折々の記へ
折々の記 2016 ④
【心に浮かぶよしなしごと】

【 01 】04/17~     【 02 】04/25~     【 03 】04/27~
【 04 】05/01~     【 05 】05/02~     【 06 】05/04~
【 07 】05/05~     【 08 】05/05~     【 09 】05/07~

【 02 】04/25

  04 25 田中宇の国際ニュース解説⑫   世情変態の断面
       暴かれる金相場の不正操作  
       欧州の対米従属の行方  
       利上げできなくなる米連銀  
       ナゴルノカラバフで米軍産が起こす戦争を終わらせる露イラン  
       世界と日本を変えるトランプ  

 04 25 (月) 田中宇の国際ニュース解説⑫      世情変態の断面

下記のように ① から ⑤ までの、‘国際ニュース解説’を掲載した。

この五回の解説を大づかみして、その動きの大筋を理解しておきたい。


① ◆暴かれる金相場の不正操作
 【2016年4月19日】 米連銀がNYで金相場を積極的に不正操作し始めた以上、ロンドン金相場の不正操作の体制は必要なくなった。ロンドンの不正操作体制は、時代遅れになった後、当局の捜査対象となった。時代遅れになったからといって、これまで何十年も黙認してきたロンドン金相場の不正操作を、捜査して不正を暴露する必要はない。米当局は、自分で新たな不正操作を開始した上で、古い不正操作の体制を犯罪として検挙するという、おかしなことをやっている。

② 欧州の対米従属の行方
 【2016年4月15日】  トランプが指摘するまでもなく、軍産はとっくに時代遅れだが、なかなか潰れず非常にしぶとい。その原因は、米国側でなく、同盟国の側にある。欧州や日韓といった同盟諸国はこの間、でくのぼうのように、無茶苦茶な米国(軍産)に従属し続けてきた。その理由として、米国に逆らったら政権転覆や経済制裁を受けるという恐怖心もあるだろうが、それ以上に大きいと考えられるのが、米国が無茶苦茶でも見て見ぬふりをして、世界の運営(覇権)を米国に任せておいた方が楽だという同盟諸国側の怠慢さ(現実主義)だ。

③ ◆利上げできなくなる米連銀
 【2016年4月13日】 挺身的なドル救済策として日欧が何か奇策を今後やれるとしたら、それは欧州でなく日本だ。安倍政権は、日銀がQEで買い支えた日本国債の一部について、償還までの長さを無期限に延長し、名目インフレ値より低い固定金利を設定して事実上のゼロ金利にすることによって「ゼロ金利の永久債」に転換する「国債の帳消し」を検討しているという。

④ ◆ナゴルノカラバフで米軍産が起こす戦争を終わらせる露イラン
 【2016年4月7日】 ロシアとイランは、シリアで結束してテロ組織を攻撃してアサド政権を守る安定化策をやって成功しつつあり、同様の結束で、ナゴルノ・カラバフ紛争を解決しようとしている。米国の軍産が引き起こす国家破壊を露イランが阻止して解決に持っていく構図が、シリアに続いてコーカサスでも繰り返されている。露イランがアゼルバイジャンのアリエフ大統領を説得して紛争の再燃を防げれば、その後のコーカサスは米国でなく、露イランの影響下に入る傾向を強める。

⑤ 世界と日本を変えるトランプ
 【2016年4月2日】 オバマとトランプの世界戦略はよく似ている。両者とも、米国が軍事で国際問題を解決するのはもう無理と考え、米国に軍事的解決を求めてすり寄ってくる同盟諸国にうんざりし、好戦策ばかり主張する外交専門家(=軍産)を嫌う反面、ロシアを評価している。オバマは、世界的な米覇権の退却と多極化の流れのうち、中東とロシアの部分だけぐんぐん進めた。世界の残りの、欧州とロシアのNATOの部分、中国と日韓朝などアジアの部分などについては、トランプが次期大統領になって継承して進めると考えると、スムーズなシナリオとして読み解ける。


① 暴かれる金相場の不正操作
      http://tanakanews.com/160419gold.php

2016年4月19日   田中 宇

 金銀の地金の世界的な価格は、1919年以来、米欧の数行の大手銀行群がロンドン市場で毎朝、その日の自行の売買価格を持ち寄って決定してきた。この価格決定に参加する各行が、毎日の価格を実勢より低く提示し、金銀の相場を引き下げる不正操作を長期にわたって(1971年のニクソンショック=金ドル交換停止よりも前から)続けてきたという指摘が、以前から出ている。私もこの件で何度か記事を書いた。この不正操作がなかったらもっと得していたと主張する投資家たちが、銀行群を相手に、米英の裁判所で何件かの民事訴訟を起こしてきたが、証拠不十分などを理由に、いずれも敗訴している。 (操作される金相場) (通貨戦争としての金の暴落) (Banks Face U.S. Manipulation Probe Over Metals Pricing)

 昨年2月には、米英スイスの政府当局が、この件で銀行群を不正の疑いで捜査し始めたが、当局がどこまで踏み込むか疑問視されていた。金相場が不正操作される理由は、今の米国(ドルや米国債)中心の国際金融システムが揺らぐほど金地金の価値が上がり、金相場がドルや米国債の健全性を示す指標だからだ。金相場を引き下げることで、ドルや米国債の健全性を実態より良く見せるという、不健全なやり方での健全性の誇張が行われている。やり方は不健全だが、ドルや米国債という「当局の価値」を守っているのだから、当局が金銀相場の不正操作を取り締まらなくても不思議でない。 (Deutsche Bank settles U.S. Gold, silver price-fixing litigation)

 4月14日、この件で画期的な展開があった。ロンドン市場での金銀相場の値決めに参加していたドイツ銀行が、米当局(司法省とCFTC)の捜査に対し、金銀の相場を不正操作したことを事実上認めて和解取引(司法取引)に応じ、他の銀行群がどのように金銀相場の不正操作に加担してきたか、知る限りのことを当局に教えて捜査に協力するとともに、和解金(罰金)を支払うことにした。 (Deutsche Bank Admits It Rigged Gold Prices, Agrees To Expose Other Manipulators)

 不正操作の疑いが濡れ衣であるなら、司法取引に応じず、法定で堂々と戦うはずだ。司法取引に応じるということは、銀行界の組織ぐるみで不正操作をしていたとドイツ銀行が認めたことを意味している。これまで、ディーラーなど個別の関係者が、銀行業界ぐるみの金銀地金相場の不正操作を暴露することは何度かあった。だが銀行が組織として、当局に対し、銀行界の組織ぐるみで不正操作を続けていたことを認めたことは、これが初めてで、この点が画期的だ。 (Deutsche Bank Confirms Silver Market Manipulation In Legal Settlement, Agrees To Expose Other Banks)

 またドイツ銀行が、自行と他の銀行の不正行為の詳細について、米当局に教え、操作の進展に協力することにした点も重要だ。これにより、米欧大手銀行が談合して金銀の地金相場を、何十年にもわたって不正に操作してきたことが、公式に確定していく可能性が高い。米欧当局が捜査を開始した後、民事訴訟の分野でも、銀行群に対する投資家による新たな裁判が提起されており、公式に銀行群が悪いとなれば、銀行は損害賠償を原告の投資家たちに払わねばならなくなり、銀行の利益がますます圧迫される。
(Gold Price Manipulation Class Action Brought On Behalf Of Canadian Investors)

 世界の金銀価格を決定するロンドンの値決め制度は、英国覇権時代末期の1919年、当時世界で最有力の投資家だったロスチャイルド家の肝いりで開始され、毎日の値決めはロスチャイルドの事務所で行われていた。ロスチャイルドの銀行は04年まで値決め制度の中心にいた。金地金は古代から、71年の米国の金ドル交換停止まで、人類にとって最も根本的な金銭価値の体現であり、覇権国の通貨そのものであった。 (Gold fixing From Wikipedia)

 1919年といえば第一次世界大戦直前で、英国は経済の悪化、ドイツや米国など新興諸国の追い上げ、植民地の独立傾向などにより、覇権体制(大英帝国)が破綻しかけていた。この時期に、金地金の価格決定の方法を、自由市場から、毎朝の有力銀行群による談合に切り替えたことは、当初から価格を不正に操作するための新体制づくりだった可能性がある。ドイツ銀行による司法取引は、百年に及ぶ覇権中枢での資産価値の不正操作を露呈することにつながる。

 とはいえロンドンで毎朝、主要銀行が(今は電話会議で)集まって金銀価格の値決めをするのは、もはや過去の話だ。今でもこの値決め会合は毎日行われているが、これは見せ物的な形式として残っているにすぎない。昨年3月にやり方が全面的に代わり、その後は値決めの中心が、30秒ごとに電子的に算出される実取引に基づいた市場価格になっている。銀行群による毎日の値決め会合は、その市場価格を追認するだけだ。金銀地金市場を運営してきたロンドン貴金属市場協会(LBMA)は昨年3月、地金市場の運営を、米国の電子市場運営企業であるICE(Intercontinental Exchange)に委託し、市場を全面的に電子化した。昔ながらの毎朝の銀行間の値決めで地金価格を不正操作することは、もはやできなくなっている。 (金本位制の基軸通貨をめざす中国) (The London Bullion Market Association)

 米国の元国務次官補のポール・クレイグロバーツらによると、11年9月以降、金地金相場の不正操作の中心はロンドンからニューヨークに移った。不正操作をやっている主体は民間銀行でなく米連銀(FRB)で、NYの金先物市場において、取引量が少ない夜中の時間帯を選んで、金相場を引き下げる動きが行われている。金相場は現物と先物の市場が一緒になっているので、先物相場を下落させると現物の価格も下がる。 (The Hows and Whys of Gold Price Manipulation Paul Craig Roberts)

 米連銀のような立派な当局が相場の不正操作に手を染めるはずがないと考える人がいるかもしれないが、金相場の操作は当局にとって合理的な防衛策だ。ドルや米国債が不安定になるほど金相場が上がる仕組みである以上、金相場の上昇を止めることは、ドルや米国債の不安定化を顕在化させないという政策的な利点がある。連銀を筆頭とする米欧日の中央銀行群は、QE(量的緩和策)やマイナス金利策によって、金利(債券相場)や株価、為替などの金融市場を不正に操作し続けている。連銀が金相場を操作しても不思議でない。 (金地金不正操作めぐるドイツの復讐)

 米連銀がNYで金相場を積極的に不正操作し始めた以上、ロンドン金相場の不正操作の体制は必要なくなった。ロンドンの不正操作体制は、時代遅れになった後、当局の捜査対象となった。時代遅れになったからといって、これまで何十年も黙認してきたロンドン金相場の不正操作を、捜査して不正を暴露する必要はない。米当局は、自分で新たな不正操作を開始した上で、古い不正操作の体制を犯罪として検挙するという、おかしなことをやっている。しかし、同様のおかしな構造が、金利と為替の不正操作に関しても、同時期に起きているとなると、これは単におかしいと言うだけでなく、それをやることに意味があるはずで、分析すべき対象になる。

 金利の不正操作に対しては、英米の政府当局が12年夏から、英国の銀行間金利(LIBOR、ロンドン銀行間出し手金利)の日々の指標を、米欧銀行群が実勢より低めに不正操作していた疑いで捜査し、銀行群に対し、罰金などの懲罰を科している。LIBORは世界中でローン金利を決める際の基礎として昔から使われており、ロンドン金相場と同様、主要銀行が毎日自行の貸出金利を銀行協会に提出して算出されている。英国の中央銀行が08年のリーマン危機後、バークレイズなどの銀行に、LIBOR算出用に毎日提出する金利指標を低めにしろと圧力をかけたことまで報じられた。 (英国金利歪曲スキャンダルの意味)

 LIBOR指標の歪曲は90年代から行われていたと指摘されている。金融が不安定になると金利が上昇し、それを見た投資家が危機の発生に感づき、不安定に拍車がかかって金融危機になるが、LIBOR指標を歪曲することで、危機を顕在化させず、安定を維持しやすくなる。英米当局が捜査を開始した後、銀行界によるLIBORの不正操作はなくなったと考えられているが、同時期に米連銀が、市場に巨額の資金を供給して金利を意図的に低くするQEを開始した。LIBORの指標の不正操作に替わって、実際の金利を引き下げるQEの政策が始まったことで、引き続き金利が歪曲され続けている。 (Libor scandal - Wikipedia)

 為替の不正操作は、米欧の銀行などの為替ディーラーが仲間内で巨額の為替取引を繰り返すことで為替相場を不正に動かしていたことで、13年夏に米当局が捜査を開始し、14年に捜査が一段落し、シティやHSBCなど米欧の大手銀行の多くが、罰金を取られたり、当局から不正を指摘されたディーラーらを解雇したりした。スキャンダル発覚後、米欧銀行は為替の不正操作をやりにくくなったが、同時期に米欧日の中央銀行群がQEやマイナス金利策によって円安やユーロ安を誘導する策を強め、民間銀行でなく中央銀行が為替の不正操作を主導する体制へと転換した。 (Forex scandal From Wikipedia)

 このように、金地金、金利、為替のいずれについても、古くから民間銀行界が当局の黙認や隠然指導のもとに行なってきた、金融システムを安定させるための超法規的な相場操作の慣行を、この数年間に米当局が主導して犯罪として捜査検挙してやめさせ、代わりに米連銀など中央銀行がQEなどの政策として相場操作をやるようになっている。

「当局が、民間企業による不正な相場操作を取り締まる」と書けば、それはどんどんやるべき「良いこと」である。しかし金融は、信用に基づく微妙な存在だ。投資家は臆病なので、相互信用のゆらぎが不必要な金融危機の発生につながりうる。それを防ぐため、必要に応じて金融界と当局が相場を微妙に操作歪曲する機能は、先進国の金融システムに必要なものだ。それを「不正」として取り締まることは、システムの安全を維持する装置を破戒することを意味する。

 民間銀行界に替わって中央銀行自身がシステムの安全を守ることにしたのだから、それでいいじゃないかと考える人がいるかもしれないが、米欧日の中央銀行群によるQEなどの政策は、何兆ドルもの巨額の費用がかかっている。巨額費用といっても当局の要員がキーボードで数字を打ち込む(昔でいうところの造幣局の輪転機を回す)だけじゃないかと言うかもしれないが、通貨を過剰に発行する中央銀行群はその分、中銀自身の信用を消費している。現状を続けると、いずれ米欧日の中央銀行は信用を失墜し、民間金融界の危機でしかなかったリーマン危機よりはるかに大きな危機を引き起こす。 (◆万策尽き始めた中央銀行)

 既存の民間銀行界による安全装置は、中銀自身が手がけるようになった安全装置より、はるかに安上がりでリスクも少ない。英国が、当局自身でなく民間銀行に安全装置(金相場やLIBORの操作機能)を持たせたのは、末期の覇権国(第二次大戦後は新覇権国である米国の政策立案を裏で牛耳る幽霊的な「影の覇権国」)で金欠病の英国ならではの、安上がりにすませる知恵だった。

「米国は直裁的で不正義なことが大嫌いなので、民間銀行界の必要悪的な相場操作を取り締まらざるを得なかったのだ」という、どこかで聞いたことがあるような解説もありうる。どこかで聞いたというのは、03年のイラク侵攻など、大失敗し続けた「中東民主化」「政権転覆策」「単独覇権主義」に対しても「米国は不正義な独裁や権威主義体制が大嫌いなので、中東の独裁政権を武力で転覆して強制的に民主化する策をどうしてもやりたかったのだ」といった解説が、当時マスコミによく出ていたからだ。しかし、プロ(政策立案者)が自分の業務(政策立案)に対して同じような稚拙な過ちを何度も繰り返すのは「故意」と同等視される「未必の故意」だ。米国は意図的に、英国式の効率の良い民間活用型の金融安定策を「不正」とみなして検挙して潰し、代わりに莫大なコストとリスクがかかる現在の中央銀行が全部やる方式に替えたのだと考えられる。 (イスラム過激派を強化したブッシュの戦略) (米国の政権転覆策の終わり) (米金融界が米国をつぶす)

 米国はなぜこんなことをするのか。私の考えをひとことで言うなら、いつもの「隠れ多極主義」になる。ロンドン金市場は、米当局主導の捜査に対応した昨年3月からの出直し新体制で、値決めの銀行群の中に、中国の4大銀行のうちの2つ、中国銀行と中国建設銀行を入れている。米国から突き放された英国は、中国(つまり多極型の覇権体制)にすり寄っている。ロンドン金市場の不正操作がドイツ銀行の「転向」で暴露されていくことも、金地金をめぐるドイツと米国と英国の三角関係を考えると興味深い。このあたりのことは以前の記事にも書いたが、次回またこの件について続きを書こうと思っている。 (金地金不正操作めぐるドイツの復讐) (金塊を取り返すドイツ) (金本位制の基軸通貨をめざす中国) (人民元、金地金と多極化)

【下平記】

お金への欲望、それを人の凡欲第一に漱石は取り上げています。 それは漱石自身が体験した醜い親族の姿からであったことがあったからだと思います。 ちなみに「漱石の生い立ち」で検索してみると、記憶の底に埋まっていた数奇な生い立ちを活字として読むことができたように感じました。

親族であっても「お金」のこととなると、心の奥に潜む貪欲さが頭を持ち上げるのですね。 人間理解の中の欲望の第一として漱石が「お金」の文字を訓戒の第一に挙げたことがわかるように思います。

お釈迦さまにしても良寛さまにしても、人の和を求めての修行の末たどり着いた心境が、みんなの心を惹きつけているものと思います。

日常の生活で直接人とのおつきあいでは、醜いお金への欲望を見せないにしても、自分の発想を自由に発露できる集団となると、お金への貪欲な欲望は思考のなかでの大事な位置づけをとるのです。 企業においても政治においても金への欲望制御のきまりはないのです。

国の運営にしても世界全体から見れば、他国のお金の利益よりも自国のお金の利益を優先してはばからないのです。 そこには、おもてなしの心も黄金律も、なんの拘束しなければならないものはありません。 一家族としての心がけのように、問われることがないのです。

家族としての和の心がないのです。 家族としての絆がないのです。 家族としての経済はないのです。 家族としての政治はないのです。 家族としての地方政治、国家政治、世界政治はないのですね。

地方政治も、国家政治も、世界政治も、家族としての絆・和の心がけと実践がなくては、地域平和も、国家平和も、世界平和もほど遠いものにならざるをえないのです。

この<ruby>齢<rt>とし</rt></ruby>になりますと、すべて鳥瞰図のような感覚で位置づけるようなことが大事だと思うようになってくるのです。


② 欧州の対米従属の行方
      http://tanakanews.com/160415europe.htm

2016年4月15日   田中 宇

 米政界のエリートたちの多くは、米大統領候補のドナルド・トランプを嫌っている。米政界の主流派は近年、軍産複合体や金融界といった大口献金元の言いなりなので、軍産が好む好戦策や、金融界が好むバブル膨張策が失敗し、米国民が政界に対する不満をいくら高めても、好戦策やバブル膨張策に固執せざるを得ない。トランプは、好戦策やバブル膨張策の失敗を正面から指摘して有権者の支持を集めている。米政界の主流派は、トランプに対して脅威を感じているので、その分、トランプへの敵視が強くなる。だがその一方で、トランプの主張は、政治家が有権者に対して人気取りをする際に便利なので、米政界では最近、トランプに似た主張をする議員らが増えている。 (世界と日本を変えるトランプ) (Shock New Poll Delivers Unimaginable News To Trump)

 米政界の「トランプ化」の一つは、同盟国に厳しい注文をつけることだ。たとえばトランプはNATOを「ソ連の存在を前提に作られた時代遅れの組織」と酷評し、米国がNATOの軍事費総額のうちの73%も負担しているのはおかしいと述べ、欧州諸国が軍事費を増やさない場合、自分が大統領になったら米国のNATOへの関与を減らすと表明している。マスコミはさっそく「NATOに対する米国の費用負担はもっと少ない22%だけだ。トランプはまた誇張している」という感じで報じた。 (Donald Trump says the US may have to `let Nato go')

 だが、米共和党の保守派の上院議員であるトム・コットンは「NATOに対する費用負担はかつて米国と欧州がほぼ同額だったが、今では米国7割、欧州3割になっている。NATOに対する欧州諸国の貢献が足りないというトランプの指摘は正しい」「トランプが、共和党の他の候補より劣っているということはない」と述べている。コットンはハーバード大を卒業後、米軍将校としてイラクとアフガンに駐留し、オバマの対イラン和解策に反対する軍産系エリートだ。 (Tom Cotton - Wikipedia) (Tom Cotton Talks about Meeting with Trump)

 コットンはトランプに同調した後「トランプは欧州が金を出さないなら米国がNATOから抜けていくと言うが、そうでなく、粘り強く欧州にもっと金を出させるよう仕向けた方が良い」と、軍事産業の受注を増やす方向の、軍産ならではの主張を展開している。 (Sen. Tom Cotton on Trump's NATO Plan: `He Identified Serious Problems')

 4月6日、米議会上院の議員たちが、NATOのストルテンベルグ事務総長を議会に呼んで非公開の会合を開いた。ボブ・コーカー上院外交委員長を筆頭に、共和党の上院議員たちが口々に、NATO加盟の欧州諸国、特にドイツがNATOの費用を少ししか負担していないことをタダ乗りだと非難した。共和党上層部のトランプ化を象徴する出来事だった。トランプが大統領にならなくても、同盟国への態度が厳しくなる米国の傾向は、展開が遅いか速いかだけの違いだろう。 (Senators Slam NATO `Free-Riders' in Closed-Door Meeting With Secretary General)

 在野の国際政治分析者であるジャスティン・レイモンドはこの件に関して「(軍産の一部としてNATOの拡大を推進してきた)上院議員たちが、自分たちは欧州のタダ乗りを昔から何度も批判してきた、などと表明したが、そんな話は初めて聞いた」と皮肉りに書き、これまでシンクタンクの中だけにとどまってきたNATOの存在の無意味さをめぐる議論を、米国民全体の選挙論争に拡大する転換をトランプがやっていると指摘している。 (The Revolt Against NATO) (Who is Voting for Trump and Why? Pew Research Council Explains)

「NATOからの米国の離脱」を語るトランプの話法を換骨奪胎し、軍産のコットン議員は「欧州にもっと軍事費を出させる」話に変えている。だが、現実を見ると、欧州諸国が米国の求めに応じて軍事費を大幅増額することはない。欧州は戦後ずっと、世界が米国の単独覇権体制でかまわないと考えてきたが、それは米国が合理的な世界戦略をとっている限りにおいてだった。911後の米国は、アフガニスタン、イラク、シリア、リビアなど中東の戦争で軒並み大失敗し、これらのすべてが国家破綻の状態にある。 (アフガンで潰れゆくNATO)

 米国(軍産、NATO)は近年、ウクライナ問題でロシア敵視を強めたが、これも米当局(ビクトリア・ヌーランド国務次官補ら)が画策してウクライナの親露政権を転覆することで引き起こされている。欧州にとっては、対露制裁への参加による経済的な悪影響が大きい、不必要な策になっている。昨年からは、米国がアサド打倒をめざして起こしたシリア内戦の失敗で、欧州に難民が押し寄せる危機が発生し、米軍が創設に関与したISISやアルカイダによる自爆テロがパリやブリュッセルで起こされ、欧州は散々な目にあっている。それもこれも、好戦的な軍産に席巻され続ける米国への従属から、欧州が自立しようとしないことから起きている。 (NATO延命策としてのウクライナ危機) (テロと難民でEUを困らせるトルコ)

 欧州では、対米従属を続けたいという考えがいまだに上層部で強いが、草の根の国民は、EUが好戦的な米国に従属した挙句、難民危機やテロ、不必要なロシアとの敵対に巻き込まれていることに反対する傾向を強めている。その象徴の一つが、先日オランダで行われた国民投票でEUとウクライナとの協定への反対が可決されたことだ。米国は、上層部が好戦的な軍産に従属していることに、草の根の市民が反対を強め、その流れでトランプが台頭しているが、欧州も同じ構図で、草の根市民に支持された非主流派の右派と左派が選挙で勝って台頭している。機能的に軍産の一部であるマスコミは、欧州の非主流派を「(危険な)極右・極左」と報じ、主流派(軍産)の好戦策の方が危険でしかも失敗していることを軽視している。 (Dutch referendum on Ukraine treaty will test anti-EU sentiment) (ギリシャから欧州新革命が始まる?) (欧州極右の本質)

 欧州諸国が、米国の要求に応じて軍事費を増やせば、ますます国民の支持を失う。だから欧州は、米国から求められる軍事費増に応じられない。トランプは、それをわかった上で「欧州が軍事増に応じなければ」という、軍産好みの条件をつけてNATO解体論を語っている。「欧州に軍事費を増やさせる方法としてトランプのやり方は使える」と言っている軍産の議員は、実のところトランプと同じ隠れ多極主義(隠れ親露・親中)なのかもしれない。 (ニクソン、レーガン、そしてトランプ)

 米欧や中東でいま起きていることは、冷戦後の「軍産延命の時代」が終わっていく流れだ。冷戦終結は、レーガンとゴルバチョフによる、軍産に対するクーデター的な事業だった。軍産複合体は、英国勢による米国支配策として創設され、第二次大戦の有事体制を戦後もそのまま続ける冷戦体制を構築し、米国覇権は「軍産覇権」と化した。だがその40年後、レーガンは軍産の一部のようなふりをしつつ、ゴルバチョフの対米融和姿勢を利用して冷戦を終わらせ、軍産の存立基盤を破壊した。

 冷戦構造という存立基盤を破壊されたものの、軍産は冷戦後も米国の上層部を牛耳っていた(ロンドンをNYと並ぶ金融センターにしてもらう見返りに軍産を見捨てた英国に替わり、70年代から米中枢に入り込んだイスラエルが軍産を主導した)。軍産は、米欧が世界のどこかに恒久的に軍事介入しなければならない状況を作ろうと画策し続けた。ロシアは冷戦後しばらく経済破綻した弱い国になり、米国の敵でなくなっていた。90年代半ばに選ばれたのは、EUのとなリの旧ユーゴスラビアで、米国は、親露的なセルビアのミロシェビッチ政権を濡れ衣的に敵と定め、本当は暴力団(麻薬組織、人身売買組織)でしかないコソボの勢力(KLA)を正義の味方と喧伝してテコ入れし、この馬鹿げた構図のもと、欧州に軍隊を出させた。 (バルカン半島を破滅に導くアメリカの誤算)

 同時期にイスラエル系の主導で始まったのが、アフガンやソマリア、スーダンなどでのイスラム過激派(ならず者国家)との戦いだったが、イスラム過激派は強くなかったので、軍産はサウジアラビアに協力させ、サウジ王家の資金の一部がアルカイダなど過激派に流れる構図を作り、敵を強化した。サウジがアルカイダを育てたのでなく、軍産がアルカイダを育て、その資金をサウジに出させた。この馬鹿げた構図の上に「開花」したのが01年の911テロ事件で、これを機に米政府は一気に好戦的になり、冷戦後の経済中心の覇権策を吹き飛ばし、軍産イスラエルを代表するネオコンが政権中枢で台頭した。 (戦争のボリュームコントロール) (仕組まれた9・11) (911事件関係の記事)

 だがネオコンは「新レーガン主義者(Neo Reaganite)」を標榜するだけあって、実は軍産のふりをした軍産破壊者だったようで、彼らがブッシュにやらせたイラク侵攻は、開戦の大義だった「大量破壊兵器」の不存在が侵攻前から分かっているという無茶苦茶さだった。米国は、イラクでもアフガンでも占領に失敗したが、いまだに好戦策をやめていない。軍産が米政界を握る限り、軍産を延させるための好戦策がとられ、欧州や日韓など同盟諸国にも同じ姿勢をとらせ続ける。 (Toward a Neo-Reaganite Foreign Policy)

 しかし、軍産の代理人として米政権の中枢で実際の好戦策を展開する人々が、好戦策を過剰に稚拙にやりすぎて大失敗し続けるネオコンやチェイニー(ブッシュ政権の実権者だった副大統領)だったり、好戦策と融和策を行き来することでロシアやイランといった反米諸国を台頭させ、問題の解決をこれらの反米諸国に任せてしまうオバマだったりするものだから、軍産の延命策は常に失敗している。軍産は、軍部だけでなく政界、外交界、マスコミ、学術界など、権威ある勢力の全体を握っているため、常に失敗しているのに失敗が失敗として指摘されず、軍産が米国を握り続けている。 (軍産複合体と闘うオバマ) (茶番な好戦策で欧露を結束させる米国)

 トランプが指摘するまでもなく、軍産はとっくに時代遅れだが、なかなか潰れず非常にしぶとい。その原因は、米国側でなく、同盟国の側にある。欧州や日韓といった同盟諸国はこの間、でくのぼうのように、無茶苦茶な米国(軍産)に従属し続けてきた。その理由として、米国に逆らったら政権転覆や経済制裁を受けるという恐怖心もあるだろうが、それ以上に大きいと考えられるのが、米国が無茶苦茶でも見て見ぬふりをして、世界の運営(覇権)を米国に任せておいた方が楽だという同盟諸国側の怠慢さ(現実主義)だ。 (まだ続き危険が増す日本の対米従属)

 1カ国で全世界を取り仕切る(支配する)のは、大国でも大変な事業だ。戦後、単独覇権国になることを決めた米国のチャレンジ精神は尊敬に値するが、それはじきに軍産英イスラエルに食い物にされた。米国中枢では、軍産支配から離脱するため、ネオコンやチェイニーやオバマが好戦策を稚拙にやって大失敗させ、同盟諸国が愛想をつかして対米従属をやめていき、露イランや中国などBRICSに加えてEUが協調し、米国に頼らない世界運営をやってくれることを期待した。だが、積極的なのは露イランだけだ。欧州も日本も、対米従属から出たがらない。中国は露イランの後方支援に徹し(中国の国是は親米だ)、他のBRICSはさらに消極的だ。ブラジルなどは内政が混乱し、国際政治に関与する余裕がない。 (◆ナゴルノカラバフで米軍産が起こす戦争を終わらせる露イラン) (ネオコンと多極化の本質) (「良きライバル」を求めるアメリカの多極主義) (行き詰まる覇権のババ抜き)

 私はこれまで、欧州は国家統合していくのだから、対米従属をやめるつもりだろうと考えてきた。EUが経済に加えて政治を統合すると、米露中と並ぶ大国となるので、EUは対米自立して多極型の世界運営を好むようになると考えるのが自然だ。だがよく考えると、EUの国家統合を欧州に強く勧めて開始させたのは、レーガンの米国だった。冷戦終結でゴルバチョフが東ドイツを崩壊させた時、レーガンは西ドイツに対し「東西ドイツを統合するなら今しかない。しかしドイツが統合して強国になることを全欧州が恐れている。この恐れを取り除くため、ドイツは東西統合と同時にフランスなどとの全欧的な国家統合を開始するしかない」と二者択一的に迫り、ドイツは欧州統合の道を選んだ。 (世界多極化:ニクソン戦略の完成) (米覇権下から出てBRICSと組みそうなEU)

 ドイツは、米国から欧州統合を強制されて始めたといえる。欧州統合が、欧州自身の能動的な決断だったなら、それは欧州が対米自立し、世界の覇権構造を多極型に転換してEUが極の一つになる目標を追求することになるが、統合が米国に二者択一的に強要されたものだったことをふまえると、話が違ってくる。欧州は、米国の隠れ多極主義者に強要されて国家統合への道を歩み始めたものの今ひとつ決断力がなく、実利がともなう経済統合は進めたが、国権の根幹にかかわる財政統合や政治統合はいつまでも進まずない。対米従属もやめず、米国の異様に稚拙な好戦策に延々とつきあう不甲斐ない欧州の現状が、これで説明できる。 (ユーロ危機からEU統合強化へ) (ユーロ危機と欧州統合の表裏関係)

 しかし同時にいえるのは、欧州の国家統合が逆戻りできないことだ。リスボン条約など、欧州統合の取り決めには、いったん加盟した諸国が欧州から離脱する条項がない。しかも、もし欧州が統合をやめて以前のばらばらな国民国家どうしに戻ると、米国やロシアからもっと身勝手な扱いを受け、ますます不利になる。加えて欧州統合は、昔から、独仏の強い指導者が目指したことだった。ナポレオンやビスマルク、ヒットラーなどが、武力や政治力で欧州を統合して君臨することを目指した(ナポレオンとヒットラーは英国に阻まれて失敗した)。 (ギリシャはユーロを離脱しない)

 欧州を統合して米露と並ぶ世界の極の一つにすることは、現在でも、野心ある欧州の政治家の目標になりうる。フランスで次期大統領とも目される大人気の「極右」の政治家マリーヌ・ルペンは従来、草の根の人気を集めるため欧州統合に反対してきたが、いずれ実際に大統領になった後も統合に反対し続けるのかどうかあやしい。「今までの悪しき統合と全く違う、良い統合を進める」などと言い出しかねない。欧州統合は、ナポレオンが果たせなかった夢だ。指導者たるもの、フランスだけでなく全欧州を運営したいと考えて当然だ。欧州は、簡単に統合への道筋を放棄しない。

 軍産に牛耳られた米国が、失敗が運命づけられている好戦策を無限に繰り返す存在であることを、米国自身と、欧州など同盟諸国の人々は、しだいに確定的なこととしてとらえ始めている。国際政治に関してマスコミがひどい歪曲報道を続けてきたことに対する批判が、しだいに明確に出てきている。軍産が行き詰まるほど、マスコミは好戦的な論調になり、日本などでは当局による報道管制も強まり、これまで気づかなかった軽信的な国民も、歪曲報道に気づく傾向が増す。対米従属策による不利益が大きくなるとほど、欧州は、国家統合による対米自立を能動的に考えるようになる。 (A Media Unmoored from Facts) (What a Waste, the US Military)

 この面で今後、欧州を転換させる事態がありうるのが、ウクライナと英国だ。ウクライナでは4月12日、米当局による反ロシア戦略の一環として首相に据えられていたアルセニー・ヤツェニュクが辞任を表明し、代わりにポロシェンコ大統領の側近の一人である議会議長だったボロディミル・グロイスマン(Vladimir Groisman)が首相になった。 (Volodymyr Groysman From Wikipedia)

 ヤツェニュクは、14年初めにウクライナを政権転覆に誘導した米国のヌーランド国務次官補が、当時漏洩した電話の会話の中で、首相に最もふさわしい(米国に都合の良い)人物として名前を挙げており、この電話の後、ヤツェニュクは首相になった。彼は米国の傀儡だったので、しぶとかった。14年夏の選挙で大統領になったポロシェンコは当初、米国との関係を重視してヤツェニュクに首相を続投させていたが、今年に入ってヤツェニュクを追い出しにかかり、2ヶ月かけて首相を自分の側近と交代させた。 (危うい米国のウクライナ地政学火遊び) (Europeans Staring at Total Failure in Ukraine)  私は以前の記事で、ポロシェンコが反ロシアのふりをした親ロシアの指導者でないかと書いた。ポロシェンコを米国傀儡の反露勢力の一人とみなせば、首相が誰になろうとポロシェンコが大統領である限りウクライナの混乱はおさまらないが、そうでなく、ポロシェンコが隠れ親露派であるなら、首相が米国の傀儡からポロシェンコの傀儡に交代したことで、これまでミンスク停戦合意に調印しながら無視してきたウクライナが、今後しだいに停戦合意を履行し、ウクライナ東部に自治を与える憲法改定などを開始する可能性が高まる。 (ウクライナを率いる隠れ親露派?) (ウクライナ危機の終わり) (ウクライナ再停戦の経緯)

 米国(軍産)は冷戦後、ロシアが弱い間はロシア敵視策を大してやらなかったが、00年にプーチンが大統領になってロシアの再建を開始し、国際社会でロシアがかなり再台頭してくると、ロシアと隣接するグルジアやウクライナを操って対露敵視策をやらせている。これは、欧州の対米自立を阻み、NATOと軍産を延命させるための策であるが、グルジアはすでに反露姿勢を弱めており、ウクライナも国家破綻に瀕して反露姿勢が行き詰まっている。東欧では、オーストリア軍の参謀総長が最近モスクワを訪問し「オーストリアにとって最も親しい国はロシアであり、(米国など)その他の国でない」と宣言している。 (Austrian General: 'We Won't Take Orders' Not to Talk to Russia) (プーチンを強め、米国を弱めるウクライナ騒動)

 欧州で今年ありそうな地政学的転換のもう一つは、英国で6月23日に行われる、EUに残留すべきかどうかを問う国民投票だ。もし、英国のEUからの離脱を支持する人が過半数になり、実際に英国がEUを離脱すると、その後のEU(独仏)は、これまでより速いテンポで政治財政統合を進めていくだろう。軍産の一部だった英国はこれまで、EUの内部にいることで、EUが統合して米国から自立した世界の極の一つになっていく動きを遅延・阻止するとともに、東欧諸国と組んでEUがロシアと対立し続けるように仕向けてきた。英国が離脱すると、EUの統合を遅延阻止する力が低下し、EUは政治統合への動きを速める。 (Boris Johnson, David Cameron and the day after Brexit) (英国がEUに残る意味)

 冷戦終結とともに米国(レーガン政権)がドイツに開始させた欧州統合は、冷戦によって英国に牛耳られていた米国の、英国に対する反撃だった。冷戦は英国にとって、米英とソ連がドイツを恒久的に東西に分割してドイツを永久に弱体化して二度と英国のライバルになれないようにするとともに、西ドイツやフランスを、英国が牛耳る米国に恒久的に従属させる体制だった。冷戦を終わらせたレーガンは、ドイツを再統合した上でフランスなどと国家統合させ、欧州をドイツ中心に再編する流れを植えつけた。英国は仕方なくEUに入り続けつつ、内側から欧州統合を邪魔してきた(英国はEUの前身のEECに1973年から加盟している)。 (多極化に圧されるNATO)

 ドイツやフランスは、英国や軍産に邪魔され、対米従属からの離脱も進められずにいるが、こうした状況を変えるべく、英国の姿勢に関係なく、政治統合を進めることにしたのだろう。ドイツがそれを英国に通告し、英国は国家的な態度を決めるための国民投票を実施することにした(このあたりの経緯は明確にされていない)。英国はEUに残った場合、政治財政統合によって国権をEUに剥奪されていくことを容認しなければならない。英国の上層部は、EUに残留し、経済的な恩恵を維持しつつ、政治統合を邪魔し続ける道を希求し、BBCをはじめとする英国のマスコミは、国民投票がEU離脱を決めると大変なことになると喧伝して国民に圧力をかけている。 (Wake up - Britain is heading for Brexit) (History: Germany Always Allies with Russia When Its Existence is Threatened) (Who will watch for BBC bias in the EU referendum campaign?)

 欧州のことを延々と書いたが、米国が同盟諸国の貢献不足への非難を強める「トランプ化」は、日本にも大きな影響を与える。トランプは先日、日本に対する北朝鮮の脅威に関して「日本は米国に頼るより、自力で北朝鮮に立ち向かった方がいい。日本は見事に北を打ち破るだろう」と述べている。日本政府にとって北朝鮮の脅威を喧伝することは、日本が米国に頼らざるを得ない対米従属の国是を維持するための策だ。米国から「日本は米国に頼らず自力で十分に北を打ち破れるぞ」と事実を言われてしまうと、対米従属の目的を達成できなくなってしまう。 (Trump on potential war between Japan and North Korea: 'If they do, they do')

 日本のナショナリズムは、これまで「反米」「対米自立」がなかった(対米自立は左翼の標語だ)。右翼の中で反米主義はこまめに排除されてきた。日本のナショナリズムは、中国や韓国朝鮮に対する嫌悪(敵視でない点が重要)を扇動し、日本が中韓との協調の方に流れていくのを阻止する対米従属の維持装置としてのみ機能してきた。だが米国が日本に自衛の強化を求め、核武装や「日豪亜同盟(地域覇権国化)」への誘いを続ける今の傾向が続くと、いずれ日本で「反米」までいかなくても「非米」つまり米国からの自立や核武装、地域覇権国化を右から求める新たなナショナリズムが勃興しかねない。 (見えてきた日本の新たな姿)

 この展開は、米国の隠れ多極主義者が狙うところだろうが、日本の権力機構(官僚)にとっては全力で排除する必要があるものだ。昨日、日本の核武装を主張する右派の論客で、政界入りを目指していた田母神俊雄氏が選挙不正の疑いで逮捕されたが、これは日本の官僚機構が、米国のトランプ化に呼応する日本国内の右派の動きを予防的に阻止しようとする動きだろう。日本政府は先日、G7の外相会合を広島で開いたが、広島を選んだ理由も「被爆国の日本は核武装などしません。永遠の対米従属が全国民の願いです」という米国へのメッセージに見える。


③ 利上げできなくなる米連銀
http://tanakanews.com/160413dollar.php

2016年4月13日   田中 宇

 米連銀(FRB)が、昨年末から始めた利上げ姿勢を続けることができなくなっている。米国の当局や金融界、マスコミは以前から、経済の状況を実際より良い風に粉飾している観があるが、最近は当局でさえ、米経済のゼロ成長を認め始めている。米連銀(FRB)の一部であるアトランタ連銀は4月8日、今年1-3月期の米経済の成長率が0・1%しかなかったとする概算を発表した。3月まで、アトランタ連銀を含む当局筋や金融界の米経済の成長予測はだいたい年率2%台の後半で、これをもとに米連銀は「世界経済は悪いが米経済は好調だ」と言い、資金流出に苦しむ新興市場諸国をしり目に、ドルの延命策である利上げを続ける姿勢を、昨秋から続けてきた。だが、0・1%前後の成長率が間違いでないなら、もう米連銀は利上げできなくなる。 (U.S. economy seen barely grew first quarter: Atlanta Fed) (The Atlanta Fed's Disappointing Q1 GDP Forecast Is an Inevitable Reminder for Investors) (ドル延命のため世界経済を潰す米国)

 ニセの構図を維持するのが任務である米金融界の分析者の中には、アトランタ連銀のGDP概算が実態とずれていることが多いと指摘する者もいる。だが、今年じゅうに4回利上げすると年初に示唆していた米連銀が、3月には年間の利上げ見通しの回数を2回に減らすなど、連銀自身が米経済の悪さを認めざるを得なくなっている。むしろアトランタ連銀の概算は、米経済の実態に近い数字がようやく出てきたという感じを受ける。1-3月期の米GDPは、4月末に実勢値が発表される。 (How does Atlanta Fed GDPNow track actual GDP?)

 4月11日、オバマ大統領が、米連銀議長のイエレンを大統領府に呼んで非公開に会談した。会談のテーマは、世界と米国の両方に関する、長期の成長展望、雇用市場の動向、貧富格差、経済の潜在的危険性だったとされている。会談に先立ち連銀では、オバマとイエレンの会談の準備とみられる緊急の理事会が開かれたが、そのテーマは、連銀が決める金利の今後について議論することだった。次の利上げを夏までに予定通りやるかどうかということだ。このテーマは、連銀のウェブサイトに出ていることだから間違いない。 (White House Issues Following Statement After Meeting Between Obama And Yellen) (Government in the Sunshine Meeting Notice)

 イエレンが、オバマに会う前に緊急の連銀理事会を開き、利上げするかどうか話し合ったことから考えて、オバマはイエレンに、連銀の利上げ姿勢について何らかの注文をつけたのだろう。連銀の金利政策に政治家が介入することは禁じられており、今回オバマはイエレンに会うに際し、連銀の自立性を尊重するとわざわざ表明している。しかし、大統領選挙の年に、大統領や与党が選挙戦を有利にするため連銀の政策に介入することは、以前からよくあった。金利についてオバマがイエレンに注文をつけるとしたら、それは連銀が予定してきた今春の利上げを見送ってほしい、ということだ。利上げに反対する理由は、世界経済に悪影響があるからとか、雇用市場に悪いからなど、無数にある。連銀はおそらく今年もう利上げしないだろう。 (Fed To Hold Closed, Unexpected Meeting Under "Expedited Procedures" On Monday To Discuss Rates) (America's Endless War Over Money)

 私が見るところ、米経済は以前から、本質的に成長していない。経済が成長しているように見えるのは、連銀が昨秋までやっていたQEなどの金融緩和策によって金融のバブルが膨張し、株や債券の価格が上昇し、それが実体経済の改善であるかのように喧伝されているからだ。バブルが維持されている間は、このニセの構図が維持されてきた。しかし実体経済の悪さと原油安、製造業の縮小によって、小売やエネルギーなどの業界で企業の倒産や経営悪化が拡大し、貧富格差も広がり続け、中国が主導してきた世界経済の悪化も加わって、ニセの構図の維持が困難になっている。 (万策尽き始めた中央銀行) ("It's Just An Illusion" Santelli & Schiff Slam Fed-Watchers' "Blind-Eye" To Yellen's "Phony Recovery") (Rising Corporate Defaults Could Keep a Lid on Junk Bond ETFs) (Time for another leg down? UBS calls a top as corporate profits sink)

 米連銀のバーナンキ前議長も3月下旬、米国が利上げする一方で日欧がマイナス金利にするという米欧日の中央銀行の政策は限界に来ていると指摘している。ダラス連銀のフィッシャー前総裁も、米経済がすでに不況に入っていると述べ、金融界が維持するバブル膨張のウソの構図の危険性を指摘している。フィッシャーは「連銀は、過剰な資金注入によって、市場を麻薬(資金)中毒にしている」「(米欧日の)中央銀行は(過剰な資金注入によって、相場を動かす最大の要因と化した結果)市場の反応を極度に恐れており、不健全だ」などと批判している。 (Bernanke: Monetary policy 'reaching its limits') (Dallas Fed Respondent Sums It Up: "Anyone Saying We're Not In Recession Is Peddling Fiction")

 連銀自身、先日「これまでは米国内経済だけを注視して利上げ姿勢をとってきたが、今後は世界経済の悪さの方を重視し、利上げを先送りする」という表明(示唆)を発している。 (Split Fed sees `appreciable' global risks) (Fed Admits it is the World's Central Bank - not just the USA Central Bank) (The Fed's Global Dilemma) (Why Yellen Can Never Normalize Interest Rates)

 相場や経済指標が維持されている限り、ウソの構図はまかり通るが、その裏で、人々が実感する景況感と報じられていることのずれが拡大し、ずっと低成長なのに株価がどんどん最高値を更新するのはおかしいと勘づく人が静かに増える。3月中旬にCNBCテレビで「経済指標が良いのになぜ利上げしないのか」を問われたイエレンは延々と曖昧に返答し、質問者から「答えになっていない。理解不能」と言われてしまうという、信用失墜の事態に陥っている。うわべの相場や指標は維持されているが、その下の基盤にある連銀の信用がぐらついている。米マスコミの記事に「連銀の信用性」をテーマにしたものが増えてきた。 (Here Is What Janet Yellen Answered When Steve Liesman Asked If The Fed "Has A Credibility Problem") (The Fed's Credibility Question Won't Go Away) (Wisdom wanes for `don't fight the Fed') (Global economic recovery `in danger of stalling')

 連銀が利上げしたい真の理由は、基軸通貨としてのドルの強さを守るためだ。08年のリーマン危機はドルの基軸性を揺るがしたが、その後の連銀の危機対策が稚拙だったので、ドルの基軸性がさらに揺らいでいる。リーマン危機は、負債が増えすぎた末のバブル崩壊だったが、その後、連銀がやった危機対策は、QEやゼロ金利政策によって大量の資金を市場に注入し、負債をもっと増やすことで金融を延命させることだった。借金地獄を逃れるためにさらに借金をすると、いずれもっとひどい借金地獄に陥る。リーマンよりもっとひどい金融危機がいずれ米国発で起きる。連銀の危機対策は完全な失敗だったが、連銀自身が失敗を認めると危機の再発を早めるので、認めることができない。せめてもの次善の策として、危機再発の前に少しでもドルの強さを元に戻そうとするのが、今の連銀の利上げ策だ。 (The Next Crisis Will Be THE Crisis) (Global risks weigh on the Fed) (ドルの魔力が解けてきた) (日本と世界で悪化する不況とバブル)

 利上げによってドルの基軸性を保全することは、米国が覇権を維持するために長期的に必要なことだが、短期的に、米国と世界の経済が悪化しているなら、連銀は、利上げを見送るか、もしくは再利下げしてゼロ金利に戻したり、QEを再発動するしかない。今は、長期より短期を重視する方に転換する分水嶺的な状況にある。連銀が利上げをやめ、ゼロ金利やQEが再び遠望できる事態になると、世界を巻き込んだドルの揺らぎがまたひどくなる。だが短期的には、景気悪化で大幅下落しそうな株価が、逆に緩和再開による資金流入を期待して再上昇の機運に満ちる。マスコミや金融界は近視眼的な分析に終始し、ドルの危機を見ようとしない。 (ひどくなる経済粉飾) (Share Buybacks Turn Toxic)

 米連銀の3年がかりで利上げ策をやっている。14年にQEをやめて緩和策を中止し、昨年は利上げの下地を作り、昨年末から利上げに入った。この利上げ策の「裏側」を担っているのが日本と欧州の中央銀行だ。日銀は14年秋、米連銀がQEをやめると同時にQEを急拡大し、今年初めには追加の緩和策としてマイナス金利策を開始した。欧州中央銀行(ECB)も、QEやマイナス金利策によって、米連銀がやめた分の緩和策の一部を引き受けている。日本やEUの政府は、米国の覇権が崩壊するよりも、自分たちが緩和策を引き受ける方がましだと考えているようだ。 (日銀マイナス金利はドル救援策) (出口なきQEで金融破綻に向かう日米)

 だが、日本も欧州も、もう緩和策を限界まで拡大してしまっている。日本では、日銀がQE(国債の買い支え)を拡大したくても、すでに市場で買える国債のすべてを買い続けており、これ以上QEを拡大できない。今年初めのマイナス金利策の開始以来、金融機関はプラスの金利が少しでもついている国債を手放したがらない傾向を強めている。国債は銀行間の短期融資の担保としても必要だ。3月には米国からクルーグマン教授が訪日し、安倍首相ら政府要人に会って「もっとQEをやらなきゃダメじゃないか(ドルが崩壊して対米従属できなくなるぞ)」と叱って回った。だが、買える国債がない以上、QEを拡大できない。 (Japan's Bond Market Is Close to Breaking Point) (Krugman Goes To Japan, Scolds Abe For Worrying About Quadrillion Yen Debt Pile, Leaves) (Nobel laureate Krugman calls for tax hike delay, stimulus measures)

 欧州では、ドイツの政界で、もうECBのQEやマイナス金利に付き合うべきでないとする意見が広がっている。QEはバブルを扇動して金融システムを脆弱にするし、マイナス金利はドイツ国民の大事な預金や年金を目減りさせる。EUでは、ウクライナやシリアなどの国際政治軍事面でも、米国の無茶な戦略に対する批判が強まっており、米連銀の緩和策をECBが肩代わりすることへの経済面の批判と合わせ、対米従属をやめて米国覇権から自立した方が良いという議論がEUで起きている。 (Mario Bothers: Germany Takes Aim at the European Central Bank) (Draghi Has Ruined Europe)

 日欧とも、緩和策をこれ以上広げるのは難しいが、何か奇策を今後やれるとしたら、それは欧州でなく日本だ。安倍政権と日銀の内部で、日銀がQEで買い支えた日本国債の一部について、償還までの長さを無期限に延長し、名目インフレ値より低い固定金利を設定して事実上のゼロ金利にすることによって「ゼロ金利の永久債」に転換することが検討されているという。 (Are the BoJ’s negative rates a con?)

 日本政府はすでに40年物国債を発行しており、償還期を設定しない永久債もしくは100年債の発行が無理でない。すでにマイナス金利策によって国債金利がほとんどゼロなので、ゼロ金利債にも抵抗がない。日銀が持っている国債をゼロ金利永久債に転換し、それを永久に日銀が保有することにすると、それは日本政府にとって借金の帳消しになる。借金が減る分、政府は新たな国債を発行でき、それを日銀が買い支えることで、日銀は米国が求めるQEの拡大が可能になる。そして安倍政権にとっては、追加で巨額の国債を発行できるので、それが夏の選挙より前に決定できれば、安倍は「新たな国債発行で景気対策をやります」と宣言でき、落ち目の人気を挽回し、選挙に勝って首相の座を守ることができる。一説には、4月末の日銀の理事会で、ゼロ金利永久債への転換について検討する可能性があるという。 (Japan Is Fast Approaching the Quantitative Limits of Quantitative Easing)

 ゼロ金利永久債への転換は、安倍政権の延命と日本の対米従属の維持にとって好都合だ。しかしこの策は、日銀が刷った円で政府の借金を帳消しにする行為で、円と日本国債に対する信用失墜につながる。円の信用失墜は円安をもたらすので短期的に歓迎されるだろうが、長期的には日本全体の富の価値が下がることになり、非常に悪い亡国的な結果をもたらす。14年秋のQEの急拡大、今年初めのマイナス金利策の発動などを見ると、今の黒田総裁の日銀は、やりそうもない無茶な策を突然挙行する性質がある。国債をゼロ金利永久債に転換するという常軌を逸した策も、もしかするとこれから実現していくのかもしれない。


④ ナゴルノカラバフで米軍産が起こす戦争を終わらせる露イラン
      http://tanakanews.com/160407azeri.php

2016年4月7日   田中 宇

 4月1日、西アジアの旧ソ連諸国であるアゼルバイジャンとアルメニアが、両国の間にある紛争地ナゴルノ・カラバフをめぐり、12年ぶりの大きな戦闘を引き起こした。ナゴルノ・カラバフ(以下カラバフ)は、もともとアゼリ領だが、住民のほとんどがアルメニア人だ。ソ連崩壊後、カラバフがアゼリから独立してアルメニアに編入しようとする動きを起こしたため戦闘になり、94年にカラバフの独立が認められる形で停戦し、その後12年間、大きな戦闘がなかった。アゼリ側は今回、アルメニア(カラバフ)側から攻撃してきたと言っているが、94年の停戦がアルメニアに有利な形になっているので、アルメニア側から攻撃するはずがない。今回の戦闘は、アゼリ側から起こされている。全体状況から考えると、トルコと米国(軍産複合体、NATO)がロシア敵視策の一環としてアゼリ側をけしかけて起こしたものだ。 (Erdogan Seeks Revenge in Nagorno-Karabakh) (The April Fool's War)

 昨年11月にトルコ軍機がシリアでテロ組織を空爆していたロシア軍機を撃墜して以来、トルコとロシアの関係が劇的に悪化し、この対立が強まった余波として、アゼリとアルメニアの敵対が潜在的に強まっていた。アルメニアはトルコと国境を接しており、国境の近くにロシア軍が以前から空軍基地を置いていた。トルコが露軍機を撃墜した後、ロシア軍がアルメニアの基地に増派され、トルコを威嚇するようになった。同時期に、トルコのエルドアン政権は、トルコ系の民族であるアゼルバイジャンへの支援を強めるようになった。もともとアルメニアもアゼリもロシアとの関係が良かったが、ここにきてアゼリがトルコに取り込まれる傾向を強めた。今回のカラバフ戦争再開の背景に、トルコとロシアの対立激化がある。 (トルコの露軍機撃墜の背景)

 戦闘開始後、トルコのエルドアン大統領は、待っていたかのように「最後までアゼルバイジャンを支持する」と表明した。トルコ政府は、シリア内戦が自分たちの思うような展開にならず、敵であるアサド政権やロシアの勝利に終わりそうなので、次はカラバフ紛争でロシアを困らせる策をとっている。アルメニアの大統領は、戦闘が拡大するかもしれないと懸念している。 (Understanding the fight in Artaskh between Armenia and Azerbaijan) (Armenia President: Nagorno-Karabakh Conflict Could Lead to All-Out War)

 戦闘の拡大や長期化が懸念される理由はもうひとつある。最近、エルドアンと結託する傾向を強めている軍産(NATO)が、カラバフをめぐるトルコとロシアの代理戦争を、ロシア恒久敵視の冷戦構造の格好の復活策ととらえ、アゼルバイジャンがカラバフを奪還しようとするのを隠然と支持していることだ。アゼリのアリエフ大統領は、今回の戦闘開始の2日前に米国を訪問してケリー国務長官らに会い、ケリーは「ナゴルノカラバフ紛争の根本的な解決を行うべきだ」と表明した。アリエフは「根本的な解決とは、アルメニア軍が(カラバフから)撤退することだ」と表明し、ケリーの言葉を戦闘開始承認であるかのように、帰国した翌日に12年ぶりの大規模な戦闘を開始した。 (Kerry Calls For 'Ultimate Resolution' Of Nagorno-Karabakh Conflict)

 カラバフの紛争は、構図がクリミアと似ている。いずれも、ソ連時代に国家統合を維持するため意図的に国境線が引き直され、ソ連崩壊後、それが紛争につながるのを、ロシアなどが何とか止めていたのを、最近、米国(NATO、軍産)が新たなロシア包囲網を作るために紛争を蒸し返している。クリミアはロシア人が多く、もともとロシア領だったのに1954年にフルシチョフがウクライナに編入し、冷戦後、ウクライナがクリミアの露軍による軍港利用や住民自治を認める条件で、ウクライナの一部としてとどまることをロシアが認めていた。一昨年、米国勢がウクライナの政権を転覆し、ロシアとの協定を破棄する極右政権を作ったことが、ウクライナ危機の始まりだ。 (危うい米国のウクライナ地政学火遊び) (プーチンを強め、米国を弱めるウクライナ騒動)

 一方、カラバフの問題は、ソ連のスターリンが、各共和国を入り組んだ形にして諸民族の独立を阻止してソ連邦を維持する策として、アルメニア人が住民の大半だったナゴルノカラバフを1920年代にアゼルバイジャンに編入したことに始まる。ソ連崩壊後、カラバフの住民がアゼリから分離独立してアルメニアに編入する武装闘争が両国間の戦争に発展したが、軍事的にカラバフ・アルメニア側の方が強く、ロシアなどの仲裁で1994年にカラバフのアゼリからの独立を容認する形で停戦し、先日まで大きな戦闘がなかった。 (解けないスターリンの呪い:ナゴルノカラバフ紛争)

「軍産NATOエルドアン複合体」は、シリア内戦がロシアやアサド、イランの勝利で解決されそうなので、かなり窮乏している。先日アサド政権の外相(Walid al-Muallem)がアルジェリアを訪問し、アラブ諸国の中で、サウジの反対を押し切ってアサドのシリアと再協調しようとする動きが始まっていることが示された。軍産エルドアン複合体は、欧州で難民危機や自爆テロを誘発し、EUが軍産に愛想をつかして露イランアサドの側に転じるのを防いでいる。 (Syria FM's Algeria visit signals big shift) (テロと難民でEUを困らせるトルコ)

 だが、4月6日にはオランダの国民投票で、ウクライナを支援するEUの政策が否決された。投票率は32%と有効な下限ぎりぎりだったが、投票者の6割がEUによるウクライナ支援に反対票を投じた。EUにおいて、メルケルら政府の上層部は傲慢なエルドアンの言いなりで不甲斐ないが、草の根では、国際問題に関心のある市民の大半が軍産エルドアン複合体の好戦策に反対している。米国ではトランプ候補が「NATOは時代遅れだ」という、しごくまっとうな主張を展開し、草の根の支持を得ている。米国ではこれまで有力な大統領候補がNATOを否定することなど考えられなかった(米政界はそれだけ強く軍産に牛耳られていた)。 (Reports: Dutch Reject EU-Ukraine Deal in Referendum) (世界と日本を変えるトランプ) (NATO: Worse Than `Obsolete' by Justin Raimondo)

 ウクライナは財政難と政界内の対立が続き、いつ国家崩壊してもおかしくない。NATOはマスコミ(=軍産傘下)を巻き込んで目一杯ロシアを敵視しているが、しだいに茶番性が露呈している。こうした劣勢を挽回するため、軍産エルドアンは、ロシア敵視策の領域をアゼルバイジャンなどコーカサスに広げる策をとり、その一つが今回カラバフ紛争を再燃させることだったと考えられる。 (Europeans Staring at Total Failure in Ukraine) (NATO needs to beef up defense of Baltic airspace: top commander)

 しかし、カラバフ紛争の今後は、必ずしも軍産側が意図したようにならず、逆に、軍産の敵であるロシアとイランの立場を強化して終わる可能性がある。カラバフで戦闘が再燃した直後、ロシアとイランが外相らをアゼルバイジャンの首都バクーに派遣し、紛争を調停する動きを開始した。露イランの外交努力で戦闘は止まり、とりあえず停戦が保たれている。アゼリ国民の8割は、イランと同じシーア派イスラム教徒だ。アゼリ語はトルコ系の言語だが、アゼリ人はアゼルバイジャンと国境を接するイランにも多く住んでおり、イランでペルシャ人(全国民の61%)に次ぐ第2の民族(16%。一説には25%)だ(クルド人が3位で10%)。イランの最高指導者ハメネイ師はアゼリ人だ。その一方で、イランはカラバフ紛争に対し中立な立場をとっており、仲裁しやすい位置にいる。 (Powerbrokers rush for Karabakh peace) (イラン訪問記:民族の網の目) (Ethnicities in Iran - Wikipedia)

 90年代のカラバフ紛争の調停はロシアが主導した。ロシアとイランは、シリアでも結束してテロ組織を攻撃してアサド政権を守る安定化策をやって成功しつつあり、同様の結束で、カラバフ紛争を解決しようとしている。米国の軍産が引き起こす国家破壊を露イランが阻止して解決に持っていく構図が、シリアに続いてコーカサスでも繰り返されている。露イランがアゼリのアリエフ大統領を説得してカラバフ紛争の再燃を防げれば、その後のコーカサスは米国でなく、露イランの影響下に入る傾向を強める。アゼリは産油国で、政府の収入源の大半が石油輸出だが、近年の原油安で財政難になっている。露イランの仲間である中国が出てきて、お得意の「シルクロード」「一帯一路」などのキーワードを標榜しつつ投資し、アゼリの財政難を解消してやれば、ユーラシアから米国を追い出す多極化の傾向に拍車がかかる。 (Iran's Zarif arrives in Azeri capital) (China in the Caucasus) (All Quiet On The Eurasian Front Pepe Escobar)

 米国のケリー国務長官は、アリエフが今回の戦闘再燃を米国に是認(黙認)してもらうべく訪米したとき「カラバフ紛争の解決が必要だ」と言ったが、それができる唯一の勢力は、米軍産の仇敵である露イランや中国だ。ケリーは、以前の記事で紹介したアトランティック誌の「オバマ・ドクトリン」で好戦派として描かれているが、オバマに命じられてロシアをシリアに引っ張りこんだ(つまりロシアを強化した)のはケリーだ。彼は好戦派(軍産)として振る舞いつつ、結果的に軍産を無力化する露イランの強化を、シリアでもウクライナでもコーカサスでもやっている。隠れ多極主義的だ。 (軍産複合体と闘うオバマ) (シリアをロシアに任せる米国) (ロシア主導の国連軍が米国製テロ組織を退治する?)

 軍産がカラバフ紛争を再燃させるなら、イランに対する核兵器開発の濡れ衣が解かれる前の、一昨年ぐらいにやるべきだった。イランが国際的に許され、再台頭が軌道に乗った後の今になってカラバフ紛争を再燃させるのは、イランの台頭を加速するだけの軍産自滅策だ。 (対米協調を画策したのに対露協調させられるイラン)

 長い歴史を見ると、アゼリ、アルメニア、グルジアといったコーカサスに影響を持つのは、ロシア、イラン、トルコの3帝国だった。冷戦後、弱体化したロシアとイランに代わり、米国と欧州(NATO、EU)がコーカサスへの介入を強めた。90年代には、アゼルバイジャンやその先の中央アジアの石油ガスを、ロシアを迂回して欧州や地中海岸に運び出す「バクー・ジェイハン」などのパイプラインの計画を進めた。アゼリ(アリエフ親子が歴代大統領)は親露を維持しつつ米国(石油産業)にも絡め取られ、グルジア(サーカシビリ大統領)は軍産と結託して反露姿勢を強めた。しかし、米国のコーカサス介入は長続きせず、終わりつつある。サカシビリは軍産の稚拙な好戦策を軽信して08年にロシアに戦争を仕掛けて大敗し、それ以後グルジアは国土の一部をロシアに奪われたまま、しだいに親露姿勢に戻っている(軍産NATOによる巻き返しの試みが今後ありそうだが)。 (米に乗せられたグルジアの惨敗) (Nagorno-Karabakh: The April Fool's War by Justin Raimondo) (State border treaty between Russia, South Ossetia submitted to Putin for ratification) (Russia, Abkhazia, S Ossetia Concerned About Georgia-NATO Cooperation)

 アゼルバイジャンは、米欧の石油産業と結託して石油ガスを輸出して儲け、その金で兵器を大量購入し、90年代のカラバフ戦争でアルメニアに負けた軍事力の欠如を補った。とはいえアゼリの兵器購入の大半(一説には85%)はロシアからであり、米軍産からの購入でない(このあたりが米国の間抜けなところだ。米国勢はイラクの石油利権もロシアや中国に取られている)。今回の戦闘が始まる前の段階で、アルメニア政府はロシアに「もうアゼリに兵器を輸出しないでほしい。わが国が親露的にしているのにひどい」と要請していた。 (Armenian FM criticizes Russia supply of weapons to Azerbaijan)

 実のところ、ロシアはもうアゼリに兵器を輸出していない。アゼリ政府が財政難で、ロシアが輸出した兵器の代金が今年に入って未払いになっている。結局のところ、米国がコーカサスから出て行ってロシアの覇権が拡大すると、この地域の石油も兵器需要もロシアの利権になる。ロシアの軍産が米国の軍産よりましなのは、米国勢が好戦的で国家破壊をやりたがるのに対し、ロシアはもっと実利的で安定を好んでいることだ。 (Azerbaijan Unable, Or Unwilling, To Pay For Russian Weapons) (Will Russia Continue to Supply Weapons to Azerbaijan?)

 ついでに書いておくと、アルメニアとアゼリを比べると、米国での影響力が強いのはアルメニアの方だ。アルメニア人は、民族全体の4割しかアルメニアに住んでいない国際分散型(ディアスポラ)の民族だ。アルメニア系は米国にも多く住んでおり、在米アルメニア勢力は、同じくディアスポラのユダヤ人に学び、米政界に圧力をかけ続けている。トルコによるアルメニア人虐殺の被害者数の誇張は、ホロコーストの誇張に学んでいる。94年の停戦でカラバフの独立が容認されたのは、米欧でのアルメニア系の政治勢力の強さが一因だ。ソ連崩壊後のアルメニアの独立に際しては、米国など在外アルメニア人が大きな貢献をした。 (ホロコーストをめぐる戦い) (イスラエル支配を脱したい欧州) (トルコとEUの離反) (Armenian diaspora - Wikipedia) (Armenian Diaspora: Influence on Nagorno-Karabakh Conflict)

 911後、米国でイスラム敵視が強まり、キリスト教徒であるアルメニア人の政治勢力は、イスラム教徒であるトルコ人やアゼリ人の勢力よりいっそう優位になった。アルメニア系団体からの圧力を受け、米議会がトルコによる20世紀初頭のアルメニア人虐殺を非難する動きを見せたりした。03年のイラク侵攻時、米地上軍がトルコを通ってイラクに侵攻することをエルドアンの政権が拒否したため、米議会はますます反トルコになった。しかしその後、巡り巡って最近のシリア内戦では、エルドアンと軍産が結託し、ISISを支援してアサドを倒そうとする動きになった。 (移民大国アメリカを実感する)

 しかし、エルドアンと軍産の結託が、この先も長く続くとは考えにくい。先日エルドアンは国際会議で訪米したが、オバマは彼と非公式にしか会わず、エルドアンの帰国後、オバマはトルコでの人権侵害の強まりを批判する発言をした。エルドアンは「批判があるなら面と向かっていってほしい。オバマとの会談では人権の話など全く出なかった。陰口を言ってほしくない」とオバマを逆批判した。エルドアンは強気すぎて傲慢だ(対米従属で卑屈な日本などの政治家と対照的だが)。米政界で、エルドアンへの批判が広がっている。 (Erdogan says Obama spoke 'behind my back' on press freedom) (German MP: 'Berlin is Cozying Up to Erdogan') (European Parliament head condemns Erdogan over German satire protest)

 軍産の中でもネオコンは最近、エルドアンによるトルコの人権侵害を非難する公開書簡を出した。書簡は、ブッシュ政権でイラク侵攻を主導した面々の名前が、すでに失脚して肩書きがない人々(ウォルフィやファイス)も含めてずらりと並び、不気味に同窓会的だ。米国勢から人権侵害を声高に非難されるほど、エルドアンは反米の傾向を強める。そもそも米国はシリア内戦でトルコが敵視するクルド人を支援し、エルドアンを怒らせている。このまま米国がシリアを露イランに任せて撤退していくと、トルコにとっての米国の価値が下がり、エルドアンはトルコ国内での人気を維持するため反米ナショナリズムを扇動するかもしれない。私が見るところ、ネオコンは隠れ多極主義者だ。エルドアンを反米の方向に押しやろうとしている。 (Open Letter to President Erdogan) (The Wrong Messengers for Erdogan)

 エルドアンがいずれ反米に転じそうなこと見越してか、ロシアは最近、トルコに再接近する姿勢を見せている。昨年の露軍機撃墜後、停止していたロシアとトルコの間の空路の定期便を再開できるよう、ロシア政府が行政手続きをとった。エルドアンは昨年までプーチンと仲が良かった。プーチンは、ロシア敵視をやめない欧州への対抗策として、エルドアンと仲良くしていた。シリアでの失敗を認めてアサドを容認し、テロリスト(=軍産)を切り捨てると、エルドアンは再転換する。だがこの場合、トルコ国内に滞在している無数のテロリストが延々と自爆テロを繰り返す報復の事態が予想される。軍産からの足抜けは容易でない。 (Russia signals interest to defrost ties with Turkey) (トルコ・ロシア同盟の出現)

 中東コーカサスでのこれからの観点は、露イランがカラバフの停戦を再び軌道に乗せられるかどうか、エルドアンがいつまで軍産と結託し続けるか、軍産エルドアンの横暴に屈している欧州がいつまで不甲斐ない態度をとり続けるか、といったところだ。


⑤ 世界と日本を変えるトランプ
      http://tanakanews.com/160402trump.htm

2016年4月2日   田中 宇

 3月26日、米国のニューヨークタイムスが、共和党の大統領候補ドナルド・トランプのインタビュー記事を掲載した。その中でトランプは、日本や韓国に駐留する米軍について「米国は(財政力などの点で)弱体化が進んでおり、日韓政府が駐留米軍の居住費や食費などの費用負担を大幅に増やさない限り、駐留をやめて出ていかざるを得なくなる」「日韓が(負担増を認めず米軍を撤退させる道を選ぶなら)日韓が米国の核の傘の下から出て、自前の核兵器を持つことを認めてもよい」「日米安保条約は、米国が日本を守る義務があるのに、日本が米国を守る義務がない片務性があり、不公平なので、再交渉して改定したい」という趣旨の発言をした。日本も韓国も国家戦略の基本が対米従属で、その象徴が駐留米軍だ。有力候補であるトランプの発言は、日韓両国の国家戦略を根幹からくつがえす内容だ。日韓政府は表向き平静を装っているが、トランプに対して危機感を持っている。 (In Donald Trump's Worldview, America Comes First, and Everybody Else Pays) (Trump Suggests Pulling Troops From Japan, Korea: Let Them Build Nukes)

 日韓両国とも最大の希望は、米軍の恒久駐留と永遠の対米従属であり、対米自立を意味する核武装など望んでいない。韓国の場合、北朝鮮が核兵器を廃棄し、見返りに米朝と南北が和解し、朝鮮戦争を60年ぶりに終結させて在韓米軍が撤退する6カ国協議の長期的なシナリオがある。米国は、6カ国協議の主導役を03年の開始以来、一貫して中国に押し付けており、いずれシナリオが成就するとき、韓国と北朝鮮は両方とも中国の影響圏に入る。これまで韓国を傘下に入れてきた米国が韓国に核武装を許しても、韓国の新たな(日韓併合以来約百年ぶりに戻ってくる)宗主国である中国は、韓国に核武装を許さない。だから韓国は核武装できない。 (◆北朝鮮の政権維持と核廃棄)

 日本の方は、戦後一貫して、対米従属以外の国家戦略が何もない。被爆国として、核兵器保有に対する国内の反対も強い。左翼は戦争反対=核反対で、右翼は対米従属希望=核反対だ。少数の反米右翼以外、日本の核武装を望んでいない。日本人の多くが勘違いしているが、対米従属と核武装は両立できない。日本が核武装したら、米国は出て行く。対米従属を続けられる限り、日本は核武装しない。逆に、在日米軍が完全に撤退し、日米安保条約が空文化もしくは米国に(事実上)破棄され、対米従属できなくなると、日本は核武装する可能性が高い。 (多極化への捨て駒にされる日本) (日本経済を自滅にみちびく対米従属) (日本の核武装と世界の多極化)

 トランプは「核武装容認」より先に「駐留米軍の居住費や食費などの費用負担を大幅に増やせ」つまり日本政府に「思いやり予算」の大幅増額を要求している。米国は冷戦終結の前後から、日本に思いやり予算を増額させ続けている。米国は韓国にも、駐留米軍の住宅を大増設させてきた。トランプは日韓について「自国の防衛にかかる負担を米国に背負わせる一方、同盟国であることを良いことに非関税で工業製品を米国にどんどん輸出して大儲けしてきたタダ乗りの国」と前から批判してきた。それだけを見ると「要するにトランプも、これまでの米政府と同様のたかり屋だ」「核兵器うんぬんは大騒ぎのための飾りだ」という話になる。トランプは日本にとって新たな「脅威」にならないと楽観できないこともない。 (日本の官僚支配と沖縄米軍) (日本の権力構造と在日米軍)

 だが、同じNYタイムスの記事に出た、日韓以外の世界に対するトランプの戦略表明を見ると、これまでの米政府とかなり違うことが見えてくる。最も重要な点は「NATO廃止」を主張していることだ。彼は「ロシアはソ連よりずっと規模が小さい(大した脅威でない)のに、冷戦後、米国は時代遅れのNATOを拡大し続け、巨額の予算を投入してきた」「ウクライナは米国から遠い(欧州に解決させるべき)問題なのに、ロシア敵視のNATOに拘泥する米国はウクライナに首を突っ込んでいる。馬鹿だ」「NATOを再編し(ロシアも入れた)テロ対策の国際組織に変えるべきだ」という趣旨を述べている。 (NATO延命策としてのウクライナ危機)

 トランプはサウジアラビアに対しても、日韓についてと同様のタダ乗り批判を展開し「サウジなどアラブの同盟諸国が、ISISと戦う地上軍を派兵するか、ISISと戦う米軍の費用を負担しない限り、彼らから石油を買うのをやめる」と言っている。もともとISISを育てたのは米軍(軍産複合体)だが、サウジは軍産のやらせ的なテロ戦争に便乗することで米国との同盟関係を維持してきた。韓国が、北朝鮮を挑発して敵対構造を恒久化する軍産の策略に便乗して米韓同盟を強化し、日本が、南シナ海問題で中国を挑発する軍産の策略に便乗して日米同盟を強化してきたのと同じだ。軍産によるロシア敵視を使った欧州支配の道具であるNATOの廃止と合わせ、トランプの戦略は、軍産複合体を無力化し潰そうとする策になっている。 (The Trump Challenge by Justin Raimondo) (サウジアラビア王家の内紛)

 トランプは、米国の内政問題として軍産複合体を叩くのでなく(ケネディ以来、何人もの米大統領がそれをやって失敗している)軍産にぶらさがる同盟諸国に厳しい条件を突きつけ、同盟諸国と軍産との関係を切るやり方で、軍産を無力化していこうとしている(彼は、米政界を牛耳るイスラエルに対してだけは、軍産側からの反撃を減らすため、できるだけ明確な発言を避けている)。日本では、外務省筋が「日本に関するトランプの発言は人気取りの思いつきだ」といった「解説」を流布しているが、これは(意図的に)間違っている(日本外務省が本気でそう考えているなら間抜けだ。この解説は目くらましで、外務省は対米従属を維持できなくなりそうなので困っているはずだ)。トランプは、大統領になって軍産による国際政治と米国政治に対する支配を壊す戦略を表明しているのであって、日本に対する要求はその一環だ。2月にトランプの政策顧問の一人(Sam Clovis)が説明した戦略案と、今回のNYタイムスでのトランプの発言は一致しており、政策にぶれがない。 (ニクソン、レーガン、そしてトランプ) (Trump Policies Perplex U.S. Allies in Asia Amid China's Rise)

 トランプは、米国の金融がひどいバブル状態になっていると知っており、いずれ巨大なバブルが崩壊し、米国の覇権が弱体化していくと言っている。マスコミのトランプ中傷報道にしか接していない人々は、これをトランプの誇張話と受け取るかもしれないが、私の記事をずっと読んできた人は、トランプのバブル崩壊予測が正しいことがわかるはずだ。トランプは米国の弱体化を見据えて、米国は世界中に軍事展開し続けることができなくなるとか、日韓がもっと金を出さないと米軍が駐留し続けられなくなると言っている。彼は「孤立主義」と呼ばれることを拒否して「米国第一主義」を自称し、米国の余力が減る中で、世界中に軍事駐留し続けることは米国の利益にならないと言って、日韓や中東や欧州からの撤退を呼びかけている。 (Trump questions need for NATO, outlines noninterventionist foreign policy) (◆万策尽き始めた中央銀行)

 クリントンやクルズといった他の大統領候補たちは、軍産や(その一部である)イスラエル系からの献金で選挙戦を回しているため、軍産が好む政策しか打ち出さない。トランプは自分で貯めた巨額資金を使い、ほかから借りずに選挙をやれるので、軍産などに媚びる必要がない。軍産に絡め取られているのは政治家だけでなく、外交官やマスコミ、国際政治学界などの「外交専門家」の多くも同様だ。マスコミや学界で誰に知名度や権威を与えるかは、軍産のネットワークが決める。だから軍産と対峙するトランプの政策顧問は、クリントンやクルズの顧問団に比べ、無名で権威のない人が多くなる。トランプの顧問団は無名(=無能)な人ばかりなのでろくな政策を打ち出せないと報じられているが、こうした報道(軍産系プロパガンダ)は、本質を(わざと)見ていない。 (Trump's Mixed Foreign Policy Agenda)

(軍産やイスラエル系から資金援助されている候補たちは、出資者を満足させるため、中東政策や対露政策などの軍事面の世界戦略を、好戦的に、確定的な公約として何度も表明しなければならない。だが米国民は911以来の無茶苦茶な戦争の末に、政府の好戦策にうんざりしている。トランプはそこを突き、自己資金で立候補し、米国民が好む政策を言って人気を獲得し、軍産を潰すような政策を静かに採用しつつ、イスラエルに言質を取らせない曖昧な態度をとっている) (Trump Names Israel Among Countries That Will Reimburse U.S. When He's President)

 米国が覇権衰退すると、世界の覇権構造は多極化していくが、そこで重要になるのが中国とロシアだ。トランプは、プーチン大統領を以前から評価しており、NATO廃止論と合わせて考えると、彼が大統領になったら、ロシアを敵視してきた軍産の策をやめて、対露協調、もしくはロシアによる自由な国際戦略の展開を可能にしてやる米国勢の撤退や同盟国外し(サウジを露イランの側に押しやることなど)をやりそうだと予測できる。 (◆ロシアとOPECの結託)

 対露政策がわかりやすいのと対照的に、トランプは、中国に対する政策を意図的に曖昧にしている。彼自身「戦略を敵に悟られないようにするのが良い戦略(孫子の兵法)だ」と言っている。この場合の「敵」は中国であると思われがちだが、実は逆で、軍産が敵かもしれない。トランプは、中国が南シナ海での軍事拡大を続けるなら、中国の対米輸出品に高い関税をかけて制裁すると言っている。しかし、高関税策は必ず中国からの報復や、国際機関への提訴を招き、現実的でない。中国政府は南シナ海を自国の領海であると言い続けており、米国に制裁されても軍事化を止めない。 (中国を隠然と支援する米国) (中国の台頭を誘発する包囲網)

 AIIB(アジアインフラ投資銀行)に象徴されるように、中国は経済面に限定して世界的な影響力(覇権)を強めている。軍事力では米国が中国より断然強いが、金融技能以外の経済の影響力(経済覇権)の分野では、中国が米国より強くなりつつある(米国の金融技能はQEで崩壊しかけている)。中国に対し、経済面に集中して強硬策をとるトランプの策は(意図的に)有効でない。 (経済覇権としての中国) (日本から中国に交代するアジアの盟主)

 トランプは就任当初、中国を敵視してみせるかもしれないが、経済面の中国敵視が有効でないと露呈したあと「現実策」と称する協調策に急転換する可能性がある。トランプが米国の覇権衰退と世界からの撤退傾向を見据えている以上、彼は覇権の多極化を容認しているはずで、中国とは敵対でなく協調したいはずだ。在韓米軍を撤退したいなら、6カ国協議の主導役である中国の協力が不可欠なので、その意味でもトランプは対中協調に動く必要がある。 (◆北朝鮮の政権維持と核廃棄)

 トランプが、対ロシア政策が明確なのに中国に対してあいまいなのは、ロシアに対する政策をすでにオバマ政権がシリアなどでかなり進めており、メドがついている一方、中国や日韓に対してオバマは手つかずのままなのでトランプがやる必要があるからと考えられる。オバマとトランプの世界戦略はよく似ている。以前に考察したアトランティック誌のオバマに関する記事「オバマ・ドクトリン」と、今回のトランプのNYタイムスのインタビュー記事を読み比べると、それがわかる。両者とも、米国が軍事で国際問題を解決するのはもう無理だと考え、米国に軍事的解決を求めてすり寄ってくるサウジなど同盟諸国にうんざりし、好戦策ばかり主張する外交専門家(=軍産の要員たち)を嫌っている反面、プーチンのロシアを高く評価している。 (軍産複合体と闘うオバマ)

 オバマは「オバマ・ドクトリン」の中で、国務長官だったクリントンの好戦策を何度も批判している。クリントンのせいでリビアが無茶苦茶になったと言っている。次期大統領選でオバマは、表向き自分の党のクリントンを支持しているが、これを読むと、オバマは本心でクリントンを軽蔑しており、後継者として真に期待しているのはトランプでないかと思えてくる。オバマは、世界的な米覇権の退却と多極化の流れのうち、中東とロシアの部分だけぐんぐん進めた。世界の残りの、欧州とロシアのNATOの部分、それから中国と日韓朝などアジアの部分、それから多極化後を見据えた西半球(南北米州)の再協調などについては、トランプが次期大統領になって継承して進めると考えると、スムーズなシナリオとして読み解ける。(西半球についてオバマは今回キューバを訪問し、転換の端緒だけ作った) (The Obama Doctrine) (Trump wants to leave U.S. allies in the lurch)

 オバマとトランプは、個人的に親しいわけでない。政党も違う。それなのにオバマとトランプの政策が一致し、連続できるのは「背後にいる勢力」が同じだからだろう。そうした背後の勢力を象徴するのは、米国の外交政策立案の奥の院で、戦時中から多極化を(往々にして軍産に隠れて)推進してきたロックフェラー系のCFR(外交問題評議会)だ。オバマは、上院議員になる前からCFRに評価(政治家として育成)されていた(CFRは共和党系でオバマは民主党だが、それは重要でないようだ)。かつてキッシンジャーの多極化戦略もCFRで考案された。 (ニクソン、レーガン、そしてトランプ)

 オバマやキッシンジャーとトランプの政策の類似性から考えて、トランプの政策もCFR仕込みだろう。CFRの会長であるリチャード・ハースはトランプの顧問団の一人だ。トランプは、報じられているような米政界内の一匹狼でなく、CFRという強力な後ろ盾があることになる。CFR内からトランプ非難も出ているが目くらましだろう。CFRと草の根の民意という、上と下から支持を得ているトランプは、軍産が押すクルズやクリントンより優勢だと考えられる。トランプの勝算は十分大きい。 (Trump Will Make His Peace with the War Party)

 NYタイムスのトランプのインタビュー記事を書いたのはワシントン支局長のデビッド・サンジャーだが、彼はイラク戦争の時に大量破壊兵器保有のウソを書きまくり、その後はイラン核武装の歪曲報道もさんざんやり、米国を今の覇権衰退に導いたネオコン系の一人だ。私は以前から、CFRのメンバーも多いネオコンたちが、意図的に米国を失敗させて覇権衰退に導き、多極化を実現した「隠れ多極主義者」の一員だち考えてきたが、そのネオコンのサンジャー記者が、多極化を推進するトランプのインタビュー記事を書くのは興味深い。 (Talk: David E. Sanger - SourceWatch)

 ネオコンはトランプを仇敵とみなし、クリントンやクルズを必死に応援しているが、これもお得意の「過激に応援し、応援した相手を失敗させる」策でないか。今や草の根勢力から、米国の覇権を衰退させた好戦的な悪者とみなされることが多いネオコンからの応援を受けるほど、クリントンやクルズの草の根からのイメージが悪化する。それを十分わかっていてネオコンはクリントンらを支援しているのだろう。 (Hillary Clinton's Neo-Conservative Foreign Policy) (Neocon War Hawks Want Hillary Clinton Over Donald Trump. No Surprise - They've Always Backed Her)

 7月の共和党大会で、トランプが過半数の支持を得られない場合、共和党本部の采配でトランプでなくクルズが共和党の候補に指名されるとか、その場合トランプが共和党を離脱して第3政党を作り、同じくクリントンを擁立した民主党から離脱して第4政党を結成するサンダースと合わせ、11月の大統領選挙は4候補の戦いになり、米国の2大政党制が崩壊するといった予測も出ている。しかし、CFRがトランプをこっそり支援しているなら、7月の共和党大会より前に、トランプが一部譲歩(ネオコンを新政権に入れるとか)して党内で調整がはかられ、候補者がトランプに一本化される展開もありうる。1980年の選挙で共和党がレーガンに一本化した時はそうだった(この時にネオコンは民主党から共和党に鞍替えした)。 ( Insiders to Trump: No majority, no nomination) (It's the End of the Line for GOP as We Know It) (Trump warns of riots, pulls plug on Republican presidential debate) (Trump questions need for NATO, outlines noninterventionist foreign policy)

 日本のことについて詳しく書かないうちに、長々と書いてしまった。全世界を俯瞰したうえで日本について見ると、日本をめぐる事態が国内で語られているのとかなり違うことに気づける。トランプが大統領になったら、日本に思いやり予算の大幅増額を求めるだろう。日本は財政難なので、要求の一部しか応えられない。可能性としてあるのが、日本が予算を出した分だけの米軍が駐留し、残りは日本から撤退するシナリオだ。普天間の海兵隊が辺野古に移らず、米本土とハワイとグアムに分散撤退し、辺野古の基地建設はこのまま止まり、嘉手納の空軍や横須賀の海軍は残るが、普天間は返還されて海兵隊が去るといった展開がありうる。この展開なら、沖縄県民もとりあえず満足できる。 (日本が忘れた普天間問題に取り組む米議会) (従属のための自立)

 米国外で海兵隊が恒久的に大規模駐留しているのは全世界で沖縄だけだが、海兵隊は東アジアの防衛に向いていない。輸送機の能力が上がったので、海兵隊の常駐は米本土だけで十分だ。海兵隊が沖縄にいるのは米国の世界戦略に基づくのでなく、日本政府がいてくれと米国に金を出しつつ懇願してきたからという、腐敗した理由による。軍事戦略的に見て、普天間の海兵隊は要らない。 (官僚が隠す沖縄海兵隊グアム全移転) (再浮上した沖縄米軍グアム移転)

 もう一つの展開は、日米安保条約に関するものだ。日本政府は、対米従属を維持するため、米国は日本を守るが日本は米国を守らないという片務的な現行条約を守りたい。だがトランプはそれを認めない。折衷案として、全世界を対象とするのでなく、日本とその外側の海域に限って、米国と日本が対等に相互防衛する態勢に移行することが考えられる。グアム以東は米国の海域なので、グアム以西から中国の水域までの間、南北では日本からシンガポールまでの海域が、日米の相互防衛の海域になりうる。グアムには「第2列島線」、中国の領海・経済水域の東端には「第1列島線」が南北に通っている。2つの列島線の間の海域が、日本と米国が対等なかたちで防衛する海域になる。 (米中は沖縄米軍グアム移転で話がついている?)

 この2つの列島線はこれまで、米国と中国の戦略対話の中で出てきた。中国は第1列島線の西側(黄海、東シナ海、台湾、南シナ海)を自国の領海・経済水域・影響圏として確保・死守する姿勢を示す一方、米国は中国の求めにしたがって自国の影響圏の西端をいずれ第2列島線まで後退させる姿勢を見せてきた。2つの列島線の間の海域は、米中いずれの影響圏でもなく、緩衝地帯として、今ところ宙ぶらりんな状態だ。このまま中国の台頭が続くと、いずれ中国が2本の列島線の間の海域も影響圏として取ってしまうだろう。トランプが、日本に、この海域を中国でなく日本の影響圏として取らせ、この海域において米国勢が攻撃された場合、日本の自衛隊が米国勢を守る義務を負うような追加策を日米同盟に付加し、日米安保条約の片務性を解消しようとするシナリオが考えられる。 (見えてきた日本の新たな姿)

 このシナリオは、すでに昨年、オーストラリア軍の新規発注する潜水艦群の建造を日本勢が受注しようとする流れが始まったことで開始されている。2つの列島線の間の海域を、日本が豪州やフィリピンなど東南アジア諸国と組んで管理していくシナリオが見え始めている。日本の政府やマスコミなど「外交専門家」たち(=軍産。オバマやトランプの敵)が、このシナリオについて沈黙しており、シナリオに名前がついていないので、しかたなく私は勝手にその新体制を「日豪亜同盟」と呼んでいる。 (日豪は太平洋の第3極になるか)

 日本がこのシナリオに沿って動くと、日本を自立させ、世界を多極化していこうとする米国側をある程度満足させつつ、日本もしばらく対米従属を続けられるので好都合だ。国際法上は表向き、国家が領海・経済水域の外側に影響圏を持ってはならないことになっている。だが現実は、最近まで世界中が米国の影響圏だったわけだし、オバマは英仏独伊などEU諸国がリビアやシリアの内戦に不十分にしか介入しなかったといって失望感を表明している。オバマつまり米国は、地中海の反対側にある中東や北アフリカを、EUが責任を持つべき影響圏とみなしている。中東や北アフリカがEUの影響圏であるなら、西太平洋の2つの列島線の間の海域が日本の影響圏とみなされてもおかしくない。