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                      [海外情報・マクロ経済・他]
                         瀬口清之・小手川大助・山下一仁・他
                         2018年8月 ~ 記事総覧
                      正念場にさしかかる中国の金融リスク対応
                      欧州で急速に高まる中国企業への警戒感
                      "減反廃止"でも米生産が増えない本当の理由
                      危険水域に入った米中対立、解決を委ねられた日本
                      トランプは中間選挙で敗れても変わらない
                      
【9】


 研究主幹 瀬口清之・小手川大助・山下一仁・他
      [海外情報・ネットワーク]
      http://www.canon-igs.org/column/network/2018/
      [マクロ経済]
      http://www.canon-igs.org/column/macroeconomics/2018/index.html

コラム ➡ [海外情報]:[マクロ経済]

2018.11.05 研究主幹 山下 一仁
  [マクロ経済]   トランプは中間選挙で敗れても変わらない

2018.11.02 研究主幹 瀬口 清之
  [海外情報・ネットワーク]
  米中貿易摩擦をめぐる米国および欧州の最新動向

2018.11.01 研究主幹 栗原 潤
  [海外情報・ネットワーク]
  「東京=ケンブリッジ・ガゼット:グローバル戦略編」第115号(2018年11月)
2018.10.26 研究主幹 瀬口 清之
  [海外情報・ネットワーク]
  危険水域に入った米中対立、解決を委ねられた日本

2018.10.24 研究主幹 山下 一仁
  [マクロ経済]
  "減反廃止"でも米生産が増えない本当の理由

2018.10.15 研究主幹 小林 慶一郎
  [マクロ経済]
  「危機」が変えた経済モデル-バブル理論などなお課題-
2018.10.12 研究主幹 山下 一仁
  [マクロ経済]
  日米首脳の通商協議を緊急報告する
2018.10.03 研究主幹 栗原 潤
  [海外情報・ネットワーク]
  AI: 若い世代の研究開発に期待
2018.10.01 研究主幹 栗原 潤
  [海外情報・ネットワーク]
  「東京=ケンブリッジ・ガゼット:グローバル戦略編」第114号(2018年10月)
2018.10.01 研究主幹 瀬口 清之
  [海外情報・ネットワーク]
  欧州で急速に高まる中国企業への警戒感

  2018.09.28 研究員 吉岡 明子
  [海外情報・ネットワーク]
  第4回東方経済フォーラムに参加して
2018.09.25 研究主幹 山下 一仁
  [マクロ経済]
  米中貿易戦争で得する人、損する人
2018.09.25 研究主幹 岡嵜 久実子
  [海外情報・ネットワーク]
  正念場にさしかかる中国の金融リスク対応

2018.09.20 研究主幹 山下 一仁
  [マクロ経済]
  米中貿易戦争の行方と日本
2018.09.18 研究主幹 山下 一仁
  [マクロ経済]
  トランプのNAFTA見直しで何が変わるのか
2018.09.13 研究主幹 山下 一仁
  [マクロ経済]
  日本農業成長のポテンシャル
2018.09.06 研究主幹 山下 一仁
  [マクロ経済]
  アメリカは米中貿易戦争を早く終わらせたい
2018.09.06 研究員 吉岡 明子
  [海外情報・ネットワーク]
  支給開始年齢引き上げだけでは終わらない?
2018.09.05 研究主幹 山下 一仁
  [マクロ経済]
  米中貿易戦争、トランプが設けた高すぎるハードル
2018.09.03 International Senior Fellow 清滝 信宏
  [マクロ経済]
  リーマン後10年、次の危機は-貿易戦争、金融に波及も-
2018.09.03 研究主幹 栗原 潤
  [海外情報・ネットワーク]
  「東京=ケンブリッジ・ガゼット:グローバル戦略編」第113号(2018年9月)
2018.08.28 研究主幹 山下 一仁
  [マクロ経済]
  日米FTA交渉を避ける道はないのか?
2018.08.28 研究主幹 瀬口 清之
  [海外情報・ネットワーク]
  日本企業の対中投資、13年ぶりに本格化

2018.08.24 主任研究員 小黒 一正
  [マクロ経済]
  増加する高齢者の生活保護、将来は100人中6人のシナリオも

2018.08.24 研究主幹 山下 一仁
  [マクロ経済]
  日米自動車産業の勝敗を決するのは中国市場だ
2018.08.20 研究主幹 瀬口 清之
  [海外情報・ネットワーク]
  構造改革推進を巡る不協和音と中国中央政府の冷静な対応
2018.08.20 研究主幹 山下 一仁
  [マクロ経済]
  WTO改革にTPPを使え!-中国の行動を規制するためにWTO改革が必要だ-

2018.08.15 研究主幹 小林 慶一郎
  [マクロ経済]
  英知結集 描く経済の針路-揺らぐ資本主義、経済学をどう生かすか-
2018.08.15 研究主幹 山下 一仁
  [マクロ経済]
  トランプの農業救済は逆効果

2018.08.13 研究主幹 山下 一仁
  [マクロ経済]
  農業界の常識を打破して日本農業を成長させよう
2018.08.13 研究主幹 山下 一仁
  [マクロ経済]
  トランプの貿易戦争は終わらない
2018.08.03 研究主幹 岡崎 哲二
  [マクロ経済]
  大学の国際競争力向上と組織設計
2018.08.01 研究主幹 栗原 潤
  [海外情報・ネットワーク]
  「東京=ケンブリッジ・ガゼット:グローバル戦略編」第112号(2018年8月)
2018.08.01 研究主幹 山下 一仁
  [マクロ経済]
  EUと連携し、トランプ支持層に打撃を



正念場にさしかかる中国の金融リスク対応
日中経協ジャーナル2018年9月号に掲載

    研究主幹 岡嵜 久実子 [海外情報]中国経済・中国金融制度
    http://www.canon-igs.org/column/network/20180925_5246.html

 中国では、2015 年以降集中的に取り組んできた金融のデレバレッジについて、一定の成果が見られ始めている。ただし、デレバレッジの推進は深刻な信用収縮を招く恐れもある。フィンテックに代表される金融のイノベーションの芽を摘むことなく、金融秩序の安定を確保するために、当局には大胆さと慎重さのバランスをとることが求められている。

中国における債務急増の背景

 中国では2009年以降、国有企業を中心に債務が急増した。これは、08年のグローバル金融危機への対応策として発動された経済刺激策に、地方政府、国有企業、そして銀行が主力である金融機関が積極的に呼応した結果であった。銀行融資、信託融資、債券発行などを原資としたインフラ投資や設備投資は、中国経済を力強く牽引し、09年から11年にかけて、同国は平均9.9%の高成長を実現した。

 この間、中国の米ドル建て名目GDPは10年に日本を追い越し、世界第2位の規模に達している。ちなみに、米ドル建てGDP規模について中国の米国に対する比率をみると、00年の12%から06年の20%を経て、17年には62%へと急上昇を示している。01年末のWTO加盟を機に飛躍的な成長路線に入った中国経済は、グローバル金融危機による打撃を投資主導の成長で乗り越え、国際的なプレゼンスを高めたのである。

 しかし、投資主導による経済成長の持続可能性については、当初から同国内外で疑問の声が小さくなかった。短期間に集中的に実行したインフラ投資の中にはフィジビリティー調査が十分でなかったものがかなり混ざっていた模様であり、また、短視眼的な計画に基づく設備投資の急増は、数年後には過剰生産能力の累増となって製品価格の暴落につながり、債務者が返済資金を捻出できないケースが出始めた。12年以降、経済成長速度が鈍化するにつれ、過剰生産能力、過剰住宅在庫、過剰レバレッジの問題が次第に深刻となり、中国経済の構造調整改革を進める上での大きな障害となってしまった。・・・

→全文を読む 正念場にさしかかる中国の金融リスク対応PDF:9.4 MB

欧州で急速に高まる中国企業への警戒感
中国人経営者に足りない外国経済社会・文化を尊重する見識とセンス
JBpressに掲載(2018年9月20日付)

    研究主幹 瀬口 清之 [海外情報]中国経済・日米中関係
    http://www.canon-igs.org/column/network/20181001_5274.html

1.欧州でも続く中国人旅行客の爆買い

 今年から仕事の関係で、欧州にも定期的に出張するようになった。すると、欧州諸国の新たな友人たちとの会話の中で自然に彼らの中国観が伝わってくる。

 そこで見聞きすることは日米中3国関係の中で中国を見る視点とは違った角度から中国を見る機会を与えてくれる。

 銀座、新宿、道頓堀などでは相変わらず中国人の爆買いの光景をよく目にする。日本人はすでにそれに慣れてしまって、あまりニュースにはならなくなった。

 当たり前のことであるが、中国人の派手な買い物は欧州でも同じように行われている。それが思わぬ副作用を生んでいる。

 パリ在住でフランス国籍のベトナム系の女性が、20年前はショッピングをしていてもフランス人と全く同じ扱いを受けていた。

 しかし、最近は旅行客の裕福な中国人と勘違いされて、爆買いを期待する店員から明らかに一般のフランス人とは違う扱いを受けるようになってしまった。

 本人にとっては決して愉快ではなく、買い物に行くのが楽しくなくなったと漏らしているという話を聞いた。

2.フランス人の中国企業に対する警戒感の高まり

 中国企業がフランス各地で引き起こしている問題はもっと深刻な影響を与えている。

 ある地域では中国企業が大規模な牛乳工場を建設し、近隣の農家と生乳買い付けの契約を結んだ。

 しかし、フランス現地での需要予測をきちんとしていなかったため、販売不振で大量の在庫を抱え、近隣の農家との契約を打ち切らざるを得なくなった。

 中国企業との新たな取引に期待を寄せていた農家は途方に暮れた。

 フランスでは多くのワイナリーが中国企業によって買収されている。

 ある小さなワイナリーは中国企業に買収された後、買収した中国人はワインづくりに興味を失ったのか、そのワイナリーの手入れをしなくなった。

 1つのワイナリーが手入れを怠り、そこから感染病がブドウの木に広がれば周辺のワイナリーは全滅する。このため地域のワイナリー全体が困惑している。

 中国企業にすれば小さな買い物なので、大した意識も持っていなかったのであろうが、フランスのブドウ農家にとっては致命的な打撃になりかねないことである。

 単にモノを買うのであれば関心がなくなっても問題はないが、企業やワイナリーを買う場合、地元への長期的な影響を考え、相手国の経済社会や文化も尊重し、慎重に行動する必要がある。

 しかし、多くの中国企業にはその意識が不足していることが明らかになっている。

 以前、フランスのトゥールーズ空港は民営化が決定され、入札を行ったところ、中国企業が破格の高値で株式の49.99%を落札した(2014年12月)。

 当初は中国からの直行便を就航させ、一気に旅客数を増加させ、その収益で空港設備を大幅に改善するとの説明だった。

 しかし、その後突然方針が変更され、収益は株主への配当に回されると発表され、地元住民は当惑した。

 さらにその後、買収した企業の経営者自身が行方知れずとなり、すべての計画が宙に浮いた。

 このような事件が相次いで発生したことから、フランス国民の間には中国企業のフランス進出に対する警戒感が広まっている。

 中国企業は莫大な資金を持っているため、気軽に海外で企業買収を行うが、相手国に対する配慮の不足が様々な問題を引き起こしている。

3.ドイツ人の警戒感はさらに強い

 ドイツの状況はさらに深刻である。

 2015年頃から中国企業によるドイツ企業の買収が相次ぎ、2016年にはついにドイツを代表する老舗機械メーカーKUKAが中国の家電メーカーを母体とする美的集団に買収された。

 それを機にドイツ経済界には中国警戒感が一気に高まり、ドイツ企業の対中投資姿勢は急速に冷めた。

 それに加えて、昨年11月には、中国の自動車メーカー吉利がダイムラーに対して資本・技術提携を打診したため、ダイムラーは拒絶した。

 しかし、吉利は本年2月にダイムラーの株式の約10%を取得したことを発表した。これがドイツ企業経営者等の中国の脅威に対する懸念を一段と強めることになった。

 中国市場ですでに巨額の利益を確保しているいくつかの企業を除き、多くのドイツ企業は対中投資に対して極めて慎重になっている。

 2016年には27億ドルに達したドイツ企業の対中直接投資総額が、今年は1~7月の実績を年率換算すると9億ドルに達しない状況であり、2年間で3分の1にまで減少する可能性がある。

 この減少テンポは尖閣問題後の日本企業の対中投資減少の速度以上に急速である(日本企業の対中直接投資額:13年71億ドル、15年32億ドル)。

 このような欧州における中国企業に対する警戒感は中国という国の脅威の高まりと重なり、欧州諸国の中国観の土台となっている。

 欧州諸国の有識者はトランプ政権の貿易摩擦の手法に対しては極めて批判的であるが、米国の中国脅威論は共有している。

 このため中国政府の外国企業に対する技術強制移転政策に対する批判や中国製造2025に対する警戒感は米欧の間で一致している。

4.背景に外国人の感情に対する理解不足

 以上のように欧州でも様々な問題を引き起こしている中国企業であるが、筆者の推測では、多くの場合、中国人経営者にそれほど悪気はない。

 しかし、一部の急速に豊かになった中国人経営者は外国で経済活動を行う場合、外国の文化を尊重することが大切であるという見識やセンスを十分身につけていない。

 異なる経済文化基盤や経済発展段階に属する外国人の気持ちを配慮して行動する意識が不足している。

 これはグローバル社会で外国人と円滑に経済文化交流を進めるうえでの必須条件であるが、その習得には長時間かかる。

 多くの中国人が外国人と接触し、相互理解と相互信頼の大切さを学び始めたのはつい最近である。

 以前の中国には唐代の長安のような国際都市があったが、その後の歴史の中でその時の知見は失われ、さらに1949年の中華人民共和国建国から30年程度の間は実質的な鎖国状態が続いた。

 改革開放政策が始まった1980年代から徐々に開国し、本格的に先進国との経済交流が始まったのはWTO(世界貿易機関)に加盟した2000年以降である。

 しかも、経済的に豊かになって、中国人が外国の製品・サービスや企業を普通に買えるようになってからはまだ10年も経っていない。

 この短期間に外国人との相互理解、相互信頼の大切さを理解する見識やセンスを十分身につけることはできない。

 中国人経営者は急速に高まった経済力とそれに追いつかない外国経済社会や文化を尊重する見識やセンスの間のギャップを埋められない構造問題に直面している。

5.日本へのインプリケーション

 均一な視点や発想からは創造的な考え方は生まれない。

 全く異なるものの見方をする人々が集まり、互いに相手の異なる見方を尊重し刺激を及ぼし合う時にそこに新たな創造的発想が生まれる。

 その大前提は相互理解と相互信頼である。安心して相手と交流ができる時に互いの実力が思う存分発揮される。その相互作用が創造的考え方を生み出す「場」を形成する。

 日本は明治維新以後、欧米諸国を中心に相互理解と相互信頼の醸成に努めてきた。

 元々日本には異文化を許容する文化的包容力があり、古来、儒教、道教、仏教、禅が神道とともに共存する形で日本社会の中に根づいてきた。

 現代においても、結婚式はキリスト教、葬式は仏教、初詣は神道、道徳観は儒教というのはごく当たり前のこととして日本社会に根づいている。

 それでも1990年代以降に急速に進展するグローバル化の中では、多くの企業経営がその変化に追いつけず、マーケティング力の向上が進んでいない。

 これは外国文化に対する理解不足、あるいは理解しようとする努力不足が原因であると言うことができる。

 また、東京などの主要都市のインフラを見てもパリやロンドンのような国際都市に比べると、空港関係の交通インフラ、道路、鉄道、公共機関などの各種標示、ホテルなどの宿泊施設など多くの面で外国人に対する配慮が見劣りする点が目立つ。

 これも外国人に対する包容力を高める意識の不足の結果として生じている現象である。

 中国人が日本に来て観光やショッピングで楽しむだけではなく、外国人を許容し、外国文化を理解し、外国人との相互信頼を高め合う外国文化包容力の面でも日本に学びたいと思えるようになれれば、日中関係の土台はさらに強固なものとなろう。

 それは中国のみならず世界中の国々との相互理解、相互信頼を深めさせ、次代を担う若い世代の日本人の意識をグローバル化させる方向へと感化するはずである。

 日本も自らの努力不足を再認識し、日本の文化包容力をさらに磨き、世界中から日本が相互理解と相互信頼の相手として一層大切に思われる国へと発展していくことを期待したい。

"減反廃止"でも米生産が増えない本当の理由
減反政策の本質は転作補助金。政府は今もそれでカルテルを維持しているのだ
WEBRONZA に掲載(2018年10月10日付)

    研究主幹 山下 一仁 [マクロ経済]農業政策
    http://www.canon-igs.org/column/macroeconomics/20181024_5305.html

 10月3日付日本経済新聞は「コメ増産1%どまり」という記事を掲載し、「約50年続いた減反が今年廃止され、農家は自由にコメを作れるようになったが、高水準の米価を維持しようと増産に慎重な産地が多い」という分析・解説を加えている。

 この記事を経済学から批判したい。この小論が農業の盛んな地方の大学の経済学や農業経済学の授業の教材になれば幸いだ。

カルテルは本来、簡単には成立しない

 そもそも、市場経済において、生産者が価格を維持する、あるいは価格を決定するというのは、どのような場合なのだろうか?

 最初に頭に浮かぶのは、独占の場合である。一つの企業が、ある財を独占的に供給していれば、競争相手を気にしないで、価格を決定できる。このとき、その企業が利潤を最大にしようと決定する場合の価格は、多数の供給者がいる場合に比べると、高くなる(ただし、高くしすぎれば需要が減少して、利潤は低下する)。

 次に、可能性があるのは、市場に数社しか存在しない寡占という状態で、各社が共同してある一定以下の価格では売らないようにするというカルテルを結ぶときである。よく話に上るのは、公共事業の入札に際し、建設会社が談合して、一定価格以下の入札はしないようにしたり、この入札は特定の企業に落札させるようにしたりするよう、合意する場合である。

 しかし、カルテルの場合、通常はカルテル破りのインセンティブが働く。例えば、ビールのように大手4社の寡占状態にあるときにはカルテルは作りやすいが、ある社が他の3社の価格を下回る価格を付けて販売すれば、他社の販売量を奪うことができ、利潤を大きく増やすことが可能になる。あからさまに消費者向けの価格を下げなくても、取引先の大手流通業者に多額のリベートを支払えば、大手流通業者はそれ以外の企業のビール販売を控えるようになるだろう。

 このため、カルテルが効力を発揮するためには、カルテル破りのインセンティブが生じないよう、何らかの強制(ムチ)か利益(アメ)がなければならない。公共事業では、カルテル破りで安い価格で落札した会社に対して、次からの入札で他の企業が意図的に安い入札を繰り返し、カルテル破りの企業が長期間落札できないようにするというペナルティが加えられるかもしれない。そのようなペナルティがありうると判断すると、どの企業も怖くてカルテル破りはできなくなる。大きなリスクを払って一獲千金を狙うより、ぬるま湯につかって安定した利益を確保したほうが、有利となる。

 しかし、そのためにはカルテル参加者に強い共同的な意思が存在することが前提となる。通常の場合には、そのようなことは考えられない。さらに、カルテルは独占禁止法で禁止されている。カルテルを行っていると告発されれば、企業イメージを大きく損なう。以上から、カルテルは簡単には成立しない。

市場経済では生産者は米価を決定できない

 では、米の場合はどうか?

 経済学を最初に学ぶ人は、完全競争の理論から勉強する。完全競争とは、多数の生産者がいるので、個々の生産者が市場価格に影響を及ぼすことはありえず、生産者は全体の需要と供給によって市場で決まる価格を与件として行動する(生産量を決定する)という場合である。これは独占と対極にある場合である。

 そして、経済学の教科書では、完全競争の典型的な例として、農業が挙げられる。農業には多数の生産者がいるので、個々の生産者が市場価格に影響を与えることはありえない。200万の米農家がいることは、平均的な農家の供給量は市場全体の200万分の1しかないことを意味する。大規模といわれる100ヘクタールの農家でも、140万ヘクタールの米作付面積の下では、0.007%のシェアしかない。これらの農家が米の供給量を減らしても、米の価格は上昇しない。

 経済学が教えるように、市場経済では、米農家は市場価格の下で、自らのコストを考慮して利潤を最大化できる量の米を生産して供給するのである。市場経済の下では、農家が「高水準の米価を維持するために」米の生産を調整することはありえないし、できない。

 では、より大きな供給単位である産地がまとまって行動することはありうるのだろうか。

 このとき生産者は合計して一定の量以上の生産は行わないというカルテルを結ぶことになる。産地の単位として地域農協がまず考えられる。しかし、寡占の場合でもカルテルの形成は難しいのに、1農協当たり3千もいる米農家の間でカルテルが実現できるはずがない。仮にカルテルが作られても、全国に約700の農協があることからすると、個々の農協の供給量を農協単位でいくらまとめても市場価格には変化はない。

 では、都道府県単位ではどうだろうか?

 農家数が多くなるとますますカルテルの形成はできなくなるうえ、米産地の代表で最大の米作付面積を持つ新潟県でも、10万5千ヘクタールで全国の7.6%に過ぎない。とても市場価格に影響を与えられる規模ではない。

米は市場経済ではない

 つまり、市場経済の下では、米で農家がカルテルを作って米価を維持することはありえないのである。それでは、どうして産地が米価を維持するという記事が書かれるのだろうか。

 この記述自体は誤りではない。それは、米はまだ市場経済ではないからである。市場経済ではないから、カルテルによって産地が価格を維持できるのである。冒頭の記事の「減反が今年廃止され、農家は自由にコメを作れるようになった」という記述が、ウソなのである。

 簡単にいうと、この記事は、完全競争の下で、生産者は市場価格に影響を与えることができるという内容であり、経済学の基本を無視している。正確にいうと、完全競争という市場経済の状況にないから、生産者(団体)は米価を維持できると書くべきだったのである。

 江戸時代には、世界最初の先物取引である堂島の正米市場が作られたように、米は市場経済そのものだった。もちろん、小さな農家が米相場を左右するなどありえない。しかし、1918年に起こった大正の米騒動以降、政府が市場に介入して価格を操作するようになってから、市場経済ではなくなった。

 戦時経済となる1942年以降は、米は、食糧管理制度の下で、政府の完全な市場統制のもとに置かれるようになった。いわゆる統制経済で、市場経済の完全な否定である。

 平成まで続いた食糧管理制度の下で、政府が一元的に生産者から米を買い入れ卸売業者に販売していたときは、政府は統一された生産者価格で買い入れ、単一の消費者価格で売り渡していた。政府という独占的な買い手、売り手の下で独占価格が成立していたのである。それ以外の流通は、ヤミ米と言われ、終戦直後の食糧難時代には特に厳しく取り締まれた。

 しかし、食糧管理制度の下でも1969年自主流通米制度が導入され、政府を通さない流通が認められるようになり、さらに1995年食糧管理制度は廃止された。今は、制度的には独占価格は成立しない。

減反政策の基本は補助金交付

 政府が買い入れるという食糧管理制度の下では、農家保護のために米価を引き上げれば、生産量が増えて需要が減る。1960年代から70年代にかけて、米価闘争と呼ばれるほど、激しい運動が毎年6~7月頃繰り広げられた。霞が関や永田町は、農家のムシロ旗で囲まれた。農民票が欲しい自民党の圧力に負けて、米価はどんどん引き上げられた。

 この結果、大量の過剰米在庫を抱えてしまった政府は、多額の財政負担をして、家畜のエサ用などに安く処分した。これに懲りた政府は、農家に補助金を出して米の生産を減少させ、政府の買い入れ量を制限しようとした。

 これが減反政策である。

 しかし、農協は簡単に減反に応じなかった。代償に多額の減反補助金を要求したのである。このため、農協に突き上げられた自民党と減反補助金総額を抑えたい大蔵省(当時)との間で、大変な政治折衝となった。これは、自民党幹事長だった田中角栄が、過剰な水田の一部を宅地などに転用することで減反総面積を圧縮し、減反補助金総額を抑えながら、面積当たりの補助金単価を増やすという、とんでもない案をひねり出すことで、やっと収拾された。

 このように減反政策の基本は補助金の交付である。

 そのとき、なにも作物を生産しないのに補助金を出すというのでは、世間の批判を浴びるので、食料自給率向上という名目を付け、麦や大豆などに転作した場合に補助金を与えることとした。つまり、減反と転作は同じことなのである。減反補助金=転作補助金である。

 減反廃止という誤報を認めたくない人による、減反は廃止したが転作は廃止していないという、珍妙な記事を読んだが、農政に関わった人たちにとっては噴飯ものだったのではないだろうか。70年代から減反政策と付き合ってきた我々にとって、減反がなくなって転作補助金が残るというのは、起こりえないことだ。もし私がこのような発言をしたら、かつての同僚から相手にされなくなるだろう。

 最初は、減反に価格維持という役割はなかった。価格は政府が決めていたからである。しかし、食糧管理制度が廃止されて以降、米価を高く維持するため、減反が価格決定の役割を果たすことになった。農家に補助金を出して供給量を削減すれば、米価は市場で決定される以上の水準となる。農協は、食糧管理制度の時には、政府への販売量を増やすため減反反対を唱えていたが、同制度廃止後は米価維持の唯一の手段となった減反政策の積極的な支持へ立場を変更している。

「減反=転作補助金」はカルテル維持のアメ

 完全競争で決まるはずの米の価格が生産者団体によって形成される。それは米が依然として市場経済ではないからである。

 米は政府も関与するカルテルで生産量が調整され、価格が形成される。本来生産者が多数でカルテルが成立するはずがないのに、なぜカルテルが行われるのか? 「減反=転作補助金」がカルテルを形成・維持し、カルテル破りを実現しないようなアメ(誘因)として機能しているのである。

 今でも、農林水産省が国全体の米適正生産量という名前で全国レベルでの生産目標を事実上示し、それに基づき都道府県別に生産目標が決定され、最終的には生産者別に下されていく。幸い、農協が生産者のためにカルテルを行うことは独占禁止法の適用除外となっている。農協は大手を振ってカルテルができる。それに生産者を従わせるために補助金が使われてきた。

 市場経済では、ただ同然の価格しか得られないエサ用に米を作るような生産者はいない。それを主食用米と同額以上の転作補助金を与えて、農家にエサ用米を作らせ、主食用の米の生産・供給を制限し、米価を高く維持している。かつて政府が事後に在庫として抱えた過剰米は政府が処分したが、今は事前に転作補助金を与えて農協に過剰米を処理させている。

 減反が廃止されるということは、減反のために交付してきた転作補助金も廃止されるということである。転作補助金は食料自給率向上のためではなく減反のためである。食料自給率向上のためなら、「減反=転作補助金」を廃止して米を増産させ、米を輸出した方が、はるかに効果的である。

 供給を減少させる減反が廃止されるなら、かつて石破茂大臣が農林水産省にシュミレーションさせたように、米の生産は大幅に増加して米価は低下する。減反は廃止されていない。減反廃止という誤報を糊塗するために、経済学からすれば間違った記事を書いてしまっているのである。

危険水域に入った米中対立、解決を委ねられた日本
西洋型制度に東洋思想を取り入れて発展した日本モデルが今こそ重要に
JBpressに掲載(2018年10月18日付)

    研究主幹 瀬口 清之 [海外情報]中国経済・日米中関係
    http://www.canon-igs.org/column/network/20181026_5320.html

1.米中対立の現状

 米中間の貿易・技術摩擦は米中両国とも強硬姿勢を崩さず、平行線を辿っている。

 米国経済が現在の良好な経済状態を続ける限り、ドナルド・トランプ政権の対中強硬姿勢が変化することは考えられないため、状況打開の突破口は見つからないと見られている。

 11月6日の中間選挙で下院において共和党が過半数を割ったとしても、民主党議員の多くも同様の反中感情を共有しているため、米国の対中外交に大きな変化はないとの見方が多い。

 米国政府の中国側への要求内容は、技術強制移転政策の転換、中国製造2025の停止、外国企業の中国国内生産拠点の海外移転などあまりに厳しく、中国政府が妥協できるような中身ではない。

 米中両国の真っ向からの対立状況に何らかの変化が生じるとすれば、米国において株価の大幅下落、景気減速など貿易摩擦に起因すると考えられる経済問題が明確に表面化し、トランプ政権側に中国への強硬姿勢を修正するインセンティブが生じる時しかないと見られている。

 何らかの理由で米国側が中国に対して一定の譲歩を示す可能性が生じれば、中国政府も技術移転促進政策の修正、知的財産権保護の強化、それらの具体策の早期実施などの妥協案を提示する余地が生まれると期待されている。

2.米中対立は長期化し、日本は難しい選択を迫られる

 この米中貿易・技術摩擦は、相手国商品の不買運動、全国各地での抗議デモ、貿易・投資禁止措置といった全面的経済戦争、あるいは武力衝突にまで至る最悪の事態は回避できるのではないかとの見方が多い。

 とは言え、両国が良好な関係を回復することは今後長期にわたり極めて難しいと予想されている。

 米国が脅威として問題視しているのは中国経済の規模が米国に追いつき追い越していくことそのものであり、その抜本的解決策は2020年代半ばまでに中国経済の成長を止めるしかない。

 それは現実問題としてあり得ない。

 そのあり得ない選択肢の実現を目指そうとしているトランプ政権の対中強硬策に対し、米国内でも多くの有識者、特に中国をよく理解している国際政治・外交専門家の多くは強く反対している。

 トランプ政権の「アメリカ・ファースト」政策は、米国が戦後長期にわたって貫いてきた2つの大方針に真っ向から反する内容だからである。

 米国は20世紀前半に勃発した2つの世界大戦を二度と繰り返さないようにするため、経済ブロック化の阻止と世界経済の協調発展を基本方針として堅持してきた。

 日本はそのおかげで戦後の奇跡的な経済復興と高度経済成長を実現した。

 しかし、トランプ政権は日本に対して同盟国として対中強硬政策への共同歩調をとるよう強く求めてくると考えられる。

 日本からの輸入品に対する関税引き上げなどの経済制裁を圧力として使いながら対中強硬政策への協調を強要すると予想される。

 戦後ずっと米国の経済政策と共同歩調をとってきた日本の立場から見て、自由貿易や経済成長までも否定するトランプ政権の基本方針は容認できるものではない。

 これはトランプ政権と距離を置く米国の多くの有識者の見方と一致する。

 しかし、米国はいま、共和党、民主党の党派を超えて、多くの国民が中国を脅威とみなし、反中感情を高めている。

 その様子は尖閣問題発生直後に日本国内で反中感情が高まった状況に似ている。中国を冷静に分析する専門家は親中派のレッテルを貼られ、多くの人々から批判を受けている。

 こうした反中感情の広がりを増幅しているのは、確かな根拠や証拠がないにもかかわらず、SNS上で加速的に共有されているネガティブな情報の累積である。

 これに対して、客観的な事実と明確な論理で反論しても相手にされない。

 こうした状況において、短期的に有効な対策はまずない。日本も1990年代半ば以降、反中感情が強まり、2012年の尖閣問題発生後に一段と悪化した。

 最近は日中関係の改善もあって、多少雰囲気は良くなってはいるが、依然として国民の9割が反中感情を抱く異常な状況はあまり変わっていない。

 米国でも今後そうした状況が続くものと考えられる。そうなれば日本は難しい選択を迫られることになるはずだ。

3.欲望をコントロールする「理性」

 東洋思想において「理性」とは欲望をコントロールする自己規律の心を意味する。

 西洋的概念では、理性は「感情におぼれず、筋道を立てて物事を考え判断する能力」(大辞林)とされ、欲望をコントロールする自己規律という内省的な意味はそれほど強くない。

 東洋の伝統精神文化において学問の目的は人格の向上である。啓蒙主義と科学に土台を置いている西洋の学問とは発想が根本的に異なる。

 トランプ大統領が「アメリカ・ファースト」という利己主義的政策を堂々と国家政策の基本方針として掲げるのは欲望のコントロールが欠如していることを示している。

 米国は戦後長期にわたって世界各国の平和、自由、繁栄のために大きな貢献を果たしてきた。

 利他的な理念を掲げて多くの国々の健全な発展を支え、世界中の多くの人々から尊敬を集めた。日本はその恩恵を最も大きく受けた国の一つである。

 もし世界中の国々が米国トランプ政権にならって利己主義的な自国利益優先政策を導入すれば、世界は再び経済のブロック化に向かい、経済戦争が武力衝突に発展し、第3次世界大戦に突入する可能性が高まる。

 それが現実のものとなれば世界中が苦しみ、戦勝国も敗戦国も関係なく、多くの命が失われ、世界経済全体が長期の停滞に陥る。それを防ぐには「理性」が必要である。

4.日本の使命

 日本は19世紀後半の明治維新以後、脱亜入欧を大方針に掲げ、西洋思想を学び、西洋型政治経済社会制度の導入に取り組んだ。

 しかし、その後、欧米列強との帝国主義競争の中で「理性」を見失い、中国を侵略し、米国と戦争し、敗戦を経験した。

 そして戦後、改めて西洋型政治経済社会制度を本格的に導入し、西洋思想の実践を徹底した。

 一方、日本は江戸時代以降、国民全体レベルで中国古典に基礎を置く高度な道徳教育を普及させ、特にその実践を重視してきた。

 すでに学校では中国古典・東洋思想に基づく道徳教育を実施しなくなって久しい。

 しかし、今も多くの日本人の心の中にその根本理念が生きており、日常生活の下で自然に実践されている。

 他者への思いやり(仁)、丁寧なあいさつや心のこもったマナー(礼)、人間関係において信義を重視する考え方(信)など、現代社会においても中国古典の本国である中国以上に国民全体の道徳実践レベルが高いことは誰もが認める日本の特徴である。

 古来、中国古典の前提は身分制社会であり、出自の良い社会上層階級のリーダーのための学問として継承されてきた。

 これに対して日本は、自由・民主・平等などを重視する西洋の思想・制度に基づく社会を構築し、身分制ではない、自由で平等な民主主義社会の安定を長期にわたり実現している。

 中国や韓国では、これほど広く深く社会全体の中で西洋と東洋の思想・制度を融合させるには至っていない。

 日本は東洋思想の概念を西洋型政治経済社会制度上で長期にわたって安定的に実践している唯一の国である。

 だからこそ、その意義は西洋の目から見ても分かりやすく、西洋社会においても十分応用可能である。

 いま、欧米諸国の社会ではエスタブリッシュメントに対する信頼が低下し、啓蒙主義と科学の力だけでは突破できない厚い壁に突き当たり、深い苦悩に陥っている。

 先進諸国の中で唯一日本のみが「理性」に基づき、社会の安定を保持している。

 これは国民各層に浸透している東洋思想的道徳教育の支えによる部分が大きいと考えられる。

 欧米諸国で社会分裂がこれ以上進行することを抑え、グローバル社会全体として平和、自由貿易、経済協調発展の実現を目標として共有する体制を堅持していくには「理性」が重要である。

 日本がモデルとなって、西洋型政治経済社会制度に東洋思想を取り入れ、社会の安定を図る新たな国家像を示す。

 それは世界の中で日本にしかできないことである。日本がグローバル社会においてに果たすべき使命が見えてきた。

トランプは中間選挙で敗れても変わらない
次の大統領選まであと2年、米国の通商政策は変わらないと覚悟しよう
WEBRONZA に掲載(2018年10月22日付)

    研究主幹 山下 一仁 [マクロ経済]貿易政策
    http://www.canon-igs.org/column/macroeconomics/20181105_5323.html

上院は共和党、下院は民主党

 アメリカの中間選挙に対する関心が、我が国でかつてないほど高まっている。

 大統領選挙の行方はこれまでも大きく報道されてきたが、二つの大統領選挙の中間に行われるこの選挙について我が国の関心は低く、新聞報道も少なかった。今回の中間選挙への関心が高いのは、大統領に対する信任投票となるこの選挙で与党共和党が敗北すれば、トランプ大統領のさまざまな政策、特に日本の経済や産業に大きな影響を与えかねない通商政策が変わる、つまり正常に戻るのではないかという期待があるからだろう。

 大方の予想は、改選される議員のほとんどが民主党である上院では、民主党が現有議席を確保できるかどうか確実ではなく、中間選挙後も共和党が多数となるが、全議席が改選となる下院では、大統領自身の女性スキャンダルや女性への性的暴行疑惑があったカバナー最高裁判事候補が共和党多数の上院によって承認されたことに対する女性票の反発などから、民主党が多数を獲得する、というものだ。

 もちろん、前回の大統領選挙で優勢と言われたヒラリー・クリントン候補が敗北したり、民主党勝利の予想に危機意識をもった大統領支持派の共和党員が投票に向かう可能性もあることから、予断を許さない。ただし、ここでは、予想通り下院で共和党が敗北するという前提で話を進めたい。

トランプの主張は伝統的な民主党の主張

 9月末から10月初めにワシントンを訪れた際、アメリカを代表する複数のシンクタンクの友人たちや政府の高官だった人に、中間選挙で与党共和党が敗北するとトランプ大統領の通商政策が変わるのではないかと質問してみた。

 彼らの答えは、おしなべてノーだった。

 ある人は、輸出が勝ちで輸入は負けだというトランプ大統領の信念ともいえる考えは、彼の骨の髄までしみこんでいるようなものなので、中間選挙で負けたからといって、変更することはありえないと語った。

 ほとんどの人が指摘したのは、もともと共和党が自由貿易主義で、労働組合を基盤とする民主党が保護貿易主義だったので、民主党が勝ってもトランプ大統領の保護貿易政策は継続されるだろうというものだった。ある人は、トランプの保護貿易主義で共和党が負けるのなら、自由貿易派の共和党の議員が反乱するかもしれないと述べていたが、少数派になった以上政策には影響できない。

 そもそも、TPPからの撤退やNAFTA(北米自由貿易協定)の見直しといった保護貿易主義的な考え方は、民主党の大統領予備選挙を戦ったバニー・サンダース上院議員が主張し、これでクリントン候補を追いつめることになったものである。これを見たトランプが、本選となる大統領選挙で同様の主張を繰り返して、本来民主党の地盤だったラストベルト地域でクリントン候補を破り、見事に当選を果たしている。

 つまり、トランプ大統領の主張は、対立する民主党の伝統的な主張なのである。

民主党よりも民主党的なNAFTA見直し

 NAFTAが再交渉されて、USMCA(アメリカ・メキシコ・カナダ協定)となった。トランプ政権は、共同戦線を取っていたカナダとメキシコを分断し、最初にメキシコと合意し、最終的にはカナダも入れて3か国の協定にした。カナダの参加が不確定な時期には、USMCをもじって「(US)アメリカ、(M)メイビー(C)カナダ」などという冗談も聞いた。

 トランプ大統領はカナダが言うことを聞かないなら、メキシコとだけの協定にするとカナダのトルドー首相を脅していたが、経済・貿易面でアメリカにとって重要なカナダが入らない協定をアメリカ連邦議会が承認するはずがなく、カナダも入れた三か国の協定としたことは、トランプ政権の得点だろう。

 しかもUSMCAの中身を見ると、まるで民主党よりも民主党的な政権が交渉したかのような内容となっている。

 まず、各国は労働条件や環境基準を緩和することによって競争上有利な条件を獲得してはならないという、これまで共和党は否定的で、労働組合や環境団体を支持基盤とする民主党が強く主張してきた、"貿易と労働"、"貿易と環境"という部分は、削除されることなく維持された。産業界寄りの共和党は地球温暖化対策などの環境対策には反対してきた。

 共和党のブッシュ父政権が交渉を妥結したNAFTAには、当初この部分はなかった。それを民主党のクリントン政権になってから、この二つをNAFTAの補完協定をして結ぶことで、連邦議会を通過させたという経緯がある。もちろん、民主党のオバマ政権が交渉したTPPには、この二つの章が規定されている。本来の共和党政権がNAFTAの見直し交渉をしたなら、削除しただろう。

 安全保障上の理由から鉄鋼・アルミニウムの関税をアメリカは引き上げたが、USMCAでもこれはそのままとまった。ラストベルト地域の鉄鋼等の労働者や労働組合は歓迎するだろう。

 また、為替レートを操作して競争条件を有利にしてはならないという条項が、初めて取り入れられた。これは民主党の一部が強硬に主張してきたが、民主党のオバマ政権でさえ、金融政策を貿易政策が制約してしまうという理由で認めなかったものである。それを共和党のトランプ政権が実現したのである。

 極めつきは、NAFTAと異なりUSMCAには、FT(自由貿易)という部分が欠落していることである。これは自由貿易協定ではないということだろう。

 これが来年、アメリカ連邦議会の承認を待つことになる。中間選挙で与党の共和党が勝っても負けても、USMCAは連邦議会を通過する。というより、民主党が勝った方が承認されやすい。トランプは大統領選挙で主張してきたTPP脱退とNAFTA見直しの両方を実現したことになる。

管理貿易政策の元祖は日本

 ところで、我が国では、メキシコにもカナダにも自動車の対米輸出が一定台数を超えると25%の高い関税を課すことになったことを、数量制限だとする主張を一部マスコミが展開している。

 安全保障上の理由で25%の関税をかけることは問題だが、(それを問題視するならともかく、またはそれが正当化されるのなら)これ自体はガットやWTOで禁止される数量制限ではない。

 それどころか、これは農産物で日本が多用している貿易政策なのである。

 例えば、牛肉、米、小麦、乳製品などの品目では、安い関税での輸入量が一定量を超えると高い関税がかかることになっている。しかも、その関税は、25%どころか、牛肉で50%、それ以外では200%をはるかに超える税率である。アメリカを保護貿易とか管理貿易を採ったと批判するのかもしれないが、アメリカにこの政策手法を教えた元祖は日本の農林水産省なのである。

 われわれは、ようやくアメリカも日本の域に追いついたと評価すべきなのだろうか?

トランプ再選はあるのか?

 いずれにしても、次の大統領選挙までの2年間はトランプ政権の通商政策に変更はないと覚悟しなければならない。

 では、次の大統領選挙でトランプ再選はあるのだろうか? 意外に再選はある、というよりその可能性が高いという見方がアメリカでは一般的なようである。

 しかし、波乱となるのは、中西部の農業票である。

 中国が大豆の関税を引き上げたことから、アメリカの大豆生産者は大きな打撃を受けた。このため、アメリカは約1.3兆円もの緊急対策を講じた。これは一度きりの対策である。

 しかし、これだけでは済まない。アメリカで最も土地が肥沃なコーンベルトと言われる中西部では、農家は、大豆とトウモロコシを作付している。通常はある年に大豆を作ると、翌年はトウモロコシというように、輪作している。これは北海道でも行われているように、畑作地帯で同じ作物を作ることによる連作障害を避けるためである。

 しかし、2008年にトウモロコシ価格が高騰すると、大豆の作付を減少してトウモロコシを増産したように、この二つの作物には代替関係がある。

 今年、大豆価格が下落した。中国が関税を下げない限り、来年も事態は改善しない。となると、農家はトウモロコシの作付を増やす。これはトウモロコシの価格を下げる方向に働く。元アメリカ農務省高官で著名な農業経済学者でもある人は、先月意見交換した際、代替("substitution")という言葉を強調していた。経済では、玉突き現象が起こるのである。

 さらに悪いことに、アメリカの競争国であるブラジルが大豆の作付を過去最高のペースで進めている。中国はあと少し我慢すれば、ブラジルから大豆を輸入することが可能となる。ブラジルもアメリカと同様大豆とトウモロコシの輪作であるが、温暖なブラジルは同じ年の二期作である。大豆の作付が早くなるということは二期作目のトウモロコシ生産により多くの農地を利用できる、つまりトウモロコシが増産されるということである。

 こうなると、トウモロコシ価格はさらに下落する。アメリカの農家にとっては、大豆を作ってもトウモロコシを作ってもダメという、踏んだり蹴ったりの有様となる。アメリカ農業は深刻な不況となるかもしれない。

 農業の中西部はラストべルト地域と重なる。確実とみられるトランプの再選に赤信号が点滅するだろう。

2018年11月9日(インタビュー 米中間選挙2018)
心の奥底の物語
   米社会学者、アーリー・ホックシールドさん
   https://digital.asahi.com/articles/DA3S13761007.html?ref=pcviewer

 民意のねじれを生んだ米中間選挙だが、トランプ大統領を熱心に支持する層は健在だ。米中西部のラストベルト(さび付いた工業地帯)に3年ほど通い、アパートにも暮らし、彼らの思いを聞いてきた。同じように米南部に通い、右派の心象風景を描いた著書が全米ベストセラーになった、社会学者アーリー・ホックシールドさん(78)に話を聞きたくなった。(聞き手 ニューヨーク支局・金成隆一)

 《白人男性らがトランプ氏を熱心に支持する理由は、経済か、人種か――。日本人記者である私(金成)が米中西部のラストベルトで支持者らを2015年から取材してきたと知ると、米国人を含め、多くの人々が私にこんな問いを発する。

 経済的な停滞への不満か、それとも、米国で存在感を増す非白人への差別心なのか。そんな二者択一だ。私は、アジア人の私を自宅に泊まらせ、交際相手についての相談までしてくる彼らの顔を思い浮かべ、当初は「私の取材先は人種差別者ではない。このままでは貧困層に転落しそうだというミドルクラスの不安と不満だと思う」と答えていた。

 ところが、人種の要素が全くないわけでもないだろうな、二者択一の問いの立て方に無理があるのではないか、とも感じていた。そんな時に読んだホックシールドさんの著書は、経済と人種の要因が絡み合う物語を示していた。これは「移民」政策の議論が活発になっている日本にとっても、もはやひとごとではない、と感じている。》

 ――米南部で暮らす右派の人々を理解したい。そんな思いでルイジアナ州に通ったそうですね。

 「熱心なキリスト教徒と白人が圧倒的に多く、超保守的な土地です。貧困率が高く、薬物汚染や環境汚染が広がっている。交通事故も多い。平均寿命も短い。州政府予算の44%を連邦政府に依存しているのに、政府の役割の縮小を求める保守運動ティーパーティー(茶会)への支持が強かった。理解できませんでした。彼らが自分の利益にならないことに投票しているように見えた。恐らく、経済的な理由ではなく、感情的なものだろうと想像しました」

 ――トランプ大統領の支持者とも重なる人々の「感情」が見えましたか。

 「私の著作は右派についての『報告』ではなく、彼らの感情を言葉にした『翻訳』。翻訳することで、彼らの感情が当事者以外にも認識可能になります。右派の人々の感情に興味を持ちました。多くの声に耳を傾け、心の奥底に横たわる物語、『ディープストーリー』を見つけました。妊娠中絶や銃、地球温暖化への考え方。彼らの心の奥底に共通する感情を抽出し、どんな比喩を使えばうまく表現できるかを考えました」

 ――どのようなものですか。

 「あなたは山の上へと続く長い行列に並んでいます。遠くの山頂にアメリカンドリームがある。でも、なかなか列は前に動かず、夢を達成できない。行く手を妨げているものが何かも見えない。グローバル化(による製造業の海外流出)なのか、オートメーション化(による雇用の喪失)なのか、わからない。それでもあなたはじっと待つ。勤勉に働いてきたし、ルールにも従ってきた。誰かをうらやんだり、誰かにひどいことをしたりもしてこなかった。あなたは自分にもアメリカンドリーム達成の資格があると感じている」

 「そんな時に、誰かが前方で行列に割り込んだのが見えた気がしました。物語の第2幕です。おかしなことが前方で起きているように感じました。きちんと順番を待ちなさいと幼少期に教わったのに、それに反したことが起きた気がした。黒人や女性に対し、差別是正措置(アファーマティブアクション)などで、歴史的に阻まれていた雇用や教育への機会が用意されました。その結果、白人や男性はしわ寄せを受けた。続いて移民が行列への割り込みを始め、難民も加わり、公務員も横入りして厚遇を受けているように見えた。しまいには海洋汚染の被害を受けた、油で汚れたペリカンまでもが環境保護政策によってよたよたと行列の前の方に加わり始めた。『(寛容を説く)リベラルの連中は、行列の後ろで不当に待たされている私たちより、動物を優先しているぞ』と感じたわけです」

 ――なるほど。

 「第3幕としては、(民主党大統領の)オバマが、本来は全ての人に公平に仕えるべき立場なのに、横入りしている連中を助けているように感じました。『不公平じゃないか』と思った。『どうやってシングルマザーが、息子オバマのためにコロンビア大学やハーバード大ロースクールの教育を提供できたのか?』『何かインチキがあったに違いない』との思いが募ります」

 「最後には、高学歴の誰かが『おまえは人種差別主義者だ。レッドネック(貧しい白人への差別語)だ』と言っているような気がしたのです。行列に割り込んだだけでなく、後方で自分の番が来るのを待ってきたオレたちのことを指さして笑い始めたと感じたのです」

 《中間選挙の前日、私(金成)はオハイオ州で開かれたトランプ氏の集会で支持者の声を聞いた。「私の祖先は移民だったが、列に並んで入国した合法移民で、自分で働いて中間層になった」「でも今のヒスパニック移民は不法に入国し、福祉で暮らそうとしている」と。事実に基づかない物語が浸透していた。ホックシールドさんのディープストーリーを思い出した。》

 ――そのような物語が見えた?

 「はい。この物語を本人たちに語り聞かせ、彼らの気持ちに合っているか尋ねると、『私はあなたの比喩の世界を生きている』と答えてくれました。重要なのはディープストーリーは誰しもが持っているということです。正しいとか間違っているとか、モラルに基づく判断は取り除かれている。事実も除去されている。その人にとって、ある状況をどのように感じたのか、何がとても重要なことに感じたのかを言葉にしたものです」

 ――彼らにとって山の上にあるアメリカンドリームとは具体的に何ですか。

 「給料のよい仕事を得ることだけではありません。他人から尊敬され、慕われ、自分を誇りに思えることです。しかし、現実には『そういう価値観を持っていることを恥ずかしいと思え』と言われているように感じてきました。だから自分のアイデンティティーを取り戻したい」

 「どういう時に彼らは自分を誇りに思えるのか。『私は南部人だ』はうまくいかない。南部人は軽蔑されているから。『私はキリスト教徒』というのも小さな町でしか通用しない。『私は伝統的な暮らし方を尊重する。女性の居場所は家庭です』もダメ。現代では女性のキャリア形成が脚光を浴びています。彼らのアメリカンドリームとは、失われたものの回復。だからトランプ氏は『米国を再び偉大にしよう』と叫び続けた。この言葉に、彼らは過去の復活を重ねている」

 ――著書で「列の後ろで並んでいる多くは有色人種。貧しい者、若者、年老いた者。ほとんどが大学を出ていない。振り返るのは怖い」とあります。なぜ怖いのでしょう。

 「自分よりも後ろに並ぶ、貧困層を見るのが怖いのです。多くは黒人やヒスパニック系の移民です。彼らはあなたのことをうらやましがっている。それは事実として、白人こそが優遇されてきたからです。『なぜ自分は黒人や移民より列の前にいるのか』との問いに、『政府に優遇されたから』という答えは聞きたくない」

 ――あなたが調査を始めた2011年は、トランプ氏が、オバマ大統領はアフリカ生まれで大統領になる資格がないという虚偽情報を広める「バーサー運動」を熱心に始めた頃です。これは右派の物語に合致している気がします。「オバマは偽の出生証明書で行列に割り込み、前進したのだ」と。

 「その通り。『列の最前列にいるオバマを引きずり出し、行列の後ろに戻してやれ』『オバマには大統領になる資格がない。有資格者は、ブロンドヘアの私だ』と。トランプ氏は支持者に『皆さんを列の前に入れてあげます』というメッセージを送ってきた。米社会には多くの疑念や妄想があり、トランプ氏は、それが低い教育レベルや経済的な不安と密接な関係にあることを知っているのです。だからこそ彼は人々の心に潜む疑念を意図的にかきたててきた。人々の中にある疑念が、彼にとっては支持を集めるための資源です」

 《私(金成)は中西部に通い、トランプ氏の支持者の取材を続けている。取材拠点として借りたアパートは家賃5万円。地元高校の同窓会や酒場、病院などで話を聞き、彼らの自宅に上がり込んで取材をした。すると、彼らの多くは「話を聞いてくれてありがとう」と言ってくれる。彼らは話をしたがっている、といつも感じていた。》

 ――どうやって南部の人々と信頼関係を築いたのですか。

 「驚くほど簡単でした。話を聞けたのは彼らのおかげ。彼らが熱心に語りたがったのです。私も『どうやってここまで話を聞けたのか』と聞かれますが、答えは『彼らが話したがった』です」

 ――講演などで、「バブル」という言葉を使っていますね。どういう意味ですか。

 「沿岸部にあるバークリーはコスモポリタンで多民族で、教育レベルが高い。関心は地元だけでなく世界に向いている。そんな(似た者が集まる心地よい)バブルの中での暮らしから外に出ないと茶会は理解できない。バークリーの人々は、ルイジアナ州の右派の人々について『なぜ、トランプに投票できるのか』と首をかしげている。右派の人々もそれを知っている。ある人は私に『バークリーやニューヨークの人々が私たちを見下して、私たちを間抜けで、教育不足で、田舎者と思っていることを知っている』と言いました」

 ――南部の人たちを面白おかしく描写する番組を見かけます。

 「テレビには、超優秀で模範的な家庭を築いている黒人のオバマ大統領が映っている。同時に、リベラル派が南部の白人を笑いものにしている番組もある。南部の人々は両方を見ている。あるコメディアンが番組で、銃を持った若者がマクドナルドへ入っていく姿を笑いものにした。『そもそもなんでマクドナルドに行くんだ』とコメントした時、私は『ダメだ』と思いました。『もっとましなレストランへ行け』という含みがあるからです。彼らはエリートからの文化的な辱めに(南部)地域への偏見だけでなく、階級的なさげすみも感じているのです」

 ――著書で60~70年代、社会的な仕組みの改良に的を絞っていた左派の運動が、個人のアイデンティティー(女性やアジア系、性的少数者など、それぞれの属性)の主張を中心に据えた活動へと変化した、と指摘しています。「社会の同情を得るには、ネイティブ・アメリカンか女性かゲイでありさえすればよくなった」「これらの社会運動は、列に並んでいた年配の白人男性というグループには目もくれなかった」と。

 「60年代の社会運動は人種横断的、宗教横断的で、倫理的な問題に取り組んでいた。しかしブラックパワー運動が始まり『白人は来るな』と言い始めたときに、運動の衰退が始まった。いま欠けているものは、異なるグループを横断する連合体です。例えば、ブラック・ライブズ・マター(黒人の命も大切だ)運動に参加している人が、人種を問わず貧しい子への支援をしている人や、環境汚染の最大の被害者はマイノリティーだと主張する運動家と協力し合う。それが大事。トランプ氏を支持する40%の人々に呼びかけるには連合体を形成する必要がある。(集団の特性を重視する)アイデンティティー政治は連合体を形成する際の最大の妨害の一つです。大学にも『私は黒人』『アジア系だ』『レズビアンだ』『女性だ』と主張するバブルがありますが、それらの主張が活動を支配することは間違っています」

 ――グローバル化の影響は。

 「列を前へ進んでいる人がいる一方で、自分は進んでいない。こういった感情は世界的なトレンドのようです。右派の勃興がハンガリーやイタリア、ロシア、フランス、オーストリア、スイスに広がっている。グローバル化が新たな『持てる者』と『持てない者』を生み出した。トランプ氏は下品で加虐的ですが、彼の政策は40%の支持者に訴えかけている。西側のリベラル、民主党がしなければならないのは、グローバル化の敗者のための政策です。南部の貧困層などを退けるのではなく、彼らに訴えかける必要があります」

 ――リベラル派の課題は?

 「民主党自身が90年代のクリントン政権下で真ん中に寄り、支持者になる可能性がある人々の関心を失ってしまった。民主、共和両党に共通することですが、『政党は私を代弁していない』と言われている。ブルーカラー労働者、全ての職種、全ての人種に響く綱領が必要です」

 「私は四つの行動を提言しています。(1)報道の自由と独立した司法制度を支え、民主主義の支柱を強化すること(2)政党の綱領を改良すること(3)投票率が低かったミレニアル世代を投票所に行かせること。以上3点は立場の違う人と話す必要がなくやれることです」

 「4点目は、向こう側の人々に近づくことです。2012年にオバマ氏に投票した有権者のうち、推定で650万人から800万人が16年にトランプ氏にスイッチしました。トランプ氏の支持者は、大きすぎて無視できません。バブルから出て彼らと連携する道を探るべきです。原則を曲げなくてもよい。まずは、あなたの話に耳を傾ける人々と話し、彼らの声を聞くべきです。深刻な時代にゆっくりしている余裕はありません」

 「私は、ここまで米国の方向性に恐怖を覚えたことはありませんでした。でも私は(民主主義を脅かす勢力に)勝てると思っています。米国の民主主義は今ストレステストを受けていますが、左派が現実的な行動に移れれば、勝機はあります」

     *

 Arlie Hochschild 1940年生まれ。カリフォルニア大学バークリー校の名誉教授。近著に「壁の向こうの住人たち――アメリカの右派を覆う怒りと嘆き」(岩波書店)。

2018年11月9日 米中間選挙
トランプ氏の不機嫌な朝 「ほら始まった」と質問遮った
   https://digital.asahi.com/articles/ASLC93391LC9UEHF004.html?iref=pc_rellink

【動画】トランプ氏がCNN記者と会見で激しく口論(Youtubeに投稿された米大統領府の動画から)

 アメリカのトランプ大統領に対する「信任投票」だった6日の中間選挙。上院は与党・共和党が過半数を維持、下院は野党・民主党が8年ぶりに過半数を奪還する見通しが判明した6日夜、トランプ氏は「今夜はとてつもない成功だ。みんなありがとう!」とツイートした。早々と「勝利宣言」をしたのだ。

トランプ氏、CNN記者と会見で口論 出入り禁止に
米中間選挙、世界はどうなる 特集はこちら
【2016年の写真特集】ランハム裕子が見た米大統領

 事前に発表されていた翌7日のトランプ氏の予定は「公式行事なし」。でもきっと緊急記者会見を開いて、言いたいことを言うだろうな。そんな予感がした。

 予感は的中した。7日早朝、同日午前に記者会見を開くとサンダース報道官がツイート。ホワイトハウスに出入りする報道関係者なら事前登録なしで会場に入れる「オープンプレス」に設定された。なるたけ多くの報道機関に取材してほしい。そんな狙いが透けて見えた。

 会見は午前11時半スタート。世界が注目する中間選挙後初のトランプ氏の生発言だけに、朝から多くの報道陣がホワイトハウスに駆けつけた。集合場所は混乱状態。あちこちで「押すな!」「俺はお前より先に来た。なぜ俺の前にいる?」などの叫び声が飛び交った。

アメリカの中間選挙で、下院は野党・民主党に過半数を奪還されたものの、上院は与党・共和党が過半数を維持し、「とてつもない成功」と6日夜にツイートしたトランプ大統領。でも翌日の記者会見では終始不機嫌でした。レンズを通してトランプ氏を追ってきたフォトグラファー、ランハム裕子の報告です。

長くなりそうな予感

 会見場所はホワイトハウスで最も大きい「イーストルーム」。トランプ氏が赤じゅうたんを歩いて演壇に上がる姿を、報道陣のカメラに映るようアレンジされていた。

 会見場を見渡すと、何かが足りない。トランプ氏の会見でいつも置かれている、原稿を表示するモニターが、今日は置かれていない。トランプ氏はアドリブでやるかもしれない。会見は長くなりそうだ。

 会見開始の予定時刻から30分後、トランプ氏がペンス副大統領と現れた。落ち着いた様子でほほ笑みを見せるペンス氏の隣で、トランプ氏はうつむきがちで不機嫌な表情。何とも対照的だった。  会見が始まっても、トランプ氏はまったく笑顔を見せない。話し始めて30秒もたたないうちに、自身に批判的なメディアに対する不満をぶちまけた。「敵意に満ちた報道にもかかわらず共和党は勝利を収めた」

 これまでホワイトハウスの記者会見で鋭い質問を繰り返してきた米CNNの有名記者ジム・アコスタ氏の質問の番になった。アコスタ氏が「選挙運動の終盤にあなたが出した声明について聞きますが」と切り出すと、トランプ氏は口をとがらせて「ほら始まった」と質問を遮った。

会見場がリングに

 その瞬間、私の頭の中でゴングが鳴り響き、イーストルームがボクシングのリングに変わった気がした。

 アコスタ氏が、中南米から米国を目指す「移民キャラバン」について「(米国を)侵略するものではない」と発言すると、トランプ氏は「わざわざ教えてくれてありがとう」と返した。

 トランプ氏は選挙戦終盤、移民キャラバンに矛先を向けた。より良い暮らしを切望して米国を目指すキャラバンの人々に「犯罪者集団」のレッテルを貼り、「正体不明の中東出身者も混じっている」という根拠のない話まで持ち出し、「米国を侵略しようとしている」とあおった。

 アコスタ氏が「なぜそのような位置付けをするんですか?」と問うと、トランプ氏は「そもそも君と私は意見が異なる」と反撃し、「君は私に国の運営を任せるべきだ。君はCNNを運営すればいいじゃないか」と話題をすり替えた。

 アコスタ氏はあきらめず、2年前の大統領選でロシアがトランプ陣営の肩をもって選挙に介入したとされる「ロシア疑惑」について、「捜査状況を質問させて下さい」と迫った。

 その瞬間だった。トランプ氏の表情が一気に険しくなった。

5回も「もう十分だ」

 トランプ氏は「もう十分だ」と5回言った後、左手の人さし指を突き立てて、「ロシア疑惑の捜査については何も心配していない。あれはでっち上げだ」と強調。続けて「君はとても失礼で、ひどい人間だ」とアコスタ氏を非難した。

 トランプ氏はいらだった様子で、質問を拒否するかのように、いったん演壇を離れた。すぐにでもこの場を立ち去りたいような印象を受けた。

 次に質問しようとした米NBCの記者が「アコスタ氏は一生懸命働いているだけだ」とかばうと、トランプ氏は「君のことも好きじゃないね」となじった。

 その後も記者からトランプ氏の政治姿勢などに批判的な質問が続き、そのたびにトランプ氏は「フェイク(うその)ニュース!」などと反撃した。

 会見は約90分続いた。途中、フォトグラファーの何人かは「やれやれ」とカメラを置いた。

 会見後、会場にいた記者たちがアコスタ氏に「大変でしたね」などと言葉をかけてねぎらった。アコスタ氏は「温かい言葉をありがとう」と笑顔で感謝した。(ワシントン=ランハム裕子)