孝経 聖治章第九
曾子曰、敢問、聖人之徳、無以加於孝乎。
曽子曰く、あえて問う、聖人の徳もって孝に加うることなきかと。
- 古文では「聖治章 第十」に作る。
- 無 … 古文では「亡」に作る。
子曰、天地之性、人為貴。
子曰く、天地の性、人を貴しとなす。
人之行、莫大於孝。
人の行いは、孝より大なるはなし。
孝莫大於嚴父。
孝は、父を厳にするより大なるはなし。
嚴父莫大於配天。
父を厳にするは天に配するより大なるはなし。
則周公其人也。
すなわち周公はその人なり。
昔者、周公郊祀后稷以配天、宗祀文王於明堂以配上帝。
昔者、周公は后稷を郊祀してもって天に配し、文王を明堂に宗祀してもって上帝に配す。
- 周公 … 周初の政治家。文王の子。姓は姫、名は旦。兄の武王を助けて殷を滅ぼし、その死後、幼少の成王を補佐して周の基礎を固めた。孔子は礼を整備した聖人として尊敬し、後世、先聖とあがめられた。魯の祖。周公旦。
- 后稷 … 「后」は君、「稷」は五穀。周王朝の始祖とされる伝説上の人物。姓は姫、名は棄。舜につかえて人々に農業を教え、功により后稷(農官の長)の位についた。
- 郊祀 … 帝王が国都の郊外に壇を築き天地をまつる儀式。漢代以降は帝王の特権となり、その威厳を誇示する祭祀となった。郊社。郊祭。
- 文王 … 周王朝の始祖武王の父。姓は姫、名は昌。西伯と称する。殷代末期に、太公望など賢士を集め、渭水盆地を平定して周の基礎を築いた。古代の聖王の模範とされる。生没年未詳。
- 明堂 … 天子や王者が政治を行う宮殿。政堂。朝廷。
- 宗祀 … 最も大切なものとしてまつること。
- 上帝 … 天上にあって、万物を支配する神。天帝。
是以四海之内、各以其職來祭。
ここをもって四海のうち、おのおのその職をもって来り祭る。
夫聖人之徳、又何以加於孝乎。
それ聖人の徳、また何をもってか孝に加えんや。
故親生之膝下、以養父母日嚴。
ゆえに親これを膝下に生じ、もって父母を養い、日に厳にす。
- 故親生之膝下、以養父母日嚴 … 古文では「是故親生毓之、以養父母曰嚴」に作る。
聖人因嚴以教敬、因親以教愛。
聖人厳に因りてもって敬を教え、親に因りてもって愛を教う。
聖人之教不肅而成、其政不嚴而治。
聖人の教えは肅ならずして成り、その政は厳ならずして治まる。
其所因者本也。
その因るところのものは本なり。
父子之道天性也。君臣之義也。
父子の道は天性なり。君臣の義なり。
- 「父子之道」以下、古文では「父母生績章 第十一」に作る。
- 古文では「父子之道」に前に「子曰」の二字あり。
- 義 … 古文では「誼」に作る。
- 也 … 古文ではこの字なし。
父母生之、續莫大焉。
父母これを生む。続くこと、これより大なるはなし。
君親臨之、厚莫重焉。
君親としてこれに臨む。厚きことこれより重きはなし。
故不愛其親、而愛他人者、謂之悖徳。
ゆえにその親を愛せずして他人を愛する者、これを悖徳と謂う。
- 故 … 古文ではこの字なし。
- 「不愛其親」以下、古文では「孝優劣章 第十二」に作る。
- 古文では「不愛其親」に前に「子曰」の二字あり。
不敬其親而敬他人者、謂之悖禮。
その親を敬せずして他人を敬する者、これを悖禮と謂う。
以順則、逆民無則焉。
順をもってすれば則り、逆なれば民則ることなし。
- 順 … 古文では「訓」に作る。
- 逆 … 古文では「昏」に作る。
- 無 … 古文では「亡」に作る。
不在於善、而皆在於凶徳。
善にあらずして、みな凶徳にあり。
雖得之、君子不貴也。
これを得といえども、君子は貴ばざるなり。
- 之 … 古文では「志」に作る。
- 不貴 … 古文では「弗從」に作る。
君子則不然。
君子はすなわち然らず。
言思可道、行思可樂。
言は道うべきを思い、行は楽しむべきを思う。
徳義可尊、作事可法、容止可觀、進退可度。
徳義尊ぶべく、作事法るべく、容止観るべく、進退度とすべし。
以臨其民。
もってその民に臨む。
是以其民畏而愛之、則而象之。
ここをもってその民畏れてこれを愛し、則ってこれに象る。
故能成其徳教、而行其政令。
ゆえによくその徳教を成して、その政令を行う。
詩云、淑人君子、其儀不?。
詩に云く、「淑人君子、その儀?わず」と。
- 詩 … 『詩経』曹風・?鳩の章。
- 淑人 … 善人。
孝経 紀孝行章第十
子曰、孝子之事親也、居則致其敬、養則致其樂、病則致其憂、喪則致其哀、祭則致其嚴。
子曰く、孝子の親に事うるや、居にはすなわちその敬を致し、養にはすなわちその楽を致し、病にはすなわちその憂を致し、喪にはすなわちその哀を致し、祭にはすなわちその厳を致す。
- 古文では「紀孝行章 第十三」に作る。
- 病 … 古文では「疾」に作る。
五者備矣、然後能事親。
五つのもの備わりて、しかる後よく親に事う。
事親者、居上不驕、爲下不亂、在醜不爭。
親に事うる者は上に居て驕らず、下となって乱れず、醜に在って争わず。
居上而驕則亡、爲下而亂則刑、在醜而爭則兵。
上に居て驕ればすなわち亡び、下となって乱るればすなわち刑せられ、醜に在って争えばすなわち兵せらる。
三者不除、雖日用三牲之養、猶爲不孝也。
三つのもの除かざれば、日に三牲の養を用いるといえども、猶不孝となすなり。
- 三者不除 … 古文では「此三者不除」に作る。
- 三牲 … 牛・羊・豕(いのこ、ぶた)。
- 猶 … 古文では「?」に作る。
- 不 … 古文では「弗」に作る。
孝経 五刑章第十一
子曰、五刑之屬三千、而罪莫大於不孝。
子曰く、五刑の属三千、罪不孝より大なるはなし。
- 古文では「五刑章 第十四」に作る。
- 五刑 … 肉体を傷つける五種類の刑罰。
- 罪 … 古文では「辜」に作る。
要君者無上、非聖人者無法、非孝者無親。
君を要する者は上を無し、聖人を非る者は法を無し、孝を非る者は親を無す。
- 無 … ないがしろにすること、無視すること。古文では「亡」に作る。
此大亂之道也。
此れ大乱の道なり。
孝経 廣要道章第十二
子曰、教民親愛、莫善於孝。
子曰く、民に親愛を教うるは孝より善きはなし。
- 古文では「廣要道章 第十五」に作る。
- 於 … 古文では「于」に作る。
教民禮順、莫善於悌。
民に礼順を教うるは悌より善きはなし。
- 於 … 古文では「于」に作る。
- 悌 … 古文では「弟」に作る。
移風易俗、莫善於樂。
風を移し俗を易うるは、楽より善きはなし。
- 移風易俗 … 民衆の悪い風俗を善い方向へ移し改めること。
- 楽 … 音楽。
安上治民、莫善於禮。禮者敬而已矣。
上を安んじ民を治むるは、礼より善きはなし。礼は敬のみ。
故敬其父、則子悦、敬其兄、則弟悦、敬其君、則臣悦。
故に其の父を敬すれば則ち子悦び、其の兄を敬すれば則ち弟悦び、其の君を敬すれば則ち臣悦ぶ。
敬一人而千萬人悦。
一人を敬して千万人悦ぶ。
所敬者寡、而悦者衆。此之謂要道也。
敬する所の者は寡くして、悦ぶ者は衆し。之を此れ要道と謂うなり。
孝経 廣至徳章第十三
子曰、君子之教以孝也、非家至而日見之也。
子曰く、君子の教うるに孝をもってするや、家ごとに至って日ごとにこれを見るにあらざるなり。
- 古文では「廣至徳章 第十六」に作る。
- 也 … 古文にはこの字なし。
教以孝所以敬天下之爲人父者也。
教うるに孝をもってするは、天下の人の父たる者を敬するゆえんなり。
教以悌所以敬天下之爲人兄者也。
教うるに悌をもってするは、天下の人の兄たる者を敬するゆえんなり。
教以臣、所以敬天下之爲人君者也。
教うるに臣をもってするは、天下の人の君たる者を敬するゆえんなり。
詩云、ト悌君子、民之父母。
詩に云く、「ト悌の君子は民の父母なり」と。
- 詩 … 『詩経』大雅・?酌の章。
- ト悌 … 易らぎ楽しむこと。
非至徳、其孰能順民如此其大者乎。
至徳にあらざれば、それ孰かよく民に順にすること、かくのごとくそれ大なる者あらんや。
孝経 廣揚名章第十四
子曰。君子之事親孝。故忠可移於君。
子曰く、君子の親に事うるや孝。ゆえに忠をば君に移すべし。
- 古文では「廣揚名章 第十八」に作る。
- 之 … 古文にはこの字なし。
事兄悌。故順可移於長。
兄に事うるや悌。故に順をば長に移す可し。
居家理。故治可移於官。
家に居て理まる、ゆえに治をば官に移すべし。
是以行成於内、而名立於後世矣。
ここをもって行いは内に成って、名は後世に立つ。
孝経 諫爭章第十五
曾子曰、若夫慈愛恭敬、安親揚名、則聞命矣。
曽子曰く、夫の慈愛恭敬、親を安んじ名を揚ぐるがごときは、すなわち命を聞けり。
- 古文では「諫諍章 第二十」に作る。
- 恭 … 古文では「?」に作る。
- 則 … 古文では「參」に作る。
敢問、子從父之令、可謂孝乎。
あえて問う、子、父の令に従うは、孝と謂うべきか。
子曰、是何言與。是何言與。
子曰く、これ何の言ぞや。これ何の言ぞや。
- 子曰、是何言與。是何言與。 … 古文では「子曰、參是何言與。是何言與。言之不通耶。」に作る。
昔者、天子有爭臣七人、雖無道、不失其天下。
昔者、天子に争臣七人あれば、無道といえどもその天下を失わず。
- 争臣 … 君の過失を痛烈にいさめる家臣のこと。
- 不 … 古文では「弗」に作る。
- 其 … 古文にはこの字なし。
諸侯有爭臣五人、雖無道、不失其國。
諸侯に争臣五人あれば、無道といえどもその国を失わず。
大夫有爭臣三人、雖無道、不失其家。
大夫に争臣三人あれば、無道といえどもその家を失わず。
士有爭友、則身不離於令名。
士に争友あれば、すなわち身、令名を離れず。
- 争友 … 悪い点をどこまでもいさめてくれる友人。
- 不 … 古文では「弗」に作る。
- 令名 … 名声。
父有爭子、則身不陷於不義。
父に争子あれば、すなわち身、不義に陥らず。
- 争子 … 過失をいさめる子のこと。
- 不陷 … 古文では「弗陷」に作る。
故當不義、則子不可以不爭於父。
ゆえに不義に当っては、すなわち子もって父に争わざるべからず。
- 義 … 古文では「誼」に作る。
- 於 … 古文では「于」に作る。
臣不可以不爭於君。故當不義、則爭之。
臣、もって君に争わざるべからず。ゆえに不義に当ってはすなわちこれを争う。
從父之令。又焉得爲孝乎。
父の令に従う。また焉んぞ孝と為すを得んや。
- 令 … 古文では「命」に作る。
- 焉 … 古文では「安」に作る。
孝経 應感章第十六
子曰、昔者、明王事父孝、故事天明。
子曰く、昔者、明王父に事えて孝、故に天に事えて明なり。
事母孝、故事地察。
母に事えて孝、故に地に事えて察なり。
長幼順。故上下治。
長幼順なり、故に上下治まる。
天地明察、神明彰矣。
天地明察なれば神明彰わる。
- 神明 … 古文では「鬼神」に作る。
- 彰 … 古文では「章」に作る。
故雖天子、必有尊也。言有父也、必有先也。言有兄也。
故に天子と雖も必ず尊有るなり。父有るを言うなり。必ず先有るなり。兄有るを言うなり。
- 古文では「言有兄」のあとに「必有長」の三字があるが、衍字と思われる。
宗廟致敬、不忘親也。
宗廟に敬を致せば親を忘れざるなり。
脩身愼行、恐辱先也。
身を修め行いを慎むは、先を辱めんことを恐るるなり。
宗廟致敬、鬼神著矣。
宗廟に敬を致せば鬼神著る。
孝悌之至、通於神明、光于四海、無所不通。
孝悌の至りは神明に通じ、四海に光ち、通ぜざるところなし。
- 悌 … 古文では「弟」に作る。
- 于 … 古文では「於」に作る。
- 無 … 古文では「亡」に作る。
- 通 … 古文では「曁」に作る。
詩云、自西自東、自南自北、無思不服。
詩に云く、「西より東より、南より北より、思うて服せざるなし」と。
- 詩 … 『詩経』大雅・文王有聲の章。
- 自西自東 … 古文では「自東自西」に作る。
- 無 … 古文では「亡」に作る。
孝経 事君章第十七
子曰、君子之事上也、進思盡忠、退思補過。
子曰く、君子の上に事うるや、進んでは忠を尽さんことを思い、退いては過ちを補わんことを思う。
將順其美、匡救其惡。
その美を将順し、その悪を匡救す。
- 将順 … 助け行なう。
- 匡救 … 正して直すこと。
故上下能相親也。
故に上下よく相親しむなり。
詩云、心乎愛矣。遐不謂矣。中心藏之。何日忘之。
詩に云く、「心に愛せば遐ぞ謂げざらん。中心これを蔵せば、何れの日かこれを忘れん」と。
- 詩 … 『詩経』小雅・隰桑の章。
- 中 … 古文では「忠」に作る。
- 藏 … 古文では「臧」に作る。
孝経 喪親章第十八
子曰、孝子之喪親也、哭不?、禮無容、言不文、服美不安、聞樂不樂、食旨不甘。此哀戚之情也。
子曰く、孝子の親に喪するや、哭して?せず、礼は容つくるなく、言は文らず、美を服して安からず、楽を聞いて楽しまず、旨きを食らいて甘からず。これ哀戚の情なり。
- 古文では「喪親章 第二十二」に作る。
- 不 … 古文では「弗」に作る。(5箇所すべて)
- ? … 泣き声が長く細く尾をひくこと。古文では「依」に作る。
- 哀? … 哀しみ悼むこと。
三日而食、教民無以死傷生。毀不滅性、此聖人之政也。
三日にして食し、民をして死をもって生を傷うことなく、毀して性を滅せざらしむ。これ聖人の政なり。
- 古文では「教民無以死傷生」のあとに「也」の字あり。
- 毀 … 痩せること。
- 政 … 古文では「正」に作る。
喪、不過三年、示民有終也。
喪、三年に過ぎざるは、民に終りあるを示すなり。
爲之棺椁衣衾而舉之、陳其??、而哀戚之、?踊哭泣、哀以送之、卜其宅兆、而安措之、爲之宗廟、以鬼享之、春秋祭祀、以時思之。
これが棺椁衣衾を為ってこれを挙げ、その??を陳ねて、これを哀戚し、?踊哭泣して、哀んでもってこれを送り、その宅兆を卜して、これを安措し、これが宗廟を為って、鬼をもってこれを享し、春秋に祭祀して、時を以てこれを思う。
- 棺椁 … 内棺と外棺。
- 椁 … 古文では「槨」に作る(同字)。
- 衣衾 … しかばねに着せる衣と、しかばねを包む布団。
- 而舉之 … 古文では「以舉之」に作る。
- ?? … 供物用の祭器。
- 哀戚 … 哀しみ悼むこと。
- 戚 … 古文では「?」に作る。
- ?踊 … 葬式のときの悶え泣く儀礼。
- ?踊哭泣 … 古文では「哭泣擘踴」に作る。
- 宅兆 … 墓穴と墓地。
- 卜 … 占うこと。
- 安措 … 安置。
- 鬼 … 死者の魂のこと。
- 享 … 祀ること。
- 春秋 … 春夏秋冬のこと。
- 以時 … 季節の供物を供えて。
生事愛敬、死事哀戚。
生けるに事うるには愛敬し、死せるに事うるには哀戚す。
生民之本盡矣。死生之義備矣。孝子之事親終矣。
生民の本尽くせり。死生の義備われり。孝子の親に事うること終れり。
- 生民 … 人間。
- 本 … 根本。
- 死生 … 死者と生者。生きている間の父母と死んだあとの父母を指す。
- 義 … 古文では「誼」に作る。
- 親 … 古文にはこの字なし。
孝経 閨門章第十九(古文のみ)
子曰、閨門之内、具禮矣乎。嚴親嚴兄、妻子臣妾、猶百姓徒役也。
子曰く、閨門の内、礼を具うるかな。親を厳び兄を厳びて妻子臣妾は猶お百姓徒役のごときなり、と。
- この章今文になし。
- 閨門 … 本来は婦人の室。ここでは、家庭という意。
- 臣妾 … 下男下女。