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続折々の記 ①
【心に浮かぶよしなしごと】

【 01 】02/11~     【 02 】02/13~     【 03 】02/15~
【 04 】02/16~     【 05 】02/17~     【 06 】02/21~
【 07 】02/23~     【 08 】02/28~     【 09 】03/01~

【 02 】02/13

  02/13 12日のニュース
        (1) 日曜に想う 武器という魔性への一閃 編集委員・福島申二
        (2) 日米共同声明(全文)
        (3) 政治断簡 幕末に見る立憲主義の芽生え 編集委員・国分高史
        (4) 南スーダン戦闘、停戦求める声明 安保理
        (5) 社説 日米首脳会談 「蜜月」演出が覆う危うさ
        (6) 「共謀罪」 自由と安全のバランス目指せ 海渡雄一
        (7) 『応仁の乱』 呉座勇一〈著〉
        (8) (書評)『負債論 貨幣と暴力の5000年』 デヴィッド・グレーバー〈著〉
        (9) (書評)『言葉の贈り物』 若松英輔〈著〉
        (10) (書評)『絶滅の地球誌』 澤野雅樹〈著〉
        (11) (文化の扉)犬と人間 目と目で通じあう、特別な絆



 02 13 (月) 12日のニュース      

トランプ大統領との首脳会談を終えて安倍総理が帰ってきました。

いつも聞いていると、総理の政治の最高の願いというのは積極的平和主義という言葉で締めくくることができると思います。

この「積極的平和主義」の系統樹には

   ◆(8)(書評)『負債論 貨幣と暴力の5000年』 デヴィッド・グレーバー〈著〉

の書評にある『貨幣と暴力』をどのように位置づけるのだろうか。

トランプさんが目指す「強いアメリカ」との同盟に巻き込まれて、日本の軍国化と自由主義経済化の流れはますます勢いを増していくと思います。 自民党を支持している人も集団帰属に弱い人も、今の日本の潮流に流されていきます。 揚句の果てには、逆戻りのできないことになってから唖然とするしかないのです。

「赤は赤、白は白、まだらはまだらに」とか「それでも地球は回る」などと、諸行無常を決めこんではいられません。 『而今にどう対処するのか』それが、手を取り合って考えなくてはならないことなのです。

今こそ、◆(8)にあるように「ラディカル(=根源的)な理念」として “自己存在の原点…誕生の原点…母親と赤ちゃんの原点…無限愛の原点…生命の絆” を自覚し、黄金律を忠実に実現しなければならないのです。 「積極的平和主義」の系統樹の地下には、この黄金律の根を張り巡らさなくてはならないのです。

☆                ☆                ☆
黄金律
(おうごんりつ、英: Golden Rule)は、多くの宗教、道徳や哲学で見出される「他人にしてもらいたいと思うような行為をせよ」という内容の倫理学的言明である。 現代の欧米において「黄金律」という時、一般にイエス・キリストの「為せ」という能動的なルールを指す。

黄金律 - Wikipedia
   https://ja.wikipedia.org/wiki/黄金律


宗教・儒教
黄金律
 イエス・キリスト 「人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい」
   『マタイによる福音書』7章12節,『ルカによる福音書』6章31節
 孔子 「己の欲せざるところ、他に施すことなかれ」
   『論語』巻第八衛霊公第十五 二十四
 ユダヤ教 「あなたにとって好ましくないことをあなたの隣人に対してするな」
   ダビデの末裔を称したファリサイ派のラビ、ヒルレルの言葉
 「自分が嫌なことは、ほかのだれにもしてはならない」
   『トビト記』4章15節
 ヒンドゥー教 「人が他人からしてもらいたくないと思ういかなることも他人にしてはいけない」
   『マハーバーラタ』5:15:17
 イスラム教 「自分が人から危害を受けたくなければ、誰にも危害を加えないことである」
   ムハンマドの遺言



朝刊[ 東京 ]2017年02月12日 日曜日
1面 尖閣に安保、共同声明 経済対話、枠組み新設 日米首脳、同盟強化を確認
    親密さを国際協調への礎に 日米首脳会談 政治部長・佐古浩敏
    新たな大統領令を検討 法廷闘争継続も示唆 米入国規制
    天声人語 リンカーンと分裂
2面 時時刻刻 取引、会談では回避 日米首脳会談
    通訳イヤホンなし、日本語にうなずく トランプ氏、共同会見で
3面 「蜜月」優先、手放し称賛 入国禁止、会談で触れず 安倍首相
    首相宿泊のリゾート、入会金2260万円 トランプ大統領就任決定後、倍額に
◆(1) 日曜に想う 武器という魔性への一閃 編集委員・福島申二
4面 日米首脳会談、市場に安心感 円安批判、なお警戒
◆(2) 日米共同声明(全文)
    日米「経済対話」、通商など協議へ 麻生氏とペンス氏、会談
◆(3) 政治断簡 幕末に見る立憲主義の芽生え 編集委員・国分高史
6面 首脳ゴルフ、成果は? 歴代大統領が「ゴルフ・別荘外交」 60年前の岸元首相も     週末の別荘へ、一緒に 移動も食事も 日米両首脳夫妻     日米首脳会談、識者はどうみた 7面 共同会見、主なやりとり 日米首脳会談
    安心は尚早 日米首脳会談 アメリカ総局長・山脇岳志
    米が北朝鮮水害支援 オバマ前政権で決定、1億円
    新政権発足前に対ロ制裁協議か フリン米大統領補佐官
    イスラエル入植、トランプ氏注文 「和平の助けにならぬ」
◆(4) 南スーダン戦闘、停戦求める声明 安保理
    厚生長官を承認 米議会上院
    トルコ改憲、国民投票4月16日に
8面
◆(5) 社説 日米首脳会談 「蜜月」演出が覆う危うさ
    (声)中傷やデマが「通説」となる怖さ
    (声)自由で知的、三浦朱門君を悼む
    (声)自分に自信あり、私はすごい
13面
◆(6) 「共謀罪」 自由と安全のバランス目指せ 海渡雄一
◆(7) 『応仁の乱』 呉座勇一〈著〉
14面
◆(8) (書評)『負債論 貨幣と暴力の5000年』 デヴィッド・グレーバー〈著〉
◆(9) (書評)『言葉の贈り物』 若松英輔〈著〉
    (書評)『デービッド・アトキンソン 新・所得倍増論 潜在能力を活かせない「日本病」の正体と処方箋』
        次の2項目は下平追加記
        世界の名目GDP(USドル)ランキング          http://ecodb.net/ranking/imf_ngdpd.html 日本3位
        世界の一人当たりの名目GDP(USドル)ランキング  http://ecodb.net/ranking/imf_ngdpdpc.html 日本26位
    東直子が薦める文庫この新刊!
15面 (書評)『汚れた戦争』 タルディ、ヴェルネ〈著〉
    (書評)『メシュガー』 アイザック・B・シンガー〈著〉
◆(10)(書評)『絶滅の地球誌』 澤野雅樹〈著〉
16面 『失敗の科学 失敗から学習する組織、学習できない組織』
35面 (科学の扉)量子で超高速計算 スパコンしのぐ能力に期待
36面
◆(11)(文化の扉)犬と人間 目と目で通じあう、特別な絆
37面 (くらしの扉)心に響く「贈る言葉」 人柄わかるエピソードを
38面 「建国記念の日」憲法へ発言 改憲勢力3分の2めぐり 各団体集会
39面 (東日本大震災6年)父は大川小の先生だった 21歳、児童の遺族と向き合う


◆(1)(日曜に想う)武器という魔性への一閃
      編集委員・福島申二
      http://digital.asahi.com/articles/DA3S12793419.html

 人を殺(あや)める兵器や武器はおよそ俳句の趣向に合いそうもない。しかしそれらを詠んだ名句もあって、金子兜太(とうた)さんの破調の一句はよく知られている。

 〈魚雷の丸胴蜥蜴(とかげ)這(は)い廻(まわ)りて去りぬ〉

 金子さんは先の戦争中、海軍主計中尉として南太平洋のトラック諸島に派遣された。米軍の執拗(しつよう)な爆撃に叩(たた)かれ、修羅場となった島のヤシ林の奥に、攻撃機に抱かせる魚雷が隠して積んであった。

 あるとき、その丸みのある鉄の肌の上を、トカゲがちょろちょろ走って消えるのを見た。戦場でありながら冷たいものが背筋を上ってきたそうだ。

 「小さな爬虫類(はちゅうるい)の這う姿に、むき出しの命と鉄が触れ合う生々しさを感じたのです。この魚雷で人間が死ぬのだと実感した。そのときにできた句です」。穏やかな冬日の差す居間で97歳は回想する。

 あれから時は流れたが、世界には戦火も、武器をもてあそぶ者も絶えない。金子さんは最新の句集で、愚行への憤りと命への畏敬(いけい)を込めてこう詠んでいる。

 〈左義長や武器という武器焼いてしまえ〉。左義長とは小正月のどんど焼きのこと。その火の勢いの中へ武器などみな放り込んでしまえと。夢想ではない、辛酸をなめて生き延びた戦中派のまっすぐな意思であると、俳句界の長老は言う。

     *

 書物をひもとき武器の人類史を顧みると、よくもこれほどの情熱を殺戮(さつりく)と破壊に捧げてきたものだと驚かされる。しかし携わった科学者らの中には倫理のはざまで心を揺らす人もいた。

 たとえば16世紀イタリアの数学者タルタリアは、大砲の命中精度を上げるために放物体の軌道研究に取り組んだ。砲手が照準を定める補助器具を開発するなどしたが、後年、人類の仲間を殺す手助けをしたことに苦悩し、論文などをすべて処分しようとしたという。

 しかしながら、そののち再び祖国に戦火が及びかけると、彼は気を取り直してそれまでの研究成果を軍に提供したそうだ(白揚社「戦争の物理学」から)。古い逸話は、科学者の複雑な胸中と、「科学に国境はないが、科学者には祖国がある」というフランスの細菌学者パスツールの言葉を結びつけ、戦争と科学の宿命的な近親性に思いを至らせる。

 日本の科学も戦前は軍事と手をつなぎ合っていた。敗戦から5年後、日本学術会議は「科学者としての節操を守るためにも、戦争を目的とする科学の研究には今後絶対に従わない」と表明する。根っこには、研究資金などのために戦争に協力した過去への痛切な反省があった。

 その、先人たちの悔恨を土台にした軍と学の垣根が、ここにきて低くなりつつある。兵器など装備品に応用できそうな基礎研究を防衛省が公募して資金提供する制度ができた。潤沢な資金をちらつかせての手招きに、慢性的な研究費不足にあえぐ大学が揺れていると聞けば、軍学再接近への懸念が胸をよぎる。

     *

 「平和を望むなら戦争を準備せよ」とラテン語のことわざに言う。そうした意味合いのもとに、古来、平時であっても武器や装備品の開発や製造は絶えることなく競われてきた。

 いまの日本で「戦争を準備せよ」とは言えない。そのかわりに呪文のように聞こえてくるのが、政治が語る「安全保障環境の変化への対応」である。防衛省による資金提供は、「積極的平和主義」をうたう一連の流れの中にある。

 日本学術会議でいま、軍事研究との向き合い方をめぐる議論が続く。自衛的な装備品ならいいのか、民生技術と軍事技術の線引きは可能なのか――。きわどい議論を専門家だけのものとせず、私たちも関心を寄せる必要を痛感する。先日も米軍から日本の大学などに、多額の助成金が提供されていることがわかった。

 ミサイルから機関銃まで、世界には凶器があふれ、国家や組織の正義や大義のもとに地上を血で染めぬ日はない。

 金子兜太さんに話を戻せば、その句は武器という魔性を帯びたものへの言葉の一閃(いっせん)である。武器なぞに人間を跪(ひざまず)かせてはならないとの思いに共鳴する人は多かろう。科学者の責任が軽いはずはない。



◆(2) 日米共同声明(全文)

 安倍晋三首相とトランプ米大統領が10日午後(日本時間11日未明)に発表した共同声明は次の通り。

     ◇

 2017年2月10日、安倍首相とトランプ大統領は、ワシントンで最初の首脳会談を行い、日米同盟および経済関係を一層強化するための強い決意を確認した。

 【日米同盟】

 揺らぐことのない日米同盟はアジア太平洋地域における平和、繁栄および自由の礎である。

 核および通常戦力の双方による、あらゆる種類の米国の軍事力を使った日本の防衛に対する米国のコミットメントは揺るぎない。アジア太平洋地域において厳しさを増す安全保障環境の中で、米国は地域におけるプレゼンスを強化し、日本は同盟におけるより大きな役割および責任を果たす。日米両国は、15年の「日米防衛協力のための指針」で示されたように、引き続き防衛協力を実施し、拡大する。日米両国は、地域における同盟国およびパートナーとの協力をさらに強化する。両首脳は、法の支配に基づく国際秩序を維持することの重要性を強調した。

 両首脳は、長期的で持続可能な米軍のプレゼンスを確かなものにするために、在日米軍の再編に対する日米のコミットメントを確認した。両首脳は、日米両国がキャンプ・シュワブ辺野古崎地区(沖縄県名護市)およびこれに隣接する水域に普天間飛行場(同県宜野湾市)の代替施設を建設する計画にコミットしていることを確認した。これは、普天間飛行場の継続的な使用を回避するための唯一の解決策である。

 両首脳は、日米安全保障条約第5条が尖閣諸島に適用されることを確認した。両首脳は、同諸島に対する日本の施政を損なおうとするいかなる一方的な行動にも反対する。日米両国は、東シナ海の平和と安定を確保するための協力を深める。両首脳は、航行および上空飛行ならびにその他の適法な海洋の利用の自由を含む国際法に基づく海洋秩序を維持することの重要性を強調した。日米両国は、威嚇、強制または力によって海洋に関する権利を主張しようとするいかなる試みにも反対する。日米両国はまた、関係国に対し、拠点の軍事化を含め、南シナ海における緊張を高め得る行動を避け、国際法に従って行動することを求める。

 日米両国は、北朝鮮に対し、核および弾道ミサイル計画を放棄し、さらなる挑発行動を行わないよう強く求める。日米同盟は日本の安全を確保する完全な能力を有している。

 米国は、あらゆる種類の米国の軍事力による自国の領土、軍および同盟国の防衛に完全にコミットしている。両首脳は、拉致問題の早期解決の重要性を確認した。両首脳はまた、日米韓の3カ国協力の重要性を確認した。さらに、日米両国は、北朝鮮に関する国連安全保障理事会決議の厳格な履行にコミットしている。

 日米両国は、変化する安全保障上の課題に対応するため、防衛イノベーションに関する二国間の技術協力を強化する。日米両国はまた、宇宙およびサイバー空間の分野における二国間の安全保障協力を拡大する。さらに日米両国は、あらゆる形態のテロリズムの行為を強く非難し、グローバルな脅威を与えているテロ集団との戦いのための両国の協力を強化する。

 両首脳は、外務・防衛担当閣僚に対し、日米両国のおのおのの役割、任務および能力の見直しを通じたものを含め、日米同盟をさらに強化するための方策を特定するため、日米安全保障協議委員会(2プラス2)を開催するよう指示した。

 【日米経済関係】

 日本および米国は、世界の国内総生産(GDP)の30%を占め、力強い世界経済の維持、金融の安定性の確保および雇用機会の増大という利益を共有する。これらの利益を促進するために、首相および大統領は、国内および世界の経済需要を強化するために相互補完的な財政、金融および構造政策という3本の矢のアプローチを用いていくとのコミットメントを再確認した。

 両首脳は、おのおのの経済が直面する機会および課題、また、両国、アジア太平洋地域および世界における包摂的成長および繁栄を促進する必要性について議論した。両首脳は、自由で公正な貿易のルールに基づいて、日米両国間および地域における経済関係を強化することに引き続き完全にコミットしていることを強調した。これは、アジア太平洋地域における、貿易および投資に関する高い基準の設定、市場障壁の削減、また、経済および雇用の成長の機会の拡大を含むものである。

 日本および米国は、両国間の貿易・投資関係双方の深化と、アジア太平洋地域における貿易、経済成長および高い基準の促進に向けた両国の継続的努力の重要性を再確認した。この目的のため、また、米国が環太平洋経済連携協定(TPP)から離脱した点に留意し、両首脳は、これらの共有された目的を達成するための最善の方法を探求することを誓約した。これには、日米間で二国間の枠組みに関して議論を行うこと、また、日本が既存のイニシアチブを基礎として地域レベルの進展を引き続き推進することを含む。

 さらに、両首脳は、日本および米国の相互の経済的利益を促進するさまざまな分野にわたる協力を探求していくことにつき関心を表明した。

 両首脳は、上記およびその他の課題を議論するための経済対話に両国が従事することを決定した。また、両首脳は、地域および国際場裏における協力を継続する意図も再確認した。

 【訪日の招待】

 安倍首相はトランプ大統領に対して17年中に日本を公式訪問するよう招待し、また、ペンス副大統領の早期の東京訪問を歓迎した。トランプ大統領は、これらの招待を受け入れた。



◆(3) (政治断簡)幕末に見る立憲主義の芽生え
      編集委員・国分高史
      http://digital.asahi.com/articles/DA3S12793384.html

 今年は日本の近現代史にとって、ふたつの節目の年にあたる。ひとつは日本国憲法施行70年、そして、徳川幕府が朝廷に政権を返上した大政奉還150年だ。

 1947年の日本国憲法の施行によって、私たちは主権在民や法の下の平等、個人の尊重といった価値を手にした。ところが、さらに80年さかのぼる1867(慶応3)年の大政奉還を目前に、いまの憲法に通じる立憲主義的な国家構想を幕府や有力諸侯に建白した人物がいた。

 赤松小三郎。信州・上田藩の下級武士の出身で勝海舟に師事。長崎の海軍伝習所で兵学や航海術を学んだ。京都の薩摩藩邸で東郷平八郎らに英国式兵学を教えたが、建白書を出した直後に薩摩藩士によって暗殺された。

 一般には無名の赤松の国家構想について、赤松と同郷の拓殖大准教授・関良基さんが近著「赤松小三郎ともう一つの明治維新」(作品社)で詳しく紹介している。

     *

 赤松の七カ条の建白の核心は、国会にあたる「議政局」の設立だ。公家や諸侯らからなる上局と、普通選挙による下局の「二院制」をとる。議政局は「総(すべ)ての国事を決議」し、天皇や幕府などの行政府には拒否権も解散権もない。まさに国権の最高機関だ。

 さらに赤松の建白が特筆に値するのは、法の下の平等や個人の尊重、職業選択の自由、差別なき納税の義務をうたっていることだ。

 議会制度の導入を求めた幕末の国家構想はほかにもあるし、とりわけ坂本龍馬の「船中八策」と呼ばれる構想は有名だ。だが、赤松の建白は龍馬より一足早いうえに、八策にはない基本的人権が強調されている。関さんは「日本最初の民主的な憲法構想といってよい」という。

 別の専門家はどう評価しているのか。佛教大教授の青山忠正さん(明治維新史)は、「赤松が唱えた議会制度は優れていた」と認め、土佐藩による大政奉還の建白に影響を与えた可能性も指摘する。

 もっとも、赤松ひとりが先進的だったわけではないというのが青山さんの見方だ。当時はすでに西欧の政治制度や人権の概念は日本に入っていたし、特に1866年に刊行された福沢諭吉の「西洋事情」が知識人に与えた影響は大きかった。

     *

 実は関さんは歴史学者でも憲法学者でもない、森林政策の専門家だ。群馬県の八ツ場ダム建設問題に関わった際に抱いた官僚主導政治への疑問が、議会主導を唱えた郷土の偉人の研究に向かわせた。

 本を書き終え改めて感じるのは、権力によって立憲主義がないがしろにされる中での憲法改正論議の危うさだ。

 「個人を尊重する立憲主義は幕末の日本に芽生え、盛んに議論された。その後、天皇主権の時代が続くが、国家が国民をしばるような自民党の憲法改正草案の発想は、日本の伝統では決してない」と関さんは話す。

 これからの国会での憲法論争を見る際に、忘れてはならない視点だろう。



◆(4) 南スーダン戦闘、停戦求める声明 安保理
      http://digital.asahi.com/articles/DA3S12793492.html

 国連安全保障理事会は10日、南スーダンで続く戦闘について「強く非難」し、全ての当事者に即座の停戦を求める報道機関向けの声明を出した。市民への攻撃は「戦争犯罪」になる可能性があると強調し、警告を発した。

 声明は、市民の殺害、民族間の暴力、性暴力、家屋の破壊、財産の収奪などに「深刻な懸念」を表明し、特に市民への暴力には「最も強い言葉で非難する」とした。今年以降、8万4千人以上が国外に脱出したほか、国内の避難民も多数にのぼっているという。



◆(5) (社説)日米首脳会談 「蜜月」演出が覆う危うさ
      http://digital.asahi.com/articles/DA3S12793354.html

 ここまで世界に注目された日米首脳会談は、おそらく例がないだろう。安倍首相がトランプ大統領と会談した。

 型破りな発言が続くトランプ氏と、経済や安全保障政策をめぐり一定の合意が得られた。そのことは、日本にとって安心材料とは言えるだろう。  だが一方で、トランプ氏の登場はいまなお、世界を不安と混乱に陥れている。

 グローバルな課題について、多国間の協調によって利害を調整する手法を嫌い、二国間のディール(取引)に持ち込もうとする。その余波で、米国が体現してきた自由や民主主義などの普遍的な価値と、その上に立つ国際秩序が揺らぎつつある。

 両首脳が個人的な信頼関係をうたい、両国の「蜜月」を演出しても、それが国際社会の秩序の維持につながらなければ、意味は乏しい。

 ■移民・難民は内政か

 「米国第一」を掲げて保護主義と二国間の交渉へと走る超大国を、多国間の枠組みに戻るよう説得できるか。日米首脳会談を見守る世界の関心は、その点にあったはずだ。

 しかし、安倍首相が国際協調の重要性をトランプ氏に全力で説いた形跡はうかがえない。

 経済分野では、麻生副総理兼財務相とペンス副大統領をトップとする経済対話の枠組みを新設することになった。

 首相は「アジア太平洋地域に自由かつルールに基づいた公正なマーケットを日米両国のリーダーシップで作り上げていく」と語り、日米対話を基礎に世界経済に貢献する意欲を示した。

 だが、日米両国だけで世界の成長と繁栄を達成できるわけではない。ますます複雑・多様化する貿易と投資の実態に合わせ、多くの国と地域を巻き込みながらヒト、モノ、カネの自由な移動を促すことが不可欠だ。

 その牽引(けんいん)役として期待されていたのが、環太平洋経済連携協定(TPP)だった。

 TPPからの離脱を決めたトランプ氏に対し、首相は翻意を迫ったのか。TPPが持つ経済的・戦略的な意義については説明したようだが、共同声明には「米国がTPPから離脱した点に留意する」と明記され、離脱にお墨付きを与えた形になった。

 トランプ氏が大統領令で打ち出した難民や中東・アフリカ7カ国の国民の入国禁止についても、首相は会談では触れず、記者会見で「入国管理はその国の内政問題なのでコメントは控えたい」と語るのみだった。

 欧州の主要国が相次いで懸念の声をあげ、移民に頼る大手企業が悲鳴を上げる。特定宗教を狙い撃ちにするような入国制限は、テロ対策としての効果が疑わしいばかりか、分断と憎悪を招き逆効果になりかねない。

 地球温暖化や貧困、感染症への対策など、世界が力を合わせるべき課題は目白押しだ。それらに背を向けかねないトランプ氏を説得するのは、日本の役割だろう。

 ■多角的な外交こそ

 だが、首脳会談で首相が力を注いだのは、尖閣諸島の防衛などに米国が関与するとの言質を取り付けることだった。

 その視線の先には、東シナ海や南シナ海で強引な海洋進出を続ける中国がある。

 だとしても、視界不良の世界にあって、旧来型の対米一辺倒の外交は危うい。

 共同声明は「日本は同盟における、より大きな役割及び責任を果たす」と明記したが、それは何を意味するのか。きちんと説明されていない。

 安全保障関連法の運用が始まり、防衛費の拡大傾向も続くなか、自民党などでは米国の要求に便乗するかのような「防衛費増額論」も広がる。

 だが「日米同盟の強化」だけが地域の安定を築く道なのか。

 日本としてより主体的に、中国や韓国、豪州、東南アジア諸国などとの多角的・多層的な関係を深めていくべきだ。そのことは日米基軸と矛盾しない。

 もう一つ、今回の会談が示したのは、日本の相変わらずの姿勢とは裏腹に、トランプ氏が中国との関係を重視し、アジア外交を複眼で見ていることだ。

 ■「国際益」をめざせ

 トランプ氏が中国の習近平(シーチンピン)国家主席と電話で協議したのは、日米首脳会談の直前のこと。中国と台湾がともに中国に属するという「一つの中国」政策を尊重する姿勢を初めて伝えた。

 トランプ氏の脳裏には中国との取引も選択肢にあると見るべきだ。「日米蜜月」が中国を抑止し、日本を守るという発想だけでは、もはや通用しない。

 共同声明は、日米同盟を「アジア太平洋地域における平和、繁栄及び自由の礎」だとうたった。ならばトランプ氏との関係も、旧来型の「日米蜜月」を超える必要がある。

 適切な距離を保ちつつ、国際社会全体の利益、「国際益」のために言うべきことは言う。そんな関係をめざすべきだ。



◆(6) 「共謀罪」 自由と安全のバランス目指せ
      海渡雄一
      http://digital.asahi.com/articles/DA3S12793366.html

 政府は、今、開会中の国会に、過去3度廃案となった共謀罪法案を「テロ等準備罪」と名前を変えて提案する、としている。

 日本の刑事法体系は、既遂処罰(結果発生)を基本とし「未遂」は処罰してこなかった。この法案は、未遂どころか予備罪を飛び越えて計画段階から取り締まろうとするものだ。準備のための行為や組織的な犯罪集団の関与を要件としており、対象犯罪を半分にしても、犯罪とされる行為と適法な行為との境があいまいで、心の中に土足で国家が踏み込む危険性がある。

 ■事件の前に捜査

 この法案について、新しく書かれた本は『「共謀罪」なんていらない?!』である。ジャーナリストの斎藤貴男が監視社会の観点。関東学院大名誉教授の足立昌勝が刑事法学の観点。世田谷区長の保坂展人は国会質問に立った野党議員の立場。弁護士の山下幸夫は共謀罪捜査によって引き起こされる人権侵害の側面。筆者は国連条約批准の観点から問題を論じ、その複雑な広がりを浮き彫りにしている。

 共謀罪が制定されれば、人と人とのコミュニケーションそのものが犯罪となる。捜査は被害の現場から始まるのではなく、「事件」が起きる前に、関係者の通信を集めることが捜査となる。『スノーデン、監視社会の恐怖を語る』は、監視社会を研究する小笠原みどりが、日本人ジャーナリストとしてはじめてエドワード・スノーデン氏にロングインタビューした記録である。

 SNSのデータが丸ごと米国家安全保障局に提供されていたのは驚きだったが、我々はこの告発を対岸の火事のように感じてきた。しかし、日本の市民の情報も米国家安全保障局に集められていること、秘密保護法制定の背後には、米政府と高度の秘密情報を交換するために法制定が不可欠との「刷り込み」が行われていたことがわかる。新たに広範な共謀罪を立法した国がノルウェーとブルガリアしか報告されていないのに、日本政府が共謀罪制定に固執するのは、米政府と何らかの密約があると疑うことには根拠がある。

 ■適用拡大の歴史

 共謀罪は団体による組織犯罪を取り締まる法である点で、戦前の治安維持法と共通する。治安維持法が1925年に帝国議会で議論されたとき、政府は「安寧秩序」などの“あいまいな”概念を廃し、「国体変革」「私有財産制度の否認」という“明確な”目的に限定され、濫用(らんよう)されない完璧な法案だと説明した。しかし、その後の修正で「目的遂行罪」「準備結社罪」などが作られた経緯もあり、拡大適用しないという政府の言明は簡単に信用するわけにはいかない。

 共謀罪との関連で治安維持法の歴史を調べたい読者に勧めたいのは、憲法学者・奥平康弘の『治安維持法小史』である。刑事法学者・内田博文の大著『治安維持法の教訓』(みすず書房・9720円)は裁判の過程にまで分析を進めているが、奥平は立法と実務における適用拡大の経過を「歴史的な性格変化」として捉え、わかりやすい。

 33年に治安維持法の適用はピークを迎え、共産党組織はほぼ解体した。この時点で、同法は歴史的使命を終えたとして廃止する選択もあり得た、と奥平は指摘する。しかし、肥大化した特高警察は新たな適用対象を求め、35年の大本教検挙を皮切りに宗教団体、ジャーナリスト、企画院などの行政機関にまで法を適用した。歴史を繰り返さない保障はどこにもない。

 テロは未然に防がなくてはならない。しかし、日本は国連のテロ対策条約はすべて批准済みだ。組織犯罪条約の対象は経済犯罪で、テロは対象外である。最近は単独犯も多い。テロ対策という抗(あらが)い難い説明に思考停止せず、自由とバランスのとれた安全を目指す途を探りたい。

 ◇かいど・ゆういち 弁護士 55年生まれ。共著『共謀罪とは何か』『新共謀罪の恐怖』(近刊)。



◆(7) 『応仁の乱』 呉座勇一〈著〉
      http://digital.asahi.com/articles/DA3S12793365.html
 ■日本史上最も重要な大混乱

 応仁の乱は、日本史上最も重要な出来事かもしれない。少なくとも東洋史学の泰斗、内藤湖南はそう言っていた。現在の日本につながる歴史、「我々の身体骨肉に直接触れた歴史」はこのときから始まった、と。それなのに、応仁の乱が何か、答えられる日本人はほとんどいない。原因は何か。誰と誰が何を賭けて戦ったのか。誰が勝ったのか。本書が教えてくれる。

 乱の直接のきっかけはささいなことである。ある名門武家の家督争いに周囲が干渉してしまったとか、「オレの顔を潰された」と思った武将がいたとか、そうした類(たぐい)のことだ。当事者たちも、すぐ片がつくと思っていたはずだ。ところが、ここに夥(おびただ)しい数の武士たちが、いろいろな思惑から絡んでくる。だから、それぞれ違う目的で戦っている。誰が敵で誰が味方かもだんだんわからなくなり、ついさっきまで味方の大将だった者が、急に敵の大将になっていたりする。途中から、当事者たちもなぜ自分たちが戦っているのか、どうやったら戦いが終わるのか、わからなくなっていただろう。

 けっこう学術的なこんな本がよく売れることに、ふしぎを感じる。が同時に、多くの読者をもつに値する本だとも思う。めちゃくちゃ錯綜(さくそう)した経緯をおもしろく飽きさせずに読ませてしまう著者の筆力は半端ではない。中世史学者としての独自説もたくさん提起される。

 で結局、応仁の乱とは何なのか。本書から私が学んだことはこうなる。それは、かつて一度は成立した、天皇・公家と武家の間の、京都と地方との間の奇跡のバランスの最終的な破綻(はたん)の現れだった。次のバランスを模索する過程が戦国時代になる。

 乱の当事者たちが渦中で意識している打算のちまちまとした細かさと、乱が全体として客観的に有する歴史的意義の大きさの間には、目がくらむほど大きなギャップがある。だが、もしかして、現在のわれわれも、同じような状況の中にいるのだとしたらどうだろうか。 大澤真幸(社会学者)

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 中公新書・972円=11刷11万部 16年10月刊行。「ネットに親和性のある若年層の読者の割合が高く、東京だけでなく、“ご当地”関西でも好調です」と担当編集者。



◆(8) (書評)『負債論 貨幣と暴力の5000年』 デヴィッド・グレーバー〈著〉
      http://digital.asahi.com/articles/DA3S12793377.html

 ■ラディカルに「神話」を解体

 お金って謎。最近ますますわからない。貧乏人向け高金利住宅ローンが準優良(サブプライム)で、それを証券にして売るって、なにそれ。

 本書は経済学者ではなく、人類学者の負債論。なにしろ事例がおもしろい。ヨーロッパを中心に、古代インドや中国、アフリカや南米の先住民族、日本人も顔を出す。借金の正体を求め、法律、神学、文学、哲学と数多(あまた)の資料の頁(ページ)をめくりまくる。

 たとえば利子。紀元前2、3千年のメソポタミアにはもう有利子貸付(かしつけ)が根づいていた。相互扶助こそ人間の証し、あげた肉に礼をいわれるのも上下関係になるから嫌、というイヌイットには信じがたい行いだ。妻子を奴隷として売り飛ばすなんてことが「偉大な農業文明」で横行しだしたのは、まさに貨幣・市場・有利子貸付が始まった頃だそう。数量化が人間関係から人を引き剥がし、モノに変える。

 利子の倫理性は大問題だ。イスラーム商人が活躍した中世、ペルシャの神学者ガザーリーは貨幣は貨幣を獲得するために造られたのではない、と主張。貨幣を自己目的化する有利子貸付は違法にすべき、という。サブプライムより納得できるな。

 キリスト教は同胞への利子を禁止、だが異邦人相手なら容認した。結局利子は常態化、ルターも妥協せざるをえなかった。プロテスタンティズムと資本主義は最初から手をとりあってたわけじゃないのね。で、年5%程度ならOKってことになったのだが、この数値、いま各国GDPの成長目標なんですね。金で金を生む不道徳が、いまやなすべき努力になったのか。

 こうして見えてくるのは、貨幣と負債をめぐる神話と思いこみの山だ。中世ペルシャの自由市場論に影響されたらしいアダム・スミスの、物々交換の便宜のために貨幣が生じたという「経済学の創設神話」しかり。国家と市場を対立するものとみなす経済自由主義はこのへんの誤解に基づいているという。軍事=鋳貨=奴隷制複合体こそ帝国の基軸、つまり市場を創ったのは兵士に金を払い侵略する国家で、その国家を市場が支えたのだ。

 古代エジプトの定期的借金帳消し制度っていいなあ、なんていうのは大バカのナマケモノ、返済は絶対だ!って、それも歴史的にはひとつの考え方にすぎない。千年後、いまの借金観はどう評価されるんだろうね。

 グレーバーはウォールストリート占拠のスローガン「われわれは九九%だ」をつくった人だが、この本の語り口にはラディカルな理念とともに、モンテスキューやJ・フレイザーに通じるひろやかな好奇心が感じられる。この負債の金枝篇(へん)【⇒《原題The Golden Bough》英国の文化人類学者J=G=フレーザーの著書】は、世界金融危機を背景に建った、タイミング絶好の討論アリーナだ。 評・中村和恵(詩人・明治大学教授・比較文学)

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 『負債論 貨幣と暴力の5000年』 デヴィッド・グレーバー〈著〉 酒井隆史監訳 高祖岩三郎、佐々木夏子訳 以文社 6480円

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 David Graeber 61年米ニューヨーク生まれ。文化人類学者。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス人類学教授。『アナーキスト人類学のための断章』『資本主義後の世界のために』など。
商品の説明 】 ( 下平追加記 )

『負債論』は21世紀の『資本論』か?

重厚な書として異例の旋風を巻き起こした世界的ベストセラーがついに登場。

現代人の首をしめあげる負債の秘密を、貨幣と暴力の5000年史の壮大な展望のもとに解き明かす。資本主義と文明総体の危機を測定し、いまだ書かれざる未来の諸可能性に賭ける、21世紀の幕開けを告知する革命的書物。

人類にとって貨幣は、交換という利便性の反面、バブルなどの破局に向かう幻想の源泉でもある。人類史的な視座から、このような貨幣の本質からリーマン・ショックやギリシア・デフォルト問題などの国際的金融的危機を解明する壮大な構想を展開する。産業資本が衰退し、金融資本が質的、かつ量的に拡大する今日、現代資本主義を理解する上で必読の文献である。

出版社からのコメント

 ●トマ・ピケティ(経済学者)               『負債論』、愛しています(I Love Debt)。
 ●レベッカ・ソルニット(『災害ユートピア』著者)   グレーバーは、すばらしく深遠なまでに独創的な思想家である。
 ●『フィナンシャル・タイムズ』紙            新鮮・魅力的・挑発的、そしてとんでもないタイミングのよさ。
 ●『ニューヨーク・タイムズ』紙              われわれの経済の荒廃、モラルの荒廃の状態についての長大なフィールド報告。人類学の最良の伝統のなかで、債務上限、サブプライムモーゲージ、クレジット・デフォルト・スワップを、あたかも自己破壊的部族のエキゾチックな慣行のように扱っている。

この度小社では、『負債論』を刊行しました。今まで著者のデヴィッド・グレーバーはグローバル・ジャスティス運動の活動家という印象が強かったのですが、かたや主にマルセル・モースの研究に強く傾倒した文化人類学の専門家であります。

負債という言葉はとかく債務をすぐ連想しますが、今日では具体的には学費ローンや住宅ローンに限らず、国債でもあります。

本書では負債を金融的側面と同時に、「負債は返済しなければならない」という強い道徳観念の問題として人類史的な視点から考察した壮大な構想を提示しています。

そして、その負債関係が、リーマン・ショック時の巨大銀行資本のデフォルトという事態を招いたことは資本主義の先行きを考えるうえで、多大な問題を提起した書です。


◆(9) (書評)『言葉の贈り物』 若松英輔〈著〉
      http://digital.asahi.com/articles/DA3S12793380.html

 ■自分が自分であるための営み

 若松英輔の本を読んでいると、自分が誰なのかわからなくなる瞬間がある。今読んでいる文章を、自分が書いたかのように錯覚するのである。そして、誰が書いたかなどどうでもよくなり、自分という限界から自由になった解放感に満たされる。この奇跡的瞬間は、じつは文学を真剣に読めばどんな人にも訪れる。

 では、文学とは何だろうか。本書によれば、言葉で表せないことを、それでも言葉で書いたもの、となる。

 「人はしばしば、言葉では容易に表現し得ないことを書きたいと思ったりもする。むしろ、そうした思いに心が満たされたとき、書きたいと感じる。書くという営みが本当に起こるとき、それはもともと不可能な出来事への、無謀ともいうべき挑戦なのかもしれない」

 まさにこのくだりで、私は著者と交錯した。

 明快に説明できることは、そのような説明の言語で言えばよい。それでも表し尽くせずに胸の内に残ってしまう説明しがたいものを、時に虚構を交えたり詩の力を借りたりしながら、伝えようとするのが文学というわけだ。そしてそれは、文学作品という形以外でも、個人の日記や手紙や落書きのようなメモの形をとって現れる。つまり、誰もが文学の書き手でありうる。

 その実例が、本書そのものである。仕事での大失敗、親とのこじれた関係、大切な人を失うこと等、さまざまな人生の困難に直面した体験を綴(つづ)りながら、著者はそれを自分の体の一部に変えていく。愛読する書物から言葉を引用することで、言葉を超えるものを示そうと努める。

 私は本書とその姉妹本ともいえる『悲しみの秘義』を、苦しいときに繙(ひもと)く。すると、どこかに自分の心の一部を表す言葉を見出(みいだ)す。苦境にある自分に向き合おうと必死になる心が、文章とシンクロして、先に述べた解放感をもたらすのだ。

 自分が自分であるために、本書を読み、さらに書いてみることを、お勧めする。 評・星野智幸(小説家)

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 『言葉の贈り物』 若松英輔〈著〉 亜紀書房 1620円

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 わかまつ・えいすけ 68年生まれ。批評家、随筆家。『叡知の詩学 小林秀雄と井筒俊彦』で西脇順三郎学術賞。



◆(10) (書評)『絶滅の地球誌』 澤野雅樹〈著〉
      http://digital.asahi.com/articles/DA3S12793372.html

 絶滅の到来を人類は早めるか、遅らせられるか。それが本書のテーマだ。

 大規模噴火でCO2が増えて多くの生物種が絶滅した太古の歴史を紹介しつつ著者はCO2を大量放出する現代文明の行く末をまず予想してみせる。とはいえ化石燃料を原子力に替えれば済む話でもない。平和利用の建前で広まった核技術は核武装の可能性をあらゆる場に開き、大国間の相互核抑止体制を無効化する。

 こうして、いずれを選んでも絶滅時計の針を進めるのに私たちは「化石燃料か原子力か」の二択にこだわってきた。自らの行為が大量虐殺に繋(つな)がると思わなかったナチス時代の人々に対してアレントが用いた「短慮」の概念を引いて著者は現代社会を批判する。

 ならば3・11の災厄を経験した日本社会は今度こそ短慮を越え得たのか。地球大の自然科学的思考と、政治と技術の国際的知見を大胆に接続した本書は、読者が検証に用いる材料を様々に用意してくれている。 武田徹(評論家)

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 『絶滅の地球誌』 澤野雅樹〈著〉 講談社選書メチエ 2160円



◆(11) (文化の扉)犬と人間 目と目で通じあう、特別な絆
      http://digital.asahi.com/articles/DA3S12793416.html

 このところ猫に押され気味ですが、「最古の家畜」であり、長く関係を深めてきたパートナーと言えるのはやはり犬。犬と人間はどんな道のりを歩み、特別な関係を築いてきたのでしょうか。探ってみました。

 犬と私たちはいつ、出会ったのか。最も古い犬の骨は、ロシアで発見された約3万3千年前のものだ。旧人の居住跡で見つかった。一方、人間に家畜化されたのは2万~1万5千年前と考えられている。イスラエルのアイン・マラハ遺跡では、高齢の女性が子犬に手を添える形で共に葬られた約1万2千年前の墓が見つかっている。

 日本最古の犬の骨は約9500年前のもの。神奈川県の夏島貝塚で見つかった。縄文時代には番犬や狩猟犬として飼われていたようだ。だが、弥生時代に入ると様子が変わってくる。愛知県の朝日遺跡では犬の骨が散乱した形で見つかり、解体痕もあった。

 麻布大で動物行動遺伝学を研究した外池亜紀子さんは「縄文人は犬を埋葬していた形跡もあり、大切に飼っていたようだ。だが弥生時代に入ると、食用にした形跡が増えてくる」と指摘する。

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 日本人のそばには昔から犬の姿があった。ヤマザキ学園大の新島典子准教授(動物人間関係学)によると、早くも「日本書紀」には天武天皇が犬や牛など5種類の動物を食べることを禁じた記録が出てくるという。鎌倉時代になると「犬追物(いぬおうもの)」がはやり、矢で射るための的(まと)として殺傷された。「犬合わせ」と称する闘犬も始まった。

 江戸時代に入ると、徳川綱吉が「生類憐(あわ)れみの令」を出す。犬だけが対象ではないが、綱吉は「犬公方(いぬくぼう)」と呼ばれることに。法政大の根崎光男教授(歴史学)は「犬は安産の神様だったり不動明王の使いだったりするなど、日本人の文化に根付いていた」と話す。

 明治時代には各府県単位で「畜犬規則」が定められ、犬が個人の所有物となった。『犬たちの明治維新』などの著者、仁科邦男さんは「飼い主と犬の個の関係が成立し、この関係が現代にまでつながっている」とみる。

 現代の日本では全世帯の14%が犬を飼っている。推計飼育数は987万匹にのぼる(2016年、ペットフード協会調べ)。

     *

 麻布大の菊水健史教授(動物行動学)は、犬のすごさは「人と絆を結べること」にあるという。ドイツのマックス・プランク研究所の研究で、犬は人が指をさしたり、視線を向けたりしたカップにエサがあることを理解できることがわかっている。チンパンジーですら持たない、犬特有の能力だ。

 また、犬は飼い主と目線をあわせる。すると双方で愛情や信頼に関わるホルモン「オキシトシン」の濃度が上昇するという研究が、麻布大から報告されている。オオカミは飼いならされていても、飼い主と目をあわせることはない。菊水教授は「犬は人と生活することでオオカミから進化したと考えられていて、あうんの呼吸で、人の意図を理解する能力を持っている。人がこれほど特別な関係を築けた動物は、地球上にはほかにいない」と指摘する。

 スウェーデン王立工科大の研究チームが犬とオオカミのDNAを調べたところ、柴犬(しばいぬ)と秋田犬が最もオオカミに近いDNAを持っていた。背景はまだよくわかっていないが、日本犬の研究から、犬の起源が見えてくるかもしれない。(太田匡彦)

 ■愛のかたち、教えてくれる コピーライター・糸井重里さん

 犬を飼う自信がつくまで時間がかかりました。人生に影響することまで覚悟して、ジャックラッセルテリアのブイヨンを飼おうと決めました。それから12年余りたって空気みたいに、そばにいることが自然な存在になっています。

 最初は子どものような感じで、手に負えないことに気をもんでいるのが楽しかったですね。次第に落ち着いてきて、11歳になったころ、狩猟犬なのにボールを投げても追おうとしなくなった。「現役」を引退したようで、切なかったです。

 犬は、環境に適応するために改良を加えられてきたわけですが、現代の人間にとっては心のサプリメントのような存在だと思います。間違いなく家族の一員ですが、その意味では、人間社会を精神的に豊かにしてくれる。言葉でなく、愛とは何か、いろんな愛のかたちを教えてくれる存在なんだと思います。犬が人間に何を望んでいるのかは、永久にわからないですけど。

 <知る> 縄文時代と弥生時代では犬の姿形も異なる。縄文犬は額から鼻にかけて平らなキツネ顔で、弥生犬は額と鼻の間にくぼみがあるタヌキ顔。大きさは両者とも今の柴犬と同じくらいだった。弥生犬は大陸から持ち込まれ、次第に縄文犬と混血したと見られている。

 <読む> 明治時代、小説家が飼い犬のことを書き始めた。二葉亭四迷の『平凡』や夏目漱石の『硝子戸(がらすど)の中』、徳冨蘆花の『みみずのたはこと』などが例。「犬との個の関係ができ、犬を飼うことの喜びが『発見』されたのだろう」(仁科邦男さん)