折々の記 2016 ⑤
【心に浮かぶよしなしごと】

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  05 08 田中宇の国際ニュース解説 ⑬   世情変態の断面

 05 08 (日) 田中宇の国際ニュース解説 ⑬     世情変態の断面

今日の新聞2面の広告、向かいからの岩波発行の「世界」6月号には、

   ‘特集・死の商人国家になりたいか 突きすすむ安倍政権ーそれでいいのか
   ‘いまこそ軍縮の理念を語れ 河野洋平
   ‘武器輸出とアベノミクスの破綻 課題先進国日本の誤った選択
   ‘メイド・イン・ジャパンの武器はいらない
   ‘国際化する武器輸出
   ‘オーストラリアへの潜水艦売込みの背景
   ‘軍産複合体の地殻変動
   ‘憲法への裏切り行為

というタイトルの記事が取りあげられています。

安倍一族の人事産業、オーストラリアとの潜水艦の建造交渉、それとオーストラリアのフランス製潜水艦建造契約ニュース、こうした一連の動きをみても安倍政権が国民から批判の対象になっていることは明白である。

さらに前々から、アメリカからの要請と思われるQEをはじめとする金融政策や対外政策をなりふり構わず推し進めてきました。

ここ3~4ねんも前からドル崩壊のニュースが叫ばれているというのに、それに対応する動きを何もせず、むしろ逆宣伝としての黒田個人の強気そのままでひた走ってきていました。 いうところの、アベノミクスなる旗じるしを押したて、経済が好転しているという宣伝をしてきました。

円安は止めどなく進む様子だし、国内の批判は一層激しくなるし、トランプ旋風は巻き起こっている。 

こうして、国として主体性を持たない日本は、世界から独自性のない国のレッテルを張られても仕方のない状況までになりました。

田中宇の国際ニュース解説で取りあげた三本の解説は、こうした裏付けになっております。

それではその解説をじっくり読んで自分の考えも熟慮し、必要あれば軌道修正をしていこうと思う。



① 潜水艦とともに消えた日豪亜同盟
 【2016年5月6日】 潜水艦の機密を共有したら始まっていたであろう「日豪亜同盟」について、日本は、中国敵視と対米従属の機構としてのみ考えていたのに対し、豪州は米中間のバランスをとった上での、対中協調・対米自立も含めた機構と考える傾向があった。この点の食い違いが埋まらず、豪州は日本に潜水艦を発注しないことにした。日本ではこの間、豪州との戦略関係について、中国敵視・対米従属以外の方向の議論が全く出てこなかったし、近年の日本では、対中協調や対米自立の国家戦略が公的な場で語られることすら全くないので、今後も豪州を納得させられる同盟論が日本から出てくる可能性はほとんどない。「日豪亜同盟」のシナリオは、日本の豪潜水艦の受注失敗とともに消えたといえる。

② 911サウジ犯人説の茶番劇
 【2016年4月29日】 911に対する米当局の関与を完全隠蔽する米議会が、サウジ当局の関与だけを示唆したがるのは、サウジに対する嫌がらせをしたいからだ。911をめぐる政治劇の中で、サウジをことさら悪者にするのは、おそらくイスラエル系の勢力からの圧力だ。イスラエルとサウジは、米国の中東戦略の立案過程においてライバルどうしだ。オバマ自身、サウジとイスラエルが米国の中東戦略をねじ曲げていると嘆いている。

※ ラジオデイズ・田中宇「ニュースの裏側」・・・タックス・ヘイブンはなくならない?

③ IMF世銀を動かすBRICS
 【2016年4月25日】 BRICSの発言力が強まる今後のIMFは、QEやマイナス金利策の行く末にある大危機の発生を止められないものの、大危機が起きて米国中心の金融と通貨のシステムが再崩壊した後の国際金融システムを再構築することはできる。リーマン危機の直後、G20がG7に取って代わり、IMF世銀がG20の多極型経済体制の運営事務局になることが決まった当時、ドルに代わる基軸通貨体制としてIMFのSDRを使う案が出された。これまで「SDRなど使い物にならない」と一蹴される傾向があったが、いずれドル基軸の崩壊感が強まると、SDRを使うしかないという話になる。



① 潜水艦とともに消えた日豪亜同盟
      http://tanakanews.com/160506submarine.php

2016年5月6日   田中 宇

 4月26日、オーストラリア政府が、同国史上最大の軍事事業となる12隻の海軍潜水艦の建造を、以前に予測されていた日本勢(三菱と川重)でなく、フランス勢(国営造船所、DCNS)に発注すると発表した。豪州のテレビ局がその数日前に、豪政府が閣議(安全保障会議)を開き、日本に発注しないことを決めたと報じており、先に(米国が推していた)日本を外すことを決めてから、最終的な発注先を決めた感じだ。 (It's Official: France's DCNS Wins Australia's $50 Billion Future Submarine Contract) (Submarine deal: Successful bid for new Royal Australian Navy boats to be announced next week)

 4月に入り、豪州沖で日豪合同軍事演習が行われたり、日本自衛隊の潜水艦が戦後初めてシドニーに寄港したりして、日豪の軍事協調が喧伝され、日本が豪州の潜水艦を受注する下地が整えられていたかに見えた。それだけに、フランスへの発注は驚きをもって報じられた。豪ターンブル政権は、豪国内での建造に消極的だった日本勢を外し、豪国内で建造する度合いの高い仏勢に発注することで、豪州南部のアデレードの国営造船所の雇用を増やしてやり、7月の選挙に勝つための策としたのだとか、フランスのDCNSの豪州法人の代表が豪防衛省の元高官で政治力が強く、海外での受注経験がない日本勢を出しぬいたのだとか言われている。 (Japanese unlikely to supply our submarines) (How France Sank Japan to Win Australia's $40 Billion Submarine Deal) (Thousands of jobs promised in a $50b billion dollar contract to build submarines in Adelaide) (Japan Falls Behind in Race for Australian Submarine Contract)

 私は、豪州が日本に発注したくなかった、もっと大きな地政学的な理由があると考えている。それは、潜水艦を日本に発注すると、今後20年以上にわたって日本との同盟関係を強めざるを得ないが、米国の覇権が衰退していきそうな今後の10-20年間に日本が国際的にどんな姿勢をとっていくか見極められない流動的な現状の中で、豪州が、日本との同盟強化に踏み切れなかったことだ。 (D-day approaches for vital submarine choice)

 豪政府が潜水艦の発注先を検討していたこの半年ほどの期間は、米国の覇権のゆらぎが大きくなった時期でもあった。米国はこの半年に、シリアやイランといった中東の覇権をロシアに譲渡したし、米連銀が日銀や欧州中銀を巻き込んで続けてきたドル延命策(QEやマイナス金利)の失敗感が強まったのもこの半年だ。次期米大統領の可能性が高まる共和党のトランプ候補が、財政負担が大きすぎるとして日本や韓国に駐留している米軍の撤退を選択肢として表明したのも今年だ。それまで、米国の覇権がずっと続くことだけを前提に国際戦略を立てられたのが、この半年で、米国が(意図的に)覇権を減退するかもしれないことを前提の中に加味せねばならなくなった。
(Abysmal submarine process a slap in the face to Japan)

 潜水艦は、兵器の中でも機密が多い分野だ。今回の建造は、豪海軍の潜水艦のすべてを新型と入れ替え、現行のコリンズ級の潜水艦(6隻)をすべて退役させる大規模な計画だ。新型潜水艦は30年使う予定で、その間に、豪州と発注先の国の関係が大きく変化するとまずい。日本と豪州は従来、両国とも米国の同盟国として親密な関係にあった。だが今後、米国の覇権が低下し、それと反比例して中国の台頭が顕著になった場合、日本と豪州の国際戦略が相互に協調できるものであり続けるとは限らない。(日豪は太平洋の第3極になるか)

 豪州は、数年前から、衰退する米国と台頭する中国という2大国の両方との距離感のバランスをうまく取ることを国家戦略としている。豪州の政府内や政界には、対米同盟重視派(対米従属派)とバランス重視派がおり、アボット前首相は対米重視派で、ターンブル現首相はバランス重視派のようだ。ターンブルがアボットを自由党の党首選挙で破って首相の座を奪った昨秋が、バランス派が強くなる転換点だった。米中間のバランス重視に傾く豪州と対照的に、日本は、米国の衰退傾向を全く無視して米国との同盟関係のみを重視し、対米従属を続けるため米国の中国包囲網策に乗って中国敵視を続けている。米国の衰退を全く無視する日本に対し、豪州が懸念を抱くのは当然だ。 (Why Japan Lost the Bid to Build Australia's New Subs)

 豪州の権威ある外交問題のシンクタンクであるローウィ国際問題研究所では、この件についてウェブ上で議論が交わされてきた。論点の一つは、米国が中国敵視を今より強め、日本が追随して中国敵視を強めた場合、豪州も日米に追随して中国敵視を強めるということでいいのかどうか、という点だった。このシナリオが現実になった場合、豪州が米中バランス外交を続ける(中国と戦争したくない)なら、日米から距離を置く必要がある。潜水艦を日本に発注しない方がいいことになる。(Japanese subs: A once-in-a-generation opportunity) (What the submarine contract means to Japan) (The case for Japanese subs is based on dangerous assumptions about Asia)

 もう一つの論点は、もし米国が軍事政治力の低下によって中国敵視をやめた場合、日本はどうするだろうかというものだ。日本は米国抜きで(核武装して)中国敵視を続けるか、もしくは中国との敵対を避けて対中従属に動くか(特に中国が日本のプライドを傷つけないように配慮した場合)という話になり、どちらの場合でも、敵対と従属という両極端のどちらかしかない日本の硬直した(もしくは浅薄な)姿勢は、中国との関係について慎重にバランスをとってきた豪州にとって受け入れられず、日本と同盟関係を強めることになる日本への潜水艦発注はやめた方がいいという意見が出ていた。 (With this ring...: Japan's sub bid is more than a first date) (Japan's submarine bid is a first date, not a marriage proposal) (Does Japan expect an alliance with Australia as part of a submarine deal?) (What sort of power does Japan want to be?)

 敵対関係の中で、形成が不利になっても早めに柔軟にうまく転換する道を模索せずに敵対一本槍をやめず、敗北が決定的になると一転して相手国に対する従属と追従の態度に一気に転換する。これは日本が第二次大戦で敵だった米英豪に対してとった態度だ。豪州は対日戦の当事者だったので、日本のそうした(間抜けな)特質をよく覚えているはずだ。その上で今の日本を豪州から見ると、中国に対し、かつて米英豪にやったように硬直した下手くそな一本槍の敵対策をやっている。日本の公的な言論の場では、米国が覇権を後退させる可能性について全く語られていないし、日本は中国に負けるかもしれないので敵対を緩和した方がいいと提案する者は「非国民」扱いされる。国民の多くは、この件について考えないようにしている。昭和19年と何も変わっていない。豪州が、日本と組むことを躊躇するのは当然だ。(Mugabe in Tokyo: The warping of Japanese foreign policy)

 もととも豪州に対し、潜水艦を日本に発注するのが良いと勧めてきたのは米国だ。米政府は、独仏に対する不信感を表向きの理由に、独仏が作った潜水艦に米国製の新型兵器を搭載したくないので日本に発注するのが良いと豪州に圧力をかけた。豪州のアボット前首相は、この米国の勧めにしたがい2014年、安倍首相に対し日本への発注を約束した。日本としては、米国の後押し(七光り)を受けて豪州から潜水艦を受注することで、対米従属の強化と、自国の軍事産業の育成の両方がかなえられる。安倍政権は、製造機密の海外移転をいやがる三菱など業界側を説得し(叱りつけ)、豪州からの潜水艦受注に乗り出した。 (CSIS report argues for strong US-Japan-Australia alliance against China)

 米国は同時期に、日豪に対し、中国が軍事行動を拡大する南シナ海の警備や対中威嚇を、米国から肩代わりする形で日豪がやってくれと求めた。豪州に対し、潜水艦を日本に発注しろと米国が勧めた真の理由は、軍事機密のかたまりである潜水艦の受発注を通じて日豪に軍事同盟をさせつつ、日豪が米国に代わって中国包囲網の維持強化をやる態勢を作ることだったと考えられる。日本政府は、豪州と組んで中国を敵視するという、米国から与えられた新たな任務をこなすことで、日本の対米従属を何十年か延長できると考え、豪州に対し、米国との同盟強化のために潜水艦を日本に発注し、対中包囲網としての日豪米軍事協調を強めようと売り込んだ。 (Japan sees Chinese hand in decision to overlook Soryu)

 豪州に対する日本の売り込み方は、潜水艦を機に日米豪の同盟を強化し、中国への敵視を強めようという一本調子だった。日本外務省は近年、省をあげて「ネトウヨ」化しており、対中敵視と対米従属のみに固執している。外務省で米中バランス策を語る者は出世できない状態だろうから、省内でこっそり米中バランス策が検討されているとは考えにくい。日本政府が、国内で全く検討されていない米中バランス策に立った日豪同盟を豪州に提案していたはずがない。ローウィ研究所での議論から考えて、潜水艦の発注先を決めるに際し、豪政府側は日本に対し、対米従属以外の国策があるのかどうか、対米従属できなくなったらどうするつもりか、といった日本の基本戦略について尋ねたはずだ。これらの基本戦略について、日本では公式にも非公式にもまったく議論がない。だから日本は、豪州に対しても十分な答えができなかったと考えられる。豪州は日本に見切りをつけ、フランスに潜水艦を発注した。 (Japan's submarine bid looks sunk)

 豪国防省の戦略立案担当の元高官で今は大学教授のヒュー・ホワイト(Hugh White)は、以前から「豪州が潜水艦を日本に発注することは、日豪が軍事同盟を強めることを意味する」と言い続けてきた。同時に「日本は、同盟強化と潜水艦を絡めて売り込んでいるが、フランスやドイツはそれがないので独仏にすべきだ」とも主張していた。彼は、豪州内の対米従属派(対日発注派)から批判されていたが、ターンブル政権はホワイトの主張を採用し、フランスに発注した。 (If we strike a deal with Japan, we're buying more than submarines) (Hugh White on `The China Choice')

 今回の日本の不成功は、日本側が引き起こした面もある。日本では、安倍首相の周辺が、潜水艦を受注して豪州と同盟を強化することを強く望んでいたが、外務省や防衛省、防衛産業界には、潜水艦の受注に消極的な勢力がかなりいた。日本の高度な軍事技術を、まだ同盟国でない豪州に教えたくないというのが理由と報じられてきたが、国際政治的に見ると、要点はそこでない。潜水艦を機に豪州と同盟を組んでしまうと、米国が「日本は豪州と組んだので米軍がいなくても大丈夫だ」と言い出し、日本の対米従属を難しくしてしまうという懸念が、外務省など官僚側にある。米政府から直接に勧められて潜水艦の売り込みを続けた安倍首相に、官僚が正面から反対することはできなかったが、戦略をめぐる日豪の問答で、豪州が満足しない答えしか出さないことで、外務省は潜水艦受注をつぶすことができた。 (Goodbye Option J: The view in Japan) (Japan considers direct call with Malcolm Turnbull in last-ditch option for $50 billion submarine project)

 昨秋、豪潜水艦を日本が受注する可能性が高まった時、私は、日豪が同盟しない限り潜水艦技術を共有できないと豪州側で指摘されていたことをもとに、潜水艦を皮切りに日豪が同盟を強化し、日豪の間の海域にあるフィリピンやベトナム、インドネシアなども巻き込んで「日豪亜同盟」形成していく可能性について書いた。今回の豪州の決定の周辺にある、ロウィ研究所の議論などを見ていくと、日本との関係を同盟へと強化しない方がいいと考えて豪州が潜水艦発注をやめたことがうかがえるので、これは「日豪亜同盟」の創設を豪州が断ったことを意味すると考えられる。 (見えてきた日本の新たな姿)

 潜水艦の機密を共有したら始まっていたであろう「日豪亜同盟」について、日本は、中国敵視と対米従属の機構としてのみ考えていたのに対し、豪州は米中間のバランスをとった上での、対中協調・対米自立も含めた機構と考える傾向があり、この点の食い違いが埋まらなかった。日本ではこの間、豪州との戦略関係について、中国敵視・対米従属以外の方向の議論が全く出てこなかったし、近年の日本では、対中協調や対米自立の国家戦略が公的な場で語られることすら全くないので、今後も豪州を納得させられる同盟論が日本から出てくる可能性はほとんどない。「日豪亜同盟」のシナリオは、日本の豪潜水艦の受注失敗とともに消えたといえる。日豪同盟はまだこれからだという指摘も(軍産系から)出ているが、目くらまし的な楽観論に感じられる。 (Australia-Japan Defense Ties Are Deeper Than a Sunken Submarine Bid) (Respect must be shown to Japan)

 米政府は、最近まで豪州に対し、独仏でなく日本に潜水艦を発注しろと圧力をかけていたが、豪州が潜水艦の発注先を決めねばならない今春の期限ぎりぎりになって、発注先決定は豪州の内政問題なので米国は介入しないと通告し、豪州が自由に発注先を選べるようにしてやった。米オバマ政権は日本に対し、最後のところではしごを外したことになる。 (Canberra all but rules out Japan sub bid: report)

 米国は最近、ロシアや中国への敵対を強めている。欧州側の対露国境近くでは、連日のように米軍(NATO)の偵察機や戦闘機がロシアを威嚇するように国境すれすれに飛び回り、米露間の緊張関係を増大させている(米国が威嚇しているのに、米欧日のマスコミではロシアが悪いことになっている)。中露と組むBRICSのブラジルや南アフリカでは、米国の差し金で検察が大統領の汚職疑惑(ブラジルのは多分濡れ衣、南アのは昔の事件の蒸し返し)を執拗に捜査してスキャンダルが誘発され続け、米国による政権不安定化策が続けられている。また米国はインドに対し、軍事関係を強める動きを続け、インドを親中国から反中国に転換させようとしている。米国は今後、米国の覇権が崩壊するほど台頭するBRICSを解体させることで、自国の覇権を維持しようとする策を強めるだろう。 (Washington Launches Its Attack Against BRICS - Paul Craig Roberts) (Brazil, Europe, Iran, US, Saudi Arabia - The return of national sovereignty: heading toward one ultimate stand?) (Lula and the BRICS in a fight to the death - Pepe Escobar)

 米国に介入されるほどBRICSは結束を強め、米国の策は逆効果になっていずれ失敗する可能性が高い。だが今後しばらくは、米国が日本や豪州に対し、中国との敵対を強めるから一緒にやろうと圧力をかけ続けるだろう。米国のこの動きに対し、日本は喜んで乗り続ける。だが豪州は、しだいに米国についていかなくなる。今回、豪州が日本でなくフランスに潜水艦を発注したのは、その動きの一つだ。フランスなどEU諸国は、米国が中露敵視を強めるほど、米国についていきたくない姿勢をとっており、この点で豪州と気が合う。フランスは豪州から遠いように見えるが、実は違う。フランスは南太平洋にニューカレドニアなどの海外領土を持ち、豪軍と仏軍はこれまでも一緒に南太平洋に展開してきた。 (In French-Australian submarine deal, broader political and strategic context mattered)

 長期的に見ると、米国から距離を置く傾向を強め、同じく米国から距離を置く中国やフランスなどとの関係を強めようとしている豪州の方が戦略として正しく、最後まで米国との一心同体をやめたがらない日本は失敗していくだろう。金融面でも、ドルを防衛するためのQEやマイナス金利策が世界的に行き詰まり、米国覇権の喪失感が強まっている。米国の覇権が減衰したらどうするか、日本は、豪州に問われる前に考えねばならないはずなのだが、国内の議論はまったくない。馬鹿げた無条件降伏が、再び繰り返されようとしている。これは政府やマスコミだけの責任ではない。自分の頭で考えようとしない日本人全体に責任がある。


② 911サウジ犯人説の茶番劇
      http://tanakanews.com/160429saudi.htm

2016年4月29日   田中 宇

 2001年9月11日に米国で起きた911の大規模テロ事件をめぐり、サウジアラビアが政府ぐるみで犯人たちを支援していたことが書かれていると憶測される28ページの非公開の機密文書をめぐる騒動が、最近また起きている。911サウジ政府犯人説は、911の直後から根強く米国の政界や言論界に存在しているが、根拠が薄い。機密解除を求める議員らは、問題の28ページが機密解除されさえすれば、サウジ政府の犯行だったことが確定すると言っている。これまで解除を拒否していたオバマ政権が、6月までに機密を(一部)解除する方針を出したと最近報じられた。 (White House set to release secret pages from 9/11 inquiry) (Saudi Arabia, 9/11, and what we know about the secret papers that could ignite a diplomatic war)

 問題の文書は、2002年12月に米議会の両院合同の調査委員会が発表した報告書の一部で、28ページの全体が黒塗りの機密扱いで発表された。黒塗りされていない文書を見た当局筋の関係者が匿名で、そこに911テロ事件に対するサウジ政府ぐるみの関与について書かれているとマスコミにリークしたため、今に続く騒動が始まった。 (Joint Inquiry into Intelligence Community Activities before and after the Terrorist Attacks of September 11, 2001 - Wikipedia) (Inside the Saudi 9/11 coverup)

 それ以来、今日までの14年間、米国の議員や911遺族会などが、何度も機密解除を米政府に要請したが、受け入れられていない。「911はサウジが政府ぐるみでやったんだ」という非難が独り歩きしたため、その非難を否定するサウジ政府も、米政府に対して機密解除を求め続けてきた。サウジ政府は、機密が解除された方が自国への濡れ衣が晴らされるので良いと考えている。親米が国是のサウジ王政は、911以来、米国との関係が悪化するのを恐れてきた。 (WTC "Realistic" Chance Americans Could Find Out Truth About 9/11 By June Of 2016) (The Saudi 9/11 Blackmail Explained: The K-Street Lobby Racketeers Have It Covered)

 サウジアラビアは昔から、軍の装備から軍用ソフトウェア、安保や諜報の戦略立案や運用をする人々まで、米国からの輸入品、米国で訓練された人々、もしくは米国人を使っている。米国で訓練されたサウジ軍幹部の中には、米国のエージェントと化した人が多く、ソフトウェアにも裏口が設けられているだろうから、サウジの軍や諜報の動きは米国に筒抜けだ。サウジの諜報部門が、米国に隠して大きな作戦をやることは、サウジ国内で行う作戦であっても、多分できない(日本の自衛隊と全く同じ状況)。サウジの諜報部が、米当局に知られずに、米国で911のような大規模なテロをやることは、全く不可能だ。サウジ当局者は、自分たちの対米筒抜け状態を知っている(米国との親密さを示すものとしてむしろ評価している)だろうから、米国でテロをやることについて、夢想すらしないだろう。

 911をめぐる大きな謎は、サウジに対するものでなく、米国の当局自身に対するものだ。米当局は、テロが起きることを容認した観があり、テロ後の説明もつじつまが合わない。世界貿易センタービルの倒壊が、飛行機の衝突だけでなくビル内部に仕掛けられた爆弾によるものであることを隠し続けたり、国防総省に旅客機が突っ込んだとされる穴が旅客機よりはるかに小さく、周辺に旅客機の残骸もなかったのに何の説明もないことなどから考えて、米当局こそ911のテロに関与した自作自演の疑いがある。米議会の「真相究明」報告書は、それらの疑惑を陰謀論と一蹴しており、むしろ真相を隠蔽する報告書になっている。 (仕組まれた9・11)

 サウジの諜報機関は、ずっと米国の傘下にあった。80年代にソ連占領下のアフガニスタンで、オサマ・ビンラディンらサウジ人などのイスラム主義の「聖戦士」たち(のちのアルカイダ)が、米国のCIAに訓練されてソ連軍にゲリラ戦を仕掛けて以来、サウジと米国の諜報部門は連携していた。イスラム過激派のサウジ人がCIAに招かれて渡米して軍事訓練を受けた後、アフガニスタンに送り込まれる流れができていた。アフガン帰りのアルカイダ系のサウジ人がCIAのビザで渡米し、911前の米国に多く住んでいた。911の実行犯は、そうした人々の中にいた(彼らが本当に実行犯だったのか疑問だが)。 (911事件関係の記事) (Seymour Hersh: Saudis Paid Pakistan to Hold bin Laden To Prevent U.S. Interrogation)

 サウジ当局は、911実行犯のうちの何人かに米国滞在中の家を探してやったり、イスラムの慈善団体などを通じて生活費を支援していたことがわかっており、それが「テロ支援」だとされている。だが、サウジの諜報部が911前に米国で活動していたのなら、それは米当局の作戦の一部を、作戦の全容を知らされないまま下請けしていたはずだ。サウジ当局が911の発生に関与したのなら、それは米当局の無自覚な下請け役としてだ。911に対するサウジ当局の関与を公開すると、それは「親分」だった米当局の関与を暴露するものになる。だから、問題の28ページに最重要のことが書いてあるとは考えにくい。 (The Classified '28 Pages': A Diversion From Real US-Saudi Issues Gareth Porter)

 911に対する米当局の関与を完全隠蔽する米議会が、サウジ当局の関与だけを示唆したがるのは、サウジに対する嫌がらせをしたいからだ。911をめぐる政治劇の中で、サウジをことさら悪者にするのは、おそらくイスラエル系の勢力からの圧力だ。イスラエルとサウジは、米国の中東戦略の立案過程においてライバルどうしだ。オバマ大統領は先月、雑誌アトランティックのインタビュー記事「オバマ・ドクトリン」の中で、サウジとイスラエルが圧力団体を使って米国の中東戦略をいかにねじ曲げているかを嘆いている。 (軍産複合体と闘うオバマ)

 911後、イスラエルの代理勢力として「ネオコン」がブッシュ政権の世界戦略を牛耳り、イスラエルの国益になるイラク侵攻やイラン敵視をやっている。ネオコンは「911の犯人であるサウジ政府を武力で転覆すべきだ」といった主張を流してきた。昨年夏には、大統領選挙に出馬表明し、イスラエルにすり寄っていた共和党のランド・ポール上院議員が、米議会の911報告書の問題の28ページを機密解除する法案を出したりしている。米政界において、サウジに対する嫌がらせの多くは、イスラエルへの追従として行われてきた。 (Rand Paul's New Crusade: The Secret 9/11 Docs) (米国依存脱却で揺れるサウジアラビア)

 とはいえ、今回は少し様子が違う。以前のサウジは米国にやられっぱなしで、いくら米国から911に関して言いがかりをつけられても対米関係の悪化を恐れて黙っていた。だが、15年1月に前国王の死去でサルマン国王が即位した前後から、サウジは対米従属からの離脱を模索している。14年夏からは、米国のシェール石油産業(ジャンク債市場)を潰すための原油安の戦略をサウジが開始し、サウジはロシアと組んで米国潰しの原油安攻勢を続けている。サウジがロシアと組んで米国に敵対することなど、以前なら考えられなかった。 (ロシアとOPECの結託) (米シェール革命を潰すOPECサウジ) (Frayed US-Saudi relations more charade than reality: Pundit)

 米国(軍産複合体)は、対米自立をめざすサルマン国王の足をすくおうと、サルマン国王が即位した直後の昨年3月、イエメンのフーシ派に大量の武器が渡るよう仕向け、サウジ軍がイエメンに侵攻せざるを得ない状況を作った。サルマン国王の国王即位後、サウジ王政の上層部では、サルマン国王国王やその息子のモハメド・サルマン副皇太子といった対米自立派と、モハメド・ナイーフ皇太子ら対米従属派との暗闘が激しくなった。そのような昨年来の新たな状況下で、米国が911の犯人をめぐるサウジ政府に対する濡れ衣的な非難や嫌がらせを延々とやることは、サウジ側の反米感情の増大を誘発している。 (米国に相談せずイエメンを空爆したサウジ) (サウジアラビア王家の内紛)

 911をめぐる最近の米国のサウジに対する嫌がらせは、28ページの機密解除だけでなく、911の遺族たちがサウジ政府の在米資産を差し押さえて自分たちのものにできる新法を米議会が検討していることなどもある。この法案が通ると、米政府が、サウジ政府が保有している米国債を没収し、その資金をて911の遺族に与えてしまうことが起こりうる。サウジ政府は、濡れ衣を重ねるこの法案に怒り、もし法案が通ったら、保有する巨額の米国債を売却すると表明した。911をめぐる嫌がらせは、米サウジ関係を破綻させかけている。 (Saudi Arabia Warns of Economic Fallout if Congress Passes 9/11 Bill) (Saudi Arabia Threatens To Liquidate Its Treasury Holdings If Congress Probes Its Role In Sept 11 Attacks)

 すでに述べたように、サウジ王政は軍事面で対米従属を脱することが難しい。対米自立をめざすサルマン国王らは、軍事面でイエメン戦争を起こされ、なかなか停戦もできず苦労している。そのためサルマン国王らは、軍事と関係ない石油価格の面で、米国に逆襲するシェール石油産業潰しの原油安攻勢を続けている。今回の米国による、911をめぐるサウジに対する嫌がらせの再発は、サウジがロシアと組み、原油安攻勢を持続する中で起きている。米国がサウジに嫌がらせをするほど、サウジは原油安による米国潰しの画策を意固地に続け、米国と対峙する姿勢を強める。 (The Real Reason Saudi Arabia Killed Doha) (High Hopes as New Yemen Ceasefire Takes Effect)

 オバマ政権は以前から、表向きロシアやイランを敵視し、サウジやイスラエルとの同盟関係を重視する姿勢を見せつつ、実のところ逆に、核協定でイランを許して強化し、シリアの解決をロシアに任せてロシアの中東覇権を強化してやった。半面、イエメン内戦や911の濡れ衣でサウジとの関係を悪化させ、パレスチナ問題などでイスラエルとの関係も悪くするという「隠れ多極主義」の戦略を続けている。911をめぐるサウジに対する嫌がらせも、この戦略の中にあると考えられる。前出のアトランティック誌のオバマのインタビュー記事を見ると、これはオバマ自身の戦略だ。 (イランとオバマとプーチンの勝利) (中露を強化し続ける米国の反中露策) (世界に試練を与える米国)

 オバマは4月20日にサウジを訪問した。サルマン国王は、他の湾岸諸国の元首が来た時には空港まで迎えに出たのに、オバマの時は空港に来ず、米サウジ関係の冷却が報じられた。オバマは、わざわざ自分のサウジ訪問の前に、911問題でサウジとの関係を悪化させ、自分のサウジ訪問時にサウジ側に冷遇されることを招いている。彼は、シリア問題でも似たようなことをやっており、自分を意図的に失敗の立場に陥らせ、それを世界に見せることで、世界に対し、米国の弱体化や信頼性の低下を演出しているように見える。 (Obama Faces Chilly Reception on Arrival in Saudi Arabia) (The Obama Doctrine)

 サウジとの対立に関しては、オバマが自らの信頼性を低下させるほど、サウジを対米自立させようとしている30歳のモハメド・サルマン副皇太子のイメージが上がる仕組みになっている。いずれ国王になり、長期政権を敷くであろうモハメドは、うまくいけば対米自立を果たし、仇敵だったイランとも和解し、中東を安定化させる立役者の一人になる。911をめぐる米国からの嫌がらせは、そこに向かう力をモハメドに与えている。 (The unpredictable new voice of Saudi oil)

※ ラジオデイズ・田中宇「ニュースの裏側」・・・タックス・ヘイブンはなくならない?


③ IMF世銀を動かすBRICS
      http://tanakanews.com/160425brics.php

2016年4月25日   田中 宇

 4月15-17日、米ワシントンDCで、IMF世銀の春の定例会合(開発委員会など)が開かれた。中国・ロシア・インド・ブラジル・南アフリカといったBRICS諸国の、IMFに対する発言権(議決権)が今年1月に拡大された後の、初めての会合だった。今回の会合を機に、状況が大きく変わったことの一つは、昨年中国が主導して創設したAIIB(アジアインフラ投資銀行)に対し、米国と日本がこれまでの敵対姿勢をやめて、米日が主導する世銀とADB(アジア開発銀行)が、AIIBと協調する協定に調印したことだ。今年1月に正式スタートしたAIIBの最初の事業になるパキスタンや中央アジア諸国の道路整備事業に、ADBも資金提供することになった。 (There's no secret U.S.-China pact, economists say after IMF meeting) (AIIB joins World Bank and ADB on infrastructure projects)

 AIIBと世銀ADBが協力して道路網建設に投資するパキスタンや中央アジアは、中国の影響圏である。AIIBの投資事業に、世銀とADBが一緒にやりたいと申し出た結果、協調体制が組まれた感じだ。AIIBは中国主導、ADBは日本人が歴代総裁の組織だ。日本が中国を敵視(嫌悪)していることを考えると、ADBがAIIBに協調を申し入れるのは、日中関係だけを考えると奇異だ。世銀ADBがAIIBと協調したのは、日本が方針を転換したからでなく、日本にとっての「お上」である米国が、中国に対する方針を転換したからだ。 (China's AIIB seeks to pave new Silk Road with first projects)

 米政府でIMF世銀を担当するジェイコブ・ルー財務長官は、IMF世銀会合に合わせたタイミングで、IMF世銀の運営に関して中国などBRICSや新興諸国に対するこれまでの排除策をやめて協調に転じることを、論文として書いて発表している。BRICSに国際台頭を許すことを、米国の覇権縮小ととらえず、BRICSに米国流の国際秩序を守らせるための策と書いている点が、目くらまし的で興味深い。 (America and the Global Economy By Jacob J. Lew) (US Treasury Secretary calls for IMF reform)

 昨春、中国がAIIBの創設を発表したとき、米国は、それに反対し、欧州諸国や韓国などに対してAIIBに入るなと圧力をかけた。対米従属の裏返しとして中国嫌悪策をとる日本も、中国嫌悪と対米従属を両立できる素敵な策としてAIIBに入らなかった。だがそれから1年後、米国はルー論文で、世界経済運営の分野で、中国を排除・敵視することをやめる方針に転じた。対米従属のみを国是とする日本は、これに抵抗できるはずもなく、中国をライバル視していたADBの総裁(日本の財務官僚)が、自分は昔から中国と協調すべきと考えていたと新聞のインタビューに答える茶番な事態になっている(対米従属は、高級官僚を筆頭に日本人全体の精神を歪め、人間性を低下させている)。 (AIIB works with World Bank, ADB to approve first projects in June) (日本から中国に交代するアジアの盟主) (Japanese head of ADB plays down China-led rival AIIB)

 IMFにおけるBRICSの発言権の拡大は、もともとBRICSの側が要求したことでない。08年のリーマン危機(米国の債券バブルの大崩壊)で、米国中心の世界的な金融システムが崩れかけた時、戦後の米国中心の経済体制(ブレトンウッズ体制)の大改定が必要だと米国自身(当時はブッシュ政権)が認め、ブレトンウッズ機関(米経済覇権体制の維持機関)だったIMF(国際通貨基金)と世界銀行におけるBRICSの発言権を拡大することを、米国が了承した。 (「ブレトンウッズ2」の新世界秩序) (「ブレトンウッズ2」の新世界秩序<2>)

 それまで、世界経済の運営をめぐる最高位の国際合議体は、有力先進諸国だけで構成するG7サミットだったが、先進諸国だけではリーマン危機後の金融崩壊から世界経済を立て直せず、中国を筆頭にBRICSなど新興諸国の協力が不可欠だと、米政府自身が認識した。それをふまえ、G7など先進諸国とBRICなど新興諸国を合体させたG20サミットが新たに発足し、世界経済の運営をめぐる最高位の合議を、G7でなくG20で行う新体制がリーマン危機後に始まった。G7は対米従属(米英覇権)の組織だったが、BRICSは対米自立型の諸大国で構成されており、G7からG20への中心の移行は、覇権体制の多極化を意味していた。 (G8からG20への交代)

 同時に、それまで米国の経済面の世界運営(覇権)の事務局として機能してきたIMF世銀も、G20による経済経済運営の事務局として衣替えすることになっていた。その前提として、米国と、その従属諸国である欧日に集中していたIMFの議決権をBRICS諸国に分け与え、IMFにおけるBRICSの発言力を増大させる「IMF改革」の政策が2010年に決定され、米政府(民主党オバマ政権)も賛成してそれに署名した。だが、共和党が多数派の米議会は、中国やロシアに覇権を分散させるなど冗談でないと、IMF改革の批准を拒否し続けた。米国はIMFで拒否権を持っており、米国が了承しない限り、改革案は実行に移せず、棚上げ状態になった。 (G20は世界政府になる)

(IMFの決議方法は1カ国1票でなく、GDPや市場開放度に応じて各国にそれぞれ異なった議決権を配分している。米国が世界最大の約17%の議決権を持ち、日本は6%を持っている。重要事項の決議には85%以上の賛成が必要なので、米国が反対すると可決できない。IMFでは米国だけが、こうした拒否権を持っている) (BRICS gets greater say in IMF)

 リーマン危機後、米当局は、崩壊(凍結)状態の金融界に公金(国債発行で作った資金)を投入(社債買い支え)し、それが上限に達すると、次は中央銀行(連銀)が造幣で作った資金を投入するQE(量的緩和策)を開始した。QEを3年ほど続けて不健全な事態になったので、連銀自身は14年秋にQEをやめて、代わりに日欧にQEを肩代わり的にやらせた。日欧は、QEを限界までやった後、マイナス金利策まで導入し、米中心の金融システムを延命させている。この間、現在に至るまで、米国中心の金融界は連続的な資金供給によって延命し続けているが、自らの市場原理(民間の需要)で回る状態に蘇生したわけでなく、いずれ米欧日の中央銀行がQEを縮小せざるを得なくなると、金融危機が再発する運命にある。 (米国と心中したい日本のQE拡大) (QEの限界で再出するドル崩壊予測)

 米欧日の中央銀行は、リーマン危機後の金融延命策で信用力を出しきっており、次にリーマンの再発的な金融危機が起きた時、それを救済する余力が残っていない。米連銀は、その余力を蘇生させようと、危機の際に利下げできる余地を作るべく、昨年から利上げ傾向に入ったが、一度わずかな利上げをした後、世界不況のあおりを受け、これ以上利上げできない事態に陥っている。次にリーマン的な金融危機が再発したら、中央銀行が危機を沈静化させる手段を持たないので、消防自動車がいない状態で火事がどんどん広がるのと同様、リーマンよりもっとひどい危機になる。 (QEやめたらバブル大崩壊) (利上げできなくなる米連銀)

 このように先進諸国の金融システムが不健全な悪循環を続けるのを横目で見ながら、BRICS諸国は、いずれ再発するであろう米国発の巨大な金融危機に自分たちが巻き込まれないようにする必要があった。IMFでのBRICSの発言権が予定通り拡大されていたら、IMFの意思決定を通じて米欧日の中央銀行群に不健全なQEなど超緩和策を早めにやめさせることができたかもしれないが、IMFでの発言権拡大は米議会によって阻止されていた。仕方がないのでBRICSは、自分たちだけでIMF世銀の代替組織を作った。IMFの代替としてBRICSの緊急用基金が作られ、世銀の代替として新開発銀行が作られた。世銀傘下のADBの代替として、AIIBが作られた。 (BRICS moves to establish bank institute, rating agency)

 これらのBRICSの代替機関が軌道に乗り出す直前の昨年末、米議会が、IMFにおけるBRICSの発言権を拡大する法案(国際協定)を、突然に批准した。米政府の予算法案の中に紛れ込ませる形にして、目立たないように可決した。BRICSが自前の機関を作ってIMF世銀の枠の外に完全に出て行ってしまうと、BRICSはIMF世銀に資金を出さなくなり、米国の覇権運営機関であるIMF世銀自体が困窮するので、米議会はやむを得ず譲歩して批准したのだと考えられる。 (Developing countries seek to bypass stalled IMF and World Bank reform, risking US veto)

 米議会が批准したのでIMF改革が実現することになり、IMFは今年1月、調印から8年を経てようやく増資と、BRICS諸国の議決権の増大を実施した。中国の議決権は、3・8%から6%に上がった。BRICS5カ国合計での議決権は14・7%になった。IMFは重要事項の決議に85%以上が必要で、15%以上の議決権を持つと、米国と並ぶ拒否権発動可能な勢力になるが、BRICSはこれに0・3%足りない。これは、米国だけが拒否権を持つ既存の状態を守るための措置とも言えるが、多くの場面で、BRICS以外の新興諸国もBRICSの件に賛成で、0・3%の穴はすぐに埋められるので、事実上BRICSはIMFにおいて米国と並ぶ拒否権を持ったことになる。 (Upcoming IMF Quota Reforms Allow BRICS to Veto Decisions - Lavrov) (The IMF will have new-and-improved governance this month)

 BRICSはIMFでさらなる「改革」を求めている。IMFにおける各国の議決権は従来、その国のGDPと、市場開放度や経済の多様性などの組み合わせて算出してきたが、この基準は対米従属の欧州や日本に甘めに出る半面、BRICSを含む新興諸国に厳しくなっている。BRICSは、こうしたIMFの議決権の歪曲的な決定方法を変更し、新興諸国に不利のないGDPを中心とした算出方法に変えることを求めている。この要求が通ると、BRICSなど新興諸国の議決権がさらに増えることになる。 (BRICS join forces on IMF quota formula reform) (China, India, Russia call for more reforms at IMF)

 BRICSの発言権が増しても、IMFが米欧日の中央銀行群にQEやマイナス金利といった超緩和策をやめさせることはできない。やめるにはもう遅すぎるからだ。超緩和策を縮小したら、株や債券の市場に流入する資金が急減し、相場が大幅下落するとともに、企業倒産が増え、すでに起きている実体的な不況に拍車がかかる。 (Japan's Keynesian Death Spiral - How Central Planners Crippled An Economy)

 欧州中央銀行は先日、QEの対象を国債だけでなく社債にも拡大した。欧州企業の社債だけでなく、欧州に現地法人がある米国法人の米国本社発行の社債も買い支える方針で、米国の債券市場を欧州中銀が救済する仕掛けになっている。日銀は、マイナス金利を初めて3カ月しか経っていないが、すでに世界のマイナス金利の債権債務の6割が日本で、2年前からマイナス金利をやっている欧州が4割という事態になっている。いずれの現象も、QEやマイナス金利策が拡大する一方であることを示している。拡大し続けないと金融システムの延命を保持できない。しだいに強い麻薬を欲するようになる麻薬中毒者と同じだ。永久に拡大することは不可能で、いずれ限界に達し、その時点で金融が再崩壊する。 (Draghi Just Unleashed "QE For The Entire World"... And May Have Bailed Out US Shale) (Japan, Not Germany, Leads World in Negative-Yield Bonds: Chart)

 欧日の中央銀行は1年から1年半おきに、超緩和策の拡大や、新たな緩和策の導入をやっている。1発の「麻薬」の効力が12-18カ月ということだ。あと何回、拡大や新策をやれる余地があるのか。あと1-2回だとすると大危機の発生まで1-3年、あと2-3回だとすると2-5年ということになる。「BRICSは昨年以来、中国を筆頭にどこも経済難で、IMFの主導権を握っても大したことができない」という解説が出回っているが、BRICSは実体経済が沈滞している一方、米欧日は実体経済の何十倍もの金額的な規模がある金融システムの危機に向かっている。米日は金融危機を隠蔽しつつ実体経済の成長率も歪曲しており、全体的な危険は、BRICSより米欧日の方が大きい。実体経済の沈滞はいずれ回復するが、金融システムの大崩壊は不可逆的だ。 (Global Power Shift Winners, losers, and strategies in the new world economic order) (What is left of the rise of the South?)

 BRICSの発言力が強まる今後のIMFは、大危機の発生を止められないものの、大危機が起きて米国中心の金融と通貨のシステム(ドルと米国債の基軸性)が再崩壊した後の国際金融システムを再構築していくことはできる。リーマン危機の直後、G20がG7に取って代わり、IMF世銀がG20の多極型経済覇権体制の運営事務局になることが決まった当時、ドルに代わる基軸通貨体制としてIMFのSDR(特別引き出し権)を使う案が出された。「ドル基軸が崩壊するはずがない」と考える人々は「SDRなど使い物にならない」と一蹴していたが、今後ドル基軸の崩壊感が強まると、SDRを使うしかないという話になる。 (ドル崩壊とBRIC) (China SDR announcement enshrines move away from its dollar focus)

 中国は、BRICSを代表する形で、ドルが基軸性を失った場合に備え、SDRのシステム強化をやっている。SDRを構成するのは従来、ドル、ユーロ、円、ポンドの4通貨だったが、今年10月から人民元が加わることが決まっている。中国政府は今春、自国の外貨準備高をドル建てだけでなくSDR建てでも発表していくことを決めるとともに、SDR建ての債券を中国国内で発行していくことにした。SDRの利用は、積極利用役の中国ですら始まったばかりだが、ドル基軸の崩壊までまだ何年か時間があるなら、その間に実用化に向けた準備ができる。 (China says SDR measure to reduce valuation changes in FX reserves) (China looking at ways to issue SDR bonds: Central bank head) (China's obsession with IMF's accounting unit and forging new global financial order reaches new heights)

 中国はこのほか、ドル基軸に代わる価値の備蓄体制として金地金の利用も推進している。今回の記事は、前回の記事の続きとして、そこを書くつもりだったが、調べていくうちに、IMFにおけるBRICSの発言権の拡大について先に書かねばならないことがわかり、何度も書き直しているうちに4-5日がたってしまった。この続きはあらためて書くことにする。このところ毎回、書き上げるまで日数がかかり、しかも十分な結論まで至らず尻切れで書き散らかす感じになっており、読者に対して申し訳ないが、世界情勢の流れが全体的に見えにくくなっており、報じられない事象も増える中、しばらくはこの状況が続くかもしれない。 (The IMF's Special Drawing Rights, the RMB and gold) (China Embraces Gold In Advance Of Post-Dollar Era)