【目次へ】
  続折々の記へ

【心に浮かぶよしなしごと】

【習近平検索 01】     【日中韓一覧 02】     【習近平検索 03】
【夏の中国 04】     【日中折衝開始 05】     【日中折衝開始 06】
【日中折衝開始 07】     【日中折衝開始 08】     【日中折衝開始 09】

~【01】習近平検索(1)へ戻る~
 あ 習近平 朝日新聞検索【1】03/21~前 い 南北首脳会談【2】
 う 関税の争い【2】 え 日本外務大臣の認識【2】
 お 習近平 朝日新聞検索【3】06/04~前 か 風化する天安門事件【3】
 き 米中攻め合い【4】 く 戦略研究所(CIGS-01)【5】
 け  こ 
 さ  し 
 し  す 
 せ  そ 
                    キヤノングローバル戦略研究所(CIGS-01)
                      [外交・安全保障] 研究主幹 宮家 邦彦
                          2018年1月 ~ 記事総覧
                      フリードマンと語った未来
                      進化する日本の対外防衛協力
                      シャープパワー -民主主義国の脆弱性突く-
                      日中韓協力と北朝鮮
                      インド太平洋戦略とは何か
                      拝啓、習近平国家主席閣下
                      米匿名高官寄稿の衝撃
                      対日関係支える米国人
                      北朝鮮との間で拉致問題を抱える日本
                         取り残さる安倍外交は転換を迫られる
                      日本の安全保障は自らで
                      文在寅政権が進める国防改革2.0とは何か
【5】


 研究主幹 宮家 邦彦
  http://www.canon-igs.org/column/security/20181030_5325.html

[外交・安全保障]
  http://www.canon-igs.org/column/security/2018/
  10.30 第3次湾岸戦争は起きない?
  10.16 文在寅政権が進める国防改革2.0とは何か
  10.16 日本の安全保障は自らで
  10.15 北朝鮮との間で拉致問題を抱える日本
         取り残さる安倍外交は転換を迫られる
  09.28 対日関係支える米国人
  09.19 米匿名高官寄稿の衝撃
  08.31 マケイン上院議員を悼む
  08.20 拝啓、習近平国家主席閣下
  08.02 米イラン関係は言葉の格闘技
  07.23 一枚岩に程遠いNATO
  07.06 トルコとロシアの類似性

  http://www.canon-igs.org/column/security/2018/index_2.html
  06.22 「1953年体制」終わりの始まり
  06.08 インド太平洋戦略とは何か
  05.25 米中貿易関係は戦略的視点で
  05.14 トランプは退場できるか
  04.27 日中韓協力と北朝鮮
  04.10 シャープパワー -民主主義国の脆弱性突く-
  03.30 「選挙」に回帰?トランプ政権
  03.20 ワシントン以外のアメリカ
  03.08 人文科学衰退は日本の危機

  http://www.canon-igs.org/column/security/2018/index_3.html
  02.22 進化する日本の対外防衛協力
  02.08 イージス 地元に丁寧に説明を
  01.23 暴露本が描く米政権の内情
  01.11 フリードマンと語った未来
フリードマンと語った未来
産経新聞に(2018年1月4日)掲載

研究主幹 宮家 邦彦 外交・安全保障
    http://www.canon-igs.org/column/security/20180111_4670.html

 謹賀新年、今年もよろしくお願い申し上げます。本年初の原稿も昨年同様、ワシントン発帰国便の機中で一気に書き上げた。1年前には「従来の連続的思考を重ねるだけでは先が読めない」と記した。本コラムは旧友トム・フリードマンとの会話からヒントを得て書いたものだ。

 フリードマンと初めて会ったのは1991年のワシントン、彼は既にピュリツァー賞受賞記者だった。年齢が同じだったからかなぜかウマが合った。27年も前の話だ。将来何をしたいか聞いたら「コラムニスト」と答えた。まさか筆者も同業者になるとは、当時は夢にも思わない。

 今回久しぶりで再会し、家族の近況を報告し合った後、早速筆者はこう切り出した。

 トム、最近僕はスター・ウォーズ映画をもじってこう講演している。

 (1)今世界で覚醒しているのは「フォース」ではなく、醜く不健全な民族主義や大衆迎合主義が合体した「ダークサイド」だ(2)逆襲するのは単一「帝国」ではなく、現状を不正義と捉え、力による現状変更を肯定するロシア、中国、イラン、トルコなどの「諸帝国」だ(3)今最大の脅威(メナス)は「ファントム(幻影)」ではなく、北朝鮮などの「ヌークリア(核の脅威)」だ。この傾向は2018年に深刻化しても、改善することはない。その象徴がイギリスの欧州連合(EU)離脱、トランプ現象、中露の自己主張などだろう。

 その通りだね、クニ。

 それではトム、君には悪いが、F・フクヤマの『歴史の終わり』、S・ハンチントンの『文明の衝突』、君が書いた『フラット化する世界』はどれも間違いだったな。世界は平らではなく丸いんだぞ。

 クニ、それは違うよ。僕の考えは『レクサスとオリーブの木』に書いた通り。確かに政治の世界ではナショナリズムが台頭している。でも、冷戦後の「グローバル化システム」そのものは変わっていない。世界化・金融化・情報化の象徴であるトヨタのレクサスと、家族・共同体・国家・宗教など人々にアイデンティティーを与えるオリーブの木は同時に存在しているんだ。両者は併存すると同時に、衝突もする...。

 どういうことだ?

 要するに、グローバル化の流れは止まらないが、今や民族主義と大衆迎合主義はグローバル化の潮流に真正面からぶつかり、その方向を変えようとしているのだよ。そのせめぎ合いは2018年も続くだろう。

 なるほど、トム、グローバル化は続くというんだな?

 その通りだ。

 それでは、民族主義・大衆迎合主義の挑戦からグローバル化はいかに生き延びるのだろう。ナショナリズムに圧倒される可能性はないのか?

 ...。

 今回はここで時間終了となった。自書が世界的ベストセラーになると、昔書いた内容との整合性を問われるのはつらいな、とつくづく思う。

 フクヤマが『歴史の終わり』を書いたのは1992年。一党独裁体制など寡頭政治、独裁者や王家の専制政治に対し多数決原理に基づくリベラル民主主義体制が最終的に勝利すると彼は信じた。

 ハンチントンが『文明の衝突』を記したのは96年。冷戦後の現代世界では文明化と文明化との衝突が対立の主要軸だと述べた。これらを単なる妄想と見る向きは今や少なくないだろう。

 仮にフリードマンが正しいとすれば、日本は何をすべきだろうか。最大の課題は、グローバル化の流れに乗りつつも、「ダークサイド」を上手にコントロールしていくことだろう。

 幸い、日本の大衆迎合主義には欧米のごとき差別的な民族主義イデオロギーの要素が比較的少ない。日本人はこの健全な自国社会をいかに維持・発展させていくべきか真剣に考える必要がある。

進化する日本の対外防衛協力
産経新聞に(2018年2月15日)掲載

研究主幹 宮家 邦彦 外交・安全保障
    http://www.canon-igs.org/column/security/20180222_4807.html

 自衛隊の米国武器調達は正式には「対外有償軍事援助(FMS)」と呼ばれる。Foreign Military Salesの略だが、米国から武器を買うだけの行為がなぜ「援助」なのだろう。これは30年前筆者がFSX(次期支援戦闘機)担当官となった当初抱いた素朴な疑問でもあった。

 答えは結構ややこしい。日米間にはMDA(相互防衛援助)協定があり、在京米国大使館にはFMS専門の部署まである。米国は米国製武器売却を日本に対する有償の「援助」と考えているのだ。当時の何とも割り切れない思いは今も鮮明に覚えている。

 しかし、時は流れた。昨年3月、日本はフィリピンに海上自衛隊の練習機TC90を無償供与した。マレーシアやインドネシアにも機材や技術の供与を検討している。7月には日印首脳が海自の救難機US2の対印売却や両国間の防衛装備品・技術協力について話し合った。日本にとっては「協力」であり、「援助」とは呼ばない。だが、米国から見れば立派な防衛相互援助だ。30年前を知る筆者にとっては隔世の感。時代は変わりつつあるのだ。

 変化といえば、自衛隊が参加する多国間軍事演習も同様だ。2000年の西太平洋潜水艦救難訓練を皮切りに、今や自衛隊は30以上の各種合同演習に定期的に参加している。多国間演習で海外に出ることは今や新常態なのだ。

 筆者が外務省の日米安全保障条約課長に就任したのは20年前。近年最も感慨深かったのは自衛隊の南シナ海での活動の進化だ。海上自衛隊の護衛艦「いずも」は昨年5月から南シナ海の海域と周辺諸国を訪問した後、インド洋で多国間合同演習に参加した。「いずも」は就役3年の新造艦、巷(ちまた)ではヘリ空母と呼ばれる海自最大の護衛艦だ。今回はシンガポール、インドネシア、フィリピンなどを歴訪。シンガポールでは国際観閲式に参加、フィリピンではドゥテルテ大統領を艦上に招待した。米空母との共同訓練後はシンガポールに戻り、報道陣とASEAN(東南アジア諸国連合)諸国の士官を乗せ、最後は米印とインド洋でマラバール合同海軍演習に参加、8月に帰国した。何のことはない、海自最大のヘリ空母が南シナ海を中心に約3カ月間、日本の平和的プレゼンスを維持したということだ。

 その期間、米海軍はトランプ政権下で初めてとなる「航行の自由」作戦を実施した。昨年5月にミサイル駆逐艦デューイがミスチーフ礁で、7月にはミサイル駆逐艦ステザムがパラセル諸島で、さらに8月にはミサイル駆逐艦ジョン・マケインがミスチーフ礁付近をそれぞれ航行した。10月にはミサイル駆逐艦チェイフィーがパラセル諸島近くを、今年1月にはミサイル駆逐艦ホッパーがスカボロー礁12カイリ以内を航行している。これらは決して偶然ではなかろう。トランプ政権下で対南シナ海政策は明らかに変わりつつある。護衛艦「いずも」の海外長期運用もこうした国際的活動の一環なのだろう。

 フィリピン海軍がスカボロー礁近くに停泊する中国漁船8隻を発見・拿捕(だほ)したのは2012年4月。その後中国は実効支配する岩を埋め立て南シナ海での軍事的プレゼンスを拡大する。米海軍が「航行の自由作戦」を本格化させたのは2015年10月から。最新の国家安全保障戦略で米国はロシアと並び中国を現状変更をもくろむ「戦略的競争相手」と位置付けた。それでは日本は何をすべきなのか。

 日本は中国と異なり、南シナ海に野心などない。目的はただ一つ、東シナ海から南シナ海、インド洋、湾岸地域に続くシーレーンを自由で開かれた海洋公共財として維持すること。だからこそ日本はインド太平洋地域の関係国・友好国とともに同地域での多国間防衛協力を拡大していく責任があるのだ。

シャープパワー -民主主義国の脆弱性突く-
読売新聞2018年3月26日に掲載

主任研究員 神保 謙 外交・安全保障
    http://www.canon-igs.org/column/security/20180410_4955.html

 国際政治において他国の外交・内政に影響を及ぼす力(パワー)には、大きく分けてハードパワー(軍事力など物理的な強制力)とソフトパワー(自由な価値や文化的魅力によって導く力)が存在するといわれてきた。このソフトパワーを提唱した国際政治学者のジョセフ・ナイ氏は、2つのパワーを適切に組み合わせ、世界が共有できる物語(ナラティブ)を生み出す外交政策=スマートパワーの重要性を指摘していた。

 しかし、今日の分断を深める世界において、ナラティブの共有は途方もなく遠のいているようにみえる。国際民間活動団体(NGO)フリーダム・ハウスが指摘するように、過去20年間に世界の国内総生産(GDP)は大きく成長し、グローバル化と情報社会の普及が進んだものの、民主主義や社会の自由化は停滞が続いている。多くの新興国は自らの権威主義体制を変革することなく経済的に台頭し、情報技術やデータ集積を自らの政治体制をより強固にするツールとして見出すようになった。

 こうした中、権威主義国家が、自国内への政治・文化的影響力(ソフトパワー)の浸透を最小限にしつつ、民主主義国家の自由で開かれた社会に根ざす脆弱性に狙いを定め、影響力を行使する現象が増えている。ロシアは米大統領選挙や欧州諸国の選挙に、ソーシャルメディアやニュースサイトに組織的に介入し、世論の分断や投票行動に大きな影響を与えた可能性が指摘される。また中国は貿易投資や国内の認可制度、さらには一帯一路構想を通じたインフラ投資事業などを、自国に望ましい政策を導くためのリンケージ(連関)の手段として用いている。

 米国のシンクタンク全米民主主義基金(NED)は権威主義国家のこうした影響力の行使を「シャープパワー」と名付けた。その目的は、思想や表現の自由、開かれたメディア、民主的手続きの脆弱性を徹底的に攻撃し、民主主義制度のパフォーマンスを低下させることである。権威主義国家と民主主義国家の非対称性こそが、シャープパワーの源泉である。

 これまでのシャープパワーをめぐる議論は、主にロシアや中国の民主主義国家の制度と社会に対する攻撃・分断・浸透工作に焦点が当てられていた。しかしこの概念は、中国を中心とする権威主義国家が独自の経済システムを広域に浸透させるパワーとして発展する可能性を帯びている。民主主義国家がガバナンスや透明性の確保にこだわり新興国への投資に手間取っている間に、一帯一路構想の対象となる経済圏では中国型のインフラ投資、消費市場、物流や金融システムが拡大していく。こうした国際政治の新しいナラティブの登場こそが、シャープパワーの真骨頂であろう。

日中韓協力と北朝鮮
産経新聞(2018年4月26日)に掲載

研究主幹 宮家 邦彦 外交・安全保障
    http://www.canon-igs.org/column/security/20180427_5001.html

 先週、東京である国際機関が開催するフォーラムに招待された。主催者はTCS(日中韓三国協力事務局)、といっても多くの読者はご存じないかもしれない。平成23年に日中韓3国の平和と繁栄の促進を目的に設立された国際組織で、本部は韓国のソウルにある。恥ずかしながら、TCSについては筆者もほとんど知識がなかった。今回はこの小さいながら大きな可能性を秘めた国際機関の視点から北朝鮮問題を考えたい。

 まずはTCSの生い立ちから始めよう。同事務局は21年に北京開催の第2回日中韓サミットで設立が決まった。23年9月から正式に活動を開始し、過去7年間に政府と民間レベルで政府間協議や大学・民間シンクタンク・研究機関との協力案件を実施可能な分野で数多く手掛けてきた。肝心の日中韓サミット会合が27年以降開かれず、あまり目立たないが、毎年3国の政府が運営予算を3分の1ずつ負担し、現役外交官を出向させるなど活動内容は本格的である。

 今月18日、東京で開かれた国際フォーラムで筆者は率直に次の通り述べた。

●3国協力を語るのは簡単だが、さまざまな経緯もあり、実施するのは想像以上に難しい。

●東アジアで戦略的環境変化が起きている以上、3国協力にも戦略的議論が必要だ。

●3国協力活動には可能なものと不可能なもの、戦略的なものと戦術的なものがある。

●これまでは経済・文化分野を中心に戦術的に可能な案件に絞って実施してきた。

●これからは戦略的に実施不可能な難しい案件こそ意識的に取り上げていくべきだ。

●具体的には3国間で不必要な誤解や誤算を最小化し、合意を最大化するため (1)普遍的価値をどこまで共有できるか (2)中国の台頭はどこまで進むのか (3)東アジアにおける米国のプレゼンスをいかに評価するか、などにつき合意点と相違点を明確にする議論が必要だと考える。

●そのためには、日中韓の政府ではなく、在野の戦略思考家たちがTCSの枠内で率直に議論することが望ましい。

 筆者がこう考えるのには訳がある。今年に入り、朝鮮半島情勢は大きく変わりつつある。特に、北朝鮮外交・内政の変化はトランプ氏の米朝首脳会談受け入れ発言後、急速に進みつつある。

 日本語には2つの相反する諺(ことわざ)がある。「三度目の正直」と「二度あることは三度ある」がそれだ。歴史が動くとき、最初は楽観論が有力となる。ベルリンの壁崩壊時も、中東和平進展の時もそうだった。しかし、北大西洋条約機構(NATO)・欧州連合(EU)の東方拡大や「アラブの春」の際は楽観論の限界が露呈した。先週北朝鮮が核実験と長距離ミサイル発射実験の中止を発表した際、日本の論調は幸いにも懐疑論が多かった。しかしこうした状況がいつまで続くかは未知数である。

 北朝鮮の「微笑外交」により始まった現状が今後さらに進めば、例えば、南北首脳会談で朝鮮戦争の終結方法が真剣に議論され▽米朝首脳会談で「非核化」プロセスに妥協が成立し▽経済制裁の段階的解除の可能性が具体化し▽平和条約締結やそれに伴う在韓米軍撤退議論が始まり▽北朝鮮経済の改革開放や日朝関係正常化の議論が勝手に動き出すかもしれない。

 一方、北朝鮮が容易に核兵器開発を断念するとは思えないので、一定期間経過後は希望が失望に変わり、信頼が不信に急変するときが来る可能性も考えておく必要がある。

 それこそTCSの真価と存在意義が問われるときではないか。日中韓3国の戦略的合意点と相違点を正確に理解することは、将来3国間の不必要な誤解や誤算を回避し、3国に正しい判断をもたらすだろう。二度あることは三度あるのだから。

インド太平洋戦略とは何か
産経新聞(2018年6月7日)に掲載

研究主幹 宮家 邦彦 外交・安全保障
    http://www.canon-igs.org/column/security/20180608_5078.html

 今回の原稿は4、5日に東京で開かれた国際会議の真っ最中に書き上げた。主催は米シンクタンクCSISの太平洋フォーラム、多摩大学のルール形成戦略研究所と在京米国大使館で、テーマは「インド太平洋地域の民主主義と同盟関係」だった。日本人より外国人参加者の多い、日本で開かれるこの種のシンポジウムとしては出色の会議だ。今回はここでの筆者の発言内容を簡単にご紹介しよう。

 振り返ってみれば、世界のアジア専門家が「インド太平洋」なる概念を頻繁に使い始めたのは2017年11月、初のアジア歴訪中に米トランプ大統領が再三言及してからだ。12月には米国の国家安全保障戦略にも記載され、今や米国の公式政策にもなっている。「インド太平洋」について当時、英BBC記者は、「アジアに関する米国の新たな戦略概念」ではあるが、「従来のアジア太平洋の焼き直しにすぎない」と断じた。

 おいおい、それは違うだろう。確かにワシントンの新政権は新語の発明が得意だが、アジア太平洋とインド太平洋は相互に異なる概念であり、そこには一定の戦略的意義があるはずだ。

 「アジア太平洋」について東京では「日本が提唱した戦略に米国が歩調を合わせた」との思いが強い。トランプ氏が言及した「自由で開かれたインド太平洋」は安倍晋三首相が2016年ケニアで開かれた第6回アフリカ開発会議で打ち出したものだからだ。日本の一部には、この概念の始まりが12年末に安倍首相が発表した「アジア民主主義安全保障のダイヤモンド」論文だったとか、更には、07年の第1次政権時代の訪印で行った演説こそが原点だとする向きもある。

 いずれにせよ、この種の概念に特許権はない。インド太平洋なる概念を最初に提唱したのはインド海軍の研究者だったとの指摘もある。問題は誰が先に言い出したかより、同概念が意味する現実の深刻さではないか。こう述べた上で筆者はこう結論付けた。

 インド太平洋が意味する現実は想像以上に厳しい。アジア太平洋にインドを加える必要があるということは、現状では米国が単独で、もしくは既存の同盟システムのみで、地球規模で拡大する中国の自己主張を抑止できなくなりつつあるということだ。オバマ政権時代から顕在化しつつあったが、米国第一を標榜(ひょうぼう)するトランプ政権に代わった今事態は一層深刻であろう。

 一方、良いニュースもある。アジア太平洋にインドが加わることは当該地域の平和と安定に関心を持ち、具体的貢献を真剣に考える国々が増えつつあることを意味する。いずれにせよ、従来「インド太平洋」の平和と安定は米国ハワイに司令部を置く米太平洋軍(現在はインド太平洋軍)が過去70年間事実上維持してきた。その意味で「インド太平洋」なる概念は少なくとも一部関係国にとって決して新しいものではない。

 しかしながら、インド太平洋なる概念は日本の安全保障にとって必ずしも十分なものではない。日本の生存は東京からインド洋だけでなく、エネルギーの豊富な湾岸地域までのシーレーンの維持に大きく依存している。インド洋からアラビア海、湾岸に至る水域はインド太平洋軍でなく、米中央軍の責任範囲だ。

 されば、インド太平洋を語るにはインドの西方にあり、宗教的過激派が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)する中東地域を含める必要がある。ところが、アジア専門家の多くは中東に関心がなく、中東専門家はアジアに関する知識が乏しい。こうした「知的蛸壺(たこつぼ)現象」は憂うべき悲劇だが、残念ながら、この傾向は日本だけでなく、欧米アジア主要国の政府関係者・研究者の間でも顕著だ。どうやらインド太平洋かアジア太平洋かの議論には深淵(しんえん)なる戦略的発想が必要であるようだ。

拝啓、習近平国家主席閣下
産経新聞(2018年8月16日)に掲載

研究主幹 宮家 邦彦 外交・安全保障
    http://www.canon-igs.org/column/security/20180820_5211.html

 北京の酷暑と内憂外患で閣下もお忙しい日々をお過ごしのことと推察します。本日は最近米トランプ大統領が仕掛けた「米中貿易戦争」について一筆啓上申し上げます。

 それにしても、ワシントンは一体何を考えているのでしょう。聡明(そうめい)な閣下なら既にご承知と思いますが、今次米中貿易戦争と1980年代の日米貿易摩擦は次の3点で本質的に異なります。第1は政経分離。当時日本政府は経済貿易問題が日米同盟を害さないよう細心の注意を払いました。第2に当時の日本は戦略的に東アジアにおける米国の覇権に挑戦などしませんでした。最後に当時はWTO(世界貿易機関)の前身GATTが一応機能していました。要するに日本は自国経済を国際システムに適応させたのです。その意味で日米対立はあくまで「摩擦」であって「戦争」ではありませんでした。

 これに比べれば今回の米中貿易対立は文字通り「戦争」ですね。トランプ氏の目的は貴国の対米黒字縮小だけではありません。この数年間で米国が中国を見る目は明らかに変わりました。トランプ氏は政経未分離の貴国の戦略自体を問題視し始めています。日米の問題が同盟国間の負担分担だったとすれば、米中は大国間の戦略的競争なのです。

 閣下、私の懸念は今閣下の周辺にこうした米中関係の本質的変化を正確に理解する知恵者がいないのではないかということです。閣下の対米政策については(1)応分の対抗措置を取る(2)WTOなど国際機関で紛争を解決する(3)中国経済の構造改革を進める(4)米中百年戦争を戦う-の4つが考えられます。しかし、今北京から聞こえてくるのは「米国の脅迫には降伏しない」といった勇ましいが無責任な強硬論ばかりですね。

 賢明な閣下なら「戦略のパラドックス」という概念をご存じでしょう。軍事的優位は永遠に続きません。戦いには相手がいます。こちらが成功し続ければ、敵は必ず戦術を変更し、こちらの弱点を突く手段を編み出します。今米国は、まさにこの「逆説」を実行し始めました。貿易戦争で米国に簡単に勝てるなどと過信してはなりません。「戦争」ですから、米国はこれからも理不尽な対中要求を続けるでしょう。ここで中国が過剰反応し、本気で米国に戦いを挑めば、結果はトランプ氏の思うつぼです。今の中国で戦略的に正しい決断を下せるのは閣下以外に考えられません。

 米中間には他にも懸案があります。あの「歴史的」な米朝首脳会談から2カ月たちましたが、案の定、北朝鮮非核化交渉に進展はありません。私は北朝鮮の意図を次のように推測しています。彼らに非核化する気が全くないとまでは言いませんが、少なくとも「北朝鮮の核兵器と開発計画の廃棄」なるものは最後の切り札として、交渉の最終段階まで温存する可能性が高いのではないでしょうか。

 北朝鮮にとっても、中国にとっても、トランプ氏は最もくみしやすい交渉相手ですよね。政治的に見てトランプ氏は中間選挙まで北朝鮮との交渉につき失敗を認めることはないでしょう。一方、北朝鮮は今後も核弾頭とミサイルの分野で秘密裏に開発計画を維持したいと思うはずです。閣下はこうした状況を巧みに利用し、米国と北朝鮮による「朝鮮戦争終結」宣言を画策しておられるのでしょう。でも、米国も閣下の思惑は百も承知ですから、貿易面で中国に譲歩することはまずないと思います。

 北朝鮮問題と貿易戦争は今後も長く続く米中スターウオーズの2つのエピソードにすぎません。されば、閣下は決して米国の挑発に乗ってはなりません。今こそ中国は1980年代の日本から学び、メンツを捨ててでも経済貿易システムの構造改革という戦略的決断を下すべきなのです。

 閣下、酷暑が続いています。くれぐれもご自愛くださいませ。敬具 宮家邦彦拝

米匿名高官寄稿の衝撃
産経新聞(2018年9月13日)に掲載

研究主幹 宮家 邦彦 外交・安全保障
    http://www.canon-igs.org/column/security/20180919_5260.html

 先週は話題豊富な1週間だった。ワシントン名物記者のトランプ政権暴露本、大坂なおみ選手のUSオープン優勝、北朝鮮のICBM(大陸間弾道ミサイル)抜きの軍事パレード、北海道の地震等(とう)である。だがウッドワード記者(ウォーターゲート事件の特ダネ記者)の暴露本に新味はもはやない。テニスはウィリアムズ選手の性差別発言ばかりが注目された。ICBMのない軍事パレードは北朝鮮の非核化を意味しない。今週筆者が選んだテーマは「匿名トランプ政権高官」が書いたニューヨーク・タイムズ紙への寄稿文である。

 「私はトランプ政権内抵抗勢力の一人」と題された小論の内容は破壊的だ。政権内の多くの人々は大統領からアメリカ合衆国を守るため、トランプ氏の誤った判断や命令をあえて実行していない、というのだから穏やかではない。米メディアは同寄稿文を極めて異例と論評し、改めてトランプ氏の大統領としての器に疑問を呈している。

 匿名高官は、「大統領が自らの意思決定の基準となる明確な原則を持たないことは周知の事実」だが、米国民は「仮にトランプ氏が反対しても国のために正しいことをしようとする人々が政権内にいることを知ってほしい」と書いている。当然ながらトランプ氏は激怒した。この匿名高官は「勇気のない臆病者」、寄稿は「反逆行為」だから、司法省は捜査を開始すべしとまで言い切った。もちろん捜査は始まっていない。容疑が不明だからだ。トランプ氏の動きを見れば、この匿名寄稿の内容がいかに正しいかが分かるだろう。しかし、これは米国だけの話ではない。

 今週の筆者の英語コラムでは、「日本にも似たような事件があった。個人の名誉のため名は伏すが、平成21年からの2人の首相は、トランプ氏ほどではないが、普天間飛行場問題や東日本大震災の際に右往左往し、多くの公務員・専門家は彼らの判断や命令に面従腹背した可能性がある」と書いた。さすがに日本では匿名高官による主要紙寄稿はなかったが、政権トップの資質不足は国家にとって致命的とすらなり得るのだ。

 米メディアの一部には今回の匿名高官をウォーターゲート事件の際の「ディープ・スロート」と比較する向きもある。確かに匿名高官という意味では似ているが、当時のニクソン大統領とトランプ氏では資質があまりにも違い過ぎる。むしろ共通しているのは彼らが生きた時代かもしれない。1970年代は歴史の転換期、中東やアジアでは戦争が終わり対話が始まった。米国の国力は低下したと考えられ、米国民が自信を失い始めた時期だ。同様に、現在は新たな歴史の転換期かもしれない。イラン、中国など旧帝国が再び台頭し始めた。米国民は再び自信を失いつつある。

 しかし、話はこれで終わらない。米国人にとっては「大統領と民主主義」の問題だろう。だが、米国の同盟国から見れば、今後もトランプ政権が続く場合、結果として同盟関係がどの程度害されるかが最大関心事だからである。

 既に弊害は出始めている。中東では米国大使館のエルサレム移転とイラン核合意からの撤退で曲がりなりにも安定していた地域情勢に再び暗雲が立ち込めている。欧州では民族的大衆迎合主義が復活しつつあり、東アジアでは米国の北朝鮮に対する稚拙な対応で北朝鮮の核保有が不可逆的に進んでいる。

 71年のニクソンショックでは台湾が犠牲となり、日米同盟も一時的に弱体化したが、全世界の国々は今後も起こる可能性のあるトランプショックにどう対応すべきか悩んでいるはずだ。大統領より合衆国の国益を優先する匿名高官の存在は心強いが、彼らの影響力には限界がある。11月の中間選挙まで2カ月を切った。世界各地の米国の同盟国は今息をのんで、選挙結果の行方を見守っている。

対日関係支える米国人
産経新聞(2018年9月27日)に掲載

研究主幹 宮家 邦彦 外交・安全保障
    http://www.canon-igs.org/column/security/20180928_5282.html

 この原稿はワシントン発シアトル行き米国内線の機内で書いている。米国各地の「日米協会」を束ねる全米協議会(NAJAS)の年次総会に招かれるという栄誉を得たのだ。本年3月インディアナ州日米協会の会合で講演したご縁で声がかかったらしい。首都ワシントンからワシントン州シアトルまでは直行でも5時間半、この国の巨大さを改めて実感させられた。

 早朝の空港でトランプ政権の暴露本をやっと手に入れ早速機内で読み始めた。ワシントン・ポスト紙の名物記者ウッドワード氏の筆は今も健在だ。新味はないが大統領に関する従来の噂は真実だと確信した。衝動的で学習を拒否するトランプ氏が、ごく一部の質の悪い側近を重用して判断を誤ると、他の多くの常識的高官たちが連携してその政策実現を妨害するという異常な状態は今後も続くのだろう。

 ワシントンでは恒例のキヤノングローバル戦略研究所とスティムソンセンター共催の会合で再び本音を吐いた。「問題はトランプ氏が『例外』なのか、それとも『始まり』にすぎないのかだ」。一瞬会場が静まり返ったような気がした。ワシントンの住人もこの問いには答えられないのだ。

 そうこうしているうちに飛行機はシアトルに到着、会合には遅れて昼食から参加した。午後一番のセッションではNAJASの会長で元米国政府高官の旧友といつもの「弥次喜多」議論を繰り返した。筆者はスター・ウォーズ映画の題名をもじり、今世界では①ダークサイドが覚醒し、②諸帝国が逆襲し、③核兵器のメナスが拡大しつつある。さらに、自分の分析が間違っていることを望むが...と前置きの上、6月の米朝首脳会談により東アジアでは朝鮮戦争の休戦協定が作り出した1953年体制の下での安定が変質し始め、日本は今後国家安全保障政策の一部見直しを余儀なくされるかもしれないとも述べた。

 ちょっと言いすぎたかなとは思ったが、ここでも聴衆は知的に反応しつつも凍り付いていたように感じられた。やはり日米関係者の問題意識は基本的に同じなのだろう。

 友人の元米政府高官の方も「インド太平洋」という新しい戦略概念を聴衆に説明しつつ、東アジアにおける米国の最大の懸念が中国となり、日本との良好な同盟関係なしに東アジアの安定を維持することが難しくなっているなどと踏み込んで説明していた。

 NAJASは全米38もある日米協会のネットワークの元締だ。全体で個人会員は9500人以上、企業会員も2100以上もあると聞く。参加者は各日米協会の責任者たちばかりだから、当然東アジア戦略環境の変化という話には関心が強く、レベルの高い質問が相次いだ。例えば、日本は朝鮮半島の統一を歓迎するのか、自衛隊は南シナ海で活動を拡大するつもりがあるのか、現在の日米安保で中国の「封じ込め」は可能なのかなどなど、しっかりと日本のことを見てくれているなとうれしくなる。前日はワシントン泊、翌日早朝からシアトルに飛ぶという無謀な日程のため頭はあまり回転しなかったが、一緒に登壇した旧友と手分けしながら、何とか誠心誠意回答することができた。「もう現役じゃないから言いたいことが言えるんだよね」「それはお互いさまだろう」。国は違っても元役人の発想は同じだ。逆に、今も現役である元同僚たちの努力と苦労には頭の下がる思いがする。

 それにしても全米の日米協会の存在は日本にとって宝物だと改めて痛感した。こうした米国各地の「草の根」民間団体の活動が日米関係を支えている。仮にトランプ政権が「例外」だったとしても、また「始まり」であればなおさらのこと、日本は対日関係を心配してくれるこうした米国の人々の善意と熱意を重く受け止める必要がある。

北朝鮮との間で拉致問題を抱える日本
  取り残さる安倍外交は転換を迫られる

Newsweek に掲載(2018年5月29日付)

主任研究員 辰巳 由紀 外交・安全保障
    http://www.canon-igs.org/column/security/20181015_5096.html

  北朝鮮との間で拉致問題を抱える日本のジレンマ
     取り残されかけた安倍外交は「最大限の圧力」からの転換を迫られる


 来る米朝首脳会談で最大の焦点は、北朝鮮の核をめぐり、ドナルド・トランプ米大統領と金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長が何らかの合意に達するかどうかだ。合意に達した場合、どのような内容になるだろうか。

 4月27日に行われた南北首脳会談で金と韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領は、朝鮮半島の非核化を目指すことで合意した。金は5月3日に中国の王毅(ワン・イー)外相と会談した際も、非核化に向けて努力すると繰り返している。

 ただし、金の意図する「朝鮮半島の非核化」がどのようなものかは、不確かなままだ。アメリカでは多くの人が、北朝鮮は核兵器を手放すことと引き換えに、アメリカの「核の傘」を朝鮮半島から(そして北東アジアから)外すことを求めるとみている。

 北朝鮮の核をめぐる米朝の合意は、日本にも大きな影響をもたらしかねない。例えば、アメリカにとって緊急の課題、すなわち北朝鮮が保有する核兵器の数とICBM(大陸間弾道ミサイル)の性能向上に関する内容にとどまり、生物化学兵器や短・中距離弾道ミサイルに言及しなければ、日本の安全保障は改善されないだろう。

 北朝鮮が非核化と引き換えに韓国の駐留米軍の大幅削減を要求して、アメリカが応じれば、北東アジアにおける米軍のプレゼンスに甚大な影響をもたらし得る。その場合、日本とアメリカの間で、米軍と自衛隊の役割、使命、責任の分担について大々的な見直しに発展するかもしれない。

安倍に求められる「決断」

 さらに、北朝鮮が核弾頭の廃棄など非核化への具体的な取り組みを始めることと引き換えに、経済的な見返りを提供していくという合意が結ばれた場合、日本は厄介な立場に置かれる可能性がある。

 日本はこれまで、北朝鮮による日本人の拉致問題が進展しない限り、金政権との対話は始めないという立場を貫いている。従って、アメリカと韓国、中国、そしておそらくロシアが、経済制裁の一部緩和や経済支援など、より広範囲な関与へと前進する一方で、日本だけが北朝鮮への経済協力を拒むという図式になりかねない。

 既に日本は、朝鮮戦争の休戦協定の当事者ではないという意味で、朝鮮半島の長期的な将来の議論の中心から外れている。さらに経済制裁をめぐる立場で他国と差が生じれば、朝鮮半島情勢が進展する一方で、日本は今以上に傍観者になりかねない。

 3月に米朝首脳会談の開催が発表されて以来、関係国の間では、北朝鮮の核問題を解決するための外交努力が加速している。その中で「拉致問題が解決に向かうまで対話は始めない」というアプローチを固持する日本は、後れを取っているようだ。

 安倍晋三首相も外交活動を強化している。4月中旬に訪米してトランプと会談した後、5月9日には東京で日中韓首脳会談のホストを務め、文と中国の李克強(リー・コーチアン)首相ともそれぞれ個別に会談した。

 しかし、ほかの関係国は日本よりはるかに速いペースで進んでいるのだ。南北朝鮮の間だけでなく、アメリカと中国、中国と韓国の協議も加速しており、マイク・ポンペオ米国務長官は3月(当時の肩書はCIA長官)と5月に相次いで平壌を訪れ、金と会談している。

 もちろん、日本の影響力が全くないわけではない。例えば、日本の民間部門の核燃料再処理技術は、北朝鮮の核施設の廃棄プロセスにおいてかなり有用だろう。しかし、そのような影響力を発揮する前提として、日本政府は拉致問題最優先という方針を修正する必要がある。

 拉致問題に関する政府の立場を左右するような方針転換は、安倍にとって特に難しい決断となる。拉致問題に断固として立ち向かうという姿勢は、安倍が政治的に台頭したきっかけの1つだからだ。

 しかし、安倍が決断できるかどうかによって、北朝鮮の非核化と、将来的には朝鮮半島統一に向けて、日本がどこまで影響力を振るえるかが決まるかもしれない。

日本の安全保障は自らで
産経新聞(2018年10月11日)に掲載

研究主幹 宮家 邦彦 外交・安全保障
    http://www.canon-igs.org/column/security/20181016_5302.html

 先日、某有力本邦メディアの若い記者からこんな電話取材を受けた。リチャード・アーミテージ元国務副長官やジョセフ・ナイ元国防次官補・ハーバード大教授ら米超党派の知日派グループがまとめた日米同盟のあり方に関する両政府への提言につきコメントが欲しいという。

 それは何ですかと尋ねたら、アーミテージ・ナイ報告を知らないんですか、もう4回目ですよと切り返された。もちろん、知っている。1回目は確か2000年。筆者は北米局日米安全保障条約課長だったが、報告書に目を通した記憶はない。あれから18年たったが、日本マスコミの体質は変わっていない。こう考える理由を今回は誤解を恐れずに書こう。

 まずは事実関係から。本邦有力日刊紙によれば、米知日派人士が「21世紀における日米同盟の刷新」を発表したという。中国・北朝鮮の脅威を強く意識しつつ、自衛隊と在日米軍の基地共同使用など同盟の深化を提案し、日本に国内総生産1%以上の防衛費の支出を求めたと報じられた。正確に言えば、同報告書は米CSIS(戦略国際問題研究所)が作成したもので、ワシントンでは星の数ほど印刷される報告書の一つ。当然、米国主要メディアではニュースにすらなっていない。他方、多くの米国人アジア専門家が議論した結果だから、それなりに中身はある。カッコ内の筆者コメントとともに紹介しよう。結論は同盟強化のため2030年までに次の10の提案を実行すべし、である。

①開かれた貿易・投資体制への再コミット【これってトランプ政権に言うべきだろう】

②共同基地からの日米運用【在日米軍基地を日本管理下の施設区域とすることに難色を示してきたのは米側だ】

③連合統合任務部隊設立【日米主導の統合任務部隊は理想だが、実現は厳しい。一体誰が指揮するのか?】

④日本版統合作戦本部設立【自衛隊の統合作戦が不十分なことは分かっている。提言だけでは実現しないぞ】

⑤日米共同有事計画の策定【グレーゾーン段階から米軍が関与するのは理想だが、法律上、運用上の問題あり】

⑥防衛装備品の共同開発【30年前の次期支援戦闘機(FSX)の時代からの課題だが、情報開示のない共同開発などごめんである】

⑦ハイテク協力の拡大【日本を「ファイブアイズ(米英ら5カ国による通信諜報機関)」に加える案は面白いが、独仏とすら実現していない話だ】

⑧日米韓安保協力の再活性化【これも冷戦時代からの課題だが、昔の方が容易だった】

⑨域内インフラファンド設立【アジアインフラ投資銀行(AIIB)に対抗しようとするのか。アジア開発銀行(ADB)を強化する方が先ではないか】

⑩広範な域内経済戦略策定【開かれたインド太平洋発展のため必要というが、それはトランプ氏に言ってくれ】。

 要するに、優れた内容の提言ではあるが、日本側専門家には長年の課題ばかりで新味はない。内容的には日本政府よりトランプ政権に批判的であり、ありがたいとすら思う。それにもかかわらず、米国知日派の提言を特別視する一部マスコミは、連合国軍総司令部(GHQ)の言動に右往左往した昭和の日本人などと変わらない。菅義偉官房長官は、「個々の提言には論評しない」と答えた。至極正論である。

 アーミテージ氏らは2000年以来、集団的自衛権の行使の容認など「日本の防衛政策の重要な転換を後押しする役割を担った」と報じられたが、それも違う。集団的自衛権の必要性は米国に言われるまでもない。日本の安保関係者にとって長年の悲願は、米国からの外圧ではなく、安倍晋三首相自身の政治決断によりようやく実現したものだ。米知日派の提言に一喜一憂するのはやめて、そろそろ日本人自身で日本の安全保障を考えようではないか。