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中央銀行の仲間割れ 08/28
ロシアの中東覇権を好むイスラエル 08/25
2018年秋の世界情勢を展望する 08/22 以上【05】
ドル覇権を壊すトランプの経済制裁と貿易戦争 08/18
中国包囲網はもう不可能 08/15
米国から露中への中東覇権の移転が加速 08/12
軍産複合体を歴史から解析する 08/08 以上【06】
米国の破綻は不可避 08/05
最期までQEを続ける日本 08/01
トランプはイランとも首脳会談するかも 07/29
軍産の世界支配を壊すトランプ 07/24 以上【07】
金相場の引き下げ役を代行する中国 07/18
中東の転換点になる米露首脳会談 07/15
意外にしぶとい米朝和解 07/11
ポスト真実の覇権暗闘 07/08 以上【08】
【06】
ドル覇権を壊すトランプの経済制裁と貿易戦争 (08/18記事)
トランプの米国から経済制裁を受け、エルドアンのトルコが経済破綻しそうになっている。米国とトルコの外交関係は、米国人のブランソン牧師の釈放要求をトルコ政府が拒否していることや、イラン制裁への参加をトルコが拒否したこと、トルコがNATO加盟国のくせにロシアから新型迎撃ミサイルを買ったことなどを理由(口実)に、7月下旬から劇的に悪化した。03年のイラク侵攻以来、トルコ国民の間では反米感情が強い。米国がトルコ側を怒らせると、エルドアン大統領のトルコ政府は、米国に譲歩して対立を緩和するのが難しくなり、むしろ国民の反米感情を煽ってエルドアンの人気を高めることで乗り切らざるを得なくなる。それがわかっていたので米国(軍産)は従来、トルコとの対立をこじらせないようにしてきた。米国の安保戦略にとってトルコは重要なNATO加盟国だ。 (Turkey Ready for War, Says Erdogan, US Involved in Financial Warfare against Turkey) (Donald Trump has thrown the Turkish lira under the bus)
だがトランプの米国は今回、ブランソン牧師の釈放問題でトルコとの交渉を破談にした。そしてそれを理由に、米国はトルコの閣僚2人の資産を凍結する制裁を決定し、トルコも米国の閣僚2人の資産を凍結して報復した。8月9日には、トルコから米国に輸入される鉄鋼とアルミニウムに対する関税を懲罰的に倍増させることを決めた(鉄鋼50%、アルミ20%に)。この間、米金融界がトランプに同調してトルコからの資金流出を扇動し、トルコリラの対ドル為替を暴落させた。14年のピーク時には1ドル=2・5リラだったのが今や7リラ前後だ。ドル建てで資金を借りているトルコの債務者たちは返済不能になっている。インフレや金利も高騰し、人々の生活苦が一気にひどくなった。 (The Turkish Emerging Market Timebomb) (16 Billion Reasons Why Turkey's Currency Crisis Will Become A Debt Crisis)
「トルコの経済危機は、新興市場の典型的なバブル崩壊であり、悪いのはエルドアンを筆頭に、安直なドル建て資金調達で儲けてきたトルコ人自身だ。米国のせいではない」という「解説」が、軍産系のプロパガンダとしてマスコミに出回っている。エルドアン配下のトルコ金融界や建設業界が、低利のドル建てで巨額資金を調達し、イスタンブールなどで建設ブームを引き起こして、政治資金の中抜きと、トルコ経済の成長を引き出してきたのは事実だ。だが、米国などからのドル建て資金のおかげでエルドアン政権がトルコ経済の成長を維持し、親米姿勢を続けることが、軍産の世界支配にとって大事なことだったのも事実だ。 (How much to worry about Turkey’s turmoil) (Turkey’s currency and debt crisis has been years in the making)
米金融界は最近、トルコだけでなく中国やロシア、インド、東南アジア諸国など、世界中の新興市場から資金を引き上げる流れを作り出している。トルコリラだけでなく、人民元やルーブル、ルピーなどの対ドル為替も大幅に下がっている。これは、新興市場の資金を米国に引き戻すことで、米国の株価や債券相場の下落を防ぐための延命策であるが、その流れの中でトルコリラも暴落し、エルドアンと米国の互恵関係を破壊した。トランプは、それに便乗してトルコに高関税などの経済制裁を発動し、米国とトルコの関係を不可逆的に破壊した。 (ドル延命のため世界経済を潰す米国) (Can Turkey Rewrite the Crisis-Management Rules?)
トルコからの資金流出や為替の下落、金利の上昇が続くと、それらを緩和するためのトルコ政府の資金が底をつき、財政破綻やデフォルト(債務不履行)の危機に直面する。それを防ぐ方法は従来、IMFから資金を借り、米欧金融筋がトルコを金融的に破壊しようとするのをIMFに止めてもらうことだった。IMFは支援の見返りに、トルコに対し、緊縮財政政策の発動を求める。トルコ政府がIMFの命令に従って緊縮財政をやり出すことは、エルドアンが米欧の借金取り戦略の餌食になって敗北したことを意味し、トルコ国内でのエルドアンの人気が急落し、政権交代に追いやられる。 (Turkey’s closer ties to China ‘will be economic’ as Nato and EU retain share of loyalty)
IMFは以前(リーマン危機前)、この方法で、インドネシアのスハルトや、中南米諸国のいくつもの政権を潰してきた。米金融筋とIMFが組んで新興市場諸国の政権を潰すのが、IMFがリーマン危機まで続けてきた「ワシントン・コンセンサス」の覇権策だった(リーマン後、IMFは中国が率いる新興の多極型諸大国にすり寄っている)。ドイツのメルケル首相は最近、エルドアンに金融的な助けを求められた際に「IMFに頼むのが良い」とアドバイスしたそうだが、これは、エルドアンに「死んじまえ」と言ったのと同じだ。IMFに頼むことは、エルドアンにとって政治的な破滅を意味する。 (Turkey Rules Out Capital Controls As Germany Says IMF Bailout "Would Be Helpful") (アメリカによる世界経済支配の終焉)
以前なら、破滅になるとわかっていても、IMFや米欧しか頼るところがなかった。だが、今はもう違う。エルドアンは、中国(を筆頭とする多極型の新興諸大国)に支援を求めることができる。中国やロシアにとって現在、トルコは、地政学的に非常に重要な国だ。そのため、多極型諸大国の中で「金づる」の役を果たしている中国は、かなりの額の負担をしても、トルコを経済破綻から救うための資金を出すと考えられる。すでに、中国の大手銀行はトルコに対して人民元建ての融資を拡大している。 (China will buy Turkey on the cheap)
今の世界は、米国覇権がしだいに退潮し、中露BRICSなど諸大国による多極型の覇権構造に転換していく多極化の流れの中にある。そのなかで今回、エルドアンのトルコは、米国との同盟関係を切り、多極型の覇権構造の中で自国を発展させていく新戦略へと転換することを宣言している。トルコは、BRICSと上海協力機構への加盟を申請しているほか、ASEANやアフリカ連合などとの協力関係の強化を模索している。トランプはトルコを、多極化の方向に押しやっている。米国では、トランプ以前から、共和党の好戦派でイラク戦争を引き起こした政策立案集団の「ネオコン」(隠れ多極主義者)が、エルドアンをことさら敵視し、トルコを米覇権下から多極型勢力の一員へと押し出そうとしてきた(ネオコンは同様の動きとして、中東最大の親米国であるサウジアラビアもことさら敵視してきた)。 (US Sanctions Foster Emergence of Multipolar World) (US Senate Bans Sale of F-35s to Turkey: Dealing with an Unreliable Partner)
トルコは、欧州とアジアをつなぐシルクロード上にあり、中国が進めている「一帯一路」(新シルクロード戦略)の中にある。中国の一帯一路は、ロシア主導の「ユーラシア経済同盟」とつながっていて、これらは中露の同盟的なユーラシアの地域覇権戦略となっている。トルコが米国と疎遠になり、中国やロシアとの関係を強化することは、トルコが欧米経済圏の一部として発展していく戦略をやめて、中露の同盟に入って経済発展していく新戦略に移ったことを意味している。これは、中露にとって大歓迎だ。 (After Russia, Turkey now expands military cooperation with China)
トルコは、このまま進むと、いずれNATOから脱退する。その前に、NATOに残留しつつNATOを内側から破壊しようとするかもしれない。NATOは、米国がロシアの脅威を口実に欧州などを傘下に入れて単独覇権を維持するために必要な組織だ。トランプがドイツやカナダと喧嘩してNATOの結束を意図的に壊している中で、トルコが抜けると、NATOはその後の結束を立て直すことができず、解体していく可能性がある。これまた、中露にとって大歓迎だ。トルコは、トランプから中露への巨大な贈り物と化している。 (The US-Turkey Crisis: The NATO Alliance Forged in 1949 Is Today Largely Irrelevant) (トランプ政権の本質)
トルコは、シリアとロシアの間に位置している。シリア内戦では後半になってトルコが、負け組になりそうな米国を見限って、勝ち組のロシアに急接近した。しかし、もともとISアルカイダを支援し、アサドとクルドを敵視してきたトルコは、ISカイダを敵視して親アサドなロシアと齟齬が残っていた。今回、トルコがトランプに意地悪されて経済破綻に瀕し、ロシアの盟友である中国に頼らざるを得なくなったことで、トルコは以前よりも中露の言うことを聞かざるを得なくなり、シリアの国家再建の後見役であるロシアにとって有利な展開になっている。ロシアは最近、アサドの政府軍がイドリブを攻略・陥落するのを止め切れないと言ってトルコに圧力をかけ、投降したISカイダの集積地であるイドリブを監督してきたトルコに、イドリブでテロ組織の取り締まりを強化させようとしている。 (Turkey hopes to find solution on Syria's Idlib with Russia) (欧米からロシアに寝返るトルコ)
今後、米国がイラン制裁を強めるだろうが、その際にも、トルコが米側から中露側に転じたことが大きな意味を持つ。イランとトルコは隣国だ。米国に制裁されているイランは、同じく米国に制裁(報復課税)されている中国とロシアから支援されている。今回、米国から制裁され始めたトルコがそこに入ることにより、米国の制裁を無視してイランを助ける勢力が拡大し、EUやインドなども含め、イラン制裁に従わない国々が、ドル以外の通貨による貿易決済を拡大するなど、世界経済の「非米化」を推進する。トルコの転向により、釜山からアテネまで、非米的な中国経済圏のネットワークが立ち上がりつつある。 (ロシア・トルコ・イラン同盟の形成) (中国の一帯一路と中東)
中国からの分離独立をめざすウイグル人は、トルコ系民族(トルキスタン人)で、トルコは以前、ウイグルの独立運動を支援していた。カザフスタンやトルクメニスタン、アゼルバイジャンも、多数派がトルコ系民族だ。中国にとっては、トルコが自国の傘下に入ることで、新疆ウイグルへの弾圧がしやすくなり、中央アジアへの影響力を増加できる。 (近現代の終わりとトルコの転換) (中東を反米親露に引っ張るトルコ)
おりしも、これらのトルコ系諸国とロシアとイランに囲まれた、カスピ海の領土・領海紛争を解決する70年ぶりの新たな「法的地位協定」が先日、カスピ海沿岸の5か国で締結されている。海底油田の帰属など、曖昧なままの点も多いこの協定の最大の意味は、米国(NATO)がカスピ海の周辺地域に介入できないようにしたことである。カスピ海はかつてペルシャ帝国のもので、19世紀にロシア帝国が南下してきて影響圏が衝突していた。この10年ほど、米国に制裁されるイランをロシアが助ける傾向になり、ロシアとペルシャの和解の産物として、今回のカスピ海協定になった。「ユーラシアを制する者が世界を制す」という「地政学」の要諦を思い出すと、これらの新たな動きが、全人類にとって大きな意味を持つことがわかる。(地政学は英国が考案した詐欺だが) (Escobar: All hands on deck: the Caspian sails towards Eurasia integration) (Deciphering The New Caspian Agreement)
▼新興市場が貿易・投資の非ドル化を進めると、新興市場の危機がドルの危機に変わる
中露にとってトルコを引き入れることの重要さを説明しようとして、地政学的なことを延々と書いてしまったが、トルコの転向で最も重要なのは「ドル」をめぐる話だ。最近、トルコだけでなく、新興市場の多くの通貨が、ドルに対して大幅に為替を下げている。すでに書いたように、これは米金融界が、QEの限界露呈で自分たちの延命策が手詰まりになってきたので、ドルや米国の株や債券を延命させるため、新興市場から米国への資金還流を誘発した結果だ。トルコの動きは、トランプの地政学的な多極化策が便乗してきたため、特に目立っている。 (軍産の世界支配を壊すトランプ)
トランプの米国は、ブランソン牧師を釈放しないトルコをもっと制裁すると言っている。トルコは、米国と交渉しようとしたが、米国は「無条件の釈放」を強硬に主張し、意図的に交渉を破綻させている。米国のトルコ制裁は今後さらに厳しくなる。ブランソンはキリスト教原理主義の牧師だ。米国民の4分の1が、原理主義の教会に通うキリスト教徒だ。彼らは従来、奔放な性癖のトランプを嫌う傾向だったが、ブランソン牧師の問題でトランプが強硬姿勢を取り始めたため、11月の中間選挙を前に、キリスト教原理主義の有権者のトランプ支持が一気に増えている。トランプのトルコとの喧嘩は、トルコを中露の側に押しやり、NATOを崩壊に導き、ドルを潜在的に弱体化する多極化策であるだけでなく、トランプの再選策にもなっている。トランプは狡猾だ。 (Turkey ready to release pastor but US offering nothing) (Donald Trump uses dispute with Turkey to rally evangelicals)
トランプは、イランへの経済制裁も今後さらに強める。米政府は、米国の制裁を無視してイランから原油を買い続けている中国などを制裁すると言い出している。米国は、貿易戦争とイラン絡みの制裁の2本立てで、経済面での中国敵視を拡大する。トランプはまた、英国での濡れ衣的なスクリパリ事件を口実に、ロシアへの経済制裁も拡大した。トランプは、トルコ、イラン、中国、ロシアへの制裁をどんどん強めている。これに連動して、新興市場全体から米国への資金逃避が今後も続く。新興市場の諸通貨が下がり、ドルが高止まりする状態が続く。 (China: Turkey can overcome 'temporary' economic crisis) (英国の超お粗末な神経ガス攻撃ロシア犯人説)
米国の金融システムは、リーマン危機前と似たバブルの膨張状態になっている。自社株買いが株のバブルを扇動している。債務の担保の掛け目が下がり続け、債券の質が悪化していると、天下のWSJが指摘している。金融システムの最大の延命策だった中央銀行群のQEは終わりかけている。今秋、リーマン危機をしのぐ金融崩壊が起きても不思議でない。だが、米国の金融崩壊を防ぐための動きとして、トルコなど新興市場の経済危機を米国が引き起こし、新興市場から米国への資金逃避が起きている。 (Leveraged Loans Not as Safe as They Once Were)
資金逃避が続いている間は、米国(やそれに連動している先進諸国)の株や債券は上昇傾向で、10年もの米国債の金利も3%を越えにくい。たぶん今秋は大きな金融危機にならない。人民元など、新興市場の諸通貨は、まだ下がる。今年から人民元にペッグしている金地金のドル建て相場も、まだ下落の方向が続く。米国の株や債券の上昇傾向は、米国の中間選挙でトランプの共和党を有利にする。 (Why China’s Yuan Fall Hasn’t Stopped Stocks—Yet) (金相場の引き下げ役を代行する中国)
経済界に支持されている共和党内には、トランプと中国の貿易戦争を歓迎しない勢力が強い。トランプは11月上旬の中間選挙までは、党内に配慮し、中国と貿易交渉を続けるふりをする。だが中間選挙で共和党が優勢を維持すると、その後、トランプは中国との貿易戦争を再び激化する。トランプはおそらく、新興市場諸国の側が有効な反撃をとれるようになるまで、新興市場に対する貿易戦争や経済制裁を続ける。その間、新興市場から米国への資金逃避が続き、米国の金融が延命する。この傾向が長く続くほど、トランプ再選の可能性が高まる。 (U.S. Policy Stirs Foreign Markets)
米国と新興市場との経済戦争は、序盤である今のところ、新興市場の側は資金不足(ドル不足)にあえぎ、苦戦している。だが、この戦争が長く続くほど、新興市場の諸国は、ドルでなく自分たちの通貨を使って貿易・投資する体制を整えていく。今後の経済戦争ではドルの独歩高が続くので、新興市場諸国は、ドル高を回避するためにも、自国通貨や人民元を使う方が便利になる。トランプは、新興市場だけでなく、日本やドイツ、カナダなど先進諸国に対しても懲罰関税をかけている。この傾向は今後しだいにひどくなる。トランプは、同盟諸国に対しても容赦しない。今はまだ米国に敵視されていない同盟諸国も、ドルでなく自国通貨や人民元、ユーロなどで貿易・投資決済することが安全策になっていく。 (Turkey sees long-term partner in China) (米国の破綻は不可避)
戦後のドル建ての貿易体制には、黒字国が貯めたドルで米国債を買って備蓄するシステムが併設され、これが米国債の安定を保障していた。だが今後、世界がドルを敬遠するほど、同時に米国債も敬遠される。すでにロシアや中国、日本などが、米国債の持ち高を減らす傾向にある。今は、新興市場から米国に逃避する資金が米国債市場にも流れこみ、国債金利が低く抑えられている。しかし、いずれこの逃避が一段落すると、米国債金利の大幅な上昇が不可避になる。それは、ドルが基軸通貨としての機能を喪失する時でもある。国際決済通貨としてIMFのSDRが再検討されるだろう。 (Forget About Turkey: Asia Is The Elephant In The Room) (人民元、金地金と多極化)
今後の最大の転換点はおそらく、欧州が、ドルでなくユーロでの貿易や投資を主力にしていく非ドル化に踏み切る時だろう。欧州は自分の基軸通貨としてユーロを作ったのに、米国の覇権下にとどまってぐずぐずしている(それはたぶん敗戦後のドイツが日本同様、米国の傀儡にされ、そこから離脱できないからだ)。トランプは、自分の2期8年のうちに、何とかして欧州にドルを捨ててユーロで自立させようと、ドイツなど欧州勢にさかんに喧嘩を売っている。トランプから別々に敵視されている新興市場諸国と欧州が、米国やドルに頼らない世界体制の構築で結束せざるを得なくなる時、ドルが基軸性を喪失し、米単独から多極型への覇権転換が起きる。 (US economic sanctions against Iran, Russia losing effect amid dollar decline: Analyst)
ロシアのラブロフ外相は、トルコ危機を皮切りとした新興市場からの資金逃避が激しくなった8月14日、ドルの国際基軸通貨としての地位が失われつつあると宣言した。ロシア政府は、すでに手持ちの米国債をほとんど売り払って金地金などに替えており、貿易決済でのドル使用もやめる検討をしている。ラブロフの宣言の意味は、トランプが世界に対する貿易戦争や経済制裁を今後ずっと続けていき、世界がドル使用をやめていく流れが始まっている、ということだ。 (Russian foreign minister says dollar's days numbered as global currency)
ロシアはリーマン危機後にも、ドル使用をやめる検討をした。だがその後、米欧日の中央銀行によるQE策でドル体制が延命したため、ドルはその後も基軸通貨であり続けている。しかし今回、QEの終わりとともに、再びドルの終わりが近づいている。 (ドル崩壊とBRIC) (ドルは崩壊過程に入った)
新興市場との経済戦争は、うまく選択的にやるなら、新興市場の諸国をバラバラの状態にして反米非米で結束させず、米国の覇権を守るドルの延命策としてのみ機能し得た。米金融界は、新興市場との経済戦争をうまく展開するつもりだったのだろう。だがトランプは、経済戦争を意図的に過激にやり、新興市場諸国を反米非米で結束させてしまった。トルコなど、トランプに攻撃された諸国の国民は反米ナショナリズムを一気に強め、エルドアンはその流れに乗って通貨が暴落しても政権を維持できている。トランプは同盟諸国にまで喧嘩を売り、多くの国々が米国覇権の存続を望まなくなる事態を引き起こしている。ブレジンスキーがあの世からトランプにウインクしている。 (世界的な政治覚醒を扇るアメリカ) (Russell Napier: "Turkey Will Be The Largest EM Default Of All Time")
新興市場との経済戦争による米金融の延命を発案したのは米金融界かもしれないが、トランプはそれを過激にやって失敗させ、多極化策へと変質させている。軍産が世界支配の復活を狙って始めたテロ戦争を、稚拙なイラク侵攻などで意図的に失敗させて多極化へと転換させたネオコンの戦略を、トランプは経済金融に適用している。 (トランプの相場テコ入れ策)
中国包囲網はもう不可能 (08/15 記事)
7月30日、米国のポンペオ国務長官が、インド太平洋地域のインフラ整備やハイテク産業振興などの事業に対して、米国が総額1・1億ドルを投資する計画を発表した。この延長で翌日、米国と日本、豪州の政府が、インド太平洋地域のインフラ整備などの事業に投資していくことで合意した。米国が出す資金が「呼び水」となり、日本、豪州、インド、東南アジアなど同盟諸国の政府や民間からの資金がインド太平洋地域の事業に投資されることを、米政府は期待している。 (An emerging Indo-Pacific infrastructure strategy) (Pompeo's Indo-Pacific strategy is just a start)
「インド太平洋」というキーワード(地域名)は、以前の「アジア太平洋」に代わるものであり、トランプ政権が昨年10月の訪日(アジア歴訪)以来、「中国包囲網」の別名として使っている。この地域では2013年以来、中国が「一帯一路」の覇権戦略として、インフラ整備や産業振興のための投資を手がけている。ポンペオの宣言は、米国が日本などの同盟諸国を率いて、アジア太平洋地域で中国の一帯一路に対抗するインフラ整備事業をやることにより、中国包囲網を強化する戦略であると報じられている。 (Japan-US Relations: Indo-Pacific Strategy and the Quad)
中国の一帯一路は70カ国に対し、合計1・3兆ドルを投資する構想だ。米国が出す1・1億ドルは、その千分の1にすぎない。同盟諸国、なかでも資金力が大きい日本の官民が、ポンペオが発表した資金を呼び水として、米国の中国包囲網戦略に乗って、巨額資金を出すことを求められている。「インド太平洋」の戦略概念はもともと日本の安倍首相が、前回首相だった07年に発案・提唱した。米政府が「インド太平洋」を口にするとき、それは言外に「日本は、米国に依存してばかりいないで、自ら率先して中国包囲網を強化せよ」という日本への圧力が含まれている。 (中国のアジア覇権と日豪の未来)
現実を見ると、日本や豪州の政府と民間が、中国の一帯一路に対抗するかたちでインド太平洋地域のインフラ整備に巨額の投資を行う見通しはない。インド太平洋地域のインフラ整備は、巨額で、しかも政治経済のリスクがかなり高い。日銀のQEによるゼロ金利が長引き、薄利の経営体制が続く日本の金融機関が投資したい分野ではない。国際政治的に見て、インド太平洋地域は今後、中国の影響力が拡大し、米国の影響力が低下する傾向だ。日本や豪州などの企業が、中国に対抗し、米国の戦略に乗って巨額投資をするのは「負け組」に賭けてしまうことであり、非常にリスクが高い。 (Whose Indo-Pacific?)
ポンペオが今回提唱した、インフラ投資を使った米国主導の中国包囲網戦略は、同盟諸国の政府と民間に対し「投資して中国に対抗しよう」とけしかけるばかりで、事業が失敗した場合の損失補填などの安全策があいまいだ。対照的に、中国は、一帯一路のインフラ投資事業をトップダウンの国策として展開し、中国政府の一部である国有企業が事業を手がけている。事業として損失が出ても、中国の国際政治力(覇権)を拡大するならかまわない。損失を出せない米日豪の側と事情が全く異なる。日豪などの企業が、インド太平洋地域のインフラ整備を手がけるなら、中国敵視・安全策なしの米国と一緒にやるより、中国にすり寄って国有企業と一緒にやった方が事業的に危なくない。 (Mike Pompeo pledges US 'partnership not domination' in 'Indo-Pacific' region)
インフラ整備は建設会社が受注するが、中国の大手建設会社(国有企業群)は、13年からの中国政府の一帯一路計画で、インド太平洋地域やユーラシア内陸部の建設事業を多数受注し、企業規模が急拡大している。ENR(Engineering News-Record)によると、昨年、自国外での受注額が大かった世界の建設会社トップ5のすべてが、中国の国有建設会社だ(似たような別のランキングでは、米国のベクテルなどの方が上位だが)。 (ENR 2017 Top 250 Global Contractors 1-100) (ENR’s 2017 Top 250 International Contractors 1-100)
中国の大手建設会社は、一帯一路・インド太平洋地域でのインフラ整備工事に必要なノウハウや設備を、かなり蓄積している。政治的な敵味方を無視し、純粋事業的に考えると、日豪米企業がこの地域でインフラ整備工事を受注するなら、中国企業を敵視・無視して進めるのでなく、中国企業も誘って一緒にやった方が良い。ポンペオ提案のインフラ投資による中国包囲網戦略は、ビジネスモデルとして非現実的だ。日豪米企業は、米政府との政治関係を重視しておつきあい程度に乗ることはあっても、それ以上の本格的な事業参入をしないだろう。 (China ‘Invites’ US into Indo-Pacific Infrastructure)
▼ポンペオの中国包囲網につきあいつつ中国に擦り寄る日本
日豪は民間だけでなく政府も、ポンペオの中国包囲網戦略に、おつきあい程度(米日豪で投資増加を合意したこと)以上に乗ってきていない。日本政府は表向きポンペオ提案に全面賛成したが、その裏で中国にすり寄っている。ポンペオ提案の3日後の8月2日、河野外相がシンガポールでのASEAN拡大外相会談のかたわらで中国の王毅外相と会談し、アジア地域(=一帯一路、インド太平洋)のインフラ整備事業などで日中の官民の協力体制を強化することで合意した。また、安倍首相が10月に中国を訪問し、習近平主席が来年6月までに日本を訪問する方向で、日中友好を進めることにした。 (China and Japan move closer to cooperating on Belt and Road) (Kono and Wang agree on mutual visits by leaders)
日本政府は、米国提案の中国包囲網策を支持するようなそぶりをしつつ、実のところ中国を包囲するどころか正反対に、中国に対し、仲良くしたいと尻尾を振って擦り寄っている。日本政府は、ポンペオ提案に沿ってインド太平洋地域のインフラ整備に投資することを7月31日に表明した時も、菅官房長官が「これは中国包囲網でない。それだけは強調しておきたい」と表明している。日本政府は、中国包囲網策をやる気が全くない。 (Japan, U.S. and Australia plan infrastructure push to counter China in Indo-Pacific)
安倍政権は昨年春以来、中国を敵視するのをやめている。安倍首相は昨年6月、日本主導のTPP11(CPTPP)と、中国主導の一帯一路を、隣接する敵対的な経済圏にするのでなく、隣接して相互乗り入れする経済圏にしたいと宣言した。それより少し前、安倍政権は、日本のマスコミに中国敵視の報道をやめるように指導している。それ以来、日本政府は中国と仲良くしたい姿勢を続けている。 (中国と和解して日豪亜を進める安倍の日本)
今の安倍政権の構想は、9月に安倍と金正恩がウラジオストクでプーチン主催の東方経済フォーラムのかたわらで日朝首脳会談を行い、10月に安倍が北京を訪問し、日中首脳会談もしくは日中韓の3か国首脳会談を実現し、来年6月の大阪でのG20サミットに際して習近平に訪日してもらい、日中関係、日本と東アジア諸国(南北中露)の関係を改善しようとする流れだ。 (Abe hopes reciprocal visits improve Japan-China ties) (Japan desires to talk with North Korea: Kono to Pompeo)
中国包囲網は、安倍政権の脳裏からとっくに消えている。日本人の処世術は「長いものにまかれろ」だ。米国が強いなら対米従属、中国が強くなれば中国に尻尾を振る。20年前から中国と戦略関係を結べたのに、当時なら日本がはるかに優勢だったのに、当時の日本は中国敵視一色で、中国の台頭を予測する者どもを売国奴扱い。米国が弱くなり、中国の台頭が確定的になってから無条件降伏的に尻尾を降り、和解に動き出す。劣勢の日本は、中国にしてやられ放題。先見の明など皆無。失策だったとすら認識されていない。73年前の8月15日以来、何も学んでいない。近年は国を挙げてどんどん退化し、国民の思考能力も低下して、2流国に落ちつつある。今では客観的に見て、日本人より中国人や韓国人の方が優秀だ。すばらしき日本。(Abe hopes reciprocal visits improve Japan-China ties) (短かった日中対話の春 - 2005年) (日本の孤立戦略のゆくえ - 2005年)
とはいえ、長いものに巻かれるのが好きなのは日本人だけでない。豪州の経済は、穀物や鉄鉱石の対中輸出で支えられている。豪州は、中国と対立できない。豪州も日本同様、トランプ政権の中国包囲網策に、おつきあい程度にしか乗れない。インドも昨夏、ヒマラヤの山間部で中国との国境紛争をやった後、一定の和解をしてから、中国との敵対関係をしだいに解いている。6月のシャングリラ対話で、モディ首相は「インド太平洋の米印日豪の4極体制は中国包囲網でなく、中国と協力するものだ」と演説して中国を喜ばせ、軍産を苛立たせた。その後、モディは中国を訪問し、中印の和解が進んだ。インドは、中国と対立するより、中国の一帯一路に協力した方が得策と考えている。インドは「インド太平洋」の戦略に、名前を貸しているだけの感じだ。米国主導の中国包囲網は、年々機能しなくなっている。 (An RIC to nowhere?) (China welcomes PM Narendra Modi's remarks on bilateral ties at Shangri-La Dialogue)
中国自身、トランプ政権のインド太平洋戦略を、中国包囲網策だと見なさなくなっている。ポンペオが今回インド太平洋の投資戦略を発表した後、中国共産党の機関紙である人民日報(英語版、環球時報)は「米国主導のインド太平洋の戦略は、政治(地政学)的にみると中国包囲網だが、経済(経済地理学)的に見ると、米国側(米日豪)が中国の一帯一路戦略を補完・協力してくれることを意味する。だから、米国のインド太平洋戦略を、中国は歓迎する」という趣旨の論文を載せている。米国は「インド太平洋は自由で開放的だが、一帯一路は独裁的で閉鎖的」と言うが、中国は「一帯一路も自由で開放的なので、米中が目指しているのは同じものであり、相互に補完的だ」と言っている。 (Pompeo’s Indo-Pacific Plan Is Compatible with Belt and Road) (Indo-Pacific strategy more a geopolitical military alliance)
日豪印の政府や企業が、中国の一帯一路に敵対するのでなく協力したがっていることを、中国は見抜いている。環球時報は8月6日、日本についても、足元を見透かす論文を掲載している。「日本は対米従属を続けたいが、トランプは日本の対米輸出品に対する関税を引き上げようとしており、日本は貿易面で米国を信用できなくなっている。日本は、政治的に対米従属を続けながら、貿易面では米国との関係に見切りをつけ、中国との関係を強化せざるを得ない。日本が中国包囲網に乗っても、トランプがそれを評価して日本製品に高関税をかけないでくれるわけではない。日本は、中国包囲網策に乗ると、米国と中国の両方の市場を失う。日本は、中国包囲網策に乗らないだろう」という趣旨だ。 (Japan has to strike balance in ties with US over Indo-Pacific) (TPP11:トランプに押されて非米化する日本)
中国は以前「米国は投資面の中国包囲網をやると言っているが、カネを出したがらないトランプ政権の姿勢からすると、米国は言っているだけでやらないだろう」と分析していた。この分析に対抗する形で、今回ポンペオが発表した1・1億ドルのインド太平洋インフラ投資策が出てきた。しかし、中国の1・3兆ドルのインフラ投資計画に比べ、あまりにしょぼい。日豪は「何だ。米国はそれしか出さないのか。やっぱりトランプは覇権放棄屋だ」と、むしろ落胆させられた。その全体を見ながら、中国は「いやいや、トランプは素晴らしいです。これは、一帯一路に対する協力策ですよ。日豪も、中国と協力するしかないです」と、含み笑いしつつ論評している。中国包囲網はもはや、軍産マスコミのプロパガンダの中にしか残っていない。 (Behind Indo-Pacific Vision) (日豪亜同盟としてのTPP11:対米従属より対中競争の安倍政権)
トランプは、米国の覇権を放棄し、世界の覇権構造を多極化にいざなうことを、就任以来やっている。米国をTPPから離脱させ、残された日本や豪州が、TPPを中国包囲の組織から、対中協調の組織に変質せざるを得ないように仕向けた。その延長として、インド太平洋の戦略が、中国包囲網として機能しなくなっていることも、これまでのトランプの戦略の当然の結果だ。トランプのインド太平洋の戦略は、安倍が昔作ったキーワードを焼き直すかたちで昨年9月に突然出てきた時から、中国包囲網として失敗することを目的とした策だったかもしれない。今回のポンペオの提案も、日本が主導するTPP11が来年発効する見通しが立った直後に出てきている。 (安倍に中国包囲網を主導させ対米自立に導くトランプ) (A fragmented picture of the new world order) (TPP fuels Asia's zest for regional free trade pacts)
米国から露中への中東覇権の移転が加速 (08/12記事)
7月16日の米露首脳会談と、8月6日のイラン制裁強化という、トランプの米国が引き起こした2つの出来事を機に、中東におけるロシアと中国の安保・経済両面での影響力が拡大している。とくに今回、これまで中東での活動を目立たないようにやってきた中国が、影響力の拡大を顕在的にやり出したことが目を引く。中国とロシアは、中国が経済面、ロシアが安保軍事面を主に担当する形で、協力しあって中東を傘下に入れている。 (中東の転換点になる米露首脳会談)
ロシアは以前から、シリア内戦への介入、イランやトルコとの関係強化など、リスクをとって中東での覇権拡大を続け、米国はロシアの中東覇権拡大を容認してきた。だがこれまでは、従来の覇権国だった米国が、ロシアの拡大を突然容認しなくなるかもしれない懸念があった。中国は、その米国豹変の可能性を勘案し、これまで中東での覇権拡大をゆっくり目立たないようにやってきた。しかし今回、シリアの内戦終結と同期する形で開かれた7月の米露首脳会談で、内戦後のシリアと周辺地域の運営がロシアに任されることになり、シリア周辺での米国の影響力が大きく低下することが確定的になった。中国は以前に比べ、米国を恐れずに中東の覇権を拡大できるようになった。 (米露首脳会談の最重要議題はシリア) (Europe: World must hold end of bargain with Iran)
加えて、米国によるイラン制裁強化によってイラン核協定(JCPOA)からの米国の離脱が確定し、米国の離脱後もイラン核協定の枠内に残っている中国(や露EUなど)が、米国のイラン制裁に同調せずにイランと経済関係を維持できるようになった。トランプは、イラン制裁に参加しない国の対米輸出を規制すると言っており、欧州の企業は、対米輸出を重視してイランとの関係を切っている。だが中国は、米国から貿易戦争を仕掛けられており、米主導のイラン制裁に参加しようがしまいが、対米輸出が規制される。ならば米国のイラン制裁に参加せず、欧州など米同盟諸国の企業がイランから抜けた穴を埋める形で、イランでの経済利権を拡大する方が良いと、中国は考えている。こうした新事態が、中国が中東で以前より露骨な覇権拡大策をやり始めたことの背景にある。 (トランプがイラン核協定を離脱する意味) (Three Reasons Why 'Fire and Fury' Won’t Work With Iran)
トランプのイラン敵視策は、イランの経済利権が欧州から中国に移る流れを加速している。その一つが自動車産業だ。イラン最大の自動車メーカーである国営のホドロ社は従来、フランスのルノーと契約し、ルノーの乗用車「トンダル90」などを製造してきた。イランの自動車市場で、ルノーは8%のシェアを持っていた。だがルノーは最近、トランプの怒りに触れて米国市場から締め出されることを防ぐため、トランプのイラン制裁に協力し、イランから総撤退することにした。ホドロ社は、ルノー車を製造販売し続けられなくなり、代わりに中国の東方自動車の「H30クロス」を製造販売することにした。 (China set to fill vacuum left by French carmakers exiting Iran)
フランスのプジョーは、イランの自動車市場の34%のシェアを持っていたが、すでに6月にイランからの撤退を決めている。これらのフランス勢のシェアの多くは、中国車によって穴埋めされていく。中国の自動車各社は従来、合計でイランの自動車市場(完成車)の10%弱のシェアを持っていたが、それが今後、大きく伸びることが確実だ。(中国勢は、部品市場ですでに50%のシェアを持っている)。 (Chinese Car Makers Poised to Fill Gap in Iranian Market as US Sanctions Bite) (Business ties with Iran don't harm other countries' interests: China)
トランプは最近、訪米したEUのユンケル大統領(欧州委員長)との間で、貿易戦争を回避する策を合意した半面、中国に対して新たな関税をかける貿易戦争の激化を画策している。トランプが、EUと中国の両方に、同じような厳しい貿易戦争を挑んでいたら、欧州の自動車メーカーは米市場をあきらめざるを得ず、イラン市場にとどまっていたかもしれない。だが、トランプが欧州に対してだけ譲歩したので、欧州企業は米市場を重視してイラン市場から撤退し、イラン市場が中国のものになっていく。 (Ceasefire With Europe Will Make Trump's Trade War With China Even Worse) (US reimposes sanctions as Iran deal crumbles)
中国はイランで、石油ガスの利権も拡大している。トランプのイラン制裁に協力する米同盟諸国が放棄したイランの石油ガスの開発権は、中国(もしくはロシア)のものになる。イランのサウスパースの巨大ガス田の開発権は、フランスのトタールが撤退した後、中国国営のCNPCのものになった。また、トランプのイラン制裁の中にはドル使用の禁止も含まれており、貿易決済の非ドル化(人民元などドル以外の通貨での決済)に拍車をかけている。トランプは、中国をこっそり加勢する隠れ多極主義をやっている。 (Iran Sanctions Fallout: China Takes Over French Share In Giant Iran Gas Project) (China May Boost Iranian Oil Purchases Once US Sanctions Step Into Force)
中国は、エジプトやイスラエル、ヨルダンなどとも経済関係を拡大している。エジプトは、中国の資金で首都機能の移転やインフラ整備を進める構想だ。米国はエジプトとの関係を疎遠にする傾向にあり、米国に頼れなくなっているエジプトは、ロシアと中国の傘下に入りつつある。 (Egypt, China discuss expanding partnership in New Administrative Capital) (Losing Egypt to Russia Isn't the Real Problem—but Collapse Is)
エジプトは、イスラエルにとって重要な国だ。イスラエルの国家安全にとって、パレスチナのガザが安定することが重要だが、そのためにはエジプトがガザのハマスに圧力をかけておとなしくさせることが必要だ。エジプトは最近、ハマスとイスラエルの停戦を仲裁して成功させている。エジプトは従来、米国の傀儡であり、その米国を傀儡化していたイスラエルは、米国経由でエジプトを動かしてきた。だが今や、エジプトは米国の傘下から押し出され、中露の傘下に入りつつある。イスラエルも、米国より中露を重視せざるを得なくなる。イスラエルは、米国を傀儡にしておく意味がなくなる。イスラエルは最近、AI(人工知能)など先端技術を得るために、中国との関係を強化している。 (Israel deepens trade ties with China, causing potential danger to the U.S.) (Israeli minister says Egypt bears equal responsibility for Gaza)
中国は、今後のシリアの再建においても最大の資金源になりそうだ。中国政府(駐シリア大使)は先日、シリアに中国軍を派遣することを検討していると初めて表明した。シリア各地で政府軍に投降した反政府勢力(ISアルカイダ)がシリア北部のトルコに接するイドリブ周辺に集められているが、シリア政府軍はイドリブを攻撃することを検討している。イドリブには、中国のウイグル人のアルカイダ勢力もいて、彼らは残虐さで知られている。シリア軍がイドリブを攻略すると、彼らはトルコ経由で逃げ出し、中国の新疆ウイグル自治区に戻ってテロ活動をやりかねない。中国政府は、ウイグル人のアルカイダがイドリブにいる間に皆殺しにして、中国に戻ってこないようにしたい。そのため、中国軍のシリア派兵が検討されている。 (China, Syria: Officials Say the Chinese Military Is Willing to Help the Syrian Army Retake Idlib) (China's Military To Help Assad Retake Rest Of Syrian Territory, Ambassador Suggests)
ウイグル人のアルカイダを殺すという具体的な目的があるものの、シリアに対する米国の覇権がもっと強かった従来は、中国が自国軍を直接シリアに進駐することが、中国の選択肢の中になかった。米露首脳会談でシリアの覇権が米国からロシアに移ったので、中国は大胆になり、シリアへの直接派兵が検討され始めた。 (Syria: Why China moves to take part in Idlib offensive?)
米露首脳会談後、アフガニスタンでも、米国の影響力の低下と、中国ロシアの影響力の拡大が加速している。アフガニスタンでは、米国傀儡の政府と、最大の反政府勢力であるタリバン(911以前に政権を持っていた)が、長期の対立・内戦を続けている。アフガン政府は弱く、タリバンの優勢が拡大してきた。トランプは、アフガン政府に見切りをつけ、タリバンとの直接交渉を、米政府として初めて開始した。これは、アフガン政府の弱体化とタリバンの優勢に拍車をかける。 (Can Trump Get America Out of Afghanistan?)(Afghan Govt ‘Largely Lawless, Weak and Dysfunctional': SIGAR Reports)
中国やロシアは従来、アフガン政府とタリバンの和解交渉や連立政権化を提唱してきたが、米国がタリバン敵視をやめないため、アフガン政府も中露の仲裁案に乗れなかった。今回、トランプがタリバンとの交渉を開始したことで、アフガン政府は米国に外された形となり、中露の和平案に乗りやすくなった。タリバンが政権に戻ると、アフガン政府は米傀儡から反米非米勢力へと転換する。 (Trump’s Peace Train: Next Stop, Afghanistan by Justin Raimondo)
▼イスラエルの後見役(=覇権国)が米国から露中に交代した
米露首脳会談後、中国だけでなくロシアの中東覇権も拡大している。ロシアは、シリア内戦終結にともなう中東の国際政治の転換を仕切っている。シリア内戦終結にともなう中東の国際政治の転換には、以下のものがある。(1)イスラエルが、米国の中東でのイラン、シリア、パレスチナなどに対する敵視策を扇動してきた従来の戦略を放棄し、ロシアの仲裁でイランやシリア、パレスチナなどと和解(敵視終了)していく戦略に転換したこと。(2)イラン、サウジアラビア、トルコ、イスラエルという中東の4大国間の関係の中にある敵対を緩和し、「和解」まで行かなくても「ライバル」の関係にまで軟化させること。(3)米国(米イスラエル・サウジ・トルコ)が育成・支援してきたISアルカイダを無力化・解散させ、米国の中東覇権の根幹にあったテロ戦争の構図を終わらせること。 (イラン・シリア・イスラエル問題の連動)
上記3点のうち、ロシアが優先的に手がけるのは(1)のイスラエルの転換だ。米露首脳会談が開かれたのも、イスラエルの国家存続にとって必須な転換を米露協調で進めるためだった。国際金融界、米英系の諜報界など、世界の覇権運営を担う勢力の中にユダヤ人が多いため、イスラエルの国家安全が優先されている。 (米露首脳会談で何がどうなる?) (Russia Announces Iran Pullback in Syria, Israel Rejects Plan)
イスラエルは、イラン系の軍事勢力(イランの革命防衛隊、レバノンのヒズボラ、イラクのシーア派民兵団)がシリアから総撤退することをロシアに求めている。ロシアは「イラン系軍勢をシリア・イスラエル国境から百キロのところまで退却させることはできるが、それ以上のことをアサドに強要するのは無理」という姿勢で、イスラエルとロシアの交渉は破談したことになっている。(シリア政府軍は長い内戦で疲弊し、イラン系軍勢の助けがないと、反政府勢力との戦いや、内戦後の治安維持を十分にこなせない) (As ringmaster, Russia runs Israel-Iran balancing act in Syria) (Russia Announces Iran Pullback in Syria, Israel Rejects Plan)
だが、イスラエルでロシアとの交渉を担当してきたリーバーマン国防相は8月2日に「シリア内戦がアサド政権の勝ちで事実上終結した」と宣言した。イスラエルの指導者が、シリア内戦の終結を公式に表明したのは、これが初めてだ(リーバーマンはロシア系ユダヤ人。ネタニヤフ首相とは微妙なライバル関係。ネタニヤフ自身、何度も訪露してプーチンと交渉してきた)。イスラエルとロシアの交渉が本当に破談したのなら、イスラエルはこれからアサドやイランと戦わねばならず、リーバーマンがアサド政権の勝利を認めるはずがない。 (Israel DM Declares Syria War ‘Effectively Over’) (Russia Announces Iran Pullback in Syria, Israel Rejects Plan)
イスラエルはおそらく、すでに「イラン系軍勢が国境から百キロのところまで撤退する」というロシア案を了承し、その前提に立って、今後もシリアの政権を持ち続けるアサドとの敵対を終了し、イランとの共存を決意している。イスラエルが、アサドやイランとの敵対終了を隠しているのは、敵対終了を公言してしまうと、過激な敵視策を信奉する米国の軍産複合体との親密な関係が崩れかねない。そのため、イスラエルだけでなく米国やロシアも、イスラエルに協力し、シリア内戦の正式な終了を公式に宣言しないでいる(プーチンは昨年末、イスラエルに敵対終了を提案し始める時にシリア内戦の終了を宣言したが、その後は黙っている)。 (Putin lands in Syria on announced visit to create false impression war is over) (Putin Declares Victory in Syria, Seeks Involvement in ISIS War in Iraq)
ロシア軍(武装警察)は、イスラエルとシリアの国境地帯のゴラン高原に、兵力引き離しの監視のために4年ぶりに再駐屯し始めた。イスラエルの事実上の敵対終了の態勢が、静かに構築されている。 (Russia to deploy military police on Golan Heights) (UN peacekeepers return to disengagement line between Syria, Israeli-occupied territory)
イスラエルは、北方でシリアとレバノンのイラン系軍勢と対峙し、南方でガザのハマスと対峙している。イラン系とハマスの両方と敵対終了すると、イスラエルの国家安全がとりあえず守られる。北方のイラン系とは、ロシアの仲裁のもと、静かに敵対終了しつつある。ガザのハマスとも、エジプトの仲裁により、停戦が発効している。すでに述べたように、エジプトは、米国の傀儡国から追い出され、ロシア中国の傘下に入っている。まだ現実的な打開策が出ていないパレスチナ(西岸)問題についても、いずれ何らかの動きがあるだろう。 (Hamas Accepts Long-Term Gaza Ceasefire Deal)
これまでのイスラエルは、米国覇権に依存して自国の安全を守る戦略をとっており、米国の覇権運営権を牛耳る軍産複合体の過激な敵視策と歩調を合わせ、イラン系やハマスを敵視してきた。今回、中東覇権が米国からロシア(と中国)に移るのに合わせ、イスラエルは過激な敵視策をこっそり放棄している。イスラエルの安全を守るのは、ロシア(と中国)の担務になった。中国は、これからの先端技術であるAI技術をイスラエルに与えている。イスラエルに頼られることは、世界的に、露中の立場を強化する。多極型覇権への移行が決定的になってきた。 (米国の破綻は不可避)
軍産複合体を歴史から解析する (08/08記事)
米国がトランプ政権になってから「軍産複合体」「深奥国家」について、以前より大っぴらに語られるようになった(両者は同じもの。最近は深奥国家の方がよく使われる)。トランプは、米国の覇権を放棄しようとする言動を選挙期間中から続けてきた(NATO批判、親露姿勢、TPP離脱など)。米国の覇権運営を握る軍産は、トランプの覇権放棄策に大きな脅威を感じ、トランプ陣営にロシアのスパイの濡れ衣を着せようとロシアゲートを起こしたがうまくいかず、軍産は覇権ごとトランプに潰されかけている。トランプと軍産の果し合いが激化するほど、これまで「ないこと」になっていた軍産の存在が露呈している。(マスコミや外交官、政治学者は軍産の一部であり、彼らが軍産の存在を隠してきた) (Washington Post Columnist: “God Bless the ‘Deep State’”) (How the ‘Deep State’ Stopped a US President From Withdrawing US Troops From Korea)
軍産とは何者で、なぜ隠然と覇権を握っているのか。それを解析するには、歴史的な視点が必要だ。私の見立てでは、19世紀に世界の覇権を握った英国が、覇権運営のコストを下げるため、諜報機関(諜報界)を使った傀儡化戦略を多用した関係で、英国とその同盟諸国の諜報界のネットワークが、覇権運営を担当することになった。その体制は現在まで変わっていない。諜報界は、政府の役所の一つである諜報機関だけでなく、国家の上層部で安保外交について政策立案、履行、宣伝する、軍部や議会や官僚、マスコミ、学界、産業界などが連動した部門だ。彼らは平時に外交、有事に戦争を推進する。 (軍産の世界支配を壊すトランプ) (ロシアゲートで軍産に反撃するトランプ共和党)
「軍産複合体」は、英国中心の諜報界の一つの姿だ。軍産は、第2次大戦後、英国から米国に覇権が移転した後も、米国覇権の運営を英国が隠然と牛耳るために作り出された、米英と同盟諸国の諜報ネットワークの特殊な状態だ。大戦前の諜報ネットワーク(英国中心)は、覇権の運営コストを下げるため戦争より外交を重視したが、戦後の軍産(米国中心)は、英国が米国の諜報界を牛耳る体制を維持するため、ソ連や中国など「敵」をことさらに作って国際有事体制(冷戦体制や、911後のテロ戦争の体制)を意図的に長期固定化する好戦策を展開した。軍産がめざしたのは、人類破滅の世界大戦でなく、何十年も続けられる低強度かつ世界的な対立構造(戦争寸前の事態を演じられる状況)だ。 (覇権の起源(3)ロシアと英米)
英米は地理的に立場が全く異なる(これを英米が同じ立場だと言いくるめるのが、英諜報界が作った学問である「地政学」だ。地政学は密教的に歪曲されている)。英国が望む世界体制はユーラシア包囲網(中露封じ込め)だが、米国が望むのは、米国、欧州、ロシア、中国などの大国が仲良く世界を分割統治する多極型(ヤルタ体制、国連P5)の世界体制だ。英国は、覇権運営を担当する米国と同盟国の諜報界を好戦化して乗っ取り、米国が作りかけたヤルタ体制を破壊し、中露封じ込めの冷戦体制に転換した。その後、レーガンが冷戦体制を壊したが、911事件を機にテロ戦争として軍産支配が返り咲いた。大英帝国の諜報ネットワークは、軍産複合体に衣替えして覇権を握っている。 (トランプが勝ち「新ヤルタ体制」に)
▼植民地独立も列強体制も、英国覇権の運営コストの低下策
以下、詳述に入る。英国覇権のユニークさから。英国は、産業革命によって交通網と兵器の技術が急伸し、それらの技術を活用して世界的な支配(覇権)を拡大し、国際航路や鉄道網を建設して世界を単一市場(大英帝国、パックスブリタニカ)に変えていった。先に産業革命の技術革新があり、その活用を模索しているうちに大英帝国ができた。 (覇権の起源)
宗主国(英国)が、帝国(植民地)のすべてを直接統治すると、莫大なコストがかかる。そのため英国は、植民地に自治を与え、最終的には独立させつつ、それらの植民地の為政者たちが英国の傀儡勢力になるよう、教育やマスコミの歪曲報道などの洗脳・騙し・プロパガンダを駆使した。大英帝国(英連邦)の傘下で自治や独立を得た地域では、人々が、英国の植民地住民だった時に比べ、自国を発展させようと頑張り、進んで納税し治安を維持する。国家運営の効率が上がる。同時に、それらの新興諸国では、親英的な政治家や官僚、学者が政策を決定し、エリートの子供らは英国に留学し、新聞記者も英国仕込みだ。独立後、財政的に英国に頼らず自活しつつも、英国の国益に沿った政策をとり続ける国々ができあがり、英国の支配コストが大幅に減った。露骨な「植民地支配」は、隠善とした「覇権(=間接支配)」へと進化した。帝国は覇権国になった。 (田中宇史観:世界帝国から多極化へ)
この間接支配・覇権構造の運営に欠かせない存在が諜報界だ。独立国の首相や官僚群が英国の言いなりであることが、国民にバレてはならない(国民のやる気が低下し、国家運営の効率が落ちる)。間接支配の構造を理解している人々と、理解していない人々が、政府の中枢、議会、マスコミなど国家機能の上層部の中にまだら模様に存在し、理解している人々は自覚的な英国のスパイ(諜報要員)だが、それが暴露されることはなく、誰がスパイで誰がそうでないか判別できぬまま、事態を理解していない人々の言動が天然の目くらましとして機能し、間接支配・傀儡状態が長期化する。無知な野党や、上っ面な理想主義者がいた方が好都合だ。傀儡化を拒否する指導者が当選し、頑固に態度を変えない場合「人権侵害」などのレッテル(多くは濡れ衣)を貼って経済制裁して懲らしめ、排除する。これらの手法の元締めである英諜報機関の国際部門であるMI6が、大英帝国の真の中枢となった。 (世界のお荷物になる米英覇権)
もともと英国(王政)は、ロスチャイルド家などユダヤ商人を厚遇することで、欧州大陸のユダヤ商人の貿易・金融・情報のネットワークに入り込んだ。ユダヤ商人たちは、欧州各国の王政の財政や外交の政策立案を請け負っており(官房)、各国の政策を隠然と操作できた。英国は、このユダヤネットワークを使って欧州大陸諸国を牛耳り、フランス革命後のナポレオン戦争に勝って欧州での覇権を確立し、その後、覇権を世界に広げていった。欧州と世界における英国の覇権は、英国(王政)とユダヤネットワークとの合同体制(アングロユダヤ覇権)である。この合同性・二重性がのちのち、大英帝国や、その後継である米国覇権の内部において、英国の世界支配を維持したい英国側(帝国の論理)と、資本家としてのユダヤ人の利益(資本の論理)との恒久的な暗闘につながったと考えられる。 (覇権の起源(2)ユダヤ・ネットワーク) (資本の論理と帝国の論理)
英国が発明した、世界帝国の運営コストを下げるもうひとつのやり方は「列強」だった。植民地を表向き自立・独立させつつ裏で傀儡化し、本国と切り離しつつ間接支配することが「横に切り分ける」戦略であるのと対照的に、列強システムは「縦に切り分ける」戦略だ。英国だけで全世界を支配するとコストがかかりすぎるが、フランスやドイツといった他の先進諸国(列強)をその気にさせて植民地支配に乗り出すように仕向け、一番良い地域を英国が取り、それ以外の地域はフランスやドイツなどに「取られてしまった」ことにする。列強どうしはライバルだが、果し合いの戦争を避け、利権争いは談合(外交)で解決する。そして、談合を仕切るのは英国だ。 (フランスはイギリスの「やらせの敵」)
後発の帝国である他の列強は、英国よりも国際諜報力がないので、おいしい話は先に英国に察知され、取られてしまう。だが、2番目、3番目の利得は、他の列強にまわされる。英国の取り分は減るが、それ以上に、帝国の運営コストを減らせる。これが、列強システムである。この手法の象徴は、オスマン帝国解体時(1916年)の「サイクス・ピコ協定」による英仏の中東分割だ。「正史」では、この協定の交渉でフランス(ピコ)が英国(サイクス)を出し抜き、フランスはレバノンとシリアを英国からもぎ取ったことになっている。だがその後、フランスはシリアに進駐したがらず、英国は何度もフランスにシリア進駐を要請した。フランスは、レバノンだけほしかったが、英国からシリアももらってくれないとダメだと言われた。今のイラクの北部は当初フランス領に指定されたが、石油の埋蔵が発見されると、英国領に鞍替えされた。 (欧州の自立と分裂)
「列強は先を争って世界を植民地化した」という「正史」は、「植民地の人々は、独立に猛反対して運動家を弾圧する宗主国を押しのけて独立を勝ち取った」という正史と並んで、話が歪曲されている。正史の権威は圧倒的だが、正史の権威を守る歴史の専門家たちも、諜報界の一部である。正史を心底信じるのは間違いだ。正史が、なぜ、どのように歪曲されているかを感じ取れるようになると、歴史のダイナミズムが見えてきて、人生が面白くなる。 (イスラエルとロスチャイルドの百年戦争)
英国が19世紀末に創設した列強システムは、20世紀前半の2度の世界大戦によって破壊された。世界大戦は、列強どうしが果し合いをする自滅的な戦争であり、世界の効率的な運営からすると、あってはならないことだった。なぜ、世界大戦が起きてしまったのか。「集団心理に起因する誤判断などにより、あってはならないことが起きるのが歴史だよ、キミ」というのが、正史を維持する権威筋の説明だ。
私は、もっと意図的に世界大戦が起こされたと考えている。列強が残りの世界(戦後の「発展途上諸国」)を直接・間接的に支配する列強システムを自滅させることで、発展途上諸国を列強の支配・搾取から解放し、長期的に世界経済が大きく発展する(貧しい国々が豊かになっていく)新たな世界体制を作るため、国際政治を操れる勢力によって世界大戦が拡大させられたと考えられる。その勢力とは、すでに書いた大英帝国における資本と帝国の暗闘における「資本」の側、つまりユダヤ商人ネットワークの側であると推測される。資本の側が、大英帝国のシステムを破壊して世界経済を構造的に解放しようとしたのが、世界大戦だった。 (資本主義の歴史を再考する)
▼資本の代理勢力だった米国が帝国の傀儡にされて70年後にトランプ
2度の大戦において米国は、英国に頼まれて参戦し、参戦の見返りに、戦後の世界体制を作る主導役(戦後の覇権国)になることを英国から約束された。英米は2度の大戦に勝ち、第1次大戦後は国際連盟、第2次大戦後は国際連盟を作った。いずれも、大国間の談合体制(安保理常任理事国、P5)の多極型覇権体制と、1国1票の国家間民主主義体制を組み合わせた「世界政府」としての機能を持っていた。米国は、世界覇権を英国から取り上げて国際連盟・連合に移植する「覇権の機関化」を画策した。列強の力が低下し、途上諸国の力が増す予定だった。当時の米国は「資本の側」の代理勢力だった。 (隠れ多極主義の歴史) (G20は世界政府になる)
だが、国際連盟も連合も、英国の妨害により、うまく機能しなかった。第2次大戦に米国が参戦した際、英国は、米国に、英国流の諜報界を作ると戦争を効率良く戦えると入れ知恵した。終戦時、米国の議会や軍部、諜報機関、軍事産業、マスコミなどは、英国流の諜報界に生まれ変わっていた。そしてもちろん、米国のできたての諜報界は、英国のエージェントに隠然と牛耳られていた。戦後、英米の諜報界は、連動してソ連や中国(中共)への敵視を強め、冷戦構造を構築し、国連のP5は米英仏とソ中の対立の場と化し、国連は長い機能不全に陥った。米国は、覇権国になると同時に、英国の傀儡国になった。 (アメリカの「第2独立戦争」)
建前も本音も覇権国だった戦前の英国と異なり、米国は、建前として覇権行為を禁じている。米国は、覇権運営の費用をおおっぴらに計上できない。そのため戦後の米国では、ソ連の脅威に対抗するため巨額の防衛費が必要だという理屈で、防衛費を急増し、国防総省などの会計システムを意図的にどんぶり勘定にして巨額の裏金を作り、その裏金が諜報界・軍産の世界戦略を実現する資金として使われた。911前から最近にかけて軍産は、アルカイダやIS(イスラム国)を育てて「米国の敵」に仕立てたが、その養育費・支援費は、国防総省の裏金から出ていると推測される。 (米軍の裏金と永遠のテロ戦争) ($10,000 Toilet Seats and Data Rights: The Air Force's New Dilemma)
米国の戦後史は、英国の傀儡たる軍産による支配と、その支配を脱却しようとするケネディ、ニクソン、カーター、レーガン、ブッシュ、トランプに至る歴代政権の「あがき」「レジスタンス」との相克だ。正攻法では軍産に勝てないので、ベトナム戦争からニクソン訪中への流れや、ブッシュのイラク侵攻など、軍産の好戦策を意図的に過激にやって失敗させて多極化につなげる「隠れ多極主義」の戦略が繰り返された。また、レーガンが冷戦を終わらせられたのは、世界の金融システムを米英主導で債券化していく作業を数十年やることで、米英が金融覇権国として数十年繁栄できるという「金融覇権」のシナリオを英国に了承させ、その代わりに「時代遅れの世界システム」となった冷戦の終結を英国に黙認させたからだった。 (金融覇権をめぐる攻防) (トランプと諜報機関の戦い)
1985年のビッグバンに始まった金融覇権体制(世界的な債券市場の拡大)は、うまくやれば数十年続いたかもしれないが、金融界の近視眼的(隠れ多極主義的?)な過剰な強欲さによって、90年代末以降、金融バブルが膨張して破裂する事態になり、08年のリーマン危機により債券市場は本質的に蘇生不能になり、その後は中央銀行のQEの資金注入によって何とか延命しているだけだ。いずれQEが行き詰まると、金融覇権体制は終わる。 (金融を破綻させ世界システムを入れ替える) (米金融覇権の粉飾と限界)
金融覇権が陰り出すと同時に、冷戦後、冷や飯を食わされていた軍産が再び力を与えられ、01年の自作自演的・クーデター的な911テロ事件とともに、軍産が覇権運営の主導役に返り咲いた。だが、軍産内部にネオコンなど隠れ多極主義者が多数入り込んでおり、彼らがイラク侵攻やリビア転覆、シリア内戦など、稚拙で過激な戦略をやり続けて失敗し、40年続くはずのテロ戦争の世界体制は、20年弱で終わろうとしている。 (911十周年で再考するテロ戦争の意味)
テロ戦争が終わっていく中でトランプ政権が誕生し、表向き過激な好戦策だが実のところ多極化推進という覇権放棄策を各方面で大胆に展開している。トランプは、国連や同盟体制から離脱する姿勢も強めており、米国が抜けた後の国連や国際社会ではロシアや中国が主導役になり、世界の多極型への転換が加速している。
米国でのトランプ政権誕生と同時期に、英国で国民投票によるEUからの離脱が決まった。EU離脱は、英国の国際的な力を大幅に低下させる決定的な自滅策だ。200年前から諜報界が牛耳っている英国では、マスコミなどの扇動により、諜報界が望む国民投票の結果を出せる。英諜報界の中に、離脱派が勝つよう仕掛けた勢力がいたはずだ。すでに述べたように、英国の諜報界は資本(ユダヤ)と帝国(英ナショナリスト)との合弁であり、EU離脱の決定は、資本の側が仕掛けた策だと推測される。 (英離脱で走り出すEU軍事統合)
EU離脱で英国を無力化し、英国が米国に影響力を行使できないようにしておいて、トランプが軍産と戦いながら覇権構造を破壊し、世界を多極化して、第2次大戦後にやりたかった多極型世界を70年後に実現し、長期的な世界経済の成長につなげようとするのが、資本側が立てたシナリオだろう。トランプは2期やりそうなので、このプロセスはまだ何年も続く。米国の金融崩壊もいずれ起きる。今回こそは、世界が多極型に転換していきそうだが、意外などんでん返しが今後あるかもしれない。それをウォッチするのが私の残りの人生の目的だ。 (世界のデザインをめぐる200年の暗闘)
世界が多極化すると、英米中心の諜報ネットワークは雲散霧消するのか?。英米諜報界は、隠然と世界を支配できる稀有な力を持っている。それがやすやすと死滅するとは考えにくい。彼らはどうなっていくのか。次回は、それを考えたい。思考の皮切りは「英国がTPPに入りたがっていること」である。TPPには、豪州、カナダ、NZという、英米の世界諜報ネットワークの元祖である「ファイブアイズ」の5か国のうち3つが入っている。それと、世界で最も頑固な対米(対軍産)従属国である日本。そこに英国が入れば、多極化した世界において軍産の生き残りたちが結集するのがTPPになる。TPPは世界のイドリブだ(笑)。続きは改めて書く。 (進むシリア平定、ロシア台頭、米国不信) (アレッポ陥落で始まった多極型シリア和平)
英国は、ユダヤ仕込みの抜群の諜報力を持っていたので、それを帝国の運営につなげ、帝国を覇権へと洗練化・隠然化する歴史をたどった。だが、英国に触発されて植民地を拡大したフランス、ドイツ、ロシア、日本など、後発の諸帝国(列強)は、英国のような高い諜報技能を磨く余裕がなかった。後発国は、植民地をうまく本国から切り離して運営できず、植民地も本国の一部に併合し、植民地の人々を同化して自国民にしていく直接的でコストのかかるやり方しかできなかった。戦前の朝鮮人や台湾人は、日本国民だった。比較的小さな地域である朝鮮や台湾なら、国民化(同化)が可能だったが、これが中国大陸やインドとなると、同化策による支配は無理だ。内部が多様である中国大陸では独立後の今も、政府(中共)が強権を常時発動しないと統治できない。