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折々の記 2014 ②
【心に浮かぶよしなしごと】

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  02 10 対ロ関係、日中綱引き ソチで首脳会談   
  02 10 日米、遠い信頼回復 問われた日韓関係改善 外相会談   2014年2月9日
  02 10 靖国問題 戦争観抜きに語れぬ追悼   
  02 10 『炭水化物が人類を滅ぼす 糖質制限からみた生命の科学』   
  20 10 マイナス水素の力 できるか新素材・室温超伝導   
  20 12 沙羅に続こうじゃないか   


 02 10 (月) 対ロ関係、日中綱引き ソチで首脳会談  

2014年2月9日05時00分
(時時刻刻)対ロ関係、日中綱引き ソチで首脳会談

 熱戦が始まったソチ五輪の場外で、各国首脳たちも熱い五輪外交を展開した。米国やイギリスなど欧米主要国の首脳が開会式を欠席する一方、開催国ロシアのプーチン大統領をホストに、安倍晋三首相と中国の習近平(シーチンピン)国家主席が綱引きを繰り広げた。▼1面参照

■日本 プーチン氏の信頼、期待

 「歴史的な開会式に出席できたことをうれしく思う。今回が5回目の会談で、日ロ関係に新しい歴史を開くことができた」

 冬季五輪の舞台、ソチの郊外にあるロシア大統領公邸。安倍首相は8日のプーチン大統領との首脳会談冒頭でこう語り、友好ムードを演出した。

 ロシアで昨年6月に成立した同性愛宣伝禁止法を背景に欧米の首脳が相次ぎ欠席を表明したが、その中でも首相は北方領土問題を解決するため「個人的な信頼関係をさらに強固なものにしたい」との思いから、ロシアを訪問した。

 両首脳は昨年4~10月の間に4回会談し、プーチン氏が期待する経済協力は進展する。だが、肝心の領土問題ではロシア側に姿勢の変化はみられない。1月末の次官級協議でもロシア側は従来の主張を繰り返し、平行線に終わった。

 日本政府内には「プーチン氏がロシア外務省に具体的な交渉方針を示さない限り動かない」(外務省幹部)との考えが強い。長期政権をしくプーチン氏に対し、首相も当面は大型の国政選挙がなく、外交に専念できる環境にある。首相はここがチャンスとばかりに「相性がいい」(首相周辺)というプーチン氏の決断に期待する。

 昨年10月の会談でプーチン氏から五輪への招待を受け、開会式出席を決めたのは首相自身だった。開会式の7日は北方領土の日でもある。外務省は「国会もあるので、機微に触れる日に無理して行く必要はない」と進言し、1月上旬には閉会式への出席を固めてロシア側に伝えた。だが、プーチン氏と親しい森喜朗元首相らに「開会式に出席したほうが心証がいい」と背中を押され、出席を決めた。

 首相の姿勢に応じるように、プーチン氏は会談で「五輪開会式への出席を重視し、感謝する。両国間で最も難しい問題解決のための良い環境ができあがっている」と述べ、領土問題の進展に期待を持たせた。2012年に秋田県からプーチン氏に贈られた秋田犬「ゆめ」を安倍氏に引き合わせる演出も見せた。さらに40カ国以上の首脳が集まるなか、首相を厚遇するように会談後には昼食会を用意した。

 日本側は同時期にソチを訪れる中国首脳とどちらがより好待遇を受けるかに神経をとがらせた。中国は安倍首相の「開会式出席」が報道された数日後、習近平国家主席の出席を公表。日本政府内に「日本を意識した対応だ」(政府関係者)との警戒感が広がった。

 プーチン氏は6日に会談した中国の習氏と食事まではせず、外務省幹部は「日ロ首脳の信頼関係の深まりを印象づけた」と胸をなで下ろした。

 ただ、歓待ぶりとは裏腹にプーチン氏が領土問題で日本側に譲歩する可能性は少ない。外務省幹部は「ロシアの立場ががらりと変わるとは思わない」と、領土問題の早期進展には懐疑的だ。領土問題を置き去りのまま、プーチン氏の望む経済協力ばかりが先行するとの懸念もある。(ソチ=鈴木拓也)

■中国 日本包囲網へ協力訴え

 習近平・国家主席は中国政府のトップとして初めて国外の五輪開会式に出席した。中国外務省は「五輪スポーツへの重視と支持」の表れだと強調するが、実際にはソチで日本を牽制(けんせい)する外交を繰り広げている。

 習主席のソチ滞在は6日から8日までの3日間。昨年3月の主席就任以降6回目となるプーチン大統領との会談に加え、7日には国連の潘基文(パンギムン)事務総長とも会談した。日本を念頭に「隣国との友好関係には正しい歴史観が欠かせない」と強調。中ロが共同開催する第2次大戦の戦勝70周年式典への支援を呼びかけた。

 だがロシア側は今のところ、対日包囲網に引き込もうとする中国の働きかけには、きわめて慎重な姿勢に終始している。

 中国国営新華社通信が戦勝式典の中ロ共同開催の再確認について大きく報じたのに対し、ロシア大統領府や外務省の発表はまったく触れていない。新華社通信が伝えた「ナチスの欧州侵略と日本軍が中国などで犯した罪は忘れてはならない」というプーチン氏の発言も、ロシア側の発表にはなかった。

 極東開発を優先課題に掲げるプーチン政権にとって、日中双方との経済協力が重要だ。日中の対立に巻き込まれたくないというのが本音とみられる。ラブロフ外相は、先月の記者会見で「北東アジアの領土問題は当事国同士で直接解決すべきだ」と述べている。北方領土問題だけでなく、尖閣諸島や竹島も念頭に置いた発言とみられる。

 北京の日中関係者は今のところ、ロシアは中国と日本のバランスをとっているとみる。だが、安倍首相の靖国神社参拝をきっかけに、中国は「戦後秩序の維持」を旗印にロシアに連携を呼びかけている。こうした現状に、「北方領土問題を抱える日ロ関係にとっては危機的だ」と心配する。

 プーチン氏は開会式に出席した習氏に配慮を示した。会談冒頭「中国の正月は家族や親しい友人と過ごすと言います。ここでもそう感じられるでしょう」と語りかけた。さらに、シリアの化学兵器処理に携わる中ロ両国の海軍幹部とテレビ中継で意見交換。軍事面での協力ぶりを見せつけた。 (ソチ=石田耕一郎、駒木明義)

■習主席、日本入場時は動かず 安倍首相、中国選手団にも拍手

 安倍首相と習主席は、7日夜のソチ五輪開会式にそろって出席した。2人は、貴賓席中央のプーチン大統領を挟んで40席ほど離れた場所に座った。声を掛け合うような機会はなかった。

 2人は、選手の入場行進でも対照的な姿を見せた。習主席は中国と香港の選手団の入場の際には立ち上がり手を振って激励。台湾選手団の入場時には座ったまま拍手を送った。ところが、日本の入場がアナウンスされると、硬い表情で両手をひざの上に重ねたまま、身動き一つしなかった。

 一方、安倍首相は、中国選手団の入場の際も拍手を送っていた。

 02 10 (月) 日米、遠い信頼回復 問われた日韓関係改善 外相会談   2014年2月9日

 岸田文雄外相が7日(日本時間8日未明)、ケリー米国務長官と米ワシントンで会談した。安倍晋三首相の靖国神社参拝でぎくしゃくした関係を修復しようと日本側から持ちかけた。だが、ケリー氏が日韓関係の改善を求めるなど、信頼回復には至っていない。

 「日米同盟が揺るぎなく力強いことを確認できた」。岸田氏が会談後の共同記者発表で強調すると、ケリー氏も応じた。「日米関係はオバマ大統領のアジア重視の要石だ」

 会談では、お互いをファーストネームで呼び合い、日本側は「雰囲気はよかった」とアピールした。

 首相の靖国参拝直後、米国は「失望」との声明を日本に突きつけた。岸田氏が国会審議の合間を縫って、滞在24時間の「駆け足」でワシントンを訪れたのも、早いうちにケリー氏に会っておきたいとの思いの表れだった。政府関係者は「参拝によるゴタゴタの修復も、今回の外相会談の課題の一つ」と打ち明ける。

 ただ、会談では、首相の靖国神社参拝による影響が消えていないこともうかがえた。

 「日韓関係にどう取り組むのか」。ケリー氏は会談で、日米韓の協力が重要と強調した上で単刀直入に問いただした。安倍首相の靖国神社参拝には直接触れなかったものの、岸田氏に日韓関係改善への具体的な筋道を示すよう求めた。

 岸田氏は日韓関係改善の取り組みへの意欲を示し、ケリー氏も歓迎したが、実際に日韓間でその糸口が見えているわけではない。

 米国にとって、現在の東アジア情勢の焦点は北朝鮮だ。2月下旬からの米韓合同軍事演習を前に、北朝鮮の出方を関係国は注視する。ケリー氏は今月中旬、中韓を訪問して対北朝鮮政策を話し合うが、訪問先には日本を入れなかった。米国から見れば、日本が中韓と話せない状態では、対北朝鮮で話し合うことも限られる。

 また、会談では、岸田氏が、4月に予定されているオバマ大統領の訪日について、国賓での訪日を招請。だが韓国も訪問を求めているため、ケリー氏から滞在日程や国賓待遇を受けるかについて明確な返答は得られなかったという。

■対中国、米の動きを警戒

 岸田氏がケリー氏との会談を急いだ背景には、安倍政権の一部に、米国への不満が漏れ始めていることもあった。首相の靖国参拝に「失望」を表明した米オバマ政権の姿勢に対しては「共和党政権時代は、一度も揚げ足をとったことはなかった」(首相周辺)といった批判の声が出ていた。

 会談では、中国が尖閣諸島を含む東シナ海に防空識別圏を設定したことなどについて、ケリー氏が「中国の防空識別圏を認めないし、受け入れない」と明言した。米側が改めて対中国で日本と一体であることをアピールした形だ。

 これに対し、中国外務省の洪磊副報道局長は8日、約60年前に米国が防空識別圏を設定したことを踏まえ「中国が正当な合法的権利を行使することに勝手なことをいう資格はない。無責任な発言をやめるべきだ」と批判する談話を出した。

 それでも、安倍政権内からは、オバマ政権が対中政策で日本を差し置いて中国と接近することへの警戒感が出ている。佐々江賢一郎駐米大使は先月末のセミナーで「米国は(アジア歴訪で)誰が友人で誰がトラブルメーカーなのかをはっきりさせてもらいたい」と釘を刺した。(ワシントン=大島隆、菊地直己)

■日米関係をめぐる最近の動き

 <2013年10月3日> 米国のケリー国務長官、ヘーゲル国防長官が千鳥ケ淵戦没者墓苑で献花
 <11月15日> キャロライン・ケネディ氏が駐日大使に着任
 <12月3日> 安倍晋三首相がバイデン米副大統領と会談。中国の防空識別圏に連携して対応することで一致
 <26日> 安倍首相が靖国神社を参拝。在日米国大使館は「失望している」と声明を発表
 <2014年1月15日> 岸信夫外務副大臣が訪米、バーンズ米国務副長官らと会談。日米韓の協力の重要性を確認
 <17日> 谷内正太郎国家安全保障局長が訪米、ライス米大統領補佐官と会談。ライス補佐官は靖国参拝を取り上げ、
       日韓関係改善への取り組みを要請
 <18日> ケネディ大使がツイッターで「米政府はイルカの追い込み漁に反対する」と書き込む
 <2月7日> 岸田文雄外相が訪米、ケリー長官と会談
 <2月中旬> ケリー長官が中韓を訪問予定
 <4月> オバマ米大統領が訪日見通し

 02 10 (月) (ニュースの本棚)靖国問題 戦争観抜きに語れぬ追悼   赤澤史朗 2014年2月9日

 安倍首相の靖国神社参拝に対する国際的な批判は、これまでになく広がっている。それは、日本の政治指導者の歴史認識が問われているためであり、外国から見た日本像に、かつての日本軍国主義の強烈なイメージが残り続けているためでもある。ここでは、靖国問題を考えるために、近年積み重ねられてきた実証的な研究や、新鮮な視角に立った本を紹介したい。

■深められる論点

 国学院大学研究開発推進センター編『霊魂・慰霊・顕彰 死者への記憶装置』は、3冊シリーズの2冊目に当たるが、靖国問題に関し対立する立場の研究者が集まって報告・討論した研究書として、異色のものであろう。この本では、戦死者に対する仏式の供養と神式の祭祀(さいし)との関係、反政府軍死者の「慰霊」、近代の国民統合にとっての戦死者追悼儀式の役割について、近年の研究を反映して、靖国神社とは何かをめぐる論点が深められているのである。

 他方で、戦争犠牲者を追悼する外国の新しい事例も参照されるようになった。山本浄邦編著『国家と追悼』は、全体としては日本の新国立追悼施設の建設の可否を論じた本である。

 本書には、東西ドイツの統一後の1993年に、ドイツの戦争犠牲者の中央追悼施設として改めて建設されたノイエ・ヴァッヘが紹介されている。碑文には「ノイエ・ヴァッヘは戦争と暴力支配による犠牲者の想起と記念の場所である」として、世界大戦の戦没者とともに虐殺されたユダヤ人などが記されていた。だが建設に当たっては、「加害者」と「犠牲者」がまとめて追悼されているのではないか、国家が追悼するとは何かをめぐって、激しい論争が展開されたのである。これは靖国問題を考える上で参考になる。

■東京裁判の評価

 靖国神社への首相参拝に対する中国・韓国の反発は、A級戦犯を靖国神社が祭神として合祀(ごうし)していることを理由にしている。A級戦犯とは東京裁判において、「平和に対する罪」で起訴された日本の国家指導者のことである。78年に彼らを合祀した靖国神社の宮司は、東京裁判の全面否定論に立ってこれを断行したのであった。

 この東京裁判に関する近年の注目すべき研究として、英国系の国際法・刑事法の専門家によって書かれたN・ボイスター、R・クライヤー『東京裁判を再評価する』が翻訳された。旧ユーゴ法廷など、多発する戦争犯罪の国家的責任者を裁く国際刑事裁判が、90年代から次々と開廷されている。この本は今日の時点から見て東京裁判の経験はどう評価できるのか、その「遺産」は何かを法律家として問うたものである。

 東京裁判に関する学問的な評価としては、その全肯定も全否定もあり得ないと思う。本書も中間的な評価に立っているが、裁いた連合国側の法律家にしては、裁判の実態の問題点を厳しく指摘しており、なかなか辛口の東京裁判論といえよう。また監訳者の一人、粟屋憲太郎の解題は、研究史の蓄積を踏まえた丁寧なものである。

 なお靖国神社に関していえば、その抱く戦争観・歴史認識が問題なのである。A級戦犯合祀は、その象徴に過ぎない。これは単に外国との対立問題ではない。過去の戦争を「良い戦争」とは考えない多くの日本人の平和意識とも、隔たっているのではないか。戦没者の追悼は、その死を位置づける戦争観を抜きには語れないのである。

 ◇あかざわ・しろう 立命館大学名誉教授(近代日本政治史) 48年生まれ。著書『靖国神社』『近代日本の思想動員と宗教統制』など。

 02 10 (月) (売れてる本)『炭水化物が人類を滅ぼす 糖質制限からみた生命の科学』   夏井睦〈著〉 2014年2月9日

 ◇人と穀物、刺激的な関係史

 炭水化物を制限するダイエット法を推奨している医師が、なぜ人間には炭水化物が不要なのかを説いた本。大げさなタイトルに若干の不安を感じながら読み進めてみると、あにはからんや非常に面白い。単なるダイエット本とはまったく違う。

 何十億年も前の生命の発生から書き起こし、哺乳類がどのようにして外部から栄養を取り込んでいるのかを進化の流れの中で解説し、そしてもともとは肉食中心の雑食だった人類がどのようにして穀物から炭水化物を摂取するようになったのかまでが、たいへん大きなスケールで、しかもきわめてロジカルに概説されている。比叡山の厳しい修行「千日回峰行」や、1日に青汁を1杯飲むだけで健康に暮らしている女性など、どう考えても栄養が足りていないはずの不思議な事例と、もともとは肉食だったパンダがササを食べるようになった事実を結びつけて論じているところなどは、下手なミステリーよりもずっとスリリングな物語だ。

 農耕が始まって穀物を摂(と)るようになり、人口は増えて文明を興すことができた。穀物はそれによって「神」のような存在になったが、著者は一方で「人間を不健康にし、健康を奪ってきた食物だった」「穀物という偽りの神に執着していては、いずれ人類は穀物と共倒れになる運命だろう」と説く。

 とはいえ、この論がどこまで正鵠(せいこく)を射ているのかは現時点ではわからない。人類はすでに1万年以上も穀物を食べて生活している。炭水化物を摂るのをやめてしまった時に、副作用や健康障害が起きるかどうか、長期的な健康調査を実施しないとわからないだろう。

 だから本書の強烈な主張には、ちょっと距離を置いておきたい。もちろん、知的刺激にあふれたノンフィクションとしては最高の本だ。(光文社新書・924円=9刷16万部)佐々木俊尚(ジャーナリスト)



 02 10 (月) (科学の扉)マイナス水素の力 できるか新素材・室温超伝導   2014年2月10日

 原子番号1、元素記号H。数ある元素の中で最も基本的な「水素」について、最近意外なことがわかってきた。特殊な存在と思われていた「マイナスの水素」が、そこそこ安定していて、いろんな物質の中で活躍しているようなのだ。うまく使いこなせば、室温で超伝導になる物質や電気を通すセメントなど、これまでにない新素材がつくれるかもしれない。

 100種類以上ある元素を規則正しく並べた周期表。「水兵リーベ僕の船」という語呂合わせで覚えた人も多いだろう。その先頭に来るのが水素。定位置は一番左上だ。

  元素の周期表

   「水兵リーベ僕の船」呂合わせの覚え方

 だが、京都大の陰山洋教授(無機化学)は「水素は右上にも置くべきだという考えも出てきた」という。

 水素はもともと陽イオンにも陰イオンにもなれるが、化学の授業では、陽イオンになりやすい典型的な元素と習う。「H」の右肩に小さい「+」がある記号で表される「水素イオン」はごくありふれた存在で、水に濃く溶けていると酸性になることでも知られる。

 一方、「マイナスの水素」は記号だと「H」に小さい「-」がつく。正式名は「水素化物イオン」だ。これは、自分より陽イオンになりやすい元素と結合する場合などに限ってあらわれる例外的な存在と考えられてきた。周期表の規則性からみても、そう考えるのが自然だった。

 ところが、「マイナスの水素」が安定して存在する物質が、最新の材料研究で次々と見つかっている。

 そもそも、水素原子が水素イオンになるか「マイナスの水素」になるかは、電子1個を失うか、電子1個をもらうかの違いしかない。「マイナスの水素」を例外的な存在と考えるのは、先入観にすぎないかもしれない。

■化学の常識覆す

 東京工業大の細野秀雄教授が「マイナスの水素」の意外な活躍を見つけたのは、新しい超伝導物質を探索している時だった。

 細野さんたちは、2008年、超伝導にならないと思われていた鉄の酸化物が超伝導になることを発表した。元々の酸化物に含まれていた酸素の一部を、大きさが同程度で陰イオンになりやすいフッ素で置き換えたのが決め手だった。

 だが、フッ素は少ししか置き換われないので、ほかの陰イオンを試してみると、「マイナスの水素」が同様に酸素の一部と置き換わることがわかった。

 酸素と水素が一緒にあると、酸素が陰イオンに、水素は陽イオンになる、というのが化学の常識。酸化物の中で「マイナスの水素」が安定して存在できるのは予想外のことだ。

 しかも、「マイナスの水素」の方がフッ素より3倍多く酸素を置き換えられた。おかげで、置き換える量によって性格の違う2種類の超伝導があるとわかった。細野さんは「『マイナスの水素』は室温超伝導への有望なルートではないか」という。

 京大の陰山さんは13年、ごく普通のセラミックス(酸化物)を元に、酸素の2割を「マイナスの水素」に置き換えた物質をつくったと発表した。電子と「マイナスの水素」の両方が酸化物の中を動き回り、電池の電極に使えれば電圧が高くなるという。陰山さんは「燃料電池自動車や電気自動車のパワーが倍増するかもしれない」という。

■進む実用化研究

 「マイナスの水素」の積極的な活用は研究が始まったばかりだが、影響が及ぶ範囲は広い。

 細野さんらは「電気を通すセメント」もつくった。まず、アルミナセメント(カルシウムとアルミニウムの酸化物)に「マイナスの水素」を入れる。これに光を当てると、セメントの中で「マイナスの水素」が電子2個を出して水素イオンに変わる。その電子が動き回って電気を通すようになる。

 東工大の林克郎准教授は「『マイナスの水素』は水素イオンより不安定なものの、ある程度は安定して存在できる。光のエネルギーで両者の間にある峠を越えさせている」と説明する。

 この特性を生かして、太陽電池や薄型テレビの画面に欠かせない「電気を通す透明な部品」(透明電極)を安価につくる研究も進む。いまはインジウムというレアメタル(希少金属)が欠かせないが、「マイナスの水素」を使えばカルシウムやアルミニウムなどでつくれるかもしれない。

 コンピューターを使って物質の性質を予想する理論計算も影響を受ける可能性がある。物質の中にある水素は水素イオンと想定して計算することが多い。それが実は「マイナスの水素」だったとしたら、計算の前提が変わってしまうからだ。東京大の常行真司教授は「マイナスとプラスでは、性質もいるべき場所も違う。前提が変われば結果も変わってしまう」と話す。(鍛治信太郎)

■イオン

 電気的に中性な原子や分子が、電子を失ったりもらったりすることで電気を帯びたもの。電子をもらうとマイナスの電気を帯びた陰イオンに、失うとプラスの電気を帯びた陽イオンになる。

■周期表の規則性

 周期表では、左下にある元素ほど陽イオンになりやすく、右上にあるほど陰イオンになりやすい、という規則性がある。縦の列に似たもの同士の元素が並ぶのも特徴。たとえば左端の列は電子を1個失って陽イオンになりやすく、まとめてアルカリ金属と呼ばれる。

■超伝導

 きわめて低い温度で物質の電気抵抗がゼロになる現象。電流が熱などに変わるロスのない送電や、リニアモーターカーなどに使われる強力電磁石に役立つ。現在は超伝導を保つための冷却にエネルギーが必要だが、室温で超伝導になる物質ができれば、冷却が不要になり、ほとんど無駄がなくなる。

 ◇「科学の扉」は毎週月曜日に掲載します。次回は「がんの免疫療法」の予定です。ご意見は kagaku@asahi.com へ。

 02 12 (水) 沙羅に続こうじゃないか   2014年2月12日

A 高梨沙羅 2014/2/12朝日新聞
http://digital.asahi.com/articles/photo/AS20140211001559.html

B 高梨沙羅 wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E6%A2%A8%E6%B2%99%E7%BE%85


龍 蛇 生 山 澤




沙羅は金メタルをとれなかったけれど、私たちに限りなく深い感動を伝えてくれました。 魂を揺さぶってくれてありがとう。 私たちは沙羅のような子供たちを育てようではありませんか?

平野歩夢(ハーフパイプで銀メダル)、 羽生結弦(ユズル=フィギュアスケート金メダル)や 内村航平(床マットで金メタル)、 白井健三(床運動で、「後方伸身宙返り4回ひねり」)でもいいのです。

どんな方面でもいい、生まれてくる子供たちをそのような秀でた子供たちに育てようではありませんか?

さらにいえば、運動でなくてもどんな方面でもいい。 新万能細胞STAPを見つけ出した 小保方晴子さんでもいい、 夢の新素材開発のナノセルロース(Google 検索による)への従事者でもいい、或いはセメントを金属性質を帯びる新物質に変化させるという 現代の錬金術への従事者でもいい、

こんな技術者になるような子供たちを育てようではありませんか?

今年のオリンピックから得たことを活用しなくてはなりません !!

県歌の最後はこううたっています。

    みち一筋に学びなば 昔の人にや劣るべき
    古来山河の秀でたる 国に偉人のある習い

飯伊地方は都市文化圏からは遠く隔たっています。 けれども、そんなことは大した問題ではありません。 沙羅に続こうじゃありませんか !!  こうした人達に続こうじゃありませんか !!

私たちが若返ることはできません。 でも、沙羅たちを育て上げた人に学べば、それができるんだと思います。 手を取りあい励ましあってみんなの幸せのために努力しようではありませんか !!



喬木村という言葉は、先人が夢を託してつけたのです。 調べてみると次のようなことがわかります。

喬木村(たかぎ)の由来は、1875年(明治8年)に五村合併の時、中国古典の「詩経」伐木三章「幽谷より出でて喬木に遷(ノボ)る」にちなんで名づけられています。 木を伐る音がとうとうと響き、鳥(村鳥はウグイス)が和やかに呼び合い、相和しながら、村作りを進めるという崇高な理想が込められているそうです。 合併時に安易でしらける命名が多い中、ここ喬木村は実に教養に満ちた由来による命名です。

 伐木丁丁、鳥鳴嚶嚶。出自幽谷、遷于喬木。
 相彼鳥矣、猶求友聲。矧伊人矣、不求友生。
 神之聽之、終和且平。


  木を伐ること丁丁(トウトウ)たり、鳥の鳴くこと嚶嚶(オウオウ)たり。
  幽谷より出でて、喬木に遷(ノボ)る。嚶として其れ鳴く、其の友を求むる聲あり。
  彼の鳥を相(ミ)るにも、猶友を求むる聲あり。
  矧(イワ)んや伊(コ)の人、友を求めざらんや。神の之を聽いて、終に和らぎ且つ平らか
  ならん。



「詩経」伐木三章に添っての【温故知新】

   伐木丁丁、 沙羅の言行は、いろいろのことを人々に発信し
   鳥鳴嚶嚶。 それを見聞きした人は、心脳をゆさぶられ、

   出自幽谷、 このままでいてはいけないと思い、
   遷于喬木。 沙羅の心根をもちたいと願いました。

   相彼鳥矣、 そして、みんながそうなりたいことを思い、
   猶求友聲。 声をかけあい手をとりあって、

   矧伊人矣、 ウグイスですら時期がくれば和やかに呼びあうように、
   不求友生。 私達もお互いに励ましあって沙羅の心根を学びましょう。

   神之聽之、 そうすればやがて、崇高な理想に近ずけます。
   終和且平。 誰でもそなえている不思議な力によってできるのです。

   自  卜辞(ボクジ=甲骨文字)に「~自(ヨ)り~に至る」の用法があり、
      「従(ヨ)り」と同義。
   于  字音ウ 字訓まがる ・ ああ ・  同訓異字ああ ・ ここに ・
      まがる・まげる
   相  見ることを本義とする 本質が外にあらわれる意
   矣  字音イ 同訓異字や   語句を強く結ぶとき、その声を加えた
      のであろう。
      語末の助詞。断定・決定・決意など、強い語気を示す語である。
   猶  再読文字(なお~ごとし)
   矧  字音シン 字訓ひく ・ いわんや  弓を強く引きしぼる意
      「況~乎」(いはんや~おや)と読み(まして~にあっては、なお
      さら~である
)と訳す。  【ここでは否定に続く】
   伊  字音イ 字訓よる ・ これ ・ ふさぐ 同訓異字これ
      〔名義抄〕伊 コレ・ココニ・イマ・マコト・コトハ



人の生涯を終えるまでを、いくつかの領域にわけて考えることができます。

まず始めは、胎児から乳幼児へという領域です。

  生命発生の瞬間から四年前後にかけて、
  知育、徳育、体育のあらゆる分野にわたり、

    難易度に関係なく、
    質の深浅に関係なく、
    感覚の優劣に関係なく、
    ことの善悪にも関係なく、

  あらゆる事象すべてを大脳にインプットしていく。

  これを第一次大脳インプットといいます。 超能力時代といってもいいのです。




第一次大脳インプット時代では

生物として生きていくすべての能力を取り込む時期であり、取り込む大脳の能力はまさに無限と理解しておくことがいい。

こうした既有の超能力は生物本来がもつ能力で、つきつめて考えれば超低温であれば無期限にも及ぶ卵子や精子の細胞自体がもっている不思議な力です。 神の力といえば神の力そのものであり、自然の力といえば自然の力そのものです。 私たちはこの事実を素直に理解しておかなければなりません。

幼児期にオオカミに育てられたアマラとカマラは丑三つ時になると「ウォーッ!」吠えるというのもうなづけます。 カール・ヴィッテが優れた子供たちを育てたというのも、羽生結弦がソチ五輪で金メタルをとったというのも第一次大脳インプット時代にその環境に順応していたからです。



第一次大脳インプット時代を過ぎると、なんだもんで時代にはいります。

自分の判断で生きていく力が身に備わった時期になります。 人との対話にほとんど不自由がなくなり、肢体は自分の意志で動くようになり、善悪の判断も基準になるものが固まってきています。

第一次大脳インプット時代を過ぎてから、いろいろと修正したいと思っても今度は大変な努力なくしては可能とはなりません。 それだから、胎児から乳幼児期が基本的に大事になるのです。

言いかえますと、戻ることよりも人としての第一歩で前へ進むことが始まるのです。



<http://www.news-postseven.com/archives/20140222_242217.html>
羽生結弦が口にした「王者の素質示す言葉」 女性作家の考察 (2014.02.22 16:00)

 日本中を魅きつけた19歳の若者の快挙。作家で五感生活研究所代表の山下柚実氏は、その後の言葉に注目した。

 ソチ五輪フィギュアスケート男子フリー。深夜にも関わらず、瞬間最高23.1%と驚異的な視聴率を記録。金メダルをとった羽生結弦選手の人気は、国内のみならず世界的に爆発しました。たぐいまれなスケートの才能、王子様のような容姿、被災体験と苦悩の日々……。微に入り細をうがち、彼に関する情報が洪水のように流れてきます。

 その大量の情報の中で、何よりも読み取らなければならないこととは何か。メダルを授与された時、羽生選手が発した言葉に注目したい。

 「金をとった。これが、スタートになると思います」

 これまでの努力、ではなくて、今が始まり。どんな意味が隠れているのか。

「選手は勝負に勝ってチャンピオンになった時が終わりではない。始まりです。その後の一生をかけて、チャンピオンにふさわしい人間になっていかなければならないのです」

 オリンピックが始まる数ヶ月前、私は柔道家・山口香さんを取材していました。

 ご存じ、山口香さんは「女三四郎」の異名をとった元世界女王。13才で全日本選抜体重別選手権優勝、その後10連覇。そして羽生選手と同じ19歳の時、世界選手権で優勝し世界を制覇した実績を持つ人。今は筑波大学大学院で教鞭をとり、また後輩たちの育成に力を尽くしています。

「最も努力した人間がチャンピオンになった、とは思いません。スポーツは基本的に理不尽だから。何倍も努力しても負けてしまった人がたくさんいるのです」と山口さんは言いました。

 輝かしきチャンピオンの背後には無数の人がいる。数え切れないほどの努力や執念や思いが蓄積している。

「だから、チャンピオンになれたということは、その運命をいただいたということ。優勝して終わり、ではない。これから一生かけて、チャンピオンにふさわしい人間に近づいていかなければならないということなんです」(『婦人公論』2013.11.22号)

 取材者の私にとって、この言葉は実に新鮮で、衝撃的でした。チャンピオンの称号を手にした日から、「チャンピオンという人間に近づいていく日々が始まる」というのですから。

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