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折々の記 2016 ⑥
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  06 24 ピケティ氏、東大で熱弁 格差の世襲化に危機感   なぜか朝日新聞は検索不可能にした
  07 17 <田中宇の国際ニュース解説 ⑯ その一   世界の変化理解のために

 06 24 (金) ピケティ氏、東大で熱弁 格差の世襲化に危機感     

2015年02月03日 札幌市の矯正専門医のきままなブログ➡「気になる話題」より
ピケティ氏、東大で熱弁 格差の世襲化に危機感
      http://blog.goo.ne.jp/withmac/e/36c2d1ed0a86b4605baae186e8957a3a

 経済の世界では、フランス人のピケティ氏が書いた「21世紀の資本」という本が世界的な注目をあびているようです。  その、ピケティ氏が来日しており、東大で熱弁をふるい「日本の格差の世襲化に危機感」を語ったようです。朝日新聞を参照しました。

   http://www.asahi.com/articles/ASH1034ZCH10ULFA003.html?iref=comtop_list_edu_n04
    なぜなのか、朝日のURLは検索できませんでした

      *****************************************************

 低成長下の社会で不平等が広がることに警鐘を鳴らし、世界的な論争を巻き起こしている「21世紀の資本」の著者、トマ・ピケティ・パリ経済学校教授(43)が31日、来日を機に東京都文京区の東京大学で講義した。学生や教員ら約500人が参加し、活発な議論になった。

 ピケティ氏は、資産家が得る運用益は、経済成長に伴って一般の人にもたらされる所得より大きく伸びると主張。低成長下の先進国では、放置すれば「持てる者」と「持たざる者」との格差が広がる、と訴えて注目された。

 講義では、人口減少が進む日本や欧州では特に、相続する資産がものを言う「世襲社会」が復活していると指摘した。 学生から望ましい税制について問われると資産家であればあるほど高率の税を課す「累進課税」によって「若い人が資産を蓄えやすくなる一方、最上位の富裕層に富が集中しすぎないようにすることができる」と主張。比較的資産の少ない若い世代を優遇する税制にすべきだとの考えを示した。

■トマ・ピケティ氏  ***************wikiペディアより  トマ・ピケティ(Thomas Piketty、1971年5月7日 - )は、フランスの経済学者。クリシー出身。経済学博士。パリの高等師範学校の出身で、経済的不平等の専門家であり、特に歴史比較の観点からの研究を行っている。2002年にフランス最優秀若手経済学者賞 (Prix du meilleur jeune économiste de France) を受賞。パリ経済学校 (École d'économie de Paris, EEP) 設立の中心人物であり、現在はその教授である。また、社会科学高等研究院 (EHESS)の研究代表者でもある。政治的にはフランスの社会党に近い立場をとる。


 07 17 (日) 田中宇の国際ニュース解説 ⑯その一     記録のため記載しておきます

田中宇の国際ニュース解説
世界はどう動いているか
 フリーの国際情勢解説者、田中 宇(たなか・さかい)が、独自の視点で世界を斬る時事問題の分析記事。新聞やテレビを見ても分からないニュースの背景を説明します。無料配信記事と、もっといろいろ詳しく知りたい方のための会員制の配信記事「田中宇プラス」(購読料は6カ月で3000円)があります。以下の記事リストのうち◆がついたものは会員のみ閲覧できます。



        最近の記事(下平記) 【2016年5月6日】~【2016年7月13日】19本

        日本の政治がだんだんおかしくなってきました。それが、参院選挙の結果に現
        れ、アメリカの覇権主義の動向から、新たな多極主義と言われる政治体制が明
        らかになってきているのに、いつまでも金魚の糞と同様にアメリカべったりの構
        造を修正しようとする識者も政治家も出てこない。
        ドイツのメルケルさんの忠告についても識者も政治家の中にも反応を示したと
        いう記事は出てこなかった。
        黒田日銀総裁や横畠内閣法制局長官を手下にしてアベノミクスの甘い言葉に
        より、QEとマイナス金利を導入し、機密保持から集団的自衛権の法制化をなし
        とげて、世界の流れに逆行してはばからない。
        田中宇の国際ニュース解説の指摘を知識人や政治家はどう受け止めているの
        でしょうか。 5月からの解説をデータとして残しておきたい。



①逆効果になる南シナ海裁定 (その一)
 【2016年7月17日】 米国と並ぶ大国を自称する中国は、当然ながら裁定を無視する。中国は、米国の真似をしただけだ。裁定を無視されても、米国は中国を武力で倒せない。EUなど他の大国は、米国に求められても中国を非難しない。EUは多極化を認知し「大国(地域覇権国)どうしは喧嘩しない」という不文律に沿って動き始めている。中国が、米国と並ぶ地域覇権国であることが明らかになりつつある。米国は、過激な裁定を海洋法機関に出させることで、中国を、自国と並ぶ地域覇権国に仕立て、多極化、つまり米単独覇権体制の崩壊を世界に知らしめてしまった。気づいていないのは日本だけだ。

②腐敗した中央銀行 (その一)
 【2016年7月13日】 自爆的な任務を子分たちに押し付けて親分だけ生き永らえようとする米連銀の不正行為は、米日欧全体の中央銀行の腐敗を加速した。雇用統計やGDPを粉飾し、QEの資金で株価をテコ入れして、経済が好転しているかのように見せることが横行している。腐敗が最もひどいのが米国と日本だ。日銀自身は不健全なQE急拡大に反対したが、対米従属の日本政府が日銀総裁の首をすげ替えてQE拡大に踏み切った。不正はどんどん拡大し、日銀による株価つり上げが常態化した。

③外れゆく覇権の「扇子の要」 (その一)
 【2016年7月12日】 EU離脱可決とチルコット報告書は、英国が米国の世界戦略に影響を与えて覇権体制を永続化する従来の世界秩序の終わりを象徴する2つの動きだ。諸大国を米国の下に束ねていたハトメが外れるほど、諸大国は自国の地政学的な利益に沿って動く傾向を強めると同時に、諸大国がBRICSやG20や国連などのもとで安定を確保する多極型世界体制への移行になる。米国自身も米州主義へと動いていく。

④加速する中国の優勢 (その一)
 【2016年7月8日】 EU離脱を可決した後の英国は、中国だけでなく、インドや他の旧英連邦諸国、米国などと貿易協定を結ぼうとしている。英上層部が最も期待するのはインドでなく、中国との関係強化だ。その理由は、中国が、きたるべき多極型世界の大国間ネットワークであるBRICSやG20においてリーダー格で、短期の経済利得より長期の地政学的利得を考えて動いているからだ。英国は、近現代の世界システムを創設した国だ。英国が本気で中国の世界戦略の立案運営に協力するなら、中国にとって非常に強い助っ人になる。

⑤欧米からロシアに寝返るトルコ (その一)
 【2016年7月4日】 エルドアンは、ロシアと仲直りする際の「おみやげ」として、難民危機を極限までひどくして、EUを解体に押しやったのかもしれない。外交専門家のダウトオール首相を辞めさせ、難民問題でのEUとの交渉を潰しつつ、外交政策の「常識外れ」をやるフリーハンドを得たエルドアンは、そのうち折を見てNATOからも離脱するかもしれない。EUを壊してロシアに再接近したやり口から見て、エルドアンは、トルコが抜けるとNATOが潰れるような仕掛けを作ってNATO離脱しかねない。

⑥英国より国際金融システムが危機 (その二)
 【2016年6月29日】 人々が「金融危機なんか起きない」と思っている間は、債券への信用が保たれて金利が上がりにくい。だからマスコミや金融界は、グリーンスパンやBIS、安倍晋三らによる金融危機への警告をかたくなに無視する。しかし、英国ショックや大銀行倒産などが起きると、一時的に信用が大きく失墜し、各国当局がそれらのショックを乗り越えられなくなると金融危機になる。危機が再来し、金利上昇がジャンク債から米国債にまで波及すると、グリーンスパンが予言する「デフレ(マイナス金利)から超インフレ(金利高騰)への突然の転換」が起きる。

⑦英国が火をつけた「欧米の春」 (その二)
 【2016年6月27日】 英国の国民投票は、英国と欧州大陸、そして米国という「欧米」の民衆が、エリート支配に対して民主的な拒否権を発動する事態の勃興を示している。英BBCは、国民投票前に「英国でEU離脱が勝つと、米国でトランプが勝つ可能性が高まる」「米英の状況は似ている」と報じた。かつてエジプトやバーレーンなどで、民衆が為政者の支配を拒否して立ち上がる「アラブの春」が起きたが、それはいま欧米に燃え広がり「欧米の春」が始まっている。

  ラジオデイズ・田中宇「ニュースの裏側」・・・イギリスはどこへいくのか

⑧英国の投票とEUの解体 (その二)
 【2016年6月22日】 EU残留を問う英国での国民投票を前に、欧州の大陸側では、EU統合を推進してきた上層部の人々が、英国の投票結果にかかわらず、すでにEUは政治経済の統合をこれ以上推進するのが無理な状態になっている、と指摘し始めている。

⑨リーマン危機の続きが始まる (その二)
 【2016年6月16日】 日欧の中央銀行は緩和策を過激化している。世界の金利を史上最低に落とさないと、米国のジャンク債などが投資家の信用を失って買われなくなり、リスクプレミアムが急騰してしまう状態に、すでになっているのでないか。日欧の中銀が必死に自分たちを弱くしているので状況が緩和され、危機として認識されていないだけで、すでにドル崩壊、リーマン危機の再来、多極化につながる米覇権の瓦解が始まっているのでないか。

⑩英国がEUを離脱するとどうなる? (その二)
 【2016年6月13日】 英国はEUを離脱すると、スコットランドに独立され、北アイルランドも紛争に逆戻りする。国際金融におけるロンドンの地位低下も不可避だ。欧州大陸では、EUへの支持が半分を切っている国が多いなか、英国が国民投票でEU離脱を決めると、他の諸国でも「うちでも国民投票すべきだ」という主張が強まり、相次いで国民投票が行われて離脱派が勝ち、EUが解体しかねない。そうした懸念はあるが、逆にだからこそ、英国で離脱派が勝ったら、英国がEUの政策決定に口出しできなくなることを利用して、独仏は全速力で財政や金融などの面の国家統合を進めようとすると予測できる。

⑪いずれ始まる米朝対話 (その二)
 【2016年6月9日】 自己資金なので好き勝手に言えるトランプは、ロシアや北朝鮮と話し合いたいと言いまくっている。ヒラリーはトランプの外交姿勢を酷評するが、内心うらやましいと思っているはずだ。彼女自身が大統領になったら、好戦派から現実策に静かに転換し、トランプと似たことをやりたがるだろう。次の米大統領が誰になっても、米朝の交渉が始まるのでないか。何も始まらない場合、北の核武装が進み、制裁だけして放置する米国の対北政策の破綻がますます露呈する。いずれ誰かが米国を代表して北との話し合いを始めざるを得ない。

⑫バブルをいつまで延命できるか (その三)
 【2016年6月6日】 米日欧の中央銀行や政府の最近の姿勢からは、どんな手を使ってもバブルを再崩壊させないという強い意志が感じられる。マイナス金利やQEは永久に続けねばならない。やめたら株やジャンク債が売れなくなり、危機が再発する。年金や生保は給付金を払えず減額が長期的に不可避だ。日欧政府は、景気テコ入れの効果があるとウソをついてQEやマイナス金利策をやっているが、景気は改善されずウソがばれている。だが、もし選挙で政権が交代しても、QEやマイナス金利をやめられない。やめたら金融崩壊、経済破綻だからだ。

既出 ここをクリックして該当の解説を読んでください

⑬米国と対等になる中国 (その三)
 【2016年6月4日】 世界のシステムが米国と中国で並立化するほど、米国は、中国とその傘下の国々を制裁できないようになる。米中は相互に、相手を倒すことができない関係になっている。中国は、米国と対等な関係になりつつある。軍事面では、南シナ海でいずれ中国が防空識別圏を設定し、米国がそれを容認する時が、米中が対等になる瞬間だ。中国は、国際社会のあり方を大きく変えている。

⑭オバマの広島訪問をめぐる考察 (その三)
 【2016年5月31日】 日本の権力を握る官僚機構は、軍産複合体の一部だ。軍産の言いなりになるように見せて、最終的に軍産を弱めるのがオバマの策だから、今回の広島訪問についても、安倍の人気取りの道具に使われるように見えて、最終的に軍産の一部である日本政府に打撃を与える何らかの意味がありそうだ。

⑮G7で金融延命策の窮地を示した安倍 (その三)
 【2016年5月28日】 米国の求めに応じ、財務省の黒田を日銀総裁に送り込んで過激なQE拡大をやらせたのは安倍自身だ。その安倍が今回、G7サミットの議論で「リーマン級の危機再発が近い」という見解を主張した。この主張が意味するところは、日銀の過激なQEがすでに限界に達しており、ドイツの財政出動など新たな延命策が追加されない限り、国際金融システムを延命できなくなってリーマン級の危機が再発するぞ、という警告だったと考えられる。


⑯中東諸国の米国離れを示す閣僚人事 (その三)
 【2016年5月24日】 ナイミ石油相の解任は、米国の金融界や石油産業との「果し合い」に注力するという、サウジ権力者の決意表明である。同様に、イスラエルで親露極右のリーベルマンが国防相に就任することも、イスラエル権力者の米国離れを物語っている。

⑰金融を破綻させ世界システムを入れ替える (その三)
 【2016年5月20日】 世界や国家といった巨大システムの運営者が自分のシステムを破壊するとしたら、それは別のシステムと入れ替えようとする時だ。国際秩序や国家のような、大きくて自走的なシステムを入れ替える場合、構成員全体の同意を得て民主的に入れ替えを進めるのはまず無理だ。今のシステムに対して影響力を持つ人々(エリート)の多くが入れ替えで損をするので、彼らが猛反対して計画を潰しにかかる。既存のシステムを助けるふりをして破壊し、壊れたので仕方なく新たなシステムと入れ替える形をとった方がうまくいく。

⑱金融バブルと闘う習近平 (その三)
 【2016年5月16日】 世界経済における米中の談合体制が終わったのは14年秋、米連銀がゼロ金利策をやめることを決め、QEを日欧に肩代わりさせ、利上げの方向性を打ち出した時だった。米国の金利上昇は中国の調達金利の上昇につながり、設備投資や株のバブル崩壊を招きかねない。習近平は、経済現場の幹部たちの反対を押し切り、設備投資の縮小や、株価の下落誘導の政策を開始した。中国の上層部での経済政策をめぐる暗闘を示す人民日報の「権威人士」の記事の裏に、米国のゼロ金利資金で中国が設備投資バブルを膨らませる米中談合の破談がある。

⑲トランプ台頭と軍産イスラエル瓦解 (その三)
 【2016年5月11日】 トランプが席巻した結果、共和党で見えてきたのは、これまで合体して共和党や米政界を支配してきた「軍産」と「イスラエル」が、別々の道を歩み出して分裂している新事態だ。軍産はNATO延命のためロシア敵視の道を暴走しているが、イスラエルは隠然と親ロシアに転じている。この傾向は長期的で、今後常態化する。軍産イスラエルが米国を支配した時代の終わりが来ている。トランプは、軍産イスラエルのプロパガンダ力の低下を見破り、大統領に立候補して国民の支持を集め、軍産を破壊した。米国は民主主義が生きている。

⑳潜水艦とともに消えた日豪亜同盟 (その三)
 【2016年5月6日】 潜水艦の機密を共有したら始まっていたであろう「日豪亜同盟」について、日本は、中国敵視と対米従属の機構としてのみ考えていたのに対し、豪州は米中間のバランスをとった上での、対中協調・対米自立も含めた機構と考える傾向があった。この点の食い違いが埋まらず、豪州は日本に潜水艦を発注しないことにした。日本ではこの間、豪州との戦略関係について、中国敵視・対米従属以外の方向の議論が全く出てこなかったし、近年の日本では、対中協調や対米自立の国家戦略が公的な場で語られることすら全くないので、今後も豪州を納得させられる同盟論が日本から出てくる可能性はほとんどない。「日豪亜同盟」のシナリオは、日本の豪潜水艦の受注失敗とともに消えたといえる。


  ここから一つずつの解説になります

 逆効果になる南シナ海裁定

【2016年7月17日】 田中 宇
 7月12日、海洋法条約に基づく国連の仲裁機関が、南シナ海の領有権をめぐってフィリピンが中国を相手に提起していた調停で、フィリピンの全面勝訴、中国の全面敗訴に近い裁定を発表した。裁定は、欧米の国際法の「専門家」たちが驚くほど、事前の予測を大きく超えて中国を批判する内容だった。裁定は、南シナ海での中国による領土主張や環礁埋め立て、フィリピン漁船追い出しなどの行為が、海洋法条約の14の条項と「海上衝突防止国際規約に関する条約」の6つの条項などに違反していると断定した。 (Tribunal Rules: China's South Sea Claims Don't Hold Water) (The bolt from The Hague)

 フィリピンは2013年に前アキノ政権がこの件を海洋法調停機関に提起したが、当初から中国は、提起は不当なものなので調停に参加しないと宣言し、最後まで参加しなかった。中国の主張は「中国とフィリピンは1995年以来、南シナ海紛争を双方の話し合いで解決すると合意しており、海洋法も当事者間の交渉を優先する決まりなのに、その枠組みを無視したフィリピンの提起は無効だ。海洋法の調停は当事者全員が同意しないと始まらない規則で、中国が反対したまま調停が始まるのも無効だ。海洋法の調停は、領土紛争に踏み込めないと規定されているが、本件は領土紛争であり、海洋法機関は自らの規定に違反している」といったものだ。調停は、中国の主張を無視して進められた。 (Limitation of UNCLOS Dispute Settlement System) (Arbitration on the South China Sea dispute is fatally flawed)

▼南シナ海裁定は海洋法機関の規範外

 訴訟事は一般に、参加を拒否する当事者に不利な結論が出されることが多いが、今回の裁定も、中国を異様に断罪する結果が出た。調停そのものが規定違反で無効だと当初から言い続けてきた中国は、今回出た裁定も無効だと表明し、遵守せず無視すると宣言している。一般の国内裁判には判決を強制執行する機能があるが、海洋法の調停には、裁定に従わない国に対する強制執行の機能がない。国連安保理で、調停に従わない中国を経済・軍事面で制裁する決議を行うのが唯一の強制執行への道だが、常任理事国である中国が拒否権を発動するので実現不能だ。 (The Truth Behind the Philippines' Case on the South China Sea)

 執行機能はないものの、裁定を無視する中国を「国際法違反の極悪な国」と非難して国際信用を失墜させる効果はある。中国を敵視する米国などが、仲裁機関の判事の判断に影響を与え、異様に中国が不利となる裁定を出させたに違いないと、中国側が表明している。裁定が出た後、米政府は「中国は裁定に従うべきだ」と表明している。日本外務省はマスコミに対し、中国が国際法違反の極悪な国であると喧伝するよう誘導(加圧)している。

 海洋法の仲裁機関は、当事国どうしが話し合いで紛争を解決する際の助力となる仲裁をするために設置され、強制執行の機能がない。当事者の話し合いを前提とせず、裁判所の判決が大きな拘束力を持つ、国内裁判所とかなり異なる。豪州の権威あるシンクタンク、ロウィ研究所が載せた記事は、このような海洋法仲裁機関の機能を指摘した上で、南シナ海紛争を仲裁対象にすること自体にもともと無理があったと書いている。 (South China Sea: A course-correction needed)

 このような豪州での客観的な分析と対照的に、日本のマスコミ報道では、同仲裁機関の機能が無視され、「裁判所」の「判決」が出たと書かれ、国内裁判所と同等の絶対的な決定であるかのような言葉遣いが意図的に使われている。日本外務省の指示(歪曲的ブリーフィング)に従った中国嫌悪プロパガンダが狡猾に流布されている。日本人の記者や外交官は「豪州は親中派が多いからね」「田中宇も中国の犬でしょ」と、したり顔で歪曲を重ねるばかりだろう。(おそらく日本が第二次大戦に惨敗した理由も、こうした自己歪曲によって、国際情勢を深く見る目が失われていたからだ。分析思考の面での日本人の「幼稚さ」は70年たっても変わらない。近年むしろ幼稚さに拍車がかかっている。悲憤がある) (South China Sea arbitration award solves nothing: senior European parliamentarian)

▼中国との交渉再開で裁定を無意味にするフィリピン

 海洋法調停機関は、紛争当事国どうしの話し合いを前提とする規定を自ら無視して、規範外の領土紛争に対する判断を下してしまい、今回の裁定を出した。米日はこの点を無視して中国を非難し、中国は激怒している。だが、こうした行き詰まりを解決する動きが、意外なところから起こされている。それは、紛争当事国であるフィリピンのドゥテルテ新大統領が、先代のアキノ政権が拒否していた中国との直接交渉を再開すると宣言していることだ。ドテルテ政権は海洋法機関が裁定を出した2日後の7月14日、中国と交渉する特使の役目をフィデル・ラモス元大統領にお願いしたいと発表した。 (加速する中国の優勢) (Philippines' Duterte Asks Ex-President to Begin Talks in South China Sea Dispute)

 そもそも今回の南シナ海の海洋法調停は、前アキノ政権フィリピンが中国との2国間交渉を拒否して国際調停に持ち込んだところから始まっている。先日フィリピンの政権が替わり、新政権が「やっぱり中国と交渉して解決することにしました」と言い出したわけだから、国際調停に持ち込んだ前提自体が消滅したことになる。ドテルテが大統領になったのが裁定が出る直前だったので、そのまま裁定が出たが、もし裁定が出るのが1-2年後だったら、ドテルテは調停申請自体を取り下げ、途中で終わらせていただろう。 (After Celebrating South China Sea Win, Reality Sets In for the Philippines)

 中国は、南シナ海の領有権の主張を撤回しないだろうし、すでに埋め立てた環礁を元に戻すことは拒否するだろう。ドテルテは、それらを受け入れた上で、フィリピンが最重視するスカボロー礁などについてフィリピン側の主張をある程度入れたかたちで、海域の共同利用や共同開発を決めるつもりだろう。フィリピンが南シナ海で譲歩する代わりに、中国がフィリピン本土の鉄道敷設などインフラ整備を手がける構想を、ドテルテはすでに言及している。 (Duterte: China offering to build Manila-Clark railway in 2 years) (China's down but not out, and the Philippines' Duterte knows it)

 こうした中比間の和解は、今回の裁定が断定した「中国の違法行為」を容認してしまう。しかし、前出の豪ロウィ研究所の記事によると、海洋法機関は、当事者どうしの和解を最優先し、和解結果の内容が海洋法にそぐわないものであってもそれを支持することになっている。中比の交渉開始は「中国は裁定を受け入れ、埋め立てた環礁を元に戻し、南シナ海から撤退しろ」と求める日米などの主張を国際法的に無効にしてしまう。安倍首相は7月15日、モンゴルでの国際会議(ASEM)の傍らで会談した李克強首相に対し、海洋法裁定を受け入れるように求め、李克強を激怒させて「一本とった」と喧伝されているが、海洋法裁定をめぐる日米の優勢、中国の劣勢がいつまで続くか疑問だ。 (Why the South China Sea Verdict Is Likely to Backfire)

▼中国を批判しないEU

 今回の裁定に対する世界の反応を見ると、むしろ国際社会における中国の地位上昇、多極化する世界の中で中国が大国として認知されていく傾向を示してしまっている。安倍が李克強を激怒させた同じASEMの会議でモンゴルや中国を訪問中のEUの首脳たちは、誰もこの件で中国を批判する発言をしていない。EUの大統領であるトゥスク欧州理事会議長は演説で、国際法が守られることが必要だと述べたが、これがこの件に対するEUの最も突っ込んだ発言となった。EUのモゲリニ外相は、南シナ海紛争についてEUがいずれかの国を支持することはなく中立を守ると表明した。 (EU 'doesn't take stance on sovereignty' in South China Sea: Foreign policy chief Mogherini)

 EU内では、もともと英仏が南シナ海紛争で中国に厳しい態度をとる傾向にあったが、英国はEU離脱で中国に擦り寄る態度を強めており、フランスも経済関係を重視して最近は腰砕けだ。ハンガリーやギリシャを筆頭に東欧諸国は、中国からの投資がほしいので親中的だ。EUはスロベニアとクロアチアが領海紛争で対立し、海洋法調停に持ち込まれたが不満が大きいクロアチアが昨年調停を離脱し、それ以来海洋法調停を嫌うクロアチアが、南シナ海に関しても中国に同調し、EUとしての中国批判に反対している。EUは、米国からの「お前らも中国を批判しろ」という圧力をかわすためもあり「この件について内部分裂しているので中国を批判できません」という逃げ腰の態度をとっている。 (EU's silence on South China Sea ruling highlights inner discord)

 裁定が出る前、米欧のいくつかの分析は「裁定後、EUや英国が中国を批判し始めたら中国の負け、米国の勝ち。欧英が中国を批判しなければ中国の勝ちになる」と書いていた。結局、EUも英国も中国を批判していない。この現象は昨年春に中国がAIIB(アジアインフラ開発銀行)を設立した時の繰り返しだ。米国が世界を引き連れて中国を批判しようとするが、喜んで乗ってくるのは日本だけで、欧州や東南アジアなどその他の国々は米国に同調せず、抜け駆け的に中国の側についてしまう国が相次ぐ。 (Western Retreat Makes Room for Chinese Advance) (Europe goes soft with China over South China Sea ruling) (日本から中国に交代するアジアの盟主)

 今回の裁定も、米国の圧力で世界が動いてきた米国覇権体制の解体と、世界の多極化、中国が極の一つとして世界から認知される流れを顕在化させる結果となっている。その意味で、今回の裁定は、中国をへこますどころか逆に中国の台頭を示すものになっている。 (日本をだしに中国の台頭を誘発する)

▼中国は米国を真似しただけ

 米国は中国に対して「海洋法条約を守れ。裁定に従え」と要求するが、米国自身は海洋法条約に入っていない。批准どころか署名もしていない。その理由は、もし米国が海洋法条約に入り、今回の中国と同じような裁定を米国が食らい、それに従わねばならない状態になると、米国自身が裁定を無視することになるからだ。覇権国は、自国の国益にならない行動を他から求められても、拒否してかまわない。それは、教科書に書いていない世界の不文律だ。米国の共和党系(リアリスト)の権威ある国際分析サイト「ナショナル・インテレスト」が、そのように解説する記事を出している。 (3 Myths About China and the South Sea Tribunal Verdict)

 戦後の世界で単独覇権国だった米国は、自国の国益に反する裁定をつきつけられて無視して権威を落とすぐらいなら、最初から加盟しない方が良いと考えて、海洋法条約に署名していない。国際法とは、覇権国以外の中小の国々が守るべきものであり、覇権国(大国)は必ずしも遵守しなくてよい。建前的に「人間はみな平等」「国家はみな平等」であるのだが、実際はそうでない。権力者、覇権国は実質的に超法規的な存在だ。米国はイラク侵攻という重大な国際犯罪を犯したが、裁かれもせず、ほとんど反省もしていない。(弱い立場の国がいくら世界平和を提唱しても、世界は平和にならない)

 米国は、海洋法条約に署名しないことで「覇権国はこんなもの守らなくていいんだ」と言い続けている。中国は、これまで自国を発展途上国と考えてきたので、海洋法条約に入っている。しかし今、習近平になってからの中国は、自国を「多極型世界における、米国(やロシアなど)と並ぶ地域覇権国」と考えるようになった。中国が米国と対等な地域覇権国であるなら、米国が守らない海洋法条約を、中国も守る必要がない。しかもすでに中国は、もし米国が南シナ海で戦争を仕掛けてきても負けない軍事力を持ち始めている。

 中国は、2国間の話し合いで東南アジアの中小国を威圧しつつ経済援助で丸め込み、南シナ海を全部自分のものにしようとしている。それは政治的に汚いやり方だが(米国のイラク侵攻のような)軍事侵攻によるものでないので国際法違反でない。それなのに米国はフィリピンをそそのかし、2国間交渉を破棄させて海洋法機関に提訴させ、欧州人の判事たちに基幹の規範を逸脱する領土紛争に介入した裁定を出させ、中国に守れと要求してきた。このジャイアン的な米国の行為に、スネオ日本が、虎の威を借る狐的に、嬉々として追随している。

 米国と並ぶ大国を自称する中国は、当然ながら裁定を無視する。中国は、米国の真似をしただけだ。裁定を無視されても、米国は中国を武力で倒せない。しかもEUなど他の大国は、米国に求められても中国を非難しない。EUは多極化を認知し「大国(地域覇権国)どうしは喧嘩しない」という不文律に沿って動き始めている。同盟国のくせに「そもそも本件は海洋法の仲裁になじまない」などと中国の肩を持つ奴(豪)まで出てきた。中国が、国際政治的にも軍事的にも、米国と並ぶ地域覇権国であることが明らかになりつつある。米国は、過激な裁定を海洋法機関に出させることで、中国を、自国と並ぶ地域覇権国に仕立て、多極化、つまり米単独覇権体制の崩壊を世界に知らしめてしまった。これに気づいていないのはスネオだけだ。

 前出のナショナルインテレストの記事は「米国が、中国を中小国扱いし続けて無理やり中国に裁定を守らせようとすると、アジアを不安定化してしまう。むしろ、早く中国を自国と並ぶ大国と認めた方が(つまり米単独覇権から多極型覇権への世界の転換を認めた方が)世界は安定する」と、米政府に忠告している。同記事は「中国が南シナ海に防空識別圏を設定することは、合法だし、他国(米国)からの軍事介入を防ぐ意味でもいい方法だ」と勧めることさえしている。

 米国が12年に「アジア重視」と称して南シナ海の紛争を煽った時、オバマ政権でそれを担当したのはクリントン国務長官だった。彼女は今も好戦派として大統領選を突き進んでいる。万が一、彼女が大統領になっても、そのころには中国が米国と対等な地域覇権国である状態は不可逆的に今よりさらに確定しているだろう。いずれ米国は、中国を、自分と対等な大国として認め、覇権の多極化を肯定するしかない。米国より格下の国として自国を形成してきた日本は、米中が対等になると、米国だけでなく中国よりも格下の国になる。日本は、すでに中国に負けている。


 腐敗した中央銀行

 【2016年7月13日】 田中 宇
 自爆的な任務を子分たちに押し付けて親分だけ生き永らえようとする米連銀の不正行為は、米日欧全体の中央銀行の腐敗を加速した。雇用統計やGDPを粉飾し、QEの資金で株価をテコ入れして、経済が好転しているかのように見せることが横行している。腐敗が最もひどいのが米国と日本だ。日銀自身は不健全なQE急拡大に反対したが、対米従属の日本政府が日銀総裁の首をすげ替えてQE拡大に踏み切った。不正はどんどん拡大し、日銀による株価つり上げが常態化した。

 日本や米国の株価がどんどん上がっている。米国のS&P500は最高値を更新した。さぞや、民間投資家たちがこぞって株を買っているだろうと想像される。だが実のところ、民間投資家の資金(株式ファンドの世界総残高)は、昨年の上半期から1年半の間ずっと、株式市場から資金を大量に引き上げる傾向が続いている。短期的に見ても、先日米国株が最高値を更新したのは、17週間(4か月)連続で株式から資金が流出し続けた末の出来事だった。資金が流入しないと株価は上がらないのに、資金が流出する中で株価が上がっている。誰が株を買っているのか? (S&P Back To All Time Highs After 17 Consecutive Weeks Of Mutual Fund Outflows) (The equity exodus by investors is getting worse)

 答えは「日欧の中央銀行」である。日欧の中央銀行は15年以降、デフレ対策と称するQE(量的緩和策)によって債券や株を買い支えてきた。今年に入って買い支え額が急増している。シティグループの分析者(Matt King)が作ったグラフによると、日欧中銀は、今年3-6月期に合計で約6千億ドルの株や債券を買い支えている。このうちの株式(ETFなど)の割合は明確でないが、この中銀の買いが株価を支えたと考えられる。加えて、日欧の中銀が国債を買い占め、短期金利をマイナスにした結果、金融機関は利益を出すため不本意ながら高リスクな株を買わざるを得なくなっている。これらの中銀絡みの株の買いが、民間投資家の売りを上回り、米日欧の株価の異様な上昇になっている。 (Here's who's driving stocks to record heights) (The "Mystery" Of Who Is Pushing Stocks To All Time Highs Has Been Solved) (Stock Losses Force World's Biggest Pension Fund Into More Buying)

(このグラフによると、米連銀は14年末にQEをやめた後、資産売却に転じている。日欧中銀がドル救済のためバブルな資産を買い込んで会計を不健全していくのをしり目に、米連銀は資産売却で健全化を目指している。また中国=EMは、昨夏の株価暴落後、それまで株価テコ入れ策として買い支えてきた資産を猛烈な勢いで売却し、健全化を急いでいる。中国の株価暴落は、中国経済の体質を破綻でなく正反対の健全化に向かわせている) (Global central bank liquidity rises) (金融バブルと闘う習近平)

▼QEの失敗を認めず日欧に押し付けて腐敗が加速

 民間投資家が株式市場から逃げ出しているのは、米日欧の景気の停滞から考えて株価が高すぎるからだ。中銀がテコ入れしなければ、株価はとっくに暴落していただろう。日欧中銀は「株価の粉飾」「不正な株価操作」に手を染めている。かつて「中央銀行が株価を買い支えている」という指摘は、金融界や当局筋から「そんな不正は絶対ない」「政府敵視の陰謀論者の無根拠なたわごとだ」と全否定されていた。それほどに「中銀の株価テコ入れ」は「悪事」「不正」「禁じ手」だった。それが今や、先進国の諸中銀は、ほぼ公然と株価をテコ入れしている。中銀群は、非常に不健全で腐敗している。(中銀は、株の買い支えでなく、利下げで景気を回復し、最終的な株価上昇につなげねばならない) (PIMCO Lashes Out At "Flip-Flopping" Fed: 'Stop Focusing On The Stock Market')

 なぜこんなことになったのか。歴史的な経緯を見るとわかることがある。出発点は、債券(社債、ジャンク債)のバブル崩壊(金利高騰)である08年のリーマン危機だ。中央銀行にとって債券相場の維持、つまり金利水準を適正に維持することは最大の任務だ。金利高騰は、債券に対する信用が失墜して起きる。中銀が債券の信用を蘇生するには、買い支えなどの支援をできるだけ短期に最小限にこっそり(不透明に)やり、表向きは市場原理に沿って債券の需要が自律的に復活しているように見せることが必要だ。 (金融蘇生の失敗)

 だが、当時の米連銀のバーナンキ議長は、債券市場への公的資金の明示的な巨額注入(ヘリコプターで資金を市場全体にばらまく)が最良の策だと主張する勢力の一人で、米連銀が造幣した巨額資金でジャンク債を買い支えるQEを急拡大した。巨額な資金注入を明示的にやり続けた結果、債券市場は自律的に復活するどころか、逆に公的資金に依存する中毒状態に陥った。QEは大失敗したが、バーナンキの連銀は失敗を認めず、対米従属の日欧にQEを肩代わりさせ、連銀自身はQEをやめて自分だけ利上げに転じる健全化を開始した。 (Kuroda Is Trapped As The BOJ Can't Ease Any Further: Here's Why) (米国と心中したい日本のQE拡大)

 自爆的な任務を子分たちに押し付けて親分だけ生き永らえようとする不正行為は、米日欧全体の腐敗を加速した。米日欧の全体で、雇用統計やGDPを粉飾したり、QEの資金の一部で株価をテコ入れしたりして、経済が好転しているかのように見せることが横行するようになった。腐敗が最もひどいのが米国と日本だ。日銀自身は不健全なQE急拡大に反対したが、米国からの圧力を受け、対米従属の日本政府(安倍政権、財務省)が日銀総裁の首をすげ替え、不正な政策であるQEなど超緩和策の拡大に踏み切った。不正はどんどん拡大し、日銀の公金注入による株価つり上げが常態化した。(安倍政権が終わるころまで金融崩壊を延期する策だ) (金融システムを延命させる情報操作) (アベノミクスの経済粉飾) (BLS: Employed Up 67,000 in June; Unemployed Up 347,000)

▼本土決戦しろと言いに来たバーナンキ

 今回「ヘリコプター」バーナンキ連銀前議長の名前をわざわざ出したのは、彼が来日して7月12日、日本がドル救済のための超緩和策をどう拡大したらいいかについて安倍首相や黒田日銀総裁らと会談し、それを機に超緩和策の副産物である株価が急騰し、円安ドル高が一気に進み、6月24日の英国EU離脱ショック以来の円高局面を終わらせたからだ。バーナンキからの忠告を受け、日本政府と日銀がどんな新たな策をやるか、まだ確定していない。巷間言われているのは、ヘリコプターマネー策の具現化として「政府がゼロ金利の超長期(永久)国債を大量発行し、大規模なインフラ整備をやり、国債は日銀がQEで買い支える」というものだ。 (Bernanke Says Bank of Japan Still has Tools for Further Easing) (Here Is What Ben Bernanke Told The Bank Of Japan)

 これは要するに、不評だった赤字国債による昔のハコモノ行政の復活である。株価のつり上げ、統計指標の粉飾など、当局による経済犯罪はすべて許される時代になっているのだから、赤字国債によるハコモノ行政という悪事の復活など屁でもない。日本は今後、財政破綻するまでマイナス金利を続けるだろうから、国債金利は(破綻まで)永久にゼロで、日本政府はいくら赤字国債を発行しても金利を払う必要がなく、永久に発行し放題だ。素晴らしい。 (Can 'Helicopter Ben Bernanke' Save Japan?) (Japan is Taking Ben Bernanke's Stimulus Advice 13 Years Late) (Are We Living In "A Riskless World", Deutsche Asks)

 実のところ、この「永久」は、それほど長い期間でない。消費税も上げないまま、歳入の裏付けなく赤字国債を大量発行すると、日本国債に対する国際信用が失われ、3大格付け機関が日本国債をジャンクの方向に格下げしていく。今はマイナス金利でデフレとされる状況だが、格下げされていくと金利が高騰して財政破綻に至り、同時にひどいインフレに転換する。赤字国債の大量発行をやると、破綻に至るまで長くて数年だろう。 (Fitch Cuts Japan's Credit Outlook To Negative) (Bernanke's Black Helicopters Of Money)

 バーナンキは安倍や黒田に会い「日本はまだデフレ対策(超緩和策)をいろいろやれる。弾は尽きていない」と語ったと報じられている。これは、最近の無茶苦茶な経済政策を見て、さすがにプロパガンダまみれの日本の経済専門家たちでさえ「日銀は弾切れだ。もう超緩和策を拡大できない。拡大すべきでない」と言い出していることを否定したものだ(日銀や政府が今後、超緩和策を拡大しないなら、バーナンキ訪日の最大の目的は、口だけで短期的に株高円安にすることだ)。日本にドル延命の超緩和策を肩代わりさせたヘリコプター・バーナンキとしては、ここで日本に無条件降伏されては困る。「まだまだ戦える。本土を焼き尽くしても(財政破綻しても)戦え」と言いに来た。勇ましい「本土決戦」の呼び声に、株や為替の市場は大歓声をあげ、相場が急騰した。 (BOJ skeptics calling time on Kuroda's two-year target) (Bank of Japan Will Need to Slow Bond Purchases, Ex-Director Says)

 前回の昭和20年には、本土決戦に踏み切らず、国体護持とか理由をつけ尻込みして敗北を選んだ。今回はどうか。日本政府は、赤字国債の大量発行という、まだやっていない超緩和策に踏み切るかどうか。日本が完全に米国の傀儡なら、対米従属以外に護持する国体がないのだから、最後まで米国の言いなりになり、一線を越えて財政破綻まで進むだろう。この自滅策を防止すべきと考える勢力が、日本の政財官界にどれだけいるかが問われる。財政出動しなくても、超緩和策に出口がなく、軟着陸や蘇生が無理であることには違いないのだが。 (日銀QE破綻への道) (Helicopter Money Is Putting the Yen's Value at 'Great Risk': Noguchi)

 日欧という同盟諸国を巻き込みつつ、米国の風変わり(異様)な政策理論が米覇権自体を自滅させていく点で、ドル(債券金融システム)救済のための異様なQEやマイナス金利は、「中東の強制民主化」の政策理論に基づいて敢行し大失敗したイラク戦争や、911後の米国の中東戦略(テロ戦争)と似ている。私の「隠れ多極主義」の仮説を加味するなら、イラク侵攻もQEも、米国の覇権を自滅させて世界を多極化するために仕組まれた策だった、ということになる。QEには出口がない。永久に続けることもできない。いずれ日欧は力尽き、QEを続けられなくなる。その後は米国自身が再びQEを背負い込む必要がある。いずれ、米国の債券金融システムやドルの基軸通貨性は維持できなくなる。 (多極化への捨て駒にされる日本) (Koo: QE Has Failed In Europe, The UK And Japan)

 バーナンキは最後まで超緩和策(バブル拡大)に固執するが、その前の米連銀議長で、バブルの原点たるそもそもの債券金融システムの創設を手がけたグリーンスパンは近年、金融に対する態度を180度変え「ドルのバブル崩壊は不可避だ」「(債券金融システム全否定の)金本位制に戻るしかない」と盛んに発言している。米国の金融ブログは「自説に固執するバーナンキは誠実だが、現実が見えておらず賢くない。現実を見据えてドル崩壊を予測するグリーンスパンは賢いが、以前に自分がバブルのシステムを作ったことを棚上げしており誠実でない。賢くてしかも誠実だったのはボルカーだけだ」という趣旨の分析を書いている。 (After a misbegotten credit bubble and $60 trillion more of debt, Alan “Bubbles” Greenspan returns to gold) (英国より国際金融システムが危機) (陰謀論者になったグリーンスパン)

 日本はバーナンキの説に沿って動いている。対照的に、昨年から国内の金融バブルを潰す政策をとり続け、自国通貨を金本位制に近づけて、グリーンスパンの説に沿って動いているのが、日本の仇敵である中国だ。最終的にどちらが生き残りそうであるか、非国民と呼ばれたくないので書かない(もう呼ばれてるって?)。中国なんかに負けるもんか。本土決戦万歳(糞)。 (金本位制の基軸通貨をめざす中国) (加速する中国の優勢)


 外れゆく覇権の「扇子の要」

【2016年7月12日】 田中 宇
 EU離脱可決とチルコット報告書は、英国が米国の世界戦略に影響を与えて覇権体制を永続化する従来の世界秩序の終わりを象徴する2つの動きだ。諸大国を米国の下に束ねていたハトメが外れるほど、諸大国は自国の地政学的な利益に沿って動く傾向を強めると同時に、諸大国がBRICSやG20や国連などのもとで安定を確保する多極型世界体制への移行になる。米国自身も米州主義へと動いていく。

 英国のEU離脱投票から週が明けた6月27日、カナダを訪問中だったメキシコのニエト大統領が、英国のEU離脱決定を受けて、今こそメキシコとカナダ、米国の北米3か国の国家統合を進めるべきだと発言した。EUの国家統合の例を引き合いに出して、北米3か国も、戦略的、包括的な統合、同盟強化を行うべきだと語った。6月29日にカナダで北米3か国の年次サミットが行われ、ニエトはそれに出席するためカナダを訪問していた。 (Mexico president urges North American integration after Brexit)

 北米3か国は94年に自由貿易圏NAFTAを創設し、経済面の市場統合を行なっている。各分野の政策協調も進んでいる。防衛も、米国とカナダが防空体制を統合して久しい。国境検問も大幅に緩和されている。年次の北米サミットは、これらの3か国間の統合をさらに進めるために毎年行われている。EUのような、国権の大っぴらな剥奪を伴う「政治統合」はないが、3か国間の隠然とした統合が進んでいる。その中でメキシコは以前から、NAFTAを国家統合の次元まで進め、EU型の「北米同盟(NAU)」にまで発展させるべきだと、折りにふれて歴代の大統領が提案してきた。 (Mexican President Demands U.S. Merge With Mexico, Canada)

 北米の国家統合の構想は、米国民の間で大変に不評だ。あまりに不評なので、米マスコミは以前から「北米同盟の構想などない。出ている話は、すべて無根拠な陰謀論にすぎない」と断定している。そのため今回、ニエトが北米同盟につながる3か国の統合加速を提唱しても、それを報じたのはフランスのAFP通信社や、米市民運動系のサイトなどだけで、米国の主流マスコミは報じていない。北米同盟の構想は、存在しないことになっている。 (Brexit and the long, wistful dream of a `North American Union')

 メキシコが北米統合に積極的なのは、東欧がEUに入りたがったのと似ている。メキシコも東欧も、域内で賃金が安い国なので、市場統合が進むほど、先進地域への出稼ぎや、先進地域からの企業投資が増え、経済発展を加速できる。

 EUにおいて英国の離脱は、長期的に英国抜きのEU統合加速につながるだろうが、今のところむしろEUは、各国で英国流の離脱投票をやらせろと要求する左右両極の人気が急騰し、EUは統合と逆方向の崩壊に向かっている。そのきっかけを作った英国のEU離脱決定に触発されて、メキシコの大統領が「今こそ北米の統合を加速しよう」と提案するのはお門違いに見えるかもしれないが、それは違う。米国と欧州(EU)を束ねる役目をしてきた英国が、EUの一部であることをやめることは、米国が欧州を最重要と考える従来の世界戦略をやめて、昔の米州中心主義に戻り、メキシコやカナダを最重要な国々と考えることにつながりうる。 (英国が火をつけた「欧米の春)

 英国はこれまで、米国を「米欧(米英)同盟」に引っ張っるちからを持っていた。米英が力を合わせ、「極悪」なナチスを倒したり、ソ連を封じ込める冷戦を何十年も続けたことが、世界の現代史の重要部分とされている。ナチスやソ連を、米国の介入が必要な「極悪」に仕立てたのは、英国の策略だ。米国は、英国の策略によって、欧州に過大に関与させられてきた。英国が初めて米国を欧州に引っ張りこんだ第一次対戦より前、米国は「西半球の大国」「新世界」を自称し、欧州(旧世界)のゴタゴタに関与しない姿勢をとっていた。米国が第一次大戦に参戦したのは「仲良く共存できない間抜けな旧世界が二度と戦争しなくてすむよう国際連盟を作ってやるため(ウィルソン主義)」だった。

 だが、国際連盟は英国に腑抜けにされ、ナチス台頭で米国は再び欧州に首を突っ込まざるを得なくなり、二度目の大戦を終わらせて国際連合を作って恒久平和をやり始めたら、また英国の策略で冷戦が起こされ、米国はNATOを作って延々と欧州に関与させられた。英国はその分国際社会で優位を続けた。米国の「西半球の国」としての戦略は雲散霧消していた(英国の代理勢力である軍産複合体が中南米諸国をひどい目に合わせ、米国と中南米の仲を引き裂いた)。 (After Brexit NATO to Become Washington's 'Main Tool to Control Europe')

 レーガンが冷戦を終わらせた後、米国はEU統合を置き土産に欧州から出て行く流れを開始し、北米統合の初の動きとしてNAFTAが作られた。米国は少しずつ西半球の国としての戦略を出していくかに見えたが、01年の軍産によるクーデター的な911テロ事件を機に、米国は再び劇的に世界(中東)に関与する「単独覇権主義」に引き戻された。ロシア敵視も再燃する一方、米国内ではNAFTAの不人気に拍車がかけられた。

 しかし、米国の単独覇権主義は、中東各地での(意図的な)過激な好戦策の連続的な失敗によって破綻し、NATO(軍産)のロシア敵視の強要から離脱すべくEUが政治統合を進めようとするなか、英国が国民投票でEU離脱を決めた。英国はこれまで、欧州(EU)の一部として存在することで、米国を欧州に引っ張りこんできた。英国がEUの一部でなくなると、米国を欧州に引っ張るちからが大幅に減少する。この国際政治力学の変化は、何年もかけて表面化していく。 (UK-US special relationship shaky following Brexit vote)

 今後しだいに米国にとって「欧米」というくくり(大西洋主義、国際主義)が重要でなくなり、対照的に、それ以前にあった「米州」「北米」というくくり(米州主義、孤立主義)が重要になる。メキシコのニエト大統領は、そのような転換点である英国のEU離脱を見て「今こそ北米3か国の統合を加速すべきだ」と宣言したと考えられる。

▼英国は米国をユーラシアにつなぎとめるハトメだった

 大西洋主義から北米主義への転換は、時間がかかるし一直線でない。米国覇権の低下が顕在化し、米国内の政治状況が根底から変わらないと、転換は進まない。今秋の大統領選挙で、クリントンはロシア敵視が強く大西洋主義だ(彼女は中国包囲網もお気に入りの策で、反露と反中の両方を掲げる強力な軍産系)。半面、トランプは孤立主義的で、ロシア敵視やNATOを批判している。だが同時に彼はNAFTAや国家統合に反対している。大西洋主義への反対が北米主義に直結していない。 (As the E.U. falls apart, North American leaders seek unity in Ottawa today)

 だがその一方で、これまでの世界体制の中で、英国が非常に重要な「扇子の要、ハトメ」(もしくはpivot、ピボット)の役割を果たしてきたのは確かだ。英国は、米国は欧州やユーラシアにつなぎとめておく「ハトメ(鳩目)」だった。EU離脱によって、英国の役割が低下していくのは間違いない。 (How About an Amerexit from NATO and Other One-Sided Military Alliances?)

(英国の真似をして70年代以降、イスラエルが米国を中東につなぎとめるようになり、その延長でイラン敵視、イラク侵攻、リビアやシリアの内戦などが起きたが、これらはすべて米国にとって失敗で、イスラエルというハトメもすでに外れ、ネタニヤフはプーチンに擦り寄り、アフリカ諸国と関係強化している) (Ethiopia backs Israeli bid for AU observer status)

 911以来の米国は、放っておくと好戦性(武力で理想主義を実現しようとして失敗すること)を過激に拡大してしまう。英国は、米国の暴走を止めて「正常」の範疇に戻す役目を果たしていた(一緒にイラクに侵攻して失敗に付き合ったのがその一例)。だが今、英国(やイスラエル)というハトメが外れたことで、米国の覇権体制はバラバラになっていく。

 ハトメが外れても、まだ今のところ扇子の羽が従来通り重なったままなので何も起きていないが、知らずに扇子をパタパタあおぐと、バラバラに壊れる。覇権運営上では、米国の好戦策に歯止めがかからなくなり、ロシアや中国に対する敵視を異様に強めていくことが「パタパタ」にあたる(それは、すでに具現化している。NATOはロシアを異様に敵視している)。

 独仏伊は、米英とロシアの両方と仲良くしたい。豪州や東南アジアやインドは、米日と中国の両方と仲良くしたい。だが、米国やNATO(軍産)が露中を敵視しすぎると、これらのバランス重視な国々が、バランスをとれなくなる。耐えられなくなったまともな国から順番に米国を敬遠するようになり、覇権の崩壊が顕在化する。(日本は世界の動向を無視して米国に最後まで従属する) (加速する中国の優勢) (欧米からロシアに寝返るトルコ)

▼米国をつなぎとめようとイラク侵攻に参加して失敗した英ブレア

 こうした「覇権のハトメ役」としての英国の役割を如実に示す報告書が、7月6日に発表された。それは、03年の米国のイラク侵攻に英国が参戦したことの違法性について、英政府の依頼で調査した結果を書いた「チルコット報告書」である。報告書の発表を好まない米国の圧力で、11年の調査終了から5年も遅れてようやく発表された同報告書は、イラク侵攻の大義となった「イラクの大量破壊兵器」が存在している根拠がないのに、諜報の調べを歪曲して開戦されたと結論づけている。当時のイラクのフセイン政権は、英国にとって脅威でなく、戦争以外の外交手段で封じ込めることができたのに(不要な)戦争をやってしまった、とも書いている。 (Iraq inquiry) (What is the Chilcot Inquiry?)

 当時の英国のブレア首相は、英諜報部が「イラクは大量破壊兵器を持っていない」「フセインは脅威でない。戦争でなく外交で封じ込められる」と忠告し、米国民も百万人規模のデモをやって侵攻に反対したのに、それらを無視して、単独でイラクに侵攻しようとする米ブッシュ政権にわざわざついていき、米国と一緒にイラクに侵攻し、一緒に占領の泥沼にはまった。今回のチルコット報告書は、ブレアのイラク参戦の違法性を明確に指摘している。 (Chilcot Report: Tony Blair Told George W. Bush, “If We Win Quickly, Everyone Will Be Our Friend.”)

 同報告書によると、ブレアはイラク侵攻直後、その後の中東全域の政治崩壊を的確に予測する発言を側近に対して行なっている。ブレアは状況を良く把握していた。それなのに、事前に大失敗の可能性が高いとわかっていた米国のイラク侵攻に、頼まれもしないのについていった。なぜなのか。報告書やマスコミ記事は、その理由を書いていない。 (Iraq Inquiry From Wikipedia)

 私の分析は「ブレアは、911以後の米国が単独覇権主義を暴走して自滅してしまわぬよう、米国をまともな覇権国にとどめておくハトメ役を果たそうとした」というものだ。911事件は、冷戦後約10年続いていた米英金融覇権体制に対する、軍産(イスラエル)によるクーデターであり、911によって米国の世界支配の中心は、金融から軍事(テロ戦争、イスラム敵視策)に戻った。 (Tony Blair's Day Of Reckoning)

 911は、単に米国の覇権の中心を経済から軍事に転換しただけでなく、米国が同盟国を無視し、米国だけの単独で世界支配をやり出す転換だった。パウエル国務長官は、同盟国重視を説いたが無力化され、ブッシュ政権を牛耳ったチェイニー副大統領やネオコンは、英国との関係すら軽視して単独でイラクやアフガンに侵攻したがり、それに反対するフランスは米政界から敵視され、米議会の「フレンチフライ」が「フリーダムフライ」に改名された。911は、米国を同盟国無視に押しやる「ハトメ外し」だった。 (Chilcot Inquiry slams UK's role in Iraq war)

 英国のブレアは、米国が同盟国無視の単独主義を暴走せぬよう「何があっても私はあなたの味方です」と言って必死にブッシュにすりより、開戦大義の欠如を知りながらイラク侵攻に付き合った。ブレアは、イラクやアフガンへの軍事侵攻をできるだけ短期間に終わらせ、米英など同盟国の負担や消耗をできるだけ少なくしようとした。だが結局、ブレアの策は失敗し、米英同盟軍は8年もイラクに駐留し、アフガンには15年後の今も駐留している。しかも米国はその間、オバマ政権になっても英国との関係を軽視する傾向を変えなかった。ブレアは、米国をつなぎ止められなかっただけでなく、英国で戦争犯罪を非難されることになった。 (Chilcot and the End of the Anglosphere)

 そうした失敗談の総集編とも言える今回のチルコット報告書が、英国のEU離脱可決の直後に発表されたことは興味深い。報告書は、米国の他の同盟諸国に「米国に擦り寄って同盟関係を維持しようとすると、英国のように、戦争犯罪に手を染めた挙句、米国に邪険にされ続け、大損するだけだ」という教訓を知らせている。英国に次いで米国のイラク戦争に協力的だった豪州では、当時のハワード首相が弁明に追われた。(日本だけは完全無視で、逆方向の対米従属強化に走っている) (Australia needs its own Chilcot inquiry into Iraq war, former defence head says)

 英国が連続的に発した、EU離脱とチルコット報告書は、英国が米国の世界戦略に影響を与えて(牛耳って)覇権体制を永続化する従来の世界秩序の終わりを象徴する2つの動きだ。米国覇権をまとめていたハトメが次々と外れていく。それは(軍産傘下の官僚機構が隠然独裁する)日本で良く言われるような、世界を無秩序に(無極化)するものではない。そうでなくて、諸大国を米国の下に束ねていたハトメが外れるほど、諸大国は自国の地政学的な利益に沿って動く傾向を強めると同時に、諸大国がBRICSやG20や国連などのもとで、ある程度の協調をして安定を確保する多極型世界体制への移行になる。米国自身も、世界覇権主義から米州主義へとゆっくり動いていく。 (How Russia, China are Creating Unified Eurasian Trade Space) (Russia Is Far From Isolated)

 米国覇権の最後の大きなハトメ、束ね役として残っているのは「ドル」「債券金融システム」だ。安倍政権や日銀は、米国から連銀前議長の「ヘリコプター」バーナンキを東京に呼び、大量発行したゼロ金利国債を日銀がQEで買うことで作る巨額資金を、日本国民にばらまく「ヘリコプターマネー(財政ファイナンス政策)」をやる(もしくはやりそうな雰囲気を醸し出す)ことで、株高と円安ドル高を無理矢理に引き起こし、ドル延命に貢献している。 (Fearing Confiscation, Japanese Savers Rush To Buy Gold And Store It In Switzerland) (英国より国際金融システムが危機) (金融を破綻させ世界システムを入れ替える)

 しかし、このような無理矢理な政策がいつまで効果を持つのか疑わしい。日本(と欧米)の金融政策はどんどん無茶苦茶になっている。マスコミはそれを全く指摘しない。欧州では、イタリアの金融界とドイツ銀行が危険な状態で、欧州の銀行破綻がリーマン危機を再来させるかもしれない。いずれ世界的な金融危機が再来すると、覇権の最後のハトメが外れ、米覇権の崩壊と多極化に拍車がかかる。


 加速する中国の優勢
【2016年7月8日】 田中 宇
 EU離脱を可決した後の英国は、中国だけでなく、インドや他の旧英連邦諸国、米国などと貿易協定を結ぼうとしている。英上層部が最も期待するのはインドでなく、中国との関係強化だ。その理由は、中国が、きたるべき多極型世界の大国間ネットワークであるBRICSやG20においてリーダー格で、短期の経済利得より長期の地政学的利得を考えて動いているからだ。英国は、近現代の世界システムを創設した国だ。英国が本気で中国の世界戦略の立案運営に協力するなら、中国にとって非常に強い助っ人になる。

 7月6日、一週間前に就任した「フィリピンのトランプ」と呼ばれるドゥテルテ新大統領が、前任のアキノ政権時代の南シナ海紛争での中国敵視策を捨て、中国との話し合いを開始したいと宣言した。ドテルテは、特使を立てて中国と話し合い、南シナ海紛争を解決し、南シナ海で中比がエネルギーの共同開発を手がけるところまで進めたいと表明している。フィリピンはこれまで、南シナ海紛争をめぐり、東南アジア諸国の中で最も強く中国を敵視してきた(軍事面で最も強く対米従属だった)。ドテルテは、これまでの自国の中国敵視・対米従属の国是を放棄し、中国と和解して米中双方と友好な関係を結ぶことをめざすバランス姿勢に転じることにした。 (Experts see Duterte finding balance between China and US) (Duterte goes soft on China: Let's talk)

(ドテルテとトランプの共通点は、エリート支配層と対立して草の根からの支持で政治台頭し、支配層の一部であるマスコミの偏向を批判していることだが、反左翼・反リベラル的なトランプと対照的に、ドテルテはフィリピン共産党の創設者で毛沢東主義者のホセ・マリア・シソンを恩師と仰ぐなど左翼的、親中国的だ) (Philippines President Rodrigo Duterte, Asia's 'Trump,' Eyes Closer China Ties) (After Threatening Journalists, Filipino President-Elect Bans Them from Inauguration)

 フィリピンは、中国やベトナムなどと並び、南シナ海の一部に対して領有権を主張し、アキノ前大統領が安保面の対米従属を強めたため、東南アジア諸国の中で最も強く中国と対立してきた。アキノ前政権は、南シナ海問題で、中国が望む2国間交渉を拒否しつつ、2013年に、中国の領有権主張の根拠(九点破線)が不当だとする訴えを、国連海洋法に基づく仲裁機関に起こしている。その訴えに対する判決的な結果である裁定が、7月12日に出る。フィリピンの主張が認められ、中国に不利な裁定が出ると予測されているが、中国政府は、自国に不利な裁定が出たら海洋法条約を脱退して無視すると表明している。 (China Threatens To Leave UN Sea Convention If Court Invalidates Maritime Claims)

 予測通りの裁定が出ると、中国は怒って裁定を無視すると宣言し、米国や日本が中国を非難しつつ、フィリピンにも「一緒に中国を非難しよう」と誘ってくる。ドテルテは「その誘いには乗りません」とあらかじめ宣言しておく意味で、裁定が出る前のタイミングを選び、中国との和解交渉の意志を表明した。ドテルテは「中国と戦争しない。戦争は汚いことだ」とも言っている。 (The South China Sea issue and Philippine President-elect Rodrigo Duterte)

▼中国の勝ちが確定する南シナ海紛争

 フィリピンが中国敵視をやめることで、南シナ海紛争は、腰砕け的に中国の勝ちになっていく傾向が強まった。南シナ海紛争の当事国で、フィリピンに次いで中国と対立してきたのはベトナムだが、ベトナムは以前から、対中紛争を利用して米国からの支援や協力を取り付ける一方、中国との協調的な外交関係も維持するバランス外交を展開してきた。中国と地続きのベトナムは、70年代に中国との戦争も経験し、中国を好きでないが一定以上の対立も避けている。ベトナムは、米軍艦に寄港を認めた後、中国軍艦にも寄港を認めている。 (China says it hopes Vietnam-U.S. ties conducive to peace, stability) (Vietnam tells China warships welcome in one of its harbors)

 ASEANは今後、南シナ海紛争で中国を非難する声明を出すことを、今まで以上に避けるだろう。すでに先日の中国ASEANサミットで、ベトナム主導でASEANとして中国批判の声明を出す動きがあったが、声明はASEAN内の親中国な諸国に潰されている。 (South China Sea Clashes Are Fracturing ASEAN) (Chaos in Kunming)

 フィリピンが中国敵視・対米従属から対中協調・対米自立に転換していくことは、日本や米国にとって地政学的に大きな後退となる。フィリピンは、日本や、米軍基地があるグアム島から南シナ海に向かうルートの途中にある。日米はこれまでアキノ政権のフィリピンを軍事支援し、日米比の同盟関係の枠組みで中国包囲網を作り、南シナ海で中国を威嚇する行動を続けてきた。今回のフィリピンの寝返りは、日米の中国包囲網に風穴を開け、中国が漁夫の利的に影響圏を拡大することにつながる。 (Beijing defies criticism as it charts course in S China Sea)

 歴史的に見ると、第二次大戦後、中国は自国沖の西太平洋の支配力をしだいに拡大している。1980年代まで中共は小さな海軍しか持たなかったが、78年の米中国交正常化後、中国は政治的に台湾より強くなり、90年代後半からは中国が軍事的にも台湾をしのぎ、南シナ海の軍事バランスも東南アジアより中国が優勢になった。最近の1-2年で、中国は南シナ海のサンゴ礁を要塞化して軍事的な実効支配を確立した。米国が威嚇するほど、中国は西太平洋で軍事拡大し、影響圏を広げてきた。 (People's Liberation Army Navy From Wikipedia)

 フィリピンは、1898年の米西戦争に勝った米国がスペインから奪って植民地にして以来、米国の支配下にあった。フィリピンの政財界にはアキノ家をはじめ中国系(華人)も多いが(アキノ前大統領の中国名は許漸華)、国家戦略は従来、米国からの距離感がすべてであり、米国と中国を明示的にバランスする戦略を打ち出したのはドテルテが初めてだ。今回の動きは、中国の影響圏拡大を物語っている。 (Chinese Filipino - From Wikipedia)

 フィリピンは、日本から東南アジア、インド洋に向かう航路(シーレーン)にあたり、日本の国際戦略上、重要な地域だ。昨年来、日本は米国に誘われた中国包囲網の一環として、フィリピンへの軍事支援を増やした。オーストラリアから潜水艦建造を受注して日豪が同盟関係を強め、フィリピンなどもそこに入る「日豪亜同盟」が形成される可能性があったが、それは今年4月、豪州が日本を退けてフランスに潜水艦を発注したことで消えた。そして今回、フィリピン政府が対米自立、対中協調に動き出したことで、日本がフィリピンを取り込んで新たな影響圏を作れる可能性が激減した。 (潜水艦とともに消えた日豪亜同盟) (見えてきた日本の新たな姿)

 中国が台頭し、米国の覇権衰退が予測される中で、フィリピンは長期的に日本の影響圏に入る可能性があったわけだが、それは見えなくなり、代わりに中国がフィリピンを取り込んでグアム島の近くまで影響圏を拡大する流れが見え始めた。日本が「海洋アジア」の盟主になることは困難になった(日本ではそもそも対米従属以外の国策が検討されず、海洋アジアの盟主なる概念も、議論すらされてこなかったが)。日本は国力が衰退しており、今後時間が経つほど中国に対して挽回できなくなる。日本と中国の力比べは、すでに中国の勝ちが見えている。 (Time for Team Washington to change the script)

▼中国の知恵袋として再就職したい英国

 先日、英国が国民投票でEU離脱を決めたが、これも中国の国際影響力の拡大につながる。英政府は、EUとの経済関係が疎遠になることによるマイナスを、中国など新興市場との経済関係の強化によって埋めようとしている。特に重要なのは金融分野だ。英経済の大黒柱であるロンドンの金融界は従来、欧州(EU)を代表する国際金融センターとして世界から資金を集めてきた。だが、EUとの関係が切れると金融センターとして機能できなくなり、英金融界が大幅に縮小し、英経済に大打撃を与える。それを避けるため、英政府は、ロンドンを、急速に世界の主要通貨の一つに成り上がっている中国人民元の国際センターにしようとしている。 (China-UK Free Trade: How Brexit May Accelerate Sino-British Rapprochement) (Brexit vote makes a UK-China trade deal more likely because it cuts out the 'frustrating' EU)

 英国のこの動きは2年ほど前からあった。昨年、中国が創設する国際融資機関AIIB(アジアインフラ投資銀行)への加盟を、英国がいち早く表明し、米政府を激怒させつつ中国に擦り寄って恩を売ろうとしたのは、この流れだ。EU離脱の可決後、英政府はオズボーン財務相を中国(や他の新興市場諸国)と交渉する政府代表に任命し、中国との経済関係の強化に拍車をかけることを決めた。オズボーンは中国など新興諸国と相次いで貿易協定を結び、EUの統合市場から抜ける穴を埋めようとしている。中国政府も、英国との交渉開始を認めている。 (China open to UK trade: George Osborne heads to EAST to secure trade post-Brexit) (日本から中国に交代するアジアの盟主)

(英国が離脱決定を何らかの方法で撤回していくという見方もあるが、英保守党の次期首相候補たちは皆、円滑なEU離脱に努めます、と言っている。EU側でも、英国が離脱決定を曖昧化するのを許さない意見が強まっている。英国は離脱を撤回できない) (Britain must pursue its EU exit options)

 英国は、この百年以上、植民地にした世界各地が独立する際に国境線をおかしな形で引くなどして、独立後の途上諸国が分裂気味で独裁や民主主義の無視をやらざるを得ないようにした上で、人権や民主主義を理由にその国を制裁することを国際社会に呼びかけ(先進国の良識派が騙され「善行」と思い込んで大騒ぎ)、大国になる潜在力を持つ新興諸国の発展を阻害し、英国とその同盟諸国(先進国)の世界支配の永続を目指すという、非常に巧妙で悪質な「人権外交」の戦略を発明し、米国などとともに展開してきた。大国になる潜在力がある中国は、香港の民主化運動やチベット、ウイグル、台湾独立、89年の天安門事件など、英米の人権外交の標的の一つだった。 (人権外交の終わり)

 英国は、中国に擦り寄るに際し、中国を人権外交の対象にしないと約束していると考えられる。米オバマは最近もダライラマに会ったが、英キャメロン首相は12年以来会わず、ダライラマはキャメロンを「中国のカネに転んだ不道徳な人」と批判している。かつて人権外交を発明して中国の発展を抑止してきた英国自身が、いまや中国の発展にぶら下がって自国経済を延命させようとしているのは皮肉だ。 (Dalai Lama criticises David Cameron for 'money over morality' snub) (US reiterates stance on Tibet region in China, Beijing cynical)

 英国でEU離脱を可決した後、与党の保守党内では、人権問題を無視して中国への擦り寄りを加速することに反対する動きがある。だが、その動きの取りまとめ役を名乗り出たのは、中国に擦り寄って貿易協定を結ぶ交渉役のオズボーン財務相自身だった。賛成派が、反対運動のまとめ役をやり、反対運動を潰してしまう。このやり方も、英国の伝統的な政治技能だ。 (Tory rights group breaks ranks with government on China policy)

 英国は、中国だけでなく、インドやその他の旧英連邦諸国、米国などとも貿易協定を結ぼうとしている。しかし、英国の上層部が最も期待しているのは、インドでなく、中国との関係強化だ。その理由は、中国が、きたるべき多極型世界の大国間ネットワークであるBRICSやG20においてリーダー格であるし、中国は短期的な経済利得よりも長期的な地政学的利得を考えて動いているからだ。英国は、近現代の世界システムを創設した国だ。地政学(国際戦略学)も英国が作った。もし英国が、伝統芸能である二枚舌やスパイとしてでなく、本気で中国の世界戦略に協力する関係強化をする気だとしたら、中国にとって非常に強い助っ人になる。 (UK to look to China, India and US after split with EU) (習近平の覇権戦略)

 インドの政財界は、英国との貿易協定の提案を歓迎しつつも、インド企業にとって英国は欧州市場への足がかりなので、離脱後の英国とEUの関係性が定まらないと、英国と経済関係を強化しにくいと考えている。インドだけでなく、日本など、世界の多くの国々の財界人が同様に考えている。これに対し中国は、英国との関係を「新シルクロード」「一帯一路」といった、地政学的な世界戦略の文脈でとらえている。インドや日本が「EUとの関係が定まらないうちはダメだ」といって躊躇しているすきに、中国は、アヘン戦争以来の恨みと不信感を乗り越え、窮地に陥っている英国に恩を売り、英中が特別な関係を結ぶことを模索している。 (Indian business welcomes UK trade deal)

 EU離脱という非常識な意志決定は、英国を、米国の覇権体制の黒幕的な一員だった状態から押し出し(解放し)、フリーランスな状態にした。EUを離脱した英国に対し、米国は冷淡で、これが米英同盟の事実上の終わりになる(これからの米国は、英国の牛耳りから解放され、孤立主義や多極主義や西半球主義をしだいにおおっぴらに目指すようになる)。 (What we can learn from Brexit)

 英国は覇権運営の技能があるが、昔の職場(米欧覇権体制)にはもう戻れず、覇権運営者として失業してしまった。そんな英国を中国が雇う話になっている。この英国の「転職」は、そのまま世界の覇権構造の多極化につながる。タイミング的にも、今の時期は絶妙だ(英国の上層部に、国民投票を事前運動を意図的に稚拙にやってEU離脱に導いた勢力がいる感じ)。米日欧の中央銀行群の延命策(QEなど超緩和策)の限界が見えてきて、米国(米英)覇権の力の源泉である債券金融システムが破綻に瀕している。リーマン危機が再来して国際金融システムが破綻すると、それは米国覇権の終焉につながり、多極型への覇権転換が加速する。 (英国より国際金融システムが危機) (多極化の本質を考える)

▼西側諸国が雪崩を打って中露に接近する

 英中の戦略提携を、得心の笑みこらえて無理にしかめつらして待っている、もう一人の国家元首がいる。それはロシアのプーチン大統領だ。中国とロシア、習近平とプーチンは、すでに相互に、多極型世界における覇権運営の最重要なパートナーになっている。一方、これまでの英国は、地政学的な意味で、ロシアを最も敵視してきた。ロシアの方は、英国と組みたいと思っていたが、英国は、ロシアを共通の仇敵とすることで米欧を束ねて英国自身の強さにつなげる戦略だったので、ロシア敵視をやめたくなかった。 ("Our Views Coincide" - Putin Talks Up Russia's Alliance With China) (米欧がロシア敵視をやめない理由)

 だが、そのような政治状況は、英国の自滅的なEU離脱決定によって全く変わった。英国はもはや、ロシアを敵視する必要がない。中国はすでにロシアと世界戦略の立案運営で組んでいるのだから、こんご英国が中国と世界戦略の立案運営で組むのなら、それは中露英の3国同盟になる。米国を刺激せぬよう、英国は今後しばらくロシアと明示的な和解をしないかもしれない。だが、もし英国が抜けた後のEUが、米国からの自立傾向を強めてロシアとの和解に転じるなら、英国はそれを事前に察知し、先にロシアと和解しようとするだろう。英離脱投票の後、即座にトルコのエルドアン大統領がNATO加盟のままプーチンに擦り寄った。 (欧米からロシアに寝返るトルコ)

 このような雪崩を打った転換は、中国に対しても起こりうる。英国が中国との関係を強化するなら、EU(独仏)も負けじと中国との関係を強化しようとするだろう。WSJ紙は、そのような予測記事を出している。英国のEU離脱は、英国とEUが先を争って中露に接近する事態につながるかもしれず、NATOなど、米国中心の同盟関係があっさり崩壊していくかもしれない。 (Western Retreat Makes Room for Chinese Advance)


 欧米からロシアに寝返るトルコ

【2016年7月4日】 田中 宇
 エルドアンは、ロシアと仲直りする際の「おみやげ」として、難民危機を極限までひどくして、EUを解体に押しやったのかもしれない。外交専門家のダウトオール首相を辞めさせ、難民問題でのEUとの交渉を潰しつつ、外交政策の「常識外れ」をやるフリーハンドを得たエルドアンは、そのうち折を見てNATOからも離脱するかもしれない。EUを壊してロシアに再接近したやり口から見て、エルドアンは、トルコが抜けるとNATOが潰れるような仕掛けを作ってNATO離脱しかねない。

 6月24日の金曜日に英国の国民投票でEU離脱の結果が出て、フランスなど他のEU諸国でも同様の国民投票をやりたいという声が噴出し、EU崩壊の可能性が急に高まった。週明けの6月27日、世界はまだ英国発のEU崩壊の話で持ちきりだったが、難民を欧州に送り込んでEU崩壊を誘発した張本人の一人であるトルコのエルドアン大統領は「もう欧州は片がついた」と言わんばかりに、どさくさ紛れに「次の手」を決行した。トルコはこの日、しばらく前から仲が悪かったイスラエルとロシアという2か国と、相次いで仲直りを発表した。 (Russia after Israel in Turkish rapprochement. What next?) (Turkey Moves To Restore Relations With Russia And Israel On The Same Day)

 今回トルコが仲直りした2カ国のうち、地政学的に重要なのはロシアの方だ。トルコとロシアは、昨年11月、シリア・トルコ国境地域を飛行中のロシア軍機を、トルコ軍機が撃墜して以来、関係が悪化していた。ロシアは、内戦のシリアに昨秋から軍事進出してアサド政権の政府軍を支援し、アサド政権はロシアとイランのおかげで勝利している。アサド軍は、ISIS(イスラム国)の「首都」であるシリア東部のラッカを今夏のうちに陥落し、ISISを東方のイラクに追い出すとともに、最後に残っている激戦地である北部の大都市アレッポも、ISISやアルカイダといった反政府勢力が敗北し、政府軍が奪還していきそうだ。これらの戦闘に片がつくと、シリア内戦はアサド側の勝ちとなる。トルコは、こっそりISISやアルカイダを支援してアサドを倒そうとしてきたが、それが失敗になる。 (トルコの露軍機撃墜の背景) (勝ちが見えてきたロシアのシリア進出)

 アサドは、自分を容認する反政府勢力と連立政権を組むことで、内戦の対立を乗り越える「政治和解」の形をとり、きたるべき選挙に勝って政権を維持する案だ。米国とロシアは、この案の具現化をもってシリア内戦の終わりとすることで合意している。シリア内戦に関しては、ジュネーブでアサド政権と反政府諸派との国連主催の和平交渉の枠組みがある。だが、その交渉は頓挫したままなので、それを無視して、アサドと一部の反政府勢力だけで簡単に連立政権を作ってしまえ、というのが今の案だ。 (Putin says new elections key for ending Syrian crisis) (Russia and Iran move towards a political solution for Syria)

 ロシアのプーチン大統領によると、意外なことに、この案は米国がロシアに提案してきたもので、プーチンは大歓迎だと言っている。米政府はそんな案など存在しないと言っているが、シリアにおいてロシアが優勢な中でプーチンがウソをつく必要などないので、提案を隠すウソをついているのは、国内のタカ派を煙に巻く必要がある米オバマ政権の方だろう。米露国連などが年初に決めたシリア和平の日程は、今年8月がアサドと反政府諸派の和解交渉の期限なので、それに合わせて今回の案が出てきたようだ。 (Putin: I agree with U.S. proposals for Syrian opposition) (Russian defense minister meets Assad, inspects Khmeimim airbase in Syria)

▼トルコに不利な戦後シリアを作り始めていたロシア

 シリア内戦は、ロシアやイランが支援するアサド政権と、米国やトルコが支援する反政府勢力(ISIS、アルカイダなど)との戦いだったが、ロシアやアサドの勝ちが確定しつつある。今後のシリアでは、ロシアやイランの発言力が拡大し、米国やトルコの発言力が失われていく。米政界では「(ロシアに任せて)シリアへの関与を低下すべきだ」という現実派(リアリスト)と「負けるわけにいかない。シリアに大量派兵して盛り返せ」というタカ派(軍産複合体)が対峙しているが、オバマ政権は前者であり、後者は非現実的(イラク戦争以来、米国を自滅させているネオコンが植えつけた妄想)だ。 (Fifty-one Foreign Service Officers Can't be Wrong ... Or can they?) (Syria memo shakes up Washington but unlikely to shift policy)

 NATO加盟国として米国の軍産と親しいトルコは、11年に南隣りのシリアで内戦が始まって以来、米国の側につき、米軍の肝いりで創設されたISISを支援し、アサドが倒れたらトルコの息のかかったイスラム勢力にシリアの政権をとらせて傀儡国にしようと目論んだ。だが、昨秋にロシアが軍事進出してアサドが盛り返し、トルコの謀略は失敗に向かった。この流れの中で、昨年11月のトルコ軍機による露軍機撃墜が起こり、トルコとロシアは決定的に対立した。米軍産は、トルコがロシア側に寝返らぬよう、撃墜事件を誘発した可能性がある。 (露呈したトルコのテロ支援) (シリアをロシアに任せる米国)

 トルコがシリアの内戦で負け組に入っても、クルド人の存在がなかったなら、トルコにとってそれほどの脅威でなかった。だがクルド人は、シリア内戦でアサド政権と組んで反政府勢力を打ち負かし、米露両方に支援されている「勝ち組」で、内戦終結後のシリアでの半独立状態をめざし、トルコ国境のすぐ南側に自治区を作っている。シリアでのクルド人の自治獲得は、トルコのクルド人の自治要求を煽り、エルドアンにとって国内の脅威の増加になる。 (クルドの独立、トルコの窮地) (ロシアに野望をくじかれたトルコ) (Russia denies support to PKK, calls on Turkey to solve `Kurdistan Issue')

 もしトルコがロシアと良い関係だったなら、内戦後のシリアで大きな影響力を持つロシアは、トルコのためにクルド人をいくらか抑制してくれるかもしれなかったが、トルコはロシアと敵対したままなので、ロシアはトルコへの嫌がらせの意味もあり、最近、内戦終結が近づくにつれ、逆にクルドの自治区を支持する傾向を強めている。これはトルコにとってまずい。このまま和平日程の目標どおり、8月に向けて米露案に沿ってアサドが一部の反政府派を取り込んで連立政権を作って内戦が終わると、戦後のシリアを構成するアサド、ロシア、クルドのすべてがトルコ敵視のまま、トルコは完全な負け組になる。シリアの戦後体制が固まる前にトルコがロシアとの関係を修復するなら、これが最後のタイミングだった。(米露案が頓挫すると、シリアの戦後体制の確立が延期されるが) (Russia shows support to Kurdish-led SDF north Syria) (Russia insists on Kurdish part in Syria peace talks as UN plans new round) (Time for Turkey to take strategic maneuvers on Syria?)

 トルコはNATO加盟国だ。NATOは、ロシア敵視のための米英主導の機関だ。従来なら、米欧が結束して無理して(過剰に)ロシアを敵視している中で、トルコがロシアに撃墜を謝罪して関係を改善するのは裏切りであり、米欧から強く非難される。だが、6月23日に英国が国民投票でEU離脱を決めたことで、長期的にNATOが解体もしくは威力低下していく可能性が一気に強まった。英国は、EUをロシア敵視の方向に引っ張っていた最大勢力だ。EUの最高権力者であるドイツのメルケル首相は米英軍産の傀儡っぽいが、英国の発言力が劇的に低下する今後は、相対的にEUの上層部で独仏伊の親露派(中道左派など)の発言力が増加し、メルケルはそれに押され、EUは対露制裁をやめてロシアとの協調に転じるだろう。 (英国の投票とEUの解体) (英国が火をつけた「欧米の春」)

 NATO内で、ロシア敵視を続ける米英と、ロシアと協調に転じるEUの亀裂が大きくなり、NATO自身の影響力が低下する。独仏は、米英を無視してロシアに接近していく可能性が高い(トランプが大統領になると米国もロシアに接近するが)。フランスなども国民投票でEU離脱を決め、EUが解体して欧州全体の国力が低下した場合も、NATOの弱体化になる。威力が低下していくNATOに残るよりも、NATOを見捨てて、黒海周辺と中東というトルコの南北両方の隣接地域で影響力を拡大しているロシアに接近する方が、トルコの国益になる。英国のEU離脱によって、急にそのような事態が出現した。かねてからロシアと早く和解せねばならないと考えていたエルドアンは、6月12日のロシアの建国記念日をお祝いする手紙をプーチンに出し、関係改善を模索し始めていたが、6月24日に英国の投票の開票結果が出たのを見て、エルドアンはさらにプーチンに露軍機墜落について謝罪(遺憾の意を表明)する手紙を送り、週明けの27日にロシアがトルコとの和解に応じると発表した。 (How Russia, China are Creating Unified Eurasian Trade Space) (Putin, Erdogan talk on telephone: Kremlin) (FEAR AND LOATHING IN THE LEVANT: TURKEY CHANGES ITS SYRIA POLICY AND STRATEGY)

▼EU潰しはエルドアンからプーチンへのおみやげ?

 英国などEUの国民がEU離脱の要求を強めた原因の一つは、昨夏以来、シリアなどからトルコを経由してEUに何万人もの難民が流入してEUの市民生活を破壊する難民危機が起きたからだが、難民危機は、トルコのエルドアン政権が、EUを脅してシリア内戦でトルコに味方する態度をとらせるため、意図して起こした観がある。国内に難民キャンプがいくつもあるトルコは、難民を扇動してEUに行かせる波を作ることができた。今年5月、難民問題でEUとトルコの交渉が難航した時、エルドアンの側近(Burhan Kuzu)は「(EUが譲歩しないなら)再び難民をEUに流入させることもできる」と豪語していた。 (Turkey Threatens Europe: "Unless Visas Are Removed, We Will Unleash The Refugees") (テロと難民でEUを困らせるトルコ)

 難民危機によって、欧州の市民は「EUが国家統合を進めて国境検問を廃止したのが間違いだった」と考えるようになり、英国の離脱に象徴されるEU解体の一因となった。エルドアンは、難民危機を引き起こしてEUを解体に押しやり、英国の投票でEUが崩壊していく流れが確定的になったことを見届けた直後、EUやNATOを見捨てるかのように、ロシアとの関係改善を劇的に開始した。 (英国がEUを離脱するとどうなる?)

 英国離脱の件は、プーチンのロシアの立場を大幅に強化し、EUや米英の立場を大幅に弱めた。英国離脱の一因である難民危機を引き起こしたエルドアンは、プーチンを大幅に強化してやったことになる。エルドアンがどういうつもりでこれをやったのか不明だが、もしかするとエルドアンは、ロシアと仲直りする際の「おみやげ」として、難民危機を極限までひどくして、EUを解体の方に押しやったのかもしれない。難民危機が始まったのは昨夏で、昨年11月の露軍機撃墜より前だ。エルドアンは当初、シリア内戦でのトルコの立場を強化するために難民危機で欧州に揺さぶりをかけたが、その後トルコがシリア内戦で「負け組」に入ったことが確定すると、ロシアと仲直りして「勝ち組」に移転する際の「おみやげ」を作るために、難民危機を使ってEUを崩壊に押しやることにした、と考えられる。 (Turkish president would like to mend relations with Moscow, save face) (Erdoğan's overtures to Russia part of wider diplomatic bridge-building)

 エルドアンは5月上旬、長年の腹心だったダウトオール首相を、明確な理由も言わずに辞任させた(議会でなく大統領個人が首相を理由なく辞めさせられる点が、エルドアンの独裁的権威主義を象徴している)。ダウトオールは、エルドアンが02年に権力をとって以来、ずっとトルコの外交戦略を立案してきた。突然の追放劇は世界を驚かせたが、どうやらこれも、今回のエルドアンのロシアへの寝返りと関係がありそうだ。 (Berlin sees bad news as Davutoglu resigns in Turkey)

 ダウトオールは、難民危機をめぐるEUとの交渉の責任者で、EUがトルコから流入した難民をトルコに送還し、その見返りにEUがトルコに経済支援したり、トルコ人のEUへのビザ無し渡航を認める協約の締結を目指してきた。ダウトオールとEUの交渉に対し、エルドアンは、横から新たに厳しい条件を出して邪魔していた。ダウトオールは、エルドアンの意地悪を乗り越え、EUとの協約をまとめるところまで到達したが、メルケルとダウトオールが合意に達した数時間後、エルドアンがダウトオールを辞めさせてしまった。 (Erdogan "Prince Of Europe" Rejects EU Demands To Reform Terrorist Law)

 ダウトオールは、近代トルコの国是だった欧米との協調を貫こうとしたが、エルドアンがそれを望まなかった。ダウトオールがEUと協約を結び、難民危機が解決の方向に動き出していたら、英国の国民投票もEU残留が僅差で勝つ確率が高まった。今起きている英国からEU崩壊が始まり、ロシアが漁夫の利を得る展開は、エルドアンのせいで始まっている。 (Erdogan pours cold water on hopes of progress on EU deal)

 1923年にオスマン帝国が滅亡して今のトルコ共和国になって以来、トルコにとって最重要な外国は欧米(NATO)だった。エルドアンが難民危機でEUを潰してロシア側に寝返ったことは、近代トルコの根幹を覆す大転換だ。近代トルコの国是だった「欧米に追いつく」過程の終わりを示している。米欧の債券金融システム崩壊で、米国覇権(米欧中心の世界体制)が衰退し、多極型の世界体制に転換していきそうな中、エルドアンは、トルコを、欧米の一員にするのでなく、欧米とは別の世界の極の一つにすることを目指し始めたのだとも読める。 (Turkey may soften stance on Assad exit as Kurdish gains force shift)

▼多極型世界の方が輝くトルコ

 トルコ人は欧州で「2級市民」として扱われており、誇り高き新オスマン主義のエルドアンはそれを怒っている。世界が欧米中心(米国覇権体制)である限り、トルコ人(やその他のイスラム教徒、ロシア人やアジア人)は2級市民だ。トルコとしては、欧米中心の今の覇権体制を潰し、プーチンに協力して世界を多極化した方が、自国を二流から一流に引っ張り上げられる。トルコ人が中東の覇者になるオスマン帝国を再生できるとしたら、それは米国覇権下でなく多極型世界においてだ。 (America Loses Its Man in Ankara) (Step by step toward a ‘one man’ regime in Turkey)

 外交専門家のダウトオール首相を辞めさせ、外交政策上の「常識外れ」をやるフリーハンドを得たエルドアンは、そのうち折を見てNATOからも離脱するかもしれない。EUを壊してからロシアに再接近したやり口から見て、エルドアンは、トルコが抜けるとNATOが潰れるような仕掛けを作ってから離脱するかもしれない。エルドアンには、世界を多極化する素質がある。 (Growing NATO Infighting Over Mediterranean Policies)

 トルコとロシアは6月27日に和解した後、外相会談を開いてシリア問題などについて議論し、ロシアが対トルコ経済制裁の解除に着手するなど、とんとん拍子に関係を改善している。プーチンは、エルドアンのおみやげに感謝しているようだ。だがトルコ政府は今のところ、ロシアとの和解を、できるだけ目立たないように進めている。トルコ政府は当初「謝罪などしていない」と発表していた。 (Russia and Turkey to 'coordinate' Syria policy) (Russian, Turkish FMs meet for first time since jet downing)

 トルコ政府が、ロシアと同じ日にイスラエルと和解したことも、対イスラエル和解が目くらましとして使われた感じだ。トルコとイスラエルの和解交渉は昨年末に終わり、トルコがイスラエルを待たせ続けており、トルコ側の一存で和解を具現化する日を決められる状態だった(トルコとイスラエルの和解については、長くなるので改めて書く)。トルコは、EUやNATOを裏切ってロシアと和解していると米欧から非難されたくないので、目くらましをやっているのだろう。 (In change of direction, Russia welcomes Israel-Turkey reconciliation talks) (Turkey did apologize for shooting down Russian plane, Putin says)

 英国の離脱投票で始まったEU崩壊は、まだ確定的でない。EUは、崩壊の流れの中で、EU内を2階層化するなどして、東欧やギリシャ、南欧など経済的に脆弱な地域を切り離した上で、中核的な独仏とベネルクスなどだけでEUやユーロ圏を再編し、これまでより強い新EUとして復活するかもしれない。その場合、新EUは、英国や東欧といった反露勢力を切り離すことで対米自立を強め、NATOのロシア敵視策からも離脱して対露協調し、NATOは有名無実化する。そこまで行くには1年以上の時間がかかり、それまではNATOのロシア敵視策が続くだろう。NATOの一員であるトルコは、立場をできるだけ曖昧にしておく必要がある。その意味で目くらましが必要だ。 (Turkey buries hatchet with Russia and Israel as Erdogan tries to break out of isolation)

▼有利になるアサド、不安になるクルド

 トルコとロシアが和解した影響は、欧州やNATOより先に、シリアを中心とする中東において出てくるだろう(だからトルコはイスラエルとの和解を対ロシア和解と同時にやったとも言える)。まず、明らかに立場が良くなりそうなのはアサド政権だ。トルコはアサドの辞任に求めてきたが、ロシアはアサドの存続がシリアの安定に不可欠だと考えている。ロシアはトルコに「アサド政権の維持に協力してくれるなら和解できる」「ISISやアルカイダへの支援もやめてくれ」と要求したはずだ。米国がアサド敵視をやめないので、NATO加盟国であるトルコはそれに付き合う必要があり、エルドアンは、ロシアと和解した後も「アサドはISISより悪いやつだ」と放言しているが、これはたぶん口だけだ。 (Turkey's president calls out Syria's Bashar Assad)

 米国の裏読み系のウェブサイト(whatreallyhappened.com)に最近おもしろい4コマものが載った。(1)「アサドはやめるべきだ」と叫ぶ英キャメロン。(2)「誰がやめるべきだって?」と問い返すアサド。(3)英離脱投票の結果を受けて「辞めるのは俺か」と苦渋の表情のキャメロン。(4)「だろ。俺じゃなくて君だよね」と破顔一笑のアサド・・・。この4コマが物語るように、アサドはもう辞めずにすみそうだ。CIA長官も、アサドの優勢を認めている (who must go?) (CIA chief Brennan: President Assad's position in Syria war better, stronger)

 明らかに運命が良くなったアサドと異なり、優勢になったが先行きが不透明なのがシリアのクルド人だ。ここ数カ月、ロシアはシリアのクルド勢力を支持する傾向を強め、クルドを敵視するトルコがロシアと敵対したままへこまされていく中で、クルドは、トルコが支援するISISやアルカイダを打ち破って支配地域を拡大し、内戦終結後のシリアにおいてトルコ国境に接する広大な自治区を持てそうだった。今年2月以来、ロシアはモスクワにクルド人の代表部(大使館)を設置させ、連絡をとってきた。 (Syrian Kurds do not fear improvement in Russian-Turkish relations)

 だが今、トルコが方向転換してロシアと和解したので、クルドは「もしかするとロシアは、トルコを味方につけるために、トルコが求めるシリアのクルド自治区の成立阻止を受け入れるかもしれない」と考え始めている。クルド人は昔から、覇権国や周辺の地域大国間の駆け引きの中で、尖兵や交渉道具として使われたり、見捨てられたりする歴史が続いてきた。ロシアやソ連は、クルド人を翻弄した大国の一つだ。シリア内戦前、アサドとエルドアンは協力して両国のクルド人を弾圧していた。その状態に戻る可能性がある。 (Why Turkey is striking out on the diplomatic field)

 ロシア政府は、トルコと和解した直後、モスクワのクルド人代表部に対し、状況説明を行った。そこでロシアは、シリアのクルド人に対する武器支援を減らすと表明したようだが、それ以上のことは不明だ。 (Russian officials meet Syrian Kurdish blocs in Moscow after improvement of relations with Turkey)

 アレッポやラッカでのISISやアルカイダ退治には、クルド軍(YPG)がシリア政府軍と並んで重要な役割を果たしてきた。アレッポとラッカが陥落すると、シリア内戦が終わる。その後のシリアは、アサドと一部反政府勢力との連立政権が大半の領土を支配し、北部はクルド人の自治区になる。それがすんなり実現するか、それとも何らかの対立が続くのか。アサドは12年からクルドの自治を認めているが、内戦が終わった途端に自治容認の約束を反故にしてクルドを潰しにかかり、今や和解したロシアとトルコがアサドのクルド潰しを黙認するという、クルドにとっての悪夢が再来する可能性もある。