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                      [海外情報・マクロ経済・他]
                         瀬口清之・小手川大助・山下一仁・他
                         2018年8月 ~ 記事総覧
                      EUと連携し、トランプ支持層に打撃を
                      トランプの農業救済は逆効果
                      WTO改革にTPPを使え!
                      増加する高齢者の生活保護
                      日本企業の対中投資 13年ぶりに本格化
                      
【8】


 研究主幹 瀬口清之・小手川大助・山下一仁・他
      [海外情報・ネットワーク]
      http://www.canon-igs.org/column/network/2018/
      [マクロ経済]
      http://www.canon-igs.org/column/macroeconomics/2018/index.html

コラム ➡ [海外情報]:[マクロ経済]

2018.11.02 研究主幹 瀬口 清之
  [海外情報・ネットワーク]
  米中貿易摩擦をめぐる米国および欧州の最新動向

2018.11.01 研究主幹 栗原 潤
  [海外情報・ネットワーク]
  「東京=ケンブリッジ・ガゼット:グローバル戦略編」第115号(2018年11月)
2018.10.26 研究主幹 瀬口 清之
  [海外情報・ネットワーク]
  危険水域に入った米中対立、解決を委ねられた日本

2018.10.24 研究主幹 山下 一仁
  [マクロ経済]
  "減反廃止"でも米生産が増えない本当の理由

2018.10.15 研究主幹 小林 慶一郎
  [マクロ経済]
  「危機」が変えた経済モデル-バブル理論などなお課題-
2018.10.12 研究主幹 山下 一仁
  [マクロ経済]
  日米首脳の通商協議を緊急報告する
2018.10.03 研究主幹 栗原 潤
  [海外情報・ネットワーク]
  AI: 若い世代の研究開発に期待
2018.10.01 研究主幹 栗原 潤
  [海外情報・ネットワーク]
  「東京=ケンブリッジ・ガゼット:グローバル戦略編」第114号(2018年10月)
2018.10.01 研究主幹 瀬口 清之
  [海外情報・ネットワーク]
  欧州で急速に高まる中国企業への警戒感

  2018.09.28 研究員 吉岡 明子
  [海外情報・ネットワーク]
  第4回東方経済フォーラムに参加して
2018.09.25 研究主幹 山下 一仁
  [マクロ経済]
  米中貿易戦争で得する人、損する人
2018.09.25 研究主幹 岡嵜 久実子
  [海外情報・ネットワーク]
  正念場にさしかかる中国の金融リスク対応

2018.09.20 研究主幹 山下 一仁
  [マクロ経済]
  米中貿易戦争の行方と日本
2018.09.18 研究主幹 山下 一仁
  [マクロ経済]
  トランプのNAFTA見直しで何が変わるのか
2018.09.13 研究主幹 山下 一仁
  [マクロ経済]
  日本農業成長のポテンシャル
2018.09.06 研究主幹 山下 一仁
  [マクロ経済]
  アメリカは米中貿易戦争を早く終わらせたい
2018.09.06 研究員 吉岡 明子
  [海外情報・ネットワーク]
  支給開始年齢引き上げだけでは終わらない?
2018.09.05 研究主幹 山下 一仁
  [マクロ経済]
  米中貿易戦争、トランプが設けた高すぎるハードル
2018.09.03 International Senior Fellow 清滝 信宏
  [マクロ経済]
  リーマン後10年、次の危機は-貿易戦争、金融に波及も-
2018.09.03 研究主幹 栗原 潤
  [海外情報・ネットワーク]
  「東京=ケンブリッジ・ガゼット:グローバル戦略編」第113号(2018年9月)
2018.08.28 研究主幹 山下 一仁
  [マクロ経済]
  日米FTA交渉を避ける道はないのか?
2018.08.28 研究主幹 瀬口 清之
  [海外情報・ネットワーク]
  日本企業の対中投資、13年ぶりに本格化

2018.08.24 主任研究員 小黒 一正
  [マクロ経済]
  増加する高齢者の生活保護、将来は100人中6人のシナリオも

2018.08.24 研究主幹 山下 一仁
  [マクロ経済]
  日米自動車産業の勝敗を決するのは中国市場だ
2018.08.20 研究主幹 瀬口 清之
  [海外情報・ネットワーク]
  構造改革推進を巡る不協和音と中国中央政府の冷静な対応
2018.08.20 研究主幹 山下 一仁
  [マクロ経済]
  WTO改革にTPPを使え!-中国の行動を規制するためにWTO改革が必要だ-

2018.08.15 研究主幹 小林 慶一郎
  [マクロ経済]
  英知結集 描く経済の針路-揺らぐ資本主義、経済学をどう生かすか-
2018.08.15 研究主幹 山下 一仁
  [マクロ経済]
  トランプの農業救済は逆効果

2018.08.13 研究主幹 山下 一仁
  [マクロ経済]
  農業界の常識を打破して日本農業を成長させよう
2018.08.13 研究主幹 山下 一仁
  [マクロ経済]
  トランプの貿易戦争は終わらない
2018.08.03 研究主幹 岡崎 哲二
  [マクロ経済]
  大学の国際競争力向上と組織設計
2018.08.01 研究主幹 栗原 潤
  [海外情報・ネットワーク]
  「東京=ケンブリッジ・ガゼット:グローバル戦略編」第112号(2018年8月)
2018.08.01 研究主幹 山下 一仁
  [マクロ経済]
  EUと連携し、トランプ支持層に打撃を



EUと連携し、トランプ支持層に打撃を
米国の保護主義を変えるカギは TPP11と日本-EU経済連携協定にある
WEBRONZA に掲載(2018年7月18日付)

    研究主幹 山下 一仁 農業政策・貿易政策
    http://www.canon-igs.org/column/macroeconomics/20180801_5152.html

EUが重視する日本とのEPA

 日EU経済連携協定(EPA)の署名が7月17日に行われた(経済連携協定と言っているが、内容は貿易や投資を促進するTPPと同様の自由貿易協定である)。安倍首相が欧州を訪問してブリュッセルで署名する予定だったが、西日本の豪雨災害への対応で中止となり、東京での署名となった。EU側からはトゥスク大統領が署名式に出席した。これは、EUがこの協定の重要性を十分認識していることを示している。

 日EU経済連携協定は世界のGDPの3割を占める国・地域をカバーすることになる。TPPからアメリカが離脱した今、世界最大のメガFTA(自由貿易協定)である。質的にも、物品の関税撤廃の程度で示される自由化のレベルも高い。

 EUの最高指導者であるトゥスク大統領がわざわざ訪日して署名したことは、保護主義で世界を振り回しているアメリカのトランプ大統領に対し、日本とEUは自由貿易を推進しているのだということを示したかったのだろう。

 ドナルド・トゥスク(Donald Tusk)ポーランドの政治家 2014年8月30日に行われた欧州理事会の非公式会合で次期欧州連合大統領(欧州理事会議長)に内定され、ヨーロッパの代表として国際政治の舞台に登場することとなった。(googleによる) 自由貿易協定のドミノ効果

 だが、それだけではない。新たなドミノ効果を生むことも期待できるのだ。

 ドミノ理論(ドミノりろん、英語: Domino theory)とは、「ある一国が共産主義化すれば動きはドミノ倒しのように隣接国に及ぶ」という、冷戦時代のアメリカ合衆国における外交政策上の理論である。実際に起こった現象についてはドミノ現象と呼ぶ。 転じて、一度ある事件が起これば、次々と連鎖的にある事件が起こるとする理論全般を言う。 検証や論理の正確性を欠く場合は、誤謬や詭弁だと見なされる場合もある。(googleによる)

 自由貿易協定の本質は「差別」である。参加すれば関税の削減・撤廃や投資の円滑化・保護などのメリットを受ける。一方、参加しなければこうした利益を受けないばかりか、逆に他の競争国に比べて不利に扱われるというデメリットを受ける。このため、自由貿易協定は自由貿易協定を呼ぶことになる。メガFTAの場合は、参加国の拡大である。自由貿易協定はドミノ効果を持つのである。

 そもそも日EU経済連携協定を仕掛けたのは、日本の産業界だった。EUの自動車等の関税は高い。韓国が先にEUと自由貿易協定を結んだので、日本の産業界はEU市場で韓国に比べて競争条件が悪化することを心配した。つまりEUと韓国の自由貿易協定で、日本の産業が差別されるのではないかと考えたのである。

 この協定のドミノ効果により、日本がEUに経済連携協定(自由貿易協定)の締結を求めることとなったわけだ。

EUを動かしたTPP

 EUは当初、日本の提案に冷淡だった。日本の工業品の関税は既にゼロとなっているものが多く、日本と経済連携協定を結んでも、これによって得られる利益は少ないと判断したからである。

 しかし、EUが態度を変更せざるを得ない事態が発生した。日本のTPP交渉への参加と同交渉の合意である。

 日本の工業品の関税はゼロか非常に低い水準だが、農産物には高い関税障壁が残っている。それでも、EUはこれまでチーズ、ワイン、豚肉等を日本に輸出してきた。

 ところが、EUが日本への農業輸出で競争してきたアメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなどの関税はTPP交渉で削減されたり撤廃されたりする結果になった。今度はEUが農産物で「差別」されることになった。

 この「TPPのドミノ効果」により、EUは日本との経済連携協定締結への積極姿勢に転じたのである。

自業自得の米国

 次に「差別」されるのは、TPPから離脱したアメリカである。

 ワインについては、TPP11や日EU経済連携協定などによって、日本へ輸出するアメリカ以外のかなりの国々(オーストラリア、ニュージーランド、チリ、フランス、イタリア、スペインなど)への関税が撤廃される。高いパスタの関税も11年目に撤廃されるので、アメリカ産パスタの競争力は大幅に悪化する。

 2017年度の日本市場への豚肉輸出の主要国は、EU30万トン、アメリカ29万トン、カナダ19万トン。アメリカはTPP11でカナダに、日EU経済連携協定でEUに、日本の市場を奪われることになる。

 TPP交渉で日本の豚肉関税を一部撤廃させたのは、他ならぬアメリカである。日EU経済連携協定では、TPP合意と同じ条件をEU産豚肉に認めることになった。アメリカは努力して交渉して得たものをライバル国のカナダとEUに渡し、漁夫の利を得させたばかりか、自らは逆に不利な立場に置かれることになったのだ。TPP脱退がもたらした「効果」である。いわばアメリカの自業自得だ。

 なお、低関税輸入枠の設定にとどめたソフト系チーズについては、EUからの輸入も増えないし、価格も下がらないと考えられる(WEBRONZA「チーズの値段は下がらない」)。そもそもカマンベールなどソフト系主体のEU産チーズとアメリカ産チーズは競合しないので、EU産の輸出が増えてもアメリカに影響は及ばない。しかし、チーズ生産の副産物でありアメリカの輸出関心品目であるホエイについては、EUへの関税が削減されるので、アメリカの輸出は減少する。

トランプ支持層に打撃を

 関税が高いことが、自由貿易協定に参加しない国を「差別」し、ドミノ効果を生む。日本の農産物関税が高いことが、意図せざる自由貿易推進効果を生むことになった。

 いくら日EU経済連携協定が締結されたと聞いても、自己の支持者に受けの良い政策や主張しか実行しようとしないトランプ大統領にとっては馬の耳に念仏だろう。彼を理詰めで説得しようとしても効果はない。安倍首相はトランプ大統領に自由貿易やTPPの地政学的な重要性等を説き、TPP残留を呼びかけたが、無駄だった。

 性的なスキャンダルがたびたび報じられても、政策的に対立する議員をIQが低いと罵っても、トランプ大統領への支持は微動だにしない。彼が主張や政策を変更するのは、支持者が変化する場合しか考えられない。逆に言えば、支持者に直接影響するような政策を講じれば、トランプ政権の政策を変更させることも可能となろう。

 TPP11や日EU経済連携協定で、トランプ政権や共和党を支持してきたアメリカ農業界に打撃を与えることができれば、トランプ大統領に自由貿易の意義を認識させることができるかもしれない。これらの協定の発効には時間がかかるので、今年秋の中間選挙には間に合わないだろうが、2020年の大統領選挙には十分間に合う。

トランプの農業救済は逆効果
貿易戦争の対策で農家に1.3兆円

WEBRONZA に掲載(2018年8月1日付)

    研究主幹 山下 一仁 農業政策・貿易政策
    http://www.canon-igs.org/column/macroeconomics/20180815_5175.html

 トランプ政権は貿易戦争で影響を受けるアメリカの農家に120億ドル(1.3兆円相当)の支援策を講じると公表した。対策の内容は、価格低下によって影響を受けている農家に対する補てん金の交付、売れなくなって余っている農産物の政府買い上げ(意図は価格の浮揚だろう)、新たな輸出市場の開拓である。この対策はアメリカで物議を醸している。

米国の「見込み違い」が農業不況を招く

 トランプ政権は当初、中国に関税を引き上げられてもアメリカの農家は影響を受けない、と主張していた。

 5月にスイス、ジュネーブで開催された国連食糧農業機関(FAO)および貿易と持続的発展のための国際センター(ICTSD)共催のシンポジウムに参加した際、アメリカ政府で農業交渉を担当した人から、ロス商務長官が次のように主張していると聞いた。

 農産物のようなコモディティ(差別化されない商品)は、中国市場が閉鎖され、他国の対中輸出が増えたとしても、アメリカはその分中国以外の市場に輸出することになるので、影響は生じない――。

 確かに、世界の市場で需要と供給が仮に1千万トンで均衡しているような場合、特定の輸入国が特定の輸出国からの輸入を制限しても、世界全体の需要と供給が変わらない限り、価格は変わらない。

 アメリカとブラジルの二大輸出国が競争している世界の大豆市場を例に考えると、仮にブラジルが他の市場への輸出を減らして中国向けに輸出を増やしたとしても、中国以外の市場ではブラジルの輸出は減少し、アメリカは輸出を増やせるというわけだ。

 しかし、ブラジルが国内に在庫を抱えていれば、ブラジルは在庫を取り崩すことで、世界全体への輸出量を増やすことができる。在庫の減少分は、翌期の生産を増やすことで穴埋めすればいい。

 このとき、世界全体の供給量が一定であれば、アメリカの輸出量はブラジルが輸出を増やした分だけ減少する。世界全体の供給量がブラジルの輸出の増加分だけ増えれば、価格はかなり低下する。現実には、この中間の、アメリカの輸出も減り価格も下がるというところに落ち着くだろう。

 このように考えなくても、世界貿易の3分の2を輸入する中国がアメリカ産大豆の輸入を制限すれば、行き場を失ったアメリカ産大豆の価格は下がる。実際に、トランプ政権が中国に対して関税を引き上げ、中国がアメリカ産農産物等に報復的に関税引上げ措置を採った6月以降、安定的に推移してきた大豆のシカゴ相場は2割も低下し、過去10年間で最低の水準まで落ち込んでいる。現在起きているのは、ブラジル産に比べてアメリカ産の価格が低下し、これを奇貨としてエジプトやメキシコ等の輸入国が低い価格でアメリカ産大豆を買いあさっているという状況だ。

 似たような事態が、過去にも起きている。ソ連のアフガン侵攻への制裁として、アメリカのカーター政権は対ソ穀物禁輸措置を講じた。ソ連へのアメリカ産穀物の輸出は確かになくなったが、これを見た他の国々がソ連への輸出を増やしたのだ。対ソ穀物禁輸措置は全く効果を上げなかったばかりか、行き場を失ったアメリカ産穀物の価格は低下し、アメリカは深刻な農業不況を招くこととなった。

 「輸出国(アメリカ)の禁輸」と「輸入国(中国)の輸入制限」という原因に違いはあるが、アメリカから特定国への輸出が減少し、アメリカが不利な結果を受けたことは同じである。

「なぜ農家だけ?」足元からも批判

 今回の農業支援策は秋の中間選挙で農業票を逃がさないようにするための対策であることは明らかだが、トランプ政権の与党である共和党の農村部出身議員の間でもすこぶる評判が悪い。

 地元の声に敏感なアメリカの議員の主張は地元の農家の主張と考えてよい。彼らは金なんか要らないから元通り輸出できるようにしてもらいたいと主張している。欲しいのは「援助(エイド)」ではなく「貿易(トレイド)」だという。そのためにトランプに対中関税引上げの撤回を求めている。

 一部の議員は、農業界は120億ドル以上の損失を受けていると主張している。アイダホ州の農業部長は公共ラジオ放送のインタビューで、これまで州のミッションを派遣して築き挙げた輸入国との信頼をいっぺんにだめにしてしまったし、農家はこの事態がいつまで続くのか先行きに不安を感じている、と述べている。

 トランプ政権は、この対策は短期的なものであり、その間に外国と交渉して今より良い輸出条件を勝ち取るから、それまで我慢してくれと農家を説得している。しかし、各国が交渉のテーブルに着くかどうかも分からないし、着いたとしても簡単に交渉がまとまる可能性はない。中国がトランプに屈してアメリカ産農産物に中国市場をより一層開放するとは思えない。農家の不安は増すばかりだ。

 7月25日にEUのユンケル欧州委員会委員長はトランプの要請に応じて大豆の輸入拡大を約束したと報じられているが、EUの大豆関税は長年ゼロになっているはずであり、中国のような国家貿易企業を持たないEUがどうやってアメリカ産大豆の輸入を拡大できるのか、定かではない。記者会見でも具体的な方法に言及はなかった。

 かりにEUが輸入を増やしたりしても、EUの大豆の消費量は中国の6分の1に過ぎず、加えて消費量の85%をすでに輸入しているので、増やせる余地は少なく、焼け石に水だ。このように考えていたところ、7月27日付のフィナンシャル・タイムス紙は「EUのように市場経済の国が旧ソ連のように意図的に買い入れを増やすことはできない。アメリカ産の大豆価格が低下しているのでEUの民間企業が同国産の大豆輸入を増している現状を言っているだけだ」という趣旨のEU担当官の発言を紹介している。トランプが勝ち取ったディールというのは、せいぜいこの程度なのだ。

 もし、この対策が一回限りのものではなく、トランプの貿易戦争が続く限り、または外国の市場を開放できるまで、講じなければならないとすれば、長期的に多くの負担を納税者に強いることになる。それは、共和党の「小さな政府」や「納税義務の軽減」という原則に抵触する。

 共和党の議員は、トランプによる自業自得の自傷行為に納税者の負担で事態の収拾を図るべきではない、関税も税であり消費者や産業に負担を強いるものなので撤回すべきだ、と主張している。

 特に関税についての権限は憲法上連邦議会にあるのに、トランプが232条(安全保障を理由とした関税引き上げ)という、これまで死んでいたような法律を活用し、議会に相談もしないで鉄鋼やアルミ、さらには自動車の関税までも引き上げようとしていることに批判を強めている。ある議員は「私が11年も乗っているホンダのアコードがアメリカの安全保障上の脅威なのか?」と述べている。

 さらに問題となるのは、「トランプの貿易戦争」で影響を受けているのは農家だけではないのに、なぜ農家だけ支援されるのかという、もっともな批判だ。

 ハーレーダビッドソンをはじめ多くの企業が工場を閉鎖したり、海外に移転したりしている。レイオフされる従業員も出ている。アラスカ州出身の共和党上院議員は「漁業者はどうして支援されないのだ。彼らは海の農家だ」と主張している。差別されているという意識は怒りを生む。

 これが中間選挙にどう反映されるのだろうか? この問題をこじらせば、トランプ政権は大きな打撃を被ることになろう。

WTOで対抗措置を打たれる「補助金」

 いくら関税の水準を約束してその国の市場へのアクセスが拡大すると期待させても、国内の企業や農家に補助金を交付すれば、それらの競争力が向上し、輸入は拡大しない。同じことが輸出でも起こる。

 このため、ガットやWTOは補助金についても規律してきた。アメリカは中国の農業補助金がWTO違反だと訴えているし、ブラジルはアメリカの綿花の補助金をWTOに訴えて勝っている。

 WTO農業協定は、市場を歪曲する可能性が少なく自由に出してよい補助金(交通信号で"緑")と、上限を超えると対抗措置を打たれる可能性のある補助金(交通信号で"黄")に分類した。今回の対策は、価格に関連し、生産や市場に影響を与えるものなので、黄の補助金である。

 アメリカの黄の補助金の上限は191億ドルである。黄の補助金の交付額は毎年変動するが、現在のように価格が低下している状況では、既存の制度による補助金も増加する可能性が高い。もし今年度それが100億ドルであるとすると、今回120億ドルを追加交付すると、この上限を突破してしまう。

 アメリカは上限を守っていると主張するかもしれない。しかし、法的には農業協定の補助金についての規定は2004年に失効しており、農業補助金にもWTO補助金協定が適用される。したがって、アメリカが農業協定の上限値を守っていたとしても、アメリカの補助金で影響を受けたと考える国(例えば、アメリカの輸出競争力が回復して影響を受けるブラジルなど)は、アメリカをWTOの紛争処理機関に訴えて、対抗措置を打つことは可能である。

 今回の対策は、アメリカがWTO違反の措置を講じ、それに中国が報復した結果生じた農家への損害を補填しようとするものであり、単に豊作で国際価格が低下したような場合と比べてタチが悪い。

 もちろん、アメリカも中国もWTOを無視して貿易戦争を行っているので、WTO整合的かどうかを議論する意味もないかもしれないが、トランプ政権の貿易政策の不当性を国際世論に訴えるためには有効だろう。

WTO改革にTPPを使え!
中国の行動を規制するためにWTO改革が必要だ
WEBRONZA に掲載(2018年8月6日付)

    研究主幹 山下 一仁  農業政策・貿易政策
    http://www.canon-igs.org/column/macroeconomics/20180820_5178.html

米国から「301条」を奪ったWTO

 8月2日付けの日本経済新聞は「トランプ旋風を奇貨にWTOの改革を」と題する社説を掲載した。機能不全に陥っているWTOを改革するために、WTO全加盟国ではなく限定された国が参加するプルリ協定(参照:日本はタナボタ? 米欧の自動車関税回避策)による新分野の貿易自由化等を提案している。

 米中貿易戦争を引き起こした対中関税引上げの根拠となったのは、アメリカ通商法301条である。アメリカ政府が不公正な貿易を行っていると判断する国に対して、アメリカ政府が検事兼裁判官となって一方的に制裁措置を講じるというものである。

 1980年代から90年代初めにかけて日米貿易摩擦が激化した。アメリカの一方的措置による恫喝的行為に悩まされてきた日本は、WTOを設立することになったガット・ウルグァイ・ラウンド交渉で、WTOの紛争処理手続きを経なければ一方的措置を講じることはできないと規律することに成功した。

 この結果、301条などの一方的措置はWTO非加盟国にしか適用できないことになった。前身のガットに比べて、WTOはより充実した司法(裁判)機能を持つことで、アメリカ政府が裁判官として判断する機能を奪ったのである。

 もちろん、アメリカは検事役となって、WTO違反措置を講じている国をWTOに告発(提訴)することは可能であるが、これは全てのWTO加盟国に認められた権利である。

中国を規制するためのWTO改革

 今回、アメリカはこれを無視する形で301条を中国に適用し、関税の一方的引上げを実施した。これに対して、他のWTO加盟国から大きな批判が生じているが、アメリカの主張が全く根拠のないものではない。

 アメリカが中国に対して不満を持った行為のほとんどが、WTOでは規律されていないものだからである。アメリカ企業が中国国内で活動する際、その技術や知的財産を中国に移転することを要求したり、同じくアメリカの技術や知的財産を取得する目的で、中国企業がアメリカの企業を買収したり投資したりする行為などである。これらは、そもそもWTOで規律していないので、アメリカはWTOに提訴することはできない(しかし、アメリカがその目的を達成するためにとった対中関税引き上げという措置は、ガット・WTOの最恵国待遇という大原則に違反することになる)。

 なぜ、WTOの規律ができていないのか?

 それは、2001年から開始されたドーハ・ラウンド交渉が、新しい分野の規律や関税引き下げを主張する日本、アメリカ、EUなどの先進国とこれに反対するインドや中国(ドーハ・ラウンド交渉開始と同時にWTOに加盟)が対立して暗礁に乗り上げているからである(参照:「中国」に惑わされず、RCEPよりTPP拡大を)。この結果、WTOの規律は、ガット・ウルグァイ・ラウンド交渉が妥結した1993年以降の経済や貿易の変化を全く反映しないものとなっているのである。

 これは、アメリカだけではなく、日本やEUなどの先進国が共通して抱える懸念である。

 このため、2018年6月のG7サミットでは「WTOを現代化し、可能な限り早期に、より公正にする」ことが合意された。アメリカが鉄鋼・アルミや自動車の関税を引き上げることには、日本もEUも反対だが、中国の行動を規制するためにWTO改革が必要だという点では、アメリカと同じ意見である。

 では、そのためにどのようなWTO改革を行えばよいのだろうか?

プルリ協定では中国を規律できない

 日本経済新聞が提案しているプルリ協定には、次の問題がある。

 第一に、ルールについてのプルリ協定を結ぶ場合には、知的財産権とか国有企業などのイッシューごとに参加国が異なることになる。実際に東京ラウンドでは、イッシューごとに参加国がまちまちとなり混乱したことから、その反省として、ガット・ウルグァイ・ラウンド交渉では全ての国が全ての協定を一括採択(参加)するシングル・アンダーテイキングという合意方法が取られた。

 第二に、アメリカや日本などが関心を持つ知的財産権とか国有企業などのプルリ協定には、中国は参加しようとはしないだろうということである。これでは、中国に規律を課すことはできない。アメリカは目的を達成できない。

 第三に、モノの関税の引き下げのプルリ協定では、参加しない国も参加国の関税引き下げの恩恵を受けることになる。このフリーライダーの問題があるので、最小限必要だと思われるある程度の数の国が参加しない限り合意しないというクリティカル・マスという交渉方法が取られてきた。プルリ協定だから簡単にできるというものでは、必ずしもない。

 では、我々として、なにが可能か?

TPPを使おう

 TPPの活用である。アメリカが中国に対して懸念していることの全てはTPP協定がカバーしている。これは、当然アメリカも理解していると思われる。だから、TPPから脱退したトランプも、良い条件が得られるならという留保を付けたが、TPPに復帰してもよいという発言をしたのだろう。

 タイ、インドネシア、韓国、台湾、イギリス、コロンビア等を加入させてTPPが拡大し、また、アメリカがTPPに復帰して来るなら、TPPは巨大な自由貿易圏を形成することになる。そうなると、中国もTPPに参加せざるを得なくなる可能性が高まる。

 中国がTPPに参加しない場合でも、1993年以降の世界貿易の変化を反映したTPP協定の規律をWTOに採用するよう働きかけることができる。これについては、EUも賛成するだろう。TPPのルールを世界のルールにするのである。単なる先進国だけの提案ではなく、アジア太平洋地域の途上国も合意したTPPの協定をWTOに持ち込むことについては、中国も反対しにくい。

WTOの紛争処理機能の回復を

 また、中国については、現在のWTOの規律も遵守していないという問題がある。

 例えば、各国の農業補助金が貿易を歪曲していないかを審査するために、WTO加盟国は毎年の農業補助金の額をWTOに通報することになっているが、長年中国はこれを行っていない。

 現行のWTO協定違反を追及するためには、WTOの紛争処理手続きを機能させる必要がある。しかし、二審制の最終審である上級委員会の7人のメンバーのうち、3人はアメリカの反対により欠員となっており、また一人は9月に任期満了となるため、3人しか残らないことになる。各案件の審理は3人の上級委員によって行われるため、残された3人が多数の紛争処理案件を全て抱えなければならなくなる。

 アメリカにWTOの紛争処理機能を認識させる必要性があるだろう。それが、一方的措置を回避させる道でもある。

増加する高齢者の生活保護、
将来は100人中6人のシナリオも

Business Journalに掲載(2018年8月17日付)

    主任研究員 小黒 一正 [マクロ経済]
    http://www.canon-igs.org/column/macroeconomics/20180824_5213.html

 少子高齢化や人口減少が急速に進むなか、社会保障費の増加や恒常化する財政赤字で日本財政は厳しい。税や保険料等で賄う社会保障給付費(医療・介護・年金等)は現在概ね120兆円だが、内閣府等の推計(2040年を見据えた社会保障の将来見通し)によると、2018年度に対GDP比で21.5%であった社会保障給付費(年金・医療・介護等)は、医療費・介護費を中心に2040年度には約24%に増加する。

 現在のGDP(約550兆円)の感覚でいうと、この2.5%ポイントの増加は約14兆円(消費税換算で6%弱)に相当する。また、財務省「我が国の財政に関する長期推計(改訂版)」(2018年4月6日)では、2020年度に約9%の医療・介護費(対GDP比)は、2060年度に約14%に上昇する。すなわち、40年間で医療費等は約5%ポイント上昇し、この増加は現在のGDPの感覚で約28兆円(消費税換算で約11%)にも相当する。

 だが、財政は表面的な問題であり、問題の本質は別にある。そのうちもっとも大きな問題のひとつは、貧困高齢者の急増である。たとえば、2015年で65歳以上の高齢者は約3380万人いたが、そのうち2.9%の約97万人が生活保護の受給者であった。すなわち、100人の高齢者のうち3人が生活保護を受ける貧困高齢者だ。

 1996年では、約1900万人の高齢者のうち、1.5%の約29万人しか生活保護を受給していなかったので、貧困高齢者は毎年3.5万人の勢いで増え、20年間で約70万人も増加したことを意味する。

 高齢者の貧困化が進んでいる背景には、低年金・無年金が関係していることは明らかだが、50歳代の約5割が年金未納であり、今後も増加する可能性が高い。

高リスクケースでは65歳以上の被保護人員が200万人を突破

 では、今後、貧困高齢者はどう推移するのか。正確な予測は難しいため、一定の前提を置き、簡易推計を行ってみよう。まずひとつは「高リスクケース」である。65歳以上高齢者の「保護率」(65歳以上人口のうち生活保護の受給者が占める割合)は、1996年の1.5%から2015年で2.9%に上昇しており、その上昇トレンドが今後も継続するというケースである。もうひとつのケースは「低リスクケース」で、65歳以上高齢者の「保護率」が2015年の値と変わらずに一定で推移するというケースである。

 以上の前提の下で、国立社会保障・人口問題研究所の「日本の将来推計人口」(2017年推計、出生中位・死亡中位)を利用し、65歳以上の被保護人員(生活保護を受給する高齢者)を予測したものが、以下の図表である。

 低リスクケースでは、65歳以上の被保護人員は、2015年の約97万人から2050年に約110万人に微増するだけだが、高リスクケースでは2048年に2倍超の200万人を突破し、2065年には215万人にも急増する。2065年の65歳以上人口は約3380万人であるから、215万人は6.4%で、100人の高齢者のうち6人が生活保護を受けている状況を意味する。

 では、生活保護費の総額はどう推移するか。2017年度における生活保護費の総額は約3.8兆円で、約214万人が生活保護を受給している。1人当たり平均の生活保護受給額(名目)が一定で変わらないという前提の下、既述の「高リスクケース」と「低リスクケース」で生活保護費の総額を簡易推計したものについても図表に描いている。

 低リスクケースでは2025年頃までは概ね4兆円弱であるものの、それ以降では緩やかに減少し、2065年には2.9兆円になる。だが、高リスクケースでは、2029年に5兆円を突破し、2067年には6.7兆円にまで増加する。

 貧困高齢者の問題がこれから深刻さを増すのは明らかだが、現行の社会保障で本当に対応することができるのか。社会保障財政の持続可能性を高めるためには安定財源が必要であることはいうまでもないが、すでにさまざまな「綻び」が顕在化しつつあるなか、生活保護のあり方を含め、「社会保障の新たな哲学」についても検討を深める必要があろう。

貧困高齢者数の予測と生活保護費の簡易推計

【図表】ここをクリックして表示する。

(出所)厚労省「被保護者調査」の予測等から筆者推計

日本企業の対中投資 13年ぶりに本格化
JBpressに掲載(2018年8月22日付)

    研研究主幹 瀬口 清之 中国経済・日米中関係
    http://www.canon-igs.org/column/network/20180828_5218.html

1.自動車産業を中心に日本企業の中国ビジネスが積極化へ

 日本企業の対中投資がいよいよ本格的に動き出した。

 中国ビジネスの業績好転を背景に、昨年後半から日本の対中直接投資金額が前年比プラスに転じ始めた(図表1参照)。

【図表1】 主要国の対中直接投資の推移  ここをクリック

(注)18年のデータは上半期の前年比伸び率を基に年率換算により算出
(資料 CEIC)

 その背景は、昨年から中国経済が堅調な推移に転じたことに伴う日本企業の業績好転に加え、日中関係が改善しつつあることが影響している。

 特に本年5月前半に李克強総理が中国の総理として8年ぶりに日本を公式訪問し、日中関係は正常軌道に戻ったことを明言して以降、その傾向が一段と加速している。

 日本企業の中国ビジネスも活気づき始めており、とりわけ自動車産業の積極化が目立つ。

 2019年春にホンダの武漢第3工場の稼働開始を前に、稼働後の生産数量増加に合わせて、多くの関連メーカーが能力増強投資を実施中である。

 中国国内販売の好調が続いている日産自動車は将来の増産体制強化に備えて、新たな工場立地を検討中であるとのうわさが流れている。

 そしてトヨタ自動車は、李克強総理が訪日時に同社の北海道工場を見学した際に豊田章男社長自ら案内し、李克強総理と長時間話し合う機会があった。

 その後、同社の中国ビジネスの取り組み姿勢が急に積極化し、長期的なシェア大幅拡大とそのための増産体制の構築に向けて準備を開始したと言われている。

 このように日本の自動車大手3社が揃って中国ビジネスへの取り組み姿勢を積極化させつつあることは、部品メーカー等を含めた自動車関係業界全体の中国ビジネスに大きな影響を及ぼすのは確実である。

 さらには、日本企業の中国ビジネスの約半分が自動車関連であることから、その影響は自動車関連にとどまらず、日本企業の対中投資姿勢全体を積極化させる可能性も十分考えられる。

2.中国側の日本企業誘致姿勢も様変わり

 この間、日本企業の中国ビジネスへの取り組み姿勢の変化よりもさらに急速に積極化しているのは、中国各地の地方政府の日本企業誘致活動である。

 2、3年前までは、日本企業から学ぶものはなくなったなどと日本に対して無関心な姿勢を隠そうともせずに発言をしていた地方政府の幹部が、今年に入って手のひらを返したように、日本企業との交流は重要だと臆面もなく発言するようになったという話を聞いた。  これは極端な事例かもしれないが、これに類する中国政府の日本企業誘致姿勢の様変わりの積極化は多くの中国現地駐在日本企業幹部が感じている。

 その典型的な実例として、上海市、広州市、湖北省、四川省など主要省市のトップが日本を訪問する動きが急増し、東京では連日のように彼らが主催する投資誘致説明会が開催されている。

 中国国内でも、北京、上海では中国政府が日本企業に対して、新たに打ち出された対外開放政策の中身について詳しく説明する場を設けるなど、これまでは考えられなかったほどの積極交流姿勢を示している。

 これまでも中国各地の地方政府は、地元の経済発展に大きく貢献してきた日本企業のさらなる誘致拡大に注力したい希望はあった。

 しかし、尖閣問題発生後、日本との接触は政治的リスクが高いと見られていたため、ほとんどの地方政府のトップは日本との交流に消極的だった。

 ところが、今回の李克強総理の日本公式訪問とそこでの日中関係正常化発言はそうした政治リスクを払拭する効果が大きかった。

 そのため、過去数年間日本側と接触していなかった地方リーダーがこぞって日本を訪問するようになっている。今や日本との接触は欧米諸国以上に政治的なリスクが小さい位置づけとなっている。

3.中国側の対外開放強化

 こうした中国側の日本企業誘致姿勢の積極化は単に日本での投資セミナーや現地日本企業向け説明会の増加にとどまらない。

 4月に開催されたボアオ・アジアフォーラムの開幕式において、習近平主席は中国市場の対外開放政策を強調した。

 その延長線上に、李克強総理訪日に伴う日本企業を対象とする規制緩和の発表がある。

 野村證券の現地法人設立認可と51%の出資比率の容認、日本の金融機関の中国国内での事業債引き受け容認の検討など、具体的な施策につながっている。

 習近平主席のボアオ・アジアフォーラムでのスピーチは、第19回党大会で示された市場化、規制緩和等対外開放強化策を加速させる方針を示したと位置づけられている。

 しかし、欧米諸国では大半の政府・企業関係者は同スピーチをそのように受け止めてはおらず、今回も口先だけで実際には何も動かないとの見方が大勢である。

 しかし、日本企業の見方はやや異なる。

 今回は19回党大会で習近平政権の政治基盤が確固たるものとなったことから、これまでとは異なる強力な政治力によって様々な改革を推進できるようになったことを期待する声が多い。

 経済界全体では中国ビジネスに対する姿勢がネガティブに傾いているドイツでも、一部のドイツを代表する企業でも中国政府の姿勢に対する認識が変わりつつある。

 これまで認可を得られていなかった化学分野での大型独資企業の設立を認められるなど、実際の結果に結びついたからである。

 このように、単に地方政府が誘致姿勢を積極化させているだけではなく、国家の政策運営そのものが対外開放促進へと大きく舵を切っている。

 こうした全体情勢を視野に入れ、日本企業が今後中国ビジネスを展開する際には、これまで認められなかった様々なことも新たに認められる可能性が出てきていることを十分活用していくことが重要である。

4.日本企業自身の経営問題

 日本企業の過去の対中投資ブームは2001~2005年、2010~2012年が主なものであるが、2010~2012年は複数の現地法人を1つの現法の下に統合する際に、資本面の増強を行うケースが多かった。

 しかし、生産能力面での大幅な増強は多くなかった。

 今回の投資ブームが本格化すれば、自動車産業を中心に生産力の大幅増強を伴う可能性が高いことから、2005年以来13年ぶりの本格的投資ブームとなる。

 2005年当時は中国の所得水準が低く、日本企業が日本国内で販売する製品は、品質が良いのは分かっていても中国の一般庶民がとても手が届くような値段ではなかった。

 日本企業は安い労賃を活用して、生産コストを下げるのが対中投資の主な目的だった。

 ところが、現在の賃金水準は当時の5倍以上に達し、安い労働力はどこにも見当たらなくなった。

 逆に年間800万人以上の中国人が日本を訪問し、日本国内で売られている製品価格は中国国内より安いため、爆買いをして帰国するのが当たり前の光景となっている。

 今の中国ビジネスは、日本国内と同じ品質の製品・サービスを中国人のニーズに合わせて供給するのが目的である。

 その意味で、2005年当時の対中投資ブームと今回とでは、日本企業が生産する製品・サービスの中身も価格も全く別物である。

 前回の投資ブームでは日本企業の得意な生産管理さえきちんとできていれば、労働力コストの削減というメリットは多くの企業が享受でき、売り上げも伸ばすことができた。

 しかし、今回はそれほど甘くない。中国人の急速に変化する多様なニーズに合わせた製品・サービスを研究開発し、的確な方法で中国国内市場の販路拡大を図ることができない企業には売上を伸ばすチャンスもない。

 今回は日本企業が不得意なグローバル市場でのマーケティング能力が問われているのである。

 2005年当時の中国のGDP(国内総生産)は日本の半分以下に過ぎなかった。今やそれが日本の2.5倍以上に達している。

 この差を考えれば、もし中国ビジネスで成功すれば、日本企業が得られる利益は当時に比べてはるかに大きく、投資規模も巨大化するはずである。

 しかし、実際は日本企業の中で中国国内の販路拡大に成功するケースは多くないため、以前の投資ブームの時のように多くの企業がこぞって投資を拡大できる状況ではない。

 その意味で、今回の投資ブームはこれまでの日本企業が経験した中国での投資ブームとは全く異質の中身となる。

 そこで成功を勝ち取ることができるのはグローバル化への対応力を備えてマーケティング主導の経営戦略を実行できる企業である。

 日本企業の中国における投資の伸びは日本企業のグローバル化経営力の真価を見極めるリトマス試験紙である。