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01 09 我々はどこから来て、どこへ向かうのか:8 情報の海、泳ぎ切れるのか SNSの時代、格闘は続く
01 09(月) 我々はどこから来て、どこへ向かうのか:8 情報の海、泳ぎ切れるのか:SNSの時代、格闘は続く
2017年1月9日05時00分
情報の海、泳ぎ切れるのか
http://digital.asahi.com/articles/DA3S12738675.html
【写真・図版】電光掲示や広告看板があふれる東京・渋谷のスクランブル交差点。スマートフォンからは膨大な情報にアクセスできる=林敏行撮影
■vol.8 情報社会
ネットでつながった世界を、いまだかつてないほど膨大な量の情報が飛び交っている。広がり続けるその海を、私たちは泳いでいけるのか。(田玉恵美)
20年ものの洗濯機を買い替えようと、東京・上野の家電量販店へ行った。一角に57台も並んでいる。一体、何がどう違うんだ?
宣伝文句を眺める。洗濯方式だけでも「かくはん」「たたき」「もみ」などと違う。この「ナイアガラ洗浄」ってのは何だ? 隣は「サイクロン洗浄」、その向こうは「抗菌温水ザブーン洗浄」……。
実際に買った人の意見を参考にしよう。スマートフォンを取り出して「価格.com」を開く。家電のクチコミが集まるサイトだ。
ナイアガラ洗浄だけで100人以上が感想を寄せている。「シャツがしわしわにならない」「音がびっくりするほど静か」などの評価が並ぶ。だが「洗いが無駄に強すぎて困る」と言う人がいるのが気になるな……。ザブーン洗浄にもクチコミが180件。見ても見ても決め手に欠ける。結局、買わずに引き揚げた。
他の人も似たようなものらしい。野村総合研究所が2012年と15年に1万人を対象に調査したところ、「商品情報が多すぎて困る」と答えた人は7割と高いまま。情報源として大きく伸びているのがスマホなどのモバイルだ。過剰な情報が消費者を疲労させ、思考停止状態に陥らせている、と分析する。
食事する店を選ぶとき。芸能人の名前が思い出せないとき。スマホで検索せずにはいられない。助けられてもいるが、選挙で投票先を考えるときなどは苦痛でもある。政治家や政党について飛び交う様々な見立てや意見、評価。何を判断基準にするべきなのか。
*
有史以来、印刷など技術の進展に伴って増え続けてきた情報量は、デジタル化で異次元に入りつつある。米IT企業EMCなどは14年に発表した調査で、13年に4兆4千億ギガバイトだった世界のデジタル情報量が、20年に10倍の44兆ギガバイトにまで増えると予想している。パソコンやスマホで個人が発する写真やメールが増加。監視カメラやセンサーなど、人やモノの動きを把握してデータ化する機械も増えているからだ。
昨夏に死去した米国の未来学者アルビン・トフラーは1970年に情報過多社会の到来を予言。晩年には2050年の世界を予測してこう書いた。「情報の寿命が短くなり、無用になるスピードが増す」
情報量の急増は「情報爆発」とも呼ばれるようになった。その大きな海を、時に溺れそうになりながら私たちは泳いでいる。
(3面に続く)
SNSの時代、格闘は続く (1面から続く)
【写真・図版】人類が創出した情報量
情報の海が荒れ狂っていることを思い知らされたのは昨年の米大統領選だ。「ローマ法王がトランプ氏を支持」などのデマが飛び交い「偽ニュース」への批判が高まった。事実よりも感情が重視される風潮をやゆし「ポスト真実」という言葉まで生まれた。ウソのニュースを世に送り続けてきたあの人は、この現状をどう思っているのだろう。
待ち合わせ場所に現れた男性(36)は、年明け早々元気がないように見えた。「UK」と名乗り、2004年からネットで「虚構新聞」を発行している。本職は滋賀県の塾講師だ。「政治的なネタはやりにくくなりました」という。
彼が情報の海に異変を感じた瞬間があった。12年に「橋下市長、市内の小中学生にツイッターを義務化」と報じたとき。ものすごい勢いで拡散し、「なぜウソの情報を流すのか」と次々に怒りの声が上がった。
「かつてなら冗談とわかって笑ってくれた。でも今は、いかにもありそうなウソの見分けがつかず、真に受ける人が多いんです」
トランプ氏の勝利後、グーグルやフェイスブックは偽の情報の排除に取り組むと表明した。UKさんは危惧する。「うちも対象になるんでしょうか。なんでも偽ニュースとレッテルを貼って取り締まろうとする空気には違和感を覚えます」
*
いま、特異な時代を迎えているのだろうか。
紀元105年の紙、15世紀の活版印刷の発明。そして新聞、ラジオ、テレビ、ネットの登場。「技術の発展に伴い、人類が生む情報量は増え続けてきた」と国立情報学研究所の喜連川優所長は言う。新しいメディアが登場するたびに、悪影響を心配する声も出た。
例えば活版印刷の登場で印刷物が爆発的に増えたとき。昨年死去した米国の歴史学者エリザベス・アイゼンステインによると、オランダの人文主義者エラスムスは「うじゃうじゃ出てくる有象無象の本は、学問にとって有害だ」と憂えた。英国の知識人は「国をたくさんの本でいっぱいにし、人々の頭脳を多くの矛盾する見解で満たした。紙の弾丸は、本物の銃弾と同じくらい危険なものになった」と印刷業者を敵視した。
いまのネットへの批判と驚くほど似ている。そういえばテレビもそうだった。日本では1950年代半ば、「一億総白痴化」が流行語になった。低俗な番組が茶の間にはんらんしていると非難されたからだ。
一方で、メディアは人と人を結びつける役割も果たしてきた。15年に死去した米国の政治学者ベネディクト・アンダーソンは、マスメディアを通じた共通体験が国民国家を作った、と指摘した。たしかに、子どものころはみんなが同じようにテレビの「クイズダービー」で正解を連発する漫画家のはらたいらに驚き、「ドリフ」に笑った。
いまはスマホを使い、SNSを通して世間に向き合う人が増えている。朝起きてスマホを開くと、友達が面白いと思ったニュースを紹介している。それをシェアすると、会社の同僚がそれをまた広める。ゆるやかに知らない者同士がつながって話題を共有していく。
【SNS】 の意味 出典:デジタル大辞泉
《social networking service》個人間のコミュニケーションを促進し、社会的な
ネットワークの構築を支援する、インターネットを利用したサービスのこと。
趣味、職業、居住地域などを同じくする個人同士のコミュニティーを容易に
構築できる場を提供している。
「個人が狭い世界に生きている。世界を知ったつもりでも、外に別の世界があることに気づきにくくなっている。ヒラリー支持者の周りには似た人ばかり集まる。だからトランプ氏が勝って驚いたんでしょう」と東京大学の水越伸教授(メディア論)は解説する。
情報量や情報源が増えることにはもちろんメリットもある。作家の平野啓一郎さんに会ったとき、話していた。「英BBCなど海外メディアがネットで日本語版を持つようになったでしょう。日本の政治状況の分析などは彼らのほうが遠慮がなくて鋭いと思うことも多いんですよね」
*
情報量はこれからも雪だるま式に増えるとみられている。走る速さを靴が記録したり、橋が交通状況を把握したり。様々なモノがネットにつながり、情報を生み出すからだ。その増え方は、これまでに人類が経験したことのない量とスピードになりそうだ。「自分で選択し判断できる『自律した人間』が近代西洋社会の理想だった。それが難しくなりつつある」と関西大学の門林岳史准教授(メディア哲学)は指摘する。
どうすればいいのか。技術を前向きに使うという手もある、と北海学園大学の柴田崇教授(技術思想史)は言う。「最終的には人間が決めるという前提で、例えば人工知能にある程度、情報を取捨選択してもらうことも可能だろう」
いつの時代も人は、増え続ける情報と格闘してきた。海が大きくなろうとも、泳ぎ方はいくらでもあるのだろう。(田玉恵美)
=おわり