折々の記 2016 ⑥
【心に浮かぶよしなしごと】
【 01 】05/30~ 【 02 】06/06~ 【 03 】06/08~
【 04 】06/15~ 【 05 】06/24~ 【 06 】07/17~
【 07 】07/18~ 【 08 】07/18~ 【 09 】08/21~
【 01 】05/30
05 30 首相、消費増税再延期へ 野党、不信任案提出へ
増税再延期、きしむ政権 麻生氏、首相に翻意迫る
05 31 消費増税の再延期 首相はまたも逃げるのか 朝日社説
06 06 田中宇の国際ニュース解説 ⑮ 安倍総理の裏の世界の動き
G7で金融延命策の窮地を示した安倍
オバマの広島訪問をめぐる考察
米国と対等になる中国
05 30 (月) 首相、消費増税再延期へ 野党、不信任案提出へ
守銭奴の自分勝手な隠れたふるまいを、明るい光のあたったみんなの前に公表すべきです。
みんなが働いて得た収入を、暗闇にかくす卑しい根性を白日の下に明らかにすべきなのです。
2016年5月30日 朝日▼1面
首相、消費増税再延期へ与党調整
野党、不信任案提出へ
http://digital.asahi.com/articles/DA3S12383456.html
安倍晋三首相は、来年4月に予定する消費税率10%への引き上げを2019年10月まで再延期する方針を固め、週明けから与党幹部との調整を本格化させる。しかし麻生太郎財務相が反対しており、決着に時間がかかる可能性もある。野党各党は首相の増税先送りを「アベノミクスの失敗」と批判し、内閣不信任案を提出する方針。6月1日の国会会期末に向け、与野党の攻防が激化しそうだ。▼2面=きしむ政権
首相は28日夜、麻生氏や自民党の谷垣禎一幹事長と会談し、増税を再延期する方針を伝えた。これに対し麻生氏はその場で、予定通りの増税実施を求めて反対し、「延期なら衆院解散をすべきだ」と主張。谷垣氏も慎重論を唱えた。
麻生氏は29日も富山市での講演で、15年秋の増税予定を17年春に延ばして衆院解散をした経緯を踏まえて「また延ばすなら(衆院選で)信を問わないと筋が通らない。(野党から)アベノミクスが失敗したから延ばすと言われたら、参院選候補者は厳しい」と、参院選に合わせた衆参同日選を主張。谷垣氏も同市で講演し「非常に重い決断だ。進むも地獄、退くも地獄」と慎重な対応を求めた。
首相は29日、石原伸晃経済再生相と会談し、協力を要請。30日にも公明党の山口那津男代表や自民の高村正彦副総裁ら与党幹部と会談して、再延期への理解を求める方針だ。ただ山口氏は29日、記者団に「法律で決めたことを予定通りやっていく考えを首相と共有していた」と述べ、説明を求める考えを強調。与党の意見集約に時間がかかる可能性もある。
一方、民進、共産、社民、生活の党と山本太郎となかまたちの野党4党は内閣不信任決議案を31日にも共同提出する方針を固めた。首相が消費増税の再延期の意向を固めたことを受け、「アベノミクスは失敗した」として内閣総辞職を求める。
2016年5月30日 朝日▼2面 (時時刻刻)
増税再延期、きしむ政権
麻生氏、首相に翻意迫る
http://digital.asahi.com/articles/DA3S12383389.html
選挙によって国政をあずかる人は、約束は守らなくてはならない。 ウソを言ってごまかすことは最大の恥です。
自分よがりの方針を立てた権力者の考えに対し、唯々諾々としている国会議員が多すぎる。
日本の政党政治の最大の間違いは、「広く会議を興し万機公論に決すべし」を政治の約束事とした明治の剛直な先人の訓えを無視していることでしょう。
自由な発想を表明できない状態にしている最たるものは、党議拘束にほかなりません。 民主主義の根底になる国民の信託は、そのために影をひそめなければならないのです。
公認候補で金銭操作をするのも、集団組織がつくあげた悪弊です。
悪弊にのっかかって日本の政治は進められています。 心ある国会議員でしたら、この質問に答えてください。
【図表】安倍晋三首相の増税延期論と疑問点
1 世界経済はリーマンショック前に似た危機に陥る大きなリスクに直面している
問題点
5月の月例経済報告は「世界の景気は弱さがみられるものの、全体としては緩やかに回復」と明
記。原油安にも回復の兆しがあり、米国も利上げを検討
2 主要7ヶ国(G7)首脳会議(伊勢志摩サミット)で危機感を共有。議長国として率先して貢献する必
要がある
問題点
G7首脳間で世界経済の先行きに対する認識に大きな差
3 アベノミクスは失敗していない
問題点
2014年11月に消費増税を1年半延期した際、3本の矢で増税できる経済状況を作ると説明したこと
と矛盾
4 2019年10月まで2年半延期する
問題点
自らの自民党総裁任期の2018年9月を越え、無責任との批判も
【日程】今後の政治日程
2016年
05 31 野党4党が内閣不信任決議案提出か
06 01 通常国会会期末
06 22 参院選公示
07 10 参院選投開票
秋 臨時国会で消費税率10%への引き上げ延期の法改正
2017年
04 01 消費税率10%への引き上げ延期方針
2018年
09 安倍首相の自民党総裁任期満了
12 衆院議員の任期満了
2019年
春 統一地方選
夏 参院選
10 消費税率10%への引き上げ方針
2020年
夏 東京五輪・パラリンピック
安倍晋三首相が消費増税を2年半再延期する方針を示したことで、政府・与党内に不協和音が生じている。麻生太郎財務相は再延期には衆院解散・総選挙が必要だと主張して反対しており、自民党内では将来のリスクを盾に増税を先送る首相の説明に批判の声も上がる。野党は「アベノミクスは失敗」と攻勢を強め、内閣不信任決議案を国会提出する方向だ。▼1面参照
■「解散すべきだ。引き上げ約束した」
28日夜、首相公邸。安倍首相が増税先送りの政府・与党内調整を始めるにあたり、最初に呼び込んだのが麻生氏だった。
「世界経済が危機に陥るリスク」を理由に、来年4月に予定されている消費税率10%への引き上げを2019年10月まで再延期する方針を伝えた首相に、麻生氏は真っ向から反論した。「衆院を解散すべきだ。前回延期を決めたとき、17年4月に引き上げると約束しましたよね」
首相は今回、増税延期の是非について「政策変更のたびに衆院を解散する必要はない」(首相周辺)との理由から直後に控える参院選で国民に信を問う考えで、参院選と同時に衆院選を行う衆参同日選は見送る意向だ。堅調な支持率をもとに「ダブルでなくても、シングル(参院選単独)でも勝てる」(自民党幹部)との見立ても首相判断を後押しする。
これに対し、麻生氏は増税延期と衆院選はセットとの考えを示し、首相に翻意を迫った。12年末の政権発足当初から財務相を務める増税派として、自らの求心力にも関わるだけに簡単に引けない事情もある。麻生氏は「宰相になるか、ポピュリストになるかですよ」とも語った。
ただ、首相は明確な返答をしなかった。その後、会談に加わった谷垣禎一自民党幹事長も増税先送りに難色を示す。一方、菅義偉官房長官は「公明党が困っている」と語り、衆参同日選は公明党の協力を得るのが難しいとの考えを示した。政権中枢の4人の立ち位置がほぼ二つに割れた。
政府・与党内で戸惑う声があるのは、首相が主要7カ国(G7)首脳会議(伊勢志摩サミット)で示した世界経済の認識だ。閣僚の一人は「経済指標をつまみ食いして、つじつまを合わせようとしている」。首相は一昨年に増税を延期した際、「再び延期することはない」などと述べて衆院解散・総選挙に踏み切っており、首相の言葉の整合性を問う声もある。自民党の稲田朋美政調会長は朝日新聞の取材に「2年半先送りするなら、国民との約束を破ることになる。衆院を解散して信を問うべきだ」と述べた。
ただ、今のところ党内で麻生氏らへの同調は広がっていない。自民党のある派閥会長は「サミット前ならともかく、今さら増税延期に反対しても受け入れられない。消費税や解散をめぐる議論は終わりだ」と冷ややかだ。
一方、野党からは29日、首相の方針は「アベノミクスの失敗」だとして退陣を求める声が上がった。
民進党の福山哲郎幹事長代理はNHKの討論番組で「1年半前の衆院選の公約を果たせなかった責任をとり、総辞職するのが筋だ」と強調。共産党の志位和夫委員長も、静岡市で記者団に「自分の失政の責任を世界経済に転嫁し、厚顔無恥、無責任」と批判した。
■「2年半」、選挙に配慮か 社会保障に影響、遠のく財政再建
なぜ、首相は増税延期の長さを2年半の「19年10月まで」としたのか。年明けから円高や株安の局面も続き、アベノミクスの勢いにはかげりもみえるなか、首相周辺は「消費増税を延期するなら2年か2年半だった」と明かす。ただ、「19年4月まで」とした場合、19年春の統一地方選と増税時期が重なり、直後の19年夏には参院選も控える。選挙への影響を避けるために参院選後まで先送りしたものともみられかねず、与党内からは「みえみえだ」(幹部)との声が聞こえる。
さらに、20年夏には東京五輪があるため、国内の投資や消費が活発になり、景気が上向くことも期待できる。官邸幹部は「19年度後半からオリンピックの特需がどんどん出てくる」とし、2年半後の方が増税しやすいと解説する。
しかし、首相の自民党総裁としての任期は18年9月まで。任期を延長しない限り増税時期が任期を越えてしまうことになり、野党からはさっそく「無責任だ」(民進党の岡田克也代表)との批判が出ている。
年金や介護、子育てといった社会保障への影響も避けられない。軽減税率を考慮しても、消費増税で税収が4兆円超増え、そのうち1・3兆円は社会保障の充実策に使う予定だ。所得が少ないお年寄りや障害者への給付金、介護保険料の軽減、保育所の運営費などに充てることが決まっているが、財務省幹部は「大部分はまた先送りするしかなくなるだろう」と話す。
保育士や介護職員の処遇改善などを盛り込む「ニッポン1億総活躍プラン」はこれとは別の財源が必要だが、増税を延期すれば財源探しはさらに難しくなる。
財政再建も遠のく。政府には、2020年度に税収から借金返済や利払い以外の費用を差し引いた「基礎的財政収支(プライマリーバランス)」を黒字にする目標がある。しかし、そもそも20年度の目標は高い経済成長率や大きな歳出削減が前提で、「達成はかなり厳しい」(財務省幹部)とみられていた。
19年10月に増税すれば20年度には消費増税による税収増の効果がある程度は見込める。ただ、昨年6月の財政健全化計画で定めた18年度の中間目標は見直しが必要だ。中間目標は市場に対し、歳出削減が進んでいることを示し、早い段階から財政健全化の実現性をアピールするねらいもあったが、増税を先送りすればそれもできなくなる。
05 31 (火) 消費増税の再延期 首相はまたも逃げるのか 朝日社説
自民党には、政治倫理がはっきりしない。 選挙民への配慮が足りない。 望ましい民主主義が育たない。
何故そんなことが言えるのか?
内閣法制局長官の見識がおかしい。 集団的自衛権と憲法の解釈について、説明が全く不十分のままである。 国民の納得が得られないままでいる。
いくら日米安全保障条約といっても、これでは憲法違反になります。
2016年5月31日 (社説)
消費増税の再延期 首相はまたも逃げるのか
http://digital.asahi.com/articles/DA3S12384630.html
来年4月の予定だった10%への消費増税を2年半先送りし、実施は19年10月とする。
安倍首相が、政府・与党幹部に増税延期の方針を伝えた。もともと15年10月と決まっていたのを17年4月に延ばしたのに続き、2度目の先送りである。
なぜ19年10月なのか。
首相の自民党総裁としての任期は18年秋まで。首相在任中は増税を避けたい。そして19年春~夏に統一地方選と参院選がある。国民に負担増を求める政策は選挙で不利になりかねない。だから選挙後にしよう――。
そんな見方が、与党内でもささやかれている。
■「一体改革」はどこへ
私たち今を生きる世代は、社会保障財源の相当部分を国債発行という将来世代へのつけ回しに頼っている。その構造が、1千兆円を超えて国の借金が増え続ける財政難を招いている。だから、税収が景気に左右されにくい消費税を増税し、借金返済に充てる分も含めすべて社会保障に回す。これが自民、公明、民主(当時)3党による「税と社会保障の一体改革」だ。
国民に負担を求める増税を、選挙や政局から切り離しつつ、3党が責任をもって実施する。それが一体改革の意味だった。選挙に絡めて増税を2度も延期しようとする首相の判断は、一体改革の精神をないがしろにすると言われても仕方がない。
首相は1度目の増税延期を表明した14年11月の記者会見で、次のように語っていた。
「財政再建の旗を降ろすことは決してない。国際社会で我が国への信頼を確保し、社会保障を次世代に引き渡していく安倍内閣の立場は一切揺らがない」
「(増税を)再び延期することはないと断言する」
この国民との約束はどこへ行ったのか。
■「リーマン」とは異なる
首相が繰り返す通り、リーマン・ショック級や東日本大震災並みの経済混乱に見舞われた時は、増税の延期は当然だ。
足元の景気は確かにさえない。四半期ごとの実質経済成長率は、年率換算でプラスマイナス1%台の一進一退が続く。一方、リーマン直後の成長率はマイナス15%に達した。大震災時の7%を超えるマイナス成長と比べても明らかに異なる。
それでも消費増税を延期したい首相が、伊勢志摩サミットで持ち出したのが「世界経済が通常の景気循環を超えて危機に陥る大きなリスクに直面している」というストーリーだ。
アベノミクスは順調だ、だが新興国を中心に海外経済が不安だから増税できない、そう言いたいのだろう。これに対し、独英両国などから異論が出たのは、客観的な経済データを見れば当然のことだ。
一方、野党は増税延期について「アベノミクスが失敗した証拠だ」と首相に退陣を求める。だがアベノミクスの成否を論じる前に、それが日本経済への処方箋(せん)として誤っていないか、改めて考える必要がある。
一国の経済の実力を示す指標に「潜在成長率」がある。日本経済のそれはゼロパーセント台にすぎないと政府も認める。
潜在成長率を高めるには、どんな施策に力を注ぐべきか。
まず保育や介護など社会保障分野だ。税制と予算による再分配を通じて、支えが必要な人が給付を受けられるようにする。保育士や介護職員の待遇を改善し、サービス提供力を高めていく。負担と給付を通じた充実が、おカネを循環させて雇用を生むことにつながる。
温暖化対策や省エネ、人工知能開発など、有望な分野への投資を促す規制改革も大切だ。
■アベノミクス修正を
これらの施策は短期間では成果が出にくいから、金融緩和や財政で下支えする。その際に副作用への目配りを怠らない。それが経済運営の王道だろう。
だがアベノミクスは「第1の矢」の異次元金融緩和で物価上昇への「期待」を高め、それをてこに消費や投資を促そうとしてきた。金融緩和を後押しする「第2の矢」である財政では、大型補正予算の編成など「機動的な運営」を強調する。
首相はサミットを締めくくる記者会見で「アベノミクスのエンジンをもう一度、最大限ふかしていく」と強調した。
しかし金融緩和の手段として日本銀行が多額の国債を買い続ける現状は、政府の財政規律をゆるめる危うさがつきまとう。補正予算も公共事業積み増しや消費喚起策が中心では、一時的に景気を支えても財政悪化を招き、将来への不安につながる。
首相がいまなすべきは金融緩和や財政出動を再び「ふかす」ことではない。アベノミクスの限界と弊害を直視し、軌道修正すること。そして、一体改革という公約を守り、国民の将来不安を減らしていくことだ。
選挙を前に、国民に痛みを求める政策から逃げることは、一国を率いる政治家としての責任から逃げることに等しい。
06 06 (月) 田中宇の国際ニュース解説 ⑮ 安倍総理の裏の世界の動き
フリーの国際情勢解説者、田中 宇(たなか・さかい)が、独自の視点で世界を斬る時事問題の分析記事。新聞やテレビを見ても分からないニュースの背景を説明します。無料配信記事と、もっといろいろ詳しく知りたい方のための会員制の配信記事「田中宇プラス」(購読料は6カ月で3000円)があります。
① G7で金融延命策の窮地を示した安倍
【2016年5月28日】 米国の求めに応じ、財務省の黒田を日銀総裁に送り込んで過激なQE拡大をやらせたのは安倍自身だ。その安倍が今回、G7サミットの議論で「リーマン級の危機再発が近い」という見解を主張した。この主張が意味するところは、日銀の過激なQEがすでに限界に達しており、ドイツの財政出動など新たな延命策が追加されない限り、国際金融システムを延命できなくなってリーマン級の危機が再発するぞ、という警告だったと考えられる。
② オバマの広島訪問をめぐる考察
【2016年5月31日】 日本の権力を握る官僚機構は、軍産複合体の一部だ。軍産の言いなりになるように見せて、最終的に軍産を弱めるのがオバマの策だから、今回の広島訪問についても、安倍の人気取りの道具に使われるように見えて、最終的に軍産の一部である日本政府に打撃を与える何らかの意味がありそうだ。
③ 米国と対等になる中国
【2016年6月4日】 世界のシステムが米国と中国で並立化するほど、米国は、中国とその傘下の国々を制裁できないようになる。米中は相互に、相手を倒すことができない関係になっている。中国は、米国と対等な関係になりつつある。軍事面では、南シナ海でいずれ中国が防空識別圏を設定し、米国がそれを容認する時が、米中が対等になる瞬間だ。中国は、国際社会のあり方を大きく変えている。
① G7で金融延命策の窮地を示した安倍
http://tanakanews.com/160528abe.php
2016年5月28日 田中 宇
5月26日、G7の伊勢志摩サミットで、議長役をつとめる安倍首相が「世界経済の現状は08年のリーマン危機の前に似ている」「G7各国政府(特にドイツ)が財政出動して経済をテコ入れしないと、リーマン規模の経済危機が再発してしまう」といった趣旨の主張を展開した。安倍は、国際的な商品相場の推移を示しつつ、08年9月のリーマン倒産をはさんだ08年7月-09年2月の商品相場の下落と、14年6月-16年1月の商品相場の下落との相場のかたちが類似していることを理由に、世界経済の現状がリーマン前と似ているという分析を展開した。 (As Japanese Prime Minister Warns of "Lehman-Style Crisis," Is He Looking At Correlation or Causation?) (Japan's Abe Warns of Lehman Sized Crisis as per Data)
安倍(を動かしている日本官僚機構と、そのさらに背後にいる米国)は、G7の開催前から、ドイツに財政出動させることを今回のサミットの目標にしてきた。サミットは、すべての参加国が通貨政策(QEやマイナス金利策)だけでなく公共投資など税金を使った財政出動をやることが望ましいという共同声明を出したが、当の日本は財政赤字がGDPの3倍もあって世界一ひどく、財政出動できない。米国は「我が国は経済が好転しており世界経済に十分貢献している。他の国々にもっと頑張ってほしい」という主張だ。英仏伊加は経済が弱い。財政出動する余裕があるのはドイツだけだ。日本政府は、仏伊をけしかけてドイツに圧力をかけたが、無駄遣いを嫌うドイツは拒否し続けた。安倍は「ドイツが財政出動しないとリーマン級の危機が起きるぞ」と言いたかったと考えられる。 (G7 Summit: Risk of a Global Crisis, Maritime Disputes and the Dollar) (Italy, Japan urge G7 to spend for growth)
リーマン級の大きな危機の発生が近づいているという安倍(日本政府)の分析は、G7の他の政府や金融界から、ほとんど支持されなかった。反対論に押され、今回のサミットの共同声明からは、日本政府が作った原案にあった「リーマン危機の再来」を示す文言が削られた。「新たな危機に陥ることを回避する」という文言は盛り込まれたが、それがどんな危機なのかは言及されなかった。 (Japan Fails in Bid to Have G-7 Warn of Global Crisis Risk) (G7 Ise-Shima Leaders' Declaration) (Abe's grim warning about global economy highlights G7 divisions)
リーマン級の危機が近いという安倍の発言に、国際金融界は特に強い拒否反応(無視)を示した。安倍は来週、来年予定されていた消費増税の延期を正式決定すると予測されている。安倍は従来、リーマン級の危機が起きない限り予定通り消費増税すると表明しており、今回のG7での「リーマン級の危機が起きる」という分析は、安倍が消費増税を見送るための口実作りに過ぎず、現実とかけ離れた見方であり、重視する必要などないという主張が、金融界と、その傘下にある金融マスコミから噴出した。安倍は陰謀論者扱いされている。 (Japanese PM Shinzo Abe's Lehman claim at G-7 is aimed at sales tax delay) (Japan Said to Push for 'Crisis' Language in G-7 Communique)
私が見るところ「リーマン級の危機が近い」という、今回の安倍や日本政府の分析は正しい。米国中心の国際金融システムはリーマン危機後、機能的に蘇生しておらず、QEや財政出動といった金融テコ入れ策によって相場が上がって延命しているだけだ。「死者が踊っている」状態だ。日銀などがQEを続けられなくって延命策が尽きたら、再びリーマン型の大危機が、もっとひどい形で再燃する。私はこれまで何度か、そのように書いてきた。今年に入り、日銀や欧州中銀によるテコ入れ策に限界が見え始め、万策尽きる日が近づいている。 (2016/02/12 万策尽き始めた中央銀行) (2015/03/01 QEやめたらバブル大崩壊) (2016/05/20 金融を破綻させ世界システムを入れ替える)
このような私の分析と、安倍がサミットで展開した分析は、危機再燃が近いという結論が同じだが、そこに至る説明がかなり違っている。私から見ると、国際商品相場の下落は、安倍が言うような金融危機が近いことを示す兆候でなく、金融危機によって引き起こされた、危機後の現象の一つだ。リーマン危機は08年9月のリーマン倒産で始まったのでなく、07年夏のサブプライム危機で始まっている。危機の本質は債券金融バブルの崩壊だ。危機発生後、それまで金融バブルによって上昇してきた商品相場が大幅下落するバブル崩壊が起きた。 (国際金融の信用収縮)
安倍が指摘した2つ目の下落、14-16年の商品相場の下落は、米連銀がQEをやめてドル防衛の利上げに転じ、日欧に肩代わりさせたことによるQEの威力(資金注入力)の低下を受けたものだ(サウジが始めた米シェール石油潰しとしての石油増産策も一因)。リーマン後、国際金融システムは当局から救済的な資金注入を受け続けないと再崩壊する状態だ。米国のQEが限界に達したことで、再崩壊の現象が、商品相場の下落という形で表出した。つまりリーマン危機の再燃は、14年初めに米連銀がQEを縮小し始めた時点で、すでに緩慢な形で始まっている。 (バブルでドルを延命させる)
日米の圧力を受けてドイツが財政出動に応じていたとしても、それは国際金融システムの延命を2-3年長くするだけだ。ドイツの財政が耐え難く赤字化した時点で延命策が足りなくなり、金融危機の再燃色が強まる。ドイツ政府はこうしたからくりを知っているし、日本のように病的な対米従属でもないので、自国の大事なお金を無駄遣いしたくない。ドイツは、欧州中銀のQEやマイナス金利策も、対米関係上やむを得ないが、できればやめたいと考えている。欧州が乗り気でないので、米国がQEをやめた14年以来、国際金融システムを延命させる役目は、対米従属の観点から過激なQEをいとわない日本銀行の肩にかかっている。 (日銀マイナス金利はドル救援策)
米国の求めに応じ、QE拡大をいやがる日銀の当時の白川総裁を辞めさせ、財務省の黒田を日銀総裁に送り込んで過激なQE拡大をやらせたのは安倍自身だ。その安倍(とその背後にいる日本財務省)が今回、G7サミットの議論で「リーマン級の危機再発が近い」という見解を主張した。この主張が意味するところは、日銀の過激なQEがすでに限界に達しており、ドイツの財政出動など新たな延命策が追加されない限り、国際金融システムを延命できなくなってリーマン級の危機が再発するぞ、という警告だったと考えられる。安倍がG7の議論でQEに言及せず商品相場で説明したのは、QEが行き詰っていることを市場に知られると、それ自体が金融危機を誘発するからだろう。消費増税を見送る口実を作るためだけに、金融市場に悪影響をもたらす「リーマン級の危機再発」を口にするとは考えにくい。 (米国と心中したい日本のQE拡大)
QEは長く続けられない。米連銀のQEは09-13年の4年間で限界が見え、14年末に新規買い支えを停止した。米国より経済規模が小さい日本では、日銀が14年末からQEを急拡大し、1年半後の今年4月、日銀は、米金融界からQEの追加を強く期待されたのに応えられず、限界が見えた。日銀は今後、QEを縮小していかないと日銀自身の勘定が肥大化し、危機の時に金融界の不良債権を買い支えて蘇生させる中央銀行として重要な機能が果たせなくなる。QEやゼロ金利が長期化すると、利ざや縮小や運用先の悪化による国内金融機関の体力低下も加速する。いずれの問題も、すでに日本ではかなり深刻だ。 (出口なきQEで金融破綻に向かう日米)
中央銀行の機能不全は、消防署の廃止と似ている。消防署を廃止してもすぐには困らない。困るのは火事が起きてからだ。消防車がないと、延焼を止められず町が全滅する。同様に、中央銀行が機能不全になると、金融危機が起きた時に止める力がなく、危機の拡大が放置され、経済が全滅する。
リーマン危機後、世界経済の政策立案の中心はG7からG20に移った。リーマン後に「ブレトンウッズ会議のやり直し」を看板にして始まったG20サミットは「いずれおきる米国覇権体制の崩壊への円滑な対応」が主眼なのに対し、G7サミットは「米国覇権体制の延命」が主眼だ。だからこそ安倍や日本政府は「日本は頑張ってQEで米国覇権を延命させてきたが、もう限界だ。ドイツなどがもっと協力しないと、リーマン危機が再来して米国覇権が崩壊するぞ。それでもいいのか」と主張した。しかし、ドイツなどの協力は得られなかった。 (The G7 asserts its like-mindedness) (「ブレトンウッズ2」の新世界秩序) (G8からG20への交代)
QEは金融界を当局に依存させるだけで蘇生させる機能がなく、長く続けられないため延命策としても稚拙だ。米国がリーマン後にQEを始めた時点で、米国覇権は「蘇生」でなく、大して続かない「延命」の状態に入っていた。今日の状況は、すでにリーマン倒産直後に運命づけられていた。 (中央銀行がふくらませた巨大バブル)
日本は米国のために自国の金融システムを危険にさらしてQEを続けている。それなのに米国はつれない。今回のG7サミットに先立って仙台で行われたG7の財務相・中央銀行総裁会議では、米国のルー財務長官が、日本政府による円安ドル高を目標にした為替介入を非難し、それが一因で会議がまとまらなかった。円安ドル高はQEの副産物として起きている。たしかに日本政府は円安ドル高を望んでいるが、QEは米国のためにやっているのだから、非難される筋合いはない。QEが原因で日銀が破綻しても、米国は冷淡な態度をとりそうだ。 (US warns Japan on yen intervention as G-7 reaffirms deal 'no competitive devalutations' deal) (多極化への捨て駒にされる日本)
14年に米国が日本にQEを肩代わりさせた時、おそらく「2-3年内に米国が利上げなどによって金融政策を正常に戻し、QEが必要ない状態にするので、その間だけ、日本(と欧州)がQEを肩代わりしてくれ」という話だったのだろう。米国はその後、無理をして短期金利の利上げをやっている。今回も、5月27日に米連銀のイエレン議長が「このまま経済が再悪化しなければ利上げを実施する」と演説で表明した。この演説の前、それまで何カ月か上昇傾向だった金地金相場が急落している。ドルの究極のライバルである金地金の相場を先物を使って引き下げて弱体化させてから、利上げを実施する。この手口は、前回昨年末の利上げの時にも使われた。米連銀は利上げする気になっている感じだ。 (Yellen points to summer rate rise) (Yellen drops gold price to two-month low)
しかし、今夏に利上げしてもまだ米国の金利は0・5%だ。利下げ1回分でしかない。大きな危機が再発したら、0・5%の利下げでは全く足りない。米連銀が目標にしている2%の金利が達成できたとしても、リーマン級の危機への対抗力としては弱い。金融の「質」である金利を2%に戻しても、「量」の方はQE(量的緩和)によって米日欧とも使い果たされた状態だ。危機に対処する道具が全く足りない。先ほどの火事の例えでいうと、町全体で手押しポンプ1つだけ何とか用意しましたという感じだ。日本が2-3年、米国のQEを肩代わりしても、米国の金融は大して元に戻らない。 (G7 summit: Why 'Helicopter money' could be next move for desperate central banks) (利上げできなくなる米連銀)
世界的に、株式市場からの資金流出が7週間連続で続いているという。かつて債券王と呼ばれた米国の投資家ビル・グロスは、金融危機の再来が近いと感じ、高リスク債券と株式を買うことをやめたという。いずれも「リーマン危機の再来が近い」と表明した安倍(や私)と同じ見方の人が増えていることを感じさせる。 (Equity fund outflows surpass $100bn in year to date) ("The System Itself Is At Risk" Bill Gross Warns, Shorts Credit As "Day Of Reckoning Is Coming")
② オバマの広島訪問をめぐる考察
http://tanakanews.com/160531obama.php
2016年5月31日 田中 宇
5月27日、G7サミット出席で訪日していたオバマ大統領が広島の平和記念公園を訪れ、被爆者と面会し、演説を行った。 (Japan's Leader Has Little Use for Hiroshima's Lessons of Pacifism)
オバマは演説で「戦争は、人類が持つ(他の動物が持たない)最大の矛盾だ。核兵器は、戦争の矛盾性を劇的に象徴している」「人々は豊かになっても、崇高っぽい大義を言われると、いとも簡単に戦争や暴力を正当化し、戦争が人類最大の矛盾行為だということを忘れてしまう」「すべての大宗教は、愛や平和や正義を語るくせに、信者が宗教を理由に人殺しをすることを止めもしない」「国家は人々の共存や譲り合いを説くが、同じ論理を使って自分たちと違う人々を抑圧する」「戦争や核兵器の邪悪さを私たち(大統領一行?、テレビを見ている米国民?、全人類?)に思い知らせるために、核兵器による破壊の現場であるここに来た」「私たちは、戦争が、紛争解決の良い手段であるという考え方を改めねばならない。外交による紛争解決や停戦を成功させ、戦争を正当化する論理を廃れさせねばならない」といった内容を語った。 (Full text of Obama’s speech in Hiroshima)
演説から感じるのは「戦争という馬鹿げた行為をやり続ける人類に対する怒り」だ。演説には「学習によって同じ過ちを繰り返さないことも、人類だけが持つ特技の一つだ。これまでは戦争してしまったが、今後は戦争しなくなることが人類には可能だ」といったくだりもある。これを、核廃絶への希望を人類に持たせたと好感する人もいる。だが、この演説は何だか変だ。 (Obama’s Hiroshima Speech Was Lovely, Frustrating, and Infuriating)
オバマは、世界で最も多くの核兵器を持つ、単独派遣国である米国の最高権力者であり、世界で最も過激に戦争を行っている米軍の最高司令官だ。戦争が人類最大の愚行だというなら、大統領令を発し、今すぐ米軍がやっている戦争をやめればよい。核ボタンを持って「米空軍1番機(大統領専用機)」に乗り、岩国米軍基地からオスプレイの護衛をつけて、わざわざ広島まで来て、左翼の爺さんが居酒屋で叫ぶような反戦反核の怒りを発する前に、オバマがすべきことが無数にある。崇高っぽい詭弁の大義を巧妙に語り、戦争という過ちを繰り返しているのは米大統領のあんた自身だろ、とオバマに対して思った人が世界中にいたはずだ。 (Senator Scolds Obama for “Preaching Nuclear Temperance From a Bar Stool”) (Nuclear football - Wikipedia)
オバマ演説のすごいところは「戦争が、紛争解決の良い手段であるという(米政府の昔からの)考え方を改めねばならない」と言っている点だ。米国は、軍国主義日本という「悪」による世界支配の野望を食い止める「正義」の行為として日本と戦争し、広島に原爆を落とした。冷戦時代の核兵器急増も、ソ連という「悪の帝国」を封じ込める正義の行為として行われた。イラク戦争も同様だ。「戦争をやりたがる悪を倒すために正義の戦争をやる」という詭弁が米国の伝統芸だ。オバマは、この詭弁を間違いだと断言している。 (Obama’s Hiroshima visit was hugely momentous - and bitterly ironic) (Who wrote Obama's Hiroshima speech?)
この断言は格好良い。だが同時に「偉そうに語る前に、大統領として、米国が世界中で続けている戦争や軍備増強、米軍駐留、包囲網形成といった軍事的行為を全部やめる命令を出せよ」と、反戦市民や、米軍に攻撃威圧される側の人々から言われてしまう。もちろん、オバマは、そんな命令など出さない。オバマの格好良い演説は、彼自身を苦境に追い詰めている。オバマは自虐的だ。 (My Dreams Seek Revenge: Hiroshima)
オバマは、広島に行く直前の岩国米軍基地での演説で、核兵器はもう要らないと短く言う一方で、在日米軍兵士たちが自由と平和と安定を守るために(戦って)いると何度も称賛している。「軍事行動(戦争)が紛争解決の良い手段だ」という考え方について、オバマは広島でそれを否定する一方で、岩国ではそれを認めている。岩国の演説は、歴代の米大統領が各地の米軍基地で行う標準的な演説の範囲内だ。広島の演説は異様だ。 (Remarks by President Obama to U.S. and Japanese Forces)
今回のオバマの広島演説は、大統領就任3カ月後の09年4月に世界核廃絶を提唱した「プラハ演説」と似ている。欧州人はプラハ演説に感動し、オバマにノーベル平和賞を与えた。就任直後のプラハ演説と、任期末の今回の広島演説が対をなしている。しかし、2つの演説の間の時期にオバマが実際にやったことは、世界の反戦勢力を落胆させている。オバマはロシアと交渉して米露の核兵器を削減したが、米国が削減したのは約500発に過ぎなかった。先代のブッシュ政権は、6千発だった核兵器を2千発に減らしたが、オバマはそれを1500発にしただけた。あと500発減らしても抑止力に影響がないと米政府自身が認め、米民主党の左派が追加の核廃棄を求めたのに、オバマはそれをやっていない。 (Obama Has Slowed Reduction in US Nuclear Arsenal)
しかもオバマは、今後30年間で1兆ドルかけて、核兵器関連の米軍の装備を近代化していく長期計画を決定している。核廃絶するなら、核兵器の近代化などやっている場合でない。オバマの反戦反核は口だけで、実際はゴリゴリの軍産複合体なんだと多くの人が思っても不思議はない。 (Russian Roulette at the White House as Obama visits Hiroshima)
実のところ、戦後の国際政治において、核兵器保有は「悪」でない。北朝鮮や印パやイスラエルの核保有は国際法違反の「悪」だが、米英仏露中という5つの国連安保理の常任理事国(P5)は、NPT(核拡散防止条約)の枠組みで、核兵器を持って良い国(nuclear-weapon states)に指定されている。国連安保理は、違法行為をする国に経済制裁を科したり、国連軍を編成して合法的に侵攻したりできる唯一の国際機関だ。P5は安保理の中で特に強い権限を持ち、世界の警察役の国だ。警察官や兵士は拳銃を持てる(持たねばならない)が、一般市民は拳銃を持ってはならない(米国は違うが)。同様に、警察役のP5諸国は核兵器を持てる(持たねばならない)が、他の諸国は核兵器を持ってはならないのが、NPTを作った戦後の国際社会の考え方だ。
終戦直前のヤルタ会議などで米英露がP5の枠組みを決めた時、中国は内戦状態で、フランスはドイツに占領されていた。中仏は、戦後10年以上たってから核武装している。先にP5の枠組みが作られ、米露が英仏中に核兵器製造技術をわたして作らせた感じだ。その後、英国(軍産)が植民地だった印パを恒久分断するために核技術をこっそり譲渡し、安保的に綱渡り状態のイスラエルや北朝鮮が防衛力強化のため核技術を国際的にくすねて(米諜報界からもらって)武装した。
核廃絶を実現するには、まずNPT体制を根本から改定し、P5の核保有を禁止せねばならない。だが、警察官や兵士に武器の保持をやめさせたら、社会の安全が守れなくなってしまう(警察官が丸腰の国はあるが、兵士が丸腰の国はない)。戦後の国際社会は、P5が持つ核兵器が抑止力となり、他の諸国に戦争を思いとどまらせる効果があるという考え方が基底にある。オバマは広島で、核兵器を人類の愚行(戦争)の最たるものと表明したが、NPTに象徴される戦後の世界は、P5の核兵器を警察官の拳銃と同様の、前向きな、国際安全保障の力(抑止力)とみなしている。
核廃絶を重視するなら、核兵器なしに、通常兵器だけで世界の安全を守るよう、NPTやP5の枠組みを見直すことはできるが、その前に国際的な議論と合意が必要だ。米大統領の一存で決められない。オバマはプラハ演説の後、NPTの見直しを試み、唯一の被爆国である日本にも主導役を求めたが、日本政府は(米国の核廃絶を実は望んでいないので)ほとんど動かず、他の諸国の協力も得られないまま雲散霧消した。 (オバマの核廃絶策の一翼を担う日本)
オバマの広島訪問の問題点や皮肉性は他にもある。それは、安倍政権との関係だ。日本では、国民が世界の核廃絶を願っているが、政府は(対米自立につながる)自国の核武装を望まないだけで、米国には核廃棄してほしくない。世界最強の核保有国である米国の核の傘の下に、永久に入っているのが日本政府の戦略だ。NPTやP5の制度が改定されて米国の絶対的な優位が崩れ、米国と中露が横並びになったら困る(日本も米国に連動して弱くなる)ので、日本はオバマのNPT改革に協力したくない。 (Obama's talk on nukes at Hiroshima to clash with reality)
オバマは09年4月のプラハ演説の後、同年11月の訪日の時に広島を訪れたいと考えていたふしがある。ウィキリークスが暴露した米国務省の外交電文の中に、09年8月末、日本外務省の事務次官が駐日米国大使に対し、オバマの広島訪問は日本人の反戦機運(沖縄の米軍基地返還を求める運動)をあおりかねないので広島に行かない方が良いと進言したものがある。特広島でオバマが原爆投下を謝罪すると反戦運動が扇動されるので、広島に行くとしたら目立たない形にした方が良い、とも藪中外務次官がルース駐米大使に述べている。この話の前提となる、オバマ自身の広島訪問希望について電文は何も書いていないが、当時のオバマが訪問を希望しない限り、日本側が行かない方が良いと進言することはない。 (Japanese Government Nixed Idea of Obama Visiting, Apologizing for, Hiroshima) (Classified By: Ambassador John V. Roos; reasons 1.4)
当時、日本は鳩山政権ができて対米従属(と官僚独裁)を見直すと表明し、沖縄で普天間などの米軍基地の撤収を求める運動が盛り上がっていた。そんな時期に、核廃絶を掲げたオバマが広島を訪問して反戦の演説をしたら、沖縄の反基地運動は猛然と鼓舞されてしまう。対米従属(日米同盟)を何より重視する日本の官僚機構は、オバマの訪日を強く望む一方で、広島訪問は全力で食い止めようとした。オバマの広島訪問は、それから7年たって今回ようやく実現した。 (Obama's Hiroshima visit strengthens his call for nuclear disarmament)
今回オバマが広島訪問で被爆者らに対して原爆投下を謝罪するかどうかが、事前に大きな話題となった。オバマは謝罪するのを見送り、その理由は、米国の共和党や元軍人、軍産複合体が「原爆投下は日本軍国主義を退治するための正義の行いだった」という立場にたって謝罪に猛反対したからだとされている。だが7年前の電文からうかがえるのは、謝罪に反対したのが米国の軍産だけでなく、日本の外務省ら官僚機構も謝罪に反対だったことだ。オバマが謝罪すると、日本の反戦運動が扇動され、在日米軍が撤退に追い込まれ、日本の対米従属が希薄化し、官僚独裁が崩れかねない。
7年前にオバマの広島訪問に反対した日本政府が、今回は賛成した理由として考えられることは「トランプ」だ。次期米大統領になりそうなドナルド・トランプは今年3月、日本や韓国が米軍駐留費を全額払わないなら、米軍を撤退し、日韓に核武装を許すと発言した。トランプが大統領になってこの政策を本当に挙行するかまだわからないが、米国の覇権低下が指摘される中、米国が日本に核武装を許す代わりに米軍が撤退するシナリオは、長期的に見て十分ありうる。だから日本政府は原発や核燃料サイクルに固執している。 (世界と日本を変えるトランプ)
だが短中期的には、米国が強くて日本が対米従属できる限り、日本政府は「核武装する気など全くありません。永遠に、米国の傘の下にいたいです」と強く宣言し続ける必要がある。だから、オバマが今回のサミットの訪日で広島訪問を希望した時、以前は広島訪問に反対していた日本政府が一転して賛成した。安倍首相が、日本人に大人気のオバマと一緒に広島を訪問し、日米同盟と日本の核不保持(米国の核の傘の下にいる状態)の永遠性を高らかに誓う。今夏の選挙を前にした安倍にとって、こんな好機はまたとない。
2013年秋、安倍が靖国参拝を検討していた時期に、オバマは2+2会議で訪日した国務長官と国防長官にそろって千鳥ヶ淵の戦没者墓苑に行かせ、安倍に対し「中韓が反対する靖国に行かず、中韓が容認する千鳥ヶ淵に行け」と求めるメッセージを発した。だが安倍はオバマを無視し、13年12月に靖国を参拝した。オバマは、対米従属のために尖閣国有化や首相の靖国参拝などで中国や韓国との対立を激化させる安倍のことが嫌いだった。(もともとアジア重視策と銘打って中国包囲網を強化したのはオバマ政権だったが) (安倍靖国参拝の背景)
あれから3年。オバマは、安倍の人気取り策(対米従属のための提灯持ち戦略)に乗せられることになると知りつつ、広島を訪問した。オバマは安倍のことが好きになったのか。そんなことはないだろう。オバマは、今回が現職大統領として広島を訪れる最後の機会だったので、安倍を利してもやむを得ないと考えたのか。
これらの矛盾を解くカギになるかもしれないのが、オバマが行なってきた裏表のある戦略だ。オバマは、大統領就任当初、ケネディ的な真っ直ぐさを持ち、それがプラハ演説につながった。だが、大統領の権限で核廃絶を進めようとしても、軍産複合体の妨害でうまく行かず、むしろ逆に政権内の軍産系の勢力によって、ロシアや中国との敵対が強められてしまう。オバマは、軍産と対立するやり方を放棄し、軍産が好む策(シリア内戦介入、中国包囲網など)を稚拙にやりすぎて失敗させることで、ロシアや中国、イランなどの非米・反米諸国の台頭を誘導し、米国が失敗して出て行った穴を非米・反米諸国が埋め、世界の体制が米国覇権から多極型へと代わり、最終的に軍産の縮小につなげる策に転換した。 (国家と戦争、軍産イスラエル) (米欧がロシア敵視をやめない理由)
私が「隠れ多極主義」と呼ぶこの戦略はオバマの発案でなく、先代のブッシュ政権から受け継いだもので、オバマの任期が終わった後、おそらくトランプ次期大統領に引き継がれる。この戦略はまだ途上であり、軍産に支配された段階の分野・地域(ウクライナ、南シナ海)と、軍産の支配が崩壊して非米反米側が台頭している分野・地域(シリア、イラク、アフガン、中央アジア)、転換が進まず停滞・混乱している分野・地域(北朝鮮、リビア、ブラジル)など、段階的にバラバラだし、何十年もかけて起きる話なので、私の分析は「ありえない」「幻想」と一蹴されがちだ。だがその一方で、国際情勢の理解困難ないろいろな問題を「隠れ多極主義」のシナリオを当てはめて分析すると納得できるのも事実だ。 (ニクソン、レーガン、そしてトランプ)
オバマは、4月にアトランティック誌に発表させた記事「オバマ・ドクトリン」の中で、軍産を嫌っていることを繰り返し表明している。シリアなどの事態を見ると、オバマがいったん軍産の言いなりになるように見せて、最終的に軍産を縮小させていることがわかる。軍産の一部だったイスラエルは、すでに米国から離れて行っている。オバマは広島の演説で「戦争や核兵器の邪悪さを、私たちに思い知らせるために、核兵器による破壊の現場であるここに来た」と言っているが、この「私たち」は、大統領側近も含めた「軍産と、そこにぶら下がる人々」を指していると考えられる。 (軍産複合体と闘うオバマ) (シリアをロシアに任せる米国)
オバマが当初核廃絶を目標に掲げたのに、その後核兵器の廃棄数を減らし、むしろ核兵器の近代化に巨額の予算をつけたのは、私が見るところ、オバマが途中でストレートな戦略から隠れ多極主義に転換したからだ。オバマの時代には核廃絶が実現しないが、いずれリーマン級の金融危機再来などで米国覇権が衰退し、世界が多極型に転換し、軍産の力が弱まると、核廃絶が起こり得る状態になる。
世界が多極型に転換すると、国連安保理のP5体制も見直しが必要になる。リーマン危機後、G20サミットが世界体制の運営機構として登場したが、リーマン級の危機が再来すると、G20がP5に取って代わることもありうる。国連の常任理事国が20カ国に増えるのなら、それは世界核廃絶を実行する好機だ。20カ国すべてに核武装を許すのか、それとも一部の警察役の国家だけが核保有を許される体制を廃止し、すべての国に核兵器を廃棄させるか。諸大国が議論して決定する必要がある。その時、オバマの世界核廃絶の主張が意味を持つものになる。
日本に関しては、オバマの次にトランプが大統領になると、米国が在日米軍撤退の可能性に言及するようになる。09年の鳩山政権の時のように、沖縄で米軍基地の返還を求める運動が再び盛り上がり、東京の官僚機構は対米従属の維持が難しくなる。オバマの広島演説は、そこに向けた鼓舞活動なのかもしれない。
日本の権力を握る官僚機構は、軍産の一部だ。軍産の言いなりになるように見せて、最終的に軍産を弱めるのがオバマの策だから、今回の広島訪問についても、安倍の人気取りの道具に使われるように見えて、最終的に軍産の一部である日本政府に打撃を与える何らかの意味があると考えられる。それが何であるか、いずれ見えてくるだろう。
③ 米国と対等になる中国
http://tanakanews.com/160604china.htm
2016年6月4日 田中 宇
中国が、自国の領海・経済水域だと主張する南シナ海に、防空識別圏(ADIZ)を設定することを検討していると報じられている。防空識別圏は、外国の飛行機が無断で入ってきた場合、警告を発したり、戦闘機を使って追い払ったりできる空域で、領空の外側に必要に応じて設定できる。最悪の事態として、侵入してきた不審な外国軍機を識別圏内で迎撃することがあり得る。中国は2013年に、日中が紛争中の尖閣諸島を含む東シナ海の上空に、日米の反対を押し切って防空識別圏を設定した。その後、日米は中国の設定を容認している。次は南シナ海に設定するかもしれないと、中国政府は当時から折りに触れて表明してきた。 (Beijing ready to impose air defence identification zone in South China Sea pending US moves) (頼れなくなる米国との同盟)
南シナ海では、米国が「公海上の航行の自由を守る」と称して、米軍の偵察機を、中国が自国領だと主張する人工島のすぐ近くまで飛行させることを繰り返している。人工島は岩礁なので領土として認められず、すぐ近くを飛行しても中国の領空を侵害したことにならないと米国は主張し、領空侵犯だと非難する中国を拒絶している。このまま中国が南シナ海の主要部分に防空識別圏を設定すると、米国は中国側の警告を無視して従来と同じように中国の人工島の近くに偵察機を飛ばしかねない。中国軍機が米軍の偵察機を撃墜すると、米中戦争になりかねない。 (Is China Really About to Announce a South China Sea Air Defense Identification Zone? Maybe But maybe not)
今週、シンガポールで国際的な安全保障会議であるシャングリラ対話が開かれ、米中の防衛担当の高官たちが参加した。来週には、米中が北京で定例的な米中戦略対話の会合を開く。いずれの場でも、中国と東南アジア諸国などが紛争している南シナ海の問題が、主な議題の一つになる。これらの会議の直前に、中国側が南シナ海で防空識別圏の設定を検討していると香港の新聞に漏らしたのは、中国側が防空識別圏を設定するぞという強気の姿勢を示すことで、米国との議論を有利に進めたいと考えたからだろう。 (China to 'pressure' U.S. on maritime issues, paper says)
そう考えると、今回の中国側の表明は、実際に防空識別圏の設定が近いことを示すものでなく、米国に対する単なる脅しであるとも言える。だがその一方で中国は、この2年ほどの間に、南シナ海のいくつかのサンゴ礁を突貫工事で埋め立てて人工島を造成し、滑走路やレーダーなどの軍用施設を建設している。防空識別圏の運用には、外国の飛行機の侵入を早期に探知できるレーダー網や、無人有人の偵察機を飛ばせる飛行場を、識別圏用に持つ必要がある。以前の中国は、南シナ海に識別圏の設定を宣言しても実際の運用が十分できなかった。(中国は、日本の近くの東シナ海の識別圏を十分に運用できていないという指摘がある) (China Demands US "Cease Immediately" Provocative Spy Plane Missions Near Its Borders)
しかし今、中国はすでに南シナ海にいくつも人工島を作り、滑走路やレーダー施設を持っているので、防空識別圏を実際に運用できるようになっている。この2年ほどの間に、米国や東南アジアなどからの批判を無視して中国側が人工島を突貫工事で作ったのは、防空識別圏を実際に運用できるようにする目的だったとも考えられる。中国が識別圏の設定を宣言する可能性は増大している。 (Is China Winning in the South China Sea?)
中国が南シナ海に防空識別圏を設定すると、米中間の緊張が一気に高まる。米政府は識別圏を認めず、軍用機を識別圏内に進入させるだろう。14年に中国が東シナ海に識別圏を設定した時は、その直後に米軍機が無断で入り込んで挑発したが、それは1回で終わり、その後は何も起きていない。米国は、東シナ海の中国の識別圏を容認した。しかし、南シナ海も同じ展開になるとは限らない。 (米国にはしごを外されそうな日本)
中国による識別圏設定後、米軍機が何度も挑発的な侵入を繰り返すと、中国側と衝突や交戦になる可能性が増す。米国が中国に、強硬姿勢をとると事前に伝えれば、中国は二の足を踏む。逆に、米国側が挑発行為をあまりやらず、中国の識別圏設定を容認すると、それは中国の勝ちになる。米国側が容認しそうだ判断したら、中国は識別圏の設定に踏み切りそうだ。 (Beijing May Declare Security Zone in South China Sea)
中国は胡錦涛政権まで、米国の単独覇権が続くことを前提に国際戦略を立てていた。だが習近平政権は方針を転換し、国際社会において米国と立ち並ぶことを国家戦略にしている。中国が南シナ海に防空識別圏を設定し、米国がそれを容認したら、中国が米国に負けない、米国と立ち並ぶ存在であることを世界に示せる。 (Xi Jinping Takes Command of the People's Liberation Army)
米国が中国に、容認しそうな姿勢を見せて中国側に識別圏設定を踏み切らせ、実際には強硬姿勢をとると、中国は後に引けなくなって米中戦争が誘発される。しかし米国は、中国に対する優位が今よりはるかに大きかった01年に起きた海南島事件(中国沖で米国の偵察機と中国の戦闘機が接触し、米国の偵察機が中国に捕獲された)の時でさえ、中国と交戦せず、穏便にすませている。今は、01年に比べ、米国内の厭戦機運と、中国の国際影響力の両方が、大幅に増大している。米中戦争の可能性は01年より低下している。 (アメリカが描く「第2冷戦」)
南シナ海の問題は、交戦するかどうかという軍事面だけでない。国際的な善悪や、世界各国が米中どちらに味方するかという国際政治面が大きい。南シナ海の紛争は、中国の領有権主張(九段線)を無効とみなすフィリピン政府によって、13年に国連海洋法条約で定められた国際調停機関に提訴されている。中国は、フィリピン政府との間で2国間交渉の場がすでに設けられているのでそれを使うべきであり、この件は国際調停になじまないと言って調停への参加・出廷を拒否している。 (Philippines v. China From Wikipedia)
中国は以前から、南シナ海問題は2国間でしか交渉しないと言い続けており、ASEAN+3などでの多国間交渉や、国際法廷で論議することを拒否してきた。中国が不参加なので調停はフィリピンに有利に進み、今夏中に中国に不利な裁定が出て、中国はそれを無視すると予測されている。 (Clarifying South China Sea dispute)
国連海洋法の裁定を無視するのは国際法違反だ。中国は国際マスコミから「悪」のレッテルを貼られるだろう。「国際法を無視して孤立を深める中国」といった見出しが予想される。すでに日米などのマスコミは、中国をできるだけ悪いイメージで報道するようにしており、それが加速する。この以前からのイメージ低下は、中国自身が努力して改善できるものでない。日米など米同盟諸国のマスコミが中国を悪く報じるのは、中国が悪いからでなく、中国を敵視・嫌悪することが日米の国家戦略だからだ。 (南シナ海で中国敵視を煽る米国)
その一方で、中国は「一帯一路」「新シルクロード」戦略などを通じて、世界の途上諸国に投資や融資をばらまき、途上諸国を味方につけている。米国と同盟諸国は、中国のことを悪く言うが、新興諸国や途上諸国は中国に味方する。日米などは、中国が途上諸国にカネをばらまくことを批判的に報じるが、もともと中国が何をしようが悪く報じるのだから、中国にとっては同じことだ。
中国が海洋法の裁定を無視すると、フィリピンなどが国連安保理に中国を非難する決議案を提出するかもしれない。だが、中国は常任理事国なので安保理で拒否権を発動したり、決議案の提出を妨害する。これも日米などでは「中国の暴挙」と報じられるだろうが、中国が何をしようが悪く報じられる構図の中で、中国にとって新たな打撃ではない。 (The South China Sea: Next Stop the UN Security Council?)
もともと国際社会の「善悪」のシステムは、英国(のちに米英)の世界覇権構造の一部であり、米英が、敵視する国々に「極悪」のレッテルを国際的に貼り、それをテコに経済制裁を発動して敵国を弱体化するための構図だ。第二次大戦時のドイツや日本がこの構図で攻撃され、70年たっても「戦争犯罪」が残っている。冷戦時代のソ連や中国、冷戦後のサダム・フセイン(大量破壊兵器)なども極悪レッテルを貼られた「被害者」だ。
日本人は、自国に貼られた「南京大虐殺」「従軍慰安婦」を否定する一方、中国が貼られた「天安門事件」「チベット」「南シナ海」を120%鵜呑みにする。中国人は、日本人と正反対の立場をとる。善悪の歪曲システム(を作った英米)自体が最大の「悪」であると気づく人は世界的に少ない。
世界的に、外交官とか各国外務省は、この歪曲式国際善悪システムを運用する側で、善悪システム自体を否定する態度を嫌う(その意味で、外交官は国を問わず、無意識のうちに米英覇権の傀儡として機能している)。中国政府の中でも、外務省やその上部の国務院は、国際的なイメージを気にする、親米的な傾向の勢力だ。中国の国営マスコミや学術界にも、そのような国際協調的な勢力がかなりいる。 (China's Strategy for Asia: Maximize Power, Replace America)
対照的に、習近平政権は、中国が何をやっても米欧から悪いイメージで描かれる歪曲式善悪システムを壊したいと考えている。習近平は、中国共産党の政権内にいる国際協調派に政策決定権を分散させず、外務省から権限を奪い、自分と側近で構成する政権中枢の小グループで国家戦略をすべて決める独裁体制を強化している。習近平は、国営マスコミに対しても「愛国心が足りない」などと言いがかりをつけて報道規制を強化し、親米的な国際協調派の論調を抑制している。 (China media: Pressed into service) ('Dangerous Love': China's All-Encompassing Security Vision)
その上で習近平の中国は、国際的なイメージの良し悪しを気にすることをやめて、カネで釣るとか、軍備で威圧することを含めた、むき出しの「パワーポリティックス」で、国際政治力の拡大を目指している。 (Pentagon: Chinese Military Modernization Enters "New Phase")
(最近、中国と同様に、国際イメージの維持を放棄し、政府内で外務省を無力化し、パワーポリティックスに頼って国家の延命を模索し始めたのがイスラエルだ) (中東諸国の米国離れを示す閣僚人事)
戦後の世界経済は米ドルが唯一の国際決済通貨で、すべてのドルの国際決済が米国のNY連銀を通過するシステムになっているので、米国は気に入らない国の貿易決済を止めてしまう経済制裁を簡単にやれた。ユーロや円の国際利用が増えても、日欧とも米国の覇権下なので米国の優位は揺るがなかった。しかし近年進んでいる人民元の国際化は違う。中国は、人民元の国際利用を増やすことで、米国が手出しできない「もうひとつの世界システム」の構築を進めている。 (米国自身を危うくする経済制裁策)
G7に対抗できる国際網としてBRICSが立ち上がり、世界銀行・ADB(アジア開発銀行)に対抗する国際援助銀行として中国主導でAIIBが作られるなど、中国主導の「もうひとつの世界システム」はどんどん拡大している。世界の国々は、米国から嫌われて経済制裁されても、中国主導の新たな世界システムを使って延命できる。米日のマスコミは、中国が作った世界システムの不完全さを喧伝するが、この歪曲報道は中国にとって、真の力量を知られずに力を拡大できるのでむしろ好都合だ。 (日本から中国に交代するアジアの盟主)
英米が作った歪曲式の国際善悪システムも、米国覇権の一部だ。人権や民主化、環境保護などの問題を理由に、いうことを聞かない国々を制裁する「人権外交」も、米覇権の一部だ。習近平は、これらのシステムについても、採用したい国だけが採用し、採用したくない国が無視できるものにしたい。だからまず自国内で善悪システムに比較的とらわれている国務院・外務省の権限を削ぎ、国営マスコミ内のリベラル派を抑止し、南シナ海に関する国際裁定を無視して、中国自身を善悪システムから外している。 (人権外交の終わり)
中国の目標は、米国を押しのけて単独覇権国になることでない。中国が主導する「もうひとつの世界システム」を米国に容認させて、米国と対等な国際政治力を持つことが中国の目標だ。米国が中国敵視や対中制裁を続けても、中国は自分で作った新たな世界システムの中で、米国からの制裁や敵視の影響を大して受けずに生きていける。
対米従属を嫌う国々は、中国が作ったシステムに入ることで、米国が作った歪曲式善悪システムの被害を受けずにすむようになる。米国から悪のレッテルを貼られても平然としていられるようになる。米国と同盟関係にある国々も、保険をかける意味で、米国のシステムと中国のシステムの両方に参加し、二股をかけるようになる。世銀ADBに対抗して中国が作ったAIIBに、世界の多くの国が、二股をかける意味で加盟した。AIIBへの加盟を拒否し、米国側だけに偏重して生きていくことを選んだのは、日本などごく一部の国だけだ(というか日本だけだ)。 (China Quietly Prepares Golden Alternative to Dollar System - William Engdahl)
このように、世界のシステムが米国と中国で並立化するほど、米国は、中国とその傘下の国々を制裁できないようになる(すでになっている)。米中は相互に、相手を倒すことができない関係になっている。中国は、米国と対等な関係になりつつある。軍事面では、南シナ海でいずれ中国が防空識別圏を設定し、米国がそれを容認する時が、米中が対等になる瞬間だ。中国は、国際社会のあり方を大きく変えている。
日本では、米国が軍事力を使って中国を破壊するか、中国が経済的もしくは政治的に内部崩壊し、米国が中国を再び凌駕して単独覇権を維持する(してほしい)という見方が多い。しかし、中国の軍事力が増大する中で、米国が中国との戦争に踏み切る可能性は減っている。中国経済の現状は悪いが、政府の上層部(権威人士)が株価の上昇を食い止めていることからわかるように、習近平政権は、経済を無理して良く見せない方が良いと考えている。中国経済は悪いが、崩壊しない。崩壊しそうなら、政府上層部が株価の上昇を邪魔したりしない。経済が崩壊しないなら、政治崩壊もない。 (金融バブルと闘う習近平)
半面、米国が中国敵視をやめて、一転して中国と和解するかといえば、そうでもない。米国は、中国と和解するのでなく、中国を敵視したまま、中国の台頭や中国中心のもうひとつの世界システムの存在を静かに容認(または無視)する可能性が高い。今後しばらく、米国は中国と戦争もしない代わりに和解もせず、中国は勝手にもうひとつの世界システムを拡大していきそうだ。米国の中に、中国を敵視する部分がある限り、日本はその部分に寄り添うことで対米従属を続けられる。 (America's Doomed China Strategy)
とはいえ、米国で金融崩壊が起きると、米国の強さに関する前提が崩れる。米経済は本質的に良くない状況だが、米連銀が利上げをしたいので、統計粉飾などによって無理やり良く見せている。粉飾は不安定だ。昨日は雇用統計が異様に悪化し、一転して利上げが困難だと言われる事態になった。今後、粉飾状態を建て直して利上げを継続できるかもしれないが、できないかもしれない。全体的に不安定が増しており、いずれ金融が再崩壊しそうな感じが続いている。 (US job growth slowest since 2010)
金融(債券システム)は、米国の強さの源泉だ。金融崩壊が起きると、米国は国力の大幅な低下を認めざるを得なくなり、中国主導のもうひとつの世界システムに対する米国での評価が「米国覇権にとって邪魔なもの」から「米国の世界運営の負担を軽減できる良いもの」に転換する。米国が中国の台頭を認め、敵対姿勢を全面的に取り下げて和解する可能性が増す。 (Is China Really That Dangerous? Doug Bandow) (金融を破綻させ世界システムを入れ替える)
そうなると、米国の中国敵視策に寄り添うことで実現してきた日本の対米従属策が持続不能になる。在日米軍が撤退する。米国の後ろ盾を失うと、日本は地政学的に劇的に弱体化する。この弱体化はおそらく、日本国債の格下げや財政破綻など、日本の経済力の低下につながる。日本の将来をあまり赤裸々に予測すると、現実を直視したがらない人から拒絶反応を受けるばかりなので、ここまでにしておく。