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                      [外交・安全保障] 研究主幹 宮家 邦彦
                          2018年1月 ~ 記事総覧
                      第3次湾岸戦争は起きない?
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                      中国の「微笑」は戦術的秋波だ
【6】


 研究主幹 宮家 邦彦
  http://www.canon-igs.org/column/security/20181030_5325.html

[外交・安全保障]
  http://www.canon-igs.org/column/security/2018/
  11.01 中国の「微笑」は戦術的秋波だ
  10.30 第3次湾岸戦争は起きない?
  10.23 国家安全保障戦略の見直しなしに
         新時代を乗り切れるか
  10.16 文在寅政権が進める国防改革2.0とは何か
  10.16 日本の安全保障は自らで
  10.15 北朝鮮との間で拉致問題を抱える日本
         取り残さる安倍外交は転換を迫られる
  09.28 対日関係支える米国人
  09.19 米匿名高官寄稿の衝撃
  08.31 マケイン上院議員を悼む
  08.20 拝啓、習近平国家主席閣下
  08.02 米イラン関係は言葉の格闘技
  07.23 一枚岩に程遠いNATO
  07.06 トルコとロシアの類似性

  http://www.canon-igs.org/column/security/2018/index_2.html
  06.22 「1953年体制」終わりの始まり
  06.08 インド太平洋戦略とは何か
  05.25 米中貿易関係は戦略的視点で
  05.14 トランプは退場できるか
  04.27 日中韓協力と北朝鮮
  04.10 シャープパワー -民主主義国の脆弱性突く-
  03.30 「選挙」に回帰?トランプ政権
  03.20 ワシントン以外のアメリカ
  03.08 人文科学衰退は日本の危機

  http://www.canon-igs.org/column/security/2018/index_3.html
  02.22 進化する日本の対外防衛協力
  02.08 イージス 地元に丁寧に説明を
  01.23 暴露本が描く米政権の内情
  01.11 フリードマンと語った未来
文在寅政権が進める国防改革2.0とは何か
笹川平和財団の国際情報ネットワーク分析IINAより転載

研究員 伊藤 弘太郎 外交・安全保障
    http://www.canon-igs.org/column/security/20181016_5307.html

一方的な国防力削減?

 本年7月27日に、文在寅大統領が開いた全軍主要指揮官会議の場において、韓国国防部は「国防改革2.0」の基本的な方向性を大統領に報告した。同報告によれば、2022年までに61.8万人の現有常備兵力を陸軍から11.8万人削減して50万人にするとした。北朝鮮による軍事的脅威が依然として存在するにも関わらず、兵力削減と徴兵期間短縮を実行することに対して、保守系メディアを中心に懸念の声が上がった※1。また、米朝間の非核化交渉が膠着する中、韓国政府は本年4月の南北首脳会談での板門店宣言※2を着実に履行するため、南北両国の軍事的緊張関係緩和のための措置を実行している。具体的には、DMZ(軍事境界線)周辺の兵力や警備施設を撤収させ、南北間の鉄道連結を目指す意思を表明するなどしたが、こうした韓国政府による一連の積極的な融和姿勢が、北朝鮮に誤ったシグナルを与えるのではないか、一方的な国防力低下をもたらすのではないかといった批判的な報道も散見された※3。

 1ヶ月後の先月27日に、韓国統計庁から発表された「2017人口住宅総調査※4」の結果は、今回の国防改革を推進する上で最も対応に迫られた現実を示す内容であった。同調査によれば、韓国では生産年齢人口が年々減少し、昨年65歳以上の高齢人口比率が14.2%を超えたことにより、「高齢化社会」から「高齢社会」に入ったとされる。世界の中でも高齢化が速く進んでいるとされる日本でさえも高齢社会になるまで24年かかったところを、韓国は17年とより速く高齢化が進んでいることが話題となった。徴兵制度を維持する韓国では、出生率の低下は将来の徴兵対象人口の減少に直結するのである。

「国防改革2.0」の概要

 「国防改革2.0」とは文在寅政権が進める国防分野の改革のことである。2005年12月に盧武鉉政権が策定した「国防改革2020」を「国防改革1.0」と考え、それを補完するものとして「2.0」と名付けられたとされる※5。したがって、基本的なコンセプトは「国防改革2020」を踏襲している。改革の内容は大きく分けて①軍構造、②国防運営、③兵営文化、④防衛産業からなる4つの分野における国防部・軍・関連機関の改革を進めるというものである。改革の主要部分となる軍構造改革は下記の通りである(以下、筆者が国防部報道資料より抜粋したものを翻訳)※6。

 「軍構造分野」の改革は指揮、部隊、戦力、兵力の4つの要素において、米軍からの戦時作戦統制権返還に必要とされる韓国軍能力を向上させ、韓国軍主導の指揮構造への改編を推進することが目的とされる。

1.指揮構造

 戦時作戦統制権返還のための必須とされる能力を早期に確保し、韓国軍が主導する指揮構造に改編を推進する。韓国軍合同参謀議長が連合軍司令官を兼職する連合軍司令部の改編案を検討中であり、戦時作戦統制権返還前まで持続的に検証および補完する予定である。また、合同参謀本部は作戦機能の配分を通じて戦区作戦遂行に最適化するように再編する。

2.部隊構造

• 陸軍兵力を削減し、関連部隊を縮小・改編する。サイバー脅威対応能力を向上させ、「ドローンボット戦闘システム」と「ウォーリア・プラットフォーム」導入など、兵力削減型部隊構造に発展させる。

• 海軍は水上・水中・航空など、立体的な戦力運用や戦略機動能力を備えるため、機動船団と航空戦団を拡大再編予定。

• 海兵隊は上陸作戦能力を高めるために海兵師団の情報・機動・火力能力を補強。

• 空軍は遠距離作戦能力と宇宙作戦能力強化に向けて情報・監視・偵察(ISR)アセットの戦力化と連携して偵察飛行団を創設予定。

3.戦力構造

 改革は全方位、様々な脅威に弾力的に対応できる戦力と戦時作戦統制権返還のために必須とされる能力を優先的に確保することが目的。

• 現存する北朝鮮の脅威に対応するための3軸体系戦力※7は正常に戦力化を推進。

• 軍の偵察衛星など監視・偵察戦力を最優先で確保。未来の多様な挑戦に効果的に対応できるよう、韓国型ミサイル防衛システムを構築し、遠距離精密打撃能力を強化するなど、戦略的抑止能力を持続的に確保していく。

• 戦力構造再編は、国内科学技術先導と防衛産業能力の強化に寄与するものであり、これを通じて自主国防力が拡充される。

4.兵力構造

• 現在61.8万人の常備兵力を陸軍から11.8万人削減して2022年まで50万人に調整すること。常備兵力は縮小するが国防人材における民間人材の割合を現在5%から10%へと大幅に拡大する。

• 増員された民間人材は、専門性と連続性を必要とする非戦闘分野の軍人の職位を代替して、軍人は歩兵師団などの戦闘部隊へと転換することで戦闘力を強化する。

「国防改革2.0」における注目点は何か?

 以上のように、「国防改革2.0」はかつて盧武鉉政権が目指した「兵力中心の量的軍構造を情報・知識中心の技術集約型の軍構造に転換する方針」を継承したものとなっている。本改革案は陸軍兵力の大幅削減と徴兵期間の短縮に注目が集まった一方で、南北融和の流れの中でも北の軍事的脅威に対抗する3軸体系の戦力化や、戦時作戦統制権返還を見据えた指揮体系改編が明記された点は重要だ。さらに、文在寅政権はより質の高い装備を積極的に獲得するために国防費を増額している。韓国政府が先月31日に国会に提出した来年度の国防予算案によれば、国防費全体は前年比8%増で、特に新しい装備を獲得するための「戦力増強費」は前年比13.7%増と過去最大の伸びを示した。この改革を推進するために2019年~23年の間、年平均7.5%の増加が必要とされている※8。

【図表】韓国国防費増加率
  図表を見るには、
  ここhttp://www.canon-igs.org/column/security/20181016_5307.htmlをクリック
  (出典)国防部報道資料(2018)の図表を基に筆者が作成

 なお、改革の矢面に立たされた陸軍は将来の大幅な兵力削減に備え、「5大ゲームチェンジャー・プロジェクト」と題して、①個人戦闘システム(別名「ウォーリア・プラットフォーム(Warrior Platform)」)、②敵の中心部を短期間で席巻する高度な情報・機動性と致命的な火力を保有する戦略機動隊、③ドローンとロボットを組み合わせて新たな概念の様々な作戦を実行するドローンボット戦闘団、④敵指揮部の斬首任務を遂行する特任旅団、⑤全天候・超精密高威力のミサイル戦力で構成される5つのプロジェクトをすでに推進している※9。

 本年7月にはドローン・無人機(UAV)運用、サイバー・情報システム運用、特任歩兵の3つの技術を担当する長期勤務副士官※10を募集したところ、募集定員255名のところ2155名が応募した。特にドローン・無人機運用職種は28.8倍という高い応募倍率を記録したとされる※11。ウォーリア・プラットフォームに関しては、すでに開発が進み、中東のアラブ首長国連邦(UAE)に同国の特殊戦要員を訓練する目的で派遣されているアーク部隊※12が装備の使用を開始したとされる※13。

「国防改革2.0」を巡って懸念される点

 国防改革を推進する文政権の中枢には、軍事独裁政権期において民主化運動に身を投じていた人が多い。当時の陸軍は軍事政権の権力そのものであり、彼らにとっては憎悪の対象でもあった。したがって、彼らは歴代政権が実現できなかった陸軍中心の軍の権力構造改革に尽力することは容易に想像ができる。ここで懸念される点は、この改革が現実に即した軍事的観点に基づくものではなく、自らの政治的理想を追求し実現するためだけの改革になってしまうことだ。

 文在寅政権発足後、韓国の外交安全保障の専門家からよく耳にする話は、「今の青瓦台の権力中枢が中・長期戦略に基づいて、外交・安全保障政策を推進しているのか疑わしい」というものである。最近、筆者がインタビューした韓国軍元幹部は、文在寅大統領には「大統領選挙戦当時から軍出身の優秀なブレーンがいない」と指摘する。そのため、「青瓦台と軍、特に陸軍との意思疎通がうまくいっていない」という。「(その証拠に、いつ更迭されてもおかしくないと言われていた)宋永武(ソン・ヨンム)国防長官の後任候補がなかなか出てこないではないか」と述べた。その後、後任の長官候補として、金泳三政権時代の李養稿(イ・ヤンホ)長官以来となる空軍出身の鄭景斗(チョン・ギョンドゥ)合同参謀本部議長が指名され、今月21日に就任した。次期合同参謀本部議長には史上初となる学軍士官候補生(ROTC)※14出身の朴漢基(パク・ハンギ)陸軍大将が内定した。このように、陸軍士官学校出身の将官クラスが人事で冷遇されていることから、軍内部の士気に影響が出るのではないかと懸念する声もある。

 国民からの圧倒的な支持を背景に誕生した文在寅政権ではあるが、ここに来て経済政策に対する国民の不満が大きくのしかかり、今年6月からの3ヶ月間で支持率が30%近く下落した。国防改革の成否は文政権の政治的影響力によって左右されるだけでなく、南北関係の進展と北の非核化交渉の行方が最大の変数となるだろう。9月19日に行われた南北首脳会談で採択された「板門店宣言の履行に向けた軍事分野合意書」により、軍事境界線周辺を固定翼機(無人機を含む)の飛行禁止区域に設定した。これは今後の戦力増強計画と矛盾するのではないかと早速保守系メディアが指摘している※15。

 隣国の軍改革の行方は、その成否次第で我が国の安全保障に大きな影響を与えることは間違いない。また同時に、韓国軍が取り組むドローン部隊の編成や個々の兵士が持つ装備の高度化といった取り組みは、同じく人口減少時代を抱えている我が国にとっても参考にすべき点だ。我々は隣国の軍改革を決して他人事とは捉えず、その行方を注視していく必要がある。

脚注(外部のサイトに移動します)

1. 「【社説】核武装120万北韓軍を前に兵力12万減らすという国防実験」朝鮮日報(日本語版)2018年7月28日

2. 2018年9月19日に平壌で開催された南北首脳会談で採択された「板門店宣言の履行に向けた軍事分野合意書」により、さらにこの動きは加速化しそうである。

3. 例えば、キム・パンギュ「【発言台】安保空白ないように連合防衛体制維持すべき」朝鮮日報2018年8月27日

4. 「2017人口住宅総調査全数集計結果」統計庁、2018年8月27日

5. ヤン・ウク「国防改革2.0が懸念されている理由」週刊朝鮮2018年8月5日

6. 「(報道資料)文在寅政府の『国防改革2.0』平和と繁栄の大韓民国を責任ある『強い軍隊』、『責任国防』具現」国防部国防計画室、2018年7月27日

7. 北の核とミサイルを無力化する手段として、①北のミサイル攻撃兆候を早期に察知し先制攻撃する「キル・チェーン」、②北から発射されたミサイルを迎撃するための「韓国型ミサイル防衛(KAMD)」、③北からの攻撃に対する報復として指導部などに攻撃を行う「大量反撃報復(KMPR)」からなる防衛システムのこと。

8. 「(報道資料)国防予算、前年比8.2%増加した46.7兆ウォン」国防部、2018年8月27日

9. 「【2017国政監査】軍、対北の核『5大ゲームチェンジャー』の構築」ソウル新聞2017年10月19日

10. 韓国では下士官のことを「副士官」と呼称する。

11. 「陸軍『ドローン運用』の技術副士官29対1の競争率」韓国日報2018年8月27日

12. 2011年1月より、韓国がUAEからの要請に応じて、同国の特殊戦要員を訓練するために派遣している部隊の名称。アラビア語でアーク(Akh)とは「兄弟」の意。正式名称は「UAE軍事訓練協力団」。

13. 「陸軍ウォーリアプラットフォーム、アーク部隊が最初に着る!生存性・戦闘力を高める個人戦闘体系を派遣期間着用」国防と技術 韓国防衛産業振興会、2018年7月、pp.18-21

14. 学軍士官候補生制度とは、大学に在学しながら軍事教育を受けて、卒業後28ヶ月間軍に勤務するというもの。

15. 「<Mr.ミリタリー>武装解除レベルの苦肉の策、南北軍事合意に隠れた危険(1)」中央日報(日本語版)2018年9月21日

   安倍「長期政権」がスルーした安保ビジョン
   - 自国第一のアメリカ、不透明な北朝鮮問題、
   複雑化する中ロとの関係
   国家安全保障戦略の見直しなしに新時代を乗り
   切れるか

Newsweek に掲載(2018年10月16日付)

主任研究員 辰巳 由紀 外交・安全保障
    http://www.canon-igs.org/column/security/20181023_5304.html

 9月に自民党総裁に連続3選された安倍晋三首相は、今後3年の任期を務め上げると、明治維新以降で最長政権を維持した 日本の首相になる。残り3年で何を達成しようとするのか。日本が直面する経済や外交・安全保障での課題を考えると、本人が優先課題として掲げる憲法改正ではないという議論もある。しかし、改憲以外の分野でも、安倍首相を待ち受ける課題は簡単なものではない。

 北朝鮮だけをとってみても、拉致問題を抱える日本は米朝韓中ロの間で続く外交ゲームに関与できないままだ。日ロ関係で も、ウラジーミル・プーチン大統領の「前提条件なしの平和条約締結」という突然の提案に効果的な反応はできていない。

 日米関係も、通商問題で鉄鋼・アルミニウムへの課税を回避できず、新たな2国間貿易協定に向けた交渉に合意させられ るなど、あれだけエネルギーを傾注して構築したドナルド・トランプ大統領との「個人的関係」の効果に疑問が残る。さらに沖縄県知事選では、新しい米軍施設に反対する玉城デニー前衆院議員が圧勝したことで、普天間飛行場の辺野古移設が難航することがはっきりした。

 安倍首相は「地球儀俯瞰外交」「積極的平和主義」というコンセプトをてこに、オーストラリアやNATOとの防衛協力強化や、東南アジアやアフリカとの関係強化を進めてきた。残りの在任期間中、外交・安全保障分野では何を追求すべきだろうか。

 長く冷却していた日中関係については、今秋の首相訪中など首脳レベルでの往来が活発になりつつある。少なくともトラン プ政権の間は、アメリカとの関係で常に不確定要素が存在することを踏まえれば、残りの在任期間で自主外交の機会を広げる ことも選択肢に入ってくる。

 ただそのためには、13年に策定された国家安全保障戦略の見直しを検討する必要があったかもしれない。4~5年後までを 念頭に置く防衛計画の大綱と、その間の防衛装備調達の大枠を定める中期防衛力整備計画(中期防)は見直し作業が進んでお り、年末までに完了すると言われている。それは過去4~5年間の安全保障環境の変化を踏まえたものになるはずだ。

 とはいえ、新大綱・中期防の基礎となるべき国家安全保障戦略が5年前のままでは、新しい方向性を出すといっても限界がある。なぜ安全保障戦略の見直しに手を付けなかったのだろうか。

 いかにも3選を前提としたような作業を総裁選前に始めることはためらわれたのかもしれない。森友・加計問題への対応に追われ、安全保障戦略をじっくり考える時間がなかったのかもしれない。安倍政権発足後、政策決定プロセスで果たす役割が格段に強化された国家安全保障局(NSS)が、安全保障政策上の目標そのものは5年前から劇的に変化していないと判断したとしても不思議ではない。

「見直し」の議論はゼロ

 しかし、国際環境は5年前と比べて大きく変容しつつある。日本自身の安全保障政策を支える枠組みも、14年の集団的自衛 権行使をめぐる憲法解釈の変更とその後の平和安全保障法制で変化している。また、人工知能(AI)や無人機など、今後の戦いで大きな役割を果たすことになると思われる先端技術も飛躍的な進歩を遂げている。

 日本は人口・経済規模の縮小、社会保障費と債務返済による国家財政の圧迫という国内問題を抱えている。同盟国アメリカがむき出しの国益を前面に出した政策を展開し始めるなか、どう中国やロシアと渡り合い、不確実性が増す朝鮮半島情勢に対応 し、他の地域における安全保障や外交でプレゼンスを維持していくのか。こういった課題へのビジョンを示すためにも、国家安全保障戦略を見直すべきだったのではないだろうか。

 その意味で、今回の新大綱・中期防見直し前に、国家安全保障戦略が見直しの必要の有無すらオープンに議論されることが なかったのは残念である。

第3次湾岸戦争は起きない?
産経新聞(2018年10月25日)に掲載

研究主幹 宮家 邦彦 外交・安全保障
    http://www.canon-igs.org/column/security/20181030_5325.html

 米国とイランは軍事衝突に向かうのか。こんな物騒な想定の演習を先日実施した。筆者が所属するキヤノングローバル戦略研究所が年に3回実施する政策シミュレーションの一つ。今回も40人近い現役公務員、専門家、学者、ビジネスパーソン、ジャーナリストが集まり、イラン、サウジアラビア、イスラエル、日米中露の各政府、報道関係者を一昼夜リアルに演じてくれた。改めて彼らの貴重な知的貢献に謝意を表したい。

 今回もシナリオ作りには苦労した。中東湾岸は筆者の専門だが、今回はより現実的想定とすべく政府関係者にも協力を求めた。しかし、作成中から「イラン秘密核計画露見」や「サウジ人ジャーナリスト殺害」が報じられるなど現実がシナリオを追い抜いていく。揚げ句、演習当日朝にはジャーナリスト殺害につきサウジ政府が声明を発表、一部政府関係者が欠席するハプニングまで。だから政策シミュレーションは面白い。ここでは筆者個人の感想を書く。

 まずは演習の流れから。冒頭、サウジ・チームに記者殺害事件に関する報告書作成を求め、サウジ皇太子は「事態発生は非常に遺憾。当初の18人に加え関係高官など30人を拘束、調査は続行中。犠牲者に深い哀悼の意を表す」と発表。同時にイランの秘密ウラン濃縮疑惑とイエメンでのサウジ軍機撃墜が報じられる。

 続いて、イランがイラク領内に弾道ミサイルを配備、サウジ東部製油所で反政府勢力による占拠事件が発生、日本人、中国人など外国人多数が人質となる。米・サウジ、中露の特殊部隊が別個に救出作戦を実施し、多数の犠牲者が出る。さらに、湾岸某王国でイスラム革命が、サウジでは王宮府へのドローン攻撃が発生するなど事態が混乱する。

 最後に、イラン前線部隊が暴走しゴラン高原でイスラエル軍基地を襲撃、湾岸でもイラン側の偶発的挑発を受け米駆逐艦がイランのミサイル発射装置を破壊。イランは米艦船を対艦ミサイル攻撃する。

 米・イスラエルはそれぞれイランに最後通告。米国は湾岸のイラン沿岸軍事基地をミサイルと航空機で限定攻撃、イスラエルもゴラン高原からダマスカスに至るイラン軍基地を空爆し、戦闘は終わる。

 あり得ない想定との批判もあろう。そうかもしれない。米国・イスラエルとイラン間は絶妙な相互抑止が効いており、そう簡単には開戦しないからだ。以上を前提に筆者気付きの点を7つ書こう。

●米サウジ関係は不変
  現在両国関係は揺らいでいるが、一度イランをめぐり危機が生ずれば問題は解消する。

●クーデター介入は困難
  内政上、特に民主化を理由に政変が起きたとき、外国からの軍事介入は容易ではない。

●ホルムズ海峡封鎖はない
  海峡封鎖はイランの自殺行為であり、イラン側発言はブラフである可能性が高い。

●米国の暴走は止め難い
  トランプ氏のごとき大統領を持つと周囲は大変であり、また武力行使を決意した米国を止めることも容易でない。

●イスラエルは何でもする
  イランは自国生存に関わる大問題でありイスラエルは全ての知恵を絞って行動する。

●中露の意図は対米牽制けんせい
  中露の目的は中東での覇権ではなく、あくまで対米関係を自国に有利にすること。

●やはり日本は蚊帳の外
  これまで実施した中東関係シミュレーション全てに共通することだが、日本チームは誰が首相であっても中東では主要プレーヤーになれない。

 残念だが以上が中東有事の際の日本を取り巻く現実である。今回日本チームは現行法の枠内で最大限の活動を実施したが、それすら対外発表できなかった。一部識者とメディアにお願いがある。日本は蚊帳の外と批判するなら、現行法改正を主張してほしい。

中国の「微笑」は戦術的秋波だ
産経新聞(2018年10月30日)に掲載

研究主幹 宮家 邦彦 外交・安全保障
    http://www.canon-igs.org/column/security/20181101_5331.html

 先週、安倍晋三首相が訪中し日中首脳会談を行った。本邦メディアの論調は大きく割れた。一時は最悪といわれた両国関係につき、朝日新聞社説は「ここまで改善したことを評価したい」、読売も関係改善を「首脳レベルで確認した意義は大きい」と書いた。日経は「正常な軌道に乗りつつある」、毎日も「それなりの成果が認められる」とし、東京ですら、日中の「不毛な歴史を繰り返してはならない」と結んでいる。

 これに対し産経の主張は一味違った。首脳会談の成果だとする関係改善は「日本が目指すべき対中外交とは程遠い。むしろ誤ったメッセージを国際社会に与えた」と手厳しい。会談の成果をどう見るべきか。筆者の見立てはこうだ。

前向きの評価は表面上の成果

 ①中国首脳の会談に失敗はない

 2000年秋から3年半、北京の大使館勤務を経験した。そこで学んだのは「中国との首脳会談は成功しかない」ということだ。理由はいたって単純、中国側は不愉快なことがあると首脳会談そのものを中止するからだ。されば中国が失敗する首脳会談などあり得ず、中国各紙の前向き報道も当たり前なのだ。産経を除く主要各紙の前向きの評価は表面上の成果に目を奪われた、ある意味で当然の結果だと考える。

 ②書かれない事項こそが重要だ

 勿論もちろん、一定の成果があったことは否定しない。安倍首相は「競争から協調へ」と述べ、対中政府開発援助(ODA)は「歴史的使命」を終えたが、日中企業の第三国での経済協力、ハイテク・知的財産に関する対話、ガス田開発協議の早期再開、円元通貨スワップ協定の再開など、経済分野で両国関係を進展させようとしている。それ自体は日本の経済界にとっても結構なことだ。

 問題は共同記者発表などで語られなかった事項である。そもそも今回の訪中で共同声明などの文書は発表されなかった。これは中国側が今回の合意内容に満足していないことを暗示している。勿論、その点は日本側も同様だろう。

問題は蒸し返される可能性も

 今回興味深かったのは、歴史、靖国、尖閣、南シナ海、一帯一路などについて対外的言及が殆ほとんどなかったことだ。外交・安全保障面では、両国の偶発的軍事衝突を避ける海空連絡メカニズムに関する会合や海上捜索・救助協定の署名が実現したものの、これで歴史問題などの懸案が前進したわけでは全くない。中国側がこれらに固執しなければ首脳会談は成功する。逆に言えば、中国側はいつでもこれらを蒸し返す可能性があるということだ。されば、今回の首脳会談が大成功だったとはいえない。

 ③戦略と戦術を区別すべし

 それでも今回の首脳会談は良かったと考える。振り返れば、安倍首相の最初の訪中は06年10月、「戦略的互恵関係」を旗印に小泉純一郎首相時代の日中関係を劇的に改善したのは安倍首相自身だった。ところが12年末に首相に返り咲くと、中国は同首相に尖閣問題で譲歩を迫り、世界各地で安倍孤立化キャンペーンを張った。

 しかし、14年以降主要国では安倍評価が高まり、逆に中国が孤立化していく。17年にトランプ米政権が誕生すると、中国の孤立化はますます深まり、さらに今年に入って米中「大国間の覇権争い」が一層激化している。現在、日中関係は戦略レベルで「安倍首相の粘り勝ち」であり、さすがの中国も対日関係改善に動かざるを得なかったのだろうと推測する。

潜在的脅威は今後も続く

 ここで重要なことは戦略と戦術の区別だ。中国にとって日本は潜在的敵対国であり、尖閣や歴史問題での戦略的対日譲歩はあり得ない。現在の対日秋波は日本からの対中投資を維持しつつ日米同盟関係に楔くさびを打つための戦術でしかない。一方、日本にとっても中国の潜在的脅威は今後も続く戦略問題だ。されば現時点で日本に可能なことは対日政策を戦術的に軟化させた中国から、経済分野で可能な限り譲歩を引き出すことだろう。

 現在日中間で進んでいるのはあくまで戦術的な関係改善にすぎない。こう考えれば、欧米と普遍的価値を共有する日本が、産経の主張が強く反対する「軍事や経済などで強国路線を突き進む中国に手を貸す選択肢」をうやむやにしているとまでは言えない。

 ④中国の面子めんつだけは潰せない

 中国との付き合いで最も難しいことの一つが「面子」の扱いだ。日中で面子の意味は微妙に違うようだが、公の場で中国人を辱めれば、思いもよらない逆上と反発を招くことだけは確かだろう。逆に言えば、公の場で中国人の面子を保つ度量さえあれば、彼らは実質面で驚くほど簡単に譲歩することが少なくない。その意味でも首脳会談は成功だったのではないか。

 勿論、これで中国が歴史、靖国や尖閣問題で実質的に譲歩するとは到底思えない。だが、米中関係が険悪であり続ける限り、中国は対日関係を維持せざるを得ない。しかし日本がこれを公式に言えば中国の面子が潰れる。日中関係は双方の智恵の勝負となるだろう。