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折々の記 2011 B

【心に浮かぶよしなしごと】

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  04 03 東日本大震災
  04 04 東日本大震災から考える

 04 03 (日) 東日本大震災

潰した人差指はまだ痛む。
朝日新聞の速報号外を全て印刷した。
そして、今日の朝日社説をここへ載せておきます。



朝日社説 2011年4月3日(日)付

震災と寄付―被災地へ、志を託そう

 駅前で、レジで、ウェブサイトで。被災地を救おうと募金活動が広がる。朝日新聞厚生文化事業団でも受け付け中だ。

 誰もがボランティアに行けるわけじゃない。個人で物資を送るのも混乱につながりやすい。ならば、思いと志をお金に託そう――。いろんな人が参加できる、有効な支援の方法だ。

 家族や家を失った人に直接見舞金として渡されるのが「義援金」だ。日本赤十字社や共同募金会などを通じ自治体に届けられ、配られる。被災者個人への公的支援が乏しい中、過去の災害では大きな励ましになった。

 阪神大震災では空前の1800億円が集まった。日赤によると今回はその3倍近いペースで先月末現在、約700億円。海外からも寄せられている。

 問題は、被災者に届けるめどがまだ立たないこと。被災の全容がわからず、自治体は被災証明を出せず、配分の基準を決める手はずが整わないのだ。

 せっかくの熱い善意だ。各県と関係機関で早く合同配分委員会をつくり、とりいそぎ簡易な手続きで、第一弾のお金を渡せるようにできないか。

 もう一つの寄付の形が、現地で活動する災害ボランティア団体やNPOを応援する方法だ。炊き出しや医療、子どものケアといった支援に、様々な団体がかけつけている。

 暮らし再建までの長い時間、被災者のそばにいて、きめ細かに支援をする存在が必要だ。阪神の後、そうした経験を積んだ団体が各地に育っている。頼りは市民や企業からの寄付だ。

 どこを応援するか、初めは迷う。中央共同募金会や日本財団は、様々なNPOの活動を支援するための募金も始めた。先月末には150近い団体が加わる「東日本大震災支援全国ネットワーク」が発足。これらのホームページも手がかりになる。

 肉親を奪われた孤児たちを支えたい。被災した障害者が気になる。そんな思いに合う「マイ寄付先」を探してみる。お金がちゃんと生かされているか、団体の活動報告も調べる。もう一度寄付する、「いいね!」と知人も誘ってみる。息の長い支援への一歩になる。

 折しも、NPOへの寄付について税制上の優遇措置を広げようと、震災前から検討が進められていた。今国会で実現させ、後押しとしたいものだ。

 「公助」ではとても追いつかない部分を、市民力で埋める。寄付はその燃料になる。

 遠い昔に思えるけれど、今年の日本は、タイガーマスク運動で幕を開けたのだった。



 天声人語はこう語っていた。   2011年4月3日(日)付

 日常というものがかくも微塵(みじん)に破壊された光景を見たことはないと、遅ればせながら被災地に入って思った。材木、瓦、ミシン、仏壇、めがね、電動歯ブラシ、家計簿、かつら、割れた便器。ありとあらゆるものがねじれ、ゆがみ、ひん曲がって、街が集落が消えていた▼阪神大震災のときは翌日神戸に入った。あれほど壊れた街を見ることはもうないと思っていた。しかし――。「すべての言葉は枯れ葉一枚の意味も持たないかのようであった」。アウシュビッツを訪ねた開高健の「うめき」が脳裏をよぎっていった▼当事者と非当事者との間にある越えがたい深淵(しんえん)。そこに懸ける言葉を持ちうるのか。「(3・11を)ただの悲劇や感動話や健気(けなげ)な物語に貶(おとし)めてはいけない」。作家のあさのあつこさんが小紙に寄せた文の一節を、きびしく反芻(はんすう)した▼たぶん私たちも、言葉が枯れ葉一枚の意味も持たない壊滅状態から、ともに歩み出すしかないのだ。深淵を飛び越えたつもりの饒舌(じょうぜつ)は、言葉の瓦礫(がれき)にすぎないとあらためて思う▼取材した気仙沼から石巻まで、大小の良港のある陸前は今が早春。〈ふなばらを/まつ青にぬりたてられて/うれしさうな漁船だ/――鮪(まぐろ)をとりにでかけるところか/ああ、春だの〉(山村暮鳥)。こうした平穏は今や遥(はる)かに遠い▼女川の町は文字どおり無くなっていた。女性がひとり、這(は)って形見を探していた。「泣いても泣いても泣けてきて」。国をあげての長い試練となる。懸ける言葉を絞り出したい。



  また、新聞第二面の下段に、次の詩も出ていた。

        被災者の皆様に    (柴田)トヨ

   嗚呼なんという
   ことでしょう
   テレビを見ながら
   唯 手をあわすばかりです

   皆様の心の中は
   今も余震がきて
   傷痕がさらに
   深くなっていると思います
   その傷痕に
   薬を塗ってあげたい
   人間誰しもの気持ちです
   私も出来ることは
   ないだろうか? 考えます
   もうすぐ百歳になる私
   天国に行く日も
   近いでしょう
   その時は 陽射しとなり
   そよ風になって
   皆様を応援します

   これから 辛い日々が
   続くでしょうが
   朝はかならず やってきます
   くじけないで!




   一日には第二回目の義援金を拠出した。 こんなことは書くべきことではない。
   ただ 涙がこみ上げてたまらない。

天変地異、これは自然の現象なのです。 私たちも自然の一員なのです。 自然をうらむのは筋違いです。

困った人には手を差し伸べなくてはならないのです。 ただ困ったことにふだんお金をたくさんもっている人に拠出の要求はできません。

日本中の人が涙を流し、自分は何をしてあげればいいのかみんなが思いやりの気持を持っているのです。 儒教では生涯大事にしておく言葉として、“恕”を取り上げております。 恕というのは「思いやりの心」だといいますから、日本中の人の心の中に儒教の基本が脈々として生き残っているのです。 少しばかりの義援金では十分なことはできません。 お金がなくても、何にもなくても無財の七施ということも教えられております。 わたしは東洋の精神文化を再確認して日本を築き上げなくては、ご先祖様に申し訳ないと思います。

吉田兼好の言うように、「今の一瞬を無駄にせずに生きよ」そのことに人の光を求めることが清廉な生き方なのでしょう。

法律というのは自由と平等の範疇を規定しますが労働の価値の平等については、判断レベルがとても幼稚な段階で足ふみしています。 これは人の手前勝手な恥部の感情に支配されているのです。

ともあれ、日本の再生を見直す絶好の機会と見てもいいと思います。 ことに精神的な文化の高揚を目指さなくてはならないのです。 東洋の伝統的な価値観を守るとともに、その高揚を意図していかなくてはならないと思います。

日本の全国民の心情を考えれば、日本の政治家は与党野党などで争っているような状況ではありません。 長野県の自立をどう考えていくのか、村の自立をどう考えていくのか、日本の自立をどう考えていくのか? 

それが大前提になっている知恵を出し合わなくてはならないのです。 日本の膨大な赤字をどのようにして解消していくかの知恵をみんなで出し合っていかなくてはならないのです。

 04 04 (月) 東日本大震災から考える

おぞましい福島原発の欠陥工事 !!!

今日は「週刊朝日」“談”を開いてみた。 そこには次の記事が満載されています。


http://www.wa-dan.com/article/2011/03/post-84.php
週刊朝日 談 [DAN]

「福島原発は欠陥工事だらけ」

原発元設計者が米メディアで告白「原子炉構造に欠陥あり」

"被災地"浦安市の深刻な液状化

放射能 見えない恐怖と知っておくべき「本当の話」

いざという時はこう生き延びろ!!

大震災「奇跡の生還」 本誌記者が現場で見た聞いた

作家・広瀬隆が改めて警告「東海地震の危機」

日本初、エネルギー自給自足めざす島

民主党では日本はつぶれる。即刻、内閣改造して自公社を取り込め

衆院議員16人の「会派離脱届」は終わりの始まり!?


「福島原発は欠陥工事だらけ」
担当施工管理者が仰天告白

週刊朝日2002年9月20日号配信

資源エネルギー庁の原発推進PR費だけで、年間70億円もの税金が使われている。一方で次から次へと明るみに出る東京電力の損傷隠しに、「もっと大きなものを隠しているのではないか」という声さえも漏れるほどだ。福島原発で実際に建設に取り組んだ元技術者たちが、驚くべき現場のずさんな実態を本誌に語った。(編集部注:本誌2002年9月20日に掲載。年齢、肩書き等は当時のものです。ご注意ください)

 福島第一、第二、柏崎刈羽原子力発電所で起きた東京電力の損傷隠しは、日本の原発への信頼性を大きく揺さぶった。東電のうそつき体質が明らかになり、チェックもできず判で押したように「安全宣言」を出してしまう経済産業省の原子力安全・保安院の無能さが世間に知れ渡ってしまったのだ。

 だが、原発にまつわる「不正」「ずさんさ」はじつは、これだけにとどまらない。

 鹿児島大学非常勤講師の菊地洋一さん(61)は、厳しい口調でこう語るのだ。

 「国はすぐに『安全だ。安全だ』と言うが、原子炉メーカーや現場の実態も知らずに、複雑で巨大なシステムの原発を簡単に安全などとは言ってほしくない。保安院も東電も原発の基本的な仕組みしかわからないから、原発推進の御用学者たちの言うことに振り回されているのだろう。だが、今回のシュラウドのひび割れだって大変なことで、地震が起きたらどうするのか、そういう危機感を持たない保安院や東電の意識は非常におかしい。すべてが現場を知らない机上の空論で成り立っている。そもそも、『安全』と言う前提には、建設工事のときから完璧な材料を使って、かつ完璧な施工がされたというのが絶対条件だろうが、建設現場ではそれはあり得ないこと。現場は試行錯誤の中で手探りで仕事をしているんです」

 じつは、菊地さんは今回問題になっているGEIIの前身のGETSCOの元技術者で、東海第二(78年運転開始)と福島第一の6号機(同79年)の心臓部分である第一格納容器内の建設に深くかかわっている。GETSCOは沸騰水型炉を開発したGEの子会社で、GEがこの二つの原子炉を受注したのだ。

 菊地さんの当時の立場は企画工程管理者といい、すべての工事の流れを把握して工程のスケジュールを作成する電力会社と下請けとの調整役だったという。現場では、自分の作業内容しか知り得ない技術者がほとんどだが、第一格納容器の隅々までをつぶさに知る数少ない人物の一人だ。

 「建設中に工事の不具合はいくらでも出てくる。数えたらキリがない。当然のことですが、ちゃんと直すものもあります。でも信じられないことでしょうが、工期や工事費の都合で、メーカーや電力会社が判断して直さないこともあるんです。私が経験した中では、福島第一の6号機に今も心配なことがある。じつは、第一格納容器内のほとんどの配管が欠陥なのです。配管破断は重大な事故に結びつく可能性があるだけに、とても心配ですが......」

 ほとんどの配管が欠陥とは、穏やかな話ではないが、どういうことなのだろうか。

 主要な配管の溶接部分についてはガンマ線検査があるため、溶接部分近くに穴があいており、検査が終わると、外からその穴にガンマプラグという栓をはめていくのだそうだ。ところが6号機の第一格納容器内では、プラグの先が配管の内側へ飛び出してしまっている。仕様書では「誤差プラスマイナス0ミリ」となっているのに、最大で18ミリというものまであった。

 原因は、度重なる設計変更だ。当初の計画では肉厚の配管を使う予定が、いつのまにか薄い配管になってしまっていたのだった。

 担当外だった菊地さんが気づいてすぐに担当部署に相談したが、最終的には配管工事を請け負った業者の判断に一任され、結局、直されることはなかった。

 菊地さんが続ける。

 「確かに配管を直したら、プラグの発注から始まり検査や通産省立ち会いの耐圧試験も含め、半年や1年は工事が延びたと思う。工事が1日延びれば、東電側に1億円の罰金を支払わなければならないというきまりもあった。GE側は業者の判断によっては違約金の支払いも覚悟していたが、最終的には業者側の直さないという判断を尊重した形になった。でもこの配管を放置しておけば、流れる流体がプラグの突起物のためにスムーズに流れなくなり乱流が生じ、配管の一部が徐々に削られていき、将来に破断する可能性だってある。それが原因で、何十年後かにドカンといくかもしれないのです」

 今回の損傷隠しで、6号機はジェットポンプの配管のひび割れが未修理のまま運転されていることが明らかになっている。このずさんな工事と関係があるのだろうか。

  ◆大型のジャッキで圧力容器を矯正◆

 菊地さんは、6号機を東電に引き渡した後、退社したが、その後も第一格納容器内の配管が破断し、暴走する夢を見たという。

 実際、86年には米バージニア州のサリー原発で、直径45センチの配管が破断する事故が起きた。それまで「配管の破断前には水漏れ状態が続くため、完全破断する前に対策をとれる」ということが「定説」になっていたが、サリー原発では瞬間的に真っ二つに断ち切れる「ギロチン破断」と呼ばれる状態になった。定説を覆す、予期できないことが原発には起きるのだ。

 福島第二原発の3号機のポンプ事故(89年)後、菊地さんは、6号機の配管も、「全部めちゃくちゃだから直すように」と東電本社に直訴した。東電からは一部主要な配管は替えたものの「ほかはちゃんと見ているから、安全です」という答えが返ってきたという。

 「東電はこの配管の問題性をちゃんと認識しているのか。通産省(当時)に報告しているのか。報告しているのなら、通産省がどんな調査をし、どう判断したのか。そのうえで東電は安全だと言っているのか、はなはだ疑問だ」(菊地さん)

 では工事をチェックする立場の国は、何をしていたのだろうか。菊地さんがこう説明する。

 「まったくあてになりませんね。通産省の検査のときに、養蚕が専門の農水省出身の検査官が来たという話も聞いたことがあるほどです。現場では国の検査に間に合わなくて、ダミー部品をつけておいて、検査が終わってから、正規の部品に取り換えるということもやった。もちろん、検査官は気がつきませんよ」

 こんなこともあった。

 東海第二の試運転を前に国の検査があった。だがその前日、電気系統がトラブルを起こし、使えなくなってしまったという。試験当日は国の検査官を前に、作業員が機械の前で手旗信号で合図し、電気が通って機械が作動しているように見せかけた。それでもしっかりと「合格」をいただいたというのだ。まるでマンガのような話だ。本当に、おかしなことを挙げていけばキリがないようだ。

 「いかに国の検査が形式的でいい加減なものかということがわかるでしょう。何よりも問題なのは、いい加減な検査を受けた原発が、いま現在も動いていて、国が安全だとお墨付きを与えているということなのです」

 菊地さんは次々に起きた浜岡原発の事故や今回の損傷隠しを契機に50ccバイクで全国をまわり、自らの体験を生かし反原発を訴えていくことを計画しているという。

 今回の損傷隠しのきっかけは、2年前のGEIIの元技師による内部告発だった。原発に関する内部告発は、じつは14年前にもあった。

 現在、科学ジャーナリストの田中三彦さん(59)がメーカーの不正な工事過程を告発したのだ。

 内容は、田中さんが日立製作所の関連会社のバブコック日立の設計技師だった74年に起こった出来事だった。

 同社は日立製作所が受注した福島第一原発4号機(78年運転開始)の原子炉圧力容器を製造していたが、製造の最終過程でトラブルが起こった。高さ約21メートル、直径約6メートルの円筒形で厚さ約14センチの合金鋼製の圧力容器の断面が、真円にならず、基準を超えてゆがんだ形になってしまったというのだ。

 これも冗談のような話なのだが、容器内部に3本の大型ジャッキを入れ、610度の炉の中に3時間入れてゆがみを直したというのだ。田中さんは当時、原子力設計部門から別部門に異動していたが、急遽呼び戻され、どれだけの時間をかけて、何度の熱処理をすべきか解析作業を担当させられた。作業は国にも東電側にも秘密裏で行われ、ゆがみを直した後、東電に納入されたのだという。

◆国と業界一体で「安全」ゴリ押し◆

 田中さんはその後退職し、88年に都内で開かれた原発シンポジウムで、
 「ジャッキで無理に形を整えた圧力容器が実際に運転しており安全性を心配している」
 と"告発"したのだ。

 田中さんが懸念したのは、ジャッキで力を加えた熱処理による材料の性質の変化などで、それによる原子炉の安全性の問題だった。

 しかし、告発からわずか数日後、東電と日立製作所、そして通産省までもが、
 「問題ない処置だった」
 と口をそろえ、またもや得意の"安全宣言"を出した。

 田中さんはこの経過を90年に出版した『原発はなぜ危険か―元設計技師の証言―』(岩波新書)に詳細にまとめている。田中さんはこう話す。

 「ゆがみの矯正は明らかに違法行為であり、日立側は私との話し合いで、最後まで当時の生データも出さなかった。また告発後、通産省も東電も日立から事情聴取することもなく、すぐに安全宣言を出した。今回の東電の損傷隠しでもこれが繰り返されている」

 なぜ、こうも国はちゃんと調べずに安全宣言を出してしまうのか。そして何よりも恐ろしいのは、この福島第一原発4号機も、その後も十分な検証が行われないまま、今も稼働しているということだ。

 「根本的な問題は、電力業界の体質そのものです。彼らには罪の意識はまったくなく、逆に合理的な判断の上に成り立っていると思っている。それは給電の計画変更などのコストの問題、同じ構造の原子炉を持つほかの電力会社への影響など、結局は電力会社サイドの勝手な都合で決められている。国も『あうんの呼吸』でそれを見守ってきた。国も電力会社も原発が壊れるまで『安全だ』と言うのでしょう。いつかはわからないが、大事故は必ず起きる。早急に脱原発の方向に切り替えるべきだが、その前に、せめて国の技術的なレベルを上げ、原発に対する管理能力をきちんとすべきです」(田中さん)

 最近、70年代半ばに通産省の検査官が逆に東電に損傷隠しを指示した疑惑も報道されている。まさに「あうんの呼吸」を持つ官業もたれ合いの原子力行政そのものであり、「原発は安全だ」と喧伝する中で、官業一体となって「損傷隠し」までしてきてしまったというわけだ。

 いずれにしろ、欠陥だらけの原発が稼働し続けているという、この恐ろしい状態を脱するには、保安院でも東電でもない第三者機関にきちんと調べてもらうしかない。  (本誌取材班)



原発元設計者が米メディアで告白
「原子炉構造に欠陥あり」
危機続く福島第一原発

週刊朝日2011年04月01日号配信

福島第一原子力発電所の原子炉には重大な欠陥があった──爆発事故を起こした原子炉の設計にかかわった日米の元技術者がそろって証言を始めた。経済性を優先するあまりに小型に造ったため、冷却システムなどに余裕がなく、地震や大規模停電になると爆発しやすいという。今回の地震では、まさにその心配が現実になった可能性が高い。

 現地時間で3月15日、米CNNが、米国を代表する原子炉メーカーであるゼネラル・エレクトリック(GE)の元エンジニア、デール・ブライデンボー氏のインタビューを放送した。白髪に白いひげをたくわえたブライデンボー氏は悲痛な表情でこう語った。

「福島原発の事故は私たちが想定したシナリオよりもはるかに悪い。このままだと、何千もの命が失われる可能性がある。それが怖くてたまらない」

 遠い米国で、なぜ米国人に福島のことがわかるのか? 実は、ブライデンボー氏は福島第一原発の1〜5号機で使われているマークT型原子炉の原設計をした人物だった。

 今回、最初に水素爆発を起こした1号機は日本製ではない。1号機の建造が始まった1960年代、日本はまだ自力で商業用原子炉を造っていなかった。このためGEが造った。このあと2号機はGEと東芝が共同で建設し、3、4号機になってようやく東芝や日立製作所が主体で造った。炉心損傷を起こしている1〜3号機はいずれも、GEの設計を基にしたものなのだ。

 そしてブライデンボー氏は在職中から、このマークTの安全性に疑念を抱き、75年に同僚2人とともにGEを退職すると、米原子力規制委員会と共同戦線を張ってマークTの製造中止を訴えてきた。この3人は、いまでは「GEスリー」と呼ばれている。

 前出の番組でブライデンボー氏はこう語っている。

「マークIは大規模事故に耐えうるようには設計されていません。冷却システムがギリギリの容量で設計されているため、電力供給が途絶えて冷却システムが止まると、爆発を起こす危険性がある。使用済み核燃料の貯蔵プールも最新型のように自然に冷やされるタイプではないため、電気が切れるとすぐに温度が上がってしまう」

 福島でも地震で冷却システムが止まり、1、3号機はいずれも格納容器の圧力が高まった。使用済み核燃料の貯蔵プールの温度が上がり、消防車などで必死に水をつぎだした。

 まさに氏の指摘どおりだ。一体、このマークTとはどんな原子炉なのか。

「マークTが欠陥を抱えているとの米国での指摘は当時から知られていました。格納容器全体の容積が小さいため、炉心部を冷却できなくなって、圧力容器内の蒸気が格納容器に抜けると格納容器がすぐに蒸気でパンパンになってしまう。最悪の場合は格納容器が破裂してしまう心配がありました」

 こう説明するのは68年から77年まで日立製作所の関連会社「バブコック日立」に勤務し、福島第一原発4号機の圧力容器などの設計に関わった田中三彦氏だ。圧力抑制プールを含めたマークTの格納容器の容量は、新型のマークVの4分の1程度しかない。

「今回、津波による電源喪失などで炉心冷却システムがすべて動かなくなったことで、格納容器が破裂しそうになりました。1号機の格納容器が8気圧になったのがそれを物語っています。運転中の格納容器は中の気体が外へ出ないように1気圧よりもすこし低くしており、設計上も約4気圧までしか耐えられないので、ものすごく大変な事態でした」(田中氏)

 このため東京電力は、格納容器にある「ガス放出弁」を開けて、容器内の圧力を下げざるを得なくなった。そしてこの弁こそ、ブライデンボー氏が会社人生をかけてまで求めたマークTの安全対策の一つだった。

「80年代後半、私の訴えの一部が認められ、圧力を逃すガス放出弁を取り付けることが義務づけられました」(ブライデンボー氏)

 ガス放出弁がなければ今回、早い段階で格納容器が爆発しただろう。

 しかし皮肉にも、このガス放出弁から出た放射性物質を含む蒸気のために、原発周辺の放射線濃度が上がり、作業員らが被曝している。さらに、炉内で発生した水素ガスも蒸気と一緒に出て、1号機と3号機で水素爆発を起こし、建屋を吹き飛ばした。

 マークTの欠点はこれだけではなかった。再び、田中氏が証言する。

「圧力容器に付属する再循環ポンプは、重さが数十トンもあるのに支えが不安定で、大地震時に再循環系の配管が壊れないかがよく問題になってきました。もし壊れると、ここから冷却材が格納容器へ噴き出し、『冷却材喪失事故』という悪夢になってしまうからです」

 再循環ポンプは、原子炉内に発生する気泡を取り除くためのもの。最新型では圧力容器内にあるが、福島原発のような古い型では圧力容器の外にある。

「格納容器の圧力の上がり方、水素爆発の起こり方などから推測すると、とくに1、3号機では今回、冷却材喪失事故が起きたように思えます」(田中氏)

 国はこれまで、格納容器の欠点にどれだけ向き合ってきたのだろうか? 

「ガス放出弁について当初は『そんなバカな。格納容器は放射性物質が外に漏れないようにするものだ』としばらく検討していました。設置されたのは90年代に入ってからでした」(同)

 そもそも、40年以上前に設計された原子炉を今も使っていること自体どうなのか。田中氏は言う。

「日本の原発には法的な寿命がありません。設計者は耐用年数を40年としてきました。1号機は40年を過ぎていますが、日本は米国をまね、90年代に入って最長60年まで使えるとの見解を示しました」

 マークTのコンパクトな設計については、ロシアの専門家は、
「安全性よりも経済性を優先した結果ではないか」
 と、指摘している。ブライデンボー氏もCNNのインタビューで、こう話す。

「社員だった当時、上司にマークTの廃炉を嘆願すると、上司は『そんなことをしたら、わが社の原子炉部門だけでなく、会社自体がなくなってしまう』と聞き入れられなかった」

 被災から11日後の22日に、福島原発にはやっと電源が回復し、温度計が復活した。1号機の圧力容器の温度が設計限界の309度を超える400度だったことがわかり、東電はあわてて炉内への注水を増やすことにした。しかし、注水を増やすと、それによって発生する蒸気で圧力容器内の圧力が格納容器に抜けて、再び格納容器が爆発する危険が高まることになる。

 小さかった格納容器という欠陥が、今も福島原発を苦しめている。 

◆現場作業員が語る「あのボロい原発が...」◆

 地震が起きた瞬間、私がいた福島第一原発の建屋では電気が消え、上から電球などいろいろなものが落ちてきました。サイレンが鳴って、「外に避難してください」というアナウンスが聞こえ、大勢の人たちが駆けだしているのが見えました。みんな口々に、
「爆発するんじゃないか」
「放射能にやられるかも」
 とさけび、原子炉から離れた事務本館に殺到。パニックになりました。最初は「落ち着いて」と制止していた警備員も、いつの間にか一緒に走っていました。

 本館で自分の車のカギを取って逃げようとしていると、おそらく東京電力の関係者が、
「帰るかどうか、もう勝手に自分で判断してくれ」
 と声を張り上げていました。もっとも、その本人がだれよりも早く逃げる態勢を整えていたのはびっくりしました。

 車にたどりつき、
「津波らしい」
「すぐそこまで来ているぞ」
 という声を聞きながらアクセルを踏みました。車を少し走らせ、高台で原発の方向を振り返ると、まさに津波が原発に襲いかかっていました。

 これで福島第一は終わりだ、あのボロい原発が倒壊して放射能が漏れたらどうなる──と思うと、背筋がぞっとした。かなり頑丈な建屋が水素爆発で無残に吹き飛んだ姿を報道で見たとき、この考えは間違っていないと確信しました。

 地震の翌日だったか、施設の地下で働いていた作業員2人が行方不明だと聞きました。一人は顔見知りでした。放射能の餌食になっていないか、本当に心配です。

 その後、友人経由で東電の下請け会社からメールが来ました。

〈現在の報道は非常にセンセーショナルで、当社が確認したところでは、そこまで深刻ではないとの回答を東電サイドから得ています。今後、多数の方々のお力を必要といたします。これまでのベースから日給3倍をめどにご賛同をいただける方々を募集しております〉

 3倍なら日給5万円です。より危険な区域を担当したり、経験が豊富だったりすれば10万円という話も聞きました。「もしものときに人手がいるから登録だけでもどうかな」という誘いもあります。

 しかし、応募した人はいないとか。下請け会社の話だと、原子炉への海水注入を迫られた際に東電側は、
「この原発にどれだけカネを使っているのか、知っているのか。原発がなくなれば、お前らの仕事もなくなるぞ。海水を入れて廃炉にするなんて、とんでもない」
 と言い放ったというぐらいの会社ですから。

(本誌取材班=本誌・堀井正明、三嶋伸一、大貫聡子、永井貴子/今西憲之、シャノン・ヒギンス)



放射能
見えない恐怖と知っておくべき「本当の話」
小出裕章氏インタビュー

週刊朝日2011年03月25日号配信

建物から勢いよく噴き上げる灰色の噴煙。福島第一原子力発電所で1号機に続き、3号機でも水素爆発が起こった。心臓部である格納容器は無事だったと言われているが、まだ予断を許さない状況に変わりはない。『隠される原子力・核の真実 原子力の専門家が原発に反対するわけ』(創史社)などの著書もある京都大学原子炉実験所助教の小出裕章氏(61)はこう警告する。「もし、格納容器が爆発すればチェルノブイリになる」。東京は、日本は、そのときどうなってしまうのか──。

──福島第一原発の1号機と3号機で、1986年に起きたチェルノブイリ原発事故と同様に炉心が溶融して大爆発が起きたら、どうなるのでしょうか。

 おしまいですよ。放射能による被害の大きさは原子炉の電気出力に比例します。旧ソ連のチェルノブイリ原発は100万キロワットでした。福島第一原発1号機の46万キロワットと3号機の78・4万キロワットを合わせるとチェルノブイリ以上の規模になる。チェルノブイリ原発事故では、日本であれば、法令で放射線管理区域にあたる1平方キロあたり1キュリー以上の汚染を受けた土地は原発から700キロ先まで広がりました。これは、東京をはじめ、名古屋、大阪まで入るほどの広さに匹敵します。

 原発の事故災害評価をしてきた京都大学原子炉実験所の故・瀬尾健氏の研究をもとに、私が福島第一原発で110万キロワットレベルの原子炉が爆発した場合をシミュレーションしたところ、原発から10キロ圏内の急性死亡率は99%を超えることがわかりました。南西方向に風速4メートルの風が吹いていた場合、ある程度の時間がたって発症する放射能の「晩発性影響」によるがん死者は、東京でも200万人を超えるという結論が出ました。

◆本州は関東まで居住が不可能に◆

 さらに、放射線の強さが半減するまでの時間を意味する「半減期」が30年の「セシウム137」などの放射性物質が大量に放出され、飛散する範囲は半径320キロにも及びます。北は岩手から南は神奈川、山梨まで、本州の関東以北は事故後、数十年にわたって土壌が放射能に汚染され、人間が住むことができなくなってしまう地域が出る可能性があります。

──枝野幸男官房長官は、記者会見で、1号機と3号機は水素爆発を起こしたものの、「格納容器は健全である」と言っています。いったい、内部では何が起きていたのでしょうか。

 通常であれば、原子炉圧力容器をおさめた格納容器のなかは、窒素で満たされており、決して爆発を起こさないようになっています。限られた情報から推定するしかありませんが、今回、炉心溶融によって発生した水素や酸素が逃し弁から格納容器内に放出され、格納容器内の冷却用プールの水も炉心の温度が高くなりすぎたために水蒸気となった。その結果、最大4気圧程度までしか想定されていなかった格納容器内が8気圧まで上昇してしまった。

 しかし、格納容器が爆発してしまっては、もろに放射性物質が飛び出すことになる。そこで、ベントという弁を開けて格納容器内の圧を下げることにしたわけです。放出された水素が建屋の上部にたまり、爆発した可能性が高い。こんなことが起きるなんて、私の記憶にある限り、世界でも初めてのことです。

──爆発の結果、福島第一原発から100キロ以上離れた女川原発(宮城)の敷地内でも一時、放射線量が通常の4倍以上の数値を記録しました。福島第一から流れたとも言われています。

 もともと、格納容器の弁の先には放射性物質を捕まえるフィルターがついています。フィルターは完全な気体である「クリプトン」や「キセノン」などの希ガスは捕まえられないため、弁を開けた時点で、ある程度の放射性物質は外に出ることになるのですが、今回はそのフィルターが多量の水分で目詰まりを起こして、吹き飛んでしまった可能性が考えられます。そのため、ヨウ素など本来なら外に出るはずのない放射性物質も飛び出しているのではないでしょうか。今回、周辺で被曝した人たちのなかには、体や衣服に付着した放射性物質を落とす「除染」を受けた人もいましたが、長年、原発の現場で研究をしてきた私も除染を受けるほどの被曝をしたことはありません。すでに放射性物質は体内にも入っていると考えられます。

◆これからのこと予想もつかない◆

──1号機はウラン燃料、3号機は昨年9月からMOX燃料を使っています。

 MOX燃料はウランの酸化物とプルトニウムの酸化物を混合したものです。プルトニウムの生物毒性はウランの20万倍とも言われています。実際に爆発した場合の毒性は単純に20万倍というわけではありませんが、ウランだけの燃料に比べ毒性が高まるのは間違いありません。

 さらに、プルトニウムは本来、高速増殖炉で使用すべきものであり、福島第一原発にある沸騰水型炉で使用すべき燃料ではない。家庭用の石油ストーブにガソリンを混ぜた灯油を入れているようなものです。平常時であっても、軽水炉でMOX燃料を使用するということ自体が、非常に危険なことなのです。

 それでも、日本の原発がMOX燃料を使用しているのは、日本が世界有数のプルトニウム保有国だからです。第2次世界大戦中に長崎に投下された原爆はプルトニウム爆弾ですが、現在、日本はプルトニウム原爆を4千個も作れるほど保有しているのです。そのため、世界から早急にプルトニウムを消費することを求められている。だが、国内にある高速増殖炉「もんじゅ」は、1995年に起きたナトリウム漏れ事故などで操業停止になっています。そこで、国から泣きつかれた東京電力など電力各社は、軽水炉でMOX燃料を使うことにしたわけです。

──1号機と3号機はとりあえず、危機を脱したと見てよいのでしょうか。

 わかりません。冷却水の水位が下がったことで、炉心が露出してしまい、炉心溶融が起きたのは間違いありませんし、これからどうなるのかも予想がつかない。私は、これまで、再三にわたって警告してきましたが、地震や津波などの非常事態に備えてあったはずの非常用電源も電源車も、何の役にも立たないことがハッキリしました。

 これは、チェルノブイリや米国スリーマイル島の事故に匹敵するようなシビア・アクシデントなのです。 (本誌・大貫聡子)

◆原子炉爆発すれば十数時間で放射能は首都圏へ◆

「死の灰」と呼ばれる放射能の健康被害は、計り知れない。

 1986年に起こったチェルノブイリ原発事故では、広島と長崎の原爆を合わせた放射能の約200倍もの放射能が放出された。福島第一原発の1、3号機を足した原子炉の電気出力は、チェルノブイリ原発の100万キロワットを超える。京都大学原子炉実験所助教の今中哲二氏は、チェルノブイリは将来分も含め"死者"は、10万〜20万人と指摘しており、万が一、日本でも首都圏に飛散すれば、大量の被害者が出る可能性がある。

 原子力資料情報室の上澤千尋氏は言う。

「放射性物質は、全体的に一定の速度で広がるのではなく、風向きによって扇状に飛散していきます。『ホットスポット』と言って、雨雲などに乗って、飛び地で雨と一緒に『黒い雨』として降ることもあります」

 福島原発の場合、例えば、茨城県の上空を通過して、東京が被爆する可能性もある、ということだ。

 上澤氏によると、被曝した時の症状は大きく分けて二つある。

(1)急性障害 100〜250ミリシーベルト超の被曝をすると、直後から数カ月以内に、めまいや嘔吐、脱毛などの症状が現れる。重篤な場合は、内臓が機能障害を起こしたり、皮膚がただれて全身ヤケドのような症状を起こしたりして、死にいたることもある。
1999年の「JCO臨界事故」では、ステンレスのバケツでウラン粉末を溶かして沈殿槽に注入したさい、核分裂が連鎖的に続く臨界状態となり、作業員2人が急性障害で死亡した。

(2)晩発性障害 数年〜数十年後にがんや白血病などを発症する。一般人の年間被曝線量の限度である1ミリシーベルトでは、がん罹患率は1万人中500〜1千人と言われている。それが、2ミリシーベルトになると、がん罹患率も比例して2倍になると言われている。

 このほか、被曝すると、免疫機能が下がるため、他の病気を引き起こす可能性も高くなるほか、遺伝子に傷がつき子孫への影響も懸念される。

 では、万が一、放射性物質が飛散してきたら、どう対応したらいいのか。

「とにかく、放射性物質にふれないことが重要です」(上澤氏)

 原子力安全・保安院などはこう注意を促している。

(1)屋内退避。換気扇や冷暖房を止め、窓を閉めて、外気が室内に入らないようにする。特に、雨は大気中の放射性物質を地上に降らせるため、当たらないようにする。

(2)外出する場合は、長袖、長ズボン、ゴーグル、フード付きのコートなどを着て、外気に触れないようにする。防塵用のマスクや、濡らしたタオルで口や鼻を覆う。室内に入る前に、コートなどは袋に入れて密閉し、室内に放射性物質を持ち込まないようにする。

(3)万が一、肌に付着したら、洗い流す。

(4)ヨウ素剤を服用する。

 しかし、これらのことをしたとしても、被曝しないかといえば、そうではない。

「大気中に放射性物質が蔓延しているので、ドアを開閉しても室内に入ってくるし、スーパーなどの商品に放射性物質が付着している場合もある。物理的に考えて、完全に被曝を防ぐことはできない。気休めにしかなりません」(同)

 福島第一原発の爆発で避難した人のうち、40歳未満全員が甲状腺がんを防ぐ「ヨウ化カリウム」を服用した。事前に放射性のないヨウ素剤を服用することで、放射性ヨウ素を吸い込んでも甲状腺が飽和されているため、甲状腺がんの予防になるという。「ヨウ化カリウム丸」(日医工)などがあるが、購入するには、原則、医師の処方箋が必要となる。

 しかし、上澤氏はこう言う。

「甲状腺が活発な若い人は飲んだほうがいいが、放射能は何十種類もあるので、ヨウ素剤では、ヨウ素以外の放射能は防げません」

 さらに注意しないといけないのは、身近に放射能が飛散しなくても、被曝した地域の農産物や畜産物などを口にしたら、そこから体内被曝をすることもあるし、水源地が被曝していれば水道から被曝してしまうことにもなる。

 放射能が飛散すればするほど、被曝を防ぐことは難しいのだという。確実なのは、爆発してから身近に放射性物質が到達するまでに避難することだ。

「例えば、東京なら、単純に、福島─東京間約200キロを風速で計算して、時間を測ります」(上澤氏)

 もし、南西方面に風速4メートルであれば、わずか約14時間で到達する。

「とはいえ、仮に逃げのびたとしても、汚染の程度によっては、いつ東京に戻れるかわかりません」(同)

 人間に牙をむいた放射能は、まさに「死の灰」なのだ。 (本誌・神田知子)



いざという時はこう生き延びろ !!!
世界最大級の揺れでわかった
首都・東京の強みと弱さ

週刊朝日2011年03月25日号配信

3月11日に起きた東北関東大震災では、首都圏でも大きな揺れを記録した。都心ではすべての鉄道が止まり、多くの「帰宅難民」が通りを埋めた。電話や携帯メールもつながらなくなり、家族や知人の安否さえ確認できなくなった。首都機能のマヒに、私たちはどう備えればいいのか。交通と通信の問題を検証した。

◆◆◆◆◆交通途絶...「帰宅難民」にならないためには◆◆◆◆◆

 11日の大地震で、東京の「帰宅難民」を救ったのは主に地下鉄だった。JRは全く無力だった。

 この日、JR東日本が首都圏などの在来線を全面運休すると決めたのは、地震発生から約3時間半後の午後6時20分だった。

「余震による被害が出るとさらに危険になる」

 JR東日本からはこんな説明があった。

 しかし、東京メトロの銀座線や半蔵門線の一部、都営地下鉄の大江戸線全線など、地下鉄は午後8時40分ごろに再開し、深夜までにはほとんどの路線が運転を始めた。都営地下鉄の担当者は、

「多くの帰宅難民が発生していた。少しでも足を確保しようと全力をあげた」
 と、話す。余震の心配はなかったのか。

「余震があればその都度、安全を確認する。一刻も早く、再開することを目指しました」(東京メトロの担当者)

 JRの弱さは、東京電力の計画停電が始まった14日朝にも浮き彫りになった。地下鉄はほぼ全線で運転したが、JRは山手線や中央線などだけで、総武線や東海道線は運休した。シャッターを閉めたままの駅もあり、対応しないJRに代わって、駅そばの交番が運行情報を貼り出し、利用客が集まる光景も見られた。

 通勤や通学にJRを使っている人たちは、災害時の"弱さ"を認識し、JRを使わない経路も調べておいたほうが無難なようだ。

 11日の地震後は、多くの人がバスやタクシー乗り場に向かった。午後5時、東京・早稲田のバス停に来るバスは、どれも満員だった。

「乗せろー!」

 ドアを開けずに発車するバスに、待っていた人が車体をたたいて抗議する。50代の女性はこう訴えた。

「家には年老いた母が一人でいて、携帯電話もつながらない。どんなにギューギューでもいいから、早く帰って母に会いたい」

 歩いて帰る人も多く、スポーツ店では運動靴が飛ぶように売れ、量販店では自転車も売り切れた。

 東京・二子玉川では、多摩川を越える橋付近の歩道が、通勤ラッシュ並みに混雑した。反対から来る人もいてすれ違うのも容易ではない。車道にあふれ、ひかれそうになる人もいた。

 しかし、政府の「首都直下地震対策」によれば、公共交通は基本的に止めて、むやみに人が移動しないようにするのが原則だ。首都直下型地震が起きれば、地下鉄だって運転再開は難しい。

「今回の地震では、首都圏の道路は無事で、建物倒壊もなく、火災も停電もほとんど起きなかった。これほど恵まれた状況下でも、自宅に帰るのに苦労したわけです。直下型地震があれば、自宅に安全に帰れるでしょうか。道路は寸断され、破片やガラスが落ちてくるので、歩くのも危険です」

 東京大学生産技術研究所の目黒公郎教授(都市震災軽減工学)は指摘する。

「むしろ職場や地域、学校、被災した場所の周囲の人と力を合わせるべきです。けが人が多数いるはずですから、元気な人は助けてあげてほしい。帰宅できない人を難民にせず、救助者になってもらうことが、重要なのです」(目黒教授)

 そのためには、通信手段の確保とともに、遠方からでも、家族や知人の安否を確認できる態勢をつくることが重要だという。

 これは、子どもだけを残して共働きをする家庭でも同じだ。目黒教授は、
「隣近所とのつきあいを大事にして、いざという時には助け合ってほしい」
 と話し、危険を冒して自宅に帰らなくても、万が一の時には子どもの面倒を見てもらえるように、近所との関係を深めておくべきだ、と指摘している。

◆◆◆◆◆万が一の時、使える通信手段はこれだ◆◆◆◆◆

 ライフラインが全滅した街では通信手段は皆無に等しい。だが、全滅を免れていれば、安否情報を伝える方法は確実にある。電話やメールだけに頼るのは心もとない。今回の大震災を機に、ふだんの通信環境を見直してもいいかもしれない。

 地震発生日は、編集部のインターネット動画中継番組「週刊朝日UST劇場」の放送日だった。地震が起きたのは放送の約6時間前。担当するデジタル班スタッフは、1人が編集部にいたが、あとの5人は都内や千葉県内にいた。

 固定電話や携帯電話、携帯メールがなかなかつながらず、編集部員の安否確認が難航するなか、デジタル班だけは1時間で全員の安否を確認できた。

 通信手段に選んだのは、短文投稿サイト「ツイッター」だ。編集部にいたスタッフがパソコンからメッセージを送ると、5人から返信があった。全員がツイッターの利用者だったことと、インターネット回線が通じたことが奏功した。

 ツイッターは被災地でも威力を発揮したようだ。

 仙台市に住む30代の男性会社員も、地震発生直後、会社の同僚との連絡にツイッターを使ったという。

「ニュース速報だけでなく、自治体から発信される情報も拾える。利用方法を知っていれば、いざという時に役立つと痛感しました」

 ツイッターには、炊き出しや避難所、病院の案内、阪神・淡路大震災で被災した人からの"知恵"も多数書き込まれていた。

〈友人の家族の安否が不明のままです。宮城県○○市××× 氏名△△△△〉
 といった情報も飛び交った。これを元ライブドア社長の堀江貴文さんや、歌手の浜崎あゆみさんらがリツイート(転送)することで、数十万人の利用者に情報が広まり、安否の確認にも一役買った。

 ただ、宮城県南三陸町や石巻市など壊滅的な被害を受けた地域では、電話もインターネット回線もほとんど使えなくなったため、あまり機能しなかったようだ。

 一方でこんな声もある。

「みんながリツイートすることで余分な情報があふれ、閲覧に時間がかかった。携帯電話のバッテリーを消耗するので困った」(仙台市内に住む30代主婦)

 被災地では携帯電話をまともに充電できない。予備のバッテリーを確保しておくことも必要だろう。

 安否確認には、固定電話を使ったNTTの「災害用伝言ダイヤル」も、ある程度は役に立った。これなら被災地の人が録音したメッセージをどこでも再生して聞けるし、NTT側も一般の電話よりもつながりやすくしている。だが、今回の大震災では、それすら通じにくくなった。

 ここはやはり複数の通信手段を確保して、状況に応じて「使えるもの」を選べるようにしておきたい(次n表参照)。どの通信手段が使えるかは、その時々の「回線」の具合や、地域の状況によって大きく変わるからだ。

 機種にもよるが、携帯電話やスマートフォンでは、3Gという通常の携帯電話回線と、無線でインターネットにつながるWi−Fiの二つの回線を使える。両方が使える機種を選べば、たとえば3G回線がつながらなくても、Wi−Fiを使ってメールやインターネットを使う、といったことができる。

 デジタル班がおすすめするのは、多機能のスマートフォンと、携帯型のWi−Fiルーター(中継装置)をセットで持つことだ。

 ルーターはWi−Fiに接続してくれるアンテナのようなもので、家電量販店で買える。手のひらサイズなので、服のポケットにも入る。月々数千円の利用料がかかるが、これがあれば外出先でもWi−Fiを利用できるようになる。

 今回の大震災では、動画中継サイトの「ニコニコ動画」や「ユーストリーム」が、NHKと民放の報道番組を無料で放送した。スマートフォンを持っていれば、ボタン一つで動画中継サイトにもアクセスできる。テレビがなくても報道番組が視聴できるのは心強い。

 テレビ電波を受信できる地域なら、地上波テレビのワンセグ放送の受信機能がついている携帯電話やスマートフォンを使う手もある。今回の大震災では、被災直後に車内のカーナビで報道番組を視聴した人も多かったようだ。

 みなさんお手持ちの端末には、どのような通信手段や機能が備わっているだろうか。万が一に備え、確認してみてはいかがだろう。

    ◆◆◆◆◆「東北関東大震災」時の通信状況◆◆◆◆◆

◆固定電話
NTT東日本では地震発生直後から被災地や東京都に向けた発信規制を実施。14日午前6時の時点では、宮城、岩手を中心に約56万回線が不通に。KDDIでは東北以北と関東以西で加入者同士の全通話が不能に。

◆公衆電話
11日午後8時頃までには、NTT東日本営業エリアの17都道県全域の公衆電話が無料化された。都内では使用するまでに1時間以上待った人も。

◆携帯電話(通話)
被災地を中心に一時はほぼ全面不通となった。都内では通信会社によって、現在(14日午後1時時点)もつながりにくい状態が続いている。総務省によるとNTTドコモ、KDDI、ソフトバンクモバイル、イー・モバイルの4社で東北地方にある基地局全体の約4割で障害が起きた(13日午後3時時点)。

◆Skype
インターネット回線や携帯電話回線を利用する電話サービス。パソコンや一部のスマートフォンから利用できる。都内では地震発生数時間後に通話ができた。Skype利用者同士であれば無料だが、一方がSkype利用者ではない場合は有料。緊急電話番号(110番など)に発信することはできない。

◆災害用伝言ダイヤル
通信規制下でも利用可能なため、被災地にいる人の生存確認や連絡手段として使われた。ただし、録音には被災地の市外局番を含んだ固定電話番号の入力が必要。録音時間は30秒以内。

◆携帯電話(メール)
発生直後は携帯電話回線を利用するメールの利用は困難に。スマートフォンではインターネット回線でも送受信可能なメール(GmailやYahoo!メールなど)も利用できるため、携帯電話回線が不通でもインターネット回線に接続できる地域では地震発生直後も送受信ができた。

◆災害用伝言板
パソコンや携帯電話から書き込まれた伝言を閲覧できる。書き込まれた伝言は安否確認をしたい人の電話番号を入力することで検索できるが、回線が不安定な時間帯ではつながりづらかった。Google社が提供する「Person Finder」では書き込んだ人の名前で検索可能で、登録件数は約17万。

◆Twitter
安否情報だけでなく、政府や各自治体、報道機関が発表した避難所やライフラインなどに関する情報が即座に書き込まれるため、情報入手手段としても活用された。特定の人と直接メッセージのやり取りができるダイレクトメッセージは、電話やメールのやり取りができないときに活躍。地震発生後はアクセスが殺到したため、つながりにくくなるときもあった。

◆mixi
地域別の専用ページが設けられ、頻繁に情報交換がされた。インターネット回線が不安定な地域では利用が困難だったが、一度接続に成功すると「最終ログイン(接続)時間」が記録されるため、生存を伝えることができた。ただし、ツイッターと同じく不正確な情報も見受けられた。

◆ブログ
安否情報を伝える手段として機能。お笑いコンビ「サンドウィッチマン」の富澤たけし(36)と伊達みきお(36)が宮城県気仙沼市でのロケ中に被災。二人は避難先の山中からブログを更新して撮影クルーの無事を報告。コメント欄を掲示板がわりにして安否確認するよう呼びかけた。

◆ニコニコ動画、Ustream
視聴にはパソコンやスマートフォンが必要だが、ニコニコ動画はスマートフォン以外の一部の携帯電話からも視聴できた。携帯電話回線でも視聴できるが、安定的な視聴にはインターネット回線接続が必要。

◆ワンセグ放送
携帯電話回線やインターネット回線に接続されていなくても視聴できるため、地震発生直後から安定して利用できた。視聴にはワンセグ対応携帯電話、テレビや一部のスマートフォン、チューナーを接続したパソコンなどが必要。「停電だったのでカーナビで視聴して情報を入手した」(秋田市在住の30代会社員)という人も。

※本誌調べ(3月14日現在)。評価は編集部員や被災者からのヒアリング、関係当局への取材をもとに総合的に判断。



作家・広瀬隆が改めて警告
「東海地震の危機」
「浜岡原発は止めるべきだ」

週刊朝日2010年11月26日号配信

マグニチュード(M)8クラスの東海地震が起きれば、浜岡原発が破壊され、末期的な大事故が起こる−−。作家の広瀬隆氏(67)は近著『原子炉時限爆弾 大地震におびえる日本列島』(ダイヤモンド社)で、警鐘を鳴らした。原発事故の危険性を訴えた『危険な話』から23年、本当の危機が迫っているのか。改めて聞いた。

−−『原子炉時限爆弾』では、地球の内部構造から地震の起こるメカニズムを説き起こして、「原発震災」の危険性を訴えています。今なぜ、この本を書こうと思ったのですか。

 ここ数年、浜岡原発に近い御前崎が年々沈み込んでいるデータや、プレートのひずみの蓄積がわかる海底音波探査の結果などを見て、東海地震が近いのではと心配して調べていました。

 静岡の人たちに呼ばれた講演でそんな話をしようと思っていた矢先の昨年8月、駿河湾地震(M6・5)が起きたんです。とにかく浜岡原発のやられ方がひどかった。「これは心配だ」と思っていたら、太平洋を中心に地震が相次ぎました。

 昨年9月にはスマトラ沖(M7・6)、サモア(M8・0)、10月にはバヌアツ近海(M7・8)、今年2月のチリ沖はM8・8ですからね。これだけ地震が続いても、報道では「地震があった」としか言わないけれど、どう見ても太平洋プレートの動きが関連しているとしか思えない。「天災は忘れたころにやってくる」の「忘れたころ」とは、今ではないのか。そんな思いがありました。

−−昨年8月11日の駿河湾地震は、浜岡原発がある静岡県御前崎市などで震度6弱。東名高速の路肩が崩れて、お盆の帰省客が足止めをくらいました。浜岡原発では4号機と5号機が緊急自動停止しました。

 浜岡原発の被害は、予想を超えるものでした。中でも耐震性がいちばん高いと言われていた5号機の揺れが最も激しくて、被害が集中しました。10センチから15センチの地盤沈下が起きて、原子炉で発生した蒸気を配管で引き込んで発電するタービンがある建屋は、コンクリートの壁にひびが入った。原子炉の核反応を止めるための制御棒を動かす駆動装置の一部も故障しました。今も点検が続いていて、5号機は止まったままです。

 あのときは長野にいたのですが、ドーンと大きな揺れが来て、テレビをつけたら震源地が駿河湾だというから、ぞっとしました。

 07年7月にはM6・8の新潟県中越沖地震が起きて、柏崎市で震度6強を記録し、想定を超える揺れに襲われた柏崎刈羽原発で変圧器が火災を起こすなど大被害が出ました。それでも、地震学的には小地震です。悲しいかな、あんなに怖い地震でも。

 M8・0から8・5と予想される東海地震は、立っていられないような激しい揺れが1分から2分続くといわれます。地震のエネルギーでいうと、昨年の駿河湾地震の178倍から1千倍もの大きさがある。安政東海地震(1854年、M8・4)では御前崎の周辺が1〜2メートル隆起したことがわかっています。昨年の小地震でもあれだけひどくやられたのですから、1メートルも隆起したら原発の配管が持つわけがない。建物が傾いて、蒸気と高温の水が循環する配管はめちゃくちゃになってしまうでしょう。

◆大事故の放射能、3日で東京覆う◆

−−配管が弱点だと?

 配管が破断して、原子炉を冷やす水の供給が止まれば、ウラン燃料が灼熱状態になって溶け落ちるメルトダウンを引き起こして、大事故につながります。非常時に水を炉心に送り込む緊急炉心冷却装置も金属パイプでつながっています。

 原発は、核分裂で発生する熱で蒸気を発生させてタービンを回して発電する。発生した蒸気は、復水器という熱交換機で海水を使って冷やされて水に戻し、原子炉を循環している。水蒸気と水が流れるパイプは、すべて一本の回路でつながっているので、どこが切れても熱を奪えなくなる。世界的な原発論争で最大の論点になってきたのも、この配管破壊による「冷却材喪失事故」だったのです。

−−昨年の駿河湾地震では制御棒の駆動装置の故障も報告されています。

 原子炉を止めるには、中性子を吸収する制御棒を使います。浜岡原発のような沸騰水型の制御棒は四つのブレードを持つ十字型で、燃料体のすき間に下から挿入する。縦揺れと横揺れが同時に襲ってくると、周囲にぶつかって正常に挿入できなくなる可能性がある。

 電気系統が破壊されることも考えられます。浜岡原発では、チェルノブイリの原発事故が起きた2年後の88年、1号機で無停電電源という絶対に停電してはいけない電源がストップした事故が起きています。水を循環させる再循環ポンプや制御棒の駆動装置が止まった。記録計も止まってしまい、何が起きているのかわからなくなった。最後は手動で原子炉を止めたのですが、大惨事につながる恐れのある事故でした。

 沸騰水型の原子炉では、配管などが壊れなくても地震で核暴走が起きる可能性があります。93年の宮城県北部地震では、わずか震度4の揺れだったにもかかわらず、近くの女川原発で核分裂を起こす中性子の数がガッと上がって、原子炉が止まってしまった。

 核暴走の瞬間的な反応を計器がとらえ、自動的に制御棒が挿入されたのです。83年と87年に同じ沸騰水型の福島第一原発でも、小さな地震で同様に中性子数が異常上昇しました。

 沸騰水型では燃料棒の周りにあぶくがたくさん出ていて、その効果でウラン燃料の核分裂が一定の割合で継続している「臨界状態」になっています。ここに地震がドーンと来ると、沸騰したやかんをドンと置いたときのように、あぶくが消滅する。すると瞬間的に核分裂の連鎖反応を促進する中性子が増えるのです。

 中性子数の異常上昇は別の原因を挙げる報告書もありますが、いずれにしても沸騰水型の弱点として、小さな地震でも核暴走が起きる危険性に変わりはない。浜岡原発も沸騰水型なので、一瞬のうちに核暴走が起きる可能性があります。

−−本の中では、原発の大事故が起きると「日本は『放射能汚染地帯』の烙印を押されて世界貿易から取り残され、経済的にも激甚損害を受けて廃虚になると考えるのが、最も妥当な推測だろう」と書かれています。

 浜岡原発が大事故を起こしたらどうなるかというと、風速2メートルほどのそよ風でも、3日くらいで首都圏、中部経済圏、関西経済圏が大量の放射能で覆われてしまう。ここの人口を合わせると7千万人以上です。本の中の事故のシミュレーションでは、この時点で「100万人をはるかに超える人たちが肉体的な被害を受け始めた」と書きました。

 87年に『危険な話』を書いたときは、チェルノブイリの事故が起こった直後だったので、原発事故は本当に起こることだと、みんなが理解していました。今は忘れてしまっています。危険は何も変わっていないし、老朽化が進んで、地震が来なくても原発事故はいつでも起こりうるのです。

 若い世代が心配です。かわいい孫を見ていると、「この子たち大丈夫なのかな」と思いますよ。これから生きていく人たちが、このままいったら非常にまずい状態にあるのに、ボーッとしている。やっぱり僕はメディアの責任が大きいと思います。記者の人が自分の頭で考えて、原発事故の危険性について、しっかり伝えてほしいと思います。

−−本の中では地球の成り立ちから説き起こして、地震発生のメカニズムをわかりやすく解説しています。

 伊豆半島が太平洋から動いてきて、本州にぶつかってくっついたなんて知ってました? 「この本を読んで初めて知った」と言う人が多いですね。あまり細かい議論をするよりも、もっと大局的に、日本の成り立ちそのものが、地震が必ず起きる、とんでもなく危ない国だと知ってほしい。

◆巨大地震が続く活動期に突入か◆

 江戸時代の地震活動を調べると、どれもみんなすさまじい。1703年の元禄大地震(M8・1)、1707年の東海・南海地震(M8・4)。2カ月後の富士山の宝永大噴火では江戸まで全部灰に埋もれている。

 今の日本が、このような活動期に入っているかどうかはわかりませんが、起こっていることがあまりにも似ているので、当時と同じ力が作用している、と思います。

 76年に浜岡原発が営業運転を始めた5カ月後、当時東京大学理学部助手だった石橋克彦先生(神戸大名誉教授)が古文書で過去の地震を調べて、東海地震の周期説を打ち出しました。

 このような地震発生のしくみや地球物理学の知見をまとめるかたちで、『原子炉時限爆弾』の中では「地震と地球の基礎知識」も書きました。大陸移動説から日本の成り立ちを説明し、地球の原理をまとめました。ここは、楽しみながら読んでほしい。東海地震の起きるしくみを理解すれば、浜岡原発の危険性がだれにでもわかるはずです。

 今回、放射能の危険性についても、あえて基礎的なことから書いたのは、知らない人が多いからです。原発を取材している記者からも「『死の灰』って何ですか?」と聞かれました。記者の人たちに、私たちが原点を説明してこなかったこともいけない。もう一度、きちっと伝え直さなければ、多くの人が原発に反対している理由も、わからないでしょう。

−−政府の地震調査研究推進本部によれば、東海地震は30年以内に起こる確率が87%とされています。

 いつ起こるかはわからないけれど、近い将来に東海地震は必ず起こる。起きてしまえば壊滅的な被害を受けるという意味で、原子炉はまさに時限爆弾です。まずは東海地震の震源域に建っている浜岡原発を止めなければいけない。逆に言えば止められるんですよ。

 クリーンで原発よりもはるかに熱効率がいい最新鋭の火力発電所を、中部電力も建設すると発表しています。電力供給の点からいえば、浜岡原発が止まっても問題はありません。大事なのは世論です。みんなが危険性に気づけば、浜岡原発は止められるはずです。 (構成 本誌・堀井正明)

    *

ひろせ・たかし 1943年生まれ。作家。早大理工学部応用化学科卒。原子力の危険性を訴えてベストセラーになった87年の『危険な話 チェルノブイリと日本の運命』(八月書館)、近刊『二酸化炭素温暖化説の崩壊』(集英社新書)など著書多数

◆◆◆◆◆浜岡原発4号機で進むプルサーマル発電計画◆◆◆◆◆

 浜岡原発4号機は10月14日から約4カ月の定期検査に入り、プルサーマル発電の営業運転に向けて、プルトニウム・ウラン混合酸化物(MOX)燃料を初めて装填する。764体ある燃料の184体を取り換える予定だが、そのうち28体がMOX燃料という。

 中部電力によると、年末にもMOX燃料を取り付ける。来年1月下旬にもプルサーマル発電の試運転を開始、2月下旬には営業運転を始めたいとしている。

 プルサーマルとは、長崎原爆に用いられた放射性物質の「プルトニウム」を原子炉(軽水炉=サーマルリアクター)で使うことから日本で作られた造語。09年11月の九州電力玄海原発(佐賀県)から始まり、四国電力、東京電力が開始。関西電力も来月下旬にも始める見通しで、浜岡原発は国内5例目となりそう。

 浜岡原発では、耐震補強に費用がかかりすぎるという理由で1、2号機の廃炉を決定。かわりに6号機を新設するリプレース(置き換え)計画に着手したばかり。使用済み核燃料保管所も併設する6号機の着工は15年、廃炉完了は36年度を目標にしている。

 プルサーマル発電については、プルトニウムの毒性の高さに加え、通常の原子力発電に比べて中性子の量が増えるため制御が難しいなどのリスクがあり、導入に反対する声も根強い。

 広瀬さんはこう憤る。

 「浜岡原発3、4号機は原子力安全・保安院などの耐震安全性審査(バックチェック)が続いていて、結果は来年3月まで出ない。原子炉の安全を確認している段階で、危険なプルサーマルを実施することは、ブレーキが利くかどうかわからない車で高速道路へ飛び出していくのと同じで、はっきり言って論外です」



民主党では日本はつぶれる
即刻、内閣改造して自公社を取り込め
亀井静香が爆発

週刊朝日2011年03月04日号配信

民主党の内ゲバが泥沼化する中、連立のパートナーである国民新党の亀井静香代表(74)の存在感が増している。菅直人首相に「即刻、第3次内閣改造をやるべし」と進言する一方、去就が注目される石原慎太郎東京都知事や小沢一郎元民主党代表、森喜朗元首相らと相次いで密談している。その"腹の内"を聞いた。

−−民主党の比例代表選出の衆院議員16人が、小沢氏を党員資格停止処分にするという党執行部の方針に反発し、2月17日に会派離脱届を提出しました。事実上の「倒閣運動」が始まりましたね。

 俺、菅さんに言ってやったの。「連合赤軍事件を思い出した。今の民主党は連合赤軍だよ」ってね。最高幹部だった永田洋子死刑囚が獄中で死亡したが、あの事件は警察時代、俺が指揮して捕まえたの。連中は異を唱えた仲間を片っ端からリンチし、"総括"と称して次々と殺しちゃった。今の民主党も同じことをやってるんだよ。でも、そんなことをやっている暇はない。まずは民主党の総力を結集させないとダメだ。

−−亀井さんは2月5日に広島県尾道市で小沢氏と会談しました。

 小沢さんから会いたいと言ってきたので、佐藤公治君(民主党参院議員)のパーティー会場の別室で40分ぐらい話したかな。詳しい中身は言えないが、小沢さんは今、危機的な状況に立っていると思っている。連合赤軍風に言えば"総括"された側だものね。

−−1月末には鳩山由紀夫前首相と森元首相、2月14日には石原都知事、自民党の古賀誠、野中広務両元幹事長らとも懇談しました。石原氏は18日の会見で「亀井静香を総理にする話もある。亀ちゃんに『お前やれよ』と言った」と話しています。

 冗談じゃない。うわごとだね。あれは俺を応援する会じゃない。「お前やれよ」っていうのは仲間内ではしょっちゅう言ってる。俺は美容整形をしないと総理は無理だ。この顔で11回も選挙してどんなに苦労したか(笑い)。あの席では俺が石原に「お前、田舎大名(都知事)をやっても仕方ない。国政の大きな舞台で最後のご奉公をしたらどうか」って言ったんだ。今の状況は、閣内で石原の力を使うぐらいのことをしないと乗り切れない。菅さんにもずっとそう言い続けている。森さんや鳩山さんとは、首相経験者として今の日本は恥ずかしいだろうと語り合った。

−−菅首相とも最近話をしているんですか。

 さっきも電話で話したよ。小手先ではこの局面を打開できないよと。「あんたの悪いところは、小手先で物事を乗り切ろうとするところだ」って注意した。

−−「小手先」というと?

 予算関連法案をパーシャル連合で通すとか、理屈でつまらんことを言う。自民党や公明党、社民党といった野党を、こっちの都合に合わせてテクニカルに使おうとしても無理だよ。
 そもそも、菅さんがこの国をどういう方向に持っていきたいか、強いイメージが国民にも世界にも発信されていない。それが問題なんだよ。
 例えば日米関係でも、自公時代のような「米国のかわい子ちゃん」に戻ることが関係をよくすることにはならない。それを菅さんが勘違いしちゃってさ、もっとかわい子ちゃんになりたいとやっているでしょう。菅さんが前原君(誠司外相)にやらせているのか、前原君が自主的にやっているのか知らないけどさ。
 かわい子ちゃんじゃなくて「気を使わせる大人」にならないとダメだ。北方領土問題や尖閣諸島問題での体たらくもそうだが、国際社会でもっと威厳を持てる国にしないといかんよ。

−−当面の難題は、衆参ねじれで予算関連法案成立の見通しが立たないことです。ねじれ国会を乗り切る秘策はありますか。

 こういうときは「挙国一致態勢」でやらなきゃならんのだよ。チマチマした内閣改造をやったから、失敗しちゃったんだ。菅さんは、私が言っていることと似て非なることを、常にやるんだよな。第3次内閣改造をただちにやって、自民、公明、社民、在野にも手を突っ込む。そして菅さんが会見し、「とにかく挙国一致で国難を乗り越えよう」と訴えるんだ。それに対して自民や公明が「党としては協力できない」と返答すれば、じゃあ、自民からはこの人をもらう、公明からはこの人だと、優秀な人を一本釣りして閣僚にすればいい。各党を人材派遣会社にしてしまうんだよ。だって、世論調査を見ても、各政党はいま、国民からまったく期待されていないんだから。名古屋での河村たかし(市長)の圧勝でわかるように、国民は政党政治に何の期待もしていない。これが現実なんだよ。

−−大連立のような態勢にするということですか。

 大連立なんかできっこない。自民や公明にそう声をかけても、断るに決まっているんだから。基本はあくまでも民主党政権だけれども、他党の議員にも閣僚で入ってもらう。全部のみ込んでやる。そうすれば、自民も公明も抵抗できなくなる。連立政権ではなく、政党という人材派遣会社から集めた派遣大臣で構成される内閣という新しい形だ。
 あんたのところの優秀な人材を国のためにくれ、と言われて、もし、谷垣さん(禎一・自民党総裁)が断ったら、世間から笑われるだけだよ。「了見が狭い。自民党のために日本があるわけじゃない」ってね。

◆与謝野の起用はマイナスと忠告◆

−−第2次改造内閣の目玉として与謝野馨・経済財政相が起用されました。これも亀井さんの「挙国一致」構想に基づくものですか。

 与謝野さんの登用は、俺の主張とは似て非なるものだよ。菅さんには、「与謝野さんが政策マンだという理由だけで入閣させたら、政策遂行能力はかえってマイナスになっちゃうよ」と忠告した。現に俺が言ったとおりになっている。
 内閣は執行部隊で、シンクタンクじゃないの。政策マンだけ集めても仕方がない。要は、役人を使ってその政策を実行できる人材を集められるかどうかなんだ。
 菅さんは、与謝野さんが自民党時代に作った「税と社会保障」の法案をたたき台にして自民や公明が乗れそうな案を作らせ、中央突破しようとしたんだろうが、完全に裏目に出た。挙国一致態勢の一環で起用するならいいけど、与謝野さんだけを入閣させたから反発を買い、内閣が弱体化した。

−−菅さんは、亀井さんの挙国一致改造案に、どう反応したんですか。

 むにゃむにゃ口ごもって、「それについてはまた、改めて話をしましょう」なんて言ってたけどね(苦笑)。だから、「チマチマした改造では、この政局は突破できないよ。予算関連法案のことを考えると、全身全霊を込めてすぐにでも第3次改造をやれ」と改めて言ってやったの。
 いま、社民党党首の福島(瑞穂)さんをくどいて、与党にくっつけようと努力している。だけど、社民だけじゃダメだ。全部の政党に網をかけないと、社民も簡単に乗ってこないよ。

−−菅首相は何をしたいんでしょうか。

 菅さんは「私は新自由主義者じゃないし、最小不幸社会をつくると公約したし、雇用対策もちゃんとやる」と口では言う。でも、TPP(環太平洋経済連携協定)とかを口走る姿を見ると、新自由主義的なものを目指しているのではないかと思っちゃうんだよ。社民が離れるのもそれが原因だよ。

◆TPPのようなうわごとはダメ◆

−−与謝野経財相が仕切る「社会保障改革に関する集中検討会議」の初会合が2月5日に開かれました。その民間委員に、自民党税制調査会長や厚生労働大臣などを歴任した柳沢伯夫氏が就任しました。

 与謝野さんを起用したときもそうだったが、菅さんは、この検討会議についても、事前にひと言も俺に相談しなかった。だから、「あんた、与党のうちに相談せず、こんな大事な会議を作るなんてけしからんじゃないか」と抗議した。すると菅さんは、「これからは直接、私から必ず電話します」と言い訳していた。今後は、そう好き勝手にはさせないよ。(笑い)
 与謝野、柳沢まで加わって、政権の頭脳は自民党と入れ替えになっちゃった。これでは、何のための政権交代なのかわからなくなってしまう。状況を変えるには内閣改造しかない。菅さんはもう何度も失敗しているんだから、早期の改造も仕方がない。

−−失敗というと?

 消費税とTPPだよ。言ってはいかんうわごとを言い、新自由主義に走りだした。中身は財務省の案でしょ。2月9日の谷垣さんとの党首討論だって、財務省の手のひらに載って論争していただけ。意味がない。
 菅さんには、「TPPなんてうわごとを不用意に言いなさんな」と注意している。防衛権と関税自主権は国家の二つの柱なんだ。その一つの柱を10年で各国が捨て去るなんてできっこない。一部の国が言っているだけで、最終的に米国、中国、韓国、ロシアだって乗らないだろう。そんな話にのぼせて、農業とか日本のいろんな分野で働いている人を不安にさせるようなことを言っちゃいかん。

−−国民新党の下地幹郎幹事長が、2月10日の衆院予算委員会で「予算関連法案を通せなければ、菅首相は退陣に追い込まれる」と言いました。

 俺は連立を組んでいる国民新党の代表だから、仮定の話はしません。首相が国難を乗り切れなかったらどうのこうのと、いま言うわけにはいかないね。(笑い)

−−菅首相が政権運営に行き詰まって「破れかぶれ解散」するのではないか、という懸念も出ています。

 解散したらボロ負けし、民主党は消えてなくなる。自民党も勝ちきれないだろう。解散なんかしたら、菅さんは亡国の張本人になるから、できっこない。俺には「解散は絶対しない、総辞職もしない」とずっと言っているよ。「引き続き政権を担いたいなら、今までにない大胆なことを思い切ってやらなければダメだ」と俺は進言している。

−−亀井さんは自民党時代に、ねじれ国会を豊富に経験しています。

 衆参のねじれなんて、なんてことない。身内を固めて正面突破し、いい加減な奴らを蹴散らして進めばいい。実に簡単なことなのに、菅さんは連合赤軍のまねごとのような内ゲバを続け、蹴散らす相手に色目ばかりつかっている。逆のことばかりやって、自分で自分の首を絞めている。昨年から俺がずっと言っているのに、ぜんぜん聞かない。どこでハッとその意味に気づくか、だろう。首相は流されちゃいかん。先手先手を打たないとね。 (聞き手 本誌・森下香枝)