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折々の記 2016 ②
【心に浮かぶよしなしごと】
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03 04 田中宇の国際ニュース解説⑩ 世界はどう動いているか
03 04 (金) 田中宇の国際ニュース解説⑩ 世界はどう動いているか
舎利子みよ、世界を牛耳る守銭奴の動きを !!
田中宇の国際ニュース解説
世界はどう動いているか
フリーの国際情勢解説者、田中 宇(たなか・さかい)が、独自の視点で世界を斬る時事問題の分析記事。新聞やテレビを見ても分からないニュースの背景を説明します。無料配信記事と、もっといろいろ詳しく知りたい方のための会員制の配信記事「田中宇プラス」(購読料は6カ月で3000円)があります。以下の記事リストのうち◆がついたものは会員のみ閲覧できます。
◆中国経済の崩壊
【2016年3月3日】 中国が米国の金融延命策に協力する構図が崩壊したのが、14年秋からの米連銀のQE終結・利上げ政策の開始だった。米国が引き締めに転じたため新興市場への投資が流出し、中国の設備投資のバブルが崩壊した。しかし中国は崩壊が先に始まっただけで、いずれ米国の金融危機が、中国の経済危機を抜くだろう。
ニクソン、レーガン、そしてトランプ
【2016年3月1日】 ニクソン(共和党)からレーガン(共和党)への、アイデアリストが稚拙に(故意に)失敗した末にリアリストが席巻する隠れ多極主義的な展開が、ブッシュ(共和党)の911から今後(2020年ごろ?)にかけて繰り返されるとしたら、共和党のトランプがリアリストの外交戦略を掲げて次期大統領を狙うことは歴史的な意味がある。ロックフェラーや傘下のCFRが歴史の繰り返しを演出したいなら、次の大統領をクリントンでなくトランプにするシナリオだ。
◆シリアの停戦
【2016年2月23日】 ISISとヌスラ戦線というテロ組織2派がアサド政権軍に勝っていた間は、反政府勢力のほとんどが2派の傘下にいた。だが昨秋から露軍の支援を受けてアサド軍が盛り返し、今では2派の方が敗北寸前まで追い込まれ、傘下にいた多くの勢力が離反し、アサド政権の側に寝返っている。今回の停戦は、この寝返りに拍車をかけるための、ロシアとアサドの策略だ。
◆ジャンク債から再燃する金融危機
【2016年2月21日】 米国の社債市場を悪化させている原油安と世界不況は、今後も続く。原油相場は上がらない。米エネルギー産業の債券危機はひどくなる。ジャンク債の金利は上昇傾向だ。当局による株価操作も繰り返されるうちに効力が減じ、株式と社債の両方で崩壊傾向が強まる。リーマン危機の時は、QEという延命策があった。だが今後の金融危機は、その延命策が尽きたところで発生する。
ラジオデイズ・田中宇「ニュースの裏側」・・・マイナス金利政策とはドル救援策だった
米欧がロシア敵視をやめない理由
【2016年2月17日】 米国だけでなく欧州諸国の上層部でも、EU統合派(親露派)と対米従属派(反露派、軍産)が暗闘している。米国に勧められて統合を始めた欧州は、米国に嫌われてまでEU統合を押し進めたいと思っていない。だから、米国の反露策が非常に理不尽でもそれにつき合い、EU統合を遅延させてきた。しかし、欧州が米国の傘下でぐずぐずしているうちに、米国の世界戦略はどんどん理不尽になり、欧州にとって弊害が増えている。シリアでは、大量の難民の発生と欧州への流入を止められず、EU統合の柱の一つである国境統合(シェンゲン条約体制)が破綻しかけている。ウクライナでの欧露対立で、対露貿易に頼ってきた東欧の経済難が進んでいる。
◆万策尽き始めた中央銀行
【2016年2月12日】 今年に入って世界的に金融の混乱が加速し、それに対して日米欧の中央銀行が十分な対策(追加的な緩和策)をとれないことが明らかになり、混乱がさらに加速している。ジャンク債の金利上昇、株価の下落、円高ドル安、金地金の上昇など、金融延命策の終わりを思わせる逆流の事態が起きている。私の予測の中の「延命策の限界露呈」が起こり、その結果「金融システムのバブル崩壊」が始まったと考えられる。
サウジアラビア王家の内紛
【2016年2月6日】 サウジ王政の最上層部の内紛は「親馬鹿な国王のわがまま」を超えた、国家戦略の行方をめぐる政争である。ナイーフ皇太子が対米従属派で、サルマン副皇太子(と父親のサルマン国王)は対米自立派であり、米国の覇権が低下するなか、サウジがどこまで米国の支配につき合い続けるかという国家戦略をめぐる戦いだ。ナイーフが次期国王になると、日本と同様、衰退する米国にどこまでも付き従っていく可能性が高い。対照的に、若いサルマンが王位を継ぐと、サウジは対米自立していき、多極型の世界体制のもとで、中露やイランと並ぶ
万策尽き始めた中央銀行
http://tanakanews.com/160212bank.php
2016年2月12日 田中 宇
私は以前から、日米欧の中央銀行が続けているQE(通貨大増刷による債券買い支え)など金融延命策がいずれ限界に達し、米国を中心とする金融システムがバブル崩壊し、ドルや米国債に対する信用が失墜し、米国の金融覇権が失墜するという長期予測を何度も書いてきた。08年のリーマン倒産以来、中央銀行による金融延命策の副作用として債券金利の低下、株価の高騰、円安ドル高、金地金相場の抑圧などが続いてきた。 (不透明が増す金融システム) (金融蘇生の失敗) (QEやめたらバブル大崩壊)
だが、今年の正月以来、世界的に金融の混乱が加速し、それに対して日米欧の中央銀行が十分な対策(追加的な緩和策)をとれないことが明らかになり、混乱がさらに加速する事態になっている。ジャンク債の金利上昇、株価の下落、円高ドル安、金地金の上昇など、金融延命策の終わりを思わせる逆流の事態が起きている。私の予測の中の「延命策の限界露呈」が起こり、その結果「金融システムのバブル崩壊」が始まったと考えられる。 (ドルの魔力が解けてきた)
年初来の世界的な金融混乱の加速については、1月13日の記事「ドルの魔力が解けてきた」に書いた。この混乱に対し、米国と欧州の中央銀行が打つ手を持たなかったため、日本銀行が対策を引き受け、1月29日に短期金利を下げて史上初のマイナス金利に踏み切った。このことは「日銀マイナス金利はドル救援策」に書いた。 (日銀マイナス金利はドル救援策)
日銀がマイナス金利策を開始した時、私は、それによる株価押し上げや円安ドル高がしばらく続くのでないかと予測した。だが実際は、日銀がマイナス金利策を発表した後、日米の株価の上昇は2日間しか続かなかった。2月に入るとともに、日米とも株価が急落する傾向になっている。日銀のマイナス金利策の威力が大したことなかった理由は、世界の投資家が「日銀はもうQEを拡大できないので、次善の策としてマイナス金利をやった。QEは相場のテコ入れに効果があるが、マイナス金利は大した効果がない」と判断したからだ。欧州ではマイナス金利策が半年以上行われているが、利ざやの減少による銀行の経営悪化という悪影響が大きく、プラスの影響が少ない。 (Negative-Interest-Rate Effect already Dead, Central Banks Lost Control over Stocks)
日銀は、自分たちの金融延命策を「バズーカ砲」と呼び、強さを誇示してきたが、いまや日銀の策の力は、バズーカ砲の水準から、短銃ぐらいの水準へと急速に低下した。いずれ水鉄砲ぐらいの威力にまで落ちそうだ。中央銀行による金融テコ入れ策の威力は、これまでより格段に落ちている。日銀は今後、金利をマイナスの方向に拡大していくかもしれないが、最初の一発が不振だったのだから、2発目以降も大した威力を持てないだろう。 (ECB unleash water pistols)
年初来、為替相場で円高ドル安の傾向が復活していることも、日銀の金融延命策威力の低下を物語っている。14年秋に日銀がQEを急拡大して以来、QEが効果を上げるほど円安ドル高と株高になり、QEの効果に疑問が生じるほど円高ドル安と株安になる傾向が続いてきた。年初来の円高ドル安と株安の傾向は、QEに対して市場が疑問を呈していることを示している。市場の不信を払拭する策として、日銀がQEの拡大を実行できず、マイナス金利の開始でお茶を濁すことしかできなかったのを見て、市場は円高ドル安と株安を加速した。こうした為替相場の動きからも、日銀の威力の低下が見て取れる。 (Dollar falls against yen after Japan stops short of extra QE)
米国の在野?の分析者が、なるほどと思えることを書いている。これまでは、世界的に不況がひどくなっても、投資家が「不況がひどくなると中央銀行群が緩和策を強めるので株高だ」と考えて株を買い増し、本来なら株安を招く悪いニュースが株高につながっていた。しかし最近、中銀群に追加の緩和策をやれる余力がなくなり、投資家はもう中銀に期待しなくなった結果、悪いニュースが文字どおりの悪いニュースとして受け取られるようになり、株価が下がっているのだという。日米などの株価は、この先4割ぐらい下落しても不思議でない。 (Central Bankers Losing Control, Now Bad News Is Actually Bad News.)
中央銀行の金融延命力の低下を思わせるもうひとつの事態は、金地金相場の上昇だ。すでに何度も書いていることだが、金地金は、ドルや米国債を頂点とする債券金融システムの究極のライバルであり、リーマン危機後、中央銀行が金融延命策を強化した2011年以降、先物主導で相場を下落させられている。だが昨年末以来、世界不況や原油安の影響による株や債券の相場下落を中央銀行が止められない事態が露呈していくとともに、金相場が急速に反騰を始めている。 (Gold Price Chart) (Gold Soars To 12-Mo. High On Safe-Haven Demand As Markets Near Panic Mode) (操作される金相場) (通貨戦争としての金の暴落)
これは一時的な上昇だろうか。そうでないと思われるふしがある。これまで金相場の下落を扇動してきた米金融界が、ここにきて金相場の上昇を相次いで予測しているからだ。バンカメのアナリストは、現在1オンス1240ドル代の金相場が、これから1375ドルか、ひょっとすると1550ドルまで上がりそうだとの予測を発表している。ゴールドマンサックスも、金相場がさらに大幅に上がると言っている。上昇傾向が今後も続く可能性が高い。 (Everyone Jumping On The Bandwagon: BofA Says To Stay Long Gold Until $1,375, "$1,550 A Possibility") (Scope For Gold To Extend Much Higher Than $1200 Over Time, Goldman Says)
米国で連銀の策の裏側をよく見てきたロン・ポール元下院議員は昨年7月に「金地金が輝くのは、ドルが不換紙幣であることが完全に露呈した後だ」と述べ、米国の株価や債券バブルが崩壊し、ドルと米国債の基軸性が失われた後にならないと金相場は上昇しないという予測を発した。昨夏の時点で、米国のバブル崩壊の兆候はまだ存在せず、金相場の再上昇はかなり先の話だろうと私は書いた。しかし今、米国の株価や債券の相場が崩壊し始めるとともに、金相場が不気味な上昇を開始している。これはロンポールが言うところの「ドルが不換紙幣であることが露呈」していくドル崩壊の過程の始まりかもしれないと思える。ロイター通信ですら、中央銀行の信用失墜と金相場の上昇を関連づける記事を出している。 (金暴落はドル崩壊の前兆) (As Central Banks Dim, Gold Brightens)
日銀のバズーカ砲は化けの皮がはがれ、水鉄砲になりつつある。他の中央銀行の「金融兵器」の状況はどうかといえば、米欧ともに怪しげだ。米連銀のイエレン総裁は2月10日、米議会で演説と証言を行ったが、世界経済は悪化しているが米経済は回復していると、相変わらずの主張を繰り返し、利上げ方向の政策をやめないと表明した。同僚である日欧の中銀が手がけるマイナス金利策については「効果があるかどうかわからない」と、否定的な見解を述べて突き放した。米金融界は、イエレンが利上げ姿勢を放棄して株価を反騰させてくれるのでないかという期待を裏切られ、失望売りで株価が急落した。 (Yellen warns global turbulence could hit growth)
米国は、連銀も金融界も議会(共和党)も、マイナス金利にしたくないようだ。米国に資金を預けると利子がもらえるというのが、ドルの覇権の源泉であり、だからこそ昨年から連銀は時流に逆らって利上げ傾向に固執してきた。世界が大不況になったからといって、ドルの金利をマイナスにするわけにはいかない。議員がイエレンに対して「マイナス金利は違法じゃないのか。違法だろ」としつこく尋問し、合法性に関する疑問が完全に解けたわけでないという言質をイエレンから引き出している。米国は簡単に利下げに転じそうもない。 (Fed Chair Yellen Rattles Markets Citing Obstacles to Negative Rates) (Market Angry About Yellen's "Is NIRP Legal" Confusion)
だが、連銀は日欧に頼れなくなっている。日銀のバズーカ砲は縮んでいる。欧州中央銀行が3月にQEを拡大するかもしれないという期待が金融界に渦巻いていると報じられていが、欧州中銀が「口だけ」であることは昨年から確認されている。欧州中銀は、マイナス金利のさらなる引き下げはやるだろうが、QE拡大はやらない。マイナス金利の長期化に伴い、欧州では現金廃止の政策が強められている。EUでは、5千ユーロ以上のやり取りを口座間取引で行うこと(現金取引の禁止)を義務づけるとともに、これまでの最高額紙幣である500ユーロ札の廃止をまもなく決定しそうだ。EUの盟主であるドイツが日本と似た現金社会で、これまで現金廃止の動きに反対してきたが、これ以上反対を続けられない事態になったようだ。マイナス金利が続くと、日本でも必ずや現金廃止論が勃興する。1万円札は非国民の持ち物であるかのようなプロパガンダが流布されるかもしれない。非国民は(素)敵だ。 (Scrap 500-euro banknote, EU anti-fraud chief says) (Harvard Economist Demands Ban On Big Bills To Make It "Harder On The Bad Guys")
欧州も日本も、マイナス金利しかやれない。QEはすでに限界だ。中央銀行がQEの追加の買い支えの対象にできる債券がもう残っていない。今後、世界不況が加速し、追加の緩和策がどうしても必要になったら、それができるのは米連銀しかない。だが連銀は今後、再緩和(再利下げやQE再開)にしつこく抵抗し、遅すぎる時期になってようやく再緩和に踏み切り、市場を「遅すぎて効果がない」と失望させて終わる可能性が増している。 (Eurozone economists sceptical of more ECB asset purchases in 2016)
世界不況は、今後まだまだ続くだろう。日米とも「景気回復」の歪曲報道は続くだろうが、実質的な不況は今後さらに悪化する。貧富格差も拡大が続く。米国では、長期国債と短期国債の利回りがほとんど同じになる「金利カーブのフラット化」が起きている。これは、この先景気が悪化して金利が下がる傾向だと予測し、利回りが高いうちに長期国債を買おうとする投資家が増え、長期国債の金利が低下しているからだ。債券市場も景気悪化を予測している。 (US yield curve narrows to 8-year low)
米国で、泡沫候補だった共和党のトランプと民主党のサンダースが、両党の予備選挙の過程で他の主力候補たちを大きく打ち破って人気が急上昇している。その理由も、米国の一般市民の生活が悪化し、人々が貧富格差の拡大や米当局の経済政策に不満を持ち、それらの不満をすくいとるトランプやサンダースを支持しているからだ。米連銀の利上げ政策に反対する市民運動「Fed Up」も立ち上げられている。イエレンがこの先どこまで利上げ姿勢を維持して粘れるか(利上げ政策を撤回するのが遅すぎる事態になるか)が注目点になっている。 (Obama's true heir is Hillary Clinton. But that is a blessing for Bernie Sanders) (The next financial crash is coming. Which way will the world turn?) (Fed Up - Center for Popular Democracy)
景気一般の悪化と合わせ、マイナス金利の拡大や金融相場の下落を受けた、世界的な銀行界の経営悪化も、今後さらにひどくなる。日銀のマイナス金利の開始で、世界的に銀行株の下落に拍車がかかった。マイナス金利が長引く欧州では、基礎体力が弱い中小銀行や、不良債権が多い銀行の経営破綻が、イタリアなどで連鎖している。世界最古(1472年創業)のイタリアの銀行「Monte dei Paschi di Siena」も破綻しかけている。 (Italy hit by banking crisis)
世界最大のデリバティブ残高を持つドイツ銀行も破綻寸前だという見方が飛び交っている。ドイツ銀行が危ないという指摘は昨年からある。経営難なのは確かなようだが、米国の銀行界への懸念が強まる時に限って「ドイツ銀行が潰れそうだ」という指摘が出回る。米国の金融覇権を延命させるため、目くらましとしてドイツ銀行の危機を煽るプロパガンダが流布されている感じもする。米国のジャンク債を守るためにギリシャなど南欧の国債危機が扇動されてきたことを思い起こさせる。 (ユーロを潰してドルを延命させる) (Deutsche Bank is finished, Lehman Brothers 2.0)
日米欧の金融界は、中銀群のマイナス金利に加え、原油安の煽りで米国のシェール石油産業の経営難がひどくなり、シェール産業のジャンク債を皮切りに社債の崩壊感が増していることの弊害も受けている。米国債の金利が低下する半面、ジャンク債の金利が上がり、バブル崩壊前に顕著になる金利格差(リスクプレミアム)の拡大が起きている。金利格差の拡大は、企業倒産の増加につながる(ジャンク債を低利で発行できれば倒産しない)。実体経済の景気悪化もあるので倒産企業が増え、貸し倒れの増加が金融界をさらに圧迫する。 (バブルでドルを延命させる) (国際金融の信用収縮)
FT紙は先日「大きな金融危機が起きるリスクが非常に高い(the risk of a major storm is very high)」と現状を分析する記事を出した。この指摘はまったく当然だ。米金融覇権の失墜、世界体制の大転換が近づいている。 (Core long-term bond yields heading lower)
米欧がロシア敵視をやめない理由
http://tanakanews.com/160217russia.htm
2016年2月17日 田中 宇
毎年2月にドイツで開かれるミュンヘン安保会議は、東西冷戦や国際紛争を解決するため、関係各国の政府高官やNGO、マスコミなどが集まって安保問題を話し合う世界最大の会議として、1963年から行われている。今年は2月12-14日に行われ、シリア内戦と、そこから派生した欧州への難民流入問題が2つの主なテーマになると、事前に予想されていた。ところが、実際に会議が行われてみると、予想されていなかった3つ目のテーマ「ロシアと米欧の対立」が、激しい議論になった。 (Did the Munich Security Conference leave hope to the world?)
議論の中心は、米欧側がシリアやウクライナなどにおけるロシアの行動を非難したのに対し、ロシア側がその非難を言いがかりや濡れ衣だと逆批判していることだ。米国のマケイン上院議員は同会議で演説し、ロシアが欧州を困らせて欧米間の同盟関係にひびを入れるため、最近シリアで病院など市民生活の施設を意図的に空爆し、トルコや欧州への難民の流出増を誘発しているとロシアを非難した。 (Russia accused of `weaponising' Syria refugees)
シリア政府軍が、ロシアの空爆支援を受け、ISISなどテロ組織が占領していたシリア北部の大都市アレッポを奪還しかけているので、数万人のアレッポ市民が難民化してトルコ国境まで来ているのは事実だ。北シリアにある国境なき医師団の病院が、何者かに空爆されたのも事実だ。だが、病院を空爆したのが露軍機なのかというと、かなり怪しい。ロシアとシリア政府は、米軍機がトルコから越境飛行してきてアレッポの病院を空爆したと言っている。米軍機は以前にもアレッポ市街に電力を供給していた民生用の発電所を意味もなく空爆して謝罪もしないという「前科」がある。マケイン議員はかつてISISを正義の味方として米国に紹介した人物でもある。 (Syria Accuses Alliance of Striking Hospital) (Saudi Arabia Makes "Final" Decision To Send Troops To Syria As US, Russia Spar Over Aleppo Strikes)
シリア内戦は、ロシア・イラン・アサド政権の連合軍が、ISISなど米トルコが支援してきたテロリストの退治を進め、米トルコ側の不利が大きくなっている。この時点でロシア軍が、仲間であるアサド政権を不利にするような病院の空爆をやるはずがない。アサドの評判を下げたい米軍が空爆し、ロシアに濡れ衣をかけたと考える方が自然だ。米政府がアサドを敵視してきた理由の一つは、2013年夏にアサドの政府軍が市街地を化学兵器(サリン)で攻撃したということだが、この時サリンを使ったのは政府軍でなく米トルコが支援していたアルカイダ(ヌスラ戦線)だったことが判明している。米国の敵視策は、シリアでもイランでもイラクでも濡れ衣ばかりだ。 (Russia: US Warplanes Bombed Aleppo Hospitals, Not Russians) (◆露呈したトルコのテロ支援)
ミュンヘン会議で演説した米国のケリー国務長官は、ウクライナ内戦のミンスク和平合意が履行されないのはロシアがウクライナ東部(ドンバス)に軍事介入しているからであり、露軍が出て行くまで対露制裁は解除されないと述べた。しかし実のところ、ロシア軍はドンバスに進駐していない。ミンスク合意が履行されないのは、米欧が支援する反露的なウクライナ政府が停戦ラインまで軍を撤退せず、ドンバスに自治を与える新たな法体制を作っていないからだ。ロシアのラブロフ外相は、ウクライナ政府がミンスク合意を履行する気がないのは米欧もよく知っていると述べている。 (Echoes of Cold War heat up Munich conference) (Munich Security Conference to continue East-West blame game)
ミュンヘン会議で示されたロシアと米欧の対立は、米国がロシアに濡れ衣をかけて非難・敵視し、ロシアがいくら説明しても敵視をやめないので露側も怒っている構図だ。ロシア政府の派遣団を率いたメドベージェフ首相は演説で「NATO(米欧)の対露政策は、敵対的かつ不透明で、冷戦時代に戻ったかのようだ。今は2016年でなく(米ソ対立が最悪だったミュンヘン会議開始前年の)1962年であると思えてしまう」と述べている。 ('A new Cold War': Russia's Medvedev bemoans relations with West)
米欧の反露政策は、シリアでもウクライナでも地域の安定を破壊し、理不尽で馬鹿げている。反露政策は、対立を煽って関係諸国に兵器を売りまくる米国の軍産複合体に好都合な策といわれる。だがシリアでは、すでに露イラン・アサド連合の勝利が見えている。反露策は馬鹿げているだけでなく、米国側の敗北につながっている。シリア内戦で軍事産業が儲けているのは米国でなく、名声を上げたロシアだ。 (勝ちが見えてきたロシアのシリア進出)
ISISやヌスラ戦線が負けそうなので、彼らを支援してきたトルコとサウジがシリアに派兵する姿勢を見せているが、サウジは少数の戦闘機や特殊部隊を出す「ふりだけ」だし、トルコは自国と国境を接することになるシリアのクルド人組織を威嚇する目的の小規模なものでしかない(それなのに「トルコとサウジが第3次世界大戦を起こす」と、目くらまし的に騒がれている)。 (Turkey Fires On Syrian Army, Kurds, Says "Massive Escalation" In Syria Imminent As Saudis Ready Airstrikes)
シリア内戦に決着をつける天王山となりそうな大都市アレッポの戦闘の激化で、数万人が難民化し、トルコからEUに押し寄せようとしている。欧米とくにEUは、敵視をやめてロシアと協調し、難民の増加を食い止めた方が良い。ミュンヘン会議を機に、欧米がシリア問題でロシアと協調し始めるのでないかという期待も事前にあった。だが実際は逆に、欧米がロシア敵視を強めるだけに終わっている。
しかも米国は、表でロシアを非難しつつ、裏でシリアでの露軍の行動を容認している。米政府は先日、シリア反政府軍を敗北させて内戦を終わらせるロシアの軍事的な停戦計画を了承した。この停戦に反対する好戦派に対し、ケリー米国務長官は「ロシアと戦争しろとでも言うのか」と抗弁した。米国の反露策は、実際にロシアと戦争する気などない「ふりだけ」だ。サウジは、米国がロシアに抗してシリアに派兵するつもりがないのを見た上で「米国が望むならシリアに派兵する」と言っている。 (U.S., Russia agree to Syria cease-fire plan) (Russian Intervention in Syrian War Has Sharply Reduced U.S. Options)
米欧の反露策のもう一つの領域であるウクライナでは、まだ「軍産複合体の儲け策」が健在だ。NATOは、東欧でロシアを威嚇する軍事行動を強めている。ポーランドやリトアニアはNATOが東欧に恒久的な基地を作ることを求めているが、ロシアと対立したくない独仏は、いったん置いたらなくせない恒久基地でなく、簡単にやめられる巡回型の移動駐留にしたいと言って対立している。米英は、ポーランドやリトアニアに加勢している。 (Poland clouds NATO's nuanced Russia plan) ( 'US teams up with E. Europe to prevent W. Europe rapprochement with Moscow') (`Poland, Hungary used by US as wedge between EU and Russia')
とはいえ、ウクライナの内戦自体は膠着状態で、次に何か大きなことが起こるとしたら、それは財政破綻を皮切りにウクライナ政府が崩壊し、内戦を続けられなくなってロシア側に譲歩することだ。ウクライナ政府は、もう何カ月も財政破綻寸前で、IMFなど債権者に目をつぶってもらって延命している。経済難がひどくなってヤツニュク首相への批判が強まり、2月15日に議会で内閣不信任案が出されたが僅差で否決された。ヤツニュクは何とか続投できたが、政治混乱はむしろ拍車がかかっている。ウクライナ内戦は、シリアと同様、米欧の不利、ロシアの有利が増しつつある。 (Yatsenyuk Survives No-Confidence Vote, But Will Ukraine?) (Ukraine crisis: PM Yatsenyuk survives no-confidence vote)
米英にとってウクライナでのロシアとの対立は、独仏を対米従属の状態に押しとどめ、EU統合の進展を阻止する効果がある。統合が進むとEUは独自の地域覇権勢力になり、対米自立して勝手にロシアと良い関係を築き、NATOが有名無実化する。シリアやウクライナでロシアが有利になるほど、NATOや軍産関係者はロシア敵視の姿勢を強める。ミュンヘン会議での激しい敵対姿勢は、その表れだった。 (NATO延命策としてのウクライナ危機)
しかしそもそも、1980年代末にロシア敵視の冷戦を終わらせ、その後欧州に国家統合しろと進めたのはレーガン政権からの米国だった(共和党でのトランプ候補の躍進は、レーガンの再来を思わせる)。かつてEUに統合をけしかけたのも、その後最近になってウクライナ危機を煽ってEU統合を阻止しているのも、米国である。この矛盾した事態は、米国の上層部に、EUを統合させて地域覇権勢力に仕立てたい(多極主義の)勢力と、EU統合を阻止して冷戦構造を再建したい(軍産の)勢力がいて暗闘していると考えないと理解できない。 (歴史を繰り返させる人々)
米国だけでなく欧州諸国の上層部でも、EU統合派(親露派)と対米従属派(反露派、軍産)が暗闘している。米国に勧められて統合を始めた欧州は、米国に嫌われてまでEU統合を押し進めたいと思っていない。だから、米国の反露策が非常に理不尽でもそれにつき合い、EU統合を遅延させてきた。冷戦やその後の「オリガルヒ」の時代に、米国にひどい目に遭わされたロシアは、米国の覇権の低下に乗じて影響力を積極的に伸張させている。だがロシアと対照的に独仏は、その気になればEU統合加速によって比較的容易に対米自立できるのにそれをせず、弱体化・茶番化する米国覇権の傘下に、延々と踏みとどまっている。 (ロシア・ユダヤ人実業家の興亡)
しかし、欧州が米国の傘下でぐずぐずしているうちに、米国の世界戦略はどんどん理不尽になり、欧州にとって弊害が増えている。シリアでは、大量の難民の発生と欧州への流入を止められず、EU統合の柱の一つである国境統合(シェンゲン条約体制)が破綻しかけている。ウクライナでの欧露対立で、対露貿易に頼ってきた東欧の経済難が進んでいる。 (Russian trade hit by sanctions and commodity crisis)
欧州が対米自立するには、政治統合を進めればよい。EUの上層部は、すでに対米自立的な人々が要職を占めている。イタリアの共産党の親露・反軍産的な若手の国会議員だったフェデリカ・モゲリニが、突然EU全体の外務大臣に取り立てられたのが象徴的だ。政治統合して、EU内の反露的な諸国の議会の権限を奪ってしまえば、EU中枢の対米自立・親露派の政策が通るようになる。ウクライナ危機や、シリア発の難民危機で欧州が振り回されるほど、EU上層部で、早く政治統合を進めて対米自立すべきだという主張が強まる。難民危機が続いている限り、難民を他国に押し付けたい各国間の対立激化でEUは統合どころでないが、いずれシリアが安定すると、欧州で再び統合推進の話が出てくるはずだ。 (イスラエルがロシアに頼る?)
政治統合は、国権の剥奪という「非民主的」な転換なので、進むとしたら、その準備は隠然と行われる。英国が、EUに残留するかどうかの国民投票を急いで行うところから見て、すでにEUは政治統合を進める準備をかなり進めている。以前からEU当局は、現行のリスボン条約の法制下で政治統合を進めていけるという法解釈をしており、あとは政治的な意思決定だけだ。英国が今夏か今秋に国民投票によって結論を出した後、EUが政治統合を進め得る事態になる。
オバマ政権は英国に対し「EUが統合しても対米従属を続けるよう内部から圧力をかけるためにも、英国はEUに残ってくれ」と要請している。これだけを見ると、オバマは軍産系のように見える。だが私から見ると、オバマの言い方はおかしい。英国は、政治統合されるEUに残留すると、国権をかなり剥奪され、内部からEUに圧力をかけられないだけでなく、EUに幽閉されて英国独自の国際戦略をとれなくなり、覇権の黒幕としての力を失う。英国の国民投票を前にしたEU側と英国の交渉が山場だが、EU側は玉虫色の共同声明を作ること以上の譲歩をしていない。オバマは多極主義者だが、軍産のふりをして、英国に「EUを対米従属させておくためにEUに残留しろ」と言って、軍産の親玉である英国をEUに幽閉して無力化しようとしている。 (Why Washington Fears Britain Quitting EU) (X+Y+Z=? UK-EU deal boils down to summit semantics)
もし米政府が、欧州を今後もずっと対米従属させておきたいのなら、今のような濡れ衣・茶番的・理不尽な反露策でなく、もっと理にかなった姿勢をとるはずだ。今の米政府の無茶苦茶なロシア敵視策は、欧州を長期的に対米自立・EU統合促進にいざなっている。多極主義者のオバマは、軍産複合体のロシア敵視策を過激化する一方、ロシアやイランの中東などでの影響力拡大を容認することで、欧州を意図的に対米自立の方に押しやっているように見える。 (◆茶番な好戦策で欧露を結束させる米国)
戦後ずっと続いてきた米国の覇権体制は、いやがる世界を無理矢理に支配していたのでなく、欧州や日韓などの諸国の側が対米従属に安住していたので長く持続した。冷戦終結後、ロシアや中国もいったんは喜んで米国覇権の傘下に入った。中国は昨夏まで、過剰な設備投資で経済面から米国覇権を支えていた。米国覇権の世界体制を維持する原動力は、米国自身よりも、米国にぶら下がって経済発展したい世界各国の方にある。911以来の米国は、ぶら下がる世界をうんざりさせる戦争や濡れ衣制裁をやり続けている。ロシア敵視は、そうした「ぶら下がる世界を振り切る」ための政策の一つに見える。米国は経済面でも、リーマン危機後、QEなど破綻が運命づけられているバブル膨張策をやっている。
米国が世界を振りきって覇権を壊した後、すんなり世界が多極化していくとは限らない。米国に頼り甲斐がなくなった後、世界各国が身勝手な国際戦略を拡大し、あちこちで対立が激化するかもしれない。しかし、それらの対立は戦争でなく、時間はかかるが交渉で解決されていく。いちいち列挙しないが、今の世界で起きている戦争や好戦性のすべては、よく見ると米国の好戦策が原因であり、米国の覇権が低下すると、世界の好戦性は大幅に低下する。国連やG20などで国際交渉のための多極型の世界体制が構築され、世界の安定化が図られるだろう。
国連やG20が多極型の世界体制を作ることを、エリートによる「世界政府」の計画として批判的に語る風潮が、かなり前から米国などで出回っている。かつて国連の創設に大きく関与し、世界政府の計画推進の親玉であると批判されているロックフェラー家のデビッド・ロックフェラーは最近、英国紙のインタビューで「もっと統合された世界的な政治経済の体制を作ろうとする謀略がロックフェラーの仕業であると批判されるなら、私はむしろ光栄だ(世界が統合されていくのは良いことだから)」と語っている。 (Being a Rockefeller ain't what it used to be as John D's only surviving grandson turns 100) (David Rockefeller Says Conspiracy About `One World Order' Is True)
ロックフェラーの番頭としてニクソン政権以来、多極型世界の構築に貢献してきたキッシンジャーは最近、ロシアを訪問し、プーチンに大歓迎されている。多極化の謀略は、時間のかかる紆余曲折や、中東などで何十万人もの戦死者を伴いながら、ゆっくりと進んでいる。 (Putin meets `old friend' Kissinger visiting Russia)
ジャンク債から再燃する金融危機
http://tanakanews.com/160221junk.php
2016年2月21日 田中 宇
米欧でジャンク債の金利上昇が続いている。米国の高利回り債の平均金利は、6%前後だった昨年6月から上昇傾向となり、今では9・5%前後まで上がっている。高利回り債の中で最も格付けが低いジャンク債の利回りは20%以上になっている。ジャンクの格付けは、赤字が続く企業、経営難の企業に付与されるが、それらの企業は、年間20%の金利を払わないと資金調達できなくなっている。ジャンク債を発行しても買い手がつかない場合も増え「資金調達できたとしても金利が20%以上」という状態だ。 (US junk debt rated triple C yields 20%) (BofA Merrill Lynch US High Yield Master II Effective Yield)
日銀は先日マイナス金利策を始めた。国債の利回りは、日本とEUがゼロの前後で、米国は2%以下であり、いずれも低下傾向だ。債券の金利は、先進国の国債が下落傾向である半面、ジャンク債など民間の高利回り債は上昇が止まらず、米国債とジャンク債の利回り差が20%近い極端な値になっている。このような状態は、米連銀がQE2をやめた後、QE3をやるのを渋っていた2011年秋以来だ。 (Sudden Death? Junk-Rated Companies Headed for Biggest "Refinancing Cliff" Ever: Moody's) (Stress continues to build in junk-bond market)
中央銀行による利下げは、銀行間融資の短期金利を下げることで、国債からジャンク債までの長短の金利を連動して引き下げようとする行為だ。市場が活況で、投資家がリスクに前向きなら、最優良の短期金利の利下げがジャンクの長期債券金利の低下につながりうるが、今のようにリスク回避の傾向が高まる状態だと、最優良格の金利を下げてもジャンク格の金利が下がらない。 (Junk-bond market facing record refinancing cliff: Moody's)
もともと、米国債とジャンク債の金利差は、小さいほど金融市場や経済活動が活況(健全)であることを示していた。「示していた」と過去形なのは、リーマン危機後に米日欧の中央銀行がQEを始めて以来、金利差は、QEをやるほど縮小し、QEをやめると拡大する事態になり、活況や健全さと関係なくなってしまったからだ。もともとは、世の中が好況で、旺盛な資金の供給があると、ジャンク債の需要が増えて金利が下がり、米国債との利回り差が縮み、好況なのでジャンク格企業の倒産が減ってさらに利回りが下がり、好循環になる仕組みだった。 (アメリカ金利上昇の悪夢)
本物の好況でなく、バブル膨張による金利差の縮小だと、いずれバブルが崩壊するときに突然誰もジャンク債をほしがらなくなって金利が高騰し、米国債との金利差が急拡大し、ジャンク債が市場ごと凍結・崩壊する。ジャンク債から逃避した資金が米国債に入り、金利差はさらに拡大する。そうして起きた危機の一つが、住宅ローンを債券化したジャンク債のバブル崩壊によって起きた08年のリーマン危機だった。 (国際金融の信用収縮)
リーマン後、ジャンク債が再び買われるようになって金利が低下したが、それはジャンク債の市場が自然に蘇生したからでなく、米連銀がドルを大増刷してジャンク債など債券全般を買い支えるQE(量的緩和策)を開始し、QEの下支えがあるため金融界がジャンク債で再び儲けられるようになったからだった。米連銀は当初QEを、金融市場がジャンク債の機能を復活させるための呼び水、再起動の支援行為と考えており、QEの期間を半年に限定し、この間にジャンク債市場を再起動し、その後は連銀がQEをやめても民間の需給だけで金融市場が回転することをめざしていた。
だが、08年秋から09年春までのQE1、10年秋から11年春までのQE2と、2回のQEが断続的に行われ、QEをやっている間はジャンク債市場に活況が戻ったものの、QEをやめてしばらくすると再び民間投資家がジャンク債から遠ざかり、利回りが上昇して機能不全に戻ることが続いた。 (QEするほどデフレと不況になる)
QEは、子供(民間債券市場)がやるべき宿題を親(中央銀行)がやってしまうような不健全な行為だ。半年間のQEは、子供がわからない時に親がヒントを出して手伝うようなもので容認できるが、QEをずっと続けると、宿題を毎回親が解いていることになり、子供がダメになる。ヒントを出すだけで子供が勉強(債券ビジネス)を好きになり、放置しても勉強するよう仕向けるのがうまい親だ。
当時の米連銀のバーナンキ議長は、11年春にQE2を終えた後、何とかQEなしに債券市場の蘇生を軌道に乗せようとあがいたが、金融界がうまく乗ってくれず、QE2をやめるとジャンク債の利回りが今と同じぐらいまで上昇してしまい、12年秋からQE3をやらざるを得なくなった。米連銀がQEを繰り返すほど、金融界はQEに対する依存を強めて「QE中毒」になり、QEがなくても債券市場が回るようになるのでなく、逆にQEが切れると禁断症状的な市場の崩壊(ジャンク債など社債の利回り高騰)を起こすようになる。 (債券危機と米連銀ツイスト作戦)
QEを長く続けるほど、中央銀行は増刷して買い支えた債券を内部に貯め込み、勘定が肥大化する。QEをやめても債券が高値で売れる状態が実現できるなら、中央銀行は買った債券を高値で売り抜けて儲けつつ勘定を縮小できるが、QEをやめると債券が崩壊して紙切れになる中毒状態のままだと、中央銀行がQEで貯め込んだ債券は潜在的に無価値で、最後は中央銀行自身の破綻、通貨の信用失墜につながる。 (バブルでドルを延命させる)
だから、米連銀はQEを早くやめる必要があった。市場はすでに中毒で、QEをやめたら崩壊する。米連銀は、14年秋にQEを日欧、特に日本の中央銀行(日銀)に肩代わりさせることで、この矛盾を回避した。14年秋からの日銀のQEは無期限で、最初から「米債券市場の蘇生」が目標になっておらず「QE中毒の米市場に永久に資金を注入する」「子供の宿題をぜんぶ親がやる」無茶苦茶な構図だった。EUの欧州中央銀行も15年春からQEを開始した。 (米国と心中したい日本のQE拡大) (ユーロもQEで自滅への道?)
日欧のQE開始という「麻薬注入」の再開とともに、米国のジャンク債などの金利が低下し、債券市場は一息ついた。しかしその後、ジャンク債発行で新規油井の開発事業を回してきた米国のシェール石油産業が、長引く原油安によって連鎖倒産(債券破綻)を起こす懸念が増大した。15年秋から深刻化した世界不況の影響で、石油産業以外の企業も業績の悪化が始まり、社債金利の全体が上昇傾向となった。 (Investors leaving junk bonds behind) (原油安で勃発した金融世界大戦)
日欧は国債以外の債券市場が小さく、日欧のQEは最初から購入可能な自国の国債のほぼ全量を買っており、拡大が困難だ。日欧でなく米連銀がQEを再開すれば、一時的に債券市場に資金(麻薬)が注入されて中毒を緩和できるが、連銀は自らの健全性を維持するためQEの再開を拒否し、むしろ逆に、危険なQEの仕事を日欧に押し付けつつ、自分たちだけ利上げして健全性の回復にいそしんでいる。 (ドル延命のため世界経済を潰す米国)
日欧がQEをこれ以上拡大できず、米国はQEから遠ざかる姿勢を続ける中で、原油安と世界不況の影響で、米国のジャンク債の利回りが昨秋から上昇し続け、社債市場の崩壊感が強まっている。これまでの例を見ると、社債市場の崩壊感が強まってくると、世界的な株価の暴落が起きることが多い。11年夏に、QE2を終えた米連銀がQEの再開を拒否して社債市場が崩れかけた時も、株価が一時的に暴落した。 (Junk bonds suffer a rare negative return in January--and that's bad news for stocks) (格下げされても減価しない米国債)
今年の正月明けは、ジャンク債の崩壊感が強まって株価の暴落に発展しそうな状況があったと考えられる。状況を改善するため、日銀が1月末に動いた。QEを拡大できないため、利下げしてマイナス金利策を導入した。だが、悪化傾向の状況は変わっていない。日本政府は、大企業に自社株の買い戻しを奨励するなどして、株価の下落を防ごうとしている。 (High Yield Debt Tells Us That Just About EVERYTHING Is About To Collapse) (A "Baffled" Bank Of Japan Is Shocked By Its "Message Of Despair")
2月15には、昨年9-12月期の日本のGDPが年率換算で1・4%縮小したと発表された。事前予測の平均はマイナス0・8%で、それを大きく上回る経済の悪化となった。景気の悪化が示されたのだから、この日の株価は大きく下がって当然だった。だがこの日、東京の株価は7%高という異様な高騰になった。ソフトバンクの自社株の買い戻しが発表されたことなどが材料だった。株価は、景気の動向と関係なくなり、日銀など当局が企業を巻き込んで操作するものになっている。 (Japan's Economy Contracted Again in Final Quarter of 2015) (SoftBank launches $4.4bn share buyback) (Japan Goes Full Goebbels: Government Cracks Down On Media Over Negative Economic Reporting)
マイナス金利策の開始後、保険会社や年金基金の運用が悪化して保険金や年金を予定通り払えなくなるかもしれないと、政府や生保が言い出す事態になっている。マイナス金利策が日本国民の生活を破壊していくことを、政府自身が認めている。利ざやを潰すマイナス金利は、国内銀行の経営難にもつながり、瀕死の米国の債券市場を延命させる以外の良い効果は何もないが、対米従属の日本政府は、国民生活や国内産業を犠牲にして、米国のジャンク債を救援したがっている(それも一時的な延命でしかないのに)。政府による報道規制が強化され、マスコミは意味のある報道をしなくなり、日銀や政府が日本を破壊しているのに誰も指摘しない。 (日銀マイナス金利はドル救援策) (The Silver Age Of The Central Banker) (Japanese TV anchors lose their jobs amid claims of political pressure)
米国の社債市場を悪化させている原油安と世界不況は、今後も続く。最近、サウジアラビアとロシアが原油の「生産凍結」で合意したと報じられ、これで原油相場が上昇して米国のエネルギー産業の債券が破綻しなくてすむかのような見通しが出ている。だがよく見ると、サウジとロシアの合意は、史上最大に近い1月の産油量水準で原油の生産を「凍結」することだ。これは史上最大級の産油量をこれからも続ける合意であり、むしろ原油安に拍車をかける。原油相場は上がらない。米エネルギー産業の債券危機は今後さらにひどくなる。 (Saudis, Russians Fail To Cut Oil Production, Will Freeze Output At Record January Level) (Junk bond stress is spreading beyond energy, says Moody's)
ジャンク債の金利は今後も上昇傾向だ。ジャンク債と株の連動性から考えて、いずれまた株価の下落が再発する。当局による株価操作も繰り返されるうちに効力が減じ、株式と社債の両方で崩壊傾向が強まる。リーマン危機の時は、QEという延命策があった。だが今後の金融危機は、その延命策が尽きたところで発生する。米連銀が利上げ姿勢をやめてQEを再開すれば、またしばらく延命するだろうが、それが尽きるとまた危機だ。リーマン危機をしのぐ金融危機への道が、すでに始まっている。 (There is worse to come as QE loses its impact) (万策尽き始めた中央銀行) (High-Yield Bond Investments Contaminated by Energy)
ニクソン、レーガン、そしてトランプ
http://tanakanews.com/160301trump.htm
2016年3月1日 田中 宇
米国の大統領を選ぶ2大政党の予備選挙で、共和党はドナルド・トランプ、民主党はヒラリー・クリントンが優勢になっている。他の候補が意外な巻き返しをしない限り、早ければ3月1日のスーパーチューズデーで、遅くとも3月中旬までに2人が両党の候補に決まりそうだ(民主党はバーニー・サンダースが巻き返す可能性がまだ少しある)。米国は「2党独裁制」で、まず2党がそれぞれ各州ごとの選挙を積み重ねて2人の大統領候補を決め、2人の候補に対して11月初めに有権者からの投票が行われて決まる。 (Trump shatters the Republican Party) (Are Trump and Clinton Now Unstoppable?) トランプとクリントンのどちらが勝つかは、白人票がどのような配分になるかによる。民主党は「有色人票の8割以上と白人票の4割以上をとれば勝つ」と言われている。前回12年の選挙で有色人票を圧倒的に集めてオバマが再選され、クリントンはオバマの後継者とみなされているため、有色人票に関して民主党は盤石といわれる。その一方でトランプは、この20年あまりの「進歩的」な社会傾向の中で地位が低下し、貧富格差の拡大で低賃金化や失業に苦しんでいる中産階級以下の白人男性の圧倒的な支持を集めている。トランプは大金持ちだが、言い回しが白人のおっさん好みだ。白人票の多くをとれば、トランプが勝つ。 (Donald Trump has invented a new way to win) (Trump has the White House in his sights)
米国の2大政党は、民主=リベラル・共和=保守という区分で、従来おおむねこの線引きに沿って論戦が展開し、大統領が選ばれてきた。だが今回の米大統領選挙は、テロ戦争の失敗、金融救済の末の貧富格差の増大などへの人々の不満が拡大し、2大政党の両方で、エリート(大金持ち、大企業、金融界、軍産複合体、国際主義者)と草の根(庶民、貧困層、国内優先派=「孤立主義者」)との対立が激化し、リベラルvs保守よりも、エリートvs草の根の戦いになっている。トランプは草の根に支持され、党内エリートが支援する他の候補たちに30%以上の差をつけている。 (Donald Trump now has more support than all his Republican rivals combined, says new poll) (Trump shows his presidential bid is no mere publicity stunt)
民主党でも、草の根に支持されたサンダースが意外な健闘を見せ、一時はクリントンを打ち負かしそうだったが、2月27日のサウスカロライナでクリントンの圧勝後、サンダースの勝算が下がった(同州は黒人票が決め手で、前回大統領選でクリントンがオバマに大敗したが、今回クリントンはオバマの後継者ということで票を集めた)。クリントンは、ゴールドマンサックスやモルガンスタンレーから講演を頼まれて巨額の金をもらったと伝えられるなど、金持ちに支持された候補という印象を多くの人にもたれている。 (Clinton, Sanders tied in new Mass. primary poll) (Hillary Cruises To Victory In South Carolina Amid Strong African American Support) (Hillary Clinton's Very Bad Night)
共和党内でトランプ、民主党内でクリントンが勝ったとして、これで両党内がまとまるのかが次の問題だ。エリート(主流派)と草の根が分裂する懸念が両党ともにある。共和党の主流派は、トランプをひどく嫌っている。国会議員の中には、トランプが候補になったらクリントンに入れると豪語する者が続出している。不動産業で成功したトランプは大金持ちで、軍産や金融界からの献金を必要とせず、大衆の不満をすくい取る形で軍産や金融界を好き放題に批判しているので、軍産と金融界に取り込まれている党主流派がトランプを攻撃している。トランプが候補になったら共和党は分裂崩壊するという見方が出ている(主流派の脅しという感じもするが)。 (Republicans race to derail Trump) (The Republican Party's implosion over Donald Trump's candidacy has arrived)
同様の現象として、民主党では、クリントンが勝った場合、サンダースの支持者である草の根層が離反し、同じ草の根派のトランプに投票するのでないかと懸念されている。共和党のトランプ支持者の中にも、クリントンを「大金持ちの傀儡」「好戦派」として毛嫌いする傾向が強い。放映されるトランプの演説を見ようと大画面の前に集まって待っていたトランプ支持者たちが、クリントンが画面に映った瞬間に皆ブーイングしたが、サンダースが出てくると敬意を表して静かに見ていたというエピソードをFTが紹介している。 (Why Hillary Clinton Cannot Beat Donald Trump) (Hillary Clinton's big, complicated world)
新種の候補者が勝ったり、2000年のように得票が拮抗して決着がつかなかった時など、米国の2大政党制はこれまで何度も崩壊すると言われつつ、崩壊していない。今回も平然と延命するかもしれない。だが、米国の実体経済は悪化を続けており、貧富格差の拡大は今後も続く。近いうちに金融危機も起きそうだ。エリートvs草の根の対立はひどくなる一方だ。リベラルvs保守の2大政党制の構図は、911以来、ネオリベラル(人権主義を装った好戦派)vsネオコン(保守派の好戦派)の構図に転換しており、2大政党のどちらを選んでも好戦性の点で変わらなくなっている。こうした選択性の低下が改善されないままだと、2大政党制は崩壊する。 (Obama's true heir is Hillary Clinton. But that is a blessing for Bernie Sanders)
クリントンは、人権や民主主義を非常に重視する「モダンな進歩派」を自称するが、実質的には、独裁政権を武力で倒すべきと考える好戦的な「ネオリベラル」だ。それは、国務長官時代にリビアのカダフィ政権を倒すことを強く主張してオバマに受け入れられ、リビアの大混乱を作り出したことに象徴されている。彼女の好戦性は、人権や民主を重視した結果というより、大統領になるため軍産複合体にすりよったからだ。武力による政権転覆は、無数の市民の死と、何十年もの大混乱、ISISなど残虐なテロ組織の支配など、人権や民主と正反対の状況につながることは、すでにイラク、シリア、リビア、アフガニスタンなどで実証済みだ。政権転覆が人権や民主につながるとクリントンが本気で考えているとしたら、大統領になる素質がない大間抜けだ。 (Hillary Clinton, `Smart Power' and a Dictator's Fall) (Political positions of Hillary Clinton From Wikipedia) (Assange: Vote for Hillary Clinton is `vote for endless, stupid war' which spreads terrorism)
対照的にトランプは、イランとの核協約を破棄すると約束したり、イスラム教徒の米国入国禁止を提案するなど、一見、好戦派で人種差別者に見えるが、彼が打ち出している国際戦略は、意外なことに、非常に現実的だ。トランプの政策顧問であるサム・クロビス(Sam Clovis)は、トランプが外国における民主主義や人権を守るために武力を使うことはないと断言している。 (Donald Trump: Candidate of Peace?) (Sam Clovis)
外国の独裁状態を改善するには、市場開放させて経済発展に導くと、いずれ政治的に開けていくので、そのような経済戦略の方が、軍事戦略よりも有効だとトランプは考えているという。トランプは「イラクのフセインやリビアのカダフィがいた方が中東は安定していた」と発言している。クリントンは、外国の人権や民主を守ることが米国の国益になると考えているが、トランプは国益をもっと狭く、実際の軍事脅威を受けた場合にそれを排除することだけに限定している。クロビスによると、トランプは「リアリスト」(現実主義者)だ。 (Trump: World Better Off If Saddam, Gadhafi Were Still in Power) (So when will realists endorse Donald Trump?)
「リアリスト」は、米国の国際戦略の歴史の中で特別な意味を持つ言葉だ。リアリストは、武力による「民主化」を標榜して大失敗するアイデアリスト(好戦派)の対極にある姿勢で、アイデアリストが無謀な戦争をやりまくって大失敗した後、リアリストが出てきて「敵」だった国々と融和して強化してやり、国際政治の体制を根幹から覆すことが、戦後繰り返されてきた。最も有名なリアリストは、ニクソン政権時代の大統領補佐官として、ベトナム戦争の失敗から米国を救うためと称して中国と和解する策を打ち出したヘンリー・キッシンジャーだ。 (歴史を繰り返させる人々)
キッシンジャーは、国連安保理の体制など多極型の世界秩序を好んだロックフェラー家の傘下にいた。彼らは、多極化を阻止するために軍産英複合体が作った冷戦構造を壊す目的で、意図的に過激なベトナム戦争をやって失敗し、現実策をやるしかないとうそぶいてリアリストを自称しつつ、米中関係を改善してこっそり中国を強化してやったのでないか、というのが私の「隠れ多極主義」の見立てだ。 (世界多極化:ニクソン戦略の完成) (隠れ多極主義の歴史)
ニクソンが開始した冷戦態勢の破壊を完成させたのが、同じく共和党のレーガン政権だった。レーガンは好戦派を装って大統領になり、米ソ和解や東西ドイツの統合、EU統合の開始など、世界を多極化していく流れを作った。レーガンは大統領選挙期間の初期、今のトランプに似て、共和党主流派から泡沫・変人扱いされ、攻撃されていた。 (Hillary and Jeb's Nightmare - Donald Trump Brings Back The "Reagan Coalition")
911以来の米国は、ニクソンからレーガンにかけての時期と類似した流れを繰り返している。911で軍産複合体がイスラム世界を恒久的な敵とする「第2冷戦」の体制を構築しようとしたが、それが共和党のネオコンらによって、大失敗への道があらかじめ埋め込まれた無謀なイラク侵攻へとねじ曲げられ、米国は好戦的になるほど覇権(国際信用)を失う構図におとし入れられた。これらの展開は「新レーガン主義」を標榜したブッシュ政権下で起きた。 (ネオコンと多極化の本質) (◆負けるためにやる露中イランとの新冷戦)
次の現オバマ政権は、リビアやシリアで好戦策の継続を容認する一方で、イランにかけられた核兵器保有の濡れ衣を解いてイランの台頭を引き出したり、シリア内戦の解決をロシアに任せるといった多極主義的な態度をとった。しかも同時にイラクやアフガニスタンからの軍事撤退を挙行して覇権を温存するという、単独覇権主義と多極主義が入り混じった姿勢をとってきた。 (◆イランとオバマとプーチンの勝利) (シリアをロシアに任せる米国)
ニクソン(共和党)からレーガン(共和党)への、アイデアリストが稚拙に失敗した末にリアリストが席巻する隠れ多極主義的な展開が、ブッシュ(共和党)の911から今後(2020年ごろ?)にかけて繰り返されるとしたら、共和党のトランプがリアリストの外交戦略を掲げて次期大統領を狙うことは、非常に大きな歴史的な意味がある。ロックフェラーや傘下のCFR(外交問題評議会)が、歴史の繰り返しを演出しようとしているなら、次の大統領は、クリントンでなくトランプだ(かつてロックフェラーはキッシンジャーを政権に送り込むのに4年待った。今回もクリントンが勝って4年待つかもしれないが)。 (People Are Still Underestimating Donald Trump)
トランプのリアリズム(現実主義)は「強い指導者が率いる国は、たとえ民主的でなくとも、安定的な成長ができるので(必要悪として)評価すべきだ」というものだ。トランプがロシアのプーチンを支持賞賛していることが、彼のリアリズムを象徴している。トランプは「米国がプーチンを敵視し続けるほど、中露が結束して米国に対抗してくる。これを防ぐためにロシアとの和解が不可欠だ」と考えている。プーチンを支持するトランプは「ウクライナ問題は欧州の問題で、米国が介入すべきことでない」という姿勢だ。この姿勢は、米国の軍産がNATOや欧州を引き連れてウクライナの反露政権を支援し、ロシアとの対立を続けている現状と真っ向から対立する。またトランプは「アサドより悪い独裁者が世界にはたくさんいる(アサドはそんなに悪くない)」と言って、シリアの停戦や安定化をロシアに任せる姿勢をとっている(すでにオバマがこの姿勢を隠然ととっている)。 (Political positions of Donald Trump From Wikipedia) (茶番な好戦策で欧露を結束させる米国) (NATO延命策としてのウクライナ危機)
共和党の選挙参謀を長く続けていたカール・ローブは、トランプが選出されると大変なことになると党主流派に対して警告している。共和党主流派は軍産複合体と金融界の連合体だ。トランプが今の破裂寸前まで膨張した金融バブルに対してどんな政策をとるか見えていないが、彼が軍産の好戦的な軍事策をつぶそうとしていることは「リアリスト」の自称が雄弁に物語っている。(トランプは「本当の米国の失業率は当局発表の5%でなく28-42%だ」と、失業率をごまかして景気回復を演出する米連銀のインチキを暴露している。それを拡大解釈すると、彼が大統領になったら金融延命策をつぶしにかかると予測できるが、そんなことを本当にやるのかまだ不明だ) (Inside the Republican Party's Desperate Mission to Stop Donald Trump) (Why Trump Thinks Unemployment Is 42%)
2月25日ごろ以降、共和党の予備選挙でトランプの勝利が決定的になってきたタイミングで「何が何でもトランプを引きずりおろす」という感じの動きが党内やマスコミで始まり、共和党主流派に位置するCFRもトランプを非難する宣伝を開始した。だが、これは明らかに遅すぎる動きで、茶番劇の感じがする。マスコミの中にも「今ごろトランプ非難を強めても遅すぎる」といった分析が目立つ。 ("Trump Must Be Stopped" Plead 'The Economist' And CFR As Financial Establishment Panics) (Trump has the White House in his sights)
共和党の予備選でトランプの後塵を拝しているルビオとクルズの陣営が合体し、どちらかが大統領でもう一人が副大統領候補になれば、トランプに勝てるかもしれない。だがルビオとクルズは互いに批判を続けており、合体を提案する党内の意見は無視されている。このあたりも、CFRの勢力が2人に対立をけしかけて合体を阻止し、トランプを優勢にしている感じがある。 (The Republican Party's implosion over Donald Trump's candidacy has arrived) (Why the Hell Won't Anyone Attack Trump?)
共和党内のネオコンも、トランプを敵視するふりをして優勢にしているのでないかと感じられる。共和党のネオコンの指導者的な論客であるロバート・ケーガンは2月下旬、トランプ優勢の流れが決まった直後のタイミングを見計らって、トランプを阻止するためにクリントンを支持すると表明した。 (Neocon Kagan Endorses Hillary Clinton)
ネオコンは共和党支持だが、歴史を見ると、1970年代まで民主党支持で、独裁政権を転覆して民主化すべきと主張する好戦リベラルだったが、レーガン政権の発足とともに共和党に移った「転向者」だ。ネオコンは共和党ブッシュ政権で過激策をやって米国の覇権を自滅に追い込んだ後、近年また民主党に再接近していた。ケーガンの妻のビクトリア・ヌーランドは、民主党の現オバマ政権の国務省に入り、ウクライナの政権を反露側に転覆させる画策をやった張本人だ。ヌーランドは国務長官だったクリントンに引き上げられ、国務省内で頭角を現した。 (ネオコンの表と裏) (危うい米国のウクライナ地政学火遊び)
ケーガンのクリントン支持表明は、妻であるヌーランドの動きからして不自然でないが、クリントンの選挙活動にプラスなのかどうか、大きな疑問だ。クリントンがサンダースを破ったら、民主党内の草の根勢力をどう取り込むかがその後の課題になるが、ネオコンの頭目ケーガンのクリントン支持は、クリントンがネオコンの一派である事実を民主党の草の根の人々にますます強く印象づける点でマイナスだ。 (Why Hillary Clinton Cannot Beat Donald Trump) (Trump is the GOP's Frankenstein monster. Now he's strong enough to destroy the party)
トランプは、軍産やネオコンの好戦策が失敗してもはや米国民に支持されていないことを見抜き、自分が金持ちで軍産から政治資金をもらう必要がないことから軍産やネオコンの策を容赦なく批判することで選挙戦を成功させてきた。軍産やネオコンと結託しているのがイスラエルで、イスラエル右派を支援する財界人シェルドン・アデルソン(Sheldon Adelson、カジノリゾート経営)が、トランプを阻止するための政治資金を主に出してきた。アデルソンは今回クリントンを支持している。 (Inside Republicans' failed attempts at blocking Donald Trump's rise) (And the winner of the Sheldon Adelson primary is... Hillary Clinton)
だが、トランプがユダヤ人やイスラエルと敵対しているかといえば、むしろ逆だ。トランプの娘のイヴァンカは、正統派ユダヤ教徒の財界人(Jared Kushner、新聞経営)と結婚し、ユダヤ教に改宗している。トランプはイスラエルの右派のネタニヤフ首相を長く支援してきたことでも知られ、古くからの親イスラエル派だ。トランプが軍産の言うことを聞かなくても、ネオコンやシオニストは簡単にトランプを非難できない。 (Is Trump a Realist?)
これまで米国の世界戦略は、軍産やイスラエルや英国に牛耳られ、世界の面倒を米国が見ることが良いのだという「国際主義」の立場がとられ、世界のことより米国内を良くするのが先だという国内優先主義は「孤立主義」としてマスコミなどで批判されてきた(対米従属の日本でも、米国の孤立主義化は良くないことと喧伝されている)。しかし、911から15年間ずっと失敗ばかりの国際主義という名の好戦主義につき合わされてきた米国民は、国内の貧富格差の拡大、実体経済の悪化もあって、国際主義を嫌い、孤立主義の傾向を強めている。トランプはその流れに乗って、リアリストの姿勢を採用して孤立主義的な政策をとろうとしている。これが成功すると、軍産やイスラエルは影響力を失う。
トランプは表向き、好戦的な感じのことを言い続けている。イスラム教徒の米国入国の一時禁止の提案は、軍産のイスラム敵視のテロ戦争の構図に乗っている。実際には、イスラム教徒の入国を禁止したとたん、米国内でいくつもの提訴が裁判所に起こされ、米政府は裁判に負けてイスラム教徒の入国を認めざるを得なくなる。 (What President Donald Trump's first 100 days in office would look like)
トランプは、オバマがイランの核兵器開発の濡れ衣を解いて締結した協約を廃棄するとも言っている。これはイスラエルや軍産が強く希望しており、トランプはそれに応えてこの策を出した。しかしイランは昨夏に経済制裁を解かれた後、欧州やアジア諸国などと急速に経済関係を強化しており、米国だけが協約を破棄してもイランは他の諸国と貿易して十分豊かになれる道を歩んでいる。トランプがイランとの関係を断つことは、イランを弱体化せず米国を孤立させるだけの「隠れ多極主義」的な戦略になる。 (What a Trump presidency will mean for Iran) (Donald Trump's Iran idiocy: The interview that should have ended his candidacy once and for all)
延々と書いてしまったが、日本にとって重要な、日本や中国に対するトランプの姿勢についてまだ書いていない。トランプは「日本や韓国、ドイツやサウジアラビアは、米国の安全保障にぶら下がるばかりで、米国の安全にあまり貢献していない」と言い、在日・在韓米軍の撤退も含め、日本や韓国との安保関係を再交渉する姿勢を見せている。軍産系の勢力は「日本は(思いやり予算などを米国が要求するだけ出し続け)米国に貢献している。トランプは日本を批判するな」といった論調を流布している。 (Trump Shouldn't Bash Japan) (Donald Trump slams U.S. allies South Korea, Japan)
「米軍が日韓から撤退すると、安保的な支柱を失った日韓は独自に核武装しかねない。トランプは東アジアを核兵器開発競争に追い込もうとしている」といった批判も、軍産(日本外務省傘下?)っぽい駐日英文メディアが流している。 (Donald Trump's Asia Policy Would be a Disaster) (日本の核武装と世界の多極化)
歴史を見ると米国は、かつてニクソン政権の時代にも、在日米軍の撤退を模索し、日本政府はそれに呼応して米軍抜きの日本の自主防衛策を「中曽根ドクトリン」として立案した。これは「米国が出ていくなら仕方がない」という感じで立案されたが、その後米国でウォーターゲート事件が起きてニクソンが追放され、日本でニクソンに呼応していた田中角栄首相もロッキード事件で失脚させられ、日本は「まだ自主防衛できる力がついていません」と米国に懇願して沖縄に米軍基地を集中させて駐留を続けてもらう策に出た。これ以来、外務省が握っている日本の安保戦略は、米軍に永久に駐留してもらう策になり、対米従属が日本の絶対の国是になっている。 (日本の権力構造と在日米軍) (終戦記念日に考える) (見えてきた日本の新たな姿)
トランプが大統領になると、ニクソンから40年あまりの時を経て、再び米国が在日米軍を撤退させようとする動きを強めることになる。在日米軍の撤退話は、ここ数年、海兵隊のグアム移転構想などで、すでに何度も浮上しては消えている。日本は、辺野古の計画や思いやり予算など、米国の無体な要求を何でも飲むことで、在日米軍を引き留めている。このような日本の強度な対米従属策を、トランプがどんな方法で乗り越えようとするのか、まだ見えていない。トランプ政権になると、日本の対米従属派にとって厳しい時代が来ることは間違いない。 (Asia's President Trump Nightmare) (Trump's nationalism is corrosive and dangerous) (再浮上した沖縄米軍グアム移転)
トランプは「中国が米国の雇用を奪っている」「中国からの輸入品に45%の関税をかける」「中国で生産する米国企業に、生産拠点を米国に戻すことを要求する」などと、中国に対する強硬姿勢を見せている。すべて経済面ばかりで、政治面では中国敵視のことをあまり言っていない。中国が米国民の雇用を奪っているという言い方は、この四半世紀の歴代の大統領候補の多くが発しており、目新しくない。選挙戦では人気取りのために中国に対する強硬姿勢を示しても、当選するとボーイングやGMの中国での販売増の方が重要になり、中国におもねる姿勢をとるのが、歴代大統領によくある姿勢だ。対立候補のルビオは「君のネクタイも中国製だろ(中国からの輸入を拒否すると着るものがなくなるよ)」とトランプを揶揄した。 (Rubio to Trump: Are You Going Start A Trade War Against Your Own Chinese-Made Ties?)
トランプが大統領になって在韓米軍の撤退を考えるとしたら、まず北朝鮮の核問題を解決せねばならない。北核問題に対する米国の態度はブッシュ政権以来、一貫して「中国に任せる(押しつける)」ことだ。トランプは、在韓米軍を撤退するために、政治的に中国の言いなりになるかもしれない。北が核を持ったままの北核問題の「解決」がありうる。 (北朝鮮に核保有を許す米中)
このほか、トランプが地球温暖化問題を「インチキだ」「米国の経済成長を阻害するための中国の謀略だ」と批判していることも興味深い。たしかにCOP15以降、温暖化問題は中国の主導になり、中国など新興諸国が米国など先進国から支援金をむしり取るための道具に転換している。トランプは荒っぽい言い方ながら、いろんなことを的確に見ている。 (Trump on Global Warming : "hoax," "mythical," a "con job," "nonexistent," and "bullshit.") (地球温暖化めぐる歪曲と暗闘)
温暖化問題は、もともと米金融界の発案で捏造された構図である。共和党系の分析者(David Stockman)は「共和党はカネに目がくらみ、かつての信奉していた自由市場主義を捨てて、金融界が捏造した温暖化問題や、リーマン危機後の金融界救済策など、自由市場主義と正反対なものをどんどん受け入れた挙句、行き詰っている。共和党は、完全に行き詰って破綻しない限り再生しない。トランプは、この行き詰りを突いて人気を集めている。」という趣旨の指摘をしている。 (The Donald - The Good And Bad Of It)
長々と書いたが、まだ書き足りない。だがトランプが大統領になると決まったわけでもないので、今回はこのぐらいにしておく。
中国経済の崩壊
http://tanakanews.com/160303china.php
2016年3月3日 田中 宇
中国経済が、リーマンショック以来の悪さになっている。景況感で見ると、製造業はマイナス成長で、サービス業も成長が鈍化している。企業の受注や雇用の動向を総合した「購買担当者景気指数」(PMI)は先月、製造業で49で、49・8だった1月よりさらに悪化した。PMIは50が「ゼロ成長」を示しており、50未満は「マイナス成長」だ。中国の製造業は2か月連続でマイナス成長となっている。 (Official and Caixin factory activity gauges slow again in Feb, underlining need for RRR move) (China's Economy: The World's Factory Starts Year in a Slumber) (China data signal deepening slowdown)
サービス業のPMI(Caixin)は、1月が52・4、2月が51・2で、まだ50以上で成長を続けているものの、かなり減速している。中国政府は近年、製造業に偏重したこれまでの経済構造を修正する意味で、サービス業の拡大に力を入れている。サービス業の減速は、製造業の悪化と並び、中国経済が危機的な状況にあることを示している。中国は昨年、発電量も25年ぶりに減少している。 (China's economy is 'still weak and unstable') (China 2015 power, steel output drop for first time in decades)
中国経済は、昨夏に株が暴落し、人民元の切り下げが始まるまで、世界経済の牽引役だった。無茶な設備投資をして「設備投資バブル」を膨らませてきた中国が、世界経済全体の成長率の半分を占めてきた。だが昨夏以来、中国は設備投資バブルの崩壊が進み、それが世界の不況入りにつながっている。設備投資バブルの崩壊とともに、中国では大量解雇が広がっている。 (China's Mass Unemployment Wave Begins: Six Million Workers To Get Pink Slips) (新興市場バブルの崩壊)
中国政府は、今後2-3年間に500万-600万人の国有企業の従業員を解雇する計画を立てている。炭鉱業で130万人、製鉄業で50万人の解雇が予定されている。180万人の失業者への補償金の総額として政府は11兆元を用意する必要があると概算されているが、中国政府はその2割以下の1兆5千億元しか用意しておらず、失業者の不満が募りそうだ。 (China to lay off five to six million workers, earmarks at least $23 billion) (China's Cost To Avoid The Dreaded Working Class Revolution: A Record CNY11.1 Trillion, And Rising)
国有企業の中には過剰投資のツケで巨額の不良債権を抱えるところも多い。中国政府はそちらにも資金を出さねばならず、失業者に十分な補償ができない。セメントやガラスなどの建設資材、造船などの業界でも大量解雇が始まっている。中国では毎年1500万人が新卒者として労働市場に入ってくる。解雇が広がるなか、新卒者への職の割り当てもままならず、人々の不満や反乱の増大が確定的になっている。 (China to shed 1.8m coal and steel jobs) (China Warns "Social Stability Threatened" As 400,000 Steel Workers Are About To Lose Their Jobs)
中国政府は、人々の不満が広がらないよう、マスコミ報道の抑制を以前に増して強めている。中国の記者は、経済に対する悲観的な見方を書きすぎると、当局からいやがらせや処罰を受ける。証券会社が重要顧客に株の売却を推奨していたとすっぱ抜いた記者が、巨額の罰金を科されたりしている。中国政府は悪い経済指標を隠そうとすることもやっている。だが、隠していることがわかってしまう点で、マスコミを巻き込んで完全犯罪に近い指標歪曲を何年も続けている米国政府よりも邪悪さが低い。中国政府は情報操作能力の点でまだ「発展途上国」だ。 (As China's Economy Craters, Economic Data Starts to "Disappear") (China Stops Reporting Key Data Showing Size Of Its Capital Outflows) (Chinese ministries scramble to get on-message) (ひどくなる経済粉飾)
製造業の工場が多い広東省などでは、昨夏以来、ストライキが急増した。香港の労働支援団体によると、中国全体のストライキ件数は昨年2774件で、一昨年の2倍になった。その多くは、世界不況のあおりを受けた賃金の大幅減少や、解雇にともなう補償金の不十分さが原因だ。「社会主義」の中国は「労働者の国」の建前だが実際は正反対で、共産党傘下の労働組合は労働争議を禁止する側だ。ストライキはすべて「不正」な山猫ストだ。香港の労働団体がそれを支援して活動家を送り込み、当局が活動家やスト指導者を逮捕することが増えている。 (China economy: Workers of the `world's factory' protest against wage cuts and layoffs) 昨秋来の世界不況で、世界的に巨大な設備過剰が生じている。たとえば鉄鋼業では、全世界で7億トンの設備過剰だが、そのうち4億トン強が、中国を中心とするアジア地域にある。中国は、米国などから鉄鋼ダンピングの批判を受け、生産設備を大幅に削減せざるを得ない状況だ(トランプの中国批判はこの線に沿っている)。トウ小平が1980年代に改革開放を始めて以来、中国は、設備や不動産の過剰供給とバブル崩壊を何度も繰り返してきたが、今回のバブル崩壊は特に巨大だ。 (Great Depression Redux: First Currency War, Now US Unleashes Trade War With China)
中国政府は経済の悪化を緩和するため、財政出動を計画しているが、これは財政赤字の増加を招く。中国の財政赤字の対GDP比は、12年の33%から、昨年末に41%へと増えたと概算されている。経済の減速と、それを受けた政府財政の悪化、外貨準備の減少を理由に、債券格付け機関のムーディーズは、中国の国債格付けを「Aa3安定」から「Aa3下方傾向」へと格下げした。中国の格下げは99年以来のことだ。 (Moody's Downgrades China's Credit Outlook From Stable To Negative) (Moody's shifts to negative outlook on China sovereign rating)
ムーディーズの格下げに対し、国営通信である新華社は、米欧の機関が(中国敵視策の一環として)中国経済を実態より悪く描く傾向が強く、格下げもその一環だという論調を流した。 (Moody's downgraded outlook shows short-sightedness on China's fiscal stability)
新華社の論は言い訳くさい感じもするが、その一方で、確かに米国や日本のマスコミは、米日の政府やその傘下の機関が、景気や雇用が改善していると発表すると、それを鵜呑みにする方向の描写に満ちた記事を流すだけで、実は景気も雇用も悪化しており、政府が指標を粉飾していることを指摘しない。その半面、中国政府の発表に対しては、誇張が多いという指摘を毎回流し、中国経済がいかに悪化しているかを強調して報じている。中国のマスコミは顕然としたプロパガンダ機関だが、米日のマスコミはそれ以上の、多くの人々にそれと知られない隠然とした(成功している)プロパガンダ機関だ。 (China Loses Control of the Economic Story Line)
中国は「悪」で米国は「善」なのだから、プロパガンダでいいんだという人がいるかもしれないが、そういう人は、自分の善悪観自体がプロパガンダを軽信した結果であることに気づいていない。
中国の中央銀行である人民銀行の周小川総裁は、先日久しぶりにマスコミに登場し「中国は経済規模が全世界の1割だった時に、世界の経済成長の半分以上を稼いでいた。中国は今でも世界の成長の25%を稼いでいる。今でも中国は十分、世界経済の成長に貢献している。減速したといってもまだ6%前後で成長している。非難される筋合いはない。悪いのは中国でなく、世界が不況なのに(ドルと米国債を延命するために)自分だけ勝手に利上げしている米国の方だ」という趣旨のことを述べた。 (Finally, China's Alan Greenspan Speaks Out)
中国経済は「崩壊」したと喧伝されても5%以上の成長を続けている。「25年ぶりの悪さ」と報じられているが、その中身である政府発表の成長率は6・9%成長だ。日本は昨年からマイナス成長だし、米国も実態はゼロかマイナスだ。中国は大量失業によって今後、政治社会的な混乱が増すかもしれず、下手をすると共産党政権が揺らぐかもしれず、その意味で従来より危機感が増している。しかし経済面では、まだ世界の牽引役であり、QEやマイナス金利、身勝手な利上げといった害悪な金融政策ばかりやっている米日欧に比べると、はるかに世界に貢献している。 (China's growth hits quarter-century low, raising hopes of more stimulus) (China annual GDP growth of 6.9% lowest since 1990) (ドル延命のため世界経済を潰す米国)
最近、中国経済の悪化がひどくなっていると報じられたのに、米日の株価はそれを無視して上昇傾向を取り戻している。1月にも中国経済の悪化が報じられたが、この時は逆に、米日とも株価が急落し「中国の悪化が原因」とされた。しかし今回は「中国政府が対策を打つので大丈夫だと考えられ(1月も打っていたがそれは無視)」「米国の景気回復の方が重視されて」株価が上昇している。米日の株価のためには、中国経済の悪化が無視されなければならない。さもないと1月のように、株価が下落してしまう。中国経済の悪化は、政治面の「敵視策」からすると「ざまみろ」だが、経済面の株価維持策からすると無視の対象だ。 (Who's worried about China now?)
米日の株価の上昇は、QEなどリーマン危機後の米国金融を延命させるための米日の策の副産物だが、中国のこの間の化け物的な経済成長と昨夏以来の急落も、同様にQEなど米金融延命策の副産物だ。リーマン後、米当局は金融救済のため財政出動や通貨発行を急増したが、それによって作り出された低利な巨額資金が中国を中心とする新興市場諸国に流入した。中でも中国は、米国から流入した資金で意図的に巨大な設備投資を行い、世界の実体経済の成長を牽引し、米国の金融延命策を実体経済の成長につなげる役割を果たしていた。中国政府は米国を敵視しておらず、米国の延命策に積極的に協力していた。 (構造転換としての中国の経済減速)
(米欧日では、中国が米国を押しのけて単独覇権国になろうとしているとみなされることが多いが、実のところ中国は、自国周辺の東アジアから中央アジアにかけての地域覇権国になることしか考えておらず、世界的な覇権は米国が持ったままで良いと考えてきた。米国が、気に入らない国を政権転覆して世界覇権を悪用したり、南シナ海で好戦的な態度をしつこくとって中国に脅威を感じさせたりして、米国の覇権などない方が良いと中国が考えるように仕向けているのが現状だ) (アメリカが中国を覇権国に仕立てる)
中国が米国の金融延命策に協力する構図が崩壊したのが、14年11月からの、米連銀のQE終結・利上げ政策の開始(金融引き締め策への転換)だった。米国が引き締めに転じたため、高リスクである中国など新興市場への投資資金の金利が上昇し、新興市場からの資金逃避も起こり、膨張してきた設備投資のバブルが崩壊した。中国からの資金の流出は昨夏以来の中国株の暴落と、ドル買い人民元売りにつながり、株暴落がさらなる設備バブルの崩壊につながる悪循環が起きている。前出の人民銀行の周小川総裁は、自分たちはドル上昇の影響を過小評価していたと反省の弁を述べつつ、米連銀のQE終結と利上げ策が中国の経済悪化の元凶だと指摘している。 (PBoC governor breaks silence amid messaging criticism)
中国など新興市場諸国の債券は、米国のシェール石油産業などと同様の高リスク債・ジャンク債の分野である。シェール石油など米国内のジャンク債は、米金融界から特に目をかけてもらって延命したので、新興市場から資金が流出して中国経済がバブル崩壊した後も、米国のジャンク債は何とか持っていた。だが昨年末から米国でもジャンク格の企業の倒産が急増している。中国は先に崩壊し、米国のジャンク債は後から崩壊するという時期的な違いだけで、現状の米連銀の利上げ策が続く限り、いずれ米国のジャンク債もひどいバブル崩壊を起こす。それは、リーマン危機より大規模な米国の金融崩壊につながるだろう。グリーンスパンとキングという米英の中央銀行の元総裁が最近、危機の再発を予測している。 (◆ジャンク債から再燃する金融危機) ("Another Crisis Is Certain", Warns Former BOE Chief)
中国の経済危機は今後、少なくとも1ー2年は続く。しかし、その間に米国も金融危機が今よりもっと顕在化し、危機の面で米国が中国に追いつくだろう。自滅的な米国のQEを積極的に肩代わりしている日本も、米国と前後して危機が深まる。先日のG20で、米日欧の中央銀行が新たな延命策を何も打ち出せないことが判明して以来「中央銀行の弾切れ」が明確に指摘されるようになった。以前から「この延命策は、中央銀行が弾切れになったら終わりだ」と指摘されていたが、その「終わり」が近づいていることが感じられる。いずれ、米国の金融危機が、中国の経済危機を抜くだろう。 (万策尽き始めた中央銀行) (Central banks near policy limits but back in focus after G20)