾)
ギリシャでは6月に入り、ギリシャ政府がIMFへの債務を決められた期日に返済できずデフォルト(債務不履行)に陥らされる可能性が増した。ギリシャのチプラス政権は、債務の多い諸国を救済するといって逆に借金地獄に陥れて支配する以前からのIMFのやり方を非難し、ギリシャや南欧諸国の人々の支持をとりつけ、経済の問題を政治の問題に転換することで、劣勢を挽回しようとしている。 (Defiant Tsipras Warns European Leaders They Are "Making A Grave Mistake")
ギリシャ政府は金欠で、6月に入り、IMFやECB(欧州中央銀行)、EUという3つの債権者(トロイカ)に対する債務を返済できない状態になった。ギリシャ政府は6月5日、IMFに対する3億ユーロの債務返済期限に、返済を行わなかった。代わりに同日、ギリシャがトロイカから借りた資金の中に返済すべきでない違法なもの(ギリシャ前政権とトロイカが違法に決めた債権債務)がないか調べる「真相究明委員会」を与党シリザ内に4月に創設して調査中なので、委員会の結論が出るまで債務を返済しないと発表した。 (Greek 'truth' committee probes legality ofEU bailouts) (Greece Abandons "Red Lines" As Troika Meets In Berlin To Craft "Deal")
IMFの債務を返済しないと国家として「債務不履行」(デフォルト)になるが、IMFには「月末一括払い」の制度があり、ギリシャ政府は月末払いへの変更を申請することで、6月5日が期限だった債務の期限を6月30日まで延長することで、この日のデフォルト発生を避けた。 (Greece to delay IMF repayment as Tsipras faces backlash)
その後6月17日に、与党シリザの「真相究明委員会」が、IMFなどトロイカがギリシャに貸した資金の「すべて」が、ギリシャを救済するふりをして借金地獄におとしいれるためにトロイカが仕掛け、金融界の傀儡だったギリシャの前政権がそれを鵜呑みにした結果の違法なものであるという結論を発表した。ギリシャが02年にユーロに加盟した後、欧州から大量の資金がギリシャ市場に流入してバブルが扇動され、その後11年に投機筋が先物取引でギリシャ国債市場を崩壊させてバブルを潰し、IMFなどトロイカがギリシャを救済するといって借金漬けにした。そうした経緯が、この報告書に書かれている。 (Executive Summary of the report from the Debt Truth Committee) (Greek Debt Committee Just Declared All Debt To The Troika "Illegal, Illegitimate, And Odious")
ギリシャのチプラス首相は、真相究明委員会の調査結果を全面的に受け入れ「IMFは犯罪者だ。ギリシャの債務危機を起こした責任はIMFにある」と議会で演説した。この前後から、ギリシャ政府はトロイカとの交渉で態度を硬化させ、トロイカが要求する、公的年金の支給開始年齢の引き上げや、消費増税などの財政再建策を拒否し、逆にトロイカの借金取り戦略を強く非難するようになった。交渉は決裂状態となり、6月30日にギリシャがIMFに債務を返さずデフォルトする可能性が高まった。 (IMF bears criminal responsibility for Greece economic crisis: Tsipras) (Tsipras Hardens Greek Stance After Collapse of Talks)
マスコミや金融「専門家」たちの多くは「極左」政党のシリザと、40歳の「若造」チプラス首相が、借金を返せなくなった挙げ句、大間抜けにも、格好よさげにふるまうためだけに、IMFを犯罪者呼ばわりして6月末のデフォルトを確定させる自滅策をやった、ギリシャはデフォルト間違いなしで、ユーロから離脱するだろうという論調だ。しかし、IMFが1980年代から世界のあちこちの国に対して行ってきた借金地獄戦略を、ギリシャのシリザやチプラスが、正面から痛烈に非難して債務の返済を拒否した後、IMFやトロイカの態度が微妙に変質し始めた。たとえば、IMFのラガルド専務理事の周辺が、ギリシャが6月末に債務を返済しなくても、返済期限を1カ月もしくはもっと長く延長する選択肢を示し始めた。 (Europe Warns Of "State Of Emergency" As Greek Stalemate Drags On)
ギリシャの中央銀行総裁(Yannis Stournaras)は、前政権で財務相をやっていた人で、IMFや金融界、トロイカと仲が良い。シリザ政権が、IMFの借金取り戦略を「犯罪」だと断罪し、トロイカと対決する姿勢を強めた後、ギリシャ中銀は「トロイカの要求に従って金融支援をとりつけない限り、ギリシャの金融が破壊される」とする報告書を作成し、ギリシャ議会に提出しようとした。議会の議長(Zoi Konstantopoulou)は、中銀報告書の受け取りを拒否し、逆に議会の真相究明委員会の報告書を引用して「犯罪者のIMFと交渉するのは間違いだ」と表明した。 (Greece's Ruling Party Goes to War With Its Own Central Bank) (House speaker and SYRIZA in attack on Bank of Greece governor)
ギリシャ中銀はシリザ政権を敵視する方向に態度を硬化し、6月18日には「週明けまでにギリシャ政府がトロイカと金融支援で合意できない場合、ギリシャの銀行が連鎖破綻しかねない」と発表した。中央銀行が自国の銀行界の破綻を「予告」するのは前代未聞だ。ギリシャ中銀総裁は、自国の銀行を破壊し、それをシリザ政権のせいにすることで一矢報いようとした。 (Greek Central Bank Issues Dire Warning on Bailout Talks) (Greek central bank warns of "uncontrollable crisis")
ギリシャの銀行界の崩壊を「予告」したギリシャ中銀の行為は、経済情勢を冷静に客観的に見て判断したものでなく、IMFに味方してシリザ政権を潰そうと危機を扇動する政治的な行為だった。しかし(IMFなど米金融界の傘下にいる)米欧の金融マスコミは「もうギリシャはダメだ」「ユーロ離脱が100%決まりだ」と大騒ぎした。ギリシャの市民が銀行の破綻を恐れ、銀行のATMに行列を作って預金を引き出すパニックが起きているとマスコミで報じられたが、市民メディアは、アテネ市内のATMに行列ができていないことを指摘している。 (Inciting Bank Runs As A Negotiating Tactic) (World Calm in Greece Despite IMF Debt Storm) (Bank of Greece warned bankers of 'difficult' day if no debt deal)
ギリシャのシリザ政権は、自国をユーロ圏内にとどめたまま、IMFなどから強制される緊縮策をせずに自国を金融財政危機から離脱させる策をめざしている。IMFの借金取り戦略を「常識」とみなす権威筋の言い分にだけ接している人々は、自分たちが読んでいるものがプロパガンダとも気づかず「緊縮策をやらずに金融財政危機を乗り越えられるはずがない」と思い込んでいる。しかしIMFの緊縮策が事態を悪化させる借金取り策でしかない以上、実は正反対の「緊縮策をやって金融財政危機を乗り越えられるはずがない」というのが正しい。緊縮でなく、経済成長によって財政を再建する方が現実的だ。 (アメリカによる世界経済支配の終焉)
「ギリシャ人がIMFの緊縮策に反対するのは理解できるが、ユーロ圏内にとどまることと両立しようとするのは矛盾だ。ギリシャ人は自分たちが何を求めているかわかっていない。間抜けだ」と、ゼロヘッジは揶揄している。しかし「わかっていない間抜け」は、実のところゼロヘッジ自身の方だ。ギリシャのシリザ政権は、ユーロ圏にとどまることで、スペインやイタリア、ポルトガル、フランス、東欧諸国などを巻き込んで、IMFや米金融界の借金取り策(と、その裏返しであるQE)に牛耳られているEU(ユーロ圏)の戦略を、下から(欧州議会などで、民主的に数の力で)乗っ取り、ドル延命のためにユーロやEU統合を破壊しようとする米国の覇権策から欧州を自立させることを目標にしている。 (The Sheer Absurdity Of Greek "Demands" As Summarized In One Protest Banner)
IMFの借金取り政策の悪辣さは、新興諸国の多くも経験している。ギリシャは、IMFや米金融界主導の金融財政戦略が間違ったものであることを、延々と続く自国の危機のドタバタ劇を通じて、欧州全体(と、他の新興諸国)の人々に理解させようとしている。ギリシャ危機は、経済でなく政治の戦いだ。それを純粋な経済問題として見てしまうと、間抜けな勘違いが起きる(ゼロヘッジは別の記事で、これは政治の問題だと書いているが)。 (Greece Capitulates: Tsipras Crosses "Red Line", Will Accept Bailout Extension) (ギリシャから欧州新革命が始まる?)
ギリシャが金融危機の末にユーロから離脱すると、同様に金融危機に陥っているスペインやポルトガル、イタリアなども連鎖的にユーロから離脱させる方向で米金融界(投機筋)が攻撃を仕掛け、最終的にユーロの通貨統合の全体が破綻することになりかねない。ドイツなどEUの上層部は、それを避けたいはずだ。だから、ギリシャ側がいったんトロイカの要求を突っぱねた後、6月22日に公的年金の支給開始時期の引き上げや消費税(VAT)増税を一部受け入れてトロイカに譲歩してみせると、トロイカ側で一気に「ギリシャが譲歩したのだからデフォルトを回避できる支援金を出そう」と主張する流れが強まった。 (Greece offers new proposals to avert default, creditors see hope)
そもそも、ユーロの規約は「加盟条項」だけあって「離脱条項」がない。ギリシャがユーロから離脱するには、まずEUで、誰が離脱の決定権を持つか、離脱の手続きをどうするかなど、基本的なことを決めねばならない。たとえギリシャ自身が離脱を希望しても、その実現までに何年もかかる。実際には、ギリシャ自身が離脱しないことを強く希望しているので、EUは強制離脱の手続きを考えねばならない。EUサミットは、重要事項の決定が全会一致の原則だ。欧州議会では、南欧や東欧から選出された左派の議員がギリシャに味方する傾向を強めている。ギリシャを強制的にユーロから離脱させることは、政治的、手続き的にまず無理だ。手続きや政治を無視して「ギリシャのユーロ離脱は確定的」などとプロパガンダを書いている「金融専門家」(や経済新聞)を信用してはならない(プロパガンダのかたまりが必読新聞である日本のサラリーマンは努力しても世界を理解できない)。ギリシャがユーロから離脱する可能性はゼロに近い。 (ギリシャはユーロを離脱しない)
欧州をIMFや米金融界の傀儡から離脱させるため、ギリシャ危機を逆手にとってEUを政治的に乗っ取ろうとする策略が、ギリシャの左翼と若造首相だけの行為であるなら、実現性は低い。しかし、私が見るところ、左翼と若造の冒険行為をひそかに支援し、成功させようとしている勢力が、EUの最上層部にいる。EUの最高位である大統領(欧州委員会委員長)の地位にいるジャン・クロード・ユンケルがその一人だし、ドイツのメルケル首相もたぶんその一味だ。彼らは、EU統合の加速(経済から政治の統合へ)を最重要課題としている。 (茶番な好戦策で欧露を結束させる米国)
統合を進めたEUは、ユーラシア西部の地域覇権機構となり、米国の覇権の傘下から離脱し、NATOも無意味になる。ユーロはドルと並ぶ国際通貨となる。だから、米国の金融界や軍産複合体は、EU統合の推進を何とか阻もうとしている。米国務省筋(ビクトリア・ヌーランド国務次官補)などがウクライナ危機を誘発してロシアとの敵対を強め、欧州を米国の傘下にとどめる米露冷戦構造の復活をもくろむ目的の一つは、EUの統合と対米自立を阻止することだ。そして経済的には、ギリシャを延々と危機に陥らせてユーロを弱体化することが、米国系勢力によるEU統合阻止策になっている。 (ユーロ危機はギリシャでなくドイツの問題) (米国の新冷戦につき合えなくなる欧州) (ユーラシアは独露中の主導になる?)
冷戦終結時、欧州に経済政治統合を強く勧めたのはレーガンやパパブッシュの米国(隠れ多極主義者)で、その気にさせられた欧州は頑張ってEUやユーロを作って統合を進めた。しかしその後、米国の金融界や軍産がEU統合阻止策を強めると、EU内で統合推進派を押しのけて旧来の対米従属派が盛り返し、EU自身が統合推進よりNATOや冷戦構造の復活をもくろみだした。独仏上層部は、目立たないようにEU統合を進めようとしており、今週のEUサミットで政治財政統合の加速が決まりそうだが、実体面がなかなか進まない。 (多極化の本質を考える)
昨秋にEU大統領となったユンケルは、EU統合の加速を最重要課題としている(だからユンケルの就任に英国が猛反対した)。今後EUが統合を進めていくには、EUの上層部から対米従属派を一掃する必要があるが、容易でない。そこでユンケルらが考えたのが、ギリシャで今年初めに左翼政党シリザが政権を取ったことを機に、IMFや米金融界(とその傀儡たるECBなど)による「金融支援」のふりをした破壊策にギリシャの人々が激怒してIMFを拒絶し、その運動が同様の破壊策の被害者である南欧や東欧諸国に拡大し、それが欧州議会やEUの意志決定機構の上層部まで波及して、EUが対米従属から離脱する「革命」を起こすことだったと考えられる。 (EU統合加速の発火点になるギリシャ)
ユンケルらEU上層部は最近、借金を返さないギリシャをさかんに非難している。しかし非難するほど、ギリシャの民意はシリザとチプラスを支持し、チプラスは民意を背景にIMFの不当性を声高に指摘し、南欧や東欧の人々がそのとおりだと思う傾向を強める。チプラスはプーチンのロシアに接近する演技も盛んに行い、EUがギリシャを財政破綻させるつもりなら、ギリシャはユーロもEUもNATOもやめてロシアの傘下に転じる地政学大転換をやってやる、といった勢いだ。ギリシャをロシアに取られては困るので、若造チプラスがいくら生意気で反抗的でも、IMFやトロイカはギリシャに金を貸さざるを得ない。 (Greek PM tears into lenders as euro zone prepares for 'Grexit')
実際のところチプラスのギリシャは、ユーロ圏とEUの内部に居残り、欧州の対米従属のエリート層の権力を転覆してEUを乗っ取る策略をやっているのであり、ユーロやEUを離脱してロシアの傘下に入ることはありえない。プーチンも、ギリシャがロシアの傘下に入るのでなく、EUを乗っ取って非米・親露的な方向に欧州全体を転換させることの方を望んでいるはずだ。チプラスは、大芝居を打っている。プーチンもこの芝居に友情出演している(プーチンは、EUの対露制裁ですら、制裁が続いた方がロシアが中国との戦略関係を強化できるので好都合と思っているのでないか。だから昨日、ギリシャも反対せずに、EU外相会議が対露制裁の半年延長を議論なしに決定した)。 (EU extends economic sanctions against Russia for 6 months)
ギリシャのロシア接近はチプラスとプーチンの芝居であり、ドイツのメルケル首相もそれを良く知っているはずだ。しかしメルケルは「ギリシャに厳しくしすぎるとロシアの傘下に入る地政学的転換を起こしかねない」と心配するそぶりを行い、ギリシャへの金融支援を続行した方が良いと主張する。ギリシャに寛容な態度が強すぎると、対米従属派がいまだに強いドイツで、マスコミによる政府批判や、与党内での突き上げが強まりかねない。そのためメルケル政権内では、メルケル自身が親ギリシャで、ショイブレ財務相が反ギリシャの役割を演じ、政権中枢で2人が対立して見せることで、対米従属派からの突き上げをかわしている。 (Greek showdown widens Merkel's rift with Schauble) (Greece Refuses To Blink; EU Says Noncompliance "Not An Option")
このようにEUの上層部でギリシャに寛容な勢力と敵視する勢力が右往左往を続けている間に、EUの周縁部でギリシャの肩を持つ勢力が拡大している。フランスでは与党の社会党内で、オランド大統領に対しギリシャに味方すべきだと求める左翼からの声が強まっている。フランスでは、左翼と対称的な位置にいるはずの右翼のマリーヌ・ルペン(次期大統領候補)も、EUの旧来のエリート権力を転覆しようと動いている。彼女は最近、欧州議会で全欧の右翼を結束する新会派の結成にようやく乗り出し、全欧的な政治力拡大に動いている。ルペンは右翼、ギリシャのチプラスは左翼だが、両者ともプーチンと親しく、ロシアの力を借りてEUの上層部を乗っ取ろうとする策略が共通している。両者の共闘がありうる。 (French assembly in dramatic appeal for Hollande to "stand at the side of the Greeks") (Far-right parties form group in EU parliament)
オーストリアでは中央銀行総裁がギリシャ支持の姿勢を公式に打ち出し、注目を集めている。今後、欧州内の対米従属派エリート層に対する乗っ取り作戦が、どの程度強まるかはわからない。ギリシャの危機も、まだまだ続くだろう。しかし数年の時間軸で見ると、欧州で対米従属派が弱くなり、その分EU統合と対米自立、ロシア敵視解消が進んでいくと考えられる。 (Austrian chancellor sides with Greece in debt row)
【2015年6月18日】
③ 大企業覇権としてのTPP
http://tanakanews.com/150618tpp.htm
米国で、米日豪ASEANチリなど12カ国で交渉中のTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)に対する反対運動が、交渉開始以来、最大の盛り上がりをみせている。TPPは、米国などの大企業が米政府を動かして交渉させており、交渉が非公開・秘密裏に行われ、交渉中の条約文案は機密文書で、条約文案を各国の議員が見ることすらほとんど許されていない。大企業(財界)の影響を受ける国会議員やマスコミの反対も少ない。秘密裏の交渉なので問題点が見えにくく、反対運動も盛り上がりにくかった。 (TPP is in trouble, thanks to public interest) (Slow it down! Don't fast track the TPP)
米国は、アジア太平洋諸国と締結しようとしているTPPと、欧州と締結しようとしているTTIP(環大西洋貿易投資パートナーシップ)という、本質的に同一な2つの貿易圏を並行して交渉中で、早ければ今年中に締結される見通しだった。両方が締結されると、世界の米国の同盟諸国の全域をおおう「自由貿易圏」ができあがる。「自由貿易圏」と呼ばれているものの、実体は、国際的に影響力を持つ大企業が、加盟諸国の政府の政策に介入したり楯突いたりできる「大企業覇権体制」が構築される。 (Stop Calling the TPP a Trade Agreement - It Isn't) (Someone Finally Read Obama's Secret Trade Deal And Admits The TPP "Will Damage This Nation") (貿易協定と国家統合)
TPPとTTIPをめぐる問題点はいくつかある。最大のものは、加盟国の政府の政策が国際的な標準と合致せず、これによって、外国企業が不利益を被った場合、企業は特別な国際法廷(仲裁機関)にこの件を提訴して政府に賠償金を払わせたり、政策を無効にすることができるというISDS(投資家対国家間の紛争解決)だ。TPPとTTIPの国際法廷は、ワシントンDCの世銀本部に設置される構想だ。この国際法廷は、国家主権より上位に位置する。国家主権を最も上位の権力と(建前的に)みなしてきた近現代の国際法の根幹をくつがえすものだ。欧州では、TTIPを締結すると遺伝子組み替え種子を開発する米国のモンサントがEUの規制を打ち破る提訴をすると予測されている。 (What's holding up an EU-US free trade deal?) (ISDS: The New Supreme Court) (国権を剥奪するTPP)
このほか、かつて米国で「SOPA」などとして検討された、動画など著作権違反のコンテンツを掲載するウェブサイトを(DNSの変換対象から除外し)インターネット上から抹殺することを可能にする条項も、TPPやTTIPに含まれている。著作権違反の取り締まりと称して、ネット上の言論抑圧を大っぴらにやれるようになる。 (米ネット著作権法の阻止とメディアの主役交代) (How The Leaked TPP ISDS Chapter Threatens Intellectual Property Limitations and Exceptions) (◆覇権過激派にとりつかれたグーグル)
これまで弱かった米国でのTPPの反対運動が、交渉がまとまりそうな土壇場の今ごろになって急に盛り上がった一因は、欧州でTTIPに対する反対運動が盛り上がったことからの影響だ。EUでは今年初めから、TTIPのISDS条項などが国家主権や民主主義を無視していることが問題視され、反対運動が盛り上がった。 (The trans-Atlantic scramble for free trade deals) (Two Leaks Reveal How TAFTA/TTIP's Regulatory Co-operation Body Will Undermine Sovereignty And Democracy)
3月末にウィキリークスが、交渉中のTPPの条文案の一部を入手して公開した。このことも、米欧での反対運動の激化につながっている。ウィキリークスは、TPPの条文が29章からなり、そのうち5章しか貿易に関連していないことも暴露した。残りの章は、大企業の国際活動を有利にするためのものだ。 (WikiLeaks ; TPP Intellectual Property Chapter) (Leak of Secret Trade Document Reveals Sovereignty-destroying Courts) (America's Biggest Secret: Wikileaks Is Raising A $100,000 Reward For Leaks Of The TPP)
米国では今年3月ごろから、米国の労働組合がTPP締結によってアジア企業に雇用を奪われるなどとして反対を強め、労組との結びつきが強い米民主党内でTPP反対運動が強まった。民主党の大統領であるオバマは、党内の反対を鎮めようとしたが逆効果だった。 (What's Going On In Obama's Trade Meeting With Democrats? That's Classified) (House Democrats angry over Obama's classified trade meeting)
オバマはおそらく当選前にTPPとTTIPの締結に向けて努力することを条件に大企業の支持を得ており、TPPなどを積極的に推進している。米2大政党の中では、大企業(財界、金融界)の代理勢力である共和党がTPP・TTIPの推進派だ。対照的に、労組や市民運動を支持基盤とする民主党は反対派だ。オバマは、自分の政党の支持を得られず、野党である共和党と組んでTPPを推進するという、ねじれ現象になっている (A Fast Track to Disaster) (Five reasons to fret about Obama's trade agenda)
TPPの前身(同質)の多国間貿易協定として、米国の民主党クリントン政権が1998年にカナダ、メキシコと締結したNAFTA(北米自由貿易協定)がある。NAFTAの時も、今回と同様、与党だった米民主党が反対し、クリントン大統領は共和党と組んでNAFTAを可決した。その後、米国の雇用市場は縮小し、賃金上昇も抑制された。労組などは、これをNAFTAのせいだと批判し、今回NAFTAの時の失敗を繰り返したくないとして、TPPに反対している。 (Why Does Obama Want This Trade Deal So Badly?) (The TPP Must Be Defeated)
4月末に日本から安倍首相が訪米して米議会で演説したが、これはオバマ政権がTPPに積極的な日本の首相を呼んで演説させることで、TPPに反対する米議会の民主党に影響を与えようとしたものだ。日米は、安倍訪問時に日米間のTPP交渉を妥結することを狙ったがうまくいかず、米国のTPP反対運動はむしろその後加速した。 (Ahead of Abe Visit, Pressure Builds For Obama on TPP) (安倍訪米とTPP)
オバマ政権は、米議会が、TPPの交渉をオバマに一任する交渉の「ファストトラック」化を求めている。これが実現すると、議会は交渉に参加できず、一任されたオバマが交渉に成功した場合、交渉結果としてのTPPの協定条文を一括して可決するか否決するかの選択肢しか与えられず、条文の一部改定が許されなくなる。オバマ政権は、夏休み前の6月中に、議会にファストトラック法案を可決させようとした。財界(大金持ち)との結びつきが強い上院は、5月にファストトラック法案を可決した。しかし、下院は審議がもめている。 (US Senate backs `fast-track' trade push) (Senate Passes Obama's TPP Fast-Track Trade Proposal)
TPPは、大企業が国家主権をくつがえせる国際法廷ISDSなど、国家主権を発動する組織である議会が猛反対しそうな要素を含んでいる。有権者(国家の主権者)より献金者(企業)を重視する議員が多い中、うまくやれば、国家主権を制限して企業に権限を移譲するTPPの実現が可能だが、それには国民やその代表である議員がTPPの本質を知らないままであることが必要だ。そのためTPPの条文案は米国で国家機密とされ、議員が希望すれば条文案を閲覧できるが、閲覧した内容を他人に伝えることを禁じられている。議会の特別な地下室で、当局の職員が同席する中の閲覧で、メモをとることも許されない。 (Dinosaur media tells Americans they shouldn't know about TPP because it's "Too Difficult to Understand.")
議員は閲覧の際、機密保持の要件(セキュリティクリアランス)を満たした側近を連れていけるが、機密保持要件を満たす側近は軍事や安全保障の専門家が多く、貿易協定の専門家が少ない。専門家の側近を連れずに議員一人で閲覧しても、協定の条文案は専門用語が多く、意味を把握しきれないことが多い。TPPなど貿易協定の条文は、細部や脚注が重要なことが多く、何人もの専門家が数日がかりで検討しないと問題点を指摘できない。米議員は、TPP条文の吟味を事実上禁止されている。 (Ultra-Secrecy Surrounds Barack Obama's New Global Economic Treaty)
米当局は通常、機密保持のため、誰がいつ機密文書を閲覧したか一覧表(ログ)を残すが、当局はTPP条文案の閲覧ログの公開を拒否している。米民主党幹部が聞き回ったところによると、米議会上下院の合計500人以上の連邦議員の中で、条文案を閲覧したのは10人未満だという。総勢54人の上院共和党議員の中で、条文案を閲覧したことを認めているのは2人だけだ。下院の219人、上院の62人がTPPのファストトラック法案に賛成したが、彼らのほとんどは、条文案も見ずに法案に賛成したことになる。 (You Can't Read the TPP and You Can't Find Out Who in Congress Has) (Only Two Republicans Admit They Actually Read Secret Obama Trade Deal)
オーストラリアでも、国会議員にTPP条文案を閲覧させることになったが、閲覧から4年間は、その内容を他人に話すことを禁止されている。日本では、国会議員に条文案を閲覧させることが検討されたが、機密保持の法律を整備していないため、閲覧した情報を漏洩した議員を処罰できないとわかり、閲覧させないことにした。日本の国会は、条文案を全く閲覧せずにTPPを議論している。 (Australian MPs allowed to see top-secret trade deal text but can't reveal contents for four years)
他国との交渉で、議会が交渉内容を吟味せず、大統領に交渉を一任することは、米国で昔から行われていた。ファストトラック関係の法律は米国で1970年代からある。しかし今回は議会に対する軽視があまりにひどかった。TPPが、ISDS条項など、国家主権つまり議会の立法を超越する超国家的な国際権限(つまり覇権)を持つがゆえに、議員に条文も見せずに交渉を大統領に一任しろと言ってくるやり方に、各方面から反発が出た。 (Stop Calling the TPP a Trade Agreement - It Isn't) (Rule By The Corporations - Paul Craig Roberts)
5月後半、FT紙は「米政府はTPPの交渉を公開でやるべきだ」とするハーバード大の学者の主張を掲載した。民主党系の著名な経済学者ジョセフ・スティグリッツは同時期に「TPPは、企業が秘密裏に国家主権を乗っ取る構造を隠し持っている」と酷評した。200万人の反対署名が集まり、米政府に提出された。 (US should not negotiate free trade behind closed doors) (Stiglitz: The secret corporate takeover hidden in the TPP) (WE THE PEOPLE: 2 MILLION PETITIONS DELIVERED TO CONGRESS TO STOP TPP)
反対運動が盛り上がる中、6月12日に米議会下院でTPPに関する票決が行われた。TPPのファストトラック化の法案と、TPP(など貿易協定全般)による米国民の失業増を見込んだ雇用支援策の法案を抱き合わせにして票決した。ファストトラックは共和党が賛成、民主党が反対する傾向で、雇用支援策は民主党が賛成、共和党が反対する傾向だったので、抱き合わせて一つの法案にすることで可決の可能性を高める策略だったが、ファストトラックを可決したくない民主党の議員たちは、雇用支援策にあえて反対することで、抱き合わせ法案を否決に追い込んだ。 (Obama Fights to Save Trade Bill) (Obama quest for fast-track trade bill on ice in House)
2つの法案を別々に票決していたらファストトラック法案は可決されていたはずなので、共和党はファストトラックのみの再票決を求めたが、民主党の反対で実現しなかった。オバマは民主党議員団と話し合い、議会が夏休みに入る直前の7月末までファストトラックに関する議論を6週間続けることを決めた。 (Obama wins more time over trade fight) (U.S. House Votes To Buy Time For Obama's Trade Agenda)
春以降、時期が経つほど米国内でTPPへの反対論が強まっている。今後の6週間で、TPPの交渉を大統領府(ホワイトハウス)による非公開の国際協議に一任(ファストトラック化)することに反対する米国民の世論がさらに強まり、ファストトラック化が否決されるかもしれない。そうなると米政府は、貿易協定からほど遠く、米大企業の覇権強化策である、とんでもない内容のTPPの条文を機密解除して米議会で公開審議せざるを得なくなる。米国がTPPの署名や批准を拒否する可能性が増す。 (TPP defeat: Why labor movement's war against fast track may not be over) (Fast Track Down)
米国のマスコミの一部は、米国がTPPを否決するとアジアの貿易を無法な中国に乗っ取られ、法治や民主主義や環境を守る主導役である米国がアジアから追い出されてしまう、TPPが創設できれば中国を弱体化させられる、と喧伝している。しかしFT紙は最近「TPPを作っても中国を弱体化できない」「米政府は最近まで、中国は経済の市場化が不十分なのでTPPに入れないと言っており、TPPを中国封じ込め策だと言っていなかった」と指摘する記事を出している。 (Obama's Pacific trade deal will not tame China)
同じFTでも別の記事は「TPPの否決は(第二次大戦の遠因となった)米議会の国際連盟加盟批准否決と同じぐらい世界にとって悪いことで、オバマの残りの19カ月の任期が無意味なものになる」と仰々しく書いている。マスコミ内部も分裂している。 (Global trade agreements have a new role)
一貫してTPPに反対してきたハフィントンポストは、中国脅威論に絡めてTPPを売り込む冷戦型の扇動報道を非難し「中国の脅威と無理矢理に結びつけないとTPPの必要性を説明できないこと自体、TPPがいかに不必要なものであるかを示している」と書いている。 (TPP Panic: Playing the China Card) (WTOの希望とTPPの絶望)
TPPの兄弟分である米欧間のTTIPに関しても、ここにきて欧州での反対運動が急に盛り上がっている。欧州議会は6月10日、TTIPについての議論を計画したが、超国家法廷ISDSの設置を定めた条文の削除を求めるものなど、200件以上の修正動議が出され、否決されそうな流れになったので、欧州議会の2大会派(保守派と中道左派)が談合し、予定されていた議論を無期延期した。 (TTIP vote postponed as European Parliament descends into panic over trade deal)
欧州議会ではこれまで、2大会派が談合し、TTIPをろくに審議しないで可決してしまおうとする動きが続いてきた。TTIPに反対していたのは、英国の反EU政党UKIP(イギリス独立党)など、保守とリベラル(左派)の2大会派に属さない少数派だけだった。ところが今年2月ぐらいから、左派の間で、TTIPが大企業覇権の拡大策であることに気づいて反対する動きが強まった。 (TTIP: Ukip lead dramatic EU revolt against trade deal that could force NHS privatisation) (France's Socialists say 'non', 'no', 'nein'! to TTIP)
5月に入って欧州各国の左派勢力が賛成から反対に転換し、6月3日、TTIPをろくに審議せず可決するという2大会派間の談合を左派が破棄し、欧州議会での談合体制が崩れた。6月10日に審議しても大荒れになり、否決される見通しになったため延期された。米国同様、欧州でもTTIPに対する反対運動が強まる一方なので、欧州議会がTTIPを可決する可能性は低くなっている。 (Parliament's TTIP vote in limbo) (EU Chiefs Attempt to Stop TTIP Debate, `Crack in Corporatist Stitch-Up' Proclaims Farage)
TPPとTTIPに反対する人々が最も強く批判しているのは、超国家法廷ISDSの設置に関してだ。ISDS自体は、目新しいものでない。1980年代から、各国間の貿易協定にISDSがつけられる傾向だ。これまでISDSは、貿易協定を結ぼうとする2国(多国)のうち強い方の国が、自国の企業を有利にし、相手国の政策を無効にできる内政干渉的な道具として使っていた。 (Secret trials no help to trade and highlight risks of TPP)
たとえばオーストラリアの場合、82年の対ニュージーランドと、03年の対米の貿易協定には、豪州の反対でISDS条項が入っていない。だが、シンガポール、タイ、韓国、ASEAN、香港、アルゼンチン、インド、ハンガリー、ベトナムなど、他の諸国との貿易協定には、すべてISDSが入っている。豪州は、自国より立場が強い(または対等)な国々との貿易協定にはISDSを入れたがらず、自国より弱い国々との貿易協定にはISDSを入れている。ISDSは、自国より弱い国々との貿易戦争において、相手国の市場をこじ開ける武器であり、自国より強い国との貿易協定にISDSを入れてしまうと、それは自国を攻撃する相手国の武器になってしまうので、ISDSを入れることを拒否する。それが豪州の貿易戦略だった。豪州は、TPPの秘密交渉でも唯一ISDSを入れることに反対してきたことが、ウィキリークスの条文暴露によって明らかになっている。 (Australia's conflicting approach to ISDS: where to from here?)
つまりISDSはこれまで、国家(政府)が自国企業に力をつけさせてやるための道具だった。この延長で考えると、TPPとTTIPにISDSがついていることは、2つの貿易協定の参加国で最も強い国、つまり米国の企業が、他の参加国の政府の政策を無効化して市場をこじ開けるための道具としてISDSが使われることを意味する。これだけなら「米国がまた覇権を乱用している」という、昔ながらの話で終わる。
しかし今、米国の覇権は衰退期に入っている。今後、米覇権はさらに衰退するだろう。そのような中で今、米国の大企業がオバマ政権や議会に強い圧力をかけてTPPとTTIPという、西側世界を網羅する「貿易協定」(という名の企業覇権体制)を創設しようと急いでいるのは、米国の覇権が衰退した後も、米国企業が、西側諸国の政府の政策に介入し、市場をこじ開けるISDSという道具を持ち続けるためだろう。米国覇権が衰退していないなら、米財界は急いでTPPやTTIPを作る必要がない。 (Trojan Horse: The Trans Pacific Partnership (TPP) Has Already Bought Off Washington)
大企業は従来、米政府や議会にロビー活動(献金や圧力)を行って、米国の国際戦略や国内政策を企業好みのものに変質させてきたが、米国の覇権が衰退すると、この手のロビー戦略が有効でなくなる。だから、ロビー活動で政府をあやつるのでなく、大企業が政策立案者を政府内に送り込み、TPPやTTIPの機密の条文を非公開で作成し、それを欧州やアジアの米同盟諸国に押しつけようとしている。米覇権衰退を受けた、米大企業による「米国覇権の乗っ取り」「米政府の乗っ取り」が、TPPやTTIPの本質だ。 ("The corporations don't have to lobby the government anymore. They are the government.")
今のところTPPやTTIP(ISDS)で得をするのは米国の大企業だが、今後米国覇権が衰退していくと、米国以外の大企業がISDSを武器に使い、米国の政策を無効化する場合があり得る。前述の豪州の場合、自国より弱いはずの香港との貿易協定に盛り込まれたISDSを使い、タバコ会社のフィリップモリスが豪政府のタバコの箱のデザイン規制の法律を無効化(賠償請求)すべく、提訴してきた。TPPやTTIPは、米国の下に各国政府があった現代の覇権体制を崩し、大企業が覇権を奪い合う新世界秩序に転換させる。 (TPP: Australia pushes against ISDS in trade agreement, WikiLeaks reveals)
米国の民主主義(議会と政府)の力を自ら削いで大企業に差し出すTPPやTTIPを、なぜオバマ政権は推進するのか。選挙の時に献金などと引き替えに財界に約束させられたので仕方がない、ということなのだろう。オバマが喜んでTPPを推進しているとは考えにくい。私はさらに一歩進んで「実のところオバマは、米欧国民の反対運動が強まって、TPPやTTIPが否決される事態を、ひそかに誘導しているのでないか」「TPP条文の機密化や審議拒否を異常なまでに過激にやって人々をわざと怒らせ、TPP反対運動を強めているのでないか」と勘ぐっている。
【2015年6月15日】
④ 債券市場の不安定化
http://tanakanews.com/150615bond.php
5月下旬ごろから米国のマスコミなどで、米国の債券市場の「流動性の危機」が問題視されている。債券市場の流動性とは、投資家が債券の売買注文を大量に入れたとき、取引の相手がすぐに現れて取引が成立することだ。注文を入れてもなかなか取引が成立せず、その間(数分間とか)に相場が動いてしまい、意図した価格で売買できない事態が増えると「流動性の危機」になる。FTやWSJなど、権威ある金融マスコミが危機の発生を報じている。危機は潜在的なものでなく、マスコミも認める「本物」だ。 (Why Liquidity-Starved Markets Fear the Worst) (Bond market liquidity dominates conversation)
債券市場の流動性の危機は、昨年からときどき起きていた。先進諸国の金融当局の中で、日本と欧州は通貨を大量発行して国債などの金融商品を買い支えるQE(量的緩和策)を続けている。米連銀は表向きQEをやめたがゼロ金利を持続し、昨秋まで続けていたQEの余波と日欧からのQEの支援などで、米国も事実上強い緩和策を続けている(米国自身がQEを続けていたら、基軸通貨としてのドルの地位がもっと揺らいでいた。ドルの基軸性を守るため、QEを米国がやめて日欧が受け継いだ)。債券市場の流動性の危機は、日欧米のQEの副作用として起きている。 (◆加速する日本の経済難)
近年の金融市場は、米欧日の金融当局がQEなどの緩和策をどう続けるかが、最大(多くの場合、唯一)の材料となっている。債券だけでなく、株や為替市場も同様だ。金融市場は、需給や景気など民間経済の動向で決まる「自由市場」でなく、米欧日の当局の政策が反映される場になっている。多くの銀行や大手投資家が、当局の政策の行方だけを注視して取引している。大手投資家の多くはコンピュータを使ったプログラム売買で、それが当局の政策の行方という唯一の材料のみに瞬時に敏感に反応し、市場を動かす。市場から多様性が失われ、流動性が低下した状態になっている。 (Free Financial Markets Are A Hoax - Paul Craig Roberts) (The Real Reason Why There Is No Bond Market Liquidity Left)
QEは、金融市場に大量の流動性を供給することが目的だ。しかし当局がQEで流動性を供給するほど、市場参加者は、QEがいつどのように終わるのか(いつ流動性が失われるか)を懸念するようになり、現実の市場は流動性が低下する。大手の投資家たちは、QEに「出口」がない(金融崩壊以外の終わり方がない)ことを知っている。当局がQEをやるほど、投資家は不安になってすくんでしまい、市場は薄商いになり、流動性の危機や、乱高下(テーパー・タントラム)が起きやすくなる。 (◆超金融緩和の長期化) (◆出口なきQEで金融破綻に向かう日米)
危機が起きると、当局はQEの買い支えを強めて事態を元に戻すが、それを見た大手投資家は、QEだけが市場を持続させる事態をますます懸念し、さらに危機がひどくなる。QEには円滑な出口がない。それは昨年からわかっていたことだ。米国債市場の生みの親といわれる投資家のビル・グロスは「さかんにQEが行われている今でさえ、流動性の危機が起きている。QEは多分5年以内に終わらざるを得ないが、そのころには危機がもっとひどくなる」と言っている。 (Gross On The Next Liquidity Crisis) (米国と心中したい日本のQE拡大) (◆崩れゆく日本経済) (◆日銀QE破綻への道)
ビルグロスが創設し、世界最大の米国債投資会社として有名だったピムコは、5月に手持ちの米国債の3分の2を売り払った。ピムコの運用資産に占める米国債の割合は23%から8%に急低下した。流動性危機の頻発と合わせ、米当局の緩和策の失敗によって、米国債が安全な運用資産だった時代が終わりつつあることの象徴として受け止められている。ビルグロスは昨年ピムコを追い出された。 (Pimco Dumps Two-Thirds of Its Treasuries Before June Selloff)
ピムコが米国債を売り放った5月から6月にかけ、米国債金利はかなり上昇したが、市場の崩壊は起きていない。ブルームバーグの記事は「ピムコが売り放っても市場の崩壊が起きなかったのだから、米国債は大丈夫だ」と書いているが、こうした指摘は、視点をわざと的外れにしている。ピムコは、危機がひどくなる前に上手に売り抜けたのであり、ピムコが米国債を見捨てたことの方を重視すべきだろう。 (People Are Worried About Bond Market Liquidity)
上記のブルームバーグの記事はまた「債券市場の流動性危機はQEのせいでなく、リーマン危機後の規制強化によって、米国の銀行が手がけている債券取引を仲介するディーラー業務のコストが上がり、取引仲介機能が低下した結果だ」という説も展開している。ディーラーは、売り手ばかりで買い手が少ないとき自分で買って短期保持し、次に売り手が増えたときに売るといった仲介をすることで儲け、相場の乱高下を防いできた。しかし、流動性の危機は債券だけでなく、株式や為替の市場でも起きており、銀行規制強化が理由になりうるのは債券市場だけであり、理由になっていないとブログのゼロヘッジが論破している。危機はQEが引き起こしたという説の方が有力だ。 (The Real Reason Why There Is No Bond Market Liquidity Left)
QEは「マクロ的な流動性と、市場的な流動性欠如の並存」を引き起こしている。洪水が起きているのに水不足だ。悲観的予測で有名になったNY大教授のヌリエル・ルービニは、現状を「流動性の時限爆弾」と呼んでいる。流動性の危機が、いずれ金融危機(金利高騰、市場凍結)という「爆発」を起こすという意味だ。 (A Liquidity Time Bomb in the Bond Market?) (QE 'sucking out' liquidity in markets: Strategist)
洪水なのに水不足というのは形容矛盾だが、昨今の金融市場はこの手の矛盾に満ちている。たとえば、米日独の国債は本来、ジャンク債(社債)よりも信用度が高く、より高い流動性が保持できるはずだが、実際には、社債市場より米日独国際市場の方が流動性の消失がひどい。ピークの06-07年(リーマン危機前)に比べ、債券市場での取引高は、ジャンク債(投資適格以下の債券)が30%減、投資適格社債が50%減となったのに比べ、米国債は70%減だ。米国債市場は、社債市場の10倍の規模だ。流動性(資金)の絶対規模は社債より国債の方がはるかに大きいが、流動性の減少傾向は、社債より国債の方がずっと大きい。米欧日のQEが主に国債を買い支えているため、投資家の懸念は社債より国債に向けられている。 (Treasury volumes raise liquidity concerns)
マスコミは、債券の流動性危機やテーパータントラムについて、一時的な現象であると解説したがる。しかし、EUで欧州中央銀行(ECB)のQEに対する懸念から、6月初めにドイツなどの国債の金利が急騰した時、ECBのドラギ総裁は「(投資家は)債券相場が不安定になることに慣れるしかない」と表明した。債券の危機や乱高下は一時的な現象でなく、ECBがQEを続ける限り頻発するので、投資家は大騒ぎせず無視しろ、という意味だ。これは、ECBがQEをずっと続けるという意思表明でもある。この発言を聞いて、債券金利はさらに上昇した。 (Draghi says `get used to' bond volatility) (◆ユーロもQEで自滅への道?)
米連銀は、失業率の低下を理由に、米経済が回復基調にあると言って「利上げ」を検討していると報じられている。しかし、投資家がQE(緩和策)の縮小を懸念して債券の流動性危機がしだいに頻発しているときに、利上げという緩和と正反対のことをやると、よりひどい危機が起きる可能性が増す。米国の失業率は粉飾であり、実質的な失業率は10-20%だ。米経済は今年1-3月期に0・7%のマイナス成長だ。経済成長などしていない。利上げは必要ない。 (US economy contracts in first quarter) (Billionaire Tells Americans to Prepare For 'Financial Ruin') (◆中央銀行がふくらませた巨大バブル) (米雇用統計の粉飾)
米連銀は昨秋、自分たちのQEをやめて日欧にQEを肩代わりさせ、同時に「近いうちに利上げに転じる」と言い始めた。円やユーロが負担を肩代わりすることで、ドルの基軸性を延命する方針を米欧日で決めた結果なのだろうが、債券市場は米連銀の利上げに耐えられる強さを回復しておらず、たぶん米連銀は口だけ「利上げ」を言うことでドルの強さを何とか維持しているだけで、実際の利上げはしないだろう(したら自滅だ)。IMFは「金融が不安定なので、米国は来年まで利上げを延期した方が良い」と忠告した。これは米連銀が「利上げしたいけどIMFがやめろと言うので仕方がない」と言えるようにする、米国とIMFで作った茶番劇だろう。 (IMF warns Fed to hold fire on rate rise) (◆アベノミクスの経済粉飾)
米国債市場を運営する英国企業ICAPは最近、米国債市場の混乱がひどくなった場合、取引を一時的に停止するサーキットブレーカー機能の新設を検討していると発表した。この機能は、株式市場に以前からあったが、株式よりずっとリスクが低いと見られてきた米国債市場には、必要ないものと考えられてきた。サーキットブレーカーを必要とするほど、米国債はリスクの高い資産になった、ということだ。 (U.S. Government Bond-Market Volatility Sparks Talk of Circuit Breakers) JPモルガンによると、債券市場は、リーマン危機によって破壊されたまま、部分的にしか蘇生せず、凍結されたままの部分がかなりあり、全体として見ると壊れたままだ。似たような指摘は、折に触れてFTなども書いている。米国債を頂点とする債券市場は1980年代以来、米国の経済力の源泉であり、その崩壊は米国覇権の崩壊を意味する。米連銀など米欧日の当局は、米国の覇権を守るため、リーマン危機後に壊れたままの債券市場を延命させるべく、危険を承知でQEなどの緩和策を拡大してきた。 (The Bond Market Is Still Broken, JPMorgan Says)
しかし、債券市場はQEによって延命しているだけで、自立できる状態にまで蘇生していない。QEをやめた時点で、債券市場は再崩壊に瀕する。QEをやめなくても、流動性の危機などの副作用がひどくなっている。延命作戦は、そろそろ限界にきている。早ければ今年中に、リーマン危機の再来につながりうる崩壊感の顕在化が起きうる。今春以来の流動性危機の発生が、その始まりだと言っている気の早い分析者もいる。FTですら「夏に金融混乱があるかもしれない」と書いている。 ('No Liquidity!' Global QE Bubble Is Finished) (Investors Start To Panic As A Global Bond Market Crash Begins) (Investors fear summer market storms loom)
「次のリーマン」はドイツ銀行だ、という人もいる。ドイツ銀行は、世界最大のデリバティブ残高を抱えており、その額はドイツのGDPの15倍もある。ギリシャは6月5日にIMFに債務を返済できなかったが、その翌日、ドイツ銀行の2人のCEOが突然辞任した。LIBOR国際金利の不正操作疑惑などの責任をとったとされているが、ギリシャ危機によってひどくなる欧州の金融市場の混乱のあおりで経営難がひどくなっているのでないかと懸念されている。CEO辞任の3日後、S&Pが同行を格下げし、倒産前のリーマンより低い格付けになった。ドイツ銀行が破綻するとしても、その予兆が見えるのは直前になってからだろう。 (Deutsche Bank CEOs "Shown Door" - World's Largest Holder of Derivatives In Trouble?) (Is Deutsche Bank The Next Lehman?)
EUは、ユーロ圏諸国に対し、8月までに「ベイルイン」の法制を整備するよう求めている。銀行が経営破綻したとき、公的資金で救済するのが「ベイルアウト」で、銀行の株主、債権者、預金者に犠牲を強いるのが「ベイルイン」だ。米欧日は、リーマン後の金融界へのベイルアウトで公的資金を使い果たしているので、次に大きな金融危機が再来したら、ベイルインで対応するしかない。日本を含む先進諸国で、預金はしだいに危険な資産運用になりつつある。日本ではまだベイルインが検討されていない。次の危機はドイツ銀行など、欧州から始まるのかもしれない。 (Bail-Ins Coming - EU Gives Countries Two Months To Adopt Rules)
大きな金融危機が、必ずもうすぐ起きると決まっているわけではない。先進諸国の全体でドルや米国債を延命させていけば、米国より先に欧州や日本が破綻し、それはその地域だけの身代わり的な破綻になって、世界的な金融システムの崩壊をむしろ先送りする。しかし、米金融界の中枢にいる人々のすべてが「ドルや米国債を絶対に守る」と思っているわけではない。
リーマンは、潰れざるを得なかったのでなく、危機を利用してリーマンやAIGを潰そうとする勢力が米金融界にいたから潰れ、それによって危機が一気に悪化した。米金融界や連銀の上層部に、こっそり金融システムや米国金融覇権を破壊しようとする勢力が混じっている。米連銀のQEも、不可避な策だったのでなく、意図的に過剰にやった感じがある(この説を馬鹿げていると軽く退ける人は国際情勢をきちんと見ていない)。 (米金融界が米国をつぶす)
そのような自国を自滅させて覇権転換を引き起こそうとする勢力の動きがなければ、ドルや米国債や米覇権は、今後もかなり持つかもしれない(英国が第一次大戦から百年も国際影響力を維持できたように)。しかし、米国上層部に巣くっている隠然自滅派(隠れ多極主義者)はかなり強い。金融システムは、それを管理している米連銀によって破壊されている。時期は確定できない(数週間後から数年後)が、いずれ金融再崩壊が起きるという感じは、ずっと続いている。 ("The Fed Has Been Horribly Wrong" Deutsche Bank Admits, Dares To Ask If Yellen Is Planning A Housing Market Crash) (◆QEの限界で再出するドル崩壊予測) (◆QEやめたらバブル大崩壊) (◆QEするほどデフレと不況になる) (◆経済の歪曲延命策がまだ続く?)
【2015年6月1日】
⑤ 南シナ海の米中対決の行方
http://tanakanews.com/150601china.php
昨年来、中国が、領有権を主張する南シナ海(南沙群島)の数カ所の珊瑚礁で、浅瀬の海面を埋め立て、軍用の滑走路や管制塔、埠頭、宿舎、灯台などの施設を急いで作っている。これらの珊瑚礁は、フィリピンやベトナムなども領有権を主張している。中国とASEANは2002年、南シナ海の珊瑚礁や岩礁の現状を勝手に変更することを禁じた行動規範の協約を締結している。中国の行為は協約違反であり、フィリピンやベトナムが中国を非難し、それに便乗して米国が中国との敵対を強め、日本が軍事拡大(対米従属強化)の材料としてこの紛争を使っている。 (US Won't Buy China's Pitch on South China Sea Land Reclamation)
南沙群島、西沙群島など、南シナ海の島や岩礁類は、日本が植民地を拡大した1930年代に占領し、当時日本の一部だった台湾の傘下の行政区になった。戦後、台湾が中国(中華民国)に返還されたため、中華民国と中華人民共和国が南沙群島などに対する領有権を主張した。同時にフィリピンやベトナムなども、一部の島や岩礁への領有権を主張し、領土紛争となった。中国は、ベトナム戦争後ベトナムから一部の島々を奪い、冷戦後に米軍がフィリピンから撤退した後にフィリピンから一部の島々を奪うといった、米国の撤退に便乗する島の強奪を続けたが、その動きは緩慢だった。 (Territorial disputes in the South China Sea - Wikipedia) (南シナ海で中国敵視を煽る米国)
中国が一転して南シナ海に対する実効支配の動きを強めたのは、2011年に米オバマ政権が、フィリピンやベトナムを支持して南シナ海の紛争に介入することを「アジア重視策」という名の中国包囲網策として始めてからだ。08年のリーマン危機後、米国の強さの大黒柱だった債券金融システムの凍結状態が続き、米国の覇権衰退がしだいに顕著になる中で、13年からの習近平政権は、天安門事件(1989年)後にトウ小平が定めた「米国の挑発に乗らず、国際的に慎重に行動する」という基本戦略(24字箴言)から静かに離脱し、南シナ海問題で米国から挑発されると、沈黙せず、強い態度で反応するようになった。 (中国軍を怒らせる米国の戦略) (多極化の進展と中国)
中国は13年12月、初めて建造した空母「遼寧」を南シナ海に差し向け、軍事演習を行った。これを知った米軍が、挑発行為として、遼寧の近くに巡洋艦(USS Cowpens)を差し向け、演習の邪魔なので立ち退けと迫った中国軍に対し、ここは公海上なので航行の自由があると米軍が拒否し、軍艦どうしの洋上の小競り合いが起きている。この事件は、好戦的な米国と、売られた喧嘩を買うようになった中国とが対決する南シナ海紛争の新たな構図を象徴するものとなった。 (How the US Lost the South China Sea Standoff)
14年4月、オバマ大統領が日本などアジア諸国を歴訪し、マレーシアやフィリピンに対し、米国が南シナ海で中国の強硬策に毅然とした態度で臨むことを約束すると、その後中国はベトナム沖の南シナ海の紛争海域に海底油田掘削設備を設置し、米国がベトナムのために中国を非難しても無視して、米国が口頭での非難以上の対中制裁をやれないこと、米国の中国包囲網が張り子の虎であることを世界に暴露する策略を打った。 (U.S. Gambit Risks Conflict With China)
フィリピンは、財政難で軍事力が弱く、現場における紛争で中国軍に負け、南シナ海の6つの珊瑚礁を中国に奪われている。米国はフィリピンを支持しているが、大した軍事支援をしていない。米国はむしろフィリピンが軍事以外の方法で南シナ海紛争を戦うことを望み、フィリピンは13年1月、南シナ海での中国の領有権の主張は無効であるとして、国連海洋法条約に基づく国連の仲裁裁判所で中国を提訴した。 (Philippines v. China - Wikipedia)
フィリピンの言い分は、南沙群島で中国が軍を置いて実効支配している数カ所の珊瑚礁が、一般住民が生活する島でないので海洋法に基づく領有権を主張できず、南シナ海は中国大陸から続く大陸棚であるという中国の主張も無効で、南沙群島は地理的に近いフィリピンのものだと言っている。中国は、この法廷への参加を拒否している。その一方で中国は、フィリピンの提訴後、この裁判で俎上にのぼった数カ所の珊瑚礁の海水面を埋め立て、人が住める島に改造する動きを開始した。珊瑚礁は領土として認められないが、埋め立てて島にして国民を住まわせれば領土として認められるはず、というのが中国の狙いだ。 (China's island-building spree is about more than just military might)
中国は14年2月ごろから、南沙群島の数カ所の珊瑚礁での埋め立て工事を本格化した。フィリピン提訴の国際法廷は2016年に裁定を出す見通しで、中国はそれまでに珊瑚礁を埋め立て、滑走路や埠頭、居住区などを作り、島としての体裁を整えようと急いでいる。海洋法条約は、埋め立てで作られた島を領土にすることを認めていないが、前例のない国際裁判なので、どんな裁定が出るかまだわからない。今年7月に初めての審問(hearing)が行われる予定だ。海洋法条約の規定で、中国が欠席したままなら、どんな裁定が出ても中国は拘束されず、フィリピンだけが裁定に拘束される。 (China advances with Johnson South Reef construction) (South China Sea: Turning Reefs Into Artificial Islands? - Analysis) (Int. Law could Kill China's Claims in the South China Sea)
中国は埋め立てを隠密に開始したので、14年初めの開始から数カ月、国際的な注目を集めなかった。14年秋にBBCがフィリピン側から現場近くに船を入れて報道し、中国の埋め立て行為が国際問題化した。南シナ海では、中国より先にベトナムが珊瑚礁を埋め立てて島を作っているが、中国の場合、7つの珊瑚礁(Fiery Cross Reef, Hughes Reef, Mischief Reef, Subi Reef, Cuarteron Reef, Gaven Reef, Johnson South Reef)で同時に埋め立てを行っており、規模がベトナムよりはるかに広大だ。 (China's Island Factory) (Images show Vietnam's South China Sea land reclamation) (Why Is China Building Islands in the South China Sea?)
中国が埋め立てた島には、軍隊や兵器も置かれている。3つの島では滑走路も作られ、南シナ海での中国の不沈空母として機能するようになっている。米軍は近年、太平洋に海軍力を結集しており、中国軍は劣勢だ。だが、埋め立てた島が中国の新たな軍事力になり、従来は米軍が大してリスクを感じずに南シナ海に入ってこれたのが、今後しだいに米軍が軽々に立ち入れる海域でなくなる。中国は南シナ海で、米国に対する抑止力を強化している。そのきっかけが、米国自身の中国包囲網策だった点が重要だ。 (South China Sea reclamation a 'test of will' for Beijing: commentary) (中国の台頭を誘発する包囲網) (China has artillery vehicles on artificial island in South China Sea, US said)
フィリピンは、自国領にしている南沙群島のパグアサ島(Thitu)に、雇用や教育を保障しつつ百人あまりの住民を住まわせ、国際法上の「島」としての地位を確保している。同様に中国は、埋め立てた島に住民を住まわせ「島」の体裁を整えていくかもしれない。中国は、埋め立てた島を正式な「国土」として主張し、その上空に防空識別圏を設定することを目論んでいるとも推測されている。 (Thitu Island - Wikipedia) (China raises prospect of South China Sea air defence zone)
中国は13年11月、日本近傍の尖閣諸島を含む東シナ海を防空識別圏に設定した。米国は反発し、当初挑発行為として米軍機を中国の識別圏内に飛ばした。だがその後、対中国路線を失いたくない米航空業界に圧力をかけられると、オバマ政権は腰くだけとなり、一転して中国の識別圏を容認し、その後は米軍機が中国の識別圏に入る挑発行為も行われていない。 (頼れなくなる米国との同盟) (米国にはしごを外されそうな日本)
中国が南シナ海を防空識別圏に設定すると、米軍機が勝手に南シナ海の空域に入れなくなる。米軍はすでに、中国が南シナ海に識別圏を設定したら挑発行為を行うべく、偵察機などの配備を開始している。しかし東シナ海での識別圏設定時の米国の腰くだけ的な対応から類推すると、米国がどこまで本気で中国と軍事対決するのか疑問が湧く。 (Calls to Punish China Grow) (Pentagon Sends Drone Patrol to Challenge China)
中国が、東シナ海と南シナ海に防空識別圏を設定して米国がそれを黙認し、台湾海峡や黄海にも米軍艦が入ってこない状況が続くと、それは事実上、中国が、九州沖縄沖から台湾の東側を通って南シナ海に至る「第1列島線」の西側を、自国の排他的な影響圏をとして確保し、米国がそれを認めるという、東アジアの新たな地政学的な状況が生まれることになる。以前、米中関係が協調的だった2010年ごろ、米中間で第1と第2の列島線について話し合われ「米国は第2列島線まで影響圏を退却し、中国は第1列島線まで影響圏を拡大する」という構想が描かれたことがあるが、それから5年経って、今度は協調体制の中でなく、敵対体制の中で、2つの列島線による米中の住み分けが隠然と実現しつつある。 (中国包囲網の虚実) (第1、第2列島線の地図)
今春以降、中国による珊瑚礁埋め立てが完成に近づくとともに、米国が再び挑発を強めている。5月20日、米海軍が、偵察機(対潜哨戒機P8-A)にCNNのテレビ撮影隊を乗せて、南シナ海の中国が海面を埋め立てて滑走路などを造成しているフィアリークロス珊瑚礁(Fiery Cross Reef、永暑礁)の近くを飛行した。CNNは中国を非難する内容の報道を行い、中国政府は米国を非難した。 (Exclusive: China warns U.S. surveillance plane) (US military flight over South China Sea escalates tensions)
5月25日には、中国共産党の機関紙である人民日報が出す英語版の「環球時報」に、米国が南シナ海での中国の建設事業(埋め立て)に反対することをやめない場合、米中の戦争が不可避になると警告する記事が掲載された。「中国は米国との戦争を望まないが、米国がやるというなら受けて立つ」といった強気の記事だ。 (Experts warn of military conflicts in S.China Sea) (US-China war 'inevitable' unless Washington drops demands over South China Sea) (Asia Scholar Lays Out "Three Ways China And The US Could Go To War")
5月26日には、中国政府が国防白書を発表した。地上より海上の防衛を重視し、日本の軍事拡張などに呼応するかたちで、中国軍の態勢を、領土が攻撃された場合のみを想定する専守防衛から、南シナ海の状況に介入してくる潜在敵(つまり米国)を公海上で防衛することまで拡大する策が盛り込まれていた。 (White Papers : China's Military Strategy) (China to extend military reach, build lighthouses in disputed waters) (White Paper Outlines China's Ambitions)
5月30日には、シンガポールで行われている年次の国際安保会議「シャングリラ会合」で米国のカーター国防長官が演説し、中国による南シナ海の珊瑚礁埋め立てについて「軍事対立を扇動している」「地域の安定を崩す」と非難し、米軍は中国との敵対の激化をいとわないと表明した。カーターは、米政府が4億ドルあまりの資金を出し、東南アジア諸国の海洋防衛力の強化に協力する計画(Southeast Asia Maritime Security Initiative)を発表した。国際会議の場で、米国が中国の埋め立て行為を非難したのはこれが初めてで、米中対立に拍車がかかっている。 (Defense Chiefs Clash Over South China Sea) (Carter Announces $425M In Pacific Partnership Funding) (US defence secretary challenges China at Singapore security forum)
米軍は、中国が埋め立てをやめないなら南シナ海での偵察や警戒行動をさらに強化し、中国側との衝突も辞さないとする態度をとっている。中国は、埋め立てをやめるつもりはない、米国が軍事衝突も辞さないというなら受けて立つと言っている。いよいよ米中が南シナ海で戦闘し、第三次世界大戦になる、といった感じの分析が、世界的に出回り始めている。 (U.S. vows to continue patrols after China warns spy plane) (Pentagon chief warns China over South China Sea islands) (George Soros Warns "No Exaggeration" That China-US On "Threshold Of World War 3")
しかし、米政府の主張をよく見ると、米国自身が中国との対立激化を受けて立つのでなく、南シナ海の紛争で中国と対立する位置にある東南アジアの関係諸国をけしかけて、米国の同盟相手であるASEANを中国敵視で団結させることで、米国側と中国との対立の構造にしようとしている。そしてASEANは、中国を敵視しろと米国にけしかけられて困惑している。ASEAN諸国にとって中国は最大の貿易相手で、今後ますます中国への経済依存が強まりそうだからだ。 (U.S. hopes Chinese island-building will spur Asian response)
米軍は以前から、ASEAN諸国に対し、南シナ海の洋上警備を各国の軍隊や警備隊が別々にやるのでなく、いくつかの諸国で合同組織を編成し、ASEAN合同で南シナ海を防衛するよう求めている。ASEANの中のマレーシア、シンガポール、インドネシアは以前から、マラッカ海峡周辺でよく出没する海賊を退治するための合同軍を結成し、運用している。その組織の警備対象を、マラッカ海峡周辺から南シナ海に拡大すれば、ASEANが合同で南シナ海を警備する態勢ができる。それを早く進めろと、米国はASEANをけしかけている。 (U.S. Navy Urges Southeast Asian Patrols of South China Sea) (ASEAN Joint Patrols in the South China Sea?)
しかしASEANの側は、対米従属性が強いフィリピンを除き、合同軍を作って南シナ海を防衛する態勢をとることに消極的だ。その理由は、中国がそれに猛反対してきたからだ。中国は、南シナ海の紛争解決の枠組みを「中国対ASEAN」でなく「中国対各国(2国間交渉)」でやりたい。ASEANが団結して中国と交渉することになると、各国がばらばらに中国と2国間交渉する場合よりも、東南アジア側の交渉力が強くなり、中国に不利になる。そのため、中国はASEAN内部の政治的な確執を最大限利用して、南シナ海問題でASEANが団結しないよう画策してきた。
ASEANの中でもタイ、カンボジア、ラオス、ミャンマーは南シナ海で領有権を主張しておらず、この紛争に関係ない。中国は、これらの国々への経済支援を手厚くすることで、これらの国々が南シナ海問題を議論するASEANの会議で中国に配慮した言動を取るよう仕向けている。4月下旬、ASEANはサミットで南シナ海問題を議論し、フィリピンなどが中国の珊瑚礁埋め立てを非難する決議を提案したが、可決できなかった。議長国のマレーシアが、中国をやんわりと批判する文書をまとめ、それを声明文として発表して終わった。 (Paradigm Shift Needed In ASEAN's Approach To South China Sea Dispute - Analysis) (Chinese island-building in South China Sea 'may undermine peace', says Asean)
このようにASEAN諸国は、米国にけしかけられても中国敵視を強めたがらない。中国はAIIB(アジアインフラ開発銀行)やシルクロード構想(一帯一路)で、ASEAN諸国のインフラ整備への投資を増額している。アジアの貿易決済で最も良く使われている通貨は、いまや人民元だ(シェア31%、円は23%)。この3年間でアジアの人民元の国際利用は3倍になり、日本円を抜いてアジアの国際決済で最も使われている通貨になっている。こうした中国のアジアでの経済覇権の拡大が、今後さらに強まることはほぼ確実だ。南シナ海紛争で、ASEANが団結して中国と対決することは、今後ますますなくなるだろう。ASEANをけしかけて中国と対決させたい米国の策略は、すでに破綻している。 (Renminbi tops currency usage table for China's trade with Asia)
シンガポールのストレートタイムスは最近「中国自身が埋め立てをやめる気にならない限り、もう中国による珊瑚礁の埋め立てを止めることはできない」と、あきらめた感じの記事を載せている。中国人(華人)の独裁都市国であるシンガポールは、地政学的な位置を利用して米国の同盟国であり続け、毎年中国包囲網が語られる前出のシャングリラ会合などを主催する一方で、中国との良好な関係を保つ、絶妙なバランスの国家戦略をとり、成功している。そのシンガポールの新聞が、南シナ海での中国の影響力拡大に反対しても無駄だという論調を載せている。南シナ海で中国との敵視をあおる米国の戦略は、失敗に終わるだろう。おそらく米国の上層部は、失敗に終わるとわかったうえで中国敵視策を続けている。 (Too late for any US strategy to stop China reclamation in South China Sea: Analyst) (米国覇権の衰退を早める中露敵視) (中国の台頭を誘発する包囲網)
世界的に見て、倫理的にも、米国が中国を非難できる状況でなくなっている。第二次大戦後、米国は「正義」を掲げて覇権を行使してきたが、大量破壊兵器のウソに基づくイラク侵攻、濡れ衣のイラン核問題、政権転覆を煽った末に起こしたウクライナ危機など、近年の米国は、口だけ正義を振りかざして実のところ国際法違反を繰り返す「悪」に成り下がっている。中国が、ASEANとの協約を破って珊瑚礁を埋め立てるのは、それぐらいの「悪」をやって米国から非難されても、世界は「しかし米国も悪だよね」と考えて中国批判を弱めると考えているからだろう。 (South China Sea disputes of Atlantic World's making: Lawyer)
南シナ海をめぐる最近の米国の中国敵視策でけしかけられている国はASEANだけでない。わが日本も、米国からの提案を受け、南シナ海紛争に首を突っ込むようになっている。日本は、フィリピンを軍事的に加勢する戦略を進めている。フィリピンと日本で合同軍事演習をやったり、フィリピンの空港や港湾に日本の自衛隊が寄航できるようにする協約の整備が行われている。その一環で、6月中にアキノ大統領が訪日する。日本はまた、7月にオーストラリアで行われる中国包囲網の一環としての米豪軍事演習に、初めて40人の自衛隊員を参加させる。自衛隊は、豪州軍とでなく、米海兵隊とだけ一緒に演習する予定で、日本の国家目標があくまでも対米従属にあることを示している。 (Japan, Philippines Hold Joint Naval Drills in South China Sea) (Japan, Philippines to deepen defense ties when leaders meet next week) (Japan to participate in Australia-US Talisman Sabre military drill for first time) (Japan joins US-Australian military exercise in July for first time)
日米は、合同で南シナ海の防空警備活動を行うことも検討している。日本が南シナ海の紛争に軍事的に首を突っ込む話は、4月末の安倍首相の訪米の前後から急に実現した。日本が南シナ海で中国との紛争に首を突っ込むことが、安倍が訪米して米政界から賛美されることの、一つの見返り・対価だったことが感じられる。 (Japan considering joint US air patrols in South China Sea :Cources) (多極化への捨て駒にされる日本)
これで、米国主導の南シナ海での中国との敵対策が、米国側に有利なかたちで進んでいるなら、日本が平和憲法を振り捨てて南シナ海の軍事紛争に首を突っ込むことに意味があるかもしれない。しかし、すでに述べたように、ASEANは米国の中国敵視策を迷惑と思う方向に進んでいる。米ハーバード大の学者(Graham Allison)は「米中大戦を避けるため、米国が南シナ海などアジア地域での覇権を中国に譲渡するしかない」とまで言い出している。米国が覇権国であり続けることが、世界を不安定化している。 (The US and China can avoid a collision course - if the US gives up its empire)
いずれ、米国が中国に大幅譲歩する可能性が高くなっている。その際、日本は間違いなく置いてきぼりにされ、国家戦略の失敗に直面する。日本では最近、シンガポールを戦略的なお手本にする風潮のようだが、すでに述べたように、シンガポールは米国と同盟しながら親中国を貫くバランス戦略を成功させている。バランスを欠いた対米従属一辺倒しか国策がなく、世界の多極化も見ず、米国が負けるつもりでやっている中国敵視策に嬉々として巻き込まれている日本は、まったく大間抜けだ。日本外務省や安倍政権は、せめて「中国人の独裁国」シンガポールを見習ってほしい。
【2015年5月23日】
⑥ 超金融緩和の長期化
http://tanakanews.com/150523bank.php
QE(中央銀行による債券買い支え)など、米日欧の当局による過激な金融緩和策が、世界的な金融バブルの膨張を危険水域にまで拡大していることが、しだいに顕在化している。米国では社債(ジャンク債)が5月に1千億ドル売れ、リーマン以前のバブルがすっかり戻っている。株式も、相場を押し上げる自社株買いが史上最高の水準だ。米連銀のイエレン総裁自身が、株価が上がりすぎだと認めるほどの激しいバブルだ。 (Government bond woes trigger broad market turmoil) (US corporate debt sales move beyond $100bn for May) (Stock Buybacks Hit New Records)
株や債券から、不動産や絵画までが高騰し、多くの分野の資産がリスクの大きな状況になっている。住宅ローンを、返済困難な低所得層に貸すサブプライム型のローンも再び増えている。 (Government Using Subprime Mortgages To Pump Housing Recovery - Taxpayers Will Pay Again)
08年のリーマン危機の時、米国を中心とする先進諸国の当局は、財政的にも、金利水準的にも、中央銀行の勘定的にも、今よりずっと余裕があった。その余裕は、リーマン危機後の金融救済策によって、ほぼ使い尽くされている。英HSBC銀行の分析者(Stephen King)は、世界経済を、救命ボートが足りないまま危険な水域に入っているタイタニック号にたとえている。 (HSBC WARNS: The world economy faces a `titanic problem') (QEの限界で再出するドル崩壊予測)
いつ起きても不思議でない金融危機の一つの可能性は債券市場の「テーパー・タントラム(taper tantrum)」だ。もともとの意味は、当局がQEなど金融緩和策をやりすぎ、緩和策を縮小(テーパー)する時に、債券市場がわずかなことでパニック(かんしゃく。タントラム)になって急落(金利高騰)を引き起こすことだ。最近は、米日欧のすべてが緩和策をやっている異常な状態なので、緩和策の縮小時でなく、緩和策をまだまだ続けると当局が言っている状況下でも、タントラムが起きる。 (`Super taper tantrum' ahead, warns IMF) (Greenspan sees another taper tantrum once rates rise)
4月に入り、欧州中央銀行(ECB)がQEを開始したところ、ドイツの長期国債金利(10年もの)は、いったん下落したものの、2週間後から反転して上昇した。4月下旬以降、日本や米国の国債も、金利が反転上昇しており、これはテーパータントラムの発生でないかと懸念されている。 (Is this a repeat of the 2013 taper tantrum?) (US government bond market hit by sell-off)
従来は、先進諸国全体として緩和策を持続拡大する方向だったが、来年になると、日本やEUがQEをやめる方向に転じ、米連銀は昨年までのQEで買い貯めた債券を売却する予定だ。その前後に、巨大な「超テーパータントラム」「トリプル(米日欧)テーパータントラム」が起きるとの予測もある(実のところ今のような先行き不透明な状況下で「来年の予測」は無意味だが)。タントラムはいつ起きても不思議でない。来週なのか来年なのか、といった時期的な違いだ。 (Analysts are talking about a 'triple taper tantrum' that would spark market turmoil)
QEなどでゼロ金利状態が続くと、預金と融資の金利差で儲けてきた銀行業全体が薄利となり、経営が行き詰まる。今の超緩和策を縮小すると「タントラム」で金融危機が起きて銀行が「突然死」的に潰れるが、超緩和策を持続すると、銀行を経営難によって業界ごと「緩慢な死」に追いやることになる。
米国の銀行が破綻した場合に、失われた預金を穴埋めして預金者を守る預金保険公社FDICは、穴埋めに使える資金(保険金)の総額が、全米の保険対象の預金総額の1%しかない。それ以上の比率で銀行が破綻したら、預金を保護しきれない。米国では預金者保護策の強化と称し、預金保険の対象上限額が、リーマン危機前の10万ドルから25万ドルに引き上げられたが、預金保険の基金の総額自体が足りないのだから、1件あたりの上限額の引き上げは意味がない。米欧では、次に金融危機が起きて銀行が連鎖的に潰れたら、預金を守る「ベイルアウト」でなく、預金を預金者に返さないことで銀行を取りつぶす「ベイルイン」で対応するしかない。日本も同様の傾向だ。 (Even The FDIC Admits It's Not Ready For The Next Banking Crisis)
米国中心の世界の銀行システムは、すでにリーマン後の超緩和策によって緩和中毒、QE中毒になっており、緩和策から抜け出して健全性を取り戻すことはたぶん無理だ。米欧の当局は、超緩和策を維持しつつ、銀行を延命させる方法を考えている。その一つは、銀行が預金者から口座維持手数料を取り、手数料収入で銀行を運営することだ。米国のJPモルガンチェース、シティや、英HSBCなどが、手始めに他の金融機関が自行に預けている大口預金から、残高に応じて口座維持手数料を取り始めている。 (HSBC to charge for holding deposits) (Negative Interest Rates Become the Norm in Europe)
バブル膨張によって資金を株や債券で運用するリスクと不透明さが増し、投資家は資産を現金(普通預金)で持っておこうとする傾向だ。その流れで預金を増やした投資家から、銀行が口座維持手数料を取り始めている。これは「現金として置いておかずに株や債券を買え」という銀行から投資家への「尻たたき」でもあり、株高や債券高を押し上げる効果がある。 (The cash crisis begins as Chase to start charging 1% fee on bank deposits starting May 1)
マイナス金利が長く続きそうなEUでは、もっと広範で根本的な銀行経営の転換策が急いで検討されている。それは「現金の廃止」だ。従来は多くの場合、小売店は購入者から現金決済を求められたら応じねばならなかったが、EU各国は、小売店が現金決済を拒否し、デビットカードやクレジットカードでの決済しか応じなくてもかまわない法改定を検討・開始している。 (Denmark Central Bank to Stop Printing Money: Shops Can Refuse to Accept Notes and Coins)
人々は、銀行が提供する決済システムを利用せざるを得なくなり、銀行は従来の預金と融資の金利差でなく、決済システムの利用料を国民から取ることで経営していくかたちに転換する。フランスなどは、すでに現金決済の上限額を厳しく定めており、EUの最終目的地は現金の廃止だ。 (現金廃止と近現代の終わり) (German Economist: `Stand Up for the Abolition of Cash,' Stand Up for Central Banks)
これは「現金を使わない決済の方が便利で効率的だ」「マイナス金利をいやがって人々が現金を貯め込むのを抑止し、中央銀行のマイナス金利策の効果を維持できる」「現金決済に固執するのは脱税者やテロリストだ」といった理論で推奨されている。だが、実のところ現金廃止論は、マイナス金利策の長期化で経営が行き詰まっている銀行業界への救済策だ。 (France to restrict movement of cash, gold and crypto-currencies) (Here It Comes: Denmark Moving to a Totally Cashless Society)
現金は、決済や資産備蓄を匿名でやれる手段だ。カード類や電子決済は、誰がいつどこで何にいくら払ったか、政府がその気になればぜんぶ把握できる隠然独裁体制の始まりだ。現金の廃止は「プライバシーの廃止」「自由の廃止」でもある。現金は残すが、すべての紙幣に磁気テープを印字し、いつ誰の銀行口座から引き出された現金なのかわかるようにして、再びどこかの銀行口座に入金されたとき、現金であった時期の長さに応じて手数料を差し引くという、現金保有を不利にする案も出されている。日本ではまだ話題になっていないが、欧米とくに欧州では最近、現金廃止の是非が急にやかましく論じられるようになった。 (The Secret Fed Paper That Advocated a "Carry Tax" on All Physical Cash)
電子決済の中にも、暗号化技術によって匿名性を保持できる「ビットコイン」などの手法もある。ビットコインはこれまで、匿名性を保持できるがゆえに米欧当局から敵視され、ハッカー(を装った米イスラエル当局筋の者?)がビットコインのシステムを破壊する事象が相次いだ。しかし先日、スウェーデン政府がストックホルムの取引所で、ナスダックに世界初のビットコインの先物取引の相場を開設させた。これは現金廃止をめざす欧州諸国が、ビットコインをまっとうな決済手段として認知したことを意味しているように見える。 (Trading in Bitcoin Made Simpler Through New Exchange)
米国中心の世界の金融システムは全体としてリスクが高まっており、テーパータントラムなど危機の再発による突然死の可能性がある。突然死が起きない場合、金融機関はQEの永続化や現金廃止などによって延命していく。だが、リーマン危機前にあった、金融の儲けが金融業界以外の一般市民の生活を少しずつ押し上げるトリックル効果は、危機後に失われた。金融以外の実体経済は、米日欧の全体で不振だ。米日欧ともに、小売店の儲けが減り、雇用はフルタイムが減ってパート・派遣・低賃金が増加し、多くの人々が中産階級から貧困層に転落している。今、世界の就業者の4分の1しか、安定した仕事を持っていない。金融相場の上昇で儲けられる大金持ちと、トリックルが失われた一般市民との貧富格差の拡大に拍車がかかっている。その一因は、QEなど金融緩和策にある。 (Only one in four workers worldwide has a stable job) (Economic Disinformation Keeps Financial Markets Up) (Major U.S. Retailers Are Closing More Than 6,000 Stores)
米国では、一昨年に財政破綻したデトロイトに続き、シカゴ市と、同市が属するイリノイ州が財政破綻に瀕している。いずれも、公務員年金の運用失敗の穴埋め負担で、市財政が圧迫されている。シカゴ市は最近、債券格付けがジャンクに引き下げられ、破綻が時間の問題になってきた。米国政府は、国債金利の高騰を防ぐため、国債発行を減らしている。そのしわよせが社会保障や教育、インフラ整備の減少となり、貧困層の救済や、実体経済の再生を阻んでいる。債券金融を守るため、国民の生活が犠牲にされている。 (Chicago "Junking" Triggers $2.2 Billion Payment, Deepening Financial Crisis)
米日欧は、今の超緩和策をやめると債券金利の高騰など金融危機が引き起こされるのでやめられない。危険な金融バブル膨張を承知で、超緩和策を続けるしかない。しかし、永遠に破裂せず膨張し続けるバブルなどない。後になるほどひどいバブル崩壊、金融危機に見舞われる。国債金利を引き下げる日銀のQEは、日本政府の国債利払いの額を減らしている。ロイター通信によると、日本政府は日銀のQEが今後ずっと続くことを前提に、少ない利払い額ですませる計画を立てている。ここで垣間見えるのは、安倍政権がQEをやめるつもりなどないことだ。しかし、QEは永続できない。いずれバブルが崩壊し、財政破綻する。 (Japan debt plan needs BOJ to keep rates low for years -sources) (QEやめたらバブル大崩壊)
米国中心の戦後の世界の金融システムは、1971年のニクソンの金ドル交換停止でいったん破綻したが、その後、債券金融システム主導で蘇生し、今に至っている。08年のリーマン倒産は、この70年代からの金融システムの破綻の始まりだった。今の超緩和策と、きたるべきバブル再崩壊はおそらく、現行の世界の金融システムの終焉になる。その後、人類は、中国などBRICS(G20)が準備している、金融が肥大化しすぎない実体経済主導の経済システムを使うことになると考えられる。 (David Stockman: "We Are Entering The Terminal Phase Of The Global Financial System") (CIA Economist: Bank Accounts will be frozen; spontaneous collapse coming, IMF to rescue)