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折々の記 2014 ①
【心に浮かぶよしなしごと】

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  01 20 NHKスペシャル「アルツハイマー病をくい止めろ!」  
  01 20 論説主幹・大野博人の主張   
     ※ 国追われ、海を渡った味の切なさ(01/19)
     ア 難民認定、法相が覆す 民間意見を異例の否定(12/17)
     イ これは民主主義への軽蔑だ 秘密保護法案 論説主幹・大野博人(12/05)
     ウ (日曜に想う)見るべきことを見るために 論説主幹・大野博人(12/01)
     エ 社会に不安、廃案にせよ 特定秘密保護法案 論説主幹・大野博人(11/08)
     オ (日曜に想う)名作に常識は似合わない 論説主幹・大野博人(09/08)
     カ (日曜に想う)拷問、あるいは忘れられる歴史 論説主幹・大野博人(08/11)



 01 20 (月) NHKスペシャル「アルツハイマー病をくい止めろ!」  

2014年1月19日(日) 午後9:00~午後9:50(50分)
NHKスペシャル「アルツハイマー病をくい止めろ!」

番組内容

認知症800万人時代と言われる今、アルツハイマー病の「予防」が注目されている。最先端の研究現場を訪ね、運動・睡眠などの生活習慣の改善や、新しい薬の可能性に迫る。

詳細

認知症に占める割合がおよそ7割と最も高く、発症者が急増しているアルツハイマー病。その「予防」が、注目されている。最新の研究で、アルツハイマー病が発症の25年前から始まり、進行していくメカニズムが浮かび上がってきたからだ。新薬の開発や、運動・睡眠などの生活習慣の改善の効果を探る研究が加速している。「宿命の病」から「予防できる病」へ。世界各地でアルツハイマー病に立ち向かう最先端の現場に迫る。




(2013年11月4日 読売新聞)
アルツハイマー研究、根治薬・仕組み解明へ期待
   http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=87468

 厚生労働省の研究班(代表・森啓ひろし大阪市大教授)は、今月から、アルツハイマー型認知症の予防や根本治療薬の開発につながる調査研究に乗り出す。

 アルツハイマー型認知症をほぼ確実に発症する家族性アルツハイマー病の患者や家族の実態調査を実施。この病気の遺伝子を持つ人を対象にした国際研究「DIANダイアン」に参加することで、アルツハイマー型認知症全体の発症メカニズムの解明や創薬が期待される。

 全国の認知症高齢者は、推計で約462万人。主な認知症には数種類あるが、記憶障害が主症状のアルツハイマー型が最も多く、全体の約7割を占める。

 海外の研究によれば、家族性アルツハイマー病の遺伝子を持つ人のほぼ全員が発症し、発症の時期も40歳代、50歳代などが多い。世界では、遺伝子を持つ家系は約520見つかっているが、日本での実態は不明だ。



(2013年2月22日 読売新聞)
DHAがアルツハイマー抑制…京大iPS研究所

 認知症の中で最も多いアルツハイマー病患者から作製したiPS細胞(人工多能性幹細胞)を使って、青魚などに多く含まれる「ドコサヘキサエン酸(DHA)」が同病の発症予防に役立つ可能性があることを確認したと、京都大iPS細胞研究所の井上治久准教授らのチームが発表した。

 イワシなどの青魚を食事でとることとの関係はこの研究では不明だが、新薬の開発などにつながる成果。22日付の米科学誌セル・ステムセルに掲載される。

 アルツハイマー病患者の脳内では、Aβ(アミロイドベータ)と呼ばれるたんぱく質の「ゴミ」が過剰に蓄積することで、「細胞内ストレス」という有害な現象が起きて神経細胞が死滅し、記憶障害などを引き起こすことが知られている。

 研究チームは、50代~70代の男女の患者計4人の皮膚からiPS細胞を作製。それを神経細胞に変化させ、Aβが細胞内外に過剰に蓄積した病態を再現した。

 このうち、細胞内にAβが蓄積した2人の細胞に低濃度のDHAを投与した場合と、投与しなかった場合とで、2週間後に死滅した細胞の割合をそれぞれ比較。その結果、DHA投与の場合、細胞死の割合は15%で、投与しなかった場合は2倍以上の32%だった。



(2014年1月17日 読売新聞)
認知症対策 生活習慣の改善も予防になる

 認知症の高齢者が、従来の予測を大幅に上回るペースで増えている。予防や診療の体制整備を急がねばならない。

 厚生労働省研究班の推計によると、認知症の高齢者は462万人に達する。過去20年間で6倍に増えたという九州大の研究結果もある。

 急速な高齢化に加え、糖尿病の増加が認知症の患者数を押し上げている事実は見逃せない。

 国内外の調査で、糖尿病を患う人は、アルツハイマー型認知症の発症リスクが2倍前後に高まることが分かってきた。

 アルツハイマー型認知症は、脳内に異常なたんぱく質がたまって発症する。糖尿病になり、血糖値を下げるインスリンが多量に分泌されると、このたんぱく質が分解されにくくなって蓄積し、認知症が起きやすくなるという。

 糖尿病は、食べ過ぎや運動不足による肥満が主な原因だ。運動や和食を中心とした食事で生活習慣に気を配っている人は、糖尿病ばかりでなく、認知症の発症リスクが低いとのデータがある。

 厚労省は、こうした情報を周知すべきだ。若い頃から生活習慣に注意して予防につなげたい。

 認知症の前段階とされる「軽度認知障害」も400万人に上る。記憶力や判断力の低下といった症状が表れる。早く対処すれば、認知症への進行を抑えられる可能性があるという。予防法の早期確立が期待される。

 認知症になった場合でも、早期発見は重要である。頭部を強打したことで血腫が脳内にできた場合など、治療により回復可能なケースがあるからだ。

 だが、診断がつかないまま、症状が悪化する患者は少なくない。専門医による「物忘れ外来」を普及させるなど、正確に診断できる態勢作りが必要だ。

 早期に診断がつけば、医師の指導のもと、家族や周囲の理解と協力で、より長く家庭生活や仕事を続けることも可能だろう。

 認知症対策は、高齢化が進む先進国共通の課題となっている。

 日米など主要8か国は先月、ロンドンで初の「G8認知症サミット」を開いた。2025年までの治療法確立を目指し、研究費の大幅な増額や研究データの共有を図ることで合意した。

 未解明な部分が多い認知症の研究に、国際協力は欠かせない。世界で最も速く高齢化する日本が主導すべきだ。政府が先頭に立ち、研究陣の総力を結集して臨んでもらいたい。



 01 20 (月) 論説主幹・大野博人の主張  

(日曜に想う)2014年1月19日05時00分
国追われ、海を渡った味の切なさ 論説主幹・大野博人

 その料理本はこんな言葉で始まる。

 「故郷エチオピアにいる母から、時々、母のドレスを送ってもらっています。『洗わずに送って』と必ず伝えます。それは、服に残った母の匂いから、母のこと、故郷のことを思い出すことができるから」

 45種の料理をカラー写真とともに紹介している。書名は「海を渡った故郷の味」。レシピを提供したのが日本で暮らす15人の難民だからだ。戦火に追われたり、政治的な迫害を受けたりして日本にたどり着いた人たちだ。NPO難民支援協会(JAR)が昨年、出版した。

 母国には帰りたくとも帰れない。母の「洗わないドレス」を求めるように、記憶をたよりに、日本で必要な食材をさがし、あるいは代わりの材料を工夫して調理してきた。

 エチオピア、スリランカ、クルド……。本格的エスニック料理というより、異郷でくじけそうになる心を支えてきた一人ひとりのふるさとの味だ。

     *

 JARの推計によると、昨年1年間に日本で難民としての申請をした人が3千人を超えた。1982年に難民認定制度ができて以来最多。一昨年の2545人に続いて記録を更新した。

 国連難民高等弁務官事務所が昨年出した報告によると、世界で毎日平均2万3千人が住む場所を追われている。総計は約4500万人。

 シリアや南スーダンの情勢悪化もあり、高い水準で推移している。また欧州諸国が受け入れ制限に傾いていることが日本への増加傾向につながっているのではという指摘もある。

 だが、日本の受け入れレベルは相変わらずきわめて低い。

 法務省によると、一昨年に難民として認定したのは18人。申請数に対してわずか0・7%だ。数千人から万を超える認定をしている欧米とは桁違い。認定されなければ、定職も社会保障も得にくく生活は安定しない。

 最近、アフリカの国から逃れて難民申請をした30代の男性は、自国では反政府グループに近いと見られ、仕事や住所を転々とする日々だったと語る。子どものころ、父親も政治的理由から殺害された。たまたま訪日の機会があり、国に戻らない決意をした。日本は難民認定に厳しいとは聞いた。「でも、帰国したら逮捕されますから」。ノートには学び始めたひらがながていねいに書かれている。

 JARの石井宏明常任理事は、「日本でも、難民を管理ではなく保護の対象と考えてほしいのですが」と話す。

     *

 今、日本は「積極的平和主義」を外交の柱としてアピールしている。

 昨年12月、南スーダンにPKO出動している自衛隊から韓国軍に弾薬1万発を供与したときも、政府はこの言葉を使った。

 韓国軍は宿営地に逃げ込んだ現地の人たちを守るためにも弾薬を必要としていた。人道的な緊急措置だ。積極的平和主義という方針にも基づく――。

 新年になって、安倍首相のアフリカ訪問で難民支援に1160万ドルを出すと発表した際もこの言葉を添えた。

 難民を助ける他国や国際機関に弾薬やお金を出すことを積極的平和主義と呼びながら、危険な場所からはるかな日本に助けを求めに来た人たちに直接手をさしのべるのをためらう。このどこが「積極的」なのだろうか。

 おりしも、昨年日本を訪れた外国人が1千万人を超えたことがニュースになった。喜ぶべきことには違いあるまい。しかし、そのうち最も貧しく最も苦しい3千人に冷たいままで「お・も・て・な・し」の国と胸を張れるのだろうか。

 そんなことを考えながら、「海を渡った……」からひとつ作ってみた。

 「鶏肉とジャガイモのスパイス煮込み」。ミャンマーの料理だ。いくつもの香辛料がよくきいてピリッとしていながら、まろやか。

 そして少し切ない味がした。

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  ア 難民認定、法相が覆す 民間意見を異例の否定(12/17)
  イ これは民主主義への軽蔑だ 秘密保護法案 論説主幹・大野博人(12/5)
  ウ (日曜に想う)見るべきことを見るために 論説主幹・大野博人(12/1)
  エ 社会に不安、廃案にせよ 特定秘密保護法案 論説主幹・大野博人(11/8)
  オ (日曜に想う)名作に常識は似合わない 論説主幹・大野博人(9/8)
  カ (日曜に想う)拷問、あるいは忘れられる歴史 論説主幹・大野博人(8/11)


ア 難民認定、法相が覆す 民間意見を異例の否定(12/17)

 【西山貴章】難民認定に民間人の意見を反映させる「難民審査参与員」制度で、「難民と認めるのが相当」とされたミャンマー国籍の男性(35)について、谷垣禎一法相が9月に「不認定」と逆の判断をしていたことがわかった。2005年の制度導入以来、昨年末まで、法相が参与員の意見を覆した例はなく、極めて異例だ。

 難民認定の申請は最初に法務省が審査し、判断に異議があれば、難民審査参与員に審査を申し立てられる。参与員は民間人3人1組で構成され、申請者から事情を聴き、法相に対応を進言する。意見は多数決で決め、法的拘束力はない。

 難民を支援する全国難民弁護団連絡会議によると、ミャンマー国籍の男性は07年と09年に2回認定を申請したが、いずれも法務省が棄却。09年10月に参与員に異議を申し立て、3人のうち2人が「難民該当性は認められる」と判断した。

 一方、谷垣法相は、男性が以前に出入国していた韓国で難民認定申請をしていなかったことなどから「不認定」とし、今月、本人に通知した。同会議のメンバーは「異議申立制度の中立性、公平性を著しく損なうもので容認できない」と批判している。


イ これは民主主義への軽蔑だ 秘密保護法案(12/5)

 特定秘密保護法案をこのまま成立させるとすれば、立法府自身が民主主義への深い軽蔑を告白することになるだろう。

 国家運営に情報を隠さなければならない局面はある。厳格な管理を求められるときもある。だが、それは民主的に管理されなければならない。特定秘密保護法案には、その基本が欠落している。

 どんな種類の情報が秘密になっているのか、それが妥当かどうか、知る術(すべ)がない。長い年数を待てば、明らかになるかどうかもわからない。国民を代表してチェックする者もいない。

 だから、多くの国民が知る権利の侵害を心配している。問題は「秘密」以上に「秘密についての秘密」だ。これが放置されるかぎり、秘密は増え続け、社会に不安と不信が広がる。「国家に秘密は必要」と繰り返しても、その懸念に応えることにはならない。

 にもかかわらず、政府・与党は成立に向けて突き進んでいる。

 先月、福島市であった法案の公聴会で、意見を述べた7人全員が反対を表明した。それをあざ笑うように衆院は翌日に強行採決。4日はさいたま市で公聴会を開いた。そして時をおかずに参院で採決する方針という。また、自民党の石破茂幹事長は、反対を訴える街頭運動をテロにたとえた。

 政界の外の市民の声には、聴いているふりをするか、迷惑騒音扱いするか。主権者は投票日の1票にすぎないと考える冷笑的な態度が透けて見えるようだ。

 そもそも、その1票すら格差を長年にわたり放置。司法から衆参両院とも実質的には「違憲の府」と厳しい指摘を受けた。それにもかかわらず、根本的改革にはなかなか取り組もうとしない。

 人々が自由なのは選挙のときだけで、投票したあとは政治の奴隷になってしまう――。18世紀の思想家ルソーは英国の議会政治をそう批判した。代表制民主主義がはらむそんな危うさを、今の日本で現実のものにしてしまうのか。

 民主主義を軽蔑していないという政治家は、この法案の成立を阻むべきだ。


ウ (日曜に想う)見るべきことを見るために(12/1)

 これは、日本にとって今世紀最大のプロジェクトではないだろうか。東京五輪よりもリニア新幹線よりもずっと長期にわたり、大がかりで、しかも予測できない困難に満ちた挑戦――。

 福島第一原発の廃炉事業である。

 核燃料の取り出しが始まった4号機には、巨大な構造物が覆いかぶさっている。クレーンなどを設置するいわば足場だが、そこに使われた鋼材は約4200トン。東京タワーに匹敵する量だという。

 4号機は事故当時、稼働していなかった。燃料は炉内ではなく燃料プールにあった。それでもこれほどの態勢で臨まなければならない。ましてやメルトダウンを起こし、炉内の様子が今もよくわからない3基の処理にはどれだけのエネルギーや時間が必要か。

 たとえば放射線量の高い場所でも自在に動けるロボットを開発しなければならない。そのためにはまず現場を模した実験場が必要で、原発から約20キロの福島県楢葉町に原子炉の模型を作る予定だ。14年度末までの運用開始をめざしている。何をするにも準備のそのまた準備から始めざるをえない。

 廃炉作業が終わるのは政府の見立てで30~40年後。そのころ東京五輪はすっかり昔話になっているだろう。

 費用も想像を絶する。東京五輪は競技場建設などに4千億円前後、リニア新幹線建設は9兆円あまりとされる。これに対して福島第一の廃炉や除染の費用は、数十兆円規模という推計(日本経済研究センター)もある。

 壮大だ。ただゴールにたどり着いても何かができあがるわけではない。今あるものをなくすプロジェクトだ。

     *

 この秋、福島第一の現場を見る機会があった。あらためて感じたのは、作業環境の厳しさだ。頭から足先までマスクや防護服で何重にも体をおおう。見て回るだけでも動きはかなり制限された。複雑な廃炉への仕事を、人々はそんな格好で線量計に注意しながら進めなければならない。

 しかも、いつどこでどんな事態が起きるか予測は難しい。場所により大きく変わる放射線量、どこから漏れているかわからない汚染水……。

 事故から2年8カ月経った今も非常事態に変わりはない。しっかりした計画書を基にスケジュールに沿ってこなしていく仕事とはほど遠い。

 東京電力によると、現場に出ているのは1日あたり約3千人。重要だが、記念碑的な何かを建設するわけではない仕事に携わる。消防士に似ている。多くの人が長い間にわたり誇りと意欲を持って取り組むには、何よりも社会からの敬意が欠かせない。

     *

 そのためにも、まず福島に多くの視線が注がれるべきだ。哲学者の東浩紀さんはそう考える。「『見られる』ということは、このプロジェクトに日本の未来がかかっている、世界のためでもあるという、働く人たちの誇りにもつながる」

 だが現実には、人々は事故を忘れようとしているように見える。東さんは、最近、福島県のある観光マップに衝撃を受けた。警戒区域などが灰色に塗られていて、原発の「げ」の字もなかったという。「国や東電だけでなく、福島の人たちにも忘れたいという気持ちがあるのでしょう。いつまでも放射能の話はしないでほしい、と」

 先月、自ら代表を務めるゲンロン社から「福島第一原発観光地化計画」という本を出版した。内外から旅行者が訪れる地にして再生につなげようという提言の書だ。

 「広島は被爆の悲劇から核廃絶の中心地としての世界的地位を築いた。福島も事故で大きな使命を担ったと考えることで、事故前には想像できなかった価値を手に入れられるのでは」

 途方もなく巨大な試練。そこから目をそらしてみても、試練が消えるわけではない。「観光地化計画」という軽やかな響きの言葉に込められた問いかけは重い。



エ 社会に不安、廃案にせよ 特定秘密保護法案(11/8)

 特定秘密保護法案は、廃案にするべきだ。

 政府は、安全保障の観点から必要な仕組みだと主張する。日本の安全のためであり、人々が安心できる社会のためというわけだ。

 だが、そうだろうか。この法案が通れば、むしろ社会に安心より不安の影を広げることになるだろう。

 最大の問題は「秘密についての秘密」だ。この法案によると、政府がいったいどんな情報を秘密にしているのかも秘密になる。

 「特定」とうたいながら、法案は秘密にする情報をきちんと「特定」していない。あいまいだ。しかも、時を経ても明らかにならない恐れが強い。

 情報を持っている人と知ろうとする人にとって、どこからが秘密でどこからがそうではないのか、わかりにくい。やりとりをすれば法に触れるかもしれないという不安。情報交換で成り立つビジネスや研究、市民活動などが、どこからか監視されているのではという不安。

 「秘密についての秘密」という仕掛けがあれば、秘密の領域はどんどん自己増殖し、社会に不安が広がる。

 ネット時代、強者が入手しようと思えばできる情報量は途方もない規模になっている。その一端は、米政府による盗聴問題でかいま見えた。他国の要人の携帯電話を盗聴していただけではなく、欧州では市民のメールや電話を1カ月に数千万規模で傍受したといわれる。日本も監視対象だったとされる。

 それは、強国とそうではない国、政治権力者と市民との間の情報格差が幾何級数的に広がる時代になったことを示唆する。法案はそうした格差の拡大に拍車をかけるばかりだろう。しかも対抗するために欠かせない情報公開の仕組みは、まったく不完全なままだ。

 かつて情報統制が行きわたった独裁政権の東欧やアジアの国を取材するたびに感じたことがある。こうした国々の国民は、政権に抵抗しようとすると弾圧されていただけではない。日々の暮らしも、何が問題にされるかわからない不安と、だれが味方で敵かわからないという相互不信でよどんでいた。

 日本にそんな空気を入り込ませないためにも、この法案は通すべきではない。



オ (日曜に想う)名作に常識は似合わない(9/8)

 図書館は異様な空間だ。残虐で不条理で不道徳な話に満ち満ちている。

 青年が金貸しの老婆と妹をおので打ち殺す(ドストエフスキー「罪と罰」)。アラブ人を殺した男が動機を問われ「太陽のせいだ」と答える(カミュ「異邦人」)。若者が皇族と婚約した女性を妊娠させる(三島由紀夫「春の雪」)……。

 きりがない。人によっては「正しくない」と感じるような日本人観だって、名作の中にもすぐ見つかる。

 「倭寇(わこう)は我々日本人も優に列強に伍(ご)するに足る能力のあることを示したものである。我々は盗賊、殺戮(さつりく)、姦淫(かんいん)等に於(お)いても、決して『黄金の島』を探しに来た西班牙(スペイン)人、葡萄牙(ポルトガル)人、和蘭(オランダ)人、英吉利(イギリス)人等に劣らなかった」(芥川龍之介「侏儒(しゅじゅ)の言葉」)

 すぐれた作品には読む側の常識や良識とぶつかるところがある。主張の根幹をなす場合もあるし、時代を反映している場合もある。それに読者は戸惑ったり、反発したり、考え込んだり。自分が安住する世界を揺さぶる力が宿っていれば、あらがえず読み進む。

 「はだしのゲン」が良識にかなっているかどうか。そう問うのはヘンだと思う。暴力や利己的な人間たちの生々しい描写、鮮烈な歴史観。それもあるから多くの人が惹(ひ)かれる。平和は大切だという価値観だけで咀嚼(そしゃく)できる作品だったらだれも読むまい。

 非常識な本がすべて名作だというのではない。しかし名作は常識や良識の枠にはおさまらない。

    *

 イスラム教の預言者ムハンマドの風刺画が大騒ぎを引き起こしたことがある。2005年にデンマークの新聞が掲載。それがイスラム諸国などで激しい反発を呼んだためだ。

 だが、イスラムに辛辣(しんらつ)な部分を持つ作品なら昔から少なくない。

 古くは、たとえばダンテの神曲に地獄で腹を裂かれたムハンマドが描かれている。フランスの代表的作家の01年の話題作にも、イスラム教を憎む主人公が、パレスチナの子どもや女性が銃弾に倒れたと聞くと「身震いするような快感を覚える」と独白する場面などがあった。物議は醸したが、風刺画のときのように激しい抗議の波は起きなかった。

 論争的な内容の作品はあまたある。それがいつも規制を求める運動につながるとは限らない。だが、特定の作品をめぐって、だれかが教育的配慮や宗教の尊厳、歴史認識を持ち出し、放置していいのか、と批判の口火を切る、あるいは、作者自身がもっぱら挑発のために作品を発表する。すると議論が肥大化し始める。表現の自由にかかわるから私たちメディアも取り上げ、作品を読んでいなかった人も関心を高め、ときに強く反応する――。

 挑発の意図があってもなくても、いったん規制をめぐる論争になれば文芸の世界はおいてきぼりだ。

    *

 6年前、核不拡散条約再検討会議の準備委員会がウィーンであったとき、日本政府は会場で「はだしのゲン」の英訳版(抜粋)を配った。当時外相だった麻生太郎現副総理の肝いりだ。

 作者の中沢啓治氏とは、政治的な考え方も歴史観もかなり違うはずの麻生氏が高く評価したのは、政治性を超えた作品としての質ではないか。

 麻生氏は今回の論争について「もっと禁止したほうがいい成人向け漫画がある」「『はだしのゲン』が今そんなに読まれているか知りませんが、あの時代はそういうものが多かった」とコメントしている。漫画の世界に造詣(ぞうけい)が深いだけに、全体を見ずに一作品を論じることへの違和感がにじむ。

 平和を訴える本に感動すれば反戦主義者になる、戦記に夢中になれば好戦的になる、というほど人は単純ではない。さまざまな作品を糧としながら自分の考え方をはぐくむ。だから図書館は豊かで異様な空間であってこそ意味を持つ。そこに常識と衝突する作品があることは異様ではない。


カ (日曜に想う)拷問、あるいは忘れられる歴史(8/11)

フランスから先月、老ジャーナリストの訃報(ふほう)が届いた。アンリ・アレグ氏。享年91。

 対仏独立戦争(1954~62年)が続くアルジェリアで植民地支配を批判する左翼系現地紙の編集長だった。かつてカミュも記者をしていた新聞だ。

 仏軍に捕まり、仲間について吐けと「気が狂いそうになった」ほどの拷問を受ける。その体験記「尋問」はサルトルら多くの知識人の支持を受けた。ロンドンで東欧系ユダヤ人の家庭に生まれ、幼時にフランスに移り住む。若き日に各地を旅してアルジェリアに魅せられたという。

 12年前、パリ郊外の住まいを訪ねて話を聴いた。そのころ一冊の本が仏社会を揺さぶっていたからだ。著者は、戦時中アルジェリア駐在の仏軍情報将校だったポール・オサレス氏。独立派指導者らを裁判抜きで処刑したり、拷問にかけたりしたことを暴露した。

 しかも「テロから市民を守るためだった」「それが私の任務だった。悔悟の念はない」と言い切る姿勢に、政界からも「真実の究明を」「勲章を取り上げろ」と批判が噴出した。

 騒ぎにアレグ氏は冷ややかだった。

 「とっくにわかっていたことばかりだ」。実際、当局の妨害をかいくぐって体験記を出版したのは58年。社会的反響は小さくなかったが、政府は見て見ぬふり。実態調査などしなかった。「覆い隠せなくなったからといって、今さら改悛(かいしゅん)の意を示して歴史のページをめくろうなんて私は反対だ。むしろ起きた事実を周知させるべきだ」

 少し驚いた。というのもオサレス氏も本の序文でこう書いていたからだ。

 「(歴史の)ページをめくるには、その前にページを読まなければならない。そのためには書かれなければならない」「気楽に謝ってすませるより、事実をあからさまにするべきだ」

 国家の名の下に拷問した者とされた者。両者がともに国と社会に「忘れるな」と詰め寄っているようだった。

   *

 ネットサイト「ザ・ハフィントン・ポスト」日本版で6月、拷問についての議論がしばらく続いた。日本の憲法36条は拷問を「絶対に」禁ずるとしているが、自民党は改正草案で「絶対に」を削った。それをどう考えるか。

 「米中央情報局がビンラディンの隠れ家を特定するためにテロリストを水責めにしたことを認めたが、これは拷問の成果では」「(爆弾をしかけた)場所を突き止められなければ10万人死ぬことが明らかな場合に(逮捕した犯人への)拷問を禁じるべきか」

 国家や国民の安全はきれいごとではすまないのではないか。それをめぐって議論は熱を帯びていった。

 どこの国でも、多くの政治家や論者は国家運営は「きれいごとではすまない」と考えるだろう。だから、おぞましい選択肢も「絶対に禁止」とは言いたくない。だが、実行したあとは、汚れ仕事に手を染めた者、犠牲になった者たちから目を背ける。アレグ氏の怒りもオサレス氏の挑発もそこを撃つ。

   *

 「国民の本質とは、すべての個人が多くの事柄を共有し、また全員が多くのことを忘れていることです」。フランスの歴史家、エルネスト・ルナンは1882年、パリ・ソルボンヌ大学での講演「国民とは何か」でそう語った。ナショナリズムについての基本文献の一つとされる。

 翻訳した一橋大学大学院の鵜飼哲教授は「ふつう国民は記憶を共有していると言われる。けれど、それは膨大な忘却があって成り立つ」と話す。国内外での数々の虐殺や迫害。国家機密にしなくとも、学校で教えず、マスメディアで話題にならなければ、多くのことが人々の頭から消えていく。何を残すかは、政治勢力が作りたい国家像による。「忘却は組織的です」

 多くのことをいっしょに忘れる。それが国民の本質なら、忘れられた歴史は、記憶されている歴史よりずっと重いだろう。



2014年1月20日05時00分
辺野古反対の現職再選 名護市長選 政権、推進変えず

 米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)移設計画への賛否が最大の争点となった沖縄県名護市長選は19日、投開票され、同市辺野古への移設に反対する現職の稲嶺進氏(68)が、移設推進を掲げた新顔の前自民県議、末松文信(ぶんしん)氏(65)=いずれも無所属=を破り、再選を果たした。安倍政権は移設方針を堅持する考えだが、反対派の勝利で道のりは険しくなった。(2面=民意見ぬふり、7面=社説、39面=押しつけ拒む)

 ■埋め立て、協力拒否 稲嶺氏

 当日有権者数は4万6582人。投票率は76・71%(前回76・96%)だった。両氏の差は4千票余りで、有権者の意思が明確に示された格好だ。

 安倍政権は、反対派の現職が再選する選挙結果に関わらず、辺野古への移設計画を進める方針だ。沖縄県の仲井真弘多(ひろかず)知事が昨年末に移設先の埋め立てを承認したため、ただちに移設手続きの頓挫につながることはない、と判断しているからだ。菅義偉官房長官は14日の記者会見で「知事が埋め立ての判断を下し、決定している」と述べ、選挙結果と移設作業を切り離して考える方針を示している。

 ただ選挙結果は、振興予算などで基地の受け入れを迫った政権に明確な反対を突きつけたことを意味する。今後の移設作業が遅れる可能性もある。港湾や河川の管理権など移設工事に関わる市の権限があるとする稲嶺氏は19日夜、「埋め立て前提の手続き、協議はすべて断る」と表明した。

 移設の工期は全体で9年余りの予定で、防衛省は今年度内にも着工に向けた事前調査を始める。工事が本格化すれば、辺野古漁港に資材を置くための「作業ヤード」建設や近くの河川の護岸工事などをめぐり、市長権限が関わる側面も出てくる見通し。工事に協力しないと公言する稲嶺氏の対応次第では、移設作業が滞るとの指摘もある。また政権内には、反対派が工事に抵抗した場合の警備を懸念する声もある。移設に向けた作業が混乱すれば、日米関係に影響しかねない。

 名護市長選は、移設先に同市が浮上した1996年以降5度目で、初めて推進・反対を明確に主張する2氏の争いとなった。

 自民党の石破茂幹事長は19日夜、「厳粛に受け止めるとともに、引き続き沖縄県の振興と発展、基地の負担軽減に全力で取り組む」とする談話を発表。河村建夫選挙対策委員長は辺野古移設について「方針が変わることはない」と記者団に語った。

 ■「影響それなり」 仲井真知事

 仲井真知事は19日夜、那覇市の知事公舎で記者団の取材に応じ「負けない手応えがあり、アレッという感じが強い」と応援してきた末松氏の落選に戸惑いを見せた。選挙結果が移設計画に及ぼす影響については「おのずと首長の姿勢の影響をそれなりに受ける」としながらも、具体的な言及は避けた。自らが年末に下した埋め立て承認については「今からどうこうできない」と答えた。辞職する考えは「全くない」と即答した。

 ■本土につきつけた「NO」

 《解説》米軍普天間飛行場を名護市辺野古へ移すという計画に、市民は「NO」をつきつけた。稲嶺進氏は、その先頭に再び立つ。

 カネと引き換えに米軍基地を押しつけようとする政権への「NO」であり、埋め立てを承認しながら「県外移設の公約はやぶっていない」とする仲井真弘多知事への「NO」である。

 ここ数カ月を振り返ってみよう。政府・自民党は、辺野古容認に党県連を転じさせ、末松文信氏に市長選候補を一本化。応援演説では500億円の「名護振興基金」も表明した。知事も一体になった。思惑どおりだったはずだ。

 それらへの民意を示す初めての機会が、この市長選だった。結果は、見ての通りだ。移設問題が浮上してから計5回の市長選で、容認候補が連敗するのは、これが初めて。市民の意向は明らかだ。

 だが稲嶺氏の当選で、辺野古への移設計画がついえたとは、残念ながら私には思えない。沖縄の問題ではない。私たちの政府が、そういう政府だからである。菅義偉官房長官は16日、BS番組の収録で、市長選の結果について、移設には「全く影響ない」と言った。末松陣営も「稲嶺氏が反対しても、移設は止まらない」と繰り返した。止まらないのではない、止めないのである。

 私たちの民主主義社会は、投票で意思を示すというルールで動いていると教えられてきた。

 しかし稲嶺市政の4年間に政府がとった態度で分かるように、沖縄の基地問題に限れば、このルールは通用していない。では、と違う道を選ぶと「結局はカネの問題か」と揶揄(やゆ)される。

 そういう苦しみの中で、名護市民はそれでも「移設NO」を選んだ。実現させるかどうか。今度は本土が意思を示す番だ。(那覇総局長・谷津憲郎)

    *

当 稲嶺進 (2)無現 〈共〉〈生〉〈社〉〈社大〉 19,839

  末松文信   無新 〈自〉           15,684

 (確定得票)

 ※〈 〉内政党は推薦、〈社大〉は沖縄社会大衆党

    *

 稲嶺進(いなみねすすむ)68歳

〈元〉市教育長・収入役・市体育協会理事長・小学校PTA会長▽琉球大



2面=民意見ぬふり 2014年1月20日05時00分
政権、民意見ぬふり 負け見越して移設へ予防線 名護市長選、現職再選

 米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)を同県名護市辺野古に移設するのは是か非か――。19日に投開票された名護市長選は「移設反対派」の現職・稲嶺進氏が勝利した。安倍政権は選挙結果と移設作業の切り離しを狙うが、移設先の民意を突きつけられ、作業の難航は必至だ。▼1面参照

 名護市内で投票が進む19日午前、安倍晋三首相は東京都内で自民党大会に臨んでいた。首相は演説で経済政策の成果を誇る一方、「名護」や「普天間」には触れず、同日午後には都内の自宅に戻った。

 首相が静観を決め込んだのは、移設推進派の末松文信氏の負けを見越していたからだ。選挙戦終盤、自民党関係者は「勝てない」と断言していた。そのため、政権は善戦に持ち込むための振興策を打ってダメージ回避をはかるとともに、選挙結果と移設問題とを切り離す戦略をとった。

 首相側近の衛藤晟一首相補佐官は14日、末松氏と名護市で会った。末松氏は「名護振興にどれだけの財政措置があるかわからない」と、政権の後押しで病院建設や教育行政の充実を図りたいと訴えた。衛藤氏は菅義偉官房長官から名護向けの振興規模を示す了承を得た上で、石破茂幹事長に説明した。

 石破氏は16日、名護市内の街頭演説で500億円の振興基金構想をぶち上げ、「病院や小中一貫校の建設など『末松ビジョン』実現の後ろ盾となる財源だ」。関係省庁との具体的な調整はなく、「政治判断」で打ち出した振興策だった。

 選挙と移設の「切り離し」も進んだ。菅氏は16日、BS番組の収録で市長選の移設問題への影響を聞かれ、「全く影響はない」。首相と菅氏は末松氏の応援に足を運ばなかった。

 そもそも政権が辺野古埋め立てを昨年のうちに認めるよう仲井真弘多(ひろかず)知事に迫ったのは、市長選の結果が判断に影響するのを避けたかったからだ。政権の思惑通り、仲井真氏は市長選前に埋め立てを承認した。

 防衛省は今年度内にも工事に向けた事前調査を始め、5年で埋め立て工事を終えたい考えだ。海底地盤の状況調査や生物移植など環境保全措置の検討を進める。政府関係者は「稲嶺氏が勝っても、粛々と進める」と強調する。

 ただ、稲嶺氏の再選が移設作業に影響するとの見方は政権内で消えない。防衛省は調査にあたり、名護市の許可が必要な事業がどのくらいあるか精査。同省幹部は「国が申請しても市が放置するかもしれない」と警戒感を強める。

 「県連は次の知事選が焦点だと言っている。県全体で考えれば普天間から辺野古への移設は理解されるのではないか」。自民党幹部はこう述べ、12月に任期満了となる知事選での「民意の逆転」に期待をつなぐ。

 しかし、埋め立て承認に合わせて政権が強調した基地負担軽減策は目に見えた進展はなく、仲井真氏への逆風が強まって任期満了を前に求心力を失いかねない。付け焼き刃の振興策の旗を振った政権・与党幹部への不満も頭をもたげる。自民党ベテランは19日夜、「カネで票を買うような印象を与えてはダメなんだ」と漏らした。

 ■調査・工事、滞る可能性

 「地元がこれだけ嫌がっているんだから(普天間移設を)白紙に、県外に戻す。これをやることが重要だ」。19日、再選を果たした稲嶺氏は支援者を前にこう語り、政府に移設再検討を迫った。選挙結果を受け「(辺野古移設の方針が)変わることはない」とした自民党幹部の発言に対しては「米国も地元の意向を無視して、事業を進めることは望まないと思う」と牽制(けんせい)した。

 稲嶺氏は工事への「拒否権」を行使する構えだ。埋め立て工事に関連して必要になる、市長の許可や事前協議は10項目ほどあるとされる。政府が移設に着手したとしても、工事や調査が大幅に滞る可能性がある。

 過去には、ベトナム戦争中の1972年、横浜市の飛鳥田(あすかた)一雄市長が米軍戦車の市道通行を認めず、運搬を止めた例が実際にある。

 選挙戦で稲嶺氏側は、辺野古埋め立てを承認した仲井真知事も批判した。告示後の15日、市内であった新年会。稲嶺氏は同席した仲井真氏に、「お返しします」と耳打ちした。承認を自らの勝利で突き返す、という「宣戦布告」だった。

 一方、知事は「辺野古推進」を訴える末松氏を全面支援。7日間の選挙期間中、6日間も名護に入った。末松氏を当選させ、承認への批判をやわらげるねらいだったが、果たせなかった。

 稲嶺氏と連携する名護市選出の玉城義和県議は「市長選は、知事と埋め立て承認への事実上の審判だった。『承認は受け入れられない』という直近の民意が示された」。辺野古で座り込みを続ける市民の男性(67)は「知事が承認を取り消さなければ、リコールしかない」と気勢を上げた。

 一方、辺野古容認に転じた自民党の沖縄県選出国会議員の一人は「普天間移設を一日も早く実現する方策が何か。慎重に検討する必要がある」と語った。

 沖縄では今年、名護市長選後も、毎月のように首長選があり、秋には本土より一足早く市町村議らの「統一地方選」が控える。最大の山場は、12月の任期満了に伴う知事選だ。

 知事の足元は揺らぎつつある。県議会は告示直前の10日、辺野古移設断念を求める意見書と、知事の辞職を求める決議を、賛成多数で可決。少数与党でもあり、県政運営は苦しい。

 さらに、県政与党の公明党は辞職決議にこそ反対したが、意見書には賛成した。県外移設を求める公明県本部は、市長選では事実上の自主投票だった。国政の自公連立より早く、98年から続く自公連携にも、ほころびが見える。



7面=社説 2014年1月20日05時00分
名護市長選 辺野古移設は再考せよ

 名護市辺野古への基地移設に、地元が出した答えは明確な「ノー」だった。

 米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設先とされる名護市の市長に、受け入れを拒否している稲嶺進氏が再選された。

 沖縄県の仲井真弘多(ひろかず)知事は辺野古沖の埋め立てを承認したが、市長選の結果は移設計画や政府の手法への反発がいかに強いかを物語る。強引に事を進めれば大きな混乱を生む。政府は計画を再考すべきだ。

 名護市長選で基地移設が争点となるのは5回目だ。

 昨年末の知事の承認によって、日米両政府の合意から18年間進まなかった移設計画は一つのハードルを越えた。今回の市長選ではこれまで以上に「基地」が問われた。

 移設反対派は地元の民意を示す最後の機会ととらえた。一方、推進派の末松文信氏側には連日、大臣や知事、自民党国会議員が応援に入り、国や県とのパイプを強調。基地受け入れの見返りに国から交付される米軍再編交付金などを使った地域振興策を訴え続けた。

 しかし、振興策と基地問題を結びつけて賛否を迫るやり方には、名護市だけでなく、沖縄県内全体から強い反発がある。当然だろう。

 知事が承認にあたり安倍首相と振興予算の確保などを約束したことに対しても、「カネ目当てに移設を引き受けた、という誤ったメッセージを本土に発信した」と批判が上がった。知事は県議会から辞職要求決議を突きつけられる事態となった。

 極めつきは自民党の石破幹事長の発言だろう。市長選の応援で「500億円の名護振興基金を検討している」と演説し、その利益誘導ぶりは有権者を驚かせた。稲嶺氏は「すべてカネ、権力。そういうことがまかり通るのが日本の民主主義なのか」と痛烈に批判した。

 この選挙をへてなお、政府は辺野古移設を計画どおり推進する方針だ。

 稲嶺市長は、作業に使う海浜使用許可を拒むなど、市長の権限で埋め立て工事の阻止をめざす考えだ。政府が立法措置や強行策を用いて着工することなど、あってはならない。

 「普天間の5年以内の運用停止」という知事の求めを、国が約束したわけではない。普天間の危険性を考えたとき、辺野古移設が最善の道なのかどうか。政府は県外移設も含め、もう一度真剣に検討し直すべきだ。同時に、オスプレイ配備の見直しや米軍の訓練移転など基地負担軽減を急ぐ必要がある。



39面=押しつけ拒む 2014年1月20日05時00分
押しつけ、名護拒む 稲嶺氏「移設圧力に反発」 市長選現職再選

 米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設を受け入れるかどうか。沖縄県名護市の市長選で有権者は19日、「基地は造らせない」と繰り返した現職市長を再び選んだ。移設をのませようと強硬に迫った政府・自民党への反発が広がり、市民は明確に「反対」の意思を示した。▼1面参照

 午後9時半すぎ、移設に反対する現職の稲嶺進氏(68)が選挙事務所に姿を現すと、詰めかけた支持者約400人から大歓声や指笛、「ススム」コールが沸き起こった。稲嶺氏は両手を振って声援に応え、「市民の良識を示していただいた」と喜びを語った。

 稲嶺氏はその後、移設予定地の辺野古の後援会支部を訪問。約4千票差がついた理由を報道陣に問われ、「自民党本部が党県連や県選出の国会議員をひれ伏させた。このような恫喝(どうかつ)、圧力に、県民の反発が強く表れた」と述べた。

 仲井真弘多知事が昨年12月、国が出していた辺野古の埋め立て申請を承認した際、稲嶺氏は「(承認は)ゆめゆめ思わなかった」とこぼした。環境悪化を懸念し、埋め立てに反対する意見書も提出。側近は「市長は最後まで知事を信じていた」と語る。承認について、稲嶺氏への知事の説明は、数十秒の電話で終わった。

 1997年にあった移設への賛否を問う市民投票では反対が賛成を上回った。だが、当時の市長は受け入れを表明して辞任。条件付き容認の後継者が市長に就き、稲嶺氏は市総務部長として支えた。市教育長を経て09年3月に市長選に出ると決めた段階でも、まだ賛否は明言していなかった。

 その後、辺野古で反対の座り込みをするテント村を訪ねた。住民らの苦悩を聴き、「辺野古の海に基地はいりません」と誓約文を書いた。基地に強く反対する革新勢力も取り込み、10年1月の市長選で容認派現職を破って初当選。今回も自民を離れた元県議会議長や、市民運動家ら幅広い層が支援した。

 自民党県連や仲井真知事も県外移設を公約にしていた。だが一昨年、自民党に政権が交代。政府・自民党本部の強い意向を受け、昨秋以降、県連も知事も容認に転じた。そんな状況下、「もう一度、名護発のオール沖縄をつくろう」と声を振り絞った稲嶺氏に、有権者は市政を託した。防衛省は近く移設に向けた調査を始める方針だ。稲嶺氏は「先頭になって立ちはだかる」つもりだという。

 ■振興、訴え届かず 末松氏

 「大変無念だが、結果は結果として受け止めなければならない」。移設推進派の新顔で前自民県議の末松文信氏(65)は午後9時半すぎ、選挙事務所であいさつした。有権者が移設反対を選んだ形になったことについて報道陣に問われると、硬い表情で「重く受け止めないといけない」。一方、移設は断念すべきだと考えるかとの問いには「そういう風には思わない。私が考えるに、辺野古を中心とする地域は、全く反対という雰囲気はない」とも話した。

 末松氏は仲井真知事の辺野古埋め立て承認を「英断だ」と評価。移設受け入れに伴う振興策で経済活性化を図る、と訴えた。

 しかし、政府、仲井真氏への反発は根強かった。陣営は「我々が負けたら振興策は吹っ飛ぶ」と訴えたが、市民からは「露骨すぎる」との声も漏れていた。

 ■沖縄の気持ち、お金で踏みにじるな 有権者の思い

 名護市東部にある移設予定地、辺野古地区。エメラルドグリーンの海を望むレストランで働いている男性(20)は「埋め立てられて基地ができたら、騒音がひどくなり、観光客が減る」と、移設に反対する現職の稲嶺進氏に票を入れた。近くに住むサービス業の女性(45)も稲嶺氏に投じた。4年前の市長選では、勤めていた建設会社に頼まれて移設容認の候補を応援。今回は「これ以上、基地は来てほしくない。いまの市政で地域経済もやっていけている」と語った。

 地域振興とセットで移設受け入れを求める政府・自民党の「アメとムチ」の手法への反感は強かった。市西部に住む無職女性(82)は「お金で沖縄の人の気持ちを踏みにじるやり方が許せないし、悔しい。市長にはそれに『ノー』と言ってほしい」と稲嶺氏に投票した。同じく市西部の無職女性(65)も「政府が圧力をかけてきているのに対抗して頑張っている」と、稲嶺氏に入れた。

 逆に、市長選がどうなっても政府は考えを変えないとみて、政府・自民党が後押しした末松文信氏に入れた人も多い。農業の男性(70)は移設には反対だが、「いったん国が決めた以上、基地はできるに決まっている。ならば経済支援を引き出した方がいい」。移設反対の派遣会社員の女性(40)も「自分の雇用が不安定なだけでなく、街全体に閉塞(へいそく)感が広がっている。迷ったけれど、何かが変わってほしい」と考え、末松氏に入れた。

 埋め立てによる環境破壊への懸念は根強い。辺野古近くに住む団体役員の男性(62)はかつて移設容認派の市長を支持していたが、稲嶺氏に投票。「移設が現実味を帯びてくると、『この静かな環境は金では取り戻せない』と考えるようになった」

 政府の埋め立て申請を承認した仲井真弘多知事には、厳しい視線を向ける人が多かった。稲嶺氏に投票した人からは「承認するかどうかは名護市長選で民意が示されてから判断すべきだった」(47歳の無職男性)、「もう辞めてほしい」(75歳の主婦)といった声が相次いだ。末松氏に投票した農業男性(46)は移設容認派だが、知事のやり方は納得できない。「知事は『県外移設』と言って当選したんだから、やはり公約違反だ」

 ■投票先と辺野古移設への是非、コメント

 【稲嶺氏に投票】

 ◇事務員女性(72)   <移設反対> 米兵の事件や騒音などの面で基地移設に反対
 ◇無職女性(26)    <移設反対> 名護に仕事を増やして欲しいが基地は来て欲しくない
 ◇主婦(34)      <移設反対> 今もヘリがうるさいのにオスプレイまで耐えられない
 ◇元教員男性(72)   <移設反対> 父を沖縄戦で亡くした。基地の強化は認められない
 ◇地方公務員男性(37) <移設反対> 稲嶺氏の政策がハードよりソフト重視なのが良い
 ◇高校教諭男性(36)  <移設反対> 本土が基地を強いてきたから沖縄は諦めてしまった

 【末松氏に投票】

 ◇土木建設業男性(42) <移設賛成> ずっと基地とともに生きてきて、基地に慣れている
 ◇無職男性(69)    <移設賛成> 滞っている道路整備や下水処理場事業を何とかして
 ◇主婦(65)      <移設賛成> 基地を一つずつなくすには苦しくてもやむを得ない
 ◇無職男性(75)    <移設賛成> 基地が市街地にある宜野湾市の負担を軽くしたい
 ◇土木作業員男性(38) <移設反対> 基地はないほうが良いが、仕事がないと生活できない
 ◇自営業男性(45)   <移設反対> 基地反対だが国に市が何か言ってもどうにもならない

 (「移設反対」「移設賛成」は普天間飛行場の辺野古移設の是非。19日の投開票日当日、有権者に尋ねた)



2014年1月20日05時00分
高梨、W杯17勝 ジャンプ日本勢最多

 ノルディックスキーのワールドカップ(W杯)ジャンプは19日、女子個人戦が山形市で行われ、ソチ冬季五輪で金メダルを狙う17歳の高梨沙羅(クラレ)が127・5点で優勝した。W杯での通算勝利数は17となり、ジャンプの日本勢では41歳の葛西紀明(土屋ホーム)を抜いて単独最多となった。▼22面=悪天突く最長不倒

 試合は悪天候のため2回目途中で打ち切られ、1回目に出場選手で最長となる98メートルを飛んで首位に立った高梨の優勝が決まった。今季9戦で8勝となった高梨は「記録はあまり考えていない。もっとレベルアップできるよう頑張りたい」と話した。



2014年1月20日05時00分
(天声人語)「武器なき島」の基地

 17世紀末というから江戸の元禄時代、琉球からの僧を迎えた江戸の僧が、その帰郷に際して贈った漢詩がある。「琉球は遥(はる)かな大海原に浮かぶ」と書きだし、〈其(そ)の民 天性礼譲に●(●はけものへんに旬)(したが)い/古(いにしえ)より未(いま)だ甲兵を用うるを聞かず〉と続いていく。礼儀正しく、武器をとって戦ったことがない、と▼その「武器なき島」が、19世紀の初めにナポレオンを驚かせた話は前にも書いた。英軍艦が琉球周辺を航海した帰途、セントヘレナ島に流されていた元皇帝に艦長が会って話した。ナポレオンは、武器を持たぬ民の存在を信じかねたそうだ▼それから60年ほどたって、明治政府は琉球王国をとりつぶして日本に組み入れる。沖縄県が誕生し、太平洋戦争での地上戦の悲劇に至った。それにしても、日本への併合措置をさす「琉球処分」は、何と酷薄な響きだろう▼この言葉は戦後、本土が沖縄に難儀を強いるたびによみがえった。講和条約による切り離し。米軍基地を残したままの復帰。そしていま、普天間飛行場の県内移設にも、その言葉が重ねられている▼沖縄の基地の多くは米軍の「銃剣とブルドーザー」で有無を言わさず造られた。だが建設を容認した基地となれば違ってくる。何か起きたときに確固たる声を上げられるか――そんなことも沖縄に住む知人は憂えている▼移設先の名護市民は市長選挙でノーの意思を示した。それは政府自民党のあからさまな「札束とブルドーザー」への軽蔑でもあったろう。押しつけはもはや限界である。



2014年1月20日05時00分
長野、最多6度目V 陸上・都道府県対抗男子駅伝 19日

 広島・平和記念公園前発着の7区間48キロのコースで行われ、7区で抜け出した長野が2時間19分20秒で5年ぶり6度目の優勝を果たした。6度の優勝は大会最多。2位は35秒差で埼玉、3位は群馬だった。(スタート時の天候は曇り、気温7・5度、湿度65%、東南東の風0・7メートル)

 〈経過〉混戦が続いたが、最終7区で決着した。3区途中で長野は上野が先頭に立ったが、4~6区で3位に後退。しかし7区の矢野が区間賞の走りで18秒差を逆転した。埼玉は2区を終えて30位と出遅れたが、徐々に差を詰めて7区で7位から2位に追い上げた。序盤からレースを引っ張った群馬と長崎は、5、6区の高校生と中学生の区間でもトップ争いを繰り広げたが、7区で力尽きた。

 ■8位までの記録

(1)長野 2時間19分20秒
   高森、名取、上野、藤木、春日、相馬、矢野
(2)埼玉 2時間19分55秒
   内田、松尾、設楽啓、小黒、竹下、工藤、服部
(3)群馬 2時間19分56秒