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続折々の記 ④
【心に浮かぶよしなしごと】

【 01 】04/01~     外務省SDGs     肝臓のケア
森友の終末     【 05 】04/08~     【 06 】04/22~
【 07 】04/24~     【 08 】04/26~     【 09 】04/27~

【 07 】04/24

    04/24 田中宇の国際ニュース解説 世界はどう動いているか
         【01】見えてきた日本の新たな姿 2016/1/23
         【02】フィリピンの対米自立 2016/10/5
         【03】台湾に接近し日豪亜同盟を指向する日本 2017/3/29
         【04】潜水艦とともに消えた日豪亜同盟 2016/5/6
         【05】日豪は太平洋の第3極になるか 2015/11/29
         【06】No ceremony for Japan office in Taipei renaming 017/4/17
         【07】米国債利払い停止危機再び 2013/9/28
         【08】米大統領選挙の異様さ 2016/8/28
         【09】英国より国際金融システムが危機 2016/6/29
         【10】欧州極右の本質 2014/6/4
         【11】米大統領選と濡れ衣戦争 2016/8/4
         【12】英国が火をつけた「欧米の春」 2016/6/27
         【13】テロと難民でEUを困らせるトルコ 2016/3/29
         【14】欧州の自立と分裂 2017/3/16
         【15】欧米からロシアに寝返るトルコ 2016/7/4
         【16】トランプの見事な米中協調の北朝鮮抑止策 2017/4/16
         【17】トランプの東アジア新秩序と日本 2017/4/18



04/01 森友学園問題  01
04/01 敵基地攻撃能力「検討」(変わる安全保障) 01
04 02 世界の幸せな国ランキング 日本53位  01
04 01 持続可能な開発のための2030アジェンダ  02
04/05 科学研究費の削減 : 肝臓ケア  03
04 18 森友紛糾の終末 安倍政権の国民ダマシの暗黒  04
04/08 砂上の楼閣・世界の金融システム その罪は重い  05
04/06 トランプ大統領 海のものか山のものか  05
04/22 国民を鉛の兵隊にしたのは誰だ その罪は重い  06
04/23 田中宇の国際ニュース解説 世界はどう動いているか
 【01】中国に北朝鮮核を抑止させるトランプの好戦策  06
 【02】トランプの見事な米中協調の北朝鮮抑止策  06
 【03】トランプの東アジア新秩序と日本  06
 【04】混乱と転換が激しくなる世界  06
04/24 田中宇の国際ニュース解説 世界はどう動いているか
 【01】見えてきた日本の新たな姿  07
 【02】フィリピンの対米自立  07
 【03】台湾に接近し日豪亜同盟を指向する日本  07
 【04】潜水艦とともに消えた日豪亜同盟  07
 【05】日豪は太平洋の第3極になるか  07
 【06】No ceremony for Japan office in Taipei renaming  07
 【07】米国債利払い停止危機再び  07
 【08】米大統領選挙の異様さ  07
 【09】英国より国際金融システムが危機  07
 【10】欧州極右の本質  07
 【11】米大統領選と濡れ衣戦争  07
 【12】英国が火をつけた「欧米の春」  07
 【13】テロと難民でEUを困らせるトルコ  07
 【14】欧州の自立と分裂  07
 【15】欧米からロシアに寝返るトルコ  07
 【16】トランプの見事な米中協調の北朝鮮抑止策  07
 【17】トランプの東アジア新秩序と日本  07
04/26 キッシンジャー どんな人か
 【検索結果】  08
 【01】ヘンリー・キッシンジャー - Wikipedia  08
 【02】93歳の「キッシンジャー」がトランプ政権の黒幕なの?  08
 【03】「外交指南役」はキッシンジャー氏:トランプ氏の「親ロシア」への転換を実現  08
04/27 キッシンジャー どんな人か
 【04】キッシンジャー - 世界史の窓  09
 【05】ヘンリー・キッシンジャーは一体何をたくらんでいるのか?  09
 【06】悪魔を育てたキッシンジャー博士:中韓を知りすぎた男  09
 【07】世界交友録 ヘンリー・A・キッシンジャー氏|池田名誉会長の足跡  09
 【08】Amazon.co.jp: ヘンリー・キッシンジャー: 本  09
 【09】93歳のキッシンジャー氏、再び米中間の橋渡し-北京で中国要人と会談  09
 【10】米国「親中派」キッシンジャーの習近平への助言|雨のち晴れの記  09


 04 24 (月) 田中宇の国際ニュース解説     世界はどう動いているか

ここへきてトランプ旋風が急を告げている。

Kissinger旋風と言ってるいい。 彼は究極において、金に重きを置いた世界秩序と平和を描いているのか? そうだとすると、経済所得の格差はますます増大し、闘争がまた始まる。

彼の判断の中にピケティの提言を大事にした改革を含むとすれば、手を取り合う和平の方向へ向かうことになる。

日本は何を目指したらいいのか。 絆を原点とした平和構築を目指すことが望ましい。

 <momo.746.html>の裏付け資料を掲載する。




【01】見えてきた日本の新たな姿

2016/1/23   田中 宇

 日本はこれまで、対米従属以外の戦略を全く持たない国だった。私が知る限り、日本政府が対米従属以外(対米自立)の戦略をわずかでも持った(検討した)のは、1970年代に米国が覇権構造の多極化をめざした時に米国の勧めで日本政府が作った防衛の対米自立策「中曽根ドクトリン」と、2009ー10年の鳩山政権が米中と等距離外交をめざし、結局は官僚機構につぶされた時の2つだけだ。その後、現在の安倍政権にいたる自民党政権は、官僚機構(外務省と財務省)の傀儡で、対米従属一本槍に戻った。

 だが昨年の後半から、安倍政権は、従来の対米従属の国是から微妙に外れる新しい戦略を、目立たない形ながら、次々ととり始めている。それらは(1)日豪での潜水艦技術の共有化、(2)従軍慰安婦問題の解決によって交渉が再開された日韓防衛協定や北朝鮮核6カ国協議、(3)安部首相が新年の会見や先日のFT(日経)のインタビューで明らかにした日露関係改善の試み、(4)中国の脅威を口実とした東シナ海から南シナ海に向けた自衛隊の諜報活動(日本の軍事影響圏)の拡大、などである。 (Japan's Abe calls for Putin to be brought in from the cold) (日韓和解なぜ今?)

 (1)については、昨年11月に配信した記事「日豪は太平洋の第3極になるか」で詳しく書いた。この記事は、有料記事(田中宇プラス)として配信したが、日本国民の全体にとって非常に重要な事項なので、例外的にこのたび無料記事としてウェブで公開した。まだ読んでいない方は、まずこの記事を読んでいただきたい。 (日豪は太平洋の第3極になるか)

 上記の記事の後ろの方に書いた、11月末に日本政府が南氷洋での調査捕鯨を再開して豪州を激怒させた件は、その後、豪州政府が日本政府に、捕鯨再開は潜水艦の発注先を決める際の判断要素にならないと知らせてきた。豪州が、日本と潜水艦技術を共有する気になっていることをうかがわせる。12月中旬には、豪州のターンブル首相が急きょ、日帰りで日本を訪問し、安倍首相と会っている。この訪日も、日豪が潜水艦技術を共有して接近しそうな感じを漂わせている。 (Japan's whaling `separate' from submarine bid) (Malcolm Turnbull's flying visit to Japan to include 'special time' with Shinzo Abe)

 豪州の通信社電によると、米政府の高官は、豪州が潜水艦を独仏でなく日本に発注することを望んでいる。その理由として米高官は、日本の潜水艦の技術の高さを挙げているという。だが私から見ると、より大きな要点は「技術」でなく「国際政治(地政学)」だ。日豪が米国を介さずに軍事協調を強めていくという、米国勢(軍産複合体でなく多極主義者)が昔から希求してきたことが、豪州の潜水艦の日本への発注によって実現していく点だ。豪州の関係者も、日本に発注されそうだと言っている。発注先は半年以内に正式決定される。 (Japan subs 'superior' US believe: adviser) (Japan bid favorite as Canberra mulls decision)

 (2)の日韓関係については、1月4日に無料記事として配信した「日韓和解なぜ今?」に詳しく書いた。慰安婦問題の解決は、日韓安保協定の締結と、北朝鮮核廃棄(棚上げ)に向けた6カ国協議の再開という、2つの動きへの布石となっている。日韓安保協定は、日韓が別々に対米従属してきた従来の状況を、日米・日韓・米韓が等距離の協調関係を持つかたちに転換していく流れであり、日韓の対米自立のはしりとなる(この流れを止めるため、日韓の対米従属派が慰安婦問題で日韓対立を扇動した)。 (日韓和解なぜ今?)

 6カ国協議が達成されると、米朝、南北(韓国と北朝鮮)、日朝の和解につながり、日本と韓国の対米従属を終わらせる。日韓が慰安婦問題を解決した直後から、中国と韓国が6カ国協議の準備を進めていることが報じられる一方、きたるべき協議での自国の立場をあらかじめ強化するかのように、年明けに北朝鮮が「水爆実験」と称する核実験を挙行した。1月11日には、韓国政府の6カ国協議担当者が、日米や中国の担当者と相次いで会合する予定と報じられている。 (北朝鮮に核保有を許す米中) (South Korea says chief nuclear envoy to meet U.S., Japan, China counterparts)

 1月11日に配信した「北朝鮮に核保有を許す米中」で「北朝鮮に核の完全廃絶を迫るのでなく、北がこれ以上の核開発を棚上げすることを協議の目標とすべき」という米国のペリー提案が採用されていくのでないかと書いた。ペリー案と同期するかのように、1月15日には北朝鮮の国営通信社が「(米国が)朝鮮戦争を終わらせる和平条約を(北と)締結するなら、見返りとして、もう核実験をしない」とする北の政府の声明文を報道した。北は「ペリー案をやるなら乗るよ」と言っているわけだ。 (North Korea Would End Nuclear Testing for Peace Treaty, End to US Military Drills)

 しかしペリー案は結局、試案の域を出ないかもしれない。北が核を棚上げ(隠匿)するだけで廃棄しない状態を6カ国協議の「成功」として受け入れることを、米国や日本は拒否すると予測されるからだ。代わりの案として打ち出された観があるのが、韓国が1月22日に選択肢として提起した、北朝鮮抜きの「5カ国協議」だ。 (SKorea calls for 'six-party talks minus NKorea')

 これは一見すると「中国を巻き込んで北に厳しく制裁し、困窮させて核を廃棄させる」という無謀な強硬策だが、もう少し考えると「北に核を廃棄させ、米朝や南北・日朝が和解して、冷戦型(対米従属諸国vs反米諸国)の東アジアの国際政治関係を、多極型の等距離な協調関係に転換する」という6カ国協議の順番を逆転し「先に5カ国の関係を冷戦型から多極型に転換していき、その間に北の核問題を解決し、最終的に米朝・南北・日朝が和解して北を多極型システムに取り込む」という新シナリオの提案に見えてくる。

 北朝鮮以外の5カ国(米中露日韓)の中で、関係が悪いのは、日韓と日露、米露と米中だ。だが、米中露は国連安保理の常任理事国であり、報じられる印象と裏腹に、世界運営上の相互連絡は十分にとっている。米露と米中は「大人の関係」といえる。逆に、現状が「子供の関係」でしかなく、今後の協調関係をゼロから構築していかねばならないのが、日露と日韓だ。6カ国または5カ国の協議によって東アジアの国際政治システムが冷戦型から多極型に転換していく際に、早く開始せねばならないのが、日韓と日露の関係改善であり、だからこそ、昨年末に日韓が慰安婦問題を解決したり、(3)の安倍政権による対露関係改善の模索が行われているのだと考えられる。

 安倍首相は1月17日に報じられたFT(日経)のインタビューで「G7は中東問題の解決にロシアの協力が不可欠だ。(ウクライナ危機以降、G7諸国とロシアの関係が悪化し、G7+ロシアとして作られたG8は事実上解散しているが)G7の議長として自分がモスクワを訪問するか、東京に招待する形でプーチンと会いたい」という趣旨の表明をしている。G7議長とか中東問題といった目くらましをかましているが、要するに、日本国内の合意形成が困難な北方領土問題を迂回して、日露の協調関係を手早く構築したい、という意志表明だ。 (Japan's Abe calls for Putin to be brought in from the cold)

 安倍は、ロシアを評価する一方で、中国の領海的な野心を非難している。だが、中国政府の経済政策は賞賛しており、対立点を軍事安保面に限定している。安倍はまた、アジア太平洋地域の将来像を米国と中国の2大国だけで決めるのはダメだとも述べている。要するに、米中だけでなく日本も、アジア太平洋の地政学的な将来像の決定過程に入れてくれ、と言っている。これは、従来の対米従属の日本の姿勢から、かなり逸脱している。 (Shinzo Abe aims his next arrow at the global stage)

 この点において、今回の(4)の日中対決と(1)の日豪亜同盟の話がつながってくる。安倍の「米中だけでアジア太平洋のことを決めるな、日本も入れろ」という要求は「第1列島線以西は中国、第2列島線以東は米国、その間は日本の影響圏だ」という日豪亜同盟の考え方と一致している。 (日豪は太平洋の第3極になるか)

 そして安倍政権は、2つの列島線の間に日本の影響圏を作っていく具体策として、米国の依頼を受けて南シナ海での中国の動きを監視する自衛隊の軍事偵察網を作ることや、中国包囲網の一環としてフィリピンとの軍事関係を強化することを通じて、東シナ海から南シナ海にかけての2つの列島線の間の海域に、日本の軍事諜報システムを拡大しようとしている。 (Japan PM Abe's cabinet approves largest defence budget)

 日本政府は軍事予算を急増しているが、主な増加分は、中国敵視を口実とした、2つの列島線の間の海域での軍事的な影響圏の構築に使われている。日本にとって、中国との対立は、きたるべき多極型世界において自国の影響圏を創設するための口実として使われている。日本に挑発され、中国が最近、尖閣沖に武装船をさかんに送り込んできている。だが、日中が戦争することはない。中国は、日本が2つの列島線の間を占めることを黙認するだろう。日本の影響圏がある程度構築されたら、日中は再び和解するだろう。 (Japan's far-flung island defense plan seeks to turn tables on China) (Japan says armed Chinese coastguard ship seen near disputed islands) (China steps up incursions around disputed Senkaku Islands)

 国民的には「平和憲法を持つ日本には、領土と領海を超えた地域での軍事的な影響圏の拡大など要らない」と考える人が多いかもしれない。それが政府の政策になるなら、2つの列島線の間の地域は、日本でなく、中国の軍事影響圏になっていく。いずれ米国は第2列島線、つまりグアム以東へと軍事撤退し、その後の空白をぜんぶ中国が埋めることになる。日本は明治以前の、小さな孤立した島国に戻る。2つの列島線の間の地域は、今のところ、米中で将来像を決めていない「空白地域」だ。安倍政権は「空いている地域で、日本がもらって良いものなのだから、もらって当然だ」という考え方なのだろう。

 この件での国家的な意志決定が、今後、国民的な議論や選挙のテーマになることは、多分ない。民意と関係なく、国家の上層部だけでひそかに決められていき、報じられることもないだろう。私の「日本は、2つの列島線の間を、日豪亜同盟として影響圏にするだろう」という予測は、今後もずっと陰謀論扱いされそうだ。とくに日本の左翼リベラルの人々は、私がこの話をするたびに、聞きたくないという感じで何もコメントせず無視する。

 今回の記事の(1)から(4)は、いずれも米国から依頼されて日本が動いている感じだ。しかし、日本がこれらのことを進めていくと、対米従属の体制からどんどん外れていく。米国の戦略は、隠れ多極主義的だ。

 日本が豪州や韓国、ロシアと協調関係を強め、2つの列島線の間が日本の影響圏になっていくと、北朝鮮をめぐる状況が今のままでも、在日米軍の海兵隊がグアムに撤退する話が再燃するだろう。日本が、国際的な影響圏を持つような大国になるなら、防衛を米軍に依存し続けることはできない。沖縄の基地問題は、従来のような「左」からの解決でなく、日本が影響圏を持つことで在日米軍が出ていくという「右」からの解決になるかもしれない。



【02】フィリピンの対米自立

2016/10/5  田中 宇

 フィリピンで6月末に就任したロドリゴ・ドゥテルテ大統領が、これまで事実上の「宗主国」だった米国との軍事主導の同盟関係を疎遠にするとともに、米国のライバルである中国やロシアに接近する動きを続けている。ドテルテは、米比の同盟関係の象徴だった合同軍事演習(10月4-12日)は今年が最後だと宣言する一方、米国でなく中露から兵器を買うと表明している。(比軍の兵器の75%が米国製) (Philippines' Duterte wants to 'open alliances' with Russia, China)

 ドテルテは、フィリピン南部のミンダナオ島の主要都市ダバオの市長を22年にわたって続けてきた。ドテルテは市長時代から全国的に有名だったが、その理由は外交でなく、麻薬など犯罪組織の取り締まりに超法規的な政策をやったからだ(思想的には親中国的な左翼)。 (Duterte wants US special forces out: Are US-Philippines ties unraveling?) (Duterte looks at Chinese defence equipment)

 ミンダナオはイスラム教徒が多く、キリスト教が主流派の中央政府との対立、蜂起と弾圧が大昔から続き、麻薬など犯罪組織もはびこってきた。当局側に財政などの力がなく、麻薬や犯罪の取り締まりが追いつかない中で、ドテルテは、各地の地元の武装した自警団が犯罪組織の関係者を殺して良いと奨励し続けてきた。この超法規的な殺人の奨励によって、ドテルテは90年代から欧米の人権団体に非難されている。だが、当局が組織犯罪を取り締まれない状態に苦労させられているフィリピン国民の間ではドテルテの人気が高く、その人気で彼は大統領に当選した。ドテルテの超法規的な犯罪取り締まり政策は、法律的に間違っているかもしれないが、人々に支持され「民主的」であり、政治的には正しい。 (Rodrigo Duterte From Wikipedia)

 フィリピンは先代のアキノ政権時代、ASEANの中で最も強く南シナ海紛争で中国と対立してきた。2010年からのアキノの時代は、米国が11年に中国包囲網(アジア重視)の宣言を行い、南シナ海紛争に介入して中国敵視を強めた時期だ。アキノ政権はそれに乗るかたちで、冷戦後のフィリピンの対米自立の傾向を逆流させ、冷戦後いったん撤退させた米軍の再駐留を認め、軍事安保の対米従属を強めた。ドテルテは、アキノが強めた対米従属・中国敵視を再び転換・逆流させ、対米自立・反米姿勢強化・対中国融和の道を歩み出している。 (Applying the Duterte filter to US-Philippine relations) (Duterte says will create 'so many new alliances' for Philippines)

▼フィリピンの転換にこっそり安堵するASEAN

 ドテルテは、大統領選挙の期間中、当選したら対米従属をやめて自立した外交戦略をやると繰り返し宣言していた。米国による内政干渉には腹が立つとも表明し、それが有権者からの支持増加につながった。6月30日の大統領就任と同時に、南シナ海の領土問題で中国との敵対をやめて話し合いを進める方針を打ち出した。中国と和解し、南シナ海の海底油田などを中比の共同開発にすることで、経済利得を得ようとしている。 (Will Rodrigo Duterte Revolutionize the Philippines' Foreign Policy?)

 7月12日に国連海洋法条約に基づく南シナ海紛争に関する国際裁定が出て、フィリピンの圧勝・中国の敗北だった。世の中では、フィリピンがこの勝訴に乗って米国と組んで国際的に中国批判を強め、中国に譲歩を迫るという見方が強かったが、ドテルテは正反対に、ラモス元大統領に交渉役を頼み、中国と2国間交渉で和解することを模索した。 (逆効果になる南シナ海裁定) (Rodrigo Duterte's Policy Shifts Confound U.S. Allies)

 米国や、アキノ時代のフィリピンは、ASEANを団結させ、中国をASEANとの多国間交渉に引っ張り込もうとしていた。対照的に中国は、ASEANと対等になってしまう多国間交渉を拒否し、中国が優位に立てる、各国との個別の2国間交渉を望んだ。ドテルテは、紛争をASEANに持ち込むことをやめ、中国が好む2国間交渉で進める方針を表明している。ドテルテは、南シナ海の自国の領海外の海域でフィリピン軍が警備活動をすることをやめ、米比海軍合同の警備からも離脱するとともに、南シナ海での米比合同軍事演習を今年で最後にすると発表した。これらも、中国が嫌がることをやらないことにしたドテルテの姿勢が感じられる。 (Philippines Officials Try to Reassure US as Duterte Ends Joint Patrols) (Rodrigo Duterte's shift on China threatens longstanding Philippines-US alliance)

 ドテルテの反米姿勢が世界的に有名になったのは、9月初めのラオスでのASEAN拡大サミットだ。ドテルテとオバマの初の米比首脳会談が予定され、オバマはドテルテの、犯罪組織員の殺害を国民に奨励する超法規政策を批判するつもりだった。この件で記者に尋ねられたドテルテは、内政干渉だ、植民地時代に米国がフィリピンでやった殺戮を逆に問題にしてやると激怒し、俺に喧嘩を売るオバマは馬鹿野郎だと言い放った。ドテルテは、全体会議での演説の時も、米国が植民地時代に無数のフィリピン人を殺害したと、当時の写真を見せながら批判した。 ("Who Is He To Confront Me?" - Philippines President Unloads On "Son Of A Bitch" Barack Obama)

 オバマはドテルテとの公式会談を取りやめた。国際マスコミは「人殺しを容認する米国敵視の危険人物」ドテルテを批判的に描いた。すでに書いたように、フィリピンの超法規殺人は犯罪取締政策として長い歴史がある。その事情も勘案せず人権侵害と騒ぐ米国務省や国際マスコミの方が、内政干渉や意図的な頓珍漢をやっている。 (Duterte and the US-China balance of power in South-east Asia) (Can the Philippines' Duterte Stay Friendly with America?)

 ドテルテは、このASEAN会議以降、米国と喧嘩する一方で、他の東南アジア諸国とは良い関係を維持している。米中両方と協調したいASEAN内で、これまでフィリピンは南シナ海紛争で最も中国に敵対的な国だったので、大統領がドテルテに代わって一気に対中協調に転じたことに、他の諸国はむしろ安堵している。米比は同盟が強固なほど中国敵視も強まるので、ドテルテの反米姿勢もASEANを危険にしない。フィリピン同様、島嶼的な地域の多様性に基づく治安の不安定を抱えるインドネシアの麻薬取り締まりの長官(Budi Waseso)は、フィリピン型の超法規的な取り締まり政策を自国でも検討したいと表明した。「もちろん法律や国際基準には従います」と弁解しつつ。 (Indonesia anti-drugs chief calls for tougher Philippine-style war against dealers)

 ドテルテはその後、アキノ前大統領が14年に米国の再駐留を認めた米比協定(EDCA)を放棄するかもしれないと表明した。EDCAの協定文書にはアキノの署名がないので協定に効力がなく、口約束にすぎないことが発覚したからだという。ミンダナオに駐留する、イスラム勢力と戦う米軍特殊部隊に撤退を求める発言も放った。特殊部隊はすでに昨年から撤退に入っているが、米軍部隊はイスラム勢力との敵対を扇動するばかりで事態を悪化させ続けてきたので、早くすべて出て行ってほしいとドテルテは批判した。 (沖縄からフィリピンのやらせテロ戦争に転じる米軍) (Philippine President Tells Obama "You Can Go To Hell, I Will Buy Weapons From Russia")

 彼はまた「米国はわれわれに敬意を払わず、内政干渉ばかりしてくる」「そのことをロシアのメドベージェフ首相に話したら、全くそのとおりだ、それが米国の本質だと同意してくれた」「米国は中東にも介入し、テロを逆に増してしまう大失敗をしたのに謝罪も反省もしていない」「米国が良い関係を持ってくれないので、米国のライバルである中露と良い関係を結びたい」といった趣旨の発言を繰り返している。ドテルテは10月下旬に財界人たちを引き連れて訪中する。 (Philippines' Duterte says China, Russia supportive when he complained of U.S)

▼フィリピンの大富豪支配を終わらせる

 ドテルテは、米国との同盟を切るような発言を繰り返しつつも、発言で表明したことを公式に米国に伝えていない、と米政府は言っている。だから米政府は「フィリピンとの同盟関係が変わることはない」と言っている。ドテルテの発言は、あとから希釈や謝罪めいた釈明が側近や本人から出されることも多い。ミンダナオの米軍部隊に撤退を求めつつも、フィリピン全体からの米軍撤退は求めていない(比軍はASEANで最も弱い国軍)。 (Duterte: After tough talk, damage control prevails) (Pentagon downplays Duterte's threat to scrap treaty)

 これらを考えると、ドテルテは、米国との軍事安保関係をすべて早急に切りたいのでなく、米国との安保関係を維持しつつ、従来の対米従属を離脱して自立的な外交を増やすことがどこまでできるか、観測気球を揚げ続ける意味で、米国批判や軍事関係の切断を表明して見せているのでないかと感じられる。どのくらい対米従属を離脱したら、どのくらい中国がフィリピンに経済支援してくれるかも、同時に測定しようとしているのでないか。 (Duterte `recalibrating' PH foreign policy)

 ドテルテが対米従属からの離脱を試みるもうひとつの理由は、国内政治だ。フィリピンの政治経済は、アキノ前大統領の一族など、いくつかの大金持ちの家族たちに支配されている。フィリピンの対米従属を支えてきた彼らは、米国の上層部と結託して相互に儲けつつ、権力を独占してきた。ドテルテは支配家族たちの代理人でない。ドテルテは、支配層に妨害されつつ大統領になった(だからドテルテはフィリピンのトランプと呼ばれる)。大統領選挙で、支配層の持ち物であるいくつかの比マスコミはドテルテを批判的に報じ続け、大統領になってしばらくの間、ドテルテとそれらのマスコミの関係が悪かった(その後マスコミは権力を握ったドテルテに擦り寄ってきた)。 (Allies advise Duterte: Mind your mouth)

 ドテルテが、国内の既存の支配層が持っていた隠然独裁的な権力を破壊し、彼なりの「真の民主化」を進めていく方法として、対米従属からの離脱や、中露との協調強化がある。対米従属を国策に掲げる限り、ドテルテよりアキノ家など既存の支配層の方が米国とのパイプがはるかに太く、ドテルテはそのパイプに頼らざるを得ないので、権力構造が従来と変わらない。だが逆に、対米自立して中露などに接近すると、その新たな体制の主導役は、新規開拓を手がけたドテルテ自身になり、既存の支配層の権力を枯渇させられる。

 かつて日本の鳩山(小沢)政権は、対米自立と対中国接近をやることで、日本の権力を戦後一貫して隠然と握り続ける官僚機構から権力を剥奪しようとした。それは1年で失敗に終わったが、ドテルテはそれと似たようなことをやり始め、今のところ既存の支配層に対して勝っている。日本の官僚機構は、フィリピンの既存支配層よりはるかに巧妙で、米国支配の悪い部分をうまく隠蔽し、日本人の多くは対米従属が一番良い国策であると信じ込んでいる。フィリピンでは支配構造がもっと露骨に見えるので、米国をまっすぐ批判するドテルテが国民の支持を集め、成功している。 (Duterte, Trump, and Implications of `Sticking It' to the Rest of the World) (多極化に対応し始めた日本)

 ドテルテの戦略の背景に「多極化」の傾向がある。米国の単独覇権体制が崩れ、中露の台頭が進んで世界が多極型に転換しているため、対米従属をやめて中露との関係を強化することが、世界的に合理的な国際戦略になりつつある。米単独覇権体制は戦後70年も(先代の英国覇権も含めると200年も)続いてきたので、世界の多くの国の支配層が、対米従属の国策を基盤にして権力を維持している。だから、たとえ合理的な戦略でも、対米自立・多極化対応は、多くの国の支配層にとって、やりたくないことであり続けている。だが、ドテルテの場合は逆に、対米自立・多極化対応することが、自分の権力強化にもなっている。ドテルテは、対米自立・多極化対応の観測気球的な発言をガンガンやって測定した後、実際に動き出すつもりだろう。 (Duterte Turns Back On US, Orders Philippines To Buy Weapons From Russia And China)

 米政府は、ドテルテが売ってくる喧嘩を買わないようにしている。国務省も国防総省も、米比関係は問題ないと言い続けている。米政府がドテルテの喧嘩を買って米比関係が悪化すると、ドテルテは中露との結束を強めつつ対米自立によって自らの権力を強化し、米国にとって便利だったフィリピンの既存支配層が無力化されてしまうばかりだ。 (US dismisses Duterte's EDCA statement)

 トルコのエルドアン大統領も最近、やらせ的な部分があるクーデター騒ぎを機に米国から急に距離を置き、米国批判を繰り返している。トルコも冷戦開始後ずっと対米従属的な国策を続け、既存のエリート層(世俗派)がそれを権力基盤にしていた。00年から権力を握ったイスラム主義のエルドアンは、世俗派エリート層を追い出しつつ権力を強化し、最近はその仕上げの時期にある。エルドアンも、ドテルテと同様、米国との関係を意図的に悪化させることで、対米従属に依拠していた既存の支配層を無力化し、自らの権力を強化しつつ、自国の権力構造を転換しようとしている。 (Accept Duterte as he is) (中東を反米親露に引っ張るトルコ)

 フィリピンは対米自立に動き出しているが、日本は今後も動きそうにない。ドテルテから見ると、日本は米国と一蓮托生で敵視すべき相手かと思いきや、そうでない。ドテルテは日本に友好的だ。欧州や豪州にはドテルテを批判する勢力がいるが、日本はそれもない。ドテルテは、米国への依存を減らす穴埋めとして、中露だけでなく日本との関係強化を考えているようだ。ドテルテは日本の対米従属を問題にしていない。日本はフィリピンに対し、中国敵視を念頭に、南シナ海で中国と対立するための軍艦類をいろいろ支援している。ドテルテのフィリピンは中国と対立する軍事行動をやめており、軍事支援は日本側にとって無意味になっているが、それも無視されている。 (Forget Obama's snub; PH should `pivot' to Japan) (Amid Duterte-U.S. row, attention turns to Japan)

 日本がフィリピンに軍事・経済支援し続けるのは、米国が日本に対し、米国の分も日本がフィリピンに軍事・経済支援し、フィリピンが日本を通じて米国の間接覇権下にいるようにしてくれと要請しているからだろう。米国の覇権が衰退する中で日本がフィリピンを支援し続け、フィリピンが日本にとって戦後初めての海外の影響圏になっていくのでないかというのが、以前の「日豪亜同盟」の時に感じられたことだった。しかし、ドテルテが対米自立を強めつつ中露に接近していくと、もはやフィリピンは日本の影響圏でなくなり、中国の影響圏に入る可能性が増していく。米国の覇権が低下する中で、日本が中国に対抗してフィリピンへの影響力を伸ばそうとすると、それは日本の対米自立を促進することにもなる。 (見えてきた日本の新たな姿) (潜水艦とともに消えた日豪亜同盟)



【03】台湾に接近し日豪亜同盟を指向する日本

2017/3/29  田中 宇

 3月25日、日本政府の赤間二郎・総務副大臣が、公務で台湾を訪問した(日本側が開く食品・観光イベントの開幕式に出席)。副大臣級の日本政府要人が台湾を公務で訪問したのは、対米従属の日本が、米中関係好転(ニクソン訪中、上海コミュニケ)を受け、1972年に中国(中華人民共和国)と国交を締結するため台湾(中華民国)と国交断絶して以来、初めてだった。 (日本總務副大臣赤間二郎訪台  台日斷交後位階最高) (Japan to send highest leel official to Taiwan in 45 years)

 今年の元旦には、国交のない台湾との関係における、日本側の、台湾との関係の公的な窓口(大使館に準じるもの)である公益財団法人の「交流協会」が、「日本台湾交流協会」に名称変更している。台湾側も、対日関係の代表部だった「亜東関係協会」を、早ければ4月までに「台湾日本交流協会」に名称変更することを、台湾の外相が議会(立法院)で明らかにしている。 (亞東關係協會更名 台灣日本關係協會)

 交流協会は、72年に日本が中国(北京政府)と国交するために中華民国との国交を一方的に断絶した後、その後の日台(日華)の関係を担当する機関として作られたが、日本側が「日台関係協会」」という名称を希望したのに対し、台湾(中華民国)側は、共産党政権を認めず中国大陸全土の支配権を主張する中華民国の国名を冠した「日華関係協会」という名称にこだわって「日台関係協会」の名前を拒否した結果、日台も日華もつかない、単なる「交流協会」という、誰と誰が交流する機関なのかわからない奇妙な名称がつけられ、40年以上使われてきた。 (日本台湾交流協会、名称変更で台日関係のさらなる発展を)

 台湾では90年代の民主化の結果、国民党の一党独裁が崩れ、国民党が持っていた、中国大陸全土を支配する権利があるという建前・幻想も相対化された。国民党と並ぶ台湾の大型政党になった民主進歩党(民進党)は、台湾(中華民国)が領有する地域は台湾島とその周辺の島嶼のみで、台湾は中国大陸と異なる国家・領域なのだという「台湾独立」の姿勢をとった(国民党で一党独裁時代の最後の権力者だった李登輝も独立派だった)。「共産党と国民党が一つの中国を奪い合った結果、共産党が勝って台湾島を含む中国全土を支配する」というシナリオに50年以上固執してきた北京政府は台湾独立の考え方に猛反発し、威嚇した。台湾の世論が「民進党の台湾独立の姿勢は北京政府との対立を扇動して危険だ」と考える方に傾いたため、最近の民進党(現在の蔡英文政権)は姿勢を曖昧にしている。だが北京政府は、民進党がいまだに台湾独立を目標にしていると考えている。 (台湾選挙:李登輝辞任のいきさつ)

 民進党は、2000-08年に陳水扁政権として、初めて台湾の政権をとった。すでに書いたように、かつての国民党が「中華民国」にこだわって「台湾」の名称を嫌い、「日台協会」でなく「日華協会」にしてほしいと言って、中共に配慮した日本側に断られたが、陳水扁以降の民進党の台湾は、逆に「日華」でなく「日台」にしてほしいという基本姿勢になった(具体的に陳水扁政権が日本政府に協会の名称変更を要請したかどうか、私は知らない)。この20年ほどの台湾独立運動に対し、米国は、全体としてみると、迷惑がっている。台湾の民主化を歓迎しつつ、中共との関係を一定以上悪化させたくない感じだ。対米従属以外の外交政策を持ちたがらない日本政府は、台湾独立を支持して米国の対中姿勢を超えて日本が中国と敵対してしまうことをいやがり、台湾の政治変化に呼応せず無視し続けた。 (台湾の選挙と独立)

 そのような日台の歴史を見ると、今回、日本側が、台湾から要請されたのでなく自発的に、名無しの権兵衛な「交流協会」の名称を「日本台湾交流協会」に変更したことが、国際政治的に画期的なことであると理解できる。台湾民進党の蔡英文政権は、日本側の協会名称変更に大喜びし、すでに書いたように、台湾側の協会の名称も変えることにしたが、それを決めるまでに3か月かかっている。この時間差からは、昨年末に日本側が台湾に全く相談せず名称変更を決定し、その決定を受けて台湾側が動き出した感じを受ける。日本の対中国政策が、喧伝されないかたちで、年末(トランプ当選)から最近にかけての間に、大きく変化したことがうかがえる。北京政府は、日本の協会の名称変更に抗議したが、それ以上の制裁などはやっていない。 (台日友好已朗朗上口 蔡英文:對日關係是重點)

 副大臣級の国交断絶後初めての公務での台湾訪問、日台の事実上の大使館の名称を台湾独立運動に沿うかたちで突如変更したこと。いずれも、日本が、従来の「対米従属の一環としての、米国と歩調を合わせた中国敵視」から一歩すすみ、日本が独自に中国と対立することをいとわない形で、台湾の独立傾向を支持し始めていると感じられる。 (多極化への捨て駒にされる日本)

▼日本が台湾に潜水艦技術を供与する?

 これらに加えて、もうひとつ、やや曖昧であるが、長期的に最も大きな意味を持ちそうな新たな動きが日台間で始まっている。それは、日本から台湾への軍事支援の可能性だ。台湾の蔡英文大統領(総統)は3月21日、軍の潜水艦を10年計画で独自開発していくと発表した。1200-3千トン級のディーゼル潜水艦を国産で作るという。だが現在の台湾は、潜水艦の技術をほとんど何も持っていない。潜水艦は軍の装備の中で最も高度な技術を必要とする分野で、ゼロからの開発と建造を10年で行うのは無理だ。ディーゼル潜水艦の技術は、日本や独仏オランダ、ロシアなどが持っており、台湾は以前から、いずれかの国から潜水艦もしくは建造技術を購入したがっているが、中国の反対を受け、どこも台湾に売りたがらない。 (Taiwan Has to Build its Own Submarines Because Nobody Is Willing to Anger China) (Taiwan to Build Own Attack Submarines Within Next 10 Years)

 台湾海軍は現在、4隻の潜水艦を持っているが、そのうちの2隻は、第二次大戦中に米国が建造した潜水艦を、米中国交正常化前の70年代に米国から売ってもらったもので、建造後70年以上たっており、ほとんど使い物にならない。残りの2隻は、80年代にオランダから購入したもので、中国がオランダに外交圧力をかけた結果、オランダがそれ以上の受注を拒否している。台湾は、中国に対する防衛力として最も有効な手段である潜水艦を増強したいが、海外からの購入は不可能だ。蔡英文自身が、海外からの購入は失敗していると認めている。 (Zwaardvis-class submarine - Wikipedia) (USS Cutlass (SS-478) - Wikipedia) (USS Tusk (SS-426) - Wikipedia)

 その一方で、自前の開発もハードルが高すぎて無理だ。蔡英文は自前の開発を発表したが、実は日本からの技術供与を秘密裏に進めようとしている可能性がある。台湾の新聞によると、民進党の上層部は、日本から潜水艦の開発技術で指導を受けることや、米国が中国の黙認のもとで毎年台湾に売却する武器の中に、日本から米国が買った潜水艦を台湾に転売する分を入れてもらうことを検討しているという。米国は1950年以来、原子力潜水艦しか作っておらず、台湾がほしい近海防衛用のディーゼル潜水艦を作っていない。 (亞東關係協會更名 台灣日本關係協會)

 少し前までなら、日本が潜水艦技術を台湾に売るはずがない、台湾が一方的に望んでいるだけで実現不能、ということで終わりだったが、最近の日本政府の台湾への接近を考えると、蔡英文が潜水艦の独自開発を発表したのは、実のところ日本が秘密裏に(いずれ公然と)台湾に潜水艦技術を供与することを意味しているのでないかと勘ぐれる。台湾が開発しようとしている3千トン以下の潜水艦は、日本が豪州など海外に輸出しようとしてきた2900トンの「そうりゅう級」と大きさが合致している。加えて台湾は、戦闘機の独自開発も始めており、これまた高度な技術の分野だけに、日本との関係が疑われる。 (Taiwan President Announces Start of Domestic Submarine Program) (Japanese lawmaker calls for stronger ties between Japan, Taiwan)

 日本から外国への潜水艦技術の輸出と聞いてピンとくるのは、昨年春、日本が豪州に潜水艦を輸出しようとしたが、豪州側が日本の国際政治戦略に不安を感じ、最重要の軍事技術分野である潜水艦で日本と組むことを躊躇し、フランスに発注してしまったことだ。米国と中国の両方とうまく協調していきたい豪州は、日本が対米従属一辺倒で、その一環で中国を敵視しすぎることを懸念した。 (潜水艦とともに消えた日豪亜同盟) (日豪は太平洋の第3極になるか)

 日本が豪州に潜水艦技術を輸出していたら、日本と豪州の間の軍事や諜報の協調関係が強化され、日本にとっても、対米従属一辺倒からの離脱の始まりになりえた。日本が、日豪の間の領域に存在するフィリピンやベトナム、シンガポールなどとの間で、安全保障・軍事面の関係を強化しようとしていることと合わせ、米国覇権の低下が顕在化した場合、日本からフィリピン、シンガポール、豪州にかけての「海洋アジア」を、いずれ日本が自国の影響圏として考えるようになるのでないかと分析した。私はこれを「日豪亜同盟」と名づけたが、それは、中国の影響圏(第一列島線以西)と、米国の影響圏(第二列島線以東)の間にすっぽりと入り、地理的にちょうどよい。あとは日本のやる気だけだった。 (見えてきた日本の新たな姿)

 その記事を書いた後、豪州は日本への潜水艦発注を見送り、私は「潜水艦とともに消えた日豪亜同盟」と題する記事を書いた。日本が豪州から潜水艦を受注できなかったのは、対米従属一辺倒の日本外務省などが、意図的に下手くそな受注活動をやった結果とも疑われ、あいつら隠然独裁勢力のせいで日本は徹頭徹尾の対米従属から一歩も出られないのかと落胆した。だが、昨秋に米国でトランプが当選し、状況が変わり始めた。太平洋地域の米国の経済覇権の新たな中心となるはずだったTPPを、トランプは大統領就任の初日に離脱宣言した。TPPを新たな対米従属の道具とみなし、国益を投げ出してTPPを積極推進していた日本の対米従属勢力の敗北となった。 (潜水艦とともに消えた日豪亜同盟)

▼米国覇権衰退に備えて日豪亜を推進するか

 安倍首相が急いでトランプにすり寄ったが、どうやら安倍は、対米(軍産)従属から、軍産複合体を潰したい対トランプへの従属へと転換したようだと感じられた。その後、安倍政権の日本が、台湾との関係する協会の名称変更や、副大臣級の台湾訪問を挙行した。 (従属先を軍産からトランプに替えた日本)

 トランプは、大統領当選後の昨年12月3日に、台湾の蔡英文大統領(総統)と電話会談している。しかもトランプは同時期に、中国が米国を有利にする貿易交渉に応じない場合「一つの中国」の原則を承認しないという立場を表明した。米台(米華)が国交を断絶した79年以来、米国の大統領(当選者)が台湾の大統領と話をするのはトランプが初めてだったし「一つの中国」の原則を認めないと言い放った大統領も初めてだった。安倍政権の日本は、こうしたトランプの言動の直後に、台湾との交流協会の名称を変える動きに入っている。トランプが安倍に、中国に対抗するため台湾に接近してほしいと頼んだ可能性がある。 (見えてきたトランプの対中国戦略)

 興味深いのは、その後の日本の動きだ。今年に入り、大統領就任後、トランプは、2月10日に習近平と初の電話会談を行い、その場で「一つの中国」の原則を承認した。電話会談の最大のテーマが北朝鮮の核問題で、中国が北からの石炭輸入を止める経済制裁を発動することになったが、おそらくその条件として習近平はトランプに、一つの中国を認めないかもと言ったのを撤回し、一つの中国を認めると明言してくれと求めたのだろう。 (中国の協力で北朝鮮との交渉に入るトランプ)

 トランプは、北朝鮮問題を中国に進めてもらうため、いったん好意を見せた台湾を見捨てた。だが日本は、その後も台湾への接近を続け、3月25日に日華断交後初の副大臣級の公務訪問に踏み切っている。明らかに、対米従属の策でない。トランプが安倍に、中国が台湾を強制併合しないようにする策を、米国が台湾を見捨てざるを得なくなったあとも日本がやり続けてくれと頼み、安倍がそれを了承した観がある。

 トランプが選んだ駐中国大使は、中国との関係を大事にしてきたアイオワ州知事のテリー・ブランスタッドだ(まだ議会承認されていない。4月初めの習近平の訪米後になるかも)。トランプは、いずれ中国と貿易で合意し、北朝鮮問題も米中が協力して解決し、中国敵視をやめて中国と協調してしまうかもしれない。そうならず米中対立が維持されるかもしれないが、米中和解の可能性もかなりある。こんな状況下で、従来の対米従属一本槍の日本なら、当然、トランプが台湾を見捨てて一つの中国を承認した時点で、それ以上台湾への深入りはしないはずだ。台湾との関係を強化すると、その分、中国との対立が深まる。その状態で米国が中国と和解すると、日本は米中両方から疎遠にされ、対米従属を維持しにくくなる。 (見えてきたトランプの対中国戦略)

 だが今の日本は、そんな懸念を無視し、トランプが台湾を見捨てた後に、副大臣級を台湾に公式訪問させ、台湾を国家として認めるかのような方向に一歩進んでいる。日本は、対米従属一本槍でなくなっている。これは、トランプが米国覇権を放棄しようとしていることと、方向的に呼応している。対米従属が難しくなる以上、日本は外交的に自立していかざるを得ない。その一歩として、日本の影響圏に入りうる、かつての植民地でもある台湾に接近していると見ることができる。 (Why strengthening the Taiwan-Japan alliance makes perfect sense)

 台湾は地理的に、「日豪亜」と中国の影響圏の境界線に接している。台湾は、中国の影響圏(中国側が国内と主張する領域)の東端である「第一列島線」の内側にあり、その意味では完全に中国の影響圏であり、日本が手を出すべき領域(第一列島線と第二列島線の間)でない。その台湾に対し、日本が最近「手を出す」と言い切れるかどうかという感じの、微妙な接近をしている。これは、安倍政権の日本が、再び「日豪亜」的なものを志向しているのでないかと感じられる。安倍首相は年末に、フィリピンや豪州を歴訪し、安全保障や経済の話をして回っている。 (2つの列島線の地図) (消えゆく中国包囲網)

 台湾は昨年から、中国以外の近隣の国々との経済関係を強化する「新南向政策」を始めている。東南アジアや豪州、ニュージーランドなどと関係強化しようとしている。この政策は、日本の「日豪亜」と目標地域が同じだ。トランプ当選後、日本が台湾との交流協会の名称を変更し、安倍首相が豪州やフィリピンを歴訪する流れの中にあった昨年末、台湾の対日窓口機関である亜東関係協会の邱義仁会長は「日台関係が、日本と台湾が一緒に新南向政策を進めていく新たな段階に入った」と述べている。これは、日本が進める日豪亜の協調(同盟)強化の流れに、台湾も入りますという意味にとれる。 (亜東関係協会の邱会長、「台日関係は新たな段階へ」) (台湾の蔡英文政権が取り組む「新南向政策」)

▼日本が台湾の隠然とした後ろ盾になる

 中国は、台湾独立を決して容認しない。中国はくり返しそう言っている。しかも、豪州や東南アジア諸国など、日豪亜の他の国々は、中国の台頭に脅威を感じつつも、中国と衝突したくないと考えている。日本が台湾を国家承認しても、日豪亜の他の国々は、多分どこもついてこない。日本は台湾と一緒に孤立するだけだ。米国が台湾の国家承認に踏み切るならまだしも、対米従属していた日本が突然に対米自立して台湾に接近しているのだから、なおさらだ。

 日本は、馬鹿なことをしているのか。そうでもない。日本はおそらく今後も台湾を国家承認しない。だが、日本が台湾の防衛力を強化したり、民進党が希求する台湾独立をそっと認めるような交流協会の名称変更をしたり、日豪亜の経済関係強化の中に台湾を入れることによって、台湾が中国に併合されていく傾向を弱められる。香港の先例を見れば、台湾が政治的に中国の一部になることが、台湾の人々にとって幸福につながらないことがわかる。日本が、台湾にとっての隠然とした後ろ盾になることによって、中国が今後さらに国際台頭しても、台湾が中国からかなり自立している現状が維持できる。

 中国は、台湾を完全に国内に取り込むのでなく、台湾周辺のASEAN+日韓の諸国から、準国家として認められることを、容認しうる。少なくとも、中国は以前、長期的にそれを認めていってもいいという姿勢を示唆していた。長期的に、日本が台湾の隠然とした後ろ盾になることで、台中関係が微妙に変わっていく。台湾の内政にも影響してくる。民進党が今より有利になる。

 実のところ、日本が台湾に接近することによる喫緊の問題は、中国との関係でない。日本が、米国(軍産)から自立した外交政策をとることを最も嫌う、日本外務省など日本の軍産系の勢力が、安倍政権のスキャンダルを扇動し、安倍を辞めさせて、もっと軍産の言うことを聞く指導者とすり替え、日豪亜的なことや、安倍がメルケルなどと組んで米国の保護主義を批判しつつ自由貿易の重要性を提唱するような勝手な真似をさせないようにしたがっている動きの方が、緊急の問題だ。 (Abe eager to reaffirm Japan’s global position)

 日本のリベラル派のほとんどは、安倍憎しの観点から、ことの本質に気づかないまま、対米自立し始めた安倍を辞めさせようとする軍産系のスキャンダル扇動の動きに乗ってしまっている。トランプを嫌うあまり、トランプ敵視の軍産の傀儡になってしまった米国のリベラル派と同じだ。日本(や米国やイスラエルや西欧)は、左からだと転換できない。右からしか転換できない(極右になった挙句に米国覇権を崩し、多極化する)。それは以前から感じられていた。 (Germany, Japan Push Trade Pact in Merkel Bid to Stymie Trump)



【04】潜水艦とともに消えた日豪亜同盟

2016/5/6  田中 宇

 4月26日、オーストラリア政府が、同国史上最大の軍事事業となる12隻の海軍潜水艦の建造を、以前に予測されていた日本勢(三菱と川重)でなく、フランス勢(国営造船所、DCNS)に発注すると発表した。豪州のテレビ局がその数日前に、豪政府が閣議(安全保障会議)を開き、日本に発注しないことを決めたと報じており、先に(米国が推していた)日本を外すことを決めてから、最終的な発注先を決めた感じだ。 (It's Official: France's DCNS Wins Australia's $50 Billion Future Submarine Contract) (Submarine deal: Successful bid for new Royal Australian Navy boats to be announced next week)

 4月に入り、豪州沖で日豪合同軍事演習が行われたり、日本自衛隊の潜水艦が戦後初めてシドニーに寄港したりして、日豪の軍事協調が喧伝され、日本が豪州の潜水艦を受注する下地が整えられていたかに見えた。それだけに、フランスへの発注は驚きをもって報じられた。豪ターンブル政権は、豪国内での建造に消極的だった日本勢を外し、豪国内で建造する度合いの高い仏勢に発注することで、豪州南部のアデレードの国営造船所の雇用を増やしてやり、7月の選挙に勝つための策としたのだとか、フランスのDCNSの豪州法人の代表が豪防衛省の元高官で政治力が強く、海外での受注経験がない日本勢を出しぬいたのだとか言われている。 (Japanese unlikely to supply our submarines) (How France Sank Japan to Win Australia's $40 Billion Submarine Deal) (Thousands of jobs promised in a $50b billion dollar contract to build submarines in Adelaide) (Japan Falls Behind in Race for Australian Submarine Contract)

 私は、豪州が日本に発注したくなかった、もっと大きな地政学的な理由があると考えている。それは、潜水艦を日本に発注すると、今後20年以上にわたって日本との同盟関係を強めざるを得ないが、米国の覇権が衰退していきそうな今後の10-20年間に日本が国際的にどんな姿勢をとっていくか見極められない流動的な現状の中で、豪州が、日本との同盟強化に踏み切れなかったことだ。 (D-day approaches for vital submarine choice)

 豪政府が潜水艦の発注先を検討していたこの半年ほどの期間は、米国の覇権のゆらぎが大きくなった時期でもあった。米国はこの半年に、シリアやイランといった中東の覇権をロシアに譲渡したし、米連銀が日銀や欧州中銀を巻き込んで続けてきたドル延命策(QEやマイナス金利)の失敗感が強まったのもこの半年だ。次期米大統領の可能性が高まる共和党のトランプ候補が、財政負担が大きすぎるとして日本や韓国に駐留している米軍の撤退を選択肢として表明したのも今年だ。それまで、米国の覇権がずっと続くことだけを前提に国際戦略を立てられたのが、この半年で、米国が(意図的に)覇権を減退するかもしれないことを前提の中に加味せねばならなくなった。 (Abysmal submarine process a slap in the face to Japan)

 潜水艦は、兵器の中でも機密が多い分野だ。今回の建造は、豪海軍の潜水艦のすべてを新型と入れ替え、現行のコリンズ級の潜水艦(6隻)をすべて退役させる大規模な計画だ。新型潜水艦は30年使う予定で、その間に、豪州と発注先の国の関係が大きく変化するとまずい。日本と豪州は従来、両国とも米国の同盟国として親密な関係にあった。だが今後、米国の覇権が低下し、それと反比例して中国の台頭が顕著になった場合、日本と豪州の国際戦略が相互に協調できるものであり続けるとは限らない。 (日豪は太平洋の第3極になるか)

 豪州は、数年前から、衰退する米国と台頭する中国という2大国の両方との距離感のバランスをうまく取ることを国家戦略としている。豪州の政府内や政界には、対米同盟重視派(対米従属派)とバランス重視派がおり、アボット前首相は対米重視派で、ターンブル現首相はバランス重視派のようだ。ターンブルがアボットを自由党の党首選挙で破って首相の座を奪った昨秋が、バランス派が強くなる転換点だった。米中間のバランス重視に傾く豪州と対照的に、日本は、米国の衰退傾向を全く無視して米国との同盟関係のみを重視し、対米従属を続けるため米国の中国包囲網策に乗って中国敵視を続けている。米国の衰退を全く無視する日本に対し、豪州が懸念を抱くのは当然だ。 (Why Japan Lost the Bid to Build Australia's New Subs)

 豪州の権威ある外交問題のシンクタンクであるローウィ国際問題研究所では、この件についてウェブ上で議論が交わされてきた。論点の一つは、米国が中国敵視を今より強め、日本が追随して中国敵視を強めた場合、豪州も日米に追随して中国敵視を強めるということでいいのかどうか、という点だった。このシナリオが現実になった場合、豪州が米中バランス外交を続ける(中国と戦争したくない)なら、日米から距離を置く必要がある。潜水艦を日本に発注しない方がいいことになる。 (Japanese subs: A once-in-a-generation opportunity) (What the submarine contract means to Japan) (The case for Japanese subs is based on dangerous assumptions about Asia)

 もう一つの論点は、もし米国が軍事政治力の低下によって中国敵視をやめた場合、日本はどうするだろうかというものだ。日本は米国抜きで(核武装して)中国敵視を続けるか、もしくは中国との敵対を避けて対中従属に動くか(特に中国が日本のプライドを傷つけないように配慮した場合)という話になり、どちらの場合でも、敵対と従属という両極端のどちらかしかない日本の硬直した(もしくは浅薄な)姿勢は、中国との関係について慎重にバランスをとってきた豪州にとって受け入れられず、日本と同盟関係を強めることになる日本への潜水艦発注はやめた方がいいという意見が出ていた。 (With this ring...: Japan's sub bid is more than a first date) (Japan's submarine bid is a first date, not a marriage proposal) (Does Japan expect an alliance with Australia as part of a submarine deal?) (What sort of power does Japan want to be?)

 敵対関係の中で、形成が不利になっても早めに柔軟にうまく転換する道を模索せずに敵対一本槍をやめず、敗北が決定的になると一転して相手国に対する従属と追従の態度に一気に転換する。これは日本が第二次大戦で敵だった米英豪に対してとった態度だ。豪州は対日戦の当事者だったので、日本のそうした(間抜けな)特質をよく覚えているはずだ。その上で今の日本を豪州から見ると、中国に対し、かつて米英豪にやったように硬直した下手くそな一本槍の敵対策をやっている。日本の公的な言論の場では、米国が覇権を後退させる可能性について全く語られていないし、日本は中国に負けるかもしれないので敵対を緩和した方がいいと提案する者は「非国民」扱いされる。国民の多くは、この件について考えないようにしている。昭和19年と何も変わっていない。豪州が、日本と組むことを躊躇するのは当然だ。 (Mugabe in Tokyo: The warping of Japanese foreign policy)

 もととも豪州に対し、潜水艦を日本に発注するのが良いと勧めてきたのは米国だ。米政府は、独仏に対する不信感を表向きの理由に、独仏が作った潜水艦に米国製の新型兵器を搭載したくないので日本に発注するのが良いと豪州に圧力をかけた。豪州のアボット前首相は、この米国の勧めにしたがい2014年、安倍首相に対し日本への発注を約束した。日本としては、米国の後押し(七光り)を受けて豪州から潜水艦を受注することで、対米従属の強化と、自国の軍事産業の育成の両方がかなえられる。安倍政権は、製造機密の海外移転をいやがる三菱など業界側を説得し(叱りつけ)、豪州からの潜水艦受注に乗り出した。 (CSIS report argues for strong US-Japan-Australia alliance against China)

 米国は同時期に、日豪に対し、中国が軍事行動を拡大する南シナ海の警備や対中威嚇を、米国から肩代わりする形で日豪がやってくれと求めた。豪州に対し、潜水艦を日本に発注しろと米国が勧めた真の理由は、軍事機密のかたまりである潜水艦の受発注を通じて日豪に軍事同盟をさせつつ、日豪が米国に代わって中国包囲網の維持強化をやる態勢を作ることだったと考えられる。日本政府は、豪州と組んで中国を敵視するという、米国から与えられた新たな任務をこなすことで、日本の対米従属を何十年か延長できると考え、豪州に対し、米国との同盟強化のために潜水艦を日本に発注し、対中包囲網としての日豪米軍事協調を強めようと売り込んだ。 (Japan sees Chinese hand in decision to overlook Soryu)

 豪州に対する日本の売り込み方は、潜水艦を機に日米豪の同盟を強化し、中国への敵視を強めようという一本調子だった。日本外務省は近年、省をあげて「ネトウヨ」化しており、対中敵視と対米従属のみに固執している。外務省で米中バランス策を語る者は出世できない状態だろうから、省内でこっそり米中バランス策が検討されているとは考えにくい。日本政府が、国内で全く検討されていない米中バランス策に立った日豪同盟を豪州に提案していたはずがない。ローウィ研究所での議論から考えて、潜水艦の発注先を決めるに際し、豪政府側は日本に対し、対米従属以外の国策があるのかどうか、対米従属できなくなったらどうするつもりか、といった日本の基本戦略について尋ねたはずだ。これらの基本戦略について、日本では公式にも非公式にもまったく議論がない。だから日本は、豪州に対しても十分な答えができなかったと考えられる。豪州は日本に見切りをつけ、フランスに潜水艦を発注した。 (Japan's submarine bid looks sunk)

 豪国防省の戦略立案担当の元高官で今は大学教授のヒュー・ホワイト(Hugh White)は、以前から「豪州が潜水艦を日本に発注することは、日豪が軍事同盟を強めることを意味する」と言い続けてきた。同時に「日本は、同盟強化と潜水艦を絡めて売り込んでいるが、フランスやドイツはそれがないので独仏にすべきだ」とも主張していた。彼は、豪州内の対米従属派(対日発注派)から批判されていたが、ターンブル政権はホワイトの主張を採用し、フランスに発注した。 (If we strike a deal with Japan, we're buying more than submarines) (Hugh White on `The China Choice')

 今回の日本の不成功は、日本側が引き起こした面もある。日本では、安倍首相の周辺が、潜水艦を受注して豪州と同盟を強化することを強く望んでいたが、外務省や防衛省、防衛産業界には、潜水艦の受注に消極的な勢力がかなりいた。日本の高度な軍事技術を、まだ同盟国でない豪州に教えたくないというのが理由と報じられてきたが、国際政治的に見ると、要点はそこでない。潜水艦を機に豪州と同盟を組んでしまうと、米国が「日本は豪州と組んだので米軍がいなくても大丈夫だ」と言い出し、日本の対米従属を難しくしてしまうという懸念が、外務省など官僚側にある。米政府から直接に勧められて潜水艦の売り込みを続けた安倍首相に、官僚が正面から反対することはできなかったが、戦略をめぐる日豪の問答で、豪州が満足しない答えしか出さないことで、外務省は潜水艦受注をつぶすことができた。 (Goodbye Option J: The view in Japan) (Japan considers direct call with Malcolm Turnbull in last-ditch option for $50 billion submarine project)

 昨秋、豪潜水艦を日本が受注する可能性が高まった時、私は、日豪が同盟しない限り潜水艦技術を共有できないと豪州側で指摘されていたことをもとに、潜水艦を皮切りに日豪が同盟を強化し、日豪の間の海域にあるフィリピンやベトナム、インドネシアなども巻き込んで「日豪亜同盟」形成していく可能性について書いた。今回の豪州の決定の周辺にある、ロウィ研究所の議論などを見ていくと、日本との関係を同盟へと強化しない方がいいと考えて豪州が潜水艦発注をやめたことがうかがえるので、これは「日豪亜同盟」の創設を豪州が断ったことを意味すると考えられる。 (見えてきた日本の新たな姿)

 潜水艦の機密を共有したら始まっていたであろう「日豪亜同盟」について、日本は、中国敵視と対米従属の機構としてのみ考えていたのに対し、豪州は米中間のバランスをとった上での、対中協調・対米自立も含めた機構と考える傾向があり、この点の食い違いが埋まらなかった。日本ではこの間、豪州との戦略関係について、中国敵視・対米従属以外の方向の議論が全く出てこなかったし、近年の日本では、対中協調や対米自立の国家戦略が公的な場で語られることすら全くないので、今後も豪州を納得させられる同盟論が日本から出てくる可能性はほとんどない。「日豪亜同盟」のシナリオは、日本の豪潜水艦の受注失敗とともに消えたといえる。日豪同盟はまだこれからだという指摘も(軍産系から)出ているが、目くらまし的な楽観論に感じられる。 (Australia-Japan Defense Ties Are Deeper Than a Sunken Submarine Bid) (Respect must be shown to Japan)

 米政府は、最近まで豪州に対し、独仏でなく日本に潜水艦を発注しろと圧力をかけていたが、豪州が潜水艦の発注先を決めねばならない今春の期限ぎりぎりになって、発注先決定は豪州の内政問題なので米国は介入しないと通告し、豪州が自由に発注先を選べるようにしてやった。米オバマ政権は日本に対し、最後のところではしごを外したことになる。 (Canberra all but rules out Japan sub bid: report)

 米国は最近、ロシアや中国への敵対を強めている。欧州側の対露国境近くでは、連日のように米軍(NATO)の偵察機や戦闘機がロシアを威嚇するように国境すれすれに飛び回り、米露間の緊張関係を増大させている(米国が威嚇しているのに、米欧日のマスコミではロシアが悪いことになっている)。中露と組むBRICSのブラジルや南アフリカでは、米国の差し金で検察が大統領の汚職疑惑(ブラジルのは多分濡れ衣、南アのは昔の事件の蒸し返し)を執拗に捜査してスキャンダルが誘発され続け、米国による政権不安定化策が続けられている。また米国はインドに対し、軍事関係を強める動きを続け、インドを親中国から反中国に転換させようとしている。米国は今後、米国の覇権が崩壊するほど台頭するBRICSを解体させることで、自国の覇権を維持しようとする策を強めるだろう。 (Washington Launches Its Attack Against BRICS - Paul Craig Roberts) (Brazil, Europe, Iran, US, Saudi Arabia - The return of national sovereignty: heading toward one ultimate stand?) (Lula and the BRICS in a fight to the death - Pepe Escobar)

 米国に介入されるほどBRICSは結束を強め、米国の策は逆効果になっていずれ失敗する可能性が高い。だが今後しばらくは、米国が日本や豪州に対し、中国との敵対を強めるから一緒にやろうと圧力をかけ続けるだろう。米国のこの動きに対し、日本は喜んで乗り続ける。だが豪州は、しだいに米国についていかなくなる。今回、豪州が日本でなくフランスに潜水艦を発注したのは、その動きの一つだ。フランスなどEU諸国は、米国が中露敵視を強めるほど、米国についていきたくない姿勢をとっており、この点で豪州と気が合う。フランスは豪州から遠いように見えるが、実は違う。フランスは南太平洋にニューカレドニアなどの海外領土を持ち、豪軍と仏軍はこれまでも一緒に南太平洋に展開してきた。 (In French-Australian submarine deal, broader political and strategic context mattered)

 長期的に見ると、米国から距離を置く傾向を強め、同じく米国から距離を置く中国やフランスなどとの関係を強めようとしている豪州の方が戦略として正しく、最後まで米国との一心同体をやめたがらない日本は失敗していくだろう。金融面でも、ドルを防衛するためのQEやマイナス金利策が世界的に行き詰まり、米国覇権の喪失感が強まっている。米国の覇権が減衰したらどうするか、日本は、豪州に問われる前に考えねばならないはずなのだが、国内の議論はまったくない。馬鹿げた無条件降伏が、再び繰り返されようとしている。これは政府やマスコミだけの責任ではない。自分の頭で考えようとしない日本人全体に責任がある。



【05】日豪は太平洋の第3極になるか

2015/11/29  田中 宇

 日本は、2014年に兵器の輸出を約70年ぶりに解禁して以来の、最大の兵器受注を獲得しようと動いている。それはオーストラリア海軍が発注先を選定中の12隻の潜水艦の建造で、現在の世界各国の兵器調達計画の中で最大額の500億豪ドルの規模だ。 (Japan Guns for World's Biggest Defense Deal: Aussie Subs)

 豪州海軍は現在、6隻の潜水艦を持っている。それらは1990年代にスウェーデン企業(Kockums)から技術供与を受け、新規創業した豪州南部のアデレードの国営造船所(Australian Submarine Corporation)が建造し、豪州独自の「コリンズ級」と呼ばれている(コリンズは第2次大戦の豪海軍の将軍の名前)。だが、設計段階から稚拙な運営や不正行為、無理な設計変更などが重なり、海軍内の人材不足もあって、6隻のうち一部しか十分な運用ができない状態が続いてきた。 (Collins-class submarine From Wikipedia)

 6隻は2020年代に耐用年数を終えて退役する予定のため、豪政府は、12隻の新世代の潜水艦を建造することを09年に決めた(6隻を12隻に増やすのは、中国などアジア各国の潜水艦の増強に対抗するため)。90年代のコリンズ級建造時と同様、アデレードの国営造船所で設計・建造することにして、技術供与によって、新艦の建造と同時に国営造船所の技能を大幅に向上させてくれる外国企業への発注を、豪政府は望んでいる。 (Collins-class submarine replacement project From Wikipedia)

 豪州の潜水艦新造計画に対し、日本とドイツとフランスの政府と企業の連合体が、受注を希望して競争している。日本勢は、日本政府(防衛省、経産省)と三菱重工と川崎重工の連合体で、三菱と川崎が建造してきた海上自衛隊の最新鋭の「そうりゅう」級の潜水艦を、豪州向けに手を加えて受注しようとしている。ドイツはこれまで外国軍向けに160隻の潜水艦を受注した経験を持つ重工業・製鉄会社のティッセンクルップ、フランスは国営造船会社のDCNS(造船役務局)が名乗りをあげている。 (In the deep end: Japan pitches its submarines to Australia)

 日本のそうりゅうは独仏が提案する潜水艦より性能が良いと、豪州などのメディアで報じられている。日本勢にとっての障害は、発注者の豪州政府が、新艦を、豪州の国営造船所で、建造技術を豪側に教えながら建造する「共同開発」を条件にしている点だった。独仏は、企業秘密を含む製造技術を教えつつ豪州で建造することに早くから同意していた。だが日本は、兵器輸出を再開してから1年半しかたっておらず、戦後、外国で大きな兵器を建造したことがなく、海外企業に兵器製造の技術を教えたこともない。 ('No pressure' on subs deal says Bishop)

 船舶の建造技術で世界有数の高い技能を持つ日本の三菱や川崎は、潜水艦の建造についても高度な技術を持っている。日本勢は従来、唯一絶対の同盟相手である米国の防衛産業にだけは、兵器の製造技術に関する機密を見せてきたが、同盟国でもない豪州に対して機密を教えることに大きな抵抗があった。このため、豪政府が自国への技術移転(名ばかりの共同開発)にこだわる限り、日本勢が発注先に選ばれることはなく、独仏のどちらかに発注されると予測されていた。

 だが日本政府は、今年に入って姿勢を大きく変えた。今年5月、日本政府の国家安全保障会議(閣議)は、豪州の新型潜水艦の共同開発の受注をめざすことを決め、豪州政府が共同開発の相手国を決める選考過程で必要になる機密の技術情報の移転を認める方針を決定した。これは、米国にしか軍事技術の機密情報を見せてこなかった日本が、米国以外の国に初めて機密を見せることを決めた瞬間だった。 (豪州との潜水艦の共同開発・生産の実現可能性の調査のための技術情報の移転について) (Japan Approves Disclosing Secret Sub Info to Australia)

 日本政府は豪州に対する機密開示へと態度を転換したが、その後も民間の三菱と川崎は、豪州と共同開発のかたちをとることをいやがった。建造技術の中には民間で培われたものも多いと考えられ、戦後の長い努力の中で築いた職人的な秘密の技術を外国に教えたくないと思うのは当然だ。対照的に、日本政府の方は、豪州から潜水艦を受注することに非常に積極的になり、政府が企業の反対を押し切るかたちで、今夏に受注活動を強化した。日本政府は、官民合同の訪問団を豪州に派遣し、豪州の防衛関連企業を歴訪して親密度を高めようとした。10月1日には、豪潜水艦の受注を意識して、兵器類の開発から輸出までを担当する防衛装備庁が急いで新設された。 (Japan's entry into the international arms export market has been a steep learning curve for the country) (Australia starts building sample submarine hull to prove it deserves the bulk of the $50bn project)

 豪政府は、潜水艦の受注を希望する各国に、来年発注先を決定するので11月末までに受注に関する最終提案をしてくれと伝えてきた。この期限を前にした11月22日には、日豪の2+2会議(外相防衛相会議)が豪州で開かれ、日本側は「日豪が潜水艦を共同開発することで、中国の野放図な台頭を抑止できる」「共同開発は日豪だけの話でなく、日豪米3カ国の同盟体制の強化になる」と、独仏でなくアジアの日本が受注する必要性を政治面から力説して売り込んだ。 (Japan Links Australian Submarine Bid To Regional Security) (Australia-Japan 2 plus 2: China in the periscope?) (Japan Pushes Aussies on South China Sea Patrol Submarines)

 日本側は11月30日に、豪政府に潜水艦の建造計画を正式に提出する。それに先立って11月26日には、日本が受注した場合に軍事技術の機密情報を豪州に移転することを、政府の国家安全保障会議が正式決定した。日本が豪州にあげる軍事技術には、潜水艦のステルス技術や溶接技術、長時間の潜行に不可欠なリチウムイオン充電地の技術など、日本が世界最先端であると考えられている技術が含まれている。 (Japan to Offer Australia Its Top-Secret Submarine Technology) (Japan Close to Submitting Bid For Australian Submarine Program)

 日本政府が豪州から潜水艦を受注しようと奔走する理由は、日本政府の防衛予算が今後もあまり伸びない中で、戦後70年、輸出禁止で抑制されてきた自国の軍事産業を早く成長させたいからだという見方が一般的だ。だが軍事産業の運営は、米国の例を見ても、企業と政府の談合で成立しており、企業が消極的なのに政府が先走る日本の構図は奇妙だ。

 それ以上に奇妙なのは、これまで対米従属を唯一絶対の国家戦略としてきた日本政府が、豪州との事実上の軍事同盟の強化につながる、潜水艦の重要技術の共有に踏み切ったことだ。潜水艦は、軍事技術の中でも最も機密が多い分野といわれる。豪州の新型潜水艦は、2050年代まで使われる予定だ。日本が受注した場合、日豪は少なくとも今後25年間、同じ型式の潜水艦を使い続け、潜水艦の技術を共有し続ける。こうした大規模な軍事技術の共有には、相互の政治的な信頼関係の醸成と維持が不可欠だ。

 豪州との信頼関係を築かないまま、日本が豪州に重要な潜水艦技術をあげてしまうと、豪州がその技術をどのように使うか日本が関知しきれなくなる。豪州の政界には、ラッド元首相など、親中国の左派勢力もいる。もし今後、豪州がどんどん親中国の方に進むと、日本からもらった潜水艦の技術を中国にコピーさせることがありうる。そうならないようにするには、日本が豪州と安保条約に近いものを締結するのが早道だ。

 豪州のシンクタンクの軍事分析者(Mark Thomson)は、日豪の潜水艦の共同開発について、軍事ビジネスの範疇をはるかに超えた、日豪の戦略上の転換だと書いている。著者はこの点を詳述していないので私なりに解釈すると、日本は、従来の対米従属一辺倒を離脱し、米国だけでなく豪州とも同盟関係を持つことを覚悟しなければならないし、豪州は第2次大戦の敵だった日本と同盟関係に入ることを覚悟せねばならない、ということだ。この著者は、日本政府が、この件が持つ戦略的な重大さを十分に把握しているのか疑問だ、とも書いている。 (Australia and Japan: The Unknown Unknowns)

 日本でなく独仏が潜水艦を受注した場合、豪は独仏と新たな同盟関係を組むわけでない。だから、日本が受注しても日豪が安保条約を結ばねばならないと考えるのは間違いだということもできる。しかし豪政界では、左派が「日豪の共同開発は、安倍の日本の好戦的な中国敵視策に、豪州が巻き込まれていくことを意味する。やめた方がいい」と主張している。豪州では、潜水艦を日本と共同開発することが、軍事ビジネスを大きく超えた、国家戦略の問題として論争されている。独か仏に発注することは、豪州が、日本と同盟関係に入るのを拒否することを意味する。 (Japan Renews South China Sea Alert, Pushes Aussies on Submarines)

 日本政府の目的が自国の軍事産業の育成だけであり、豪州との同盟を望まないなら、豪州と機密情報を共有するのをことわり、潜水艦受注をあきらめ、まずは機密開示が必要ない完成品の兵器の輸出に専念するのが良い。日本政府がそのようにせず、いきなり豪州との機密共有に踏み切るのは、おそらく米国がそうしろといっているからだ。米国は日本に「日米安保体制を維持したければ、豪州に潜水艦の作り方を教え、米国の同盟国である豪州の潜水艦技術を強化してやってくれ」といわれているのだろう。対米従属しか眼中になかった日本が、こんな大きな戦略転換を、独自に決めるはずがない。2+2で訪豪した日本の外相や防衛相は「日豪が米国との同盟関係を強めるために、日豪が潜水艦を共同開発するのがよい」と言い続けた。 (従属のための自立)

 米国は豪州にも、日本に発注しろと圧力をかけているはずだ。豪州は、日本に発注する可能性が高い。豪州は今年9月に、与党である自由党(保守政党)の党首選挙で、それまで首相(党首)だった右派のアボットが負け、穏健派のターンブルが新首相になった。前首相のアボットは、日本の安倍と親密で、両者の関係があるので日本への発注は間違いないといわれていた。アボットが辞めたことで、日本への発注の可能性が格段に下がったという見方もある。だがおそらく、発注先の選定はもっと戦略的な思考に基づいている。誰が豪の首相であろうが、日本に発注する可能性が高い。 (Japan waits to see whether new Australian leader will rock the boat on defense) (Australian leader swap further dents Japanese submarine bid)

 日豪が潜水艦技術を共有し、事実上の同盟関係を強めることは、中国だけでなく、米国にとっても、自国の覇権(国際影響力)を制限することにつながる。米国が単独覇権の永続化を望み、日本や豪州の方も対米従属を望む限り、日本と豪州は別々に米国と同盟関係を組む「ハブ&スポーク」型の覇権構造を維持したがる。これが日米豪の3国同盟になると、かなり様子が変わる。

 今後、国際社会で中国の政治力(覇権)が拡大し、米国の覇権が縮小することが予測されるが、それをふまえると、いずれ日本と豪州が同時期に親中国の政権になることがありうる。たとえば、日本の鳩山政権と、豪州のラッド政権が同時に存在し、同盟関係が日米と米豪の別々でなく、日米豪の3国同盟になっているような場合を仮定する。そうすると、中国を重視する日豪の政権が米国の中国敵視策を共同で抑止して骨抜きにしてしまう展開があり得る。覇権を維持したい国は、この手の事態をおそれ、覇権国と従属国の関係をできるだけ1対1のハブ&スポーク型にしたがる。中国も、南シナ海の紛争において「中国対ASEAN」でなく「中国対各国」の1対1の個別関係で交渉したがる。ASEANとして団結すると、相手が強くなってしまうからだ。

(欧州には集団安保のNATOがあるが、これは実のところ、米国の覇権組織でなく、英国が米国の戦略を黒幕的に操ってソ連敵視策を維持し、欧州大陸を間接支配するための機構だ)

 米国が単独覇権を永久に維持したいなら、潜水艦を使って日豪を新たな同盟関係に誘導することをしないはずだ。米国が日豪を同盟させたいのは、西太平洋地域の安全維持や、中国の台頭に対する抑止などの行動を、米国の代わりに日豪の同盟体にやってもらいたいからだろう。米国は近年、単独覇権体制が解体していくことを容認する傾向が強く、ユーラシア中央部が中露の影響下に入ったり、ロシアやイランが中東で影響力を拡大することを容認している。この傾向を延長すると、日豪が同盟することの意味が見えてくる。日豪同盟は、反米的な色彩を持つのでなく、米国の覇権の下請けとして発足し、いずれ米国の国際影響力が低下するほど、東アジアの自立した国際体制の一つになる。

 地図を見ると、日本と豪州の間に、フィリピン、インドネシア、マレーシア、シンガポールなどの国々がある。日本と豪州の間の海域には、有名な2本の線が通っている。それは「第1列島線」と「第2列島線」である。西側を通る第1列島線は、沖縄の西、台湾の東、フィリピンの西を通り、南沙諸島を包み込むかたちでベトナム沖まで続き、中国が主張する領海や経済水域の東端を意味している。第2列島線は、日本列島の東からグアム島の西、フィリピンの東を通っており、米国の領海や経済水域が散らばる海域の西端を意味している。米国は、ブッシュ政権時代の米中対話で、2つの列島線を米中の影響圏の境界とすることで話をしている。 (消えゆく中国包囲網) (第1、第2列島線の地図)

 中国は第1列島線より西、米国は第2列島線より東が影響圏だとすると、2つの列島線の間は誰の影響圏なのか。これまで、日本やフィリピンは対米従属だったので、2つの線の間も米国の影響圏だった。だが今後しだいに米国の覇権力が低下していくと、米国は第2列島線まで後退し、その後、放っておくと中国が第2列島線まで東進し、自分の影響海域だと言い出すだろう。しかし、2つの線の間に、日豪をはじめとして、いくつもの主権国家が存在する。これらの国々が今のように対米従属しつつバラバラに存在したままだと、いずれ米国が後退して中国が台頭したときに、バラバラに対中従属させられることになる。 (米中は沖縄米軍グアム移転で話がついている?)

 そこで出てくるのが「日豪同盟」だ。2つの列島線の北の端は日本、南の端は豪州だ。その間にフィリピン、インドネシア、マレーシア、シンガポールなどがある。日豪が、間の国々とも連携しつつゆるやかな同盟関係(東南アジアを含める意味で「日豪亜同盟」と呼んでおく)を強めていき、2つの列島線の間に独自の領域を作ってしまえば、米国が衰退して中国が台頭しても、自立を維持でき、対中従属する必要がない。世界が多極化していく中で、日豪亜同盟は、西隣の中国と、東隣の米国の間の、太平洋地域の「第3の極」になりうる。

 最近の安倍政権の動きを見ると、日豪の潜水艦の共同開発のほかにも、日豪亜同盟を意識している感じを各所で受ける。日本が南シナ海の紛争に介入し始めたことが、そのひとつだ。第1列島線が通る南シナ海は、中国の影響圏と、日豪亜同盟の領域が接する地域だ。日本が対米従属を永続化したいなら、自国の領海からはるかに遠い南シナ海に自衛隊が常時いる状態にすることは、米国から強く要請されたことであってもマイナスだ。いずれ米国が「南シナ海で中国を監視したり威嚇するのは日本に任せた」と言い出しかねず、この部分で日本が米国から自立した軍事行動をとることを米国から求められることにつながるからだ。だから日本側は従来「装備の拡大が追いつかないので南シナ海に自衛隊を常時出すことは無理です」といいわけし、米国の要請を断ってきた。 (日本が南シナ海で中国を挑発する日)

 だが安倍首相は11月19日、マニラでのAPECサミットで米オバマ大統領と会った際、南シナ海に海上自衛隊を派遣して米軍を支援することを検討していると表明した。この表明の後、菅官房長官は日本のマスコミに対し、具体的な計画はないと発表し、急いで火消しに回った。だが、安倍は、今年5月の訪米時に日本のTPP加盟や自衛隊の海外派兵拡大を国会で決める前に米国に約束してしまうなど、国会など国内の了解をとりつける前に米国に対して重要政策の実行を約束する常習犯だ。自衛隊が南シナ海に長期駐留する態勢が作られていきそうだ。 (Japan considers sending navy to aid US in South China Sea) (多極化への捨て駒にされる日本) (China is on `High Alert' for Japan's `Intervention' in South China Sea)

 安倍の南シナ海進出表明の翌日、米政府は、日本に最新鋭の無人偵察機グローバルホーク(3機、12億ドル)を売ることを初めて正式に許可した。米国は日本に対し、南シナ海での中国軍の動きを偵察する役割を任せたいと求め続けてきたが、日本の防衛省は以前から、自衛隊の偵察能力は装備や人材の面で限界があり、日本近海の偵察だけで手一杯で、南シナ海まで手がけられないと尻込みしてきた(真の理由は、すでに書いたとおり、日本が外国での軍事行動を増やすと対米従属から逸脱させられていくので)。偵察機を売ることで、米国は日本に「これで偵察能力がかなり高まる。もう能力の限界をいいわけにできないよね」と言えるようになる。 (U.S. approves sale of Global Hawk drones to Japan)

 南シナ海での「中国の脅威」を口実にした、日本からフィリピンへの武器の技術支援や売却も、日豪亜同盟の構想推進の一環と考えると合点がいく。日本は、マニラ周辺の鉄道建設への融資など、フィリピンのインフラ整備への支援も強化している。これも中国に対抗する策だろう。今年、インドネシアの新幹線の建設受注合戦では、日本勢が中国に破れている。日中間で、影響圏づくりのせめぎ合いが起きている。 (Japan is using South China Sea tensions to peddle military hardware in Asia) (Philippines, Japan vow closer defense ties) (Japan's $2-B loan to fund Philippines's largest railway system) (Abe disappointed over Indonesia train project)

 10月に日本が土壇場の交渉のまとめ役をやって締結したTPPも、アジア側の参加国の顔ぶれを見ると、日本、豪州、シンガポール、マレーシア、ブルネイ、ニュージーランドといった、日豪亜同盟の地域の中にある国々がそろっている。もうひとつTPPの調印国であるベトナムも、中国に従属したくない傾向があるので、日豪亜同盟に入るか、もしくは両義的な立場をとるかもしれない。インドネシアはTPPに入っていないが、日豪との関係性に以前から気を使っている。 (TPPは米覇権の縮小策)

 TPPは、米国企業が国家を越権できるISDS条項など、対米従属的な色彩が強いので、TPPを日豪亜同盟の原形とみるのは無理がある。だが日豪亜同盟は、今後しばらく米国覇権体制の下請け機構として機能し、いずれ金融バブルの再崩壊などによって米国の覇権が低下したら、それに合わせて静かに自立していく流れが予測されるので、対米従属と日豪亜同盟は矛盾するものでない。 (安倍訪米とTPP)

(米国の金融バブルが崩壊すると、その前にQEを目一杯やっている日本が財政崩壊する可能性が高い。米国の金融財政の崩壊は、米国の覇権喪失を招き、世界の覇権体制の不可逆的な多極化が起きる。一方、日本は今のところ地域覇権を何も持っていないので、一時的な国力低下を経験するだけだ。国力低下が長く続くと、日豪亜同盟どころでなくなるが) (出口なきQEで金融破綻に向かう日米) (日本経済を自滅にみちびく対米従属)

 安倍政権が進めた集団的自衛権の拡大も、日豪亜同盟と重ねてみると、新たな側面が見えてくる。日本の議論は「集団」を「日米」に限定して考えているが、この「集団」が「日豪亜」であるとしたら、それは地域覇権的な日豪亜の集団安保体制の準備となる。 (インド洋を隠然と制する中国)

 日本は今のところ日豪亜同盟を「中国敵視網」の道具として作っている。豪州は、それを気がかりなことと考えている。しかし、日豪亜と中国は、恒久的に対立すると決まったわけでない。中国包囲網は米国の発案であり、日本に「中国包囲網の一環として豪州やフィリピンとの軍事関係を強化し、準同盟関係にまで引き上げろ」と勧めているのも米国だ。だから日本は「中国敵視」の衣をまとって、フィリピンや豪州との軍事関係の強化、集団的自衛権の拡張、憲法改定などを強行している。

 しかし今後、いずれ米国の覇権が衰退し、米国に頼れなくなった日豪亜が自立した地域勢力になると、中国と対立し続けることが、コストの大きすぎる、不必要な行為になる。日豪亜のすべての国が、経済面において中国と密接な関係を持っている。中国が日豪亜を自国の覇権下に押し込めようとせず、日豪亜と共存することを認めるなら、両者の関係はどこかで均衡し、平和理に安定したものになる(その時には南シナ海や東シナ海の領海紛争が何らかのかたちで解決している)。 (中国包囲網の虚実 2)

 中国は、第1列島線の内側について譲る気がないが、その外側の、2つの列島線の間の地域については態度が曖昧だ。こうした行動規範から考えて、日豪亜が団結しても、それで中国が脅威感を公式に表明することはない。中国から見ると、米国の覇権が失われて孤立した日本が暴走するかもしれない予測不能な状況に陥るより、米国と同じアングロサクソン系の豪州が日本と同盟を組み、日本を監視し、安定的な行動に導いてくれる方がましだ。中国は、むしろ日豪亜同盟を、中国敵視をやめることを条件に、積極的に容認する可能性がある。その時に、豪州の左派勢力と中国のつながりが生きてくる。 (多極化に備えるオーストラリア)

 東南アジアには同盟体としてASEANがあるが、ASEANは中国に押し切られることが多く、中国と対等な「対話」ができていない(中国にとって東南アジアは歴史的に、従属させる周辺地域だった)。日本も、米国の後ろ盾を失った単独の状態だと、中国を敵視・嫌悪するか、鎖国的に無視するか、無能もしくは卑屈に言いなりになるかで、中国とバランスを保った関係を築くことが困難だ。日本とASEANと豪州がバラバラな現状のまま、米国の覇権が低下すると、豪州も中国との対等性を維持できない。これは中国の「一人勝ち」というよりも、地域の不安定化をもたらしかねない。 (中国の台頭を誘発する包囲網) (中国包囲網のほころび)

 対照的に、日豪亜が連携するなら、アングロサクソン系の豪州の英国譲りの国際戦略技能と、日本の技術力が組み合わさり、国際政治の戦略分析が無能な日本は豪州に学べるし、間に位置する東南アジアの国々は、中国と日豪をバランスさせて安定を得ることができる。東南アジアの中でも、インドシナやタイ、ミャンマーは、日豪亜でなく中国の傘下に入る傾向が強いだろうが、シンガポールやフィリピンは喜んで日豪亜の方に乗ってくるだろう。

 日豪亜が同盟体に近づくことにはリスクもある。最大のものは、米国の覇権が強い間に、軍産複合体が、日豪亜、特に日本を扇動して中国と戦争させようとする懸念だ。豪州の懸念はここにある。しかし、それが全面戦争になる可能性は低い。先例として、先日トルコが対シリア国境地域でロシアの戦闘機を撃墜したことがある。米国がトルコに撃墜を事前了承(扇動)した可能性が高いが、トルコとロシアは全面戦争にならず、逆にトルコがISISをこっそり支援してきたことが暴露され、露軍がシリア・トルコ国境を閉鎖してISIS支援が不可能になり、トルコが窮する結果になっている。08年に米国(軍産)がグルジアを扇動してロシアに戦争を仕掛けさせたときも、グルジアの惨敗と、ロシアの事実上の領土拡大で終わっている。トルコもグルジアも、米国の扇動に乗ってロシアと交戦したことを後悔し、米国に対する不信感を教訓として持つことになった。 (トルコの露軍機撃墜の背景) (米に乗せられたグルジアの惨敗)

 こうした先例を日本に当てはめると、日本が米国に扇動されて南シナ海か東シナ海で日中が交戦した場合、領海を拡大するのは中国の方だ。日本は敗退し、国際的に屈辱を味わうだろう。それはむしろ長期的に日本にとって、米国(軍産)の扇動を軽信して戦闘すると惨敗するという「良い教訓」になる。戦後の日本は、交戦しないことで、対米従属のおいしい部分だけを得てきた。米国の覇権が低下し、豪亜との軍事同盟を強め、交戦がありうる今後の日本は、対米従属の危険な部分を見極める必要がある。頭で理解できないなら、身体(実際の交戦)で教訓を得ることになる。 (集団的自衛権と米国の濡れ衣戦争)

 日本が豪州に潜水艦の共同開発を正式提案するのと同時期に、日本政府は、南氷洋での調査捕鯨の再開を発表した。捕鯨に反対する豪政府は11月28日、日本を強く非難する声明を出した。安倍政権が、日本政府のすべてを統括できているなら、何としても豪州から潜水艦の共同開発を受注したいこの時期に、わざわざ豪州を激怒させ、豪州内で日本への発注に反対している勢力を伸張させてしまう調査捕鯨再開の決定を出すはずがない。調査捕鯨再開の発表は、安倍をかついでいる日本の官僚機構の中に、豪州との潜水艦の共同開発と、その先にある日豪亜同盟の形成を阻止したい勢力がいることを示している。 (Australia slams Japan's decision to resume Antarctic whaling) (Japan gives green light to commence whaling in the Antarctic)

 官僚機構は、対米従属が続く限り、日本の権力を隠然と独裁的に握り続けられるが、日豪の準同盟化が進み、日本が対米従属以外の国際戦略を持つようになると、その部分が官僚でなく政治家の主導になり、官僚独裁が崩れかねない。日豪の準同盟化は、安倍が、これまでの官僚の傀儡としての振る舞いから少しずつ逸脱していることを意味しうる。もしかすると今後、安倍と官僚との暗闘が拡大し、スキャンダルの暴露や、民主党が官僚の傀儡勢力として安倍を引きずり降ろす政治劇などが始まるのかもしれない。1970年代に米国が日本を対米自立に誘導した時は、中国に接近した田中角栄がロッキード事件で米軍産と日本官僚に引きずりおろされている。 (民主化するタイ、しない日本)



TAIPEI TIMES / Taiwan News
  2017/4/17 News List

【06】No ceremony for Japan office in Taipei renaming

   By Chung Li-hua and William Hetherington / Staff reporter, with staff writer

The Ministry of Foreign Affairs has no plan to hold a ceremony or a news conference to mark the official renaming of the Association of East Asian Relations to the Association of Taiwan-Japan Relations, sources said yesterday.

The Association of East Asian Relations handles ties with Japan in the absence of formal diplomatic ties, which ended in 1972. Its office in Tokyo changed its name to the Taipei Economic and Cultural Representative Office in Japan in 1992.

Japan also set up a quasi-official organization, formerly known as the Interchange Association, Japan, to represent its interests in Taipei. The organization was renamed the Japan-Taiwan Exchange Association in January, with a ceremony in Taipei to unveil the new plaque.

At a meeting of the legislature’s Foreign and National Defense Committee on March 6 in response to lawmakers’ queries, Minister of Foreign Affairs David Lee (李大維) said the Executive Yuan was reviewing a proposal to change the name of the Association of East Asian Relations to the Association of Taiwan-Japan Relations.

Sources said yesterday that the proposal has been approved by the Executive Yuan, adding that implementation was held off due to US President Donald Trump’s meeting with Chinese President Xi Jinping (習近平) this month, and that the work is expected to be completed in the next several days after some technical details are worked out.

However, the ministry plans to quietly announce the renaming via a press release and would not hold a ceremony or a news conference, sources added.

Legislators pushing for a ceremony have said that such an event should be held in Tokyo if possible, and if not, then a news conference should be called in Tokyo about the name change.

Democratic Progressive Party Legislator Wang Ding-yu (王定宇) said the name change should be celebrated with great fanfare, which would improve Taiwan’s foreign affairs morale and attract international attention, adding that Taiwan should also exercise caution to avoid harming its relationship with Japan.

Former representative to Japan Koh Se-kai (許世楷) said a press release is excessively low-key for the name change.

President Tsai Ing-wen (蔡英文) should more positively respond to the good relations between Taiwan and Japan, he said, adding that Taiwan is a sovereign nation and should not be concerned with China’s reaction.

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【07】米国債利払い停止危機再び

2013/9/28  田中 宇

 米国の連邦政府の財政年度は10月1日に始まる。本来、夏休み前までに、政府(大統領府)が決めた来年度予算を議会で決定していなければならない。しかし今の米議会は、上院で民主党が多数派、下院で共和党が多数派のねじれ状態で、予算案が議会で通らず、9月の年度末までに来年度予算が決まりそうもない状態だ。 (No clear path to ending U.S. debt limit, spending impasse) (Obama admin. starts preparations for shutdown)

 米政界では、予算審議が政治駆け引きの道具に使われることが多く、これまでも年度末に次年度予算が決まっていないことが何度もあった。米議会はその場合、年度末が近づくと、2大政党が現実重視で歩み寄り、翌年度の最初の四半期分の暫定予算だけを決め、米政府の機能不全を避ける。その後、翌年初めに暫定予算の期末がくると、再び予算を駆け引きの道具にして議会で論争が再燃し、ぎりぎりの段階で、次の四半期分の暫定予算を決める。そのようなことが今年度も行われた。今日(9月28日)から2日後の9月30日、米政府の財政年度が終わる。今回はまだ、来年度の最初の3カ月間の暫定予算も決まっていない。 (Republicans shun shutdown but flirt with default)

 米議会の共和党は、来年度予算の可決を、来年から始まる予定の新たな官制健康保険制度「オバマケア」を阻止することと絡めようとしている。小さな政府を好み、自由市場原理で、福祉や弱者救済を嫌う傾向が強い共和党では、健康保険制度の拡充に反対する声が強く、オバマケアに関する支出を来年度予算から外し、オバマケアの開始を延期するなら、3カ月分の暫定予算を通してやると言っている。共和党が多数派の下院ではこの線に沿って、オバマケア関連の支出を全削除した12月までの暫定予算を可決した。 (US Fiscal Battles And The Potential Market Impact Explained)

 対照的に民主党は、オバマケアを予定通り開始することを目論んでいる。民主党が多数派の議会上院は9月27日、下院の法案を修正してオバマケアの支出を含んだかたちに変え、11月半ばまでの45日分の暫定予算として可決し、下院に差し戻した。9月30日までに上下院の間で妥協が成立するかが注目点だ。9月30日のぎりぎりで暫定予算が成立するしれないが、逆に、予算も決めずに来年度に突入することになるかもしれない。その場合、米連邦政府の80万人の公務員の給料遅配や自宅待機などが起こる。暫定予算が可決されても、しばらくたつと予算が切れ、また同じ議論の繰り返しになる。 (Impact of a government shutdown)

 予算編成の危機を先送りできたとしても、その先にもっと大きな財政危機が待っている。「財政赤字総額の上限問題」である。米国は法律で政府の財政赤字の総額(米国債の発行総額)が決まっている。現在の上限額は16兆7千億ドルだ。米政府は、今年5月、この上限まで国債を発行してしまい、それ以来、新規の国債を発行できない状態だ。オバマ政権は、議会に赤字上限を引き上げるよう、以前から申し入れてきた。 (October 17th : The Day The U.S. May Run Out Of Cash)

 だが、下院の多数派を占める共和党が「小さな政府」を推進しようと「赤字上限を引き上げる額と同額の政府支出を削減しない限り、引き上げに応じない」と突っぱねており、米国債の新規発行ができないままになっている。仕方がないのでオバマ政権は、公的年金の支払いを遅らせ、その資金を政府支出にあてるなどの非常手段で、政府を運営し続けてきた。しかし、税収が意外に伸びなかったこともあり、非常手段が限界に来ており、10月17日には米政府の手持ち資金がほとんどなくなる(30億ドル程度になる)と、ルー財務長官が発表した。米議会の予算事務局は、10月22日から31日までの間に、米政府の資金が尽きると予測している。 (Americans toy with their fiscal sanity)

 米政府の資金が尽きることは、予算が未編成のまま新年度に突入することと同様、公的年金や社会保障の遅配、公務員らに対する給料未払い、教育行政の遅滞、国立公園の閉鎖などが起こりうる。これらだけなら、米国民は困窮するものの、金融市場への影響はあまりない。しかし、米政府の資金が尽きることは、米政府が米国債の利払いや償還金ができなくなることも意味している。利払いや償還ができないと、米国債はデフォルト(債務不履行)となり、信用が急落し、債券金利が急騰する。 (A debt-ceiling ransom note takes shape) (Stocks slide with eyes on D.C.)

 いったんデフォルトすると、米国債に対するこれまでの絶大な信頼を回復するのは困難だ。米議会の共和党は、米政府の手持ち資金が逼迫した場合、他のあらゆる政府支出より先に米国債の利払いを行うとする法案を出した。これは以前のデフォルト危機の際にも法制化されたことがある。しかし今回、オバマ政権は「他の用途に使うべき資金を国債利払いにあててデフォルトを先送りするのは、デフォルトと同様の事態であると投資家が考えるので意味がない」と、共和党の提案を拒否した。 (Lew Issues Debt-Ceiling Warning) (Boehner insists no debt-ceiling deal without spending cuts)

 オバマ政権は、赤字上限の引き上げ問題で共和党と議論することを拒否している。米政府はすでに昨年から財政緊縮策に取り組んでおり、共和党が求める追加の財政緊縮に応じるのは無理だ。また共和党は、ここでも話をオバマケアと絡めており「オバマケアの開始を1年遅らせるなら、1年分の財政赤字に相当する赤字上限額の引き上げを了承する」とも言っている。オバマケアの施行は、オバマが非常に重視することなので、これも応じるわけにいかない。 (米歳出一律削減の危険) (Obama stands firm on refusal to negotiate over US debt ceiling)

 オバマは、米国の金融界や大企業の経営者に、共和党に圧力をかけて赤字上限を引き上げさせてくれと頼んでいる。赤字上限が引き上げられず、米国債がデフォルトして債券金利が高騰すると、米国経済や金融界が大打撃を受ける。共和党は金融界や資本家と親しい政党なので、財界からの圧力が効くはずだ。 (Obama Calls On CEOs To Help Avoid Debt Ceiling Battle With Republicans)

 しかし共和党内には、金融界や軍産複合体といった資本家系の勢力と別に、草の根のリバタリアンなど、肥大化し、権限を持ちすぎている連邦政府を嫌い、小さな政府を本気で推進したがっている勢力がいる。彼らは、あえて米国債をデフォルトさせた方が、米政府の安直な肥大化を可能にする財政赤字の拡大が不可能になり、強制的に小さな政府を作れるので好都合だと考えている。彼らは「米政府は、まだまだ隠れた貯金を持っており、簡単に財政破綻しない。デフォルトを恐れず過激にやるべきだ」と言っているが、これは隠れたデフォルト誘発策である。 (Republicans shun shutdown but flirt with default) (Americans toy with their fiscal sanity)

 共和党は内紛がひどくなっている。9月27日に上院で来年度予算案を票決した際には、45人の共和党議員のうち25人が、民主党提出の予算案に賛成した。予算案に反対して来年度暫定予算を潰し、米国民を困窮させたのは共和党の責任だと有権者から言われるのを恐れた議員らが、民主党案支持に寝返った。オバマ政権は、このような共和党の分裂があるので、来年度予算や、赤字上限の問題で、共和党に勝てると思っているようだ。 (Senate defeats Cruz filibuster, passes bill that funds Obamacare)

 オバマ政権は、議会が赤字上限を引き上げる法律を改定できないなら、法律とは別に大統領令で赤字上限を引き上げることも検討しているという。しかし、法的な有効性は疑問だ。 (If all else fails, Obama will raise debt ceiling himself: analyst)

 すでに、米国債がデフォルトしたら保険金が支払われる保険であるCDSの価格(保険料)が、1週間で6倍にはね上がっている。これまで金融市場では「従来も何度か赤字上限問題で議会が紛糾したが、その都度なんとか乗り切ってきた。今回も政治家は緊張感をあおっているが、ぎりぎりで妥結するだろう」と考えてきたが、最近になって、もしかしてデフォルトするかも、という懸念が増している。今後の数週間、米国の政界と金融市場は、財政の問題で混乱しそうだ。 (Cost to Insure U.S. Government Debt Soars) (Analysis: Washington to Wall Street - Threat of default is real) (世界を変える米財政危機) (終わらない米国の財政騒動)



【08】米大統領選挙の異様さ

2016/8/28  田中 宇

 今年の米国の大統領選挙をめぐり、米国のマスコミが異様な態度をとっている。これまでの大統領選挙に際し、米マスコミ、特に日刊紙や週刊誌の業界で、何割かは民主党候補への支持を表明し、何割かは共和党候補を支持するのが通常だった。たとえば、08年の大統領選挙で、日刊紙のうち296紙がオバマへの支持を表明し、180紙がマケインへの支持を表明した。12年の選挙でも、無数の新聞がオバマとロムニーの2大候補への支持を表明した。 (Newspaper endorsements in the United States presidential election, 2008) (Newspaper endorsements in the United States presidential election, 2012)

 だが、今年の大統領選(予備選段階)では、日刊と週刊を合わせて80紙以上がクリントンを支持したのに対し、トランプへの支持を表明したのはわずか4紙しかない。支持したのは、日刊紙ニューヨークポストや、トランプの娘婿が所有する週刊誌ニューヨーク・オブザーバーといった、トランプの地元NYのタブロイド3紙などで、いわゆる大手の「高級紙」は含まれていない。今年の分は、まだ2大政党が個別に行う党内の予備選挙に際して誰を支持するかという段階のものしか出ておらず、11月の最終投票に際してどちらの候補を支持するかという話は9-10月にならないと出てこない。 (Newspaper endorsements in the United States presidential election, 2016)

 7月の共和党の予備選挙に際し、ジョン・カシッチへの支持を表明したのが約50紙、マクロ・ルビオを支持したのが約20紙あった。新聞に支持された数でみると、トランプよりも、カシッチやルビオの方が「まともな候補」だ。共和党の予備選で、両者のどちらかが勝っていたら、今年の大統領選挙も従来と同様、無数の新聞が2大候補を支持して競う「常識的」な展開になっていただろう。だが予備選で勝ったのは「泡沫候補」のはずのトランプだった。ウィキペディアによると、11月の本選挙に向けて、今のところ4紙誌がクリントン支持を表明している。トランプ支持はゼロだ。 (Newspaper endorsements in the United States presidential primaries, 2016) (Sorry, Hillary: Trump's policies are clearly better for blacks)

 予備選での状況から見て、本選挙でも、新聞雑誌の支持表明のほとんどがクリントンに向かうと予測される。米国のマスコミは、クリントンに対する支持が圧倒的に強いだけでなく、トランプに対する批判や敵視が圧倒的に強い。米国の諜報当局(NSA)不正を報じて有名になった「権威」ある記者グレン・グリーンワルドは、米国のマスコミはトランプ敵視で完全に結束していると述べている。グリーンワルドが主催するサイト( theintercept.com )には、トランプを批判する方向の特ダネ記事も出ており、トランプ支持者による思い込み発言でなく、客観的な指摘として重要だ。 (Is the Elite Media Failing to Reach Trump Voters?) (Glenn Greenwald: The U.S. Media Is Essentially 100 Percent United Against Donald Trump) (Private Prison Involved in Immigrant Detention Funds Donald Trump and His Super PAC)

 なぜ米マスコミはトランプを敵視するのか。マスコミ自身がよく語っていることは、トランプは人種差別主義者だから、偏見が強いから、ウソばかり言っているから、といった感じのことだ。トランプは、メキシコからの違法移民の流入を止めることに関して、ラティノ(ヒスパニック系)の怒りをかうようなことを言ったり、テロ対策として米国へのイスラム教徒の移民を禁止せよと言ってムスリムの怒りをかったりしている。 (A new poll showing Hillary Clinton up 10 points gives insight into why Donald Trump's campaign is faltering) (Just How Bad Is (Social) Media Bias In This Election?)

 この手の発言は、大統領選に出馬する前からのトランプの傾向で、トランプはこの手の発言を繰り返しながら、ずっとテレビ番組に出演し続けてきた。彼は、テレビ番組の制作まで手がけている。トランプの発言は、少なくとも米国のテレビの倫理規定に違反していない。テレビの討論番組での受けを狙うような、意図的な問題発言を発するトランプの姿勢は、選挙戦など政界での発言としてどぎついが、マスコミがよってたかって落選させる必要があるほど劣悪であるかどうかは疑問だ。 (Do I think Hillary Will Win? Buckle Your Seats – This Will be Worse than You Thought)

▼トランプへの濡れ衣「赤ん坊を追い出した」

 むしろ、マスコミの方が、意図的にトランプに濡れ衣をかけて悪い印象を定着させようとする報道をしている。トランプは8月2日、バージニア州で演説した。演説で中国批判を展開中に、聴衆の中で赤ちゃんが泣き出し、泣き止ませようとするがうまくいかずあわてる母親を見て、トランプが「私は赤ちゃんの泣き声が大好きだ。泣き止ませなくていいよ。そのままで大丈夫」という趣旨をおどけて言って聴衆をわかせた。数分後また赤ちゃんが泣き出し、トランプが母子にまた何か冗談を言いそうだと聴衆の目が母子に注がれ、泣き止ませるため会場を出てもいいものか母親が迷った挙句に外に出ることにすると、トランプは「さっきのは冗談。外に行って泣き止ませてもいいよ。私が本当に、赤ちゃんの泣き声の中で演説したがる人だと思ったかい?」と言って、また会場をわかせた。トランプの当日の演説の動画に加え、母親(Devan Ebert)が後日テレビに出て語ったところを総合すると、そんな展開だった。 (FULL Donald Trump & The Crying Baby At Rally) (Mom of crying baby defends Trump: I thought it was hilarious)

 母親は後日「トランプは陽気で、演説会はとても楽しかった。会場の人は皆よくしてくれた」とFOXテレビに出て語っている。しかしこの日のやりとりでトランプが「(子供を泣かしたままにしておいてほしいという私の冗談を信じないで)外に出て行ってもいいよ」(You can get that baby out of here)と母親に呼びかけたのを、いくつものマスコミが「(泣き止まないなら)外に出てくれた方がいい」と言ってトランプが母子を追い出したという話に曲解し「トランプは非人間的」「罪もない母子を演説会場から追い出す心ない奴」と報じた。 (Donald Trump Jousts With a Crying Baby at His Rally) (Trump at rally: 'Get the baby out of here')

 トランプ非難を繰り返す(非難することで実は応援する「隠れ何とか」かもしれない)英ガーディアン紙は「だからトランプはダメなんだ」といった「解説記事」まで出した。「ベビーゲート(babygate)」と呼ばれたこの件で、ひとしきりトランプが叩きまくられた後、現場にいた記者たちが後日、真相を書き始めた。母親がテレビに呼ばれて真相を語り「報道はトランプのユーモアを誤解している」と擁護した。トランプが即興で語る言葉は、その場にいる人に感銘を与えるようだが、独自のおどけやひねりがあるため、トランプ敵視のマスコミの意図的な歪曲を受けやすい。だが、マスコミがトランプを叩くほど、演説会場の現場では、これまで軽信していたマスコミのインチキに気づき、トランプを支持し始める人が増えているともいえる。 (Donald Trump's treatment of a crying baby reveals his total lack of empathy) (No, Donald Trump did not eject a baby) (Trump is right: He didn't kick a baby out of a campaign rally) (Devan Ebert, mom of baby 'kicked out' of Donald Trump rally, says joke was 'blown out of proportion')

▼トランプとクリントンの「ウソ」の違い

 ガーディアン紙などは、トランプの「ウソ」を問題にしている。演説の中で、クリントンはほとんど間違ったことを言わないが、トランプはしばしば事実と異なる「ウソ」を言う。トランプはウソつきなので大統領になる資格がない。マスコミがトランプを大統領にしたくないと考えるのは当然だ。マスコミは、ウソつきが大統領になることを防ぐという「良いこと」をしている、という論調だ。 (Guardian: “yes media is weighted against Trump” because he's “rubbish”)

 だが、マスコミがトランプの「ウソ」と称するものの多くは「ウソ」というより「数字などの記憶違い」だ。数字の言い間違いは、悪意を持った人から見ると「意図的な誇張」とみなされ「ウソつき」と呼ばれてしまう。米議会など政界は、そのような与野党間の攻撃に満ちている。クリントンは、夫のビルが93年に大統領になって以来、政策立案に関与する大統領夫人、上院議員、国務長官として20年以上、ずっと米政界の上の方で活動していた。だから彼女は、選挙戦で語られるような数字や事実関係の多くが頭に入っており、正確にすらすらと出てくる。 (Trump's Week of Errors, Exaggerations and Flat-out Falsehoods)

 対照的にトランプは、言論活動の出発点がテレビ討論のスタジオだ。テレビは一過性のメディアなので、発したものが後まで残る活字メディアや、すべての発言が意地悪な政敵の批判にさらされる政界での言論に比べ、数字などの言い間違いに関してかなり寛容だ。発言の正確さより、瞬間的に視聴者に「なるほど」と思わせる発言が重要だ。テレビ業界で発言してきたトランプが、政界で発言してきたクリントンに比べ、数字などの事実性に無頓着なのは当然だ。発言する数字が正確で、差別的と攻撃される言い回しを避ける方が「賢明」だが、トランプはむしろテレビでの気ままな発言スタイルを変えず、有権者に「なるほど」の感覚を与えることを優先し、草の根の支持を伸ばす策を取り、無頓着さをあえて放置している感じだ。それをマスコミが意地悪く「ウソつき」のレッテル貼りに使っている。

 民主党支持の映画監督マイケル・ムーアは最近、マスコミから批判され、支持率を落としてもスタイルを変えずに放置しているトランプについて「勝つ気がない」「大統領になるためでなく、選挙で有名になってテレビの出演料を引き上げるために選挙に出ている彼は、勝ったら困るので批判されることをわざと言い続けて」と言い出している。これに対し「ムーア自身も、この発言が象徴するように、気ままで無頓着、無根拠な発言を繰り返しており、トランプとそっくりだ」との混ぜ返しが出ている。 (Michael Moore: Trump Trying to Lose Because He Never Wanted to Win) (What Michael Moore and Donald Trump Have In Common)

 言い間違い、つまり軽微なウソはトランプがまさっているが、もっと政治家っぽい本格的なウソについては、クリントンの方が「健闘」している。クリントンが抱える疑惑の一つは、国務長官時代、政府の専用サーバーで送受信すべき機密文書を含んだ公的なメールを、自分の私的サーバーに転送して送受信する違法行為を行っていたという「メール問題」だ。このほかメール関連では、民主党本部(DNC)の職員のメールボックスが暴露され、クリントンを勝たせるためにサンダースの選挙運動を妨害していたことなどが発覚した。これらの問題を問われたくないため、クリントンは記者会見を全く開かず、味方してくれそうな記者にだけ個別に取材させるやり方をとっている。 (Judicial Watch in Court Monday, Seeking Release of Another 15,000 Clinton Emails) (Clinton deflects with attack on Trump as `Kremlin puppet')

 加えてクリントンは政治献金の問題でも、クリントン財団が中国やサウジアラビアなど外国勢から政治献金を受け取っていることの合法性や倫理性が問題になっている。マスコミは「クリントン財団はエイズ撲滅など慈善事業をやっているが、トランプはあくどい金儲けしかしてこなかった」と歪曲的に報じているが、実際のところ合法性が問われるのは、外国勢力から献金を受け取っているクリントンの方だ。 (Why Did the Saudi Regime and Other Gulf Tyrannies Donate Millions to the Clinton Foundation?) (Clinton is dogged by ties to charity's donors)

 最近のクリントンは、健康問題も出ている。演説や歩行の際に支えが必要な状態が指摘され、パーキンソン病だという話も出ている。クリントン陣営は、健康疑惑を「陰謀論」と一蹴し、マスコミもクリントンが望むような論調で報じているが、医療関係者の中からは「陰謀論扱いして逃げるのでなく、超党派の医師団を作ってクリントンの健康を診断し、疑いを正面から晴らすべきだ」という声が出ている。 (Top Doctor: Concerns Over Hillary's Health `Not a Conspiracy Theory')

▼軍産に頼らず人気を得るトランプへの驚愕

 米マスコミがこぞってトランプを敵視し、クリントンを支持する理由として、トランプが「人種差別主義者だから」「ウソつきだから」というのが挙げられているが、これらは正当な理由になっていない。クリントン陣営にも多くの問題があるが、米マスコミはそれを軽視する不公平さがある。マスコミがトランプを敵視し、不公平にクリントンを支持する理由は何か。私なりの答えは、すでに何度も書いている。「マスコミは、米政界で強い影響力を持つ軍産複合体の傘下にあり、軍産は自分らの言いなりになるクリントンを当選させ、言いなりにならないトランプを落としたいから」というものだ。 (トランプ台頭と軍産イスラエル瓦解)

 軍産複合体は、米国の世界戦略を牛耳っている。そのことは、米国がロシアやイラクやイランやシリアに濡れ衣をかけて戦争や軍事対立を煽ってきたことからわかる。米国は、わざわざ不必要な濡れ衣をかけて、イラクやアフガニスタンへの侵攻、イラン核問題、シリア内戦、ウクライナ危機による米露対立激化などを起こしてきた。これらの対立や戦争はすべて、米国民にとっても人類全体にとっても不必要だ。 (米大統領選と濡れ衣戦争)

 それなのに米国の政府や議会がわざわざこれらの濡れ衣戦争に足を突っ込みたがるのは、戦争によって権限や儲けが拡大する軍産複合体が、米政府や議会で大きな影響力を持っているから、という説明が説得力がある。そして、濡れ衣を人々に「事実」として信じこませることは、マスコミが歪曲報道をやって協力しないと達成できないことを考えると、マスコミが軍産の一部であるというのも納得がいく。 (Prospect of Trump win threatens to put US Asian pivot in a spin)

 今回の米大統領選挙で、クリントンはロシアを強く敵視しているし、「シリアでは(軍産が敵として涵養した勢力である)ISISより先にアサド政権を打倒する策に転換する」と明言している。いずれも軍産が強く望んでいることであり、クリントンは軍産の影響力や資金力にあやかって当選を狙う軍産の候補だとわかる。 (Paul Craig Roberts: Trump Vs. Hillary Summarized) (More than half of Clinton Foundation's major donors would be barred under new rule)

 対照的にトランプは、ロシアとの敵対を不必要なこととみなし、ロシアと協調して急いでISISを倒すべきだと言っている。彼は、ロシア敵視機関であるNATOを「時代遅れ」と言い切り、軍産の利権である在日と在韓の米軍も撤退の方向だと言っている。いずれも軍産が最も避けたいことだ。トランプの選挙は、基本的に自己資金なので、資金面でも軍産が入り込むすき間がない。トランプが米大統領になると、軍産は弱体化させられる可能性が高い。軍産が、傘下のマスコミを動員し、全力でトランプの当選を妨害し、クリントンを大統領に据えたいと考えるのは当然だ。 (Trump Calls Russia an Ally, Says Hillary Wants `Something Worse' Than Cold War) (世界と日本を変えるトランプ)

 軍産が米政界を支配した戦後の米大統領選は大体、2大政党の候補がいずれも軍産に逆らわず、マスコミは共和党支持と民主党支持にわかれ、それぞれ数十紙以上の日刊紙からの支持を受けつつ選挙を戦い、健全な民主主義が機能しているかのように見えるかたちを4年ごとに作り上げてきた。2大候補のどちらが勝っても、軍産の隠然支配はゆるがなかった。今回も、もし共和党の統一候補がカシッチやルビオになっていたら、いつもと同じ選挙状況だった。しかし、そうはならなかった。トランプが勝つと、軍産は危機に瀕する。もはや軍産には、健全な民主主義が機能しているかのようなかたちを作っている余裕などない。その結果、マスコミの多くがクリントンを支持し、トランプ支持のマスコミがほとんどないという、なりふりかまわなくなった軍産が作る、前代未聞の異様な事態が起きている。 ("They Will Rig The Game... They Can't Afford A Trump Victory") (Trump's Economic Team: Bankers and Billionaires (and All Men))

 トランプは、イラク侵攻の失敗以来の軍産の政治力の低下を見て取り、あえて軍産に忠誠を誓わず「あっかんべー」を発しながら、軍産支配のさまざまな弊害にうんざりしている米国民の支持を集める策をとっている。トランプは意図的に反軍産の策を取り、マスコミからほとんど支持されなかったのに、草の根の支持だけで、共和党の予備選に圧勝してしまった。この事態は、軍産を驚愕させているはずだ。 (Trump: `The Establishment Media Doesn't Cover What Really Matters in This Country') (7 Myths about Trump's 'Doomed' Path to the White House)

▼背景に軍産の弱体化

 とはいえこの事態は、トランプの政治力が異様に強いから起きているのでない。ブッシュやオバマや米議会が、好戦的な覇権主義をやりすぎて失敗した結果、軍産の支配力が潜在的に弱くなっており、トランプはそれに便乗して大成功している。もし今回の選挙でクリントンが勝ち、とりあえず軍産の支配が維持されても、世界はかなり多極化が進んでおり、米国の国際影響力の低下は今後も続く。軍産の低落傾向が変わらないので、2020年や2024年の大統領選挙に、トランプの手法を真似た反軍産の強力な第2第3の候補が出てきて、いずれ軍産系の候補を打ち破る。トランプは、今年の大統領選に勝っても負けても、米政界のメカニズムを不可逆的に大きく変えるだろう。 (How Trump is changing America's political map) (すたれゆく露中敵視の固定観念)

 そもそも、すでに今年の選挙で、トランプの勝算はかなり高い。トランプが、マスコミに妨害されたのに共和党の予備選で圧勝したことを忘れてはならない。米国の世論調査の多くはマスコミ系なので、クリントンに有利、トランプに不利な結果を出し続ける傾向がある。あえてクリントン不利、トランプ有利の方向に歪曲することで、クリントン支持者を頑張らせ、トランプ支持者を慢心させ、結果的にクリントンを優勢にする策もあり得るが、報道の幼稚なトランプ叩き、クリントンびいきの姿勢を見ると、そのような高等戦術はとられていない感じだ。 (Media Blackout: Trump Surges Past Clinton in Major Poll, Press Cites Older Polls) (New Zogby poll: Clinton and Trump in Statistical Tie; Trump Has Closed the Gap Among Older Millennials)

 世論調査は、実態よりクリントン有利、トランプ不利になっている可能性が高い。それでも、ロサンゼルスタイムスの世論調査などは、トランプ優勢の傾向を示し続けている。全体の歪曲傾向を取り去ると、少なくとも大接戦になる。クリントン圧勝はあり得ない。逆に、ひょっとするとトランプ圧勝はあり得る。 (Trump gains ground against Clinton, tracking poll finds) (Poll: Trump holds narrow lead over Clinton in Florida)

 おそらく、今年の米大統領選における世論調査の状況は、6月の英国のEU離脱投票の時と似てくる。英投票に関して、世論調査は、EU残留派の勝利をずっと予測していたが、最後の2週間になるとゆらぎが大きくなり、土壇場で離脱派優勢に転じる傾向になり、最終的に離脱派が勝った。米大統領選も、10月中旬以降の最後の2週間に、世論調査の傾向が、歪曲がはがれてどんな風にゆらぐかが見どころだ。 (Why Are Elites Out of Touch? They Think Anyone Who Disagrees with Them Is Crazy)



【09】英国より国際金融システムが危機

2016/6/29  田中 宇

 6月24日、英国のEU離脱の投票結果を受けて、世界的に金融市場が大混乱した。だが週末をまたいで6月27、28日と、株や債券、為替などの金融市場は、それほどひどい動きになっていない。英国ショックは大したことない、株も債券も大丈夫だ、日銀や欧州中銀が万全の体制で市場を守ってくれるといった、個人投資家を丸め込む、いつもの右肩上がりな「解説」が戻ってきている。

 そんな中で、ぎょっとする内容のコメントを発したのがグリーンスパン元米連銀議長だ。彼は英国のEU離脱投票後に米CNBCからコメントを求められ、以下のように答えた「(世界経済は)私が連銀に入って以来の最悪の状態だ。1987年のブラックマンデーの株の暴落を思い起こさせる」「(米欧全体で)雇用が増えても生産性が伸びない(フルタイムを解雇してパートを増やしただけで経済成長にならない)。世界的に、負債の急増、貧富格差の拡大、高齢化と年金破綻の増加で、ますます大変になる」「米国の通貨供給が異様に増えている。いずれデフレから超インフレに突然転換する。不換紙幣の破綻は昔からいつも超インフレで、今回も同じだ。前向きなことを考えるなら、金本位制に戻るしかない」「私だって明るいことを言いたいけどね(ないよ)」 (Greenspan Warns A Crisis Is Imminent, Urges A Return To The Gold Standard) (Alan Greenspan laments Brexit vote)

 グリーンスパンは一昨年以来、今回と同じ趣旨の警告を何度も発している。彼は、1980年代からリーマン危機の前まで連銀議長で、不換紙幣体制の究極であり、今の金融の大黒柱である債券金融システムを創設した立役者だ。その彼が、不換紙幣体制がいずれ超インフレを起こして破綻し、「金融専門家」から「原始的」「野蛮」と揶揄される金本位制に戻るしかないと言っている。大きな権威がある人なのに、彼の一連の発言は、市場から全く無視されている。 (陰謀論者になったグリーンスパン) (金融危機を予測するざわめき)

▼超緩和策をやめろと言い出したBIS

 グリーンスパンに劣らない大きな権威を持つ「中央銀行の中央銀行」と呼ばれるBIS(国際決済銀行)も、6月26日に発表した年次報告書の中で、次のような同様の警告を発している。「QEやマイナス金利といった通貨の超緩和策によって、金融市場が異様な事態になっている。やりすぎて実効性が下がっている。超緩和策はもうやめた方がいい」「超緩和策のせいで機関投資家が高リスクの資産を買わされ、市場が歪められている」「マイナス金利によって、銀行の収益性と蘇生力、融資で経済を活性化する力が失われている」。 (Too-Easy Money Is Making It Too Hard to Gauge Markets, BIS Says)

 BISは、昨年の年次報告書でも「中央銀行の金融救済策が弾切れになりそうだ」と指摘していた。日銀や欧州中銀といった現場の選手はまだ猛々しく戦っているが、監督役のBISは、リングにタオルを投げ込み、これ以上戦うと死んでしまうぞと警告している。元世界チャンピオンのグリスパも、繰り返し警告を発している。しかし、いずれの意思表示も無視されている。マスコミは「英国ショックを緩和するため、欧州中銀や日銀が超緩和策を追加する」と、何の危険もないかのように平然と書いている。 ("Of What Use Is A Gun With No Bullets?", BIS Says) (What does Brexit mean for the ECB?)

 BISでは、各国の中央銀行総裁会議がしばしば行われる。英国の投票に際しても、日銀の黒田総裁らがスイスのBIS本部に集まり、英国ショックをどう緩和するかが話し合われた。BISは、報告書を発表する前に、黒田やドラギに直接警告を発したはずだが、米国からの強い要請を受けて超緩和策をやっている彼らは、警告を全く無視したのだろう。 (The World's Central Bankers Are Gathering At The BIS' Basel Tower Ahead Of The Brexit Result)

 国民投票がEU離脱を決めた後、英国はEUから切り離されて経済力を失うという予測が席巻し、3大格付け機関が相次いで英国債を格下げした。格下げは債券相場を引き下げるはずだが、市場では逆に英国債の相場が上昇した。これは、BISが指摘する「超緩和策による異様な事態」の一つだが、実態はおそらく裏で欧州中銀や英中銀、日銀が英国債を買い支えている。超緩和策の目的は、米国債を頂点とする先進諸国(米同盟諸国)の国債の下落(金利上昇)の防止だ。 (S&P slams Brexit, drops UK bond rating two notches)

 中銀群の超緩和策の結果、米独日などの国債は史上最高値の水準だが、ユーロ圏内でもイタリアやポルトガルといった南欧諸国の国債は、英国ショックによって下落(金利上昇)している。米欧日の中銀群の超緩和策はもともと、買い支えや短期金利の利下げによって、国債だけでなくジャンク債まで広範に価値を引き上げ(金利を引き下げ)、国債とジャンク債の利回り差を圧縮してバブル崩壊を防ぐ策だった。 (Downside risks to Japan's economic outlook increase following Brexit; BoJ likely to expand QE)

 しかし、金利が目一杯マイナスになり、買い支えも発行量のほとんどになって超緩和策が限界に達している今(BIS的に言うなら「弾が尽きた状態」)、中銀群は高格付けの国債しか買い支えられなくなり、ジャンク債や低格付け国債の金利上昇が放置され、バブル崩壊につながる金利差(リスクプレミアム)の拡大が起こりかけている。今回は何とか乗りきれても、次のショックがどこかで起きることが繰り返されると、中銀群はしだいに超緩和策の効果を発揮できなくなり、安倍首相がG7で予言した「リーマン危機の再来」が現実になる。イタリアの銀行界が破綻しかけている。ドイツ銀行も経営難だ。すでに「次のショック」の萌芽があちこちにある。 (G7で金融延命策の窮地を示した安倍)

 グリスパは2010年ごろ、10年もの米国債の利回りを「炭坑のカナリア」と呼んでいた。米国債の利回りが3%を超えて急上昇すると危険だと言っていた。しかしその後、長期米国債の利回りは下がる一方で、今や史上最低の1・4%台だ。全く安全じゃないかと思うかもしれない。だが、これはQEとマイナス金利によって起きている。坑道に致死性のガスが充満しているのにカナリアは元気で、よく見るとカナリアのかごが密閉されて酸素注入されていた、といった感じだ。 (危うくなる米国債) (アメリカ金利上昇の悪夢)

▼超緩和をやめると危機再発、続けても銀行が潰れて危機再発

 マスコミや投資家は、日欧中銀がマイナス金利をさらに下げることを期待しているが、BISも指摘したとおり、マイナス金利は金融機関を経営難に陥れ、金融の機能を自滅させて経済を破壊する。これ以上のマイナス金利は弊害の方が大きい。英国ショックで、英欧の銀行株が暴落した。現状のマイナス金利でさえ、このまま続けると欧州の銀行が連鎖破綻し、リーマン危機の再来を招きかねない。銀行を救うためにマイナス金利をやめると、連動してジャンク債の金利が高騰し、リスクプレミアムが急拡大して、こちらもリーマン危機の再来になる。中銀群は、どんな手を打っても窮地を脱せない「詰んだ状態」にある。 (Brexit may force ECB into more policy easing: analysts) (リーマン危機の続きが始まる)

 日欧の中銀が無理して超緩和策を進めたのと対照的に、米連銀は超緩和策をやめて利上げしてきた。米日欧の中銀にとって最も重要なのはドルの安定なので、ドル安定のために米国だけ利上げし、日欧が超緩和策を肩代わりしてきた。この事態に対しドイツでは、ドルを救うためにユーロ(欧州中銀)が犠牲になるのは不当だとする議論が強まり、学者ら市民団体が欧州中銀の超緩和策を違法行為だとして訴えた。英国ショック直前の6月21日、ドイツの憲法裁判所がこの訴えを棄却し、市民側が敗訴した。 (German Court Rejects Legal Challenge to ECB's Bond-Buying Program)

 裁判で負けたものの、ドイツでは欧州中銀のマイナス金利やQEに対する反対論が渦巻いている。一昨年来、独政府は超緩和策に反対し続けたが、欧州中銀のドラギ総裁が勝手に米連銀と話を進めてしまった。米国の最も強い代弁者だった英国が、今回の投票を機にEUの中枢から抜け、欧州中銀に対するドイツの影響力が今後強まると、欧州中銀が超緩和策をやめていく可能性がある。しかし、すでに欧州(や日本)は、重篤な緩和中毒患者だ。慎重にやらないと、これまたリーマン危機の再来になる。 (バブルをいつまで延命できるか)

 今回の英国ショックで失われたものはまだある。それは「米国の利上げ」だ。英投票前、すでに米連銀は6月の利上げを見送り、やるとしたら9月という状況だったが、英投票後、12月にも無理だろうという状態に後退した。日欧の超緩和の戦いは、すでにBISがタオルを投げ入れており、超緩和策の効果が今後さらに低下するのは確実だ。中国は、公式な政策としてバブル潰しを続けており、今年は経済が回復しない。世界経済は悪化の傾向だ。米連銀の利上げの可能性は下がり続け、日欧の犠牲のもとにドルが蘇生する道は遠のいている。 (利上げできなくなる米連銀) (金融バブルと闘う習近平)

 いずれリーマン危機が再来し、金利上昇がジャンク債から米国債にまで波及すると、グリスパが予言する「デフレ(マイナス金利)から超インフレ(金利高騰)への突然の転換」が現実になる。それがいつ起きるかだが、人々が「そんなこと起きるはずがない」と思っている間は、高格付け国債に対する信用が保たれて金利が上がりにくく、なかなか起きない。だから、グリスパやBIS、安倍晋三らによる金融危機への警告を、マスコミや金融界はかたくなに無視する。しかし、英国ショックや大銀行倒産などが起きると、一時的に信用が大きく失墜し、各国当局がそれを乗り越えられないと金融危機になる。 (In a world of potential Lehman moments, Japan just climbed to the top spot)

 金融当局はかつて、システムの延命のための粉飾や、蘇生のための仕掛け作りを民間金融界にやらせ、自分たちは手を汚さない(信用を落とさない)ようにしていた。その事態はリーマン後に変わり、米財務省が公金でAIGなどを救済したり、中銀群がQEやマイナス金利を手がけるようになった。しかし、これらの策は金融を蘇生でなく延命させただけで、今や延命策も尽きかけ、中銀群は自分たちの超緩和策が不健全であることすら隠せなくなっている。あちこちから警告されても無視して延命策を続けないと金融破綻を引き起こす事態になり、中銀群はなりふり構わぬ状態になっている。延命策の終焉が近づいている。 (The $100 Trillion Bond Market's Got Bigger Concerns Than Brexit)

▼残留派が優勢だと金融界がウソをついた?

 金融界は自分たちの破滅を望んでいないはずだが、中には先物売りを仕掛けておいて金融界を破滅させて大儲けを企む奴らがいる。リーマン倒産時、リーマンのCDS(倒産保険)を空売りして儲けつつ倒産に追い込んだのは、他の投資銀行やヘッジファンドだった。英国の国民投票でも、似たような破壊工作があった可能性がある。 (米金融界が米国をつぶす)

 投資銀行など金融機関は、公開される世論調査よりも多額の金をかけて、公開されるものより正確な調査をやっていた可能性が高い。金融界では、そのように考えられていた。そして、投票日の数日前から、公開される調査では離脱派優勢の結果が出ていたが、為替市場では残留派勝利を予測するかのようにポンドがドルなどに対して上昇した。多くの人が「金融機関の調査では残留派が優勢のようだ」と考えるに至った。 (Brexit and markets: the big questions this week)

 投票日になると、ユーガブの世論調査が、それまでの離脱優勢から、一転して残留優勢の結果を発表した。投票が終わった直後、離脱派の独立党のファラージ党首も「残留が優勢のようだ」と、敗北宣言めいた発言を発した。為替相場はポンドの上昇傾向が続いていた。鋭い金融分析で知られる米国のブログ「ゼロヘッジ」も、相場から判断して残留が100%の勝算だと書いた。投票終了後、キャメロン首相は、残留派の勝利を確信しているかのように、家族でゆっくり夕食をとった。だがその後、開票を進めてみると、最後まで離脱派優勢のままで終わってしまった。離脱優勢が揺るがないのを見て、途中から英国の為替や株が暴落し、金融相場は世界的に大混乱となり、円高が急伸したりした。 (David Cameron thought victory was his at 10pm on Brexit eve) (When Brexit Has Come And Gone, The Real Problems Will Remain)

 最も正確なはずの金融界の非公開の事前調査は、間違えた結果を出したのか。いやむしろ、非公開の調査結果は、僅差で離脱派が勝つことを予測しながら、調査を実施した金融筋は、市場の他の勢力や官邸、英政界などの関係エリート筋に、調査結果と正反対の「残留派が僅差で勝つ」という間違った予測を流し、キャメロンもファラージもユーガブも個人投資家もそれに流された結果、残留が勝つと思ったら離脱が勝ち、市場が暴落し、あらかじめ暴落方向に賭けていた金融筋が大儲けしたのでないか。

 金融界の中でもジョージ・ソロスは大損したと指摘されている(これもウソかもしれないが)。投機筋の全員がぼろ儲けしたわけではない。裏で何が起きていたか確かめようがないが、暴落や破綻をひどくして儲けようとする奴らが金融界にいる可能性は高い。リーマン倒産は、米国の金融覇権を破壊した。英国のEU離脱も、既存の米英覇権を壊す方向だ。暴落や破綻を意図的にひどくする勢力は、自分たちの儲けだけでなく、覇権の多極化を画策しているようでもある。 (金融を破綻させ世界システムを入れ替える) (Soros Suffers Major Loss On Long Pound Trade Ahead Of Brexit)



【10】欧州極右の本質

2014/6/4  田中 宇

 5月22日から25日にかけて、EU各国で5年に一度の欧州議会選挙が行われ、多くの国でEU統合に反対する中道右派や極右の政党が躍進した。欧州議会は、各国から主権を奪って政治経済統合を進める超国家機関EUの議会で、751の総議席を人口比で各国に配分している。最多の96議席を持つドイツでは、EU統合反対を掲げる新党「ドイツのための選択肢(AfD)」が初めて議席(7議席)を獲得した(第一党はドイツの国政と同様、メルケル首相のキリスト教民主社会同盟で29議席を獲得)。EUの盟主であるドイツで反EU政党の躍進は、今後のEU統合にとって暗雲だ。 (Conservatives win EU vote in Germany, while euroskeptics make major gains)

 欧州議会の国別で2番目に多い74議席を配分されているフランスでは、反EUや反移民を掲げる極右の国民戦線が24議席(28%)を獲得して第一党になり、国政で与党の社会党は13議席(16%)しか得票できなかった。3番目に多い73議席の英国では、首位が国政で与党をしている保守党(27%得票)だったが、反EUを掲げる独立党が24議席を獲得して第一党となり、国政の2大政党である保守党(19議席)と労働党(20議席)を引き離した。独立党は現在、英国政の中心である下院で議席を持っていない。2大政党が政権をたらい回しして上層部が国策を維持できる「2党独裁」ともいうべき近代百年の英国の政治制度に亀裂が入った(独立党の主な勢力は保守党からの分派であるが)。デンマーク、ルーマニア、オーストリア、ギリシャでも、極右や右派の反EU政党が20%以上の得票をした。 (Results of the 2014 European elections - European Parliament) (European Parliament election, 2014 - Wikipedia)

 欧州議会は、保守派(EPP、欧州人民党グループ)、左派(S&D、社会民主進歩同盟)といったように、似た主張の議員たちが出身国を超えて全欧的な会派を形成する会派制をとっている。極右など反EU政党は、各国から国家主権を奪って権力を拡大するEU統合に反対するナショナリスト(EUより、自国の国家主権を優先したい人々。国民主義)であり、社会主義やキリスト教といった国際運動に立脚している左派や保守派に比べ、全欧的な会派の形成が難しい。極右や反EU政党は、これまで何度か欧州議会の会派を結成したことがあるが、各国政党間の調整が難しく、いずれも短命に終わっている。 (`Political earthquake': Euroskeptics surge in EU elections)

 超国家組織EUの意志決定機関である欧州議会の会派制は、当然ながら、国家や国民の主権を軽視する構図になっている。そもそも、国権を剥奪して作られた欧州議会に、国権を重視する国民主義(極右)の人々が当選して活動する出発点からして矛盾を含んでいる。国民主義者を「極右」に分類するEUの政治区分自体、EU統合が「善」で反統合の国民主義が「悪」だとするEU当局の価値観の押しつけが含まれている。

 これまで国民主義の会派作りの中心となることが多かったフランスの国民戦線のマリー・ルペン党首は5月28日、イタリアの北部同盟や、オランダの自由党といった右派・極右政党と合同で記者会見し、新たな会派作りを目指している。だが、どの程度成功するか不透明だ。たとえば英国の独立党は、仏国民戦線と一線を画している。 (Future of Le Pen-Wilders alliance still uncertain)

 欧州議会選挙だけでなく、各国の国政選挙でも近年、極右政党の躍進が目立っている。背景にあるのは、これまで欧州統合を含む欧州各国のあり方を事実上決めてきた左右両方のエリート層の諸政策がうまくいかず、貧困拡大や経済危機、国際紛争などがひどくなり、各国の国民が既存のエリート層(従来の左右の大政党)に失望していることだ。

 もともと「民主主義」は、欧州を支配してきたエリート層(貴族)が、やむを得ず選んだ体制だ。フランス革命やその後のナポレオン戦争によって、人々を「国の主人」と持ち上げる民主主義の国家の方が、それ以前の露骨な支配体制の封建国家に比べ、国民(以前のやる気のない農奴たち)が喜んで納税や兵役の義務を果たし、財政的、軍事的に強い国を作れる「臣民洗脳機構」であることが判明した。貴族などエリート層は、封建国家だった自国に民主主義を導入して国民国家に転換しつつ、民意よりエリートの利害を重視する官僚機構を行政の実行役として置いたり、エリートが認めた2大政党以外のところに権力がいかないようにするやり方で、実質的な権力がエリートの手に残る仕掛けを維持してきた。

 エリートが決めた国家戦略がうまくいく限り、多くの人々は、上から決められた枠組みの中で政治選択を行い、枠組み自体の偏向に気づかない(日本人が自国の官僚独裁に気づかなかったように)。極右はもともとエリート外の勢力であり、通常はあまり支持を集めない。だが、エリートの戦略がうまくいかなくなると、極右が民意を集める。

 極右はファシズムを支持することが多いが、ファシズムは戦前、国民国家の民主主義の制度に独裁的・権威主義的な権力体制を加味することで、後発の国民国家だったドイツやイタリアなどが国家としての発展を加速するための「ターボエンジン」の機能として発明された。国家体制としてファシズムを採用したドイツやイタリアは、19世紀以来の欧州の覇権国だった英国を追い抜き、英国から覇権を奪うことを画策し、二度の大戦が起きた。 (覇権の起源)

 二度の大戦で、米国の力を借りて(見返りに米国に覇権を譲渡して英国は黒幕になり)独伊や日本を打ち負かした英国は、戦後、二度とファシズムを使って国力を急増させて米英覇権に対抗する国が出てこないよう、ファシズムを「極悪」のものとする国際プロパガンダを定着させた。戦後、米英覇権の傘下に入った欧州のエリート層は、ファシズムを極悪とする価値観を受け入れたが、エリートの外側を出発点とする極右勢力は「ファシズムを信奉して何が悪い」とラディカルに主張し続けている。タブー抜きで自国を強化したいと考えるなら、ファシズムの肯定があり得る選択になる。 (覇権の起源(2)ユダヤ・ネットワーク)

 近年EUで極右が台頭しているのは、冷戦終結とともに始まったEU統合をめぐり、米欧全体のエリート内部で、統合を進めたい勢力と、統合を阻止したい(旧来の国民国家体制を維持したい)勢力との暗闘が続き、ユーロ危機が引き起こされてEUが経済難に陥るなど、エリートの欧州運営が内紛によって失敗しているからだ。

 EU統合をめぐる推進派と反対派の対立は、統合によって欧州全体のちからを増大させたい勢力と、EU各国の国民性やナショナリズムを重視したい勢力との対立が一つの側面だが、それだけでない。EU統合前の冷戦時代、西欧各国はバラバラの状態で米ソ対立にはさまれ、西側の盟主である米国(米英)に従属せざるを得なかった。EU統合を推進する勢力は、欧州を米英の従属状態から解放し、EUを国際社会における自立した政治勢力にしたい。半面、EU統合を阻止したい勢力は、欧州を米英覇権下に置き続けたい。独仏伊のエリート層は統合推進派だ。半面、冷戦体制で最大の漁夫の利を得ていたのは英国だから、英国はEU統合を阻止したい(EU統合が防げないなら、できるだけ好条件でEUに入りたい)。 (EU財政統合で英国の孤立)

 米英の投機筋が、EU内で経済的に弱いギリシャなど南欧諸国の国債の価値を先物相場を使って急落させ、2011年からユーロ危機を起こした。これは、米英の覇権を守りたい勢力が、EU統合を妨害するためにやったと考えられる。最近は、南欧諸国の国債が危機前の水準に戻り、ユーロ危機が一段落した観がある。しかし、08年のリーマン危機以来の世界不況の影響もあり、欧州経済は悪い状態が続き、それが欧州市民のエリート不信を引き起こし、先日の欧州議会選挙での極右台頭につながっている。 (ユーロ危機からEU統合強化へ) (ユーロ危機と欧州統合の表裏関係) (Italy bond yields tumble to record low)

 米国では、軍産複合体が統合反対派(米英覇権派)で、彼らは、以前のグルジアや、最近のウクライナなど、反露勢力が政権を奪取するのを支援して米露対立を扇動し、冷戦構造の復活を目論んでいる。米政界を席巻するのはこの勢力だ。だが、米国は一枚岩でない。米国の上層部には、米国の世界戦略が英国に牛耳られることを嫌い、米英覇権でなく、米国とロシア、中国、独仏などが並立する多極型の覇権構造を好む勢力もいる。ロックフェラー家など、終戦直後に国連安保理常任理事国の5大国制度の創設に奔走した人々の流れをくむ勢力だ。彼らは表向き、米政界を席巻する軍産複合体に逆らわず協力しつつ、軍産複合体の戦略を過剰に推進して失敗させ、米国の覇権を崩し、世界を多極型に転換しようとしている(私はこのやり方を「隠れ多極主義」と呼んでいる)。 (米に乗せられたグルジアの惨敗)

 1970年代のベトナム戦争や近年のイラクやアフガニスタンへの侵攻が好例だが、ソ連崩壊とその後のEU統合も、米国の隠れ多極主義の結果だ。米英覇権派は、冷戦体制(米ソ対立)を恒久化するつもりで、そのためには経済体制が弱いソ連を経済崩壊させぬよう、ソ連を本気で潰そうとしない(潰そうとするふりだけする)ことが重要だった。しかし80年代、ブレジンスキーなど米国の政権中枢は、パキスタンの難民ゲリラ(アルカイダやタリバンの源流)を支援することで、アフガニスタン占領に手こずるソ連を本気で占領の泥沼に追い込み、軍事費を急増させてソ連の財政を破綻させた。ゴルバチョフは米国に和解を求め、冷戦終結につながった。 (歴史を繰り返させる人々)(CIAの血統を持つオバマ)

 当時の米国は、ソ連と和解すると同時に、西ドイツに対して「東ドイツを急いで併合せよ」と勧め、独仏に対し「今こそ全欧的な国家統合を急いで進めよ」とはっぱをかけた。この号令を受け、独仏は今に続くEU統合計画を開始した。EUは、統合に成功したら米国やロシア、中国と並ぶ世界の地域覇権国になれるので、米国がEUに統合を勧めたのは「隠れ多極主義」の一環だろう。英国は、EU統合に最初から反対していた。 (ドイツの軍事再台頭) (世界多極化:ニクソン戦略の完成)

 今回の欧州議会選挙で台頭した各国の極右勢力は、各国のナショナリズムを重視し、EU統合に反対している。その意味で、彼らは米英覇権派や軍産複合体の傀儡であると考えられる。しかし、詳細に見ていくとそうでない部分が出てくる。今回の選挙を機に、欧州極右の主導役になったのはフランスのマリー・ルペンだが、彼女は2011年に、ロシアの新聞のインタビューで「多極型の世界を支持する」と明言し、フランスは(米英覇権体制である)NATOから脱退すべきだと述べている。 (Marine Le Pen From Wikipedia) (France's Le Pen says she admires Putin as much as Merkel - magazine)

 ルペンは、プーチンのロシアを強く支持しており、08年のグルジア戦争や今年のウクライナ危機で、ロシアを支持し、米国を非難している。ルペン配下の国民戦線のスタッフ、ロシアを宣伝するフランス語のウェブサイト「プロロシアtv」の運営に協力している。ロシア政府側も、ルペンら欧州の極右勢力を好意的に見ており、露政府の宣伝機関であるRT(今日のロシア)などは、ルペンと、その盟友であるオランダの極右指導者であるヘルト・ウィルダース自由党党首や、ギリシャの極右政党「黄金の夜明け」を好意的にとりあげている。 (ProRussia.tv, webtelevision de la reinformation France-Russie) (Decrying Ukraine's `Fascists,' Putin Is Allying With Europe's Far Right) (Putin's rightist fellow travellers are a menace to Europe)

 ロシアのプーチンと欧州の極右が仲が良いのは一見、奇妙な現象だ。ナショナリスト的な言動、権威主義の政治手法、リベラルに対する容赦ない弾圧など、プーチンの政治スタイルは、右派を陶酔させるものではある。しかし右派が望む、欧州が各国バラバラな体制下で、ロシアは味方といえず、むしろ政治的脅威だ。各国バラバラな欧州に最も適した戦略は、冷戦時代の対米従属・ロシア敵視だろう。逆に、ロシア政府が、EU統合に反対する欧州の極右勢力を味方につけようとする動きは、統合された強い欧州の出現を阻止し、ロシアが欧州各国を分裂させ操作するための策略とも読める(軍産系のWSJは「プーチンのパリの女」という下品な題の記事を出している)。 (Far-Right Fever for a Europe Tied to Russia) (Vladimir Putin's Woman in Paris)

 しかし視野をもう少し広げ、米国の覇権体制の現状から考えると、さらに別の構図が見えてくる。米国は911以来、自国を批判する諸国を武力や野党扇動による政権転覆で潰したがる単独覇権主義を掲げ、オバマになってもその姿勢は変わっていない。オバマは先日の軍学校での演説で、軍事介入が正義や国益を守るのだと宣言した。しかし実のところこの宣言と逆に、米国の介入主義は、世界を不安定化、不正義化している。プーチンはグルジアやウクライナの危機で、米国が自国周辺を不安定化していることを痛感した。欧州のナショナリストたちは、イラク侵攻時の大量破壊兵器のウソなど、米国の要求が無茶で過激なだけでなく、正義のふりをした不正義であることを痛感している(日本は徹底して見えないふりをしている)。 (Obama: American Exceptionalism Comes From Interventionism)

 ここにおいて、ロシアと欧州のナショナリストの視点や利害が「米国の覇権を抑制すべきだ」という点で一致する。米国の覇権主義に真っ向から反対してみせるのは、ドゴール以来のフランスの政治伝統でもある。NATOからの脱退を求めるルペンは、仏政治の正統派だ。メルケルら独仏の主流の政治家は、せっかくEU統合という米国覇権からの脱却計画を進めているのに、ウクライナや中東の国際対立で、善悪を歪曲する米国の強硬策に文句も言わず、対米従属を続けている。その点が、ルペンら欧州のナショナリスト(極右)の反米反エリート志向につながっている。

 欧州各国の極右政党の指導者の中でも、反米的な多極主義を明確に掲げているのは仏ルペンぐらいで、あとはハンガリーの極右指導者(Gabor Vona)が「(米主導の)NATOや(ドイツ主導の)EUを脱退して(ロシア主導の)ユーラシア同盟に入るべきだ」と言っている程度だ。しかも、もしルペンらが米国の覇権主義を嫌うなら、欧州を全体として強化できるEU統合に対し、反対でなく賛成せねばならない。欧州は、バラバラである限り対米従属から逃れられない。この点でルペンは矛盾している。 (Euro-Atlanticism must be replaced by Eurasianism)

 とはいえ、EU統合のあり方が、現状以外にありえないわけではない。問題は、EU統合が参加各国の国家主権を大幅に剥奪している点だ。「EUよりユーラシア同盟の方がましだ」という主張には、国家主権のかなりの部分を明確にEU本部に奪われるEUより、国家主権に隠然とロシアが介入してくるユーラシア同盟の方がましだ。現状のような、国権を大幅に剥奪するEU統合でなくとも、EU全体を結束して国際的に強化することはできるはずだ。

 EU統合が国家主権を大幅に剥奪するやり方になっているのは、欧州統合の長い歴史と関係している。欧州では中世に、各地の諸侯が談合で皇帝を決め、そのもとで内部の戦争を回避して安定をはかる「神聖ローマ帝国」を作ったが、しだいに強い諸侯が勝手に動くようになり弱体化した。その後継として17世紀に「ウェストファリア体制」が作られ、18世紀末のフランス革命を機に、国家がより強くなる国民国家制度(立憲君主制)に全欧的に転換し、並立する国民諸国家を、他の諸国よりやや強い英国が統制したり仲裁する「均衡戦略」的な英国覇権体制になった。20世紀に入り、民族自決の独立運動によって世界中に国民国家を広げる動きを米国(や英欧の資本家たち)が推進し、英国覇権のウェストファリア体制が、欧州だけの体制から、世界的な体制に拡大し、これが近現代の国際社会や外交界になった。外交システムは英国製なのだから、英国が隠然とした支配力を持つ(英国が議長役をやり、微妙に英国好みの結論に持ち込む)のは当然といえる。

 EU統合は、国民国家制度を前提としたウェストファリア体制(英国覇権)を根本からくつがえす計画だ。既存のウェストファリア体制では、国民国家しか国際的な主権勢力になれず、国民国家を超える勢力の存在が許されない(国連は主権国家の合議体)。国民国家である英国が隠然と最も偉い体制なのだから、それを超える主体は許されなかった。超国家主権体制であるEUは、この既存体制に反逆している。単に反逆しているだけでなく、英国がEUの一員になりたければ、外交や通貨、議会、財政権など国権の主要部分を放棄してEUに渡さねばならない。これは国家としての英国の終焉を意味する。EU統合が国権の大幅剥奪の制度をとっているのは、独仏(とその背後にいる米国の反英的な隠れ多極主義者)による英国潰しであると読める。

 近年、EUだけでなく、大企業が各国政府の政策をくつがえせるTPPに象徴される大企業の主権勢力化、国際的な意志決定に影響を及ぼす国際NGOの存在(米英覇権の傀儡が多いが)など、国家以外の主権勢力がいくつか出てきている。イスラム世界では、スンニ派のムスリム同胞団などと、シーア派のイランが、国家を超えた連携を強め、超国家勢力になっている。スコットランド分離独立の動きなどもあり、英国が弱体化する中で、世界はポストウェストファリア体制の形成に向けた試行錯誤をしている。EU統合は、その一つだ。 (国権を剥奪するTPP)

 EU統合は、国家をめぐる世界的な政治システムの根幹に関わる案件だ。「民主主義」「国民国家が至上」の建前があるので、国際システムや覇権のあり方や転換は、常に隠然としたものになる。新聞や教科書をいくら読んでも釈然としない。EU統合も、建前と本質がたぶん別のところにある。独自の考察は、陰謀論扱いされがちだ。しかし、今のような覇権の転換期には、国際システムの隠れた部分の洞察が、全人類にとって非常に重要なことになる。今後も、私の分析の中心は覇権動向になるだろう。



【11】米大統領選と濡れ衣戦争

2016/8/4  田中 宇

 米国の大統領選挙の主要2候補に対する支持率ついて、ロイター通信は、世論調査(Reuters/Ipsos)の結果として、民主党大会開催中の7月27日の時点で、トランプ39%、クリントン37%で、トランプが2ポイント優勢と報じた。だが、7月29日になると、こんどはクリントン41%、トランプ35%で、クリントンが6ポイント優勢と報じた。ロイターの世論調査でトランプがクリントンより優勢になったのは7月27日が初めてだったが、優勢はわずか3日でくつがえった。(7月27日までの2週間は、トランプが追い上げてクリントンにどんどん接近していた) (Trump edges ahead of Clinton in U.S. presidential race) (Clinton leads Trump by 6 points after Democratic confab)

 この再反転について、裏読み好きなゼロヘッジが「再反転は、トランプ優勢をまずいと感じたロイター側が、世論調査の集計方法を変更したからだ」と指摘している。ロイターの世論調査は従来、選択肢として「トランプ」「クリントン」「どちらでもない・その他」「回答拒否」「投票しない」の5択になっていた。ロイターは「どちらでもない・その他」のうちの「どちらでもない」という選択肢が、支持政党は決まっているがトランプもしくはクリントンに入れたくない人を惹きつけていると自己分析している。投票日には、党の決定にしたがってトランプまたはクリントンに投票するが、途中の段階の世論調査に対してはトランプもクリントンも支持したくない人が「どちらでもない」に入れている。両候補の不人気さが、この現象を生んでいるという。 (Hillary Lead Over Trump Surges After Reuters "Tweaks" Poll) (The year of 'Neither': Why Reuters/Ipsos is tweaking its U.S. presidential poll)

 他社の世論調査には「どちらでもない」という選択肢がない。この選択肢があるがゆえに、ロイターは他の世論調査と食い違う結果が出がちだとロイターは自己分析し、7月27日発表の世論調査の後「どちらでもない」を選択肢から削除し、新たな選択肢で行われたのが7月29日の分だった。 (The Rationale Behind the Redesign of the Reuters/Ipsos Presidential Ballot Question)

 ロイターによると、7月18日からの共和党大会に際して行われた世論調査では共和党支持者でトランプでなく「どちらでもない」に入れた人が多く、7月25-28日の民主党大会に際しての世論調査ではクリントンでなく「どちらでもない」に入れた民主党支持者が増えたので、7月29日の調査で「どちらでもない」を外すと、クリントンの支持が増えて当然だという。ゼロヘッジは、このようなロイターの理由づけを、トランプの優勢をまずいと考えたエスタブリッシュメント(米国支配層)による世論調査を歪曲するための詭弁だと考えている。 (Why Reuters Is Tweaking Its Presidential Poll)

 たしかにロイター自身「どちらでもない」が同社の世論調査をねじ曲げていたのは以前からの問題だと認めている。世論調査は継続性が重要であるのに、なぜトランプが優勢になったとたん、かねてから問題だった「どちらでもない」を削除してクリントンが巻き返すような結果を生む必要があったのか、説明がつかない。かねてからトランプは、米国のマスコミや支配層から敵視・冷遇されている。「トランプの優勢を、調査方法の変更によって覆い隠した」と言われても仕方がない。 (Trump Extends Lead To 7 Points As Hillary's Convention-Bounce Evaporates)

 だが、さらに考えると、選挙戦途中の現時点で、本当はトランプが優勢なのに「クリントン優勢」とウソを伝えることが、最終的なクリントンの有利につながるのか、逆効果でないかとの疑問も湧く。接戦の中、劣勢を伝えられたトランプ支持者は頑張る。優勢を伝えられたクリントン支持者は慢心し、最終的にトランプを有利にしかねない。6月末の英国のEU離脱投票では、英国の支配層が離脱勝利にならないと慢心していたのが、意外な結果につながった。 (外れゆく覇権の「扇子の要」)

▼あの的確なマイケルムーアがトランプ勝利を予測

 民主党を強く支持するリベラル活動家で映画監督のマイケル・ムーアは7月22日、大統領選挙がトランプの勝ちになるとの予測を発表した。ムーアは、まだトランプの立候補が冗談としか受け取られていなかった昨夏の時点で、トランプが共和党の統一候補になると的確に予測していた。 (5 REASONS WHY TRUMP WILL WIN) (トランプが大統領になる5つの理由を教えよう)

 ムーアはトランプ勝利予測の根拠として5項目をあげたが、私なりに話を集約すると、以下の2点になる。「自由貿易体制のせいで生活を壊されたと考える五大湖周辺のラストベルト(すたれた元工業地帯)の票がごっそり民主党を見限ってトランプに入る、驚愕の『英国EU離脱』の米国版が起きる」。もうひとつは「支配層への市民の不信感が強まり『何でも良いから現状打破の大変革が必要』と思う有権者が増えた。トランプやサンダースなら現状打破だが、クリントンは現状維持でつまらないと支持者でさえ思う。クリントンは女性の権利拡大で戦ってきたのに、若い女性の多くがクリントンを嫌うという皮肉。投票日、トランプ支持者は朝5時に起き、投票しろと何十人にも電話し、近所の10人を連れて投票所に行くが、クリントン支持者は自分の投票すら行かないかも」 (Michael Moore Explains Why Donald Trump Will Win In November – And It Actually Makes Perfect Sense) (Donald Trump vows in Rust Belt speech to punish China and end major trade deals)

 ムーアは、ラストベルトの中心地であるミシガン州で育ち、彼自身の父親をはじめ、地域の多くの人がGMの自動車工場で働いていた。ムーアが有名になった最初の映画作品、1989年の「ロジャー&ミー」は、故郷のGMの工場が閉鎖され、代わりにGMがもっと安い賃金で雇えるメキシコに工場を作ることをめぐるドキュメンタリー作品だった。ムーア自身、ビルクリントンがやったNAFTAなど、自由貿易やグローバリゼーションによって、米国の古き良き企業城下町の地域社会が破壊されていったことを、身をもって知っている。ラストベルトの廃墟で生きる人々が、NAFTAを潰してアメリカを取り戻すぞと叫ぶトランプを熱狂的に支持する構造を、ムーアは熟知している。 (Michael Moore - Wikipedia)

 ラストベルトの有権者の怒りを見て、クリントンも一応TPPに反対しているが、彼女はオバマ政権にいた時にTPPを推進していた。夫のビルクリントンも自由貿易圏推進論者だ。彼女が大統領になったら本性をあらわし、TPPを推進する可能性が高い。「支配層はそんなもんさ。うそばっかり」と、市民の多くがうんざりしている。「うんざりしてる場合じゃない。誰でもいいから、この大失敗しているエリート支配の構造を打破できる大統領が必要なんだ。サンダースがダメならトランプしかいないだろ」と叫ぶ声が増えているとムーアは見ている。ムーアは、米国のエリート支配を批判・揶揄し続けてきたのに、彼自身は「クリントンが大好きだ」と書いている。非常にうそっぽい(映像業界という、軍産複合体傘下の業界で生きていくための政治演技か。エリートの内部に入って映像をとるための処世術か)。

▼クリントンを大統領にして濡れ衣戦争を続けたい軍産複合体

 民主党大会に際し、ウィキリークスが、民主党本部(DNC)の事務局の7人が今春までの1年半に送受信した約2万通の電子メールを、ネット上に検索可能なかたちで暴露した。それによって、民主党の事務局がサンダースの選挙運動を邪魔してクリントンを勝たせようとしてきたことや、民主党の候補が勝った場合に大口献金者たちを政策決定に関与する連邦政府の審議会、委員会の委員や大使などに任命するための準備をしていることが発覚した。 (2016 Democratic National Committee email leak) (WikiLeaks - Search the DNC email database)

 大口献金者(大手の企業経営者や投資家。大金持ち)を政府の委員や大使にするのは以前からの米国の慣行だと説明されているが、サンダースはそのような政治体制を好まない。だから民主党事務局はクリントンを勝たせたい。メール暴露は、民主党が、大金持ちがクリントンに献金して当選させ、エリート支配を続けるための党機関であることを有権者に感じさせた。これが、党大会にかけての時期のクリントンの人気低下の原因と考えられる。米金融界は、すでにクリントンの敗北を懸念し始めている。 (Wall Street Starting to Worry Hillary May Lose)

 米国(米欧日)のマスコミは、軍産複合体の影響下にある。軍産は、クリントンを勝たせたい。クリントンは好戦的な姿勢をとり、軍産が望むロシア敵視やアサド敵視を全力でやると言い続けている(ISISよりアサドの方が先に潰すべき大きな脅威だと言うことで、軍産がひそかに支援してきたISISを許している)からだ。軍産は、ロシアを過度に敵視することで、NATOを存続させ、欧州を米国の配下に置き続けたい。ISISを潰さずアサドを潰すことで、シリアなど中東の混乱を長引かせ、中東に対する米国の軍事関与を長期化し、国防総省や軍事産業が米政界で強い力を持ち続けるようにしたい。クリントンは、こうした軍産の戦略に沿って動いている。 (Hillary Clinton and Her Hawks Gareth Porter) (The Obama-Clinton divide on foreign policy) (敵としてイスラム国を作って戦争する米国)

 対照的にトランプは、ロシアをそんなに敵視する必要はないという態度をとり、アサドよりISISの打倒が先だと言い、ISISを倒すために、シリアで軍事力を行使できるロシアと組むべきだと言っている(共和党の要綱ではロシアを脅威だと指摘した)。こうしたトランプのロシア容認の姿勢は軍産を怒らせ、軍産傘下のマスコミはトランプをことさら酷評する報道をしている。マスコミは、トランプが間違ったことばかり言っていると報じるが、実のところマスコミの方が間違ったことを歪曲報道していることが多い。 (Donald Trump Reaffirms Support for Warmer Relations With Putin) (The Emerging Trump Doctrine? Zalmay Khalilzad)

 トランプは、ロシア軍はウクライナ東部(ドンバス)に進駐していないし、これからもしないだろうと発言している(東部はロシア系住民が多く、ウクライナからの分離独立を求めて武装蜂起している)。これに対して米マスコミは「ロシア軍がウクライナ東部に駐留しているという事実をトランプは知らない(馬鹿だ)」と報じている。米マスコミは、最大1万人の露軍がウクライナ東部に侵攻し駐留していると報じているが、実のところ、それらはロシアを敵視するウクライナ政府の無根拠な指摘を鵜呑みにしているか、目撃された正体不明のトラック部隊を露軍のものに違いないと断定した結果でしかない。 (Trump to consider recognizing Russian control of Crimea) (ウクライナ軍の敗北) (茶番な好戦策で欧露を結束させる米国) (Russian military intervention in Ukraine (2014–present) - Wikipedia)

 ロシアとウクライナの国境には欧州人らOSCEの監視団が駐留しており、ロシアの軍人が私服で個人として越境してウクライナ東部の武装組織に参加する動きは指摘されたものの、ロシアが国家として軍隊をウクライナに越境進出させていないことが確認されている。「ロシアがウクライナ東部に侵攻した」という指摘は、03年の「イラクは大量破壊兵器を持っている」や、05-15年の「イランは核兵器を開発している」、13年の「アサドは化学兵器で自国民を殺した」といったウソと同様の、米国(軍産と傘下のマスコミ)が捏造流布した悪質なでっち上げ、濡れ衣である。 (無実のシリアを空爆する)

 トランプは、ロシアに濡れ衣をかけて敵視する軍産的な姿勢をとらず、ロシアがウクライナ東部に侵攻していないし、これからも侵攻しそうもないと、素直に述べている。そうするとマスコミがトランプは無知だ、ロシアのスパイだと騒ぎ、軽信的な人々が、なるほどトランプは馬鹿だなと思ってしまう。トランプは、軍産の濡れ衣に基づく恒久戦争の戦略に加担することを拒否しており、それがゆえに軍産やマスコミ、エリート層。米政界主流派から敵視されている。 (The Hawks' Election Strategy: Pushing a New Cold War)

▼マスコミが攻撃するほど人気を得るトランプ

 しかし意外なことにトランプは、マスコミや政界から非難酷評されても人気を失わない。トランプは軍産の濡れ衣戦争に加担しないだけでなく、移民や人種にかかわる話で「政治的な正しさ」に反逆する発言を意図的に連発している。これは従来の米国の選挙において致命的な言動なはずだが、トランプはそれによって人気を落としていない。トランプはすでに、政治的に「正しく」ない発言を乱発しつつ、共和党の予備選挙で16人の対抗馬の全員に圧勝している。彼は、すでに現時点で、米国の選挙の常識を破壊する怪物である。 (ニクソン、レーガン、そしてトランプ) (トランプ台頭と軍産イスラエル瓦解)

 なぜこんなことが起きるのか。その理由はたぶん、米国で911以来、マスコミの歪曲報道に基づく戦争や政権転覆が繰り返され、それらがすべて(アフガンもイラクもイランもシリアもリビアもエジプトも)失敗し、経済は回復していると報じられているのに市民生活は改善せず、マスコミや政治家はウソばかり付いているという不信感や怒りが米国の草の根に根強く渦巻いているからだ。 (Princeton's Top Russia Expert Denounces Clinton)

「政治的な正しさ」に賛同するほど、正しくない、豊かでない生活に追いやられていく感じがある(米政界では、軍産の濡れ衣戦争に加担することも「政治的な正しさ」だ)。エリート層(軍産、マスコミ、政治家)が形成する政治体制そのものへの不信感が募っている。だから、トランプが「政治的正しさ」に反逆し、マスコミがトランプを酷評しても、多くの人々が、間違っているのはトランプでなくマスコミの方だと思うようになっている。「トランプは無知だ」「人格的に良くない」などと、主流派の政治家やマスコミが批判するのは、むしろ逆効果になっている。 (They're With Her: US Media Uses Putin, Russia to Label Trump a Traitor) (Trump Enrages the War Party)

 しかも、ロシアに濡れ衣をかけて敵視する軍産の策は最近、崩壊の兆しが出ている。前出の、ウィキリークスが暴露した米民主党の2万通のメールの束は、ロシアの諜報機関が民主党のサーバーに侵入して盗み出してウィキリークスに流したと、まことしやかに(根拠なく)報じられてきた。だが最近、米政府のインターネット防衛の担当者たちが、ロシア犯人説に確たる根拠がないことを認め始め、ロシア犯人説が事実のように言い募るのはやめた方が良いと言い出している。 (After Repeated Allegations, US Officials Now Question Wisdom of Blaming Russia for DNC Hack) (Trump: "I Hope Russia Has All 33,000 Emails That Hillary Deleted") (Who Hacked the DNC? Was it the Russians – or an inside job?)

 米国の通信傍受の諜報機関であるNSA(国家安全保障局)の元高官を911直後に辞任し、その後はNSAの秘密を暴露し続けている著名なウィリアム・ビネー(William Binney)は最近、NSAは民主党事務局のメールの束を持っているので、ウィキリークスにメールの束を渡したのはロシアでなく米国自身のNSAかもしれないと指摘している。NSAは、世界中の主な機関のメールなどネット通信を傍受し記録している。民主党のメールの束を持っていても不思議でない。 (Whistleblower's Stunning Claim: "NSA Has All Of Hillary's Deleted Emails, It May Be The Leak")

 また最近では、最近までNATOの最高司令官だった米空軍のブリードラブ将軍が、ロシア敵視に消極的なオバマ大統領に、もっと過激なロシア敵視姿勢をとらせようと、米国の政治力のありそうな軍人や政治家などに働きかけるために送ったメールの数々を、DCリークスという(ハッカーの?)ウェブサイトが暴露した。ブリードラブは、ロシア軍がウクライナ東部に侵攻しているかのようなウソの情報をばらまくことにも手を貸していた。ちなみにグーグルで「DC LEAKS」と検索しても、DC LEAKS( <URL> )は出てこない。当然ながら、グーグルも軍産の一部(むしろ中心)だ。諜報機関としてみると、NSAよりグーグルの方がずっと効率的だ。ブリードラブはgmailを使っていた(それも馬鹿だけど)。グーグルが犯人なら、傍受もサーバー侵入も必要ない。 (DC LEAKS / PHILIP MARK BREEDLOVE) (Hacked Emails Reveal NATO General Plotting Against Obama on Russia Policy) (覇権過激派にとりつかれたグーグル)

 軍産がロシアに濡れ衣をかけて敵視し、クリントンが軍産の敷いた路線に沿って大統領になり、濡れ衣戦争を続けようとしている構図が、しだいに明らかになっている。対照的にトランプは、軍産の濡れ衣戦争を中止し、軍産そのものを無力化し、ロシアと協調して軍産が育てて強化したISISを倒そうとしている。トランプは「NATOは時代遅れだ」といった発言もしている。軍産に楯突くトランプは非難酷評され続けるが、非難酷評されるほど有権者の支持を集める仕組みを彼は体得しており、そのために軍産は危機感を強め、傘下のマスコミも含め、ヒステリックになっている。マスコミによる世論調査もクリントン優勢へと歪曲されているが、すでに書いたように、世論調査の歪曲は、最終的な勝利につながらない。マスコミ自身の信用が低下するだけだ。

 軍産は今、存亡の危機にある。それは、サウジやアルカイダに濡れ衣をかけた01年の911に始まる米国の15年間の「軍事政権化」「軍事覇権化」の策が、いずればれてしまう濡れ衣戦略に手を染めつつ、長期的にうまくいかないに決まっている過激な策を挙行してしまう稚拙さゆえに、大失敗しているからだ。この15年間の米国の軍事覇権化は、米政界の「軍事バブル」だったともいえる。最初からいずれバブル崩壊する仕組みを内包する形で、米国の軍事覇権化が行われた感じがする(米国の覇権を、軍事バブルを膨張・崩壊させて潰そうと画策し、成功しつつある奴らがいる)。

 軍事バブルは、崩壊寸前の大膨張の状態だ。NATOのロシア敵視は、喜劇的にどんどん強まっている。官僚機構やマスコミが軍産の傘下にある日本でも、安倍政権が、これでもかというぐらい軍事化や言論統制を強めている。しかしその一方で、軍産の潜在的な弱体化を見抜いたエルドアンのトルコは、ギュレン犯人説を使った「逆濡れ衣」を米国にかけるという、トランプ顔負けの逆張り戦略を突っ走り、成功している。インジルリク基地にいつまで米軍がいさせてもらえるかが注目点だ。 (中東を反米親露に引っ張るトルコ)

 いずれ、米国中心の軍事バブルは崩壊する。トランプが当選したら、それが崩壊の始まりになるだろう。軍事バブルと前後して、QEで膨らませた米国中心の金融バブル(中央銀行のバブル化)も崩壊しそうだ。QEも、あまりに自滅的で馬鹿げた策であり「意図的な失策」を思わせる。軍産と中央銀行の両方をバブル化させ、同時に大崩壊させる。長期的に見て、覇権の転換、多極化が確実に起きる。 (金融を破綻させ世界システムを入れ替える)



【12】英国が火をつけた「欧米の春」

2016/6/27  田中 宇

 6月23日に英国でEUへの加盟継続の可否を問う国民投票が行われた背景にあったのは、EUが政治経済の国家統合を加速しようとしていたことだった。EUの目標は、発足以来、加盟する諸国の国家主権を剥奪してEUに集中し、EUを事実上の「欧州合衆国」にすることだった。 (Merkel and Hollande must seize this golden chance) (The European Union: Government by Deception)

 欧州大陸の2大国であるドイツとフランスは、歴史的に欧州大陸の覇権を争い続けてきたが、第2次大戦後、米国の提唱で独仏が国家統合していくことで欧州を安定した強い地域にする計画がEECなどとして進められ、冷戦終結で東西ドイツが再統一するとともに、欧州の国家統合計画が加速した。92年のマーストリヒト条約で通貨と財政の統合を決め、02年からユーロが流通したが、2011年に英米投機筋がユーロを破壊する目的で引き起こしたギリシャ危機が始まったあたりから、国家統合が進まず逆にEUが崩壊しそうな流れになった。 (Birth of superstate: Frederick Forsyth on how UNELECTED Brussels bureaucrats SEIZED power)

 欧州大陸を安定した強い地域にしたい独仏と対照的に、欧州の沖合にある島国の英国は、昔から大陸諸国が強くなることが脅威だった(欧州を統一した強国は、次に英国を侵略したがる)。英国の戦略は500年前から、外交術を磨き、欧州諸国間の自滅的な対立を扇動することだった(そのため英国は、全欧に情報網を持つユダヤ商人を国家中枢に招き入れた。近代世界の外交システムの基礎を作ったのも英国だ。口で協調や安定を語りつつ、気に入らない敵を破綻させるのが「外交」だ)。 (覇権の起源:ユダヤ・ネットワーク)

 第2次大戦後、米国が世界的に覇権国となったが、その前の覇権国だった英国は、同盟国である米国に戦略を伝授すると言いつつ、ひそかに「軍産複合体」を作って米国の戦略立案過程を乗っ取り、米ソが鋭く対立しつつ仇敵ドイツを東西に恒久分断し、欧州大陸を米英の支配下に置く冷戦構造を作り上げた。その反動で、米国の中枢に、英国のくびきを逃れたいと考える勢力が出てきて、それが90年前後のレーガン政権による冷戦終結、東西ドイツ再統合、EU創設という、英国を困らせる流れにつながった。 (UK-US special relationship shaky following Brexit vote) (ニクソン、レーガン、そしてトランプ)

 EUの国家統合が成功すると、それを主導するのは欧州最大の経済大国であるドイツであり、事実上ドイツが全欧を支配する隠然ドイツ帝国の誕生となる。米国は、独仏にEUを作らせ、英国をドイツ傘下のEUに「恒久幽閉」して潰し、英国が米国の戦略を牛耳る事態を終わらせたかったと考えられる。英国がEUを好まないのは当然だ。EU離脱派の最大の懸念は、移民や難民の増加でなく、EUの統制力の増大によって英国の民主主義が抑圧されることだった。これに「EUなんかに頼らなくても経済発展してみせる」というナショナリズムが加わり、離脱派が増えた。 (Boris Johnson Emerges, Explains What "The Only Change" As A Result Of Brexit Will Be)

▼EUを潰すために参加した英国

 米国が戦後、欧州国家統合を独仏に進めさせた時、英国は、米国の同盟国であるがゆえに、統合に正面切って反対するわけにいかなかった。英国は一応、70年代のEUの前身のEECから欧州統合に参加しているが、ユーロなど国家主権の剥奪を伴う部分への参加を拒否し続けている。英国は冷戦後、EUが統合を加速する中で、東欧やバルカン諸国のEU加盟を強く支援し続け、EUが不安定な周縁部を持つ脆弱な機関になるよう仕向けた。英国は、EUを弱体化するためにEUに入っていた。 (欧州の対米従属の行方)

 英国には、EUを壊そうとする勢力だけでなく、EUとともに繁栄しようとする勢力もいる。だが英国のEU協調派にとっても、EUが「拡大ドイツ」を意味する国家統合の組織でなく、もっと結束力の弱い、市場統合だけの組織である方が良かった。その点で、EUを弱体化することは英国の超党派の国家戦略だった。

(英国では、米国の覇権や米英同盟が弱まる時期になると、欧州統合に本気で加盟した方が良いと考える勢力が強くなり、米国の覇権が復活すると、英米同盟を強化して欧州統合を潰したい勢力が強くなる。英国がEECに入った70年代は、米国がベトナム戦争や金ドル交換停止で弱体化した時期だった。しかし80年代になると、米英同時の金融自由化で金融覇権戦略が始まり、サッチャーはEECと対立を強めた。今はリーマン危機後、金融覇権体制が弱体化しつつある時期なので、EU統合に参加するかどうかで英国内が再びもめている) (Russia says Brexit opens door for new UK relations but US blasts vote as 'Putin's victory')

 ドイツは、EUに対する英国の懸念を知っていたので「隠然ドイツ帝国」「英国幽閉」の意図などないと表明し続け、英国が好むとおりに政治より経済の統合を先にやり、英国の数々の提案を受け入れた。英国はこの状況を逆手に取り、EUを脆弱にしていった。独仏が国家統合の加速を目論見た2011年前後から、英国の破壊策が功を奏し、ギリシャ危機、難民危機、パリのテロなど、周縁部の脆弱性がEU全体の混乱や弱体化につながる事件が続発し、EU各国の民意がEUを嫌うようになり、統合と反対方向の各国ごとのナショナリズムが勃興し、統合推進どころでなくなった。 (欧州極右の本質)

(欧州大陸の各国のナショナリズムを扇動して大陸諸国を反目させて漁夫の利を得るのは、18世紀からの英国の戦略だ。その扇動のために英国はジャーナリズムを発達させ、各国で政府を批判する「ジャーナリスト」を崇高な存在に仕立てた。英米以外の「ジャーナリスト」の多くは、自分の肩書きに仕込まれた謀略に気づいていない。ジャーナリストを自称するのは、自分が深く考えない人間だと宣言するに等しい) (戦争とマスコミ) (米露の接近、英の孤立)

▼国民投票は新たなEU破壊策

 多くの難問がありつつも、独仏は国家統合の推進をあきらめなかった。ここ数年、ユーロ危機を終わらせるためには財政金融政策の統合が必要だという理屈で、独仏は、各国の議会の政府予算決定権を剥奪する財政統合や、各国政府が民間金融機関監督する権限を剥奪する「銀行同盟」などを計画した。その先には軍事安保政策の統合もあった。これらの統合に英国が参加するなら、その前に国民投票をやれと、保守党内でキャメロン首相に対する突き上げが強くなった。キャメロンは、2015年の総選挙の際、保守党内をまとめて続投するために17年末までに国民投票を実施すると約束した。それが今回の投票実施につながる動きとなった。 (英国がEUを離脱するとどうなる?) (英国がEUに残る意味)

 国民投票は、英国がEUに対して放つ新たなEU破壊策でもあった。英国がEUに残留するかどうかを問う国民投票をやれば、国民の間にEUへの反感が募る他の諸国でも国民投票をやろうということになる。世論調査(Pew)によると、英国よりフランスの方が、EUに対する国民の好感度が低い。国民投票をやって、英国は僅差でEUへの残留を決めるが、英国に影響されて投票をやるフランスは僅差でEUからの離脱を決め、独仏の統合を中心とするEUの国家統合計画が崩壊する、というのが今回の英政府のシナリオだったと考えられる。 (英国の投票とEUの解体)

 英国の投票後、フランス、オランダ、スウェーデン、ハンガリー、イタリア、ポルトガル、オーストリアなどで、EU反対を掲げる政党がEU離脱の国民投票を呼びかける事態になっている。フランスでは、来春の大統領選挙で極右のマリーヌ・ルペンが勝つ可能性があるが、ルペンは大統領になったら半年後にEU離脱の国民投票をやると言っている。ユーロ危機・難民危機・イスラムテロを誘発してEU各国民をEU嫌いにして、各国の反EU的なナショナリズムを扇動し、各国がEU離脱の国民投票をやってEUを崩壊・弱体化させる英国の策略は、見事に成功しつつある。 (Six More Countries Want Referendums to Exit EU) (Portugal’s Left Bloc Wants EU Referendum if Country Is Sanctioned)

 この線に沿って見ると、トルコのエルドアン大統領が、シリアやアフガニスタンからトルコに来て住んでいた何万人もの難民をEUに流入させ、難民危機を引き起こしてEUを大混乱におとしいれ、全欧の市民の日常生活に直接的な脅威を与えたことの理由がわかる。エルドアンは、英国に頼まれて難民危機を引き起こし、欧州市民がシェンゲン体制(国境検問廃止)を作ったEUを大嫌いになるよう仕向けることに協力した。EU側(ドイツのメルケル)は、シェンゲン体制を守るためエルドアンの言いなりになり、市民はますますEU嫌いになった。トルコ人は、自分たちを馬鹿にしてきた西欧人たちが難民を抱えて大混乱するのを見て溜飲を下げ、エルドアンの人気保持につながった。

 英国の策略は成功つつあったが、大事な一点だけ大失敗した。それが今回の国民投票の結果だった。FTやエコノミストといった英国のエリート紙は年初来、EU残留しか道はないと言い続けており、離脱の可決は国策に入っていなかった。与党保守党で離脱派を率いていたボリス・ジョンソン(次期首相?)らは、投票後、EUにリスボン協定50条にもとづく離脱申請を出すタイミングについて急に何も言わなくなり、離脱決定を帳消しにしたいかのような態度をとり始めている。これらのことから見て、英国の支配層は、EU離脱を推進するつもりがない。英支配層にとって、国民投票は大失敗だった。 (I cannot stress too much that Britain is part of Europe – and always will be) (EU Tells Cameron To Hurry Up With Article 50 As Merkel Says No Need To Rush)

 英政府は、かなり開票が進むまで、EU残留が勝つと考えていた。結果を見誤った一因として、金をかけて非公開の世論調査をやっていた英金融界(投資銀行?)が、金融市場の乱高下を誘発して大儲けするため、意図的に間違った結果を官邸や英国の上層部に流したことが考えられるが、もうひとつ、EU各国の反EUナショナリズムを煽った英当局自身が、その扇動が自国民に感染する度合いについて過小評価していたことが考えられる。英上層部は、自国のナショナリズムの火力調整に失敗した。反EUナショナリズムは、火付け役の英国が逃げ切れず焼死するほど強く燃えている。 (EU Referendum: Farage predicts Remain `will edge it') (The EU must now decide what it stands for)

▼スペイン選挙が示す混ぜ返し

 とはいえ、国民投票でEU離脱の結論が出てみると、英国がEU市場からはじき出され、ロンドンの国際金融センターの地位が急低下し、EU市場を目当てに英国に工場や支店を作って操業していた外国企業が英国脱出を検討する事態となり、英経済の急速な悪化が喧伝され始めた。他のEU諸国の人々は「EUは嫌いだが、EUを離脱すると自国が経済破綻する」という矛盾した状況に直面した。「EUなんか絶対に離脱だ」と叫ぶ反EUナショナリズムの勢いがにわかに衰え、その結果、6月26日に行われたスペインの総選挙では、反EU(反財政緊縮、反財政統合)を掲げる左翼のポデモスが、数日前までの躍進予測に反してふるわず現状維持にとどまり、対照的に、既存エリート層の中道右派与党のPP(国民党)が事前の減少予測に反して拡大(14議席増)した。 (Spanish PM's conservative party gains most seats: Exit polls)

 英国の投票直後は、欧州大陸諸国で反EU政党が躍進し、各国で国民投票が行われて相次いでEU離脱が決まり、EUが崩壊するというシナリオが取りざたされた。ジョージ・ソロスも「もうEUは終わりだ」と決定的な感じで語る文章を得意げに発表した。FTの軍産系記者も似たような記事を書いている。だが、スペインの選挙を見ると、現実がそんなに一直線に進まないことが見てとれる。 (Brexit and the Future of Europe) (Italy may be the next domino to fall)

 英国のEU離脱自体、英政府がなかなかEUに離脱申請を出さず、先延ばしにしている間に英独間で新たな協定が結ばれ、いつの間にか「やめるのをやめる」事態になる可能性がある。EU上層部では、メルケル独首相が、英国と新たな協定を結ぶことを推進している。EU大統領のユンケルらはそれに不満で、英国を早くやめさせて独仏で勝手にEUの方向転換を決められるようにしたい。 (Merkel sees no need to rush Britain into quick EU divorce) (Brexit: Angela Merkel yet again at centre of EU crisis)

 だが、EUで政治的に最も強いのはメルケルだ。メルケルは実のところ英国(軍産)の傀儡だったことが露呈していくかもしれない。ドイツではメルケルに辞任を求める声が出ている(だが辞めない)。英国の投票直後は、英国から独立してEUに加盟する住民投票をまたやると意気込んでいたスコットランド上層部も、その後、住民投票は慎重にやりたいと言って姿勢を曖昧化している。 (Die Briten haben auch Merkels Alleingänge abgewählt) (Die Welt Calls For Merkel's Resignation, Slams "EU's Gravedigger") (Sturgeon cautious over timing of new independence vote)

▼英国の離脱はトランプ人気に連動

 英国の国民投票の結果は、金融、国際政治、地政学など、いくつもの面で、世界の意外な領域に影響を及ぼしそうだ。私の中ではかなり読み解きを進めているが、今ここで全部を書く時間的な余裕がない(投票日から4日経ったのに、まだこの記事を配信してない)。一つだけ書くと、それは「英国のEU離脱は、米国の大統領選挙でトランプが優勢になる方向を示している」ことだ。 (Trump Backs Brexit, Urges Europeans To `Reconsider' EU Membership) (Brexit is a problem central banks will struggle to fix)

 英国と米国は今、世論的な政治状況が似ている。英国民はEUのエリート支配に対する不信感を強めている。米国民は、ワシントンDCのエリートたちの好戦的な世界支配策、リーマン危機以来の国民無視の金融救済策などに対する不信感を強めている。英国のアングロサクソンの中産階級や貧困層は、流入する移民や難民に雇用を奪われ、ロンドンなどでは家賃の上昇にも苦しんでいる。米国のアングロサクソンの中産階級や貧困層も、移民に雇用を奪われ、金融救済の余波で起きている家賃上昇に苦しんでいる。彼らは、英国でEU離脱に投票し、米国ではトランプを支持している。英国ではEU支持のエリート層が嫌われ、米国ではクリントンを支持するエリート層が嫌われている。英国のBBCは、国民投票前に「英国でEU離脱が勝つと、米国でトランプが勝つ可能性が高まる」「米英の状況は似ている」と報じていた。 (Five reasons Brexit could signal Trump winning the White House) (Donald Trump hails UK `independence' vote)

 英国の投票でEU離脱が勝つと、とたんに米国で「米国民の3分の2はトランプを大統領にふさわしくないと考えている」という報道が出てきた。共和党の草の根党員の過半数がトランプを支持したのだから、この指摘にはおそらく歪曲が入っている。米大統領選挙までまだ4か月あり、予測は困難だが「権威あるBBC」が正しいとしたら、11月の米大統領選挙はクリントンの楽勝でなく、少なくとも大接戦になる。英国のマスコミは「EU離脱が勝つと大惨事になる」と報じ続けたが、その警告は多くの有権者に無視され、EU離脱が勝ってしまった。いま米国のマスコミは「トランプが勝つと大惨事になる」と報じ続けている。米国の有権者が、この警告をどの程度留意するかが一つの注目点だ。 (Most Americans see Trump as unqualified for presidency) ("Do Not Underestimate The Global Contagion" From Brexit)

 英国の国民投票は、英国と欧州大陸、そして米国という「欧米」の民衆が、エリート支配に対して民主的な拒否権を発動する事態の勃興を示している。かつてエジプトやバーレーンなどで、民衆が為政者の支配を拒否して立ち上がる「アラブの春」が(おそらく米諜報機関の扇動で)起きたが、それは今(おそらく英諜報機関の扇動で)欧米に燃え広がり「欧米の春」が始まっている。ブレジンスキーが目くばせしている。 (The “WESTERN SPRING” has begun) (世界的な政治覚醒を扇るアメリカ)



【13】テロと難民でEUを困らせるトルコ

2016/3/29  田中 宇

 中東ヨルダンのアブドラ国王が、米国の議員団に対し「(ISISなど)テロリストが欧州に行く(テロをする)のは、トルコの政策の一部だ」と述べていたことを、英ガーディアン紙が3月25日に報道した。アブドラは訪米中の1月11日にワシントンDCで米議員団と会い、リビアにこっそり英軍の特殊部隊が千人規模で進軍していることや、イスラエルが自国国境沿いのシリア側にアルカイダ(スンニ派)の支配地域を作らせ、イスラエルの仇敵であるヒズボラ(シーア派)が自国に近づけないようにしてきたこと(この件は1年前に書いた)など、いくつもの興味深い状況を語った。ヨルダン国王が米議員団に話したことは2カ月あまり秘密にされてきたが、何らかの理由により、今回メディアにリークされた。 (SAS deployed in Libya since start of year, says leaked memo) (ISISと米イスラエルのつながり)

 今週末、トルコの首相がヨルダンを訪問している。それに先立って暴露された国王のトルコ批判発言について、ヨルダン政府は誤報だと否定している。しかし、国王と会って話を聞いた米議会の有力議員たちは沈黙している。もし誤報なら、マケイン上院議員ら、ヨルダン国王との会合に出席していたおしゃべりな米議員たちが、誤報だと指摘するはずだ。米議員らの沈黙は、国王の発言が事実であることを示している。 (Jordan denies King made accusatory remarks against Turkey)

 暴露報道が出たので、アブドラ国王が1月11日に米議員団に何を話したか、議員たちは詳しい内容をメディアに話しやすくなっている。元ガーディアンの別の記者(David Hearst)が書いた記事によると、昨夏にトルコ軍がシリア北部に侵攻して緩衝地帯(飛行禁止区域)を創設しようとしたのをロシアなどが止めたため、それへの報復として、トルコが難民を欧州に送り込む作戦を始めた。アブドラは米議員団に対し、トルコは石油を買ってISISを財政面で支援し続け、シリアだけでなくリビアやソマリアのイスラム過激派武装組織(テロリスト)を支援しており、トルコは世界にとって危険な存在だと国王は述べた。 (Jordan's king accuses Turkey of sending terrorists to Europe)

 トルコにいたシリア人などの難民が、ギリシャなどを経由して欧州諸国に流入する今回の難民危機が昨夏に起きた当初から、トルコ当局は善意の被害者や傍観者でなく、難民危機を意図的に引き起こしている感じがしていた。ヨルダン国王の発言は、それを9ヶ月遅れで裏付けた。EUの難民危機は、トルコの仕業もしくは責任だという言い方は、陰謀論でなく事実に近いものになった。シリアを安定化するロシアの策がほぼ成功し、ISISを支援してロシアと敵対してきたトルコが窮地に陥っている今のタイミングで、ヨルダン国王の発言が暴露されるというタイミングにも意味がある。 (クルドの独立、トルコの窮地)

 昨夏以来の難民危機は、トルコから欧州への流れだけでなく、リビアなどから地中海を渡ってイタリアなどに来る流れもある。地中海ルートはトルコと関係ないので、この点で難民危機はトルコの仕業(責任)と言えない。しかし、難民危機をトルコだけでなく、トルコも加盟しているNATO(と、その背後にいる米国の軍産複合体)の生き残り戦略としてとらえると、納得できるものになる。そもそもISISは、軍産が創設してトルコが育ててきたテロ組織だ。米軍(軍産、NATO)は、占領下のイラクの監獄にいたイスラム過激派(アルカイダ)たちがISISを創設するよう仕向け、米軍がイラク政府軍にあげたはずの大量の武器がISISに流れるようにして強化した。ISISがシリアに領土を拡張してからは、トルコが国境越しにISIS(やアルカイダ)を支援した。 (わざとイスラム国に負ける米軍) (敵としてイスラム国を作って戦争する米国)

 そのまま事態が進むと、ISISとアルカイダ(ヌスラ戦線)はアサドを倒し、シリアはアフガニスタンのように半永久的な国家崩壊状態になっていただろう。ISISやヌスラは、トルコ軍を通じて米軍(NATO)の衛星写真情報を随時閲覧でき、シリア軍の展開を正確に把握していたので負けなかった。米軍侵攻で崩壊したイラクに続き、シリアが崩壊することは、軍産にとって米軍が中東に恒久駐留する必要が増し、米政界での権力保持に役立つ。トルコにとっては、自分たちが育てているISISやヌスラが支配することで、シリアと、イラクのスンニ地域を影響下に入れられる。エルドアンのトルコ与党AKP(公正発展党)はムスリム同胞団の系統の政党で、もしシリアでアサドが追い出され別の政権になるとしたらムスリム同胞団の政権になる可能性が高く、その意味でもトルコはシリアを傘下に入れられる。 (近現代の終わりとトルコの転換)

(ヨルダンの最大野党であるイスラム行動戦線はムスリム同胞団=ハマス系の組織で、もしシリアが、トルコの肝いりで、アサド政権から同胞団の政権に替わったら、次はヨルダン王政を転覆して同胞団の政権に替えようとする動きになる。米英の傀儡国であるヨルダンの国王は、米国がアサド政権を倒そうとする動きには反対しなかったが、トルコに対する警戒感は強い。ヨルダン国王のトルコ非難の背景には、そうした事情もありそうだ)

 米軍が破壊したイラクのうち、南半分のシーア派地域はイランの傘下だが、残りのスンニとクルドの領域はトルコの影響圏に入ることになる。14年6月、ISISが台頭してイラクのスンニ派の大都市モスルを陥落させたとき、モスルを守っていたイラク政府軍は、戦わないで現場解散した。イラク政府軍はイランの影響下にあるので、当時のイランは、イラクの北半分がISISやトルコの傘下に入ることを了承していたと考えられる。 (イラク混乱はイランの覇権策?)

 しかし昨年、シリア国民の助っ人としてロシアが入ってきたことで、軍産トルコに育てられたテロ組織がアサドを倒す流れは終わった。NATOがISISなどに衛星写真を渡しているのに対抗し、ロシアは昨夏から、アサドのシリア政府軍に露軍の衛星写真の随時閲覧を許した。露軍の顧問団がアサド軍の技能を向上させ、ISISやヌスラに勝てるようにした。イランも軍事顧問や民兵団を派遣してアサドをテコ入れし、露イランがシリアを守る態勢ができた。

 この展開を看過し、露イランに守られたアサドが、米トルコに支援されたISISヌスラを倒すと、イラクからシリア、レバノンまでの「中東の逆三日月地域」が米国の覇権下から離れ、露イランの傘下に転じてしまう。ロシアの台頭は、ウクライナ問題(軍産の濡れ衣的なロシア敵視策)がロシア好みに解決していき、欧州が対米従属の一環としてのロシア敵視をやめて、欧露が接近し、NATOの内部崩壊と、欧州の軍事統合、米軍産を欧州から追い出す動きが進む。トルコは、シリアやイラクに対する影響力を失い、クルド人が国家創設に動き、トルコも内部崩壊に直面する。 (米欧がロシア敵視をやめない理由)

 このような悪夢の展開を防ぐため、軍産とトルコは、昨夏にロシアがイランと共にシリアへの介入を強めたのに対し、反撃として難民危機を誘発した。難民キャンプなどで難民の世話をするトルコ当局やNGOの中には、諜報機関のエージェントが入っており、彼らが難民に「キャンプが閉鎖される」とか「欧州に行くなら今だ」といった情報を流すことで、中東から欧州への大量の難民流入を引き起こせる。難民の中にはISISやアルカイダの戦士(テロリスト)も混じり、以前から欧州にいるテロ組織と合流し、軍産の都合がいい時にテロを発動できる。 (ロシアに野望をくじかれたトルコ)

 大規模なテロは、政府や人々が軍部や治安部門に依存する傾向を強め、軍産を有利にする。米国の911テロ事件が好例だ。軍産の子飼いのテロリストがテロをやり、軍産が優勢になって子飼いのテロリストを増やすのが、軍産にとっての好循環(他の人々にとっては悪循環)だ。今年に入り、ロシアがシリアをうまく安定化し、国際社会でのロシアの地位が上がっている。放置すると、EUとロシアが接近していきかねない。そうした軍産にとっての危機を阻止し、EUをNATO依存・対米従属・反ロシアの側に押しとどめておくために、EUの本部があるブリュッセルで先日ISISによるテロが起きたことは好都合だった。 (911事件関係の記事)

 ロシアは昨年夏からシリア政府軍をテコ入れしたが、当初は軍事顧問団の派遣と情報提供だけで、それだけでもシリア政府軍は優勢になり、シリア北部のクルド軍勢力と連携し、トルコがISISやヌスラを支援する補給路が絶たれそうになった。それを阻止するため、トルコが北シリアに軍事侵攻しようとしたため、それを阻止する目的で、ロシアは昨秋、空軍機の編隊をシリアに駐留し、トルコ国境とISISやヌスらの支配地域をつなぐ補給路に対する空爆を開始した。阻止されたトルコは(おそらくNATOや米軍産の了承のもと)反撃として昨年11月、補給路を空爆していたロシアの空軍機を撃墜した。 (露呈したトルコのテロ支援) (トルコの露軍機撃墜の背景)

 しかしトルコがやれたのは、象徴的なこの一発だけだった。トルコが地上軍をシリアに本格的に派兵してISISやヌスラへの補給路を守ることはできなかった。露軍の空爆支援を受けたシリアのクルド軍(YPG)や政府軍が、北部の対トルコ国境地帯をISISやヌスラから奪還する動きが続き、トルコがテロリストを支援する補給路が次々に絶たれた。今年2月末には、YPGがトルコ国境の町タルアブヤドを奪還し、トルコとISISをつなぐ最後の補給路が途切れた。 (Russia after Turkey-Syria border closure over arms flow)

 ロシアは、タルアブヤドの奪還とほぼ同時に、国連を巻き込んでシリアで停戦を開始した。ISISの弱体化を目前に、ISISに見切りをつけて露アサド側に投降する反政府武装勢力を増やそうとする目論見だった。停戦や和平交渉を進展させるため、プーチン大統領は3月中旬、シリアに駐留するロシア軍の主力部隊を撤退すると発表した。撤退したのは、必要なら数時間でシリアに戻れる空軍機の編隊だけで、高性能の迎撃ミサイルs400や戦車部隊、ヘリ部隊、軍事顧問団などは残っており、米軍は「あれは撤退じゃない」と言っている(ひそかにプーチンを応援するオバマの大統領府は「露軍は予定通り撤退している」と言っている)。 (Pentagon Contradicts White House on Russia's Syria Pullout) (中東を多極化するロシア)

 昨夏以来、ロシアとトルコの戦いは、軍事だけでなく善悪のイメージ戦略や宣伝(プロパガンダ)の分野でも熾烈だ。トルコが属する軍産やNATOは、長いロシア敵視プロパガンダの歴史を持ち、米欧日の軽信的な人々を「悪いのは全てロシアだ」と思わせている。その点でトルコは有利で、出発点は「トルコ=善、ロシア=悪」だった。昨夏の難民危機をトルコのせいにする人は少なかった。

 しかしその後、昨年11月のトルコ軍機による露軍機撃墜が、トルコでなくシリアの領空で行われていたと判明したあたりから、トルコの善玉性が崩れ出した。ロシアは、宣伝面でトルコへの反撃を一気に強めた。ISISがイラクやシリアで占領した油田から採油した石油をトルコが政府ぐるみで買ってISISに資金援助し、それをNATOが黙認していることや、ISISやヌスラがシリア国境近くのトルコ領内で軍事訓練を受けていることなどが次々と暴露された。 (露呈したトルコのテロ支援) (ISIS, oil & Turkey: What RT found in Syrian town liberated from jihadists by Kurds)

 最近では、ロシアのテレビ局が、ISISから町を奪還したクルド軍に案内され、ISISが事務所として使っていた場所で、ISISがトルコに石油を売ったり、トルコ側から越境してくるテロ志願兵を受け入れたりした際に残した記録文書の束を次々に見つけ、トルコとISISのつながりを暴露するドキュメンタリー番組を放映した。それによると、ISISは2月末にタルアブヤドを奪われ、直接トルコとつながる道路を失ったが、友軍であるヌスラ戦線はもっと西の地域で、まだトルコにつながる道路を支配しており、ISISはその地域に事務所を置き、ヌスラの地域を経由してトルコに石油を売り、テロ志願者を受け入れている。 (Russian Documentary Shows ISIS Documents of Turkey's Assistance) (Turkey `protects & supplies' Al-Nusra camps at its border - Syria's YPG to RT)

 これまでのトルコのやり方からして、このロシア勢の報道は事実だろう。米欧マスコミは、軍産の傘下なのでこうした事実を報じず「ジャーナリズム」の機能を失い、対照的にロシアのメディアが「ジャーナリズム」の活動をやって、トルコやNATOの悪事を暴露するようになっている。昨夏までの冷戦構造的な「トルコ(NATO、軍産、米欧)=善、ロシア=悪」の構図は、ロシアの半年間のシリア軍事支援を経て、今や逆の「ロシア=善、トルコ=悪」に転換している。善悪観のプロパガンダ戦争でも、ロシアが優勢になっている。今回ヨルダン国王の発言が報じられ、トルコが意図的に難民危機やテロをを引き起こしていることが暴露されたことは「トルコ=悪」の構図に拍車をかけ、ロシアを有利にするものとなっている。 (Illegal oil traffic across Syrian-Turkish border continues - Lavrov) (`Extensive Movement of Jihadists at Syria-Turkey Border' Aided by Ankara)

 トルコが引き起こした難民危機はEUを標的にしたものだが、EU自身はトルコが属する軍産やNATOの傘下から出られず、トルコを正面から非難することもできず、不甲斐ない状態になっている。難民危機の発生後、EUはトルコと交渉し、トルコに支援金を出したりトルコ人にノービザのEU入域を許すなどの好条件と引き換えに、EUにいる難民をトルコに強制送還して戻す協定を最近結んだ。EUは当初、トルコに30億ユーロの支援金を出すと提案したが、トルコはそれを2倍の60億ユーロに引き上げることをEUに飲ませるなど、やり放題だ。トルコ政府は、テロはEU自身のせいだと発言し、言いたい放題だ。トルコは、EUに意図的に難民を送り込み、テロまで誘発する一方で、EUを脅して巨額のカネをせびり取っている。まるで犯罪組織の暴力団と同じだが、EUはトルコを非難せず、脅しに簡単に屈してカネを出している。最近はブリュッセルのEU本部のすぐ近くで自爆テロまで起こされ、EUはやられっ放しの状態だ。 (Turkey blackmailing EU over refugee crisis, Czech president says) (Turkey says Brussels attacker deported in 2015, Belgium ignored warning) (Turkish Leader Says Democracy Is Officially Dead In Turkey)

 EUが無力な市民なら「被害者」といえるが、EUは経済規模がトルコよりはるかに大きな超国家組織で、うまくやればトルコの悪事を阻止する方法がいくらでもある。トルコにやられてしまうEUの方が悪い。EUがトルコにやられっ放しなのは、EUが戦後の対米従属から自立する意欲が薄く、米軍産やNATOの言いなりなので、軍産NATOと結託して国際悪事を続けるトルコに対抗できないからだ。対米従属で軍産依存を続ける限り、イスラム過激派のテロをきちんと取り締まれない。すでに書いたように、イスラム過激派にテロをやらせているのは軍産(NATO)の生き残り策だからだ。 (Turkey's Erdogan Suggests Belgium's Double Standard on Terror to Blame for Brussels Attacks)

 今回ヨルダン国王の発言が報じられたことは、このような不甲斐ないEUに活を入れて支援する効果がある。EUでは、英仏などの議員が、トルコがテロを支援している件をもっと問題にすべきだと言い始めている。最近はイスラエル軍の上層部でさえ、トルコを危険視し始めている。トルコが軍産(NATO)と結託し、EUの軍産からの自立を阻止する戦略として、難民流入やテロを誘発していることは、今やEU側がその気になれば簡単に事実として確定できることになっている。あとはEU上層部のやる気だけだ。 (Top Israeli general: As long as Erdogan is in power, Israel will face problems)

 戦後、軍産に最も無茶苦茶にされてきたのは米国自身だ。米国の世界戦略はもともと多極型を志向していたのに、軍産によって冷戦型や単独覇権型にねじ曲げられたまま何十年もすごしている。米中枢には、世界戦略を多極型志向に戻そうとする勢力がいる。オバマや、次期大統領の可能性が高まるトランプは、その勢力の一員だ。ヨルダン国王の発言をリークして報じさせ、EUをトルコや軍産の悪事に気づきやすい状態に押し出しているのは、EUの対米自立を希望する米国の多極型志向の勢力でないかと私は考えている。 (ISIS Turkey has `serious questions' to answer)

 軍産からの自立は容易でない。先進諸国の人々の善悪観を何十年も歪曲してきた彼らは、自立を試みる政治家をスキャンダルなどで無力化できる。日本は戦後ずっと軍産の傘下にいるが、ほとんどの人がそれに気づいてすらいない。軍産(とその傘下の官僚機構)の日本支配は完璧だ。欧州は日本より試行錯誤しているが、軍産からの自立はなかなか進まない。メルケルに期待してきたが、間違いだったかもしれない。しかし今回、欧州は、軍産に依存していると、難民危機だけでなくテロまで多発され、無意味なロシア制裁で欧州経済が悪化するなど、大惨事に見舞われ続けることを自覚しつつある。楽観できないとは思いつつも、欧州が軍産から自立していく日が近いのでないかと感じられる。



【14】欧州の自立と分裂

2017/3/16  田中 宇

 米国のトランプ政権誕生や英国のEU離脱によって、米英と欧州大陸諸国(EU、独仏)が政治的に離反しつつあることを受け、EUが、フランスの核兵器をEU全体に再配備するやり方で、米国が欧州大陸諸国から核兵器を搬出しても欧州の安全を保てる新構想を議論し始めている。核兵器の所有権はフランスのまま、再配備の費用は主にドイツが出す独仏共同計画だ。米軍は、独伊蘭ベルギーなどに数十発ずつ核兵器を置いており、それをフランスの核で代替していく。反核主義者や対米従属論者からの反対論も多く、フランス政府自体も反対な感じだが、議論が始まったこと自体が驚きだ。核保有国と国連安保理の常任理事国は連動しているので、核保有国の肩書がフランスからEUになるなら、安保理常任理事国の名札もフランスからEUになる。 (Fearing U.S. Withdrawal, Europe Considers Its Own Nuclear Deterrent) (MfD: EU should become a nuclear power)

 昨年初め、トランプが選挙戦中に「日韓から米軍を撤退する代わりに日韓の独自の核武装を認める」と言った時、対米従属しか眼中にない日韓が静かに(だがきっぱりと)拒否したのと対照的に、欧州は、米国の安保の傘の下から出て自立した核武装体制に移行することを検討している。独仏や独蘭などは、軍事統合を進めている。ドイツは、トランプがNATO加盟国に軍事費増を求めたことを理由に、軍事費を急増している。いずれ米軍は、欧州からも極東からも出て行く。その時の準備として、欧州は軍事的な対米自立を進めている。 (英離脱で走り出すEU軍事統合) (世界と日本を変えるトランプ) (EU Considers Alliance-Wide Nuclear Weapons Program)

 3月17日、独メルケル首相が訪米しトランプと初の首脳会談をする。トランプがメルケルに頼みたいことの一つは、ウクライナ問題の解決だ。ウクライナに関するミンスク停戦協定に、ドイツは入っているが米国は入っていない。トランプは、米国がどう関与すればウクライナ問題を解決できるか(そしてトランプが進めたい米露和解に近づけるか)をメルケルに尋ねる予定だという。ウクライナ問題が解決すると、米露の緊張が緩和され、米軍が欧州から出ていく傾向が強まり、EUの軍事統合や核保有再編の議論が急務になる。ウクライナが解決しない場合、ロシアの脅威喧伝が続き、ロシアに対抗するためEUの軍事統合やドイツの軍拡を急げという話になる。 (Trump To Seek Merkel's Advice On Putin, Ukraine Conflict) (In the era of Donald Trump, Germans debate a military buildup)

 とはいえ、EUの核保有も軍事統合も、5月のフランス大統領選挙でマリーヌ・ルペンが勝つと、フランスをEUやユーロから離脱させる構想が推進され、欧州は分裂し、すべてふりだしに戻るかもしれない。マクロンやフィヨンが仏大統領になるなら、EUの統合は維持される。しかし、ルペンが大統領になったら、本当にフランスは、英国のようにEUから全面離脱していくのか??。それがフランスの国益になるのか??。英国は、国際社会の黒幕として機能することが大きな国益であり、EUに幽閉されたらそれができなくなるので、EU離脱にプラスの面がある。だがフランスは違う。 (Marine Le Pen and the spectre of Frexit) (崩壊に向かうEU)

(フランスも、英国と並ぶ世界帝国だったので「黒幕」だという人がいるかもしれないが、そういう人は歴史教科書という詐欺文書を信じる間抜けだ。かつての英国は、世界帝国運営のリスクを減らすためフランスに帝国の権限の一部を譲渡し、英仏など列強が競ったり談合したりして世界を支配しているかのような、今に続く国際社会の体制を作った。フランスは、受動的に英国から権限を受け取っただけだ。仏のピコが英のサイクスに一杯食わせてレバノンをとったという話は、英国が捏造した「別の説明」だ。歴史は玉ねぎだ。皮を一枚むいて真実を見つけたと思うのは間違いだ。フランスの覇権運営の技能は大したことない。歴史が勝者の捏造であると考える頭が全くない日本人は幼稚でくだらない人々だ。非国民でけっこうです) (フランスの変身)

 フランスがEUから離脱したいのは、ユーロに入ったので経済政策が失敗しても財政赤字を増やせなくなってしまったとか、シェンゲン条約のせいで移民や難民が大量に押し寄せて治安が悪化したとか、EU統合の「本質(国権剥奪など)」でなく「具体策」にまつわる部分だ。通貨統合にともなう財政赤字の条件が(倹約家のドイツが譲歩して)甘くなればユーロ圏に残ってもやっていけるし、国境検問を再開してもEU統合は進められる。ルペンは大統領になった場合、ユーロ・EU離脱の国民投票をやるぞと言って脅し、ドイツやEU官僚に再交渉を強いることができる。 (No Russian Hackers needed: Le Pen could win the French Elections)

 トランプは、選挙戦から就任後までの間に、覇権運営や国益の構造について、入れ知恵されて非常に詳しくなった。ルペンだって同様になれるはずだ。ルペンになったら公約どおり国民投票をやるだろう。ユーロはいったん解体してEMUからやり直しになるかもしれない。しかし、欧州が国家統合していく長期的な傾向は変わらないはずだ。独仏伊などがバラバラの国民国家である状態だと、欧州は、今後の多極型世界において、力を発揮できない。ロシアや英国に翻弄され続けるし、国際社会における発言力が小さいままだ。 (Report: Young People in Poland ‘Predominantly Support Radical Right’) (崩壊に向かうEU)

▼エルドアンがトランプに頼まれてオランダ政府と大喧嘩して選挙介入??

 EUの中心は独仏なので、ルペンが最大の問題だが、問題はルペンだけでない。欧州の多くの国で、EU統合に反対する極右や極左といわれる諸政党が台頭している。3月15日のオランダの議会選挙はルッテ現首相が率いる中道右派のVVDが第一党の座を守り、EU離脱や反イスラムを掲げる極右のPVVは議席を増やしたが野党のままだった。極右は負けたものの、エリートに支持されるVVDは、国民の間に増えた中東移民やEUに反対する心情を考慮せざるを得なくなっている。EU統合策のうち、シェンゲン体制やユーロの失敗は、もはや挽回できない事態になっており、それらに固執するエリート層の中道左右の与党の延命は、各国とも、しだいに困難になっている。 (Dutch Leader Takes Populist Turn to Fend Off Far-Right Party) (Exit poll gives Dutch PM Rutte big lead over far-right Wilders)

 オランダの極右はとりあえず負けたが、極右を勝たせようと外国から頑張って介入した勢力がいた。エルドアン大統領のトルコである。エルドアンは自分の独裁体制を強化するため、4月に国民投票を行う予定だ。この投票に向けた政治活動の一つとして、エルドアンを支持する勢力は、600万人のトルコ有権者が住む欧州で、エルドアン支持の政治集会を相次いで開こうとした。エルドアンの独裁強化を懸念するドイツやオランダやオーストリアの政府が、この集会に対する許可を出さなかったので、エルドアンは「西欧はいまだにナチスだ」などと非難し、西欧側との外交的な喧嘩になった。西欧と喧嘩することで、トルコ人の反欧米感情やナショナリズムに火をつけ、自分への支持増加につなげるのがエルドアンの策略だが、意図はそれだけでない。 (Dutch conservatives, nationalists big winners from Turkey row: poll) (Turkey Vows "Harsh Retaliation" Seeks Sanctions, As Dutch PM Says "Not Apologizing, Are You Nuts")

 エルドアンは、特に今回の選挙直前のオランダを標的にした。外相ら2人の閣僚を相次いでオランダに派遣し、オランダ国内でのエルドアン支持集会で演説させようとした。集会を許可しないオランダ政府は、外相の専用機がロッテルダムの空港に着陸しようとするのを拒否し、すでにオランダ国内にいた家族担当相を強制出国させた。トルコとオランダの外交関係は一気に悪化し、ロッテルダムでトルコ人の暴動が起きた。この事件は連日大きく報道された。 (Erdogan calls Dutch government ‘Nazis’ after Turkish foreign minister’s plane prevented from landing in Netherlands) (What the Dutch Want)

 エルドアンの意図は、トルコ国内の反欧米感情の扇動だけでなく、オランダ人の中東移民排斥感情、反イスラム感情を扇動し、移民排斥や反イスラムを掲げる極右政党PVVを有利にしたかったと考えられる。PVVなど、欧州各国でEUに反対する極右や極左の政党が台頭するほど、EUは解体傾向になって弱体化し、西欧を敵視するエルドアンにとって有利になる。トルコは昨年来、ロシアに急接近しており、もはやNATOやEUをこっそり敵視している。EU側では、今回の対立を機に、トルコをNATOから追放せよとの声も出ている。EUだけでなくNATOも解体に近づいている。 (Germany warns of Turkey’s NATO departure as Ankara-Amsterdam tensions soar) (Turkish FM accuses Germany of meddling in Ankara’s internal affairs ahead of April referendum)

 さらにもう一歩深く考えると、もしかするとエルドアンは、トランプ陣営に頼まれて西欧との対立を扇動したのかもしれない。従来の西欧のエリート支配は、対米従属や軍産従属が非常に強い。メルケルやEUの上層部は、ウクライナ問題が米国の軍産によるロシア敵視のインチキな濡れ衣策であると知りながら、米国と一緒にロシアを敵視してきた。イラクの大量破壊兵器や、イラン核兵器開発、シリア内戦はアサドが悪い、リビアの混乱もカダフィのせい、などなど、米国が捏造した濡れ衣敵視策の全てに、西欧諸国は唯々諾々とつき合ってきた(その一因は、米国覇権の黒幕である英国がEU内にいたからだが)。 (Turkey to reevaluate refugee deal with European Union: Minister) (テロと難民でEUを困らせるトルコ) (危うい米国のウクライナ地政学火遊び)

 西欧は、エリート支配を破壊しない限り、軍産の傀儡のままであり、トランプは軍産との果し合いに勝てない。トランプ陣営は、極左極右が好きだからでなく、中道左右の欧州エリート支配を破壊するために、ルペンら欧州の極右極左をこっそり支援している。この戦略との関係で見ると、反西欧の扇動で国内での人気と権力を伸ばしたいエルドアンは、まさに「同志」である。 (米欧同盟を内側から壊す) (欧州の対米従属の行方)

 EUが、軍産の傀儡である従来の状態から離脱するには、いったん極右極左の台頭によって、政権転覆されるのが手っ取り早い。軍産の一部であるマスコミが「とんでもない奴ら」と報じる勢力に、いったん権力を取らせる必要がある。極右やトランプが偏見や人種差別を助長している点しか見ようとしないリベラル派は、その浅薄さゆえに、知らずに軍産の傀儡になっている。差別を敵視するリベラル派は「善行」がしたいのだろうが、実際には軍産という「極悪」を助けてしまっている。 (European defence policy after Trump and Brexit) (欧州極右の本質)

▼日欧のドル支援策が尽きかけているのに利上げで健全さを装う演技を続ける米連銀

 EUは、安保面だけでなく経済面でも、従来の対米従属のままではうまくいかない。EUの中央銀行であるECBは、14年以来、EU経済を良くするためでなくドルの延命に協力するために、マイナス金利や、債券を買い支えるQE(量的緩和策)を続けている。ECBのドラギ総裁は、ドイツなどの中央銀行当局者がいくら反対しても聞かず、頑固にQEを続けている。ドラギ(と黒田)は米金融界の傀儡になっている。QEは、ドルや米国の債券金融システムを延命させるだけで改善せず、むしろバブルを膨張させ長期的に破綻に向かわせる。 (欧州中央銀行の反乱) (万策尽き始めた中央銀行)

 今後ユーロがいったん解体されると、対米従属のECBの機能もいったん解体される。ECBのリセットは、ユーロ(もしくはその後釜の共通通貨)の長期の安定と発展を確保するために必要だ。ECBは、今後ユーロが解体されなくても、すでに破綻していく運命にある。ECBは債券を買いすぎて、これ以上QEをやれない状態だ。4月からQEの月額を800億ユーロから600億ユーロに減らし、おそらく来年になるとさらに減らす。QEの縮小は市場への資金注入の減少を意味し、株や債券の急落を引き起こしかねない。ECBと並んでドル救済のQEを展開してきた日銀も、今年から実質的に債券の買い支え額を減らしており、日銀もQEを減らさざるを得ないほど不健全な財務状態になっている。 (Japan Begins QE Tapering: BOJ Hints It May Purchase 18% Less Bonds Than Planned) (When, Mr. Draghi?)

 日欧がQEを減らすと、ドルを延命する資金力が低下し、リーマン的な債券金融危機の再燃の可能性が高まる。米連銀は3月15日に利上げしたが、この利上げは、金融システムが不安定化する中で挙行されている。日欧がQEを減らす分、米連銀がQEの再開や利下げをせねばならないはずだが、連銀が利上げできず、利下げやQEが必要であると市場が感じてしまうと、ドルや債券への不信が増し、金融危機になりかねない。連銀の利上げは、ドルが健全性を保っているという演技のために必要になっている。しかし、日欧中銀の限界が露呈していく中で、今後いつまでこの演技を続けられるのか、市場の信用が続くのか、危うさが増している。 (Trapped Between Mario and Marine, the Only Way Is Up for European Bond Yields) (ECB debate intensifies over rate rise before QE ends)

 このように、政治経済の両面で、EUの存続が難しくなっている。この状況の皮切りは、昨年6月の英国のEU離脱決定だ。あれ以来、他のEU諸国にも、離脱をめざす政治運動が感染し、EUを解体しようとする極右や極左の台頭に拍車がかかっている。だが同時に、EUを対米従属に縛りつけていた一つの勢力だった英国がEUをやめるのが決まったことで、EUは対米従属のくびきを解かれ始め、それまで「NATOがあるから必要ない」とされていた軍事統合の加速や、今回の記事の冒頭に書いた、米軍の撤退を見据えた核抑止力の統合への議論が行われるようになっている。 (英国の投票とEUの解体) (英国が火をつけた「欧米の春」) (Sweden's Far-Right Gaining Ground As Social Problems Mount)

 最近は、EUの内部を、早く統合する(1軍的な)諸国と、ゆっくり統合する(2軍的な)諸国にわける2段階統合論も出てきている。これも、英国がEUで大きな発言力を持っていた時には語られていなかった。英国は、意図的にEUを弱体化するため、東欧諸国を炊きつけて2段階統合論に激しく反対させ、潰してきた。 (Goodbye Old EU, Hello New Multi-Speed Europe) (A multi-speed formula will shape Europe’s future)

 EUの上層部(既存エリート層)としては、極右や極左に選挙でEU各国の権力を奪われてEUがいったん解体(リセット)されてしまう前に、今の混乱のどさくさに紛れて、軍事統合や2段階統合体制への転換を急ぎ、EUを強化し、対米自立もさせていきたい。もしかすると対露和解もやりたいかもしれない。それらがEU各国の選挙での政権転覆より先に行えるのかどうかあやしいが、EUが解体と再編、自立と分裂の間で激しく動いていることは確かだ。 (‘We’ll never become a state’ Juncker says EU superstate dream is OVER amid voter backlash)



【15】欧米からロシアに寝返るトルコ

2016/7/4  田中 宇

 6月24日の金曜日に英国の国民投票でEU離脱の結果が出て、フランスなど他のEU諸国でも同様の国民投票をやりたいという声が噴出し、EU崩壊の可能性が急に高まった。週明けの6月27日、世界はまだ英国発のEU崩壊の話で持ちきりだったが、難民を欧州に送り込んでEU崩壊を誘発した張本人の一人であるトルコのエルドアン大統領は「もう欧州は片がついた」と言わんばかりに、どさくさ紛れに「次の手」を決行した。トルコはこの日、しばらく前から仲が悪かったイスラエルとロシアという2か国と、相次いで仲直りを発表した。 (Russia after Israel in Turkish rapprochement. What next?) (Turkey Moves To Restore Relations With Russia And Israel On The Same Day)

 今回トルコが仲直りした2カ国のうち、地政学的に重要なのはロシアの方だ。トルコとロシアは、昨年11月、シリア・トルコ国境地域を飛行中のロシア軍機を、トルコ軍機が撃墜して以来、関係が悪化していた。ロシアは、内戦のシリアに昨秋から軍事進出してアサド政権の政府軍を支援し、アサド政権はロシアとイランのおかげで勝利している。アサド軍は、ISIS(イスラム国)の「首都」であるシリア東部のラッカを今夏のうちに陥落し、ISISを東方のイラクに追い出すとともに、最後に残っている激戦地である北部の大都市アレッポも、ISISやアルカイダといった反政府勢力が敗北し、政府軍が奪還していきそうだ。これらの戦闘に片がつくと、シリア内戦はアサド側の勝ちとなる。トルコは、こっそりISISやアルカイダを支援してアサドを倒そうとしてきたが、それが失敗になる。 (トルコの露軍機撃墜の背景) (勝ちが見えてきたロシアのシリア進出)

 アサドは、自分を容認する反政府勢力と連立政権を組むことで、内戦の対立を乗り越える「政治和解」の形をとり、きたるべき選挙に勝って政権を維持する案だ。米国とロシアは、この案の具現化をもってシリア内戦の終わりとすることで合意している。シリア内戦に関しては、ジュネーブでアサド政権と反政府諸派との国連主催の和平交渉の枠組みがある。だが、その交渉は頓挫したままなので、それを無視して、アサドと一部の反政府勢力だけで簡単に連立政権を作ってしまえ、というのが今の案だ。 (Putin says new elections key for ending Syrian crisis) (Russia and Iran move towards a political solution for Syria)

 ロシアのプーチン大統領によると、意外なことに、この案は米国がロシアに提案してきたもので、プーチンは大歓迎だと言っている。米政府はそんな案など存在しないと言っているが、シリアにおいてロシアが優勢な中でプーチンがウソをつく必要などないので、提案を隠すウソをついているのは、国内のタカ派を煙に巻く必要がある米オバマ政権の方だろう。米露国連などが年初に決めたシリア和平の日程は、今年8月がアサドと反政府諸派の和解交渉の期限なので、それに合わせて今回の案が出てきたようだ。 (Putin: I agree with U.S. proposals for Syrian opposition) (Russian defense minister meets Assad, inspects Khmeimim airbase in Syria)

▼トルコに不利な戦後シリアを作り始めていたロシア

 シリア内戦は、ロシアやイランが支援するアサド政権と、米国やトルコが支援する反政府勢力(ISIS、アルカイダなど)との戦いだったが、ロシアやアサドの勝ちが確定しつつある。今後のシリアでは、ロシアやイランの発言力が拡大し、米国やトルコの発言力が失われていく。米政界では「(ロシアに任せて)シリアへの関与を低下すべきだ」という現実派(リアリスト)と「負けるわけにいかない。シリアに大量派兵して盛り返せ」というタカ派(軍産複合体)が対峙しているが、オバマ政権は前者であり、後者は非現実的(イラク戦争以来、米国を自滅させているネオコンが植えつけた妄想)だ。 (Fifty-one Foreign Service Officers Can't be Wrong ... Or can they?) (Syria memo shakes up Washington but unlikely to shift policy)

 NATO加盟国として米国の軍産と親しいトルコは、11年に南隣りのシリアで内戦が始まって以来、米国の側につき、米軍の肝いりで創設されたISISを支援し、アサドが倒れたらトルコの息のかかったイスラム勢力にシリアの政権をとらせて傀儡国にしようと目論んだ。だが、昨秋にロシアが軍事進出してアサドが盛り返し、トルコの謀略は失敗に向かった。この流れの中で、昨年11月のトルコ軍機による露軍機撃墜が起こり、トルコとロシアは決定的に対立した。米軍産は、トルコがロシア側に寝返らぬよう、撃墜事件を誘発した可能性がある。 (露呈したトルコのテロ支援) (シリアをロシアに任せる米国)

 トルコがシリアの内戦で負け組に入っても、クルド人の存在がなかったなら、トルコにとってそれほどの脅威でなかった。だがクルド人は、シリア内戦でアサド政権と組んで反政府勢力を打ち負かし、米露両方に支援されている「勝ち組」で、内戦終結後のシリアでの半独立状態をめざし、トルコ国境のすぐ南側に自治区を作っている。シリアでのクルド人の自治獲得は、トルコのクルド人の自治要求を煽り、エルドアンにとって国内の脅威の増加になる。 (クルドの独立、トルコの窮地) (ロシアに野望をくじかれたトルコ) (Russia denies support to PKK, calls on Turkey to solve `Kurdistan Issue')

 もしトルコがロシアと良い関係だったなら、内戦後のシリアで大きな影響力を持つロシアは、トルコのためにクルド人をいくらか抑制してくれるかもしれなかったが、トルコはロシアと敵対したままなので、ロシアはトルコへの嫌がらせの意味もあり、最近、内戦終結が近づくにつれ、逆にクルドの自治区を支持する傾向を強めている。これはトルコにとってまずい。このまま和平日程の目標どおり、8月に向けて米露案に沿ってアサドが一部の反政府派を取り込んで連立政権を作って内戦が終わると、戦後のシリアを構成するアサド、ロシア、クルドのすべてがトルコ敵視のまま、トルコは完全な負け組になる。シリアの戦後体制が固まる前にトルコがロシアとの関係を修復するなら、これが最後のタイミングだった。(米露案が頓挫すると、シリアの戦後体制の確立が延期されるが) (Russia shows support to Kurdish-led SDF north Syria) (Russia insists on Kurdish part in Syria peace talks as UN plans new round) (Time for Turkey to take strategic maneuvers on Syria?)

 トルコはNATO加盟国だ。NATOは、ロシア敵視のための米英主導の機関だ。従来なら、米欧が結束して無理して(過剰に)ロシアを敵視している中で、トルコがロシアに撃墜を謝罪して関係を改善するのは裏切りであり、米欧から強く非難される。だが、6月23日に英国が国民投票でEU離脱を決めたことで、長期的にNATOが解体もしくは威力低下していく可能性が一気に強まった。英国は、EUをロシア敵視の方向に引っ張っていた最大勢力だ。EUの最高権力者であるドイツのメルケル首相は米英軍産の傀儡っぽいが、英国の発言力が劇的に低下する今後は、相対的にEUの上層部で独仏伊の親露派(中道左派など)の発言力が増加し、メルケルはそれに押され、EUは対露制裁をやめてロシアとの協調に転じるだろう。 (英国の投票とEUの解体) (英国が火をつけた「欧米の春」)

 NATO内で、ロシア敵視を続ける米英と、ロシアと協調に転じるEUの亀裂が大きくなり、NATO自身の影響力が低下する。独仏は、米英を無視してロシアに接近していく可能性が高い(トランプが大統領になると米国もロシアに接近するが)。フランスなども国民投票でEU離脱を決め、EUが解体して欧州全体の国力が低下した場合も、NATOの弱体化になる。威力が低下していくNATOに残るよりも、NATOを見捨てて、黒海周辺と中東というトルコの南北両方の隣接地域で影響力を拡大しているロシアに接近する方が、トルコの国益になる。英国のEU離脱によって、急にそのような事態が出現した。かねてからロシアと早く和解せねばならないと考えていたエルドアンは、6月12日のロシアの建国記念日をお祝いする手紙をプーチンに出し、関係改善を模索し始めていたが、6月24日に英国の投票の開票結果が出たのを見て、エルドアンはさらにプーチンに露軍機墜落について謝罪(遺憾の意を表明)する手紙を送り、週明けの27日にロシアがトルコとの和解に応じると発表した。 (How Russia, China are Creating Unified Eurasian Trade Space) (Putin, Erdogan talk on telephone: Kremlin) (FEAR AND LOATHING IN THE LEVANT: TURKEY CHANGES ITS SYRIA POLICY AND STRATEGY)

▼EU潰しはエルドアンからプーチンへのおみやげ?

 英国などEUの国民がEU離脱の要求を強めた原因の一つは、昨夏以来、シリアなどからトルコを経由してEUに何万人もの難民が流入してEUの市民生活を破壊する難民危機が起きたからだが、難民危機は、トルコのエルドアン政権が、EUを脅してシリア内戦でトルコに味方する態度をとらせるため、意図して起こした観がある。国内に難民キャンプがいくつもあるトルコは、難民を扇動してEUに行かせる波を作ることができた。今年5月、難民問題でEUとトルコの交渉が難航した時、エルドアンの側近(Burhan Kuzu)は「(EUが譲歩しないなら)再び難民をEUに流入させることもできる」と豪語していた。 (Turkey Threatens Europe: "Unless Visas Are Removed, We Will Unleash The Refugees") (テロと難民でEUを困らせるトルコ)

 難民危機によって、欧州の市民は「EUが国家統合を進めて国境検問を廃止したのが間違いだった」と考えるようになり、英国の離脱に象徴されるEU解体の一因となった。エルドアンは、難民危機を引き起こしてEUを解体に押しやり、英国の投票でEUが崩壊していく流れが確定的になったことを見届けた直後、EUやNATOを見捨てるかのように、ロシアとの関係改善を劇的に開始した。 (英国がEUを離脱するとどうなる?)

 英国離脱の件は、プーチンのロシアの立場を大幅に強化し、EUや米英の立場を大幅に弱めた。英国離脱の一因である難民危機を引き起こしたエルドアンは、プーチンを大幅に強化してやったことになる。エルドアンがどういうつもりでこれをやったのか不明だが、もしかするとエルドアンは、ロシアと仲直りする際の「おみやげ」として、難民危機を極限までひどくして、EUを解体の方に押しやったのかもしれない。難民危機が始まったのは昨夏で、昨年11月の露軍機撃墜より前だ。エルドアンは当初、シリア内戦でのトルコの立場を強化するために難民危機で欧州に揺さぶりをかけたが、その後トルコがシリア内戦で「負け組」に入ったことが確定すると、ロシアと仲直りして「勝ち組」に移転する際の「おみやげ」を作るために、難民危機を使ってEUを崩壊に押しやることにした、と考えられる。 (Turkish president would like to mend relations with Moscow, save face) (Erdoğan's overtures to Russia part of wider diplomatic bridge-building)

 エルドアンは5月上旬、長年の腹心だったダウトオール首相を、明確な理由も言わずに辞任させた(議会でなく大統領個人が首相を理由なく辞めさせられる点が、エルドアンの独裁的権威主義を象徴している)。ダウトオールは、エルドアンが02年に権力をとって以来、ずっとトルコの外交戦略を立案してきた。突然の追放劇は世界を驚かせたが、どうやらこれも、今回のエルドアンのロシアへの寝返りと関係がありそうだ。 (Berlin sees bad news as Davutoglu resigns in Turkey)

 ダウトオールは、難民危機をめぐるEUとの交渉の責任者で、EUがトルコから流入した難民をトルコに送還し、その見返りにEUがトルコに経済支援したり、トルコ人のEUへのビザ無し渡航を認める協約の締結を目指してきた。ダウトオールとEUの交渉に対し、エルドアンは、横から新たに厳しい条件を出して邪魔していた。ダウトオールは、エルドアンの意地悪を乗り越え、EUとの協約をまとめるところまで到達したが、メルケルとダウトオールが合意に達した数時間後、エルドアンがダウトオールを辞めさせてしまった。 (Erdogan "Prince Of Europe" Rejects EU Demands To Reform Terrorist Law)

 ダウトオールは、近代トルコの国是だった欧米との協調を貫こうとしたが、エルドアンがそれを望まなかった。ダウトオールがEUと協約を結び、難民危機が解決の方向に動き出していたら、英国の国民投票もEU残留が僅差で勝つ確率が高まった。今起きている英国からEU崩壊が始まり、ロシアが漁夫の利を得る展開は、エルドアンのせいで始まっている。 (Erdogan pours cold water on hopes of progress on EU deal)

 1923年にオスマン帝国が滅亡して今のトルコ共和国になって以来、トルコにとって最重要な外国は欧米(NATO)だった。エルドアンが難民危機でEUを潰してロシア側に寝返ったことは、近代トルコの根幹を覆す大転換だ。近代トルコの国是だった「欧米に追いつく」過程の終わりを示している。米欧の債券金融システム崩壊で、米国覇権(米欧中心の世界体制)が衰退し、多極型の世界体制に転換していきそうな中、エルドアンは、トルコを、欧米の一員にするのでなく、欧米とは別の世界の極の一つにすることを目指し始めたのだとも読める。 (Turkey may soften stance on Assad exit as Kurdish gains force shift)

▼多極型世界の方が輝くトルコ

 トルコ人は欧州で「2級市民」として扱われており、誇り高き新オスマン主義のエルドアンはそれを怒っている。世界が欧米中心(米国覇権体制)である限り、トルコ人(やその他のイスラム教徒、ロシア人やアジア人)は2級市民だ。トルコとしては、欧米中心の今の覇権体制を潰し、プーチンに協力して世界を多極化した方が、自国を二流から一流に引っ張り上げられる。トルコ人が中東の覇者になるオスマン帝国を再生できるとしたら、それは米国覇権下でなく多極型世界においてだ。 (America Loses Its Man in Ankara) (Step by step toward a ‘one man’ regime in Turkey)

 外交専門家のダウトオール首相を辞めさせ、外交政策上の「常識外れ」をやるフリーハンドを得たエルドアンは、そのうち折を見てNATOからも離脱するかもしれない。EUを壊してからロシアに再接近したやり口から見て、エルドアンは、トルコが抜けるとNATOが潰れるような仕掛けを作ってから離脱するかもしれない。エルドアンには、世界を多極化する素質がある。 (Growing NATO Infighting Over Mediterranean Policies)

 トルコとロシアは6月27日に和解した後、外相会談を開いてシリア問題などについて議論し、ロシアが対トルコ経済制裁の解除に着手するなど、とんとん拍子に関係を改善している。プーチンは、エルドアンのおみやげに感謝しているようだ。だがトルコ政府は今のところ、ロシアとの和解を、できるだけ目立たないように進めている。トルコ政府は当初「謝罪などしていない」と発表していた。 (Russia and Turkey to 'coordinate' Syria policy) (Russian, Turkish FMs meet for first time since jet downing)

 トルコ政府が、ロシアと同じ日にイスラエルと和解したことも、対イスラエル和解が目くらましとして使われた感じだ。トルコとイスラエルの和解交渉は昨年末に終わり、トルコがイスラエルを待たせ続けており、トルコ側の一存で和解を具現化する日を決められる状態だった(トルコとイスラエルの和解については、長くなるので改めて書く)。トルコは、EUやNATOを裏切ってロシアと和解していると米欧から非難されたくないので、目くらましをやっているのだろう。 (In change of direction, Russia welcomes Israel-Turkey reconciliation talks) (Turkey did apologize for shooting down Russian plane, Putin says)

 英国の離脱投票で始まったEU崩壊は、まだ確定的でない。EUは、崩壊の流れの中で、EU内を2階層化するなどして、東欧やギリシャ、南欧など経済的に脆弱な地域を切り離した上で、中核的な独仏とベネルクスなどだけでEUやユーロ圏を再編し、これまでより強い新EUとして復活するかもしれない。その場合、新EUは、英国や東欧といった反露勢力を切り離すことで対米自立を強め、NATOのロシア敵視策からも離脱して対露協調し、NATOは有名無実化する。そこまで行くには1年以上の時間がかかり、それまではNATOのロシア敵視策が続くだろう。NATOの一員であるトルコは、立場をできるだけ曖昧にしておく必要がある。その意味で目くらましが必要だ。 (Turkey buries hatchet with Russia and Israel as Erdogan tries to break out of isolation)

▼有利になるアサド、不安になるクルド

 トルコとロシアが和解した影響は、欧州やNATOより先に、シリアを中心とする中東において出てくるだろう(だからトルコはイスラエルとの和解を対ロシア和解と同時にやったとも言える)。まず、明らかに立場が良くなりそうなのはアサド政権だ。トルコはアサドの辞任に求めてきたが、ロシアはアサドの存続がシリアの安定に不可欠だと考えている。ロシアはトルコに「アサド政権の維持に協力してくれるなら和解できる」「ISISやアルカイダへの支援もやめてくれ」と要求したはずだ。米国がアサド敵視をやめないので、NATO加盟国であるトルコはそれに付き合う必要があり、エルドアンは、ロシアと和解した後も「アサドはISISより悪いやつだ」と放言しているが、これはたぶん口だけだ。 (Turkey's president calls out Syria's Bashar Assad)

 米国の裏読み系のウェブサイト(whatreallyhappened.com)に最近おもしろい4コマものが載った。(1)「アサドはやめるべきだ」と叫ぶ英キャメロン。(2)「誰がやめるべきだって?」と問い返すアサド。(3)英離脱投票の結果を受けて「辞めるのは俺か」と苦渋の表情のキャメロン。(4)「だろ。俺じゃなくて君だよね」と破顔一笑のアサド・・・。この4コマが物語るように、アサドはもう辞めずにすみそうだ。CIA長官も、アサドの優勢を認めている (who must go?) (CIA chief Brennan: President Assad's position in Syria war better, stronger)

 明らかに運命が良くなったアサドと異なり、優勢になったが先行きが不透明なのがシリアのクルド人だ。ここ数カ月、ロシアはシリアのクルド勢力を支持する傾向を強め、クルドを敵視するトルコがロシアと敵対したままへこまされていく中で、クルドは、トルコが支援するISISやアルカイダを打ち破って支配地域を拡大し、内戦終結後のシリアにおいてトルコ国境に接する広大な自治区を持てそうだった。今年2月以来、ロシアはモスクワにクルド人の代表部(大使館)を設置させ、連絡をとってきた。 (Syrian Kurds do not fear improvement in Russian-Turkish relations)

 だが今、トルコが方向転換してロシアと和解したので、クルドは「もしかするとロシアは、トルコを味方につけるために、トルコが求めるシリアのクルド自治区の成立阻止を受け入れるかもしれない」と考え始めている。クルド人は昔から、覇権国や周辺の地域大国間の駆け引きの中で、尖兵や交渉道具として使われたり、見捨てられたりする歴史が続いてきた。ロシアやソ連は、クルド人を翻弄した大国の一つだ。シリア内戦前、アサドとエルドアンは協力して両国のクルド人を弾圧していた。その状態に戻る可能性がある。 (Why Turkey is striking out on the diplomatic field)

 ロシア政府は、トルコと和解した直後、モスクワのクルド人代表部に対し、状況説明を行った。そこでロシアは、シリアのクルド人に対する武器支援を減らすと表明したようだが、それ以上のことは不明だ。 (Russian officials meet Syrian Kurdish blocs in Moscow after improvement of relations with Turkey)

 アレッポやラッカでのISISやアルカイダ退治には、クルド軍(YPG)がシリア政府軍と並んで重要な役割を果たしてきた。アレッポとラッカが陥落すると、シリア内戦が終わる。その後のシリアは、アサドと一部反政府勢力との連立政権が大半の領土を支配し、北部はクルド人の自治区になる。それがすんなり実現するか、それとも何らかの対立が続くのか。アサドは12年からクルドの自治を認めているが、内戦が終わった途端に自治容認の約束を反故にしてクルドを潰しにかかり、今や和解したロシアとトルコがアサドのクルド潰しを黙認するという、クルドにとっての悪夢が再来する可能性もある。



【16】トランプの見事な米中協調の北朝鮮抑止策

2017/4/16  田中 宇

 この記事は「中国に北朝鮮核を抑止させるトランプの好戦策」(有料記事)の続きです。

 北朝鮮が6回目の核実験をやると予測されていた、金日成生誕105周年記念日の4月15日が、ほとんど何事もなく終わった。北はこの日、誕生日の祝賀にミサイル発射実験をしたが失敗した。米国と中国は、北が核実験をしたら軍事制裁も辞さずとの姿勢を表明していた。北が挙行したのは、核実験よりもずっと世界から黙認されやすいミサイル試射だけだった。北は、事前に核実験をする準備を進めたが、最もやりそうな15日に実行しなかった。これから実行する可能性もあるが、このまま核実験をやらない場合、北は、前代未聞な米中協調による強い中止要請に従ったことになる。 (North Korean Missile Launch Fails 'Almost Immediately') (N.Korea 'Finishes Preparations for Another Nuke Test')

 北が15日の核実験を見送るのとほぼ同時に、米トランプ政権が「米国の目標は、北の政権転覆でない。目標は、北の最大の貿易相手国である中国の助けを借り、北に最大の圧力をかけることで、6か国協議に北が参加するように仕向け、核開発をやめさせることだ」と表明(リーク)した。米国の世界戦略を決める大統領配下のNSC(安保会議)が4月に入り、軍事攻撃や政権転覆から核保有国として容認までの、強硬策から融和策までのさまざまな対北戦略の実現性を検討した結果、政権転覆にこだわらず、圧力は最大限にかけるものの、北が核兵器開発をやめる気になった場合は、融和策をとることに決めたという。 (Trump’s North Korea policy is ‘maximum pressure’ but not ‘regime change’) (Trump strategy on NKorea: 'Maximum pressure and engagement')

 1月末のトランプ政権誕生以来、NSCでは、米国第一主義(反覇権主義)のスティーブ・バノンと、国際主義(米単独覇権主義、軍産複合体)のハーバート・マクマスターらが対立を深め、4月5日にバノンがNSCから外されて軍産が勝ったことになっている。軍産はイラク侵攻以来「軍事解決」を好み、北に対しても先制攻撃や政権転覆をやりたいはずだ。だが、実際に彼らがバノンを追い出した後に策定した対北戦略からは、先制攻撃や政権転覆が外されていた。 (軍産複合体と正攻法で戦うのをやめたトランプのシリア攻撃) (Let's stop calling North Korea 'crazy' and understand their moties)

 米軍の上層部は「北が核実験やミサイル発射をしても、それに対する報復として軍事攻撃をやるつもりはない」と述べている。つい数日前まで、米政府は「北核問題の解決は、先制攻撃か政権転覆しかない」と言っていた。マスコミもここ数日、トランプが北の政権や核施設を軍事で潰すに違いないと喧伝した(日本の対米従属論者たちは、いよいよかと喜んだ)が、緊張が山場を越えたとたん、トランプ政権は、好戦性と正反対の融和的な戦略を発し始めた。これは、北に対する提案にもなっている。今後、北が再び強硬姿勢をとるなら、米国側も強硬姿勢に戻るが、米国が実際に北にミサイルを撃ち込んだり、キムジョンウンを暗殺するための米軍特殊部隊を北に潜入させることはなさそうだ。 (Trump strategy on North Korea: 'Maximum pressure and engagement') (Why a Limited Strike on North Korea Could Escalate)

▼史上初めて米中協調で北朝鮮に圧力をかけた

 トランプの新たな対北戦略のもうひとつの特長は、初の「米中協調」になっていることだ。北核問題に対する米国戦略は、90年代のビルクリントン時代が、米日韓で北を融和する(北が核兵器開発をやめたら日韓が軽水炉を作ってやる)策で、911後に大転換し、01年以降は「米国は北を軍事威嚇するだけ。北核問題の外交的な解決は中国にやらせる」という戦略をとり続けてきた。中国は、この戦略に乗って失敗すると北とぐるとみなされ米国に敵視されかねないので消極的だった。 (The US & China: Why The Sudden Conergence On North Korea?)

 今回初めて米国は、中国を誘い、米中協調で北に最大の圧力をかけ、北に言うことを聞かせようとする策をとった。4月6日にフロリダで行われた米中首脳会談の意味は、トランプがその策を一緒にやろうと習近平を説得することだった。トランプは、晩餐会で習近平と一緒に夕食をとっている最中に、米軍に命じてシリアにミサイルを撃ち込ませ、中国が協力しないなら米国だけで北を攻撃する策に転じるぞと示唆した。習近平はトランプの誘いに乗り、史上初めての、米中が協調して北に圧力をかける作戦が展開され、その結果、北は4月15日の核実験を見送った。 (China is suddenly leaning on North Korea) (North Korea Threat Heats Up, but South Koreans Keep Their Cool)

 4月7日には、中国共産党機関紙人民日報の傘下にある環球時報のウェブサイトが「北朝鮮が核実験するつもりなら、中国軍が米国より先に、北の核施設を先制攻撃することがありうる。北と米国が戦争すると、中国北部が一線を越えて不安定になる。中国はそれを容認できない。北の核兵器は、米中と渡り合うためのカードであり、中国が北の核施設を先制攻撃で破壊すると、北はカードを失い、反撃すらしてこないだろう。北は、核施設の破壊を自国民に知られたくないので、破壊されたこと自体を隠すかもしれない(だから、中国による北核施設の先制攻撃は、見た目より簡単に成功する。やっちまえ)」という趣旨の論文を掲載した。この論文は数時間後に削除されたが、中国政府筋が北核施設の先制攻撃を過激に提唱したのは、これがほとんど初めてだった。 (China’s bottom line on DPRK nuclear issue - Google cache) (Beijing warns a ‘storm is about to break’ as tensions mount oer N Korea)

 これまで中国は、米朝戦争の再発や北の国家崩壊、難民流出、北政権の暴走を恐れ、北との関係を悪化させる軍事強硬策や経済制裁の発動を避けてきた。だが、そうした中国の自制は最近、急速に薄れている。中国は、北への経済制裁を少しずつ強めている。その一方で中国は、北が核兵器開発を中止し、米韓が合同軍事演習(北敵視)をやめる交換条件で和解策を提案し続けている。 (Why North Korea Needs Nukes - And How To End That)

 トランプ政権が最近策定した前出の対北融和策も、実現するなら中国提案と矛盾しないものになる。トランプと習近平は、北が核開発をやめない場合の強硬姿勢と、やめた場合の融和策の両面で協調している。これに加えて5月9日の韓国大統領選挙でムンジェインが勝つと、米中韓の対北戦略が初めて共振(シンクロ)していきそうだ。あとは北が共振してくるかどうかになる。

▼トランプの過激にやって軍産を振り落とす策に協力する中国

 トランプが北核問題を融和的に解決するには、今回のようにいったん思い切り強硬姿勢をとらず、単に「北が核開発をやめたら、米韓が軍事演習をやめる」という中国の提案に乗ればいいだけだった。北も中国提案に対して乗り気だった。トランプが中国提案に乗らなかったのは、米政権を911以来ずっと牛耳ってきた軍産が、在韓米軍の撤退・アジアでの米覇権低下につながる北との和解に猛反対してきたからだ。軍産は北朝鮮に対してだけでなく、ロシアやシリアやイランに対しても和解策を全力で阻止してきた(だからオバマは平和主義者なのに好戦策をやらされた)。 (軍産複合体と闘うオバマ) (中国の協力で北朝鮮との交渉に入るトランプ)

 トランプは、選挙戦中から、NATO廃止や在日在韓米軍撤収など、軍産に楯突くことばかり言っていた。トランプの軍産敵視戦略を中心的に練ってきたのがバノンだった。大統領就任後、トランプは正攻法で軍産を潰そうとしたが、人類を洗脳するマスコミから、世界情勢把握のために必須な諜報機関、米国の軍部、米議会の上下院まで握っている軍産は非常に手強く、トランプ政権はロシアのスパイの濡れ衣を着せられ、次々と出す政策がマスコミに酷評中傷され、財政政策も議会を通過できず、四苦八苦させられている。 (軍産に勝てないが粘り腰のトランプ)

 そのためトランプは、4月に入って新たな大芝居を演じ始めた。有力な側近であるジャレット・クシュナー(シオニストのユダヤ人)を、米国第一主義のバノンと激しく対立する国際主義者としてでっち上げ、バノンとクシュナーの戦いが激化し、軍産がクシュナーに加勢してバノンがNSCから外されて無力化され、トランプもバノンの戦略を捨てて軍産の傀儡へと大転換したことにして、4月6日にミサイルをシリアに撃ち込み、プーチンと和解する試みも放棄してロシア敵視を加速し、北朝鮮に対しても先制攻撃や政権転覆に言及し、融和策を捨てたかのように振る舞い始めた。 (Trump's turnaround - real, or optics?)

 軍産の目標は、軍事を活用した覇権維持だ。ロシア中国イランといった非米反米諸国とのとろ火の恒久対立を希求する半面、勝敗を決してしまう本格的な世界大戦を望んでいない。トランプが突然やりだした過激策は、軍産のとろ火の戦争から一線を越えてしまうもので、トランプの過激策に対し、好戦策を扇動するマスコミはこぞってトランプを賞賛し始めた。しかし、軍産はむしろトランプを止めに入った。トランプが対北過激策へと動き出したのは、バノンがNSCから外される前の3月中ごろからだが、このころから米マスコミに、トランプは北に融和策をやった方がいいと主張する論文がよく載るようになった。 (核ミサイルで米国を狙う北朝鮮をテコに政治するトランプ)

 トランプは、異様な好戦策をやり出し、軍産が止めに入ると、それではという感じで習近平を米国に呼び、米中協調で北を威嚇しつつ、北が核開発をやめたら融和してやる策を開始した。トランプは、米国の戦略をいったん好戦策の方に思い切り引っ張った後、当初やりたかった米中協調の融和策を実現しようとしている。 (Trump Walks Into Syria Trap Via Fake ‘Intelligence’. by Justin Raimondo)

 同様のことは、シリアをめぐっても起きている。シリアに関しては、軍産の諜報機関がトランプに「北シリアのイドリブ近郊で、アサドの政府軍が化学兵器で村人を殺した」というウソの諜報を提示した(実際の犯人はアルカイダ)。トランプは、ウソと知りつつその諜報を信じる演技をやり、アサドには頭にきたと言って本気で怒るふりをして、ミサイルでシリアの基地を攻撃した。しかし、いずれ攻撃の根拠になったイドリブでの化学兵器攻撃の犯人がアサドの軍でなくアルカイダであることが露呈していく。軍産がウソの諜報を故意に流してトランプを信じこませたことがバレていき、軍産が無力化されていく・・・。 (New Reelations Belie Trump Claims on Syria Chemical Attack by Gareth Porter) (Russia claims there is 'growing eidence' that Syria sarin gas attack was staged as they blast weapons watchdog for not sending experts to the site)

・・・と、このように展開するかどうか、まだわからないが、トランプが軍産の傀儡になったふりをして軍産を潰そうとしている可能性は高い。バノンを倒した軍産傀儡のシオニスト、のはずのクシュナーが最近、NSCの議論に口を挟みすぎて、NSCに巣食う本物の軍産傀儡から煙たがられている、という指摘が出てきている。クシュナーは軍産傀儡でなくトランプの代理人で、バノンとクシュナーの対立も演技である疑いが強くなっている。バノンはトランプ側近から外されておらず、今後も目立たないようにトランプの戦略を立案し続けると予測される。FTやWSJにも親バノン的な分析が出ている。 (New Front In White House Ciil War as Kushner Asserts Authority at NSC) (Why Donald Trump still needs Stephen Bannon) (Does Steve Bannon Have Something to Offer?)

 私は最近「トランプ革命の始動」という本を出版した。これは3月中旬までの事態しか分析しておらず、その後に起きた最近の出来事に対する分析が載っていない。バノンがトランプのために作った、正攻法で軍産を潰そうとする戦略についての分析が中心になっている。その意味で、私の新刊本は、本屋に届いた時点ですでに古くさい内容になっている。だが昨今の「トランプ革命の第2段階」と呼ぶべき、シリアミサイル攻撃以来のトランプの劇的な転換の「演技」としての本質をとらえるには、まず「トランプ革命の始動」(もしくは、この本のもとになった私の有料無料の配信記事の数々)を読んで「これまでの筋書き」を踏まえておくことに意味がある。 (「トランプ革命の始動 覇権の再編」)

 以下本音。近年の出版界は、中身がないのに読者の気を引く題名をつけた本を出す詐欺商法がまかり通っている。本屋に並ぶ本のかなりの部分がゴミであり、金と時間の無駄だ。私自身、もう本を買わない。必要な時は図書館で読む。出版界はマスゴミの一部だ。それでも私が本を出すのは、事態を俯瞰的にまとめることに意味があると思うからだ。読者は私の本を買わなくてよい。「立ち読み」か図書館で読んでください。



【17】トランプの東アジア新秩序と日本

2017/4/18  田中 宇

この記事は「トランプの見事な米中協調の北朝鮮抑止策」の続きです。

 前回の記事で、4月6日の米中首脳会談以来の、米中協調で北朝鮮に核兵器開発をやめろと圧力をかける戦略が、史上初の画期的なものであることを書いた。北朝鮮に対する米国と中国の姿勢は、終戦直後の北朝鮮建国から冷戦終結まで、米国が北の敵、中国が北の同盟国という敵対関係だった。冷戦後、米国はまず90年代に北を宥和し(軽水炉を与える代わりに核開発をやめさせ)ようとして失敗(米側の軍産が反対)した。01年以降は、米国が北敵視一辺倒で、中国に「北に圧力をかけろ」と要求したが、中国が消極的で事態が進展しない状態が続いてきた。 (McMaster Warns North Korea’s Behavior ‘Can’t Continue’)

 北の核保有は、中国にとっても大きな迷惑だ。それなのに、中国が、米国の要求を容れて北に圧力をかけることをいやがった大きな理由は、米国が北朝鮮の核兵器と開発施設に関して「CVID」(完全かつ検証可能、不可逆的な撤去、complete, varifiable and irreversible dismantlement)を要求していたからだ。CVIDは厳密にやると、実現不能な要求だ。CVIDは、03年のイラク侵攻の前にイラクのフセイン政権が米英(国連、国際社会)から仕掛けられた罠でもある。

 当時のイラクは、米英から求められるままに大量破壊兵器を差し出したり兵器製造設備を破棄したりしたが、そのたびに「まだ持っているはずだ。完全かつ検証可能になってない。今後の開発が可能なので不可逆的じゃない」と言いがかりをつけられ、最後には軍事的にほとんど丸裸にされた上で米軍に侵攻され、簡単に政権転覆され、内戦状態のなか50万人以上の市民が殺された。リビアのカダフィ政権も、核開発施設を放棄した挙句、政権転覆され国家崩壊している。イランも、オバマに許されるまで、ずっと米国から「こっそり核兵器開発しているはずだ。許さない」と言われ続けた。

 CVIDは、米英が敵視する国につける因縁、濡れ衣だ。正直に応じるとイラクやリビアのように国を潰され、大勢の人々が無意味に殺される。CVIDを使った国家潰しは、戦争犯罪を捏造する、より大きな戦争犯罪だ。これまでの米英は、暴力団やヤクザと同質の、極悪で巧妙な「ならずもの覇権国」だった(昨年来の英国のEU離脱と米国のトランプ化で、今後しだいに事態が変質していきそうだが)。

 中国は、経済(貿易)面で北の手綱を握っている。だが、米国が中国を敵視している限り、中国が米国の要求に応じて北に圧力をかけて核開発をやめさせても、米国はCVIDを適用し「北はまだ核を隠し持っているはずだ」「中国は北の核隠匿を黙認している」と言い続け、北に圧力をかけた中国が、逆に悪者扱いされかねない。米国が中国敵視とCVIDへのこだわりをやめない限り、中国は北核問題をめぐる米国提案の解決策に乗れない。

 米国が掲げたCVIDは、北の核に対する中国の姿勢を消極的なものにしたが、半面、北自身はCVIDに対し、逆方向に積極的になることで対応した。米国のCVID要求に従ってしまうと国を潰されるが、「CVIDを受け入れると不当に潰されるので断固拒否する」「極悪の米国に対する自衛力が必要だ」と言って核兵器や長距離ミサイルを全力で開発し、米本土に核弾頭を撃ち込む軍事力をつければ、米国に対する核抑止力が生まれ、米国は何も言えなくなる。この論理で、北は、米国から転覆すべき「悪の枢軸」に指定された後、核兵器と長距離ミサイルの開発を急ぎ、5回の核実験を実施した。今や米国自身が、北が米本土に届く核ミサイルを持つのは時間の問題だと認めている。

(02年にブッシュ政権から「悪の枢軸」に指定されたイラク、北朝鮮、イランの3か国は、米国のCVIDに対し、それぞれ異なる対応をしている。イランは、核兵器開発をしないが似て非なる民生用原子力開発を旺盛に進めるやり方で反抗的な態度をとり続け、最終的にオバマの米国と核協定を結んだ)

 北朝鮮の核ミサイル開発の進展を見て、米政界では昨年来、CVIDへのこだわりを捨て、現実的に北の核に対処すべきだという議論が出ている。米国がCVIDを条件とせず、中国敵視もやめて、米中が協調的な信頼関係を築いた上で、米中が一緒に北に圧力をかければ、北が核ミサイル開発をやめる可能性がぐんと増す。中国は、米国がCVIDと中国敵視をやめれば、北に圧力をかけても良いと考えてきた。4月6日に米中首脳が会談で何を話したかわからないが、その後の展開から推測して、トランプは習近平に、一緒に北に圧力をかけようと提案したはずだ。この提案に対し、習近平はCVIDをどうするか尋ね、トランプはCVIDにこだわらないと答えたはずだ。トランプは、もう中国を敵視しないとも言ったはずだ。それらの言質を与えなければ、中国は提案に乗ってこないからだ。 (Trump’s Art of the China Deal)

 4月6日の米中首脳会談後、米中間の貿易紛争の火種も消された。トランプは中国に為替不正操作のレッテルを貼るのをやめたと発表し、中国は米国牛肉の狂牛病絡みの03年からの輸入禁止令を解き、米国の金融機関に対して中国市場をもっと開放する方針も打ち出した。牛肉と金融の開放は、中国にとって対米譲歩しやすい分野だ。米中は、貿易分野で相互に目に見える歩み寄りをやってみせた。 (China Offers "Concessions" To Avoid Trade War As Trump Readies Anti-Dumping Probe) (China to lift 13-year beef ban)

 4月6日の首脳会談で構築され、4月15日の北核実験延期で最初の成果を上げた今回の米中協調体制が、今後もずっと続くとは限らない。マスコミは、今回の米中協調体制を、画期的なものとして喧伝していない。トランプ政権も、新たな米中協調について多くを語らないようにしている。軍産から批判されて潰されたくないからだろう。トランプはCVIDを放棄したようだが、好戦派が席巻する米議会は、今後話が具体的になっていくと、CVIDの放棄に強く抵抗するだろう。「CVIDの放棄は、北が核兵器を隠し持つのを黙認することになる。それはダメだ」という主張と、「非現実的なCVIDにこだわると、北が米本土に核ミサイルを撃ち込むまで事態が放置される。それはダメだ」という主張がぶつかる。 (Donald Trump says China is working with the US over North Korea)

 米国だけでは、この堂々めぐりの議論になるが、そこに中国が絡むと「北が米本土に核ミサイルを撃ち込まないよう、経済面で北の手綱を握っている中国に抑止してもらう」という案が出てくる。これに「中国が北を抑止しきれない場合、米国が北の核施設を先制攻撃する」という話が付け加わると、すでにトランプが宣言している今の戦略になる。トランプが大統領である限り、今回確立した米中協調体制が続く。トランプの任期内に北が核開発をやめると宣言し、米朝や南北が敵対を緩和するところまで行けば、米中協調は確定的なものになる。うまくいけば、今回の米中新体制は、東アジアの国際秩序を大転換していく。 (Pentagon Denies Reports US May Attack North Korea Over Nuclear Test Plans)

 今回の米中新体制は、習近平にとっても都合が良い。彼は、5年に一度の中国共産党の政権見直しの時期に入っており、党内からの信任を高めておかねばならない。中国経済は難渋している。そんな中で、習近平がトランプとの協力関係を固め、米中協調で朝鮮半島問題が解決でき、米中貿易紛争も回避できるなら、習近平は党内での権威を維持もしくは拡大できる。トウ小平が2期10年と定めた主席の任期(習近平は23年まで)を延長し、習近平がトウ小平を超えることすら射程に入ってくる。今回構築されたトランプとの良い関係を、習近平の方から壊すことはない。

▼いずれ中国の影響圏が対馬海峡まで南下してくる

 もし米国が中国敵視やCVIDに戻らず、北が核兵器を(一部は隠しつつ)放棄し、それを米中が問題解決とみなすと、米朝、南北が敵対をやめ、朝鮮戦争が60年ぶりに正式に終戦し、在韓米軍が撤退する。そこまでうまく進むのか、どこかで途中で頓挫するのか、短期的にはわからないが、長期的にはいずれそこまで進む。在韓米軍の撤退によって、韓国の安保における米国の重要度が下がり、中国の重要性が高まる。 (How to Structure a Deal With North Korea)

 北朝鮮は、経済的に自活できないくせに突っ張って「自主独立」を掲げ、中国の傘下に入る印象がつくのを拒み続けるだろう。そうしないと国内的に、独裁政権の権威を維持しにくくなるからだ。中国も、北の政権崩壊を好まないので、北のわがままな突っ張りをあるていど黙認し続けるだろう。朝鮮半島は、南北ともに中国の影響圏に入る。この地域の中国の影響圏の端は、38度線から対馬海峡へと移動する。 (It's time for America to cut South Korea loose: Washington Post opinion By Doug Bandow)

 朝鮮半島は、近代の始まり(アヘン戦争、明治維新)まで中国の属国(冊封下)だったが、その後日本に占領され、戦後は北が中国、南が米国の影響圏になり、冷戦後はいったん北が中国の影響圏からも出て「ならず者」的に自活しようとして、その結果、今の北核問題が起きている。今後、北核問題がトランプ式に解決されると、南北朝鮮は、全体的に中国の傘下に入り、前近代の状態に戻る。

(トランプ式でなく、90年代末のビルクリントン式が実現していたら、日韓が北の面倒を見つつ、朝鮮半島全体が米国の傘下に入る展開になっていただろうが、歴史はそうならなかった)

 これまで日本と韓国は、米国の同盟国という点で国際政治的に一応の仲間だったが、それはいずれ終わる。韓国は中国圏(対中従属)に移行する。日本は、米国が強い間は対米従属を続けられるが、今回トランプが北核危機を口実に始めた地政学的な米中協調(=多極化)が進み、きたるべき金融危機などを経て米国覇権が失墜すると、日本は米国の影響圏から切り離され、多極型世界において、中国圏にも米国圏にも属さない存在になる。

 この状態は、どこかで見たことがある。そう。90年代後半に騒がれた、米国際政治学者サミュエル・ハンチントンの「文明の衝突」で描かれた未来の世界地図において、日本が、中華文明にも欧米文明にも属さない「孤立文明」として描かれていたことだ(韓国はすでに中華圏に入れられていた)。永遠の対米従属しか眼中になかった日本の官僚や知識人たちは、江戸時代の鎖国さながらの孤立文明のレッテルを見て驚き、欧米文明に入れてくれとわめき、ハンチントンに修正を要求した。 (文明の衝突の世界地図)

▼中国を台頭させるトランプは同時に、日本に日豪亜をけしかけている

 当時は、日本が世界の中で、自国だけで文明圏を形成する構図など想像できなかった。今も、多くの人にとっては想像外だろう。しかし、私の記事の精読者は、ある構図が思い当たるはずだ。それは「日豪亜」である。(これを全否定する人は、かつての私の「隠れ多極主義」と同様、また田中宇が妄想していると思うだろうが) (見えてきた日本の新たな姿)

 日豪亜は、戦前の日本が自国の影響圏として設定した地域のうち「南方(南洋)」の部分である。今回、北の問題を解決していくことで中国の影響圏がいずれ対馬海峡まで南下し、いずれ実現する日露和解による北方領土(国後・択捉)の喪失の確定と合わせ、かつての「北方」部分は、二度と日本の影響圏にならないことが確定する(中国が自滅しない限り)。しかし、南方は残っている。今後の日豪亜は、日本の露骨な支配地域として設定された戦前の南方戦略と異なり、域内の諸国が対等な関係を標榜するものになる(それしかありえない)。

 ハンチントンの世界地図において「日豪亜」の領域は、フィリピンが欧米文明(キリスト教、元米国植民地)と中華文明(フィリピン人の3割は祖先が中国人)、イスラム圏(ミンダナオ)の3つのまだらになっている。インドネシアやマレーシアはイスラム圏、ベトナムは中華圏、タイやラオス、カンボジア、ミャンマーは仏教圏、豪州とNZは欧米文明に入っている。このうちいくつかは、現在の実際の政治的な影響圏区分と大きく異なっている。 (文明の衝突の世界地図)

 東南アジアで中国の影響が最も強いのは、ベトナムでなく、ラオス、カンボジア、ミャンマーだ。これらの3か国は中国の属国と呼んでよい状態にある(本人たちは否定するだろうが)。半面、ベトナムは、中国からの影響力の増大に対抗したいので、むしろ日豪亜を希求する存在だ。インドネシアとマレーシアは、イスラム圏だが、中東のイスラム諸国と政治風土が大きく異なる。両国は、経済を華人が握る傾向が強く、今後米国が衰退し、中国の影響が大きくなることを両国の民族系上層部が懸念している。彼らは「中国以外の影響力」の存在を望んでいる。日豪亜は、まさにその需要を満たせる。 (フィリピンの対米自立)

 フィリピンは、ドテルテ政権になって、それまでの対米従属を荒っぽく捨てて、中国にすり寄る大転向をした。だがその後、南シナ海のサンゴ礁や経済水域をめぐり、ドテルテがナショナリズムを扇動する動きをして、中国との対立に逆戻りしている。しかし、トランプの米国は、米中協調の北核問題解決を最優先にしており、米国がフィリピンを再度傘下に入れて中国と敵対するようなことをしたくない。ドテルテは、親中国だが、領海紛争や経済開発では、中国以外の勢力の助けがあった方が良い感じだ。ここにも、日豪亜の存在が求められる政治的需要がある。 (Philippines Duterte reassures China over sea order) (Rodrigo Duterte Orders Fortification of All Philippine-Held South China Sea Islands) (Duterte Is Under Pressure to End the Philippines-China Honeymoon)

 日本は昨年末、安倍首相が外国首脳として初めてドテルテのもとを訪問し、経済軍事支援を拡大している。すでに日本は「日豪亜」的な動きをフィリピンに対してやっており、ドテルテも日本などの隠然とした後ろ盾があるので、心おきなく領海問題で中国に楯突ける。フィリピンと同じ構図が、台湾にもあてはまる。日本が最近、台湾を外交面で目立たないように後押しを強め、どうやら軍事的にも潜水艦開発などで台湾へのテコ入れを隠然と強めそうな感じを出しているのは、日豪亜的な動きである。 (台湾に接近し日豪亜同盟を指向する日本) (Taiwan Needs Submarines)

 豪州とNZは、米英の同盟国であるが、経済的な理由から、中国と敵対したくないとも考えている。トランプ政権ができて自由貿易体制を否定した後、豪NZは、米国から離れるそぶりも見せている。英国やEUは、自分たちの将来像を固めるのが先決で世界戦略が二の次になっており、欧米としての団結力が低下している。長期的に米国覇権が衰退し、中国がさらに台頭してくると、豪NZは、中国と渡り合うために、既存の旧英連邦とか欧米の世界的な枠組みでない、新たな地域的な国際連携が必要になる。ここにも日豪亜のニーズが転がっている。 (潜水艦とともに消えた日豪亜同盟)

 もしかすると、ハンチントン(や米国の覇権運営者たち)は90年代から、冷戦後の覇権の多極化傾向を見据え、きたるべき多極型世界における米国圏(軍産NATOの横やりで、欧州や豪NZを含む欧米文明圏として設定)と中国圏の間に、日本の影響圏を設定したかったのかもしれない。だが、日本を支配する官僚機構は、対米従属に固執できるようにするため、日本が地理的な国際影響力を持つことを断固拒否してきた。その結果「文明の衝突」における日本の影響圏は、日本一国だけの孤立文明として制定されたと考えられる。どうせ中国圏でも米国圏でもない地域として孤立させられるなら、日本一国だけで孤立するのでなく、似た境遇の東南アジア諸国や豪州なども誘って「日豪亜」にした方が、はるかに良い。AIIBは中国主導、ADBは日豪亜主導の開発銀行になり、相互に協力できる。 (日豪は太平洋の第3極になるか)

 トランプは、今回、北核問題を使って米中協調体制を構築する前に、日本に対し、台湾やフィリピンのめんどうをもっと見るよう、けしかけたふしがある。そうでなければ、対米従属一本槍の日本が、台湾との外交関係を格上げしたり、反米親中な変人ドテルテに接近したりしない。 (No ceremony for Japan office in Taipei renaming)

 米中協調体制は、アジアの多極化を加速する。日本や豪州が何もしなければ、中国は、日豪亜の予定海域をすべて併呑し、米国圏と中国圏が隣接する世界構造にする。その場合、日本や豪州は国際的に窒息させられ、今よりさらに影響力が低下し、今よりもっと台頭する中国に、好き勝手にしてやられるようになる。対米従属一本槍は、日本や豪州にとって、自滅的、売国奴的な戦略になっている。中国と敵対するのでなく、こちら側も海洋アジア諸国で結束したうえで、中国と仲良くするのがよい。