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【 09 】06/04
     世界はどこへ ウクライナ侵攻100日
        ① ウクライナ支え、結束広げよ
        ② 「バイデンの戦争」が導く先は
        ③ 独善的な指導者が抱く恐怖

     2022/06/04 (世界はどこへ ウクライナ侵攻100日:1)
ウクライナ支え、結束広げよ   国末憲人
   https://digital.asahi.com/articles/DA3S15314776.html?ref=pcviewer

 士気低下に苦しむロシア軍を、ウクライナ軍が押し返す。このような戦況を、誰が予想しただろうか。

 侵攻当初、ロシア軍は首都キーウ(キエフ)に迫り、ウクライナは国家としての存続が危ぶまれた。しかし、反撃に転じた後は各地で形勢を逆転させ、ロシア軍を首都周辺から追い出した。予断を許さないものの、ロシアが国土を広範囲に占領したり、ゼレンスキー政権を転覆させたり、といった展開は考えにくい。

 それにつれて、冷戦後に世界が培ってきた国際法の順守や主権の尊重、人権擁護などを基軸に置く国際秩序への影響を懸念する声も、次第に静まってきた。

 当初は「力任せの秩序が到来する」「新冷戦が復活」などと取りざたされた。今はむしろ、現在のロシアに歴史の流れを変える力はない、との認識が台頭している。菊池努・青山学院大学名誉教授は、この侵攻を「ソ連という『帝国』が崩壊する際の血なまぐさい事件の一つ」と位置づけ、新たな時代の到来との見方を否定する。

 国際秩序をこのまま維持しつつ、ウクライナに、いかに平和を取り戻すか。

 多数の命を奪う戦争は、一刻も早く終わるのが望ましい。ただ、今回の戦争の場合は、終戦が必ずしも平和の到来を意味しない。

 ロシア軍の撤退後間もなく、キーウ郊外ブチャに入った私は、拷問が疑われる多数の遺体や地下室に残る処刑の痕跡を目にした。ここでの虐殺は、ロシア軍が占領地で繰り広げたと疑われる非人道的行為の一端に過ぎない。ロシアの支配下の停戦は、犠牲を重ねる結果となりかねない。

 加えて、ロシアとの安易な妥協は侵略戦争の容認であり、国際秩序の崩壊を招く恐れが否定できない。軍事大国の攻撃に常におびえて暮らす世界を、次世代に残すべきではない。

 問題解決の第一歩は、ウクライナからのロシア軍の撤退にほかならない。

 この大原則をいかに実現するか。国際社会は、軍事面、政治面に限らず、国内避難民や難民の保護、教育の機会の提供、医療再建といった面で、ウクライナをしっかり支えたい。一方、ルールを無視するロシアと、今後どのような関係を結ぶのかも、議論が必要だ。

 今後も国際秩序を保ち、世界を安定に導くには、米国、欧州、国連といった、ウクライナを支える関係国や組織のコンセンサスが欠かせない。最も重要なのは、収束に向けた具体的な道筋が議論され、立場の違いが生じる際に、結束を崩さないことだ。

 結びつきを深めるだけでなく、広げることにも、苦心すべきだろう。中国やインド、さらにはアジア各国やアフリカ諸国に、その意識が十分共有されているとも言い難い。

 これらの国々を包含した秩序をいかに構築していくか。そこに、日本が担うべき役割も見いだせる。「ルールに基づく国際秩序」の擁護を責務と位置づけてきた日本には、その理念を具体的に実現する努力が求められている。
 (ヨーロッパ総局長)

 ◇ロシアによるウクライナ侵攻から3日で100日を迎えた。衝撃的な出来事は今後の国際関係や世界経済をどう変えるのか。日本はどう向き合うべきか。計7回にわたり論じます。

 ▼2面=戦禍いつまで、9面=抗戦か停戦か揺れる市民

   ▼2面=戦禍いつまで
100日、戦禍いつまで    誤算ロシア、東部に注力

写真・図版  戦争は、いつまで続くのか。ロシアがウクライナに侵攻して100日目を迎えたが、東部を中心になお激しい戦闘が続く。欧米では、いかに戦争を終わらせるかをめぐり、考え方の違いも露呈している。妥協なしに領土の奪還は可能か。多数の犠牲者を出しているウクライナも、厳しい局面に立たされている。▼1面参照

 「私たちの領土の約20%が占領者の支配下にある。戦闘の前線は1千キロを超える」。ウクライナのゼレンスキー大統領は2日、ルクセンブルク議会にオンラインで参加し、厳しい表情で語った。

 ロシア軍はいま、東部ドンバス地方(ドネツク州、ルハンスク州)の完全支配をめざしている。ロシアのラブロフ外相はドンバス地方の「解放」を「絶対的な優先事項」と述べている。

 すでに90%以上を支配するルハンスク州で残った拠点都市セベロドネツクの攻略のため、ロシア軍は戦力を集中。同州のハイダイ知事によると、同市の約80%は支配された。市内には1万人以上の市民が残り、化学工場の地下に約800人が避難しているという。

 ロシア軍が同市と西隣のリシチャンスクを落とせば、ルハンスク州全域を押さえることになる。英国防省は3日、「今後2週間で支配を完了する可能性が高い」との分析を公表した。ロシア軍はさらに西をめざし、ドネツク州での攻撃を強めるとみられる。

 2月24日からの侵攻の第1段階で、東部、南部とともに首都キーウ(キエフ)制圧をめざしたロシア軍は反撃に遭い、3月末にはキーウ周辺から撤退を強いられた。態勢を立て直し、4月以降に攻撃を集中したのがドンバス地方だ。

 南東部の港湾都市マリウポリで、ウクライナ軍は抵抗を続けたが、5月17日には撤退。この間、ロシア軍はドンバス地方の制圧に力を注いだ。

 だがウクライナ軍の抵抗は強く、ドンバス地方や南部でロシア軍の支配地域はそれほど広がっていない。逆にウクライナ軍は反撃に転じ、北東部ハルキウ州で失地の一部を回復。ロシア軍が支配する南部ヘルソン州や西隣のミコライウ州でも、支配地域との境界で反撃が続いている模様だ。

 米シンクタンクの戦争研究所(ISW)は、セベロドネツク攻略にはロシア軍が戦力を集中させるのに見合う利点が少ないと指摘。他の地域で進軍が滞っているため、「ロシア軍は明らかに兵力と物資の消耗が続いている」と分析する。

 ISWは、ウクライナ軍が厳しい戦いのなかでも「ロシアの侵攻を阻止し、逆転する機会はまだ残っている」とみている。欧米諸国の追加の武器供給も後押しとなりそうだ。

 今後、仮にロシア軍が東部掌握に成功すれば、一定の「成果」とみなす可能性はある。だが、ロシア系独立メディア「メドゥーザ」は5月27日、プーチン政権は「キーウ奪取」を諦めていないとの見方を伝えた。なお、ゼレンスキー政権打倒をめざすべきだとの強硬論が政府内にはあるという。(ベルリン=野島淳)

 ■停戦交渉か対決か、割れる欧州 ヒトラー台頭挙げる仏/「残虐」許せぬ東欧

 バイデン米大統領は5月31日、米紙ニューヨーク・タイムズへの寄稿で、新たな高性能ロケットシステムの提供を表明。ロシア領内への攻撃に兵器を使わないという条件付きで、ウクライナへの軍事支援の拡大に踏み切った。

 バイデン氏が強調するのは「何事もウクライナ抜きでは決めない」という原則だ。「ウクライナに領土の譲歩を求めることはしない」とも明言。停戦協議が進まないのはウクライナの責任ではなく、あくまで侵攻を止めないロシア側に原因があると強調した。

 当面は軍事支援を続け、戦況を有利に進めることによって、将来的に交渉のテーブルでウクライナが強い立場に立つというのが米国が描くシナリオだ。その先には、戦争を通じてロシアが弱体化することへの期待も見え隠れする。

 ただ、欧州では、ロシアとの交渉を目指すのか、あるいは対決姿勢をとるかで、方針は割れる。交渉を主張する代表格はフランスだ。

 マクロン大統領は5月9日、「ウクライナとロシアを交渉のテーブルにつかせて、平和を築かなければならない。どちらかを排除してはいけないし、交渉で両国は侮辱しあってはならない」と発言した。

 マクロン氏はその理由として、「1918年に、我々は(ドイツを)辱めすぎた」と指摘。第1次世界大戦終結後、多額の賠償金を課されたドイツで国民の不満が募り、ヒトラーが台頭した史実を挙げた。

 欧州委員会のフォンデアライエン委員長も5月下旬、ロシアが欧州の一員になる可能性について、「遠い夢かもしれない」としながら「ロシアが民主主義に戻る道をみつけられれば、答えはイエスだ。ロシアは我々の隣国であり、これからもそうなのだから」と述べた。

 米国と歩調を合わせる英国のジョンソン首相は5月27日、「ワニに左足を食べられている最中に、どうやってそのワニと交渉するというのか。それがプーチン大統領がしていることだ」と述べ、徹底抗戦を続けるウクライナに理解を示した。

 東欧も同様だ。ウクライナの隣国ポーランドのドゥダ大統領は5月22日、ウクライナ議会での演説で、「(ウクライナの)ブチャやマリウポリ(での残虐行為)の後に、ロシアと通常通りの関係に戻ることはあり得ない」と断じた。(ワシントン=高野遼、リビウ=疋田多揚)

 ■ゼレンスキー氏、譲歩拒む

 ゼレンスキー大統領は5月25日夜のビデオ演説で怒りをにじませた。「譲歩を求めるその領土には何百万人もが暮らしているのだ」

 その6日前、ニューヨーク・タイムズは侵攻長期化に懸念を表明。「ウクライナの指導者は領土で痛みの伴う決断をしなければならない」との論説を掲載した。

 領土の一体性はウクライナの譲れない一線だ。

 23日には元米国務長官ヘンリー・キッシンジャー氏がスイスでの世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で「ウクライナはロシアと欧州の架け橋になるのが理想」と述べた。領土の譲歩を促したとされるこの発言にも、ゼレンスキー氏は「今は1938年じゃない。2022年だ」と反発した。

 1938年、英仏イタリアがナチスドイツに対し、チェコスロバキア(当時)の領土の一部併合を認めた。対独融和策はヒトラーの周辺国に対する領土要求をエスカレートさせ、翌年の第2次大戦勃発に結びついた。

 ウクライナ政権幹部は、ロシア軍の侵攻を第2次大戦前夜にたとえる。2014年にロシアが南部クリミア半島を併合後、欧米の経済制裁は一定の限度を超えず、ドイツはロシアと天然ガスパイプライン事業を進めた。「ロシア融和策」が侵攻につながったとの思いがウクライナには強い。クレバ外相はダボス会議で「戦争を止めるためにウクライナが譲歩すべきだとの考えは14年から22年の間に失敗している」と話した。

 ウクライナの中立化で、3月末にいったん合意へと前進したかに見えた停戦協議は、その後停滞。現状で停戦すれば、侵攻で拡大したロシアの支配地が永久に固定化されかねない。

 領土について譲歩を否定する背景には、ロシアへの国民の怒りもある。5月の世論調査では82%が「たとえ戦争が長引いてもいかなる領土も放棄してはならない」と回答した。

 クリミア半島と東部の一部は侵攻前から事実上ロシアの支配下にあった。侵攻後、ロシアは南部を中心に大きく支配地を広げた。

 ゼレンスキー氏は5月、イタリアのテレビに「ロシアのために(戦争の)出口を探す必要はない」と述べた。一方、別のメディアにはロシア軍が侵攻前の陣地まで引けば交渉に応じる考えを示した。クリミア、東部は交渉で返還させるという。領土を譲らず、まずは侵攻前の状態に戻すのが、現状で国民の納得が得られる唯一の「妥協案」だ。

 しかし、東部で攻勢をかけるロシアが侵攻の「成果」を放棄し交渉に応じる気配はない。徹底抗戦か、交渉か。犠牲者がさらに増えれば、ウクライナも難しい立場に置かれることになる。(喜田尚)

 (ウクライナ侵攻)▼9面=抗戦か停戦か揺れる市民
抗戦か停戦か揺れる市民    

 ロシアがウクライナに侵攻してから3日で100日を迎えた。欧米の支援も受け、ウクライナはロシアの攻撃に耐えるが、戦況は膠着(こうちゃく)状態で戦争の長期化は避けられない。欧米メディアではウクライナの譲歩で停戦をはかるしかないとの見方も出るなか、国内の世論調査では8割以上がロシアへの妥協を拒否した。だが、犠牲者が増え続ける現状に、一人ひとりの思いは複雑だ。

 首都キーウ(キエフ)では、ロシア軍が周辺地域から撤退し、4月2日にキーウ州全域の解放が宣言された。それ以降、徐々に住民が戻り始めている。

 飲食店も営業を始めるところが増え、テラス席で食事を楽しむ市民の姿も見られるようになった。

 通訳業のアンナ・ボルコワさん(46)も、避難先の隣国モルドバから6歳の娘、義母とともに、5月7日にキーウに戻ってきた。

 2月24日にロシア軍の侵攻が始まると、2日後にキーウ南西の田舎町に退避。だが、近郊の石油貯蔵施設が攻撃を受け、気が休まることはなかった。3月6日にモルドバに向かった。

 現地での支援はあったが、慣れない暮らしと家賃の支払いは、やはり精神的な負担となった。

 キーウに戻り、ほっとしてはいるが、「いつまたロシア軍が攻め込んでくるかわからない」という恐怖は常に付きまとう。ボルコワさんは「ウクライナ軍を信頼している」と祈るように言った。とにかく、勝つことだけを願っている。

 「領土が奪われることは絶対に許せない」と考え、2014年に占領されたクリミア半島や、東部で8年間、親ロシア派が占拠してきた地域も取り戻すべきだと主張する。

 市民の犠牲が今以上に増えても、どれだけ戦争が長引いても、領土を奪還するべきなのか――。そんな議論があることは知っているが、「これ以上の占領を認めてしまえば、数年おきにロシアは同じことを繰り返す」と語気を強める。

 最終的にウクライナという国、文化、市民がすべて消滅してしまうのではないかという恐れが根底にある。ロシアの統治になれば、自由も民主主義もなくなる。

 「だからこそ、国際社会にはロシアへのさらなる圧力と制裁を期待している。これから先、ウクライナが世界に忘れられないことが最も大切なのです」

 多くの国内避難民が暮らす西部リビウ。東部ドネツク州クラホベ出身のイエホル・キリチェクさん(20)は3月17日に移り住んだ。

 ロシアがウクライナから撤退するまで戦うか、停戦か。気持ちは揺れ動く。

 「ロシアに奪われた領土はもちろん、できる限り取り返すべきです。でも、人命がこれ以上失われるのは耐えられません」

 地元の専門学校の同級生のうち2人はいま、ウクライナ軍の兵士として、前線で戦闘に加わっている。

 故郷の東25キロには国境でもないのに検問所がある。その向こうは親ロシア派が「ドネツク人民共和国」と呼称する地域。境界線をまたぐにはパスポートの提示や所持品の検査がいる。

 そんな「外国」のような親ロ派支配地域に、父方の祖父母や親戚が暮らす。紛争は14年に始まり、1年後に停戦合意が成立しても緊張は年々高まり、簡単に行き来できなくなった。

 両親は一時、モルドバ国境に近い地域に避難したが、キリチェクさんが反対したにもかかわらず、5月下旬、地元に戻った。「誰もが戦争を憎んでいます。ロシアの体制にそもそもの問題がある」

 広告デザイナーとして生計を立てるキリチェクさんは、リビウでの新生活が軌道に乗ってきた。

 それでも、犠牲者は増え続け、数多くの人たちが住む家を追われた。男性は国外への移動が制限されている。「そんな毎日が続くのはおかしい。とにかく暴力を止めるべきです」。憤りや落胆は募るばかりだ。(キーウ=高野裕介、リビウ=飯島健太)

 ■ウクライナ侵攻をめぐる動き
 (日付は現地時間)

 <2月24日> ロシア軍がウクライナの首都キーウ(キエフ)などへの攻撃を開始
 <28日> ベラルーシで1回目の停戦協議
 <3月2日> 国連総会緊急特別会合でロシア非難決議採択
 <3日> ロシア軍が南部ヘルソンを制圧
 <25日> ロシア軍幹部がウクライナ東部での作戦に集中する意向を表明
 <4月2日> ウクライナ側、キーウ州「解放」と表明
 <3日> キーウ近郊ブチャなどで多数の民間人の殺害が判明
 <21日> ロシア国防相、南東部マリウポリを掌握と報告
 <5月9日> ロシアで第2次世界大戦の対独戦勝記念日。
   プーチン大統領は演説で侵攻を正当化
 <18日> フィンランドとスウェーデン、北大西洋条約機構
   (NATO)に加盟申請
 <20日> ロシアがマリウポリ完全制圧を宣言
 <6月2日> ウクライナのゼレンスキー大統領が、領土の約20%が
   ロシア支配下にあると述べる

 2022/06/05 世界はどこへ ウクライナ侵攻100日:②
「バイデンの戦争」が導く先は    望月洋嗣
   https://digital.asahi.com/articles/DA3S15314736.html

 米軍の派兵はしない。しかし、インテリジェンス(機密情報)や武器の提供を中心とする軍事支援、対ロシアの経済制裁には徹底して取り組む。ロシアの侵攻開始から3カ月、米国のバイデン政権はウクライナをこうして支えてきた。

 米国の世論は国外の紛争に米兵を送ることを望んでいない。だからこそ、バイデン政権は20年に及ぶアフガニスタン戦争を終わらせ、ウクライナへの直接的な軍事介入も早々に否定した。一方で「アメリカ第一主義」のトランプ前政権とは一線を画し、国際協調は重視する。ウクライナ軍に反撃の力を与えたバイデン政権の米国は「民主主義対専制主義」の戦いを鼓舞するリーダーとして、威信を取り戻したかにも見える。

 軍事、民生を合わせたウクライナへの支援額は徐々に拡大し、予算を含め6兆円規模になった。内向きな世論がなお根強い米国で、バイデン政権が、ウクライナ関与をここまで進められたのは、なぜなのか。

 ひとつには、ロシアを駆逐しようとするウクライナの戦いが、米国内でも、国際社会でも「正しい戦争」と受け止められ、広く支持されたことがある。政治的に分極化する米国で、バイデン政権による経済制裁、軍事支援への世論の支持は党派を超えて高く、70%台に達している。

 北大西洋条約機構(NATO)加盟の欧州諸国は、今回の危機をきっかけに軍備増強にかじを切った。中立を保ってきたスウェーデン、フィンランド両国はNATO加盟を申請した。日本も防衛費を増額させる。

 バイデン政権が介入に抑制的なのは、新型コロナなどで傷ついた国内経済の回復に専念し、台頭する中国との「大国間競争」に備えるためだ。国際的な課題に対応する際には、同盟・友好国との連携を重視する。

 米国が欧州と団結して「専制主義」のロシアに対抗する様子は、米国の「最大の競争相手」である中国に、暗黙のメッセージを送るとも受け止められた。

 第1次世界大戦への米国参戦を決めたウィルソン大統領は、米国の国際的な役割は「救世主」の役割を果たすときに正当化されると考えていた。「バイデンの戦争」も、こうした伝統的な考え方に沿っている。

 ただし、ウクライナ対応はバイデン政権の浮揚にはつながっていない。深刻なインフレへの不満が大きく、支持率は40%前後で低迷している。先行きの不透明な戦争にどこまで介入を続けるのかを懸念する声も出ている。

 5月31日、バイデン大統領は「ウクライナで米国がすること、しないこと」と題する一文をニューヨーク・タイムズに寄稿した。「ロシアに苦痛を与えるためだけに、戦争を長期化させることはない」などと米国の介入に一定の歯止めがあることを強調した。

 ウクライナを舞台とする「バイデンの戦争」は、中国と覇権を争いながら、米国が国際秩序の維持にどの程度まで関わるのかを示したとも言える。米国に期待できる役割は限られてきている。その現実を私たちは理解しなければならない。(アメリカ総局長)

    ロシアによる侵攻開始から100日を迎えた3日から翌4日にかけて、ウクライナでは東部ドンバス地方を中心に戦闘が続いた。焦点の一つとなっているルハンスク州のセベロドネツク市では、ウクライナ側が一部地域を奪還したとも伝えられ、一進一退の攻防が続いている模様だ。

 ルハンスク州でウクライナ側の最後の拠点となっているとされるセベロドネツク市は、ロシア軍が中心部まで進軍し、一時は市の大部分を制圧したとされていた。英国防省も3日、「ロシア軍はおそらく、2週間以内にルハンスク州の支配を完成させるだろう」との分析を示していた。

 これに対し、同州のハイダイ知事は同日、国内のテレビ番組で「ロシア軍は市の7割程度を支配していたが、そのうちの約2割を奪還した」と反論した。ニュースサイト「ウクライナ・プラウダ」が伝えた。ハイダイ氏は援軍によってウクライナ側が兵力を増しており、陥落を防げると主張したという。一方、民間人の犠牲は続いている。ハイダイ氏は4日、ルハンスク州で赤ん坊と母親を含む民間人4人の犠牲が確認されたと、SNSに投稿。ロシア軍が制圧を宣言した南部ヘルソン州の検察当局は、ロシア軍が保養地の浜辺に仕掛けた地雷が爆発し、3人が死亡したと発表した。

 また、ロイター通信によると、セベロドネツク市近郊のロシア側支配地域を移動中だったロイター通信の記者2人が乗った車が3日に銃撃され、運転手が死亡し、写真記者と映像カメラマンの2人が負傷したという。(和気真也=ロンドン、喜田尚、根本晃)

 ▼2面=要衝を一部奪還か、26面=普遍主義を問い直そう

 ▼2面=要衝を一部奪還か
要衝、一部奪還か 東部の攻防続く ウクライナ      

 ロシアによる侵攻開始から100日を迎えた3日から翌4日にかけて、ウクライナでは東部ドンバス地方を中心に戦闘が続いた。焦点の一つとなっているルハンスク州のセベロドネツク市では、ウクライナ側が一部地域を奪還したとも伝えられ、一進一退の攻防が続いている模様だ。

 ルハンスク州でウクライナ側の最後の拠点となっているとされるセベロドネツク市は、ロシア軍が中心部まで進軍し、一時は市の大部分を制圧したとされていた。英国防省も3日、「ロシア軍はおそらく、2週間以内にルハンスク州の支配を完成させるだろう」との分析を示していた。

 これに対し、同州のハイダイ知事は同日、国内のテレビ番組で「ロシア軍は市の7割程度を支配していたが、そのうちの約2割を奪還した」と反論した。ニュースサイト「ウクライナ・プラウダ」が伝えた。ハイダイ氏は援軍によってウクライナ側が兵力を増しており、陥落を防げると主張したという。一方、民間人の犠牲は続いている。ハイダイ氏は4日、ルハンスク州で赤ん坊と母親を含む民間人4人の犠牲が確認されたと、SNSに投稿。ロシア軍が制圧を宣言した南部ヘルソン州の検察当局は、ロシア軍が保養地の浜辺に仕掛けた地雷が爆発し、3人が死亡したと発表した。

 また、ロイター通信によると、セベロドネツク市近郊のロシア側支配地域を移動中だったロイター通信の記者2人が乗った車が3日に銃撃され、運転手が死亡し、写真記者と映像カメラマンの2人が負傷したという。(和気真也=ロンドン、喜田尚、根本晃)

 ▼26面=普遍主義を問い直そう
侵攻――普遍主義を問い直そう    西谷修・東京外国語大学名誉教授に聞く

 ロシアのウクライナ侵攻開始から3カ月余り。SNSなどを通じ、戦争はかつてなく可視化されたといわれる。だが私たちは悲劇の本質に、どこまで近づくことができているだろうか。フランス思想・比較文明学の研究者として『戦争論』などの著作がある西谷修・東京外国語大学名誉教授に聞いた。

 ■「知っていること」無効なことも自覚を

 2月24日。ロシアのウクライナ侵攻の衝撃は大きかった。世界大戦につながりかねないという危機感、そして歴史に学ばない人間存在への落胆と怒りである。

 20世紀、人類は二つの大戦によって、ホロコーストや原爆投下などの悲劇を経験した。反戦、いやもはや「非戦」を掲げることにしか残された道はない、と決意したのではなかったか。

 ウクライナ侵攻から3カ月が過ぎ、危機感と無念さは増すばかりだ。長期戦も予測される中、ひたすら積み上げられていくのは無辜(むこ)の市民の犠牲である。
     ◇
 戦争は、人間の生存すべての次元を巻き込む。平穏な日常を根こそぎ奪う。個人はいや応なく動員されてしまう。個人的にどんな人間関係を築いていようと、敵味方の分断を強制される。強制されるばかりでなく、個人は国家や民族に統合されることに高揚し、自ら戦争協力することもある。

 つまり国家という主体が強力に立ち上がり、勝利という単一の目的に向けた支配秩序が形成されるのが戦争だ。全体の個に対する、圧倒的な勝利を示す出来事といえる。

 他方、戦争はまた、我々の思考の限界や破綻(はたん)をあらわにする場でもある。平時なら目を背けてきた、人間のおぞましい本性を引きずり出しもする。

 我々の生きる世界を初めて一元化させた先の二つの大戦で重要なのは、科学が進歩した時代の、分別ある合理的世界の果てに起きたカタストロフィーだった点だろう。人類の叡知(えいち)である文明の先に、野蛮が待ち受ける。理性の無力さが立ちはだかる。その冷酷な事実が突きつけられたのだ。

 だから戦争について真摯(しんし)に考えるならば、近代社会を支えてきた自由や主体の概念まで、とらえ直さざるをえない。合理的な世界「にもかかわらず」、なぜ戦争は起こるのか。陰惨な行為に手を染めるのか。全体性を根源から直視しなければならないと思う。

 その意味で、いまウクライナで起きている現実も、表面だけ見ていては理解に至らない。もちろん発端はロシアの国際法違反だ。でもなぜ、こうした行為に走ったか。冷戦後の国際秩序再編の中で排除され、歴史的にも西欧世界の辺境に置かれた事情などを一考する余地はあるはずだ。

 親ロシアではない。世界の言論空間があまりにも「反ロシア」一色の現状に疑問を抱くだけだ。哲学的にいえば、普遍主義への懐疑ということになる。
     ◇
 世界の多様な意見は、どれだけ人々の目にふれているのだろうか。たとえば歴史学者の栗田禎子氏が4月に出た「世界」臨時増刊で、ケニアの国連大使マーティン・キマニ氏の発言を紹介している。氏はロシアの侵攻直前の2月の国連安保理で、ロシアの軍事的威嚇を批判した上で「目下の状況は私たちの歴史と響き合うものがあります」と述べた。

 アフリカ大陸は、当事国への考慮など全くなしに西欧列強の手で国境線が引かれ、切り裂かれた。後年、アフリカ諸国は不満を抱きながらも、領土回復主義や拡張主義を拒否して血なまぐさい戦争を避け、独立した。未来に向けて「偉大な何かを、平和的に実現したいと欲した」からだ、と。

 ケニアの国連大使は、これまで強国が示してきた国際法侵害の傾向を「糾弾」してもいる。旧ソ連のアフガニスタン侵攻や米国のイラク戦争などを指すと思われるが、こうした発言は西側の我々が見えていない現実の一端を伝える。

 フランスの哲学者、バタイユの言葉に〈非―知〉がある。単なる無知ではない。「知っている」ことが無効なこと、無意味であることの自覚を指す。西側諸国が土俵をつくる普遍主義的な論議に、立ち止まり、「堰(せき)を立てる」ことがいま必要ではないだろうか。

 急ぐべきは戦争を一刻も早く止めることだ。唯一立てられる価値は「殺し合いをやめ、みんなが死なないこと」、これだけである。(構成・藤生京子)
     *
 にしたに・おさむ 1950年生まれ。バタイユ、ブランショ、レヴィナスらを研究。著書に『不死のワンダーランド』『夜の鼓動にふれる』『理性の探求』など。

 2022/06/04 (世界はどこへ ウクライナ侵攻100日:3)
独善的な指導者が抱く恐怖   駒木明義
   https://digital.asahi.com/articles/DA3S15317318.html?ref=pcviewer

 プーチン大統領はなぜ、ウクライナ侵略に踏み切ったのか。4月末に語った言葉に本音が表れている。

 「(ソ連崩壊時に)ロシアがウクライナ独立を好意的に受け入れたとき、それが友好的な国家だということが、当然の前提だった」

 「ロシアの歴史的な領土が『反ロシア』になることは許されない」

 ウクライナは自国領も同然であり、政権を認めるかどうかはロシアが決める、という理屈だ。

 プーチン氏が「お手本」だと考えるのが、西の隣国ベラルーシだ。4月にはルカシェンコ大統領の目前で、こう言い放った。

 「私たちは、どこまでがベラルーシで、どこがロシアかということを、特に区別して考えてはいない」「ウクライナ、ベラルーシ、ロシアは三位一体だ」

 周辺国の主権や領土を認めずに属国扱いする世界観は、帝国主義やソ連の再来を思わせる時代錯誤だ。

 ただし、こうした考えはプーチン氏だけのものではない。

 戦争への賛否は別にしても、ウクライナの首都キーウ(キエフ)を中心に栄えた中世の大国「キエフ・ルーシ」に歴史的な源流を持ち、言語も文化も近い東スラブの3カ国がバラバラになるのは不自然だという感覚自体は、ロシアでは珍しいものでない。欧州への接近を急ぐウクライナへの共感がロシアで広がりに欠ける理由の一つだろう。

 プーチン氏の大きな誤りは、ウクライナ国民の多くも、ロシアから離れたくないはずだと考えたことにある。ロシア軍は解放者として歓迎されると、本気で信じていたのではないだろうか。

 だが、プーチン氏が思い描いた「ロシアとの一体化を望むウクライナ」は幻想に過ぎなかった。比較的「親ロ的」とされてきた東部や南部でも、ロシア軍は激しい抵抗に直面している。

 プーチン氏は、ウクライナへの数々の仕打ちを棚に上げて、米国こそがウクライナをそそのかして反ロ化させた主犯だと考えている。米国の真の目的はロシアを内部から崩壊させることにあり、ウクライナはその拠点だというのが、プーチン氏が抱く被害妄想じみた恐怖なのだ。

 米国からの攻撃は、軍事的なものに限らない。プーチン氏は5月の戦勝記念日の演説で、米国がソ連崩壊後に世界の国々を屈服させ、堕落させてきたと批判した上で、こう誓った

 「我々は違う。祖国への愛、信仰と伝統的価値観、先祖代々の習慣、全ての民族と文化への敬意を決して捨てない

 開戦の口実となった北大西洋条約機構(NATO)の東方拡大やウクライナ東部のロシア系住民の保護は、実は問題の一端に過ぎない。3年前、プーチン氏は「リベラルな価値観は時代遅れになった」と断言して世界を驚かせた。さらに、武力で隣国に独善的な価値観と歴史認識を押しつけようとしているのが、今回の戦争の本質的な構図だ。

 停戦が実現しても、ロシアに従順なウクライナしか存在を認めないプーチン氏のような指導者がいる限り、危機は去らない。
 (論説委員)