貝瀬漸進案 日本囲碁基本規則案草案(漸進案)要綱 |
1962(昭和37)年6月1日 |
まえがき この草案要綱は中国の碁の「生存の原理」とは異なる原理としての「地の多少を争うこと」を目的とするものと誤って考えられて、現に全日本囲碁人の間に解け込んで日本的なものとして実在する碁をなるべく変更することなく、しかも、従来の碁に存在する理論的な欠陥をできるだけ除くため、将来の国際競技開催の場合のルールはどうあるべきかの考慮による思案とは別のものとして試作したものである。 | ||||
すなわち、従来の規則は理論的全体としてまとまらないままに日本的なものとして存在し続け、囲碁規則の構成の理論的基礎の一つとしての「理論上の終局」という考え方(概念)を、この概念が実際上は潜在的性質のものであることに由来して見失い、これを規則の中に保存せず、「合意による終局」を「理論上の終局」であるかのように錯覚する重大な過失を犯したが故に且つ、従来の規則が局面を進展せしめるための手段としての「着手権の行使」と「着手権の休止」とは基本的着手権の動静の態様に外ならないのであって、いずれも基本的着手権の動静として統一して理解すべき(休止は着手とは全然別個のものと考えてはならない)ことや、手段の交互の実行は権利であると同時に義務であることを明確にせず、また、劫の規定(同形反覆禁止の原則)を一般化して「手段の無限反覆性禁止の原則」としておらないが故に、なお、従来一般的に、日本の碁は「地およびハマの点数の合計の多少を争うものである」と表現され、且つ、「活きは眼が二つあることだ」とされたり「セキは対局者双方の一連の石がともに眼がなく、または眼一個であって双方いずれから着手しても、相手方の石を取り上げることができない形となっているもの」と表現されて「セキは活きとみなす」とされて来たが、これらの考え方は不精確というよりもむしろ誤っており、また、「死石をそのまま取り上げること」は「打ち上げ手数の省略であること」が明確に認識されないまま、「トリの原則」とは別に存在する規定であるように考えられ、かような実情は囲碁規則を理論的に理解することの障害となり従来の日本式計算法には種々の疑問が存在し、多くの疑問を論理的に明快に解決し得なかったことを深く省察して、これらの欠点を除くことに努めたものである。
1962年6月1日 貝 瀬 尊 明 | ||||
日本囲碁基本規則案草案(漸進案)要綱 (終局、眼、地、ダメ、ハマセキ、無条件死石、および碁の定義 | ||||
I | 終局の二つの定義、眼、地、ダメ、ハマセキ、無条件死石および碁の定義を明らかにする。 われわれが打つ碁の終局にはつぎのような二つの定義があるが、実際に碁を打つときには「理論上の終局」まで着手を進める手数を省略して、「合意による終局」の場合の計算方法により計算する。 | |||
(1) | 「理論上の終局」の定義 「理論上の終局」は、対局者の一方ばかりでなく相手方も、死石は全部打ち上げられて盤面に存在する石は全部活きており、地およびハマは確定して碁の目的にかんがみ着手権行使の余地なしとの認識(観念)を表示し、その表示の合致するによる双方の着手権の消滅(手段の交互実行の権利義務関係の消滅)である。 | |||
(2) | 「合意による終局」の定義 「合意による終局」は、対局者の一方ばかりでなく、相手方も、着手権を消滅せしめ、「理論上の終局」まで着手を進める手数を省略して、勝敗の数を計算したいとの欲求(意思)を表示し、その表示の合致するによる双方の着手権の消滅である。 | |||
(3) | 「眼」の定義 「眼」は、石が死なない限りにおいて盤面に石を置き得るだけ置いた場合に、一方の石により囲まれた点であって、且つ、相手方にとっての着手禁止点である(劫の規定により着手が制限されている点は着手禁止点ではない)。 | |||
(4) | 「地」の定義 「地」は一方の二眼の石(二眼を有ち、または、交互に着手すれば二眼を有ち得るにより独立して活きている石)の「眼」または、二眼の石により囲まれた盤面の一つの点、もしくは、二つ以上の点の集合であって、相手方の石が活きて存在し得ないところであることについて対局者間の意見が一致した点である。ただし、劫の規定により着手が制限されている点を除く。 | |||
(5) | ダメの定義 ダメは、「着手権の行使」により「地」となし得ない空点であることについて対局者間の意見が一致した点である。 | |||
(6) | ハマの定義 ハマは一方の対局者が相手方の石を盤面から取り上げて所持するもの、またはIIの(3)に規定する「非交互着手賃」として相手方から支払いを受けて所持するものである。 | |||
(7) | セキの定義 セキは「理論上の終局」の時に盤面に存在する石であって二眼の石以外の石であり、通例の場合には「対局者双方の一連の石がともに眼がなく、または、眼一個であって双方いずれから着手しても相手方の石を取り上げることができない形となっているもの」である。 | |||
(8) | 「無条件死石」の定義 「無条件死石」はその打ち上げの実行が単に打ち上げを実行したに止まり、その打ち上げの実行に伴い、相手方が石の下、振り替わりなど何等の手段をも取得し得ないものである。 | |||
(9) | 碁の定義 碁は一方の「地」およびハマの合計と相手方の同様の合計との多少を争うものである。ダメにも交互に着手するものとする。ただし、セキの中のダメについてはこの規定によらないことを得るものとする。 「合意による終局」の場合には「無条件死石」はそのまま取り上げるものとする。対局者の一方が合意により終局したいとき、または、終局に際し、死活について疑問を抱きもしくは、死活を争いたいときは、着手権を休止してその旨を表示するものとする。 前項の来手により対局者の一方が着手権を休止したときは、相手方は、終局に同意するか、着手権を行使するか、着手権を休止しなければならないものとする。 碁を作るに当たり、「地」の確定しない部分があること、または、死活について疑問もしくは争いがあることが判明したときは、終局の合意は無効とするものとする。 終局に際し死活について疑問もしくは争いがあるとき、または、前項の規定により終局の合意が無効のときは、死活について疑問もしくは争いのある石の打ち上げを実行して、その疑問もしくは争いを解決するものとする。 前項の石の打ち上げの実行は、劫立ての外はセキの中の空点に着手することを得ないものとして、打ち上げる側の対局者の着手により開始し、対局者が交互に着手しない場合の非交互着手は「非交互着手賃」の仮り払いにより計算するものとする。 「無条件死石」の打ち上げ実行の手順を進めたことが判明した場合には、双方の着手または「非交互着手賃」の支払いの回数を等しくし(交互着手地目相殺の原則)、「無条件死石」でなことが判明した場合には、「非交互着手賃」の仮り払いは無効とするものとする。 | |||
(碁の手段の定義および手段の交互実行の権利義務関係) | ||||
II | 碁の手段(手)の定義および手段の交互の実行は権利であると同時に義務であることを明らかにする。 | |||
(1) | 「碁の手段」の定義 「碁の手段」は「着手権の行使」または、「着手権の休止」である。 | |||
(2) | 「着手権の行使」の定義 「着手権の行使」は着手が禁止され、または制限されている点を除く任意の空点の一つに石を置くことである。 | |||
(3) | 「非交互着手賃」の定義 「非交互着手賃」は「無条件死石」の打ち上げ実行の手順を進めたことが判明した場合に、この手順を進めたことが「そのまま取り上げた場合」に比較して不利益にならないようにするため、一方の対局者が相手方に支払う石(出しハマ)である。 | |||
(4) | 「着手権の休止」の定義 「着手権の休止」は対局者の一方が「着手権の行使」は碁の目的にかんがみ不能であるとの認識(観念)を表示してその着手権を行使(発動)しないことである。 | |||
(5) | 手段の交互実行の権利義務関係 対局者は、終局に至るまで、手段を交互に実行する権利を有し義務を負う。 「非交互着手賃」の支払いは碁の手段であり、「着手権の行使」とみなすものとする。 | |||
(手段の無限反覆性禁止の原則) | ||||
III | 「同形反覆禁止の原則」を一般化して、「手段の無限反覆性禁止の原則」とし、無限に反覆する性質を帯びない同形反覆の手段は許されることを明らかにする。 | |||
(1) | 劫の周期の長短に拘らず、部分的の同形を反覆するためには、劫立てをして、盤面の全体としては無限に同形を反覆してはならないものとする。(「同形反覆禁止の原則」) | |||
(2) | 対局者が放置して死活を争わなければ同形反覆の問題は起こらない。部分的の形態(二つ以上の部分的の形態の連合を含む)を基準として、部分的の同形反覆の手順を三回繰り返した場合には、第四周目の第一着手による同形反覆は許されるが、第二着手以降の同形反覆の手順を繰り返すためには、交互に劫立てを要するものとする。 従来の二手を一周期とする劫の争いは従来の例によることを妨げないものとし、また、第一項の交互の劫立ては第二周目の第二着手以降の同形反覆について適用することを妨げないものとする。 | |||
(3) | 「着手権の休止」は同形を反覆するものであるが、無限に反覆する性質を帯びない限り許されるものとし、また、一方の対局者の「着手権の休止」に続いて相手方も着手権を休止したときは、その「着手権の休止」の連続は劫立てとみなすことを得るものとし、最初に休止した対局者は同様の休止を反覆し得ないものとする。 | |||
(日本棋院判例の失効) | ||||
IV | 日本棋院判例は廃止するものとする。 | |||
(基本規則と細則との区別) | ||||
V | 日本棋院囲碁規約中の囲碁基本規定であってこの要綱による規定に矛盾しないものは、この要綱に引用して、この要綱による規定とともに日本囲碁基本規則を構成するものとする。 前項の基本規則以外の細則は別に定めるところによるものとする。 | |||
注1 この要綱による計算法で計算した結果は、通例の場合は、現行規約による計算法で計算した結果と異ならないものである。 | ||||
注2 この要綱は「トリの原則」、「手段の交互実行の原則」および「手段の無限反覆性禁止の原則」を前提とした「理論上の終局」まで着手を進めた場合の碁の概念が盤面に発生する一切の問題を解決する最高の審判者であるとの考え方に基づくものであって、この考え方の各要素は「トリの原則」および「碁は地とハマの合計の多少を争うものである」との日本的な概念以外の点は「直観」によるものではなく、従来の碁の構造を考察して、推理により到達し得たものである。 それ故、地の1目とハマの1目とは何故価値が等しいかを中・日二つの碁の比較により考究し、キリチンのない中国式計算法の計算上の手数を省略するための方便に過ぎないと認められる日本式計算法の成立の理由としての「交互着手得点相殺の原則」の理を推理により知る時、われわれの囲碁ルールが「直観」を基礎とする点は、「トリの原則」および「キリチンのない中国の碁の生存の原理」だけとなり、将来の国際競技開催の場合のルールはどうあるべきかの方向を理解し得るのではなかろうか。 | ||||
注3 「手段の無限反覆性禁止の原則」殊に周期の長い劫の劫立てに関する規定は、従来の考え方としての「同形反覆禁止」という形式にとらわれずに「同形反覆禁止の原則」の精神(目的)を活かし、しかも、この原則を一般化した場合の実際上の適用を理解し易いようにすることに努めた。 | ||||
注4 石の死活の判断の基準 「理論上の終局」の時が「理論上」石の死活の判断の基準となる時期であり、この時に盤面に存在する石が活き石であり、死石は打ち上げられた石である。 | ||||
注5 「合意による終局」の場合に、「死石はそのまま取り上げる」のは打ち上げ手数を省略しているのである。 | ||||
注6 「着手権の休止」は単独に行なわれることがあり、合意により終局したいとの欲求の表示または「理論上の終局」の際の着手権行使の余地なしとの認識の表示に随伴することがある。 | ||||
注7 この要綱は「身投げ着手」(着手禁止点への着手であって「自殺着手」と呼ぶ人もある)を認めない。 | ||||
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