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続折々の記 2018③
【心に浮かぶよしなしごと】

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折々の記 2018③
【 01 】~【 09 】内容一覧
【01】    検索語一覧(8)
    ・ フーバー米大統領
    ・ 時代の谷間で苦悩する小沢一郎
    ・ 「小沢一郎 600人訪中団」のどこが悪い?
【02】    検索語一覧(9)
    ・ 人間は教育によって人間になる
    ・ 天才を育てる楽しみ
    ・ 首相、麻生氏続投の考え「責任を果たして」
    ・ 財務省が改ざんとは…動機が解せない
【03】    検索語一覧(10)
    ・ 財務官僚「親分の奥さん、部下は守る」
    ・ 安倍首相や麻生氏の名前、削除 日本会議めぐる記載
    ・ 麻生財務相「佐川の答弁に合わせ書き換え」 一問一答
    ・ 国民にうそ、意味なさぬ情報公開制度
    ・ 社説 3月になってから
    ・ 「文書、外部の目触れるのまずい」
    ・ 財務省、国会開示時に保有 改ざん前の文書、国交省から入手
    ・ 「財務省不信」財政再建や消費増税に影響も
    ・ 特集 森友学園問題
【04】    検索語一覧(11)
    ・ 公文書改ざん問題 新聞 3/15
    ・ 公文書改ざん問題 新聞 3/16
【05】    検索語一覧(12)
    ・ 公文書改ざん問題 新聞 3/17
【06】    検索語一覧(13)
    ・ 公文書改ざん問題 新聞 3/18
    ・ 公文書改ざん問題 新聞 3/19
【07】    検索語一覧(14)
    ・ 公文書改ざん問題 新聞 3/20
【08】    検索語一覧(15)
    ・ 公文書改ざん問題 新聞 3/21
    ・ 公文書改ざん問題 新聞 3/22
【09】    検索語一覧(16)
    ・ 公文書改ざん問題 新聞 3/23
    ・ 公文書改ざん問題 新聞 3/24
    ・ 産経新聞 3/24



【 01 】検索語一覧(8)
 あ がん遺伝子治療 い 言霊
 う 言霊 実験 え 失われた20年
 お アベノミクスは失敗 か ヨガ 効果
 き フリーメイソン く ラニーニャ現象
 け 前立腺がん こ 温故知新
 さ 腸内菌と腸内免疫力 し ヒバマタ
 し 蝮の効能 す インパール作戦
 せ いのち・本能・環境 そ 日本人は世界をリードできるのか
 た 世界は日本化する ち 世界が日本人に注目している
 つ フーバー米大統領  て 時代の谷間で苦悩する小沢一郎
 と 「小沢一郎 600人訪中団」のどこが悪い? な 財務省が改ざんとは…動機が解せない
 に  ぬ 
 ね  の 
 は  ひ 
 ふ  へ 
 ほ  ま 

 03 11 (日) 東北大震災7年     日本はまるで時化(シケ)に出会った小船

きょうは東北大震災7年になる。 昨年来政治の動きは混迷を極めている。 混迷というより現政権の進む方向には、国民を惹きつける方向が示されず忖度と欺瞞に明け暮れているというほかはない。

若者に夢を持たせるような若々しい希望が提示されないままでいます。

和戸川純三の記事が、新鮮さを与えてくれ、日本人としての自覚を改めて厳しく責められていると感じています。

ハンチントンの考えを目にしてから、現政権の不安定さやウソと欺瞞のみが日常の話題に上がり、希望の方向や将来への意欲が話題に上がってこない。 波間に漂う船にはその羅針盤がないような有様です。

そうした中で渡辺惣樹の「誰が第二次大戦を起こしたのか」 198~202 を見ると、ソ連参戦や千島列島の占有などの問題が、第31代アメリカ大統領フーバーの「裏切られた自由」に書かれていることがわかりました。

手元にある小沢一郎の「日本改造計画」や、2009年12月483名を率いた4日間の訪中の事実を見ると、海上でアメリカ艦のうしろ波を受けながら右往左往する日本丸の羅針盤の方向決定は小沢一郎の考えを聞いて任せる手がある。 ほかに適任者がいるだろうか ?

老境に達してからの判断はそれなりの意味をもっている。 それでも地球は回るという。

巨視的な見方、マクロの見方、それには長い時間と地上の広がりを学んでいる賢者の言に耳を傾けることが大事です。 そんな気持ちで情報を収集していきたい。

  フーバー米大統領     Google 検索による


   フーパ―大統領「裏切られた自由」を読み解く
   「誰が第二次世界大戦を起こしたのか」
   ハーバート・フーバー著;ジョージ・H・ナッシュ編;渡辺惣樹訳 草思社



フーバー大統領の考え方を見ていると、昔の諺;「ない袖は振れぬ」の教えが胸に広がる。 私財を投じて学校を建て、堤防を築き、或いは橋を架けた故人の話に、胸の血が騒ぐのです。 できれば、『 裏切られた自由 』 が出版されているから、手に入れて読みたいと思う。

ここでは、Wikipedia で紹介している彼のあらましを掴んでおきます。




ハーバート・クラーク・フーヴァー(Herbert Clark Hoover, 1874年8月10日 - 1964年10月20日)は、アメリカ合衆国の政治家、鉱山技術者。第31代大統領、第3代商務長官を歴任した。

生い立ち

フーヴァーはアイオワ州ウェストブランチでクエーカー信者の一家に生まれた。幼くして両親を亡くした後、オレゴン州ニューバーグに転居した。

1885年夏、フーヴァーは11歳のときに、おばハンナの手製のごちそうの入ったバスケットを持ち、2枚の10セント硬貨を衣服に縫い込み、ユニオン・パシフィックの列車に乗って西のオレゴン州へ向かった。アメリカ大陸の反対側で彼を待ったのは、おじで医者であり教育長のジョン・ミンソーンだった。後にフーヴァーは彼を「表面上は厳しいが、全てのクエーカー信者同様に底では親切だった」と回想した。

フーヴァーはオレゴンでの6年間で独立独行を覚えた。フーヴァーいわく「私の少年時代の希望は誰の支援もなしでいかなる場所でも自分の生計を立てることだった」。おじのオレゴン・ランド・カンパニーの使い走りとして、彼は簿記とタイピングをマスターし、夜にはビジネススクールに通った。学校教師ジェーン・グレイのおかげで、彼はチャールズ・ディケンズとウォルター・スコットの小説に夢中になった。『デイヴィッド・コパフィールド』(世の中を機知で切り抜けていく孤児の話)は、生涯のお気に入りだった。

スタンフォード大学へ

1891年秋にカリフォルニア州パロアルトのスタンフォード大学に入学する。在学中、野球チームやフットボールチームの運営、クリーニング屋や講義仲介業の経営などで注目を集めた。

キャンパスの上流階級気質に反して、余り裕福でない経歴を持つフーヴァーであったが、他の生徒に押される形で彼自身何の知識もない学生自治会の会計係に選出され、2,000ドルに及ぶ自治会の負債を拭い去ることに成功した。

フーヴァーは地質学を専攻して、ジョン・キャスパー・ブラネル教授の下で勉強をした。ブラネル教授は彼のために夏休みの間アーカンソー州のオザーク山脈で地形の地図を作る仕事を与えた。彼は同じ研究室にいた、後に妻となる銀行家の娘であるルー(ルイーズ)・ヘンリーとそこで出会い、1899年に結婚し、2人の息子、長男ハーバート(1903年 - 1969年)、二男アラン(1907年 - 1993年)をもうけている。2人とも、スタンフォード大学を卒業している。

1895年5月、フーヴァーに知識と職業、妻を与えてくれたスタンフォード大学を卒業し、とりわけスタンフォードはアメリカ西部の身寄りのない人にとって家族代わりとなるに相応しい場となったと言われた。

卒業後

卒業後、フーヴァーはオーストラリアの鉱山で鉱山技師として働き始め、その後に清で鉱山の開発に従事した。1900年6月には天津租界で義和団によって、1か月もの間包囲され、攻撃を受けている。妻が慈善施設で働いている時、彼はバリケードの建設を指揮し、ある時は中国の子どもを命がけで救っている。

1907年から1912年にかけてフーヴァーとルーは、1556年出版という最も古くに印刷された技術的な論文の一つであるゲオルク・アグリコラの論文を翻訳をし、この翻訳はアグリコラの論文では最も信頼される英語翻訳となっている。

ヘンリー・カボット・ロッジと他の上院の共和党員の反対にもかかわらず、フーヴァーは商務長官在任中の1921年、ロシア革命後の混乱により飢饉で苦しんでいるソ連や大戦後のドイツの人々に食糧支援を提供した。その結果、評論家が共産主義ロシアを助けていなかったかどうか問い合わせたとき、フーヴァーは、「2千万の人が飢えている。彼らの政治が何であっても彼らを食べさせるべきである」と反論した。『ニューヨーク・タイムズ』は「10人の最も重要な生きているアメリカ人」にフーヴァーを選んだ。

大統領職

前年の選挙で「どの鍋にも鶏1羽を、どのガレージにも車2台を!」というスローガンを掲げて圧勝したフーヴァーは、1929年3月4日に行われた就任式の大統領就任演説で「今日、われわれアメリカ人は、どの国の歴史にも見られなかったほど、貧困に対する最終的勝利日に近づいている……」と語った。しかし、その見通しは甘すぎた。

既に陰りが見えていたアメリカ経済は、10月の世界恐慌で未曾有の大不況に突入、フーヴァーは振り回されることになってしまう。彼は、「不況はしばらくすれば元の景気に回復する」という古典派経済学の姿勢を貫き、国内においては、政府による経済介入を最小限に抑える政策を継続した。その一方で、対外的にはスムート=ホーリー法のもとで保護貿易政策をとった。このことは、世界恐慌を深刻にさせた一因とも指摘される。

恐慌脱出に向けての道筋が見出せない中、フーヴァーが発表した政策として有名なものが、第一次世界大戦で英仏に融資した戦債の返済を1年間猶予する「フーヴァーモラトリアム」である。彼は、この政策を実行すれば、その1年間の間に景気は回復するだろうと考えており、次代の大統領フランクリン・ルーズベルトがニューディール政策で民間経済にも積極的に介入したのに対し、フーヴァーは政府や国家レベルでの対策しか講じなかった。これが、結果として景気をさらに悪化させることになってしまう。

シカゴのギャング・アル・カポネの逮捕については、精力的であったものの、一方で、ボーナスアーミーと呼ばれた退役軍人の恩給支払い要求デモの鎮圧を、陸軍参謀総長ダグラス・マッカーサーに指示したが、越権され強力な弾圧を加えてしまい、大統領の管理能力を問われた。

結局フーヴァーは、世界恐慌に対して有効な政策が取れず、赤十字頼みとなり、1932年の大統領選挙で対立候補の民主党フランクリン・ルーズベルト(第32代大統領)に40州以上で敗北する歴史的大敗を喫した。1933年の任期満了をもって大統領職を退き、政界から引退した。

なお、在任期間中の1931年3月3日にフーヴァーは、『星条旗』をアメリカ合衆国の国歌として正式採用する法案に署名した。第28代大統領ウッドロウ・ウィルソンの下で食糧庁長官、第29代大統領ウォレン・ハーディングと第30代大統領カルビン・クーリッジの下で商務長官(1921年 - 1929年)を務めたフーヴァーは、主要閣僚でない閣僚を経験して大統領の座についた数少ない大統領である。

※ 【下平】

前記の渡辺惣樹訳本を見ると、こんな記事がある。


大戦期そして休戦後の混乱期における食糧支援事業を終えたフーバーはアメリカに戻った。1920年3月、フーバーはアメリカ鉱山・冶金エンジニア協会会長に就任した。就任演説に彼の思想が垣間見える。
「エンジニアの職分は資本(家)と労働(者)の間に立つ(潤滑油のような)存在である」

「我々はワシントン議会から何かの施しを得ようとは思わない。我々の望むのは効率の良い政府である」

「連邦政府はあまりに中央集権化してしまった。そのためにまだまだ無駄が目立つ。多くの会社が借金を抱え、高率の税に苦しんでいる。金融による信用創造は巨額となり、(経済活動は)投機的になり、生産性の低下が顕著である」



今わたしたちの国の国会予算審議中の「働き方改革」のやりとりを見ていると、フーバーの言葉はそのまま受け入れてよい考え方であると思う。与党と野党が勝つか負けるか、その勝負をしているだけに見えてならない。

国会議員一人ひとりは、国民一人一人の代表者とは思えない。 深い知識と代表者のとしての責任を果たすという自負が感じられない。 わたしたちが今まで知らなかった忖度という言葉が巷にあふれている。 そんな風に感ずる。 フーバーを学んでほしいと思う。

今国会で見える忖度のホコロビ
「森友学園」 "森友学園 朝日新聞"googleで検索してみてみると
         課題(約 1,810,000 件)満載のままで押し切っている姿

「加計学園」 "加計学園 朝日新聞"googleで検索してみてみると
         課題(約 2,030,000 件)満載のままで押し切っている姿

「働き方改革」 "働き方改革 朝日新聞"googleで検索してみてみると
          課題(約 4,440,000 件)満載のままで押し切っている姿

これらは将に、「衣の館はホコロビにけり」 そのものと見えます。

汗を流して肉体労働をしている人々の苦労の体験がないことに、その原因がある。その確率が大きいことに、間違いはないと私は思う。昔読んだカール・ヒルティの幸福論の結論が思い出される。多くの人が皮相的な凡欲に負てしまったのか。

額に汗する人を大事にする政治が望まれるのです。


  時代の谷間で苦悩する小沢一郎  Essay 1 (2009/5/15)
        https://essay-hyoron.com/essay1.html
        <和戸川 純>・・・ニックネイム
        2008/5/20(修正2009/8/16)

頭は西洋人、顔と心は日本人

小沢側近が小沢について言ったという。
「頭は西洋人で、顔と心は土着日本人」

百姓一揆の首領のような風貌。その風貌からは想像できない冷徹な合理性。このギャップに小沢の魅力がある。

* * * * * * * *

小沢はプロ好みの政治家だ。映画「山猫」のセリフを引用した、次のような小沢の言葉がある。
「自分を変えないために、自分を変えなければならない」
百戦錬磨の小沢が言うと、小沢の生き様が反映されて、映画のセリフ以上の深い意味を持つことになる。禅問答的、或いは哲学的な響きまで帯びてしまう。こんなことを言う小沢には、確かにプロが好むおもしろさがある。

言動が理解しにくいために、支持者、不支持者は自分勝手に想像をふくらませ、好悪の感情が別の方向へ大きく振れてしまう。

* * * * * * * *

今政治の中心にいる、この古くて新しい政治家について、考察してみたい。

自民党時代の栄光と挫折

戦後、バブルが始まる前まで、自民党は日本の発展に大きく貢献した。

小沢は27才のときに、衆議院議員選挙で岩手県から自民党公認で出馬し、初当選した。このときの党幹事長は田中角栄だった。 高度成長期に日本の成長の礎を築いた田中は、若い小沢を「政治の天才」と言って、とてもかわいがった。
だが、田中はロッキード事件でつまづいた。

かつて、自民党の派閥が多党制を代替している、という評価があった。それは、派閥に対する余りにも好意的な評価だった。
派閥はしょせん派閥だ。党の枠内で、自己否定を意味する抜本的改革など、できるはずがなかった。絶対覇権政党である自民党の中で、峻烈な権力闘争に組み込まれた組織構造というのが、派閥の実体だった。
絶対派閥田中派を牛耳る田中は、余りにも偉大だった。田中の個人的な影響力が強大だったために、変わらなければならないときに、自民党は変わることができなかった。

* * * * * * * *

やがて時代は大きく動いた。自民党の全盛時代に、田中にかわいがられた小沢の苦悩と決意の原点を、私はここに見る。
田中が権力から退いたあと、自民党時代の小沢は栄光と挫折を経験した。

* * * * * * * *

小沢は幹事長を経験した。 「乱世の小沢」と言って、小沢を高く評価した金丸などの自民党有力者は、91年の政治改革法案否決の混乱時に、小沢を後継首相にしようとして必死に小沢を説得した。だが、当時49才の小沢は、「自分は若すぎる」と言って辞退した。

このとき、49才の首相が誕生していれば、その後の日本は大きく変わったはずだ。この辞退は、小沢の政治生命と日本にとって大きな誤判断になったと、言えるかもしれない。

同じ年に、小沢は持病の狭心症で倒れた。首相への道を辞退した大きな理由は、この健康上の問題だった可能性がある。
ついでに、小沢は大の恐妻家と言われていることを、書いておく。妻が彼の健康を心配して、首相職辞退を強く主張していたならば、小沢は多分、妻の反対を押し切ることができなかった。

「俺は女性にはもてないし、弱いんだよね」という言葉には、何か意味があるかも知れない。女性へのコンプレックスと、それと裏返しの女性崇拝。

* * * * * * * *

時代から取り残された田中の遺産はゆがみ始めた。自民党は利権構造を深化させ、権力の維持をこれに頼った。そのため、政権党として持っていなければならない、国家の繁栄を支えるために必要な、真の意味での理念と政治力を失った。
時代を見通した政策の立案ができない、今の自民党の無能ぶりが全てを物語る。

* * * * * * * *

東京佐川急便事件で金丸が辞職した。そのあとの政変で、組織を作ることに長けた竹下に反旗をひるがえされて、小沢は政争に敗れた。今になって見れば、この政争に敗れたことが重要な意味を持つ。

田中角栄が作ったシステムへの挑戦

1993年に、小沢は自民党を離党した。このとき、自民党に造反して、野党が提出した宮沢内閣不信任案に賛成した。
この年に、政治家の著書としては最も売れた、小沢の「日本改造計画」が出版された。この本で述べられた小沢の思いと、機能不全に陥った自民党への決別の理由を重ね合わせて考えれば、小沢が政治家として何を成し遂げたいのかが、見えてくる。

* * * * * * * *

今、小沢は、田中が築き、高度成長期には有効に機能した、この国の基盤に根をはっているシステムを壊そうとしている。それは自民党の解体をも含むはずだ。

小沢は、日本という国体について、自分なりの理想像を持っており、ひとりの政治家として、その理想像に日本を近づけることを、最大の生きがいにしている。
そのためには、自分が最も尊敬する政治家である田中が成し遂げた仕事を、根本から否定することもいとわない。 時代に合わなくなった田中の遺産を取り壊すことが、田中への最大の恩返しと、小沢は考えているに違いない。

田中もかつて胸の中に抱いていた、為政者として日本を繁栄させるという使命感。政治の天才にとっては、これが全てに優先する。時代に取り残された田中の遺産が、これからの日本の繁栄に反するならば、小沢はこの国からその遺産を除かなければならないのだ。

* * * * * * * *

本物のプロは、目標を成し遂げることに全エネルギーを注ぐ。だが、それが達成されてしまえば、その仕事には興味を失ってしまう。自分の過去の業績に固執する普通の庶民とは、そこが違う。

政治は目標達成のための手段

小沢は、政治家としての自分が、一生の仕事と決めたことを成し遂げるために、総理大臣の椅子が有効ならばそれを望むが、総理の椅子を得ることは、最大の関心事ではないと思われる。

民主党代表になったときのことを思い出そう。
小沢はちゅうちょしていた。代表になることは目標ではなく、代表になったならば、その地位を、自分の初志貫徹のために有効に使えるかどうかのほうに、関心があったはずだ。そう考えれば、民主党員が一致して押さなければ、代表の地位は固辞すると、言いつづけた小沢の気持ちを理解できる。

* * * * * * * *

小沢には、解りやすい政治家としての別の側面もある。合理的でぶれない思考の持ち主であることは、テレビで発言を聞けばすぐに解る。

ただ冷徹なだけではなく、人間としての感情を素直に表明するという側面も、持ち合わせている。
07年に、福田首相と大連立について話し合ったために、民主党内部から強い批判を受けた。そのことで代表を辞退する声明を出し、 「民主党には政権を担当する力がない」などという、民主党議員への不満の感情をもらしてしまった。
08年にもシンガポールで、「永田町の空気は悪い。ここに来てほっとしている」などと、本音を言ってしまった。

* * * * * * * *

小沢は、自分の目標達成のためには、冷徹な合理性をつらぬく策謀家と言えるが、同時に普通の人間性を持ち合わせた政治家でもある。 ロッキード事件で、田中角栄の公判を全て傍聴した政治家は、小沢のみだ。ここに小沢の人間性が現れている。

この人間性が、小沢自身を助けることになった。
ロッキード裁判で、検察の手の内の全てを知った小沢は、首相をも陥れる国家権力の危険性を、十分に熟知した。 検察が、将来小沢に対してどのような動きをしても、被害を最小限に留める方策を図ったことは、間違いがない。

西松建設とのネットワークは、前秘書の高橋嘉信によって構築された。高橋は09年の衆院選挙で、自民党公認候補として小沢の選挙区から出馬する。小沢に対する裏切り者と、自他ともに認めたことになる。
西松事件で、検察は日本中の検察官を動員し、全国の村に到るまで日本中を調べ尽くした。しかし検察に解ったことは、小沢の身辺は驚く程クリーンということだけだった。 検察は、間違いなく高橋が提供した内部情報を参考にして動いた。それでも小沢を追い詰めることができなかったのだ。

* * * * * * * *

今この国は乱世にある。金丸が「乱世の小沢」と評した政治家を、時代が必要としている。時代に要求される政治家はまれだ。時代を動かすことのできる政治家は、稀有であることを知る者は、小沢のような政治家の支持者となる。

国の存続は時代を超える

時代は今、真の意味で変わろうとしている。ずっと跡を引いていた戦後が、やっと終ろうとしている。
時代が大きく変わるとき、時間が積み上げた過去の膨大な遺産を除去し、新しい時代の種子をまかなければならない。人並みはずれた決断力と行動力を持つ政治家のみが、ここで大きな役割を果たすことができる。
「味方が100人いれば、敵も100人いる」と言って、時代を動かすためには、敵を増やすこともいとわない小沢。小沢は、今ここで自分が果さなければならない役割を、しっかりと自覚していると思う。

* * * * * * * *

小沢は、選挙制度改革の主要な目的のひとつに、政治に金がかからないようにすることを、あげた。金がかかりすぎることが、政治をゆがめるのは、政治の裏表を知りつくした小沢には、よく解っている。

1億2700万人の利益というとても大きな国益が、政治家の肩にかかっている。政治家の責任と義務は、途方もなく大きい。国内では官僚を使いきること、体外的には、マキャベリズムの権化のしたたかな各国政治家とやりあうこと......。
国家とは、国民一人ひとりの命を超えて、未来へずっと続いていくものだ。国政をあずかる政治家は、今時点のこの国の活動の全てが、継続性を前提にしたものであるこ とを、肝に銘じておかなければならない。

政治家の心構え

政治信条は、政治家としての自分が、この時代にどう貢献するかを規定したものであり、一生ぶれてはいけない。ただし、政策は時代に合ったものに修正をしてもいいし、しなければならない。

小沢は、今いる政治家の中では、珍しく政治信条がぶれない政治家だ。
小沢は、「日本改造計画」で彼の基本的な信条を書いている。それは、「個人の自立のみが真に自由な民主主義社会を確立し、最終的には日本の自立に結びつく」、というものだ。この「自立」とは、政治的な意味合いにおいては、国内における官僚からの自立、そして世界におけるアメリカからの自立を含む。 小沢が今までに打ち出している政策が、この信条の上に立っていることは、すぐに理解できる。

* * * * * * * *

パワー・バランスが、今までよりもはるかに複雑化した世界。日本の政治家には珍しいマキャベリストの小沢。日本の国益を守るために、小沢のようなマキャベリストを日本は必要としている。日本人の心を持ちながら、世界と渡りあえる論理を展開できる政治家を、日本は必要としている。

国際関係

民主党議員を引き連れての小沢の中国訪問。メディアの中には、彼のパフォーマンスを悪く言う論調があった。私は、小沢のメッセージは、中国よりもむしろアメリカへ向けられている、と取った。

これからのパワー・バランスを考えれば、国政をあずかる政治家は、対米100%依存は日本を滅ぼす、と考えるのが自然だ。
後退するアメリカ、巨大化する中国。そして、相互依存の関係に入り始めたアメリカと中国。アメリカは、中国を最大のパートナーと公言することに、ちゅうちょをしなくなった。 パワー・バランスのどこに日本を置くのか?超大国にはなれない日本が、キャスチング・ボートをどうやって握るのか? 小沢は、既に解答を胸に秘めていると思う。

肉を切らせて骨を切るも、選択の中には入っているはずだ。そう考えると、小沢の行動の意味が、私のような政治の素人にも見えてくる。

自国の国益を追求するのが、政治を任されている者の仕事だ。他国のマキャベリストも、日本のマキャベリストと競うことに、何の違和感も持たない。それは、合理精神に徹するアメリカの政治家にとっても同じだ。小沢は、それも見通して動いているはずだ。

未来への希望

60年にも渡って自民党政権が作り上げた、日本の負の構造(勿論正の構造もある)。これに手をつけようとしている小沢。ただし、小沢だってスーパーマンではない。ひとりでできるものではないし、また健康が万全ではないことも考慮すれば、残りの政治生命のうちに、日本再構築が完了するものでもない。

日本の将来を真に案じている、能力があり覚悟も決めている政治家と官僚を、重用しなければならない。そういう人材は少ないだろうが、要所要所に配置することによって、政治と行政の主導権を握らせれば、この国の再構築が可能になる。
これはとても大変な仕事だ。小沢以外に、今この大仕事に手をつけられる政治家を、見つけることはできない。何年かかかって、小沢はこの基盤作りの最初のステップを終えることになるだろう。

* * * * * * * *

この国を、再び世界視野で活力のある国にするためには、さらに長い年月が必要になる。その仕事を担うのは、小沢の薫陶によって国家運営の実務能力を身につける、政治家と官僚だ。
その間に、自民党は、分裂や解体も含めた、厳しい再生のための試練を潜り抜けなければならない。それがうまくいけば、やがて、日本の未来を担うことができる、近代的な政党に生まれ変わる。その再生の結果、民主党と交互に政権を担当できる、2大政党のうちのひとつになる。

こんなところが、今描くことができる、政治的に日本の未来を最も明るくするストーリーと、思われる。 これはストーリーではなく、現実になることを私は希望している。

重要な追記  2009年7月16日

最近アメリカのタイム誌、ニューズウイーク誌、ニューヨークタイムズ紙などが、続けて小沢論を掲載した。

6月18日の日経新聞に、タイム誌特派員マスターズによる、小沢インタビューの感想が載っていた。私がこのエッセイで書いた小沢像が、マスターズによって裏づけられたことになる。

純日本人である小沢が、ディベートの訓練を受け、世界中の政治家を間近に見てきた、アメリカ人ジャーナリストを魅了する。私の エッセイNo.8「世界は日本化する」にも関係しそう内容なので、以下に引用する。

「小沢さんの本の中身と、インタビューで言っていることが変わっていないことに驚いた。日米同盟は大事だが、日本の自立も大事だと。丁寧で正直なイメージがあった。 いすにふんぞり返る様子もなく、ひざの真ん中に両手を入れて、とても丁寧に答えを選んでくれた。熟練した政治家だが、スポットライトが好きではないと言っていたのが印象的だった 」。
<和戸川 純>

  「小沢一郎 600人訪中団」のどこが悪い?     日経BPによる

   破天荒なアピール」なければ日本は埋没するばかり
   http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20091216/211670/
   2009年12月18日(金)

 12月10日、民主党の小沢一郎幹事長が同党の議員約140人を含む、総勢約600人を率いて中国を訪問した。

 テレビで見る限り、中国の胡錦濤国家主席は民主党議員全員と握手し、一人ひとりの写真撮影に応じるなど、異例の厚遇ぶりで小沢さんの訪中団を歓迎した。小沢さんも「議員140人以上で1つの国を訪問することはいまだなかった」と、中国重視の姿勢をアピールした。

「朝貢外交」批判は感情論に過ぎない

 これに対し、日本国内では、「朝貢外交」や「高校生の修学旅行」のようなものなど、批判の声が続出した。日本は言論の自由が守られた国であるから、与党や政府に対する批判が出てくるのは当たり前のことで、今回の訪中の成果と課題についても多いに議論すべきであろう。

 しかし、単に訪中団の人数が多いからといって、「朝貢外交」のような批判をまくし立てるのは、感情論に過ぎない。

 小沢訪中団の政治的意図を議論することが本稿の目的ではないが、私は600人を動員するこの破天荒なアピール力に拍手を送りたい。謙虚さを美徳とする日本に一番欠けているのはまさにこの迫力満点のアピール力ではないか。

 アピール力の欠如で日本はどれだけ不利益を被っているのか、どれだけ海外から誤解されているのか、コップの中の議論に明け暮れている有識者たちは果たして真剣に考えたことがあるのだろうか?

 最近経験した1つの小さな出来事から、改めてこのアピール力の欠如を痛感した。

心ばかりのものを用意させていただくので…

 12月9日午前10時、日本航空(JAL)641便で成田から台北へ向かった。私の座席番号は「02C」だった。今年1月に台北出張した際は、空席が目立っていたが、今回のビジネスクラスはほぼ満員だった。

 ビジネスクラスの搭乗率は景気変動にもっとも敏感だといわれるが、わずか1年足らずで、景気がここまで回復してきたのかと実感が沸いてきた。

 飛行機が上昇飛行から水平飛行に移ってから、ドリンクサービスが始まった。乗客たちもイヤホンをつけて音楽を聞いたり、映画を見たりするなど、リラックスモードに切り替えた。

 ところが、しばらく経ってから、イヤホンから音が消えた。乗務員を呼びつけるベルがあちらこちらで鳴り始めた。やがて、「エンタテインメントシステムが故障し、今、復旧作業に取り掛かっている」とのアナウンスが流れた。そこで、私は音楽を聞くのを諦め、雑誌を読み始めた。

 それからどれくらい経ったかあまり気にしなかったが、今度は「復旧不可能で皆様にご迷惑をおかけしました」に続いて、「心ばかりのものを用意させていただくので、到着してから、地上係員に声をおかけください」というアナウンスが耳に入った。

 出張などでよく飛行機を利用しているが、このようなお詫びを聞いたのは始めてで、さすがに日本の航空会社だと感心した。

日本のサービスをアピールする絶好のチャンスなのに

 しかし、乗務員が台湾なまりの中国語でこのお詫びを繰り返した時、前半の部分を言っただけで、「心ばかりのもの」には触れなかった。聞き漏らしたと思ったら、着陸してから、同様のお詫びは日本語、英語、中国で再度放送されたが、やはりなかった。

 「心ばかりのもの」とは何か――。好奇心が沸いてきた。

 飛行機を降りてから、ターミナルに入る通路脇に2人のスタッフが立っており、葉書のようなものを配っていた。もらってから、そのまま、かばんにしまい込んで入国手続きをした。

 空港からホテルまでの車の中で取り出してみると、「客室設備の不具合についてのお詫び」というタイトルから始まり、「誠に些少と存じますが、お詫びといたしまして『JAL利用クーポン』のお届け、または『JMB(JALマイレージバンク)マイル』の積算をさせていただきたく存じます」と続く文面が目に入った。

 日本語と英語で印刷されている往復はがきだった。

 世の中で流行っているJALバッシングに加担するつもりは毛頭ない。私からみれば、エンタテインメント設備が故障した後の客室乗務員の対応はよかった。機内アナウンスが終わってからも、乗務員たちは機内を回りながら乗客たちにしきりに頭を下げていた。

 しかし、めったに起きないはずのアクシデントを逆手に、日本のサービスの素晴らしさをアピールする絶好のチャンスを逃していた。

 バスに乗る感覚で飛行機に乗る欧米ではサービスらしいサービスを受けた覚えがない。中国に駐在した間、飛行機の遅延などをめぐって乗客と係員との喧嘩をよく目の当たりにした。だから、以下の2点について本当にもったいないと思っている。

肝心な外国客へのアピールにはなっていない

 まず、「心ばかりのもの」という日本語が外国人乗務員にとって難しかったのかもしれない。中国語の放送を担当した乗務員はたまたま新人だったのかもしれない。

 しかし、中国語には「略表心意」という表現もあるので、日頃、いろいろな場面を想定してきちんとマニュアルを作成すれば、対応は可能だったはずだ。

 また、往復葉書に書かれた日本語や英語を読めない、あるいはJALのメンバーズカードを持っていない乗客もいると考えられるので、どれだけの乗客がこの葉書を利用するのかは疑問である。料金受取人払郵便となっているので、そもそも、このサービスは日本国内での利用を想定していると思われる。

 日本人はきめ細かいサービスに慣れているため、このような対応は当たり前だと受け止めるかもしれないが、肝心な外国客へのアピールにはなっていない。お詫びの印として、往復葉書ではなく、お茶1本、あるいは扇子など日本の工芸品でも配っておけばよかった。たぶん、設備の故障よりこの応対のほうが印象に残ったことだろう。

対中ODAに感謝の意を示されず

 新興国市場の開拓に本腰を入れ始めた日本企業にとっては、日本の製品やサービスの良さをいかに相手に伝えるのか、日本でしか通用しないルールなどを大幅に見直す必要があるかもしれない。

 世界の携帯端末にはほとんどの場合、そのどこかに日本製の部品が搭載されているが、肝心の日本の顔が見えない。黒子、あるいは縁の下の力持ちで満足するのもそれでよいが、もったいない。

 外交についても、日本が果たして積極的にアピールしているかどうか疑問である。

 数年前、日中関係が悪化した際、日本の一部のマスコミは、中国が日本の対中ODA(政府開発援助)について1度も感謝の意を表していないのではないかと非難した。

 中国の対応の良し悪しはともかく、中国の近代化建設に対し、日本のODAがどのような役割を果たしているのか、これまで、日本のマスコミが大々的に宣伝したことがあるのかも疑問である。

 日本に長く滞在している私でさえ、亡き杉本信行氏の「大地の咆哮」を読むまでは、北京国際空港の建設に円借款が使われたことを知らなかった。

 自分の勉強不足を深く反省しているが、広島市に本社を構える日本の建機メーカーが、四川省の大地震後、震災地に立派な小学校を寄付したことを果たしてどれだけの日本人が知っているのか? 関係者からいただいた記念写真集をめくりながら、新校舎に素直な喜びを見せる子供たちの笑顔に心を打たれた。

 香港を除いて、日本が最大の対中直接投資国となっているにもかかわらず、中国での存在感が薄いと誤解されているのは、欧米企業に比べてアピール力が劣っていることが一因ではないかと考えられる。

「沈黙は金」ではなく「沈黙は禁」

 新政権発足後、民主党がマニフェストに盛り込まれている「東アジア共同体構想」の推進に向けて、鳩山総理は外交の場で積極的にアピールしている。しかし、この構想を今後の日本の成長戦略にどう生かすべきなのか、具体像が見えてこない。

 国家戦略室を担当している菅直人副総理は、日本国内の有識者のアドバイスを聞くのもよいが、関係者を率いてアジア諸国を回り、アジア諸国が日本に何を期待しているのか、日本がどのような戦略でアジアと向き合えばよいのか、関係者と率直な意見交換を行ったほうが効果的であろう。

 恐らく、技術移転、農産物市場の開放、労働力の受け入れなど、相手からは様々な難題、あるいは理不尽な要求を突きつけられるかもしれないが、口を開ければ財源という袋小路の議論に比べて、視野が広がり、意外な収穫と刺激を得ることができるのではないか。

 だから、その意味で、私は小沢さんの600人訪中団を評価したい。

 もちろん、小沢さんの真似をする必要はないし、真似することもできない。しかし、グローバル競争、とりわけ、中国を含む新興国市場の争奪戦が激化する中、日本が持っている高い技術力とサービス力、近代化の先輩としての経験と教訓、そしてアジアと共栄共存の関係を構築するその熱意を積極的にアピールすべきだ。

 「沈黙は金」ではなく、「沈黙は禁」だ。積極的にアピールしなければ、日本は本当に埋没してしまう。そうなれば、日本だけでなく、アジアにとっても大きな損失だ。