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No.4 2017年01月24~25日 の記事から (その五)
  (5) トランプ革命の檄文としての就任演説  国際ニュース解説
      ⑬(覇権の起源)
      ⑭(ニクソン、レーガン、そしてトランプ)
      ⑮(トランプと諜報機関の戦い)
      ⑯(得体が知れないトランプ)
      ⑰(偽ニュース攻撃で自滅する米マスコミ)
      ⑱(まだ続く地球温暖化の歪曲)

再掲

(5) トランプ革命の檄文としての就任演説  国際ニュース解説
      田中 宇 1月24日
      http://digital.asahi.com/articles/DA3S12763586.html

 まず書こうとすることの概要。トランプは米国と世界に巨大な転換を引き起こそうとしている。全体像が膨大で分析が間に合わないので、とりあえず今回はトランプの大統領就任演説を分析する。演説は、米国を支配してきたワシントンDCのエリート層による支配構造をぶちこわせと米国民をけしかけている。トランプは米大統領という、支配層のトップに入り込んだのに、その地位を使って支配層を壊そうとしている。これは革命、クーデターだ。支配層の一員であるマスコミは、就任演説を否定的にとらえ、趣旨をきちんと報じない。リベラル派は反トランプ運動を強めている。おそらくトランプ陣営は、意図的に対立構造の出現を誘発している。概要ここまで。以下本文。 ①(Donald Trump inauguration speech: Read the full transcript)

 ドナルド・トランプが米大統領に就任した。彼は、米国と世界の政治・経済・社会状況に、大きな転換をもたらしそうだ。昨春に彼が有力候補になって以来、私は彼について何本も記事を書いてきた。最近の私は「トランプ情勢分析者」になっている。それほどに、彼は国際情勢の巨大な転換役となる感じがする。米大統領という、人類の覇権体制の中枢を占めた彼が、どんな戦略に基づいて、何をどこまでやれそうか、何を破壊して何を創設するのか、どこからどんな敵対・妨害・支援を受けるのか、全体像が膨大だし、曖昧・未確定・未言及な部分が多いので、読み込みや分析が追いつかない。とりあえず今回は、トランプが1月20日に発した大統領就任演説の分析をする。 ②(トランプの経済ナショナリズム) ③(米国民を裏切るが世界を転換するトランプ) ④(世界と日本を変えるトランプ)

 就任演説を読んでまず驚くのは「ずっと前から、ワシントンDCの小集団・エスタブリッシュメントだけが儲け、あなたたち米国民は失業や貧困にあえいでいる。だが今日からは違う。米政府はあなたたち米国民のものだ。(トランプが主導する)この運動は、米国の国家を(エスタブ小集団の支配から解放し)、米国民のための存在に変えるためにある」と明言し、米国民に対し、エスタブ小集団を権力の座から追い出すトランプの運動に参加するよう呼びかけていることだ。 (The Following Words Had Never Appeared In An Inaugural Address, Until Today) (Donald J. Trump takes the helm. What happens now?)

For too long a small group in our nation's capital has reaped the rewards of government while the people have borne the cost. Washington flourished but the people did not share in its wealth. Politicians prospered but the jobs left and the factories closed. The establishment protected itself but not the citizens of our country. That all changes starting right here and right now because this moment is your moment. It belongs to you. At the centre of this movement is a crucial conviction – that a nation exists to serve its citizens. (Donald Trump’s full inauguration speech transcript, annotated)

 米大統領は、米国を支配するワシントンDCのエスタブ小集団のトップに立つ地位だ。トランプは、自分がその地位に就いたのに、就任式の演説で、自分がトップに立つ支配体制をぶち壊したいので協力してくれと、国民に呼びかけている。しかもトランプは、これと同趣旨の演説を、共和党の候補の一人だった昨年初めから、何度も繰り返している。トランプは思いつきの出まかせばかり言う人だとマスコミは報じてきたが、全くの間違いだ。トランプは一貫して同じことを言い続けている。確信犯だ。 (Trump's Declaration Of War: 12 Things He Must Do For America To Be Great Again) ⑤(米大統領選挙の異様さ)

 ふつうの人は、大統領になったら、エスタブ小集団に迎合してうまくやろうとする。民主主義や人権といった建国以来の米国の理念を賛美し、世界の「悪」(独裁国家や社会主義)に立ち向かう決意を表明するのが、従来ありがちな大統領の就任演説だった。しかし、トランプは、そういうことを全く演説に盛り込まないどころか「中身のない話をする時は終わった。実行の時がきたのだ」(The time for empty talk is over, now arrives the hour of action.)と明言している。 (Donald Trump meant everything he said)

 トランプは、大統領になって米国の政権(エスタブ小集団)を握ったとたん、米国の政権を破壊し転覆する政治運動を、大統領として開始し、国民に参加を呼びかけている。これは革命だ。就任演説は、トランプ革命への参加を国民に呼びかける「檄文(召集命令)」となっている。演説は「私たち、あなた方(we, you)」といった米国民全体をさす呼称が多用され、「私(I)」がほとんど出てこない。トランプ自身が英雄になるつもりはないようだ。悪い権力構造を破壊して最後は自分も消される運命を予期しているのか。 ("We Are Transferring Power Back To The People" - Trump's Full Inaugural Speech) (Trump’s Declaration of War - Paul Craig Roberts)

 米支配層(エスタブ小集団)の一員であり、支配層による支配体制を「いいこと」として報じることが不文律的な義務となっているマスコミは、当然ながら、トランプ革命の檄文という就任演説の主旨を報じず、トンデモ屋のトランプがまたおかしな、危険なことを言っているという感じで報じている。米国民の中でも、大統領選挙でクリントンに入れ、トランプを嫌い続けているリベラル派の人々は、トンデモ演説とみなしているかもしれない。だがトランプ支持者は、よくぞ言ったと評価し、鼓舞されているだろう。米国は、トランプ支持者と、リベラル派(と軍産マスコミなど支配層)とが対峙する傾向を増している。 (Viewers SAVAGE BBC Newsnight for Obama BIAS as Donald Trump described as 'JOKE') ⑥(マスコミを無力化するトランプ)

▼トランプの魅力は、決して屈服しない強固な喧嘩腰

 トランプは選挙戦中から、中露イランや欧州、日韓など、同盟国や非米反米諸国との関係をいろいろ表明してきたが、それらは就任演説にあまり盛り込まれていない。政治面の個別具体策としては「古くからの同盟を強化しつつ、新しい同盟を作る。過激なイスラムのテロリズムをこの世から根絶するために世界を団結させる」という一文のみだ。

 このトランプの「テロ戦争」は、おそらく911以来の米国のテロ戦争と全く似て非なるものだ。従来のテロ戦争は、米支配層の一部である軍産複合体が、アルカイダやISといったテロリストを裏でこっそり支援しつつ表向きの戦いをやる、軍産エスタブ支配の永続を狙った恒久戦争の戦略だった。トランプのテロ戦争は対照的に、軍産が敵視するがゆえに軍産の傀儡でないロシアなどと協力し、米政府内の軍産(国防総省やCIAなど)に裏のテロ支援をやめさせつつ、アルカイダやISを本気で全滅する計画だろう。トランプ革命(エスタブ潰し)には、テロリスト(テロの脅威)を使って軍産エスタブが米国を支配する911以来の構造を壊すことが必要だ。 (Trump Inauguration Address Centers on Fighting Islamic Terror) ⑦(911十周年で再考するテロ戦争の意味)

 トランプは就任演説で「これまでわれわれ(米国)は、自国の国境を守ることを拒否する一方で、諸外国の国境を守ってやること(愚策)を続けてきた」(We've defended other nations' borders while refusing to defend our own.)とも言っている。「米政府は従来、米墨国境を抜け穴だらけに放置し、メキシコから違法移民が大量流入して米国民の雇用を奪うことを黙認する一方で、日韓やイラクの駐留米軍やNATOなどによって、大して米国の国益にならないのに諸外国の国境や領海を守ってやってきた。こんな悪い政策はもうやめる」という意味だ。トランプは「貿易、税制、移民、外交に関するすべての決定は、米国の労働者と家族の利益になるものにする」とも言っている。いずれも、選挙戦中から彼が言ってきたことだ。 (Why Donald Trump's Inaugural Address Matters)

 貿易政策で度肝を抜かれる一文は「保護(主義、Protection)は、大きな繁栄と(国家や経済の)強さにつながる」というくだりだ。世界的に「極悪」とされてきた保護主義をみごとに肯定している。「これまで何十年も、われわれ(米国)は、自国の産業を犠牲にして外国の産業を儲けさせてきた。自国の軍隊をすたれるままにしつつ他国の軍隊に資金援助してきた。米国のインフラを整備をしない一方で外国に何兆ドルも支援してきた(今後これらのことを全部やめる)」とも言っている。 (New President, New World Patrick Buchanan)

For many decades, we've enriched foreign industry at the expense of American industry, subsidised the armies of other countries, while allowing the sad depletion of our own military. And spent trillions and trillions of dollars overseas while America's infrastructure has fallen into disrepair and decay.

 これらもすべて選挙戦中からトランプが言っていたことだが、意味するところは「覇権の放棄」である。戦後の米国は、世界の単独覇権国として、基軸通貨と基軸貯蓄ツールであるドルと米国債を世界に持ってもらうことで無限発行できる利得の見返りとして、自国の製造業をないがしろにしつつ世界から商品を旺盛に買い続け、世界の消費を底上げして世界経済の成長を維持する役目を担ってきた。この経済覇権の構造が、同盟諸国の軍隊を支援する軍事覇権の構造と合わせ、覇権国である米国が維持すべき義務だった。米国の覇権的な義務を放棄することで、米国の産業や雇用を一時的に再生しようとするのがトランプの経済戦略の要諦だ。 ⑧(トランプのポピュリズム経済戦略)

 覇権の利得で儲けてきた米国の支配層は、当然ながらトランプを敵視している。もしくは、トランプは支配層の一員になったのだから、儲かる覇権構造を意図して破壊・放棄したがるはずがないと考え、そのうちトランプは姿勢を転換するはずだと考えている。投資家の多くは、金儲けの視点しかないので、トランプが姿勢転換すると予測している。日本政府も、トランプの姿勢転換を予測してTPPに固執している。 ("It Remains A Mystery Why So Many Continue To Anticipate A Change In Trump's Behavior")

 だが実際には、トランプが姿勢を変えることはない。私が以前から何度も分析してきたことだが、米国の支配層の中には、ずっと前(第二次大戦で英国が米国に覇権を譲渡した直後)から、自国の覇権を意図的に放棄して多極型・分散型の覇権構造に転換しようとこっそり努力し続けてきた勢力(隠れ多極主義者)がいる。キッシンジャーやCFRつまりロックフェラーは、その一味だ。彼らは、多極分散型に転換した方が、世界は政治的、経済的に安定する(大戦争やバブル膨張・崩壊しにくい)と考えている。トランプは隠れ多極主義者だ。トランプは昔からでなく、大統領に立候補するに際して隠れ他極主義者になった。おそらく、隠れ多極主義者たちの方からトランプに立候補を持ちかけた。トランプが姿勢を変えることはない。 (Reagan And Trump: American Nationalists - Patrick Buchanan)

 多極主義者たちが感じたトランプの魅力は「決して屈服しない喧嘩腰」だろう。オバマもCFRに評価されて大統領になったが、オバマは沈着冷静で喧嘩しない。とりあえず軍産エスタブの覇権勢力の言いなりになり、その上で微妙な転換や歪曲策をやる。たとえばオバマは、シリアに濡れ衣戦争を仕掛けて途中でやめて意図的に混乱を招き、仕方がないといってロシアに軍事介入を頼み、シリアなど中東の支配権をロシアに移譲していくという、回りくどいことをやった。オバマの下ごしらえのおかげで、今やロシアや中国は、米国が捨てる覇権の一部を拾って自分のものにしてもいいと考えている(この数十年の世界において、覇権は奪い合うものでなく押し付けあうものだ)。 ⑨(米英覇権を自滅させるシリア空爆騒動) ⑩(アメリカの戦略を誤解している日本人)

 ビルクリントンは、覇権を軍事主導から経済主導に変えた。次のブッシュ政権は911とともに覇権を軍事側に戻したが、イラクで過激に(故意に)大失敗し、リーマン危機の対策(QE=ドルパワーの浪費)を含め、覇権を盛大に無駄遣いした。オバマもシリアやリビアやQEで覇権の浪費を続け、いまや米国の覇権は経済外交の両面で崩壊感が強い。ここで新大統領として、米中枢の覇権勢力(軍産エスタブ)に喧嘩を売り、覇権戦略の一方的な放棄、もしくは覇権運営どころでない米国内の内戦・内乱状態を作る無茶苦茶野郎が出てくれば、米国が放棄した覇権を、中露などBRICSやドイツ(いずれきたる再生EU)、イラン、トルコなど(日本=日豪亜も??)が分割するかたちで継承し、自然と多極化が進む。 ⑪(ますます好戦的になる米政界) ⑫(潜水艦とともに消えた日豪亜同盟)

 トランプは、こうした隠れ多極主義者のシナリオを引き受けることにして、大統領選に出馬して勝った、というのが私の見立てだ。トランプは、米国を主権在民に戻すと言っているが、それが最大の目標でない。最大の目標は、米国民を政治運動に駆り立て、米単独覇権を運営する軍産エスタブ、政界やマスコミの支配構造をぶち壊すことだ。近代資本主義の前提となる国民国家体制を作るためにフランス革命があったように、きたるべき時代の世界の基盤となる多極分散型の覇権体制を作るためにトランプ革命がある。 ⑬(覇権の起源)

 トランプが就任して米国の新たな混乱が始まったとたん、中国政府(人民日報など)は「米国の事態は、欧米型の民主主義の限界を示している。中国の社会主義の方が安定している」と豪語し、落ち目な米欧に代わって中国が世界に影響力を行使するという言説を発し始めている。ドイツの左派のシュタインマイヤー外相は「トランプの出現は、20世紀の古い世界秩序の終わりと、厄介な新たな事態の始まりを示している」と指摘している。 (China Says It Is Ready To Assume "World Leadership", Slams Western Democracy As "Flawed") (Trump’s presidency harbinger of troubled times ahead: German FM)

▼CIAを脅して味方につけ、マスコミを潰しにかかる

 戦後、覇権を牛耳る軍産支配を壊そうとした大統領はみんなひどい目にあっている。若気のいたりで冷戦を終わらせようとしたケネディは暗殺された。中国和解やドル潰しをやったニクソンは弾劾された(これらの教訓から、レーガンは目くらまし的な裏表のある政策をとって成功した)。トランプも、殺されたり弾劾されたりするかもしれない。しかし、軍産支配を壊そうとする黒幕のCFRなども、この間、知恵をつけてきている。黒幕に守られ、トランプは意外としぶといだろう。 ⑭(ニクソン、レーガン、そしてトランプ)

 トランプの目的は、米国の既存の支配層を潰して自分が独裁支配することでない。米国の支配層を潰し、その果実をBRICSなど他の諸大国が分散して受け取る新たな世界体制を作ることだ。トランプは、勝たなくても目的を達せられる。ただ喧嘩して壊すだけでいい。代わりの政体を作る必要がない。次の世界システムは、米国の覇権のしかばねの上に自然に生えてくる。 (The Trump Speech That No One Heard)

 大統領就任後、トランプの喧嘩の矛先はまずマスコミに向いている。就任式に集まった人々の数をマスコミが過小に報じたかどうかをめぐり、さっそく大統領府とマスコミが相互批判している。トランプ陣営は、マスコミと折り合っていく常識的な道筋をとっていない。 (White House Spokesman Slams Media Over "Crowd Size Comparisons" In Bizarre First Briefing)

 トランプは就任の翌日、CIA本部を訪れて職員を前に演説し、テレビ中継された。演説でトランプは、マスコミを「世界でもっともウソつきな人々」と非難しつつ「私はマスコミと戦争している。マスコミは、私が諜報界と喧嘩しているかのように報じているが、そんなことはない。私は就任後、真っ先にここに来た。私はみなさんを1000%支持する。マスコミは私を酷評するが、多くの人々が私の就任演説を支持してくれている。みなさんも支持してくれるよね」と述べた。 (Watch Donald Trump give first CIA speech and his 1,000% backing - full transcript)

 私から見ると、この演説が意味するところは、トランプがCIAに向かって「マスコミとの戦争で俺を支持しろ。これまでのように俺を不利にすることをマスコミにリークするをやめて、逆にマスコミを不利にすることを俺に教えろ。トランプ革命に協力しろ。そうすればお前らを優遇してやる。従来のように、俺を潰そうとするマスコミを支援し続けるなら、俺は逆にお前たちを潰すぞ」という二者択一を、テレビの前で迫ったことだ。 ⑮(トランプと諜報機関の戦い) (Why Trump's CIA speech was simply inappropriate)

 トランプはこの演説でもう一つ「われわれはISISを倒すしかない。他に選択肢はない」とCIAに通告している。CIAは軍産複合体の一部として、イラクやシリアなどでISISをこっそり支援してきた。それはトルコ政府も指摘する「事実」だ。トランプはCIAに行って「もうISISを支援するな。そうすればCIAを厚遇する。(逆に、こっそりISISを支援し続けるなら、お前たちもマスコミ同様、俺の敵だ)」と啖呵を切り、それをテレビで米国民にも知らせた。 (Trump's CIA speech reveals a challenge to America's 'deep state')

 これまでの、独自の諜報網がない米大統領なら、CIAは、大統領に知られないようにこっそりISISを支援し続けられたかもしれない。だがトランプにはプーチンのロシアがついている。露軍はシリアに駐留し、トルコやイランの当局とも通じているので、CIAなど米国勢がISISをこっそり支援し続けていたら、すぐ察知してトランプに通報する。トランプが就任前からプーチンと仲良くしてきたのは、米露関係自体のためだけでなく、米国内の軍産エスタブ潰しのためともいえる。 (Lifting of anti-Moscow sanctions an illusion: Russian PM)

 米諜報界では、オバマ政権で1月20日までCIA長官だったジョン・ブレナンが、現役時代から、トランプへの激しい敵視を続けている。ブレナンのトランプ敵視は、オバマや米民主党、リベラル派、軍産エスタブのトランプ敵視とつながっている。CIAなど米諜報界は今後、親トランプ派と反トランプに分裂する傾向を強めるだろう。国防総省とその傘下の業界も、軍事費の急増を約束しているトランプになびく勢力と、旧来のトランプ敵視を維持する勢力に分裂・内紛しそうだ。軍産内部を分裂させるのがトランプ陣営の作戦と感じられる。この分裂にオバマも一役買っている。 (Plan of neocon axis in Senate to spend $5 trillion on military could destroy US: Ron Paul) ⑯(得体が知れないトランプ)

▼軍産に取りつかれたマスコミやリベラルとトランプの長い対立になる

 トランプは、大統領就任後もツイッターの書き込みをさかんに続け、マスコミを迂回する情報発信をしている。FTなのに気骨ある分析を書き続けるテットは、トランプのツイートをルーズベルトの炉辺談話になぞらえて評価している。トランプ政権は、大統領府(ホワイトハウス)の大統領執務室の近くにあった50人収容の記者会見室を撤去し、代わりにとなりの建物に400人収容の記者会見場を設ける計画を進めている。従来の、大手マスコミだけが大統領の近くにいられる記者クラブ的な癒着状況を廃止し、大手以外のオルトメディアなども入れる大きな会見場を作る。 (Twitter: Trump’s take on the ‘fireside chat’ Gillian Tett) (Trump Team Responds: May Move White House Briefings To Accommodate More Than Just "Media Elite") ("They Are The Opposition Party" - Trump May Evict Press From The White House)

 トランプは、マスコミの特権を剥奪する一方で、イラク大量破壊兵器に象徴される軍産プロパガンダを「事実」として報じてきたマスコミへの敵視を続けている。米(欧)国民のマスコミへの信頼は低下し続けている。共和党系のFOXなど一部のマスコミは、トランプ擁護の姿勢に転じている。米国のメディア機能はすっかりインターネットが中心になり、ネット上ではマスコミもオルトメディアも個人ブログも大差ない。トランプの喧嘩腰は、軍産の一部であるマスコミを弱め、軍産と関係ないオルトメディアを強める。 ⑰(偽ニュース攻撃で自滅する米マスコミ) (The ‘Post-Truth’ Mainstream Media)

 マスコミや軍産と並んでトランプを敵視するもうひとつの勢力は、民主党系の市民運動などのリベラル派だ。この戦いは、大統領選挙のクリントン対トランプの構造の延長として存在し、トランプの大統領就任とともに、リベラル派の方から仕掛けられている。負けたクリントン、大統領を終えたオバマ、世界的に民主化を口実とした政権転覆を手がけてきたジョージソロスなどが、指導ないし黒幕的な面々だ。ソロスはダボス会議での公式演説で、トランプを倒すと宣戦布告している。 (George Soros Vows To ‘Take Down President Trump’) (Putin Warns Of "Maidan-Style" Attempt To Delegitimize Trump)

 草の根の右からのポピュリズムを動員して軍産エスタブを潰しにかかるトランプに対抗し、軍産エスタブの側は左(リベラル)の市民運動を動員している。もともと軍産は冷戦時代から、強制民主化、人権侵害の独裁政権の軍事転覆など、民主主義や人権擁護といったリベラルな理想主義を口実として戦争することを得意としてきた。イラク戦争を起こした共和党のネオコンは、民主党のリベラルから転じた勢力だ。リベラル派のお人好し(=人道重視)の理想主義が軍産に悪用されてきたが、今回また何十万人ものリベラル派が、トランプとの戦いに、軍産の傀儡にされていることも気づかずに結集し「トランプを強姦罪で弾劾しよう」と叫んでいる。トランプに反対するワシントンでの女性らの「自発的」な50万人集会を率いた人々のうち56人がソロスとつながりのある人だった。 (Ex-WSJ Reporter Finds George Soros Has Ties To More Than 50 "Partners" Of The Women’s March) (Beware the Rise of Left-Wing Authoritarianism)

 女性や有色人種、貧困層、都会の知識人を束ねているリベラルの運動を敵に回すのは、トランプにとってマイナスとも考えられる。だがリベラルと仲良くすると、軍産エスタブがリベラルのふりを展開してきた強制民主化・独裁転覆の戦争や、人権を口実にした格安労働者の導入である違法移民放置策、覇権とカネ儲けの策である地球温暖化対策などを否定しにくくなる。喧嘩好きのトランプは、リベラル全体を敵に回す荒っぽい策をとることで、むしろリベラルが不用意に軍産の傀儡になってしまっていることを浮き彫りにしている。 (Trump responds to protesters: Why didn’t you vote?) ⑱(まだ続く地球温暖化の歪曲)

 トランプと、リベラル派やマスコミ、諜報界、軍産エスタブとの戦いは、まだ始まったばかりだ。今後、延々と続く。すでに述べたように、この長い戦いは、トランプ陣営が好んで始めた計算づくのことだろう。対立が続くほど、トランプ側の草の根からの支持者の動きも活発になる。これぞ米国の民主主義のダイナミズムだ。誰もトランプ革命について語らず、自国のひどい官僚独裁政治にすらほとんど誰も気づいていない浅薄な日本から見ると、米国はラディカルで強烈ですごいと改めて思う。





⑬(覇権の起源)
      2008年8月14日  田中 宇
      http://tanakanews.com/080814hegemon.htm

 国際政治を考える際に「覇権」(ヘゲモニー、hegemony)という言葉はとても重要だ。国家間の関係は、国連などの場での建前では、あらゆる国家が対等な関係にあるが、実際には大国と小国、覇権国とその他の国々の間に優劣がある。今の覇権国はアメリカである。

「覇権」は一般的には、国際的な「支配」と同義のように使われており、私もそのように漠然と思っていたが、よく調べてみると、覇権は、いわゆる支配とは定義が明確に異なる。覇権とは「武力を使わずに他国に影響力を持つこと」である。支配という言葉から思い起こされる、武力によって他国を傘下に置く植民地、保護国、傀儡政権などは、覇権の範囲に入らない。(関連記事)

 傀儡政権でも、イラクのように明確に軍事侵攻の結果である場合は「覇権」とは呼びにくい。イラクの場合、建前としては「フセイン政権を倒すことがイラク人の総意だったが、イラク人自身は力を奪われてできなかったので、代わりに米軍がフセインを倒してやった。その後、イラクに民主国家が建設されていく過程が現状であり、米軍はイラクの民主国家建設を支援し、イラクに入り込んでテロを続けるアルカイダと戦っているだけで、軍事支配とか傀儡政権化とは全く異なる」ということになっている。

 しかし、同じ傀儡化でも、戦後の日本のように、最初は軍事占領で傀儡政権(と疑われるもの)が作られ、その後は米から完全に独立した民主主義国家として機能しているものの、60年たっても対米従属で、外交権を自主的に米に引き渡している場合はどうか。今の日本人の大多数には、米から抑圧されているという自覚は全くないから、米から日本への影響力行使は、まさに覇権そのものといえる。傀儡化と覇権とは、矛盾する概念ではないことになる。影響力行使の際、武力を背景にした脅しが存在するかどうかは微妙な問題であり、覇権(武力なし)と支配(武力あり)との境目は曖昧だ。

(傀儡政権は、国民にとって必ずしも悪いものではない。東条英機よりマッカーサーの方が良い行政をすると当時の日本人の多くが感じ、日本は自主的に米の傀儡になった。米軍侵攻直後、イラク人はフセイン時代より生活が好転すると期待したが、実際にはむしろ生活はひどく悪化したので、イラク人は反米になった)

 もっと広く考えると、今の世界で、反米を掲げている国以外のあらゆる国の政府は、米政府筋から何か非公式に忠告や批判をされたら、それがいかにやんわりと曖昧としたものであっても、かなり強く重視するはずである。これが覇権の関係である。その意味で、米は覇権国である。

 米からどんな非公式忠告を受けたか、それを受け手の政府中枢がどう分析判断し、反応するか、マスコミには全く出ないケースがほとんどだ。覇権は隠然と行使され、隠然と対応されている。覇権の本質や行使の手口は、ほとんどわからない。政府から完全自立しているはずの日本のマスコミが、なぜ対米従属の偏向報道を続けるのか。日本のマスコミが「偏向」しているのかどうかということ自体を含め、満足な議論になるだけの根拠や材料がない。しかし、私のところに来る読者からのメールの傾向からみて、3年ほど前から「日本のマスコミは偏向している」と考える人が増えている。

 アジアの国々は最近、米と並んで、中国からのやんわりとした忠告を重視する傾向を強めている。ミャンマー問題のように、米と中国が相反する主張をしている場合、間にはさまる東南アジア諸国は、微妙なバランスをとった政治を展開する。中国は、アジアの覇権国になりつつある。同様に、先日のグルジアとロシアの戦争で、英以外の欧州諸国がロシアをほとんど批判しないことからは、ロシアの覇権拡大がうかがえる。私の「隠れ多極主義」の分析は間違いだと言う人でも、世界の覇権体制が多極化していることは認めざるを得ない。(関連記事)

(グルジアの戦争については改めて書くが、要点だけ先に書くと、先に攻撃したのはグルジアの方であり、米がグルジアのサーカシビリ大統領をそそのかして攻撃させたのだろう。ロシアを非難する米英マスコミは偏向している。南オセチアとアブハジアが再びグルジア領に戻ることはなさそうだ。グルジアの国防相と国家統合相はイスラエルとの二重国籍を持ち、ヘブライ語を流暢に話す。イスラエルはグルジア軍の特殊部隊を訓練してきた。サーカシビリは間抜けな戦争を仕掛けた責任をとって辞任に追い込まれるかもしれない)(関連記事その1、その2)

▼覇権の背景は民主主義の建前

 今回の記事の本題は「なぜ世界を支配するのに、武力を使わない覇権というやり方が必要なのか」をめぐる考察である。結論から先に書くと「民主主義、主権在民が国家の理想の姿であるというのが近代の国際社会における建前であり、ある国が他国を武力で脅して強制的に動かす支配の手法は、被支配国の民意を無視する悪いことだから」である。

 この建前があるため、表向きは、武力を使わず、国際政治の分野での権威とか、文化的影響力によって、世界的もしくは地域諸国に対する影響力が行使され、それが覇権だということになっている。実際には、軍事力の強い国しか覇権国になれないので、武力が担保になっている。

 また、他国の政治を動かす場合、他国の詳細な政局を把握しておく必要があり、「諜報」は覇権の重要な手口である。覇権国だったイギリスは、MI6(軍事諜報部、SIS)など世界最強の諜報機関を持ち、今も諜報力は英の国力の最重要の部分である。英は、スコットランド独立で国土が縮小し、米のコピーだった英金融システムが昨夏以来の金融危機で潰れても、MI6がある限り、他の大国から機密や技術を盗み出し、それを金儲けに変えて国家の生き残りを画策できる。

 最近の覇権国である中国やロシアは、英米ほど諜報が強くない。代わりに中露は、経済的な支配力を使って覇権を行使している。ロシアの武器はエネルギーで「ガスOPEC」の新カルテルなどでエネルギーの国際価格を操作し、ガスをロシアに頼るEUなどを親露的にさせている。中国は各地の発展途上国との間で、インフラ・エネルギー投資と、工業製品の販売を軸に経済関係を結び、影響力を拡大している。(関連記事)

 日本も1970年代から同じことができたはずだが、対米従属が心地よかったのと、戦前の悪い覇権国(大東亜共栄圏)のイメージに縛られ、独自覇権の拡大を否定し、国際政治的な資産を築かないまま、経済発展の頂点をすぎてしまった。まだ今からでも方向転換は可能だろうが、今のところ日本の政府や国民は、どんどん自閉的になるという逆の方向に進んでいる。

▼産業革命が世界覇権につながった

 人類史上、初めて世界的な覇権を構築したのはイギリスである。1815年にナポレオンを破ってから、1914年に第一次大戦が始まるまでが、イギリスの覇権期(パックス・ブリタニカ)だった。

 イギリスが世界覇権を初めて構築できた主因は、1780年代から産業革命を引き起こし、それまで馬力や人力、水力などしかなかった動力の分野に、蒸気機関やガソリンエンジンをもたらし、汽船や鉄道などを開発し、交通の所要時間の面で世界を縮小させたからである。産業革命前の世界は、中国から欧州に行くまで何カ月もかかり、中国と欧州を一つの覇権国家が支配することは難しかった。13世紀、馬の速力を使ったモンゴル帝国が、中国から黒海までを支配したのが唯一の例外だった。

 15-16世紀、スペインとポルトガルが大航海によって世界帝国を作ったかに見えるが、彼らは世界のいくつかの港湾拠点を帆船でつなぎ、年に何回かの航海をしていただけで、多くの国々は、スペインやポルトガルと関係なく存在していた。中国には欧州より豊かな明・清の帝国があったし、中東経由の陸路でアジアに行く貿易路はオスマントルコ帝国が支配していた。

 英に始まり、欧州大陸諸国に広がった産業革命は、英を中心とする欧州の産業力、軍事力を格段に発展させ、中国やオスマン帝国は、やがて英が主導する欧州列強によって破壊され、分割支配された。

 英は覇権国家となったものの「武力を使わず、政治文化的な影響力だけで他国を動かす」という覇権の行使対象となっていたのは、欧州地域の国々だけだった。欧州以外の国に対しては、中国に対するアヘン戦争(1840年)や、アフリカ分割(1880-1910年代)などで武力を行使し、植民地化して露骨に支配した。

 英が、欧州諸国に対しては「覇権」による隠然支配を行う半面、欧州以外の諸地域に対しては露骨な植民地支配を行った理由はいくつかある。その一つは、ローマ帝国以来、欧州はキリスト教世界としての一体感があったこと。もう一つは経済的に、欧州は英が産業革命によって大量生産した商品の売り先であり、欧州全体の安定が英の発展にとって必要だった。また、英が強国になった時には、すでにスペイン、フランス、オランダ、ロシアなどが強い国として存在しており、それらの他の列強と戦って勝つことは無理だった。英は、海軍は最強だったが、陸軍は弱かった。

 英は、世界で最初に民主主義の理念を開発した国である。1215年の「マグナカルタ」で貴族と王家との権利義務関係が文書化され、国民(臣民)と王家との権利義務関係も1628年の「権利請願」にさかのぼる。英は、自国が民主主義を政治の建前とする以上、他の欧州諸国の民主主義も尊重し、英が他国を露骨に支配する方式を避けた。財政的にも、戦争ではなく諜報や外交の政治謀略で覇権を取った方が有利だった。

▼オランダから貿易権を奪って大帝国に

 そもそも英が強国となれたのは、海上ルートを使った貿易による儲けを蓄積したからだが、海上貿易によって儲けて大国になるやり方は、オランダが先にやっていた。

 オランダは、1581年にスペインから独立した国で、もともとスペインが開拓した国際航路を活用し、カトリック教国だったスペインが嫌ったプロテスタントやユダヤ人を多く受け入れ、中世から地中海貿易で活躍していたユダヤ人の商業技能を生かし、船舶の高速化など技術開発にも積極的で、世界最初の自由貿易共和国として大発展した。オランダは民間企業が貿易を手がけたが、英仏西など他の諸国の貿易は国営だった。オランダの東インド会社は、200年間の平均株主配当率が18%だった。

(欧米の歴史家や記者にはユダヤ人が多いが、彼らは、ユダヤ人が成功させた自由貿易共和国オランダを、ことさら高く評価する傾向がある。ただし、いつものとおり、彼らの記述は「ユダヤ人」という言葉を最小限にしか使わない)

 オランダは、アジアではジャワ島、台湾(台南)、長崎など、北米ではニューヨークの前進であるニューアムステルダム(ハドソン川の毛皮貿易の集積地)などを、寄港地として持っていた。ニューヨークの「ウォール街」の名称は、ニューアムステルダムの城壁(ウォール)に沿った道という意味である。日本の徳川幕府が、鎖国に際し、欧州諸国の中で唯一の取引相手として、植民地野心が強いスペインなどではなく、領土野心の少ない貿易共和国のオランダを選んだのは、徳川家が世界情勢をかなり理解していたことを示している。

 英蘭が相次いで東インド会社を設立し、対アジア貿易を強化し始めた1600年には、まだ欧州とアジアとの貿易の4分の3は、中東経由の陸路だった。しかし100年後の1700年には、アジア交易のほとんどは、英蘭の船舶によるものになった。100年で世界貿易の主役が交代し、中東の没落が始まった。

 イギリスは、1588年にスペイン無敵艦隊を破り、欧州最強の海軍力を持って植民地拡大を加速したが、同時にオランダのやり方をまねて貿易の儲けを増やし、その上で1660年に航海条例を定め、オランダ船を筆頭とする他国船を排除した。

 それまでロンドンの港には、英の商船より蘭の商船の方が多く入港し、蘭商船の総数は、英仏西3カ国の商船の合計数より多かった。しかし、英の航海条例など、英仏が組んで自由貿易体制をやめて保護貿易に移行した。これを不満とする蘭は、英と戦争したが負け、ニューアムステルダムを英に奪われ、海軍力を背景に貿易量を急増させた英の影で、蘭は国力を落とした。

(蘭英貿易関連のことは、米大学で西洋史の初級授業で使われている教科書「Civilization in the West」を参考にした)(関連記事)

▼フランス革命と英の均衡戦略

 欧州における英の覇権体制の基本方針は、すでに述べたような(1)英の海上貿易の利権を守ること(2)欧州内では覇権的な隠然支配体制を組む一方、欧州外の世界に対しては植民地支配によって、宗主国としての経済利権を享受する、という2つの方針のほかにもう一つ(3)欧州内でどこかの国が圧倒的に強くなって英を打ち負かさぬよう、複数の国が同盟して英を潰しにかからぬよう、欧州大陸諸国を常に拮抗した力関係の中に置いておくという「均衡戦略」(バランス・オブ・パワー)の方針があった。

 英が均衡戦略を必要とした直接的な理由は「フランス革命」だった。英における政治の民主化は、13世紀のマグナカルタ以来の流れとしてゆっくり進み、17世紀にピューリタン革命によって共和制が敷かれたものの11年後には王政が復活し、その後は立憲君主制の政治が定着した。一方フランスの民主化は、暴力的な革命によって王政が1792年に倒され、国民の9割を占める農民が土地に縛られていた状態から劇的に解放されて市民となり、愛国心に満ちた状態にいた。

 混乱の中、将軍から独裁的指導者、皇帝となったナポレオンは、仏国民の愛国心の高揚を背景に、当時として画期的な国民皆兵の軍隊を築き、市民革命(国民国家革命)を全欧州に拡大すべく、欧州征服のナポレオン戦争を開始した。当時の欧州諸国の戦争は、金を出して傭兵を集めたり、地主に税金の代わりに領民を兵士として出させたりして戦うもので、巨額の戦費がかかり、兵士の士気は低かった。

 これに比べ、愛国心に満ちた仏国民は、進んで国のために兵士になって死に、兵士にならない者は喜んで税金を払って戦費を負担した。ナポレオンが指揮する仏軍は圧倒的に強く、10年ほどの間に、今のスペイン、オランダ、イタリア、ドイツ、スイス、ポーランドなどにあたる地域を征服した。

 仏以外の欧州諸国の王侯貴族はフランス革命の進展を見て、いずれ革命が自国にも波及すると懸念し、イギリス、プロシア、オーストリア、ロシアの4カ国が反仏同盟を組んで仏を潰しにかかり、これがナポレオン戦争に発展した。当初は優勢だったナポレオンは、1812年にロシア遠征に失敗した後、不利になり、1814年に4カ国連合軍に敗北した。その後、戦後の欧州の体制を作るためにウィーン会議が開かれた。この会議はオーストリアの宰相メッテルニヒの主催だったが、実際に会議を誘導したのはイギリスで、欧州大陸の諸大国どうしを拮抗した力関係の中に置くことで、島国の英が漁夫の利を得られる新政治体制が組まれた。

▼ドイツとイタリアの建国を予約する

 ウィーン会議では、仏がいずれナポレオンに代わる大将軍を得て再び欧州征服を試みるという懸念から、仏周辺の国々が征服されにくい新体制を持つように定められた。スイスは永世中立国として承認され、仏から侵攻されない立場を得た。いくつもの小国に分かれていた今のイタリアとドイツの地域には、イタリアとドイツを統一建国としてすることが予約的に了承され、両地域では統一国家建設の運動がさかんになった。独伊が建国されることで、仏は両地域に再侵略できなくなり、欧州大陸は同じぐらいの大きさの国々が割拠する均衡状態に近づいた。独伊の建国は、英の均衡戦略によって誘導されたものだった。

 仏については、英が主導する4大国がナポレオンを追放した後、ブルボン王家を迎えて王政復古させたが、これは事実上、英主導の傀儡政権だった。仏はその後、現在に至るまで、基本的に、英に対して劣位的な、持ちつ持たれつの関係にある。英の中枢では、英の国益だけを重視する勢力と、もっと国際的な投資利益を重視する勢力が暗闘しているが、国際勢力はフランスに反英的な言動をさせて国際社会を動かすようなことを、たびたび行っている。仏は、英の好敵手を演じることで、英にとっても意味のある存在であり続けている。  フランス革命自体、その少し前に起きたアメリカの独立とともに、イギリスの資本家が国際投資環境の実験的な整備のために誘発したのではないかとも思える。フランス革命によって世界で初めて確立した国民国家体制(共和制民主主義)は、戦争に強いだけでなく、政府の財政面でも、国民の愛国心に基づく納税システムの確立につながり、先進的な国家財政制度となった。それまでの欧州諸国は、土地に縛られた農民が、いやいやながら地主に収穫の一部を納税する制度で、農民の生産性は上がらず、国家の税収は増えにくかった。

 フランス革命を発端に、世界各地で起きた国民国家革命は、人々を、喜んで国家のために金を出し、国土防衛戦争のために命を投げ出させる「国民」という名のカルト信者に仕立てた。権力者としては、国民に愛国心を植え付け、必要に応じて周辺国の脅威を扇動するだけで、財政と兵力が手に入る。国民国家にとって教育とマスコミが重要なのは、このカルト制度を維持発展させる「洗脳機能」を担っているからだ。

 国民国家は、最も効率の良い戦争装置となった。どの国の為政者も、国民国家のシステムを導入したがった。王侯貴族は、自分たちが辞めたくないので立憲君主制と国民国家制を抱き合わせる形にした。また「国民」を形成するほどの結束力が人々の間になかった中国やロシアなどでは、一党独裁で「共産主義の理想」を実現するという共同幻想を軸に「国民」の代わりに「人民」の自覚を持たせ、いかがわしい「民主集中制」であって民主主義ではないものの、人々の愛国心や貢献心を煽って頑張らせる点では国民国家に劣らない「社会主義国」が作られた。

 フランス革命は、産業革命と同時期に起きたが、この時期的な一致も重要だ。産業革命によって、人々の大半が従事のすべき仕事は、農業から工業に代わった。ここにフランス革命を筆頭とする国民国家革命、もしくは上からの政治改革・農奴解放が重なることで、農村の土地に縛られていた農民は、都会に流入して労働者となり、工業生産活動と納税を行う市民となり、産業革命が順調に進んで経済発展した国では、消費者にもなった。資本家としては、貧農が国民の大半を占める国ではなく、中産階級になるかもしれない労働者市民が大半の国に投資した方が儲かる。国民国家は、国民の納税義務感が強いので財政破綻しにくく、この面でも好都合だ。

 ナポレオンが英征服を企てた点では、フランス革命は英にとって迷惑だった。だが、フランス革命を皮切りに、欧州各国が政治体制を国民国家型(主に立憲君主制)に転換し、産業革命が欧州全体に拡大していく土壌を作り、英の資本家が海外投資して儲け続けることを可能にした点では、フランス革命は良いことだった。

 英を含む欧州各国は、キリスト教世界として同質の文化を持っていたので、英発祥の産業革命と、仏発祥の国民革命は、ロシアまでの全欧州に拡大した。その中で、ナポレオンを打ち負かして欧州最強の状態を維持した後の英は、欧州大陸諸国が団結せぬよう、また一国が抜きん出て強くならないよう、拮抗した均衡状態を維持する均衡戦略を、外交的な策略を駆使して展開し、1815年のウィーン会議から1914年の第一次大戦までの覇権体制(パックス・ブリタニカ)を実現した。

 英覇権体制は、欧州大陸諸国の一つであるドイツが、後発の産業革命によって1890年代に英自身を上回る産業力・軍事力を持つにいたり、独を封じ込めようとした英の策略が失敗して第一次世界大戦が起きたことで終焉したが、そのあたりのことは、改めて書くことにする。

【続く】



⑭(ニクソン、レーガン、そしてトランプ)
      2016年3月1日   田中 宇
      http://tanakanews.com/160301trump.htm

 米国の大統領を選ぶ2大政党の予備選挙で、共和党はドナルド・トランプ、民主党はヒラリー・クリントンが優勢になっている。他の候補が意外な巻き返しをしない限り、早ければ3月1日のスーパーチューズデーで、遅くとも3月中旬までに2人が両党の候補に決まりそうだ(民主党はバーニー・サンダースが巻き返す可能性がまだ少しある)。米国は「2党独裁制」で、まず2党がそれぞれ各州ごとの選挙を積み重ねて2人の大統領候補を決め、2人の候補に対して11月初めに有権者からの投票が行われて決まる。 (Trump shatters the Republican Party) (Are Trump and Clinton Now Unstoppable?)

 トランプとクリントンのどちらが勝つかは、白人票がどのような配分になるかによる。民主党は「有色人票の8割以上と白人票の4割以上をとれば勝つ」と言われている。前回12年の選挙で有色人票を圧倒的に集めてオバマが再選され、クリントンはオバマの後継者とみなされているため、有色人票に関して民主党は盤石といわれる。その一方でトランプは、この20年あまりの「進歩的」な社会傾向の中で地位が低下し、貧富格差の拡大で低賃金化や失業に苦しんでいる中産階級以下の白人男性の圧倒的な支持を集めている。トランプは大金持ちだが、言い回しが白人のおっさん好みだ。白人票の多くをとれば、トランプが勝つ。 (Donald Trump has invented a new way to win) (Trump has the White House in his sights)

 米国の2大政党は、民主=リベラル・共和=保守という区分で、従来おおむねこの線引きに沿って論戦が展開し、大統領が選ばれてきた。だが今回の米大統領選挙は、テロ戦争の失敗、金融救済の末の貧富格差の増大などへの人々の不満が拡大し、2大政党の両方で、エリート(大金持ち、大企業、金融界、軍産複合体、国際主義者)と草の根(庶民、貧困層、国内優先派=「孤立主義者」)との対立が激化し、リベラルvs保守よりも、エリートvs草の根の戦いになっている。トランプは草の根に支持され、党内エリートが支援する他の候補たちに30%以上の差をつけている。 (Donald Trump now has more support than all his Republican rivals combined, says new poll) (Trump shows his presidential bid is no mere publicity stunt)

 民主党でも、草の根に支持されたサンダースが意外な健闘を見せ、一時はクリントンを打ち負かしそうだったが、2月27日のサウスカロライナでクリントンの圧勝後、サンダースの勝算が下がった(同州は黒人票が決め手で、前回大統領選でクリントンがオバマに大敗したが、今回クリントンはオバマの後継者ということで票を集めた)。クリントンは、ゴールドマンサックスやモルガンスタンレーから講演を頼まれて巨額の金をもらったと伝えられるなど、金持ちに支持された候補という印象を多くの人にもたれている。 (Clinton, Sanders tied in new Mass. primary poll) (Hillary Cruises To Victory In South Carolina Amid Strong African American Support) (Hillary Clinton's Very Bad Night)

 共和党内でトランプ、民主党内でクリントンが勝ったとして、これで両党内がまとまるのかが次の問題だ。エリート(主流派)と草の根が分裂する懸念が両党ともにある。共和党の主流派は、トランプをひどく嫌っている。国会議員の中には、トランプが候補になったらクリントンに入れると豪語する者が続出している。不動産業で成功したトランプは大金持ちで、軍産や金融界からの献金を必要とせず、大衆の不満をすくい取る形で軍産や金融界を好き放題に批判しているので、軍産と金融界に取り込まれている党主流派がトランプを攻撃している。トランプが候補になったら共和党は分裂崩壊するという見方が出ている(主流派の脅しという感じもするが)。 (Republicans race to derail Trump) (The Republican Party's implosion over Donald Trump's candidacy has arrived)

 同様の現象として、民主党では、クリントンが勝った場合、サンダースの支持者である草の根層が離反し、同じ草の根派のトランプに投票するのでないかと懸念されている。共和党のトランプ支持者の中にも、クリントンを「大金持ちの傀儡」「好戦派」として毛嫌いする傾向が強い。放映されるトランプの演説を見ようと大画面の前に集まって待っていたトランプ支持者たちが、クリントンが画面に映った瞬間に皆ブーイングしたが、サンダースが出てくると敬意を表して静かに見ていたというエピソードをFTが紹介している。 (Why Hillary Clinton Cannot Beat Donald Trump) (Hillary Clinton's big, complicated world)

 新種の候補者が勝ったり、2000年のように得票が拮抗して決着がつかなかった時など、米国の2大政党制はこれまで何度も崩壊すると言われつつ、崩壊していない。今回も平然と延命するかもしれない。だが、米国の実体経済は悪化を続けており、貧富格差の拡大は今後も続く。近いうちに金融危機も起きそうだ。エリートvs草の根の対立はひどくなる一方だ。リベラルvs保守の2大政党制の構図は、911以来、ネオリベラル(人権主義を装った好戦派)vsネオコン(保守派の好戦派)の構図に転換しており、2大政党のどちらを選んでも好戦性の点で変わらなくなっている。こうした選択性の低下が改善されないままだと、2大政党制は崩壊する。 (Obama's true heir is Hillary Clinton. But that is a blessing for Bernie Sanders)

 クリントンは、人権や民主主義を非常に重視する「モダンな進歩派」を自称するが、実質的には、独裁政権を武力で倒すべきと考える好戦的な「ネオリベラル」だ。それは、国務長官時代にリビアのカダフィ政権を倒すことを強く主張してオバマに受け入れられ、リビアの大混乱を作り出したことに象徴されている。彼女の好戦性は、人権や民主を重視した結果というより、大統領になるため軍産複合体にすりよったからだ。武力による政権転覆は、無数の市民の死と、何十年もの大混乱、ISISなど残虐なテロ組織の支配など、人権や民主と正反対の状況につながることは、すでにイラク、シリア、リビア、アフガニスタンなどで実証済みだ。政権転覆が人権や民主につながるとクリントンが本気で考えているとしたら、大統領になる素質がない大間抜けだ。 (Hillary Clinton, `Smart Power' and a Dictator's Fall) (Political positions of Hillary Clinton From Wikipedia) (Assange: Vote for Hillary Clinton is `vote for endless, stupid war' which spreads terrorism)

 対照的にトランプは、イランとの核協約を破棄すると約束したり、イスラム教徒の米国入国禁止を提案するなど、一見、好戦派で人種差別者に見えるが、彼が打ち出している国際戦略は、意外なことに、非常に現実的だ。トランプの政策顧問であるサム・クロビス(Sam Clovis)は、トランプが外国における民主主義や人権を守るために武力を使うことはないと断言している。 (Donald Trump: Candidate of Peace?) (Sam Clovis)

 外国の独裁状態を改善するには、市場開放させて経済発展に導くと、いずれ政治的に開けていくので、そのような経済戦略の方が、軍事戦略よりも有効だとトランプは考えているという。トランプは「イラクのフセインやリビアのカダフィがいた方が中東は安定していた」と発言している。クリントンは、外国の人権や民主を守ることが米国の国益になると考えているが、トランプは国益をもっと狭く、実際の軍事脅威を受けた場合にそれを排除することだけに限定している。クロビスによると、トランプは「リアリスト」(現実主義者)だ。 (Trump: World Better Off If Saddam, Gadhafi Were Still in Power) (So when will realists endorse Donald Trump?)

「リアリスト」は、米国の国際戦略の歴史の中で特別な意味を持つ言葉だ。リアリストは、武力による「民主化」を標榜して大失敗するアイデアリスト(好戦派)の対極にある姿勢で、アイデアリストが無謀な戦争をやりまくって大失敗した後、リアリストが出てきて「敵」だった国々と融和して強化してやり、国際政治の体制を根幹から覆すことが、戦後繰り返されてきた。最も有名なリアリストは、ニクソン政権時代の大統領補佐官として、ベトナム戦争の失敗から米国を救うためと称して中国と和解する策を打ち出したヘンリー・キッシンジャーだ。 (歴史を繰り返させる人々)

 キッシンジャーは、国連安保理の体制など多極型の世界秩序を好んだロックフェラー家の傘下にいた。彼らは、多極化を阻止するために軍産英複合体が作った冷戦構造を壊す目的で、意図的に過激なベトナム戦争をやって失敗し、現実策をやるしかないとうそぶいてリアリストを自称しつつ、米中関係を改善してこっそり中国を強化してやったのでないか、というのが私の「隠れ多極主義」の見立てだ。 (世界多極化:ニクソン戦略の完成) (隠れ多極主義の歴史)

 ニクソンが開始した冷戦態勢の破壊を完成させたのが、同じく共和党のレーガン政権だった。レーガンは好戦派を装って大統領になり、米ソ和解や東西ドイツの統合、EU統合の開始など、世界を多極化していく流れを作った。レーガンは大統領選挙期間の初期、今のトランプに似て、共和党主流派から泡沫・変人扱いされ、攻撃されていた。 (Hillary and Jeb's Nightmare - Donald Trump Brings Back The "Reagan Coalition")

 911以来の米国は、ニクソンからレーガンにかけての時期と類似した流れを繰り返している。911で軍産複合体がイスラム世界を恒久的な敵とする「第2冷戦」の体制を構築しようとしたが、それが共和党のネオコンらによって、大失敗への道があらかじめ埋め込まれた無謀なイラク侵攻へとねじ曲げられ、米国は好戦的になるほど覇権(国際信用)を失う構図におとし入れられた。これらの展開は「新レーガン主義」を標榜したブッシュ政権下で起きた。 (ネオコンと多極化の本質) (◆負けるためにやる露中イランとの新冷戦)

 次の現オバマ政権は、リビアやシリアで好戦策の継続を容認する一方で、イランにかけられた核兵器保有の濡れ衣を解いてイランの台頭を引き出したり、シリア内戦の解決をロシアに任せるといった多極主義的な態度をとった。しかも同時にイラクやアフガニスタンからの軍事撤退を挙行して覇権を温存するという、単独覇権主義と多極主義が入り混じった姿勢をとってきた。 (◆イランとオバマとプーチンの勝利) (シリアをロシアに任せる米国)

 ニクソン(共和党)からレーガン(共和党)への、アイデアリストが稚拙に失敗した末にリアリストが席巻する隠れ多極主義的な展開が、ブッシュ(共和党)の911から今後(2020年ごろ?)にかけて繰り返されるとしたら、共和党のトランプがリアリストの外交戦略を掲げて次期大統領を狙うことは、非常に大きな歴史的な意味がある。ロックフェラーや傘下のCFR(外交問題評議会)が、歴史の繰り返しを演出しようとしているなら、次の大統領は、クリントンでなくトランプだ(かつてロックフェラーはキッシンジャーを政権に送り込むのに4年待った。今回もクリントンが勝って4年待つかもしれないが)。 (People Are Still Underestimating Donald Trump)

 トランプのリアリズム(現実主義)は「強い指導者が率いる国は、たとえ民主的でなくとも、安定的な成長ができるので(必要悪として)評価すべきだ」というものだ。トランプがロシアのプーチンを支持賞賛していることが、彼のリアリズムを象徴している。トランプは「米国がプーチンを敵視し続けるほど、中露が結束して米国に対抗してくる。これを防ぐためにロシアとの和解が不可欠だ」と考えている。プーチンを支持するトランプは「ウクライナ問題は欧州の問題で、米国が介入すべきことでない」という姿勢だ。この姿勢は、米国の軍産がNATOや欧州を引き連れてウクライナの反露政権を支援し、ロシアとの対立を続けている現状と真っ向から対立する。またトランプは「アサドより悪い独裁者が世界にはたくさんいる(アサドはそんなに悪くない)」と言って、シリアの停戦や安定化をロシアに任せる姿勢をとっている(すでにオバマがこの姿勢を隠然ととっている)。 (Political positions of Donald Trump From Wikipedia) (茶番な好戦策で欧露を結束させる米国) (NATO延命策としてのウクライナ危機)

 共和党の選挙参謀を長く続けていたカール・ローブは、トランプが選出されると大変なことになると党主流派に対して警告している。共和党主流派は軍産複合体と金融界の連合体だ。トランプが今の破裂寸前まで膨張した金融バブルに対してどんな政策をとるか見えていないが、彼が軍産の好戦的な軍事策をつぶそうとしていることは「リアリスト」の自称が雄弁に物語っている。(トランプは「本当の米国の失業率は当局発表の5%でなく28-42%だ」と、失業率をごまかして景気回復を演出する米連銀のインチキを暴露している。それを拡大解釈すると、彼が大統領になったら金融延命策をつぶしにかかると予測できるが、そんなことを本当にやるのかまだ不明だ) (Inside the Republican Party's Desperate Mission to Stop Donald Trump) (Why Trump Thinks Unemployment Is 42%)

 2月25日ごろ以降、共和党の予備選挙でトランプの勝利が決定的になってきたタイミングで「何が何でもトランプを引きずりおろす」という感じの動きが党内やマスコミで始まり、共和党主流派に位置するCFRもトランプを非難する宣伝を開始した。だが、これは明らかに遅すぎる動きで、茶番劇の感じがする。マスコミの中にも「今ごろトランプ非難を強めても遅すぎる」といった分析が目立つ。 ("Trump Must Be Stopped" Plead 'The Economist' And CFR As Financial Establishment Panics) (Trump has the White House in his sights)

 共和党の予備選でトランプの後塵を拝しているルビオとクルズの陣営が合体し、どちらかが大統領でもう一人が副大統領候補になれば、トランプに勝てるかもしれない。だがルビオとクルズは互いに批判を続けており、合体を提案する党内の意見は無視されている。このあたりも、CFRの勢力が2人に対立をけしかけて合体を阻止し、トランプを優勢にしている感じがある。 (The Republican Party's implosion over Donald Trump's candidacy has arrived) (Why the Hell Won't Anyone Attack Trump?)

 共和党内のネオコンも、トランプを敵視するふりをして優勢にしているのでないかと感じられる。共和党のネオコンの指導者的な論客であるロバート・ケーガンは2月下旬、トランプ優勢の流れが決まった直後のタイミングを見計らって、トランプを阻止するためにクリントンを支持すると表明した。 (Neocon Kagan Endorses Hillary Clinton)

 ネオコンは共和党支持だが、歴史を見ると、1970年代まで民主党支持で、独裁政権を転覆して民主化すべきと主張する好戦リベラルだったが、レーガン政権の発足とともに共和党に移った「転向者」だ。ネオコンは共和党ブッシュ政権で過激策をやって米国の覇権を自滅に追い込んだ後、近年また民主党に再接近していた。ケーガンの妻のビクトリア・ヌーランドは、民主党の現オバマ政権の国務省に入り、ウクライナの政権を反露側に転覆させる画策をやった張本人だ。ヌーランドは国務長官だったクリントンに引き上げられ、国務省内で頭角を現した。 (ネオコンの表と裏) (危うい米国のウクライナ地政学火遊び)

 ケーガンのクリントン支持表明は、妻であるヌーランドの動きからして不自然でないが、クリントンの選挙活動にプラスなのかどうか、大きな疑問だ。クリントンがサンダースを破ったら、民主党内の草の根勢力をどう取り込むかがその後の課題になるが、ネオコンの頭目ケーガンのクリントン支持は、クリントンがネオコンの一派である事実を民主党の草の根の人々にますます強く印象づける点でマイナスだ。 (Why Hillary Clinton Cannot Beat Donald Trump) (Trump is the GOP's Frankenstein monster. Now he's strong enough to destroy the party)

 トランプは、軍産やネオコンの好戦策が失敗してもはや米国民に支持されていないことを見抜き、自分が金持ちで軍産から政治資金をもらう必要がないことから軍産やネオコンの策を容赦なく批判することで選挙戦を成功させてきた。軍産やネオコンと結託しているのがイスラエルで、イスラエル右派を支援する財界人シェルドン・アデルソン(Sheldon Adelson、カジノリゾート経営)が、トランプを阻止するための政治資金を主に出してきた。アデルソンは今回クリントンを支持している。 (Inside Republicans' failed attempts at blocking Donald Trump's rise) (And the winner of the Sheldon Adelson primary is... Hillary Clinton)

 だが、トランプがユダヤ人やイスラエルと敵対しているかといえば、むしろ逆だ。トランプの娘のイヴァンカは、正統派ユダヤ教徒の財界人(Jared Kushner、新聞経営)と結婚し、ユダヤ教に改宗している。トランプはイスラエルの右派のネタニヤフ首相を長く支援してきたことでも知られ、古くからの親イスラエル派だ。トランプが軍産の言うことを聞かなくても、ネオコンやシオニストは簡単にトランプを非難できない。 (Is Trump a Realist?)

 これまで米国の世界戦略は、軍産やイスラエルや英国に牛耳られ、世界の面倒を米国が見ることが良いのだという「国際主義」の立場がとられ、世界のことより米国内を良くするのが先だという国内優先主義は「孤立主義」としてマスコミなどで批判されてきた(対米従属の日本でも、米国の孤立主義化は良くないことと喧伝されている)。しかし、911から15年間ずっと失敗ばかりの国際主義という名の好戦主義につき合わされてきた米国民は、国内の貧富格差の拡大、実体経済の悪化もあって、国際主義を嫌い、孤立主義の傾向を強めている。トランプはその流れに乗って、リアリストの姿勢を採用して孤立主義的な政策をとろうとしている。これが成功すると、軍産やイスラエルは影響力を失う。

 トランプは表向き、好戦的な感じのことを言い続けている。イスラム教徒の米国入国の一時禁止の提案は、軍産のイスラム敵視のテロ戦争の構図に乗っている。実際には、イスラム教徒の入国を禁止したとたん、米国内でいくつもの提訴が裁判所に起こされ、米政府は裁判に負けてイスラム教徒の入国を認めざるを得なくなる。 (What President Donald Trump's first 100 days in office would look like)

 トランプは、オバマがイランの核兵器開発の濡れ衣を解いて締結した協約を廃棄するとも言っている。これはイスラエルや軍産が強く希望しており、トランプはそれに応えてこの策を出した。しかしイランは昨夏に経済制裁を解かれた後、欧州やアジア諸国などと急速に経済関係を強化しており、米国だけが協約を破棄してもイランは他の諸国と貿易して十分豊かになれる道を歩んでいる。トランプがイランとの関係を断つことは、イランを弱体化せず米国を孤立させるだけの「隠れ多極主義」的な戦略になる。 (What a Trump presidency will mean for Iran) (Donald Trump's Iran idiocy: The interview that should have ended his candidacy once and for all)

 延々と書いてしまったが、日本にとって重要な、日本や中国に対するトランプの姿勢についてまだ書いていない。トランプは「日本や韓国、ドイツやサウジアラビアは、米国の安全保障にぶら下がるばかりで、米国の安全にあまり貢献していない」と言い、在日・在韓米軍の撤退も含め、日本や韓国との安保関係を再交渉する姿勢を見せている。軍産系の勢力は「日本は(思いやり予算などを米国が要求するだけ出し続け)米国に貢献している。トランプは日本を批判するな」といった論調を流布している。 (Trump Shouldn't Bash Japan) (Donald Trump slams U.S. allies South Korea, Japan)

「米軍が日韓から撤退すると、安保的な支柱を失った日韓は独自に核武装しかねない。トランプは東アジアを核兵器開発競争に追い込もうとしている」といった批判も、軍産(日本外務省傘下?)っぽい駐日英文メディアが流している。 (Donald Trump's Asia Policy Would be a Disaster) (日本の核武装と世界の多極化)

 歴史を見ると米国は、かつてニクソン政権の時代にも、在日米軍の撤退を模索し、日本政府はそれに呼応して米軍抜きの日本の自主防衛策を「中曽根ドクトリン」として立案した。これは「米国が出ていくなら仕方がない」という感じで立案されたが、その後米国でウォーターゲート事件が起きてニクソンが追放され、日本でニクソンに呼応していた田中角栄首相もロッキード事件で失脚させられ、日本は「まだ自主防衛できる力がついていません」と米国に懇願して沖縄に米軍基地を集中させて駐留を続けてもらう策に出た。これ以来、外務省が握っている日本の安保戦略は、米軍に永久に駐留してもらう策になり、対米従属が日本の絶対の国是になっている。 (日本の権力構造と在日米軍) (終戦記念日に考える) (見えてきた日本の新たな姿)

 トランプが大統領になると、ニクソンから40年あまりの時を経て、再び米国が在日米軍を撤退させようとする動きを強めることになる。在日米軍の撤退話は、ここ数年、海兵隊のグアム移転構想などで、すでに何度も浮上しては消えている。日本は、辺野古の計画や思いやり予算など、米国の無体な要求を何でも飲むことで、在日米軍を引き留めている。このような日本の強度な対米従属策を、トランプがどんな方法で乗り越えようとするのか、まだ見えていない。トランプ政権になると、日本の対米従属派にとって厳しい時代が来ることは間違いない。 (Asia's President Trump Nightmare) (Trump's nationalism is corrosive and dangerous) (再浮上した沖縄米軍グアム移転)

 トランプは「中国が米国の雇用を奪っている」「中国からの輸入品に45%の関税をかける」「中国で生産する米国企業に、生産拠点を米国に戻すことを要求する」などと、中国に対する強硬姿勢を見せている。すべて経済面ばかりで、政治面では中国敵視のことをあまり言っていない。中国が米国民の雇用を奪っているという言い方は、この四半世紀の歴代の大統領候補の多くが発しており、目新しくない。選挙戦では人気取りのために中国に対する強硬姿勢を示しても、当選するとボーイングやGMの中国での販売増の方が重要になり、中国におもねる姿勢をとるのが、歴代大統領によくある姿勢だ。対立候補のルビオは「君のネクタイも中国製だろ(中国からの輸入を拒否すると着るものがなくなるよ)」とトランプを揶揄した。 (Rubio to Trump: Are You Going Start A Trade War Against Your Own Chinese-Made Ties?)

 トランプが大統領になって在韓米軍の撤退を考えるとしたら、まず北朝鮮の核問題を解決せねばならない。北核問題に対する米国の態度はブッシュ政権以来、一貫して「中国に任せる(押しつける)」ことだ。トランプは、在韓米軍を撤退するために、政治的に中国の言いなりになるかもしれない。北が核を持ったままの北核問題の「解決」がありうる。 (北朝鮮に核保有を許す米中)

 このほか、トランプが地球温暖化問題を「インチキだ」「米国の経済成長を阻害するための中国の謀略だ」と批判していることも興味深い。たしかにCOP15以降、温暖化問題は中国の主導になり、中国など新興諸国が米国など先進国から支援金をむしり取るための道具に転換している。トランプは荒っぽい言い方ながら、いろんなことを的確に見ている。 (Trump on Global Warming : "hoax," "mythical," a "con job," "nonexistent," and "bullshit.") (地球温暖化めぐる歪曲と暗闘)

 温暖化問題は、もともと米金融界の発案で捏造された構図である。共和党系の分析者(David Stockman)は「共和党はカネに目がくらみ、かつての信奉していた自由市場主義を捨てて、金融界が捏造した温暖化問題や、リーマン危機後の金融界救済策など、自由市場主義と正反対なものをどんどん受け入れた挙句、行き詰っている。共和党は、完全に行き詰って破綻しない限り再生しない。トランプは、この行き詰りを突いて人気を集めている。」という趣旨の指摘をしている。 (The Donald - The Good And Bad Of It)

 長々と書いたが、まだ書き足りない。だがトランプが大統領になると決まったわけでもないので、今回はこのぐらいにしておく。



⑮(トランプと諜報機関の戦い)
      2017年1月8日   田中 宇
      http://tanakanews.com/170108hack.php

 まず今回の筋書きを書いてみる。米国の諜報機関群が「ロシア政府がネットのハッキングによって米大統領選の結果をねじ曲げ、トランプを勝たせた」とする報告書を出した。プーチンの命令で、米民主党本部(DNC)のサーバーから党幹部のメールの束を盗み出し、ウィキリークスにわたして暴露させ、クリントンの評判を落とし、トランプを勝たせたという筋書きだ。諜報界は昨年末から同様の主張を発し続け、オバマはそれに基づき駐米ロシア大使館員35人をスパイ容疑で追放する対露制裁を発動した。だが昨年来の諜報機関やオバマの主張には、明確な根拠が全くない。露政府がトランプ当選を喜んでいるので犯人に違いないとか、ロシアのハッカーがよく使う(だが誰でも簡単に入手できる)プログラム(マルウェア)が使われているので露政府の仕業に違いないとか、屁理屈しか根拠として提示していない。 (US Officials Say Russia Approval of Trump Win Is `Evidence' of Hacking)

 米諜報機関の一つNSAはネット上の米国発着の主な通信のすべてを監視保管している。民主党のサーバーを出入りした情報もすべて保管している。NSAは今回の報告書に参加しているが、FBIやCIAよりロシア犯人説に自信がない。NSAが保管する情報の中に、民主党サーバーからネット経由でメールの束が盗み出されたことを示すものがないからだ。メールの束はネット経由の窃盗でなく、民主党内部の誰かがUSBメモリなどで持ち出し、ウィキリークスにリーク(意図的に漏洩)した可能性が高い。 (Emails were leaked, not hacked)

 筋書き続き。トランプを中傷するロシア犯人説は、米諜報界による濡れ衣攻撃だ。諜報界が、まもなく上司になるトランプに濡れ衣攻撃をかけるのは自滅策だ。諜報界自身が進んでやるはずがない。オバマの命令でやらされている。オバマはロシアとトランプが嫌いだから攻撃しているのか??。ならばこんな土壇場でなく、トランプが勝つ前に攻撃開始すべきだった。オバマは逆に選挙直前、FBIがクリントンを再捜査するのを認め、トランプ勝利に加担した。オバマはトランプを敵視でなくこっそり支援している。 (土壇場のクリントン潰し) (Intel Chief Cites Phantom Evidence on `Russian Hacking')  911以来、米諜報機関は、軍産支配のための「ウソ発生機関」だ。リビアやシリア、イランなどに関し、諜報界が発するウソに悩まされ続けたオバマは、自分より強い立場で大統領になるトランプに、諜報機関の徹底改革や権限剥奪をやってもらいたい。オバマは、諜報界がトランプに取り入ってウソ発生機能が延命するのを防ぐため、諜報界をけしかけてトランプに対する自滅的な戦いに追い込んでいる。トランプは就任後、諜報機関の本部機能(=ウソ発生機能)を大幅縮小し、現場での情報収集中心の「現業機関」にする改革をやる予定だ。今後心配なのは、この動きを阻止したい諜報界が、かつてケネディを殺ったようにトランプを暗殺し、諜報界(軍産)の言うことを聞くペンス副大統領を大統領に昇格させ、トランプ革命が潰されることだ。筋書きここまで。以下本文。

▼クリントンを不利にしたメール暴露はロシアのしわざでなく民主党の内部犯行

 筋書きを考えた後で気づいたのだが、私はすでに昨年末、同じ筋書きの記事を書いている。12月26日の「トランプの就任を何とか阻止したい・・・」の後半がそれだ。毎日何十本かの英文情報をできるだけ精読し、そこから分析することに時間のほとんどを費やしていると、追想する余裕がなく、いったん配信を終えた過去の自分の分析についての記憶が奥の方に追いやられてしまう。私は多くの分野で、事前に気づかず同じような分析を何度も繰り返して書き、書いた後になって重複に気づく。そんな記事に価値があるのか??。価値判断は読者に任せる。読んでいない方は、まず12月26日の記事を読んでいただきたい。今回は、そこからの新展開を分析する。 (トランプの就任を何とか阻止したい・・・)

 昨年末からの新展開は、1月6日、CIA、FBI、NSA(信号傍受)という米諜報機関群が50ページの報告書を発表し、「露政府がプーチンの命令で、民主党のサーバーからメールをハックしてウィキリークスに暴露させ、トランプを勝たせた」と、正式に主張し始めたことだ。これに先立ち、オバマは12月29日に駐米ロシア大使館員を追放し、米露間の敵対が劇的に増した。米議会上院軍事委員長のジョン・マケインは「ロシアのハッキングは、米国の重要インフラに対する攻撃であり、戦争行為だ」と宣言し、米露が核戦争寸前であるかのような観が醸し出されている(オバマは最近、露敵視扇動のため、米国の選挙システムを「重要インフラ」の一つに指定した)。 (Assessing Russian Activities and Intentions in Recent US Elections) (U.S. evicts Russians for spying, imposes sanctions after election hacks) (McCain: Russian cyberintrusions an 'act of war')

 しかし、ロシア犯人説を主張する人々は、誰一人として説得力のある具体的な根拠を示していない。米露の敵対関係から考えて、露政府が米国の公的機関のサーバーに侵入を試みるのは、一般論としてありえる。だが民主党サーバーに露政府が侵入したとする主張には、ろくな根拠が示されていない。無根拠にロシアを犯人扱いし、濡れ衣をかけて戦争だと騒いでいる。かつてイラクに「大量破壊兵器保有」の濡れ衣をかけて侵攻し、イランに「核兵器開発」、シリアに「化学兵器使用」、ロシアに「ウクライナ東部への軍事侵攻」のそれぞれ濡れ衣をかけて経済制裁してきたのと同じ構図だ。濡れ衣はすべて、CIAや国防総省など諜報機関群によって作られている。米諜報界は911以来、濡れ衣戦争用の「ウソ発生機関」「歪曲捏造諜報機関」である。 (Purge the CIA They're a threat to the republic by Justin Raimondo)

 今回のロシア犯人説の報告書を出した諜報機関群のうち、CIAとFBIは報告書に万全の自信を持っているが、NSAは「控えめな(moderate)自信」しか持っていないと報告書に書かれている。NSAは、米国の多くのサーバーを出入りする情報をネット上でコピー(傍受)して保管・分析する諜報機関で、何者かが民主党のサーバーに侵入・窃盗したのなら、その際の信号のやり取りを保管しているはずだ。NSAが控えめな自信しか持っていないことは、NSAが民主党のサーバーに何者かが不正侵入した時の傍受記録を持っていないことを意味している。選挙前の重要な時期に、NSAが民主党サーバーを監視していなかったはずがない。記録の不在は、昨夏に誰も民主党のサーバーに不正侵入(ハック)していないことを示している。 (Here Is The US Intel Report Accusing Putin Of Helping Trump Win The Election By "Discrediting" Hillary Clinton) (RT stars in ODNI report on 'Russian activities and intentions' in US presidential election)

 その一方で、民主党サーバーにあった幹部のメールの束を、何者かがウィキリークスにわたした(アップロードした)のも事実だ。ウィキリークスが暴露したメールは本物だと米諜報界のトップが認めている。この両者を矛盾なく説明するには「メールの束は、外部からのネット経由の侵入によってでなく、ネットを経由しないかたち、たとえば内部のLAN経由でUSBメモリなどにコピーされて持ち出され、ウィキリークスにアップされた」と考えるのが妥当だ。ロシアのスパイが物理的に民主党本部に忍び込んだという話は出ていないので、可能性として高いのは、民主党内部の何者か(サンダース支持者とか)がクリントンを陥れるため、内部犯行としてウィキリークスにアップ(リーク)したことだ。ハックでなくリークである可能性が高い。 (Emails were leaked, not hacked)

 ロシアハック説は無根拠なのに、マスコミで喧伝されている。米マスコミは、諜報界と結託している。特にワシントン・ポストは今回、でっち上げの根拠に基づくロシア犯人説の報道を繰り返している。ワシポスは大晦日に「ロシアが米国の電力システムをハックした」とする記事を出したが、すぐにひどい誇張記事だとわかった。本土防衛省(HDS)からの指示で、バーモント州の電力会社が、社内の全コンピュータをウイルススキャンしたところ、電力システムにつながっていない孤立したPCの1台からマルウェアが検出された。そのマルウェアはロシアのハッカーがよく使うものなので、という理由だけで「ロシアが電力システムをハックした」という記事が書かれた。マルウェアは電力システム内で検出されていない、と後から電力会社が発表し、ワシポスは訂正的な記事を小さく出した。 (Russian operation hacked a Vermont utility, showing risk to U.S. electrical grid security, officials say) (More Bullsh*t Fake News from Washington Post) (Russia Hysteria Infects WashPost Again: False Story About Hacking U.S. Electric Grid) (WAPO Admits: Russia Didn't Hack US Electrical Grid)

 以前の記事で何度も紹介しているように、ワシポスはそれ以前に、諜報界が作ったと思われる「プロパオアネット」を根拠に「親ロシアなオルトメディアが偽ニュースを流してトランプを勝たせた」とする記事を出し、あとでインチキ性を認めるかのようにプロパオアネットから距離を置く追記を出している。これらから言えるのは、オルトメディアでなく、ワシポスのような米マスコミこそ「偽ニュース」「マスゴミ」ということだ。 (偽ニュースで自滅する米マスコミ) (トランプの就任を何とか阻止したい・・・)

 ワシポスは70年代のウォーターゲート事件で、諜報界からもらった情報でニクソンを批判する記事を出し「悪者」ニクソンを弾劾辞任に追い込んだ「英雄」だった。あれも今考えると、中国と和解し、金ドル交換停止でドルの基軸性を破壊し、次はロシアとの和解をやって米覇権体制を崩し、世界を多極化しようとしたニクソンに対し、米覇権を守りたい軍産諜報界が攻撃をかけて追放した暗闘に加担したのであり、ニクソン=悪、ワシポス(ジャーナリズム)=善の構図も、暗闘の一環として歪曲されたものだった。ニクソンを追放したせいで冷戦は、次の隠れ多極主義者であるレーガンの登場まで15年延長され、無用な戦争や対立が続いた。この構図の中で日本でも、ニクソンに同調して対中和解を進めた田中角栄が「ジャーナリズム」によって攻撃され、倒されている。ジャーナリズムを賛美する人々は、その悪質な善悪歪曲性、政治性に気づいていない軽信者たちだ。 (WashPost Is Richly Rewarded for False News About Russia Threat While Public Is Deceived)

▼トランプは諜報機関の政治力を削ぎ現業機関に戻す

 今回の「サイバー攻撃」をめぐるロシア敵視で重要な点は、敵視がロシアだけでなく、まもなく大統領になるトランプにも向けられている点だ。米国の軍産・諜報界・マスコミは、自国の大統領に「濡れ衣戦争」を仕掛けてしまっている。これは「クーデター」とまでいかなくても「反逆」であり、トランプは1月20日の大統領就任後、本格的な反撃を開始するだろう。トランプと親しい新聞NYポストや、イスラエル諜報系のデブカファイルによると、トランプは諜報機関の大幅な改革を計画している。トランプ陣営は、改革など計画していないと否定しているが、デブカによると、計画は事実だという。改革は、これまで諜報の歪曲や濡れ衣作りに専念してきた米国の各諜報機関の本部機能を大幅に縮小し、代わりに米国内外の現場での情報収集の機能を拡大するという、諜報機関の基本に戻すものだ。トランプ陣営は、諜報界が政治的になりすぎているので現業中心の組織に戻そうとしている。 (Trump wants to shake up the CIA) (Reports that Trump eyeing revamp of spy agencies are false: spokesman)

 デブカの記事は、他にも興味深いことを書いている。それは、トランプの側近とプーチンの側近がすでに話し合って決めた米露協調策の内容だ。トランプ就任後、米露が急に仲良くなることはしない。「蜜月状態」を演出せず、合意できる部分で協調しつつも、全体的にはライバル関係を維持する姿勢を相互がとる。まず取り組むのはシリアとイラクの内戦を協力して解決すること、つまりIS退治の進展と、パレスチナ和平だという。米露協調のIS退治は、前から予測されてきたことだ。イスラエルの入植地建設(=パレスチナ破壊)を支持するトランプがパレスチナ和平というのは奇異だが、米露協調といいつつ実態はロシア(や中国)に任せることならあり得る。 (Why Trump and US intel clash over Russia) (中東和平に着手するロシア)

 米露がライバル関係を維持するのは、多極型の新世界秩序を形成するという意味だろう。すでに多極型の世界になっているBRICSでは、ロシア、中国、インドなどが、相互に協力する一方で、ライバル関係を維持している。トランプは、米露間の不均衡状態を、均衡状態へと是正する、ともデブカは書いている。BRICSに象徴される多極型世界体制では、それぞれの極の力が均衡し、一つの極だけが強くて他を支配する状態にしない(それにより多極間の談合を維持する)ことが企図されている。デブカによると、プーチンはこれまで何度も米国に対し、合意できる点で協調しようと提案してきた。01年の911直後にはブッシュに「テロ戦争」への協力を申し出た。11年にはオバマにリビア安定化策への協力を申し出た。だがいずれも断られている。米国はトランプになって、ようやくまともな対応をしている。 (大均衡に向かう世界)

 米外交界の大御所(隠れ多極主義者)であるヘンリー・キッシンジャーが、トランプとプーチンの両方と親しいことを利用して、米露和解を仲裁しようとしているという話も最近よく目にする。英インデペンデント紙によると、ロシア軍がウクライナ東部から撤兵し、その見返りとして米国は対露制裁の理由となってきたロシアのクリミア併合を悪事でなく正当な行為と認める(対露制裁を解除する)という交換条件で、米露和解を実現しようとしている。「ロシア軍のウクライナ東部への侵攻」は、米欧マスコミで喧伝されてきたが事実でなく、ウソ発生機関(諜報界)と組んだマスゴミならではの偽ニュースだ。ロシアは最初から侵攻していない、つまりすでに撤兵している。米国が偽ニュースの発信をやめつつ(住民のほとんどがロシア帰属を望んできた)クリミアをロシア領と認めれば、米露和解が達成できる。 (Henry Kissinger has 'advised Donald Trump to accept' Crimea as part of Russia)

 トランプは、諜報界やマスコミを引き連れた軍産複合体による米国支配の構造を、根底から破壊しようとしている。軍産の傘下には「外交界」もある。外交界は諜報界と非常に近い(ほとんど同一な)存在だ。米国と同盟諸国において、外交官はウソ発生装置の一つである。彼らは非常に権威があるが、発言の多くは信用できない(ウソをつく演技が非常にうまく、多くの人が騙される)。トランプは、全世界の各国に駐在していた大使に、大統領に就任する1月20日に辞任して帰国するよう命じた。新たな大使たちの赴任には、米議会上院の承認が必要だ。多く国で、米国大使が数カ月間空席になる。通常、米大統領の交代に伴う大使の交代は、新大使の議会承認後に行われるので、いきなり全員を辞めさせるトランプのやり方は異例で乱暴だ。 (Trump denies grace periods to Obama’s ambassadors)

 だが、外交界が軍産の一部であり、トランプが軍産支配を破壊しようとしていること、それからトランプが米覇権体制を崩そうとしていることから考えると、トランプが同盟諸国など各国に米国大使がいない状態を作ることに、戦略的な意図があるとわかる。今後、米国と日欧など同盟諸国との関係が混乱するのは必至だ。しかしそれは、米覇権体制と米国の軍産支配を崩して多極化するための創造的な混乱になる。米国に見切りをつけた国から順番に同盟を外れ、きたるべき多極型世界に対応していく(フィリピンなどが先行、日本は最後部に属する)。 (No, Trump’s Dismissal of Obama’s Ambassadors Is Not an Unprecedented Crisis)

▼トランプの暗殺を防いでやるオバマ

 話をロシアハック説に戻す。今回、ロシア犯人説を扇動している張本人はオバマだ。オバマの今回のロシア敵視は長期策だ。前出のデブカの記事は「オバマは大統領終了後も、トランプ政権の4年間、ロシア敵視の姿勢を続け、トランプの対露協調政策に反対し続ける」と予測している。オバマは今ごろになって急にロシアとトランプが嫌いになったのか??。オバマは、シリアをロシアに任せることでロシアを強化したし、濡れ衣戦争を拡大する軍産支配を嫌う点でトランプと同じ気持ちだ。そのオバマが軍産(諜報界・マスコミ)をけしかけ、トランプ・ロシア敵視の稚拙な濡れ衣戦争をやらせている。全く奇妙だ。裏がある感じだ。 (Obama preps for post-presidency feud with Trump) (軍産複合体と闘うオバマ)

 むしろ私が見るところ、オバマは下野した後もトランプ敵視の主導役を引き受けることで、軍産(諜報マスコミ)を自分のまわりに引きつけ、軍産が下手くそな戦い方(すぐバレる濡れ衣を仕掛けるとか)をするよう仕向け、トランプと軍産の今後の戦いで軍産が負け、トランプが勝つよう「表向き敵視の隠れ後方支援」をやろうとしているようだ。この手の介入・後方支援がない場合、トランプが諜報界を解体した後、失業させられトランプを敵視する諜報界の残党が、米政府内に残っている残党と結託し、トランプの警備情報を入手して弱点を探り、トランプを暗殺しかねない。 (トランプが勝ち「新ヤルタ体制」に)

 諜報界は、暗殺の実行犯をやらせられるテロリストや過激派をエージェントとして多数持っている。ソ連と和解して冷戦構造(=軍産支配)を終わらせようとして殺されたケネディの二の舞になる。トランプが殺されると、大統領の地位は副大統領のペンスが継承するが、ペンスはもともと軍産系だ。ケネディが殺されてジョンソン副大統領が昇格し、軍産の言いなりでベトナム戦争を泥沼化したように、ペンスが昇格したら米国は濡れ衣戦争三昧に逆戻りする(泥沼化して数年後に覇権崩壊するだろうが)。こうしたトランプのケネディ化を防ぐため、オバマがトランプを敵視する演技をやり続け、反トランプ勢力を管理し弱体化し続けるのだろう。 (Agency Makes Veiled Threat Against President-elect)

 諜報界の側では、トランプの顧問をしていたジェームズ・ウールジー元CIA長官が、独自の発案で諜報界とトランプを和解させようとしている。ウールジーは先日「ロシアだけでなく、中国やイランも米国をサイバー攻撃している。事態は複雑で、一筋縄でない」と発言した。同時に、トランプの顧問を辞めるとも発表した。この意味するところは「トランプの対露和解を妨害しないよう、諜報界は中国やイランへの敵視を強める(トランプは中イラン敵視姿勢だ)。その代わりトランプは諜報界を破壊しない、という交換条件でどうだ」という提案と読める。ウールジーは、トランプの顧問を辞めてみせることで、諜報界の味方であることを示そうとしたのだろう。しかしおそらく、この独自案も、オバマが諜報界のロシア敵視を扇動する力にはかなわない。 (It's Not Just The Russians: Ex-CIA Chief Claims "More Than One Country Involved" In US Hacks) (中国の台頭容認に転向する米国)

 諜報界や軍産は、実態が不明だが、これまでの歴史から考えて、彼らが戦後の米国覇権を支配してきたのは確かだ。トランプは、彼らを破壊しようとしている。これまで多くの大統領が彼らと格闘してきた。トランプは、その集大成をやろうとしている。それが成功失敗どちらになっても、世界は今後の数年間、トランプと軍産の戦いを軸に激動する。今年は戦後最大の政治激動の1年になるとユーラシアグループが予測している。マスコミは、トランプと軍産の戦いについてをほとんど(日本では全く)報じないだろうが、米国などのオルトメディアを読めば、ある程度のことはわかりそうだ。今後も私の記事は、この暗闘や、その結果進む多極化など、世の中の一般常識からかけ離れた分析を繰り返すことになる。 (It's the `Most Volatile' Year for Political Risk Since WWII, Eurasia Group Says)



⑯(得体が知れないトランプ)
      2016年9月16日   田中 宇
      http://tanakanews.com/160916trump.php

 米大統領候補のドナルド・トランプが、元CIA長官のジェームズ・ウールジーを、安全保障問題の顧問として招き入れた。ウールジーは、ビル・クリントンの時代にCIA長官をやった民主党系で、石油利権や軍産複合体の人だ。911後、共和党系のネオコン(新保守主義者)と一緒に「イラクに侵攻してフセイン政権を倒すべきだ」と主張し、03年のイラク侵攻を実現させた勢力の一人だ。彼は911直後、CNNで「これからテロ戦争が(冷戦と同じ長さの)40年は続く」と述べ、911が「第2冷戦」であると早々と示した(彼は冷戦を「第3次世界大戦」、テロ戦争を「第4次世界大戦」と呼んだ)。 (Donald Trump Secures Former CIA Chief Woolsey as Adviser) (R. James Woolsey Jr. From Wikipedia)

 トランプは、イラク侵攻を愚策・大惨事と強く批判し、軍産の中心であるNATOを「時代遅れの組織」と呼ぶ、軍産敵視の人だ。軍産を代表してブッシュ政権に巣食い、イラク侵攻を引き起こしたネオコンは、軍産敵視のトランプが大嫌いだ。共和党がトランプに乗っ取られたので、ネオコンは民主党に鞍替えし、クリントンを支持している。トランプは、以前の顧問団の説明によると、国際的な敵対を扇動する軍産複合体と正反対の、非合理な敵対構造を外交によって崩して和解で外交問題の解決する「リアリスト(現実主義)」の戦略を持つ。リアリストのはずのトランプが、軍産やネオコンに属してイラク侵攻を扇動したウールジーを安全保障の顧問として招き入れるのは、意外なことだ。「トランプを、反軍産のリアリストだと思って支持した人は騙されたぞ」という指摘が出ている。 (Wise Up, Folks) (ニクソン、レーガン、そしてトランプ) (Former Clinton-Era Intelligence Director Woolsey to Advise Trump)

 ウールジーは、もともと民主党支持なのにトランプの顧問になる理由について、トランプが防衛費の急増を約束しており、福祉を重視して防衛費を増やしたがらないクリントンよりましだと考えたからだと言っている。たしかにトランプは、軍産を敵視し、NATOや在日・在韓米軍の撤退を語る一方で、防衛費の急増を春先から何度も約束している。 (Woolsey: Trump won't 'blab' national security secrets)

 トランプは、軍産嫌いのはずなのに軍産の代理人ウールジーを顧問にした。経済政策の面でも、同様のことが起きている。トランプは、自由貿易体制や、TPPやNAFTAといった自由貿易圏によって、米国の雇用が中国や日本、メキシコなどの諸外国に奪われていると主張し、自由貿易圏を否定し、保護主義的な貿易体制を支持している。だが、8月にトランプの経済政策の顧問として選ばれた、ヘリテイジ財団の経済分析者であるスティーブン・ムーアは、自由貿易論者として知られている。ムーアは、規制を全廃して市場原理のみを重視した方が経済発展を実現できると主張するサプライサイド論者(市場原理主義者)でもある。「トランプは、ムーアのことを何も知らずに経済顧問に選んでしまったのでないか」と指摘されている。 (Does Donald Trump Know Anything About Stephen Moore?)

 ムーアは7月、市場原理主義者を集めた会合で、トランプ陣営の経済戦略について語った。それによると、トランプが政権をとったら、市場原理主義に基づいて米政府のエネルギー省、商務省、教育省を廃止し、政府が貧困家庭に出している救済金も廃止する。米国内の、石油ガスや鉱山の開発に絡むすべての規制を撤廃し、シェールの石油ガス掘削時のフラッキング(環境破壊が問題になっている)も自由化する。トランプが雇用創生を約束したラストベルト(ミシガン州などすたれた製造業地帯)の失業者たちには、石油開発の設備を製造する仕事が与えられるという。 (Behind Closed Doors, Donald Trump's Adviser Explains His Real Economic Plan) (米大統領選と濡れ衣戦争)

 これは要するに、米共和党における強い勢力である、レーガン以来の市場原理主義者と、(かつてのブッシュ家に象徴される)石油利権の業界にとって非常に好都合な政策だ。トランプ陣営が全体で決めた政策というより、市場原理主義者であるムーア個人がトランプにやらせたいことを並べた感じでもある。世界経済が悪いので、国際石油価格は来年まで1バレル50ドル以下の安値が続きそうで、米国の石油産業は利益を出せない。規制緩和を強めても、石油ガス産業で米経済の全体を蘇生させるのは無理だ。この策でラストベルトの失業者を吸収できるという話は、いかがわしい空論だ。 (Global oil glut to last into 2017 — IEA) (シェールガスのバブル崩壊) (米サウジ戦争としての原油安の長期化)

 トランプの安保政策の顧問になったウールジーが象徴するネオコンの戦略と、経済政策の顧問になったムーアが打ち出している市場原理主義と石油利権の戦略を合体させたものが、トランプが当選した場合の米国の次期政権の政策であるとすると、それは、イラク侵攻やリーマン危機につながる経済破綻、貧富格差急拡大を生み出した、かつてのブッシュ政権の政策と、かなり似たものになる。

 トランプが草の根から席巻し、大統領候補になることが決まった7月の共和党大会は、同時に、ジェブ・ブッシュが立候補をあきらめ、共和党におけるブッシュ家(石油利権)の影響力が失われた時でもあった。ブッシュ家など、軍産や石油利権といった主流派の支配を打ち破ったところから、トランプの新戦略が出てきているはずだった。だが、実のところトランプはブッシュの再来でしかないのか?、と思える事態が、選挙まで2か月を切り、クリントンが健康不安やメール、献金の疑惑で自滅していくかもしれない今になって出現している。 (Late Stage Lying: Pneumonia Theory vs. Parkinson's Disease Theory; Doctors Chime In)

▼戦略を明示しないのがトランプの戦略。だから得体が知れない

・・・とはいうものの、トランプが当選後どんな政策を実際に進めるか不透明だ。トランプは、軍事費の急増、大規模な減税、オバマケア(健康保険制度)の廃止、TPPやNAFTA見直し、雇用創設、ロシアと関係改善してテロ退治、同盟諸国への軍事負担増の要求など、政策の断片を語っている。だが、政策の全体像を詳細に語っていない。 (Trump Needs Foreign Policy)

 クリントンは従来型の候補で、軍産などからの政治献金も多く、これまでの米政界の流れに沿って政策を出しているが、トランプはもっと型破りだ。自己資金なので資金的なしがらみがなく、政策の詳細を公約せず、大きな裁量を残したまま当選することを狙っている。敵に知られないのが強い戦略だと、孫子も言っている。民主主義に反しているが、同時に、軍産や石油利権など、米政界に巣食う圧力団体の介入を受けずに大統領になることで、従来のゆがんだ政治から脱却できる。

 軍産複合体や石油利権の代理人を政策顧問にしても、彼らの主張がそのまま当選後の新政権の政策になるわけでない(なるかもしれないが)。ウールジーやムーアを顧問にすることで、トランプは、これまであまり協力を得られなかった共和党の主流派に対し「あなた方が好む政策をやりますよ」というメッセージを送ったのだろう。草の根からの支持を集めて当選を狙うトランプは、党の主流派が持っている集票装置に頼る必要がないとも言える。だがマスコミは、クリントンを好印象で、トランプを悪い印象で報じる傾向が強い。 (米大統領選挙の異様さ) (Under President Trump, US economy to shrink $1 trillion: Oxford Economics)

 グーグルも、ネットの検索結果がクリントンに有利になるように取り計らっていると指摘されている。グーグルは、検索結果を操作し、人々を洗脳することで、本来トランプに入れそうな300万人の有権者を、クリントンに投票させることができるという。マスコミやグーグルは、軍産の一部だ(グーグルは軍産・諜報界を支配しているともいえる)。トランプが共和党の主流派から本格的な支持を得れば、これまでのようにマスコミやグーグルがクリントンを有利にする歪曲行為がなくなり、クリントンの優勢を引き剥がし、トランプ当選に持ち込める。その意味で、ウールジーやムーアを顧問にすることがトランプにとって重要だ。 (Research Proves Google Manipulates Millions to Favor Clinton) (覇権過激派にとりつかれたグーグル)

 米国の次期政権が、軍産や石油利権に支配されてしまう可能性はある。第二次大戦後の米国の政権は、常に、軍産支配との戦いだった。軍産に取り込まれてひどい戦争(ベトナム、イラク)をしてしまう時もあるし、ひどい戦争からの脱却を口実に覇権の多極化を進め、軍産の支配力を削げる時(ニクソン訪中、冷戦終結、シリアをロシアに任せる)もある。軍産との暗闘は、来年からの政権でも変わらない。 (軍産複合体と闘うオバマ)

 トランプとクリントンの政策を比べると、貧困層にとってはクリントンの方が良い政策を出している。クリントンは、オバマケアの国民皆保険制度を改善すると言っているが、トランプは廃止すると言っている。オバマケアは、すでに失敗している(請け負った保険会社が損失しか出せず、どんどん抜けている)が、健康保険制度がなくなると、困るのは貧困層だ。ウールジーが批判するとおり、クリントンは軍事より福祉を重視している。しかし貧困層は、今の選挙戦終盤になって、従来の民主党支持をやめてトランプ支持に変える傾向になっている。自分らがさらに貧しくさせられるのに、そうとも知らずに「変化」を重視してトランプ支持に回る。安倍政権を支持した末に貧困に突き落とされている日本人と同じだ。民主主義なので自己責任だ。 (Trump Proposes Repealing Obamacare)

 対照的に、トランプの特長は、米国のエリート支配の詐欺性を暴露していることだ。米連銀が、米国の実体経済を改善するとウソをついて金融界だけを延命させる金融バブル膨張策をやっていること、いずれひどい金融危機が起きることを、トランプは鋭く指摘し続けている。この点で、トランプと元連銀議長のグリーンスパンは、ほとんど同じことを言い続けている。クリントンは「中央銀行の政策に介入するのは悪いことだ」と、教科書通りの今や陳腐になった理屈でトランプを批判するばかりだ。トランプは、今年中の連銀の利上げはないと言っている。 (Greenspan: "Crazies May Undermine The Country") (Trumps Slams "Totally Politically Controlled" Fed, Sees No Rate Hike Until Obama Has Left) (いずれ利上げを放棄しQEを再開する米連銀)

 NATOや日韓米軍など、軍産が作るプロパガンダの構図も、トランプは指摘し続けている。軍産による米国支配は、日韓や西欧諸国など、米国にぶら下がる同盟諸国が軍産を後押ししているので続いている。トランプは、同盟諸国に厳しいことを言って振り落とし、軍産支配を脱却しようとしている。「兵器を(米国からでなく)中露から買う」と言い出したドゥテルテ大統領のフィリピンや、中露への接近を強める英国など、すでに同盟諸国の離脱が始まっている。トランプが勝つと、この流れに拍車がかかる。 (世界と日本を変えるトランプ) (ロシアと和解する英国)

 トランプは、ロシアと和解して米露でISISやアルカイダを退治すると言っている。これは、すでにオバマがやっていることだ。先日のシリア停戦をめぐる米露外相会談で、テロ退治の米露協調が強まった。オバマは、国防総省(軍産)の反対を押し切って対露協調を決めた。パウエル元国務長官によると、オバマとクリントンは仲が悪い。オバマの真の後継者は、クリントンでなくトランプだ。 (Newly Leaked Colin Powell Emails Confirm Clintons And Obamas Can't Stand Each Other)



⑰(偽ニュース攻撃で自滅する米マスコミ)
      2016年12月1日   田中 宇
      http://tanakanews.com/161201fakenews.htm

この記事は「マスコミを無力化するトランプ」の続きです。

 米国で、大統領選挙が終わると同時に「偽ニュース」(フェイクニュース、fake news)をめぐる騒動が始まっている。ことの発端は、大統領選挙でクリントン支持の政治団体やマスコミが、フェイスブックなど大手ソシャルメディアが偽ニュースへのリンクを規制しなかったので、クリントンが不正に負けてしまったと(負けおしみ的に)批判したことだ。 (Faceless monitors judge fake news on social media) (Using fake news against opposing views)

 クリントン支持者によると、選挙戦の末期にかけて、クリントンが病気であるかどうかなど、事実無根なことを書いた報道文や報道解説文の体裁をとった偽ニュースのページがウェブ上に出現し、それがフェイスブックなどを通じて猛烈に拡散され、米有権者の中にそれを信じる人が増えた。偽ニュースの多くは、ロシア人や米国人などのトランプ支持者が書いており、選挙不正なのでフェイスブックなどは偽ニュースのページへのリンクを禁じるべきだったのにそれをせず、不正なトランプの勝利を看過したと、クリントン支持勢力が主張している。 (`Fake News', `Post-Truth' and All the Rest) (Facebook's Mark Zuckerberg Finally Details Fake News Countermeasures)

 偽ニュースの執筆者は、クリントンを落選させるためでなく、偽ニュースのページに広告をつけ、広告収入を得ることが目的だったという指摘もある。今回の米大統領選挙では、米マスコミのほとんどがクリントン支持で、トランプを誹謗中傷する傾向も強かったため、トランプ支持者はマスコミを信用できなくなり、マスコミ以外のネット上の書き込みなどを情報源として重視した。ソシャルメディアで誰かが紹介した偽ニュースのページビューは異様に急増し、執筆者は多額の広告収入を得た。 (Fake news network 'tried to write fake news for liberals — but they just never take the bait.')

 フェイスブックからリンクされた外部ページの広告からの収入は、外部ページの執筆者とフェイスブックの両方が得る折半方式になっている。偽ニュースはネットでしか読めないため、人々が驚くような内容だと、本物のニュースに比べてクリック数が急増する。偽ニュースは、本数でみると少なくても、クリック数に比例しがちな広告収入が多くなる。選挙期間中のフェイスブックのニュースの閲覧数は、偽ニュースと本物ニュースがほぼ同じで、このためフェイスブックは偽ニュースへのリンクを切らなかったのだと指摘されている。 (Does Facebook Generate Over Half Its Revenue From Fake News?) (Inside a Fake News Sausage Factory: `This Is All About Income')

 批判に対してフェイスブックは、偽ニュースと言われるものの中には、その時点で事実かもしれないと思われる情報を含んでいるものが多く、いちがいに「意図的なウソ」と断定してリンクを断絶できないと弁明している。たしかに、クリントン陣営は病気説を「ウソ」と一蹴したが、クリントンは911の集会に参加した際に具合が悪くなって退席し、病気説に対する信憑性が高まった。病気説は偽ニュースでなく事実性を含んだ「疑惑」である。疑惑に便乗した「〇〇に違いない」という言説は多いが、その手の言説はトランプに対する非難中傷の中にも多い。米国のマスコミが発するロシア批判記事の多くも、濡れ衣や誹謗中傷であり、親露・親トランプの文書が偽ニュースなら、反露・反トランプの文書も偽ニュースである。 (Facebook's Fake News Crackdown: It's Complicated) (NY Times Attacks Trump's Twitter Account As Fake News While Lying About Ivanka)

▼トランプ当選で台頭する非主流派サイトを攻撃して自己救済するつもりが逆効果になる??

 誰が偽ニュースを流しているか、偽ニュースの定義について、当初は曖昧で、ロシアやマケドニアなどの親ロシアな人々が書いているとも言われていた。だがその後、米国の偽ニュース騒ぎは、米国内でマスコミやエスタブリッシュメント、軍産複合体、金融支配などに対する批判を展開している、特に右派の非リベラル、反リベラルな言論人のウェブサイトを標的にするようになった。エスタブ・軍産リベラル系のマスコミや言論人が、言論上の自分たちのライバルに「偽ニュース」のレッテルを貼って非難する動きに変質した。オバマ大統領も、偽ニュース批判を発している。 (Fake news website From Wikipedia) (Harsh truths about fake news for Facebook, Google and Twitter) (Here's why “fake news” sites are dangerous) (Obama Joins The War Against “Fake News”)

 米マサチューセッツ州のリベラル派の大学教員メリッサ・ジムダース(Melissa Zimdars)は大統領選挙の直後、人々が信じるべきでない偽ニュースのウェブサイトとして100以上をリストアップして発表した。その多くが、リベラルに対抗する右派のサイトだったため、この発表は大統領選に負けたリベラルが、勝った右派に復讐的な喧嘩を売っているのだとみなされ、右派の言論サイトで話題になった。 (Assistant professor Melissa Zimdars compiles list of fake news sites) (False, Misleading, Clickbait-y, and/or Satirical “News” Sources) (Zero Hedge Targeted On Liberal Professor's List of "Fake News" Sources)

 さらに、11月24日には、ワシントンポストが大々的な扱いで、ロシア政府系と、親露的な米国右派のニュースサイトが偽ニュースを流しまくった結果、トランプが勝ってしまったと指摘する記事を出した。記事は「専門家たちがこのように指摘している」という体裁で書かれており、その「専門家集団」の一つとして「プロパオアネット(プロパガンダじゃないのか) www.propornot.com 」というサイトが引用されている。同サイトは、RTやスプートニクといった露政府系サイトや、ゼロヘッジ( zerohedge.com )、ロンポール( ronpaulinstitute.org )、ポールクレイグロバーツ( paulcraigroberts.org )、グローバルリサーチ( globalreserch.ca )、ワシントンズブログ( washingtonsblog.com )、infowar.com、veteranstoday.com、activistpost.com といった、主に米国の右派系の著名なニュース解説サイトを、偽ニュースを流しトランプを不正に勝たせたロシアのスパイとみなして列挙している。 (Russian propaganda effort helped spread `fake news' during election, experts say) (Is It Propaganda Or Not?)

 興味深いのは、ワシントンポストのこの記事の主張の大きな根拠となっているプロパオアネットが、最近できたばかりの、正体不明なサイトであることだ。記事中で同サイトが発する主張は、すべて匿名で行われている。権威あふれる(笑)ワシポスが、トップ級の記事で依拠するには、あまりにチンケな、それこそ陰謀系のサイトだ。同サイトがロシアのスパイサイトとして列挙した上記のゼロヘッジやロンポールなどは、以前から的確な指摘や分析を発し続けている。その質はワシポスやNYタイムス、WSJ、FTなどのような権威あるマスコミと十分に互角か、時によっては、プロパガンダに堕しているマスコミより高度で、非常に参考になる分析をしている。 (Bait & Switch- Fake News, PropOrNot, the Real Inform & Influence Operation) (The Reality of Fake News)

 ワシポスやNYタイムスは、イラク侵攻以来、米政府の過激・好戦的な濡れ衣戦争の道具になりすぎ、歪曲報道が増えて、読むに耐えない記事が多くなって久しい。FTも(日本を代表する歪曲新聞である)日経の傘下になってから、明らかにプロパガンダな感じの記事が増え、質が落ちている(WSJは、昔から極右的だが悪化しておらず、わりと良い)。このようにマスコミの質が落ちるほど、上記のゼロヘッジやロンポールなど米国の非主流派のニュースサイトが、多くの人に頼りにされ、必要性が高まっている。 (The Mainstream Media Has Only Itself To Blame For The "Fake News" Epidemic) (The REAL FAKE NEWS exposed: '97% of scientists agree on climate change' is an engineered hoax ... here's what the media never told you)

 日本では非主流のニュースサイトがない。日本語のネットの有名評論サイトのほとんどが、マスコミと変わらぬプロパガンダ垂れ流しだ。だから日本人はマスコミを軽信するしかなく悲惨に低能だが、米国(など英語圏)にはマスコミを凌駕しうる非主流サイトがけっこうあり、これらを読み続ける人々は、ある程度きちんとした世界観を保持しうる。だから米国は、トランプのような軍産支配を打ち破れる人を大統領に当選させられる。  RTやスプートニクといった露政府系のニュースサイトは、欧州や中東を中心とする国際情勢について、ワシポスなどより信頼できる報道をしている。人々は、米マスコミが自滅的に信頼できなくなったので、RTやスプートニク、イラン系のプレスTVなどを見て、的確な情報を得ようとしている。それらをまるごとロシア傀儡の偽ニュースとみなすワシポスの記事は、ライバルをニセモノ扱いして誹謗中傷することで、歪曲報道の挙句に人々に信用されなくなったワシポス自身を有利にしようとする意図が見える。 (`Fake news' & `post-truth' politics? What about those Iraqi WMDs?) ('Fake news' isn't the problem — mainstream news with an agenda is)

 しかし、そのライバル潰しで信頼回復を目的にした今回の記事の信憑性を、匿名だらけの怪しいプロパオアネットに依拠してしまったのは、あまりにお粗末で、突っ込みどころが満載だ。ゼロヘッジやロンポールは、さっそく売られた喧嘩を買い、ワシポスなど主流派マスコミこそ劣悪な偽ニュースだと逆批判している。元下院議員でリバタリアン政治運動の元祖であるロンポールはまた、今回のような主流派マスコミによる非主流派メディア・言論人に対する誹謗中傷濡れ衣的な攻撃は、今後まだまだ続くとの予測を発している。 (REVEALED: The Real Fake News List) (uspol Ron Paul Lashes Out At WaPo's Witch Hunt: "Expect Such Attacks To Continue") (Is "Fake News" The New 'Conspiracy Theory'?)

 ワシポスの今回の攻撃記事は、すでにマスコミが非主流メディアより信頼の低い弱い立場になってしまっていることを示している。マスコミが今回のような過激で稚拙なやり方で、ライバルの非主流派メディアを攻撃し続けるほど、マスコミ自身の信頼がさらに下がり、知名度が低かった非主流派メディアへの注目度や信頼性を逆に高めてしまう。ワシポスの記事のアイデアを誰が考えたか知らないが、今回のやり方は、稚拙な好戦策を過剰にやって米国覇権(軍産複合体)を自滅させた隠れ多極主義的なネオコンと同様、稚拙なライバル中傷を過剰にやって、軍産の一部であるマスコミを自滅させようとする隠れ多極主義的な策に見える。 (The Fake News Fake Story) (Glenn Greenwald Condemns Washington Post's "Cowardly Group Of Anonymous Smear Artists")

 マスコミ(など軍産)と、軍産マスコミを批判してきた非主流派メディア・言論人との戦いは、ロンポールが言うとおり今後も続きそうだ。だが、すでに軍産マスコミは、トランプの当選によって、権力から蹴落とされている。トランプと非主流派は、一心同体でない。両者は、米国のテロ戦争やロシア敵視、NATOや日韓との同盟関係を愚策とみなす点で見解が一致するが、そこから先は対立事項も多い。トランプは軍事費の急増を主張し、米国の馬鹿げた戦争にむしろ加担しそうに見える。非主流派は、米連銀などが進めるバブル膨張による金融システムの延命策に反対しているが、トランプは財務長官などの要職に米金融界の人間を任命し、バブル膨張策に反対しそうもない(故意に膨張させて崩壊させ、多極化を前倒しする策か??)。 (◆得体が知れないトランプ)

 これらの齟齬があるものの、トランプはおそらく、マスコミなど軍産を権力の座から蹴落とし、軍産を冷遇し続けて潰そうとしている(軍事費急増は目くらましかも)。トランプ政権の今後の8年(たぶん再選される)で、マスコミやNATOなど軍産は大幅に無力化されるだろう。世界の覇権構造はぐんと多極化する。最終的に、米国の覇権と軍事費は大幅に減る。多極化へのハードランディングとなる金融バブル再崩壊もおそらく起きる。非主流派の言論人たちが予測分析してきたような事態を、トランプが具現化することになる。 (The Fake Epidemic of Fake News) (Fake Science News Is Just As Bad As Fake News)

 米国で偽ニュースが騒がれ出したのとほぼ同時に、欧州ではドイツのメルケル首相が、ロシア敵視の一環として偽ニュース批判を強めた。欧州議会は偽ニュースの発信者としてロシアを非難する決議を出した。欧州において、トランプ陣営は、メルケルと敵対する独AfD、仏ルペンなど、極右や極左の反EU・反移民・親露な草の根ポピュリスト勢力を支援している。マスコミ(軍産エスタブ)とトランプ系の米国の戦いは欧州に飛び火し、メルケル(軍産エスタブ)と極右極左との戦いになっている。米国では、最終的なトランプ系の勝利がほぼ確実だ。欧州でも、メルケルは来夏の選挙に向け、どんどん不利になっている。メルケルは、負けそうなので危機感から偽ニュース攻撃を武器として使っている。米国でも欧州でも、偽ニュースを使った喧嘩は、ニュースをめぐる議論でなく、追い込まれたエスタブの最期の反攻・延命策の一つになっている。 (Merkel Declares War On "Fake News" As Europe Brands Russia's RT, Sputnik "Dangerous Propaganda") (EU Parliament Urges Fight Against Russia's 'Fake News') (Germany is worried about fake news and bots ahead of election)



⑱(まだ続く地球温暖化の歪曲)
      2015年2月16日   田中 宇
      http://tanakanews.com/150216warming.htm

 1月中旬、米国政府で気候を担当する海洋大気局(NOAA)や航空宇宙局(NASA)が、2014年の世界の平均気温は、気温の記録をとり始めた1880年以来最も高かったと発表した。史上最高気温の年は過去10年間に05年と10年の2回あったが、昨年はそれらを上回って史上最高だったという。 (2014 was Earth's hottest year on record)

 その発表から数日後、英国のテレグラフ紙に、NOAAやNASAが発表した「史上最高平均気温」の根拠となった気温データが、生の気温データに「調整」を加えて気温がしだいに高くなっているように見せる仕掛けがほどこしてあると指摘する記事が出た。地球温暖化をめぐるデータの粉飾について、以前から指摘していたクリストファー・ブッカー(Christopher Booker)が書いた。 (Climategate, the sequel: How we are STILL being tricked with flawed data on global warming)

 記事によると、地表気温の世界的な変動を研究している世界の3つの公的機関は、米国のNOAAとNASA(傘下のゴダード研究所。GISS)、英国のイーストアングリア大学という米英勢で、いずれも地球温暖化人為説を強く主張している。3機関はいずれも、NOAA傘下のGHCN(Global Historical Climate Network)という気温データベースを、唯一の世界の地表気温の元データとして使っている。

 GHCNが収録する気温の測定地点は以前、1万2千地点ほどあったが、温暖化問題が騒がれ出した1990年ごろを境に、6千地点以下に半減した。残った地点の多くは都市の周辺にあり、ヒートアイランド現象など温室効果ガス以外の要因で気温が上昇傾向にある地点が多い。温室効果ガスによる人為説を検証するには、都市化していない田舎の観測地点が多いほど良いが、GHCNのデータベースからは、まさに温室効果ガスが問題にされ出した時に、田舎の観測地点がたくさん削除された。田舎の観測地点の喪失を埋めるため、気温が田舎より最大で2度C高い都市周辺の観測データを田舎にも適用する手法がとられた。この操作(歪曲)を考慮するだけで、温室効果ガスの影響を全く考えなくても、1990年以来の世界の平均気温の測定値の上昇を説明できてしまう。 (GLOBAL WARMING? ONLY THE DATA IS HEATED)

 さらに、都市周辺の観測点が増えたことによるデータの偏向を修正するためと称して、生データに調整を加えることが行われた。気温が高めに測定される都市周辺のデータばかりが残ったのだから、調整は本来、最近の温度を低めにする方向で行われるべきだが、実際の調整は正反対で、昔の気温データを低めにして、最近の気温を高めにする方向、つまり気温が右肩上がりで上昇するグラフを描くのに好都合な方向で行われた。 (Report: Temperature Data Being Faked to Show Global Warming)

 気温が高めに測定される都市周辺の測定地ばかり残し、それを修正すると称して、やるべき方向と逆の、最近の温暖化を捏造する方向の調整を行った。気温のグラフが右肩上がりになり、05年、10年、14年と、何度も平均気温の最高値が更新されるのは当然だった。 (The fiddling with temperature data is the biggest science scandal ever)

 テレグラフの記事は、温暖化問題を分析するポール・ホームウッド(Paul Homewood)が見つけた指摘を紹介している。世界的に見て気温の上昇が大きいとNOAAなどが指摘した地域の一つが中南米の東部だが、このうちパラグアイを選んで調べると、都市化の影響を受けない田舎の観測地点は3つのみだ。その3地点の気温の変化を見たところ、GHCNの生データでは1950年代以来の65年間、気温が低下傾向だったが、GISSが調整した後のデータでは、65年間、気温が上昇傾向にある。寒冷化の傾向を「調整」によって温暖化の傾向に歪曲している。 (Massive Tampering With Temperatures In South America)

 地表で測定した気温データから地球温暖化を主張している米英3機関のうち、英国のイーストアングリア大学の気候研究所(CRU)は、2009年に研究者たちが平均気温の上昇を歪曲していたことがハックされたメールの束から暴露された「クライメートゲート」事件を起こしたことで知られている。この事件を機に、温暖化問題の歪曲が広く認知されて人為説の誇張が終わると思いきやそうならず、今回のテレグラフの記事が指摘するように、温暖化の歪曲はいまだに堂々と続けられている。地表の気温観測でなく、人工衛星を使った大気温の推定値から気温の変化を研究している公的機関も米国に2つあるが、そちらのデータでは気温の上昇が起きていない。 (地球温暖化めぐる歪曲と暗闘(1)) (地球温暖化めぐる歪曲と暗闘(2))

 テレグラフの記事は、今の時期が長期的に見て、200年前に小氷河期が終わった後の循環的な温暖化の傾向の終わりの時期にあり、だから気温が横ばいか、やや低下傾向にあるとする説を紹介している。循環的な温暖化の傾向があった最後の時期といえる90年代に、京都議定書を素早く世界的に合意してしまえば、温暖化対策の世界的枠組みが確定し、後から実は温暖化も人為説も間違いだとわかっても時すでに遅しで人為説が政治的に勝利していたかもしれないが、京都議定書は米国の反対で頓挫し、温暖化問題は乱闘期に入った。 (乱闘になる温暖化問題)

 米フォックスニュースが、温暖化人為説に疑問を持つ分析者の話として報じた記事によると、NOAAやNASAは、過去の平均気温全体を見直す調整を何度も行っており、そのたびに昔の気温が低めに、最近の気温が高めに変更(偏向)され、温暖化傾向の粉飾に拍車がかかっている。人為説を主張する学者は「懐疑派は、あら探しして細かい点ばかり攻撃しており、地球が温暖化しているという大きな現実を無視している」と言う。しかし、細かいと見せかけた「調整」が、実際に起きていない温暖化傾向のグラフを描く結果を生んでいるのだから、懐疑派の指摘は軽視すべきものでない。 (Hottest year ever? Skeptics question revisions to climate data)

 今年に入り、ブルームバーグ通信社も、発表されている温暖化傾向に疑問を呈し、実際は寒冷化が起きているのでないかとする記事を出している。米英マスコミで、温暖化と人為説に否定的な論調の記事が出るのはめずらしいことでなくなっている。 (Forget That Warm Weather Talk: U.S. Is About to Get Cold) (Media Go Into Panic On How To Spin Record Cold)

 地球温暖化問題は、科学でなく、国際政治の問題だ。科学の問題なら、気温データに粉飾的な調整を加えて横ばい(寒冷化)の傾向を温暖化に歪曲するのは犯罪だが、国際政治の問題なので、かなり暴露しても犯罪とみなされない。歪曲は、国際的な学界とマスコミのプロパガンダ機能を使って行われている。国際政治のプロパガンダ機能は、いったん走り出すと方向転換が難しい。米国は、同様のプロパガンダ機能を使って「大量破壊兵器」の濡れ衣をイラクやイランなどの敵国に対して相次いでかけ、後から濡れ衣が暴露されているが、濡れ衣をかけたことが犯罪とみなされず、いまだにイランには濡れ衣がかけられたままだ。 (失効に向かう地球温暖化対策)

 温暖化人為説は、米英が同盟国だった90年代に、もうあまり工業生産の二酸化炭素を出さず、省エネ技術も進んでいる先進諸国が、これから二酸化炭素を出す工業発展を行って経済成長する中国など新興諸国から、成長の儲けの一部をピンハネしたり、先進国の省エネ技術を新興国に買わせるための枠組みとして、おそらく英国の発案で始まった。世界の気温を分析して温暖化人為説を唱える5つの公機関のすべてが米英の機関であることから、それがうかがえる。米国側の発案なら、英国の機関を推進役に含めないはずだ。米英がG7などを通じて温暖化対策の必要性を先進諸国内で定着させ、先進国が京都議定書で模範を示した後、新興諸国を枠にはめる予定だった。 (地球温暖化の国際政治学)

 しかし米国の議会は、この英国産の謀略を拒否し、京都議定書を批准せず、最終的に無効化した。米国では共和党が温暖化対策に反対の傾向を続けた。米政府は、民主党のオバマ政権になって温暖化対策を積極的に推進したが、オバマは英国を捨てて中国を温暖化対策の主導役の伴侶に選んだ。09年末のCOP15以来、先進諸国の代表である米国と、新興・途上諸国の代表である中国がわたりあう構図が中心になった。 (新興諸国に乗っ取られた地球温暖化問題)

 中国は表向き、米英が捏造した温暖化人為説の構図に異議を唱えていない。しかし、まだ工業生産による経済発展の時期が続く中国やBRICSは、捏造を下敷きにした温暖化対策を本気でやりたくない。本気で異議を唱えるなら、中国などBRICS諸国の政府の気象部門が、米英に対抗して測定気温のデータベース化と傾向分析を手がけるはずだが、そんな兆候はない。 (U.S., China sign symbolic emissions plan, play down rivalry)

 昨年11月、オバマ大統領の中国訪問の「大成果」の一つは、米中が温暖化対策で「画期的な」合意を結んだことだと派手に報じられた。しかし実のところ、この時の合意は、米中が以前に別々に表明した既知の対策を改めて一緒に表明しただけだった。オバマ大統領は表向き「温暖化はテロより大きな脅威だ」と宣言しているが、実のところ、中国など新興諸国に対し、温暖化対策を本気で求めていない。 (U.S.- China Climate Deal - Less Than Meets the Eye?) (Boehner, McConnell Blast Obama's Faux US-China Climate Deal) (Obama: No greater threat to future than climate change)

 先進諸国は中国など新興諸国に「これから排出する二酸化炭素に対してカネを払え」と求めてきたが、中国などは逆に、先進諸国に対し「今まで排出した二酸化炭素に対してカネを払え」と言い返している。今年は12月にCOP21がパリで開かれ、そこで新たな温暖化対策の国際合意の締結が期待されている。だから昨年の世界の平均気温を史上最高に設定する必要があったと考えられる。しかし、米国覇権の弱まりと中露・BRICSの台頭の中で、しだいに米国より中国の言い分の方が通るようになっている。 (Climate change accord to be reached by end of 2015: IPCC)

 もともとの温暖化ピンハネ策の発案者だった英国は、米国に外され、しかもカネをもらう方から払う方に転落させられそうな中、温暖化対策の分野から静かに足を洗おうとしている。英国は、世界で最初に産業革命で石炭利用の工業化で二酸化炭素の排出を急増した国だから、今まで出した分を払えと言われると弱い。米欧の2大政党制の中で、左派(米民主党、英労働党など)は温暖化対策に対して積極的で、右派(米共和党、英保守党など)は温暖化に懐疑的な傾向だ。英国は保守党政権であることを理由に昨年、温暖化対策費を41%削減した。 (UK gov't slashes global warming spending by 41 percent)

 英国は、アングロサクソン(旧英連邦)のつながりを通じて温暖化対策をやろうとしてきたが、オーストラリアも英国と同様に保守党政権が温暖化対策に反対で、選挙公約どおり、いったん制定した炭素税の廃止を決めた。カナダも温暖化対策が嫌いで、京都議定書から早々と離脱した。アングロサクソンの世界謀略としての温暖化対策は、米国の妨害工作によって失敗し、足抜けの動きが広がっている。 (Australia abolishes tax on carbon emissions)

 英国のマスコミでは、BBCがいまだに温暖化対策推進派だが、新聞社では懐疑派の「活躍」が許容されている。冒頭で紹介したテレグラフのクリストファー・ブッカーが温暖化懐疑論を言い出したのは08年ごろからで、米国がオバマ政権になって英国でなく中国と組み、中国の優勢(英国などの劣勢)を許容した上で温暖化対策を開始した時期だ。貴族のモンクトン卿など、英国はエリート層の中にも力強い懐疑派がいる。 (Christopher Booker From Wikipedia) (Lord Christopher Monckton - Climate Change is Really a Basis for Elite Control)

 そんな中で意外なことに、これまで地球温暖化は大ウソだと何人もの議員が公言し、懐疑派の巣窟だった米議会の上院が、98対1という圧倒的多数で「気候変動はインチキでない」とする決議を1月末に可決した。米上院議員たちはアングロサクソンの国としての自覚にようやくめざめ、英国に対するこれまでの非礼をわび、改心して温暖化対策をやることにしたのか?。ちがうだろう。米上院は気候変動の事実を認めたものの。人為説を盛り込んだ別の決議を否決しており、いまだに懐疑派だ。 (US Senate refuses to accept humanity's role in global climate change, again)

 データ歪曲による人為説のプロパガンダは止まらないが、温暖化対策が先進国の利益になる状況がすでに終わっており、プロパガンダとして意味がない事態が続いている。