折々の記へ
折々の記 2016 ⑥
【心に浮かぶよしなしごと】
【 01 】05/30~ 【 02 】06/06~ 【 03 】06/08~
【 04 】06/15~ 【 05 】06/24~ 【 06 】07/17~
【 07 】07/18~ 【 08 】07/18~ 【 09 】08/21~
【 07 】07/18
06 18 <田中宇の国際ニュース解説 ⑯ その三 世界の変化理解のために
07 18 (月) 田中宇の国際ニュース解説 ⑯ その三 記録のため記載しておきます
田中宇の国際ニュース解説 フリーの国際情勢解説者、田中 宇(たなか・さかい)が、独自の視点で世界を斬る時事問題の分析記事。新聞やテレビを見ても分からないニュースの背景を説明します。無料配信記事と、もっといろいろ詳しく知りたい方のための会員制の配信記事「田中宇プラス」(購読料は6カ月で3000円)があります。以下の記事リストのうち◆がついたものは会員のみ閲覧できます。
世界はどう動いているか
最近の記事(下平記) 【2016年5月6日】~【2016年7月13日】19本
日本の政治がだんだんおかしくなってきました。それが、参院選挙の結果に現
れ、アメリカの覇権主義の動向から、新たな多極主義と言われる政治体制が明
らかになってきているのに、いつまでも金魚の糞と同様にアメリカべったりの構
造を修正しようとする識者も政治家も出てこない。
ドイツのメルケルさんの忠告についても識者も政治家の中にも反応を示したと
いう記事は出てこなかった。
黒田日銀総裁や横畠内閣法制局長官を手下にしてアベノミクスの甘い言葉に
より、QEとマイナス金利を導入し、機密保持から集団的自衛権の法制化をなし
とげて、世界の流れに逆行してはばからない。
田中宇の国際ニュース解説の指摘を知識人や政治家はどう受け止めているの
でしょうか。 5月からの解説をデータとして残しておきたい。
◆①逆効果になる南シナ海裁定 (その一)
【2016年7月17日】 米国と並ぶ大国を自称する中国は、当然ながら裁定を無視する。中国は、米国の真似をしただけだ。裁定を無視されても、米国は中国を武力で倒せない。EUなど他の大国は、米国に求められても中国を非難しない。EUは多極化を認知し「大国(地域覇権国)どうしは喧嘩しない」という不文律に沿って動き始めている。中国が、米国と並ぶ地域覇権国であることが明らかになりつつある。米国は、過激な裁定を海洋法機関に出させることで、中国を、自国と並ぶ地域覇権国に仕立て、多極化、つまり米単独覇権体制の崩壊を世界に知らしめてしまった。気づいていないのは日本だけだ。
◆②腐敗した中央銀行 (その一)
【2016年7月13日】 自爆的な任務を子分たちに押し付けて親分だけ生き永らえようとする米連銀の不正行為は、米日欧全体の中央銀行の腐敗を加速した。雇用統計やGDPを粉飾し、QEの資金で株価をテコ入れして、経済が好転しているかのように見せることが横行している。腐敗が最もひどいのが米国と日本だ。日銀自身は不健全なQE急拡大に反対したが、対米従属の日本政府が日銀総裁の首をすげ替えてQE拡大に踏み切った。不正はどんどん拡大し、日銀による株価つり上げが常態化した。
◆③外れゆく覇権の「扇子の要」 (その一)
【2016年7月12日】 EU離脱可決とチルコット報告書は、英国が米国の世界戦略に影響を与えて覇権体制を永続化する従来の世界秩序の終わりを象徴する2つの動きだ。諸大国を米国の下に束ねていたハトメが外れるほど、諸大国は自国の地政学的な利益に沿って動く傾向を強めると同時に、諸大国がBRICSやG20や国連などのもとで安定を確保する多極型世界体制への移行になる。米国自身も米州主義へと動いていく。
◆④加速する中国の優勢 (その一)
【2016年7月8日】 EU離脱を可決した後の英国は、中国だけでなく、インドや他の旧英連邦諸国、米国などと貿易協定を結ぼうとしている。英上層部が最も期待するのはインドでなく、中国との関係強化だ。その理由は、中国が、きたるべき多極型世界の大国間ネットワークであるBRICSやG20においてリーダー格で、短期の経済利得より長期の地政学的利得を考えて動いているからだ。英国は、近現代の世界システムを創設した国だ。英国が本気で中国の世界戦略の立案運営に協力するなら、中国にとって非常に強い助っ人になる。
◆⑤欧米からロシアに寝返るトルコ (その一)
【2016年7月4日】 エルドアンは、ロシアと仲直りする際の「おみやげ」として、難民危機を極限までひどくして、EUを解体に押しやったのかもしれない。外交専門家のダウトオール首相を辞めさせ、難民問題でのEUとの交渉を潰しつつ、外交政策の「常識外れ」をやるフリーハンドを得たエルドアンは、そのうち折を見てNATOからも離脱するかもしれない。EUを壊してロシアに再接近したやり口から見て、エルドアンは、トルコが抜けるとNATOが潰れるような仕掛けを作ってNATO離脱しかねない。
◆⑥英国より国際金融システムが危機 (その二)
【2016年6月29日】 人々が「金融危機なんか起きない」と思っている間は、債券への信用が保たれて金利が上がりにくい。だからマスコミや金融界は、グリーンスパンやBIS、安倍晋三らによる金融危機への警告をかたくなに無視する。しかし、英国ショックや大銀行倒産などが起きると、一時的に信用が大きく失墜し、各国当局がそれらのショックを乗り越えられなくなると金融危機になる。危機が再来し、金利上昇がジャンク債から米国債にまで波及すると、グリーンスパンが予言する「デフレ(マイナス金利)から超インフレ(金利高騰)への突然の転換」が起きる。
◆⑦英国が火をつけた「欧米の春」 (その二)
【2016年6月27日】 英国の国民投票は、英国と欧州大陸、そして米国という「欧米」の民衆が、エリート支配に対して民主的な拒否権を発動する事態の勃興を示している。英BBCは、国民投票前に「英国でEU離脱が勝つと、米国でトランプが勝つ可能性が高まる」「米英の状況は似ている」と報じた。かつてエジプトやバーレーンなどで、民衆が為政者の支配を拒否して立ち上がる「アラブの春」が起きたが、それはいま欧米に燃え広がり「欧米の春」が始まっている。
ラジオデイズ・田中宇「ニュースの裏側」・・・イギリスはどこへいくのか
◆⑧英国の投票とEUの解体 (その二)
【2016年6月22日】 EU残留を問う英国での国民投票を前に、欧州の大陸側では、EU統合を推進してきた上層部の人々が、英国の投票結果にかかわらず、すでにEUは政治経済の統合をこれ以上推進するのが無理な状態になっている、と指摘し始めている。
◆⑨リーマン危機の続きが始まる (その二)
【2016年6月16日】 日欧の中央銀行は緩和策を過激化している。世界の金利を史上最低に落とさないと、米国のジャンク債などが投資家の信用を失って買われなくなり、リスクプレミアムが急騰してしまう状態に、すでになっているのでないか。日欧の中銀が必死に自分たちを弱くしているので状況が緩和され、危機として認識されていないだけで、すでにドル崩壊、リーマン危機の再来、多極化につながる米覇権の瓦解が始まっているのでないか。
◆⑩英国がEUを離脱するとどうなる? (その二)
【2016年6月13日】 英国はEUを離脱すると、スコットランドに独立され、北アイルランドも紛争に逆戻りする。国際金融におけるロンドンの地位低下も不可避だ。欧州大陸では、EUへの支持が半分を切っている国が多いなか、英国が国民投票でEU離脱を決めると、他の諸国でも「うちでも国民投票すべきだ」という主張が強まり、相次いで国民投票が行われて離脱派が勝ち、EUが解体しかねない。そうした懸念はあるが、逆にだからこそ、英国で離脱派が勝ったら、英国がEUの政策決定に口出しできなくなることを利用して、独仏は全速力で財政や金融などの面の国家統合を進めようとすると予測できる。
◆⑪いずれ始まる米朝対話 (その二)
【2016年6月9日】 自己資金なので好き勝手に言えるトランプは、ロシアや北朝鮮と話し合いたいと言いまくっている。ヒラリーはトランプの外交姿勢を酷評するが、内心うらやましいと思っているはずだ。彼女自身が大統領になったら、好戦派から現実策に静かに転換し、トランプと似たことをやりたがるだろう。次の米大統領が誰になっても、米朝の交渉が始まるのでないか。何も始まらない場合、北の核武装が進み、制裁だけして放置する米国の対北政策の破綻がますます露呈する。いずれ誰かが米国を代表して北との話し合いを始めざるを得ない。
◆⑫バブルをいつまで延命できるか (その三)
【2016年6月6日】 米日欧の中央銀行や政府の最近の姿勢からは、どんな手を使ってもバブルを再崩壊させないという強い意志が感じられる。マイナス金利やQEは永久に続けねばならない。やめたら株やジャンク債が売れなくなり、危機が再発する。年金や生保は給付金を払えず減額が長期的に不可避だ。日欧政府は、景気テコ入れの効果があるとウソをついてQEやマイナス金利策をやっているが、景気は改善されずウソがばれている。だが、もし選挙で政権が交代しても、QEやマイナス金利をやめられない。やめたら金融崩壊、経済破綻だからだ。
既出 ここをクリックして該当の解説を読んでください
◆⑬米国と対等になる中国 (その三)
【2016年6月4日】 世界のシステムが米国と中国で並立化するほど、米国は、中国とその傘下の国々を制裁できないようになる。米中は相互に、相手を倒すことができない関係になっている。中国は、米国と対等な関係になりつつある。軍事面では、南シナ海でいずれ中国が防空識別圏を設定し、米国がそれを容認する時が、米中が対等になる瞬間だ。中国は、国際社会のあり方を大きく変えている。
◆⑭オバマの広島訪問をめぐる考察 (その三)
【2016年5月31日】 日本の権力を握る官僚機構は、軍産複合体の一部だ。軍産の言いなりになるように見せて、最終的に軍産を弱めるのがオバマの策だから、今回の広島訪問についても、安倍の人気取りの道具に使われるように見えて、最終的に軍産の一部である日本政府に打撃を与える何らかの意味がありそうだ。
◆⑮G7で金融延命策の窮地を示した安倍 (その三)
【2016年5月28日】 米国の求めに応じ、財務省の黒田を日銀総裁に送り込んで過激なQE拡大をやらせたのは安倍自身だ。その安倍が今回、G7サミットの議論で「リーマン級の危機再発が近い」という見解を主張した。この主張が意味するところは、日銀の過激なQEがすでに限界に達しており、ドイツの財政出動など新たな延命策が追加されない限り、国際金融システムを延命できなくなってリーマン級の危機が再発するぞ、という警告だったと考えられる。
◆⑯中東諸国の米国離れを示す閣僚人事 (その三)
【2016年5月24日】 ナイミ石油相の解任は、米国の金融界や石油産業との「果し合い」に注力するという、サウジ権力者の決意表明である。同様に、イスラエルで親露極右のリーベルマンが国防相に就任することも、イスラエル権力者の米国離れを物語っている。
◆⑰金融を破綻させ世界システムを入れ替える (その三)
【2016年5月20日】 世界や国家といった巨大システムの運営者が自分のシステムを破壊するとしたら、それは別のシステムと入れ替えようとする時だ。国際秩序や国家のような、大きくて自走的なシステムを入れ替える場合、構成員全体の同意を得て民主的に入れ替えを進めるのはまず無理だ。今のシステムに対して影響力を持つ人々(エリート)の多くが入れ替えで損をするので、彼らが猛反対して計画を潰しにかかる。既存のシステムを助けるふりをして破壊し、壊れたので仕方なく新たなシステムと入れ替える形をとった方がうまくいく。
◆⑱金融バブルと闘う習近平 (その三)
【2016年5月16日】 世界経済における米中の談合体制が終わったのは14年秋、米連銀がゼロ金利策をやめることを決め、QEを日欧に肩代わりさせ、利上げの方向性を打ち出した時だった。米国の金利上昇は中国の調達金利の上昇につながり、設備投資や株のバブル崩壊を招きかねない。習近平は、経済現場の幹部たちの反対を押し切り、設備投資の縮小や、株価の下落誘導の政策を開始した。中国の上層部での経済政策をめぐる暗闘を示す人民日報の「権威人士」の記事の裏に、米国のゼロ金利資金で中国が設備投資バブルを膨らませる米中談合の破談がある。
◆⑲トランプ台頭と軍産イスラエル瓦解 (その三)
【2016年5月11日】 トランプが席巻した結果、共和党で見えてきたのは、これまで合体して共和党や米政界を支配してきた「軍産」と「イスラエル」が、別々の道を歩み出して分裂している新事態だ。軍産はNATO延命のためロシア敵視の道を暴走しているが、イスラエルは隠然と親ロシアに転じている。この傾向は長期的で、今後常態化する。軍産イスラエルが米国を支配した時代の終わりが来ている。トランプは、軍産イスラエルのプロパガンダ力の低下を見破り、大統領に立候補して国民の支持を集め、軍産を破壊した。米国は民主主義が生きている。
◆⑳潜水艦とともに消えた日豪亜同盟 (その三)
【2016年5月6日】 潜水艦の機密を共有したら始まっていたであろう「日豪亜同盟」について、日本は、中国敵視と対米従属の機構としてのみ考えていたのに対し、豪州は米中間のバランスをとった上での、対中協調・対米自立も含めた機構と考える傾向があった。この点の食い違いが埋まらず、豪州は日本に潜水艦を発注しないことにした。日本ではこの間、豪州との戦略関係について、中国敵視・対米従属以外の方向の議論が全く出てこなかったし、近年の日本では、対中協調や対米自立の国家戦略が公的な場で語られることすら全くないので、今後も豪州を納得させられる同盟論が日本から出てくる可能性はほとんどない。「日豪亜同盟」のシナリオは、日本の豪潜水艦の受注失敗とともに消えたといえる。
ここから一つずつの解説になります
◆⑫ バブルをいつまで延命できるか
【2016年6月27日】 田中 宇
20年前、先進諸国の年金基金や生命保険などの機関投資家は、米国債などの優良債券を買って持っているだけで、年に7・5%の利回りを得ることができた。だが今、ゼロ金利策が続いた結果、優良債券の金利は1%台だ。運用の目標値は以前と同じだが、それを達成するには、基金の4分の3以上を、株式や企業買収屋への投資など、昔に比べてはるかに危険な運用に回さねばならない。年金や生保は、内規で危険な投資を禁じており、2%強の運用利回りを得るのがやっとだ。最近、景気の先行きが不透明なので、これまでの株や高リスク債への投資をやめるところが増えており、運用利回りは今後さらに下がりそうだ。年金や生保は長期的に、予定通りの給付ができなくなる傾向にある。最近、WSJ紙がそのような趣旨を報じた。 (Pension Funds Pile on Risk Just to Get a Reasonable Return) (The Federal Reserve Has Created An Unprecedented Disaster For Pension Funds)
交通、建設、小売、鉱工業、エンタメなどの産業の従業員4400万人が加入する米国最大級の年金基金であるPBGC(Pension Benefit Guaranty Corporation)は、深刻な基金不足に陥りそうだと予測されている。米政府の会計検査院(GAO)は、PBGCが2024年までに破綻しそうだと警告する報告書をまとめた。無数の企業年金の集合体であるPBGCは、損失が出ている年金と、余裕がある年金を合併することで、個々の年金の破綻を防ごうとしているが、運用益の減少傾向の中で、今後さらに運営が厳しくなることが必至だ。 (PBGC Data Tables Show Serious Underfunding) (GAO: Union Pension Insurance Fund ‘Likely To Be Insolvent’ Within Decade)
PBGCの傘下で、40万人のトラック運転手が加入する年金基金(Central States Pension Fund、米国中央部の運転手の労組の年金)は、すでに資金不足の状態で、運用すべき基金を食いつぶしており、10年後には基金がゼロになると予測されている。そのため基金は、27万人に対する年金給付を今夏から平均22%減額したいと4月に連邦政府に申請した。だが米国は今年ちょうど選挙の年で、人気取りをやりたい百人以上の議員が年金減額に反対したため、米政府は基金からの減額申請を却下した。27万人に対する減額は避けられたものの、いずれもっと大きな減額(無支給)が40万人に対して起こる。 (Pensions may be cut to 'virtually nothing' for 407,000 people) (Teamsters pension cuts may get worse - and a U.S. safety net is at risk)
1980年代の経済全体の自由化以来、米国の運送業界は流動的で、80年代にあった運送会社の9割がすでに潰れている。年金は、企業と従業員が折半で掛け金を払い続け、それを基金が運用して定年後に年金として支払う。企業が潰れると、基金が受け取る掛け金が半減するが、年金は契約通り払わねばならず、基金の損が拡大する。自由化以後、人件費削減のため企業年金のない運送会社が増え、年寄り運転手は6割が年金加入だが、若手は2割しか入っていない。基金は掛け金収入が少ないのに給付金が多くなり、リーマン危機の損失もあって赤字が増大した。 (Schafer: Why the Central States Pension Fund is doomed to fail)
米国には、同様の構造を持った産業が多くある。超低金利が長期化するほど、年金制度が崩壊に瀕する。金利をマイナスにしている日本や欧州は、年金に対する保護政策が米国より強いものの、一方で金利がマイナスなので長期的に運用損も大きくなる。英国では、大手年金の一つである大学教職員の年金基金が、現状を続けると損失が拡大するばかりなので、掛け金の増額を決めている。 (The perils facing Japan’s pension funds) (Major UK Pension Fund Slashes Benefits As Funding Crisis Spreads)
米連銀は利上げの方針なので、短期米国債の金利は上がっている。しかし同時に米国は、日本とEUの中央銀行に対し、QE(市場への大量資金供給、債券買い支え)とマイナス金利の政策を続けさせている。日欧では、国債の多くが中央銀行によって買い占められているうえ、民間銀行が中央銀行に預金するとマイナス金利でお金を取られる。仕方がないので日欧の金融機関はリスクの高い株や債券を買わざるを得ない。高リスクな株や債券の需要が増し、株価が上がり、ジャンク債の金利が下がる。 (日銀マイナス金利はドル救援策)
全体としてみると、米国債の金利が上がってジャンク債の金利が下がり、両者間の金利差が縮小している。この金利差はリスクプレミアムと呼ばれ、リスクの価格を意味している。リスクの価格が下がるほど、金融危機が起こりにくくなる(金融危機はリスクプレミアムの高騰で始まる)。米連銀は、利上げによって、次に金融危機が起きた時に利下げできる「余力」を積み上げているが、それだけだとジャンク債の金利まで上がってしまい、サウジアラビアに喧嘩を売られているシェール石油産業などで金融崩壊が起こりかねない。そのため米連銀は、日欧にQEやマイナス金利策をやらせてジャンク債の金利を人為的に引き下げておき、その間に自国だけ利上げしてリスクプレミアムを縮小している。 (ジャンク債から再燃する金融危機) (ロシアとOPECの結託)
こうした米連銀の策は、金融危機の発生を防いでいるが、同時にリスクプレミアムの縮小により、うんとリスクを取らないと高い利回りの運用ができない状態になり、米日欧の年金基金を始めとする金融機関を困窮させている。本来、市場原理に任せた状態だと、リスクプレミアムが低い時は景気が良い時であり、金融以外の実体経済における資金需要が旺盛で、金融機関は一般企業に融資することで利ざやを稼げる。しかし現状は、実体経済の景気が悪く、一般企業の資金需要が非常に少ない。金融機関が利ざやを増やすには、マネーゲームの世界で危ないことをするしかない。今のリスクプレミアムの低下は、市場原理と関係なく、中央銀行がバブルを崩壊させない目的で人為的に引き起こしている事態なので、こんなことになっている。 (This financial bubble is 8 times bigger than the 2008 subprime crisis)
株や債券など金融相場の上昇が、実体経済の好調によって起きるのは正常だが、それがマネーゲームの激化によって起きると不健全な「バブル膨張」になる。膨らんだバブルはいずれ破裂し、金融危機を引き起こす。日欧の中央銀行は、マイナス金利と優良債券買い占め(QE)によって、民間投資家がジャンク債や株式など高リスク商品に殺到せざるを得ないマネーゲームの激化を誘発している。本来、バブル膨張を防ぐのが任務である中央銀行自身がバブル膨張を扇動している。非常におかしな事態だ。 (バブルでドルを延命させる)
なぜこんなことになっているのか。最もありそうなことは、投資家を高リスク商品を買わざるを得ない事態に追い込んでおかないと、高リスク商品つまり株や債券の買い手が減って、バブル崩壊の金融危機が起きるからだろう。株も債券も、低迷する実体経済の現状に比べて高すぎる相場だ。中央銀行による扇動がなければ、すでにリーマン危機級のバブル崩壊が起きていた。安倍首相がG7で述べたことは経済的に正しい。安倍が間違ったのは、日銀ががんばってバブル崩壊を無理矢理に防いでいるのに、首相がバブル崩壊が起きそうだなどと言ってはいけません、という政治的な面においてだ。 (G7で金融延命策の窮地を示した安倍)
中央銀行群の任務は、バブルを縮小して軟着陸させることだ。だが米連銀は、軟着陸に必要な資金を、すでに09-14年のQEによって使い果たしている。長期的に見ると、米国中心の国際金融システムは、1985年の金融自由化から15年間は拡大し続けたが、00年のIT株バブル崩壊以降は、健全な拡大が望めなくなり、利下げや、サブプライムなどバブル色が強い高リスク債権の急拡大によって延命する段階に入った。
そうした延命も08年のリーマン危機で困難になり、その後は利下げもゼロ金利まで到達して底を尽きたため、QEやマイナス金利といった前代未聞の策に頼る末期的な現状になっている。米連銀は利上げによって余力を回復しようとしているが限度があり、全体として万策尽きた感じが強い中銀群は、バブルをさらに膨張させて金融を延命させるしか手がない。中銀群は00年のIT株崩壊以来16年間も金融を延命させており、かなりしぶといので、まだしばらく延命が可能かもしれない。しかし、延命策はいずれ尽きる。 (万策尽き始めた中央銀行)
米日欧では、政府が、雇用やGDPなどの経済指標を実態よりよく見せる粉飾を続け、マスコミも景気を実態よりよく見せる歪曲報道を続けている。景気が悪化ししたから消費税引き上げを延期するのに、それすら報じない。指標や報道の歪曲は、長期的に、政府やマスコミに対する信用低下を引き起こす「悪政」だ。しかし金融の現状は多分、そんな長期の心配をする余裕などない、金融危機が再燃したら一貫の終わりという危険な状況なのだろう。中銀群には、危機を緩和する資金も利下げ余力もない。リーマンの時はあっけなくバブルが崩壊したが、あれを再演させるわけにはいかない。中銀群は、マイナス金利やQEによる自国の金融機関の経営難を看過しているし、年金や生保の運用損拡大も無視している。マイナス金利やQEは、これらよりもっと重要な、金融システム全体の延命のために行われている。 (超金融緩和の長期化) (ひどくなる経済粉飾)
全体として、どんな手を使ってもバブルを再崩壊させないという、当局の強い意志が感じられる。マイナス金利やQEは永久に続けねばならない。それらをやめたら金融機関は国債購入や中央銀行への預金を増やし、株やジャンク債を買わなくなって金融危機が再発する。年金や生保は長期的に、約束した給付金を払えず減額措置をとることが不可避だ。金融界は長期的にみて雇用者の総数が大幅に減る。どうしても金融破綻を止められないなら、日本やEUの政府財政(国債)や通貨を先に潰す。そうすることで、日欧の投資家の資金がドルや米国債へと逃避し、日欧の犠牲のもとに、基軸通貨であるドルが守られる。 (Japan Is First To Panic; Won’t Be The Last) (ドル延命のため世界経済を潰す米国)
日欧の政府は、景気テコ入れの効果があるとウソをついてQEやマイナス金利策をやっているが、そのような効果はないので、景気はほとんど改善されず、しだいにウソがばれていく。日本の野党はこの面で安倍政権を攻撃している。だが、かりにこの先選挙で政権が交代したとしても、たぶん事態は変わらない。たとえ日本で民進党などが政権をとっても、すでに始まっているQEやマイナス金利をやめることは非常に困難だ。やめたら金融崩壊、経済破綻だからだ。 (出口なきQEで金融破綻に向かう日米) (QEするほどデフレと不況になる)
今後、民間主導の金融システムが蘇生する可能性は非常に低い。08年のリーマン危機まで、リスクプレミアムを下げる(バブル崩壊を遠ざける)のは米国の投資銀行の役目だった。投資銀行は、ジャンク債の債券保険(CDS)の仕組みを作り、ジャンク格の企業が破綻しても債券の元利が保険金として支払われるようにしてジャンク債を買いやすくした。倒産寸前の企業がジャンク債で資金調達して倒産を回避できるようになってCDSの保険金が支払われるケースも激減し、ジャンク債は破綻しにくくなって金利(リスクプレミアム)が下がった(投資銀行は手数料で儲けた)。
しかしこの機能は、リーマン危機とともに破綻して再起していない。そのため代わりに、中銀群によるバブル延命策が必要になっている。中銀群が延命策を強めた昨年以来、投資銀行の儲けが各行とも急減している。株や債券の価格が高すぎて、投資銀行ですら利益を出せなくなっている。投資銀行は大幅な人員削減をやっている。この事態は、金融システムが今後も蘇生しないことを先取りしている。 (Investment Banks Are in for a World of Hurt)
投資銀行は最近、新たな分野を開拓している。それは現金を廃止して、すべての金融の備蓄と決済を電子化する流れを作ることだ。すべての備蓄と決済が電子化されると、銀行は利ざやでなく電子的な預金と決済の手数料を主な収入にするようになり、マイナス金利やQEが永久に続いても、大幅な人員削減は必要だが潰れずにすむ。銀行の業容縮小を軟着陸させ、保険や年金の契約者に給付金の減額(年金や保険は潰れるものだという新たな常識の定着)を受忍させれば、マイナス金利やQEを長期化できる。 (Radical Changes Are on the Way for Investment Banks) (現金廃止と近現代の終わり)
そうした延命策がある一方で、中国やロシアは、米国主導の既存の国際金融システムが潰れても困らぬよう、代わりの国際決済機構(ドルでなく相互の自国通貨での決済)や、人民元やルーブルと金地金の連携強化(金本位制への接近)を進めている。 (人民元、金地金と多極化) (China’s Increasing Presence in Gold Market - An Obsession to Prop up Yuan)
米日欧の中銀群の延命策がいつまで持つか、時期的な予測は難しい。中銀群は自分たちの余力の残量がどのくらいなのか秘匿している。しかし、中銀群が近年やっていることは、バブルを膨張させて金融危機再発を防ぐ前代未聞の策であり、すでに中銀群がかなり危険な状態にあることは確かだ。また来年、ドナルド・トランプが米大統領になると、中銀群が続けている延命策を妨害する可能性もある。
◆⑯ 中東諸国の米国離れを示す閣僚人事
【2016年5月24日】 田中 宇
最近、トルコ、サウジアラビア、イスラエルという中東の主要な3カ国で、地政学的な転換を意味する閣僚人事が、相次いでおこなわれた。トルコで5月5日「新オスマン主義」を掲げて強気の外交を展開し、独裁的なエルドアン大統領の側近だったアフメト・ダウトオール首相が、エルドアンによって解任された。5月7日にはサウジで、21年間続投していたアル・ナイミ石油相が解任された。イスラエルでは、親ロシアで中東和平全否定の極右党首アヴィクドール・リーベルマン(リーバーマン)が国防相に就任することになり、5月20日に軍人出身のヤアロン国防相が押し出されて辞任した。 (Erdogan poised for triumph in feud with PM) (Israeli DM Resigns, Warns Extremists Have Taken Over)
3カ国の閣僚人事のうち、これまで私が解説してきた流れに最も沿っているのは、サウジのナイミ解任だ。以前から書いているように、サウジは14年夏から、自国の石油戦略に立ち向かってくる米国のシェール石油産業を潰すため、増産によって原油の国際相場を引き下げている。昨年正月にサルマン・アブドルアジズが国王に就任し、息子のモハメド・サルマン副皇太子が石油戦略の最高責任者になってから、この傾向に拍車がかかった。 (サウジアラビア王家の内紛) (After Al-Naimi: Mirage and reality)
サウジは戦後一貫して、自国が持つ世界最大の産油余力を活用して国際原油相場を動かすことで、米欧や他の産油諸国に恩を売り、国際社会での自国の立場を有利にする石油戦略を続けてきた。サウジは1960年代から、自国が率いるOPEC(石油輸出国機構)を通じて、この戦略を実現していた。これまでのOPECの戦略的減産のほとんど全量が、サウジによる減産だった。70年間サウジの国営石油会社アラムコで働き、80年代からアラムコ社長や石油相をしてきたナイミは、OPECの立役者だった。 (OPEC From Wikipedia) (After 20 Years, OPEC Bids Farewell to Saudi Arabia Oil Chief)
一昨年からのサウジの頑固な原油安の戦略は、産油コストが高いベネズエラやナイジェリアなど中小の産油諸国を財政難に陥れ、苦しめている。これらの諸国は、OPECの場を通じてサウジに対し、原油安戦略を緩和し、原油相場を少し上げて1バレル=50ドル以上にしてほしいと懇願するようになった。以前のサウジなら、これぞ他の産油諸国に恩を売る好機と見て、減産に応じただろう。ナイミはそれをやりたかったはずだ。 (ロシアとOPECの結託) (OPEC Isn't Dead. It's Shifting Strategies)
だが、1バレル50ドル以上になると、潰れかけていた米国のシェール石油産業が息を吹き返し、米シェールを潰すモハメド副皇太子らの戦略が失敗する。ナイミと副皇太子は対立する傾向になった。4月末のOPECのドーハ会議で、いよいよ国家破綻しようとしているベネズエラなどの断末魔的な減産要請にナイミが応えようとしたところ、副皇太子が妨害する電話を入れてナイミに即時帰国を命じ、OPEC会議を潰すとともに、1週間後にナイミを解任した。 (OPEC Is Dead, What's Next?)
この経緯を横で見ていたロシア国営石油会社のイゴール・セチン(プーチンの側近)は「OPECは死んだ」と宣言した。OPECは、サウジが臨機応変に産油量を増減できる自国の能力を国際政治力に転換するための場なのだから、サウジが加盟諸国の強い減産要請を無視し続けると、OPECの求心力は失われる。サウジの権力者(副皇太子)は、OPECの存続よりも、米シェール産業を潰すことを重視した。ナイミ解任は、こうした決断の象徴といえる。 (Russia-Saudi Relations Still On Ice) (Shift in Saudi oil thinking deepens OPEC split)
米国のシェール産業はしぶとい。シェール革命は、米金融界の世界戦略の一つだ。シェールの石油ガスは、既存の石油ガス田よりも開発開始から産出までの期間が1年未満と短く、巨額の投資が必要だが、短期間で生産量を増加できるので、これまでサウジだけが独占していた臨機応変の国際価格調整機能を、米金融界が奪うことができる。シェールの石油は、巨額投資が必要な上に油井の寿命が2-5年と非常に短く、金食い虫だが、金利の低さと原油国際相場の高さが維持されている限り、持続可能だ。従来の石油と異なり、シェール石油が採れる地域は世界的にかなり広く、業界全体としての枯渇がない。 (Will U.S. Shale Stage A Comeback As Oil Nears $50?) (米サウジ戦争としての原油安の長期化)
しかも米金融界は、サウジが持たない機能として、先物市場を使って原油相場を動かす力も持っている。ゼロ金利と、1バレル50ドル以上が10年も続けば、世界の石油市場の盟主はサウジでなく米国になり、産油諸国の多くがサウジを無視して米国にすり寄り、OPECはすたれる。サウジの権力者が、OPECの世話を放棄して米金融界との果し合いに注力するのは当然と言える。 (If OPEC is dead, how is Saudi Arabia still calling the shots in the oil market?)
サウジが米金融界に勝つには、原油相場の低迷で米シェール産業がたくさん倒産するだけではダメだ。超低金利が続く限り、サウジが増産策をやめて原油相場が50ドル以上に上がったら、再び金融界がシェール産業に投資して採掘が開始される。シェール産業というゾンビを潰すには、背後の黒幕である米金融界をバブル崩壊させ、ジャンク債の金利を不可逆的に高騰させねばならない。サウジが勝つには、米国でリーマン危機を再発させることが必要だ。 (ジャンク債から再燃する金融危機)
何度も述べてきたように、リーマン危機の再発は、ドルや米国債の崩壊、米国の覇権衰退を意味する。親米の、しかも安保面の対米依存が強いサウジが、米国の覇権衰退を目指すはずがない、と思う人がいまだに多いかもしれない。しかし、サウジの頑固な原油安戦略の目的が米シェール産業潰しにあることは、米国の金融界やエネルギー業界の専門家たちが書いているブログなどで広く認められている。米金融界ごと潰さないとシェール産業を潰せないというのは私だけの分析だが、原理的に考えて間違いない。 (U.S. Shale Or Saudi Arabia- Who Is Winning The Oil Price War?) (金融を破綻させ世界システムを入れ替える)
サウジの権力者である副皇太子は最近、サウジ経済を石油依存から急速に脱却させる「ビジョン2030」という国家戦略を発表した。米欧の多くの筋から「非現実的」とみなされているこの計画は「これから石油に依存しなくなるから、原油安が永久に続いてもかまわない」と、副皇太子自身が豪語できるようにするための目くらまし的な見せ物だ。内容を真剣にとらえる方が間違っている。 (Saudi Arabia's post-oil future)
サウジの米国離れに合わせるかのように、米議会ではサウジ政府を911テロ事件の犯人扱いする濡れ衣的な立法が進められている。米大統領候補のドナルド・トランプの顧問(Kevin Cramer)は、OPECを不正な国際カルテルとして違法化するための法律の草案を作っている。米国がサウジやOPECを敵視するほど、サウジの王政内でナイミら従来の親米派が弱くなり、副皇太子ら反米・非米的な勢力の権力が強まる。米政界のサウジ敵視は隠れ多極主義的だ。 (Trump Advisor Pushes Bill to Investigate OPEC Over Unfair Trade Practises)
ナイミ石油相の解任は、米国の金融界や石油産業との「果し合い」に注力するという、サウジ権力者の決意表明である。同様に、イスラエルで親露極右のリーベルマンが国防相に就任することも、イスラエル権力者(ネタニヤフ首相ら)の米国離れを物語っている。この動きはおそらく、米国でドナルド・トランプが大統領になりそうなことと連動している。それは「トランプ台頭と軍産イスラエル瓦解」の記事の後半に書いた。 (トランプ台頭と軍産イスラエル瓦解)
リーベルマンは極右政党「イスラエルわが祖国」の党首だ。同党はイスラエルの極右諸政党の中で唯一、ネタニヤフ政権の連立に入らず、野党の側にいる。その一つの理由は、リーベルマンが親ロシア姿勢で、イスラエルは米国よりロシアと組んだ方が国家存続しやすいと考えており、対米関係のみを重視する他の極右(入植者群)と折りが合わないからだ。ネタニヤフ自身は、ロシアとの関係を重視し、昨年までリーベルマンを外相や戦略担当相に就けていたが、この間、他の極右勢力は、イスラエル国内で中東和平(2国式)を推進する母体だった外務省を解体することに注力し、イスラエルの外交が機能不全に陥ったため、対露関係の改善も進みにくかった。 (中東和平の終わり)
だがその後、昨年後半にロシアがシリアに軍事進出して成功し、ロシアがイランを経由してイスラエルの仇敵であるレバノンのヒズボラ(シーア派武装勢力)に言うことを聞かせられるようになり、ロシアと軍事関係を強化することがイスラエルの安全確保に直結するようになった。イスラエルがシリアに返還したくないゴラン高原の問題も、ロシアに頼むことで有利な展開を期待できる。半面、これまでイスラエルが唯一の後ろ盾としてきた米国は、シリアの今後をロシアに任せてしまったことで、イスラエル周辺地域の軍事政治状況に対する影響力が劇的に低下した。 (中東を多極化するロシア)
リーベルマンの戦略は、親ロシアと中東和平の放棄を抱き合わせにしている。イスラエルはこれまで、表面上だけでもパレスチナ国家の創設(2国式)による中東和平の実現を目標として掲げることで、2国式の達成を目標とする米欧との協調態勢を国家戦略としてきた。EUが本気で2国式を推進したいと考える傾向が強いのに対し、米国とイスラエルは、推進するふりをするだけで本気の推進を望まなかった。マスコミは、こうした実情を隠蔽し、欧米イスラエルが2国式の実現を「強く」望んでいるのにパレスチナ人の「テロ」のせいで進展しないといったウソの「解説」を流布してきた。2国式の建前を守って欧米との協調関係を維持することが、イスラエルの国益に沿っていた。
だが昨秋の露軍シリア進出以来、中東でのロシアの影響力が急拡大する半面、米国の影響力が急低下した。ロシアは、米欧とともに中東和平の采配役である「カルテット」に入っているが、ロシアは教条的に人権主義に固執する米欧と異なり、空論的な人権より現実的な安定を重視する。ロシアの台頭により、2国式の建前を守ることは、イスラエルの安全保持に不可欠でなくなった。 (Former Attorney General Comes Out Against Lieberman's 'Death to Terrorists' Bill)
イスラエルの入植活動家(極右)の多くは、米国から移民してきたユダヤ人だ。彼らは米政界を牛耳ることが最重要で、そのため建前的に2国式の支持した上で、裏でパレスチナ国家の創設を不可能にする西岸の入植地拡大を手がけてきた。だが、近年は右派の過激化が進み、2国式重視の建前が外れつつあった。対照的にリーバーマンは最初から、2国式なんか必要ない、パレスチナ自治政府など潰してしまえといった、欧米から見ると他の極右より過激な姿勢を打ち出しつつ、ロシアと仲良くしている。イスラエル政界でリーベルマンが力を持つほど、他の極右が2国式を無視する方に引きずられ、欧米とイスラエルの関係が悪化し、ロシアに頼らざるを得なくなる。 (西岸を併合するイスラエル) (As defense minister, Liberman also becomes 'czar' of West Bank)
パレスチナ国家の建設予定地であるヨルダン川西岸は、中東戦争によってイスラエルが占領した地域なので、占領者であるイスラエル軍が軍政を敷き、隣接するイスラエル国内と法的に別物だ。1993年のオスロ合意依以来、西岸はイスラエル軍とパレスチナ自治政府(PA)の共同管理になっている。リーベルマンが防衛相になると、PAを無視したり潰したりする傾向が強まるだろう。 ('Netanyahu-Liberman government showing signs of fascism,' Ehud Barak says)
パレスチナ人がゲリラ戦の抵抗運動(インティファーダ)を強め、イスラエル軍の戦闘の負担が増える。米軍との結びつきが強いイスラエル軍内は対米強調派が多いこともあり、軍はリーベルマンの防衛相就任に反対している。2国式や対米協調の無視、PA潰し、西岸入植地のおおっぴらな拡大は、イスラエルの以前からの傾向だが、リーベルマンの防衛相就任は、これに拍車をかける。 (Israeli DM Resigns, Warns Extremists Have Taken Over)
イスラエル極右は、建前2国式・対米牛耳り的な主流派と、反2国式・親露的なリーベルマン派に分類できるが、米国の大統領選挙では、クリントンが主流派、トランプがリーベルマン派と結託する傾向だ。ネタニヤフの強い支援者で、しかも米共和党への大献金者でもある在米ユダヤ人財界人シェルドン・アデルソンが、今回の米大統領選でトランプを強く支持している。アデルソンは、共和党の主流派や右派がトランプを嫌っているのを見て、共和党がトランプを統一候補として受け入れるなら、共和党の政治資金不足を一発で解消できる1億ドルを献金してやると提案している。 (Sheldon Adelson backs Trump trip to Israel after $100m pledge, sources say)
アデルソンは、7月の共和党大会前にトランプを連れてイスラエルに行き、ネタニヤフとトランプを会わせて親密化しようともくろんでいる。これらの動きを総合して考えると、トランプが米大統領になってパレスチナ国家創設に対する冷淡な態度を強め(トランプのイスラム敵視策を活用)、米国が無関心さを増す中で、イスラエルはリーベルマンの主導でパレスチナ人を弾圧して西岸から追い出す策を強める一方、自国の安全保障は米欧でなくロシアとの関係強化で守っていくというシナリオが見えてくる。イスラエルがこの路線への転換を決意すると、既存路線に沿ってイスラエルにすり寄って当選を目指していたクリントンが見捨てられ、トランプの当選が確定的になる。
パレスチナ人にとっては、今よりひどい時期が始まる。対照的にイスラエルにとっては、もしパレスチナ人を完全にヨルダンに追い出すことができれば、2国式の場合よりも国家的な安全保障が増す。2国式の場合、創設されたパレスチナ国家がイスラエルを敵視し、アラブ諸国などからの武器支援を受けると、中東戦争が再発してしまう。 (Israeli Hardliners Harden Further)
米政府はすでに現時点で、自らが中東和平を仲裁することをせず、フランスやエジプトなどに新たな和平の仲裁を任せている。右傾化するイスラエルは、フランスやエジプトの動きをほとんど無視している。ネタニヤフは、国際的な批判をかわすため、極右のリーベルマン(イスラエル我が家)だけでなく、中道派の政党(シオニスト連合)も連立政権に入れて中東和平交渉を担当させる構想も出している。しかし、これは目くらましだ。リーベルマンは国防相として、和平交渉で決まったことを無視して西岸の占領を強め、和平交渉は従来と同様、雲散霧消して終わるだろう。 (Netanyahu reissues unity government offer to Zionist Union)
イスラエルもサウジアラビアも、これまで米国との関係が何より大事だった。両国は今後、米国離れをしていくと、自国が「中東の国」であることを意識せざるを得なくなり、周辺諸国との関係が重要になる。イスラエルとサウジ、イスラエルとイラン、サウジとイランの関係は、これまで敵対のみだったが、今後しだいに協調していく必要が増す。各国が協調するほど、中等は安定し、経済成長も戻ってくる。米国(米英)は、中東を分断と戦争の地域にすることで支配してきた。今後、英米が敷いた構図が崩れ(英米による中東分断策の一環として置かれた)パレスチナ国家は(おそらくクルド国家も)創設されなくなるが、その代わり、長期的に見ると中東は安定し、経済発展する地域になる。 (Israel: The rise of the new 'messianic elite') (イスラエルとロスチャイルドの百年戦争)
長々と書いてしまった。トルコについては改めて書く。
◆⑰ 金融を破綻させ世界システムを入れ替える
【2016年5月20日】 田中 宇
米日欧の中央銀行群の行き詰まりが深刻になっている。中銀群の主導役である米連銀(FRB)は、2008年のリーマン危機後、金融救済策としてQE(債券の買い支え)やゼロ金利といった超緩和策をやったが、それは14年に限界に達した。そのため米連銀は、超緩和策を欧州中央銀行と日本銀行に肩代わりさせ、米連銀自身は金利を上げていく策に転じた。しかし、昨年来の世界不況の悪化の中で、米連銀は金利を上げ続けていくことが困難になっている。 (St. Louis Fed Slams Draghi, Kuroda - "Negative Rates Are Taxes In Sheep's Clothing") (Say Goodbye to the Fed You Once Knew) (万策尽き始めた中央銀行)
日欧の中銀も、さらに緩和策を強めて相対的に米国側を押し上げてやらないドルを防衛し切れないが、緩和策はもう限界にきている。ゼロ金利策は、もっと強いマイナス金利策に発展しているが、それはむしろ金融界の儲けを削いでいる。日銀は、マイナス金利とQE(民間金融界の重要な投資先である日本国債を日銀が買い占めること)をこれ以上強めると日本の民間金融界が破綻しかねないので、4月末の理事会で新たな緩和策を打ち出せなかった。 (Bank of Japan Keeps Policy Unchanged; Yen Rises) (Japan Inc revises yen forecasts) (Japan's "Coma Economy" Is A Preview For The World)
米連銀は、4月の理事会で、世界と米国の景気の減速がひどいので利上げを続けにくくなっているという方向の議論を展開した。市場は、もう連銀は利上げできないと感じ、ドル安(円高)、債券高(金利安)、株安(不景気)の傾向になった。だが5月17日、米連銀の2人の高官(地方連銀総裁)が「6月の理事会で利上げについて真剣に討議する」「今年中に2-3回の利上げがありうる」という趣旨の発言を放った。 (利上げできなくなる米連銀) (Fed officials Williams, Lockhart stress that June meeting is 'live')
連銀はまだ利上げする気だという見方が一気に市場で強まった。これは「やるかも」と言ったあと「やらないかも」と言うことで、やった場合の影響を事前に市場に織り込む連銀の策だろう。連銀が世界不況対策よりドル延命を優先して利上げを続ける可能性はある。だが、世界的に景気の悪化が続く中、連銀の無理な利上げによって米経済の悪化に拍車がかかったり、ジャンク債市場が崩壊する可能性が増している。今年に入り、原油安の長期化で、米国のシェール石油産業で資金難からの企業倒産が増えている。利上げは倒産急増と債券破綻の引き金を引きうる。 (米連銀はQEをやめる、やめない、やめる、やめない) (ジャンク債から再燃する金融危機) (Oil Bankruptcies Continue) (The riskiest energy companies are defaulting at a record rate)
中央銀行の任務は、短期金利の上げ下げや資金の出し入れによって、金融システムの健全性を維持することだ。だが今の米日欧の中央銀行は、リーマン危機後の米国(を中心とする先進諸国)の金融システムを延命させる策を長くやりすぎて力を使い尽くし、任務を果たせなくなっている。金利はもうほとんど下げられないし、資金供給も限界だ。日欧の中銀がQEをやめたら、米日欧で債券と株の暴落が起き、金融システムが再び危機に陥る。誰も、その危機を救えない。すでに、米日欧の中銀群は「詰んで」いる。 (Dudley sees gaps in Fed's emergency lending powers)
金融界では、まだ日常業務が平然と行われている。しかし、この日常が終わるのは時間の問題だ。次に大きな金融危機が起きたら、対策の中心は、当局による救済(ベイルアウト)でなく、預金封鎖や債務不履行などの自助努力(ベイルイン)になる。欧米諸国は、ベイルイン関連の法整備を進めている。 (Canada to introduce 'bail-in' bank recapitalization legislation) (Oostenrijk beveelt bail-in van gefaalde bank, een premiere voor Europa)
米英の投資銀行は、今年から大幅な減益となっている。QE中毒になった金融市場は、自分の力で儲ける仕掛けを失っており、日欧の中銀が限界に達してQEの威力が低下するとともに、投資銀行の儲けが減っている。投資銀行はリーマン前、既存の預金融資型の銀行より何十倍も儲けていた。QEは、その投資銀行を構造的に死滅させた。金利がゼロやマイナスなので、既存型の銀行も世界的に経営難だ。金融は儲からない、つまらない瀕死の業界になった(英銀行協会の会長がリーマン危機の直前に予測したとおりになった)。 (Wall Street Is Falling Off A Cliff, And The Bottom Is A Long Way Down) (米英金融革命の終わり) (Goldman's profits tumble 56% as revenue dives) (The death of investment banking as we know it? Bring it on)
株式市場では、資金の流出が始まっている。米国では、大きな買い勢力として残っているのが企業の「自社株買い」だけになっている。自社株買いの総額は今年1-3月に前年同期比31%増だったが、新たな自社株買いの枠の設定が34%減だった。自社株買いは、まず企業が自社株買いを宣言して上限額の枠を設定し、その後一定期間かけて買っていく。買い支えの枠の設定が減ると、何カ月かたって買い支え自体が減る。 (Stocks Prepare to Crash As the Last Buyer Stops Buying) (US companies step up share buybacks in first quarter of 2016)
米日欧の中銀が続けているQEやゼロ金利策が、出口のない、いずれ行き詰まる策であることは、以前から指摘されていた。私も何度か記事にしている。金融システム危機に際し、一度や二度、単発的に、値が下がって売れなくなった破綻債券の巨額の買い支えを行うことは、市場の凍結した部分を取り除き、残った部分を蘇生する効果がある。だが長期にわたって中銀が債券を買い支え続けるQEは、市場をQE依存体質にしてしまい、QEをやめたら危機が再発する。元地方連銀総裁のフィッシャーは「QEは麻薬だ」と看破している。連銀内には当初から、QEを短期間に終わらせるべきだという声があった。 (ドル自滅の量的緩和策をやめられない米国) (金融蘇生の失敗) (バブルでドルを延命させる) (Former Fed President: "Living In Constant Fear Of Market Reaction Is Not How You Manage Central Bank Policy")
結局、米連銀はQEを日欧に肩代わりさせて自らの破綻を防いだが、救済されている側の金融市場はいまだにQE依存なので、日欧がQEをやめたら危機が再発する。日欧の中銀がQEをやめる時は、日欧が金融破綻する時か、対米従属をやめる時(日本は前者、EUは後者を選ぶ)だろうが、その後は再び米連銀がQEとマイナス金利をやらねばならず、それも1-2年で限界に至るだろう。QEは、金融市場を麻薬中毒にして殺すだけでなく、米日欧の中銀をも破滅に追い込んでいる。 (Citi Asks: "Are Investors Beginning To Price In QE4?")
日銀や欧州の中銀は、QEが悪政と知りつつ、自分たちが従属している米国覇権体制を守るために仕方がないと考えて自殺的なQEとその代替策であるマイナス金利に手を染めたのだろう。だが米連銀だけは、もっと能動的な立場だ。なぜ米連銀は、行き詰まりが最初から見えていたQEを始めたのか。いずれ実際の金融大危機が起きたら、マスコミは「米連銀の上層部はQEの問題点に事前に気づかなかった」と「解説」しそうだ。だが、市井の分析者(田中宇とか)でも前からわかっていたことを、金融界の中枢にいる連銀上層部が知らなかったとは思えない。QEは「未必の故意」的な失策である。 (What tools does the Fed have left? Part 1: Negative interest rates) (QEやめたらバブル大崩壊)
世界や国家や企業といったシステムの運営者が自分のシステムを破壊するとしたら、それは別のシステムと入れ替えようとする時だ。国際秩序(世界システム)や国家のような、大きくて自走的なシステムを入れ替える場合、構成員全体の同意を得て民主的に入れ替えを進めるのはまず無理だ。今のシステムに対して影響力を持つ人々(エリート)の多くが入れ替えで損をするので、彼らが猛反対して入れ替え計画を潰しにかかる。既存のシステムを助けるふりをして破壊し、壊れたので仕方なく新たなシステムと入れ替える形をとった方がうまくいく。 ('Our economic system is designed to fail' - Ron Paul)
08年のリーマン危機から現在までの流れを見ると、この「既存のシステムを助けるふりをして破壊し、壊れたので仕方なく新たなシステムと入れ替える形」があちこちに垣間見える。そもそもリーマンブラザーズを倒産させる必要はなかった。リーマンの前後に破綻したベアースターンズやAIGは、当局の救済や他行による合併により、金融システムにあまり負担をかけずに処理されている。リーマンを倒産させたので、債券金融システムのかなりの部分が凍結(取引不能化、紙屑化)した。当時、米投資銀行界は共食い的に他行を潰しにかかり、リーマンはその犠牲になった。 (米金融界が米国をつぶす)
リーマン危機の源泉は、前年のサブプライム危機(債券バブルの崩壊)だが、このバブルも事前に危険性が指摘されていた。当局が注意深い政策をとっていれば、崩壊をもっと小規模にできた。米当局者には金融界の元幹部が多く、事実上、金融界が米当局(財務省、連銀、SECなど)を運営している(日本は当局の官僚が金融界より上位にいるが、米国は金融界が当局より上位にいる)。米金融界は、自分で作った金融システムを自分で運営している。バブルを破裂させずに維持して儲け続けられたのに、それをせず、稚拙にバブルを拡大させて崩壊させ、崩壊後の策としてシステムを中毒にして破滅に追い込むQEをやった。 (アメリカ金利上昇の悪夢)
しかもリーマン倒産で米金融覇権が揺らいだとたん(米金融界の代行勢力である)米当局は08年秋に「ブレトンウッズ(米経済覇権)体制の終わり」を言い出し、世界の経済政策を決める最上位の意思決定機関を、それまでのG7サミット(米英覇権体制)から、米国の言うことを聞かない中国やロシアなどBRICSが強い多極型のG20サミットに取って代わらせた。これまでG7の事務局として機能してきたIMFは、G20の事務局として機能することになった。ドル崩壊に備えるかのように、ドルを代替する基軸通貨としてIMFのSDRを使う構想も出された。 (「ブレトンウッズ2」の新世界秩序) (G8からG20への交代)
しかしその後、米連銀がQEを始めたので、金融システムは延命した。リーマン危機で生じた問題がすべて解決したかのような見解が席巻し、SDRがドルに取って代わる話も消え、日本のマスコミでは、世界経済の中心が依然としてG7であるかのような報道が蔓延している。米金融界には、米国覇権の永遠の延命を望む勢力と、米覇権を壊して他のシステムに入れ替えたい勢力の両方が存在・相克しているようだ。入れ替え派がリーマン危機を引き起こし、入れ替え後の新システムとしてG20やSDRを用意したものの、米覇権延命派がQEを開始して既存の金融システムを延命させ、入れ替えの流れを阻止したと考えられる。
しかしその一方で、G20の主導役の一つであるBRICSは、米国覇権の機関であるIMF世銀体制に取って代われるBRIC開発銀行や、日米主導のADBに取って代われる中国主導のAIIBなどを創設し、世界システム入れ替えの準備を進めた。中国の人民元がSDRを構成する通貨に仲間入りしたことで、SDRも再び注目されている。その一方で、既存の金融システムを延命させるQEは、長期的には金融システムをQE中毒にして破滅に追い込む機能を持っている。QEは、米連銀内の入れ替え派が、延命派のふりをして設置した破綻誘導策だった可能性がある。 (IMF世銀を動かすBRICS) (日本をだしに中国の台頭を誘発する)
今の米連銀は、何とかして利上げをして金利水準を健全な2%前後に戻そうとしている。そこからうかがえるのは、QEが入れ替え派が仕掛けた破綻誘導策であることを気づいた延命派が、破綻への道を食い止めて逆行しようとしていることだ。しかし、この延命派の破綻食い止め策としての連銀の利上げ策は今、世界不況の進化とともに行き詰まっている。 (Japan's Keynesian Death Spiral - How Central Planners Crippled An Economy)
ニューヨーク連銀の総裁(William Dudley)は最近、基軸通貨(reserve currencies、備蓄通貨)の種類が増えることは世界の金融システムの安定に寄与するので良いことだと、人民元のSDR入りをふまえて述べている。ドル基軸通貨つまり経済覇権の多極化は、現実として受け入れざるを得ないことになっているが、同時に言えるのは、これまで単独基軸通貨(単独覇権)として機能してきたドルの威力が減退する中で米国の当局者が基軸通貨の多極化を容認しすぎると、ドルの威力の低下に拍車をかける自滅行為になってしまうことだ。 (Fed's Dudley: More Reserve Currencies Would Make for Stronger Financial System) (BIZARRE NY Fed Prez: Let's Kill the US Dollar as the Sole Global Reserve Currency)
G7からG20への世界の中心の移転、ドルからSDRに基軸通貨を移行する構想などを見ると、入れ替え派が狙う入れ替え後の新たな世界システムは、米国(米英)の単独覇権でなく、米国、EUと中国、ロシアなどBRICSが並び立つ多極型のシステムであることがわかる。金融システムだけでなく、国際政治の分野でも、米国は、イラク侵攻の未必の故意的な失敗や、シリアの安定化(内戦終結)をロシアに任せたことなど、覇権の運営を過度に稚拙にやって自国の国際信用を失墜させた後「失敗したので仕方なく」という口実で覇権をシアや中国などに分散譲渡し、世界を多極型システムにいざなっている。 (アメリカの敗戦)
米国覇権の中枢で多極化を望む勢力(入れ替え派)は、なぜ多極化を望んでいるのか。それは私にとって、イラク侵攻後、国際政治における米国の未必の故意的な失策の連続に気づいた時から続く、10年来の疑問だ。私なりの答えは「(大英)帝国と資本の百年の暗闘」だ。G7は、大英帝国(列強システム)を現代風に衣替えしたものだ。18世紀から2度の大戦まで覇権国だった英国は効率重視で、フランスやドイツなどを誘い、欧米日の列強が談合しつつ世界を分割支配する「国際社会(外交界)」を作り、英国(もしくはその傀儡)がその社会の「調整役」「議長国」として機能することで、英国の覇権を隠然と維持してきた(外交界は詐欺業界)。戦後のG7やNATO、冷戦構造は、米国が覇権国だが英国勢が黒幕として米国の戦略決定に影響を与えており、英国の隠然覇権の延長にある。 (資本の論理と帝国の論理) (多極化の本質を考える)
米国は、2度の大戦に参戦して英国を勝たせる見返りに、英国から覇権を譲渡してもらった。米国は、英国より資本家の主導性がはるかに強い。資本家は、帝国の維持よりも、世界的な資本(経済成長)の最大化を重視する。帝国が、世界経済の加速を促進している限り、資本と帝国の相克はないが、帝国が成熟し、覇権の維持が全体の成長を阻害するようになると、資本側が帝国を隠然と破壊しようとし始める。 (資本主義の歴史を再考する)
英国から覇権をもらった米国はまず、国際連盟で「1カ国1票」の完全な国際民主主義体制を作ろうとしたが、議長役の英国がそれを隠然と阻止した。英国と談合する欧州諸国に期待できない米国は、ロシアや中国など新興諸国も誘って、第二次大戦後、多極型の国連安保理の常任理事国体制を作った。だが、これも英国が冷戦構造を作って米政界を引っ張り込み、無力化した。
米国はその後40年かけてようやく冷戦を終わらせたが、同時期に英国は米金融界を誘い、金融主導の新たな覇権構造を創案した。債券や株、デリバティブなどの金融で巨額の資金を作り、米英の言うことを聞く諸国に儲けや経済発展を与え、反米的な諸国を破綻させる仕組みだ。米国はこのシステムを25年謳歌(甘受)したが、00年の株急落あたりから行き詰まり感が増大し、リーマン危機からQEに至る、資本側による破壊行為が起こされるに至った。資本の側から見ると、米国の覇権とかG7の世界秩序は、帝国が、新興市場や途上国の経済成長を犠牲にして延命するための邪魔な装置になる。 (冷戦後の時代の終わり)
IMFのラガルド専務理事時は最近「グローバル・リセット」という言葉を演説でよく使う。米国の在野の分析者は、これを見て、IMFが米国の覇権崩壊と新たな世界政府(G20)の台頭を歓迎しているととらえている。IMFや世銀の内部は、米覇権延命派とリセット派(システム入れ替え派)との暗闘の場になっている。この暗闘の中で日本の権力機構は、最後まで対米従属を続けたいゴリゴリの米延命派だ。日本では、多極化やグローバルリセットに関する分析がほとんど行われていない。 (What Will The Global Economy Look Like After The "Great Reset"?)
資本家というと、株や債券、デリバティブなどで儲ける人を想像しがちだ。だが、今続いている資本と帝国の暗闘の中で、資本の側はむしろ株や債券、デリバティブのシステムを破壊している。これらの金融システムは80年代以降、金融化した米英覇権の力の源泉になってきたため、覇権構造を転換するなら、いずれ復活するにしても、少なくともいったんは破壊する必要がある。 (The Global Economic Reset Has Begun)
こうした状況と、前回の記事で書いた、中国の権力中枢が「権威人士」として人民日報で繰り返し宣言している「株や不動産は、UやV字型でなく、L字型の展開になる(昨年から下落したまま、この先ずっと上がらない)。いずれ変わるが、1-2年では(相場の低迷が)終わらない」という言葉を重ねると興味深い。中国の権力中枢は、米国中心の金融システムや米国の金融覇権がこれから崩壊していくことを予期している。中国政府は、危機の前に株価を反騰させてしまい、危機発生で再び株が暴落して中国経済を痛めるより、このまま低い水準の横ばいで次の世界危機を乗り切る方が良いと考えて、株価の上昇に何度も冷水を浴びせかけていると考えられる。中国は、覇権の転換に際して金融が混乱することを予期している。日本は何も気づかず、日銀が株を買い支えて釣り上げる不正を漫然と続けている。 (金融バブルと闘う習近平) (The Tokyo Whale Is Quietly Buying Up Huge Stakes in Japan Inc)
また中国政府は、国内の民間と当局の金地金の備蓄量を増やし、人民元を金本位制を意識した通貨制度にし始めている。株や債券が世界的に大幅下落し、ドルが基軸性を失っていくと、富を備蓄する方法として金地金に対する重視が強まる。株や債券や預金は、金融市場や銀行や国家に対する信用が必須な備蓄方法だが、金地金の価値はそうした信用に依拠していない。米国覇権という、世界最大の信用が崩れていく中で、金地金の重要性が増していくだろう。中国は、すでに金地金の重要さに気づき、人民元と金地金を結びつけた政策を始めている。対照的に、日本では何も行われていない。 (暴かれる金相場の不正操作) (多極化への捨て駒にされる日本) (Will the inflation scaremongers be proved right?)
◆⑱ 金融バブルと闘う習近平
【2016年5月16日】 田中 宇
5月9日、中国共産党の機関紙である人民日報が、1面と2面にまたがって「(13次5カ年計画の)初年度1-3月期の経済情勢を問う:権威ある当局者(権威人士)が中国経済の現状について語る」と題する長文記事を掲載した。中国政府の経済担当の高官が匿名で「権威人士」の名称で記者の質問に答え、中国経済が今後も回復しにくいと指摘し、生産設備の過剰を減らし、株や不動産のバブル膨張を抑止する政策を行うと表明している。中国で、不動産のバブル状態を高官が明確に認めたのはこれが初めてだ。1-3月期の中国経済は昨年後半の悪さからやや回復し、政府も好転を指摘し、株価も3月から上昇傾向だった。だが、権威人士の記事は、政府内と民間に流布する楽観論を間違いだと否定した。この記事は、共産党の最上層部による「もう株や不動産の相場を政府がテコ入れしない。下落を放置する。失業が増えても設備投資のバブルを潰す。政府内でバブルを再膨張させたがっている勢力がいるが、それはやめさせる」という宣言だった。記事が出た翌日の上海株は4%急落した。 (開局首季問大勢--権威人士談当前中国経済) (China stocks plunge again as hopes for economic recovery fade)
この記事は以下のような趣旨だ。中国経済は1-3月期に好転した部分もあるが、よく言われているような「幸先良いスタート(開門紅)」とか「小春日和(小陽春)」といった描写があてはまる状況ではない。経済が今後U字型に回復するのは不可能で、ましてや(中国国内でよく報じられる)V字型回復はもっと無理だ。今後はL字型の展開になる(下落したまま横ばいが続く)。L字状態はいずれ終わる一つの段階だが、1-2年でなくもっと長く続く。「2歩前進するために1歩下がる」状態だ。一部の指標が好転したからといって喜んではならないし、一部の指標が悪いからといって慌ててはならない。高レバレッジ(借金依存)状態はリスクが高まり、金融システムの危機になる。永遠の右肩上がりはない。資金の大量供給策(大水漫灌)をとらず、産業界や金融界など供給側(サプライサイド)の改革を進める(失業増や地域間格差の拡大はやむを得ない)。株や為替、不動産などの市場の健全な需給バランス機能を活かす(相場上昇維持のための資金供給をしない。下落を容認する)。住宅ローンの急増を抑止する。これらは昨年から党中央が決めて進めている政策だが、まだ政策が十分に理解されていない。 (権威人士"34句"把脈中国経済) (Watch out, a big policy change looms in China!)
この記事のすごさは、たとえば上記した「幸先良いスタート(開門紅)」の全否定だ。「開門紅」は、経済担当の張高麗副首相(中央政治局常務委員、序列第7位)が、3月20日に北京で開かれた「中国発展高層論壇」での演説で使った、1-3月期の中国経済の好調さを示す言葉だ。4月13日には、中国政府(国務院)で経済政策を立案する「国家発展改革委員会」の広報官(趙辰昕)も、1-3月期の状況を説明する際に「開門紅」という言葉を使った。
李克強首相をはじめとする中国政府・国務院の上層部は、経済が昨年後半の悪化から離脱し、今年1-3月に好転し始めたと考えている。それを全否定する「権威人士」は、党内序列7位の経済担当副首相が明言し、序列2位の首相も同意する経済分析を、党機関紙の1面記事で全否定できる人物ということだ。 (権威人士解読中国経済政策三大新取向) (China heading for big economic policy shift, says mystery 'authoritative' source in People's Daily)
序列2位の首相の見解を否定できるのは、序列1位の習近平・国家主席しかない。権威人士という筆名は、共産党が国民党と「国共合作」などで連携していた1940年代に、国民党との連携を評価する共産党上層部の考え方をぶち壊すように、党主席だった毛沢東自身が人民日報に国民党の蒋介石を批判する記事を書いた時の筆名でもある(その後、実際に共産党は国民党を内戦で破って台湾に追い出した)。だから今回、党上層部の総意的な経済楽観論をぶち壊す記事を権威人士の筆名で人民日報に出させたのは習近平自身の意志だとみられている。習自身でなく、習が最も頼りにしている経済政策立案者である劉鶴が、習の意を受けてインタビューを受けたというのが最もありそうな真相だ。 ("権威人士"是習近平還是劉鶴?) (権威人士専訪 我們応該読出什末?)
権威人士の本性であるとみられる劉鶴は、2013年の習近平政権の本格始動とともに重視され始め、来年の人事改定で政治局員になる可能性が高く、政治局常務委員(中国の最高権力者7人で構成)に取り立てられるかもしれないとの予測まで出ている。劉鶴と習近平は中学校が同じ旧友どうしと報じられてきたが、実は同窓でなく、両者が知り合ったのは習が権力の座に上り始めた07年だという指摘がある。劉鶴は13年以来、党中央の政治局常務委員会の諮問機関である「財政・経済指導グループ事務局」の局長をしている。 (Meet the Architect of China's Economic Policies) (Meet Liu He, Xi Jinping's Choice to Fix a Faltering Chinese Economy)
人民日報は、今回と同じような言葉づかいをする「権威人士」のインタビュー記事を、昨年5月と今年1月にも出している。権威人士は毎回、中国経済の生産設備の過剰(投資バブル状態)や、株価が煽られていること、経済が好転していきにくいこと、投資を引き締める必要性などを指摘し、こうした記事が出るたびに、その後、中国は株価が急落した。最初は昨年5月25日に記事が出た後、6月12日から8月下旬まで続いた株価の暴落が起きた。今年に入り、中国政府(国務院)が経済テコ入れ策を再拡大し始めた矢先の1月4日にも再び権威人士が登場し、経済のV字やU字型回復は不可能でL字型にしかならないと今回と同じことを述べ、株価の急落を引き起こしている。 (七問供給側結構性改革)
いずれの記事でも、権威人士の発言内容は、習近平の経済政策に沿っている。昨年と今年の5月に出た記事は、毎年4月末に開かれる共産党の中央政治局会議で出された結論を踏まえた発言になっている。今年1月の記事も、昨年末の中央政治局の会議の結論に沿っている。 (権威人士一年三現人民日報都選什時机?)
今回、権威人士のインタビュー記事が出た翌日(5月10日)の人民日報には、1面の多くと2面の全体を使って、習近平が今年1月に行った経済改革に関する演説の全文が掲載された。過剰な生産設備や在庫の削減、国有企業や地方政府の借金の返済、不動産在庫の削減、金融リスクの防止などを、供給側(サプライサイド)改革として進めると習近平は述べている。内容的に、前日の権威人士との問答記事と同じことを言っている。 (在省部級主要領導干部学習貫徹党的十八届五中全会精神専題研討班上的講話 - 習近平)
習近平政権の経済政策の最重要部分を立案しているのは劉鶴だ。それは、この3年間ほどの経緯からみてほぼ間違いない。5月9日に劉鶴が権威人士の名前で、翌10日には習近平が1月の演説を再掲載するかたちで、いずれも人民日報を通じて「設備投資や株や融資のバブルを減らすのが今後の中国の最も重要な経済政策だ」と表明した。それが今回の件の意味だろう。 (Economic reforms: Xi Jinping makes sure everyone's on same page) (権威人士党報発声有多大能量)
習近平や劉鶴は、昨年からこの方針を何度も繰り返し表明している。繰り返さねばならないのは、国務院や人民銀行・金融界、国有企業、地方政府など、経済運営の現場の幹部たちの間に、昨夏に崩壊したバブルを再度立て直し、設備投資や金融の大盤振る舞いをもう一度やることで中国経済を建て直そうと考える者(V字派)が多いからだ。彼らは、習近平が上からいくらバブルを再燃させるなと言っても聞かず、資金供給を続けている。1-3月に大量供給がなされ、今また交通インフラの巨額投資をやろうとしている。だから、劉鶴が権威人士として「相場は二度と上がらない。上げないぞ」と言い続け、習近平が「まだ理解していない者がいるようだが、最も大事な経済政策は、設備や不動産や金融の過剰をなくすことだ」と言い続けている。 (China's Splurge on Transport Hints at Closed-Doors Power Struggle)
権威人士の記事は、昨夏の中国株の暴落を誘発した一因だ。昨夏の株暴落の誘発は、バブルを減らす荒治療としての、今につながる習近平や劉鶴の政策の始まりだった可能性がある。当時、李克強首相は外遊中で、株暴落後の対策立案の場に入れてもらえず激怒したとも言われている。中国の上層部は、経済政策をめぐり、バブルを潰し続けたい「L字派」の最上層部と、バブルを再燃してV字回復させたい国務院など現場幹部に分裂している。 (権威人士na来的信心保証経済L型?) (Angry Chinese premier takes charge of market fightback)
なぜこんな事態になるのか。V字派の立場は理解しやすい。中国経済は鈍化しても5%以上の成長をしているのだから、まだ世界的に金利が安い中、投融資を増やせば金融や不動産の相場は回復し、企業の破綻を先送りできる。日本も米国も、当局自身が長期リスク無視のゴリゴリのV字派だ。中国の当局者にV字派が多いのは理解できる。
理解が難しいのは、金融引き締めを強硬に進めたがる習近平らL字派の方だ。習近平らは引き締め策の理由として長期的なバブル崩壊の危険性を指摘するが、引き締め策によって失業や企業破綻が急増し、社会不安が募っている。中国共産党は一党独裁を守るため、社会の安定を何より重視するが、習近平の経済引き締め策は中国社会を不安定にしている。社会不安の増大は、上層部の政治闘争につながりうる。すでに、習近平を批判する勢力は「昔の国有企業の大盤振る舞いの方が良かった」と人々に思わせるため、毛沢東思想をさかんに鼓舞している。習近平は、自らの権力を強化することで対抗しているが、権力を強化するより、禁欲的な引き締め策をやめて現場幹部たちに望みどおりの金融緩和をやらせる方が簡単だ。それなのに習近平は、わざわざ難しい政策であるバブル潰しへの固執を続けている。これは習近平自身の個性というより、そうした方が中国にとって良いからだろう。 (紫禁城来鴻:人民大会堂"紅歌会" 習近平震怒)
習近平が金融引き締めに固執する理由は、この間の中国と世界(特に米国)との経済関係を長期的に見ると理解できる。中国政府が昨年までの投融資の大盤振る舞いをしたのは、08年のリーマン危機への対策としてだった。リーマン後に起きた世界不況から世界経済を立て直すために、米国がゼロ金利策をとって巨額の投融資金を作り、そのゼロ金利資金を中国が使って設備投資の大盤振る舞いをやり、それがリーマン後の世界経済を牽引役した。この共同作業は、米政府が中国政府に米中戦略対話などの場で提案して行われた可能性がある。中国は政府は08年に4兆元の投融資を行い、09年には国有の4大銀行から10兆元を融資させた。米国がゼロ金利策を続ける限り、中国側は金利負担なしに投資を拡大でき、株価が上がって共産党幹部も儲かった。
事態が転換したのは14年秋に米連銀(FRB)がゼロ金利策をやめることを決め、QE(量的金融緩和策)を日欧に肩代わりさせ、利上げの方向性を打ち出した時だった。米連銀は、ドルの国際信用を低下させるQEやゼロ金利策を続けられなくなり、2%前後の正常な金利水準に戻す必要があった。だが米国の金利上昇は、中国の調達金利の上昇につながり、設備投資や株のバブル崩壊を招きかねない。そのため習近平は、経済現場の幹部たちの反対を押し切り、設備投資の縮小を政策にしたり、株価を意図的に引き下げたりし始めた。劉鶴は、習近平の引き締め策に理論的な肉付けをするために抜擢されたのだろう。劉鶴は、江沢民の時代から最上層部で戦略立案を担ってきた王滬寧・政治局委員に取って代わる方向にある。 (権威人士講話三次談到"杠杆" 如何化解高杠杆?)
昨夏、中国が7年続けた設備投資のバブルを自ら崩壊させた後、世界経済は不況色を強め、1930年代以上のひどい世界不況が始まっている。中国から見れば「ずっとゼロ金利策を続けると言っていた米国が裏切って利上げに転じたのが悪い」ということになる。世界経済悪化という中国からの報復を受け、米連銀は利上げ政策を続けられなくなっている。現状は、経済(金融兵器)を使った米中間の暗闘になっている。 (China's president may have warned about a potentially 'deadly' risk to the economy)
その半面、習近平は党内のV字派と戦う際、おそらく劉鶴の発案で、米国の経済理論をふんだんに援用(詭弁的利用)している。米国で作られた理論をそれらしく使い、論争を有利に展開しようとしている。その使い方が中国流なので興味深い。その筆頭は昨秋来、中心的な経済用語として出てくる「サプライサイド(供給側)の経済改革」だ。
サプライサイドの理論はもともと、金持ちや大企業が動かす米共和党が、80年代のレーガン政権で打ち出した減税と、企業に対する経済規制撤廃のための理論(詐欺)だ(政治面の世界民主化論と並び、米政界の冷戦後の2大詭弁だ)。「減税するほど民間は課税されず手元に残ったお金を投資や消費に回すので経済が活性化し、最終的に税収が増える」「環境保護や安全性重視、資金洗浄禁止など企業に対する規制を政府がやめて市場原理に任せた方が経済が活性化する(市場原理主義)」などの内容だ。財政(税金)の需要側(使う側)である政府の財政投融資を拡大する既存のケインズ主義の景気対策を凌駕するため、税金の供給側(出す側)である企業や家計の経済活動を減税によって活性化するサプライサイド(供給側)経済理論が生まれ、それがレーガノミクス(レーガン主義)になり、市場原理主義として金融界が好む詐欺手法になり、最後はリーマン危機を引き起こして潰れた(QEという新たな詐欺に引き継がれた)。 (Reviving China: can 'Xiconomics' help mainland's economy the way 'Reaganomics' boosted US?)
習近平や劉鶴のサプライサイド経済改革は、投融資を拡大してV字回復をめざす中共の従来政策を「ケインズ主義」とみなし、それが昨今の世界不況とともに時代遅れになったので、代わりに供給側(生産者側、国有企業側)に設備過剰や借金漬けの体質をやめさせ、いずれ世界的に起こるバブル再崩壊(ドル崩壊)を乗り切るつもりだろう。習近平は、中国の供給側改革は、米国の供給側政策と意味が違い「改革」が重要だと言っている。 (Xi Jinping's stance on China's economy laid bare as he distances hallmark policy from Western-style supply-side economics)
習近平らは「市場原理の導入が大事だ」とも言っているが、これは政府が国有企業に低利で巨額融資してV字回復を目指すのでなく、国有企業に自力での高金利の資金調達を強いることで、設備や負債を縮小しようとしている。米国は以前から中国に「市場原理導入」を求めてきたが、習近平はそれを逆手に取っている。米欧は中国に対し、金融市場を開放して米欧の銀行に中国で自由に営業させろと言っている。習近平はこの圧力も逆手に取り、米欧銀行の参入を機に中国の金融市場を自由化していき、政府系4大銀行が国有企業に対し政策的な低利融資をやめることを狙っている。
習近平は党内を束ねるため、一方でマルクス主義をさかんに語っている。ケインズ主義の対抗馬といえば、もともとはマルクス主義の計画経済のはずだが、計画経済と言った瞬間にV字派や左派が好む政府が全部面倒見てくれる鉄飯碗に戻ってしまう。だから正反対の右方向(強欲資本主義)の、米共和党のサプライサイド理論を中華風に再調理したものを出してきている。昨年11月、習近平が「供給側改革が何より大事だ」と言い出すと、その後、李克強首相や周小川・中央銀行総裁ら経済現場担当の高官たちが口々に「供給側と需要側の間のバランスも大事だ」と、習近平の方針を換骨奪胎してV字回復的な方向に持っていこうとする発言を発した。中国最上層部は暗闘的だ。 (権威人士、劉鶴、周小川与国家統計局今天的数据)
米国はかつて市場原理主義を猛然と主張していたが、リーマン危機後のQEは、当局が金融界を救うために巨額資金を無限に注入する政策で、市場原理を全く無視した親方日の丸、鉄飯碗のケインズ主義だ。中国のV字派は、米国がやっているのだから中国も国有企業や不動産市場に無限の資金供給をしてかまわないはずだと言っている。これに対し劉鶴(権威人士)は、バブルの抑止策としてケインズ主義は失策だと言っている。 (七問供給側結構性改革)
親方日の丸の鉄飯碗政策をやめるほど失業が急増するが、その一方で習近平は、これまで居住権(戸籍)を持たないまま大都市に出稼ぎに来て、違法居留民として定住している数千万人に対し、その都市での居住権を与え、家を買ったり消費活動をしやすいようにして、中産階級の育成と内需の拡大をやり始めている。失業増は習近平への反感を強めるが、居住権の付与は逆に習近平への支持を強める。「経済減速と失業増、社会不安の拡大で中国は国家崩壊する。うれしいね」といった論調が日本で強いが、これは多分(神風が鬼畜米英を追い払うという昔の期待と同様の)無根拠なぬか喜びに終わる。習近平は、社会不安で政権が転覆すると予測したなら、自国のバブルをしつこく崩壊させ続けたりしない。 (Is China's Trillion Dollar Q1 Credit Surge Already Wearing Off?)
日本や米国のマスコミでは、中国経済に関する悲観的な論調が圧倒的だが、中国経済のダイナミズムを分析する姿勢がなく、内容が浅薄だ。「中共は経済統計をごまかしており、本当の成長率はもっと低い(といっても4・8%)に違いない。経済破綻するだろう」「中共は経済運営の技能が低く、株価テコ入れ策すらやれない。破綻は間違いない」といった感じのものばかりだ。中国が持つ構造をきちんと分析しないで破綻を予測することは、無意味なだけでなく害悪だ。中国が破綻せず経済台頭した場合、無策に陥り、米国は対中和解、日本は対中従属するしかなくなる。 (China's Economy Is Past the Point of No Return) (万策尽き始めた中央銀行)
政府の最上層部がバブルの再燃を何とか食い止めている中国は、政府を挙げてバブル(QE)を無定見に膨張させている日本より、はるかに健全だ。今の日本の上層部には、バブル膨張をいましめる権威ある人士が皆無だ。とっくに辞めさせられている。日本では安倍政権によって、QE拡大に消極的だった日銀の白川方明総裁が2013年に辞めさせられ、代わりに対米従属としてのQE急拡大をやる黒田東彦が財務省から殴り込んできて日銀総裁になり、日本を金融自滅への道に追い込んでいる。バブルの再燃が何とか食い止められている中国の横で、日本が先に金融破綻していくだろう。今回の記事を読んで私に腹を立てた人は、嫌中プロパガンダの軽信者だ。早く目を覚ました方が良い。
◆⑲ トランプ台頭と軍産イスラエル瓦解
【2016年5月11日】 田中 宇
5月3日、米国インディアナ州の共和党の予備選挙で、ドナルド・トランプがライバルのクルズらに圧勝した。米大統領選挙は、まず2大政党がそれぞれの統一候補を夏の党大会で決めた後、11月の最終投票で2人のどちらかを選出するのが事実上の制度だが、トランプは7月の共和党大会の代議員を決める各州での予備選挙で勝ち続け、5月3日のインディアナ州で全代議員の過半数がトランプ支持者で占められる状態にした。これで、トランプが共和党の統一候補になることが確定的になった。ライバル候補だったクルズとカシッチが相次いで敗北を認め、立候補を取り下げた。トランプは、すでに1050万人の共和党員に支持されており、最終的に共和党史上最多の支持を集めることが予測されている。 (How Trump Won?and How the GOP Let Him) (Trump To Get More Primary Votes Than Anyone In History)
党内民主制度で勝った以上、トランプが共和党の統一候補になり、トランプへの不支持を表明する者は離党するのが筋だが、それは簡単に進んでいない。共和党の上層部の大半は、これまでトランプを落選させようと動いてきた。911以降、共和党の上層部は軍産複合体系の勢力が席巻し、中東での連続的な戦争やロシア敵視策を進めてきた。だが、トランプはこれらの好戦策を採らず、日韓や欧州からの米軍撤退、ロシアとの協調など、むしろ軍産を潰す策を掲げている。 (世界と日本を変えるトランプ)
トランプは、リーマン危機後の米当局による金融延命策に反対で、任期が来たらイエレン連銀議長に辞めてもらうと言ったり、米国債をデフォルトさせるかもしれないと示唆したりしている。彼は、軍産を懐柔するためか軍事費の増加を提唱しているが、その一方で大減税を主張しており、米国を財政破綻に誘導している感じがする。 (Trump would replace Yellen as Fed chief? That's a big red flag) (Donald Trump's Idea to Cut National Debt: Get Creditors to Accept Less) ('Unpredictable' Trump Sends Mixed Foreign Policy Signals)
大金持ちのトランプは、自己資金で選挙戦を進め、他の候補たちのように党の資金に頼っていないので、党上層部は、カネを使ってトランプを従順にさせることができない。米国では、911以来の好戦策と、リーマン以来の金融延命策(金融界だけ助けて一般市民の生活は悪化)に対し、米国民が不満をつのらせているのに、共和党も民主党も上層部が(軍産や金融界からカネをもらっているがゆえに)国民の不満を無視して好戦策や金融延命策を続けている。だが、好戦策も金融延命策も、もう限界に達し、破綻しかけている。トランプはこの状況を見て選挙に参戦し、米国民の民意に沿う形で好戦策や金融延命策を潰す姿勢を打ち出し、大成功している。 (ニクソン、レーガン、そしてトランプ) (Trumped! Why It Happened And What Comes Next)
マスコミや専門家(彼ら自身、軍産や金融界のカネで生きている)は、ムスリム入国禁止論や移民敵視など、本質的でないところでトランプを酷評してきた。軍産への従属を国是とする日本でもマスコミがトランプを誹謗中傷し、日本人は軽信的なので、多くの人がトランプを嫌っている。しかし実のところ、トランプが共和党を制したことは、米国の民主主義が、意外にも健全さを失っていなかったことを示している。
軍産と金融界の影響下にある共和党上層部は、トランプを党の主導役として受け入れることが困難だった。党内最高の有力者であるポール・ライアン下院議長は5月6日に「まだトランプを受け入れることができない」と表明した。党内勢力の一つであるネオコンのウィリアム・クリストルは、党内の保守主義者を集めて脱党し、第3政党を作る方針を模索し始めた。 (Donald Trump's Warning to Paul Ryan Signals Further G.O.P. Discord) (GOP luminaries pick sides on Trump as party rift widens)
とはいえ、共和党上層部のほとんどの勢力は、自分の党を分裂させて壊すつもりがない。共和党の上層部は、米国が2大政党制だからこそ、強い権力を持ち続けられている。彼らは党を割りたくない。トランプを「まだ」支持できないと言った下院議長のライアンもその一人だ。共和党内は近年、金融界を敵視する茶会派の草の根からの台頭などで分裂傾向が増し、ライアンは分裂をうまくまとめる技能を評価され、46歳と若いのに昨秋から議長をしている。うまくやれば彼は2020年の大統領候補になれる。 (Treading Cautiously, House's Ryan To Meet Trump) (Donald Trump, Paul Ryan To Meet To Work Out Differences; Party Unity Top Priority)
米国は11月に大統領選と同時に上下院議員選挙も行われるが、共和党は多数派(下院の与党)を維持できそうで、ライアンは議長の座を守れそうだ。そんな彼が、トランプと決裂したいと思うはずがない。ライアンはむしろ、自分が党内の反トランプ派のまとめ役になってトランプと交渉することで、既存の党上層部とトランプを和合させたいように見える。ライアンはトランプに面会を申し込み、2人は5月12日に会う。両者の交渉は一度で妥結しないかもしれないが、7月の党大会の前までにまとまるだろう。 (It's Donald Trump's Party, Not Paul Ryan's)
不動産事業で大儲けしたトランプは2011年まで、共和党より民主党に多く献金していた。その後は共和党に強く肩入れしたが、それは自分が大統領になるための動きだった可能性がある。草の根の支持を集めて民主的に共和党を乗っ取り、既存の党上層部に自分を支持しろと迫るトランプは、共和党に対して「敵対的企業買収」をかけて成功した感じだ。トランプにとって、共和党は自分が大統領になるための買収先でしかないが、ライアンやその他の共和党幹部の多くにとって、共和党は自分たちの人生そのものだ。トランプのせいで共和党が分裂解体すると、トランプ自身は大して困らないが、ライアンら議員団は非常に困る。 (Paul Ryan is bluffing with no cards, and Donald Trump knows it) (Donald Trump - Wikipedia) (Republican Party Unravels Over Donald Trump's Takeover)
既存の共和党上層部は、敵対的買収を受けて陥落した企業の経営者員たちと同様、草の根の従業員(党員)の士気を気にして強気に振舞うが、裏では買収屋にすり寄ってと何とか折り合いをつけようとする。すでに、ジョン・マケイン上院議員、ディック・チェイニー元副大統領ら、ゴリゴリの軍産複合体の共和党の重鎮たちが「誰であれ、党内選挙で勝った人を大統領候補として支持すると、私は以前から言ってきた」という言い方で、トランプ支持を表明している。ブッシュ家は元大統領の父子がそろってトランプ不支持を表明したが、これは共和党を分裂させる目的でなく、むしろブッシュ家が政治から手を引く宣言をしたように見える。一つの時代が終わり、次の時代が来ている。 (McCain supports Trump for President) (Bush 41, 43 won't be endorsing Trump)
共和党が分裂せず、米国の2大政党制が崩れないなら、トランプ化する共和党を離脱して新政党を作っても、2大政党以外を強固に排除する米国の選挙制度に押しつぶされ、ほとんど政治力を発揮できない。ネオコンのクリストルたちは「真の保守主義者(のふりをした守銭奴)」たちを誘って党外に出ることで、共和党浄化作業の「ゴミ箱」として機能しようとしている。 (Conservatives Are Taking The Wrong Lessons From Trump's Success)
トランプ支持を表明した人々の中で私が最も驚いたのは、マケインやチェイニーでない。ラスベガスなどのカジノやリゾートを経営する不動産王で、共和党に巨額の献金をしてきたシェルドン・アデルソンが、5月6日にトランプ支持を表明したことだ。ユダヤ人である彼は、ネタニヤフ首相らイスラエル政界とつながり、米共和党に対し、親イスラエルの政策をとり続けることを強要してきた。 (Sheldon Adelson backs Donald Trump, says he's good for Israel) (Casino magnate Sheldon Adelson endorses Donald Trump for president)
アデルソンは、イスラエルで最大の部数を持つ日刊紙(フリーペーパー)のイスラエル・ハヨム(Israel Hayom)も経営(所有)しているが、同紙は「ネタニヤフ新聞」と揶揄されるほど、ネタニヤフや与党のリクードについて好意的に報じ続け、イスラエルの言論の極右化や、09年からのネタニヤフ政権の長期化に貢献してきた。共和党を含む米政界は911以来、軍産複合体とイスラエル右派が合体した「軍産イスラエル」の強い影響下にあるが「在米イスラエル右派」として大きな力を持つアデルソンは、共和党が軍産イスラエルに対して従順であるよう仕向けてきた。 (Israel Hayom - Wikipedia) (How Sheldon Adelson is burnishing Donald Trump's image in Israel)
そんな軍産イスラエルの黒幕であるアデルソンが、軍産の共和党支配や、米国の覇権主義を破壊しようとするトランプに対し、支持を明言したのは驚きだ。トランプは昔から親イスラエルで、彼の娘のイヴァンカはユダヤ人実業家と結婚してユダヤ教徒に改宗している。だが、トランプが大統領になって主張通りの世界戦略をとり、米国が覇権を減退させて中東など世界各地から軍事的に手を引いたら、イスラエルは窮乏する。昨年末、アデルソンが共和党内でトランプを攻撃中傷する運動に資金を出しているのでないかと分析者の間で推測されたが、その後アデルソンがトランプに関して好意的にコメントし、イスラエルの自分の新聞ハヨムにトランプ批判を載せることを禁止し、むしろハヨムに親トランプ的な記事を書かせていることがわかった。アデルソンのトランプ支持は長期的なものだ。 (Sheldon Adelson's Israeli Newspaper Has a Crush on Donald Trump) (Republican donor Adelson and Trump may be aligning on Israel)
民主党ではクリントンが好戦派を演じ、親軍産・親イスラエルを強くかがけている。好戦的な米国がイスラエルを守ってくれるという従来の構図を維持したければ、アデルソンはトランプ支持を表明せず、クリントンを財政支援するのが良い。しかしアデルソンはトランプを支持した。これはイスラエル右派がトランプを支持したのと同じだ。 (Clinton denounces movement to boycott Israel)
米国とイスラエルの関係を見ると、すでに現オバマ政権が、イスラエルの仇敵だったイランに対する核兵器開発の濡れ衣を解いてイランを台頭させ、シリア内戦の解決もロシアに任せてしまっている。イスラエルの周辺では、シリア、レバノンが露イランの傘下に入り、エジプトも親米より親露に傾いている。米国の中東支配が崩れ、イスラエルは米国に頼っても意味がなくなっている。クリントンが次の大統領になっても、この傾向は多分あまり変わらない。むしろ、建前だけ2国式解決(パレスチナ国家創設)のパレスチナ問題で、米国は、解決する気がないくせに人権問題やユダヤ入植地建設反対を言ってイスラエルを非難し続けそうだ。 (シリアをロシアに任せる米国) (イランとオバマとプーチンの勝利)
イスラエルとしては、いっそのこと米国に頼らず、ロシアのプーチンと話をつけ、パレスチナ問題で黙っていてもらうと同時に、イランやその子分のレバノンのヒズボラがイスラエルを攻撃しないようプーチンから圧力をかけてもらう方が効率的だ。ネタニヤフは最近足しげくモスクワを訪問し、プーチンと長時間にわたって会談している。ロシアの中東支配が安定すれば、いずれプーチンの仲裁で、敵同士だったイスラエルとイラン、イスラエルとサウジアラビア、サウジとイランなどが和解できる可能性が増し、イスラエルは国家存続できる。米国(軍産)は長年これらの敵同士の対立を煽ってきたが、プーチンは対照的に中東の安定を重視している。軍産にすり寄るクリントンはロシア敵視を繰り返し表明しており、彼女が大統領になったらイスラエルはロシアに接近しにくい。対照的にトランプは、プーチンを評価しており、イスラエルのロシア接近をむしろ喜ぶ。 (Russia seeks bigger Middle East role through alliance with Israel) (国家と戦争、軍産イスラエル) (イスラエルがロシアに頼る?)
トランプが共和党を制した直後、イスラエル政府(法務相)は、これまで軍事占領地としてイスラエル軍による軍政が敷かれてきたヨルダン川西岸のうち、パレスチナ人の人口密度が低い「C地域」(広さとして西岸の60%、砂漠が多い)について、これから1年かけて、軍政下の占領地から、国内法が適用されるイスラエル国内に転換していく法的措置をとっていくと発表した。国際的に批判されているユダヤ入植地のほぼすべてがC地域にある。イスラエルはこれまでC地域からパレスチナ人を追い出す作戦を続けてきたが、それでもC地域に住み続けるパレスチナ人にはイスラエル国籍が与えられ、イスラエル国民の2割を占める「アラブ系市民(2級市民)」の仲間入りする。 ('Israeli annexation bombshell imminent') (Shaked move towards 'settlements annex')
この動きは、イスラエルが2国式を破棄し、西岸の60%の土地を国内に併合することを意味している。イスラエルが西岸併合に向かっていることは以前から感じられ、私も3月に記事にした。西岸併合の正式表明が、トランプの共和党制覇の直後であることが重要だ。西岸をABCの3地域に区分したのは95年のオスロ合意で、AとBがパレスチナ人の人口密集地(Aはパレスチナ自治政府の自治地域、Bは自治政府とイスラエル軍の共同管理)で、それ以外がCだ。パレスチナ人の大半(280万人)はAとBに住んでいるが、ABは飛び飛びに存在し、都市間にあるC地域(パレスチナ人口30万人)がイスラエルに併合されると、残りのAB地域だけでパレスチナ国家を作ることが地理的に不可能だ。 (West Bank Areas in the Oslo II Accord) (西岸を併合するイスラエル)
パレスチナ人は今後、四方をイスラエルに囲まれた、アパルトヘイト時代の南アフリカの黒人ゲットー(ホームランド)と同様の、都市や農村の体裁をとった収容所で永久に過ごすことになる。ひどい人権侵害が続くことが確定的になったが、オバマ政権は大した反応をしていない。ムスリム排除を掲げる親イスラエルなトランプや、人権を問題にしないロシアのプーチンは、この新事態を看過してくれるだろう。トランプはイスラエルの西岸入植地の拡大を支持している。このように見ていくと、アデルソンのトランプ支持が理解できるようになる。 (Trump to Israel: Keep Building Settlements) (Sheldon Adelson - Wikipedia)
(西岸と隣接する元米英傀儡国のヨルダンでは最近、アブドラ国王の権力が強化され、彼は独裁的な力を手にした。米露が了承しないと、この変更は実現しなかった。もしかするといずれ、イスラエルやロシアやトランプは、AB地区に住むパレスチナがヨルダンに移住することを隠然と奨励し、これをパレスチナ問題の最終解決とするかもしれない。すでにヨルダン国民の6割はパレスチナ人で、ヨルダンの最大野党はパレスチナ人のハマスの系列だ。今後パレスチナ人の割合が増えてもヨルダンが「民主化」されぬよう、国王の権力を強化したのでないか。ヨルダン国王は、自らの権力増大と交換に、パレスチナ人の追加受け入れを了承した可能性がある。中東民主化の時代は去った) (Jordan King Abdullah set to consolidate executive power) (中東問題「最終解決」の深奥)
イスラエルだけでなく、中東諸国の多くの指導者が、中東を混乱させることしかやらない米国に愛想を尽かし、モスクワを頻繁に訪問し、プーチンにすり寄っていると、オバマ政権の元中東担当責任者であるデニス・ロスが指摘している。大失敗した中東民主化策を推進したブッシュ家(パパは穏健派だったが)は、トランプの台頭、中東民主化策の完全破綻とともに、政界を去る宣言をした。サウジでは、対米自立をめざす30歳のモハメド・サルマン副皇太子が、王政内の対米従属派と暗闘を続けている。モハメド・サルマンが進めるサウジの対米自立も、トランプが大統領になったらぐんぐん進む。サウジの軍事的な対米依存を批判してきたトランプは、サウジの自立を支持(黙認)するだろう。 (Middle East Leaders Give Up on Obama, Turn to Putin - US Diplomat) (サウジアラビア王家の内紛)
トランプが席巻した結果、共和党で見えてきたのは、これまで合体して共和党や米政界を支配してきた「軍産」と「イスラエル」が、別々の道を歩み出して分裂している新事態だ。軍産はNATO延命のためロシア敵視の道を暴走しているが、イスラエルは隠然と親ロシアに転じている。この事態は、米国がイラクやシリアやエジプトで戦争や下手くそな民主化扇動をやって失敗し、イスラエルがそれに迷惑するようになった数年前から始まっていたが、トランプの台頭で顕在化が一気に進んだ。この傾向は長期的なもので、今後さらに常態化する。軍産イスラエルが米国を支配した時代の終わりが来ている。トランプは、軍産イスラエルのプロパガンダ力の低下を見破り、大統領に立候補して国民の支持を集め、軍産を破壊した。米国は民主主義が生きている。私はこんな米国が大好きだ(皮肉でなく)。
軍産複合体は、もともと英国が冷戦を起こして米政界を牛耳るために作られた。冷戦終結後、英国は金融重視になって軍産を見捨て、軍産は弱体化(亡霊化)したが、90年代後半にイスラエルが軍産の皮をかぶって(軍産に背乗りして)米国支配に乗り出し、クーデター的に起こされた911事件を機に米政界を席巻した。こうした経緯を見て湧いてくるのは「軍産は、イスラエルが抜けた後、再び亡霊化して消えていくのでないか」という予測だ。イスラエルが軍産抜きで存在し続けるのと対照的に、軍産はぬいぐるみの「皮」でしかなく、誰かが黒幕として動かしてくれないと消滅していく。日本が黒幕になればいい、と対米従属の人は思うかもしれないが、アングロサクソンやユダヤといった、米国内に強い勢力を持つ英国やイスラエルと異なり、戦後の日本は米国内に勢力を持っていないので無理だ(戦後の日本政府は、米国に忠誠を疑われぬよう、日系人と縁を切った)。
イスラエルについて延々と書いたが、そこから読み取れるもう一つのことは「クリントンは勝てない」ということだ。クリントンはもともとリベラル派なのに、軍産イスラエルにすり寄って大統領になるため、無理をして好戦派としてふるまい、人権侵害だらけのイスラエル極右を大げさに支持してきた。クリントンは、軍産イスラエルの米国支配が今後もずっと続くことを前提に、大統領選を展開してきた。しかし、トランプの台頭と、アデルソンのトランプ支持表明が示すとおり、クリントンの戦略はもはや時代遅れだ。共和党では、もともと草の根の茶会派(孤立主義)だったランド・ポール上院議員がイスラエルにすり寄って大統領選に参戦したが、トランプに負けることが確定して敗退している。 (Rand Paul Will Endorse Donald Trump, the Least Libertarian GOP Nominee in Decades)
オバマ大統領は3月、雑誌アトランティックのインタビューの中で、クリントンの好戦性を何回も批判している。オバマは、サウジやイスラエルの対米依存を批判する一方でロシアを隠然と持ち上げており、事実上の姿勢がトランプと似ている。オバマは、アトランティック誌に記事を書かせることで、自分がトランプ支持・反クリントンであることを(わかる人にだけわかるように)示したと思える。そのオバマ政権が運営するFBIは最近、クリントンが国務長官時代に私的なサーバーで国家機密を含んだ電子メールのやり取りをしていたことの違法性を捜査している。クリントンにとって選挙戦で最も大事な最後の半年間に入った今、オバマがFBIを使ってクリントンの選挙戦を妨害するかのように、メール事件の捜査が本格化している。クリントンがトランプに負ける公算が高まっている。 (FBI Investigation Of Hillary Clinton May Involve More Than Her Emails) (軍産複合体と闘うオバマ)
トランプの席巻とともに、世界中の対米依存(従属または牛耳り)の諸国が、米国依存を低めていく「B計画」を強化している。イスラエルやサウジはロシアに接近し、英国は6月末の国民投票を経てEUとの一体化を強めようとしている。ドイツやフランスは、米国が覇権を低下させてNATOが形骸化したらEUの軍事統合を進め、ロシアと和解できる。トランプはNAFTAにも反対なので、カナダやメキシコは様子見に入っている。 (Ron Paul, Secretary of State?)
韓国は近年、米国と中国の間のバランスをとっており、米国が駐留米軍を撤退すると中国依存が強まる。在韓米軍の撤退には、中国が主催する6カ国協議の進展による米朝対立の解消が不可欠だ。トランプは、中国に圧力をかけて6カ国協議を進めさせる策を表明している。北朝鮮はその時に備え、中国風に背広を着て金正恩が登場する党大会を開いたりして、新たな宗主国である中国に配慮しつつ金正恩の独裁を強化している。米国が新政権になり、北の独裁強化が一段落したら、6カ国協議が再開されるだろう。協議が成功すると、朝鮮半島は米国の覇権を離れ、中国の覇権下になる。この覇権転換は、10年以上前のブッシュ政権の高官だったコンドリーザ・ライスが表明していたシナリオだ。 (North Korea ready to improve relationships with 'hostile' nations) (北朝鮮の政権維持と核廃棄) (日米安保から北東アジア安保へ)
対米依存諸国の多くは、対米依存以外の「B計画」がある。それが全くない数少ない国の一つが、わが日本だ(ほかは米国に近すぎるカナダぐらいだ)。トランプは、日本だけでなく、韓国、ドイツ、サウジなど米軍が駐留するすべての国に対し、駐留米軍の経費を全額地元国で払うよう求めている。日本以外の国々は、全額払ってまで米軍にいてもらう道理がない。たとえばドイツの米軍基地は、米軍のアフガニスタン占領の経由地として使われ、ドイツの基地がなければ米軍のユーラシア支配が不可能になる。ドイツの米軍基地は、ドイツのためでなく米軍のためにある。ドイツには「不必要なロシア敵視ばかりやる米軍は、ユーラシア支配をやめて出て行ってもらってかまわない」という世論がある。 (Japan ambassador takes veiled swipe at Trump's 'America First' stance)
このような他国の状況と対照的に、日本だけは「米軍がいないと中国の脅威に対抗できない」「日米同盟が消失(希薄化)したら日本はやっていけない」という、対米依存の見方しかなく、米国に依存しない国策が皆無だ。中国に対する不必要な敵視をしないなら、米軍の西大西洋戦略は、グアムとハワイだけで十分に機能する。日本はこの10年ほどかけて、対米従属を続けるため、尖閣問題などで中国との関係を意図的に悪化させ、中国を深刻な敵国に仕立てた(対照的に、カナダは深刻な敵国を作っていないのでB計画がなくても困らない)。米国の衰退(自滅)傾向は、03年のイラク侵攻あたりから見えていたのだから、日本はオーストラリアや韓国、東南アジア諸国と同様、米国と中国の両方とバランスをとって協調する策をとるべきだった。08年の鳩山政権はそれをやろうとしたが、対米従属プロパガンダ(官僚機構傘下のマスゴミと、その軽信者たる多数の国民の世論)に負けて潰れた。 (尖閣で中国と対立するのは愚策) (多極化への捨て駒にされる日本) (Japan and the rest of the world ignore Donald Trump at their own peril)
この状況下でトランプが大統領になり、公約通り日本にも米軍駐留費の全額負担を求めてくると、まず日本は全額負担に応じようとするだろう。日本政府は思いやり予算として、すでに米軍駐留費の半分以上を負担している。これを全額にすることは、財政難の日本にとってつらいが、不可能でない。しかしトランプ政権は、在日米軍駐留費を再試算してふくらませ、まだ全額でないぞと言ってきそうだ。トランプの真の目的はおそらくカネでない。世界を対米依存からふりほどき、国際政治の構造を転換(多極化による活性化)し、それによって自国の政治体制を再浄化(軍産を破壊)することが真の目的だろう。
日本に対してだけ対米従属を認めると、そこから軍産が蘇生・延命しかねない。日本の対米従属は、トランプが進める米国と世界の政治浄化作業にとって邪魔者だ。米政府は、日本に対する嫌がらせを延々と続けるだろう。他の国なら、米国による嫌がらせが反米ナショナリズムの扇動につながり、対米自立につながっていくが、日本では、米国による嫌がらせを無視するマスコミや教育の体制が昔から確立しており、いくら米国が嫌がらせをしても、日本人には全く何も伝わらない。
しかし米国には、一方的に在日米軍を引き上げる手がある。トランプは、財政赤字の急拡大を打ち出す一方、米国債の債務不履行を示唆し、米連銀によるドル延命策にも否定的だ。1971年のニクソン政権による金ドル交換停止のように、トランプ政権は米国の財政破綻を意図的に演出する可能性がある。そうなると、米政府は緊急策として在外米軍の完全撤退を発動するだろうから、日本がいくら思いやり予算を出しても在日米軍の撤退を止められなくなる。 (Great, Donald Trump Threatened To Default On The National Debt)
在日米軍が撤退し、日米同盟が形骸化して対米従属ができなくなると、日本はゆるやかに対中従属に転じていくだろう。昨年、オーストラリアの潜水艦を日本が受注しそうな件を機に、中国の影響圏に隣接する西太平洋地域に、日本が豪州やフィリピンなどと一緒に独自の影響圏を作っていく「日豪亜同盟」のシナリオが見えかけたが、それは豪州が潜水艦を日本でなくフランスに発注することを決めたため消えた。日本はこの10年、世界情勢の全体を見据えた上で自国にふさわしい対米従属以外の国家戦略を練る必要があったが、日本の趨勢は逆に、政府も民間も国際情勢に対する誤解と無知と無関心を増大してきた。 (◆潜水艦とともに消えた日豪亜同盟) (見えてきた日本の新たな姿)
日本が対米従属をやめたら自前で核兵器を持って中国に戦争を仕掛けるという懸念が国際的に存在するが、これは今のところ杞憂だ。日本は以前から国内的に、米国に頼らず自力でどこかの国と対抗(競争、論争、戦争)する気力を国民が持たないようにする教育的な仕掛けが作られている。日本で権力を握る官僚機構は、好戦性や闘争心をできるだけ削ぐ教育を長く続けており、日本は自力で外国と能動的に対立できない国になっている。喧嘩や論争を好む若者は昔よりはるかに少ない。喧嘩や議論が好きなのは、官僚が無力化教育を開始する前に大人になった中高年(じじい)ばかりだ。この無力化の教育策は、対米従属の永続を目的としていたのだろうが、米国が覇権を失って中国が台頭する中で、日本を中国に立ち向かわない、中国やその他の国と競争・論争・戦争できない国にしている。これは「平和主義」でなく「従属主義」として日本で機能している。
中国は、日本のこうした状況を分析しているだろうから、日本のプライドをできるだけ傷つけないようにして、日本人が中国に感謝するように仕向けつつ、日本が中国にゆるやかに従属する体制(半鎖国・半従属)に移行させようとするだろう(ヤマトの琉球王国化)。官僚機構は、自分たちの権力が維持出来れば「お上」が天皇だろうが米国だろうが中国だろうがかまわないので、中国が日本の官僚隠然独裁を容認することを条件に、中国の策略に喜んで協力するだろう(売国奴)。官僚は、日本がどこかの国に従属している方が国内で権力を保持しやすい。国会でなく官僚が実質的な権力を握る限り、日本の真の民主化や国際的な自立は、この先も半永久的に起こらない。 (民主化するタイ、しない日本)
◆⑳ 潜水艦とともに消えた日豪亜同盟
【2016年5月6日】 田中 宇
4月26日、オーストラリア政府が、同国史上最大の軍事事業となる12隻の海軍潜水艦の建造を、以前に予測されていた日本勢(三菱と川重)でなく、フランス勢(国営造船所、DCNS)に発注すると発表した。豪州のテレビ局がその数日前に、豪政府が閣議(安全保障会議)を開き、日本に発注しないことを決めたと報じており、先に(米国が推していた)日本を外すことを決めてから、最終的な発注先を決めた感じだ。 (It's Official: France's DCNS Wins Australia's $50 Billion Future Submarine Contract) (Submarine deal: Successful bid for new Royal Australian Navy boats to be announced next week)
4月に入り、豪州沖で日豪合同軍事演習が行われたり、日本自衛隊の潜水艦が戦後初めてシドニーに寄港したりして、日豪の軍事協調が喧伝され、日本が豪州の潜水艦を受注する下地が整えられていたかに見えた。それだけに、フランスへの発注は驚きをもって報じられた。豪ターンブル政権は、豪国内での建造に消極的だった日本勢を外し、豪国内で建造する度合いの高い仏勢に発注することで、豪州南部のアデレードの国営造船所の雇用を増やしてやり、7月の選挙に勝つための策としたのだとか、フランスのDCNSの豪州法人の代表が豪防衛省の元高官で政治力が強く、海外での受注経験がない日本勢を出しぬいたのだとか言われている。 (Japanese unlikely to supply our submarines) (How France Sank Japan to Win Australia's $40 Billion Submarine Deal) (Thousands of jobs promised in a $50b billion dollar contract to build submarines in Adelaide) (Japan Falls Behind in Race for Australian Submarine Contract)
私は、豪州が日本に発注したくなかった、もっと大きな地政学的な理由があると考えている。それは、潜水艦を日本に発注すると、今後20年以上にわたって日本との同盟関係を強めざるを得ないが、米国の覇権が衰退していきそうな今後の10-20年間に日本が国際的にどんな姿勢をとっていくか見極められない流動的な現状の中で、豪州が、日本との同盟強化に踏み切れなかったことだ。 (D-day approaches for vital submarine choice)
豪政府が潜水艦の発注先を検討していたこの半年ほどの期間は、米国の覇権のゆらぎが大きくなった時期でもあった。米国はこの半年に、シリアやイランといった中東の覇権をロシアに譲渡したし、米連銀が日銀や欧州中銀を巻き込んで続けてきたドル延命策(QEやマイナス金利)の失敗感が強まったのもこの半年だ。次期米大統領の可能性が高まる共和党のトランプ候補が、財政負担が大きすぎるとして日本や韓国に駐留している米軍の撤退を選択肢として表明したのも今年だ。それまで、米国の覇権がずっと続くことだけを前提に国際戦略を立てられたのが、この半年で、米国が(意図的に)覇権を減退するかもしれないことを前提の中に加味せねばならなくなった。 (Abysmal submarine process a slap in the face to Japan)
潜水艦は、兵器の中でも機密が多い分野だ。今回の建造は、豪海軍の潜水艦のすべてを新型と入れ替え、現行のコリンズ級の潜水艦(6隻)をすべて退役させる大規模な計画だ。新型潜水艦は30年使う予定で、その間に、豪州と発注先の国の関係が大きく変化するとまずい。日本と豪州は従来、両国とも米国の同盟国として親密な関係にあった。だが今後、米国の覇権が低下し、それと反比例して中国の台頭が顕著になった場合、日本と豪州の国際戦略が相互に協調できるものであり続けるとは限らない。 (日豪は太平洋の第3極になるか)
豪州は、数年前から、衰退する米国と台頭する中国という2大国の両方との距離感のバランスをうまく取ることを国家戦略としている。豪州の政府内や政界には、対米同盟重視派(対米従属派)とバランス重視派がおり、アボット前首相は対米重視派で、ターンブル現首相はバランス重視派のようだ。ターンブルがアボットを自由党の党首選挙で破って首相の座を奪った昨秋が、バランス派が強くなる転換点だった。米中間のバランス重視に傾く豪州と対照的に、日本は、米国の衰退傾向を全く無視して米国との同盟関係のみを重視し、対米従属を続けるため米国の中国包囲網策に乗って中国敵視を続けている。米国の衰退を全く無視する日本に対し、豪州が懸念を抱くのは当然だ。 (Why Japan Lost the Bid to Build Australia's New Subs)
豪州の権威ある外交問題のシンクタンクであるローウィ国際問題研究所では、この件についてウェブ上で議論が交わされてきた。論点の一つは、米国が中国敵視を今より強め、日本が追随して中国敵視を強めた場合、豪州も日米に追随して中国敵視を強めるということでいいのかどうか、という点だった。このシナリオが現実になった場合、豪州が米中バランス外交を続ける(中国と戦争したくない)なら、日米から距離を置く必要がある。潜水艦を日本に発注しない方がいいことになる。 (Japanese subs: A once-in-a-generation opportunity) (What the submarine contract means to Japan) (The case for Japanese subs is based on dangerous assumptions about Asia)
もう一つの論点は、もし米国が軍事政治力の低下によって中国敵視をやめた場合、日本はどうするだろうかというものだ。日本は米国抜きで(核武装して)中国敵視を続けるか、もしくは中国との敵対を避けて対中従属に動くか(特に中国が日本のプライドを傷つけないように配慮した場合)という話になり、どちらの場合でも、敵対と従属という両極端のどちらかしかない日本の硬直した(もしくは浅薄な)姿勢は、中国との関係について慎重にバランスをとってきた豪州にとって受け入れられず、日本と同盟関係を強めることになる日本への潜水艦発注はやめた方がいいという意見が出ていた。 (With this ring...: Japan's sub bid is more than a first date) (Japan's submarine bid is a first date, not a marriage proposal) (Does Japan expect an alliance with Australia as part of a submarine deal?) (What sort of power does Japan want to be?)
敵対関係の中で、形成が不利になっても早めに柔軟にうまく転換する道を模索せずに敵対一本槍をやめず、敗北が決定的になると一転して相手国に対する従属と追従の態度に一気に転換する。これは日本が第二次大戦で敵だった米英豪に対してとった態度だ。豪州は対日戦の当事者だったので、日本のそうした(間抜けな)特質をよく覚えているはずだ。その上で今の日本を豪州から見ると、中国に対し、かつて米英豪にやったように硬直した下手くそな一本槍の敵対策をやっている。日本の公的な言論の場では、米国が覇権を後退させる可能性について全く語られていないし、日本は中国に負けるかもしれないので敵対を緩和した方がいいと提案する者は「非国民」扱いされる。国民の多くは、この件について考えないようにしている。昭和19年と何も変わっていない。豪州が、日本と組むことを躊躇するのは当然だ。 (Mugabe in Tokyo: The warping of Japanese foreign policy)
もととも豪州に対し、潜水艦を日本に発注するのが良いと勧めてきたのは米国だ。米政府は、独仏に対する不信感を表向きの理由に、独仏が作った潜水艦に米国製の新型兵器を搭載したくないので日本に発注するのが良いと豪州に圧力をかけた。豪州のアボット前首相は、この米国の勧めにしたがい2014年、安倍首相に対し日本への発注を約束した。日本としては、米国の後押し(七光り)を受けて豪州から潜水艦を受注することで、対米従属の強化と、自国の軍事産業の育成の両方がかなえられる。安倍政権は、製造機密の海外移転をいやがる三菱など業界側を説得し(叱りつけ)、豪州からの潜水艦受注に乗り出した。 (CSIS report argues for strong US-Japan-Australia alliance against China)
米国は同時期に、日豪に対し、中国が軍事行動を拡大する南シナ海の警備や対中威嚇を、米国から肩代わりする形で日豪がやってくれと求めた。豪州に対し、潜水艦を日本に発注しろと米国が勧めた真の理由は、軍事機密のかたまりである潜水艦の受発注を通じて日豪に軍事同盟をさせつつ、日豪が米国に代わって中国包囲網の維持強化をやる態勢を作ることだったと考えられる。日本政府は、豪州と組んで中国を敵視するという、米国から与えられた新たな任務をこなすことで、日本の対米従属を何十年か延長できると考え、豪州に対し、米国との同盟強化のために潜水艦を日本に発注し、対中包囲網としての日豪米軍事協調を強めようと売り込んだ。 (Japan sees Chinese hand in decision to overlook Soryu)
豪州に対する日本の売り込み方は、潜水艦を機に日米豪の同盟を強化し、中国への敵視を強めようという一本調子だった。日本外務省は近年、省をあげて「ネトウヨ」化しており、対中敵視と対米従属のみに固執している。外務省で米中バランス策を語る者は出世できない状態だろうから、省内でこっそり米中バランス策が検討されているとは考えにくい。日本政府が、国内で全く検討されていない米中バランス策に立った日豪同盟を豪州に提案していたはずがない。ローウィ研究所での議論から考えて、潜水艦の発注先を決めるに際し、豪政府側は日本に対し、対米従属以外の国策があるのかどうか、対米従属できなくなったらどうするつもりか、といった日本の基本戦略について尋ねたはずだ。これらの基本戦略について、日本では公式にも非公式にもまったく議論がない。だから日本は、豪州に対しても十分な答えができなかったと考えられる。豪州は日本に見切りをつけ、フランスに潜水艦を発注した。 (Japan's submarine bid looks sunk)
豪国防省の戦略立案担当の元高官で今は大学教授のヒュー・ホワイト(Hugh White)は、以前から「豪州が潜水艦を日本に発注することは、日豪が軍事同盟を強めることを意味する」と言い続けてきた。同時に「日本は、同盟強化と潜水艦を絡めて売り込んでいるが、フランスやドイツはそれがないので独仏にすべきだ」とも主張していた。彼は、豪州内の対米従属派(対日発注派)から批判されていたが、ターンブル政権はホワイトの主張を採用し、フランスに発注した。 (If we strike a deal with Japan, we're buying more than submarines) (Hugh White on `The China Choice')
今回の日本の不成功は、日本側が引き起こした面もある。日本では、安倍首相の周辺が、潜水艦を受注して豪州と同盟を強化することを強く望んでいたが、外務省や防衛省、防衛産業界には、潜水艦の受注に消極的な勢力がかなりいた。日本の高度な軍事技術を、まだ同盟国でない豪州に教えたくないというのが理由と報じられてきたが、国際政治的に見ると、要点はそこでない。潜水艦を機に豪州と同盟を組んでしまうと、米国が「日本は豪州と組んだので米軍がいなくても大丈夫だ」と言い出し、日本の対米従属を難しくしてしまうという懸念が、外務省など官僚側にある。米政府から直接に勧められて潜水艦の売り込みを続けた安倍首相に、官僚が正面から反対することはできなかったが、戦略をめぐる日豪の問答で、豪州が満足しない答えしか出さないことで、外務省は潜水艦受注をつぶすことができた。 (Goodbye Option J: The view in Japan) (Japan considers direct call with Malcolm Turnbull in last-ditch option for $50 billion submarine project)
昨秋、豪潜水艦を日本が受注する可能性が高まった時、私は、日豪が同盟しない限り潜水艦技術を共有できないと豪州側で指摘されていたことをもとに、潜水艦を皮切りに日豪が同盟を強化し、日豪の間の海域にあるフィリピンやベトナム、インドネシアなども巻き込んで「日豪亜同盟」形成していく可能性について書いた。今回の豪州の決定の周辺にある、ロウィ研究所の議論などを見ていくと、日本との関係を同盟へと強化しない方がいいと考えて豪州が潜水艦発注をやめたことがうかがえるので、これは「日豪亜同盟」の創設を豪州が断ったことを意味すると考えられる。 (見えてきた日本の新たな姿)
潜水艦の機密を共有したら始まっていたであろう「日豪亜同盟」について、日本は、中国敵視と対米従属の機構としてのみ考えていたのに対し、豪州は米中間のバランスをとった上での、対中協調・対米自立も含めた機構と考える傾向があり、この点の食い違いが埋まらなかった。日本ではこの間、豪州との戦略関係について、中国敵視・対米従属以外の方向の議論が全く出てこなかったし、近年の日本では、対中協調や対米自立の国家戦略が公的な場で語られることすら全くないので、今後も豪州を納得させられる同盟論が日本から出てくる可能性はほとんどない。「日豪亜同盟」のシナリオは、日本の豪潜水艦の受注失敗とともに消えたといえる。日豪同盟はまだこれからだという指摘も(軍産系から)出ているが、目くらまし的な楽観論に感じられる。 (Australia-Japan Defense Ties Are Deeper Than a Sunken Submarine Bid) (Respect must be shown to Japan)
米政府は、最近まで豪州に対し、独仏でなく日本に潜水艦を発注しろと圧力をかけていたが、豪州が潜水艦の発注先を決めねばならない今春の期限ぎりぎりになって、発注先決定は豪州の内政問題なので米国は介入しないと通告し、豪州が自由に発注先を選べるようにしてやった。米オバマ政権は日本に対し、最後のところではしごを外したことになる。 (Canberra all but rules out Japan sub bid: report)
米国は最近、ロシアや中国への敵対を強めている。欧州側の対露国境近くでは、連日のように米軍(NATO)の偵察機や戦闘機がロシアを威嚇するように国境すれすれに飛び回り、米露間の緊張関係を増大させている(米国が威嚇しているのに、米欧日のマスコミではロシアが悪いことになっている)。中露と組むBRICSのブラジルや南アフリカでは、米国の差し金で検察が大統領の汚職疑惑(ブラジルのは多分濡れ衣、南アのは昔の事件の蒸し返し)を執拗に捜査してスキャンダルが誘発され続け、米国による政権不安定化策が続けられている。また米国はインドに対し、軍事関係を強める動きを続け、インドを親中国から反中国に転換させようとしている。米国は今後、米国の覇権が崩壊するほど台頭するBRICSを解体させることで、自国の覇権を維持しようとする策を強めるだろう。 (Washington Launches Its Attack Against BRICS - Paul Craig Roberts) (Brazil, Europe, Iran, US, Saudi Arabia - The return of national sovereignty: heading toward one ultimate stand?) (Lula and the BRICS in a fight to the death - Pepe Escobar)
米国に介入されるほどBRICSは結束を強め、米国の策は逆効果になっていずれ失敗する可能性が高い。だが今後しばらくは、米国が日本や豪州に対し、中国との敵対を強めるから一緒にやろうと圧力をかけ続けるだろう。米国のこの動きに対し、日本は喜んで乗り続ける。だが豪州は、しだいに米国についていかなくなる。今回、豪州が日本でなくフランスに潜水艦を発注したのは、その動きの一つだ。フランスなどEU諸国は、米国が中露敵視を強めるほど、米国についていきたくない姿勢をとっており、この点で豪州と気が合う。フランスは豪州から遠いように見えるが、実は違う。フランスは南太平洋にニューカレドニアなどの海外領土を持ち、豪軍と仏軍はこれまでも一緒に南太平洋に展開してきた。 (In French-Australian submarine deal, broader political and strategic context mattered)
長期的に見ると、米国から距離を置く傾向を強め、同じく米国から距離を置く中国やフランスなどとの関係を強めようとしている豪州の方が戦略として正しく、最後まで米国との一心同体をやめたがらない日本は失敗していくだろう。金融面でも、ドルを防衛するためのQEやマイナス金利策が世界的に行き詰まり、米国覇権の喪失感が強まっている。米国の覇権が減衰したらどうするか、日本は、豪州に問われる前に考えねばならないはずなのだが、国内の議論はまったくない。馬鹿げた無条件降伏が、再び繰り返されようとしている。これは政府やマスコミだけの責任ではない。自分の頭で考えようとしない日本人全体に責任がある。