折々の記へ
折々の記 2014 ①
【心に浮かぶよしなしごと】

【 01 】01/01~     【 02 】01/02~     【 03 】01/03~
【 04 】01/04~     【 05 】01/07~     【 06 】01/09~
【 07 】01/20~     【 08 】01/21~     【 09 】01/25~

【 04 】01/04

  01 04 4日~6日の新聞から  


 01 04 (土) 4日~6日の新聞から  

4日の朝日新聞
   1面 (教育2014 世界は 日本は:3)授業の未来形 「教わる」からの卒業
   2面 (教育2014 世界は 日本は)プロの授業、無料 サイトに動画、学校へ提供
   8面 (社説)日本の近隣外交 それでも対話を重ねよう
5日の朝日新聞
   1面 検察、裁判証言を指示か 宮城3人殺傷、密室で「予行練習」
   2面 意図せぬ証言、迫る密室 検事、 意図せぬ証言、迫る密室 検事、筋書き畳みかけた2分間
   1面 (教育2014 世界は 日本は:4)もう一つの学び 望む学校、市民がつくる
   3面 (教育2014 世界は 日本は)学びやは我が家 教科自在、長所伸ばす
   3面 安倍首相の靖国参拝、米側に意図説明 日米防衛相が電話会談
   4面 政府系金融トップ、「天下り」次々復活 安倍政権下なし崩し
   8面 (社説)大都市の危機 見かけの成長を超えて
6日の朝日新聞
   1面 (教育2014 世界は 日本は:5)膨らむ塾 つかめ、アジアの教育熱
   2面 (教育2014 世界は 日本は)頼り合う塾と学校 進路指導や補習、役割分担
   2面 歴史的正当性、ロシア説明へ 北方領土問題、今月末予定の次官級協議
   3面 米「近隣国と関係改善を」 日米防衛相電話協議で指摘
   3面 訪米の韓国外相、靖国問題提起へ
   3面 集団的自衛権「現解釈は妥当」 公明代表、首相を牽制
   8面 (社説)原発政策 政治の無責任は許されぬ
   27面 光当たる人工光合成 低炭素社会実現へ激しい研究競争
   28面 (文化の扉)はじめての伊勢物語 色好みの昔男、定まらぬセレブ像

4日の朝日新聞

1面
(教育2014 世界は 日本は:3)授業の未来形 「教わる」からの卒業

   写真・図版 化学の授業で生徒の質問に答えるディナ・レゲットさん。授業を「反転」させてから、
         机の並べ方も変えた=米のアレン高校、中井大助撮影

 近代の学校は、大勢の生徒を一度に教えるスタイルをとってきた。その変革をICT(情報通信技術)が後押ししている。教室は一斉に教わる場から、一人ひとり学ぶ場へ。ただ、ICTは手段でしかない。教師の力が問われている。

 ■予習、端末で学ぶ

 米国ミシガン州デトロイトの郊外にあるクリントンデール高校。2011年度から学校ぐるみで「反転授業」に取り組んでいる。

 教室で授業を受け、家で課題に取り組む従来のやり方を「反転」させた。生徒は事前にパソコンなどで講義ビデオを視聴し、授業では個別に反復学習や練習問題をする。家でビデオを見られない生徒は、学校のパソコンも使える。

 例えばある日の社会科の題材は「関税」。与えられた複数の課題から選択して取り組む。黙々とパソコンに向かう子も、教科書を横に話し合うグループもいる。教師は教室を回りながら、分からない点を指導する。

 社会科のマイケル・ワードさんは言う。「生徒は分からない場所で一時停止したり、巻き戻したりできる。教師も、指導時間が確保できるようになった」

 貧困層の生徒が多い同校では、09年入学生のうち英語で及第点だったのは48%、数学も56%だった。しかし、反転授業を採り入れてから、両教科で約7割が及第点に。生徒が学習に向かうようになり、生活指導を受ける子の率も下がり、大学進学率も上昇した。

 米国では00年代半ばから、こうした反転授業が急速に広がっている。

 テキサス州ダラスの郊外にあるアレン高校は、生徒が6千人近いマンモス校。成績優秀な生徒向けの授業でも反転授業を活用する。「底上げ」のクリントンデールに対し、「上を伸ばす」形だ。

 化学を教えるディナ・レゲットさんは「ビデオを見るだけで授業内容が習得できるわけでない。一人ひとりに対する指導が増える分、教師の仕事は、以前よりも大変な面もある」と語る。

    *

 反転授業の動きは、日本の学校でも始まっている。

 自治体ぐるみで取り組む佐賀県武雄市。昨年11月下旬、市立武内小で公開授業があった。5年生は事前に端末を自宅に持ち帰り、映像で台形の面積の求め方を予習。授業では山口史教諭が指導してグループで話し合い、公式をつくった。

 事前に動画を見ることで説明が減った分、教室では学び合いの時間が増えた。「家で説明を何度も見てわかった。教室で皆で話し合って、もっとわかった」と古川孝祐君(11)。

 「均一の金太郎アメをつくる教育は大量生産・大量消費時代のもの」と樋渡啓祐・武雄市長は言う。「今後は多様性がカギ。一人ひとりが知恵を出し合い、正解のない問いを考えてゆく教育をしなければ。デジタルは、その有効な手段だ」

(2面に続く)


2面
(教育2014 世界は 日本は)プロの授業、無料 サイトに動画、学校へ提供

   写真・図版 机の上には1人1台のiPad。鏡に映る像を作図して答える=2013年12月17日、
         三重県松阪市の市立三雲中学校、金子淳撮影

 授業の動画をサイトに載せ、学校に無料で提供する計画が始まっている。

 サイトは「最高の授業net」。呼びかけたのは、東京都杉並区立和田中学校元校長の藤原和博さん(58)だ。塾講師が学校で有料授業をする「夜スペ」の発案などで知られる。

 システム開発会社がサイトをつくり、塾や学校の教師らが動画を提供する。協議会をつくって、利用する自治体を募り、2015年春のスタートを目指す。

 12月19日、都内でミーティングが開かれた。教育産業や公立学校長、教育委員会関係者ら25人が集った。

 学校の教員でも塾の講師でもいい。説明がわかりやすい先生の動画を10~15分ずつに切ってサイトに載せ、アクセス数の多いものが目立つように紹介する。

 その動画を、教師が授業に導入。生徒が個別に学習を進め、簡単なテストで習熟度を確認する。動画は自宅での予習にも使う。

 授業での説明時間を圧縮することで、正解のない問題を考え議論する時間を増やす――というねらいだ。

 「ベテラン教員の大量退職時代を乗り切るためにも、授業のうまい先生の動画導入はぜひ必要」と藤原さん。教師の役割が「授業の上手なスーパー先生」と「教室運営のプロ」に分かれると見る。「教室の教員はついていけない子を教え、習熟度に合った課題を出し、教え合いを促す。人間にしかできないサポート役だ」

 反転授業など、オンライン映像での教育をめぐる交流も始まっている。

 1年生千人あまりが昨春、iPadを購入した近畿大付属高校(大阪府東大阪市)。3人の教師が12月、「反転授業研究会」のホームページを立ち上げた。教員や教師になりたい大学生らを対象に会員を募り、意見交換や情報発信をする。

 物理と数学のオンライン予備校を主宰する元予備校講師、田原真人さん(42)も昨年1月、フェイスブックで「反転授業の研究」を始めた。会員は反転授業を試みる教師や研究者、ネット関係者らで600人を超えた。「授業を変えられるという期待が、ものすごい勢いで寄せられている」と田原さんは言う。

 ■1人1台、議論の土台

 子ども同士が議論しながら学ぶ「協働学習」というスタイルも、ICT(情報通信技術)を使うことで広がっている。

 三重県松阪市立三雲中学校は、総務省が10年度から始めた全国20校の「フューチャースクール」の一つ。生徒に1人1台のタブレット端末が貸与されている。

 12月、1年の理科の授業。楠本誠教諭(41)は「身長160センチの人の全身が映る鏡の大きさは」と問いかけ、マス目に鏡と人間を描いた図を生徒の端末に配信した。

 班で1台の端末を囲み、頭をつけあい、画面の図に補助線を引いて話し合う。「作図したのを送って」と楠本教諭が声をかけると、スクリーンに瞬時に九つの班の図が並んだ。

 「全員が授業に参加でき、いろいろな考え方に気づく場面が増えた。教え方の幅も格段に広がった」と楠本教諭。「目的は端末を使うことではなく、どんな授業が展開できるか。教師の力量が問われる」

 国際学力調査で上位のフィンランドもここ2、3年でICTの導入が進む。

 ヘルシンキ新共学高校の西洋社会哲学の授業。教室のスクリーンに問いが映された。「無人島で1人平和に暮らしている。そこに他の人が来たら?」。2年生25人が近くの人同士で議論。意見を端末で打ち始める。やがてスクリーンに回答が並んだ。「強者が生き残る」「お互いに助け合う」。それをもとにした議論、先生の問い、回答の繰り返しで授業は進んだ。

 「数百年続いた『先生が教える』文化が、『生徒が学ぶ』文化に変わりつつある」とヘルシンキ大のサラ・シントネン准教授(メディア教育)。だが、カサボーリ中学校教師のアラン・シュナイツさんは、導入に熱心な一方で、デジタル一辺倒の危うさも説く。「生物の授業なら、森に行って体験することも重要だ。単に流行の技術だから導入するのではなく、自分たちの学校にはどんな変化がなぜ必要かをまず考えるべきだ」

 ■ネットの活用、目的あってこそ 無料動画提供のNPO創立者、サルマン・カーンさん

 米の教育NPO「カーンアカデミー」はオンラインで5千本以上の授業動画を無料で提供し、現在世界で月に1千万人以上が視聴している。創立者のサルマン・カーンさん(37)に聞いた。

 教室で大勢が一斉に授業を聞く学校教育のモデルは産業革命の時に誕生した。現在では硬直化し、現代世界が必要とする教育もできていない。テクノロジーの進歩によって、より個人に応じた人間的な教育をすることができる。こうした教育は家庭教師を雇える富裕層なら可能だ。ただ、あまりにお金がかかりすぎた。

 反転授業や大規模公開オンライン講座(MOOC)が広まり、学校のあり方が変わり始めている。5年後には目に見える変化になると思う。

 強調したいのは技術はあくまで手段であり、目的ではないことだ。何も考えずに教室へタブレットを持ち込んでも、目的がなければかえって弊害が大きい。


8面
(社説)日本の近隣外交 それでも対話を重ねよう

 日本と中国、韓国で、いまの政権が相次いで発足してから、おおむね1年がたつ。

 この間、日中、日韓の首脳会談は一度も開けなかった。2008年から毎年続いていた3国サミットも見送られた。

 冷え切った関係は、年末の安倍首相の靖国神社参拝で決定的となった。北東アジアにとって実に寒々しい年が明けた。

 大局をわきまえない政治指導者たちが、問題を解決するのではなく問題をつくる行動に走る。そのツケを経済や文化交流などへの悪影響で国民が被る。

 そんな不毛な悪循環が日本と近隣国との間に起きている。無分別な拡張行動をとる中国と、かたくなな対日外交を崩さない韓国にも、責任はある。

 だが、安倍首相の靖国参拝は独りよがりが過ぎた。首相が掲げる「積極的平和主義」には「国際協調にもとづく」の前置きがあったはずだが、自らその看板を否定したのである。

 米国、欧州連合、国連からも懸念が示された事態をどう改善するか。どうすれば、近隣国と未来志向の関係が築けるのか。新年の外交課題はそこにある。

 北東アジアは、世界の2、3位の経済大国と、有望な新興先進国が共生する世界有数のダイナミックな地域だ。争いによる相互ダメージから、協調による利益拡大の好循環へ構造転換する責務が、各国政府にある。

 ■相手への配慮から

 日中韓の間でいま、おもしろい取り組みが始まっている。

 京都の立命館大、中国・広州の広東外語外貿大、韓国・釜山の東西大。その3校の学生28人が2年間、各国で講義を受ける「キャンパスアジア」だ。

 言葉や文化、歴史をともに学び、「東アジア人」に育ってほしい――。そんな思いから3国サミットで合意された。

 すべての学生が共同生活を送る。広州、京都と移動し、昨年末に1年目のプログラムを釜山で終えた学生たちに会った。

 ほとんどの学生が、この1年のうちに歴史や領土問題を議論したことがある、と語った。ただ、次第にそれらが話題になることはなくなったという。

 理由を尋ねると、日中韓の学生の答えはほぼ一致した。「議論しても答えが出ない問題で相手を傷つけたくない、という気持ちがだんだん強くなった」

 立命館大の庵ざこ(あんざこ)由香・准教授はコミュニケーション能力の発達ぶりに驚いたという。「集団で生活し、対話する中で、なぜ自分はそう思うのだろうと内面を見つめることが相手への配慮につながるようだ」

 京都で韓国人学生は自国では絶対に使わない「日本海」の呼称で研究発表した。中国人学生は「政治の対立を文化交流に波及させるな」と主張した。

 1年目の最終日、東西大の張済国(チャンジェグク)総長は「最前線にいる君たちだからこそ、ぜひ自国の政府に交流のありのままの姿を伝えてほしい」と呼びかけた。

 ■各国首脳が熟考を

 人間同士では当たり前にできるはずの相手への配慮が、いまの政治には欠けている。

 安倍首相の靖国参拝を受け、中国と韓国からは、さじを投げる声すら出始めている。

 中国の外務省は「中国の指導者が彼と面会することはあり得ない」と表明した。韓国政府内でも「安倍政権と日本を切り離して対処する必要がある」という声が強まっている。

 もはや安倍政権が続く限り、交渉相手としては向き合えないという宣言とも受けとれる。

 日中で軍拡競争の様相も見せている尖閣諸島問題をどう制御するのか。来年、国交正常化から50年という節目を迎える韓国との関係はどう描くのか。

 安倍政権は「地球儀を俯ふ瞰かんする外交」と言いながら、足元の近隣外交を放置している。そのこじれを修復しないまま、戦後の日本の平和主義を一方的に変え、集団的自衛権の行使容認に突き進もうというのだろうか。

 内向きな政治におぼれていては、自国の安全も地域の安定も危うくする。それはどの国の首脳も肝に銘じるべき問題だ。

 ■共通課題を突破口に

 当面、首脳会談への壁は厚いだろう。だとしても、互いの関心が重なる部分から対話を積み重ねていくべきではないか。

 原子力の安全や大気汚染、再生エネルギー開発、鳥インフルエンザ対策など、3国に共通する課題はいくらでもある。

 本格的な3国対話がなかった昨年でさえ、環境や文化の分野では閣僚級の会合が実現した。少しでも協力できる分野を見いだし、国民の実益を生むことで互いの信頼を高めたい。

 北東アジアには、北朝鮮も含まれる。張成沢(チャンソンテク)氏の粛清で新体制の恐怖政治ぶりが鮮明になった。その暴走を防ぐことは周辺国全体の安全策であり、もっと力を合わせるべき課題だ。

 靖国参拝の代償は高くつくだろう。それでも日本は、近隣国との対話が芽生えるよう努めることで挽回(ばんかい)を図るしかない。


5日の朝日新聞

1面
検察、裁判証言を指示か 宮城3人殺傷、密室で「予行練習」

 宮城県石巻市で2010年、3人を殺傷したとして死刑判決を受けた元少年(22)の裁判員裁判で、検事が証言内容を指示した疑いが浮かんだ。事前に証人となる共犯者に、「(元少年の)犯行は計画的」と法廷で話すよう迫ったという。ほかの事件でも検察が証言内容を事前に証人とすり合わせたとみられる事例が相次いでおり、弁護側や裁判所からこの手法を問題視する指摘が出ている。▼2面=筋書き畳みかけ

 証言内容をあらかじめ確認することを法曹関係者は「証人テスト」と呼ぶ。録音・録画の対象ではないため、密室で証言が誘導される恐れがあると指摘されてきた。

 宮城の事件の最大の争点は、2人の殺害に計画性があったかどうか。問題となったのは、元少年の共犯とされ、服役中の男性(21)の証言。男性は仙台高裁で昨年4月、「(計画的ではなかったと証言しようとしたが、証人テストで)だめだと検事に言われた」と述べ、一審・仙台地裁で偽証したことを認めた。「証人テストの際、『調書通りに答えればいいんですか』と言うと、『そのほうがいいね』と言われた」と告白した。

 男性は取り調べ段階では元少年が前日から殺害を計画していたと供述。この通り証言すれば、元少年を死刑とする決め手となり得た。男性は証人テスト時に検事から言われた指示に従い、供述調書の通りに法廷で証言。10年11月の一審判決は元少年を死刑とした。

 男性は、検事から「結果は重大で遺族も極刑を望んでいる」と説得されて事実と異なる供述をしたといい、この経緯を知った元少年側の弁護団の依頼で、男性は二審の仙台高裁で証人テストでの出来事を証言した。これに対し検察側は「一審は総合的に判断して計画性を認めた」と反論。二審判決は今月31日に言い渡される。

     ◇

 ゆがんだ証人テストは冤罪(えんざい)を生みかねない。愛知県で08年11月に起きたコンビニ店の売上金窃盗事件。被告の店員の有罪を立証するため、1年後の公判に出廷した店長は、事件発覚の経緯について、捜査段階とは異なる証言をした。その理由を「証人テストで思い出した」と説明。この変遷を名古屋地裁は不自然と判断して「誘導の疑いを否定できない」と無罪に。検察側は控訴を断念した。

 証人テストの場で、検察官が捜査側の見立てを証人に押しつける実態は明らかにされてこなかった。朝日新聞は、相続税法違反事件をめぐって大津地検検事(当時)と証人との間で交わされた生々しいやりとりの録音記録を入手した。(岡本玄、西村圭史)

 <最高検の長谷川充弘・公判部長の話> 公判で真相を明らかにしていくためには、証人が法廷で記憶のまま証言することが重要だ。供述調書に過度に依存することなく、適切な証人テストの実施に努めたい。

 ◆キーワード

 <証人テスト> 刑事訴訟規則に基づき証人尋問前の証人に事件の事実関係を確かめる手続き。取り調べ段階の供述調書を証拠採用することに弁護側が同意しなかった場合、検察側の証人を公判担当の検事が検察庁に呼んで実施する場合が多い。記憶が薄れたり緊張したりして公判進行が滞ることを防ぐことが本来の目的。取り調べと違って可視化の対象外。裁判員裁判の導入で、裁判所からの実施要請は強まっている。


2面
意図せぬ証言、迫る密室 検事、筋書き畳みかけた2分間

 証言の誘導や司法取引まがいの交渉、そして証人への圧力――。朝日新聞が入手した約3時間の録音データには、刑事裁判をゆがめかねない大津地検検事(当時)の証人テストでの発言が記録されていた。同じような問題点はほかの裁判でも指摘されており、適正な証人テストを求める声が高まっている。▼1面参照

 アユ養殖業の男性(46)は2007年6月、父親が遺(のこ)した約35億円のうち約2億円しか申告せず、相続税約15億円を脱税したとして母親や姉とともに逮捕された。無実を訴えた母と姉は起訴され、容疑を認めた男性は起訴猶予に。争いのポイントは、養殖業の事業主が父母のどちらなのかだった。母が事業主だと、そもそも「遺産」にはあたらない。

 10日後に証人尋問を控えた男性は、琵琶湖に近い大津地検3階の一室で男性検事(41)と向き合った。その際、ICレコーダーでやりとりを録音した。

 検事「お父さんが亡くなる直前、次の(アユ養殖業の)代表者を決めたのは誰ですか」

 男性「母です」

 検事「うん? 母ですか」

 検事は畳みかける。

 検事「もともとお父さんは、お姉さんを次期社長として育てようとしてた」「ところがその後お前(男性)が代表者であれと決めたんですよね」

 男性「まぁそう言ってましたね。お父さんは」

 検事「だから決めたのはお父さんなんでしょ」

 わずか2分強の証人テストのやり取りで、事業主として後継者を指名したのは、母ではなく父に。地検の描いたストーリー通りの証言を男性は求められた。

 男性は証言当日にもテストに呼ばれた。

 検事「お父さんが事業主ということになると、お母さんの役割は?」

 男性「役割ですか……。まぁ、お父さんの片腕」

 検事「ふーん、片腕……」「まぁ、端的に言うと、もう従業員だと」「そういうことにしてよろしいでしょうか」

 母の役割は「従業員」にまで格下げされた。このまま証言すれば、家族の有罪が裏付けられることになる。検事は、男性に言い聞かせていた。

 「お姉さんには『クモの糸』(起訴猶予)をつかむチャンスもあったわけよ」「ただそれをつかまへんかったんよ」

 逮捕直後に男性が取り調べの様子を記録した被疑者ノートには、こんな検事の言葉が記されていた。「この前までは君が引き返せる黄金の橋があったが、今ではただのつり橋程度しか残っていない。どうするのかは君の決断だけだぞ」

 男性は結局、証人テスト通りではなく「事業主は母」と証言し、無理やり父とする調書が作られたと訴えた。しかし判決は調書と異なる証言について、「信用できない」と退け、事業主は父と調書通り認定して母と姉を有罪とした。判決は確定し、男性は今も悔いる。「起訴猶予をちらつかされ、当初は容疑を認めた。でも家族を有罪にするため利用されただけだった」

 この検事が現在所属する京都地検は取材に、「対応できない」と回答した。

 ■共犯者裁判めぐり「取引」 調書通り証言なら求刑減、示唆

 証人テストに潜む危険性は「誘導」だけではない。「司法取引」まがいのやり取りがあったと裁判所が認定したケースもある。

 06年に起きた大阪府東大阪市の東大阪大生らへの集団暴行・殺人事件。小林竜司死刑囚(29)は大阪拘置所で、共犯者とされた知人男性(29)の弁護士に「新事実」を明かした。

 まだ自分の判決を受けていなかった小林死刑囚は、07年にあった知人男性の公判に出廷して証言することになった。その際検事から「協力すれば(自分の)求刑を無期懲役に下げる」「調書をよく確認して証言するように」と言われていた、という告白だった。

 小林死刑囚は調書を熟読して覚え、実際の証人尋問の際には法廷に調書を隠して持ちこんだ。検事からは「持っている書類が調書だということはしゃべるな。うまくやれ、と言われた」という。

 だが結局、小林死刑囚には同年5月に求刑通り死刑が言い渡された。検事とのやりとりを弁護士に伝えたのは、その判決直後だった。

 「求刑を盾に利益誘導され、検察官の筋書き通りの調書を丸暗記して証言していた」。弁護士は、違法な証人テストを受けた小林死刑囚の証言は信用できないとして、無罪を主張したが、大阪地裁は同年10月、男性を有罪とした。

 ただ判決は、検事が「(小林死刑囚に)判決が無期でもいいと思っている」と発言したと認定。「協力すれば有利になると示唆するようなもので望ましくない」と批判した。男性は二審の懲役18年が確定した。

 ■冤罪生む恐れ、記録残せ

 《解説》大阪地検特捜部による証拠改ざん事件が2010年に発覚したのを機に、捜査・公判をめぐる「検察改革」が進められているが、「証人テスト」は法制審議会で議論の対象にすらならずに見落とされてきた。刑事手続きの透明化を徹底するうえで、このような「ブラックボックス」を放置すべきではない。

 09年5月に裁判員裁判が導入され、「調書主義」から「口頭主義」への転換が図られた。法廷で語られることに基づいて審理する、との考え方だ。証言が重要視されるのに伴って、証人テストに力が注がれるようになる。だが、そこで捜査機関が見立てに沿った誘導や強要を行えば、冤罪(えんざい)を生んでしまうことは歴史が証明している。

 否認する容疑者の取り調べ中、「ぶっ殺すぞ」などの暴言が発覚して05年に検事を辞めた市川寛弁護士(48)は現役時代、同僚が証人に調書通りの「Q&A集」を渡すのを見たことがあるという。「『調書さえとれれば』という考えがあるから私のようなゆがんだ者が出る」と指摘する。

 刑事司法の信頼回復のためにも、証人テストのあり方を問い直す必要がある。検察官と証人とのやりとりについて、検証可能な形で記録が残されるよう、制度を改善すべきだ。(阿部峻介)

 ■供述調書の押しつけは論外 笠間治雄・前検事総長

 検察にとって証人テストとは、証人が法廷でどの程度話すのか、供述を変えることがあるのかを見極めるためのもので、いわばリトマス試験紙。出方がわかれば効果的な尋問ができる。だから虚心坦懐(きょしんたんかい)に全てを聞くべきであって、供述調書を押しつけるのは論外だ。

 証人がテストで「本当は違う」と訴えることはざらにあるが、その時は「じゃあどういうこと?」と聞けばいい。検察に不都合な証言になるとわかれば、反証できる客観証拠を探せばいいだけのこと。裁判員裁判の時代、なおのこと、そこにこだわるべきだ。

 冤罪(えんざい)の根本は捜査にこそあるという認識があり、検察改革では証人テストは議題にしなかった。ただ、おかしなテストをすれば弁護側の反対尋問で露見する。求められるべきは検事の尋問技術向上で、新たなチェックの仕組みまでは必要と思わない。(談)

     *

 かさま・はるお 東京地検特捜部長などを歴任。退官直前に大阪地検特捜部の証拠改ざん事件が発覚し、検察改革を託されて検事総長に就いた。2012年退官、現在は弁護士。66歳。

 ■証人テスト、可視化すべきだ 小坂井久・弁護士

 証人尋問が「筋書き」を披露する場と化せば、冤罪を招きかねない。取り調べと証人テストは密室で行われ、検証が難しいという共通の問題を抱える。だが取り調べの「録音・録画(可視化)」などを議論している法制審議会では、証人テストのやり方までテーマに上がったことはない。検察側は公正・公平な手続きを踏んでいることを示すためにも、今後証人テストの可視化を検討すべきだ。(談)

     *

 こさかい・ひさし 日本弁護士連合会の「取調べの可視化実現本部」副本部長。証拠改ざん事件などを受けて発足した、法制審議会の「新時代の刑事司法制度特別部会」幹事も務める。61歳。


1面
(教育2014 世界は 日本は:4)もう一つの学び 望む学校、市民がつくる

 学校教育はお上(かみ)のもの――なんて、だれが決めたのか。市民が生んだ多様な教育は、子どもたちが自分らしく育つすべとなり、ひいては社会の強みにもなる。そんな「もう一つの選択肢」は、日本でどこまで認められるか。

 「ドイツにコーラを買いに行って、デンマークで手に入れるより損しないためには、どのくらいの量を買えばいい?」

 コペンハーゲンのウレスタッド・フリスコーレ(フリースクール)の数学の授業で、アナ・ハンセン先生(41)が14人の生徒に問いかけた。

 2~3人のチームに分かれた生徒は1カ月かけ、コーラの単価や両国の税率、電車代や車の燃料費などを比較し、「一番お得」と思う方法を発表する。

 どの教科でも、教科書はほとんど使わない。自分たちで調べ、議論し、答えを出すのが基本だ。2005年に入学前の子どもを持つ親たちが開いた。年齢にかかわらず、同じようなレベルの子どもたちを集めてクラスを編成する。

 コペンハーゲンから車で1時間。親たちが「アリンデリレ・フリスコーレ」を設けたのは1年半前だ。目指すのは「子どもの創造力を高められる学校」。1時間目は全員が近くの畑まで散歩したり、サッカーをしたり。ヨアキム・グルッベ校長(39)は「体を動かせば集中力も高まる」。

 デンマークでは、子どもを通わせたい学校がない場合、親たちが「フリースクール」を自由につくれる。公立校と同程度の学力をつけることが求められ、定期的に外部監査が入るが、カリキュラムや教え方は自由だ。運営費の7割を政府が助成するため、授業料は放課後も生徒を預かる公立校とさほど変わらない。国全体の約16%の生徒が通う。

     *

 「チャータースクール」が急速に広がる米国。自治体が運営費を出すが、内容に縛りはないので、既存の公立校が手を出しにくい授業時間の延長や独自カリキュラムの作成に力を入れられる。

 シカゴ市のデビッド・スミスさん(52)の長男、マシュー君(13)は公立校で授業に集中できず、教育の研究者とゲームクリエーターらが設立したチャーター校に転校した。ゲームの手法を取り入れ、生徒が没頭しやすいカリキュラムで知られる。デビッドさんも「息子が自信を持って学べる環境に満足している」。

 日本では、こうした自由な教育は例外に過ぎない。学校の種別や基準は、学校教育法で厳密に定められているからだ。

 各国の多様な学びの場に詳しい聖心女子大の永田佳之教授は指摘する。「主流の学校教育に対し、別の選択肢としてときには警鐘、ときには光となる少数派の教育の存在は重要だ。そこから多様な価値観を認め、育てる社会が生まれる」

(3面に続く)


(3面)
(教育2014 世界は 日本は)学びやは我が家 教科自在、長所伸ばす

 公立学校もフリースクールもいらない――。個人の好みと能力に合わせて、自宅で学ぶ究極の仕組みが米国にはある。

 米ボストン郊外に住むピーター・モリンさん(55)とキャリンさん(54)の夫婦は、26~13歳の5人の子どものうち下の4人にホームスクールを経験させた。

 ピーターさんは神経科医、キャリンさんは3人目を産むまで弁護士だった。信仰するカトリックの私立校で何年か過ごした後、公立校に移り、大学へ――と青写真を描いていたが、気に入った私立校が見つからない。悩んでいた時、知人にホームスクールを勧められ、13年前に始めた。

 カリキュラムは家族が自由に組み立て、住んでいる町から許可を得る。午前7時過ぎに学習を始め、昼過ぎには一区切り。楽器の演奏も理科の実験もする。興味や能力に応じ先へ進む科目もある。博物館見学やインターネットの教材、時には家庭教師、公立校の授業の一部も受けた。

 数学が抜きんでていた次男のテッドさん(18)は16歳ですでに、スタンフォード大のオンライン講座で大学生の数学を学んだ。次女のエミリーさん(21)は小3から家で学び、途中で高校へ2年通い、また家に戻った。音楽が得意で、多くの時間を割いた。7大学に出願し、5校に合格。いま大学3年生だ。ピーターさんは言う。「子どもの個性を尊重しないシステムは時として障害にすらなる」

 米国のホームスクール人口は、公立校への不満や宗教事情などを背景に増えている。200万人余(2010年)との試算もある。義務教育人口の約4%だ。

 日本にもホームスクールを選ぶ家庭はあるが、公的には認められておらず、義務教育段階では地元校などに学籍を置く必要がある。

 長女(19)をホームスクールで育てた静岡県の母親(54)は「学校しか選択肢がない、という親の思い込みが子どもへのプレッシャーになる」と明かす。

 長女は小学2年で不登校になった。小学生では漢字や計算など基礎的なドリルを、中学生では主要科目の教材を買って独学で勉強。図書館に通って好きなだけ本を読み、絵を描いたり、植物を育てたり、わき起こる興味を大切にした。

 単位制の定時制高校を経て昨年、公立大に合格。園芸を学ぶため英国留学に意欲を燃やしているという。

 ■試験や点数評価なし

 神奈川県相模原市の旧藤野町にあるシュタイナー学園。初等部から高等部まで217人が学ぶ。シュタイナー教育はオーストリアの思想家の人間観に基づく芸術性を重視した教育。20世紀初頭に欧州で始まった。

 朝、担任と児童一人ひとりが、名前を呼び合い握手を交わす。体をたっぷり動かし、詩の朗読も。「眠っている体を目覚めさせ、集中力を高めます」と5年生担任の木村義人さん(56)。毎朝105分、3週間ほどかけて、一つの単元を集中して学ぶ。

 この日のテーマは「古代の世界」。インダス文明の古代文字や絵を、色鉛筆でノートにカラフルに写していく。ノートは手作りの教科書のようになる。試験や点数の評価はない。

 引っ越してまで同校を選ぶ人たちがほとんどだ。2人の子どもが通う伊澤みな子さん(41)もその一人。「娘が1年生でひらがなを書けなくても、他人と比べず、ゆったりと見てくれた。その子の成長に合わせるので、肯定感にあふれていて、きっと逆境に強い人になれる」と話す。

 高等部を終えると、7割ぐらいは大学に進む。演劇学科から航空宇宙工学まで進路はさまざま。将来への意識が明確な子が多いという。現代人が失ったものに気づかせてくれる児童文学「モモ」の作者ミヒャエル・エンデも、シュタイナー教育を受けた。

 ただ、シュタイナー学園は例外的な存在だ。1987年から教員と保護者が自主運営してきたが、小泉政権の構造改革特区で学習指導要領を弾力運用したカリキュラムなどが認められ、学校法人になった。

 このまま画一的な教育を続けてよいのか。そんな疑問から、子どもが多様な学びの場で学習する権利の保障を掲げ、学校教育法と並ぶ新しい法律をつくろうという動きも生まれている。

 大学の教育研究者やフリースクールの主宰者らで作る「多様な学び保障法を実現する会」。一昨年に結成し、法の骨子案をつくった。フリースクールや外国人学校、ホームスクールなど子どもが選んだ場で学べるようにする。保護者が市町村に届け出れば、学習支援金を受けられ、中学や高校への入学資格も与えられるという中身だ。

 さまざまな党派の議員に働きかけ、議員連盟で法制化を進めようとしたが、12年末の衆院選、13年の参院選で議連のメンバーが減り、実現が遠のいた。同会の共同代表、喜多明人・早稲田大教授は「何でも背負い込んできた日本の学校が疲弊し、限界を迎えている。解決するには、学校以外の学びの場を公教育に参入させていくしかない。子どもの権利を中心に置いた法整備が必要だ」と話す。

     ◇

 次回は「膨らむ塾」です。


3面
安倍首相の靖国参拝、米側に意図説明 日米防衛相が電話会談

 小野寺五典防衛相は4日夜、米国のヘーゲル国防長官と電話で協議し、安倍晋三首相が靖国神社に参拝したことについて、「二度と戦争を起こしてはならないと過去への痛切な反省に立ち、今後とも不戦を誓う意味で参拝した、というのが首相の本意だ」と説明した。

 小野寺氏は「中国や韓国の皆さんの心を傷つけるつもりはない」とも伝達。防衛省によると、これらの説明に対し、ヘーゲル長官からはコメントはなかったという。

 また両氏は、米軍普天間飛行場の代替施設に関する埋め立て工事の知事承認を受け、沖縄県の負担軽減やガイドラインの見直しを含む日米間の諸課題に、両国が引き続き緊密に連携していくことで一致した。

 両氏の電話協議は昨年12月27日に行うことで調整されたが、同月26日の安倍首相の靖国神社参拝後、米側の都合で取りやめになっていた。


4面
政府系金融トップ、「天下り」次々復活 安倍政権下なし崩し

 政府系金融機関のトップに、官僚OBが続々と返り咲いている。「天下り」批判を受けて民間企業出身者をトップにしていたが、安倍政権誕生後、商工組合中央金庫(商工中金)社長に経済産業省OB、日本政策金融公庫と国際協力銀行の総裁に財務省OBが就いた。なし崩しの「官の復権」に批判も出ている。

 「JBICは政府の政策遂行が大きな仕事。公的な部門に長い経験を持つ者が働く場所がある」

 昨年12月26日付で政府系の国際協力銀行(JBIC)総裁に副総裁から昇格した渡辺博史氏(64)は、就任会見でこう語った。渡辺氏は元財務官僚。2004年から07年まで、国際金融分野で各国要人らと渡り合う「財務官」を務めた。官僚経験が、政府系金融トップとしてむしろ望ましいという認識を示した。

 政府系金融機関はかつて、中小企業向け、農林漁業者向けなどに分けられ、各機関トップのほとんどが各省庁の事務次官経験者らの「天下り指定席」だった。

 これに大なたをふるったのが小泉政権だった。05年に国際協力銀を含む5機関の統合と、商工中金、日本政策投資銀行の民営化方針を決めた。同時に「政府系金融トップへの天下り廃止」の方針を打ち出し、トップを順次、民間出身者に交代していった。JBICにトップを送り込んできた財務省は激しく抵抗したが、08年10月には、5機関を統合した「日本政策金融公庫」が発足。初代総裁に元帝人会長の安居祥策氏が就いた。

 民主党政権に代わると、官民連携でインフラ輸出を進める民主党の政策に乗る形で、海外業務に強いJBICが12年4月に独立。財務省はJBIC入りしていた渡辺氏の総裁就任をねらったが、「天下り禁止」を公約にしていた民主党政権は認めず、トヨタ自動車社長や経団連会長を歴任した奥田碩(ひろし)氏が総裁に就いた。

 だが、「民間起用」の流れはここまで。安倍政権で天下りへの監視が緩むとみるや、今年6月には商工中金社長を、元新日本製鉄副社長の関哲夫氏から元経済産業次官の杉山秀二氏(65)に交代。10月に日本政策金融公庫総裁も安居氏から元財務次官の細川興一氏(66)に代わった。昨年末には渡辺氏がついにJBIC総裁に就任した。民間出身者のトップが残るのは、日本政策投資銀行の橋本徹社長(元富士銀行=現みずほフィナンシャルグループ=頭取)ぐらいだ。

 安倍政権は今のところ、こうした官僚OBの「復権」を問題視するそぶりを見せていない。一方、民主党の大畠章宏幹事長は昨年12月26日の会見で「旧来の自民党のあしき慣行が顕著になっている。政官業癒着で信頼を失った反省はないのか」と強く批判した。

 (細見るい、野沢哲也)


8面
(社説)大都市の危機 見かけの成長を超えて

 不摂生がたたって肥満で身動きが取れず、病気の急速な進行を止められない中高年。大阪大の北村亘教授は、大阪のいまをこう例える。

 バブル期の巨大投資失敗のツケで、府市あわせて8兆円の借金がある。歳出を極力抑え、職員の人件費も大胆にカットしたが、それでも財政危機から抜け出すめどがない。

 要因のひとつは、高齢化の急速な進行だ。

 ■次々に白から黒へ

 大阪市では2005年から35年にかけて、65歳以上が1・4倍に増える。高度成長期に大量流入した団塊の世代が一斉に高齢化するからだ。すでに全国トップの生活保護受給世帯はさらに増えるだろう。介護保険施設の大量建設も急務である。

 成長期に整備した道路や水道などのインフラも、次々と老朽化による更新時期を迎える。お金がいくらあっても足りない。

 大都市は長らく、成長の中核だった。地方から人を集め、活発な経済活動で富を生む。その果実をインフラに投資して街の魅力を高め、さらに人や企業を集める。「だから、誰も都市についてまじめに考えてこなかった」と北村教授は指摘する。

 だが成長が止まったいま、すべてがオセロゲームのように白から黒へと暗転し始めている。

 「都市が自律改革を始めない限り、国も地方もいずれ破綻(はたん)する」――。橋下徹・大阪市長が率いる大阪維新の会は、市・府の司令塔を一つにして大阪を再生する「大阪都構想」を掲げた。だが勢いは衰え、「もう都構想は終わりや」と、既成政党はしてやったりの表情だ。

 だが現実は、これで「終わり」ではすまない。

 ■街中の限界集落

 大阪の後を追うように、まもなく猛スピードで高齢化が進むのが首都圏だ。

 危険な兆候は表れている。都心では高齢者が5割を超える都営住宅が出現。自治会も高齢化し、孤独死防止も難しくなってきた。高齢世帯が多い郊外のマンションも人口減少で買い手がつかず、空き室が増えている。

 これまで高齢化といえば地方の問題だった。だが地域社会が残っている田舎と違い、個人がバラバラに孤立した都会では、高齢者を支える手間やコストは桁違いだ。このままでは財源不足から行政サービスは追いつかず、都会の限界集落があちこちでスラム化する近未来が待っている。大都市が「成長のエンジン」どころか「日本のお荷物」と化す日は絵空事ではない。

 この「今、そこにある危機」は、どれだけの人に認識されているだろう。

 「日本はもう一度、力強く成長できる」。東京五輪の開催決定の後、安倍首相はそう宣言した。関連のインフラ整備に予算がつくとみて、鉄道や道路整備の要望が相次ぐ。

 だが、日本が若く、モノがどんどん売れた時代と同じ投資によって、急速な高齢化で必要になる膨大な資金を稼ぎ出せるわけではない。短期的な、見かけの成長でなく、真の豊かさを問い直す挑戦が欠かせない。

 ■「お任せ」の先へ

 豊かさにひかれて都市に集った人は今、どうなっているだろう。高齢者は老後が不安で、お金があっても使おうとしない。たくさんの若者が非正規の職しか得られず、不安定な日々を過ごす。正社員も長時間労働に苦しむ。そんな現実に、未来を開くヒントはないのだろうか。

 慶応大の上山信一教授は、道路などビジネス・インフラへの投資から、人々の安心を生むライフ・インフラへの転換を提案する。例えば人口減で余った公有地を無料で貸し、安価な高齢者施設を充実させる。高齢者はお金を安心して使えるし、若者や主婦の雇用の場にもなる。

 ワーク・ライフ・バランスにも注目したい。長時間労働を見直す企業を支援し、公的な施設に頼らなくても介護や育児ができる社会へ転換すれば、行政の支出を抑えられるだろう。

 住民も変わらねばならない。もう財源不足の行政に「お任せ」では立ちゆかない。

 廃工場や空きアパートが目立つ大阪市の北加賀屋地区では、高齢者と若者が空き地で農作業を楽しみながらつながりを深めている。多様な人材がいる大都市では、面白いテーマを設定すれば人が集まる。支え合いながら、「自分たちの地域は自分たちでつくる」意識を共有していく。こんな取り組みを、点から面へと広げることが大切だ。

 今後、アジアの大都市が次々に超高齢化に直面する。トップランナーとして、新しい思考で問題の解決モデルをみつける。そんな夢にかけてみたい。


6日の朝日新聞

1面
(教育2014 世界は 日本は:5)膨らむ塾 つかめ、アジアの教育熱

 塾と学校の連携が日本で進んでいる。少子化の中、生き残りを探る塾と、学力向上や進学実績という結果がほしい学校の思惑が一致した。補習を受け持つなど学校の役割の一端を担い始めた塾は、海外にも活路を求めてさらに膨らむ。

 「教科書もノートも、ペンもいりません」

 昨年12月、ベトナム・ハノイから約90キロ東にある公立クウェ・タン小学校。教員十数人が見守る中、「学研」(本社・東京)社員の井手康輔さん(34)が通訳を通じて話し出すと、5年生53人が一斉に顔を前に向けた。同社が始める「科学実験教室」のデモ授業だ。

 テーマは「空気の性質」。大きな風船を膨らませたり、送風機で発泡スチロール製ボールを浮かせたりすると、子どもたちは目を輝かせて歓声を上げた。

 レーティ・ミン・トゥ校長(44)は「実験専用の教室がないし、道具も足りない。民間企業のサポートはありがたい」と話す。

 教材出版や塾などで知られる同社が科学教室を日本国内で始めたのは2002年。09年に新たな市場を求めて海外進出し、すでにインドとタイの計約650小学校に授業方法と教材を提供。ベトナムでも14年度に始める予定だ。

 急速な経済発展を遂げたベトナムでは元々、教育熱心な家庭が多いとされる。生活に余裕が出てきた中間層を中心に、子どもを塾に通わせる家庭が増えているという。

     *

 約420教室を持ち、年420億円を売り上げる業界最大手の一つ、栄光ゼミナール(東京)は昨年5月にハノイ校を開いた。小中学生約70人が通う。

 同校の売りは、きめ細かい指導。講師は日本で授業を見学するなどし、少人数で一人ひとりに目を配る指導や保護者面談も学んだ。息子が通う女性(49)は「他の塾より少し高いが、子どもへの投資だと思っている」。

 立志館ゼミナール(大阪府)が目を付けたのはインドネシアだ。昨年9月、東ジャワ州に2教室を開き、計60人が通う。国際協力機構(JICA)の調査の一環で放課後教室を試験的に開き、需要があるとみた。

 海外47カ国・地域に8400教室を置く公文教育研究会の中村洋・経営管理室長(57)は「特に東南アジアでは『メード・イン・ジャパン』の教育として信頼されている。親もお金をかけてでもいい大学へ、という考えが強い」と話す。

 数千社が8万教室を構えるとも言われる日本の塾。上場企業17社から個人経営まで大小さまざまある業界全体の売り上げは、90年代初めまでには1兆円を突破。リーマン・ショックに伴う不況で落ち込んだ08年度以降も、1兆3千億円前後を保ってきた。

 少子化が進む中、存在感を増すバネになったのは、学校との連携だった。

(2面に続く)


2面
(教育2014 世界は 日本は)頼り合う塾と学校 進路指導や補習、役割分担

 私立東京都市大等々力中学・高校(東京都世田谷区)は、塾が運営する自習教室を校舎内に抱える。

 「明日もがんばろう」。昨年11月末、校内で中学生に声をかけたのは、個別指導塾「トーマス」を運営するリソー教育の男性社員。壁には入試の過去問が並ぶ。塾の受付のようだ。

 同校は2009年度に改築して校名を変えた際、「日本一自習する学校」を目指して4教室計150席を自習室にした。さらに大学進学実績を上げようとリソーとの連携を決めた。原田豊校長(55)は「教員は部活や委員会の指導などがあり、民間と協働するのは必然だった」と話す。

 毎朝のテストはリソーの社員らが採点、分析する。放課後の補習の一部も社員らが担い、個別に自習メニューも組んで教員に提案。その結果、昨春卒業した高校1期生約340人のうち、国公立大に22人、難関私大に85人が合格した。

 生徒側は年間6万円を学校経由で支払い、希望者は別途有料で同社の個別指導を校内で受けられる。中1の柿崎創君(13)は「つまずいても教えてもらえる。分からないところがなくなって授業も楽しい」。

 東京都の足立区教育委員会は12年度、学力が高く世帯年収の低い中3生を対象に「足立はばたき塾」を始めた。土曜日や夏休み中、区施設を会場に進学塾「早稲田アカデミー」の講師が英語と数学を教える。定員は100人。区が委託料約2500万円(13年度)を負担し、無料で利用できる。

 区立中3年の女子生徒(15)は大学生の姉と小学生の妹がいて、世帯年収は約400万円。母親(49)は「なかなか塾には行かせられない。学校だけでは不安だったのでありがたい」。

 地方も例外ではない。岩手県立花巻北高校は昨年12月、米など他国の大学専門の進学塾を持つ「ベネッセコーポレーション」社員を招き、「海外進学指導研修会」を初めて開いた。

 これまで直接、海外の大学に進むケースはほとんどなかったが、近年は第1志望の生徒もいるという。鈴木晃彦(てるひこ)校長(60)は「本気の志に応える進路指導をするため、ノウハウを持つ民間企業との協働はあっていい」と話す。

 東京私塾協同組合の長原昌弘副理事長(66)は「学校が塾を見る目がずいぶん変わった」と話す。6、7年前から都立高が塾で中学生向けに説明会を開いたり、土曜講習の講師派遣を頼んできたりするようになったという。

 長原さんは三十数年前、東京都内で塾を始めた。「学校は塾講師をまともな職業と見なさず、なるべく行かないよう指導する先生も多かった」

 かつての塾は補習などを担う地域密着型が中心だった。1980年代に私立中受験が活発化し、生徒数も増えて、大規模化する塾が登場。学力向上を求められた学校や自治体側が、受験対応のノウハウを蓄積した塾を頼った形だ。

 全国私塾情報センターの山田未知之社長(36)は「教員の多忙化や保護者ニーズの多様化で今後さらに連携は進む」とみる。

 ■韓国は抑え込み模索

 日本と違い、塾を抑え込もうとしているのが韓国だ。大学進学率80%を超える超学歴社会で、塾通い競争が過熱。塾に頼らず、学校教育だけでどう完結させるかが長年の課題だ。

 文部科学省にあたる教育部によると、国は1980年に塾を全面禁止したが、塾が「地下に潜る」形となり、さらに競争が激化。公教育の拡充策として「放課後学校」を導入した。

 学校が実施し、学校教員や外部講師が塾より安値で教える補習講座などからなる。99・9%の学校が行っているという。

 ソウル市立梨泰院小学校では、放課後に子どもたちが英語や科学について学ぶ。講座は日本文化やパソコン、バドミントンなど多岐にわたり、年109コマにのぼるという。

 受講料は原則週1回2時間、日本円で月額約2500円~8千円。同校の保護者へのアンケートでは私教育費が27・3%削減されたことがわかった。中学や高校でも教科の補習や受験対策を中心に講座を開き、実質的に「塾の代わり」を果たしている。

 ただ、教育部によると、小中高生の私教育への参加率は69%(12年)と依然高い。全国教職員労働組合の河炳秀(ハビョンス)広報官は「子どもは塾も放課後学校も両方通うことになり、状況は変わっていない」と指摘する。

 朴槿恵(パククネ)政権は、公教育のさらなる充実を図り、学校の試験や大学入試で、教育課程を超える出題を禁じる法律の準備を進める。教育部公教育振興課の梁洙境(ヤンスキョン)課長は「暗記型の塾の授業は創造性や自己主導型の学びを妨げる。公教育の弊害となる私教育には、今後も厳しく対応する」と話す。

 ■教員多忙、活用は当然

 埼玉学園大の葉養正明教授(教育政策)の話 学校の役割は本来、学力面や生活面で基礎基本を徹底すること。だが、日本では体験型学習やキャリア教育などやるべきことが増え、教員は事務作業の増加などで放課後の補習もできなくなった。塾を活用する意識が出てくるのは当然だ。家庭の要求に即応する形で多様化してきた日本の塾なら、教える中身や方法は学校のニーズに合わせられるはず。自治体などの負担で授業料を最低限に抑えて連携すれば、共存できる。

     ◇

 次回の「学び合う教師」からは、教育面に掲載します。


2面
歴史的正当性、ロシア説明へ 北方領土問題、今月末予定の次官級協議

 北方領土問題を巡って1月末にも開かれる日ロ外務次官級協議で、ロシア側が第2次大戦末期にソ連が北方領土を占領した歴史的正当性を説明する方針であることがわかった。安倍晋三首相の靖国神社参拝を受けて、より厳しい姿勢をとる可能性も出てきた。

 複数の交渉関係者によると、ロシア側は歴史認識を取り上げる方針を昨年8月の次官級協議で説明した。安倍首相は昨年4月、プーチン大統領との首脳会談で平和条約交渉を「再スタート」させることで合意。8月の協議はこれを受けて開かれた。2回目は、1月末ごろに予定されている。

 ロシア外務省は12月26日に安倍首相が靖国参拝した際に、「第2次大戦の結果について世界で受け入れられているのとは異なる評価を押しつけようとする試み」が日本で強まっていると批判した。北方領土問題でも、日本が被害者だという歴史認識は通用しないという考えを示すとみられる。

 ロシア側が歴史認識を取り上げる背景には、自国の歴史の正しさを強調するプーチン氏の愛国主義路線がある。

 北方領土の現状についてロシア側は▽1945年2月に米英とソ連の首脳が集まった「ヤルタ会談」で、ソ連が対日参戦する見返りとして北方領土を含む千島列島を獲得することが決まった▽日本はサンフランシスコ講和条約で北方領土を含む千島列島を放棄した――との立場だ。日本は北方領土は千島列島に含まれないと主張している。

 プーチン氏はヤルタ会談についても「ロシアが積極的な役割を果たして達成された合意が、長い平和をもたらした」と評価する考えを示している。ただし、ロシア大統領府内には最終的には双方が譲歩をする必要があるという考えがある。ある大統領府高官は昨年末、朝日新聞の取材に「いずれは譲歩が必要になるのだから、政治決断ができる首脳同士ができるだけ多く直接会う必要がある」と述べた。

 2回にわたって北方領土を訪問したメドベージェフ首相も、側近によると、3回目の訪問は計画していない。外務省レベルで公式見解を強調する一方、交渉の雰囲気を損なうようなことは控え、首脳間の率直な話し合いに委ねる方針とみられる。(モスクワ=駒木明義)

 ◆キーワード

 <北方領土問題> 旧ソ連が第2次大戦末期に占領した択捉(えとろふ)島、国後(くなしり)島、色丹(しこたん)島、歯舞(はぼまい)群島の四島をめぐる日本とロシアの領土問題。日本側は、ソ連の対日参戦は日ソ中立条約違反で、占領に法的根拠はないと主張。ロシア側は第2次大戦の結果ソ連領になった四島をロシアが引き継いだと主張している。両国は、北方領土問題を解決して平和条約を結ぶ方針では一致している。


3面
米「近隣国と関係改善を」 日米防衛相電話協議で指摘

 安倍晋三首相の靖国神社参拝が日米外交にも波紋を広げている。小野寺五典防衛相は4日夜、米国のヘーゲル国防長官と電話協議。年末に急きょ中止になっていた協議が年明けに実現したかたちだが、米国防総省はヘーゲル長官が近隣諸国との関係改善を求めたことを明らかにした。

 防衛省によると、電話協議で小野寺氏は「今後とも不戦を誓う意味で参拝した」などと首相参拝の「本意」を説明した。一方、米国防総省は「ヘーゲル長官は、日本が近隣国との関係改善のための一歩を踏み出し、地域の平和と安定のため協力を促進する重要性を強調した」と発表した。

 電話協議の主な議題は米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設問題だったが、安倍首相の靖国神社参拝によって日米韓の安全保障面での協力が停滞することや、日中の緊張がさらに高まることを懸念する立場から、国防長官としてあえて言及したとみられる。


3面
訪米の韓国外相、靖国問題提起へ

 韓国の尹炳世(ユンビョンセ)外相は5日、7日の米韓外相会談などに臨むため、米国に向けて出発した。尹外相は出発前に記者団に「日本の様々な動きが韓日関係の発展や東北アジアの協力の大きな障害物になっている。米国もこうした問題への関心が高く、我々の立場をはっきり伝えてくる」と述べ、安倍首相の靖国神社参拝問題などを取り上げる考えを示した。

 尹外相は7日にケリー国務長官と会談し、張成沢(チャンソンテク)氏処刑後の北朝鮮情勢なども協議するほか、オルブライト元国務長官、アーミテージ元国務副長官らとも会談する予定。(ソウル)


3面
集団的自衛権「現解釈は妥当」 公明代表、首相を牽制

 公明党の山口那津男代表は5日、集団的自衛権を行使できないとする現行の憲法解釈について、「それなりの妥当性と内外の信頼性があると思っている」と述べ、解釈を変更して行使容認をめざす安倍晋三首相を牽制(けんせい)した。

 山口氏は「なぜ変える必要があるのか、どのように変えるのか。同盟国や近隣諸国、日本の国民にどのような影響があるのか。深く、広く、慎重に検討していく必要がある」と指摘した。

 12日までのインド訪問への出発前、成田空港で記者団に語った。


8面
(社説)原発政策 政治の無責任は許されぬ

 福島第一原発の事故に苦しむ日本が、脱原発に向かうのか、それとも元の道に戻るのか。

 今年はその分岐点になる。

 原発の再稼働に対し、新しい規制基準にもとづく原子力規制委員会の最初の判断が、春ごろ示される見通しだからだ。

 これまでに規制委に審査を申請したのは、7電力会社の9原発16基。東海地震の想定震源域にある中部電力の浜岡原発(静岡県)についても、近く申請される予定だ。

 ■目に余るご都合主義

 歩調を合わせるように、自民党内では「早期再稼働」の声が大きくなっている。

 昨年12月25日には、原子力規制に関する党内チームの座長を務める塩崎恭久衆院議員が規制委に出向き、田中俊一委員長に、もっと国会議員や立地自治体の首長、電力会社らの意見を聴くよう迫った。

 規制委の設置にあたり、民主党政権が出した法案に「独立性が足りない」と詰め寄り、今の形に修正したのは、塩崎氏をはじめとする自民党だ。

 ところが、規制委が活断層の調査や規制基準の策定に厳格な姿勢を見せるや、原発推進派の不満が噴出する。自民党が政権に返り咲くと、影響力を行使しようとする流れが加速した。

 ご都合主義が目に余る。

 自民党の長期政権下で原発の安全神話を増長させ、必要な対策を怠ってきたことへの反省はどこへいったのか。

 ただでさえ、急ごしらえの規制委は人材が不足し、財政面での制約もある。むしろ、そうした態勢面の充実をはかることが政権党のつとめだろう。

 安倍政権は、表面的には「原発比率を下げる」と言いつつ、原発を「重要なベース電源」と位置づけ、規制委の基準に適合した原発は動かす方針だ。

 しかし、規制委が判断するのは科学的な根拠にもとづく最低限の安全確認にすぎない。事故リスクがゼロにならない以上、口先だけではなく、「原発比率を下げる」手立てを総合的に講じるのが政治の役割だ。

 そうした見取り図も示さず、再稼働の判断はすべて規制委に丸投げし、そこへの圧力めいた動きは放置する。なし崩し的な原発回帰と言うほかない。

 ■採算なき再処理事業

 再稼働への政権の姿勢が原発政策を無責任に「元に戻す」典型だとすれば、「元のままでやり過ごす」無責任の象徴が、使用済み核燃料を再処理して使うサイクル事業の維持である。

 巨額のコストがかかり、資源の有効活用という意義がなくなった核燃サイクル事業は、「撤退」が世界の流れだ。

 政府は、非核保有国として唯一、再処理を認められた事情から「日米による原子力協力」を掲げる。

 だが米国には、日本が海外での再処理によって核兵器数千発分のプルトニウムをため込んでいることが、他国のプルトニウム保有の口実になりかねないことへの強い懸念がある。

 再処理や核拡散問題に詳しい海外の研究者ら5人も、青森県六ケ所村にある再処理工場の稼働中止を求め、それがすぐに決められない場合は長期間棚上げすべきだ、などとする共同提案をこのほど朝日新聞に寄せた。

 「再処理しないと使用済み燃料があふれる」との政府の説明も説得力に欠ける。

 将来、地中に埋めることを前提に、当面は「乾式キャスク」という容器に入れて地上で保管する方法が海外ではすでに確立している。日本学術会議もこの方式を提言している。

 ■政策転換への機会に

 福島第一原発の事故収束や老朽化した原発の廃炉、代替電源の開発、送電網の再構築など、電力産業が今ほど資金を必要としているときはない。

 一方で、巨額の設備投資を電気料金で確実に回収できる総括原価方式は、廃止が決まっている。巨大な「金食い虫」になることが確実なサイクル事業を続ける余裕はないはずだ。

 政府内では過去にも政策転換が模索されてきた。それが実現しなかった背景には、使用済み燃料を再処理への「資源」として受け入れてきた青森県に「廃棄物の処分場にはしない」と約束してきた経緯がある。

 再処理をやめれば、各原発が青森県から使用済み燃料の引き取りを求められ、原発の稼働に支障が出るという恐怖心だ。

 だが、これだけ大きな原発事故を起こしたのである。切るに切れなかった不良債権を処理する機会にすべきだ。

 もちろん青森県にはていねいに説明する必要がある。乾式貯蔵についても電力消費地を含めた協議が必要だ。必要な費用を誰がどう負担するかなど課題は山積している。それでも、意味のないサイクル事業を続けるより、はるかに建設的だ。

 原発事故の後始末で、国は一歩前へと出る決断をした。原発政策全体についても、責任放棄は許されない。


27面
光当たる人工光合成 低炭素社会実現へ激しい研究競争

 太陽光と水、空気から効率良くエネルギーを作る――。植物の光合成のメカニズムを生かして、低炭素社会を実現させる研究が、大学や企業で熱を帯びている。日本は、「お家芸」であるモノ作りの技術を生かし、世界をリードする存在だ。強みを生かそうと、国も後押ししている。

 学校の理科の授業でも習う植物の光合成は、われわれが最もなじみのある自然現象の一つだ。葉で太陽光を集め、水と空気中の二酸化炭素をとりこみ、酸素と炭水化物に変える。

 光合成の反応の中に、水を酸素と水素に分解するプロセスがあり、これは5段階で進行する。原子レベルの詳しいしくみは未解明だったが、最近、最初の段階を進める酵素の構造を、日本の研究グループが突き止めた。この酵素は、光合成の主役である葉緑体に含まれるものだ。

 岡山大の沈建仁(しんけんじん)教授は、和歌山県の温泉で高温で繁殖するラン藻を採取し、その細胞から酵素を抽出して結晶化した。これを大阪市立大の神谷信夫教授が、兵庫県にある大型放射光施設「スプリング8」で解析。たんぱく質の中のマンガンやカルシウムが含まれる「マンガンクラスター」という構造で、形状から「ゆがんだ椅子」と名付けた。

 2011年に英科学誌ネイチャーに発表したところ、光合成を人工的に再現する一歩と期待され、同年、米サイエンス誌が選ぶ「10大ブレークスルー(躍進)」の一つに選ばれた。沈さんは「構造の一端がわかったことで、どんな反応が起きているか推定できるようになる。水が分解される過程をはっきり見つけたい」と話す。

 酵素などの構造解析は欧米も力を入れており、世界で激しい競争が続いている。大阪市立大は昨春、人工光合成研究センターを設立した。植物やラン藻の特徴を応用し、太陽光を効率的に取り込むアンテナの開発や、触媒で効率的に水を分解させるシステムの実証試験に向けて、産学連携を進めている。

 光合成はエネルギーを作る効率が非常に高く、汚染物質も出ないクリーンな反応だ。センター長に就任した神谷さんは「天然の構造を利用した研究は先が長いかもしれないが、総合力で実用化につなげたい」と話す。

 ■触媒開発、日本がリード

 人工光合成が目指すのは、光を使って効率良くエネルギーを作るシステムを作ること。鍵を握るのは、反応を進める触媒の開発だ。ここでも日本の技術が世界をリードしている。

 光を利用して反応を起こす研究では、「本多―藤嶋効果」が有名だ。水に浸した酸化チタンに光を当てると、水が水素と酸素に分解する反応で、故本多健一・東京大名誉教授と東京理科大の藤嶋昭学長が1967年に発見した。

 できた水素はクリーンな燃料として活用できる。だが、この反応は、太陽光に含まれる紫外線でしか起きないのが難点。紫外線は太陽光のエネルギーの数%程度に過ぎない。

 東京大の堂免一成教授は、この研究成果を一歩先に進め、太陽光のエネルギーの半分を占める可視光を利用し、高い効率で水を酸素と水素に分解する触媒の開発を進めている。酸窒化物や酸硫化物などが優れた触媒の候補となることを突き止めた。

 堂免さんは「5~10年のうちに実用レベルに達するだろう。21世紀中に、二酸化炭素の排出を心配しなくていいエネルギー供給ができればいい」と話す。

 ■実用化への突破口探る

 豊田中央研究所(愛知県長久手市)は11年、太陽光を利用して二酸化炭素と水から有機物の燃料(ギ酸)を合成することに成功した。半導体と金属錯体を組み合わせた新たな触媒を活用した。太陽光のエネルギーを有機物に換えるエネルギーの変換効率は0.14%で、植物の約7割に達する。

 パナソニックも、太陽光を使ってギ酸を作る技術開発を進め、12年に世界最高水準の0.2%を達成した。ギ酸を、燃料としてより利用しやすいアルコールに変換する技術を、15年度中に確立するべく研究を進めている。

 人工光合成にはほかにも、さまざまな手法がある。科学技術振興機構の研究プロジェクトの研究総括を務める首都大学東京の井上晴夫・人工光合成研究センター長は、分野をまたいだ研究の発表会を数多く開いている。「どれが実用化に一番近いかはまだわからないが、20年ごろまでにいろいろなブレークスルーが出る可能性がある」と期待する。

 (今直也)


28面
(文化の扉)はじめての伊勢物語 色好みの昔男、定まらぬセレブ像

 「平安朝のプレーボーイ物語」。こんな知識じゃ受験は危うい。恋と歌と人生を学ぼうと、古今の文人墨客はみんな読んでいた。昔、そんな歌物語ありけり。

 有名な書き出しから、主人公は通称「昔男」と呼ばれる。とにかく身分を問わずいろんな女性に歌を贈っては口説いている色好みだ。ところが、後半は不遇な親王や同僚の貴族をいたわり、晩年は老いや現実を受け入れる。全体を眺めると光も影もある一代記だ。

 何人もの作者が手を加え、10世紀中にはある程度成立したとみられる。現在の125段にまとめたのは鎌倉時代の名編集者、藤原定家だ。その後は和歌の手本として貴族階級は必読、江戸時代には絵本で庶民にも普及。紫式部の「源氏物語」はもちろん、能楽、歌舞伎、人形浄瑠璃、浮世草子、屏風絵(びょうぶえ)や蒔絵(まきえ)など、各分野に採り入れられた「国民的物語」だった。

 立正大学非常勤講師の中野方子さんは、ハッピーエンドが少ないことから「大事なものを失うと生まれる『あのときは良かったな』という感情が、共感を呼んでいた」とみる。

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 出張先で接待してくれた役人の伴侶が自分の元妻だと知った昔男は、歌を詠む。〈五月待つ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする〉。これ、元妻をまだいとしく思ってるとも、嫌みとも読める。

 和歌と、その背景を説明する詞書で成り立つ本文は、主語や目的語に乏しく意味が定まらない。室町以降は様々な解釈が生まれた。昔男のモデルとされる在原業平の代表作〈月やあらぬ春や昔の春ならぬわが身ひとつはもとの身にして〉でさえ、「や」が疑問か反語か、研究者はいまも分かれる。読む人によって意味が違ってくるから名作だ、とも言えそうだが。

 一方で、全体を貫くテーマはあるようだ。明星大学の村上湛教授は「いち早く行動に移す雅(みやび)」を挙げる。例えば第一段で、昔男は美しい姉妹に歌を贈ろうと、晴れ着の裾を思い切りよく破る。感情に身を任せる美意識には、連れて逃げた女が鬼に食われる「芥川」のように、背後に死が潜む。

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 セレブでイケメンなのに女にうつつを抜かして出世できなかった、という業平像は、虚実が入り交じる。

 確かに平城天皇を祖父に持つ。容姿は美男の代名詞となり、和歌に掛詞や縁語を巧みに織り込む。さらに右馬頭、蔵人頭など武官を歴任する体育会系とくれば、「男の敵」と思われても仕方ないか。

 恋の歌ばかり詠んではいたが、有名な藤原高子との不倫や伊勢斎宮との密通、教科書でおなじみの「東下り」は創作との見方が有力だ。晩年は従四位上に昇進しており、悪い身分ではない。

 とまれ、業平にちなんだ施設や地名は各地にある。その一つ、東京・隅田川近くにある「業平橋」をいただいた私鉄の駅名が一昨年、高層建築物の開業に伴い改称された。といって、本人は気に留めていまい。人心の移ろいやすさを、千年以上前から知っている彼だから。(井上秀樹)

 ■読む

 島内景二『伊勢物語の水脈と波紋』(翰林〈かんりん〉書房)は、現代音楽や現役作家の時代小説にも面影を見つけだす。中野方子『在原業平』(笠間書院)は初心者目線で和歌に触れ、専門語も丁寧に解説する。現代語訳は角川ソフィア文庫(石田穣二)や講談社学術文庫(阿部俊子)など。著者によって全く解釈が違うので併読を楽しむのも一手だ。

 ■訪ねる

 「東下り」で昔男が「かきつばた」の歌を詠んだのは、現在の愛知県知立市。無量寿寺には「八橋かきつばた園」があり、4~5月には祭りが開かれる。神奈川県小田原市の伊勢物語文華館は、毎年春と秋の企画展のみ開館する。

 ■人生突き放すダンディズム 漫画家・黒鉄ヒロシさん

 中学か高校では、先生が妙に避けたんだよね。ストーリーにあまり中身が無いんだ。でも、お茶の道具に「筒井筒」がよく出てくる。戦国武将の前田慶次郎が戦場で添削やってたって逸話もある。「源氏物語」をはじめ、日本人の文化にものすごい影響を与えてるんですよね。

 最近、小学館のマンガ古典シリーズで全段を描くチャンスをいただいて。やってみたら、全部の歌が良い訳でもないんですよ。ストーリーを進めるために無理やり作った歌もあるわけで。その舞台裏をのぞけました。

 おおらかで屈託がない。うまく描こうという下品さがないよね。在原業平の辞世の歌とされている〈つひに行く道とはかねて聞きしかど昨日今日とは思はざりしを〉は、ダンディズムですよ。死を突き放してるでしょ。含羞(がんしゅう)っていうか「なんちゃって」が入って、しかつめらしくない。

 人とは何か、どう生きて死ぬかが、軽みで書かれてる。肉欲より、逢瀬(おうせ)の前段の未練に重点を置いている。究極の自己犠牲やおもてなしもある。興味のあるものが見つからないお年寄りが、読むといいんじゃないでしょうか。

 ◆次週は「四国八十八カ所」の予定です。

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 毎週月曜に掲載します。