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折々の記 2016 ⑧
【心に浮かぶよしなしごと】
【 01 】11/16~     【 02 】12/26~     【 03 】12/30~
【 04 】01/04~     【 05 】01/05~     【 06 】01/06~
【 07 】01/09~     【 08 】トランプ     【 09 】言論npo


特別編集 トランプ氏の波紋 その一 【 01 】01/13~
就任前 【 01 】


No.1 トランプ氏勝利大歓迎  11月16日(水)
No.2 トランプ氏の対中国戦略  田中 宇より
No.3 「トランプ王国」を行く  トピックス
   (14) オバマ氏を100%支持、「今回はトランプ氏」の理由 (11/22)
   (13) 62歳で年金初受給 元鉄鋼マン「何とか生き残ったぞ」 (11/18)
   (12)「夢は学費を返済すること」 米の女子大学生3人組の声 (11/08)
   (11) 抗議集会で「トランプは正しい」 移民追放を望む男性 (11/08)
   (10) 炭鉱復活「トランプがやってくれる」 貧困の街の男たち (11/08)
   (09) 床屋談義はトランプ氏絶賛 「十戒」の石碑の意味 (11/07)
   (08) 「彼らは英独出身者とは違う」トランプ氏を支持する女性 (11/07)



No.1 トランプ氏勝利大歓迎  11月16日(水) 下記URLをプッシュしジャンプ
    http://park6.wakwak.com/~y_shimo/momo.679.html

No.2 トランプ氏の対中国戦略  田中 宇より 下記URLをプッシュしジャンプ
    http://park6.wakwak.com/~y_shimo/momo.679.html

No.3 「トランプ王国」を行く  トピックス
    http://www.asahi.com/topics/word/%E3%80%8C%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%97%E7%8E%8B%E5%9B%BD%E3%80%8D%E3%82%92%E8%A1%8C%E3%81%8F.html
    掲載写真はすべて、金成隆一撮影
    金成 隆一(かなり・りゅういち) プロフィール
      1976年生まれ。大阪社会部などを経てニューヨーク特派員。昨年から、トランプ支持者を150人近く取材。 きちんと働けば、
      明日の暮らしは今よりも良くなるという「アメリカン・ドリーム」の喪失感が、「トランプ現象」の背景にあるのではと感じながら、今
      日も支持者を探し続ける。 著書に「ルポMOOC革命 無料オンライン授業の衝撃」(単著、岩波書店)、「今、地方で何が起
      こっているのか」(共著、公人の友社)。


 「異端児」の異名を取り、移民や女性らへの差別的な言動を繰り返すドナルド・トランプ氏(70)が、なぜ、米大統領選で勝利し、スポットライトを浴びる主役になったのか?
 ニューヨークなど大都市を取材しても、トランプ氏を毛嫌いし、笑いものにする人ばかり。
 しかし、共和党の予備選では、トランプ氏が圧倒的な勝利を収めた街がある。今回の大統領選の最大の謎に迫るため、そうした街に向かった。
 山あいの飲み屋、ダイナー(食堂)、床屋、時には自宅にまで上がり込んで、トランプ氏支持者の思いに耳を傾けた。  そこには普段の取材では見えない、見ていない、もう一つの米国、「トランプ王国」があった。

(14) オバマ氏を100%支持、「今回はトランプ氏」の理由 (11/22)
      http://digital.asahi.com/articles/ASJCJ46CZJCJUHBI01P.html

(13) 62歳で年金初受給 元鉄鋼マン「何とか生き残ったぞ」 (11/18)
      http://digital.asahi.com/articles/ASJCJ5HNSJCJUHBI02X.html

(12)「夢は学費を返済すること」 米の女子大学生3人組の声 (11/08)
      http://digital.asahi.com/articles/ASJBX4H2CJBXUHBI028.html

(11) 抗議集会で「トランプは正しい」 移民追放を望む男性 (11/08)
      http://digital.asahi.com/articles/ASJBT251CJBTUHBI004.html

(10) 炭鉱復活「トランプがやってくれる」 貧困の街の男たち (11/08)
      http://digital.asahi.com/articles/ASJB03RKVJB0UHBI009.html

(09) 床屋談義はトランプ氏絶賛 「十戒」の石碑の意味 (11/07)
      http://digital.asahi.com/articles/ASJBY0RNZJBXUHBI05N.html

(08) 「彼らは英独出身者とは違う」トランプ氏を支持する女性 (11/07)
      http://digital.asahi.com/articles/ASJBX057LJBWUHBI047.html

(07) ついに勝てるかも… トランプ氏支持者、にじむ期待感 (11/06)
      http://digital.asahi.com/articles/ASJC545C2JC5UHBI015.html

(06) ヒラリー氏は大嫌い ブルー・ドッグ、民主党への困惑 (11/05)
      http://digital.asahi.com/articles/ASJC25G1CJC2UHBI02C.html

(05) トランプ氏の演説「希望感じた」 選挙戦に没頭する女性 (11/04)
      http://digital.asahi.com/articles/ASJBZ30S6JBZUHBI00Q.html

(04) 削られる「未来」、トランプ氏のバッジをつくる元警官 (11/03)
      http://digital.asahi.com/articles/ASJBX1QCWJBXUHBI001.html

(03) NYは「最高の街」 サンドイッチ店で働く女性の考え (11/02)
      http://digital.asahi.com/articles/ASJBW0DQKJBVUHBI034.html

(02) 選ぶのは「より小さい悪」 米大統領選、ある女性の熟慮 (11/01)
      http://digital.asahi.com/articles/ASJBV7RHVJBVUHBI025.html

(01) トランプ氏に重ねる「伝説のヒーロー」 寂れる鉄鋼の街 (10/31)
      http://digital.asahi.com/articles/ASJBT61C3JBTUHBI02B.html



(14) オバマ氏を100%支持、「今回はトランプ氏」の理由 (11/22)

 ロニーの祖父は、炭鉱や製鉄で栄えた同州にイタリアから移り住み、炭鉱夫として一家を養った。「この国は祖父にチャンスを与えた。米国は世界の玄関口になる国だから、人種や宗教で差別する大統領では具合が悪いな。キミは日本から来たんだろ? もし日本の政治がおかしくなったら、米国に難民申請すればいいんだ。米国は世界の人々を受け入れ、チャンスを与える国なんだからね」

 近くを流れる川沿いにはかつて製鉄所が並んでいたが、グローバル化による国際競争などに敗れて多くが閉鎖・縮小され、一帯は「ラストベルト(さび付いた工業地帯)」と呼ばれる。工場や住宅の廃虚が目立つ=写真②。バーの近くには線路が敷かれているが、もう使われていない。駅舎はレストランに改装されていた=写真③。

 「オレの勤めるフェンス工場では、世界中から鉄パイプや鉄管を輸入しているんだ。どう、びっくりしないか? だってこの一帯は以前、世界で有数の鉄の生産地だったのに、今ではインドや中国から輸入している。この街は地元経済が破壊された『さびれた街(failed city)』。そう、アメリカのとても悲しい街なんだ」

 ロニーは最初「コメディアン」と私に自己紹介した。それを証明したいかのように、「トランプが国境を守れるように頑丈なフェンスを作っているんだ」と冗談を言った。コメディアンになる夢を捨て切れていないようだ。

 私は迷いに迷ったが、思い切って聞いてみた。

 「この街を『さびれた街』と呼ぶぐらいであれば、なぜ引っ越さないのか? ここでコメディアンになるのは難しいように見える」

 ロニーは少し間を置いて「その通りだ。特に、オレは大学の美術とエンターテインメントの学位を引っさげて出るべきだ。ニューヨークやロサンゼルスのような都会にいるべきだ。でもね、高校時代の友人や家族が僕には大事なんだ」と答えた。

 こう続けた。

 「実はね、何度かここを出たことがあるんだ。でも、いつも気付けば地元に戻っていた。ここは悪い場所じゃないよ、友人も家族もいるから。ただ、暮らしていくにはつらい。たまたま生まれたのが『さびれた街』だったんだ」とグラスを傾ける。時代や生まれた街が違えば、違った人生があったはずだ、と。

 大学でデザインや広告を学んだが納得できる給料の仕事が見つからず、二つ目の大学では、父と同じ、航空管制を専攻した。2008年に優秀な成績で卒業し、連邦航空局に願書を出した。いずれ雇われると信じ、バーテンダーの仕事をしながら、毎年書類を更新し、尿検査や身体検査も受け続けた。

 「8年が過ぎて、このありさまさ」。その後、年齢制限ができて出願すらできなくなった。

 「年を食いすぎているというわけさ。大学で借金7万ドル(約700万円)を背負ったが無駄になった。国に見捨てられた。本当はもう少し気がおかしくなってもいいはずなんだけどな」

 6歳の息子を一人で育てている。週5~6日、1日に8~12時間ほどフェンス工場で働く。「ようはここから身動きができないんだ。身動きがとれないまま、先のない仕事(dead end job)をやっているんだ。dead end job,dead end job,dead end job,dead end job!!」

 ロニーが下を向きながら「dead end job」と4回繰り返し、「ずっとジャンプ(成長)できないんだ(you never get to make that jump) 」と言ったとき、途中から同席していたロニーの高校時代の女友達がロニーの背中に手をあてた。

 ロニーは続けた。「ここにいる大切な人たちがオレのすべて。ただ息子が高校を卒業したら『この街をとっとと捨てろ!』と、それだけははっきり言うつもりだ」

 私はロニーの話を聞いていて、10年前に大阪府門真市で取材した配送センター勤務の男性の話を思い出していた。私と同世代で、よく京阪本線門真市駅前のショッピングモール2階の中華料理店で夜定食を食べながら取材させてもらっていた。

 半年ほど取材したが、彼は結局、実家のある福井県に帰った。理由は、勤務先がバーコードの読み取り機を導入した影響で、在勤10年近い彼も新人も力量に差がなくなったことだった。荷物を配送先ごとに振り分ける仕事は、府内の地名や分類が頭に入っていないとできなかった。そこに経験の差が出ていた。

 ところがバーコードが導入されると、機械をピッとかざすだけで振り分け先が自動的に表示されるようになった。配送センターの上司は、大型の設備投資の成果を強調していたというが、彼は「これで経験が無意味になった。高校生バイトと自分に差が見えなくなった」と落ち込んでいた。

     ◇

 今回の大統領選はどうするのだろう。時間もなくなってきたので肝心の質問をした。

 ロニーは最初、「ビル・クリントンが最高の大統領だった。ヒラリーがいいかな、と思うのは、ついでにビルが政治の世界に戻ってくるからだ。オバマ大統領も好きだ。他人を攻撃しない彼を100%支持してきた。彼が思うように実績を残せないのは、(共和党多数の)議会の協力を得られないからだ」と答えた。

 民主党を支持するようになった理由は、家庭環境にある。

 航空管制官として働いていた父が、1980年代に共和党のレーガン政権下で解雇された。それまで共和党支持者だった父が「二度と共和党候補には投票しない」と神様に誓っていたのを覚えている。父はスクールバス運転手や工場労働者として何とか家族を養った。そして92年の大統領選で、ビル・クリントン氏が勝利し、民主党政権に戻ると、父は航空管制官として再就職できた。以来、家族はそろって民主党支持に定着したという。

 つまり、ロニーは選挙権を得て以降、いつも民主党の候補を支持してきた。

 「でもね、今の暮らし、街のことを考えると、今回はトランプもおもしろいかもな、と思ってしまうんだ。彼はオバマと正反対で下品なヤツだ。でも、思っていることを正直に言う。これが魅力なんだ。もちろん、正直に言いすぎるから、海外との関係を壊してしまう心配もある。でもね、この地域のためにできることなんて、誰が大統領になってもほとんどない。だったら、トランプみたいな男に4年間限定でやらせてみるのもいいんじゃないかと。一度やらせてみて、何ができるかを見てみたいという気持ちなんだ。この地域には大きな変化が必要だから」

 私は、オバマ大統領とトランプ氏は多くの点で正反対で、両方を支持するなんてあり得ないと思っていたが、ロニーの話を聞いていて、考えは変わった。

 ロニーが最後に言った。

 「今回はトランプに投票するよ。あいつは権威ある相手にもひるまず、やり返すカウボーイ。本音むき出し。エリートが支配するワシントンを壊すには、そのぐらいの大バカ野郎が必要だ。1期4年だけ、任せてみたい」

 ふと時計に目をやった。夜10時近い。

 翌朝も工場でフェンスを作る。「トランプが言っているだろう。メキシコとの間にフェンスが必要なんだ」。最後も冗談を言って帰っていった。(金成隆一)



(13) 62歳で年金初受給 元鉄鋼マン「何とか生き残ったぞ」 (11/18)
 ドアをノックすると、ぶっきらぼうな返事が飛んできた。

 「ドアは開いているぞ。靴も脱がなくていいぞ」

 3月25日、オハイオ州トランブル郡ウォーレン。ジョセフ・シュローデンさん(62)=写真①=は郊外の一軒家で、おなかを突き出してソファで横になっていた。

 居間のテレビからトランプ氏のだみ声が流れる。「米国は負けてばかりだ。最後に勝ったのはいつだ?」「私が大統領になれば雇用を取り戻し、米国は再び勝ち始めるぞ」

 シュローデンさんは握りしめたリモコンで、演説に相づちを打つかのように、おなかをペンペンとたたいている。

 ウォーレンは、かつて製鉄業や製造業で栄えた「ラストベルト(さび付いた工業地帯)」と呼ばれるエリアにある=写真②。人口4万人。シュローデンさんも、地元の製鉄所で38年以上働いた元鉄鋼マンだ。愛称はジョー。

 数時間ほど前。私は地元の共和党幹部と喫茶店で面会し、「トランプ氏の支持者を紹介して欲しい」と頭を下げていた。すると、この幹部は携帯を取り出し、「ジョー? 日本のジャーナリストが会いたいって言っているけど、今日は大丈夫? あ、そう、じゃあ午後2時ぐらいに行くと思うから」と電話を切った。

 教えられた住所を訪ねると、ジョーの自宅だった。

 初対面なのに、それらしいあいさつもない。正面のソファにどうぞと言われ、静かに座った。

 ジョーはテレビを見ながら、「本音を言う、正直な男だ。プロの政治家じゃない。オレはヤツが気に入ったよ」と笑っている。

 なんでトランプ氏を支持するのかと理由を尋ねると、ジョーは待っていましたとばかり、政治家への不信感を語り始めた。

 「大型ハンマー(sledge hammer)も削岩機(jack hammer)も握ったことのない、ショベルの裏と表の区別もつかない職業政治家にオレらの何がわかる? 政治家は長生きするかもしれないが、こっちの体はぼろぼろだ」

 スレッジ・ハンマーとジャック・ハンマー。私には違いがさっぱりわからない。スマホで意味を調べる私をジョーは横目で眺めながら笑っている。ジョーは「溶鉱炉(blast furnace)で使うんだ」と説明してくれるが、製鉄所の仕組みを知らない私は溶鉱炉の意味もわからない。

 ジョーはテレビの音を落とし、一から説明してくれた。

 「オレは今月で62歳になる。そして社会保障(年金)の受給が始まる。トランプを支持するのは、社会保障を削減しないと言ったからだ。ほかの政治家は削減したがっている。受給年齢を70歳まで引き上げる提案をしている政治家までいる。そんなことを言う政治家が嫌いだ。あいつらは選挙前だけ握手してキスして、当選後は大口献金者の言いなりで、信用できない」

 「溶鉱炉ってのは、とにかくでかくて、熱風がすごい。製鉄所で一番きつくて、最低な仕事だ。溶鉱炉の同僚は9割が黒人だった。きつい仕事だから黒人が多かったんだ」

 ラストベルトでの取材を続けていて、後々分かるのだが、溶鉱炉で働くことは多くの労働者にとって誇りだったようだ。製鉄所の要であり、体力や腕力がないととても務まらない。15歳から製鉄所の食堂で働き始めたジョーは、18歳で年齢制限をクリアすると製鉄所に移り、やがて溶鉱炉に入った。この地域のど真ん中を歩んできた労働者だった。

 仲間と汗だくになってつくった鉄が、次々と加工され、世界があこがれる「メイド・イン・アメリカ」の自動車や冷蔵庫などになった。この地域の鉄筋は、ニューヨークで摩天楼ビルやブルックリン橋にも使われたという。

     ◇

 ただ、それは昔の話だ。ジョーは「自分の世代はラッキーだ」「5歳下の同僚からは待遇も落ち始めた」と強調する。

 ジョーは閉鎖された製鋼所などの名前を五つ、記者のノートに書き込んだ=写真③。「この五つだけで3万人の雇用が消えた。人間は仕事がなきゃ幸せになれない。日本人も同じだろ、なあ?」

 ジョーは長年の労働組合員で、ずっと民主党を支持し、党地区役員も務めた。いわば典型的なラストベルトのブルーカラー労働者だったが、昨年6月にトランプ氏の出馬表明を聞いて、初めて共和党に移った。

 「この辺じゃブルーカラーはみんな民主党だったが、米国は自由貿易で負け続け、製造業はメキシコに出て行ってしまった。ここに残っているのはウォルマートやKマートで他国の製品を売る、くそみたいな仕事ばかりじゃねえか。オレは現役時代、最後の最後まで日給200ドルはもらっていた。それが今のサービス業はせいぜい時給12ドル。それで若者が生活できるわけがない。もう政党なんてどっちでもいいんだ、強い米国の再建にはトランプのような実業家が必要なんだ」

 多くのブルーカラー労働者が、自由貿易協定を徹底的に批判するトランプ氏の登場で共和党に流れている、という話は聞いていた。その点を聞くと、ジョーは言った。

 「その通りだ。むかし製鉄所で働いていた連中は、みんな共和党に移った。特に引退した世代に多い。今ごろ、スターバックスやダンキンドーナツでコーヒー飲んでいる連中は、みんなそうだ」

 居間の壁に子ども3人の笑顔の写真が飾ってある。それを眺めながら、ジョーは「1番目も、2番目もこの街を出ていっちまう」とつぶやく=写真④。

 高校時代にオールAが自慢だった長女(28)は仕事を求めて州最大の街クリーブランドに出てホテルで働く。二つ目の大学で理学療法を学ぶ長男(24)は「卒業後は州の外に出る」と宣言した。

 ジョーが理解に苦しむのは、若者を取り巻く環境だ。「大学を出る時に既に10万ドル(約1千万円)の借金があって、仕事も見つからないなんて、どうなってんだ? オレは高校卒業の前から稼いでいたぞ」

 ジョーと私の会話を聞いていた次女(14)が口を挟んだ。「私はパパの近くに残るわ」。ジョーは顔をしわくちゃにして喜んだ。

     ◇

 ジョーが思い出したように言った。

 「日本人は野球好きだろ?」

 私がうなずくと、ジョーは痛むひざをさすりながら立ち上がり、自宅の地下室に案内してくれた。明かりをつけて階段を下りていくと、広い物置になっていた=写真⑤、⑥。

 野球大会のトロフィーが50個ほど、メダルも60個ほど。ベンチプレス、ルームランナー、テレビゲーム、ジャクジー風呂。モノにあふれた、米国のミドルクラスの豊かな暮らしぶりが保存されていた。

 トロフィーは、ジョーもコーチとして貢献した長男の野球チームが獲得したもの。ジョーは、平日は製鉄所で、週末は野球場で汗を流した。試合の遠征があれば有給休暇を充てた。製鉄所では、勤続15年で4週間、20年超で5週間の休暇をもらえた。労働者は手厚く守られていた。

 私はトロフィーの一つをひっくり返してみた。「メイド・イン・チャイナ」=写真⑦。隣も同じだ。野球帽は「メイド・イン・バングラデシュ」。脇のカラオケ機は日本のサンヨー製だった。

 ジョーは自由貿易に批判的だが、地下室には海外製品があふれていた。

 大統領選を通して指摘されてきたが、自由貿易の打撃は失業などの形で特定層に集中し、恩恵は商品の価格低下などで広く行き届く。恩恵の方が見えにくいのかも知れない。

     ◇

 7月。ニューヨークにいた私にジョーから電話が入った。うれしそうな声だった。

 「聞いてくれ、ついに年金を受け取ったぞ。オレは15歳からずっと掛け金を払ってきたからな」

 この日の話題は、年金だけだった。電話を切ってしばらく考え、ジョーの年金の話を十分に取材できていなかったことに気付いた。

 思い出せば、ジョーが3月の取材で最初に強調していたのも年金制度への懸念だった。私は自分の関心が自由貿易や雇用流出だったあまり、取材の焦点が少し偏ってしまっていた。

 オハイオ州を再訪すると、ジョーはまた同じソファに寝転がってテレビを見ていた。そして3月と同じことを言った。

 「職業政治家は長生きするから、簡単に『年金の受給年齢を引き上げる』と言うんだ。それが許せない。でもトランプは違う。立候補の会見で、社会保障を守ると言ったんだ」

 そして満面の笑みで続けた。

 「オレは6月23日に最初の給付金を手にした。年金には、待機期間ってのがあるんだ。62歳になってもすぐには受け取れない。4月に62歳になったが、4月と5月は待たされて、やっと6月に最初のチェックを受け取ったんだ」

 本当にうれしそうだ。そして声を大きくして言った。

 「62歳まで何とか生き残ったぞ、なあキャロル?」

 公立小学校教諭の妻キャロルさんは、また同じこと言ってる、といった調子で台所から適当な相づちを打った。

 「溶鉱炉から出て62歳まで生きるヤツは少ないからな。同僚の半分は死んでしまった、新聞の死亡告知に出るんだ。バリー・シムスは42歳だったし、リッキー・バーネットもウッディー・バーネットも早死にしちまった」。元同僚のフルネームが次々と出てくる。

 42歳とは確かに早い。私が驚いていると、キャロルさんが説明してくれた。

 「溶鉱炉の作業員はアスベストの被害を受け、がんも多い。ジョーにもきっと肺にアスベストがある。アスベストは耐火性の作業着や手袋に使われていたの。健康に悪いなんて、今さら言われてもねえ」

 キャロルさんの話を、ジョーは不愉快そうに聞いていた。

     ◇

 ジョーの話を聞いて、私は改めてトランプ氏の立候補時の演説を聞いてみた。トランプ氏は確かに45分の演説の中で2回、社会保障に触れていた。

 「私のような誰かが国家に資金を取り戻さないと、社会保障は崩壊しますよ。他の人々はみんな社会保障を削減したがっているが、私は削減しません。私は資金を呼び込み、社会保障を救います」

 「メディケアやメディケイド、社会保障を削減なしで守らないと行けません」

 具体策は何も語っていない。ただ「社会保障制度を維持する」というメッセージだ。全体の趣旨としては、自分は大富豪だから、他の政治家と異なり、利益団体の影響を受けずに改革できる。そんな自分であれば、米経済を再建し、軍隊やインフラ、社会保障制度を守ることができる、というものだ。

 自由貿易批判も、社会保障の保護も、「小さな政府」を志向してきた従来の共和党候補とは異なると言えそうだ。トランプ氏は同時に「レーガン政権以来の最大の減税」も公約にしており、これらをどう両立するかは何も説明していない。

 それでもジョーにはメッセージが響いていた。大統領選のカギを握ったラストベルトの有権者へのメッセージに、自由貿易批判や大幅減税だけでなく、社会保障制度の保護も盛り込まれていた。体を酷使して働いてきた中高年の労働者には、最大の関心事であることは間違いない。(金成隆一)



(12)「夢は学費を返済すること」 米の女子大学生3人組の声 (11/08)

 トランプ氏が共和党予備選で初勝利を飾ったのが北東部ニューハンプシャー州だった。当時は主要候補だけでも10人以上の乱立状態だったが、同氏は35%超を得票して圧勝。快進撃はここから始まった。

 予備選2日前の2月7日、トランプ氏は同州ホルダーネスの州立大学で学生や地域住民を前に集会を開いた。「海外に流れた仕事を米国に取り戻す」。同氏は拳をふりあげて聴衆を鼓舞。ジョークを交えながら、メキシコ移民や、日本や中国の「為替操作」を批判すると、会場の若者から歓声があがった。

 会場で取材した東京大学の久保文明教授は「小話の連続や、根拠の乏しい話を50分も聞かされるのは、なかなかつらいですね」と疲れた様子。では、若者たちはどう感じたのだろうか。

 会場の外で待っていると、興奮冷めやらぬ大学1年の女性3人組が出てきた。手にはそれぞれトランプ支持のプラカード。刑事司法と環境科学を専攻するブリィ・ドゥボルさん(18)、生物学専攻のレイチェル・ストッカーさん(20)、経営学専攻のアリッサ・パストさん(20)の3人が取材に応じてくれた。

     ◇

――トランプ氏のどこを評価していますか?

ブリィ・ドゥボル:不法移民の侵入を防ぐためにメキシコ国境沿いに壁を建設すると約束したからです。不法移民は私たちの仕事を奪いに来るんです。

レイチェル・ストッカー:え、本当?

ドゥボル:本当よ。不法移民が米国に入ってきて、私のパパと同僚の仕事を奪ったんだから。

ストッカー:え、そうだったの。

ドゥボル:そうよ。だから私はトランプを支持しているの。

――お父さんは仕事を失ったのですか?

ドゥボル:彼は建設業の請負業者でした。入札に参加するのですが、メキシコから違法に入国してきた労働者たちがより安く応札してしまい、彼の仕事を奪っているんです。

――トランプ氏の演説は好きですか?

ドゥボル:彼は問題をありのままに指摘してくれるから、よい注意喚起になっている。そこを多くの人が支持していると思う。

――あなたはどうですか?演説に感銘を受けましたか?

ストッカー:ええ。トランプ氏の別の集会にも行ったことがあります。

ドゥボル:私たちにとって今回は2回目です。

――他の候補者の集会にも行きましたか?

ドゥボル:私の自宅の近くにサンダース氏の事務所があるんですが、私は好きではありません。

――でも、若者に人気ですよね?

ストッカー:それは彼が大学費用を無償化し、マリフアナを合法化するって言っているからですよ。

――トランプ氏は米国を再び偉大にすると言っていますが、今の米国は偉大ではないですか?

ドゥボル:以前はもっと偉大だったと思います。

ストッカー:そうよ、以前はもっとね。明らかに今の米国は以前ほどの偉大さを失っているわ。

――どんな点で?

ドゥボル:まず雇用、米国経済の点で力が落ちている。それにトランプは、米国の刑務所に100万人以上の不法移民がいるって言っていました。米国人でもないのに米国で罪を犯し、彼らを出身国に送還することもせず、米国が世話していると。

――自分の将来と米国の将来について悲観的ですか?

ドゥボル:どうだろ、わからないな。

ストッカー:悲観的ってどんな意味?

――言い換えると、米国は間違った方向に進んでいると思う?

ドゥボル:もちろん。間違った方向に行っていると思う。

ストッカー:現在の話でしょ、ええそう思う。

――どんな意味において?

ストッカー:雇用です。

ドゥボル:経済です。それに米国はいま多くの難民に隠れ家を提供しようとしている。

ストッカー:米国は大量の難民を受け入れているけど、自分たちの国のこと、例えば退役軍人の医療費も払えていない。

ドゥボル:人を助けることは確かにナイスだけど、それは自国のことをきちんとできている時だけにするべきだと思う。

ストッカー:まったくその通り。

ドゥボル:米国には今、外の人を助ける余裕がない。

ストッカー:世界で混乱が起きると、米国が助けに行く。でも逆に米国が困っているとき、どこの国も助けに来てくれていない。

ドゥボル:米国のことなんて誰も気にしていないのよ。

ストッカー:トランプがやりたいことは、強い米軍を作ることよ。

     ◇

――子どもは親の世代よりも裕福になれる。そんなアメリカン・ドリームはまだ健在ですか?

ストッカー:分からないわ。

ドゥボル:私の夢は学費を返済すること。それがすべて。

――学費の返済は難しそうですか?

ドゥボル:そう思います。米国は兆単位の借金を抱えています。若者は学費の借金を抱えています。サンダースの学費無償化はステキだけど、じゃあ誰が教授の給料を払うんですか?現実的ではない。

――今の暮らしに不満は?

ドゥボル:やっぱり、父が不法移民に仕事を奪われたことが不満。彼が私の学費支援をできなくなったので、私が借金を背負うことになる。それに軍人だった兄は、退役軍人局から医療補助を受けようとしているけど、診察を受けるのに3年も待たされている。無料だけど、病院に出たり入ったりしないといけない。退役軍人はこの国で最も尊敬される人々なのに。

ストッカー:私たちの暮らしがあるのは彼らのおかげですから。

ドゥボル:そうよ、彼らは世界に貢献した。トランプは退役軍人の処遇を改善するとも言っている。私はそこを強く支持しています。

――まとめると、退役軍人と不法移民への対処に不満があるわけですね?

ドゥボル:そうです、不法移民は仕事を奪っていますから。

――仕事を奪い、米国人の賃金が下がっていると?

ドゥボル:その通りです。

 写真の撮影を終えると、3人は「米国を再び偉大に!」と言って帰っていった。(金成隆一)



(11) 抗議集会で「トランプは正しい」 移民追放を望む男性 (11/08)

 米国にも建設作業員の「寄せ場」があるとは知らなかった。

 4月18日。ニューヨーク・マンハッタンを車で出発し、東へ2時間。朝4時にロングアイランド東部の街サウスハンプトンのコンビニに着いた。ここの駐車場に「不法移民」の労働者が集まり、その数は数百人規模になるという。

 周囲は真っ暗。しばらくエンジンを切って待った。

     ◇

 「不法移民が集まる」という話を聞いたのは、熱烈なトランプ支持者の建設作業員トーマス・ウィデルさん(56)からだった。

 ニューヨーク5番街のトランプタワー前で、トランプ氏への大規模な抗議集会があった時、ウィデルさんはわざわざトランプ氏を擁護するために仲間と2人で乗り込んだ。抗議する人々に罵声を浴びせられながらも、「トランプは正しい!」と反論していた=写真①。  よっぽどの動機があるに違いない。

 そう思って話しかけると、ウィデルさんはこう訴えた。

 「人件費が安いからという理由で、不法移民に建設現場の仕事を奪われた。子どもを養うこともできない。牛乳も買えないじゃないか。トランプが言うように、国境沿いに壁が必要だ。今日は大事な20ドルをガソリン代に費やし、ここまでやってきたんだ」

 野球帽にもTシャツにも、トランプ氏のスローガン「米国を再び偉大な国に」が入っている。

 よく見ると、ウィデルさんが持っていた「トランプを大統領に」と描かれたプラカードは使い込んだ跡があった。いつから活動しているのかと聞くと、トランプ氏が立候補会見をした時からで、もう9カ月になるという。そもそも不法移民の追放を訴える活動は10年前に地元で始め、今では支持者の輪を広げることに成功していると胸を張った。

 「本当ですか?」と聞くと、ウィデルさんは「だったらオレの活動を見に来ないか? 朝4時で早いけど、エキサイティングだぞ」と誘ってきたのだった。

     ◇

 ぽつりぽつりと、車に乗った白人の建設作業員たちが朝食を買いに、コンビニに立ち寄りだす。建設作業員の朝はどこも早いものだ。

 4時半を回ると、確かにヒスパニック系の若者たちが集まり始めた。先ほどまでの白人たちとは違い、多くが徒歩でやってくる。野球帽かパーカのフードをかぶり、リュックを背負っている=写真②。やはりコーヒーやパンなどをコンビニで買い、外で食べている。

 しばらくすると、若者たちは数え切れないほどに増えた。聞こえてくる会話は、ほとんどスペイン語だ。

 間もなく、ワゴン車やピックアップ型トラックが次々と駐車場の周辺に集まり始めた。若者たちは運転手と数分ほど交渉し、車に乗り込む。満員になった車から現場に向けて走り去った。

 なるほど、確かに日雇い労働者の「寄せ場」だ。大阪市西成区で取材した釜ケ崎の風景とそっくりだ。違うのは、日雇い労働者の世代。釜ケ崎は高齢者が多く、ロングアイランドは若者が多い。私が見た限り、白人は一人もいなかった。

 3時間ほどの間に100人以上はいただろうか。ヒスパニック系の若者がロングアイランドの建設現場を支えていることは間違いなさそうだ。ただ、ウィデルさんが言うように、彼らが「不法」移民かどうかまでは確認できない。

 サウスハンプトンには米国有数の高級住宅地がある。「西のビバリーヒルズ、東のサウスハンプトン」とも言うらしい。桁外れの大富豪たちが豪邸を構え、気の向くままに改築したり、プールを造ったりする。そこに建設業の需要が生まれるのだ。

 「寄せ場」となるコンビニは、高級住宅地につながる幹線道路沿いにある。建設業者は、その日に必要な労働力をここで調達し、現場に向かうというわけだ。

     ◇

 朝5時になると、聞き覚えのある声がした。ウィデルさんだ。

 「不法移民を強制送還しましょう」「トランプを次期大統領に」

 出勤の車がビュンビュンと走り抜ける幹線道路の脇に立ち、通過車両の運転手に呼び掛けている=写真③④。米国旗を振り、手元には「サウスハンプトンにようこそ。ロングアイランドにおける不法外国人の都」と大きく描いた看板を置いている。

 ウィデルさんの活動は2時間ほど続いた。

 建設業者らしい車両の多くは、通過時にクラクションを鳴らし、ウィデルさんを激励する。窓を開けて声を掛けたり、両手で「グッド・サイン」を送ったりする。わざわざ車を道路脇に停車し、握手するために走ってきた男性までいた=写真⑤。

 正反対のケースもある。開けた窓から食べかけのパンや罵声が飛んできた。食べかけのコーンフレークを牛乳ごと掛けられたこともあるという。

 ウィデルさんは、サウスハンプトンから1時間ほど離れた町で生まれ育った。両親の農作物直販所を手伝うため、高校は中退した。しばらくして建設作業員の道を歩み始めた。10年ほど下積み生活を送り、35歳で自分の建設請負会社「エアタイト建設」を設立=写真⑥。水一滴も漏らさない完璧な仕事をやるという意味の社名だ。

 25人を雇っていた。平均時給は20ドル。作業を一任できる経験者は30ドル。未経験者は12~15ドル。まずは水泳プールの設置で実績を作り、住宅の建設も手がけるようになった。そして、ついに4年がかりの大仕事を受注した。巨大な敷地に住居を五つ建てる仕事で、下請け業者として入った。

 ところが1年半が過ぎたところで契約を切られた。元請け業者からは「発注者が『人件費が高すぎる』と言い始めた。今日が最後だ」と一方的に通告された。口頭の契約だったので、どうにもならない。残り2年半も続けるつもりだったので、営業不足で他の仕事はない。重機を購入したばかりで、20万ドル(約2千万円)の借金が残った。25人全員を解雇するしかなかった。

 悔しくて現場を見に行くと、自分たちの代わりに、見慣れないヒスパニック系の若者たちが働いていた。現場に置き忘れたままだったウィデルさんの作業道具をちゃっかり使っている若者まで見えた。

 早朝、コンビニの「寄せ場」を見回りに行くと、一方的にウィデルさんとの契約を打ち切ってきた元請け業者の社名が入ったワゴン車が、日雇い労働者を路上で集めていた。同業者の知人からは「不法移民のメキシコ人は時給が半分で済む。一度使ったら、やめられない」と聞かされた。

 住み慣れた地元の風景が、まるで違って見えるようになった。学歴なんてなくても、まじめに働けば食べていけた社会だったはずなのに、「後からやってきたヒスパニック」が低賃金を武器に仕事を奪っていく。

 収入は途絶え、暮らしは暗転した。冷蔵庫は空っぽ。4人の子どもは「おなかがすいた」と騒ぎ、インターネットの契約が切れると「友人の輪に入れなくなる」と泣き出した。自家用車と建設重機を手放し、親族に借金もした。仕事仲間もどこか違う町へ出ていった。家族が離散したという仲間の話も届いた。

 「我々米国人は、給料から社会保障費も税金も払う。不法移民は何でも負担を逃れる。母国にドルを送金すれば、何倍もの価値になるから、安くても働く。ここで生まれ育った米国人が、この競争に勝てるわけがない」

 2006年、「寄せ場」の目の前で「不法移民を強制送還しよう」と抗議活動を始めた。最初は冷たい目で見られ、通過車両からゴミを投げつけられたが、今では応援クラクションを鳴らしてくれる車が増えた。

 「当時、不法移民を大っぴらに問題視する人なんていなかった。でも私が抗議を始めると、少しずつみんなが話題にするようになった。不法移民がこの地域で問題になりはじめたんだ」

 ウィデルさんは自分の訴えがトランプ氏に届いたと思っている。トランプ氏が「国境を守ろう」と出馬宣言した時、支持を決めた。「トランプは米国のブルーカラー労働者の救世主だ」

 ウィデルさんの憤りは、米国の富裕層にも向く。

 「私はここで生まれ育った米国人だ。私は、稼いだカネを、ここで使う。赤ん坊のミルクを買い、子どもの服やおむつを買う。カネは地域に循環する。社会ってのはそんなもんだろ? でも不法移民はため込んで、南の方に送金するばかりだ」

 「私は、自分がハシゴの下の方の横木(the lower rung on the ladder)であると自覚している。なぜ、米国の億万長者は、米国人の業者を使わず、さらに安い不法移民を使うんだ。自分の財布のことばかり考え、地域のことなんてちっとも考えていない。ブッシュ家のような、共和党のエスタブリシュメント(既成勢力)も同罪だ。不法移民が増えても、銀行員などの高学歴エリートたちは仕事を奪われる心配がないだろうが、オレたちには深刻なんだ」

     ◇

 「寄せ場」取材の翌日、ニューヨーク州では共和党予備選があった。トランプ氏は、ニューヨーク州全体で6割超を集めて圧勝。サウスハンプトンやウィデルさんの地元が含まれるサフォーク郡は、なんと7割超がトランプ氏を支持する「トランプ王国」になった。

 ウィデルさんに電話を入れると、「私もトランプ氏の勝利に貢献できたはずだ」と大喜びだった。トランプ氏が勝利し、メキシコ国境沿いで壁の建設が始まったら、作業員として参加するという。

 ピュー・リサーチ・センターによると、雇用や住居を奪うなどの理由で移民を「重荷」と見る人の割合は94年の63%から今年は33%に激減し、逆に勤勉さや才能で社会を強化していると捉える人は31%から59%に増えた。メキシコ国境沿いの「壁」については、今年3月の時点で、共和党系の有権者の63%は支持していたが、対象を有権者全体に広げると、反対派が62%で賛成派の34%を大きく引き離している。(金成隆一)



(10) 炭鉱復活「トランプがやってくれる」 貧困の街の男たち (11/08)

 ペンシルベニア州からさらに南へ、ケンタッキー州の街アイネズ(Inez)をめざす。街に入ると、トランプ氏を支持するポスターに何度も出くわす=写真①

 アイネズは、半世紀ほど前の1964年、「貧困との戦い」を宣言した民主党のジョンソン大統領がヘリコプターで降り立った街。全米メディアが同行し、大統領と失業した炭鉱夫の面会を報じた。おかげでアイネズは「アパラチアの貧困の代名詞の街」になった。

 アイネズでやっと食事のできそうなダイナー(食堂)を見つけた=写真②。目立った看板もなく、米国旗が壁に掲げられている。

 平日の午前10時前。すでに地元のお年寄りが6人集まって、コーヒーを飲んでいた。周囲の別のテーブルの客も含め、全員が白人の高齢男性で、カントリー・ミュージックの人気歌手ドリー・パートン(Dolly Parton)の話で盛り上がっていた=写真③。

 「死ぬ前にもう一度、ドリーに会いたい」「すぐにテネシー州のコンサートに行こう」「My God! Heart Breaker!」

 常連客の会話に店員も苦笑している。その店員に何を注文するべきかと聞くと、「グレイビーソース付きのビスケットが一番」と教えてくれた。言われたとおりに注文し、6人の隣のテーブルに着席した。

 「ほお、なかなかいい注文だね」と声を掛けてきたのは、ラッセルさん。元高校の数学教師で6人のリーダー役のようだ。

 アパラチア山脈の街はどこでも似ているが、この街も白人が92%。アジア人はほとんどいない。

 ラッセルさんは、年齢を教えてくれなかったが、64年当時、ジョンソン大統領の演説会場に教師として生徒をバスで連れて行ったという。地元の事情を解説してくれた。

 「一帯は炭鉱産業で栄えたが、それをすっかり失い、すべてを失った。炭鉱はすべてだった。ここには工場もない、店もない。自動車産業で世界を引っ張った米国というのに、この街では新車も買えない。どこを探しても新車を売っていない。古くなった車がグルグルと住民の間を巡り巡っているだけ。道を走っているのは、みんな中古車だ。新車が欲しけりゃ、郡の外に出ないといけない」

 米国なのに新車が買えない、ということが、ラッセルさんにとっては象徴的な事実のようだ。とても悔しそうだ。

 社会福祉の話題になった。アパラチアの街々で高齢者と話していると、必ずこのテーマになる。

 33年間、教師として働いたというラッセルさんが突然声を落として言った。「この一帯の人々が何で生計を立てているのかって? 勤務先の高校では80%の生徒がブルー・チェック(Blue Check)だったんだ」

 「それって社会福祉のことですか?」と聞くと、「シッ! そんな言葉を使うな。みんなその言葉にとても敏感だから」と慌てて店内を見渡した。どうやら社会福祉で当たっていたようだ。

 後ほど国勢調査で調べてみると、マーティン郡の貧困率は、なんと4割を超えていた。全米平均が13%なので、突出している。

 ラッセルさんが言う。「せっかくここにいるんだから、彼の話を聞いたらどうだ?」

 紹介してくれたのは、隣のテーブルでコーヒーを飲んでいた元炭鉱労働者グレン・クラインさん(77)=写真④。57年に高校卒業後、いったん製造業の盛んなオハイオ州に出て、「ウェスチングハウス・エレクトリック」で冷蔵庫を作った。だが30代半ばで地元に戻り、75~95年の20年間を炭鉱夫として過ごした。

 「背中に大きなケガをして手術するまで20年間、二つの炭鉱会社に勤めました。炭鉱を掘る。鉱山の空調機の運転を安定させる。石炭を運ぶベルトコンベヤーを運転する。まあ、そんなところですな。みんながやっていたことですよ。それに給料もよかった」

 隣に座った、やはり元炭鉱夫の男性がうなずいている。

 「あなたも自宅で電気をつけるでしょ。スイッチで、カチッと。当たり前のようにエアコンを使うでしょ。電気は炭鉱からだったんですよ。みんなが炭鉱の世話になってきたわけです」

 「そもそもね、第1次世界大戦も、あなた方(日本)とたたかった第2次世界大戦も、アテにしたのは鉄でしょ? 製鉄所のエネルギー源は、どこも石炭でしたよ。いまの米国の繁栄があるのは、石炭のおかげ。若い人は、それがまったくわかっていない」

 クラインさんは、店のナプキンに図示してくれた。真ん中に大きく「Coal(石炭)」と書いて、そこから二つの矢印が伸びる。

 石炭→電気→エアコン

 石炭→鉄→戦争→勝利→スーパーパワー

 「とってもシンプル。でも、これが真実ですよ」と自信満々の笑顔。気付くと、周囲の男性陣ものぞき込んでいる。

 「いまは天然ガスだとか、風力発電だとか言っていますが、うまくいくんですかね。少なくとも、この街は死にました。人々の暮らしがダメになったら、それは失敗でしょ。石炭をエネルギーの主力に戻すべきです。それだけで、すべてがうまくいく。石炭は万能薬。すべてを立て直してくれるんです」

 「私は炭鉱夫だけのために発言しているんじゃありません。この辺の食糧店も洋服店も、さっきの自動車販売店も、すべてに影響するんです。石炭が米国を世界最強の国家に成長させた。石炭が米国の背骨。疑いありません。炭鉱産業がうまくいっているときは、すべてがうまく回っていたのです」

 周囲の男性陣がみんなうなずいている。クラインさんが再び話し始めた。

 「ところが、突然政治家たちが『石炭は汚い』と言い始めた。一方で原油の採掘は続けているくせに石炭だけ狙い打ち。EPA is the piss of the country」。クラインさんの品の良いたたずまいから強気の言葉が出たので、みんなドッと笑った。

 最後の発言をどう訳せばいいのかわからないが、EPA(米環境保護庁)が諸悪の根源、米国をダメにした、といったニュアンスだろう。

 最後にクラインさんがトランプ氏を支持する理由を語った。

 「炭鉱産業は完全復活するべきです。人々は給料をもらえて、自動車も買えるし、家も買えるし、子どもを育てることもできるようになる。それがすべてでしょう?」

 そんなことを誰ができるのでしょうか? 質問すると、そんなバカな質問をするな、といった調子で言った。

 「もちろんトランプですよ。彼がやってくれる。周辺の雑音なんて気にしない。思ったことを、そのまま口にする。政治家のようにウソをつかない。だからみんな支持するんです。民主党は逆ですよ。クリントンは炭鉱産業を潰す。オバマと同じ路線だ。私は、自分がマーティン郡の老いぼれ(I am just a little old country boy here in Martin County)だってことぐらいは分かっていますよ。私は街に残る、この街のために発言しているんです」

 石炭の生産量の統計をみると、全米の生産量は00年の10億7361万(単位ショートトン)から15年の8億9593万(同)に16%以上落ちた。ところが地域別に見ると、ケンタッキー州では、00年の1億3068万から15年の6133万に半減以上の打撃を受けていた。

     ◇

 お昼時が近づくと、現役世代が店に入ってきた。

 道路建設業を営むスティーブ・ブッチャーさん(55)。使い込んだピックアップトラックに「トランプ 2016」とのステッカーを貼っている=写真⑤。

 ただ、常に共和党支持というわけではないと主張する。

 「これまでの大統領で一番はビル・クリントンだ。雇用状態もよく、(大きな)戦争もなく、繁栄した。ブッシュは最悪。若者の命とカネを犠牲にしたイラク戦争を始めた。世界の混乱に何でも関与しようとした最悪の大統領だ」

 ではなぜトランプ支持なのか?

 「炭鉱が戻れば、カネが回り、道路の修復工事も増える。カネは回り回る。それしかないだろう。彼は一貫して炭鉱産業の復活を約束している。それを信じるしかないだろう」と答えた。

 意外なことに、ブッチャーさんの弟ロニーさんが近づいてきて、「みんながトランプってわけじゃないぞ、おれはヒラリーだ」と一言。「既に発電所の主力は天然ガスに切り替わった。いまさら戻せるわけがない、石炭は時代遅れだ」と兄に聞こえる声でわざわざ言う=写真⑥。どうやらいつも論争しているようで兄も笑っている。

 弟が続けた。「トランプなんて鉱山の中に何があるのかも知らないインチキだ。石炭の塊と砂利の塊の区別も付かない。鉱山の中の基本も知らない(He can barely find his shoes of a morning)。炭鉱の復活とか無責任に約束しているが、やれるわけがない」と吐き捨てた。

 分かっていることは、トランプ氏が演説で炭鉱産業の復活を掲げていること。そして、このアパラチア地方で、トランプは強いということだ。(金成隆一)



(09) 床屋談義はトランプ氏絶賛 「十戒」の石碑の意味 (11/07)

 坂道ばかりの山あいの街、ペンシルベニア州コネルズビルを歩いていると、理髪店の前に大きな石碑を見つけた=写真①。

 一番上に「十戒」と刻んである。「モーゼの十戒」だ。聞いたことはあったが、内容はほとんど知らない。

   1 「主が唯一の神である」
   2 「偶像を拝んではいけない」
   3 「主の御名をみだりに唱えてはいけない」
   4 「安息日を守ること」
   5 「父と母を敬え」
   6 「殺してはいけない」
   7 「姦淫をしてはいけない」
   8 「盗んではいけない」
   9 「噓をいってはいけない」
   10 「人の財産を欲しがってはいけない」

 しばらく読解を試みたが英語が難しい。

 すると突然、床屋さんのドアが開いた。「珍しいお客さんだ、どこから来たんだい?」。緑色のTシャツに短パン姿の男性が声をかけてきた。

 「日本の新聞記者です」

 「へえ、それはえらく遠くから。『十戒』に関心あるの?」

 そんな具合で会話が始まった。人通りはほとんどなく、白人が93%超、黒人4%のこの街で、アジア人は目立ったのだろう。

 この男性、エド・スミスさん(77)が、ここに十戒が建てられた経緯を説明してくれた。

 「ウィスコンシン州の女性が各地で訴訟を起こし、公立学校の敷地内の『十戒』を撤去するよう求めている。そこで地元の住民たちが私有地に移す活動をしてきた。これもその一つ。街中で見かけますよ。もちろん教会の敷地にもある。日々の暮らしの中で見える場所に『十戒』があればいいんだからね」

 8月9日。外は暑いから、中に入って座りましょう。誘ってくれたので、お邪魔することにした。

 中ではスミスさんを含めて男性8人が文字どおり「床屋談議」をしていた=写真②。全員白人だ。ほとんどの人は髪の毛は真っ白。後でわかるのだが、1人をのぞくと全員が70~80歳前後だった。

 なんでも質問しろ、と言ってくれたので、「不勉強で申し訳ないが」と断り、なぜ十戒が大切なのかを聞いてみた。ニューヨークの街中では、ほとんど見かけない気もする、とも付け加えた。

 すると、今の米社会への不満が噴出した=写真③。

「若者が学校で聖書を学ばなくなり、勤労意欲が落ちた」「若者が働かず、社会のフリーライダー(ただ乗り)になっている」「福祉依存が当たり前になり、『ちょうだい、ちょうだい』と言えば生きていける社会になってしまった」

 共通しているのは、今の米社会の勤労意欲の低下といったところだ。福祉国家(welfare state)という言葉もマイナスの意味で使われている。社会から「モラル」が失われる今、改めて「モーゼの十戒」が示す教えの重要さが認識されているのだという。

 「若いうちに働いたり大学に通ったりしないで、マクドナルドで働く若者がいる」。こんな指摘も飛び出した。飲食店は「仕事」に含まれていないようだ。別の街でも、ウォルマートなどの販売員を「労働者」として認めない高齢者に会ったことがある。製造業からサービス業に産業構造がシフトする中では、現役世代にはむごすぎる批判というしかないだろう。


     ◇

 米国では、連邦最高裁判所が1962、63年の判決で、公立学校での祈りと聖書の朗読を違憲とした。祈りも聖書もキリスト教に基づいており、結果的に他宗教を排除することになり、「信教の自由」を保障した合衆国憲法修正第1条に反する、という趣旨だ。この時期に公民権法などのリベラルな判決を次々と出した法廷は、首席判事アール・ウォレンの名から「ウォレン・コート(法廷)」と呼ばれた。

 「モーゼの十戒」の公立学校からの撤去を求める訴訟も、同じ流れにあるようだ。

 スミスさんは「ウィスコンシン州の女性」と言ったが、調べてみると、確かにウィスコンシン州に拠点を置く非営利の教育団体「Freedom From Religion Foundation」の関係者が各地で同種の訴訟を起こしていた。「教会と国家の分離」を推進する78年設立の団体で、2万3千人の会員に支えられているという。

 記者は大統領選についての質問も聞いてみた。「このファイエット郡ではトランプ氏が7割ちかく得票して圧勝だった。ここにトランプ支持者はいますか?」

 8人が顔を見合わせて笑った。「そりゃ、みんなだよ。全員がトランプ支持者」とスミスさん。トランプ支持者であることが当たり前のような話しぶりだった。

 民主党候補のヒラリー・クリントン氏や現職のオバマ大統領ではダメなのだろうか。そんな質問をすると、一斉に反発が返ってきた。

 「ヒラリーは刑務所に送るべきだ」。トランプ氏が本選で繰り返してきたセリフそのままだ。トランプ氏が言わなくても、集会では支持者から「彼女を刑務所に送れ」コールがわき起こる。

 次から次へと彼らの本音が飛び出してくる。

 「ヒラリーの夫ビルも一緒に刑務所に行くべきだ」「無期刑でちょうどいいぐらいだ」「私は米国大統領という立場は尊重するが、今そこに座っている人物は尊敬できない」「私は肌の色を問題視しているのではなく、彼の政策を支持しないのだ」「我々は社会主義者を求めていない」「オバマケア(医療保険制度改革)では連邦政府の権限を強めすぎだ」「中国のような(中央政府の権限が強い)国家にはなりたくない」「イスラムはいらない」

 誰が何を言ったか分からなくなるので、こういう取材はたいてい失敗する。やはり1人にしっかり聞こう。

 トランプ氏が「米国を再び偉大に」と叫ぶとき、スミスさんは何を思うのだろうか。

 「他国が米国に、あれをやれ、これをやれ、と言ってくることにウンザリしている。本来は逆だ。米国は他国にこれをやれと指図する立場にある。米国はそれに値する国だ。あなた方日本人は、長年米国を仰ぎ見てきたのに、今や米国は水準以下に落ち、なめられている。トランプは、米国を元々の位置に戻す、と言っているんだ」

 まあ、日本を含め、多くの国が米国の戦後の暮らしぶりにあこがれてきたのは事実だろう。彼らはやはり、「唯一の超大国」としての米国が懐かしいようだ。

 スミスさんは続けた。

 「かつては誰もが米国を恐れていた。いまは米国を恐れていない。トランプは米国を経済的にも軍事的にも再び最強にする」

 「米国の衰退は、特に雇用だ。海外に雇用が流れ出て、富が流出した。もうかったのは一部の企業ばかりだ。これは不愉快になる事実だから誰も言ってこなかったが、トランプは本音丸出しで、ズバリ指摘した。彼の示している方向性は、まったくもって正しい」

 「社会福祉をアテにするのではなくて、一人ひとりの米国人が自分のカネを自分で稼ぐようになれば再建できるんだ。社会主義的な考え方を広める政治家には注意した方が良い。それは米国ではない」

 スミスさんの話を、みんなうなずきながら聞いている。

 「トランプは『新鮮な息吹だ』(Trump IS A breath of fresh air)」なんて絶賛の声も出た。

 記者が帰り支度を始めると、スミスさんが「これからどっちに行くんだ」と聞いてきた。

 「もう少し南へ、ケンタッキー州まで行きたい」と答えると、8人がどっと笑った。

 「ケンタッキーに行っても山しかないぞ。何もない」「大切なものは全てペンシルベニア州にある」「こんな小さな街でも、1930年代のオリンピックに陸上の金メダリスト、ジョン・ウッドラフ(John Woodruff)を送り込んだんだぞ」

 近隣の州へのライバル心があるようだ。お国自慢はしばらく終わりそうになかったが、コネルズビルを後にした=写真④。(金成隆一)



(08) 「彼らは英独出身者とは違う」トランプ氏を支持する女性 (11/07)

 「あなたリベラルなの!」「ニューヨーク・タイムズ(NYT)紙の記者なの!」

 6月28日、ペンシルベニア州南西部モネッセン。トランプ氏の集会の開始前に支持者の女性を取材中、近くにいた女性が大声で騒ぎ始めた。

 彼女の視線は、私が首からぶらさげていた入館証に向けられていた。私の勤務先の朝日新聞ニューヨーク支局は、NYT本社ビルに間借りしているため、入館証はNYTビルのものなのだ。

 「ニューヨーク・タイムズ」。この言葉はトランプ氏の支持者の間では禁止用語に近い。トランプ氏の問題点を追及する記事を連発しているためだ。

 女性の騒ぎを見た周囲の人々が一斉に、「あなたとは口をききません」と言い始め、取材を拒絶するようになってしまった。

     ◇

 この日は、トランプ氏が貿易政策を発表するというので、このモネッセンまで駆け付けた。トランプ氏は演説場所として、首都ワシントンや地元ニューヨークではなく、わざわざアパラチア山脈の山すそにある元製鉄所跡地を選んだ。(演説を伝える朝日新聞記事 http://www.asahi.com/articles/ASJ6Y3DKVJ6YUHBI010.html)。田中角栄ばりの「川下戦略」のようだ。

 ここまで来て、トランプ支持者に取材拒否を受けて手ぶらで帰るわけにはいかない。慌てて事情を説明した。

 NYTとは無関係。ビルは同じだけど、まったく別の新聞を作っています。見て下さい、これが国務省発行の外国人記者証です。私は日本人です。とにかく思いついたことを何でも言ったが、なかなか信用してくれない。

 「そもそもNYT記者の英語がこんなに下手くそなわけないでしょ!」。悲しいかな、こう叫んだら「言われてみれば」「確かにそうね」という雰囲気になり、理解者が現れた。

 エドナ・プリンキーさん(80)。隣にいる大学生の孫娘レイチェル・パスタースさん(22)と一緒に取材に応じてくれた。

 プリンキーさんは、トランプ氏を支持する理由をこう語った。

 「彼は庶民の気持ちを分かっている。炭鉱復活や偉大な米国の復活など、私がずっと政治家に期待してきたことを主張している」

 プリンキーさんの家族は、父、夫、長男の3世代が炭鉱労働者の「炭鉱一家」という。

 「連邦政府の規制やグローバル化のせいで炭鉱と製鉄所が閉鎖されてしまい、このエリアからは何もなくなってしまった」「孫の世代の就職先がない」

 たしかにモネッセンはさみしい街だった。大通りに面した建物も多くが廃虚になっていて窓ガラスが抜け落ちている。すっかりさびれた建物には、製鉄所の溶鉱炉の壁画が描かれていた。地元の高齢者には郷愁を誘うだろう。

 地元紙の記者によると、以前は数万人が製鉄所で働いていたが、いまや大学と病院が地元で最大の雇用主。この記者は「つまり平凡な街になったわけです」と話していた。

 ニューヨークに赴任以来、炭鉱3世代の一家に出会ったのは初めてだった。いつか追加取材を、と思って連絡先を交換して別れた。

    ◇

 1カ月後、トランプ氏が共和党候補に正式指名される党大会があった。熱狂する代議員や党員らの中に「トランプ 炭鉱を掘る(TRUMP DIGS COAL)」のプラカードが目立っていた。特にペンシルベニア州の代議員席の近くでは、多くのプラカードが揺れていた。炭鉱の復活を掲げるトランプ氏への熱烈な支持の表明だ。

 プリンキーさんの顔が思い浮かんだ。やっぱり話をじっくり聞いてみたい。電話を掛けると、追加取材を歓迎してくれた。

 8月9日、同州コネルズビルの自宅を訪れるとプリンキーさんが元炭鉱労働者の夫と一緒に迎えてくれた。

 私は同僚ともよく議論してきた、素朴な疑問をぶつけてみた。

 「トランプ支持者の皆さんは、米国を『再び偉大に』と言いますが、よそに比べれば十分に偉大な国と思いますよ。土地も広いし、エネルギーも抱負。世界への影響力もまだまだ大きい。現に私のような海外の記者も米大統領選を取材している。何がそんなに不満なのですか?」

 するとプリンキーさんは言った。「米国の偉大さはこんなものではなかった。比較にもならない。1960年代からずっと下り坂。50年代の米国が最高でした」

 当時を振り返るプリンキーさんは目が輝いていた。

 「炭鉱産業は盛況で、労働者は稼ぎたいだけ稼ぐことができた。街の中心部には映画館が3つもあり、自宅から10セントのバスで毎週映画を見に通っていた。街全体にモラルがあった。公立学校では聖書をきちんと教えていたので、みんな勤勉で、礼儀正しくて、犯罪も起きない。外出時も就寝時も自宅にカギを掛けたことなどない。他人の子でも自分の子どものように大人がしつけをしていた」

 ところが60年代から変わってしまったと嘆く。「街に知らない人が増えた。いろんな人種が増えた」

 米国では65年の改正移民法で、ヒスパニック系やアジア系という新しい移民の波が強まった。これを境に米国は多数の移民を出身国による差別なしに受け入れるようになったわけだ。てっきりそのことかと思って聞いていたが、プリンキーさんは「ポーランド人とかスロベニア人とか、新しい人たちが増えた」と続けた。

 これには正直驚いた。見えている世界が異なるのだ。私が「私から見れば、みなさんは白人で区別がまるでつきません」と聞くと、「英国やドイツの出身者とは彼らは違う。異なる文化や宗教の人が増えると、やはり暮らしにくくなる。異なる人種間で結婚すれば、苦労が絶えないって言うでしょ。コミュニティーも同じですよ」と答えてくれた。

 60年代以降、米国では社会変革を求める運動が盛り上がった。人種差別の撤廃を求める公民権運動、70年代には環境保護、女性解放、消費者運動などが続いた。同性愛者の権利拡大を求める動きも活発化した。

 公立学校で聖書を読む。そんなキリスト教の信仰を基盤とする、白人中心の社会が当たり前だった世代にとっては、「白人のマイノリティー化」が予測されるまでに至った、今の米国はまるで別の社会に見えているのだろう。トランプ氏が「米国を再び偉大に」と叫ぶとき、プリンキーさんは50年代を思い描く。60年代以降の急速な社会の変化に違和感を覚えている人は多いのかもしれない。

 白人の高齢者の間では、共和党支持が急増している。調査機関ピュー・リサーチ・センターによると、前々回の大統領選があった2008年、65歳以上の白人の支持は、共和党45%、民主党44%と拮抗(きっこう)していたが、今年は共和党58%、民主党37%と20ポイントも差が開いている。(金成隆一)