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折々の記 2014 ⑧
【心に浮かぶよしなしごと】

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【 05 】10/05

  10 05 逆説のアベノミクス   アメリカ追従の悲劇
      ① 鳩山辞任と日本の今後   (2010/06/02)
      ② まだ続き危険が増す日本の対米従属   (2012/12/26)
      ③ 経済の歪曲延命策がまだ続く?   (2014/09/30)
      ④ 逆説のアベノミクス   (2014/10/02)

 10 05 (日) 逆説のアベノミクス   アメリカ追従の悲劇

ことに最近金融市場の不安定が表面化し、安倍総理が掲げる自称アベノミクスが虚構の馬脚を現し始めた。 “かえるかい”でもう我慢ができないと語気を荒ららげても寸分の変化も生じないから、衣の舘のほころびを、中学生にもわかるようにまとめておきたい。

そういうねいでまず、国際ニュース解説をしている田中宇の指摘を「アメリカ追従の悲劇」の一つとして取り上げました。


2010年6月2日   田中 宇
鳩山辞任と日本の今後
    http://tanakanews.com/100602hatoyama.php

 今日は、パレスチナのガザに救援物資を届けようとした欧米やトルコの市民運動の船団がイスラエル軍に襲撃された事件について書こうと分析していたが、そこに鳩山首相が辞めるニュースが入り、そちらを先に考察して書くことにした。

 鳩山首相の辞任理由について、鳩山や小沢一郎に汚職の疑惑が起きて人気が下がったからという「政治とカネ」の話として書かれることが多いようだ。しかし鳩山や小沢のスキャンダルは、官僚機構やマスコミなどの対米従属派が、日本を対米従属から脱却させようとした鳩山や小沢を引きずり下ろすべく、微罪的な話を誇張して騒ぎにしたものだ。

 検察は、水谷建設の社長をたらしこんで小沢に不利な発言をさせ、それを唯一の証拠として「陸山会事件」で小沢を起訴しようとして失敗し、次は素人集団である検察審査会を動かして「起訴相当」の結論を出させたが、結局その後も小沢を起訴することはできず、検察は5月21日、最終的に小沢を不起訴にした(あっけなく不起訴を決めたのは、鳩山政権が終わるのを見越したからかもしれない)。

 6月2日に鳩山が辞めたのは、政治資金のスキャンダルが主因ではなく、普天間基地の移設問題で、5月末という、昨年から決まっていた期限までに事態を前進させられなかったからだろう。対米従属を脱しようとする小沢・鳩山は、日本の対米従属の象徴である沖縄の基地問題に焦点を合わせ、普天間基地の移設問題で、地元沖縄の世論を反基地の方に扇動しつつ、普天間を国外(県外)移転に持っていこうとした。

 その結果、沖縄の世論は「基地は要らない」という方向に見事に集約されたが、東京での暗闘はもつれ、小沢・鳩山は、対米従属派の阻止を乗り越えることができなかった。「日本から思いやり予算がもらえる限りにおいて、米軍を日本に駐留させ続けたい」という米国の姿勢は変わらず、軍事技術的にも海兵隊は米本土にいれば十分で、沖縄にいる必要はない。米軍にとって日本には、自衛隊から借りる寄港地と補給庫、有事用滑走路があれば十分だ。日本側で「思いやり予算(グアム移転費)を出すのはやめる」と国内合意できれば、米軍基地に撤退してもらえるのだが、そうすると対米従属の国是が崩れるため、官界、自民党、マスコミ、学界などを戦後ずっと席巻してきた対米従属派が全力で阻止し、民主党内でも反小沢的な動きが起きた。 (日本の官僚支配と沖縄米軍)

▼小沢一郎の権力の行方

 鳩山が首相を辞めるのと同時に、小沢は民主党の幹事長を辞任した。これによって、対米従属派と脱却派との暗闘は、従属派の勝利で終わるのだろうか。それは、今後の民主党内で小沢が権威を失うかどうかによる。私は、鳩山政権の主要テーマだった普天間移設問題の期限を、昨年の時点で「来年5月末」と決めたのは小沢だったのではないかと思うのだが、その線で考えると、5月末までに普天間問題に目処がつかず、その結果として鳩山が辞めるというのは、小沢が、首相という「将棋のコマ」を、人気が落ちた鳩山から、まだあまり非難中傷攻撃をかけられていない菅直人あたりに入れ替える動きという感じがする。

 5月になって鳩山は、対米従属の脱却より自らの政権維持を重視し、沖縄に行って「抑止力のため沖縄に米軍基地が必要だ」と発言し、普天間基地の県外移設なしで何とか話をまとめようと最後のあがきをした。しかしこれは沖縄の人々(特に、ずっと東京に義理立てして島内の反基地世論に抵抗していたが、もうやっていけないと、最近になって反基地の方針に転向した仲井真知事や、土建屋政治の人々)を「いまさら何言ってんの?。はしごを外すな」と仰天・激怒させただけだった。

(普天間に関する鳩山の方針転換を、韓国の天安艦沈没事件で北朝鮮との日米韓の対立が高まったことと関連づけて考える人がいるが、両者の関係は薄いと私は思う。日本政府は、天安艦事件に謀略的な裏があることを早い段階から察知していたようで、わりと慎重に対応してきた) (韓国軍艦沈没事件その後)

 そして鳩山は、自分をコマとして使い切る小沢に対して、最後に首相を辞めるときに「あなたも幹事長を辞めてください」と詰め寄り、小沢も一緒に辞めさせたと報じられている。このような経緯からは、鳩山と小沢は徹頭徹尾の同志ではなく、小沢が戦略を立てる黒幕、鳩山が実行役という役割分担だったことがうかがえる。

 今後、幹事長を辞任した小沢が、民主党内で力を失う場合、対米従属脱却派は力を喪失するだろう。その後の民主党は、自民党と対して変わらない方針しか残らない。沖縄の人々は、不満を抱きつつ泣き寝入りになるかもしれない。沖縄の民意が結束して盛り上がっても、それだけでは基地問題を転換できない現実がある。東京の政官界での暗闘で対米従属派を縮小させないと、沖縄から基地はなくならない。

 しかし民主党には、小沢以外に、党をまとめて選挙に勝てる指南役がいないように見える。小沢は幹事長を辞めたが、党内の肩書きはあまり重要でない。7月の参議院選挙に向けて党をまとめ、参院選である程度の結果を出せれば、民主党内の小沢の権威は失われないと考えられる。自民党は依然として、復活のための新たな強い党是(対米従属以外の保守の政治軸)を打ち出せていない。地方分権や政界再編を前提に、春先に作られたいくつかの新党も、その後、まだ歴史的な出番が来ていない感じが増した。私は4月に「大阪夏の陣」と題する記事を書いたが、夏の陣は夏以降に延期されそうだ。だがそもそも今後、地方分権が進むとしたら、それは中央集権体制の解体と、対米従属からの離脱の方向になる。最近結成された諸新党が活躍するときは、官僚機構が解体されるときでもある。渡辺喜美は、小沢一郎と似た「日米中等距離外交」を前から提起している。 (日本の政治再編:大阪夏の陣)

 最近は、地方分権の分野でも暗闘が激化している観がある。対米従属脱却派が、地方分権運動の象徴的な存在として推している政治家として、大阪府の橋下徹知事らと並んで、宮崎県の東国原英夫知事がいるが、東国原は最近、家畜伝染病の口蹄疫の問題で「私的な政治活動をやりすぎて」対応が遅れたとマスコミに強く非難されている。小沢や鳩山を攻撃してきた右翼(対米従属派の金で動く人々)は、この口蹄疫の問題も攻撃対象に加えている。もしかすると、口蹄疫の問題が発生した初期段階で、東国原から相談を受けた官僚の側が「大したことない」と返答し、東国原を引っかけて対応の遅れを誘発したのかもしれない。

 近年、不況の強まりとともにマスコミは広告収入や発行部数が減って赤字になっている。赤字になって経済的に窮すると「貧すれば鈍す」で、少しの金をもらうだけで記事の傾向を歪曲する傾向が強まり、ますますプロパガンダ機関になる。昔から、各国の諜報機関や公安は、潰れかけた雑誌社などに入り込んでプロパガンダを発し、弱体化した左翼組織や民族主義組織などの中に入り込んで「やらせテロ」をする。新聞より雑誌、駅売りの週刊誌より定期購読誌の方が、少ない金で動かせるので、新聞より雑誌の方がプロパガンダ色が強くなっている。今後も民主党を非難中傷する対米従属派のプロパガンダは続くだろう。 (スペイン列車テロの深層) (朝日新聞、初の営業赤字 3月期、広告収入減で)

▼米国経済危機の先行きとの関係

 日本がなかなか対米従属を脱却しない理由の一つとして考えられるものに、米国の経済的な延命がある。08年秋にリーマン・ブラザーズが倒産し、米英中心体制のG7が多極型のG20に取って代わられて「ドルに代わる国際基軸通貨が必要だ」という指摘があちこちから出てきた時には、ドルは2-3年以内に崩壊しそうな感じがあった。しかしその後、昨年末から米国でレバレッジ(債券バブル)の再燃によって金あまり状態が再現され、この資金でドル崩壊が防御され、株高が演出され、金相場は抑圧され、国債先物(CDS)の売りでユーロ潰しが謀られている。

 ドル崩壊が早く進んでいたら、日本でも「対米従属を続けても仕方がない」という気運が強まり、東アジア共同体の推進や、在日米軍の撤退が具現化していたかもしれないが、ドルが延命しているので「米国の覇権が続くかもしれないので、とりあえず対米従属を続けながら様子を見た方が良い」という方向性が強くなっている。ただ、米国の金融界は依然として不安定で、米中枢も暗闘的な状況なので、今後も突然の崩壊感の強まりがあり得る。 (世界金融は回復か悪化か)

 話をまとめる。鳩山辞任をめぐる話で重視すべき点は、民主党内での小沢の権力が弱まるかどうかだ。これまでの経緯を見ると、民主党内には、選挙戦をまとめる他の有力な指導者がいないように見えるし、自民党や諸新党が7月の参院選で民主党を大きく打ち負かす結果を出すとも予測されていないので、民主党内での小沢の力は弱まりそうもない。小沢が権力を握る限り、対米従属派と、小沢が動かす従属離脱派との暗闘が続く。普天間問題は、参院選後に再燃するだろう。米国の金融延命策が軌道に乗れば、対米従属派が巻き返せるが、逆に米国で大きな金融危機が再発してドルの崩壊感が強まると、日本は対米従属派が弱まる。

 11月の沖縄県知事選挙で、宜野湾市の伊波洋一市長(擁立の動きあり)あたりが立って勝てば、沖縄の世論はますます強固になる。米軍の訓練を全国に拡散することや県外移転構想の具体化は、沖縄県民と同様の「在日米軍はいらない」という思いを全国に拡大するだけだ。軍事的に考えても、日本は自衛隊だけで十分に守れる。天安艦事件の歪曲を見てもわかるように、米軍の存在はむしろ東アジアを不安定にし、日本人や韓国人を精神的にねじ曲げる依存症をひどくするだけである。日韓ともに、右翼は対米従属派の傀儡役に徹してきたが、そのような従来の役回りから早く脱して、自民族を対米依存症から脱却させる民族的な先導役になってほしいと思う。 (官僚が隠す沖縄海兵隊グアム全移転)


2012年12月26日   田中 宇
まだ続き危険が増す日本の対米従属
    http://tanakanews.com/121226abe.php

 安倍新首相は、政権をとるにあたり、自民党の高村副総裁を中国に派遣するなど、中国や韓国との関係改善につとめる姿勢を見せている。安倍は、中国が敵対行為とみなしている尖閣諸島への港湾施設の建設と公務員の常駐を選挙公約に掲げるなど、選挙で勝つまでの間、中国との対決を恐れない態度を醸し出し、一線を越える勇ましさによって、優柔不断を非難される民主党を選挙で破り、政権を樹立した。しかし、実際に政権を作る段になると中国との対決姿勢を消し、代わりに野田政権と同じ、中国との仲直り(戦略的互恵関係)をめざす姿勢をとり始めた。 (一線を越えて危うくなる日本)

 対米従属(日米同盟強化)の観点で見ると、中国と対立姿勢をとりつつも、戦闘や国交断絶、相互経済制裁など本格的な対決に至らない「弱火の対立」の状態を維持するのが望ましい。米国は中国包囲網(アジア重視)の戦略を採っているが、この戦略はイメージ先行だ。米軍はオーストラリアやフィリピンといった中国を包囲する地域の国々での存在感(プレゼンス)を強めているが、これは数百人から2千人といった、あまり多くない人数の海兵隊などの要員を、常駐でなく巡回(ローテーション)の立ち寄り先の一つに加えたものだ。 (US military to boost Philippines presence)

 米軍は、今年米政府が敵対を解いたミャンマーとの軍事交流も始める見通しだ。中国に隣接するミャンマーの軍隊が米軍と交流することは、米国の中国包囲網戦略の一環と見なせる。しかし、中国勢は依然として経済主導でミャンマーに深く関与している。中国政府は、米国がミャンマーの元軍事政権に接近することを容認しており、ミャンマーに関して全く米国を批判していない。 (US to open military ties soon with Myanmar: official)

 米中は、米国がミャンマー敵対をやめる前の09年10月、ミャンマー問題で実務者協議をしている。米国は、中国の同意を得た上で、対ミャンマー戦略を敵対から協調に転換した感じだ。ここでも、中国包囲網はイメージ先行で、実態は包囲になっていない。米国の中国包囲網戦略は、現実的に中国を不利にせず、逆に、中国政界で人民解放軍など対米強硬派の意見を通りやすくして、中国の軍事拡大を扇動している。 (アウンサン・スーチー釈放の意味)

 中国包囲網が米国のイメージ戦略にすぎない以上、石原慎太郎が望んでいるような、日本が尖閣問題をつかって本気で中国と対決を強める方向に進むと、日本の対中姿勢が米国の対中姿勢よりも強くなり、日米間の対中姿勢が乖離してしまう。日本が中国と敵対し、日中が相互に経済制裁したとしても、米国が日本に連動してくれて中国との経済関係を断絶することはない。むしろ、日本企業が中国市場から出ていった穴を米国企業が埋めて儲けを増やそうとするだけだ。

 米企業はWTOなどで、中国に制裁関税をかけたりしているが、これも部分的にすぎず、米国の大企業はどこも中国での利益拡大に非常に熱心だ。最近では、米国が中国をWTO提訴するほど、中国も米国の補助金などを非難してWTOに提訴し、中国が米国に気兼ねせず、米国と対等の政治力を持ってしまう多極型世界の実現を早めている。 (Trade War Escalates: China Threatens US Over Renewable Energy)

 日本の対中姿勢の選択肢の中で、石原(日中対決)の対極にいるのが、小沢鳩山の東アジア共同体(日中)路線だ。この路線も、日本が対米従属を脱して対中協調(または対中従属)に転換する道なので、対米従属を阻害する。小沢一郎が企図した鳩山政権の初期、日本は中国と戦略的な関係を結び、日中協調でEUの国家統合的な東アジア共同体(ASEAN+3)を重視する路線を進もうとした。その後、対米従属派の官僚機構やマスコミの反撃によって小沢鳩山路線は失敗し、民主党政権は官僚傀儡系議員が強くなった。

 安倍新首相も、中国と戦略的互恵関係を強化したいと表明している。野田前政権も、一方で尖閣諸島の土地国有化に踏み切って中国を激怒させる半面で、中国との戦略的互恵関係を強化したいと言い続けていた。安倍と野田に共通しているのは、日中関係を改善したいといいつつ、尖閣諸島問題で中国が怒ることをやって「日本は中国と関係改善したいのに、中国が身勝手に怒って改善させてくれない」と言える状況を作ることだ。

 この状態は、中国包囲網を喧伝しつつ中国と本格対立しない米国の路線と、同程度の対中関係を維持できるので、対米従属を維持したい官僚機構にとって都合がよい。官僚機構の一部であるマスコミは「尖閣は日本の領土だから、土地国有化も港湾建造も要員常駐も日本の自由なのに、中国が理不尽に怒っている」と書き、日本政府に中国を怒らせる意図があったことを隠している。

 日中の戦略的互恵関係は、06年に前回の安倍政権の時、米国からの圧力を受けた安倍が就任早々に中国を訪問して結んだものだ。当時はブッシュ政権の米国が、中東の戦争を重視するあまり中国に対して協調的で、中国が対日協調を望んでいたため、米国は小泉政権に「中国と協調しろ」と圧力をかけたが小泉が拒否した。そのため米国は、小泉の次に首相になる安倍に「首相になったらまず中国と仲良くしろ」と圧力をかけ、安倍は訪中して中国と戦略的互恵関係を結んだ。 (安倍訪中と北朝鮮の核実験) (日本の孤立戦略のゆくえ)

 今は米国の戦略が当時と異なり、中国の台頭に懸念を持つアジア諸国に米国がつけ込み「対中包囲網を強化するから、貴国は何をしてくれる?」と、日本や東南アジア諸国に、TPPに象徴される、経済面などでの譲歩を求めている。この米国のイメージ先行の中国包囲網戦略に合わせるため、安倍の姿勢も「対中協調」から「弱火の対中対立」に転換した。選挙が終わってみると、対米従属を最重視する点で安倍の姿勢は一貫している。

 今回の選挙で、小沢一郎と異なる方向から官僚機構を潰すことを目論む勢力として橋下徹らが台頭した。橋下は、東京の官僚組織が持つ権力を地方に分散することで官僚独裁の解体をめざす地方分権の流れをくみ、右翼の石原と合体して政権をとろうとした。だが、日本が自前の国際戦略で打って出て英米に引っかけられて真珠湾攻撃で日米戦争を起こし、すべてを国際利権を失ったため、その後の戦後の日本人は、自国が「右」方向に独自路線を進むことを恐れている。その日本の「保守性」ゆえに、石原と組んだ橋下の戦略は失敗した。

(第二次大戦時、ドイツが米英の挑発に乗ってこないため、米英は、ドイツより国際政治に無知な日本を引っかける戦略に転じ、日本はまんまと罠にはまり、米当局が事前に察知しながら放置した、911テロ事件的な、真珠湾攻撃を起こした。ドイツの最大の間違いは、ヒットラーを政権につかせたことでなく、日本と組んだことだった。911と真珠湾の違いは、911後のテロ戦争が米国にとって大失敗で米英覇権を崩壊させているのに対し、真珠湾後の第二次大戦は米国にとって大成功で、その後の冷戦と合わせ、米英覇権体制の樹立につながった。米英覇権体制は、真珠湾で始まり911で終わりゆくとも言える。) (Pearl Harbor: Hawaii Was Surprised; FDR Was Not)

 今回の選挙で民主党の敗北は事前に決まっていたので、負けたのは橋下、勝ったのは官僚機構である。対米従属が維持されるので、マスコミは安倍の選挙後の転換を批判しない。政治家は政権をとることが命なので、批判されなければ、政権をとるために選挙前は一線を越えた右翼のように振る舞い、選挙後に野田前政権と同じ路線に転換しても、悪いことでない。安倍もいずれ、野田政権と同様、優柔不断と批判され不人気に陥るかもしれないが、それまで短くとも1年ぐらいは持つだろう。その間、官僚機構は延命する。

 日本の対米従属と官僚独裁からの離脱は、小沢鳩山の中道(左)からの試みも、橋下石原の右からの試みも(今のところ)失敗した。日本が自力で対米従属と官僚独裁から離脱するのは無理かもしれない。日本が自力で離脱できないでいるうちに、米国が金融財政面から再崩壊して覇権を消失し、日本は他力本願的な経路で対米従属をやめていく道の方がありそうだ。

 とはいえ金融財政面でも、安倍の日本政府は、日銀に米連銀と同様の通貨の過剰発行(量的緩和)をやらせ、米国より先に自国が破滅する道を選んでいる。米国は、大晦日までにオバマ政権と共和党が財政緊縮の政策で合意できないと、元旦から増税と政府支出減が合わさった「財政の崖」が発生する。米議員から、もう合意は無理だという声が出ている。債券格付け機関は、米国債を格下げするかもしれないと言っている。財政の崖は世界的に喧伝されすぎており、実のところそれほどの悪影響でないとの見方もある。だが、連銀の量的緩和でぐらついている米金融市場に打撃を与えることは間違いない。 (Fitch warns fiscal cliff could cost U.S. its AAA rating) (World aghast at fiscal cliff mess)

 安倍政権が日銀に円の過剰発行を急拡大させる前に、財政の崖を機に米金融市場が再崩壊すれば、まだ日本はそれほどの自滅をせずに過ごせるかもしれない。だが、財政の崖の悪影響が大したことなく過ぎ、来年半ばの参院選まで「景気回復」のために全力で日銀に緩和策をやらせるとなると、米国より先に日本、ドルより先に円が崩壊していく可能性が増す。害悪が、円高と「デフレ(実は無害な価格破壊)」から、円安とインフレへと転換する。日本は製造業の力が落ちているので、円安は、輸出競争力の強化でなく、輸入価格の上昇となって日本人の生活を襲う。 (China dispute hits Japanese exports)

 米金融市場の崩壊は、日米だけでなく世界経済全体を打撃する。だが、中国などBRICSやEUは、米経済の崩壊と同時に人民元やユーロなど、以前から構築してきたドル以外の通貨での決済体制に移行し、世界の経済体制を米単独覇権から多極型に転換させていくだろう。米覇権の崩壊は、日本や英国をますます弱くし、中国やロシア、EUを強くする。この大転換が来年中に起きるとは限らないが、2020年までには起きるだろう。覇権動向は10年単位で見るべきだ。

 日本が崩壊を回避するには、日銀に量的緩和拡大の圧力をかけるのをやめ、白川総裁に自由にやらせ、白川を留任させることだ。白川は「量的緩和して市中の資金を増やしても、企業が先行きに懸念を持っており投資を控えている以上、増えた資金は経済を回さず、景気回復につながらない。政府は、日銀に圧力をかける前に、企業が投資を増やしたくなる政策をやってほしい」という趣旨の主張をしてきたが、この考え方が日本でも米国でも正しい。 (Monetary policy moves to forefront in Japan)

 米連銀は、リーマンショックで痛んだままの米金融界を救済するために量的緩和を拡大している。日本の金融界は、米金融界のように痛んでいないので、日本国内的には量的緩和が必要ない。それなのに安倍政権が「景気対策」という間違った口実で量的緩和を急拡大しようとするのは、対米従属以外の何物でもない。中国との対立より量的緩和の方が、日本にとって危険だ。


2014年9月30日   田中 宇
経済の歪曲延命策がまだ続く?
    http://tanakanews.com/140930economy.php

 米国の平均的な家計(米国の全家計を年収順に並べたとき真ん中にいる家計)の年収が、2002年の8万8千ドルから、現在は36%下がって5万6千ドルになっていることが、調査機関(ラッセル・セージ基金)の調べで明らかになった。米平均家計の年収は、08年のリーマン危機後に急落し、その後ほぼ横ばいが続いている。対照的に、上から5%のところにいる家計の年収は同期間に14%増えた。上から1%の家計の年収はもっと増えたとの調査結果が出ている。 (The Typical Household, Now Worth a Third Less)

 米政府の国勢調査局も、似たような調査を行っている。同局の調査では、平均家計の昨年の年収が5万1千ドルで、08年のリーマン危機後に8%減り、ほとんど回復していない。米国の一人あたりGDPは増えているが、平均的家計の年収は横ばいだ。金持ち層の収入増でGDPが増えたが、中産階級や貧困層の収入は増えていない。GDPの増加は、大半の米国民の所得増になっていない。NYタイムスは「GDPで家族を食わせることはできない」と題する記事を出している。 (You Can't Feed a Family With G.D.P.)

 米国では失業率は上がらないが、成人全体に占める雇用者総数の比率(労働参加率)が数十年ぶりの低さが続いており、実質的に雇用が増えていない。その一因は、コンピュータの普及などで、事務部門を含む単純労働が機械に代替される傾向が増したからだとされる。雇用が少ないので、中産階級の年収が増えない。

 米国の中産階級の年収は、リーマン危機後に急減した後、微増が続いている。予測調査会社のIHSグローバルインサイトは、米国の中産階級の年収がリーマン危機前の多さに戻るのは2019年と予測している。米政府は、リーマン危機による不況が翌年の09年に終わったとしているが、大多数の米国民(中産階級と貧困層)にとって、リーマン不況は12年続くことになる。 (This is why the middle class can't get ahead)

 米国では、大卒者でも低所得の仕事しか得られず、学費のための借金(ローンや奨学金)も返せない人が急増している。収入が少ないので実家に住み続けざるを得ず、結婚や出産が遅れる人が増えている。米国の35歳以下は、親の世代と全く異なる経済環境に置かれている。この現象は日本でも起きている。 (More Phantom Jobs Created - All In The Wrong Places)

 米政府は先日、今年4-6月期にGDPが年率換算で4・6%増えたと発表した。同期のGDPは当初4%増と予測されていたが、4・2%増に上方修正され、発表されてみると4・6%増だった。1-3月期がマイナス2%の急減だったことの反動が一因で、工場など住宅以外の建設部門が12%増だったことも原因とされている。意外な高度成長の発表を受け、多くの評論家が「米経済が回復基調にあることが確定した」とはやし、株や債券が上昇して高値をつけた。 (US economy grows 4.6%)

 日本も欧州も経済が停滞するなか、米国だけが高成長していると喧伝されている。しかし、米国のGDPの約7割は消費で占められている。米国は他の主要諸国より、経済に占める製造業の割合が低く、代わりに消費が経済の大黒柱だ。消費総額が最も多いのは、最も人数が多い層、つまり中産階級や貧困層だ。米国では金持ちほど一人あたりの消費額が多く、豊かな方から4割の国民が、消費の6割を担っている。それでも、中産階級の収入が大きく減ったまま蘇生しない状況下で、小売業の多くが苦戦している。米経済の大黒柱であるはずの消費は本質的に不振な状態だ。それなのに、GDPの急増や「好景気」が発表されている。 (Why The Fed Doesn't Care About The Poorest Half Of Americans)

 米国の小売業界は、金持ち向けの一部の業態をのぞき、中産階級向けの多くが苦戦している。家具や食品など広範囲に、今年5月ごろから売上不振が加速している。この現象は、中産階級の所得の低迷と連動している。映画館の客の入りも悪く、映画製作業界(ハリウッド)は今年、従業員の2割近くを解雇するという。 (What Consumer-Facing CEOs Think: "It's Like Being At War") (Hollywood Code Red: 2014 Already a Write Off, 19% of Jobs Cut)

 米経済の大黒柱である中産階級の消費が落ち込んでいるのに、なぜGDPが4%の高成長なのか。自動車や住宅、石油ガス開発などの産業における生産増、設備投資増が高成長の原因とされるが、自動車や住宅の需要増は「実需」に支えられたものでなく、金融のトリックによって演出されている。自動車の販売は増えているが、その主因は企業を中心に、リースが年率20%の急増をしていることだ。古い車をリースに回して新車を買った方が税法上の利得があるとか、企業が債券などで資金調達して自動車を買ってリースに回すと利ざやが取れるといった話が出回り、それらの金融トリックに依存して自動車が売れている。 (Factory construction boosts economy) (The Mystery Behind Strong Auto "Sales": Soaring Car Leases) (Is a Car Lease for Business Tax-Savvy?)

 米国の住宅分野では、8月の新築住宅販売が前年比18%の急増となった。しかし月間販売数は50万軒で、リーマン危機前のピーク時だった05年の140万軒の3分の1程度にすぎない。低水準の販売数が続く中での上下でしかない。そして奇異なのは、新築住宅の平均販売価格が過去最高の35万ドルになっていることだ。これはおそらく、住宅を担保にすることが多い金融界が、業界内部で高値で売りに出して自分らで買う自作自演をやって見かけ上の価格を引き上げ、金融界として担保割れを防いでいるのだと考えられる。新築と対照的に、中古住宅は販売不振が続き、平均価格も下がっている。 (New Home Sales Explode Higher Thanks To... Record High Average New Home Prices?)

 もう一つ好調とされた石油ガス開発は、シェールの石油ガス(タイトオイルとシェールガス)のブームに立脚しているが、以前から書いているように、シェールの石油ガス田は枯渇が早く、ブームは長続きしない。「シェール革命は永遠だ」と喧伝している人(金融家など)は詐欺師である。住友商事が米テキサス州のシェール油田開発で大損失を出したが、彼らはシェールの詐欺を軽信して騙されたのだろう。 (◆シェールガスの国際詐欺)

 米国の金融界は1990年代から債券金融システムの急拡大が続き、リーマン危機までは、金融界の急拡大が他の業界の拡大につながり、雇用も増え、金融界に関係ない中産階級の所得増にも貢献していた。しかし債券金融システムが崩壊したリーマン危機後、金融界は自分たちの延命だけで手一杯だ。米連銀のQEもバブルの再燃によって金融界を延命する機能しか持っておらず、中産階級への所得波及の効果が失われている。

 この波及機能が再生すると米経済が蘇生するかもしれないが、今のままではダメだ。いずれバブル崩壊して終わる。リーマン危機後、金融界とその周辺にいる大企業や投資家は儲かっており、金融トリックで自動車などの製造業をテコ入れしているが、それはいずれ崩壊するバブル膨張の一部であり、長く続く経済成長の構造でない。 (New Global Crisis Imminent Due To "Poisonous Combination Of Record Debt And Slowing Growth", CEPR Report Warns)

 先日、米国の大手債券投資会社ピムコの創設者であるビル・グロスが辞任した。自分から辞めた形になっているが、彼の投資失敗を問責する社内勢力が強くなって首になる前に自分で辞めたのであり、事実上の解雇だ。 (After a life of trend spotting, Bill Gross missed the big shift)

 グロスは、米国で債券金融システムの拡大が始まる前の70年代に、周囲に変人扱いされながらピムコを創設して成功し、債券投資の神様のように言われた。彼はリーマン危機後、ドルや米国債がいずれ崩壊すると予測した。しかしドルは崩壊せず、米国債金利も低いままで、彼の予測は外れている。グロスは英国債の崩壊も予測したが、英中銀が国債を買い支えたため金利が上がらず、これも外れた。これらのことで、グロスは40年ぶりに神様から変人に戻り、ピムコを追い出された。 ("You Can't Fire Me, I Quit" - PIMCO Was Preparing To Fire Gross) (Pimco cuts US Treasuries holdings to zero) (Pimco's Gross on 'Where Bad Bonds Go to Die')

 私自身、リーマン倒産後、一貫してドルと米国債の崩壊を予測している。グロスや私の予測に反してドルと米国債が延命しているのは、連銀などの米当局がドル増刷で債券を買い支えたりバブルの再膨張を煽ったりしていることに加え、米当局や金融界がマスコミや言論界を巻き込んで、バブル膨張の事態を隠し、米経済が回復しているかのような経済情報プロパガンダを充満させているからだ。米当局は、日本に命じて日銀にも円増刷による債券買い支えをやらせ、最近では欧州中銀や中国にまで金融緩和策をとらせようとしている。 (欧州中央銀行の反乱) (Gross was right: The bond bubble will burst) (英媒:評估中國央行行長周小川卸任傳説)

 米国は国家を挙げ、覇権国の力を動員して、リーマン危機でいったん破綻した債券金融システムを延命させている。連銀のキーボードで数字を打ち込むだけで、ドルが無制限に発行され、債券の崩壊につながる金利の上昇を抑止できる。ドルの過剰発行でバブルが膨張しても、マスコミを使ってバブルでなく健全な経済成長であるかのように報じさせ、信用不安の発生を止めている。この錬金術の効力は、ビルグロスの予測を上回るものだった。 (Special report: The twilight of the Bond King)

 人類史上、基軸通貨が金本位制を離れて膨張することが何度かあったが、1971年の米国の金ドル交換停止以来の膨張は、米英の意図的な戦略であり、意図的である点が史上初だ。この戦略はリーマン危機とともにあぶない状態となり、今のように過剰発行が膨大になると、もう元に戻って蘇生する道をたどれず、いずれ崩壊しかないと考えられる事態だ。

 米欧の中央銀行家らが毎年議論してIMFに提出している金融の「ジュネーブ報告書」が今年も発表された。報告書は「債務が世界的に巨額になっている中で、世界経済の成長が鈍化し、危険な事態になっている。政府と民間が債務危機に陥らぬよう、この先何年も低金利を続ける必要があるが、米連銀は来年から利上げしそうだ(大丈夫なのか)」という趣旨だ。似たような論旨の報告書は、昨年からあちこちで出されている。 (Geneva Report warns record debt and slow growth point to crisis)

 世界経済が、かなり危険な事態であることは間違いない。米企業の自社株買いの嵐が止まっている。いよいよ株が急落するかもしれない。崩壊の先駆になりかねないジャンク債市場からの資金流出も続いている。今年中に異変が起きても不思議でない。しかし半面、覇権国として無限の錬金力と人類に対する洗脳力を持っている米国の、総力を挙げた延命策・歪曲策が効いているのも確かで、この先もけっこう長く持つかもしれない。すでに意外と長く持っているからこそ、ビルグロスは解雇された。40年間の意図的な膨張が史上初だっただけに、その崩壊過程も史上初となり、予測が難しい。「崩壊するかしないか」でなく「いつ崩壊するか」の問題であることに違いはないが。 (The Buyback Party Is Indeed Over: Stock Repurchases Tumble In The Second Quarter)


2014年10月2日   田中 宇
逆説のアベノミクス
    http://tanakanews.com/141002japan.htm

この記事は「経済の歪曲延命策がまだ続く?」(田中宇プラス)の続きです。

 日本銀行は今年8月、日銀史上最大額の株式を買い支えた。日銀は8月、ETF市場を通じて1236億円分の日本株を買った。毎日、朝方に株価が下がると、日銀が100億-200億円分の株をETFで買い、株価をテコ入れするのが常で、日銀の株買い支えは市場関係者の間で広く知られたことだった。日銀は以前から株が下がると買い支えてきた。9月は株価が下がらなかったので買い支えをしていないという。日銀は、東証の株式の時価総額(480兆円)の1・5%にあたる7兆円分を保有し、日本生命を抜いて最大の日本株保有者となった。 (Bank of Japan emerging as big Japanese stock buyer)

 日銀は特に8月第一週に、924億円分の株を買い入れた。アベノミクスの失敗が取り沙汰されて株が下落した時期で、日銀が買い支えなければ株価はもっと下がっただろう。経済成長の実現は、アベノミクスの3本目の矢である。安倍政権は、株価の上昇が続いていることをもって、経済成長が実現していると言っている。その株価が下落しそうなときに、総裁を黒田にすげ替えて財務省に乗っ取らせて以来、安倍政権の命令を何でも聞くようになった日銀が株を買い支え、株価をテコ入れし、アベノミクスの成功が続いているように装っている。かなりインチキな技であるが、今の日本でこれを批判する人は少ない。 (Bank Of Japan Buys A Record Amount Of Equities In August)

 当局が株を買い支えるのは、相場の不正な操作であり、大っぴらにやるべきことでない。米国の連銀や政府も、株価が下がると買い支えてテコ入れする策(Plunge Protection Team)をやってきたが、米当局は隠然と買い支えをやっている。対照的に今の日銀は、市場や国民に買い支えがわかってもかまわないという態度で、大っぴらに株式や日本国債の買い支えをやっている。 (BOJ Steps Up ETF Purchases as Shares Slump) (米株価は粉飾されている)

 日銀が大っぴらに株価の不正操作をやる理由は、これによって投資家に「株は下がり出すと日銀が買い支えるので上がりやすい。今が買い時だ」という印象を持たせ、株を買う人を増やし、株が上がっている限り安倍政権はアベノミクスの経済成長策が成功していると豪語でき、人気を保持できるという策略だろう。 (Bank Of Japan Plunge Protection Team Goes Into Overdrive, Buys Most ETFs Since 2010)

 その手法は完全な不正だが、日本にとって絶対の「お上」である米国が、中央銀行による通貨の過剰発行によって債券や株を買い支える量的緩和策(QE)をやり、日本など他の先進諸国にも奨励しているのだから、QEの一環である日銀による株価操作は「良いこと」「やるべきこと」になる。株価操作を「悪」だという奴は「お上」である米国に楯突く非国民だ、ということになる。 (時代遅れな日米同盟)

 安倍政権は日銀だけでなく、国民年金基金にも株式を買う割合を増やすよう命じ、株価のテコ入れに余念がない。株価の不正なテコ入れは長期的に成功し続けるものでなく、いずれバブル崩壊的な株価急落に見舞われ、年金基金も赤字になって、今の若い人が老人になるころには年金支給額が大幅に減るだろう。しかし安倍政権にとっては、自分たちの政権が続いている間だけ株が上がり続ければ良く、その後の年金支給がどうなろうと関係ないのだろう。 (Japan Pension Giant Signals Portfolio Shift)

 アベノミクスの3本の矢は、資金増加、財政支出、経済成長であるが、これらはすべて、米国当局が、日本や欧州などの同盟諸国にやらせたいことだ。資金増加とは、米連銀や日銀がやっているQEのことであり、08年のリーマン倒産後、流動性が欠如したままの債券金融システムに当局が資金を注入し続ける、植物人間化した金融システムへの生命維持装置である。米国だけが通貨(ドル)を大量発行し、日本や欧州が引き締めたままだと、ドルの価値が下がりすぎるので、日本や欧州にもQEをやらせたい。 (さらに弱くなる日本)

 2本目の矢である財政出動もQEと同様、公的資金で経済を回し(米国の)金融界を救済するものだ。米国はすでにリーマン倒産後の2年間で財政出動をやり尽くし、これ以上赤字を増やせない法定財政上限に達している。そこで米国は、安倍政権になるまで財政緊縮をやっていた日本に方向転換を迫り、安倍政権になってから、それまでの財政再建の話はどこ吹く風で、財政赤字の急拡大が奨励されている。3本目の矢である経済成長は、見かけ上のものだ。日米ともに、QEによる資金供給で株価を操作し、雇用統計などを粉飾するかたちで行われている。米国の例は、前回の記事に書いたとおりだ。 (経済の歪曲延命策がまだ続く?) (米雇用統計の粉飾)

 日本の場合、失業率は統計上3%台だが、新卒者の就職な困難さ、失業した中高年の再就職が困難さなどから考えて、実際の失業率はそれよりはるかに高く、10%を超えていると推測される。政権の人気取りのため「お上」である米国と似たような方法で、日本の当局が失業率を粉飾していることは十分に考えられる。 (Japan's Labour Market: Lifers, temps and banishment rooms) (Japan's Hidden Unemployment Problem) (Abenomics Is Working: Japanese Households On Welfare Rise To Record)

 日銀がQEで円を過剰発行するのと連動して、為替市場の円安が進んでいる。これまで円安は日本の輸出産業を繁栄させるので良いことだとされてきた。しかし実のところ、円安が進んでいるのに日本を代表する輸出企業だったソニーが破綻に向かっているなど、製造業の不振がひどくなっている。日本経済の大黒柱だった製造業の不振の加速から考えても、最近の失業率は粉飾である感じが強い。 (Abenomics Crushes Sony: Electronics Giant Forced To Cancel Dividend For First Time Ever)

 大手の輸出企業の中には、生産工程を国際化して円だけの為替の影響を受けにくくなっているところが多く、以前からの円安待望論は浅薄な間違いである。今の円安は、むしろ輸入価格の上昇を招き、貿易収支のひどい赤字化を生んでいる。このまま貿易赤字が改善しないと、今後の日本は衰退感が増していくだろう。私が見るところ、日本が円安(ドル高)を望むのは、経済的な理由からでなく、覇権国である米国より劣った存在であり続けねばならないという国際政治の理由からだ。 (日本経済を自滅にみちびく対米従属)

 国際的に強い国、(地域)覇権国になるには、通貨が強く(為替高)、財政が強く(財政黒字)、製造業など経済生産が強く(持続的成長)なければならない。通貨が強いと他国への支払いが自国通貨で行えるし、財政が強いと戦争に強いし、国債を外国に買ってもらう必要もない。通貨が強いと輸出産業が苦戦するが、それを補うだけの技術力・開発力を持つことで、為替が強くても強い製造業を持てる。今の世界でこれをやっているのはドイツだ。 (金地金不正操作めぐるドイツの復讐) (ドイツの軍事再台頭)

 米国は自国の延命のため、日欧にも自国同様のQEや財政赤字化を求め、世界中の通貨と財政を横並びに弱体化させようとして、日本は米国の要求に完全に応えたが、ドイツ(EU)は拒否している。そのためEUは、ギリシャなど周辺の弱い部分の国債市場を米国の投機筋に攻撃され、ユーロ危機によって強制的に財政や通貨を弱体化させられている。 (ユーロ危機からEU統合強化へ) (Mario Draghi pushes for ECB to accept Greek and Cypriot ‘junk’ loan bundles)

 ドイツと対照的に日本は、経済力で米国を抜きそうになった1980年代から、米国を抜くことを回避するように、通貨安、財政赤字化をずっと追求し、バブル崩壊を放置して金融や経済を自ら弱体化している。日本人はもともと倹約を美徳とする民族なのに、財政赤字の急拡大が黙認されてきた。これらは、対米従属を続けるためという国際政治上の日本の国是の維持のために行われてきたと考えられる。 (財政破綻したがる日本)

 人為的な政治でなく「自然」な経済の動きで説明したがる人が日本に多いが、実のところ、経済が非人為な「市場原理」「需給」で動いていると考えるのは馬鹿げている。重要な経済の動きの多くは、官僚らによる政治的な意志決定に基づいており、本質を隠すため、経済学者やマスコミが動員され、政治でなく自然な動きであると国民に思わせている。近年、先進諸国における株価、金利、債券相場、雇用や物価など経済統計、為替相場、金相場など、これまで「自然な市場原理」で動いてきたと考えられてきた重要指標の多くが、実はずっと以前から金融界や当局の政治的な操作によって上下してきたことが暴露されている。経済ぐらい政治的なものはない。日本人がそれを知らないのは、対米従属(官僚独裁)の敗戦国民だからだ。 (揺らぐ経済指標の信頼性) (Banks could face record fines totalling £1.8bn over currency rigging)

 通貨を過剰発行すると、どこかの時点でひどいインフレ(物価高騰)になると考えるのが、従来の経済学の常識だった。しかし今の世界では、10年以上通貨の過剰発行を続けてもインフレになっていない。これは、従来の経済の大部分が実体的な商品(モノ)で構成されていたのと対照的に、今の経済はモノがない金融が肥大化し、金融がモノの経済(実体経済)の何百倍もの大きさになっているため、通貨の過剰発行がモノの価格高騰に直結しなくなっているからと考えられる。今の経済では、物価上昇の代わりに金融部門で信用収縮や金利高騰、つまりバブル崩壊が起きる。

 アベノミクスは、日本を(中国に負けないよう)強くするため、国民生活を良くするための政策として打ち出されたが、実のところ、米国の弱体化に合わせて日本を弱体化する策であり、円を弱くし、日本の財政を弱くし、国民生活を悪化させている。アベノミクスは、米国の命令に従って、日本を意図的に弱くしている。中国は「敵」として置かれているが、それは日本が米国の言いつけどおり防衛費を増やすための口実的存在でしかない。中国は日本にとって本質的な敵でない。日本人は、政府や傘下のプロパガンダ機関から「中国を嫌え」と示唆されているが「中国と戦え」とは示唆されていない。戦えと示唆されたら、観光で訪日した中国人を殴りたがる人がもっと多くなるはずだ。今の日本政府が気にしているのは米国だけだ。 (Japan's factory output falls in August)

 米当局は、QEなどの金融救済策を続けずに放置したら米経済が崩壊すると知っている。従来の危機対策のように、救済策を一定期間続けたらその後は自律的に経済が上向くのでなく、救済策を永久に続けねばならないと知っている。しかし、救済策を永久に続けることなどできない。だから米当局は困窮し、相場の不正操作や経済統計の歪曲など、長期的に見ると自滅策になることを含む、なりふりかまわぬ「何でもあり」の延命策を続けている。短期的なバブルの大崩壊を回避できるなら、長期的な自滅策の方がましだというわけだ。 (It's The Dollar, Stupid!)

 安倍政権は、日本でも米国のコピーの「何でもあり」の策をやるための政権として生まれた。経済面だけでなく、軍事面でも従来のタブーを破って米国の要求に沿った「集団的自衛権」の行使を国策に取り込んだ。国内の反対勢力の無力化と官僚独裁体制の強化の中で、財務省はかねてからやりたかった消費税値上げを敢行した。見かけだけの経済成長、多くの人の所得の減少、失業の実質的な増加、貧富格差の拡大など、貧しい人が増える中で消費税の値上げをするのはタイミングとして悪く、日本の衰退に拍車をかける。しかし消費増税は安倍政権に政治力があるうちにしかやれないので財務省は敢行した。 (集団的自衛権と米国の濡れ衣戦争)

 マスコミに対する言論統制も強化されている。象徴的なのが、戦争犯罪報道の「誤報」をめぐる、官民挙げての朝日新聞たたきだ。8月の株価急落が象徴するように、今後アベノミクスの失敗が露呈する可能性がある。その前に、安倍政権に楯突きそうなマスコミ内の勢力をできるだけ無力化しておく必要がある。朝日新聞の尊大な社風を考えると「ざまあみろ」でもあるが、今の朝日たたきの本質は、朝日新聞がどうなのかという話でなく、マスコミ全体に政府批判を許さなくするための、安倍政権の延命策として見る必要がある。

 いずれ安倍首相が退陣しても、米国が今の金融救済策・覇権延命策を続けている限り、誰が日本の政権に就いても、安倍と似たようなことをやり続けるだろう。日本が対米従属をやめて自立する戦略は、09年に民主党の鳩山・小沢が試みたが官僚機構から猛反撃されて潰されて以来、再起の可能性がほとんどない。日本の方から対米自立していく道は閉ざされている。 (鳩山辞任と日本の今後) (まだ続き危険が増す日本の対米従属)

 すでに述べたように、米国は延命策をやめたらバブル大崩壊だ。米国は延命策を効かなくなるまでやり続け、最終的にバブル大崩壊するだろう。それまで何年かかるのかわからないが、その間ずっと日本は対米従属で、米国に求められるまま、自分で自分を弱める策をやり続けることになりそうだ。非常に暗い結論なので、日本のことはあまり書きたくなかったのだが、大事な話なので書くことにした。