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続折々の記 ⑧
【心に浮かぶよしなしごと】
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       宿業教育   いのちを授かってから3~4才までの教育
 

2021/09/01
宿業教育    いのちを授かってから3~4才までの教育

宿業期とは

仏教用語としての宿業
漢和大字典によれば「(佛)前世のむくい。(業は今の結果を生ずべき原因となる所業)」とある。

前世とは「人が自分の判断によって物事を分別できる」までを意味する言葉であり、今とは「人が自分の判断によって物事を分別できるようになった」以降を意味する言葉である。
従って、「今の結果を生ずべき原因となる所業」という内容は、「今の結果」即(スナワ)ち人のすべての原因となるものは、胎児から3~4歳までに出会う環境すべてを意味している。 言いかえれば「お母さん、お父さん、祖父母、兄弟姉妹、更に家の環境自然の環境すべて、胎児から3~4歳までに人が自分を作り上げる環境すべてを意味すると理解しなければならない。
中でも基本になる人の気質や情緒、対人態度すべて、或いは考え方すべてと考えて間違いない。
宿業とはそうしたことを意味し、自分を取巻く人の環境如何にかかわるものと私は理解しています。

何故そこまで言うのか?

動物の出産で親が何をするか知っていますか。 関連するデータを拾ってみます。

 命がけの出産

   命がけの出産(クリック)

動物の母親はどうして自分を犠牲にしてまでわが子を守ろうとするのか。命がけの「母性愛」に私たちは感動するが、実は母親の原動力の仕組みはよくわかっていなかった。

ポルトガルのシャンパリモード神経科学研究所の研究チームが、母親の「愛情ホルモン」が自己防衛本能をストップさせ、献身的な行動に踏み切らせることを突きとめ、生物学誌「eLife」(電子版)の2017年6月13日号に発表した。

動物の命がけ「母性愛」の秘密がわかった

オキシトシンが防衛本能をストップさせる
弱肉強食の動物の世界。強敵に出会った動物は、命の危機を避けるために2つの行動をとる。一目散に逃げるか、気づかれないようにじっとしているか(凍りつく=フリーズ行動)だ。ところが例外の動物がいる。子どもを連れた親、特に母親だ。わが身を犠牲にしても果敢に敵と戦って子どもを守ろうとする。

子どもを守るために毒ヘビにかみつく母ウサギ、キツネからヒナの注意をそらすために、羽が傷ついたふりをしてキツネの前に身を投げ出す母キジ、ライオンの群れに突進するカバの母親......などなど。何となく「母性愛」のなせるわざということはわかるが、実際にどんなメカニズムが働き、自己防衛本能を捨ててまで子を守ろうとするのか、解明されていなかった。

「eLife」誌に掲載された論文によると、研究チームのエリザベス・リッケンバッハ博士らは、「愛情ホルモン」と呼ばれるオキシトシンに注目した。オキシトシンは、母親が赤ちゃんに授乳している時に特に多く分泌される。「愛おしい!」「守ってあげたい!」という気持ちを誘発させる。母子関係やカップル間の絆を深める働きをする。最近では、自閉症など社会生活にうまく適応できない人にオキシトシンを投与すると、コミュニケーション能力が向上することが明らかになり、幅広い行動に作用していることがわかっている。それだけにオキシトシンが命がけの「母性行動」にどうかかわるのか、解明が難しかった。

リッケンバッハ博士らは、出産後まもないメスのラットを使って、命の危機がある状態の時に、子どもがそばにいる場合と、自分だけの場合で、どういう行動をとるか実験した。まず、子どもがいない場所で母ラットにペパーミントの香りをかがせながら体に傷かつかない程度の電流を流し、香りが危険であることを植え付けた。すると、母ラットはペパーミントの香りをかぐたびに「フリーズ状態」に陥った。狭い箱の中では逃げる場所がないため、凍りつく以外に自分を守ることができないからだ。

その後、子どもと一緒にさせてペパーミントの香りを流すと、母ラットはフリーズ状態になるどころか、香りを流しているチューブにかみついて攻撃した。そして、子どもを守るために巣とチューブの間に物を置いたり、体を密着してお腹に子どもを抱えたり、グルーミング(毛づくろい)したりする行動をとった。

母親の献身的な行動から子どもは危険を学習

ところで、オキシトシンは脳の扁桃体と呼ばれる部分で分泌される。母ラットの扁桃体でオキシトシンが分泌されないようにして同じ実験をすると、母ラットは子どもが一緒にいても、ペパーミントの香りをかぐとフリーズしたままになった。子どもを守る行動をとらなくなったのだ。自己防衛本能をつかさどる部分も同じ扁桃体にある。このことから、リッケンバッハ博士らは、オキシトシンが自己防衛反応を起こす神経回路に作用し、フリーズなどの防衛行動をストップさせていると考えている。リッケンバッハ博士らは論文の中でこうコメントしている。

「詳しいメカニズムはまだ不明ですが、人間にも同じ仕組みがある可能性があります。興味深いのは母ラットの行動によって。子ラットもペパーミントの香りが危険であることを学習したことです。母親のお腹に抱えられた子ラットは、1匹の状態でペパーミントの香りをかがせられるとフリーズしたのです」

動物の母親はどうして自分を犠牲にしてまでわが子を守ろうとするのか
(検索語での一覧)
 これも参考になります


 『胎児期からの子育て』 小林登著 TBSブリタニカ 228p
「子どもは育つプログラムをもって生まれ、親は育てるプログラムをもっている」
人間の模倣(モホウ)能力は、学習能力や思考能力などと表裏の関係にあり、それが文化形成の原動力になっているという考えはうなずけるものです。
しかもそれが、生得的なもの、心のプログラムの一つなのです。 生まれたばかりの赤ちゃんの前で、親が舌をだしてみせると、赤ちゃんもモゾモゾと口を動かしながら小さな舌をほんの少しのぞかせることでもそれは明らかです。

  母親の「愛情ホルモン」

  鮭の一生/風に吹かれて

  死ぬために故郷に帰る 鮭の川上りに秘められた生命のドラマ

 『生き物の死にざま』 稲垣栄洋著 草思社 207p 29話

 テレビで放映された番組

30年ほど前になるかNHKドラマで見たものです。 猿の赤ちゃんは生まれてすぐ母親に死なれて、動物園の飼育担当の人によって ミルクの食事ほか 寝る世話からダッコなど すべてを母親猿になり代わってすくすくと大きく育て成功しました。 さて、成長してからのこと、その子猿は身ごもりお腹の赤ちゃんはだんだん大きくなりました。
やがてお産の時がきたのです。
子猿は見事に出産に成功したのですが、子猿は何がおきどうしていいのか分からず、驚き跳ね上がって大騒ぎの声をだしたのです。
飼育の担当者も驚いたのです。
…………………………………………………………………………………………
このことは何を意味していたのでしょうか。 京都大学の小林登先生だったと思いますが、次のような話をされたと思います。
ふつう猿が子を産んだときには、いろいろ親猿が抱きかかえて赤子を愛しいろいろと面倒をみると言います。
生まれた子猿は安心して育てられるというのです。 子猿は生まれて何をされて育てられたかチャンとが何をしてくれたか覚えているのだと言います。 ふつう野生の動物は人の手をかりずに生んだ母親がすべてその子を育てあげているというのです。 話を聞けば誰でもそれはそうと理解します。
親に育てられなかった動物が、自分の子を産んだとしたら、どうしていいかわからないのです。



【下平記】
動物の出産についてのデータを読んでみると、いのちの伝承ということが如何に厳粛であり大事なことか理解できると思います。

人の出産に続く動物でいうところの保育、一人立ちするまでの教えと導きというものは、人間にももともと母親にインプットされているのです。 曲がりなりにも一人立ちできるまでを、仏教用語では宿業と位置づけ極めて大事な時期としているのだと理解しているのです。

こうした理解のもと、宿業期の教えと導きは赤ちゃんにとっては欠くべからざる大事なことなのです。 万一こうした教えと導きがない場合には、赤ちゃんは一人で見たり聞いたり感じたりして自分を築き上げていくよりほかに方法はないのです。 特別手をかけずに自然に育てることがいいという考えもあると思いますが、その結果は集団生活に入っていくとき、知識の遅れが目立ち対人関係もうまくできず、大脳活動すべての面において能力を伸ばしていくことがうまくできないことになるのです。

としたら、宿業期の赤ちゃん~幼児期の教えと導きの在り方を、親は充分わきまえていなくてはならないと思います。

どう対処したらいいのかそれが課題なのです。

宿業期の教えと導きの対処の仕方

実は私のホームページ「0歳教育」というのは、2001/01/から始めましたが、一番もとになったのは、昭和43年(1968年)ころ私の年齢は40才ころ、校舎の周りの溝を掃除していた中学3年の女の子が 「先生、私は勉強ができんもんで高校へ行けんの」 と訴えたことだった。 この一言は私の胸を強く揺さぶった。 もう一つのことは、1980年のころ新聞の広告欄に 『塾なんかもういらない』 七田真著を取りよせてからのことでした。