折々の記へ
折々の記 2016 ⑥
【心に浮かぶよしなしごと】
【 01 】05/30~ 【 02 】06/06~ 【 03 】06/08~
【 04 】06/15~ 【 05 】06/24~ 【 06 】07/17~
【 07 】07/18~ 【 08 】07/18~ 【 09 】08/21~
【 06 】07/17
07 17 <田中宇の国際ニュース解説 ⑯ その二 世界の変化理解のために
07 17 (日) 田中宇の国際ニュース解説 ⑯ その二 記録のため記載しておきます
田中宇の国際ニュース解説 フリーの国際情勢解説者、田中 宇(たなか・さかい)が、独自の視点で世界を斬る時事問題の分析記事。新聞やテレビを見ても分からないニュースの背景を説明します。無料配信記事と、もっといろいろ詳しく知りたい方のための会員制の配信記事「田中宇プラス」(購読料は6カ月で3000円)があります。以下の記事リストのうち◆がついたものは会員のみ閲覧できます。
世界はどう動いているか
最近の記事(下平記) 【2016年5月6日】~【2016年7月13日】19本
日本の政治がだんだんおかしくなってきました。それが、参院選挙の結果に現
れ、アメリカの覇権主義の動向から、新たな多極主義と言われる政治体制が明
らかになってきているのに、いつまでも金魚の糞と同様にアメリカべったりの構
造を修正しようとする識者も政治家も出てこない。
ドイツのメルケルさんの忠告についても識者も政治家の中にも反応を示したと
いう記事は出てこなかった。
黒田日銀総裁や横畠内閣法制局長官を手下にしてアベノミクスの甘い言葉に
より、QEとマイナス金利を導入し、機密保持から集団的自衛権の法制化をなし
とげて、世界の流れに逆行してはばからない。
田中宇の国際ニュース解説の指摘を知識人や政治家はどう受け止めているの
でしょうか。 5月からの解説をデータとして残しておきたい。
◆①逆効果になる南シナ海裁定 (その一)
【2016年7月17日】 米国と並ぶ大国を自称する中国は、当然ながら裁定を無視する。中国は、米国の真似をしただけだ。裁定を無視されても、米国は中国を武力で倒せない。EUなど他の大国は、米国に求められても中国を非難しない。EUは多極化を認知し「大国(地域覇権国)どうしは喧嘩しない」という不文律に沿って動き始めている。中国が、米国と並ぶ地域覇権国であることが明らかになりつつある。米国は、過激な裁定を海洋法機関に出させることで、中国を、自国と並ぶ地域覇権国に仕立て、多極化、つまり米単独覇権体制の崩壊を世界に知らしめてしまった。気づいていないのは日本だけだ。
◆②腐敗した中央銀行 (その一)
【2016年7月13日】 自爆的な任務を子分たちに押し付けて親分だけ生き永らえようとする米連銀の不正行為は、米日欧全体の中央銀行の腐敗を加速した。雇用統計やGDPを粉飾し、QEの資金で株価をテコ入れして、経済が好転しているかのように見せることが横行している。腐敗が最もひどいのが米国と日本だ。日銀自身は不健全なQE急拡大に反対したが、対米従属の日本政府が日銀総裁の首をすげ替えてQE拡大に踏み切った。不正はどんどん拡大し、日銀による株価つり上げが常態化した。
◆③外れゆく覇権の「扇子の要」 (その一)
【2016年7月12日】 EU離脱可決とチルコット報告書は、英国が米国の世界戦略に影響を与えて覇権体制を永続化する従来の世界秩序の終わりを象徴する2つの動きだ。諸大国を米国の下に束ねていたハトメが外れるほど、諸大国は自国の地政学的な利益に沿って動く傾向を強めると同時に、諸大国がBRICSやG20や国連などのもとで安定を確保する多極型世界体制への移行になる。米国自身も米州主義へと動いていく。
◆④加速する中国の優勢 (その一)
【2016年7月8日】 EU離脱を可決した後の英国は、中国だけでなく、インドや他の旧英連邦諸国、米国などと貿易協定を結ぼうとしている。英上層部が最も期待するのはインドでなく、中国との関係強化だ。その理由は、中国が、きたるべき多極型世界の大国間ネットワークであるBRICSやG20においてリーダー格で、短期の経済利得より長期の地政学的利得を考えて動いているからだ。英国は、近現代の世界システムを創設した国だ。英国が本気で中国の世界戦略の立案運営に協力するなら、中国にとって非常に強い助っ人になる。
◆⑤欧米からロシアに寝返るトルコ (その一)
【2016年7月4日】 エルドアンは、ロシアと仲直りする際の「おみやげ」として、難民危機を極限までひどくして、EUを解体に押しやったのかもしれない。外交専門家のダウトオール首相を辞めさせ、難民問題でのEUとの交渉を潰しつつ、外交政策の「常識外れ」をやるフリーハンドを得たエルドアンは、そのうち折を見てNATOからも離脱するかもしれない。EUを壊してロシアに再接近したやり口から見て、エルドアンは、トルコが抜けるとNATOが潰れるような仕掛けを作ってNATO離脱しかねない。
◆⑥英国より国際金融システムが危機 (その二)
【2016年6月29日】 人々が「金融危機なんか起きない」と思っている間は、債券への信用が保たれて金利が上がりにくい。だからマスコミや金融界は、グリーンスパンやBIS、安倍晋三らによる金融危機への警告をかたくなに無視する。しかし、英国ショックや大銀行倒産などが起きると、一時的に信用が大きく失墜し、各国当局がそれらのショックを乗り越えられなくなると金融危機になる。危機が再来し、金利上昇がジャンク債から米国債にまで波及すると、グリーンスパンが予言する「デフレ(マイナス金利)から超インフレ(金利高騰)への突然の転換」が起きる。
◆⑦英国が火をつけた「欧米の春」 (その二)
【2016年6月27日】 英国の国民投票は、英国と欧州大陸、そして米国という「欧米」の民衆が、エリート支配に対して民主的な拒否権を発動する事態の勃興を示している。英BBCは、国民投票前に「英国でEU離脱が勝つと、米国でトランプが勝つ可能性が高まる」「米英の状況は似ている」と報じた。かつてエジプトやバーレーンなどで、民衆が為政者の支配を拒否して立ち上がる「アラブの春」が起きたが、それはいま欧米に燃え広がり「欧米の春」が始まっている。
ラジオデイズ・田中宇「ニュースの裏側」・・・イギリスはどこへいくのか
◆⑧英国の投票とEUの解体 (その二)
【2016年6月22日】 EU残留を問う英国での国民投票を前に、欧州の大陸側では、EU統合を推進してきた上層部の人々が、英国の投票結果にかかわらず、すでにEUは政治経済の統合をこれ以上推進するのが無理な状態になっている、と指摘し始めている。
◆⑨リーマン危機の続きが始まる (その二)
【2016年6月16日】 日欧の中央銀行は緩和策を過激化している。世界の金利を史上最低に落とさないと、米国のジャンク債などが投資家の信用を失って買われなくなり、リスクプレミアムが急騰してしまう状態に、すでになっているのでないか。日欧の中銀が必死に自分たちを弱くしているので状況が緩和され、危機として認識されていないだけで、すでにドル崩壊、リーマン危機の再来、多極化につながる米覇権の瓦解が始まっているのでないか。
◆⑩英国がEUを離脱するとどうなる? (その二)
【2016年6月13日】 英国はEUを離脱すると、スコットランドに独立され、北アイルランドも紛争に逆戻りする。国際金融におけるロンドンの地位低下も不可避だ。欧州大陸では、EUへの支持が半分を切っている国が多いなか、英国が国民投票でEU離脱を決めると、他の諸国でも「うちでも国民投票すべきだ」という主張が強まり、相次いで国民投票が行われて離脱派が勝ち、EUが解体しかねない。そうした懸念はあるが、逆にだからこそ、英国で離脱派が勝ったら、英国がEUの政策決定に口出しできなくなることを利用して、独仏は全速力で財政や金融などの面の国家統合を進めようとすると予測できる。
◆⑪いずれ始まる米朝対話 (その二)
【2016年6月9日】 自己資金なので好き勝手に言えるトランプは、ロシアや北朝鮮と話し合いたいと言いまくっている。ヒラリーはトランプの外交姿勢を酷評するが、内心うらやましいと思っているはずだ。彼女自身が大統領になったら、好戦派から現実策に静かに転換し、トランプと似たことをやりたがるだろう。次の米大統領が誰になっても、米朝の交渉が始まるのでないか。何も始まらない場合、北の核武装が進み、制裁だけして放置する米国の対北政策の破綻がますます露呈する。いずれ誰かが米国を代表して北との話し合いを始めざるを得ない。
◆⑫バブルをいつまで延命できるか (その三)
【2016年6月6日】 米日欧の中央銀行や政府の最近の姿勢からは、どんな手を使ってもバブルを再崩壊させないという強い意志が感じられる。マイナス金利やQEは永久に続けねばならない。やめたら株やジャンク債が売れなくなり、危機が再発する。年金や生保は給付金を払えず減額が長期的に不可避だ。日欧政府は、景気テコ入れの効果があるとウソをついてQEやマイナス金利策をやっているが、景気は改善されずウソがばれている。だが、もし選挙で政権が交代しても、QEやマイナス金利をやめられない。やめたら金融崩壊、経済破綻だからだ。
既出 ここをクリックして該当の解説を読んでください
◆⑬米国と対等になる中国 (その三)
【2016年6月4日】 世界のシステムが米国と中国で並立化するほど、米国は、中国とその傘下の国々を制裁できないようになる。米中は相互に、相手を倒すことができない関係になっている。中国は、米国と対等な関係になりつつある。軍事面では、南シナ海でいずれ中国が防空識別圏を設定し、米国がそれを容認する時が、米中が対等になる瞬間だ。中国は、国際社会のあり方を大きく変えている。
◆⑭オバマの広島訪問をめぐる考察 (その三)
【2016年5月31日】 日本の権力を握る官僚機構は、軍産複合体の一部だ。軍産の言いなりになるように見せて、最終的に軍産を弱めるのがオバマの策だから、今回の広島訪問についても、安倍の人気取りの道具に使われるように見えて、最終的に軍産の一部である日本政府に打撃を与える何らかの意味がありそうだ。
◆⑮G7で金融延命策の窮地を示した安倍 (その三)
【2016年5月28日】 米国の求めに応じ、財務省の黒田を日銀総裁に送り込んで過激なQE拡大をやらせたのは安倍自身だ。その安倍が今回、G7サミットの議論で「リーマン級の危機再発が近い」という見解を主張した。この主張が意味するところは、日銀の過激なQEがすでに限界に達しており、ドイツの財政出動など新たな延命策が追加されない限り、国際金融システムを延命できなくなってリーマン級の危機が再発するぞ、という警告だったと考えられる。
◆⑯中東諸国の米国離れを示す閣僚人事 (その三)
【2016年5月24日】 ナイミ石油相の解任は、米国の金融界や石油産業との「果し合い」に注力するという、サウジ権力者の決意表明である。同様に、イスラエルで親露極右のリーベルマンが国防相に就任することも、イスラエル権力者の米国離れを物語っている。
◆⑰金融を破綻させ世界システムを入れ替える (その三)
【2016年5月20日】 世界や国家といった巨大システムの運営者が自分のシステムを破壊するとしたら、それは別のシステムと入れ替えようとする時だ。国際秩序や国家のような、大きくて自走的なシステムを入れ替える場合、構成員全体の同意を得て民主的に入れ替えを進めるのはまず無理だ。今のシステムに対して影響力を持つ人々(エリート)の多くが入れ替えで損をするので、彼らが猛反対して計画を潰しにかかる。既存のシステムを助けるふりをして破壊し、壊れたので仕方なく新たなシステムと入れ替える形をとった方がうまくいく。
◆⑱金融バブルと闘う習近平 (その三)
【2016年5月16日】 世界経済における米中の談合体制が終わったのは14年秋、米連銀がゼロ金利策をやめることを決め、QEを日欧に肩代わりさせ、利上げの方向性を打ち出した時だった。米国の金利上昇は中国の調達金利の上昇につながり、設備投資や株のバブル崩壊を招きかねない。習近平は、経済現場の幹部たちの反対を押し切り、設備投資の縮小や、株価の下落誘導の政策を開始した。中国の上層部での経済政策をめぐる暗闘を示す人民日報の「権威人士」の記事の裏に、米国のゼロ金利資金で中国が設備投資バブルを膨らませる米中談合の破談がある。
◆⑲トランプ台頭と軍産イスラエル瓦解 (その三)
【2016年5月11日】 トランプが席巻した結果、共和党で見えてきたのは、これまで合体して共和党や米政界を支配してきた「軍産」と「イスラエル」が、別々の道を歩み出して分裂している新事態だ。軍産はNATO延命のためロシア敵視の道を暴走しているが、イスラエルは隠然と親ロシアに転じている。この傾向は長期的で、今後常態化する。軍産イスラエルが米国を支配した時代の終わりが来ている。トランプは、軍産イスラエルのプロパガンダ力の低下を見破り、大統領に立候補して国民の支持を集め、軍産を破壊した。米国は民主主義が生きている。
◆⑳潜水艦とともに消えた日豪亜同盟 (その三)
【2016年5月6日】 潜水艦の機密を共有したら始まっていたであろう「日豪亜同盟」について、日本は、中国敵視と対米従属の機構としてのみ考えていたのに対し、豪州は米中間のバランスをとった上での、対中協調・対米自立も含めた機構と考える傾向があった。この点の食い違いが埋まらず、豪州は日本に潜水艦を発注しないことにした。日本ではこの間、豪州との戦略関係について、中国敵視・対米従属以外の方向の議論が全く出てこなかったし、近年の日本では、対中協調や対米自立の国家戦略が公的な場で語られることすら全くないので、今後も豪州を納得させられる同盟論が日本から出てくる可能性はほとんどない。「日豪亜同盟」のシナリオは、日本の豪潜水艦の受注失敗とともに消えたといえる。
ここから一つずつの解説になります
◆⑥ 英国より国際金融システムが危機
【2016年6月29日】 田中 宇
人々が「金融危機なんか起きない」と思っている間は、債券への信用が保たれて金利が上がりにくい。だからマスコミや金融界は、グリーンスパンやBIS、安倍晋三らによる金融危機への警告をかたくなに無視する。しかし、英国ショックや大銀行倒産などが起きると、一時的に信用が大きく失墜し、各国当局がそれらのショックを乗り越えられなくなると金融危機になる。危機が再来し、金利上昇がジャンク債から米国債にまで波及すると、グリーンスパンが予言する「デフレ(マイナス金利)から超インフレ(金利高騰)への突然の転換」が起きる。
6月24日、英国のEU離脱の投票結果を受けて、世界的に金融市場が大混乱した。だが週末をまたいで6月27、28日と、株や債券、為替などの金融市場は、それほどひどい動きになっていない。英国ショックは大したことない、株も債券も大丈夫だ、日銀や欧州中銀が万全の体制で市場を守ってくれるといった、個人投資家を丸め込む、いつもの右肩上がりな「解説」が戻ってきている。
そんな中で、ぎょっとする内容のコメントを発したのがグリーンスパン元米連銀議長だ。彼は英国のEU離脱投票後に米CNBCからコメントを求められ、以下のように答えた「(世界経済は)私が連銀に入って以来の最悪の状態だ。1987年のブラックマンデーの株の暴落を思い起こさせる」「(米欧全体で)雇用が増えても生産性が伸びない(フルタイムを解雇してパートを増やしただけで経済成長にならない)。世界的に、負債の急増、貧富格差の拡大、高齢化と年金破綻の増加で、ますます大変になる」「米国の通貨供給が異様に増えている。いずれデフレから超インフレに突然転換する。不換紙幣の破綻は昔からいつも超インフレで、今回も同じだ。前向きなことを考えるなら、金本位制に戻るしかない」「私だって明るいことを言いたいけどね(ないよ)」 (Greenspan Warns A Crisis Is Imminent, Urges A Return To The Gold Standard) (Alan Greenspan laments Brexit vote)
グリーンスパンは一昨年以来、今回と同じ趣旨の警告を何度も発している。彼は、1980年代からリーマン危機の前まで連銀議長で、不換紙幣体制の究極であり、今の金融の大黒柱である債券金融システムを創設した立役者だ。その彼が、不換紙幣体制がいずれ超インフレを起こして破綻し、「金融専門家」から「原始的」「野蛮」と揶揄される金本位制に戻るしかないと言っている。大きな権威がある人なのに、彼の一連の発言は、市場から全く無視されている。 (陰謀論者になったグリーンスパン) (金融危機を予測するざわめき)
▼超緩和策をやめろと言い出したBIS
グリーンスパンに劣らない大きな権威を持つ「中央銀行の中央銀行」と呼ばれるBIS(国際決済銀行)も、6月26日に発表した年次報告書の中で、次のような同様の警告を発している。「QEやマイナス金利といった通貨の超緩和策によって、金融市場が異様な事態になっている。やりすぎて実効性が下がっている。超緩和策はもうやめた方がいい」「超緩和策のせいで機関投資家が高リスクの資産を買わされ、市場が歪められている」「マイナス金利によって、銀行の収益性と蘇生力、融資で経済を活性化する力が失われている」。 (Too-Easy Money Is Making It Too Hard to Gauge Markets, BIS Says)
BISは、昨年の年次報告書でも「中央銀行の金融救済策が弾切れになりそうだ」と指摘していた。日銀や欧州中銀といった現場の選手はまだ猛々しく戦っているが、監督役のBISは、リングにタオルを投げ込み、これ以上戦うと死んでしまうぞと警告している。元世界チャンピオンのグリスパも、繰り返し警告を発している。しかし、いずれの意思表示も無視されている。マスコミは「英国ショックを緩和するため、欧州中銀や日銀が超緩和策を追加する」と、何の危険もないかのように平然と書いている。 ("Of What Use Is A Gun With No Bullets?", BIS Says) (What does Brexit mean for the ECB?)
BISでは、各国の中央銀行総裁会議がしばしば行われる。英国の投票に際しても、日銀の黒田総裁らがスイスのBIS本部に集まり、英国ショックをどう緩和するかが話し合われた。BISは、報告書を発表する前に、黒田やドラギに直接警告を発したはずだが、米国からの強い要請を受けて超緩和策をやっている彼らは、警告を全く無視したのだろう。 (The World's Central Bankers Are Gathering At The BIS' Basel Tower Ahead Of The Brexit Result)
国民投票がEU離脱を決めた後、英国はEUから切り離されて経済力を失うという予測が席巻し、3大格付け機関が相次いで英国債を格下げした。格下げは債券相場を引き下げるはずだが、市場では逆に英国債の相場が上昇した。これは、BISが指摘する「超緩和策による異様な事態」の一つだが、実態はおそらく裏で欧州中銀や英中銀、日銀が英国債を買い支えている。超緩和策の目的は、米国債を頂点とする先進諸国(米同盟諸国)の国債の下落(金利上昇)の防止だ。 (S&P slams Brexit, drops UK bond rating two notches)
中銀群の超緩和策の結果、米独日などの国債は史上最高値の水準だが、ユーロ圏内でもイタリアやポルトガルといった南欧諸国の国債は、英国ショックによって下落(金利上昇)している。米欧日の中銀群の超緩和策はもともと、買い支えや短期金利の利下げによって、国債だけでなくジャンク債まで広範に価値を引き上げ(金利を引き下げ)、国債とジャンク債の利回り差を圧縮してバブル崩壊を防ぐ策だった。 (Downside risks to Japan's economic outlook increase following Brexit; BoJ likely to expand QE)
しかし、金利が目一杯マイナスになり、買い支えも発行量のほとんどになって超緩和策が限界に達している今(BIS的に言うなら「弾が尽きた状態」)、中銀群は高格付けの国債しか買い支えられなくなり、ジャンク債や低格付け国債の金利上昇が放置され、バブル崩壊につながる金利差(リスクプレミアム)の拡大が起こりかけている。今回は何とか乗りきれても、次のショックがどこかで起きることが繰り返されると、中銀群はしだいに超緩和策の効果を発揮できなくなり、安倍首相がG7で予言した「リーマン危機の再来」が現実になる。イタリアの銀行界が破綻しかけている。ドイツ銀行も経営難だ。すでに「次のショック」の萌芽があちこちにある。 (G7で金融延命策の窮地を示した安倍)
グリスパは2010年ごろ、10年もの米国債の利回りを「炭坑のカナリア」と呼んでいた。米国債の利回りが3%を超えて急上昇すると危険だと言っていた。しかしその後、長期米国債の利回りは下がる一方で、今や史上最低の1・4%台だ。全く安全じゃないかと思うかもしれない。だが、これはQEとマイナス金利によって起きている。坑道に致死性のガスが充満しているのにカナリアは元気で、よく見るとカナリアのかごが密閉されて酸素注入されていた、といった感じだ。 (危うくなる米国債) (アメリカ金利上昇の悪夢)
▼超緩和をやめると危機再発、続けても銀行が潰れて危機再発
マスコミや投資家は、日欧中銀がマイナス金利をさらに下げることを期待しているが、BISも指摘したとおり、マイナス金利は金融機関を経営難に陥れ、金融の機能を自滅させて経済を破壊する。これ以上のマイナス金利は弊害の方が大きい。英国ショックで、英欧の銀行株が暴落した。現状のマイナス金利でさえ、このまま続けると欧州の銀行が連鎖破綻し、リーマン危機の再来を招きかねない。銀行を救うためにマイナス金利をやめると、連動してジャンク債の金利が高騰し、リスクプレミアムが急拡大して、こちらもリーマン危機の再来になる。中銀群は、どんな手を打っても窮地を脱せない「詰んだ状態」にある。 (Brexit may force ECB into more policy easing: analysts) (リーマン危機の続きが始まる)
日欧の中銀が無理して超緩和策を進めたのと対照的に、米連銀は超緩和策をやめて利上げしてきた。米日欧の中銀にとって最も重要なのはドルの安定なので、ドル安定のために米国だけ利上げし、日欧が超緩和策を肩代わりしてきた。この事態に対しドイツでは、ドルを救うためにユーロ(欧州中銀)が犠牲になるのは不当だとする議論が強まり、学者ら市民団体が欧州中銀の超緩和策を違法行為だとして訴えた。英国ショック直前の6月21日、ドイツの憲法裁判所がこの訴えを棄却し、市民側が敗訴した。 (German Court Rejects Legal Challenge to ECB's Bond-Buying Program)
裁判で負けたものの、ドイツでは欧州中銀のマイナス金利やQEに対する反対論が渦巻いている。一昨年来、独政府は超緩和策に反対し続けたが、欧州中銀のドラギ総裁が勝手に米連銀と話を進めてしまった。米国の最も強い代弁者だった英国が、今回の投票を機にEUの中枢から抜け、欧州中銀に対するドイツの影響力が今後強まると、欧州中銀が超緩和策をやめていく可能性がある。しかし、すでに欧州(や日本)は、重篤な緩和中毒患者だ。慎重にやらないと、これまたリーマン危機の再来になる。 (バブルをいつまで延命できるか)
今回の英国ショックで失われたものはまだある。それは「米国の利上げ」だ。英投票前、すでに米連銀は6月の利上げを見送り、やるとしたら9月という状況だったが、英投票後、12月にも無理だろうという状態に後退した。日欧の超緩和の戦いは、すでにBISがタオルを投げ入れており、超緩和策の効果が今後さらに低下するのは確実だ。中国は、公式な政策としてバブル潰しを続けており、今年は経済が回復しない。世界経済は悪化の傾向だ。米連銀の利上げの可能性は下がり続け、日欧の犠牲のもとにドルが蘇生する道は遠のいている。 (利上げできなくなる米連銀) (金融バブルと闘う習近平)
いずれリーマン危機が再来し、金利上昇がジャンク債から米国債にまで波及すると、グリスパが予言する「デフレ(マイナス金利)から超インフレ(金利高騰)への突然の転換」が現実になる。それがいつ起きるかだが、人々が「そんなこと起きるはずがない」と思っている間は、高格付け国債に対する信用が保たれて金利が上がりにくく、なかなか起きない。だから、グリスパやBIS、安倍晋三らによる金融危機への警告を、マスコミや金融界はかたくなに無視する。しかし、英国ショックや大銀行倒産などが起きると、一時的に信用が大きく失墜し、各国当局がそれを乗り越えられないと金融危機になる。 (In a world of potential Lehman moments, Japan just climbed to the top spot)
金融当局はかつて、システムの延命のための粉飾や、蘇生のための仕掛け作りを民間金融界にやらせ、自分たちは手を汚さない(信用を落とさない)ようにしていた。その事態はリーマン後に変わり、米財務省が公金でAIGなどを救済したり、中銀群がQEやマイナス金利を手がけるようになった。しかし、これらの策は金融を蘇生でなく延命させただけで、今や延命策も尽きかけ、中銀群は自分たちの超緩和策が不健全であることすら隠せなくなっている。あちこちから警告されても無視して延命策を続けないと金融破綻を引き起こす事態になり、中銀群はなりふり構わぬ状態になっている。延命策の終焉が近づいている。 (The $100 Trillion Bond Market's Got Bigger Concerns Than Brexit)
▼残留派が優勢だと金融界がウソをついた?
金融界は自分たちの破滅を望んでいないはずだが、中には先物売りを仕掛けておいて金融界を破滅させて大儲けを企む奴らがいる。リーマン倒産時、リーマンのCDS(倒産保険)を空売りして儲けつつ倒産に追い込んだのは、他の投資銀行やヘッジファンドだった。英国の国民投票でも、似たような破壊工作があった可能性がある。 (米金融界が米国をつぶす)
投資銀行など金融機関は、公開される世論調査よりも多額の金をかけて、公開されるものより正確な調査をやっていた可能性が高い。金融界では、そのように考えられていた。そして、投票日の数日前から、公開される調査では離脱派優勢の結果が出ていたが、為替市場では残留派勝利を予測するかのようにポンドがドルなどに対して上昇した。多くの人が「金融機関の調査では残留派が優勢のようだ」と考えるに至った。 (Brexit and markets: the big questions this week)
投票日になると、ユーガブの世論調査が、それまでの離脱優勢から、一転して残留優勢の結果を発表した。投票が終わった直後、離脱派の独立党のファラージ党首も「残留が優勢のようだ」と、敗北宣言めいた発言を発した。為替相場はポンドの上昇傾向が続いていた。鋭い金融分析で知られる米国のブログ「ゼロヘッジ」も、相場から判断して残留が100%の勝算だと書いた。投票終了後、キャメロン首相は、残留派の勝利を確信しているかのように、家族でゆっくり夕食をとった。だがその後、開票を進めてみると、最後まで離脱派優勢のままで終わってしまった。離脱優勢が揺るがないのを見て、途中から英国の為替や株が暴落し、金融相場は世界的に大混乱となり、円高が急伸したりした。 (David Cameron thought victory was his at 10pm on Brexit eve) (When Brexit Has Come And Gone, The Real Problems Will Remain)
最も正確なはずの金融界の非公開の事前調査は、間違えた結果を出したのか。いやむしろ、非公開の調査結果は、僅差で離脱派が勝つことを予測しながら、調査を実施した金融筋は、市場の他の勢力や官邸、英政界などの関係エリート筋に、調査結果と正反対の「残留派が僅差で勝つ」という間違った予測を流し、キャメロンもファラージもユーガブも個人投資家もそれに流された結果、残留が勝つと思ったら離脱が勝ち、市場が暴落し、あらかじめ暴落方向に賭けていた金融筋が大儲けしたのでないか。
金融界の中でもジョージ・ソロスは大損したと指摘されている(これもウソかもしれないが)。投機筋の全員がぼろ儲けしたわけではない。裏で何が起きていたか確かめようがないが、暴落や破綻をひどくして儲けようとする奴らが金融界にいる可能性は高い。リーマン倒産は、米国の金融覇権を破壊した。英国のEU離脱も、既存の米英覇権を壊す方向だ。暴落や破綻を意図的にひどくする勢力は、自分たちの儲けだけでなく、覇権の多極化を画策しているようでもある。 (金融を破綻させ世界システムを入れ替える) (Soros Suffers Major Loss On Long Pound Trade Ahead Of Brexit)
◆⑦ 英国が火をつけた「欧米の春」
【2016年6月27日】
6月23日に英国でEUへの加盟継続の可否を問う国民投票が行われた背景にあったのは、EUが政治経済の国家統合を加速しようとしていたことだった。EUの目標は、発足以来、加盟する諸国の国家主権を剥奪してEUに集中し、EUを事実上の「欧州合衆国」にすることだった。 (Merkel and Hollande must seize this golden chance) (The European Union: Government by Deception)
欧州大陸の2大国であるドイツとフランスは、歴史的に欧州大陸の覇権を争い続けてきたが、第2次大戦後、米国の提唱で独仏が国家統合していくことで欧州を安定した強い地域にする計画がEECなどとして進められ、冷戦終結で東西ドイツが再統一するとともに、欧州の国家統合計画が加速した。92年のマーストリヒト条約で通貨と財政の統合を決め、02年からユーロが流通したが、2011年に英米投機筋がユーロを破壊する目的で引き起こしたギリシャ危機が始まったあたりから、国家統合が進まず逆にEUが崩壊しそうな流れになった。 (Birth of superstate: Frederick Forsyth on how UNELECTED Brussels bureaucrats SEIZED power)
欧州大陸を安定した強い地域にしたい独仏と対照的に、欧州の沖合にある島国の英国は、昔から大陸諸国が強くなることが脅威だった(欧州を統一した強国は、次に英国を侵略したがる)。英国の戦略は500年前から、外交術を磨き、欧州諸国間の自滅的な対立を扇動することだった(そのため英国は、全欧に情報網を持つユダヤ商人を国家中枢に招き入れた。近代世界の外交システムの基礎を作ったのも英国だ。口で協調や安定を語りつつ、気に入らない敵を破綻させるのが「外交」だ)。 (覇権の起源:ユダヤ・ネットワーク)
第2次大戦後、米国が世界的に覇権国となったが、その前の覇権国だった英国は、同盟国である米国に戦略を伝授すると言いつつ、ひそかに「軍産複合体」を作って米国の戦略立案過程を乗っ取り、米ソが鋭く対立しつつ仇敵ドイツを東西に恒久分断し、欧州大陸を米英の支配下に置く冷戦構造を作り上げた。その反動で、米国の中枢に、英国のくびきを逃れたいと考える勢力が出てきて、それが90年前後のレーガン政権による冷戦終結、東西ドイツ再統合、EU創設という、英国を困らせる流れにつながった。 (UK-US special relationship shaky following Brexit vote) (ニクソン、レーガン、そしてトランプ)
EUの国家統合が成功すると、それを主導するのは欧州最大の経済大国であるドイツであり、事実上ドイツが全欧を支配する隠然ドイツ帝国の誕生となる。米国は、独仏にEUを作らせ、英国をドイツ傘下のEUに「恒久幽閉」して潰し、英国が米国の戦略を牛耳る事態を終わらせたかったと考えられる。英国がEUを好まないのは当然だ。EU離脱派の最大の懸念は、移民や難民の増加でなく、EUの統制力の増大によって英国の民主主義が抑圧されることだった。これに「EUなんかに頼らなくても経済発展してみせる」というナショナリズムが加わり、離脱派が増えた。 (Boris Johnson Emerges, Explains What "The Only Change" As A Result Of Brexit Will Be)
▼EUを潰すために参加した英国
米国が戦後、欧州国家統合を独仏に進めさせた時、英国は、米国の同盟国であるがゆえに、統合に正面切って反対するわけにいかなかった。英国は一応、70年代のEUの前身のEECから欧州統合に参加しているが、ユーロなど国家主権の剥奪を伴う部分への参加を拒否し続けている。英国は冷戦後、EUが統合を加速する中で、東欧やバルカン諸国のEU加盟を強く支援し続け、EUが不安定な周縁部を持つ脆弱な機関になるよう仕向けた。英国は、EUを弱体化するためにEUに入っていた。 (欧州の対米従属の行方)
英国には、EUを壊そうとする勢力だけでなく、EUとともに繁栄しようとする勢力もいる。だが英国のEU協調派にとっても、EUが「拡大ドイツ」を意味する国家統合の組織でなく、もっと結束力の弱い、市場統合だけの組織である方が良かった。その点で、EUを弱体化することは英国の超党派の国家戦略だった。
(英国では、米国の覇権や米英同盟が弱まる時期になると、欧州統合に本気で加盟した方が良いと考える勢力が強くなり、米国の覇権が復活すると、英米同盟を強化して欧州統合を潰したい勢力が強くなる。英国がEECに入った70年代は、米国がベトナム戦争や金ドル交換停止で弱体化した時期だった。しかし80年代になると、米英同時の金融自由化で金融覇権戦略が始まり、サッチャーはEECと対立を強めた。今はリーマン危機後、金融覇権体制が弱体化しつつある時期なので、EU統合に参加するかどうかで英国内が再びもめている) (Russia says Brexit opens door for new UK relations but US blasts vote as 'Putin's victory')
ドイツは、EUに対する英国の懸念を知っていたので「隠然ドイツ帝国」「英国幽閉」の意図などないと表明し続け、英国が好むとおりに政治より経済の統合を先にやり、英国の数々の提案を受け入れた。英国はこの状況を逆手に取り、EUを脆弱にしていった。独仏が国家統合の加速を目論見た2011年前後から、英国の破壊策が功を奏し、ギリシャ危機、難民危機、パリのテロなど、周縁部の脆弱性がEU全体の混乱や弱体化につながる事件が続発し、EU各国の民意がEUを嫌うようになり、統合と反対方向の各国ごとのナショナリズムが勃興し、統合推進どころでなくなった。 (欧州極右の本質)
(欧州大陸の各国のナショナリズムを扇動して大陸諸国を反目させて漁夫の利を得るのは、18世紀からの英国の戦略だ。その扇動のために英国はジャーナリズムを発達させ、各国で政府を批判する「ジャーナリスト」を崇高な存在に仕立てた。英米以外の「ジャーナリスト」の多くは、自分の肩書きに仕込まれた謀略に気づいていない。ジャーナリストを自称するのは、自分が深く考えない人間だと宣言するに等しい) (戦争とマスコミ) (米露の接近、英の孤立)
▼国民投票は新たなEU破壊策
多くの難問がありつつも、独仏は国家統合の推進をあきらめなかった。ここ数年、ユーロ危機を終わらせるためには財政金融政策の統合が必要だという理屈で、独仏は、各国の議会の政府予算決定権を剥奪する財政統合や、各国政府が民間金融機関監督する権限を剥奪する「銀行同盟」などを計画した。その先には軍事安保政策の統合もあった。これらの統合に英国が参加するなら、その前に国民投票をやれと、保守党内でキャメロン首相に対する突き上げが強くなった。キャメロンは、2015年の総選挙の際、保守党内をまとめて続投するために17年末までに国民投票を実施すると約束した。それが今回の投票実施につながる動きとなった。 (英国がEUを離脱するとどうなる?) (英国がEUに残る意味)
国民投票は、英国がEUに対して放つ新たなEU破壊策でもあった。英国がEUに残留するかどうかを問う国民投票をやれば、国民の間にEUへの反感が募る他の諸国でも国民投票をやろうということになる。世論調査(Pew)によると、英国よりフランスの方が、EUに対する国民の好感度が低い。国民投票をやって、英国は僅差でEUへの残留を決めるが、英国に影響されて投票をやるフランスは僅差でEUからの離脱を決め、独仏の統合を中心とするEUの国家統合計画が崩壊する、というのが今回の英政府のシナリオだったと考えられる。 (英国の投票とEUの解体)
英国の投票後、フランス、オランダ、スウェーデン、ハンガリー、イタリア、ポルトガル、オーストリアなどで、EU反対を掲げる政党がEU離脱の国民投票を呼びかける事態になっている。フランスでは、来春の大統領選挙で極右のマリーヌ・ルペンが勝つ可能性があるが、ルペンは大統領になったら半年後にEU離脱の国民投票をやると言っている。ユーロ危機・難民危機・イスラムテロを誘発してEU各国民をEU嫌いにして、各国の反EU的なナショナリズムを扇動し、各国がEU離脱の国民投票をやってEUを崩壊・弱体化させる英国の策略は、見事に成功しつつある。 (Six More Countries Want Referendums to Exit EU) (Portugal’s Left Bloc Wants EU Referendum if Country Is Sanctioned)
この線に沿って見ると、トルコのエルドアン大統領が、シリアやアフガニスタンからトルコに来て住んでいた何万人もの難民をEUに流入させ、難民危機を引き起こしてEUを大混乱におとしいれ、全欧の市民の日常生活に直接的な脅威を与えたことの理由がわかる。エルドアンは、英国に頼まれて難民危機を引き起こし、欧州市民がシェンゲン体制(国境検問廃止)を作ったEUを大嫌いになるよう仕向けることに協力した。EU側(ドイツのメルケル)は、シェンゲン体制を守るためエルドアンの言いなりになり、市民はますますEU嫌いになった。トルコ人は、自分たちを馬鹿にしてきた西欧人たちが難民を抱えて大混乱するのを見て溜飲を下げ、エルドアンの人気保持につながった。
英国の策略は成功つつあったが、大事な一点だけ大失敗した。それが今回の国民投票の結果だった。FTやエコノミストといった英国のエリート紙は年初来、EU残留しか道はないと言い続けており、離脱の可決は国策に入っていなかった。与党保守党で離脱派を率いていたボリス・ジョンソン(次期首相?)らは、投票後、EUにリスボン協定50条にもとづく離脱申請を出すタイミングについて急に何も言わなくなり、離脱決定を帳消しにしたいかのような態度をとり始めている。これらのことから見て、英国の支配層は、EU離脱を推進するつもりがない。英支配層にとって、国民投票は大失敗だった。 (I cannot stress too much that Britain is part of Europe – and always will be) (EU Tells Cameron To Hurry Up With Article 50 As Merkel Says No Need To Rush)
英政府は、かなり開票が進むまで、EU残留が勝つと考えていた。結果を見誤った一因として、金をかけて非公開の世論調査をやっていた英金融界(投資銀行?)が、金融市場の乱高下を誘発して大儲けするため、意図的に間違った結果を官邸や英国の上層部に流したことが考えられるが、もうひとつ、EU各国の反EUナショナリズムを煽った英当局自身が、その扇動が自国民に感染する度合いについて過小評価していたことが考えられる。英上層部は、自国のナショナリズムの火力調整に失敗した。反EUナショナリズムは、火付け役の英国が逃げ切れず焼死するほど強く燃えている。 (EU Referendum: Farage predicts Remain `will edge it') (The EU must now decide what it stands for)
▼スペイン選挙が示す混ぜ返し
とはいえ、国民投票でEU離脱の結論が出てみると、英国がEU市場からはじき出され、ロンドンの国際金融センターの地位が急低下し、EU市場を目当てに英国に工場や支店を作って操業していた外国企業が英国脱出を検討する事態となり、英経済の急速な悪化が喧伝され始めた。他のEU諸国の人々は「EUは嫌いだが、EUを離脱すると自国が経済破綻する」という矛盾した状況に直面した。「EUなんか絶対に離脱だ」と叫ぶ反EUナショナリズムの勢いがにわかに衰え、その結果、6月26日に行われたスペインの総選挙では、反EU(反財政緊縮、反財政統合)を掲げる左翼のポデモスが、数日前までの躍進予測に反してふるわず現状維持にとどまり、対照的に、既存エリート層の中道右派与党のPP(国民党)が事前の減少予測に反して拡大(14議席増)した。 (Spanish PM's conservative party gains most seats: Exit polls)
英国の投票直後は、欧州大陸諸国で反EU政党が躍進し、各国で国民投票が行われて相次いでEU離脱が決まり、EUが崩壊するというシナリオが取りざたされた。ジョージ・ソロスも「もうEUは終わりだ」と決定的な感じで語る文章を得意げに発表した。FTの軍産系記者も似たような記事を書いている。だが、スペインの選挙を見ると、現実がそんなに一直線に進まないことが見てとれる。 (Brexit and the Future of Europe) (Italy may be the next domino to fall)
英国のEU離脱自体、英政府がなかなかEUに離脱申請を出さず、先延ばしにしている間に英独間で新たな協定が結ばれ、いつの間にか「やめるのをやめる」事態になる可能性がある。EU上層部では、メルケル独首相が、英国と新たな協定を結ぶことを推進している。EU大統領のユンケルらはそれに不満で、英国を早くやめさせて独仏で勝手にEUの方向転換を決められるようにしたい。 (Merkel sees no need to rush Britain into quick EU divorce) (Brexit: Angela Merkel yet again at centre of EU crisis)
だが、EUで政治的に最も強いのはメルケルだ。メルケルは実のところ英国(軍産)の傀儡だったことが露呈していくかもしれない。ドイツではメルケルに辞任を求める声が出ている(だが辞めない)。英国の投票直後は、英国から独立してEUに加盟する住民投票をまたやると意気込んでいたスコットランド上層部も、その後、住民投票は慎重にやりたいと言って姿勢を曖昧化している。 (Die Briten haben auch Merkels Alleingänge abgewählt) (Die Welt Calls For Merkel's Resignation, Slams "EU's Gravedigger") (Sturgeon cautious over timing of new independence vote)
▼英国の離脱はトランプ人気に連動
英国の国民投票の結果は、金融、国際政治、地政学など、いくつもの面で、世界の意外な領域に影響を及ぼしそうだ。私の中ではかなり読み解きを進めているが、今ここで全部を書く時間的な余裕がない(投票日から4日経ったのに、まだこの記事を配信してない)。一つだけ書くと、それは「英国のEU離脱は、米国の大統領選挙でトランプが優勢になる方向を示している」ことだ。 (Trump Backs Brexit, Urges Europeans To `Reconsider' EU Membership) (Brexit is a problem central banks will struggle to fix)
英国と米国は今、世論的な政治状況が似ている。英国民はEUのエリート支配に対する不信感を強めている。米国民は、ワシントンDCのエリートたちの好戦的な世界支配策、リーマン危機以来の国民無視の金融救済策などに対する不信感を強めている。英国のアングロサクソンの中産階級や貧困層は、流入する移民や難民に雇用を奪われ、ロンドンなどでは家賃の上昇にも苦しんでいる。米国のアングロサクソンの中産階級や貧困層も、移民に雇用を奪われ、金融救済の余波で起きている家賃上昇に苦しんでいる。彼らは、英国でEU離脱に投票し、米国ではトランプを支持している。英国ではEU支持のエリート層が嫌われ、米国ではクリントンを支持するエリート層が嫌われている。英国のBBCは、国民投票前に「英国でEU離脱が勝つと、米国でトランプが勝つ可能性が高まる」「米英の状況は似ている」と報じていた。 (Five reasons Brexit could signal Trump winning the White House) (Donald Trump hails UK `independence' vote)
英国の投票でEU離脱が勝つと、とたんに米国で「米国民の3分の2はトランプを大統領にふさわしくないと考えている」という報道が出てきた。共和党の草の根党員の過半数がトランプを支持したのだから、この指摘にはおそらく歪曲が入っている。米大統領選挙までまだ4か月あり、予測は困難だが「権威あるBBC」が正しいとしたら、11月の米大統領選挙はクリントンの楽勝でなく、少なくとも大接戦になる。英国のマスコミは「EU離脱が勝つと大惨事になる」と報じ続けたが、その警告は多くの有権者に無視され、EU離脱が勝ってしまった。いま米国のマスコミは「トランプが勝つと大惨事になる」と報じ続けている。米国の有権者が、この警告をどの程度留意するかが一つの注目点だ。 (Most Americans see Trump as unqualified for presidency) ("Do Not Underestimate The Global Contagion" From Brexit)
英国の国民投票は、英国と欧州大陸、そして米国という「欧米」の民衆が、エリート支配に対して民主的な拒否権を発動する事態の勃興を示している。かつてエジプトやバーレーンなどで、民衆が為政者の支配を拒否して立ち上がる「アラブの春」が(おそらく米諜報機関の扇動で)起きたが、それは今(おそらく英諜報機関の扇動で)欧米に燃え広がり「欧米の春」が始まっている。ブレジンスキーが目くばせしている。 (The “WESTERN SPRING” has begun) (世界的な政治覚醒を扇るアメリカ)
◆⑧ 英国の投票とEUの解体
【2016年6月22日】
EU残留を問う英国での6月23日の国民投票を前に、欧州の大陸側では、EU統合を推進してきた上層部の人々が、英国の投票結果にかかわらず、すでにEUは政治経済の統合をこれ以上推進するのが無理な状態になっている、と指摘し始めている。 (EU Prez Admits: `We Are Obsessed With Idea of Instant and Total Integration')
EUの大陸諸国の政治家の間では、統合に消極的な英国が離脱を決めたら、残りの各国で国家統合を加速すべきだと主張する声も強い。だが、国境検問を廃止したがゆえのテロ頻発や難民危機、ユーロを導入したがゆえの通貨危機、不景気などを受け、EUの政策や国家統合の構想に対する不信感や反感がEU各国でつのり、各国の多くにおいて、国民の半分近くがEU統合の加速に反対している。米調査機関ピューリサーチによると、EUに対する支持率は、ドイツが50%、英国が44%、フランスは38%しかない(反面イタリア58%、ポーランド72%)。 (EU Commissioner: EU countries must continue integration regardless of Brexit referendum outcome) (Beyond Brexit: Favorable Opinion of EU Plunges Everywhere, Especially France)
国民の間に反対が多いのに無理に統合を進めると、選挙で反EUを掲げる極右政党が大勝利したり、英国と同様の国民投票が各地で行われ、次々と離脱を可決する事態になりかねない。英国が残留を決めても、大陸諸国には、EU統合に反対する民意がすでに強く、統合を加速するのは危険だ。フランスで来春行われる大統領選挙の有力候補である右派政党のマリーヌ・ルペンは、自分が大統領になったら半年後にEUからの離脱を問う国民投票を実施し、それまでの期間を使ってEUと交渉し、国境検問の再開、政府予算の決定権の奪還、ユーロを離脱する権利などの国家主権の回復を目指すと宣言している。EUとは、本質的に独仏の国家統合であり、フランスが離脱に動くとEUは崩壊する。 (Le Pen seeks mileage from Brexit debate)
EUの大統領(欧州理事会議長)であるドナルド・トゥスクは5月30日に行った講演で、上記のような警告を発し「EUを完全に国家統合することはできない」と宣言した。これまで完全な国家統合を目標にしてきたはずのトゥスクが、こんなことを言うのは驚きだ。完全な国家統合(連邦化)は、EUの憲法ともいうべきリスボン協定の根幹に流れる考え方だ。それが今、統合推進役のEU上層部自身によって否定されている。 (EU president Tusk decries 'utopias' of Europe)
ドイツのショイブレ財務相も「英国がEUを離脱しても、残りの諸国が国家統合を加速してはならない」と述べている。ドイツの現政権は、中道右派のCDU(キリスト教民主同盟)と中道左派のSPD(社会民主党)の連立だが、ショイブレやメルケル首相らCDUの人々は、米英に対する親密感(従属感)が強く、統合の加速に消極的で、英国に離脱してほしくないと言い続けている。 (Schäuble warns against `business as usual' in event of Brexit)
90年代のミッテラン政権の外相など仏高官を10年以上歴任し、冷戦直後の欧州統合の基本構想を立案したフランスのユベール・ベドリン(Hubert Védrine)は、国家統合推進派だったが、最近「いま統合を加速すると、統合反対の人を増やしてしまう。いま統合加速を言っているのは、統合を失敗させたい人々(統合賛成のふりをした反対派)だ。欧州統合は一時停止すべき時期に入った」と述べている。べドリンは、国境検問廃止のシェンゲン協定と、ユーロの通貨統合を、EUの2大悪政と呼び、英国はこの悪政のいずれにも加盟しておらず、EUのおいしい部分だけ享受してきたのに、離脱したがるなんて大馬鹿だと言っている。 (Hubert Védrine: It's time for `a European pause')
べドリンは今年2月に英国が国民投票を決めた時から「EUは国家統合を急ぐエリート層と統合に反対の市民層が分裂しており、英国がEU離脱を決めたらEUも大きな混乱期に入る」「国境検問なしのシェンゲン体制は、難民危機ですでに崩壊しており、再建にはまずギリシャをシェンゲン体制から外す必要がある」などと述べていた。 (Hubert Védrine: `Brexit would be a catastrophe')
EUを離脱したがる英国は、本当に大馬鹿なだけなのか?。それに関するヒントのようなものを、フランスの70年代の大統領だったジスカール・デスタンが最近述べている。彼によると、東欧やバルカン諸国をどんどんEUに加盟させたがったのは英国で、その結果、EUは28カ国にもなってしまい、難民危機や財政危機、ロシアと対立激化などが防げなくなり、統制不能で崩壊寸前となっている。ジスカールのコメントを紹介した通信社の記事は「EUは、統合を加速しても崩壊するし、統合を停止しても各国が国権を取り戻そうとしてEUが無視され崩壊する」と書いている。 (Europe Hurts if Britain Goes. It's Worse if Britain Stays)
英国の国際戦略はナポレオン戦争前から、欧州大陸諸国を分裂させ、大英帝国が漁夫の利を得て覇権を維持することだった。2度の大戦も、その後の冷戦構造も、その構図に沿っている。レーガンの米国が勝手に冷戦を終わらせ、独仏にEUの国家統合を加速させたが、これはまさに英国の戦略を無効化するもので、米国の中に隠然と英国を潰そうとする勢力がいることを示している。欧州統合は、1950年代の欧州石炭鉄鋼共同体の時代から、米国の後押しで進められた。 (欧州の対米従属の行方)
英国は70年代から欧州統合(EEC)に参加したが、それは独仏と国家統合する気になったからでなく、欧州統合を内側から失敗させて欧州を再分裂させ、昔ながらの大陸分断策を英国が続けられるようにするためだった(それまで英国のEEC加盟希望は仏ドゴール政権の反対で阻止されていた)。冷戦後、英国はEU統合に参加しつつ、ギリシャや東欧諸国、はてはトルコまでもEUに入れようとした。英国が周縁部の多種多様な小国をEUに入れるほど、EUはジスカールデスタンが言うように統制不能になり、破綻が不可避になった。 (British diplomats admit it would be a 'risk' but tell ministers the move would be a 'symbolic gesture to Turkey')
その一方で2011年以降、英米の投機筋が先物市場を使ってギリシャ国債を潰しにかかり、ユーロ危機を起こした。パリなどで起きたイスラム主義者のテロ事件も、ISISの生みの親が米国の軍産複合体であり、英国もその一部であることを考えると、仏国民らをEU嫌いにするための英国の策だったと考えられなくもない。昨夏からの難民危機は、トルコのエルドアン政権がEUを困らせる(壊す)ために起こしたものだが、NATOを通じてトルコと親しい米英軍産がEUの統合(対米自立)を阻止するために誘発した可能性がある。 (露呈するISISのインチキさ) (ユーロ危機はギリシャでなくドイツの問題) (ギリシャからユーロが崩れる?)
そう考えると、今回のEU離脱を問う英国の国民投票は、英国のEU潰し戦略の仕上げなのかもしれないと思えてくる。この2週間、英米中心の国際マスコミ(軍産の宣伝機関)が、英国の国民投票をめぐって大量の記事を流して大騒ぎしているが、これも、EUの大陸諸国の人々に「EUが嫌いなら、英国みたいに国民投票をやって離脱できるよ」と宣伝する意味がありそうだ。前出のルペンなどは、そのエサに早速食いついている。 (View from France: Brexit would be good for us – and the future of Europe)
英国で6月16日にEU残留支持のコックス議員が殺されて以来、残留支持が盛り返していると報じられているが、英国自身がEU離脱を否決しても、国民投票を大騒ぎしてやるだけで、欧州大陸諸国に投票熱を感染させるには十分だ。英国がEUに残留したまま、他の諸国に投票が感染して離脱に動くと、英国はEUを内部から破壊することを続けられ、効果的にEUを潰せる。フランスの経済相(Emmanuel Macron)は「感染を防ぐため、もし英国が離脱を可決したら、本当にきっちりEUを出て行ってもらう。英国を甘やかすと、他の諸国民が安直な気持ちで離脱を支持する傾向に拍車をかけてしまう」と述べている。 (Brexit: Britain is either in or out, French economy minister warns)
仏経済相はその一方で、英国が離脱を決めてもEU統合の動きを止めてはならないと述べている。これは、EUのトゥスク大統領らの「急いで統合すると反対論が急増して壊れる。統合推進はしばらく様子見が必要だ」という態度と相反している。私自身、最近の記事で「相次いで国民投票が行われて離脱派が勝ち、EUが解体しかねない」「懸念はあるが、逆にだからこそ、英国の国民投票で離脱派が勝ったら、英国勢がEUの政策決定に口出しできなくなることを利用して、独仏は全速力で財政や金融などの面の国家統合を進めようとすると予測できる」と書いた。しかしどうやら、英国の投票がEUに与える悪影響はかなり大きく、そんな単純な話になりそうもない。 (英国がEUを離脱するとどうなる?)
英国が離脱しても早急なEU統合を進めるべきだと言っているEU高官の中には、欧州中央銀行のドラギ総裁もいる。ドラギは近年、米連銀の傀儡勢力となり、ドイツの反対を押し切ってドル救援のQE(債券買い支え)やマイナス金利策を進めている。欧州中銀(や日銀)のQEやマイナス金利は、米国の金融システムや国債を延命させる反面、欧州(や日本)の金融界や国債の自滅を早める。早急なEU統合を進めると反対論が強まってEUが潰れてしまうのなら、ドラギが早急なEU統合を提唱するのは、EUの混乱が加速して欧州の資金が米国に逃避し、米金融界の延命を促進するからなのかもしれない。 (Ahead of Brexit Vote, ECB’s Draghi Calls for European Unity)
英国の策略の結果、EUは存亡の危機にある。だが、EUを潰すことは以前に比べ、英国の国益にならないことになっている。以前(911前)は米英同盟が強固で、EUの統合を潰して独仏など欧州大陸諸国がバラバラな状態に戻ることは、仇敵ドイツを英国(米英同盟)にかしずかせることができ、英国の国益に合っていた。だが米国は、911後の単独覇権主義で英国に冷淡になり、イラクなどの失敗で単独覇権主義をやめた後も、英国との距離感が開く一方だ。米議会は、英国をもはや最重要な同盟国とみなしていない。911以前は、英国がEUを潰すことが米英同盟の強化につながったが、今はそうでない。英国は、EUを離脱しても代わりに米国との同盟を強化できず、孤立するだけだ。
第2次大戦後の欧州統合の本質は、欧州大陸の人々と関係のない、覇権中枢における英国と米国のせめぎあいだ。戦後、英国が米国を牛耳ってロシア(ソ連)との恒久対立の冷戦構造を作り、仇敵ドイツを永久に東西に分断する体制を作ったのに対し、米国は独仏を国家統合への道に誘い、1960年代に財政破綻した英国を、独仏との国家統合に参加せざるを得ないように仕向けた。ドイツ主導の欧州国家統合に入って国権を剥奪されると、英国は永久にドイツの傘下になり、米国から切られてしまう。
80年代のサッチャー英政権は、米金融界を誘って金融自由化(債券化)による米英金融覇権体制(紙切れに巨万の価値を与えることによる覇権)を創設するとともに、欧州統合から距離を置き、幽閉されることを避けた。米レーガン政権はサッチャーの盟友として振る舞いつつも、報復的にゴルバチョフと話し合って冷戦を終わらせ、東西ドイツの統合と、EUの国家統合の再扇動をやり、それは10年かけてユーロやリスボン協定として結実した。英国は、しかたなくEUに参加しつつも、幽閉につながるユーロやシェンゲン協定に入らず、一方でEUが東欧に拡大しすぎて失敗していくことを誘発した。
08年のリーマン危機後、米国は金融覇権の自滅傾向を強め、それは今年、出口のないQEやマイナス金利の行き詰まりによって加速している。米国の覇権衰退が進むなか、EUは近年、統合を加速しようとしたが、ギリシャ危機や難民危機、ウクライナ危機などを米英軍産に引き起こされて阻止され、今のEU各国での反EU感情の強まりへとつながっている。英国は、EUへの幽閉を回避しているものの、その一方で米国に距離を置かれている。米国自身が覇権の衰退を引き起こしているため、長期的に、英国が米国との同盟関係を維持する意義も低下している。
今後EUは崩壊していく可能性が高まっているが、長期的に見ると、EUがいったん崩壊するのは良いことでもある。EUは英国の策略にはまり、東欧やバルカン諸国をどんどん加盟させてしまい統制不能になっている。EUがいったん崩壊し、その後また独仏が再出発で合意できれば、もっと統合しやすい少数の国々だけでEUを作りなおすことができる。とはいえ、統合事業が破綻して「失敗」の烙印を押されたら、その後各国民の過半数が再統合に同意するのか疑問もある。いったん崩壊すると、再建に何年もかかる。特に、フランスなどがユーロ圏から離脱すると、人々はもうこりごりだろうから、通貨の再統合は民意の支持を得られず、困難になる。欧州は今後さらなる混乱期に入っていくだろうが、どのような展開になるか、まだ予測が難しい。
◆⑨ リーマン危機の続きが始まる
【2016年6月16日】
6月8日、欧州中央銀行(ECB)がQE(通貨大増刷による債券買い支え)の対象を、それまでの国債のみから、社債も買う新体制へと拡大した。欧州中銀は、ユーロ圏で取引されている社債の約2割を買い支え始めた。これにより世界的に、債券の利回りが一段と低下した。6月14日、10年ものドイツ国債は史上初のマイナス金利になり、バブル状態だと機関投資家から警告された。日本でも、優良社債の金利はほぼゼロだ。日本と欧州の中央銀行は、新規国債の多くをQEで買い占め、マイナス金利策で民間銀行が中央銀行に資金を預けにくい状況を作ることで、民間金融機関が高リスクな社債を買わざるを得ないように仕向けている。 (ECB Surpasses Expectations With First Corporate-Bond Purchases) (Are German Bonds Riding a Bubble?) (Japan Marks Lowest-Ever Coupon on Corporate Bond in Toyota Sale)
国債からジャンク債まで、債券金利は世界的に異様に低くなっている。債券投資王と呼ばれたビル・グロスによると、今の世界の債券金利水準は、金融の記録があるこの500年間でダントツの最低だ。市場原理にしたがうと、債券金利は発行者(政府や企業)の健全性(財政状態、利益)に反比例する。異様な低金利は本来、異様な好景気を表す。だが、現状の世界経済は好景気からほど遠い。景気が悪いのに、米日欧中銀の超低金利やQEによって、人為的に金利が引き下げられている。これは、非常に不健全な状態だ。 (Bill Gross warns over $10tn negative-yield bond pile) (中央銀行がふくらませた巨大バブル)
民間の金融機関は、ある程度のリスクをとって高い利回りの債券に投資することで利益を出してきた。だが現状は、中央銀行の政策のせいで、不当に高いリスクをとらないと、利益どころか社員の給料すら払えない。本来、民間銀行を守るべき中央銀行が、民間銀行を苦しめる政策を延々と続けている。中央銀行は「お上」なので盾突きにくいが、銀行界では不満が高まっている。欧州中銀が社債買い支えを開始して債券金利のいっそうの低下が確定的になった6月8日、日本では、三菱東京UFJ銀行が、民間銀行を代表して日本政府や日銀への怒りを表明する意味で「国債市場特別参加者」の地位を日本政府に返上した。 (Japan’s Largest Bank Considers Quitting Role in Government-Bond Market)
国債特別参加者は、日本政府が毎回発行する国債総額の4%以上を応札することになっているが、日本国債のほぼ全量を日銀がQEによって買い占めている現状では、民間銀行が応札してもほとんど買えない。民間銀行は、余裕資金の重要な運用先だった国債購入の道を絶たれ、安全に資金を運用できなくなっている。国債を買えない特別参加者の地位などクソ食らえというわけだ。日銀のマイナス金利策によって民間銀行が危険な状態になっていることは、日銀の佐藤健裕審議委員も、最近の講演の中で述べている。彼は、日銀上層部でマイナス金利にはっきり反対する果敢な少数派の一人だ。 (佐藤日銀委員:これ以上のマイナス金利の深掘りには明確に反対) (BOJ Member Warns Japan Economy Is So Fragile, It Could Sink Into Recession Due To "Weather")
体制翼賛が強まる日本では、マイナス金利やQEの危険性を指摘する声が少ない。マスコミは危険性をほとんど報じないし、三菱東京銀行も不満を隠然と示しただけだ。だが、ドイツでは政府や金融界がもっと明確にマイナス金利とQEに反対している。ドイツでは最近、中央銀行(独連銀)のバイトマン総裁と、政府のショイブレ財務相が、相次いで欧州中銀のマイナス金利とQE拡大を危険な政策と批判し、反対を表明している。バイトマン総裁は、超緩和策を続けるとリスクプレミアムが急騰して金融危機を起こしかねない、と警告している。 (Low ECB rates could raise risk of abrupt surge in risk premia: Weidmann) (Bundesbank Warns Of "Abrupt Surge" In Risk Premia, Asset Bubbles)
私の最近の記事にも書いたが「リスクプレミアムの急騰」とは「債券バブルの崩壊」のことだ。リスクプレミアムとは、優良債券(米国やドイツの国債など)とジャンク債との利回りの差のことで、今は日欧中銀の超緩和策によって金利差が異様に圧縮され、リスクプレミアムが史上最低の水準だ。 (バブルをいつまで延命できるか)
しかし、この状態が人為的、歪曲的で不自然なことは、投資家の多くがすでに気づいている。超緩和策は無限に続けられないので、いずれ終わる。ジャンク債の相場を高く(金利を低く)する上げ底の超緩和策が終わりに向かうと、リスクプレミアムが高騰する。投資家は、日欧中銀が超緩和策をやめそうだと感じただけでおびえて債券を売り、それが引き金となってリスクプレミアムが急騰し、バブルが崩壊しかねない。急騰は08年のリーマン危機や、その前段のサブプライム危機の時に起きたほか、小規模なものは13-14年に米連銀がQEをやめて日欧に肩代わりさせていく過程でも起こり「緩和縮小時の市場の癇癪」を意味する「テーパー・タントラム(taper tantrum)」と呼ばれた。今は、当時よりもさらに強く、中銀群が債券バブルを扇動しているので、いずれ緩和策をやめる時に、ひどい崩壊が起こりうる。独連銀総裁や独財務相の指摘は正しい。 (超金融緩和の長期化)
日本では消費税の増税が延期され、政府の収入源がその分減り、財政難が強まるとの見方から、債券格付け機関のフィッチが日本国債を格下げした(安定的から悪化傾向に引き下げ)。格下げは5月末から予測されていた。日本国債は格下げされたのに、欧州のQE拡大を受けて相場上昇(金利下落)している。消費増税の延期は、日本経済が悪化していることを示している。日銀の超緩和策は、日本経済に良い効果をもたらしていない。だが、それに対する議論も分析もほとんどないまま、超緩和策が続けられている。 (Fitch cuts Japan outlook after delayed tax hike) (Mizuho CEO Warns Japan Sales Tax Delay Is "Admission Abenomics Has Failed")
EUで最も経済が強いドイツは、EUを主導する国だ。ユーロの強さの基盤は、ドイツ経済の強さだ。ユーロ圏の中央銀行である欧州中銀は、域内諸国の中央銀行の総意で政策を決めるが、そこにおいてドイツ連銀は最大の影響力をもっている。それなのに、今の欧州中銀は、ドイツの反対を無視してQEやマイナス金利の拡大を続けている。独連銀や独財務省は、欧州中銀が3月にQEの拡大を決めた後、QE拡大への反対を繰り返し表明しているが、ずっと無視されている。 (Behind Wolfgang Schäuble's attack on the ECB) (No urgent need or room for fiscal expansion in much of euro zone: Weidmann)
中央銀行は政府や議会から自立した存在とされ、ショイブレ財務相などドイツ政府の政治家が欧州中銀の政策に介入することを批判する記事もある。しかし、欧州中銀(や日米中銀)の超緩和策は明らかに危険で、それに反対する方が正しい。欧州中銀が日銀と同様の超緩和策を同じタイミングで拡大しているのは、米連銀(FRB)が日欧中銀に超緩和策をやれと圧力をかけているからだ。基軸通貨のドルを管理する米連銀は、金本位制の時代から、西側世界の中銀群に対して影響力を持っており、1985年のプラザ合意以降は、日欧(G7)の中銀群が米連銀主導の金融システム安定策に協力することになっている。
欧州中銀のドラギ総裁は、14年夏に訪米して米連銀の会議(ジャクソンホール)に出た時以来、ドイツの反対を押し切ってQEを行う姿勢を取り続けている。日欧中銀のQEやマイナス金利策といった超緩和策は、日欧人自身が立案したものでなく、米連銀の政策の一部である。日本は政府が対米従属一本槍なので、超緩和策が危険でもかまわず拡大しているが、ドイツはそうでない。欧州中銀は、ドイツの意に反して米連銀の傀儡にされ、QEを拡大している。米連銀は、欧州中銀をドイツから奪って乗っ取り、危険な超緩和策を拡大させている。 (ユーロもQEで自滅への道?)
次に出てくる疑問は、なぜ米連銀が日欧に危険な超緩和策をやらせているのかということだ。私は毎日米欧の国際政治経済に関する分析をできる限り読んでいるが、この疑問に納得できる答えを与える文書を見たことがない。自分で推測するしかない。これまで私は、米連銀がQEをやめて短期金利をゼロから2%程度に戻し、ドルを健全化するため、QEを日欧に肩代わりさせたと考えてきた。しかし、短期金利2%という大したことない余力を得るためだけに、全世界の債券金利を「不当」とわかるぐらい異様に下げるのはおかしい。 (日銀マイナス金利はドル救援策)
08年のリーマン危機で崩壊した米国中心の債券金融システムは、その後あまり蘇生していない。米連銀は、日欧も巻き込んだ超緩和策によって金融システムに資金を注入し、蘇生したかのように見せているが、資金注入をやめるとシステムは死に体に戻る。システムは瀕死で、超緩和策という人工呼吸器がないと死んでしまう。システムの瀕死状態は報じられず、多くの人は、システムがとっくに蘇生して元気に景気回復を楽しんでいる(だから株が上がる)と思っている。だが、株価の上昇も、景気や雇用の回復も、超緩和策とそれに連動する政府指標の粉飾の成果であり、見せ物にすぎない。 (ドルの魔力が解けてきた) (ひどくなる経済粉飾)
日銀はQEの一環として日本株のETFに対する買い支えを続けている。日銀はすでに日本株ETF全体の半分以上を保有し、日経225の225社のうち200社以上において、ETFを含んだ場合のベストテンの株主の中に、日銀が入っている。日銀は、ユニクロの株の9%、キッコーマンの5%を持つ大株主になっている(中国の国有企業を笑えない事態)。日本の株高は、景気でなく、日銀の買い支えによって引き上げられている。これは米連銀が考案した見せ物戦略の「成果」の一つだ。 (In Shocking Finding, The Bank Of Japan Is Now A Top 10 Holder In 90% Of Japanese Stocks) (BOJ’s ETF Position Risks Becoming Too Big to Exit, Lawmaker Says)
米連銀は、この見せ物状態を続けていれば、そのうち本当に景気が回復して超緩和策や指標粉飾が必要なくなると期待しているのだろう。しかし、だとしたら、今の超緩和策をいつまで続けるかわからないのだから、緩和策の寿命が長くなるよう、無理せずできるだけ軽度に続けるのが良い。過激なマイナス金利でなく、少しプラスの低金利の方が良い。無理して過激策をやらねばならない時は、システムの瀕死状態が特にひどくなり、緩和策を過激にやらないとバブル崩壊(死に体化)を引き起こす場合だけだ。 (The $16 trillion in U.S. dollar assets held outside of America will be sold in a panic)
日欧の中銀は今まさに緩和策を過激化している。緩和策を過激化し、世界の金利を史上最低に落とさないと、米国のジャンク債などが投資家の信用を失って買われなくなり、リスクプレミアムが急騰してしまう状態に、すでになっているのでないか。そう断言できる明確な根拠はない。だが、前代未聞の過激で異様な金利引き下げ策の裏に、前代未聞のシステム危機の状況があるのでないかと考えるのは当然だ。 (金融を破綻させ世界システムを入れ替える)
原油安の長期化で、ジャンク債発行で運営してきた米国のシェール石油会社の資金難が続いている。米国では、住宅ローンや自動車ローンの分野でサブプライム債券が再拡大している。リーマン危機は完治していない。米日欧中銀の延命策が尽きたら、危機が再燃する。リーマン危機の「続き」がいつ始まってもおかしくない。G7伊勢志摩サミットで安倍首相が「リーマン危機が再燃しそうだ」との警告を発し、世界的に陰謀論者扱いされたが、その後の異様な金利引き下げ策を見ると、安倍の警告は正しかった感じがする。 (G7で金融延命策の窮地を示した安倍)
ジャンク債の危機が再燃するなら、その前に株価が大幅下落するだろう。株価の下落を容認し、株式市場にたまっている資金を債券市場に流入させることで、債券金融システムを延命させようとするからだ。債券は国債につながっているので、政府にとって株価より債券相場の方が重要だ。ジョージ・ソロスをはじめ、著名な投資家の何人かが、最近、相次いで株価の下落と金地金の上昇を予測するようになっている。 (Why we shouldn’t ignore the warnings of some star investors) (Paul Singer Joins Icahn, Soros; Warns "It's A Very Dangerous Time To Be In The Market", Buys Gold)
株やジャンク債と対照的に、金地金は最近、上昇傾向を予測する記事が米欧のマスコミから発せられている。金地金は、価値が信用でなく、地金自身の希少性や輝きに依存しており、ドルや債券といった信用に依存する資産の究極のライバルだ。ドルや債券の信用が揺らぐほど、金地金の需要が増える。金相場は、先物市場で金融界によって引き下げられるので、超緩和策で資金供給が続く限り、地金の需要が増えても相場が上がりにくい。だが、超緩和策が失敗して下落用の資金供給がなくなると、地金が高騰する。すでに新興市場諸国の中銀群は、きたるべき転換に備え、地金をさかんに買い増している。 (Fed caution, Brexit risk boosting Gold price, with $1,400 a possibility, says ANZ) (Gold Back in Fashion? Why Precious Metal Has Made an 'Amazing Comeback')
英テレグラフ紙は、世界の諸中銀が金地金を貯め込んでいることを紹介した4月の記事の中で「ドルのインフレに備えるため」に中銀が地金を備蓄しているのだと、おそろしいことをさらりと書いている。ドルでなく金塊を備蓄通貨にせねばならないほどの「ドルのインフレ」とは、物価高騰を超えた、ドルの基軸通貨の地位の終わり(ドル崩壊)を意味している。 (Gold is the spectre haunting our monetary system)
ドルの下落予測については、FTも暗号文のような不気味な記事を出している。「ドル高局面の終わり(Endgame for dollar bull run approaches)」と題する記事は、以下のような趣旨だ。ドルや米経済は「病気」であり、米国が利上げして日欧が利下げしているのに、ドル安の傾向が今後ずっと続く(米日欧中銀がんばってもドルは下がる)。ドルは下がってまた上がるという周期的なものでなく、ドルが高い状態自体の終わりが近づいている。米連銀がQEをやめてからドルは4割上がったが、これ自体が(日欧にQEを肩代わりさせても4割しかドル高にならなかったので)ドルの弱さを示している。日欧はドル安を嫌がるが、それ以外の世界の大半(中国など新興諸国)にとってドル安は好ましい(今後加速するドル安は、米欧日を弱体化し、BRICSを強化する。つまり多極化に貢献すると読める)。この記事は、浅く読むと為替相場の予測だが、深読みすると経済覇権転換の示唆だ。 (Endgame for dollar bull run approaches)
昨年末から予測されていた日本の今年の傾向は円高ドル安だ。日本がQEとマイナス金利で自らを弱め、米国が利上げして強化しているのに、円高ドル安の傾向が続いている。今年初め、そして最近と、債券金融システムが危ういという懸念が強まるたびに、円高ドル安が加速する。これは、米国の金融システムが崩れかけているので「ドル安」(テレグラフ紙的に言うならドルのインフレ)になるのでないか。日欧の中銀が必死に自分たちを弱くしているので状況が緩和され、危機として認識されていないが、すでにドル崩壊、ドルの危機、リーマン危機の再来、多極化につながる米覇権(ブレトンウッズ体制)の瓦解が始まっているのでないか。今の状況は、そのような疑念を抱かせる。 (金融蘇生の失敗)
中銀群はもう余力がないので、リーマン危機の続きが起きたら、誰もその危機の火を止められる者がおらず、覇権体制を瓦解させる大惨事になる。ジャンク債から始まった債券危機が、米国債の金利上昇まで波及すると、米国債のデフォルトや預金封鎖が起こりうる。米国債のデフォルトは、最近まで想像を絶する事象だった。だが、5月下旬にドナルド・トランプが「もし米国債の金利が上がったら、債権者と米国債の償還について再交渉する」と発言したあと、デフォルトが想像の範囲内に入るようになった(彼は米露和解など、いくつものテーマで常識を覆すことをやっている)。リーマン危機はブッシュ政権の任期末に起きた。今年はオバマの任期末だ。リーマン危機の続きが起きても不思議でない。任期末に金融危機が起きると、政権交代とともに常識を覆して新たな戦略をとれる。 (Donald Trump’s Idea to Cut National Debt: Get Creditors to Accept Less)
米国債がデフォルトすると、日本もお家芸の「殉死」をやりたがり、日本国債もデフォルトし、預金封鎖、大恐慌になる道をめざすだろう。米金融システムが危うくなると円高ドル安になるということは、本来、ドルが崩壊しても円が生き延びる構図を示している。だが実際には、日本の権力を握る官僚機構が頑固な対米従属なので、米国が弱体化すると、日本も無理して弱体化し、自滅してしまう。日銀が近年、日本自身に一つもいいことがないQEやマイナス金利を延々と続けているのが好例だ。
中国は昨年から当局が金融バブルを退治しているので、米日がデフォルトしても、中国に波及しにくい。米日の崩壊後、人民元は強くなり、日本は資産を中国人に買い叩かれるようになる。大嫌いな中国に、永久に土下座せねばならなくなる。 (金融バブルと闘う習近平)
この記事を何日もかけて延々と書いているうちに、米連銀は6月15日の理事会で利上げを見送った。米連銀は今年、もう利上げできないだろうとゴールドマンサックスなどが分析している。金融システムの不安定化に拍車がかかりそうだ。 (Dollar retreats as dovish Fed holds rates)
6月23日の英国の国民投票は、EU離脱が可決されそうな感じが強まっている。先日ドイツで開かれた「世界支配者たちの秘密会議」といわれるビルダーバーグの年次会議の議長をつとめたフランスの財界人(Henri de Castries)が、英国がEU離脱を採択する可能性がとても高いと表明した。これは強烈だ。英国の国民投票でEU離脱が決まると、それが引き金になって米欧の金融危機が起きるかもしれないといった見方も出ている。 (Bilderberg Chairman Warns Brexit Possibility "Extremely High") (Axa CEO Warns There's an `Extremely High' Probability of Brexit)
◆⑩ 英国がEUを離脱するとどうなる?
【2016年6月13日】
英国がEUに残留するかどうかを問う6月23日の国民投票まで10日に迫った。少し前まで、世論調査では残留支持者が優勢とみられていたが、数日前から急に、いくつかの世論調査で、残留派が減り、EUからの離脱を求める人々が過半数になっている。英国の世論調査機関ORBとインデペンデント紙が6月10日に発表した世論調査によると、離脱支持が55%、残留支持が45%だった。それより前、6月2-5日にORBと英テレグラフ紙が実施した調査(投票権がある人のみを対象にした分)では残留支持48%、離脱支持47%、未決5%だった。さらに以前の5月25-29日のOEBとテレグラフ紙の調査では、残留支持51%、離脱支持46%だった。しだいに離脱支持が増えて残留支持が減っている。 (Brexit Poll Sees 10-Point `Leave' Lead Two Weeks Before Vote) (6月2-5日の調査) (5月25-29日の調査)
最近行われた8つの世論調査のうち、5つは離脱支持が優勢、2つが残留派の優勢、1つは双方互角の結果を伝えている。全体として、4月や5月の調査に比べ、離脱支持が増えている。離脱派増加の主因の一つは、トルコが難民を欧州に送り込んできていることだ。英国を含む西欧全体で、定住難民の増加により、低賃金の雇用が、地元の市民と難民との奪い合いになり、地元の低所得層の就業が難しくなっている。低所得層は、EUから離脱して難民受け入れを止めれば雇用が回復すると主張する離脱派の政治家を支持するようになり、離脱支持が増えている。 (Has the tide turned? Shock 10-POINT lead for Brexit in poll just 13 days before referendum sends David Cameron's Remain campaign into full panic mode) (EU referendum: Telegraph subscribers say they back a Brexit) (Leave camp take 19-POINT lead as Britons flock to Brexit)
とはいえ、まだ6月23日の投票で離脱派が勝つと決まったわけではない。2014年にスコットランドで行われた、英国からの分離独立を問う住民投票では、投票日の11日前に発表された「独立派優勢」の世論調査を見て、独立反対の人々が危機感を持ち、棄権せず投票に行く傾向を強めた結果、独立が否決されている。英国の政府やエリート層、マスコミには、英国はEUに残らねばならないという考えが強い。残留派の市民に危機感を持たせるために、投票日まで2週間を切った段階で、離脱派優勢という歪曲した世論調査をわざと出したとさえ考えられる。 (スコットランド独立投票の意味)
6月10日、英国の通信会社BTが、自社ウェブサイトで実施した調査で、回答者の80%がEU離脱を支持したとする結果を発表した。だがこの調査結果は、発表から24時間以内にBTのサイトから削除されてしまった。BTは政府系なので、何としてもEU離脱派の勝利を防ぎたい英政府がBTに圧力をかけて削除させたに違いない、これは英政府がいかに追い詰められているかを示している、といった見方が流布している。だが私はむしろ逆に、最初に分離支持8割の調査結果を発表させたところから、分離派増加を喧伝して残留派の投票を増やすための英上層部の策略だった可能性すらあると考える。 (BREXIT poll shows 80% for Leave….then abruptly disappears)
今回のように、マスコミの偏向が大きそうな場合、報道や分析の信頼性が下がっているので、投票前にいろいろ考えてもお門違いになりやすい。投票結果が出てから分析を始めた方が良い、ともいえる。だが投票日後になり、もしEU残留が決まると、英国がEUを離脱した場合の意味を考えることができない。逆にもしEU離脱が決まると、英国がEUに残留する意味を考えられないが、すでにこちらは以前に記事にした。だから、あえて今のうちに、英国がEUを離脱した場合の意味を考えてみる。 (英国がEUに残る意味) (Bracing for the Turmoil of a Potential Brexit) (United Kingdom withdrawal from the European Union From Wikipedia)
英政府が今回、国民投票を行う理由は、EUの先導役であるドイツとフランスが、EU加盟各国の国家主権(財政や安保などに関する議会の決定権)の剥奪を強めることになる政治統合を加速したいからだ。英国の上層部(特に今の与党である保守党)には、EUに参加して主権を剥奪されることに反対する勢力が以前から存在する。彼らは、このまま英国がEUに残留すると国権を剥奪されるので、その前に国民投票をやってEU残留で良いかどうか民意を問え、という主張を通し、2017年末までにEU残留の可否を問う国民投票を実施する法律を2015年に作った。 (Margaret Thatcher's 1988 "Bruges Speech" Explains Why Brits Should Brexit) (European Union Referendum Act 2015 - Wikipedia)
英国は、EUの前身であるEECに加盟した2年後の1975年、国内の加盟反対派の要求を受けて国民投票を行い、EEC残留を決めた。今回はそれ以来41年ぶりの、欧州統合への参加可否を問う国民投票だ。英国は、国権剥奪を意味する欧州国家統合に参加しつつも、ユーロを通貨として採用せず、国境検問をなくすシェンゲン条約にも入らないなど、うまいこと国権剥奪を回避し続け、国権を残したまま、国家統合によって力を増す欧州中枢部の政策決定に関与し、英国に都合の良い戦略(対米従属やロシア敵視など)を欧州にとらせてきた。 (多極化に圧されるNATO) (米欧がロシア敵視をやめない理由) (欧州の対米従属の行方)
欧州(独仏)の国家統合は、終戦直後からの米国(国連P5体制を作ったロックフェラー系などの多極派)の要望なので、英国はそれに反対できないものの、ドイツの台頭や欧州の対米自立(親露化)を防ぐため、英国はEUを腑抜けにしたい。英政界で「国権剥奪のEUを離脱すべきだ」と叫ぶ勢力は、英国の狡猾戦略を知った上で反対しているのだから、米多極派のスパイの疑いがある。英国の対EU戦略は裏表があるので、英政府はできれば国民投票などやりたくない。しかしイラク侵攻後、米国の覇権衰退が始まり、独仏は欧州統合を加速(対米自立)する意志を強めている。しかも、米国は英国を嫌う傾向を強めている。英国は、欧州統合を邪魔するのでなく、前向きに参加せざるを得なくなっている。 (資本の論理と帝国の論理) (米覇権下から出てBRICSと組みそうなEU) (Draft paper: Germany to boost military role on world stage)
国民投票でEU離脱派が勝つと、英国の国家戦略の大失敗になる。独仏の中枢には、米国の軍産複合体と結託して巧妙に動く英国が、無理な東欧諸国の加盟や対露敵視、エルドアンの横暴への許容など、EUを戦略的に失敗させているという不満がある。英国内の離脱派は「EUは英国を必要としている。英国が国民投票でEU離脱を決めたら、EUは焦り、今よりもっと良い条件でEUに加盟し続けてくれと提案してくるので大丈夫だ」と言っているが、大間違いだ。英国が離脱を可決したら、独仏は喜んで英国抜きで国家統合を加速するだろう。 (Why leaving the EU really does mean Brexit) (UK's Referendum, a prerequisite to restarting Europe)
国民投票で離脱派が勝っても、英政府はすぐにEUに離脱申請をしないかもしれない。離脱申請をすると、その日から2年後の離脱がEUのリスボン条約(50条)で定められており、あとに引けなくなる。英政府は、非公式な交渉をEUと始めたがるかもしれないし、保守党内で現首相のキャメロンを辞めさせて離脱派のボリス・ジョンソンが新首相になる党内選挙が先に行われるかもしれない。 (If it were done - There is some dispute over the mechanics of how to leave the EU) (Anatomy of a 'Brexit': What the aftermath would look like)
しかし、どちらにしても、国民投票で離脱派が勝つと、その後、英国はEU中枢での意思決定から外される。今のEUは実質的に、独仏英伊などの有力諸国の首脳の間の非公式協議で重要政策が、正式提案の前に決まってしまう非民主体制で、従来の英国は、ここに食い込んでEUを振り回してきた。国民投票で離脱派が勝つと、英国は離脱の道をたどり始めたことになり、EU中枢の非公式協議での発言権を失う。 (Brexit vote is about the supremacy of Parliament and nothing else) (No single market access for UK after Brexit, Wolfgang Schauble says)
最近のEUはひどく弱い状態だ。覇権衰退が加速する米国の勢力が、EUが統合を加速して対米自立(対露接近)していかないよう、全力で邪魔をしている。軍産複合体は、NATOを使って延々とロシア敵視策をやっている。米連銀は、欧州中央銀行(ECB)にQE(債券買い支え)やマイナス金利といった金融放蕩策をやらせ、欧州を米国の債券金融システム延命に協力させている。金融財政の放蕩を嫌うドイツは欧州中銀を止めようとしたが失敗し、ユーロはすでに出口のない危険な、金融的に麻薬中毒の状態にさせられている。対米従属一本槍の日本政府は、米国より先に自分らが潰れてもいいと思ってQEをやっているが、ドイツ(EU)はそんなつもりがないのに、ドルの身代わりになってユーロが潰れる道をたどっている。大馬鹿だ。 (Draghi Just Unleashed "QE For The Entire World"... And May Have Bailed Out US Shale) (Russians rally to the Brexit flag in Britain’s EU referendum)
エルドアンのトルコは、米軍産(国務省のビクトリア・ヌーランド次官補ら)に入れ知恵され、シリアなどから来た難民をEUに流入させ、欧州統合の柱の一つであるシェンゲン体制を破壊している。EUではトルコへの反感が強まっているが、対米従属が強いEU上層部は、米国(軍産)から「NATOの一員であるトルコを大事にしろ」と圧力をかけられ、エルドアンの言いなりになっている。このように、最近のEUは不甲斐ない状態なので、EU諸国の人々はEUを支持しない傾向を強めている。国民の間でのEUの支持率は、ドイツが50%、スペインが47%、フランスでは38%しかない。 (Ahead of Brexit vote, support for EU falls across Europe) (2 in 3 Germans want Merkel out after next year's elections)
(Something is going on in France. A New French Revolution?) EUへの支持が半分を切っている国が多い中で、英国が国民投票でEU離脱を決めると、他の諸国の政界でも「うちでも国民投票すべきだ」という主張が強まり、相次いで国民投票が行われて離脱派が勝ち、EUが解体しかねないという懸念が出ている。 (If 'Brexit' wins, fear gets into the marketplace: Bill Gross) (EU referendum: Swedish foreign minister warns Brexit 'could cause break-up of European Union')
そうした懸念はあるが、逆にだからこそ、英国の国民投票で離脱派が勝ったら、英国勢がEUの政策決定に口出しできなくなることを利用して、独仏は全速力で財政や金融などの面の国家統合を進めようとすると予測できる。来年になるとドイツ(8-10月に議会選挙)やフランス(4-5月に大統領選挙)で大きな選挙が行われ、独仏は統合加速を進めにくくなる。その前に統合加速の動きがありうる。それを逃すと、来年の独仏の選挙で反EU勢力が伸長するかもしれず、EUの統合加速が困難になり、米国勢による破壊を受けてEUが解体・破綻する可能性が増す。(EUを作ったのも、壊すのも米国ということになる) (Farage Threatens To "Destroy The Old EU" As Marc Faber Says Brexit "Best Thing In British History") (Next German federal election - Wikipedia)
6月23日の国民投票で、英国全体ではEU離脱派が多数を占めたとしても、スコットランドでは住民の過半数がEU残留を支持する公算が強い。その場合、スコットランドとその他の英国で民意が相反することになり、スコットランドは英国からの独立を問う住民投票を3年以内に行うことになる。14年の投票では否決されたが、あの時は英国がEUに加盟していた。次回は独立派が勝つだろう。英国がEUから離脱すると、スコットランドは英国から独立してEUに加盟する道を歩む。 (Brexit would trigger second Scottish referendum within three years, Alex Salmond warns)
英国は、アイルランド系住民が多い北アイルランドを支配している。従来は、アイルランドも英国もEUに加盟していたので、北アイルランドとアイルランドの間は自由往来できたが、英国がEUを離脱すると条件が変わり、北アイルランドの分離独立運動が再燃しそうだ。英国はEUを離脱すると、スコットランドに独立され、北アイルランドも紛争に逆戻りする。国際金融におけるロンドンの地位低下も不可避だ。すでにロンドンの金融界では、外国銀行が業容縮小の準備を始めている。 (Brexit: Banks prepare for City exodus in wake of vote)
6月23日の国民投票でEU残留支持が勝てば、これらの英国の自滅への道は出現しない。その代わり、EUの国家統合に参加する動きになり、英国の国権がEUに剥奪されていく傾向が強まる。
◆⑪ いずれ始まる米朝対話
【2016年6月9日】
北朝鮮が核兵器の開発を進めている。先日はIAEAが、北は寧辺のプルトニウム抽出用の原子炉と再処理施設を再稼働したようだと発表した。北は、6カ国協議の進展を受け、07年から寧辺の施設を止めていたが、昨秋、米国に届く核兵器を作るため寧辺を再稼働すると宣言していた。北は、核兵器開発を、敵視をやめない米国などに対処するための正当な自衛力の強化であると主張し、金正恩の権力掌握と国威発揚のために核を使っている。米国などが北に強硬な姿勢をとるほど、北が核保有に固執する図式が、数年前から続いている。 (North Korea has reopened plutonium plant: IAEA)
中国は北に対し、経済支援を強めてやるから核開発をやめろと以前から圧力をかけている。これに対して北は、「核兵器保有は経済発展と同じくらい大事なので核開発をやめる気はない」と返答する意味を持つ「並進路線」を、昨年初めから繰り返し表明している。中国と米国は「並進路線を認めない」「北は並進路線を成功させられない」とする認識で昨年から一致していると報じられている。 (Is North Korea's 'Byungjin Line' on the US-China Strategic Agenda?)
だが北は、米中の反対を無視している。今年5月の朝鮮労働党大会でも、並進路線を国家戦略として採択している。その一方で北朝鮮は、核実験やミサイル試射を繰り返している。北はすでに、自国の憲法に「核保有国である」と明記する条項も入れている。北は並進路線を堅持している。「並進路線は認めないし失敗する」という米中の戦略の方が失敗している。北が成功し、米中が失敗している状態を認めることは、マスコミと外交専門家(軍産)の多くにとってタブーだから、この失敗状態は無視されることが多い。だが無視されている間にも、北はどんどん核武装を進めている。 (The curious love-hate relationship between China and North Korea)
北に対する米国の目標は、核を廃棄させることだ。寧辺の核施設を壊して代わりに兵器転用できない軽水炉を作る90年代のビル・クリントン政権の「枠組み合意」に始まり、経済制裁や軍事力で北の政権を転覆するブッシュ政権の策、北が核廃棄しそうもないのでその役を中国に押し付ける「6カ国協議」など、この四半世紀にいくつかの策が試みられたが、どれも成功していない。 (The North Korea Threat: America's Limited Options)
オバマ政権は8年間を通じ、ブッシュ政権から経済制裁と6カ国協議を引き継いだだけで新たな策をほとんど打ち出せず、北はむしろ核開発をどんどん進めている。北は「米国が、対話に応じ、米韓演習などの軍事挑発をやめるなら、核開発をやめてもよい」と繰り返し表明している。だがオバマ政権は「悪い奴とは話し合わない」「北核廃棄は中国にやらせる」というブッシュ政権以来の姿勢を踏襲し、北との対話をしていない。今秋の米大統領選で、民主党のヒラリー・クリントン候補は、オバマの姿勢を踏襲している。 (US must de-escalate tensions with North Korea: Analyst) (Obama Spurns North Korea Offer to Suspend Missile Program)
米国の外交政策の立案に影響力を持っている政府元高官、学者、マスコミなどで構成される外交専門家たち(軍産複合体の一部)は、北を敵視するばかりで、北に核を廃棄させることについて万策尽きた感じになっている。北との話し合いについて、彼らは「交渉しても北が核を廃棄することはない」「部分的な廃棄だけで、米国や韓国に大きな譲歩を求めてくる。北を得させるだけ」などとして強く反対している。しかし、軍産系の人々は「交渉はダメだ」と言うばかりで、替わりの策を提示できなくなっている。 (Six Reasons Why Trump Meeting With Kim Jong Un Is a Very Bad Idea)
そんな中、米政界での軍産の影響力が低下していることを察知して反軍産・非軍産の姿勢で米大統領選に出馬して優勢を得ている共和党のドナルド・トランプが先日、当選したら金正恩と話し合いたいと表明した。5月中旬にロイター通信のインタビューでトランプが最初にそれを表明したとき、在米(国連)の北朝鮮代表は「選挙のプロパガンダにすぎない」と一蹴していたが、数日後には北朝鮮の国営メディア(DPRKトゥデイ)に、中国人の学者が書いた論文という体裁をとって、トランプを支持称賛する文章が掲載された。 (North Korean envoy rejects Trump overture to meet leader) (《트럼프충격》으로 보는 《한국》의 정체성) (North Korean state media op-ed calls Trump 'wise,' Clinton 'dull')
トランプは6月3日にも「外交専門家は(金正恩と)話し合っても無駄だと断言するが、やりもしないで断定するのは馬鹿だ。話し合った方が有用だ。彼ら(外交専門家)は米国をダメにしている」と述べ、金正恩と話し合うつもりがあることを改めて表明した。トランプは、相矛盾する発言を行うことで知られているが、金正恩と会う気があると繰り返し表明したことは、それが出まかせや目くらましでなく、本気でやるつもりであることを示している。 (Trump reaffirms intention to talk with Kim Jong-un) (North Korea ♥ Trump)
マスコミはすべて軍産的にトランプを酷評するかと思いきや、そうでもない。英ガーディアン紙は「トランプもたまには良い案を出すもんだ。北との対話は良い。戦略的忍耐とか言って北を放置したオバマの戦略は失敗だった。(1972年の)キッシンジャーやニクソンの中国訪問に相当するものが必要だ。かつての毛沢東も、今の金正恩も核兵器を持っている。だからこそ会いに行き、交渉せねばならない」とトランプを評価している。 (At last a good idea from Donald Trump: dialogue with North Korea)
トランプが米大統領になって金正恩と会うと、どんな話になるか。金正恩は、米国が北を敵視するのをやめたら核開発をやめるという、すでに北が繰り返している提案をするだろう。米朝が敵対をやめることは、1950年に始まった朝鮮戦争が休戦でなく終結することになり、在韓米軍が駐留し続ける必要が大幅に減じ、トランプが言っている「韓国(や日本)における米国の軍事負担を減らす」ことにつなげられる。
北が核開発をやめることは、北に核を廃廃棄させることではない。北は、新たな核兵器の開発をやめるだけで、すでに作った7-8発と推定される核弾頭はそのままだ。北は(1)新たな核兵器を作らない、(2)すでにある核兵器の性能を引き上げない、(3)核開発技術を輸出しない、という「3つのノー」を受け入れ、その見返りに、米国や韓国との和解、朝鮮戦争の正式終結、在韓米軍の撤退を得られる。「3つのノー」は、今年初めにオバマと同じ民主党のウィリアム・ペリー(ビル・クリントン政権の国防長官)が提案した(私はこの案を見て、実現可能なのでオバマ政権下で推進されるのでないかと思ったが、そうはならなかった)。 (北朝鮮に核保有を許す米中)
この案は、好戦的でない現実的な策を好む中国の考え方にも合致している。トランプは、北朝鮮の問題は、北に最も言うことを聞かせることができる中国が責任持って解決すべきだと言っている(この点はクリントンもサンダースも同じ姿勢だ)。今後の米国は、中国が反対するやり方で北に核廃棄させることをしないだろう。トランプは、この「3つのノー」に近いものをシナリオとして持ち、北と交渉しようとするだろう。 (北朝鮮の政権維持と核保有) ( Commentary: Trump, Clinton play the `China card' against North Korea)
3つのノーのシナリオだと、北が核を何発か持ったまま、米国から敵視を解かれ、在韓米軍に撤退してもらえる。在日米軍も風前の灯となる。米国が北と和解すると、対米従属の韓国や日本も、いやいやながらであっても北と和解せねばらない(それが6カ国協議のシナリオでもある)。だが、在日・在韓米軍が撤退もしくは大幅縮小すると、日韓は米国の核の傘の下から出されてしまう。北は核を持ったままなのに、日韓は丸腰の状態になる。米国のやり方に対する日韓の不満が募る。北に対抗するため、自前の核を持つしかない、という議論が日韓で出てくる。そこで出てくるのが、トランプが以前に発した「日韓が核武装を望むなら、それを許す」という発言になる。 (世界と日本を変えるトランプ)
ここで再分析が必要になるのが、北朝鮮という国が持つ危険性をどう見るかだ。「北は崩壊寸前で、崩壊するならその前に日米韓を核攻撃してやると考えかねない。北と交渉すると譲歩を余儀なくされて危険だ。空爆して一気に崩壊させるのも難しいので、経済制裁しつつ放置して崩壊を待った方がいい」というのが従来の専門家の見方だ。だが現実には、北はいつまでも崩壊しない。北の政府は、政権を脅かさない範囲で、少しずつ民間経済の存在を許容し、北の市民生活は、90年代後半の飢餓から脱して好転する傾向が続いている。崩壊しないなら、むしろ外国勢が北の経済発展を助けた方が、政権が安定し、外国との戦争する態勢で政権を維持する必要がなくなり、北は好戦的な態度を採らないようになる。 (Sanctions Alone Won't Stop North Korea Doug Bandow)
米韓はこれまで、北の政権を崩壊に追い込み、崩壊した北を韓国が併合するシナリオを考えてきた。崩壊した東ドイツを西ドイツが併合したやり方だ。東ドイツはソ連の完全な傀儡で、ゴルバチョフに見放された直後に東ドイツは崩壊した。だが北は、1960年代から「主体思想」と銘打って、ソ連にも中国にも支配されるのを拒否し続け、なんとか崩壊せずにやってきた。北は東独と全く違う。 (The curious love-hate relationship between China and North Korea)
今も、北は食料とエネルギーの多くを中国からの輸入に依存しているのに、中国の圧力を無視して核開発を続けている。中国は激怒し、中朝関係が悪化しているが、中国は北との国境地域の混乱を恐れ、北への食料エネルギー輸出を止める経済制裁に踏み切れない。北は、中国に依存しているのに、中国に負けていない。かつてソ連からの経済支援に依存していたのにソ連の言うことを聞かなかった金日成の策と同じことをやり、なんとか成功している。北は「まつろわぬ国」だ。非常にしぶとい。 (Why China takes a softly-softly line on North Korea) (御しがたい北朝鮮)
トランプが米大統領になって北との交渉が進むと、北は核武装したまま米韓と和解し、在韓米軍が出て行く流れになる。南北は、形だけ「連邦制」を採用し、南北協調のための組織が作られるかもしれない。だがそれはお飾りで、北の体制は何も変わらない。北は、政権維持が危険にさらされると考えて、南北間の市民の往来も自由化しないだろう。それでも米朝が和解すると在韓米軍が出て行き、南北間は冷たい和平の関係になる。南北間の対立は中国が仲裁することになる。
北は、米韓と和解して外敵がいなくなると、結束が崩れかねない。だから北は対外開放を少しずつしか進めない。だが、朝鮮半島の新たな(戻ってきた)覇権国(宗主国)である中国は、人権や民主化をうるさく言わず、現実主義で安定だけを重視するので、北は独裁を続けやすい。今の独裁者である金正恩はまだ30歳前後ととても若く、内部の権力闘争で殺されない限り、彼の独裁政権はこの先40年ぐらい続く。その間に、北は時間をかけて経済発展し、対外開放しても政権が崩れない状態になるかもしれない。
米国が北と交渉し始めると、その先にあるのは上記のような、米国が朝鮮半島から出て行き、代わりに中国の覇権下に入っていく流れだ。北はなかなか変わらない。北を取り巻く大国である米国、中国、ロシアは、いずれも北を従属させることに失敗している。今後、これらの大国が改めて北に圧力をかけても、従来と同様、言うことを聞かせられないだろう。
大国に従属せずにしぶとく生きてきた北と対照的に、韓国と戦後日本は、米国に従属するだけの人生を送ってきた。米国が東アジアから出て行く傾向になりそうな今後、自立的にしぶとく立ちまわる鍛錬をしていない日韓は、経済的に北より大きいものの、政治技能的に北より弱い。日本は伝統芸として「鎖国気味に生きる」縮小均衡の道があるが、韓国は政治的に北に振り回され、大変な時代がくる。
最近、ブッシュ政権で北核6カ国協議の米国代表として対北交渉にたずわっていたジョセフ・デトラニが、金正恩が早ければ今年8月(中国共産党95周年祝賀会)に初の外遊として中国を訪問するかもしれないと指摘している。金正恩が中国に行くとしたら、それは金正恩が国内の権力掌握を一段落させ、米中が望む3つのノーを受け入れつつ、代わりに米中が何をしてくれるのか交渉を始めるという意味だ。 (China-North Korea rapprochement?)
以上の事態は、トランプが米大統領になるのが前提だ。クリントンが大統領になると、オバマ時代の「制裁しつつ北の崩壊を(無駄に)待つ」姿勢が保持されるという予測が多い。だが、本当にそうなのか?。私が気になるのは、クリントン家に、16年前にトランプと同じことをやろうとした者がいることだ。01年まで大統領だったヒラリーの夫のビル・クリントンは政権末期、北と和解するために平壌を訪問して金正日と会うことをめざし、オルブライト国務長官を訪朝させるところまでやったものの、時間切れになっている。
なんとしても大統領になりたいヒラリーは今回の選挙で、米政界を席巻してきた軍産複合体の支持を得るため、これでもかというぐらい好戦的な姿勢を打ち出している。これは彼女が本当にやりたいことなのか?。昔の女性解放運動的に言うなら「戦争は男たちがやりたがるもの」でなかったのか。夫のビルは大統領だった8年間、冷戦後の緊張緩和の中で軍事産業の合理化など軍産を縮小させる策を採り、軍産との激しい闘いにさらされた。大統領夫人だったヒラリーは、軍産がいかにひどい奴らか、身にしみて知っている。ビルの次の大統領となったブッシュは軍産に牛耳られ、馬鹿げたイラクやアフガンの占領をやって大失敗した。その次の現オバマ政権も、主な課題は軍産との闘いだった。 (軍産複合体と闘うオバマ)
大金持ちのトランプは、軍産の選挙資金に頼る必要がないので選挙期間中から好き放題に言っているが、ヒラリーはそうでない。選挙に勝つために軍産の言いなりになってみせているが、当選した後は、どうやって軍産を出し抜くかを考える日々になる。そうでなければ大統領になる意味がない。ヒラリーが大統領になったら、夫やブッシュやオバマと同様、就任したその日から、軍産との闘いになる。 (トランプ台頭と軍産イスラエル瓦解)
ヒラリーが大統領として功績を残せるとしたら、それはすでにオバマが勝敗をつけた中東でなく、まだ手がつられらていない対北朝鮮か、対ロシアになる。好戦策はやり尽くされて行き詰まっており、新しいことをやるなら逆方向の協調策になる。財政難がひどくなっているので、インフラ整備や教育といった国内政策は難しい。ヒラリーは大統領夫人だった時代、健康保険の整備をやろうとしたが、それはその後「オバマケア」としてすでにやられている。オバマケアは、若い人の加入が少なく保険料収入の不足から今後運営難が予測され、これからヒラリーが手を付けると貧乏くじを引くことになる。功績を残すなら外交面の協調方向で、北朝鮮との対話開始は取り組みやすいテーマの一つだ。クリントン家は夫婦関係が良くないとも伝えられるが、ビルは大統領の先輩としてヒラリーに、自分がやり切れなかった北との対話をやることを勧めているのでないか。
好き勝手に言えるトランプは、ロシアや北朝鮮と話し合いたいと言いまくっている。ヒラリーは、そんなトランプの外交姿勢を酷評するが、内心うらやましいと思っているはずだ。彼女自身が大統領になったら、好戦派から現実策に静かに転換し、トランプと似たことをやりたがるだろう。2期8年やりたいならなおさらだ。冷戦後の軍産を支えていたイスラエルは、すでに米国を牛耳る策から離れており、軍産を無力化するならこれからだ。次の米大統領が誰になっても、米朝の交渉が始まるのでないか、と感じられる。もし何も始まらない場合、北の核武装が進み、制裁だけして放置する米国の対北政策の破綻がますます露呈する。ヒラリーは無策を批判され1期で終わる。いずれ誰かが米国を代表して北との話し合いを始めざるを得ない。 (中東諸国の米国離れを示す閣僚人事)