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            田中宇の国際ニュース解説  15回
             中央銀行の仲間割れ 08/28
             ロシアの中東覇権を好むイスラエル 08/25
             2018年秋の世界情勢を展望する 08/22   以上【05】

             ドル覇権を壊すトランプの経済制裁と貿易戦争 08/18
             中国包囲網はもう不可能 08/15
             米国から露中への中東覇権の移転が加速 08/12
             軍産複合体を歴史から解析する 08/08   以上【06】

             米国の破綻は不可避 08/05
             最期までQEを続ける日本 08/01
             トランプはイランとも首脳会談するかも 07/29
             軍産の世界支配を壊すトランプ 07/24   以上【07】

             金相場の引き下げ役を代行する中国 07/18
             中東の転換点になる米露首脳会談 07/15
             意外にしぶとい米朝和解 07/11
             ポスト真実の覇権暗闘 07/08   以上【08】

             安倍とトランプの関係は終わった? 09/17
             シリア内戦 最後の濡れ衣攻撃 09/15
             トランプから離れたサウジ 09/10
             トランプに売られた喧嘩を受け流す日本 09/07
             印パを中露の方に追いやるトランプ 09/05
             韓国は米国の制止を乗り越えて北に列車を走らせるか09/02
             日本すら参加しないイラン制裁 08/30   以上【09】

【09】

安倍とトランプの関係は終わった?  09/17記事

安倍首相はこれまで、世界各国の首脳の中で最もトランプ米大統領と親しいと言われてきた。だが最近、日本の対米貿易黒字を減らせとトランプが無茶な圧力をかけ続けた結果、2人の関係が悪化している。トランプは今春以来、鉄鋼アルミなどで日本の対米輸出品に懲罰的な高関税をかけつつ、安倍に、米国からの輸入増の目標額を設定して天然ガスや兵器、牛肉や自動車を買えと要求したが、安倍は拒否してきた。安倍は最近、トランプを名指ししない形でトランプの関税戦略を批判するようになっている。 (Trump Card: Japan’s Abe Bets on Trade in Bid for New Term) (Japan's Abe Pledges to Defend Free Trade After Trump Warning)

トランプは為替を円高ドル安にしたがっているが、安倍はそれにも不満を表明した。7月の日米首脳会談で、米国からの輸入を増やさない日本に苛立ったトランプが安倍に「おれは真珠湾攻撃を忘れてないからな!!」と言い放ったと、最近報じられた。 (Japan's Abe Says He Told Trump It's Dangerous to Play With FX) (‘I remember Pearl Harbor’: Inside Trump’s hot-and-cold relationship with Japan’s prime minister)

9月6日の記事に書いたように、トランプは9月に入り、貿易戦争の次の標的は日本だと宣言している。トランプは今春来、中国やドイツ、カナダ、メキシコなどを相手に、次々と懲罰関税をかけて貿易戦争を吹っかけている。日本はこれまでトランプの敵意を煽らぬよう、鉄鋼アルミなどに懲罰関税をかけられても反論を控えてきた。だが今や、その日本も標的にされている。 (トランプに売られた喧嘩を受け流す日本)

9月6日の記事で私は「安倍は、トランプからいくら喧嘩を売られても、それを買うわけにいかない。安倍がトランプと喧嘩すると、それで生じた日米関係の空白を埋める形で日本外務省が入り込んできて、自民党内(もしくは野党)の安倍以外の勢力と外務省が結託して安倍を倒し、日米関係(=日本の権力)を外務省が握り直すための政変を起こしかねない」と書いた。だが安倍は、トランプから売られた喧嘩をある程度買っている。それでも安倍は、倒されそうもない。再分析が必要だ。

安倍は9月12日、ロシアのウラジオストクでの東方経済フォーラムに参加し、そのかたわらで中国の習近平主席と会談し、日中が協力してトランプの懲罰関税戦略に対応していくことを決めた。10月には訪中も決めた。日本がやりたがっていた日米vs中国でなく、中国を有利にする日中vs米国の構図になっている。中国と組んで米国と戦うことを宣言した安倍は、ネトウヨ的に言うと「反米主義のアカ、売国奴」そのものだ(笑)。 (Japan and China Find Common Ground in Trump’s Tariffs as Leaders Meet)

その後、9月15日に、トランプは中国に対して追加の懲罰関税をかける方針を内定した。それを受けて中国は、10月に予定されていた米国との貿易交渉を中止することを検討し始めた。また中国はトランプへの報復として、中国から米国への、自動車部品や戦略物資的な原料、中国で組み立てられているアップルのiフォンなど、米国企業が本気で困窮するような重要製品の対米輸出の制限も検討している。米中は、本格的な貿易戦争になりつつある。トランプは貿易戦争の激化を望んでおり、今の傾向はしばらく変わらない。 (China Weighs Skipping Trade Talks After U.S. Tariff Threat) (Trump To Proceed With $200BN More In China Tariffs Despite Talks; Stocks, Yuan Tumble)

そんな中で日本を率いる安倍は、米国でなく、中国の味方をしますとウラジオなどで宣言してしまっている。トランプから見れば、日本も中国も同罪だという話になる。覇権放棄が基本戦略であるトランプは、日本を中国の方(非米側)に追いやるのが暗黙の目標だ。トランプは日本が受け入れられない無茶な貿易要求を続け、安倍が拒否すると怒って関係を悪化させた。米国の覇権を低下させたい非米側の中国やロシアは、トランプに突き放された安倍を味方につけようとすり寄り「一緒にトランプの無茶苦茶なやり方と闘い、自由貿易体制を守りましょう」とけしかけている。中露としては、今が安倍の日本を取り込むチャンスだ。安倍が中露に取り込まれるほど、トランプの覇権放棄の目標が、対日関係において達成される。 (世界と日本を変えるトランプ)

安倍の日本を困らせているトランプの覇権放棄策は、貿易戦争だけでない。米朝和解の策略も、米国が日韓を従えて北と恒久対立する軍産好みの冷戦構造を破壊し、在韓・在日米軍の撤退につながるので、永遠の対米従属を国是としてきた官僚機構が支配する日本にとって大きな脅威だ。安倍はトランプに、北が完全核廃棄するまで米韓軍事演習を続けてほしいと何度も要請したが、トランプは6月の米朝会談後に米韓演習の中止を宣言し、その後、北が核廃棄を進めていないのに米韓演習の中止状態を維持している。 (意外にしぶとい米朝和解) (Pyongyang Aims to Connect Railways of North, South Korea)

このトランプの策により、朝鮮半島の緊張緩和状態が維持され、文在寅の韓国は、どんどん北との和解を進めている。先日、南北分界線(国境)近くの開城工業団地内に、南北が常時連絡をとれる連絡事務所を開設することが決まり、南北の和解はしだいに恒久的な体制になりつつある。南北は、列車の直通運転もやりたがっている。これまで韓国だけが公式に希望していたが、最近は北も公式に直通運転の希望を表明している。9月18-20日の平壌での南北首脳会談でも、新たな和解策が何か出てきそうだ。 (Despite US Opposition, Joint Liaison Office Opens On Shared Korean Border) (韓国は米国の制止を乗り越えて北に列車を走らせるか)

北の金正恩は、トランプとの再会談を希望しており、トランプも再会談すると言っている。いま行われている南北による和解の恒久化が一段落したら、米朝が再会談し、北が20年までに核廃絶するとの約束と引き換えに、朝鮮戦争の終戦宣言や、在韓米軍縮小撤退の話が出てくるかもしれない。トランプはすでに6月の米朝会談後、在韓米軍の撤退が自分の目標だと宣言している。今の朝鮮半島和解の流れは、トランプの覇権放棄策に沿っている。 (White House Coordinating Second Trump-Kim Meeting After North Korean Leader Sends "Very Positive Letter")

▼安倍は今後しだいに堂々と対米自立をやりだすかも?

朝鮮半島が平和になると、在日米軍の任務も終わる。半島和平後、米国が、中国やロシアを仮想敵として在日米軍を継続駐留させる可能性は多分ゼロだ。米国は国際相対的に国力が低下しており、他の大国との敵対策を放棄する方向だ。安倍政権は、米政権がトランプになった昨年から、中国やロシアとの関係改善につとめている(対露はもっと前から)。北朝鮮が敵でなくなっても中露を仮想敵として在日米軍が残る可能性があるのなら、日本は中露に接近しない。北が敵でなくなったら在日米軍や日米同盟が終わりになるので、安倍の日本は中露に接近している。 (中国包囲網はもう不可能) (Japan is worried about its alliance with America)

安倍は、金正恩とも会いたがっている。今のところ正恩は安倍と会わないそぶりだが、資金がほしいので、南北や米朝の和解が一段落したら安倍と会うだろう。半島の和解が進むほど日本の不利が深まり、北に有利になるので、正恩は対日和解を後回しにしている。すでに、日本は外交的にみじめな失敗状態にある。 (Japan and North Korea held secret meeting as Shinzo Abe 'loses trust' in Donald Trump)

マスコミなど日本の言論界の権威筋が、現実を国民に伝えたくない官僚機構の傘下にあるので、今の外交の失敗状態や、在日米軍の撤収が近そうであることが、日本ではほとんど考察されていない。現実の日本は、トランプによって、貿易と安保の両面で、いやいやながらの対米自立に追い込まれている。安倍は、トランプと喧嘩したくない。だが安倍が、トランプから喧嘩を売られた状態で、親しくしたいと思っている習近平やプーチンに会うと「一緒に、暴虐なトランプと戦おう」と扇動され、中露と親しくしたい安倍がそれに対して作り笑いしながら曖昧な感じで「いいね」と言うと「日本は、中国やロシアと一緒にトランプの貿易戦争に対抗すると(力強く)表明した」という報道になる。 (中国と和解して日豪亜を進める安倍の日本) (Japan, South Korea keep wary eye on Trump’s war with China)

安倍はウラジオストクで、東方経済フォーラムの主催者であるプーチンとも首脳会談した。安倍を自分の側に巻き込みたいプーチンは、即興提案と称して、北方領土問題を棚上げして日露和平条約を今年中に結ぼう、と安倍に持ちかけた。安倍は、この提案を拒否しなかった(作り笑いしながら曖昧な感じで「いいね」)。だが、北方領土問題の棚上げは、プロパガンダ漬けで非現実・歪曲的な日本の「世論」の許すところでないので、東京の政府は「領土問題を解決してからでないと和平条約を結べない」と、とりあえず従来どおりの表明をした。 (Russia's Putin tells Japan's Abe: 'Let's sign peace deal this year')

きたるべき米覇権衰退後の多極型世界において、ロシアは「極」の一つだが、日本はそれより格下の「準極」的な存在(うまくいって、海洋アジア地域を豪州と一緒に率いる国。うまくいかないと、中国沖の孤立した島)だ。ロシアが、格下の日本に領土を返すことはない。北方領土問題を棚上げ(せいぜい2島返還)して、日露和平条約を結ぶしかない。それが見えているプーチンは「早い方がいいだろ」と安倍に持ちかけ、安倍も否定しなかったのだが、残念ながら日本国内では、このあたりの現実が見えない体制が作られている。 (見えてきた日本の新たな姿)

日本では長年、官僚機構と傘下のマスコミなどによって「米国との同盟関係がないと日本の安全が守れない」という、誇張された対米従属の神話が常識として定着している(実のところ、経済大国である日本は、対米自立状態で十分に自衛できる)。安倍は当選したトランプと親密な関係を築き、以前の日米関係の主軸だった日本官僚機構と米軍産複合体との関係を上書きし、権力を維持してきた。トランプと仲たがいした安倍は、官僚によって追い落とされるのか。以前は安倍礼賛だった日本のプロパガンダが最近、安倍を揶揄敵視する傾向のようだ。 (従属先を軍産からトランプに替えた日本)

しかしその一方で、安倍はおそらく自民党総裁=首相として9月20日に再選され、その後しばらく彼の権力は低下しない。官僚がスキャンダルを煽って安倍を辞めさせても、その後の日本の政権がトランプと良好な関係を得られるわけでない。トランプは、覇権放棄のため、あらゆる同盟国に厳しく接する傾向が増しており、日本だけトランプと親しくしてもらうことはできない。トランプ以前に日本官僚機構が従属していた米国の軍産複合体が復権する見通しもない。日本の体制がどうであろうと、朝鮮半島が安定したら、米軍は日本から出て行く。対米自立を強いられていく以上、日本は中露や韓国北朝鮮と仲良くせざるを得ない。安倍の外交姿勢は、日本の現状に合致している。 (中国のアジア覇権と日豪の未来)

トランプは豹変を演じるのが好きなので、安倍との関係も、喧嘩と仲直りを行ったり来たりするかもしれない。だが、トランプがそれを演じる目的は、覇権放棄の一環として日本を対米自立に追いやるためだ。トランプは中国に対し、貿易交渉と懲罰関税の間を行ったり来たりしているが、中国はこれを見て、しだいにトランプと交渉して解決することをあきらめ、米国抜きの世界貿易体制を作ることへの注力を強めている。トランプの覇権放棄は成功している。 (TPP11:トランプに押されて非米化する日本)

安倍も今後、最初はおずおずと、その後はしだいに堂々と、TPPから中露関係までの対米自立策をやるようになるかもしれない。冷戦後、世界的に対米自立・多極化対応策は、リベラルな左側のルートより、強権的な右側のルートの方が実現可能性が高い(エルドアン、ネタニヤフ。プーチンや習近平も)。鳩山小沢が09年に試みて失敗した日本の対米自立・アジアの一員化、脱米入亜を、安倍(とその後継者)が成功させる可能性が少しずつ高まっている。 (多極化に対応し始めた日本)

シリア内戦 最後の濡れ衣攻撃  09/15記事

シリア内戦は、シリアのほとんどの地域で政府側(アサド政権)の勝利が確定し、反政府勢力(テロ組織。ISアルカイダ)が残って政府側と戦う姿勢を見せているのはシリア北部、トルコ国境沿いの町イドリブだけになっている。イドリブは、シリア各地で政府軍に投降したISカイダの兵士と家族らが集められている場所だ。アサド政権と、それを支援してきた露イランは、アレッポやグータなど、シリア各地で打ち負かして投降・武装解除させたISカイダとその家族を、そのままその地域に残しておくとまた戦闘を起こしかねないので、バスの隊列に乗せてイドリブに移動させる作業を続けてきた。 (アレッポ陥落で始まった多極型シリア和平)

イドリブはシリア国内だが、トルコ軍とISカイダが統治してきた。イドリブはシリア内戦の前半、トルコがアサド打倒を目指し、米サウジと一緒にISカイダを積極支援していたころ、トルコからシリアへ越境する出入り口で、ISカイダに支援物資を送ったり、新たな志願兵を越境させたり、戦闘の負傷兵をトルコ側の病院で治療するために越境させるための兵站の町だった。15年にロシア軍がアサド政権への支援を開始し、内戦が露アサドイランの優勢に転換した。負け組入りを回避したいトルコは、米サウジから離れてロシアに接近した。ISカイダ支援と、アサド敵視は続行したが消極的なものになった。 (勝ちが見えてきたロシアのシリア進出) (欧米からロシアに寝返るトルコ)

その流れの中で、シリア各地でISカイダが露アサドイラン側に負けるようになった時、投降したISカイダをイドリブに移動させ、トルコ軍の監視下で「更生」させることになった。合計で約2万人のISカイダの兵士がイドリブにいる。兵士以外の避難民もイドリブに多く集まり、もともと80万人だったイドリブの人口は200万人に増えている。トルコ軍はイドリブに12カ所の監視塔を作った。 (Turkey’s de-escalation efforts around Idlib come with risks) (Turkey to clear Idlib of militants to prevent Syrian government assault)

だが、イドリブのISカイダ勢力は「更生」せず、アサドの政府軍と戦う姿勢を取り続けている。ISとアルカイダが再合流し、アルカイダ(ヌスラ戦線など)に戻っている。イドリブに入っているトルコや米英の諜報要員の中に、彼らアルカイダをけしかけて露アサドイランと戦わせ続けようとしている勢力がいるようで、トルコ側からアルカイダへの武器供給が続いている。今夏、シリア南部のイスラエル・ヨルダン国境沿いの地域の戦闘が、アサド側の勝利で終わり、イスラエルもアサドの勝利を認めた。北方のクルド人も、アサド敵視をやめて、内戦後の自治獲得に向けたアサドとの政治交渉に入った。残るはイドリブだけになっている。 (米国から露中への中東覇権の移転が加速)

今春以来、ロシアとトルコ、イランは、イドリブをどうするかについて、何度も話し合ってきた。アサド政権は、イドリブもシリアの一部なので、従来のようなトルコやISカイダがイドリブを占領している事態をなくしたい。アルカイダが武装解除・更生を拒否し続けるなら、シリア政府軍がイドリブに侵攻し陥落・奪還するとアサドは表明してきた。トルコは、テロリストたちを更生させるのでもうしばらく待ってほしいという態度だが、その一方でトルコ(と英米)の諜報界は、アルカイダに武器を供給し続けてきた。 (Turkey boosts arms to Syrian rebels as Idlib attack looms - rebel sources | Reuters) (Turkey reinforces military in Syria's Idlib after ceasefire call fails)

ロシアとイランは、シリアとトルコの間を仲介する立場だが、善悪でいうと、シリア領であるイドリブをシリア政府が奪還しようとするのが善であり、イドリブのアルカイダに武器支援するトルコは悪だ。露イランは、シリア政府の肩を持たざるを得ない。イドリブが戦争になるとトルコ側への難民の流入が急増し、トルコ経由で西欧に向かう難民の流れも増えそうで、その点が比較的説得性のあるトルコの言い分だったが、それだけでは露イランを説得できなかった。 (Turkish push for Idlib solution failing to make headway in Moscow)

ロシアはシリアで、反政府勢力がアサド政権と交渉して投降・武装解除するための仲裁機能を持っている。8月初め、ロシア側の呼びかけに応じ、イドリブのアルカイダの一部が、アサド政権と交渉しても良いと表明した。だがその後、この勢力は、最後まで戦うべきだと主張するアルカイダの別の勢力によって拘束され、処刑されてしまった。仲裁は失敗した。 (Militants in Idlib arrest members for seeking reconciliation with Syrian govt.) (As Assault Looms, Syrian Rebels Detain Those Trying to Surrender)

9月7日のテヘランでの露イラントルコの首脳会議で、トルコは露イランを再度説得しようとしたが失敗し、露イランがシリア政府軍のイドリブ攻略を認める姿勢を強めた。これで、イドリブをめぐるトルコと露イランの交渉は決裂したと指摘されている。イドリブ周辺での政府軍とアルカイダの戦闘は以前から続いており、いつ本格的な攻略が始まってもおかしくない状態だ。イドリブのアルカイダは強くない。これまま本格戦闘になれば、数週間でシリア政府軍の勝ちが決まる。これがシリア内戦の戦闘終結になる。 (Turkey's Erdogan gets no love from Russia on Idlib) (Post-war Syria destined to be sanctions-busting hub, the Russian-Iranian-Turkish summit decides)

▼バレバレの濡れ衣をかけてロシアやシリアと戦争すると乱入してきたトランプ

だが、ここで「場外」から乱入してきた勢力がいる。トランプ政権の米国だ。米国は、シリア政府の許可を得ずに2千人の米軍をシリア東部のアルタンフに派兵・駐屯しているものの、露イラントルコが議論するシリア再建に関する外交交渉に全く参加せず、シリア問題で「場外」にいる。それなのに、米政府は8月下旬から、ボルトン補佐官を中心に、シリア政府軍がイドリブで化学兵器を使った攻撃をやりそうだと言い、もし政府軍が化学兵器を使ったら、米軍は英仏軍を率いてシリア政府軍を攻撃する軍事制裁をやると宣言し始めた。シリア政府軍がイドリブ郊外で塩素ガスを使った攻撃をやりそうだという、具体的な予測まで出てきた。 (Bolton Again Warns Assad "We Will Respond" If Chemical Weapons Used In Idlib Offensive) (America last: Trump has brought US to irrelevance in Syria)

この件に関し、ロシアは異なる見方をしている。ロシアによると、シリアの反政府勢力の支配地で、戦闘で破壊された瓦礫の中から市民を救出することで有名になった「民間」の救援部隊である「白ヘルメット」が、イドリブ郊外のジスルシュグール(Jisr al-Shughur)に8月末、8本の容器入りの塩素ガスを持ち込んだ。 (White Helmets help Nusra terrorists stage chemical attack in Syria's Idlib: Report)

白ヘルメットは、シリア各地のISカイダ占領地域で、救援活動をする一方で、シリア政府軍がISカイダの支配地域に対し、通常兵器を使った攻撃(軍用ヘリに積んだ樽型爆弾の投下)をした直後に、あらかじめ用意しておいた塩素ガスを散布し、市民に被害者が出ている様子や、白ヘルメットが被害者を救出している様子を動画に撮り、それをユーチューブなどにアップし、アサド政権を敵視する米欧マスコミに「シリア政府軍が市民を塩素ガスで攻撃した」と報じさせる「濡れ衣戦争作り」を繰り返してきた。 (いまだにシリアでテロ組織を支援する米欧や国連) (シリアで「北朝鮮方式」を試みるトランプ) (Russia: US plans new Syria strike with false flag attack)

白ヘルメットは、ISカイダ(特にアルカイダ=ヌスラ戦線)の別働隊であり、ISカイダを支援してきた米英の諜報機関や、英外務省・米国務省からの支援を受けてきた。そのため、諜報界の一部である米英マスコミは、白ヘルメットの動きに積極的に連携して、濡れ衣戦争の構図作りをやってきた。この動きは、米英の中で、とくに英国が分担する仕事になっていると分析されている。白ヘルメットを13年に創設したのは、英諜報機関の要員(元英陸軍)であるジェームス・ル・メズリエ(James Le Mesurier)だった。 (US senator claims Britain's MI6 is planning a fake chemical weapons attack on Syria) (Syria moves to retake control over Golan Heights from terrorists) (Who is James Le Mesurier?)

シリア内戦では約72回、化学兵器を使った攻撃が行われたとの指摘があり、そのほとんどについて「シリア政府軍の仕業だ」とマスコミや英米当局が決めつけている。だが、白ヘルメットなど、ISカイダ・英米諜報傘下の地元組織による塩素ガスの散布など、濡れ衣の構図作りの作業の存在を勘案すると、シリア政府軍の仕業であると確定的に言い切れる化学兵器攻撃は、約72件の中に1件もない。シリア政府軍は、空軍力においてISカイダよりはるかに優勢で、通常兵器による空爆だけで十分戦える。国際非難される化学兵器を使う理由がない。シリア内戦における化学兵器の使用のかなりの部分(もしくはすべて)が、ISカイダとマスコミなど英米諜報界傘下の勢力が作った濡れ衣(ISカイダが化学兵器を撒いたか、もしくは全くのでっち上げ話)だった可能性がある。この件は、以前の記事「シリア政府は内戦で化学兵器を全く使っていない?」で詳述した。 (シリア政府は内戦で化学兵器を全く使っていない?)

白ヘルメットやマスコミがアサド政権に着せた濡れ衣の化学攻撃の話を、英米政府は全部鵜呑みにしてアサドを非難してきた。だが米政府はこれまで、オバマもトランプも、アサド政権を倒すための本格戦争に踏み切らず、アサド政権を非難したり経済制裁するだけだった。米政界内の好戦派(軍産複合体)は、米政府が濡れ衣に基づいてシリアで本格戦争を仕掛けることを望んだが、米軍がシリアで本格戦争を仕掛けるとイラク戦争と同様の占領の泥沼にはまってしまうので、大統領は本格戦争をやりたがらない。オバマは、13年夏にダマスカス郊外の東グータでアサド政権が化学兵器で市民を攻撃したという濡れ衣が作られ、米政界の好戦派がオバマに本格戦争しろと圧力をかけた時、米国自身でやらず、シリア内戦の問題解決をロシアに丸投げした。それ以来、シリアはロシアの覇権下に入る流れになっている。 (シリア空爆騒動:イラク侵攻の下手な繰り返し) (シリア空爆策の崩壊)

トランプも最近まで、シリアへの軍事関与を減らす方向を希求していた。トランプは今春、シリアから軍事撤退したいと表明していた。だが最近、トランプ政権は、米軍がこの先もずっとシリアに駐留する方針に転換した宣言するとともに、シリア政府軍が化学兵器を使う可能性が高く、化学兵器が使われたら米軍が英仏軍を率いてシリア政府軍を攻撃すると表明し始めた。好戦派=軍産と戦ってきたはずのトランプが、方針転換して好戦派になったと指摘された。好戦派のボルトン補佐官が、トランプ政権の政策を勝手に書き換えているとも言われた。ボルトンは「シリア政府の化学兵器使用を容認しているロシアやイランもアサドと同罪だ」と、露イランをも敵視・非難している。 (Is Trump Going Neocon in Syria?) (US, France, and UK In Direct Talks Over Possible Syria Strikes)

トランプと側近たちは、8月下旬から「シリア政府がイドリブで化学兵器を使いそうだ」と言い続けており、トランプ政権がそのような主張をした後になって、白ヘルメットがイドリブ郊外に新たな拠点を開設したとか、塩素ガスを持ち込んだとかいった話が出てきている。どうも、トランプ政権側の方から米英諜報界に「シリア政府軍(とその背後の露イラン)と戦争したいので、開戦事由として使える濡れ衣を作ってくれ」と依頼し、諜報界が白ヘルメットを動かした感じだ。その前の段階で、白ヘルメットは、シリア内戦の終結とともに英国やカナダに亡命する手はずが語られていた。トランプ政権がわざわざ諜報界に頼んで白ヘルメットを再登場させ、濡れ衣づくりを再演させている。 (White Helmets Look to Set Up Shop in Syria's Rebel North) (Syrian White Helmets: 800 Rescue volunteers evacuated to Jordan by Israel)

ロシアは「シリア政府軍がイドリブで化学兵器を使ったというのは米英が作った濡れ衣」「シリア政府軍はISカイダを退治してイドリブを奪還する権利がある」と言っている。8月末には、ロシアの米国駐在の外交官が、米政府に対し、アルカイダがイドリブで化学兵器を使う準備をしている証拠を提出し、イドリブで化学兵器が使われるとしたら、犯人は、米政府が言っているようなシリア政府軍でなくアルカイダだと、正式な外交ルートで伝達した。ロシアがここまでやるのは珍しい。ロシアは15年からシリアに軍事駐留しているが、これまでは、米英がシリア政府に化学兵器使用の濡れ衣を次々とかけ続けることを、ある程度黙認してきた。だが今回は、もう黙認せず、濡れ衣作りを非難し、アサドのシリア政府を擁護する姿勢を強めている。 (In Rare Meeting, Russia Delivers Intel To US Officials Showing "Planned Chemical Provocation" In Syria)

近現代の戦争は「どちらが正義か」が重要だ(だから英米は、マスコミを使い、善悪を自分たちに有利なように歪曲してきた)。今のシリアでは、濡れ衣に基づいてシリア政府を軍事攻撃し、テロリストを支援する米英が「悪」で、米英の攻撃からシリア政府を守ろうとするロシアやイランが「正義」になる。米欧日など先進諸国では、マスコミが善悪を歪曲し続けているので、多くの人が米英=正義、露イラン=悪だと思い違いをしたままだ。だが、それ以外の新興諸国では、米英がシリアなど世界各地で濡れ衣を口実に侵攻して政権転覆してきた史実が正しく伝えられ始めている。ロシアやイランは、自分たちがシリアで正義の側にいるため強気になり、米英が脅してきても譲歩せず、一戦交えてもかまわないという態度になっている。 (Russia Sees US Building Up for Possible Syria Strike)

米露が本気で戦い続けると、全人類を巻き込む世界大戦になる。米英が、イドリブで、シリア政府軍が化学兵器(塩素ガス)を使って一般住民を殺傷したというでっち上げを白ヘルメットにやらせ、この濡れ衣を開戦事由として米軍が英仏軍を率いてシリア政府軍を攻撃すると、ロシア軍とイラン系民兵団(ヒズボラなど)がシリア軍の援護に入り、米英仏と露イランシリアとの本格戦争になりかねない。米軍はシリアに2千人しか駐屯しておらず、地上軍の戦闘になると、イランシリアの軍勢に対して苦戦する(ロシアのシリア駐留は空軍のみで、地上軍を出していない)。米軍が挽回のためイラン本土を攻撃する事態になると、とても危険だ。 (U.S. Will Respond "Swiftly" If Assad Uses Chemical Weapons: White House)

この危険な事態に対し、米諜報界のOB(=重鎮)たちが「米軍はイドリブで露シリア側と戦争してはならない」「トランプは軍事力でなく、外交力を使い、シリア政府軍がイドリブの奪還戦を思いとどまるよう、露シリア側と交渉すべきだ」と主張する公開書簡を、トランプあてに出した。米諜報界は軍産複合体そのものであり、好戦的なはずの軍産がトランプに対し、戦争するな、外交をやれと求めている。 (Moscow Has Upped the Ante in Syria) (Intel Veterans Urge President Trump To Step Back From The Brink On Syria)

英仏は、今回の展開に対し、とりあえず米国に付き従っているが、明らかに濡れ衣の開戦事由をこれから作って露シリアと戦争しようとするトランプのやり方を嫌っているに違いない。トランプは昨年4月にも、白ヘルメットがイドリブでやった化学兵器使用をシリア政府軍の仕業だと言い募り、米軍が英米を引き連れて、シリアにこけおどしのミサイル攻撃を行なっている。この時イドリブで化学兵器を使ったのがシリア政府軍だという証拠は何もなく、英仏はトランプの戦争に付き従うことの危険をすでに感じている。トランプが今後、米国と露シリアの戦争に突入しようとするほど、英仏も、米諜報界のOBたちと同様、トランプに戦争をやめさせようとするだろう。 (ミサイル発射は軍産に見せるトランプの演技かも)

米国が濡れ衣の開戦事由で戦争し、あとで国際信用を大きく失った最大の先例は03年のイラク侵攻だ。軍産やネオコンは、世界各地の米国の敵国に対し、次々と濡れ衣の開戦事由を作ってきた。「シリア政府軍の化学兵器使用」はその濡れ衣策の一つで、シリア内戦の初期から何度も繰り返されてきた。軍産の内部には、どんどん濡れ衣を作る勢力(ネオコンら。隠れ多極主義)と、イラク侵攻の失敗を繰り返したくない(米国の覇権を守りたい)のでもう濡れ衣戦争をやりたくない勢力(エスタブリッシュメント)がいる。13年夏にシリアのグータで最初に化学兵器使用の濡れ衣が作られ、好戦的な米マスコミが「オバマはアサドを武力で倒せ」とけしかけた時、米諜報界のOBたちはオバマに「グータで化学兵器を使ったのはシリア軍でないかもしれない。慎重に動いた方が良い」と進言し、オバマは軍事行動をとらず、シリア内戦の解決をロシアに丸投げした。 (On the Brink With Russia in Syria Again, 5 Years Later)

だが、トランプはオバマと正反対の方向を進んでいる。昨年は、シリア政府軍が化学兵器を使ったという濡れ衣を丸呑みしてシリアをミサイル攻撃し、今年は安保担当補佐官にネオコンのボルトンを就任させ、化学兵器使用を理由に露シリアと戦争しようとしている。以前から書いているように、これはトランプの意図的な戦略だ。 (軍産複合体と正攻法で戦うのをやめたトランプのシリア攻撃) (中東大戦争を演じるボルトン) (軍産の世界支配を壊すトランプ)

トランプは、米覇権体制の世界を運営してきた軍産の主流派が「やめてくれ!」「和平の方がましだ!」と叫ぶような無茶で過激な好戦策を突っ走り、軍産を十分にビビらせておいて、戦争しない覇権放棄の方向に転換する。昨年から今年にかけて、先制攻撃の叫びから米朝首脳会談へと大転換した、北朝鮮に対するやり方が象徴的だ。シリアはすでに露イランの影響圏であり、米軍がシリアへの介入をやめた時点で、覇権放棄が完了する。 (米朝ダブル凍結を実現したトランプ) (北朝鮮を中韓露に任せるトランプ)

今もトランプと親しい戦略家スティーブ・バノン(トランプ陣営の別働隊)がやっていたニュースサイトのブライトバードは最近、シリア政府軍が化学兵器を使ったとさかんに報じている。軍産ネオコンを敵視してきたブライトバードが、軍産ネオコン的な「アサドの化学兵器使用」を喧伝し始めたのは、かなり怪しい。トランプが、軍産を潰すために軍産以上の過激な好戦策をやり、それにブライトバードも乗っている感じだ。 (Breitbart: U.N. Investigators Find More Evidence Assad Used Chlorine Gas on Civilians)

シリアで今にも米露が世界大戦を起こしそうな今の事態は、軍産をビビらせ、覇権放棄に持っていくためのトランプの策略だ。シリアで米露が本格戦争することはない。軍産の主流派や英仏は、何とかしてシリア政府軍にイドリブ奪還戦を思いとどまらせようと外交的に奔走している。今にも行われそうなでっち上げの「シリア政府軍による化学兵器使用」も、行われずに終わるかもしれない。でっち上げが行われ、トランプが、昨春のようなシリア政府施設に対する、ロシアが無視できる範囲の、こけおどしなミサイル攻撃をするかもしれないが、これに英仏が参加するか疑問だ。 (Washington ramps up diplomatic efforts to stave off Idlib operation)

イドリブのアルカイダは、周辺に住んでいる一般の住民(多くが国内避難民)に避難することを禁じ、一般住民を人質(人間の盾)にして、シリア政府軍と戦う姿勢を強めている。イドリブのアルカイダは、米英トルコ側から武器の供給を受けており、露シリア側がイドリブ奪還戦の本格化を延期するほど、アルカイダが軍事力を取り戻し、イドリブの奪還が難しくなる。そのため露シリア側は、米トルコ側から求められても、イドリブ奪還戦の遂行をやめることはない。トルコやEUがアサド政権との国交を回復するといった意外な大譲歩が行われない限り、10月末までに奪還戦が開始され、年内にイドリブがシリア政府の統治下に戻りそうだ。 (Syrian rebels preventing refugees from leaving Idlib as Russian forces prepare final offensive)

トランプから離れたサウジ  09/10記事

トランプの米国が、ヨルダンと、パレスチナ(ヨルダン川西岸)を合邦させる案を、ヨルダンとパレスチナ(自治政府)に提案して了承しろ、それをパレスチナ問題の最終解決案として受け入れろと圧力をかけ始めた。合邦案は、西岸にパレスチナ国家を作らせない好都合な策として、以前からイスラエルの右派が推進しており、トランプはそれをそのまま自分の案として使っている。戦後の中東和平案で一貫して「イスラエルとパレスチナが共有する首都」として規定されていたエルサレムは、この合邦案において、イスラエルだけの領土になっている。 (Is Jordan Palestine?) (トランプの中東和平)

合邦案は、戦後の中東和平案で規定されてきた「パレスチナ国家の創設(パレスチナ自治政府を正式な国家の政府として認めること)」を否定している。トランプは昨年、パレスチナ自治政府(PA)に対し、合邦案より少しましな、エルサレムの隣のアブディス村をパレスチナ国家の首都にするミニ国家案を提案したが、PAのアッバース議長が拒否したため、今回、それよりさらにひどい、パレスチナ国家を認めない合邦案を提案してきた。 (中東和平の終わり。長期化する絶望)

今回の合邦案に対し、PAとヨルダン王政は、強く拒否している。PAは、自分たちの国家建設が認められないのだから拒否して当然だ。ヨルダンの方は、すでにヨルダンの人口(1千万人)の70%がパレスチナ人なので、そこに300万人いる西岸のパレスチナ人が新たにヨルダン国民として加わると、王政を倒してパレスチナ人政党(ムスリム同胞団)を与党にする「民主化」の政権転覆が行われかねない。そのためヨルダンのアブドラ国王が合邦に反対している。 (U.S. Sounds Abbas Out on Palestinian-Jordan Confederation) (JC Settlements remain, Jordan as ‘border guard’ – details of Israel plan emerge)

ヨルダン国王は、イスラエルの言いなりになっているトランプの和平提案や米大使館のエルサレム移転に、一貫して反対している。その報復として、米国はヨルダンに対する経済支援を減らしている。ヨルダンにはろくな産業がなく、米国からの支援が減ると、ヨルダン政府の財政はとたんに赤字になる。今年、ヨルダン政府は累積財政赤字がGDPとほぼ同額の危険水域に達した。失業率も上がり、6月には反政府デモが起こり、国王は首相を解任した。首相の首をすげ替えても、根本的な解決にはならない。ヨルダン国王が、トランプ(=イスラエル)の合邦案を受け入れるのは時間の問題かと思われた。 (Confederation with whom? This is a red line — King) (Trump Resurrects the Idea of Jordan Is Palestine)

だがそこに、意外な助っ人があらわれていた。それまで、トランプと一緒になってヨルダンやPAに対し、イスラエルに好都合な和平案を飲めと圧力をかけていたサウジアラビアが、いつの間にか一転して、ヨルダンの擁護に回っていた。サウジは6月、ヨルダンの財政難が悪化して首相が交代した直後、UAEやクウェートも誘い、ヨルダンに緊急の財政支援を行った。米国が出さなくなった分のお金を、サウジが出すようになった。 (Saudi Arabia to host summit on Jordan economic crisis)

サウジはサルマン国王が最高権力者であるが、昨年以来、国王の末息子のモハメド皇太子(MbS)が(トランプの勧めで?)父から広範な権力を移譲され、トランプやクシュナー(トランプの娘婿のユダヤ人。中東政策担当)と親密になって、イスラエルに好都合な和平案や、過激なイラン敵視策などを推進してきた。 (カタールを制裁する馬鹿なサウジ) (サウジアラビアの自滅)

だが、イスラム世界とアラブの盟主であるはずのサウジが、イスラムとアラブの大義であるパレスチナ問題の正義(パレスチナ国家の創設)を無視し、仇敵であるイスラエルの言いなりになってしまうことには、サウジ国内やアラブとイスラム諸国からの大きな反発を受けた。イスラエルべったりのトランプの案に乗って、中東和平がうまく行くのならまだしも、事態は全く反対に、和平は進まず、アラブ諸国の結束が乱れ、イランの台頭を招くばかりだ。中東和平だけでなく、イラン敵視、カタール制裁、レバノン首相解任、イエメン戦争、アラムコ上場など、MbSが進めた策はいずれも失敗している。 (Saudi King Shelved Aramco IPO To Teach Son, Prince Bin Salman A Lesson)

そのため、今年の春から夏にかけての時期に、父親であるサルマン国王が、MbSの政策を次々に棚上げして、以前の姿勢に戻すことをやり出している。サウジは、トランプの策に乗るのを静かにやめている。トランプがヨルダンに渡していた支援金を減らした分を、サウジが穴埋めしたことは、その一つだった。トランプがヨルダンに、西岸との合邦や、エルサレムをイスラエルだけの首都にすることを認めろと圧力をかけているのに対し、サウジは、以前のトランプ支持から、ヨルダン支持へと転換した。 (US Considering Attacking Iran, With Saudi Forces Leading Strike)

サウジが6月、ヨルダンの財政危機を救う緊急の財政支援を行った当時は、まだサウジの転換が知られていなかった。当時、中東の分析者たちは「サウジは、トランプの言うことを聞けとヨルダンに圧力をかけるために、ヨルダンに財政支援したのでないか」という見方を示した。だがその後、サウジは、トランプの中東政策から離反する動きを次々に行い、サウジが姿勢を転換したことがしだいに確実になった。 (Does latest Gulf aid to Jordan come with strings?)

8月初め、サウジ国王が、エルサレムを全部イスラエルにあげてしまうトランプの中東和平案を拒否し、2国式に固執するパレスチナ自治政府を支持すると表明する手紙をトランプ宛てに送っていたことを、イスラエルのハアレツ紙が報じた。これと前後してロイター通信も、アラブ外交筋の話として、サウジ王政がトランプの中東和平策を支持するのをやめたと報じている。 (Saudi Arabia backs away from ‘Deal of the Century’)

またサウジ政府は8月初め、16年の国交断絶以来、認めていなかった国内へのイラン外交官の駐在を再び認め、サウジの首都リヤドでイランの代表部(大使館)が再開した。サウジ国王は、MbS皇太子にトランプべったりの姿勢をやめさせ、トランプに手紙を書いて中東和平策に関する不支持を表明し、トランプ追従策の一つとしてやっていたイラン敵視を緩和した。 (Saudi Arabia to admit Iranian diplomat - IRNA)

8月末には、MbS皇太子が進めてきたアラムコ(サウジ国営石油会社)の株式上場計画も、上場先を確定できないまま困難になり(おそらく真の理由は、上場による需給バランスの乱れが世界的な株のバブル崩壊を引き起こしかねないこと)、サルマン国王が上場計画の棚上げを決めた。最近は、イエメン戦争でのサウジ軍による市民殺害も、戦争犯罪であると国際的な非難を集めている。MbSによるサウジの国家戦略は全面的に行き詰まっている。 (Saudi Arabia's ambitious Vision 2030 plan in trouble) (UN Report Details War Crimes by Saudis, UAE in Yemen War)

サウジの国王が皇太子の政策をやめさせる方針転換は今年6-8月に顕在化したが、方針転換の始まりはもっと前の今年初めだった可能性がある。今年3月、トランプが、それまでのカタールへの敵視をやめて、カタール君主を大統領府に招待して褒めそやしていたからだ。昨年6月、トランプはMbSをけしかけて、ガザのハマスなど中東全域のムスリム同胞団を支援していた、イラン寄りの国であるカタールを制裁させた。そのトランプ自身が、9か月後にサウジのはしごを外してカタール敵視をやめてしまった。これはおそらく、イスラエルが、ガザのハマスとの和解を目指し、ハマスに影響力を持つカタールを、敵から味方に転換させる必要があったからだろうが、この時点ですでにサウジとトランプの同盟関係が崩れていた可能性がある。サウジはまだカタールを敵視している(和解は時間の問題だが)。 (Trump Will Regret Changing His Mind About Qatar) (The Qatar Crisis Moves to Palestine)

▼トランプがイスラエルの傀儡策をやるほどイスラエルが不利になる

サウジはすでに、トランプの中東和平策(=イスラエルが作った策)に反対し、トランプが和平策を飲まないヨルダンやPAへの制裁として支援金を削減した分を、サウジが穴埋めしている。サウジに助けられているヨルダンやPAは、もうトランプの言うことを聞かない。トランプは、うまくいかないと知りつつ、ヨルダンやPAに、合邦策を飲めと圧力をかけている。なぜ、うまくいかないとわかっているのにやっているのか。それはおそらく、大統領に当選する前に(歴代の米大統領と同様)トランプがイスラエルと約束したことがあるからだ。 (トランプのエルサレム首都宣言の意図)

イラン核協定からの離脱、エルサレムへの米大使館の移転、2国式の中東和平策の否定、サウジを反イスラエルから親イスラエルに転じさせる努力をすることなどを、イスラエルの希望に沿って、トランプは約束したのでないか。約束をしたものの、トランプが最もやりたいことは、イスラエルの傀儡になることでなく、米国の覇権を不可逆的に放棄することだ。トランプは、イスラエルの傀儡として動きつつ、その動きの結果、米国の国際信用が低下して覇権放棄が成就するようにはかっている。 (軍産の世界支配を壊すトランプ)

トランプは、約束どおり2国式の中東和平を拒否し、イスラエルが作った合邦案をヨルダンやPAに押しつけている。サウジはトランプの支持者から批判者に転じ、ヨルダンやPAを支援して、合邦案の実現を阻止している。エルサレムをイスラエルだけの首都として認めたトランプの米国は、もう中東和平の仲裁役(=中東の覇権国)でない。

トランプは最近、イスラエルの傀儡として、イスラエルが前々から国際社会にやらせたかった、パレスチナ難民の認定取り消しを要求し始めている。国際社会はこれまで「パレスチナ難民の子供や孫もパレスチナ難民だ」という理屈に立ち、約500万人がパレスチナ難民に認定されているが、米イスラエルは「難民権は代を継げない」「難民の子供や孫は、パレスチナ国家ができたら引っ越す(帰国する)権利を持つのでなく、いま住んでいる国の国籍を付与されるべき」という新たな姿勢に立つことを宣言した。この新宣言に基づくと、パレスチナ難民の総数は500万人でなく、4万人になる。米政府は、この新宣言に基づき、国連のパレスチナ難民支援の機関UNRWAに対する支援金を急減すると発表した。 (US cuts all funding for UN agency that helps Palestinian refugees) (Jordan can't afford to lose UNRWA battle)

米国が打ち切った分のUNRWAの資金は、サウジやEUや中国などが穴埋めすることになる。パレスチナ問題の主導役が、米国から、サウジやEUや中国やロシアに代わっていく。以前のように米国の単独覇権体制が盤石な時代なら、米国がイスラエル好みの新政策を打ち出すと、国際社会は、嫌々ながらそれに従っていた。米国を傀儡化することが、イスラエルの国益に合致していた。だが今は違う。米国がイスラエル好みの政策を打ち出すほど、米国は世界からそっぽを向かれる傾向を加速し、米国の代わりに露中やEUに中東の覇権国をやってもらいたいと国際社会が考えるようになる。イスラエルが米国を傀儡化するほど、米国は覇権を失い、イスラエルの国益にマイナスな結果になる。 (The U.S. Is Sidelining Itself in the Middle East)

米国が大使館をテルアビブからエルサレムに移す決定をした後、グアテマラとパラグアイが、米国に追随して大使館をエルサレムに移した。だが、パラグアイは、国際社会で批判されるのでいやになり、大統領の交代後、大使館をテルアビブに戻すことを決めた。米国に追随して世界の多くの国々が大使館をエルサレムに移すと考えたイスラエルの目論見は外れた。米国の覇権がいかに低下しているかを示すだけの結果になっている。 (Outcry from Israel after Paraguay moves its Jerusalem embassy back to Tel Aviv) (Paraguay to move embassy in Jerusalem al-Quds back to Tel Aviv)

トランプは昨年、サウジのMbS皇太子をけしかけてイスラエルと接近させ、イランを共通の敵とするサウジとイスラエルとの同盟体を作らせようとした。だがこれも今年、サウジの国王が皇太子の策を失敗とみなしてやめさせた結果、サウジとイスラエルとの関係改善が不可能になっている。こんご米国の覇権が衰退するほど、米国の言いなりになることがサウジの国益にならなくなり、むしろ米イスラエルを批判する方が国際政治力(大義)の獲得に好都合になる。サウジが米イスラエルを批判するほど、イランと敵対し続ける意義も失われる。イスラエルとサウジが同盟を組んでイランを敵視する構図は夢と消えた。 (イランを共通の敵としてアラブとイスラエルを和解させる)

同様の傾向はイスラエルにも言える。イスラエルは、トランプの米国に頼る策が全くうまくいかなくなった半面、ロシアに頼る策はうまくいっている。イスラエルは数年前から、米国の覇権衰退の傾向を把握し、米国を傀儡化しておく戦略を維持しつつ、プーチンのロシアに接近している。イスラエルは、イスラエルの隣にあるシリアを仕切るようになったロシアに頼み、シリアを舞台にイスラエルとイラン・ヒズボラが本格戦争しなくてすむよう仲裁してもらい「冷たい和平状態」を実現した。イスラエルは南方のガザでも、エジプトの仲裁でハマスと停戦し、冷たい和平を実現している。エジプトの後ろにはロシアがいる。 (ロシアの中東覇権を好むイスラエル) (米国に頼れずロシアと組むイスラエル)

北方のシリア・レバノンと、南方のガザにおいて、イスラエルは、ロシアのおかげで国家安全を確保している。残るは、米国に頼ってきた西岸だ。サウジがトランプ支持をやめたため、米サウジがイスラエルの傀儡となってヨルダンやPAに圧力をかけ、合邦やミニ国家など、エルサレムなしの中東和平の解決案が実現する可能性は大幅に低下した。西岸の問題はふりだしに戻った。しばらく解決しそうもない。 (米国から露中への中東覇権の移転が加速)

西岸は、このままずっと未解決のまま残るのか。いずれ変化があるとしたら、それは、アラブでなくイスラエルの側かもしれない。米国の覇権低下を受け、これまで20年近くイスラエル政界を牛耳ってきた右派・入植者(2国式拒絶派)の力が低下し、選挙を経て、2国式を受け入れる左派・中道派が与党になるというイスラエルの政変がいずれ起こりうる。右派・入植者は、米国のユダヤロビーと結託して米政界を牛耳り、その力でイスラエル政界を牛耳ってきた。 (入植地を撤去できないイスラエル) (Israeli rightwing party aims at one million settlers)

今のところ、左派中道派への支持は凋落する一方で、イスラエルの主導役が右派から左派に転換しそうな感じは全くない。だが今後、米国の覇権低下が進み、イスラエルを国際非難から守ってくれていた米国の力が失われ、イスラエルへの国際非難が強まる。イスラエルが世界から非難されるのは、西岸で入植地を拡大し、パレスチナ国家の設立を阻止しているからだ。その政策を進めているのは右派・入植者だ。米国の覇権が失われると、右派・入植者が米国を牛耳り続けてもイスラエルの国益にならなくなり、むしろ右派・入植者のせいでイスラエルが国際非難されるマイナス面が大きくなる。その傾向が、いずれ選挙結果に反映されると、イスラエルは左派中道派が強くなり、入植地の縮小や、2国式の和平推進をやるようになる。

トランプに売られた喧嘩を受け流す日本  09/07記事

9月6日、米国の新聞ウォールストリートジャーナル(WSJ)の編集者ジェームス・フリーマン(James Freeman)が、トランプ大統領から電話をもらった。その朝、フリーマンがテレビ(親トランプなFOX)に出演し、トランプの税制改革と規制緩和の政策を称賛したので、それを見たトランプが上機嫌で電話してきた。その電話の中でトランプは、米国に対して貿易黒字を出している諸国を非難し、米国の貿易赤字を減らさねばならないと力説した。 (Trump Eyes a Japan Trade Fight)

トランプは「北米や欧州の国々との貿易交渉が進んでいるが、それで終わりでない」という趣旨を述べ、日本を名指しして、「これまで日本の指導層との関係は良かったが、その良い関係も、日本がいくら(対米貿易黒字を穴埋めするためのお金を)払わねばならないかを私が日本に伝えた時点で終わるだろう」と語った。トランプは、すでに貿易問題でドイツやカナダに喧嘩を売り、メルケルやトルドーと激しいやり取りをしている。中国にも巨額の貿易黒字の削減を求め、一部は認められたが残りは拒絶されて貿易戦争になっている。次の標的は日本であり「オレが売った喧嘩を安倍が買って日米関係が悪化するぞ」とトランプは予告的に宣言した。 (Trump focused on trade deficit with Japan: report) (USDJPY Tumbles After Trump Hints At Japan Trade War Next)

 トランプはWSJのフリーマンに電話して、日本に貿易戦争を宣戦布告した。トランプは、中国に対してやったように、日本にも、具体的な金額を提示して貿易黒字の削減を求めてきそうだ。だが、私から見ると、米国が日本に無茶な要求をしても、トランプが予告した日米貿易戦争の勃発と日米関係の悪化は、たぶん起こらない。予告は「はずれ」になる。日本は、カナダやドイツと異なり、安倍も官僚機構も、米国にやり返さない。トランプに売られた喧嘩を買わず、受け流す。 (世界と日本を変えるトランプ)

日本では、国家の権力の源泉が「米国との関係(対米従属)」にある。米国の権力筋とつながった勢力が、日本の権力を握る。戦後、米権力筋とのつながりは外務省が主導する官僚機構が握り、官僚にかつがれた自民党が政界を支配していた。だが16年の大統領選で、それまで米国の権力を握っていた軍産複合体に宣戦布告した覇権放棄屋のトランプが勝ってしまい、それ以来、米国の権力の最上層部でトランプと軍産との戦いが続き、今のところトランプが優勢だ。 (日本の権力構造と在日米軍) (日本の官僚支配と沖縄米軍)

日本の外務省は軍産とのつながりだけを重視し、16年の大統領選でも軍産が支持するクリントンが勝ってトランプが負けると確信していたため、日本はトランプとのつながりがなかった。大統領選直後、この日米関係の空白を埋めるかたちで安倍首相がトランプに会いに行き、安倍は日本外務省を経由せずトランプとのつながりを確立した。日米関係において、安倍とトランプの個人的つながりが、従来の軍産と日本外務省のつながりを乗っ取って上書きする「政変」が起きた。安倍は、軍産傀儡の外務省筋を外し、代わりに経産省を重用して自分の政策を進めている。トランプは、6月の米朝首脳会談で確立した金正恩との関係が象徴するように、自分と外国首脳との個人的な関係を確立し、それを使って軍産の世界支配に対抗している。 (従属先を軍産からトランプに替えた日本) (中国と和解して日豪亜を進める安倍の日本)

この経緯から、安倍は、トランプからいくら喧嘩を売られても、それを買うわけにいかない。安倍がトランプと喧嘩すると、それで生じた日米関係の空白を埋める形で日本外務省が入り込んできて、自民党内(もしくは野党)の安倍以外の勢力と外務省が結託して安倍を倒し、日米関係(=日本の権力)を外務省が握り直すための政変を起こしかねない。 (民主化するタイ、しない日本)

トランプ陣営は、こうした日本の権力構造を把握していないかもしれない。トランプは、カナダやドイツや中国やトルコなど、先進諸国から新興市場諸国までの全世界に、理不尽な貿易戦争や、濡れ衣の経済制裁を行なって世界中の反米感情を扇動し、その力で世界が非米化して米国の覇権を衰退させるように仕向けている。日本にも、この戦略に沿って理不尽な貿易戦争を仕掛ければ、日本人が反米感情を膨張させ、日本の政治家も反米ポピュリズムに乗って権力を維持するようになり、日本が非米化して対米従属をやめるだろうと、トランプ陣営は考えているかもしれない。だが、だとしたらトランプの策略は、他の国々に対して有効でも、日本に対してだけは効果がない。 (トランプ政権の本質)

戦後、日本が高度成長を始めた1960-70年代には、ベトナム反戦運動などで米国から日本人の反米感情を扇動する動きがあり、当時の日本の若者(全共闘世代)が反米的になった。だがその後の日本の支配層は、国民の反米化を阻止することを重視した。経済大国となった日本は、自衛が十分可能になり、安保面で対米従属する必要がなくなったため、国民の反米感情が煽られると、昔より簡単に対米自立しうる。日本の権力構造が米国とのつながりに依拠しているため、日本の権力機構は、安保面で不必要になっても、対米従属に固執せねばならない。国民の洗脳が重要になっている。 (アメリカの戦略を誤解している日本人) (日本経済を自滅にみちびく対米従属)

これに加えて、トランプ政権の成立後、日本では、トランプと直接つながって権力を行使する安倍と、安倍に外されて挽回を狙う外務省との間で、米国との関係の主導役(=日本の権力を握る者)をめぐる暗闘がある。この暗闘は、米国と喧嘩した方が負けになる。そのため安倍も外務省も、内心「トランプは何てことをするんだ」「もう日米同盟は終わりかも」とたじろぎつつ、表向きは平然と「日米関係はますます強固だ」と(現実と全く違うことを)言い続けている。マスコミや権威筋の中で、そのように言わない者たちは権威を失う。トランプがいくら日本の反米感情を煽ろうとしても、日本の権力に近い勢力は、いずれもそれを受け流して無視する。 (Japan is worried about its alliance with America)

▼トランプの喧嘩を買った国から順番に多極型世界へ。日本は取り残されてるのに気づかない。新たな「幕末」

8月30日に「日本すら参加しないイラン制裁」という記事を書いた。この記事の内容を、今回の記事の筋で読み直すと、日本が中国やEUのように、トランプのイラン制裁に協力しないと宣言してしまうと、それは米国と喧嘩してしまうことになる。イランの石油利権は日本にとって非常に重要なので、日本がトランプのイラン制裁に協力するのは困難だ。だが、協力しないと宣言することも、トランプと喧嘩になるのでできない。経産大臣は「民間企業の判断に任せます」とごまかし的な発言をしておくしかない。 (日本すら参加しないイラン制裁) (Japan talking ‘tenaciously’ to US on Iran oil imports)

金融分野では、8月28日の記事に書いたように、日銀の黒田総裁が、欧州や英国の中央銀行総裁と一緒に、8月末の米連銀の重要なジャクソンホール会議を「集団欠席」した。自国のことしか考えない米国勢に、欧州や英国が「もっと覇権国らしく世界のことを考えろ」と怒り、日本もその抗議行動に乗った。これは、日米間の亀裂と言えなくもないが、日本や欧州が「反米」「対米自立派」になったのでなく、逆に、米国の覇権に頼っているからこそ、米国に対し、覇権国としての自覚をもっと持てと怒ったという話だ。 (中央銀行の仲間割れ) (BOJ Bond Buying Tweak Sparks Fears Of Imminent Tapering)

トランプは今春、日本を含む世界の多くの国々が米国に輸出してくる鉄鋼アルミ製品に高い関税をかけた。欧州やカナダなど多くの国の政府が、これを声高に非難したが、日本政府は「被害が少ないので問題ない」と受け流すことに全力を注いだ。トランプが安倍の顔に泥を塗っても、安倍はヘラヘラお追従笑いを崩さない。トランプと喧嘩したら終わりだからだ。日本は、カナダやドイツと違う。トランプの策略は、売られた喧嘩を買わせることが前提だ。喧嘩を買わない日本は、トランプにとってやりづらい相手だ。 (貿易戦争で世界を非米・多極化に押しやるトランプ)

トランプは日本や西欧に対し「米国が同盟諸国を防衛する日米安保やNATOの体制を維持してほしいなら、要求どおり貿易黒字を減らせ。黒字の資金を使って米国から兵器を買え」と言っている。兵器を買わせるのがトランプの要求の本質だと考える人もいるが、もしそうなら、要求を飲まないならNATOを離脱するとか、在韓米軍の撤収が目標だとトランプが言うのはおかしい。これらの発言は、欧州人にNATOでなくEU軍事統合で対応しようと考えさせ、韓国人の対米自立心を扇動してしまうのでマイナスだからだ。 (Japan to Spend Billions on U.S. Missile-Defense System)

日本や他の同盟諸国の中には「トランプは無知なので貿易戦争をやっている」と言って、米国に交渉団を送り込んでトランプに説明して説得しようとする者もいる。だが、このやり方はうまくいかない。トランプは、覇権放棄という隠れた真の目的のために、わざと間違ったことを言って貿易戦争を起こしている。貿易戦争や濡れ衣経済制裁といったトランプの策略は、今後も延々と続く。 (Japan, South Korea keep wary eye on Trump’s war with China)

トランプの策略は、日本に対して効かないが、他の多くの国々には効果がある。「もう米国と一緒にやっていけない」「対米自立しかない」と決断した国から順番に、非米的・多極型の新世界秩序に参加していき、いずれ非米側の諸国の方が大勢になった時点で、ドル決済や米国中心の金融システムが見捨てられる傾向が加速し、米国覇権が崩れて多極化が進む。 (ドル覇権を壊すトランプの経済制裁と貿易戦争)

米朝が和解した6月の米朝首脳会談は、米国が日本と韓国を引き連れて北朝鮮と恒久対立していた極東(日韓)の対米従属的な安保体制の根幹を破壊した。おそらく韓国は、トランプの誘導に乗り、対米自立的な北との和解に向かう。在韓米軍がいなくなり、次は在日米軍だという話になっていく。 (韓国は米国の制止を乗り越えて北に列車を走らせるか)

シリア内戦終結に際しては、イスラエルが、表向きの対米同盟と裏腹に、ロシアに接近し、ロシアがイラン・アサド・ヒズボラ・ハマスとイスラエルの間を仲裁し始めている。この動きの裏にもトランプがいる。7月の米露首脳会談の主題は、シリア内戦後のイスラエルの安全を守る役目を米国からロシアに移譲することだった。このように貿易戦争や経済制裁といった好戦面だけでなく、南北和解、中東安定化などでも、トランプの誘導に乗った国から順番に、非米的な新世界秩序の中に入っていく。好戦面では、トランプの喧嘩を買った国から多極化していく。買わない日本は取り残される。 (ロシアの中東覇権を好むイスラエル)

日本は、トランプの誘導に全く乗っていないわけでない。トランプがTPPを離脱した後、日本は豪州などと協力し、地道に米国抜きのTPP11をまとめている。TPP11は、中国圏と米国の間に位置する、日豪主導の海洋アジア圏(日豪亜)となり、日米安保体制が失われた後の日本の国際安全保障の根幹になりうる。だが、今のところ日本のTPP11の推進力は弱い。「TPPは日本(と豪州)の影響圏だ」といった見方も出てこない。外務省など官僚機構が、日米安保体制以外の選択肢を作りたくないからだろう。 (TPP11:トランプに押されて非米化する日本)

日本は、戦後の権力構造ゆえに対米従属に固執し、今まさに起きている米国覇権の退潮と多極化について、きちんと分析していないし、転換の準備もほとんどしていない。黒船が沖合まで来ているのに、無視したり、長崎に行けと言ったりしているだけの、幕末の幕藩体制みたいだ。幕藩体制の中で、安倍と外務省が暗闘しているのが今の日本だ。次の「薩長の志士」たちは今どこにいる??。まだ新たな「薩長」が誰なのかも見えてない。だが、すでに今の日本は、国是の転換が必要な「幕末」「時代遅れの旧体制」になっている。マスコミや権威ある人々は、その状態を指摘しない。気づいてない。多くの国民も呑気に構えている。

先日、日本から麻生財務相が訪中した際、中国で米国との貿易戦争に対処している劉鶴・副首相と会談し、劉鶴から「一緒に自由貿易体制を守りましょう」と提案された。これは、トランプから身勝手な貿易戦争を仕掛けられている国どうし、日中が仲良く非米化の道(相互貿易の非ドル化など)を進んでいこうという誘いだ。中国は日本に「対米従属なんか早くやめて、非米世界に入っておいでよ」と誘っている。 (China's Vice Premier Liu He says China, Japan should protect free trade)

だが、すでに述べたように、日本は自分から対米従属をやめたくない。米国の覇権がいつまで続くかわからないので、その後のことを考えて中国との敵対は避けたいが、日本が中国と公然と仲良くすると、トランプから何を言われるかわからない。日本は、目立たないように中国との関係を改善していきたい。「米国から貿易戦争を仕掛けられた日中韓が非米化で結束する」という趣旨の分析記事もアジアタイムスが出しているが、日本に期待しすぎだ。日本は公然と非米化を進められない。 (Japan, South Korea keep wary eye on Trump’s war with China)

日本は、中国やロシア、北朝鮮などとの関係改善を、対米従属を維持しながら、目立たないかたちで進めざるを得ない。目立たないように進めるので、腰が引けた形になる。中国は、そんな日本でも良いと言っているようだが、ロシアや北朝鮮は、今のままの日本とは関係改善を進められないと言っている。間もなくロシアのウラジオストクで行われるプーチン主催の東方経済フォーラムに安倍首相が出席し、プーチンや習近平と会談しそうだが、プーチンと安倍の会談で北方領土問題の前進はなさそうだ。 (Kremlin says more trust-building needed for Kuriles deal with Japan)

当初、この会議に北の金正恩も出席して、安倍と正恩の初の日朝首脳会談が行われる可能性が指摘されたが、正恩は南北首脳会談の準備を優先してウラジオに来ないことになり、日朝首脳会談は行われなくなった。南北米中露日という旧6か国協議のメンバーの中で、北と和解していないのは日本だけだ。安倍政権は北と和解したいと考え、北との接触を進めたが、日米安保体制の維持のため公式な北敵視をやめられないので、北に相手にしてもらえない状態だ。米国の覇権が退潮するなか、対米従属に固執して他の道を進みたがらない日本は、しだいに周辺国から馬鹿にされる二流国になっている。 (What Kim Jong Un’s decision to skip the Eastern Economic Forum means for Russia) (Japan and North Korea held secret meeting as Shinzo Abe 'loses trust' in Donald Trump)

印パを中露の方に追いやるトランプ  09/05記事

トランプ政権の米国が、インドとパキスタンの両方を経済制裁する方向に動いている。米国はこれまで、印パのどちらか一方を味方に、他方を敵方にして均衡戦略を続けてきたが、最近は、歴史的に前例のない両方敵視になっている。しかも米国に敵視されるほど、インドとパキスタンはそろって中国やロシアに接近し、米国抜き・多極型の新世界秩序の一員になる傾向だ。印パは、中露が率いる上海協力機構に同時加盟し、米国撤退後を見据えた中露主導・米国抜きのアフガニスタンの安定化策に仲良く協力し始めている。中国は最近、アフガニスタンの治安維持への協力を本格化している。米軍もアフガン駐留しているが、米中は相互に相手がいないかのように振る舞っている。 (America’s Pakistan policy shows White House ignorant of major geostrategic shift) (China says it is helping Afghanistan with defence, counterterrorism)

印パは、アフガン安定化策での協調を皮切りに和解を試み、両国の建国以来70年間続いてきた敵対を終わらせようとしている。トランプの印パ敵視策は、非米的な方向での印パの和解につながっている。トランプは、シリアなど中東の運営をロシアに任せたり、各国と貿易戦争を引き起こして自由貿易体制から離脱しようとするなど、覇権放棄や多極化の戦略を多方面で進めている。印パを中露と結束させて和解させていることも、トランプの意図的な戦略と考えられる。 (中国がアフガニスタンを安定させる)

米政府は9月2日、対アフガン国境沿いで米軍と戦っているタリバン系の武装勢力に対するパキスタン政府の取り締まりが不十分であるとして、これまでパキスタンに出していた年間3億ドルの軍事支援金を打ち切ると決めた。米政府は911以来「パキスタンはテロリスト(タリバン)を匿っている」と批判し続けてきたが、パキスタンは米国の同盟国であるため、これまで軍事支援の打ち切りに至っていなかった。今回、トランプ政権は、同盟国をも対象にした、問題ある国際支援金の打ち切り策(覇権放棄策)の強化の一環として、パキスタンへの3億ドルを打ち切ることにした。 (Trump Administration Cancels $300M Aid to Pakistan Over Terror Record)

一方、米国のインドに対する制裁は、まだ発動されておらず「脅し」の段階だ。インドは、ロシアから最新型の地対空迎撃ミサイルS400を買う交渉の最終段階にあるが、米国防総省の高官(Randall Schriver)は8月末、インドがS400を買った場合、米政府がインドを経済制裁するかもしれないと表明した。米国は、クリミアを併合したロシアへの経済制裁の一環として、ロシアと軍事関係の取引をした諸国をも制裁する方針を掲げている。これまで米政府はインドを制裁対象から除外してきたが、今回除外扱いを解除することを検討している。 (India may face sanctions if it buys Russia's S-400 missiles: US)

米国は従来、印パの一方を敵とみなし、他方を味方とみなす傾向だった。冷戦時代は、社会主義でソ連寄りのインドを「敵方」、反共的なパキスタンを「味方」だった。冷戦後、米国は、高度成長を開始したインドに接近する一方、タリバンと親しいパキスタンに対してテロ支援国に近い扱いをするようになった。米国に疎んじられたパキスタンは中国に泣きついて傘下に入れてもらい、中国の属国状態(カンボジアやラオス、ミャンマーと同格)になっている。 (中国の覇権拡大の現状)

米国がパキスタンを敵視して中国側に転じさせる動きは、ずっと前からのことだ。私が最初にその傾向を、「アメリカが見捨てたパキスタンを拾った中国」という中見出しで記事(アメリカを出し抜く中国外交)にしたのは911の3か月前の01年6月だった。その後2011年には、今回とよく似た題名の記事「パキスタンを中露の方に押しやる米国」を書いている。11年と今で違うのは、11年には、まだインドが米国に敵視される状況がなかった点だ。 (アメリカを出し抜く中国外交) (パキスタンを中露の方に押しやる米国)

米国が印パを中露の側に転じさせたいのなら、軍事支援打ち切りや経済制裁の脅しといった強硬姿勢をとらず、米国が印パ中露を集めて話し合えば良い。それをやらないのだから、印パに対する米国の強硬姿勢は(多極化で説明すべきでなく)、安上がりな覇権運営をめざす米単独覇権策の一環にすぎない、という見方もマスコミなどで流布している。だが、そのような見方は、米国の上層部の実態を無視している。米上層部は、ずっと軍産複合体が握っており、歴代の大統領が、軍産が推進する単独覇権主義から逸脱したければ、単独覇権の戦略を過激にやって失敗させる「隠れ多極主義」の手法しかない。 (軍産の世界支配を壊すトランプ) (隠れ多極主義の歴史)

軍産はここ10年ほど、台頭する中国を、インドと対立させて抑止する戦略を強めてきた。トランプは、米国とインド、日本、豪州の軍事同盟の強化を、自分でやらず、日本の安倍首相にやらせるかたち(インド太平洋戦略)で進めようとしてきた。だがインド自身は、台頭する中国との対立を深めることに消極的で、米国(米日豪)よりも中国(中露BRICS)との関係強化を好む姿勢を強めている。中印は今春に中国の武漢での首脳会談を契機に親密度が増し、ずっと続いてきた国境紛争も再発防止策がとられた。インドのモディ首相は、中国との友好関係を強調する発言が目立つようになっている。 (India, China agree to expand military ties after defence talks) (安倍に中国包囲網を主導させ対米自立に導くトランプ)

米国(や日豪)がインドを取り込んで中国包囲網を強める「インド太平洋戦略」は、頓挫しつつある。この失敗を踏まえてトランプは、軍産主導の中国包囲網策ではダメなので、代わりにトランプ独自の「全方位敵視策」に変えることを、軍産に容認させた。それで、インドとパキスタンの両方を敵視する今回の策が始まったと考えられる。インドは、ロシアからのS400の購入だけでなく、イランからの石油輸入に関しても、11月の米国のイラン制裁強化後、米国から経済制裁を受けそうな感じだ。イランからの石油輸入に関して米国は、インドだけでなく中国も経済制裁しようとしており、インドと中国は、トランプから制裁される国どうしとして接近していきそうだ。 (US says ready to sanction China for buying Iran's oil) (China-India 'Cooperative Competition' In Iran)

▼中国主導のユーラシア開発を阻止するのが軍産が911を起こした目的の一つだったが・・・

米国が印パを敵視して中露の側に押しやる動きに対し、印パを受け取る中露の側は、911後の米国による占領失敗で内戦が長引いているアフガニスタンを内戦終結・和解・安定化させるなかで、インド(反タリバン)とパキスタン(親タリバン)、アフガン政府(親米)とタリバン(親パキスタン)、中国(親パキスタン)とインド(反パキスタン)の3つの対立を解消していく方針だ。 (Russia says Afghan peace talks in Moscow postponed) (インドとパキスタンを仲裁する中国)

アフガニスタンには米軍が駐留・占領しているが、すでに米軍自身が占領の失敗と、失敗を挽回するための手だてがないことを認めている。失敗の挽回には、米国の傀儡であるアフガン政府と、反政府軍であるタリバンとの交渉が必要だが、米国は交渉を仲裁する気がなく、交渉仲裁役はロシアがやっている。ロシアは9月4日に初めてのアフガン和平交渉をモスクワで開く予定だったが、米国が参加を拒否し、延期された。交渉は延期されたが、今後もアフガン和平の仲裁役はロシアで、米国がろくに参加しないままの交渉になると予測される。 (Pentagon Does Not Expect Endless, Large-Scale Military Mission in Afghanistan) (Taliban to take part in Moscow talks on Afghanistan on Sept. 4)

米国がろくに参加しないまま、ロシアの仲裁で内戦が終わって和平交渉になる展開は、すでにシリアで実現している。アフガニスタンは、そのモデルの第2弾になる。米軍は駐留し続けるが、内戦終結の和平交渉は米国抜きで進み、和平が実現した後、米傀儡だったはずのアフガン政府が米国に撤兵を求め、内戦と米軍占領が終わる展開になりそうだ。その後のアフガニスタンは、中露イランの協力で再建されるようになり、そこにパキスタンやインドも参加する。 (米国から露中への中東覇権の移転が加速) (中露がインドを取り込みユーラシアを席巻)

中露は、米国と対照的に、戦争を好まない。その理由は中露が平和主義だからでなく、米国(軍産)が戦争によってしか世界支配できない体質だったからだ。軍産の親玉は英国で、第2次大戦後に冷戦を起こすことで軍産英が米国を牛耳った。その歴史的経緯から、米国は戦争によってしか世界支配できない。中露は、そのようなしがらみがないので、儲け主義・現実主義に立ち、米国(軍産)が起こした世界各地の内戦や対立を終わらせて安定化し、国家再建の果実を得ようとしている。アフガニスタンやシリアは、その構造の一部だ。 (ますます好戦的になる米政界)

インドとパキスタンが恒久的に敵対しているのも、軍産英の策略だ。印パの対立は第2次大戦後、英国がインド植民地を独立させるときに、イスラム教徒とヒンドゥ教徒の対立を扇動して別々に国を作らせて引き起こした。単一の国として独立していたら地域覇権国的な大国になれたのに、英米の単独覇権体制を維持するため、2つの恒久対立する国にして消耗させ、貧しいままにした。軍産英は、印パに核兵器開発の技術を注入して核武装させることまでやって、印パの対立を恒久化してきた。米国(軍産)が覇権を握る限り、印パは対立させられるが、中国やロシアに覇権が分散されると、中露は印パを仲裁して和解させ、経済発展させて果実を取ろうとする。 (台頭する中国の内と外) (中国包囲網はもう不可能)

冷戦終結後、90年代末から中国が西域開発に力を入れ、新疆ウイグルから中央アジア諸国、ロシア、パキスタン、イランにつながるユーラシア内陸部を、国際協調の態勢でインフラ整備して経済開発させようと動き出した。00年には、中国と、プーチン政権になったばかりのロシアが、国境紛争をすべて解決した。中国が中央アジア諸国と作った安保経済協力の「上海ファイブ」にロシアも入り「上海協力機構」になった。中国は、パキスタンのペルシャ湾に近いグワダル港の開発に着手し、現在の「一帯一路」につながるシルクロード開発計画が、00年ごろから始まろうとしていた。 (中国の一帯一路と中東) (立ち上がる上海協力機構)

当時すでに中国と親しかったパキスタンは、パキスタン在住のアフガン難民の若者にタリバンを作らせて武器を与え、タリバンがアフガニスタンの内戦を平定して98年に政権をとった。パキスタンからアフガニスタンを通って中央アジアやイランに至る交通網が開けるメドが見えてきた。タリバンは、パキスタン・アフガン間を往復していたトラックの運送会社群から支援され、最初の仕事はパキスタンから中央アジアに向かう貿易トラック隊を山賊の襲撃から守ることだった。タリバンは「交通を開くための勢力」だった。タリバン政権も、中国が主導していたシルクロードのユーラシア開発計画の流れの中にあった。中国(とロシア)によるユーラシア内陸部の開発は、地政学的に、ユーラシアの外側から内側を封じ込めてきた米軍産の世界支配にとって脅威だった。 (終わらないアフガン内戦)

こうした状況は01年の911テロ事件によって一気に変わった。軍産による自作自演的な911事件によって、冷戦終結以来失っていた米国の覇権運営権を一気に手にした軍産(とイスラエル)は、911の犯人をオサマ・ビンラディンと決めつけ、ビンラディンをかくまっていたタリバンを急に敵視し、米軍がアフガニスタンに侵攻してタリバン政権を潰した。米軍は、アフガンへの補給路としてパキスタンや中央ジアを使い、中国のシルクロード開発計画の対象地域のど真ん中に米軍が居座り、恒久的な「テロ戦争」の開始が宣言された。 (911十周年で再考するテロ戦争の意味)

中国は、当時まだ経済力や軍事力が米国よりはるかに小さく、米国に敵視されるのを防げと遺言したトウ小平の傘下の江沢民がトップだった。中国は、911の発生を受け、シルクロード開発計画を無期延期した。グワダル港の開発も凍結された。911は、米上層部で軍産(とイスラエル)が返り咲くためのクーデターであったと同時に、中露による地政学的な逆転につながるシルクロード開発計画を阻止する策だった。 (仕組まれた9・11)

しかしその後、米国はイラク侵攻などによって、テロ戦争を自滅的に失敗させた。米軍のアフガン占領は続いたが、占領の失敗は確定的になった。こうした流れのなか、中国は経済力や国際政治力を増大し、2012年には中国のトップが米国と競わないトウ小平傘下の胡錦涛から、そうした制限のない「トウ小平後」の習近平に代わった。習近平が権力につくと同時に、中国は、911で中断したシルクロード開発計画を「一帯一路」として再開した。中国は、シルクロード計画を棚上げしている間に、ロシアやイランとの関係を強化し、BRICSなどでインドとの関係も改善し、上海協力機構への印パやアフガニスタンの加盟も進められた。そして昨年から米大統領がトランプになり、覇権放棄や多極化の戦略をさかんにやり始めた。中国はロシアと協調し、トランプが放棄した各地の覇権を拾い集めている。 (中国の次の戦略)

一帯一路など、再び始まった中露主導のユーラシア開発計画が成功するには、アフガニスタンの安定化・再建が必要だ。米国がユーラシア内陸部の発展による中露の台頭を阻止するために占領破壊したアフガニスタンを、元に戻さねばならない。軍事的に強いタリバンが政権に入ることが必要だ。この地域の主導役が米国から中露に替わると、軍産英が恒久対立の呪いをかけてきた印パの和解も可能になる。パキスタンが7月の選挙で、史上初めて政治家一族(=英傀儡)以外の指導者であるイムラン・カーンが首相になり、印パ和解の可能性が出てきた。 (Pakistan’s Post-Ethnic Election)

軍産の中国包囲網として扇動された、中国とインドの国境紛争も、主役が軍産から中露に代わると解決できる。これらの達成は、中国西域からインドパキスタン、アフガニスタン、中央アジア、ロシア、イランにかけての広域の経済発展につながる。おそらく今後2025年ごろにかけて、ユーラシアで米国の覇権が退潮して中露の主導になり、アフガン内戦や印パ対立、印中対立が解消していく。 (多極化の進展と中国)

現代の世界において、先進国はすべてユーラシアの外側にある。ユーラシアの外側が豊かで、内側が貧しいのが従来の地政学的な常識だった。軍産英が、自分たちの覇権維持のため、ユーラシアの内側の発展を阻止してきた。世界経済は、地政学的な縛りを受けていた。中露主導のユーラシア開発が実現すると、ユーラシアの内側が豊かになり、世界経済は地政学の呪縛から解放されて成長する。これは、200年前からの資本家の夢でもある。人類の近現代史は、ユーラシアの内側を成長させようとする資本家的な動きと、それを阻止しようとする帝国的な動きの相克だった。中国は共産党の独裁なのに、国際資本家に支援されてきた(経済成長するなら政治体制は何でも良い)。中共は、AIなど最先端技術が大好きで、資本家的だ。習近平は今年のBRICSサミットで「新たな産業革命をやろう」と提唱している。 (世界資本家とコラボする習近平の中国) (資本の論理と帝国の論理) (How BRICS Plus clashes with the US economic war on Iran By Pepe Escobar)

金相場の引き下げ役を代行する中国  07/18記事

 中国が、金地金の国際相場を人民元に固定(ペッグ)しているという指摘を、米国の金融分析者(David Brady)らが発表している。中国人民元建てで見た場合の金地金の国際価格の変動幅が、この1年間、しだいに狭くなってきている。昨年3-5月ごろには、1オンス8300-8900元という600元の範囲で上下していたものが、最近では1オンス8200-8400元という200元の範囲へとせばまっている。下値が、1オンス8200-8300元の水準へと収斂している。 (CHINA takes control of GOLD from the COMEX - David Brady, CFA)

 中国が人民元を金相場にペッグしているとの指摘は、中国が人民元を非米的(非ドル的)な諸国の国際通貨(きたるべき多極型世界における基軸通貨の一つ)にしようとしていることから考えて、納得できる話だ。意外な点は、中国が、金相場を引き上げる方向で人民元とペッグしているのでなく、金相場を引き下げる方向で人民元とペッグしていることだ。今春以来、元と地金の両方が、ドルに対して下落している(中国との貿易関係が大きい日本も、人民元の下落を意識し、円をドル安にしている)。中国が、ドル(債券金融システム)の究極のライバルである金地金を引き連れて、米国覇権に対抗する「非米諸国の雄」を目指すなら、元と地金の対ドル相場を引き上げる形で元の金ペッグをやりそうなものだが、現実は逆方向だ。 (金本位制の基軸通貨をめざす中国) (CHINA takes control of GOLD from the COMEX)

 この謎に対する私なりの解答は「中国は、これまで金相場を先物で引き下げてきた米国金融勢力(米日欧の中央銀行+金融界)と正面切って戦うと勝てないので、まずは金相場を引き下げる方向で人民元の金ペッグを定着させ、いずれ米国金融がバブル崩壊してもっと弱体化してから元と金を上昇させる戦略だろう」というものだ。71年のニクソンショック(金ドル交換停止)以来、米金融勢力は、ドル(米国覇権)を延命させるために、金地金の価格をできるだけ引き下げておく(金がドルに対抗してくることを防ぐ)ことが必須だ。 (暴かれる金相場の不正操作)

 日欧中銀は、QE(造幣による債券の買い支え)が限界に達して終わりに向かっている。すでに米国の社債の担保はリーマン前よりさらに薄い。米国の株価は自社株買い、日本株は日銀による買い支えしか上昇するちからがない。全般的にバブル崩壊が近い感じだ。しかし、これらの米金融勢力はヘロヘロの状態ながら、まだ通貨や債券の発行による紙切れパワーの強大な資金力を持っている。紙切れパワーを自己規制している中国が戦いを挑んでも、まだ勝てる相手でない。そこで中国が今年の年初からやり出したのが「米金融勢力に代わって、金相場を引き下げる役を中国が代行する」戦略だ。 (A Problem Emerges For Japanese Stocks: The Biggest Market "Whale" Can't Buy Any More) (Stock Buybacks Hit Record $680 Billion In The First Half)

 輸出大国である中国は、ドル(や円ユーロ)に対する人民元の為替が低い方が輸出品の価格競争力が増して好都合だ。トランプが、世界的な貿易戦争を引き起こしているので、なおさら元安が望ましい。中国が、米金融勢力から金相場を引き下げる役目を代行するという名目で、人民元の為替を引き下げるなら、米国は元安を容認してくれる。米金融勢力は、金相場を引き下げる手間が省ける。中国にとって、日本を含む米金融勢力は、いずれバブル崩壊して自滅する存在だ。急いで対抗する必要はない。中国はまず、米金融勢力が容認してくれる下落方向で、元と金のペッグを確立することにしたというのが、年初来の元と金の相場の意味でないかと私は考えている。 (金地金の反撃) (万策尽き始めた中央銀行)

 いずれ起きる米金融勢力のバブル崩壊は、いつ起きるのか。可能性が高いのは、トランプ政権の2期目の後半、2023-24年だ。トランプはおそらく、自分が政権を去った後(去る直前)に米国覇権が確実に崩壊しているようにしたい。任期中は、自分の人気を保持するためと、最終的な金融崩壊をできるだけ不可逆的かつ確実なものにするため、米国の金融界の規制をできるだけ緩和し、金融界に危ない投資をどんどんやらせ、短期的な金融相場の上昇を維持しつつ、バブルをできるだけ急拡大させたい。積極的に減税して財政赤字を急拡大させ、最終的な財政破綻の被害を大きくしたい。このシナリオがうまくいくと、米国のバブルは、あと何年か膨張し続ける。その間にトランプは再選を果たす。トランプは、バブル崩壊の金融危機が再燃した時に、被害を意図的に大きくする策(リーマンの時にも行われた)を隠然とやりたいので、自分の任期中にバブル崩壊を起こしたい。これらを勘案すると、シナリオ的には、トランプの2期目の後半に大きな金融崩壊が起きる。 (トランプの相場テコ入れ策) (米国民を裏切るが世界を転換するトランプ)

 2023年というと、あと5年もある。すでにQEが限界なのに、規制緩和だけで5年も持つのか?、といぶかる読者もいるだろう。私も、そう思う。このシナリオは前倒しになる可能性がある。その一方で、数年後に崩壊させるつもりで金融システムの安全装置を外していくなら、バブル扇動に関してまだやれることが多いだろうから、それを考えると5年持つ感じもする。 (金融を破綻させ世界システムを入れ替える)

 いずれ米国の金融バブルが崩壊すると、米国の世界覇権を支えてきたレバレッジの効いた債券金融システムが不可逆的に機能不全に陥る。世界的な資金難・経済難(レバレッジの解消)が長く続く。この状態はすでに、新興市場諸国(米金融システムの周縁部)での、ドル高を受けたドル資金不足のかたちで起き始めている。この資金難が最終的に米本国まで到達する。中国や一帯一路は従来、米国の金融システムの一部として資金調達してきたので、レバレッジの解消が一段落するまで、ドルの資金難が続く。だが、ドルの資金難は、人民元の資金で代替されていき、米国型の金融主導の成長(のふりをした相場上昇)でなく、(一帯一路の戦略が成功するなら)実需主導の成長になっていく。 (Fears Debt Crisis Could Spread Through Emerging Economies)

 バブル崩壊で米金融システムに対する信用が失墜すると、金地金が資産備蓄の道具として見直され、金相場が大きく上昇する。金地金を現物でなく証書で持っている人の多くが、証書を持ち込んでも現物を受け取れなくなり、地金の取り付け騒ぎが起きる。金相場を下落させていた米金融勢力による金先物売りも行われなくなる。このとき、おそらく人民元の相場も、金地金に連動して(ある程度)上昇する。 (金地金の売り切れが起きる?) (米国覇権が崩れ、多極型の世界体制ができる)

▼人民元備蓄が金地金備蓄と似た意味を持つようになるので非米諸国が歓迎する

 話を人民元と金地金に戻す。08年のリーマン危機から16年ごろまで、元建ての金地金価格は、元ドルの為替相場に連動する形で、1オンス4500-12000元の範囲で大きく上下していた。当時は、世界の金市場の中心が米ドル建ての米国市場(先物主導)で、米国で決まったドル建て金価格に元ドルの為替相場を加味したものが、元建ての金価格だった。しかし16年10月、人民元がIMFのSDR(世界の主要通貨を加重平均したもの。特別引き出し権)に招き入れられた後、元建ての金価格が、しだいに一定になる動きとなった。 (XE: 金オンスから中国人民元のレート)

 SDRは従来、国家間でしか取引されていないが、リーマン危機当時、ドルが世界の基軸通貨としての地位を失った場合、その後の基軸通貨になりうるものとして注目された。リーマン危機後、ドルを支える米国の金融システムは、米日欧の中央銀行によるQEによる「官製バブルの膨張」によって支えられてきた。バブルはいずれ破綻する。ドルのバブル崩壊後の世界の多極型の新たな基軸通貨体制の準備として、IMFは人民元をSDRに組み入れた。これと並行して中国政府が、ドルのライバルである金地金の価格を人民元に連動させるようになった。 (As The Currency Reset Begins – Get Gold As It Is “Where The Whole World Is Heading”)

 人民元がSDRに入った16年10月ごろまで、人民元の対ドル為替は元安ドル高だったが、その後は元高ドル安に転じ、金地金のドル建て価格も上昇傾向となった。人民元の国際的な地位上昇と連動した元高にも見えた。しかし今年の初めから、元の為替は再びドルに対して下落傾向となり、ドル建て金価格も下落した。対照的に、元建ての金価格は17年春以降、すでに書いたように、しだいに変動幅が小さくなる傾向が続いている。 (XE: アメリカドルから中国人民元のグラフ)

 中国政府やIMFが、人民元を多極型の基軸通貨の一つにしようとしていることから考えて、人民元建ての金相場の変動率が下がっているのは、中国政府の意図的な戦略であると考えられる。人民元建ての金価格を一定に保つことは「準金本位制」と呼ぶべき政策だ。一定比率の交換を法定的に保証した完全な金本位制(ブレトンウッズ型)でなく、市場介入によって価格を一定に保つ点が「準」の理由だ。これにより中国は、ドルと金地金という究極の基軸通貨の対立の中で、金地金の側に加勢して基軸通貨の仲間入りすることになった。 (中国を世界経済の主導役に擁立したIMF)

 1971年のニクソンショック(金ドル交換停止)以来、金地金は、ドルや米金融界や対米従属諸国にとって「価値を永久に引き下げておくべき究極のライバル」もしくは(金融プロパガンダ的には)「みすぼらしい時代遅れの備蓄道具」「ゴミ」である。中国は、その「ゴミ」を拾い上げ、自分たちの通貨の国際性・備蓄性・基軸性を増加させるための象徴物として使い始めた。中国政府は、人民元のSDR入りを念頭に、14年から上海金取引所を国際化し、外国勢が人民元建てで金地金を売買できるようにした。 (金地金の反撃)

 中国政府の準金本位制の戦略は、習近平が13年から始めたアジア地域覇権的な国際経済開発の「一帯一路(新シルクロード)」戦略と連動している。中央アジアから南アジア、中東、アフリカ諸国のインフラ整備やエネルギー開発を請け負い、これらの諸国を中国の影響下に入れていくこの覇権戦略は、対象地域の基軸通貨を人民元にしていくことにつながる。中国が諸国に投資融資する資金の多くは人民元建てだし、各国が経済成長した場合に備蓄する外貨の多くも人民元になる(特にいずれドルの覇権が低下した後に)。このような新事態のもとで、人民元がドルと一定の交換比率を維持していると、諸国は、備蓄を人民元建てにしておくことの不安が低下する。人民元の保有が、金地金を備蓄するのと近いことになるからだ。 (Everyone Is Hoarding Gold)

 一帯一路の対象地域には、イランやロシア、シリア、ジンバブエなど、米国に敵視されている国がいくつもある。それ以外の国々も、人権問題などで内政干渉してくる米国を敬遠している。これらの国々は、外貨をドルで備蓄せず、金地金で持ちたがる(ドルの国際使用は米国務省に監視されている)。一帯一路は「宗主国」の中国を筆頭に「非米諸国」の集合体だ。金地金は、非米的な価値備蓄の道具(通貨)だ。人民元の金地金との交換比率が一定なら、これらの諸国にとって、人民元で備蓄することが、金地金で備蓄することに準じる。 (中国の一帯一路と中東) (世界資本家とコラボする習近平の中国)

 一帯一路の地域には、イラン、ロシア、カタール、アンゴラなど産油国が多い。世界最大の石油輸入国である中国は今後、これらの地域からの人民元建ての石油ガス輸入を増やす。人民元建ての石油ガス取引が増えるほど、世界で最も重要なコモディティである石油の決済通貨がドルの独占状態を崩され、「ペトロダラー」の地位に「ペトロユアン」が入り込んでくる。これは米国の経済覇権の低下となる。 (米国を見限ったサウジアラビア)

 今のところ、世界最大の産油国であるサウジアラビアは、まだ米国の覇権維持に協力し、ペトロダラー体制(産油国が石油収入で米国債を買い、米国に資金還流する)を支えている。しかし、サウジ王政が強く希望している巨大な国営石油アラムコの米国での株式上場が、世界的な株バブル崩壊の引き金を引きかねないため無理だとする最近の報道どおりの展開になると、サウジはアラムコ株を使った資金の調達先を米国から中国に変える可能性が出てくる。そうなるとサウジは、米国覇権下から出て中国と組んでいく方向性となり、ペトロユアンの台頭に拍車がかかる。 (Doubts Grow Aramco IPO Will Ever Happen)

韓国は米国の制止を乗り越えて北に列車を走らせるか  09/02記事

今年6月の史上初の米朝首脳会談で、トランプは金正恩に対し、核廃絶と引き換えに米国や韓国と和解し、米韓や中国が北にインフラ整備などの巨額投資を行う新体制に事態を持っていこうと呼びかけた。トランプは、米朝が和解して北朝鮮が経済発展する宣伝動画まで作って正恩に見せた。正恩は大喜びで提案に乗った。それより前の4月末に行われた南北首脳会談では、韓国の文在寅が金正恩に、南北の鉄道や道路をつなげて相互乗り入れする計画や、経済支援策などの提案書がつまったUSBメモリを手渡した。米朝と南北の首脳会談で、南北の直通列車の運転や、その他の和解的な経済支援が進んでいくかに見えた。 (北朝鮮に甘くなったトランプ)

韓国大統領の文在寅は、9月末までに北朝鮮を訪問して3度目の南北首脳会談を行う予定で、すでに韓国の事務レベルの代表団が訪朝している。この会談で文は、南北をつなぐ列車の運行を年内に開始することを決めたい。文在寅は対日解放記念日の8月15日、南北鉄道の相互乗り入れによって中露日など東アジアの鉄道網の一体化を進めることを国際提案した。韓国は北と相談し、9月の南北首脳会談後、ソウルから平壌を通って中国国境の新義州まで、朝鮮戦争後初めての直通列車を走らせる計画を始めている。韓国から鉄道技術者が訪朝し、南北間の直通列車を運行するにあたっての技術面の問題解決を進めている。正式な運転開始の前に、試運転を行う予定になっている。 (South Korean leader calls for train route to North Korea by end of year)

南北間の直通列車は、00年に金大中政権の太陽政策の一つとして南北で合意され、7年かけて鉄道結節の工事と政治交渉が行われ、07年5月に「日本海」沿いの東海岸で初めての直通列車を運行した。だがそのあと南北関係が悪化し、直通列車はこの時の1本だけで終わっている。今回、直通列車の運行が計画されている西海岸でも、線路の結節工事はすでに行われており、技術的な問題はあまりない。6月の米朝首脳会談以来の外交の流れからみて、南北直通列車は運行できそうな感じだった。 (South Korea longs for a train to Europe — but U.S. sanctions on North Korea block the way) (North Korea-South Korea Railway)

ところが8月30日、在韓米軍司令部は、韓国政府が、北朝鮮と合同で南北直通列車の試運転をやりたいので賛成してほしいと申し入れたのに対し、南北に直通列車を走らせることは、国連安保理が北朝鮮制裁決議で禁止している「北を支援する行為」にあたる「制裁破り」に該当するので、北が核廃棄を完了するまで実施してはならない、との返答を発表した。韓国政府は「列車の運行は、北を支援する行為にあたらない」」と反論しているが、米国は否定したままだ。 (Report: U.N. Command disapproves inter-Korean railway inspection) (Train project linking North and South Korea stopped in its tracks by US)

在韓米軍の決定は、トランプ政権の決定だ。冒頭に書いたように、トランプは6月の首脳会談で正恩に見せる宣伝ビデオまで作って「(韓国や中国から投資金をもらって)北朝鮮のインフラ整備などを進めたら良いじゃないか」とけしかけた。直通列車の運行は、韓国が支援する北のインフラ整備の第一弾だ。それが今になって、直通列車の運行はダメだと言い出している。 (US forbids South Korea sending a train through North Korea until Kim denuclearises)

米国側の理屈は、米朝会談で北は核廃絶すると約束したのだから、直通列車(や、経済支援の受領や、朝鮮戦争の終結宣言など)はその約束を果たしてからにしろ、という「先に廃絶」論だ。対照的に北側は、直通列車や経済支援や朝鮮戦争終結などを進めてくれないと核廃絶しないといって「先に支援」を主張している。この「順番の問題」が米朝和解の進展を頓挫させている。6月の米朝首脳会談は、この問題について明確なことを決めなかった。 (S. Korean envoy to travel to North for pre-summit talks)

トランプの政敵たちは、順番を決めなかったのは外交の素人のくせに突っ走ったトランプの過失であり、米朝や南北の和解はすでに失敗したも同然だと言っている。だが、順番が難問なのは90年代からで、トランプが知らなかったはずがない。トランプは、順番を決めないことで正恩との会談をとりあえず成功させ、史上初の「一時的な米朝関係の和解」を実現した。これは恒久和解でないが、米朝の和解状態があるので、文在寅の韓国は、北との和解を以前より大胆に進められるようになっている。

その上でトランプは今回、直通列車の運行開始に反対した。これは、韓国が米国の制止を乗り越えて北と和解するよう、トランプが韓国をけしかけているように見える。トランプは正恩との会談以来、米朝の和解状態を維持しており、米国が北を敵視しているから韓国が北に和解を提案しても無視されていた従来の状況を、韓国のために壊してやっている。あとは文在寅の韓国が、在韓米軍なしでやっていく決断をできるかどうかだ。 (Will Trump Ramp Up the Korea Crisis Again?)

在韓米軍は、韓国の国家的安全を握っている。韓国政府は在韓米軍にダメだと言われたことを進められない、というのが従来の常識だ。だが今は、すでに「従来」と違う状況にある。史上初の米朝首脳会談の実施が3月に決まって以来、南北の敵対関係が急速に解消している。韓国が国家安全を在韓米軍に握られていたのは、南北が強い敵対関係にあっていつ北が攻めてくるかわからず、その時に在韓米軍が守ってくれないと韓国は国家ごと破滅する運命にあったからだ。米朝首脳会談後の、南北が和解している状況がずっと続くなら、韓国は、在韓米軍がいなくても大丈夫になる。 (“All Take, No Give” Won’t Work with North Korea)

南北の和解を維持するなら、韓国は、いま進めている南北間の列車運行の構想を実現せねばならない。もし韓国政府が、在韓米軍の言いつけに従って南北の列車運行の計画を中止したら、それは南北の和解の頓挫、南北対立の再発を意味し、韓国が国家の運命を在韓米軍に握られていた米朝首脳会談前の(日本みたいな)対米隷属の状況に戻ることになる。韓国が言いつけを守らないと、在韓米軍は怒って撤退してしまうかもしれない。実のところ、韓国の軍事費は北朝鮮の5倍あり、韓国軍だけで北を抑止できる。だが韓国の支配層は従来(日本の支配層と同様に)米軍がいないとダメだと国民に思い込ませてきた。韓国が、従来の隷属を離脱するなら今がチャンスだ。文在寅は、対米自立をやりたい人だ。 (北朝鮮危機の解決のカギは韓国に)

▼対米自立の臨界点に近づく韓国を試すトランプ

以下、歴史を振り返ることで説明してみる。従来の韓国は、米国に反対されると南北和解を進められなかった。米国を牛耳ってきた軍産複合体は、世界支配の一環として、北を永久に敵視し、北が核兵器開発してくるように仕向け、南北と米朝の和解を永遠に実現せず、韓国を永久に対米従属下に置こうとしてきた。米国が北を敵視している限り、韓国だけが北に和解を提案しても、北は乗れない。韓国と和解して兵器を撤去したとたんに米国が先制攻撃してくるかもしれないからだ。文在寅が政策顧問をやっていた廬武鉉政権は、米国の反対を押し切って北に和平を提案したが、北はろくに乗って来なかった。昨年、文在寅が五輪の共催など北に和解の提案をしたが、トランプがまだ北を敵視していたので、文は北から無視され続けた。 (東アジアの新時代)

米国は軍産の一枚岩の支配でない。冷戦後の米国の歴代政権は、軍産支配からの離脱を模索し、朝鮮問題の解決をいろいろ試みるも成功せず、軍産支配が継続してきた。トランプが正恩との会談であいまいなままにした「和解への順番問題」は、90年代のクリントン政権以来の難題だ。クリントンは、北の核廃絶と軽水炉建設をバーターする「枠組み合意」を進めたが、順番問題で頓挫した。その次のブッシュ政権は、軍産がクーデターとして起こした911後、軍産に支配されながらも、北を中国の傘下に押し込め、中国に北問題を解決させる「6か国協議」を進めた。だが、米国が北を敵視して先制攻撃も辞さないと言い続ける限り、北は核兵器に固執し、中国を含むあらゆる外国からの和平の提案や圧力を拒否・回避し続けた。6か国協議も失敗した。その次のオバマは賢かったので、うまくいかないとわかっている北の問題に手を出さなかった。 (北朝鮮に核保有を許す米中)

その次のトランプは当初、北を中国に押しつけるブッシュ式を進めようとしたが、北が全く乗ってこないのでやめた。その後、独自の戦略をやり出した。トランプは、北を先制攻撃すると息巻いて緊張を意図的に高め、北に危機感を抱かせ、核兵器開発を進めさせた。北は、昨年11月に核兵器の完成を宣言した。本当に完成したのかどうか不明だが、これ以降「核保有国は軍事で潰せない」という国際政治の不文律が隠然と適用されることになった。中国ロシア韓国は、昨年9月の「プーチン提案」以来、北の核保有を黙認したまま、周辺諸国が北を経済支援し、北を極東の国際関係の仲間に入れていく構想を持っているが、11月の北の核保有宣言後、米国にとっても、それしか解決策がなくなった。 (プーチンが北朝鮮問題を解決する) (北朝鮮を中韓露に任せるトランプ)

核保有宣言から2か月後の今年元旦の演説で北の金正恩が、平昌五輪に参加すると宣言した。これを機に南北対話が始まり、北が韓国経由でトランプに首脳会談を提案してトランプが了承し、6月の米朝会談となった。トランプは、北に過激な敵視策をやって核武装させ、対話しか問題解決の方法がない状態にすることで、軍産が米朝首脳会談に反対できないようにして、会談を実現した。トランプが順番問題に固執したら、会談は決裂もしくは開催不能だったはずだ。順番問題を決めない首脳会談により、北は核保有したまま米国と和解できることになった。北は大喜びだ。 (意外にしぶとい米朝和解)

それ以来、米朝の緊張は大幅に低下した状態が続いている。順番の問題が出てきて実際の核廃棄が頓挫しているが、トランプは「北との関係は良い」と言い続けている。トランプに作ってもらった米朝和解の状態を利用して、韓国はどんどん北との和解策や経済支援策を進めている。韓国の背後には中国とロシアがいる。ブッシュがやろうとしてできなかった米国抜きの北問題の解決を、トランプが実現しかけている。 (A Big Mistake: South Korea’s Moon Jae-in Rushes to Unify Country)

ここで出てくるのが、今回の南北列車運行に対する米国の反対だ。これは、南北の緊張緩和の動きに米国が反対していることになり、一見、トランプの戦略と矛盾している。ここでの私の見立ては「トランプが、韓国の対北外交戦略を、これまでより一段高いところに押し上げようとしているのでないか」というものだ。6月の米朝会談から現在までは、米国が北敵視をやめているので韓国が北との和解を進められる、という状態だ。もし今後、文在寅の韓国が、米国(米軍)の反対を押し切って南北列車運行を実施すると、それは、米国が北敵視を少しずつ再開しても南北の和解が壊れないという、歴史的に新たな状態に入ることになる。 (Korea, Fake News, and What’s Really Going On)

韓国政府が在韓米軍の制止に従わないと、米韓関係が悪化し、米国で「韓国が反抗的なのだから、米軍を韓国に駐留させておくべきでない。撤退すべき」という主張が噴出する一方、韓国では「北との和解が定着したら、在韓米軍は必要なくなる。撤退すべき」という主張が拡大する。韓国が米国の制止を振りきって運行を開始する南北直通列車は、南北和解だけでなく、韓国の対米自立を象徴するものになる。トランプは、正恩との首脳会談の後の記者会見で、韓国にいる米軍兵士たちが米国の故郷に帰れるようにしてやりたいと述べ、在韓米軍の撤退が自分の最終目標だと語った。文在寅が南北直通列車を走らせると、この最終目標が一気に近づく。 (Inside the Dispute Derailing Nuclear Talks With North Korea)

だがしかし、文在寅の韓国は、在韓米軍の制止を振り切るのか??。従来の常識からすると、それはない。しかし、何度も書くが、米朝首脳会談後、朝鮮半島の常識は大きく変わっている。加えて、今回直通列車の運行を諦めると、それは韓国が対米従属から脱せない(日本並みの自立不能な劣った国でしかない)ことを示すものとなり、南北和解の流れが終わるおそれがある。韓国は、トランプに助けられ、対米従属から自立への臨界点に近づいている。列車運行を延期すると、韓国は対米従属に戻る「元のもくあみ」になる。それは、トランプにとっても悪い結末だ。 (Trump revisits wargames with South Korea as North Korea talks stall)

トランプは、韓国が在韓米軍の制止を振り切れる臨界点に達したかどうかを見極めるために、今回の難問を投げかけてみたとも言える。トランプは韓国に難問を投げかけるに際し、米国上層部の軍産複合体に力を与えることをやっている。トランプは8月24日、その日に米国出発の予定だったポンペオ国務長官の訪朝を突然中止した。同時に、6月の米朝首脳会談以後初めて、北が十分に核廃棄を進めていないことを認める表明をした。この表明は、国防総省など軍産を勢いづけ、マティス国防長官が、米韓合同軍事演習の再開を示唆した。トランプは「北との関係はうまくいっている」「現状では、米韓軍事演習を再開する必要はない」と、従来どおりの対北和解的なことを言う一方で「必要になったら、米韓軍事演習をいつでもすぐに再開できる」と好戦論に沿った発言も併発した。トランプは、北に対する好戦論を少しずつ再発している感じだ。これも、対米自立の臨界点に近づいている韓国を試す意味がありそうだ。 (Trump: No Need to Resume US-South Korea Wargames) (Trump says he thinks U.S. is doing well with North Korea)

もしかすると、韓国が南北直通列車の運行開始をあきらめて元のもくあみに戻りそうな場合、韓国の正式決定の直前に、トランプが在韓米軍の決定を上書きする形で、南北直通列車の運行に賛成する意見を突然言い出すかもしれない。そのようなどんでん返しもないまま直通列車が延期される場合、トランプの北朝鮮戦略は失敗色が強くなる。

日本すら参加しないイラン制裁  08/30記事

米トランプ政権は11月4日から、イランから石油を買う世界の企業に対し、米国との取引を禁じる制裁を発動する。トランプは5月初め、イランとの核協定を離脱し、180日間の猶予期間を経てイランからの石油の輸出を止める制裁を開始すると決めた(自動車や鉄鋼アルミ、通貨・金地金取引など石油以外の制裁は猶予期間が90日で、すでに8月6日から制裁開始)。石油取引に関して猶予期間が切れて制裁が発動されるのが11月4日だ。各国の石油会社がイランからの石油輸入をやめるなら、それを2か月前、つまり9月初めまでに決めておかねばならない。各国の政府や石油業界にとって、8月末が、イランからの石油輸入をやめるのか、やめるなら代わりにどこから買うかを決める期限だ。 (Oil buyers must cut all Iranian crude imports by November: State Dept) (US reimposes sanctions as Iran deal crumbles)

世界各国の間では、対米従属の強さや、国家戦略の方向性に応じて、トランプのイラン制裁への対応に濃淡がある。一つの極は中国だ。中国政府は、米国の制裁を無視して、11月以降もイランから石油を輸入し続けることを6月に早々と表明している。それだけでなく中国は、他の諸国がイランと取引をやめた分を自国企業に穴埋めさせ、イランとの貿易や投資関係を拡大している。中国は、イランの最大の貿易相手であり、イランの石油の最大の輸入国である。中国は、すでにトランプから貿易戦争を仕掛けられており、たとえイラン制裁に協力しても貿易戦争をやめてもらえそうもない。中国の不参加は、トランプのイラン制裁に風穴を開けている。中国と事実上の同盟関係にあるロシアも、イラン制裁に全く協力しない。最近米国から敵視される傾向のトルコも、制裁不参加を発表している。 (China set to fill vacuum left by French carmakers exiting Iran) (China's Oil Trade Retaliation Is Iran's Gain)

インドやEUといった、イランとの関係を重視しつつも米国と良い関係の国々は、米国と交渉して自国の企業を米国の制裁対象から外してもらおうとしてきた。だが、トランプは強硬姿勢で、いずれの交渉も難航している。米政府は、イランの石油輸出をゼロにするのが目標だと表明しており、制裁からの除外を認めていない。インドやEUは、米国の制裁に参加せず、イランから石油を輸入し続ける方向だ。韓国も同様の傾向にある。 (Europe defies US, vows to protect firms against Iran sanctions)

イランからの石油輸入を米ドル建てで決済すると、ドル建ての国際決済を監視している米政府(財務省、NY連銀)に把握され、その企業が米国との取引を禁じられる制裁を受ける。そのため中露やインドやEUなど、イランと取引を続ける国々は、ドルでなく自国通貨を使って決済する見通しだ。イタリアなどユーロ圏諸国は、金融危機で破綻し、経営規模を縮小して米国との取引をやめているイタリアの銀行の口座を使い、ユーロ建てでイランと取引し続けるなど、迂回方法をいろいろ模索している。 (Iran To Work With Italy’s Bankrupt Banks Using Euros To Avoid Sanctions)

日本は従来、これらの諸国よりもさらに対米従属の傾向が強く、米国のイラン制裁に積極的に従ってきた。従来は、米国と交渉して制裁対象から除外してもらうこともできた。だが今回は、トランプ政権の厳しい姿勢からみて、制裁対象から除外してもらえそうもない。この件で日米は8月初めに交渉したきりだ。すでに8月末なので、交渉は時間切れだ。従来の日本なら、除外してもらえないならイランとの取引をやめるだろう。だが、今回は対応が違っている。 (イラン制裁の裏の構図)

8月28日、日本の世耕経産相が、記者会見で記者団から「米国と交渉しても制裁対象から除外してもらえない場合、日本政府として石油業界に対し、イランからの石油の輸入を停止した方が良いと勧めるのか。政府として何らかの方針を出すのか」という趣旨の質問を受けて「この問題は基本的に、政府が指図するのでなく、石油各社が自分で考えて適切と思う行動をとるのが良い」という趣旨の返答をした。(この件について、私が検索した範囲では、日本語の記事がない。英語の記事しかないので、逐語的な問答内容は不明) (Japan's METI minister says up to refiners to decide on Iran oil imports) (Japan, China weigh options to retain Iran oil imports)

【追記】:この記事を配信した後、経産省が8月28日分の「世耕経済産業大臣の閣議後記者会見の概要」をウェブ発表した。問題の部分の問答は、記者の「国内の石油元売りが今月中に政府からのイラン制裁の対応に関する指示がなければ、9月以降のイラン産原油の輸入継続は困難になるかもしれないという認識を示しています。政府としては、これまで石油元売りに対して米国のイラン制裁への対応を指示されたのか、お伺いできますでしょうか」という問いに対して、世耕が「基本的には、これは民間企業がきちっと判断をされることだろうと思っております」と答えている。(世耕経済産業大臣の閣議後記者会見の概要)

今回のイラン制裁はトランプの米国が「米国の側についてイランとの取引をやめるのか、それとも敵の側についてイランと取引し続けるのか」という二者択一を世界に突きつけている。従来の日本なら、対米従属が絶対の国是である以上、一も二もなく米国の側につくことを表明したはずだ。だが今回、日本政府(世耕経産相)は、イラン制裁に国をあげて参加するかどうか表明せず、民間の個別企業の判断に任せると言っている。これは、事実上の「不参加表明」だ。日本の政府が石油業界に「イランからの石油輸入の停止が望ましい」と伝えたら、石油業界はそれに従って輸入を停止するだろう。その代わり、日本はイランの石油利権を完全に失う。 (Bolton: EU has to choose between Iran and US)

日本が輸入していたイランの石油は、中国に輸出される。米国は01年の911後、イラン敵視を強め、それまでイランと親密な関係を持っていた日本に、イランとの経済関係を切れと圧力をかけた。日本は、イランでの石油ガス田開発などの利権を手放した。日本は今、石油輸入総量の5%がイランからで、すでに多くないが、これを輸入しなくなると、日本は経済的に完全にイランと切れてしまう。エネルギー供給源の多様化や、中国との国際影響力の競争から考えて、日本はイランからの石油輸入を止めるわけにいかない。 (イランの生き残り戦略)

日本が米国の同盟国で、中国が米国の敵・ライバルなのだから、日本がイランから石油を輸入し続けること、イランにおける中国の覇権拡大に抵抗することが米国にとっても望ましいことだという「合理論」は、トランプに通用しない。この合理論は、戦後の米国覇権体制の永続が、米国と日本など同盟諸国にとって最良だという考え方だが、トランプは、そのように考えない「隠れ多極主義」を推進している。トランプは、イランの石油利権が、日本やEUなど同盟諸国から、中国など非米諸国に安値で譲渡されることをこっそり推進している。これが今回のイラン制裁の本質だ。 (米国を孤立させるトランプのイラン敵視策) (隠れ多極主義の歴史)

トランプは、中国など非米諸国と、日本など同盟諸国の両方に、見境なく鉄鋼アルミ高関税などの貿易戦争をふっかけている。NAFTAの自動車現地調達率の引き上げも、日本車や欧州車が標的だ。もはや対米従属しても経済的な国益がない。マイナスだ。安保面でも、トランプは北朝鮮など「敵」と和解して、同盟諸国の足場を崩している。トランプとうまくやろうとしない中国など非米諸国の利権と覇権が拡大している。 (貿易戦争で世界を非米・多極化に押しやるトランプ)

トランプは全力で米国の覇権体制を壊し、世界を多極化している。トランプが2期やると、その後の米政府が再び自国の覇権を大事にする人々になっても、もはや世界を911以前の米単独覇権体制に戻せず、多極型の新たな世界体制を容認せざるを得なくなっているだろう。米国の覇権は、トランプ政権下で不可逆的に縮小していく。日本が、米国との関係だけを重視する対米従属の国是を続けると、米国の覇権が低下するのに合わせて、日本の国力や将来性がどんどん低下する。すでに米国支援のQEによって、将来的な財政破綻が不可避になっている。 (中央銀行の仲間割れ)

従来(911やリーマン危機より前)は、対米従属が日本の国力の維持発展に貢献していた。だが今はすでに逆だ。対米従属は日本の国力を低下させる。日本が国力を維持したいなら、対米従属をあきらめざるを得ない。今回のイラン制裁への参加問題は、その象徴の一つだ。対米従属を重視してイラン制裁に参加すると、日本はイランの利権を喪失し、国力が低下する。中国にますます追い抜かれる。日本政府は、自分たちの国力を低下させるイラン制裁への参加に、すでに踏み切れなくなっている。

しかしその一方で、日本政府が中国やEUのように「トランプのイラン制裁は違法なので参加しない」と真っ向から宣言すると、日米同盟を壊したい隠れ多極主義のトランプに、日本攻撃の格好の理由を与えてしまう。中国やEUは、多極化に合わせ、自分たちが米国と並ぶ地域覇権国になる準備をしたうえで米国の違法性を指摘しているが、日本はそのような準備をほとんど(真の目的を言わずにTPP11を創設することぐらいしか)していない。イラン制裁の根拠である「イランが核兵器開発している」という指摘は無根拠な濡れ衣であり、トランプのイラン制裁は確かに違法だ。だが、日本はそれを指摘できない。 (TPP11:トランプに押されて非米化する日本)

日本政府は、イラン制裁に参加するとも、しないとも言えない。無策を標榜するしかない。だから世耕経産相は「石油各社の判断に任せる」と表明した。イランの石油を多く輸入している諸国の中で、トランプのイラン制裁に参加して輸入をゼロにすると表明した国は、私が見ている範囲では、まだ一つもない。誰も参加しないイラン制裁に、日本だけ参加してイランの利権を放棄するのは馬鹿だ。日本人お得意の横並び意識にも反する。中国が人民元建てで、EUがユーロ建てで、インドがルピー建てで、トランプの制裁を迂回してイランから石油を買い続けるのだから、日本も円建てでイランから石油を買い続けられる。 (ドル覇権を壊すトランプの経済制裁と貿易戦争) (US economic sanctions against Iran, Russia losing effect amid dollar decline: Analyst)

経産省の方針は「米国に目をつけられないよう、民間の石油各社が、勝手にやっているかたちで、こっそりとイランの石油を買い続ける。万が一、運悪く日本企業がイラン石油の輸入を米国に見つかって制裁されても、日本政府は責任をとらずにすむ」というものだろう。中国やEUの指導者たちは「米国のイラン制裁は違法なので、我が国の企業がイランとの取引を理由に米国から制裁された場合、全力でその企業を守る。間違っているのは米国の方だ」と宣言している。だが、わが国の尊敬すべき官僚独裁機構は、そのようなカッコいい宣言ができない。「民間が勝手にやったことです」と言おうとしている。 (Europe: World must hold end of bargain with Iran) (Chinese Refiner Replaces US Imports With Iranian Crude)

ドイツのマース外相は最近、EUの企業が米国を迂回してイランと取引する新たな決済システムをEUが構築すべきだと表明した。ドルの国際決済は、世界的な銀行間の決済情報の送受信システムである「SWIFT」に依存しているが、米当局の監視下にあるSWIFTに代わる、米国に監視されないシステムを作ろうというのがマースの提案だ(マースは左派。右派のメルケルと立場が異なるかも)。SWIFTに代わる国際決済のシステムは、米国に制裁されているロシアがすでに作っており、中国も参加して利用している。EUが新たなシステムを作ると、それは多分、ロシア中国のシステムと結節される。こうした「非ドル決済システム」の立ち上がりは、最近まで世界的な独占状態だったドルの決済システムの「終わりの始まり」になる(定着まで、まだまだ時間はかかりそうだが)。 (EU needs payment systems independent of US to save JCPOA: Germany) (Russian banks ready to switch off SWIFT)

米国の覇権は、ドルの決済システムと並び、NATOや日米安保など米国中心の安保体制という、経済と安保の両輪によって維持されてきた。トランプのイラン制裁の再発動は、経済面でドルの決済システムを自滅させていると同時に、安保面でも欧州は対米自立を加速している。トランプに敵視された反動でドイツのメルケル首相は、訪独したロシアのプーチン大統領と会談して独露が急接近した。フランスのマクロン大統領は、米国に依存しない脱NATO的なEUの新たな集団安保戦略を作ると発表した。新戦略は、ロシアを敵視せず協調する内容になる。安保面の動きはあらためて書く。 (Is Trump Pushing Germany And Russia Together?) (Macron: EU's security must no longer depend on US)