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折々の記 2016 ③
【心に浮かぶよしなしごと】

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【 09 】04/12

  04 12 世界一貧しい大統領の提言   格差是正の課題
  04 12 アベノミクスの岐路   日本の精神的支柱は崩壊しつつある

 04 12 (火) 世界一貧しい大統領の提言     格差是正の課題

識者の弁は理路整然としている。 多くの国民が耳を傾けて拝聴したほうがいい。

   ① 「世界で一番貧しい大統領」が語る幸福論 都内で講演
   ② 「他人のために何かできたら、自分も幸せに」
   ③  世界一貧しい大統領と呼ばれた男 ムヒカさんの幸福論
   ④ 「世界で一番貧しい大統領」政治主導で格差解消を
   ⑤ (今こそ河上肇)「貧困と格差」論、まるでピケティ


2016年4月7日21時26分 野上英文
「世界で一番貧しい大統領」が語る幸福論 都内で講演
      ウルグアイのムヒカ前大統領が東京外国語大学で講演
      http://digital.asahi.com/articles/ASJ475GYKJ47UHBI01P.html

 質素な暮らしぶりから「世界で一番貧しい大統領」と呼ばれた南米ウルグアイのホセ・ムヒカ前大統領(80)が初来日した。7日、東京外国語大学(東京都府中市)で「日本人は本当に幸せですか?」と題して講演し、「一番大きな貧困は孤独です。物の問題ではない」などと、とつとつと語った。

「他人のために何かできたら、自分も幸せに」 ムヒカ氏 →
世界一貧しい大統領と呼ばれた男 ムヒカさんの幸福論  →

 会場では同大の学生ら約300人が聴講し、中継モニターを置いた広場にも大勢の学生や市民らが集った。ノーネクタイ姿で現れたムヒカ氏は講演で「重要なのは、大切な時間を得るために制限をつけること」などと人生訓を披露。タックスヘイブン(租税回避地)をめぐる問題が明るみに出た「パナマ文書」にも触れ、「自分の資本を増やすためだけにお金を使っている人がいる。ばかげた悲惨なことと、若い人たちは戦わねばならない」と批判した。

 また、政治に関して「日本では、若者の30%ぐらいしか投票にいかないと聞いた。信じてないんですね。でも、不平ばかり言うのではなく、同じ気持ちを持つ人とまとまって何かをしなければならない。それが人生に意味を与えること」と参加を呼びかけた。

 学生らとの質疑で「学生時代に学ぶべきこと」を問われると、「答えはあなた自身から出てきて獲得するものだ。心をのぞいてください」と励まし、「全員が幸福を感じられる世界の実現は難しい」などと悲観する声には、「他人のために何かできたら、自分の家族も幸せになる」と答えた。

 聴講した4年生の太田悠香(はるか)さん(22)は「標準的な幸せを求めて、就職活動をしていることに気づいた。私にとって人生の本当の幸せとは何かを考えるきっかけになった」と話した。

 ムヒカ氏は2012年の国連会議での演説が反響を呼び、それらを取り上げた出版社の招きで来日した。(野上英文)

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   (今こそ河上肇)「貧困と格差」論、まるでピケティ


2016年4月8日01時13分 野上英文
「他人のために何かできたら、自分も幸せに」
      http://digital.asahi.com/articles/ASJ477HL0J47UHBI02M.html

 ムヒカ・ウルグアイ前大統領と、講演を聴いた東京外大生らとの主なやりとりは次の通り。

「世界で一番貧しい大統領」が語る幸福論 都内で講演

 ――他の人が働いていたら、同じように働かないといけないと感じますが

 ムヒカ氏「労働者が8時間働き、睡眠に8時間必要で、それ以外にも8時間必要だという闘争があった。その労働闘争をした人たちは亡くなったけど、権利を知らない人はいないでしょう。権利のために闘い、闘争によって意識を開拓したわけです。あなたも同じような考えの人と頑張って下さい。何か魔法が変えてくれるとは思わないで」

 ――私たち若者は何をすべきでしょうか?

 ムヒカ氏「消費主義、市場に支配されてはいけません。クモの巣に捕まってしまったようなもので、いつも『これを買え、あれを買え』と責め立てられている。不可欠な物だけ買えば時間は得られるでしょう。古人が言った『貧乏とは、少ししか持っていないことではなく、限りなく多くを必要とし、もっともっとと欲しがることである』という言葉が教えてくれます」

 ――学生時代をどう過ごせば良いでしょうか?

 ムヒカ氏「個人的な答えはあなた自身から出てきて獲得するもの。ただ、人間というのは、例えば風に吹かれる木の葉のように非常に弱い。誰かと一緒になれば強くなれます。他者の強さが必要です。人間という同じ種、同じ船に乗っているのです。種に貢献する必要があります。恐れず、心をのぞいてください」

 ――全員が本当の幸福を感じられる世界は難しいと思ってしまうのですが

 ムヒカ氏「確かに、私たちは神ではない。私たちは何らかの時点で恐らく、鏡の前に立ち止まり、人生を総括することがあるでしょう。浪費した、誰に対しても手を差し伸べなかった、他の人のことなんて一度も心配したことがなく、誰かのために時間を費やすことがなかった……。そういう人が鏡を見ると、自分のエゴイズムに失望するでしょう。でも、私たちには頭、心があるのです。人生の方向付けは、ある程度できる。音楽でも、絵画でも、農業でもいい。あなた自身を幸せにするものを探して下さい。そこから他の人を幸せにすることを考えて下さい。世界を変えるのではなく自分を変えるのです」

 ――テレビと政治の関係をどのように考えますか?

 ムヒカ氏「情報は人間によって作り上げられているのが現実かもしれません。だから、しっかり学ぶ必要があります。マスコミが大きな比重をしめる社会で、テレビに出てこないモノは、まるで存在しないかのようです。市井の人々は割と無邪気で、言われたことをうのみにする。でも、皆さんが高い教養を持っているなら、深い洞察をする義務がある。他の人が表面的に見えないのを見る。世界で何が起きているのか分析して、見えない人たちに見せないといけない。口を閉じないで。手段を持っているのだから。私は好きじゃないが、こういうもの(スマートフォンを形容するしぐさ)もあるんだからね」

 ――愛がゆえに友人らと闘争が生まれてしまいます。すべての人をどうすれば愛せるのでしょうか?

 ムヒカ氏「他人との衝突は避けられず、どうマネジメントするのかが大事なのです。家族を守るために闘うのは当然ですが、だからといって、ほかの人のために何もできないわけではない。他の人にできたら、自分の家族も幸せになるでしょう。私は世界を良くしようと闘い、子どもを持つ時間がなかった。ただ、私たちは学校を建てて国にプレゼントした。親がなくて勉強できなかった子がいて、生物学的には違っても彼らは私たちの子。そういう風に人生を考えて下さい」(野上英文)


2016年3月31日21時16分 聞き手・萩一晶
世界一貧しい大統領と呼ばれた男 ムヒカさんの幸福論
      来日を控え、日本へのメッセージを語る
      http://digital.asahi.com/articles/ASJ3X7FSVJ3XUPQJ006.html

 質素な暮らしぶりから、「世界で一番貧しい大統領」として注目を集めた南米ウルグアイのホセ・ムヒカ前大統領が、近く出版社などの招きで初来日する。「清貧の思想」を地でいく農園暮らしの根っこには、いったい何があるのか。いまも上院議員として、国民から熱い支持を受ける政治家の自宅を訪ね、その原点を聞いた。

     ◇

 首都モンテビデオから車で30分。畑のわきの小さな平屋で、ムヒカ氏は上院議員の妻と2人で暮らす。愛車は1987年製の昔懐かしいフォルクスワーゲン。自ら家事をし、畑も耕す。秋を感じる南半球の3月。トレパン姿で出てきたムヒカ氏が、庭のベンチに腰を下ろした。

■大統領公邸に住まなかった理由

 ――とても静かですね。

 「いいところだろう。この国は自然豊かで、とても美しい。特にこんな小さな村は年寄りが暮らすには、もってこいなんだ」

 ――大統領公邸には結局、引っ越さなかったそうですね。

 「当たり前だよ。私はもともと農民の心を持って生まれた。自然が大好きなんだ。4階建ての豪邸で30人からの使用人に囲まれて暮らすなんて、まっぴらだ」

 ――アラブの富豪が、あなたの愛車に100万ドル払うと購入を申し出た噂(うわさ)を聞きました。

 「本当の話だ。息子が珍しい車を集めていると言っていたな。もちろん断ったさ。あの車は友人たちからもらった大事な贈り物だ。贈り物は売り物じゃないんだよ」

 ――「世界で一番貧しい」という称号をどう思いますか。

 「みんな誤解しているね。私が思う『貧しい人』とは、限りない欲を持ち、いくらあっても満足しない人のことだ。でも私は少しのモノで満足して生きている。質素なだけで、貧しくはない」

 「モノを買うとき、人はカネで買っているように思うだろう。でも違うんだ。そのカネを稼ぐために働いた、人生という時間で買っているんだよ。生きていくには働かないといけない。でも働くだけの人生でもいけない。ちゃんと生きることが大切なんだ。たくさん買い物をした引き換えに、人生の残り時間がなくなってしまっては元も子もないだろう。簡素に生きていれば人は自由なんだよ」

 ――幸せだと感じるのは、どんなときですか。

 「自分の人生の時間を使って、自分が好きなこと、やりたいことをしているときさ。いまは冬に向けて、ビニールハウスにトマトの植え替え作業をしているときかな。それに幸せとは、隣の人のことをよく知り、地元の人々とよく話し合うこと。会話に時間をかけることだとも思う」

 ――大都会の生活では難しいですね。

 「人間が犯した間違いの一つが、巨大都市をつくりあげてしまったことだ。人間的な暮らしには、まったく向いていない。人が生きるうえでは、都市は小さいほうがいいんだよ。そもそも通勤に毎日3時間も4時間も無駄に使うなんて、馬鹿げている」

 ――でも、東京で私たちはそうやって暮らしているのです。

 「効率や成長一辺倒の西洋文明とは違った別の文化、別の暮らしが日本にはあったはずだろう。それを突然、全部忘れてしまったような印象が私にはある」

 ――2012年にブラジルの国連会議(リオ+20)でした演説は、日本で絵本になりました。

 「このまま大量消費と資源の浪費を続け、自然を攻撃していては地球がもたない、生き方から変えていこう、と言いたかったんだ。簡素な生き方は、日本人にも響くんだと思う。子どものころ、近所に日本からの農業移民がたくさんいてね。みんな勤勉で、わずかな持ち物でも満ち足りて暮らしていた。いまの日本人も同じかどうかは知らないが」

     ◇

 60~70年代、ムヒカ氏は都市ゲリラ「トゥパマロス」のメンバーとなり、武装闘争に携わった。投獄4回、脱獄2回。銃撃戦で6発撃たれ、重傷を負ったこともある。

■獄中に14年、うち10年は独房に

 ――軍事政権下、長く投獄されていたそうですね。

 「平等な社会を夢見て、私はゲリラになった。でも捕まって、14年近く収監されたんだ。うち10年ほどは軍の独房だった。長く本も読ませてもらえなかった。厳しく、つらい歳月だったよ」

 「独房で眠る夜、マット1枚があるだけで私は満ち足りた。質素に生きていけるようになったのは、あの経験からだ。孤独で、何もないなかで抵抗し、生き延びた。『人はより良い世界をつくることができる』という希望がなかったら、いまの私はないね」

 ――刑務所が原点ですか。

 「そうだ。人は苦しみや敗北からこそ多くを学ぶ。以前は見えなかったことが見えるようになるから。人生のあらゆる場面で言えることだが、大事なのは失敗に学び再び歩み始めることだ」

 ――独房で何が見えました?

 「生きることの奇跡だ。人は独りでは生きていけない。恋人や家族、友人と過ごす時間こそが、生きるということなんだ。人生で最大の懲罰が、孤独なんだよ」

 「もう一つ、ファナチシズム(熱狂)は危ないということだ。左であれ右であれ宗教であれ、狂信は必ず、異質なものへの憎しみを生む。憎しみのうえに、善きものは決して築けない。異なるものにも寛容であって初めて、人は幸せに生きることができるんだ」

     ◇

 民政復帰とともに85年に釈放されたムヒカ氏は、ゲリラ仲間と政治団体を創設。89年にいまの与党、左派連合「拡大戦線」に加わった。下院、上院議員をへて昨年まで5年間、大統領を務めた。

■「お前は王子様かというような政治家が」

 ――有権者はあなたに何を期待したのでしょう。

 「自分たちの代表を大統領に、と思ったのだろう。特に貧しい層やつつましい中間層がそうだ。特権層には好かれなかったが」

 「貴族社会や封建社会に抗議し、生まれによる違いをなくした制度が民主主義だった。その原点は、私たち人間は基本的に平等だ、という理念だったはずだ。ところが、いまの世界を見回してごらん。まるで王様のように振る舞う大統領や、お前は王子様かという政治家がたくさんいる。王宮の時代に逆戻りしたかのようだ」

 「私たち政治家は、世の中の大半の国民と同じ程度の暮らしを送るべきなんだ。一部特権層のような暮らしをし、自らの利益のために政治を動かし始めたら、人々は政治への信頼を失ってしまう」

 「それに最近の政治家は退屈な人間が多くて、いつも経済のことばかり話している。これでは信頼を失うはずだ。人生には、もっとほかに大切なことがいろいろあるんだから。たとえば、街角で1人の女性に恋してしまうことに経済が何の関係がある?」

 ――実際、既成政治への不信から米国ではトランプ旋風が起きています。代議制民主主義が機能していないとも言われます。

 「いまは文明の移行期なんだ。昔の仕組みはうまく回らず、来たるべきものはまだ熟していない。だから不満が生まれる。ただ、批判ができるのもそこに自由があるからだろう。民主主義は欠陥だらけだが、これまで人が考えたなかではいい仕組みだよ」

 「それに時がたてば、きっと新しい仕組みが生まれると思う。デジタル技術が新しい政治参加への扉を開くかもしれないし」

 「ドイツやスイスでも政治に不満を持つ多くの若者に出会った。市場主義に流される人生は嫌だという、たっぷり教育を受けた世代だった。米国でも、大学にはトランプ氏とは正反対の開放的で寛容な多くの学生がいる。いま希望を感じるのは彼らだね。貧乏人の意地ではなく、知性で世界を変えていこうという若者たちだ」

     ◇

 かつてウルグアイは「南米のスイス」と呼ばれ、福祉国家を目指して中間層も比較的厚かった。民政移管後は格差が拡大。01年のアルゼンチン経済危機の余波も受けて不満が高まり、ムヒカ氏らの左派政権誕生につながったとされる。ムヒカ氏の退任前の支持率は65%に達した。

■国家に何でも指図されてはいけない

 ――かつて収監されていた刑務所が、きれいなショッピングモールになっていますね。

 「私も行ってみたんだが、まったく驚いたよ。まさにグローバル化の象徴だ。でも、人って馬鹿だよね。簡単に宣伝に支配されて。奥さん、このクリームをつけたらシワが消えますよだなんて、うそっぱちに決まっているのに。そんなものに大枚を払うんだから」

 ――格差が広がったのは?

 「次々と規制を撤廃した新自由主義経済のせいだ。市場経済は放っておくと富をますます集中させる。格差など社会に生まれた問題を解決するには、政治が介入する。公正な社会を目指す。それが政治の役割というものだ。国家には社会の強者から富を受け取り、弱者に再分配する義務がある」

 「れんがみたいに、みんな同じがいいと言っているわけではないよ。懸命に働いて努力した人が、ほうびを手にするのは当然だ。ただ、いまはどうかね。働いてもいないような1人のために、大勢が汗水たらしている世の中じゃないか。これは気に入らない。富の集積にも限度がある」

 「怖いのは、グローバル化が進み、世界に残酷な競争が広がっていることだ。すべてを市場とビジネスが決めて、政治の知恵が及ばない。まるで頭脳のない怪物のようなものだ。これは、まずい」

 「いま中南米が抱えている最大の戦略的リスクは、いい関係を保つべき欧州諸国がテロなど自らの問題で手いっぱいになる一方で、中国が日に日に存在感を増していることだ。一国に深入りしすぎると我々が危うい。もっと関係を広げていきたいんだ」

 ――ご自身を政治的にどう定義しますか。

 「できる限り平等な社会を求めてきたから左派だろう。ただ、心の底ではアナキスト(無政府主義者)でもある。実は私は、国家をあまり信用していないんだ」

 ――えっ、大統領だったのに?

 「もちろん国家は必要だよ。だけど、危ない。あらゆるところに官僚が手を突っ込んでくるから。彼らは失うものが何もない。リスクも冒さない。なのに、いつも決定権を握っている。だから国民は、国家というパパに何でも指図されていてはいけない。自治の力を身につけていかないと」

 ――主張の異なる多くの勢力を与党にまとめるのは大変でしょう。

 「急進左派から社会主義者、中道左派まで大小30ほどの派閥を抱えている。意見が対立し、少数派に理があることもある。でも十分に話し合った末に多数決で出した結論には、みんな従うんだ。それが民主主義の流儀というものだろう。我々にはすでに45年の歴史の積み上げがある。選挙対策の野合なんかじゃないよ」

■スアレス選手を迎えに行った理由

 ――余談なんですが、14年のサッカー・ワールドカップ(W杯)ブラジル大会の試合中、相手選手にかみついたとしてウルグアイ代表のスアレス選手が国際サッカー連盟(FIFA)から厳罰処分を受け、先に帰国したとき、大統領だったあなたは空港まで迎えに行かれたそうですね。あれは、なぜですか。

 「彼はとても貧しい地区の出で、とても複雑な人生を送ってきた若者なんだ。あんなことになって心が折れそうになっていた。君は愛され、認められているんだと言って、支えてあげる必要があると思ったんだ」

 「確かにプレー中のあの行為はまずかったし、出場停止などの制裁を受けることについて異存はない。でも、チームメートから切り離し、まるで犯罪人のようにスタジアムやホテルから追い出したのは、とんでもない間違いだ」

 ――スアレス選手の反応は?

 「うれしそうだったよ。あいつは普段はとても気高い若者なんだが、頭よりもつい足首でモノを考えるところがある」

 ――日本で何をしたいですか。

 「日本のいまを、よく知りたいんだ。世界がこの先どうなるのか、いま日本で起きていることのなかに未来を知る手がかりがあるように思う。経済も技術も大きな発展をとげた働き者の国だ。結局、皆さんは幸せになれたのですか、と問うてみたいな」(聞き手・萩一晶)

     ◇

 Jose Mujica 1935年生まれ。左翼ゲリラ、農牧水産相をへて2010~15年に大統領。12年の国連会議での演説は、日本では絵本「世界でいちばん貧しい大統領のスピーチ」(汐文社)として刊行された。3月には地元記者の密着ルポ「ホセ・ムヒカ 世界でいちばん貧しい大統領」(角川文庫)も出版された。


NHK 4月12日 5時35分
「世界で一番貧しい大統領」政治主導で格差解消を
      http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160412/k10010475641000.html

質素な生活ぶりから「世界で一番貧しい大統領」とも呼ばれたホセ・ムヒカ氏がNHKのインタビューに応じ、「富の集中から取り残される人たちが増えている。不公平をそのままにすれば争いが生まれてしまう」と述べ、政治が主導して格差の解消に取り組むべきだと訴えました。

去年まで南米ウルグアイの大統領を務めたホセ・ムヒカ氏(80)は、給料の大半を寄付に回し、その質素な生活ぶりから「世界で一番貧しい大統領」とも呼ばれるようになりました。
大量消費社会に警鐘を鳴らしたスピーチを翻訳した絵本は日本でもベストセラーとなり、今月5日から来日しているムヒカ氏は11日、都内でNHKの単独インタビューに応じました。
その中でムヒカ氏は、「富裕層への富の集中が進み、これ以上ないほど豊かな人がいる一方、取り残される人たちが先進国でも増えている。そこに向き合うべきは政治だ。不公平をそのままにすれば争いが生まれてしまう」と述べ、政治が主導して格差の解消に取り組むべきだと訴えました。
そのうえで、ムヒカ氏は「最先端の社会であっても多くの人々が孤独という問題を抱え、日本でもたくさんの高齢者が孤独だ。どうこれを正していくか、簡単ではないからこそ国民が政治的に闘う必要がある」と述べ、若者など市民が積極的に政治に参加することが社会を変えることにつながるという考えを示しました。


朝日新聞デジタル 2015年12月7日
(今こそ河上肇)「貧困と格差」論、まるでピケティ
      http://digital.asahi.com/articles/DA3S12105069.html

 豊かな時代の貧しさについて、解決策を考え抜いた経済学者が1世紀前の日本にいた。

 99年前の師走、日本国内が第1次世界大戦下の好景気にわくなか、大阪朝日新聞には夏目漱石「明暗」とともに、「貧乏物語」が連載されていた。筆者は京都帝国大教授、河上肇(かわかみはじめ)。社会問題になり始めていた貧困を経済学者の視点で取り上げ、翌年刊行の書籍はベストセラーとなった。

 「物語」とあるが小説ではない。「いかに多数の人が貧乏しているか」「何ゆえに多数の人が貧乏しているか」「いかにして貧乏を根治しうべきか」の3章構成で、先進国における格差の広がりを、統計を図示しながら説明した経済書。ん、どこかで見たような。テーマといい、論の進め方といい、まるで今年話題になったトマ・ピケティ『21世紀の資本』ではないか。

 「豊かさの中の貧困に注目した点では、1世紀前のピケティと言ってもいい」と経済学者の田中秀臣・上武大教授は話す。河上は執筆前年までの約1年半、欧州に留学し、最強の先進国だった英国の貧困の現状を目のあたりにした。「それまでの日本で貧困問題といえば、都市と農村の格差でした。しかし、近代化が進むなか、豊かなはずの都市にも取り残される人が出てきた。先進国へと向かっていた日本に、警鐘を鳴らした学術書として新鮮だった」

 2章までの論述はさすがに学者らしい。人間は怠ける者だから貧乏は人間を働かせるために必要との意見に対し、今日の西洋の貧乏はいくら働いても貧乏は免れない「絶望的の貧乏」と指摘し、貧困の構造を解き明かしていく。日本はさらに貧しく、書籍刊行の翌年には米騒動が起きた。

 ではどうするか。ざっくりまとめると「みなぜいたくをやめよう。特に金持ちは。生産者はぜいたく品を作らなくなり、生活必要品が安価に行き渡るようになる」。え、個人の心がけで解決するのですか、先生。実際本人も「実につまらぬ夢のごときことを言うやつじゃと失望されたかたもあろうが」と書いている。

 経済学者の故・大内兵衛はこの時期の河上について「経済学をもって倫理の学と考えていた」と書いた。田中教授も「若い頃にキリスト教思想家の内村鑑三に影響を受け、利他的に生きることが結果的に社会の幸福を導くと考えていた。個人のエゴイズムをどう制御するかは、河上思想に一貫するテーマです」。

 「貧乏物語」は他の経済学者から批判を受け、河上は著書を自ら絶版にする。そして貧困の解決を当時の最先端思想のマルクス経済学に求めていく。貧乏を無くすには労働が必要だが、苦役ではなく楽しく働くにはどうすればいいか……。そんなことをあれこれ考えながら、新興国のソ連を、個人主義(資本主義)に対抗する理想社会と考え、教職を辞し、政治活動としてのマルクス研究に専心する。

 「河上経済学は富は人生の目的ではないと考えるところから始まっている」と話すのは、河上の近代中国への影響力を詳述した『甦(よみがえ)る河上肇』(03年)の著者、三田剛史・明治大専任講師だ。「貧乏が問題なのは、一個人が人生の目的を達するためのスタート地点に立てないから。解決のため、制度改革と人心改革をどうすればいいかを悩み続けた。社会主義と人道主義が混じり合うのが河上思想です」

 しかし、私たちはなお「貧乏物語」を解決できない時代を生きている。河上が期待した実験国家はとっくに滅びた。河上思想もまた滅びるだけなのか。三田さんはいう。

 「河上は貧困の解決を生涯考え続けた。その姿勢こそ学ぶべきです」(野波健祐)

 <足あと> 1879年、山口県生まれ。東京帝大卒業後、講師などを経て、1908年に京都帝大へ。16年に新聞連載した「貧乏物語」はベストセラーになる一方、厳しい批判も受けた。以降、マルクス経済学に傾倒し、28年、京大教授を辞して労働農民党に参加。32年からは共産党の地下活動に参加し、翌年、治安維持法違反で収監される。37年、刑期満了で出獄、戦後の活動再開を期したが、46年死去。

 <もっと学ぶ> 河上思想の変遷をたどるには、没後の47年刊行の『自叙伝』(岩波文庫、全5巻)。入獄生活を細かく書いた「獄中記」部分が圧巻で、伝記文学としても優れている。

 <かく語りき> 「人間は人情を食べる動物である。少(すくな)くとも私は、人から饗応(きょうおう)を受ける場合、食物と一緒に相手方の感情を味(あじわ)うことを免れ得ない」(『自叙伝』「御萩〈おはぎ〉と七種粥〈ななくさがゆ〉」から)


 04 12 (火) アベノミクスの岐路      日本の精神的支柱は崩壊しつつある


いよいよ、安倍総理が進めてきたもろもろの政策は、八方塞がりになってきた。

対米姿勢で独自性を持たず、国内政策では側近をすべて唯々諾々として追従する人を集めて、独りよがりの軌道を決めてしまった。

日本をボロボロにしてしまった。 簡単には軌道修正できない。

どうして自民党員や支持者は、この安倍政策に対して修正やブレーキをしないのだろうか?

改めて、政治理念の再構築を、国を挙げて審議しなおさなくては、国家としての集団の姿を蘇生させることはできない。
 (下平記)



朝日新聞デジタル オピニオン 2016年4月12日
アベノミクスの岐路 「とりあえず現状維持」の怖さ
      連載:波聞風問  原真人
      http://digital.asahi.com/articles/DA3S12305203.html

 アベノミクスが失速しているという見方が広がってきた。政策をさらに強めるのか、軌道修正か。ここは大きな岐路である。国会でも、安保法制のように大きな争点にすべきだと思うのだが、論戦は盛り上がりに欠ける。

 藤巻健史参院議員は、安倍晋三首相や黒田東彦(はるひこ)日本銀行総裁にこの問題を問い続けている。外資系銀行で「伝説のディーラー」と呼ばれ、著名投資家ジョージ・ソロス氏のチームにいたこともある市場のプロだ。その目には、財政出動や日銀の異次元緩和が国民の潜在的負担をとてつもなく膨らませている、と映る。

 藤巻氏がとりわけ重大と見るのは、返済可能な域を大きく超えた1千兆円の政府債務だ。もはや増税だけで解決するのは無理。調整インフレしかない。たとえば、5~7%のインフレが10年続けば、借金の実質負担が半分になる。「国民生活にとっては厳しいが、考えられうる最も穏当な着地シナリオ」という。

 だが、異次元緩和はその道さえ閉ざしてしまった。日銀が新規国債の2倍もの量の国債を毎年買い続け、事実上の
「財政ファイナンス」に乗り出したからだ。歴史が教えるそういう金融政策の末路は、物価が何十倍、何百倍となる超インフレである。

 異次元緩和の恐ろしさは、たとえ「出口」にたどり着いても、うまく着地できるか分からないことだ。日銀が国債の大量購入をやめ、放出も迫られれば価格は急落する。その中でも財務省は日銀以外の国債の買い手を見つけ、予算編成をしなければならない。大量の国債を抱える日銀は債務超過に陥ってもなお、金融政策を機能させられるのだろうか。問題は山積している。


 ある仮説が浮かぶ。

 異次元緩和では経済の好循環を生みだせなかった。それがはっきりしてきたのに当局は政策をやめようとしない。それは当面この状態が最も心地良いからではないか――。

 当局者たちが、将来リスクに目をつぶって目先の安定を求め、「とりあえず現状維持で」という気分になっていないとは限らない。

 財務省や日銀の関係者に、その疑問をぶつけてみた。全員が「一刻も早く出口を迎える方がいいに決まっている」と言って否定した。ただ、何人かはこんな言い方で付け加えた。「一人一人はそう思っている。ただ、組織としては結果的に今の状態が楽だという気分になりかけている」

 蓄積するリスクのツケは、いずれ国民に回る。だから、政権や当局にはそんな刹那(せつな)主義に陥ってもらっては困る。

 とはいえ、少しでも景気が悪くなれば景気対策を求め、大胆な金融緩和を歓迎し、消費増税の延期を喜んできたのも、私たち国民なのだ

 それがかえって未来を危うくするなら、まず私たち自身が「求めること」をやめなければならない。 そうでないと、破局シナリオは本当に止められなくなってしまう
(はらまこと 編集委員)

「財政ファイナンス」

財政ファイナンスは、「国債のマネタイゼーション(国債の貨幣化)」とも呼ばれ、国(政府)の発行した国債等を中央銀行が直接引き受けることをいいます。これは、中央銀行が政府に対して、マネー(資金)をファイナンス(供給)することであり、政府の厳しい財政状況において、財政赤字の拡大や穴埋めの支援策として、中央銀行が直接協力することを意味します

一般に財政ファイナンスを行うと、その国の政府の財政節度を失わせると共に、中央銀行による通貨の増発に歯止めが掛らなくなって、悪性のインフレ(ハイパーインフレ等)を引き起こす恐れがあり、そうなると、その国の通貨や経済運営そのものに対する国内外からの信頼も大きく損なわれるため、先進各国では、財政ファイナンスを制度的に禁止しています

現在、日本においても、「国債の市中消化の原則」と呼ばれるものがあり、財政ファイナンスと見なされる恐れのある、日本銀行における国債引き受けは、財政法第5条によって原則として禁止されています。ただし、金融調節の結果として保有している国債のうち、償還期限が到来したものについては、「財政法第5条(ただし書き)」の規定に基づき、国会の議決を経た金額の範囲内に限って、国による借換えに応じています。




【BLOGOS(ブロゴス)】- 意見をつなぐ。日本が変わる [記事 佐々木憲昭 2014年04月29日 20:38]
財政ファイナンスへの危険な道を許さない
http://blogos.com/article/85499/

私は、先日(4月23日)の財務金融委員会で、日銀の黒田総裁に質問しました。日銀が、銀行保有の国債を大量に買い入れるのは、事実上の「財政ファイナンス」ではないかと。
「財政ファイナンス」とは、国家財政の赤字を穴埋するため、日銀が国債を大量に買い取ることです。 しかし、日銀の黒田総裁は「長期国債の買い入れは、あくまでも金融政策の目的で行うもので、財政ファイナンスではない」と反論しました。 本当にそう言えるのでしょうか。2014/04/29

 財政法では「赤字国債の発行」は認めていない

 もともと、財政法第4条には、「国の歳出は、公債又は借入金以外の歳入を以て、その財源としなければならない」としています。つまり、公債も借入金を認めていないのです。
 なぜこのような条文があるのでしょうか。それは、過去の戦争のさい政府が戦費調達のため国債を無制限に発行し、それを日銀に直接引き受けさせて通貨価値を暴落させ、戦後の大インフレーションを引きおこした経験があるからです。

 ですから、財政法では赤字国債の発行は認めておらず、第4条でかろうじて認めているのは、公共事業等のための公債(4条国債)・借入金だけです。それも、返済計画を提出するなどの条件付なのです。
 この財政法に穴を開け赤字国債発行を可能にしたのは、赤字国債発行法(公債特例法)という法律でした。それは、毎年、予算とともに国会に提出し可決する必要がありました。

 憲法第83条は、「国の財政を処理する権限は、国会の議決に基いて、これを行使しなければならない」と定めています。どこから財力を調達するかも含め、主権者である国民を代表する国会の議決に基づくものとしているのです。また、憲法第86条は「内閣は、毎会計年度の予算を作成し、国会に提出して、その審議を受け議決を経なければならない」と、予算の単年度主義を規定しているからです。

 かつて大平正芳(おおひらまさよし)大蔵大臣は、1975年12月の衆議院大蔵委員会で赤字国債発行について、こう述べたことがあります。
 「財政法は、公債の発行は4条国債以外認めていないわけでございます」。赤字公債の発行が「習い性(ならいしょう)となっては困るわけでございますので、異例の措置であれば、その年度限り、その特定の目的のために、これだけのものをお願いする、というように限定しなければならぬ」と。

 日本銀行による「歯止め」もあった

 また1971年11月1日の参院予算委員会で、佐々木直(ささきただし)総裁はこう述べています。

 「国債の発行を何か当然のように考えている傾向がございますが、これは中央銀行の立場から申しますと、はなはだ警戒すべき態度であると思います。……国債の発行に歯どめを与えるという意味から、すでに御説明のございました財政法第4条の規定、それからまた日本銀行としていまとっております国債の直接引き受けはしない、それからまた発行後一年未満の国債あるいは政保債の買い入れは、これは右から左に消化するという印象を与えるということで、やっぱりそこに歯どめの効果を持たすために一年未満は買い入れをしない、この二つの原則は日本銀行として強く維持していくつもりでおります」。こう答えています。

 1999年02月09日の衆院大蔵委員会で、速水優(はやみ まさる)総裁は、「国債の買い切りオペ、幾らでもどんどん買えばいいじゃないかという御意見もあろうかと思いますけれども、そうすればやはり引き受けと同じことになってしまいまして、財政節度が失われるおそれもございますし、国債の直接引き受けと大差ないことになってしまう」。こう答えているのです。

 このように、財政法から見ても日銀ルールから見ても、赤字国債発行と日銀引き受けを厳しく制限してきたのがこれまでの原則でした。

 「二つのルール」を投げ捨てるアベノミクス

 ところが、この原則を覆したのが、民主党政権の最後の年(2012年11月)に提出された赤字国債発行自由化法でした。

 自公民の合意で「2012年度から2015年度まで」の4年間、赤字公債の発行を自動的に認める法案をつくり、可決してしまったのです。

 これは、国会のチェック機能を今後3年にわたって奪うことにもなり、議会制民主主義の重大な蹂躙でもありました。
 総選挙後、自民党政権が復活した後、2013年度から2015年度までの3年間は、どんな大規模な予算を組んでも自由に赤字国債を発行できることとなりました。原則の大転換がおこなわれたのです。

 そのうえ、安倍内閣になって日本銀行のルールを、根本から覆す転換がおこなわれました。
 一つは、日銀券ルールを停止したことです。これは、2001年(平成13年)3月の金融政策決定会合で決定された金融調節上の必要から行う「国債買入れ」を通じて日本銀行が保有する長期国債の残高については「銀行券発行残高を上限とする」というルールです。
 アベノミクスで、このルールを停止してしまいました。日銀券発行残高(2014年3月)は86兆6308億円なのに、日銀の長期国債保有残高はすでに154兆1536億円にのぼっています。「日銀券ルール」が生きていれば、明らかにルール違反の状態になっているのです。

 二つは「1年ルール」の放棄です。これは、1967年につくられたルールで、「発行から1年未満の国債あるいは政保債の買い入れはしない」というルールです。財政規律を維持するために必要なこの原則も、破棄されてしまいました。
 日銀は、政府の国債発行後すぐに市場から買うようになってます。銀行が、財務省の実施する入札に応じて国債を仕入れ、翌日から数日後には、日銀が実施する国債買い入れで売る取引が、昨年の夏から目立つようになりました。「右から左に消化している」としか言いようがありません。

 日銀の黒田総裁は、「財政ファイナンスではない」と言いましたが、その根拠としてあげたのは「直接引き受けをしていない」という点だけです。これでは、まったく反論になっていません。

 スタグフレーションへの道を許してはならない

 日銀総裁が「この二つの原則は日本銀行として強く維持していくつもりでおります」としていたものを、黒田総裁になってそれを否定して当然という姿勢に転換したのは、まことに驚くべきことです。やってはならない「財政ファイナンス」そのものです。

 これで今後、日本の財政と金融はいったいどうなるでしょうか。
 結局は、財政規律を失い、過剰な通貨供給を招くことになるのです。流通に必要な量を超えて通貨が過剰に供給されれば、通貨価値が下がり物価が上昇するインフレーションというたいへん危険な道に入ることになるのです。

 経済が停滞するもとで物価上昇が起こるスタグフレーションへの道に入り込んだら、日本経済も国民生活も破滅に導くことになります。この道は、絶対に歩んではなりません。


スタグフレーション
      wikipedia
      https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%82%B0%E3%83%95%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3

スタグフレーション(stagflation)とは、経済現象の一つであり、「stagnation(停滞)」と「inflation(インフレーション)」の合成語で、経済活動の停滞(不況)と物価の持続的な上昇が併存する状態を指す。

歴史

1970年代、アメリカ・日本でインフレ率が二桁台に上昇し、失業率・インフレ率も高まるという状況が生じた。この時期のスタグフレーションは石油危機によるコスト・プッシュインフレとして論じられることが多い。

イギリス

1960年代末から1970年代におけるイギリスはインフレと失業が深刻であった。マーガレット・サッチャー首相はケインズ経済学を放棄し、市場経済を重視する新古典派経済学の政策である規制緩和・民営化・競争促進・福祉削減を実行した(サッチャリズム)。サッチャーの改革は、イギリス経済を建て直した。

アメリカ

アメリカでは1979年の第2次オイルショックにより、スタグフレーションが深刻化した。1980年代にはロナルド・レーガン大統領による減税・規制緩和を柱とした経済政策「レーガノミクス」や当時のFRB議長であるポール・ボルカーによる強力な金融引き締め政策によってインフレは終息した。ボルカーの「ディスインフレ」政策は1980年代のインフレを劇的に抑えた一方で、10%に迫る失業率を生み出した。

ベン・バーナンキは、1970年代のアメリカのインフレの原因について「民間の経済主体の高いインフレ期待が、高いインフレーションもたらした」と指摘している。

日本

昭和初期

1927年、田中義一内閣がモラトリアム令を配布し、各民間銀行に日本銀行が巨額の救済融資を行い、取り付け騒ぎを鎮めたが、再三の日銀特融による日本銀行券の増発によって、不況の中のインフレの発生(スタグフレーション)に陥った。 【 田中秀臣 『デフレ不況 日本銀行の大罪』 朝日新聞出版、2010年、113頁】

オイルショック

詳細は「狂乱物価」を参照

1970年代前半の石油価格高騰では工業生産の停滞が起き石油の需要にはブレーキがかかったが、生産縮小から労働需要にもブレーキがかかり失業増大を招いた。一方、1970年代末、多くの先進諸国が第2次オイルショックでスタグフレーションに陥る中、日本の影響は軽微に留まり1980年代の好景気へ入っていった。これは産業の合理化や、第1次オイルショックでの過剰な調整により生産・雇用の余力があったことが原因と見られる。

なお、1980年代はその初頭にふたたび石油価格が上昇してスタグフレーションを招いたが、その後は逆に石油価格がほぼ半値まで下落し「物価安定と好景気」が先進国を活気付けた。

サブプライムローン問題

2008年、サブプライムローン問題に端を発した米国不景気から資金が原油や穀物市場に流れて価格が高騰、その結果各種コスト高から物価が上昇した。日本銀行の白川方明総裁は、同年5月27日に開かれた参議院の財政金融委員会で日本がスタグフレーションに陥るおそれがあるとしたが、7月17日の会見ではスタグフレーションの発生を否定する認識を示した。その後、世界景気の急速な後退などを背景に原油・穀物価格は2008年後半から急速に下落、翌年にかけては内外の需要の落ち込みと輸出の急減で個人消費や消費者物価の下落が顕著となりデフレーションに陥った。

2015年

経済学者のポール・クルーグマンは「日本では今(2015年)、急速な円安のマイナス面が表面化し、物価が上昇している。それに対して賃金の上昇が追いついていないために、スタグフレーションに陥りつつある」と指摘している。

    クルーグマン教授・独白「日本経済は、世界の良きモデルになる」【1】
    ノーベル賞経済学者が安倍総理に直訴 <PRESIDENT Online – プレジデント 2015年1月2日>



PRESIDENT 2014年12月15日号
クルーグマン教授・独白
「日本経済は、世界の良きモデルになる」 【1】【2】
ノーベル賞経済学者が安倍総理に直訴
http://president.jp/articles/-/14177【1】
http://president.jp/articles/-/14178【2】
その発言に各国の政府関係者から市場関係者までが注目する「世界のオピニオンリーダー」。アベノミクス、金融緩和、消費税再増税……プレジデントの独占取材にクルーグマン氏は自宅で答えた。
私は昨年10月31日付のニューヨーク・タイムズに“Apologizing To Japan”(日本への謝罪)というコラムを書いた。主旨はこうだ。

日本はバブル崩壊後、1990年代の初頭から20年間スランプを経験した。いわゆる「失われた20年」と呼ばれる時期だ。バブルが崩壊して10年近く経った98年、私は「復活だあっ!」という論文で日本経済の問題を分析した。そこで「流動性の罠」の説明をした。それは中央銀行が金利をゼロまで下げても金融政策としては十分ではないという状態だが、FRB(米連邦準備制度理事会)前議長のベン・バーナンキも日本政府に果敢な決断をするように2000年に論文を発表した。私もバーナンキも日本政府の政策が不十分であると痛烈に批判したが、実は西洋と比較するとまだましであると言いたかった。ある意味では我々には日本を痛烈に批判する資格はなかったかもしれない。ということで、私は「日本に謝罪する」というコラムを書いた。要するに自分の国や欧州のことを棚に上げて日本を批判したことに対する謝罪ということだ。

日本で話題になっているこのコラムは、欧米が日本の失策から学ぶべきことを学ばずに日本よりもひどい失策をしたことに対する反省と皮肉を込めて書いた。日本はかつて「反面教師」であったが、西洋が大失態をしたので、それどころかロール・モデルに見える。アベノミクスが奏功すれば、世界中の国は日本こそがまさにロール・モデルになることを認めざるをえないだろう。

私はアベノミクスを支持してきた。それだけに、安倍晋三首相が2015年10月に予定していた消費税率10%への引き上げを先送りする方針を固めたというニュースを耳にして、ほっと胸をなでおろした。日本は消費税増税の第二弾を実行するかどうか、与党内でも真っ二つに分かれている。私は昨年11月6日、首相官邸で安倍首相に直接進言する機会を与えられ、今はその時期ではないと、延期するように伝えていたからだ。

私は日本経済に期待してやまない。日本の行方を「金融緩和」「円安」「女性活用」の3点から展望しよう。

一 サプライズ追加緩和は、大歓迎

黒田東彦日銀総裁が、サプライズ追加緩和を発表したが、それにはもろ手を挙げて大歓迎である。称賛すべきことだ。今まで日銀や日本政府が実行してきたことは、消費税増税を除いてはすべて歓迎である。実際日銀が実行してきたことは別に斬新なことではなく、何年も前から私を含め、欧米の専門家たちが実行するように促してきたことである。

まず、なぜ黒田氏の追加緩和の決断が正しいか説明しよう。日本がデフレ状態から完全に脱していないことは明らかだが、その状態から脱するには「脱出速度」に達さないといけない。脱出速度というのは元々重力圏からの脱出速度という意味だが、私は比喩的に使っている。今優先すべきことは、脱デフレのためになんでもやることであるが、消費税増税以外の政策はその点で正しい。

消費税増税第一弾の影響はすでに出ており、予想通り消費に陰りが見えている。どれほど追加緩和を行ったとしても消費税増税はそれに真っ向から反する策で、それは航空母艦から離陸しようとしている戦闘機がブレーキをかけている状態である。戦闘機が空母から落ちないように射出しなければならないときにブレーキをかけたのでは、離陸に失敗するのは目に見えている。今の状態では溝にはまって底から体を押し上げて脱出しようとしているときに、力が足りなくなってまた底にたたきつけられる懸念があるということだ。アクセルを十分に踏んでいない状態である。サプライズ追加緩和でアクセルをまた踏んだが、消費税増税第二弾を実施すれば、その推進力は相殺されてしまう。消費税増税の財政上の理由があったとしても、まず戦闘機が空母から離陸して飛行状態になるまで待つべきである。だから私は安倍首相に増税を延期するようにと自分の意見を述べた。

今の日本は33年、金本位制が崩壊したときのアメリカにもっとも近いだろう。そのときでさえ、4年後に経済はまた景気後退に陥った。日本は30年代に同じようなことをしているが、日中戦争で戦わないといけなかったので、大規模の財政支出で助けられた。だから、今日本がやろうとしていることは誰も試したことがないことである。奏功すれば日本が世界のモデルになると言いたい。

二 「臆病の罠」に陥っていないか

「黒田バズーカ」炸裂!第3弾はあるか? 昨年10月31日に追加の金融緩和策を導入。消費税率の10%への引き上げを前提に実施したこと、2%の物価安定目標の達成が難しくなることを回避するための追加緩和であることを強調した。(時事通信フォト=写真)

黒田氏は実現すべきインフレ率を2%にしているが、実際に2%に達するには目標を4%にしなければならない。この4%という数字は以前から私が繰り返し主張してきたが、なかなか受け入れてもらえなくて残念である。ここで「timidity trap」(「臆病の罠」、liquidity trap「流動性の罠」にかけている)について説明したい。

「臆病の罠」というのは原則上正しい考えを持つ政策立案者が実行面で絶えず中途半端な施策に終わり、揚げ句の果ては政治的にも経済的にも期待外れに終わるというものだ。日本の場合過去の政策と断固として決別し、我々のような欧米の経済学者が15年以上にもわたって、強く促してきた政策をやっと採り入れた。とはいえ、実際に実行するときには現状が要求しているよりもインフレ目標を低く設定することが「臆病の罠」である。そうすると離昇達成に失敗するリスクが高くなる。ロケットで言うと発射したものの空中分解してしまう状態になるリスクが高くなるということだ。黒田総裁はインフレが2%になることを予想しているが、その根拠を示していない。私が言いたいのは、2%という目標が好況を生み出すのに十分ではない可能性があることだ。黒田氏の主張する2%という数字は、その基礎となるモデルが何かわからない。

もしそれが正しくなければ何が起こるかと言うと、インフレ率が1%になるとそれ以上上がらずに、日銀が予想しているレベルには達さないということだ。その場合政策の信憑性は崩壊する。今重要なことはインフレ率を上げるということを国民に信用させることで、インフレ率が上がれば、実質金利が下がるのでそれが景気拡大を生み出す。今度はそれがさらにインフレ率を上げるという好循環を生み出す。そうなって初めて期待が正当であることが実証されるのである。しかし、景気拡大が好況を生み出すのに十分でなければならない。インフレを目標レベルまで押し上げるのに十分な潜在産出量(資本や労働が最大限に利用された場合に達成できると考えられる長期間維持可能な実質GDPの最高水準)よりも上のレベルで経済が機能しなければならない。確かに量的・質的金融緩和の効果は出ているが、それでも私は懸念している。需要が弱い状態が続く限り、構造改革をすぐに実行することは難しいからだ。

三 円安は政策の劇的な成功の一つ

次に円安について説明しよう。まず大幅に円安になったことは政策の劇的な成功の一つである。日本のメーカーはアベノミクスが実行される直前、過大評価された円について泣きわめいていた。そのあと円安になりかなり競争力がついたように見えた。例えば、建設プロジェクトがあって、ブルドーザーを買うときに円安になる前と比べると今は小松製作所のものを買う可能性が高い。日本のメーカーが特定の商品の製造を日本でやるべきか、あるいは中国でやるべきか考えるときに日本で製造すれば実行計画が立てやすく、プロセスにもアクセスしやすいが、中国では賃金を安く抑えることができる。そういうプラス面とマイナス面を総合的に見ると今は日本がより魅力的な場所である。日本で製造したほうがより利益が得られるだろう。

一般的に通貨安は輸出を推進するという有力な証拠が歴史的にあるとすると、一方ではそういう影響は数回の四半期までは結果が見えにくいという経済データもある。普通10%円安になると10%輸出が伸びるはずだが、円安の影響がもっと出てほしいと私は思っている。賃金が上がる前に物価が上がるという円安のマイナス面が今出ているが、総合的に見ると円安のマイナス面よりもプラス面のほうが大きい。

85年にプラザ合意でかなりドル安になったが、それから2年間ほどなぜアメリカ経済はよくならないのかと専門家たちは言い続けた。2年後にはアメリカの貿易赤字は激減したが、それは通貨の大きな動きがあったときにその影響が出はじめるのに時間がかかるということだ。もう少し時間が経過すると輸出は伸びると思う。プラザ合意は為替相場の貿易に対する影響において、一種の自然実験と言ってもいい。最終的には理屈通りになったが、タイム・ラグがあった。最初の半年は何も起こらず、1年半経ってもあまり変化が見られなかった。2、3年してはじめてその影響が見え始めたのである。

円安のマイナスの影響で物価はすでに上昇しているが、物価だけが上昇するのは当然好ましくない。賃金は年に3、4%上がり、物価は年に2%かそれ以上上がるのがいい。

日本では今急速な円安のマイナス面が表面化し、物価が上昇しているが、それに対して賃金上昇が追いついていないために、スタグフレーションに陥りつつある。

【2】
四 女性活用が遅れた日本にチャンス

私が昨年11月上旬に来日していたときに黒田日銀総裁は「物価安定の目標を早期に実現するために、できることは何でもやる」とデフレ克服に向けて強い決意を表明した。今日本にとってもっとも必要なことはデフレマインドに戻らないことだが、企業が低価格戦略を打ち出さないことも重要である。国民がインフレマインドにならない限り、消費は伸びない。消費が伸びないかぎりデフレから完全に脱却することはない。私が一番恐れているのは、先述した「臆病の罠」状態だが、少なくとも黒田氏はその罠に陥らないように「サプライズ追加緩和」を発表した。

女性活用については、黒田氏が2014年5月24日付のウォールストリート・ジャーナルのインタビューで述べている。「経済成長を高めるにはさらに3つの変革が必要だ」として、「一つは民間セクターが資本投資(設備投資)をもっとする必要がある。2つ目は労働力はもっと高齢者層と女性を参加させる必要がある。3つ目は生産性を上げるために規制緩和と構造改革が必要である」と言っている。女性の活用については安倍首相も強く奨励しているが、考えてみると日本で女性が労働力に参加するのがこれほど遅れていたという事実は、むしろ近い将来女性がもっと参加することで潜在成長率がかなり伸びるチャンスがあるということである。これはある程度移民を受け入れることにも当てはまる。アメリカでは女性はすでに重要な労働力になっているので、もっと女性を労働力に入れると言っても景気はそれによってよくならない。日本が欧米化するのは文化的に難しいと思うが、日本には最善の結果を期待している。

一方で世界経済はこの先いったいどのような未来を描くのだろうか。

米国経済はかなり雇用を復活させて欧州経済と比べるとはるかに強い。おまけにガソリン価格が急速に下落しているので、その分消費者に余裕が出てきている。昨年10月29日にはFRBはその日開催のFOMC(米連邦公開市場委員会)で、QE3(量的金融緩和策)の終了を発表したが、これは米国経済の回復がはっきりしているということだ。

現在の焦点はFRBがいつ利上げに踏み切るかに集まっている。今年半ばには踏み切るという観測も出ているが、これは明らかに米国経済が回復している証拠である。昨年9月の失業率が金融危機後初めて5%台にまで改善したことも米国経済の復活の証拠である。とはいえ、米国の労働者の賃金が上昇する前にイエレン議長が利上げに動くと米国経済が再び失速する可能性が出てくる。利上げのタイミングは米国経済にとって決定的に重要である。

五 中国経済はバブル崩壊の可能性も

    未来を次々と的中!「クルーグマン発言集」
      1994  アジア経済の急成長は生産性の向上でなく、資本、労働などの生産要素の投入拡大によってのみ可能となった
      1997  海外資金が群集心理でどんどん入ってくるときに新興国の政府がこれに対応するのは難しい
      1999  日本が真に必要としているのは、目標とするインフレ率を明示することだ
      2007  (ブッシュ政権は)格差をむしろ悪化させる政策を打ち出している
      2008  金融安定化法の第二弾を急ぐべきだ
      2011  今後、世界は50%以上の確率で景気後退に陥るだろう

14年11月4日に行われた米国の中間選挙で、議会のねじれ現象は解消した。しかし、民主党のオバマ大統領に対して、議会の支配権は両院とも共和党が掌握したために、政治的な行き詰まりはさらに悪化するかもしれない。これを切り抜けるにはオバマ大統領が共和党に妥協していくしかない。13年に予算をめぐって連邦政府機能を停止させたことは記憶に新しいが、あのときは名目上の債務不履行に陥りかけた。オバマ大統領は賢明だから、この悲惨な対立から教訓を学ばないことはないだろうが、もしこれからの2年で共和党に妥協しなければ、政治的膠着が見られるかもしれない。それは今調子がよくなっている米国経済にとっては明らかにマイナスになる。

中国経済はグローバル経済において、もっとも重要なワイルドカードのひとつであるが、インフレ率はこの5年でもっとも低く、海外投資も縮小している。中国経済が今までと同じような成長を維持することはできないだろうという予測に反論する人はいないだろう。中国国家統計局の数字はそのまま鵜呑みにできないが、昨年発表された第3四半期のGDPは前年同期比7.3%増であった。

今の中国経済の状況は極端な投資バブル状況にあり、金融危機が生じる可能性が高い。バブル崩壊が始まると日本で起きたときよりももっとひどくなるだろう。日本経済や欧州経済への影響は計り知れない。

この状況をよく把握して、中国はまさに経済構造の転換をしようとしている。このままでいくとバブル崩壊になる可能性が高いので投機的な不動産投資への依存を減らし、内需主導型の経済に転換しようとしている。これを物語っている数字が新規雇用者の数である。14年に入ってからの8カ月で1000万人近く都市部で増えたというのだから、明らかにサービス産業への産業転換が急速に進んでいる。つまり、数字から見るとGDP成長率は目標の7.5%より低いが、それは半ば意図的に生じさせたものである。産業転換をしないで、バブル崩壊の道を行くよりも、雇用を創出して安定した成長を維持したほうが、世界経済の安定にもつながるのだ。

中国経済が悪化すれば、日本経済だけでなく世界経済にも計り知れない打撃を与える。特に不況とデフレ懸念が深刻化する欧州は中国の最大の取引先でもあるので、影響は甚大である。さらにドイツの緊縮政策が悪影響していることもあり、欧州発の危機が醸成されつつある。

メルケル首相は緊縮政策でユーロ安定と唱えているが、ドイツ経済は欧州経済の不況が長引いていることで輸出にブレーキがかかっている。しかも、南欧諸国の不良債権は膨らんでいる。ドイツにそれを救済する気持ちがないことも欧州経済の悪化の一因になっている。

六 経済の低迷期には何に頼るべきか

【1】の冒頭(http://president.jp/articles/-/14177)で言及した“Apologizing To Japan”にも書いたように、西洋が日本よりもひどい状態になったのは緊縮政策のせいである。日本の不良債権処理が遅れたように南欧の不良債権処理が遅れると、それがユーロ危機第二弾の発端になる可能性がある。第一弾が生じたときに私は声を大にして「緊縮政策は間違っている」と叫んだが、誰も聞く耳を持たなかった。ギリシャは増税と歳出削減を実行し、財政赤字はGDPの15%にも相当する規模まで膨れ上がった。その教訓をドイツが学んでいないのは理解しがたい。緊縮政策がいかに間違っていたかは誰の目にも明らかであるはずなのに、なぜ教訓を得ようとしないのだろうか。

今回来日したときに話した人たちは、「多くのビジネス・リーダーたちは日銀の政策は間違っている」と言っていた。自著『そして日本経済が世界の希望になる』にも書いたように、経済の低迷期には理論と歴史の教訓に頼るべきである。つまり経済学者が言うことに耳を傾けるべきだ。国家は会社とは異なるということを理解しなければならない。FRBもイングランド銀行もベン・バーナンキ、ジャネット・イエレン(現FRB議長)、マーヴィン・キングといった元大学教授の指揮下にあった。ECB(欧州中央銀行)総裁のマリオ・ドラギもほとんどのキャリアを学問の世界と公職で過ごしてきた人だ。ドラギはご存じのようにユーロを崩壊から救った英雄である。

欧州経済について私の懸念が増しているときに、昨年11月6日ドラギ総裁は理事会後の記者会見で「必要な場合にとる追加策の準備を指示した」と述べ、さらなる金融緩和を示唆した。これを知って私はいささかほっとした。金融市場にはECBが国債などの資産を買い、大量のお金を市場に流す量的緩和に踏み切るとの見方が広がった。そのためユーロ安が進み各国の株価が上昇した。

普通会社が経営に行き詰まると賃金を下げ、経費を削減して経営危機を乗り越えようとするが、それを国家に適用すると経済はますます悪化する。需要が減り、悪循環が生じるからだ。経営困難に陥ったときの会社経営者たちの発想と国家の経済が低迷しているときの発想は真逆になる。だから、景気が低迷しているときはビジネス・リーダーたちの言うことに耳を傾けないほうがいい。

こうして世界経済全体を俯瞰すると、正常に機能しているのはアメリカとイギリスの経済だけである。BRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ共和国)では中国以外にも景気減速が生じている。

七 クリミア介入でプーチン氏の支持率上昇

ロシア経済は初期のプーチン政権時代は年平均7%ほどで成長していたが、その勢いはなくなった。プーチン大統領が権力を維持できた背景には、一因としてロシアが急速な経済成長を達成できたことがあるが、ロシア経済が失速すればその権力基盤が揺らぐことになりかねない。クリミアへのロシアの介入は、プーチン大統領が自分の権力基盤を守るためにやったというのが私の見方である。これはロシアに限ったことではなく、国家の指導者が政治的な打算で、戦争という手段に訴えることはよくあることだ。アメリカのブッシュ前大統領が「対テロ戦争」を始めると支持率は急速に上昇し、プーチン大統領の支持率もウクライナ危機以来上昇している。

私が頭に描く理想のシナリオは、アメリカではオバマ大統領が共和党に妥協しながら、政治的膠着を避け、今調子がいい米国経済をさらに成長させることで、それが世界経済を長期停滞から救う助けになる。欧州経済はドラギECB総裁が黒田氏と同じようにさらなる追加緩和を用意しているとほのめかしたので、最悪の状態になることはないだろう。

日本ではまずデフレから完全に脱却することだが、その初期症状である物価は円安の影響もあって上昇している。この現象自体は予想通りのことだが、賃金上昇が伴わないとデフレマインドに逆戻りする可能性がある。こういうときに消費税増税第二弾を実行することは絶対にやってはならないことである。賃金上昇は中小企業を含め、企業全体で起きないと格差がますます広がるので、低迷が続くことになる。空母から戦闘機が離陸して、安定飛行に入るには最初の脱出速度が一定の速度に達していないといけない。やっと脱出できたとしてもそのあと安定飛行に達するには賃金上昇と国民がインフレマインドになることが必要である。そのためには賃金上昇が物価上昇を上回る状態が、できるだけ早くこないといけない。長引くとアベノミクスに対する信用がなくなり、政策そのものが水泡に帰する。世界は日本の状態を見守っているのだ。

私は13年5月24日付のニューヨーク・タイムズに「モデルとしての日本」というコラムを書いた。そこで私は「ある意味では安倍政権によって採用された金融・財政政策刺激策への急転換である『アベノミクス』について本当に重要な点は、他の先進国が同様の政策をまったく試していないということだ。実のところ、西洋世界は経済的な敗北主義に圧倒されてしまったように思われる」と書いた。アベノミクスというどの国も試したことがない政策実験が奏功すれば、それは同じような状況に陥った国に対しても意義ある示唆になるはずだ。私はアベノミクスの成功を日々本当に祈っている学者の一人だが、日本から学ぶものは何もないと思い込んでいた欧米の学者たちもアベノミクスの行方を固唾をのんで見守っている。

ポール・クルーグマン
1974年イェール大学卒業。77年マサチューセッツ工科大学で博士号を取得。2000年よりプリンストン大学教授。大統領経済諮問委員会の上級エコノミスト、世界銀行、EC委員会の経済コンサルタントを歴任。91年にジョン・ベイツ・クラーク賞、08年にノーベル経済学賞を受賞。

【下平・記】
PRESIDENT 2014年12月15日号に掲載された
クルーグマン教授・独白「日本経済は、世界の良きモデルになる」【1】【2】
ノーベル賞経済学者が安倍総理に直訴
この記事を見ている人はどのくらいいるのかわからない。
しかし、このクルーグマン教授の判断が正しかったかどうかは判らない。 日本の為政者がクルーグマン教授の説を信じかつ実行すると、結果の良否は今のとこ不明である。 例えば成功したにせよ失敗したにせよ、この実験的試みを国家としては認める手法ではない。