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S400迎撃ミサイル:米は中露イランと戦争できない 田中宇のニュース解説
金相場抑圧の終わり 田中宇のニュース解説
田中宇を調べると、ビックリする
参考のため、田中宇の自己紹介
知のディズニーランド、ハーバード大学
【 05 】07/04~
07 04 (水) 田中宇の国際ニュース解説の二つ
きょうは合衆国の独立記念日です。 アメリカの大きな行事の日です。
明治維新と同じほど大事な時期になっているので、田中宇のニュースの二つを取り上げておきます。
S400迎撃ミサイル:米は中露イランと戦争できない
2019年6月20日 田中 宇
米国のトランプ大統領が好戦的なボルトン補佐官らに引っ張られてにもイランと戦争を始めそうな感じを、マスコミ報道が醸成している。イランは、米国を挑発するかのように、ウラン濃縮を再開し、核協定JCPOAで定められた300キログラムの濃縮ウランの備蓄上限を、6月27日に突破しようとしている。イランがこのまま上限を超えてウラン濃縮を続けたら、イランの核武装を恐れる米国がイランを先制攻撃しかねない。中東大戦争・第3次世界大戦が起こりそうだ。大変だ、大変だ。ご隠居、てーへんだ・・・。そんな風な展開が報じられているが、これは(笑)である。 (Iran's enriched uranium stockpile to surpass 300 kg from June 27) http://tanakanews.com/190615iran.htm(安倍イラン訪問を狙って日系タンカーを攻撃した意図)
すでに米軍は事実上、イランに戦争を仕掛けられない。米国がイランを本気で先制攻撃する姿勢を見せたら、イランはロシアから新型の迎撃ミサイルs400を買って配備し、米軍のミサイルや戦闘機をかなりの割合で迎撃できる能力を持つ。ロシアは今のところ、イランに対し、17年ごろに一つ前の迎撃ミサイルであるS300を売っているが、米イラン間の敵対に配慮し、イランから頼まれてもS400を売っていない。だが、ロシアとイランは外交的にかなり親密だ。米国が本気でイランを攻撃するなら、その前にロシアがイランにS400をもたせる。大型トラックに載せた可動型の設備なので配備は数日で完了し、米国のパトリオットより有能らしい。S400は、米軍が繰り出すすべてのミサイルや戦闘機を迎撃できるわけでないが、米軍は戦闘機などを撃墜され、大きな犠牲を払うことになる。 (Putin Has Rejected Iran's S-400 Missile Request Over Soaring Gulf Tensions)
トランプが本気でイランへの先制攻撃に踏み切る場合、米軍や同盟諸国から強い反対を受ける。すでに反対を受けているので、トランプは「イランと戦争せず、交渉したい」と言っているし、「トランプはイランと戦争したくないが、側近のボルトンが戦争したがって暴走している」という(ことにする)報道が流布している。トランプは今後、イランと今にも戦争しそうな演技をさらに激化するだろう。イランとの戦争を容認できない米国上層部の軍産や議会、同盟諸国は、何とかしてトランプとイランとの戦争を食い止めようとする。それは「イランの肩を持つロシアや中国の協力も得て戦争を回避するしかない」という話につながり、トランプが意図する米単独覇権から多極型覇権への転換が進む。 http://tanakanews.com/190516iran.htm(イラク戦争の濡れ衣劇をイランで再演するトランプ)
ここ数日、国防長官に昇格するはずだったシャナハン長官代行がとつぜん辞任する展開も起きている。シャナハンは軍事産業であるボーイングの人だが、彼が辞めた後の国防長官代行には、同じく軍事産業であるレイセオンの副社長から国防総省に入ってきていたマーク・エスパー陸軍長官をトランプが指名した。トランプは、ボーイングやレイセオンの経営者たちに国防総省を乗っ取らせ、自分が「腐敗した好戦的な軍産」であるかのような演技を混乱の中で展開しつつ、トランプ自身や米国政府、米国覇権に対する世界からの信用を意図的に失墜させる策をやっている。 (Boeing Out, Raytheon In: Shanahan Quits as Acting SecDef)
覇権放棄屋、軍産潰し屋のトランプは、もともとイランと戦争する気など全くなく、軍産以上に好戦的に振る舞うことで軍産の政権支配を麻痺させる戦略をとっているだけだ。だが、トランプの戦略の真相について語る以前に、ロシアのS400やS300がイラン、シリア、レバノン、ベネズエラ、中国などの非米・反米諸国にどんどん配備されている現状をふまえると、米国はすでに、非米・反米諸国に対して戦争を仕掛けることが、犠牲が大きすぎて不可能になっていると言い切れる。対米従属=官僚独裁の維持のため、日本のマスコミや専門家たちは今だに「米国は天下無敵だ」と喧伝するが、それは間違いである。 (Venezuela puts S-300 air defense on operational readiness, satellite imagery shows)
米国は近年、イラク、シリア、リビア、アフガニスタンなどへの軍事攻撃を行なってきたが、これらの国々はいずれも迎撃用の軍備をほとんど持っていなかった。イラクは国連制裁で軍備を丸裸にされた上で米軍に侵攻された。近年の米国は、楽勝できる状況下でしか戦争しない。 (S-400 missile system - Wikipedia)
これまでロシアは、米国の戦争戦略を批判しつつも、米国が敵視して侵攻しようとする諸国を擁護して迎撃ミサイルを配備するようなことはしなかった。冷戦後のロシアは、米国の好戦性を批判しつつも、米国の単独覇権体制を容認してきた。だが、米国が覇権放棄的なトランプ政権になった後、プーチンのロシアは、トランプが放棄していく覇権を積極的に拾い集める姿勢に転換した。最近、貿易戦争で米国に制裁された中国が、ロシアと組んで米国の覇権を押し倒す気になったため、中露が米国の覇権を肩代わりしていく今後の道筋が見えてきた。今後、米国がどこかの国を侵攻する気になったら、ロシアはその国にS300やS400を譲渡し、米国が侵攻できないようにする。 http://tanakanews.com/190613russia.php(米国の覇権を抑止し始める中露) http://tanakanews.com/190609uschina.php(米中百年新冷戦の深意)
今や中露にとって、米国が気持ちを入れ替えて善良な単独覇権国に戻るのを待つより、トランプの覇権放棄策に便乗して覇権の一部を中露が肩代わりして世界を多極型に転換していく方が手っ取り早い。世界が米国の単独覇権体制に戻ることは二度とない。ロシアはさらに新型の迎撃ミサイルS500を開発中だ。ロシアの迎撃ミサイルは、米国の覇権を不可逆的に解体している。米国が、どこかの国と戦争することは、もうない。トランプは、政権初期に演技的なシリアへのミサイル攻撃をやっただけで、それ以外の新たな戦争を何もやっていない。2期目のトランプ政権が2024年に終わるころには、世界の覇権の多極化と、米国の覇権低下が不可逆的に進み、ドルの基軸性も低下し、その後の米国がどんな政権になろうが、中露と対立しない戦略しかとれなくなっているだろう。米国は、もう戦争しない。多極化によって、世界は平和になっていく。 http://tanakanews.com/180825israel.htm(ロシアの中東覇権を好むイスラエル)
ロシアが迎撃ミサイルを使った国際政治を展開してきた一つの例がシリアだ。17年4月にトランプが、米政界の軍産勢力に見せるための演技としてシリアをミサイル攻撃した時、シリアにはアサドパパがソ連から買ったS125など古い型のソ連製の迎撃ミサイルが配備されていた。トランプの命令で、米軍は地中海の軍艦から59発のトマホークを発射した(1発が不発)。このうち標的に当たったのは23発だけで、残りの36発は、旧型の迎撃ミサイルによって迎撃されたか、もしくはロシア軍が行なっていた電波妨害によってトマホークの精密誘導装置が不能にされて海上などに落ちたと考えられている。旧型の迎撃システムでも、露シリアは米軍のミサイルの61%を迎撃できた。 http://tanakanews.com/170408syria.htm(軍産複合体と正攻法で戦うのをやめたトランプのシリア攻撃) http://tanakanews.com/170411syria.php(ミサイル発射は軍産に見せるトランプの演技かも) (Syrian Air Defense Force - Wikipedia)
(迎撃率は、重要な軍事機密なので不明だし、使用条件によって大幅に変わるが、米露とも最新型の短距離の迎撃率はかなり高そうだ。長距離になると当たらなくなるが) http://tanakanews.com/120423aegis.htm(あたらないミサイル防衛) http://tanakanews.com/080917missile.htm(米ミサイル防衛システムの茶番劇) (US Missile Defense ‘Success’ Doesn’t Translate to Battlefield Readiness)
この後、ロシアはシリアにS300を配備することを検討したが、米国とイスラエルが反対したため見送っていた。シリアにはイラン系の地上軍勢力(民兵団)が多数駐留し、イスラエルにとって大きな脅威だった。米覇権衰退後の中東の覇権をとることを意識していたプーチンは、イランとイスラエルをバランスすることを重視し、あえてS300のシリア配備を見送った。だが18年9月に、シリアを領空侵犯してイラン系の軍事施設を空爆したイスラエル軍機が、シリア軍からS125による迎撃を受けた際、近くを飛行中のロシア軍の偵察機の影に隠れ、イスラエル軍機でなくロシア軍機が迎撃されてしまう誤爆事件が起きた。プーチンはこれに怒り、イスラエルが横暴したのでやむを得ず(という口実で)シリアにS300を配備した。しかしその後も、イスラエル軍機のシリア領空侵犯時にS300が発射されることはなく、ロシアはイスラエルに配慮している。 (Russia says to give Syria S-300; plane incident to harm Israel ties) (Russia gives Iranian/Hizballah forces in E. Syria first S-300 missile shield)
このようにロシアは、国際政治のバランスを考えながら迎撃ミサイルを販売・譲渡している。最も親しい中国とは次世代のS500の共同開発を進めているが、米国と対立するイランには、とりあえずS300を売った後、S400を売るかどうかは米国の出方しだいになっている。シリアでは、イランとイスラエルのバランスを勘案しつつS300を譲渡・運営している。ロシアはレバノンにもS300を売っているが、これによってイスラエルは自由にレバノン南部を空爆できなくなった。 (Beirut asks for Russia’s air defense net to cover Lebanon as well as Syria)
ロシアは、NATO加盟国で(形式上)米同盟国であるトルコにもS400の売却を決めている。米国は、トルコがS400を買うことに猛反対しており、トルコがS400を買うなら米国はF35ステルス戦闘機をトルコに売らないぞと言っている。S400は、敵のミサイルや戦闘機の侵入を察知するためレーダーが常時作動しているが、レーダーで集めた情報はいったんロシアの軍事司令部に送られるため、トルコにS400が配備されると、トルコ国内での米軍などNATO軍機の動きが即時にロシア側に伝わってしまう。 (NATO Member Turkey Turns to Russia for Air Defense Cooperation) (Russia to start deliveries of S-400 to Turkey in July)
ロシアは特にF35のステルス性能を知りたがっており、トルコ上空を飛ぶF35の動向をロシアがS400のレーダーで把握して分析することで、世界に配備されたS400やS300がF35を迎撃できる能力が上がる。S400は、F35のようなステルス機を迎撃するための新機能が売りだ。米国は、トルコのエルドアン大統領の独裁的な政治姿勢を批判し、米金融界がトルコの金融システムを攻撃しており、報復としてトルコはイランと仲良くして米国を怒らせている。米トルコ関係はすでにかなり悪い。F35は高価なくせにシステムの致命的なバグがいくつもあり、できそこないの戦闘機だ(日本は対米従属維持のため、不具合で墜落してポンコツが露呈しても喜んで買い続けている。王様の新しい服はとても美しい!)。 (US denies willingness to talk over S-400 concerns with Turkey) http://tanakanews.com/170307trump.php(トランプ政権の本質)
トルコは、F35をあきらめてS400を買うことを決めた。米トルコ関係が決定的に悪化すると、トルコはNATOを離脱するが、それはNATO自身の解体の引き金を引きかねない。そのため米英の軍産はトルコを敵視したくないが、軍産のふりをした反軍産であるトランプやネオコンはここぞとばかりにトルコを敵視し、米トルコ関係を悪化させている。トランプ政権は、トルコを経済制裁する準備を始めている。 (Trump Planning "Economy Crippling" Sanctions Against Turkey Over S-400 Purchase) (Pence Issues Turkey Ultimatum: "Choose Between Remaining NATO Member Or Buying Russian S-400")
トルコのほかインドも、米国の反対を押し切ってロシアからS400を買っている。ロシアの軍備は安くてコスパが良い。米国の軍備は高価なうえに性能に疑問があり、おまけにいったん米国製の顧客になると政治的に対米従属を強いられ、全体的なコスパが非常に悪い。米国に気兼ねしない非米的な親米諸国は、すでに米国製よりロシア製の兵器を好んでいる。S300やS400の普及は、米国の軍事産業に致命的な売り上げ不振を招いている。 (Why The S-400 Is A More Formidable Threat To US Arms Industry Than You Think) (U.S., India Sign Military-Intelligence-Sharing Agreement)
昨年9月には、トランプ政権下の米軍が「中東の安全維持よりも中国やロシアに対抗することの方が優先なので」と言って、中東のヨルダン、バーレーン、クウェートのアラブ3か国に配備してあったパトリオット迎撃ミサイルを、他のどこかの国に移転配備するためと称して撤去してしまった。3か国は、代わりの迎撃システムも配備されないまま放置されている。中東では、無茶なイラン敵視やイスラエルべったりのパレスチナ問題など、米国への不信感が増大している。この状態が続くと、そのうちヨルダンなど3か国は、米国から迎撃システムを買うのをあきらめ、代わりにロシア製を買うことになりかねない。覇権放棄屋のトランプは、まさにそれを狙っているふしもある。アラブ諸国の中ではすでにカタールがロシアからS400を買う交渉をしている。 (S-300s in, Patriots out: US to withdraw missiles from 3 Middle East countries) (Qatar confirms talks with Russia to purchase S-400 system despite Saudi threats)
金相場抑圧の終わり
2019年6月27日 田中 宇
6月20日、金地金の相場が、この数年間の事実上の相場上限だった1オンス1350ドルを越えて急上昇した。金相場はその後1350ドル以下に戻らず、1400-1450ドルの範囲で上下している。 ("Somebody" Finally Cares About Gold)
金地金は、基軸通貨であるドルの究極のライバルだ。ドルは1971年まで金本位制(ブレトンウッズ体制)の中にあり、ドルの価値は金地金に依存し、ドルは金地金に支配され、金地金はドルより上位にあった。だが1971年のニクソンショック(金ドル交換停止)でドルと金の連携が切れた後、ドルは金地金に反逆した。金地金や金本位制が古臭いものとして切り捨てられる一方、ドルは85年の米英金融自由化の開始以降、レバレッジを拡大して負債の上に負債を重ねる「債券金融システム」として生まれ変わり、08年のリーマン危機まで30年あまりの金融バブル膨張を経験した。 (金地金の復権)
米国覇権の放棄と覇権の多極化を目指していたニクソン大統領は、戦後ドルを過剰に発行し続けた挙句に引き起こされた金ドル交換停止によって、ドルと米国の覇権を崩壊させようとしたのだろう。だが、ニクソンの敵である米覇権運営側(金融界、諜報界)は、ドルが債券金融システムとして金地金と無関係に価値をふくらませていくのだと人々に信じこませる新体制(プロパガンダ本位制、バブル本位制)をマスコミや権威筋を動員して構築した。71年以来起きていることは、金地金に対するドルのクーデター、価値の覇権の乗っ取り、長期的な価値の歪曲である。 (ニクソンショックから40年のドル興亡)
30年間の債券金融システムは結局のところ「ドルはいくら増刷しても価値が減らないんだ。無から有を生み出せるんだ」と人々を軽信させ続ける巨大なネズミ講、錬金術だった。ネズミ講を軽信する人々は金融投資によって大儲けした半面、金融システムをネズミ講だと批判する人々は得しないばかりでなく、「間抜けな素人」「陰謀論者」として馬鹿扱いされた。自分は賢いと思っている大方の人々がどちらの側につくべきかは、明らかだった。 (陰謀論者になったグリーンスパン)
だが、バブルやネズミ講はいずれ行き詰まって崩壊する。00年のIT株バブル崩壊あたりから、債券金融システムの30年間のネズミ講の行き詰まりが始まった。00年まで1オンス200-300ドル台だった金相場はそれ以降、上昇過程に入った。ドルと債券のネズミ講が行き詰まり、バブルが崩壊して、古臭くて野蛮な金本位制的なものが忽然と復活していく過程が、この時点からすでに始まっていたことになる。 (暴かれる金相場の不正操作)
しかし、人類を軽信させるネズミ講の威力はすごかった。金相場が上昇基調に入る前後の99-02年の底値の時期に、英国政府は、それまで大事に持っていた金地金の備蓄の半分を売却してしまった。最近の「EU離脱」につながる英国の自滅策の発露である。おそらく、米国だけでなく英国の上層部(諜報界)にも巣食っている多極型覇権体制の信奉勢力(隠れ多極主義者。資本の側。ロスチャイルド!)が、戦後の米国覇権体制の黒幕である英国を自滅させることで多極化を促進する(英国に多極化を妨害させない)ため、英国の政府やエリート層を騙して自滅策を取らせている。 (Sale of UK gold reserves, 1999–2002 - Wikipedia) (資本の論理と帝国の論理)
英国の金売却に象徴されるように、30年の債券金融バブルが行き詰まりを強めても、エリート・支配層を含む人類のほとんどはそれに気づかず、金融システムが詐欺であり、それが行き詰まっていると指摘する人々が素人・馬鹿扱いされる状況が今日まで続いている。 (中央銀行がふくらませた巨大バブル)
00年に1オンス200台だった金相場は、ドルと債券金融ステムが崩壊したリーマン危機の08年に1000ドルを超え、2012-13年には1800ドル台まで高騰した。だがこの時期、リーマン後のバブル延命策である米国系中央銀行群によるQE策(ドル増刷による債券の買い支え)が定着し、QEで作られた資金の一部を使って金先物(現物とのつながりが実は詐欺である金ETFなど)が売られ、地金の実需でなく先物売によって金相場を引き下げる体制が加速した(金相場引き下げの体制はリーマン危機直後からあった)。14年以降、金相場が1350ドルに達するたびに引き下げが発動されて急落する状態が続いてきた。ドルの基軸通貨性(覇権)を維持したい米国の金融界・諜報界は、永久に金相場の上昇を防ぎたかった。 (操作される金相場) (操作される金相場(2))
14年以来、金相場は抑圧された日々を送ってきたが、この時期は同時に、それまで(後進国だったがゆえに)世界の金相場の価格形成に全く関与していなかった中国が、金相場の形成に関与するようになり、しだいに中国が金相場の主導権を(米英の隠れ多極主義勢力によって)握らされていった、潜在的な転換期でもあった。人民元はこの時期、IMFのSDRに入れてもらうなど国際化が進んでいた。中国は上海に国際的な金相場を作り、人民元を金本位制を意識した通貨にすることで人民元の国際化をやりやすくしようとした。 (人民元、金地金と多極化)
世界的な金相場の価格形成の権限は、覇権的な権限の一つだ。戦後、表向きの覇権が英国から米国に移った後も、世界の日々の金相場の形成は、米覇権の黒幕である英国のロンドンで行われてきた。そんな覇権行為である金価格形成の決定権を「敵」である中国に与えてしまって良いのか、という疑問が湧く。だが「金地金は古臭い、時代遅れの資産」という「プロパガンダ本位制」の(歪曲された)価値観に基づくなら、金価格形成の決定権を中国に与えることは「米英が中国にゴミを押し付ける」のと同じであり、むしろ米英が「省力化」のために積極的にやるべきことになる。 (「ドル後」の金本位制を意識し始めた米国と世界)
中国は14年から上海金市場を整備し、人民元は16年からSDRに入れてもらい、17年末には米日欧の中央銀行群によるQEが終わりになった(米連銀からQEを肩代わりさせられていた日欧中銀がQEを終えていく姿勢になった)。中国側の主導で金相場が上昇していくかに見えた。だが結局、中国側は金相場を押し上げず、相場は1350ドルまで上がった後に再反落した。中国側が出てこないのを見て、米国側はどんどん相場を引き下げ、半年後の18年(昨年)夏には1オンス1200ドルまで下がった。中国側は、金相場の下落を看過した。これは中国側が、いずれ起きるドル崩壊(金高騰)の前に、自国(政府と民間)の金備蓄を増やしておくため、金相場の低迷をむしろ好んでいたからかもしれない。 (金本位制の基軸通貨をめざす中国) (金相場の引き下げ役を代行する中国)
今回、1350ドル以下への抑圧を破って金相場を上昇させたのも、おそらく中国側だ。6月20日以降の何度かの急上昇は、中国(上海)市場が開く朝方(とくに午前9時すぎ)に起きている。中国側が金相場に上昇に踏み切った理由は、トランプの米国が中国に理不尽な貿易戦争を吹っかけ、それが長期化することが確定的になり、これまで米国と共存共栄する体制をしばらく続けても良いと考えていた習近平の中国が、米国(ドルや米国債)の覇権体制を引き倒して多極化を早めた方が良いという考え方に転換(バランス戦略の中で、共存共栄より覇権引き倒しの割合が増加)したためだ。 (中露に米国覇権を引き倒させるトランプ)
トランプは以前から、覇権放棄策を強めて中露への覇権の押し付け(多極化)を進めたいと考えてきたが、以前は米国上層部の軍産(諜報界)に阻まれてできなかった。だがトランプは、軍産との暗闘でしだいに優勢になり、今年3月にはトランプ支持者のウィリアム・バーを司法長官に据えることに成功し、バーが軍産のトランプ潰し策の中心だったロシアゲートの濡れ衣性を暴露していき、軍産がトランプに潰される傾向が強まった。トランプは好き勝手にやれるようになり、中国やロシア、イラン、インド、トルコなど、非米反米諸国が米国への敵視を強めるよう誘導する好戦策を多方面で強化し、中国とロシアが結束して米国覇権の引き倒しにかかるよう仕向けた。 (米国の覇権を抑止し始める中露) (スパイゲートで軍産を潰すトランプ)
この誘導に乗って、6月5日に習近平がロシアを訪問し、プーチンと一緒に、米国の覇権(ドルの力など)を抑止しつつ、ユーラシアから米国の影響力を追い出していく新戦略を宣言した。米国とドルの覇権を抑止するには、金地金の力を強める(金相場を抑圧から解いて上昇させる)ことが必要だ。そのため、中国は6月20日に金相場を上昇させての抑圧から解放したと考えられる。この仮説に基づくなら、今後、金相場を1350ドルに向けて再下落させようとする動きがあった場合、中国当局が金相場に介入し、1400ドル以上の水準を保とうとすると予測される。明日以降はわからないが、今のところ金相場は1400ドルを超えた水準で推移している。 (中露に米国覇権を引き倒させるトランプ)
「中央銀行の中央銀行」と呼ばれるBIS(国際決済銀行)は3月29日、世界の銀行の財務諸表における金地金の位置づけを、それまでのコモディティ(商品)とみなす扱いから、通貨とみなす扱いに事実上変更した。金地金を通貨とみなすことは、「古臭い」はずの金本位制の世界に戻る方向を示している。ドルが金地金を抑圧(政治犯扱い)して作った今の債券金融システム(プロパガンダ本位制)が行き詰まって崩壊寸前になっているので、BISつまり金融界でさえもが、金本位的な体制に「先祖返り」して金地金を再び通貨とみなす「名誉回復」をせざるを得なくなったと考えられる。 (Is March 29, 2019 the Day Gold Bugs Have Been Waiting for?) (Gold & Basel 3: A Revolution That Once Again No One Noticed)
ここ数日、金相場が急上昇すると同時に、中露などがイランにドルを使わない国際決済を許す動き(ドル放棄、米国の権威に対する無視と反逆)、米軍がアフガニスタンから撤退する動き、ロシアがイスラエルとイランを仲直りさせようとする動き(米国は同席しつつ傍観)、トルコがNATOを捨ててロシアやイランに接近する動き、習近平が北朝鮮を訪問し、6月29日ごろにはトランプが金正恩と板門店で会うかもしれない動き、トランプが日米安保条約を破棄したいと表明したこと、中国が昨年、日本に対して安保協定を結びましょうと提案していたことが今ごろ報じられたことなど、米国覇権の放棄と多極化の動きが多方面で一気に加速・表面化している。(これらはいっぺんに起きているので今は書けない。改めて書く) (China ‘wants new security relationship with Japan’ as US trade war leaves Beijing looking for friends) (Moscow seeks Iran-Israel compromise at Jerusalem security chiefs meeting) (U.S., North Korea in Informal Talks for Third Summit, South Korea’s Moon Says)
また、明日からのG20サミットではトランプの覇権放棄的な演技が予測され、米国覇権の低下が露呈しそうだ。フェイスブックのリブラも、ドルのライバルとして出てきた。もう一つのドルのライバルであるビットコインも急騰している。米露イランが同席した6月18日からのロシア主導のウファでの安保会議も、日本で全く報じられていないがとても重要だった。などなど、例が多すぎて全部列挙しきれない。これらの地政学的な急進展は、地政学的な資産である金地金の相場上昇と、矛盾なく合致している。金相場は米国と中国の対立を示している観があり、今の習近平の中国は米国に負けない姿勢を示している。金相場が1350ドル以下に戻ることは、中国が米国に負ける印象になる。中国は、こうした印象を世界に持たれることを好まない。これらの地政学的な状況からみて、金相場が今後再び1350ドル以下に向けて急落下していく可能性は低いと考えられる。 (Will US and Iranian officials be at Russia’s Ufa meeting together?) (If Gold Pulls Back, It Will Most Likely “Be Short and Shallow”) (フェイスブックの通貨リブラ:ドル崩壊への道筋の解禁)
とはいえ、この記事を書いているうちに金相場が下がってきた(笑)。1400ドルをぎりぎり維持しているだけだ。最後は弱気に書いておく。政治的な長期の覇権動向と、短期の相場の上下が日々連動するとは限らず、私の政治分析が、明日以降の金相場を正確に予測していると自信を持って言うことはできない。時期的なズレが(場合によっては年単位で)発生し、私の予測が外れるかもしれないので、実際の投資は自己責任で行なってください。私自身は、投資をお勧めしません。 (金地金の多極型上昇が始まった??)
田中宇を調べると、ビックリする
田中宇の国際ニュース解説<http://tanakanews.com/>を呼び出すとすべてはそこで分かります。
まずは自己紹介を紐解くことがよいです。 彼の学びの姿に驚くのです。 我が子や孫をこんな環境においてやることがその子のためにもいいと思う。 ぜひよぉーく読み取りたい。
次に情報源がある。 英語を日本語と同じように読めることが前提だろう。 読めるようになる、話せるようになる、書けるようになる、漱石を見てもそうだったが、この情報源を見ただけで驚くではないか。 学而第一はすべての基本になる。
以前の記事を見ると、これまた驚嘆の一語に尽きる。 私の思うのに、スタッフの構成はどのようなのか書いてないからわからないけれど、国際ニュースの最前線を担う誇りを持った人たちの集団に違いない。 興味が尽きずこれほど長くニュース解説をしている日本の組織は他にはないのではないか。
ここで働く人たちは、将来の在り方を絶えず求めそれを実現しようという誇りがあるのだろう。
赤文字は手元にある本
① トランプ革命の始動 覇権の再編(花伝社)2017/4/15 1250円
アメリカ「超帝国主義」の正体(小学館文庫)2018/10/1 1円
② 金融世界大戦 第三次大戦はすでに始まっている(朝日新聞社)2018/4/23 41円
ハーバードで語られる世界戦略 (光文社新書)2014/8/22 1円
イラクとパレスチナ アメリカの戦略 (光文社新書)2014/8/22 1円
アメリカ以後~取り残される日本~ (光文社新書)2014/8/22 1円
米中論~何も知らない日本~ (光文社新書)2014/8/22 1円
タリバン (光文社新書)2014/8/22 1円
イラク (光文社新書)2014/8/22 1円
③ 世界経済ほんとうの話(PHP)2011/12/2 1円
④ 日本が「対米従属」を脱する日(風雲社)2009/12/10 1円
⑤ メディアが出さないほんとうの話(PHP)2009/1/16 1円
⑥ 世界がドルを棄てた日(光文社)2009/1/23 100円
非米同盟 (文春新書)2004/8/21 1円
辺境 世界激動の起爆点2003/12/16 2円
米中逆転 なぜ世界は多極化するのか? (角川oneテーマ21)2010/6/10 1円
仕組まれた9.11―アメリカは戦争を欲していた2002/3 269円
国際情勢の事情通になれる本―世界の動きはこんなにエキサイティング (PHP文庫)2001/11 1円
イスラムVSアメリカ 「これから」を読み解く5つの視点2001/10 56円
国際情勢の見えない動きが見える本―新聞・テレビではわからない「世界の意外な事実」を読む (PHP文庫)2001/6/1 1円
神々の崩壊―はっきり見えてきた国際政治経済の実像!1999/2 67円
マンガンぱらだいす―鉱山に生きた朝鮮人たち1995/9 2990円
(定価はアマゾンで安値のもの。送料がかかる)
出版物 site:http://tanakanews.com/
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参考のため、田中宇の自己紹介を載せておきます
名前・・田中 宇 (たなか・さかい)
宇宙の「宇」と書いて「さかい」と読む。「宇」には、空間、広がり、家といった意味のほかに、境界、ひさし、家の隅、世界のはずれなどの意味もあり、それで「さかい」と読めるとか。
私がどういう経緯で「国際情勢解説」を書くに至ったかについては、1999年の「Hotwired Japan」のインタビュー記事が面白く書けています。私が言いそうなことは、当時から10年以上たってもあまり変わっていません。 (なお、そこに出てくるNetAttacheというプログラムは、もうダウンロードできません。自動巡回ソフトを使わず、ブラウザで一つずつ記事を見て、カット&ペーストしてテキスト形式で保存するやり方の方がいいです。2016年から中国onyx社のbooxシリーズのT68という、eペーパーが画面のandroidタブレットで読み込みと執筆をしています。booxは、1日10時間、外国語の記事を読み続けても目が痛まない、私が知る限りほぼ唯一の、テキスト文書の書き込みができる使い物になる機種です)
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履歴
1961年5月7日生まれ、東京育ち。
1986年に大学を卒業後、繊維メーカー勤務1年を経て共同通信社に入社。京都支局で警察や市民運動を取材。京都の山間部に住む在日朝鮮人をテーマにしたノンフィクション「マンガンぱらだいす」を書き、出版する。
1990年から、大阪経済部でバブル崩壊後の金融事件を担当。 1993年から、東京の産業部、経済部でゼネコン汚職、自動車産業、東南アジア経済などを取材。(私は共同通信時代の大半を経済系の部署で働いた。外信部に勤めたことはない)
1996年春、共同通信社内で、アメリカの通信社から送られてきた英文記事を翻訳する部署(株式会社共同通信社・情報編集局)に異動。そこで英文メディアの底の深さを知り、このサイトを作ることを思い立つ。その年の夏から、サイトに載せた解説記事のメール配信も始め、雑誌などで紹介されるようになった。
1997年4月、マイクロソフト・ネットワーク(MSN)がインターネットによる報道機関を作ることになり、誘われてマイクロソフトに入社。8月に「MSNジャーナル」を立ち上げた。毎週1―2本ずつ国際ニュースに関する解説記事を書くとともに、他の筆者陣の原稿を編集する。
1999年2月、国際ニュース解説記事をもとに「神々の崩壊」を出版。
1999年7月から2000年3月まで、文化放送の「えのきどいちろう意気揚揚」にレギュラー出演。国際情勢を解説。(2000年3月末で番組終了)
1999年10月、会社の方針転換により、自らの生業と考えてきた執筆・編集以外の分野の仕事も求められるようになったため、独立して活動することを決定。12月にマイクロソフトを退社。
2000年8月から2001年6月まで、妻の留学に同行してアメリカのハーバード大学に遊学。(「知のディズニーランド、ハーバード大学 」参照)
知のディズニーランド、ハーバード大学
2000年9月21日 田中 宇
記事の無料メール配信
私は8月下旬から、アメリカ東海岸のボストンに住んでいる。私の妻がハーバード大学に留学することになったので、それに同行して東京から引っ越してきた。妻はジャパンタイムス(英字新聞)の記者をしているのだが、1年間会社を休職し、「ニーマン・フェロー」という、ジャーナリスト向けの特別研究員の制度を使い、ハーバードにやってきた。(妻は大門小百合 - Sayuri Daimon - という旧姓で記事を書いている)
来てみて分かったことだが、ハーバード大学は「知の蓄積」に関して、世界有数の規模を持っている。しかも、近くにはマサチューセッツ工科大学(MIT)、ボストン大学、タフツ大学など、ハーバードに匹敵する質の高い研究機関を持つ大学がいくつもある。
私は毎週、国際情勢に関する解説記事を書いているため、大学で行われる国際分野の講義や講演会などに、なるべく参加するようにしている。ところが、その数があまりに多く、興味を引くテーマの複数の講義や講演会が同じ時間帯に重なっていることもしばしばで、最も面白そうなものだけしか出ていないのに、非常に忙しい日々を送る結果となっている。
たとえば昨日(9月20日)は、昼12時から2時まで、カフカス地方(ロシアの南)の地域紛争の和平交渉に携わってきた学者のミニ講演会と、遺伝子組み換え技術がメキシコの農業にどのような影響を与えそうか、というセミナーが重なっており、カフカスの方を選んで行った。
昨夜8時からは「インターネットがアメリカの政治にどんな影響を与えるか」というテーマで、VOTE.COMとSLATEという2つの政治・評論系サイトの代表者を呼んで討論会があった。大学内のケネディ行政大学院の学生食堂で行われたが、会場にはフィンランドの元首相とエクアドルの前大統領も来ており、挙手をして質問していた。元首相らは行政学院に招かれている特別研究員である。
一昨日には「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の著者として知られるエズラ・ボーゲル(ハーバード教授を今春退官)が「なぜ日本はナンバーワンでなくなったか」というテーマで講演した。彼はかなりの有名人だが、参加者は50人ほどで、気軽に質問できる雰囲気だった。
ボーゲル氏は、日本はまだまだ可能性があり、4-5年後には再び力を取り戻しているだろうと予測していた。同じ時間帯には「最終局面に入ったアメリカ大統領選挙を分析する」という行政大学院のセミナーが重なっており、そちらには行けなかった。
その前日には、ハーバードから地下鉄で2駅離れたMITで、サミュエルソン、ソロー、モディリアニという3人のアメリカ人ノーベル賞経済学者が一同に会する講演会があった(英文の詳しい説明はこちら)。
演題の中心は、アメリカのこれまでの50年間の流れを総括し、今後50年間の変化を予測するものだったが、予測の部分は新聞などで広く語られているものと同じで、その点は期待はずれだった。MITは今後も毎月に近い間隔で、各分野のノーベル授賞者を呼んで講演してもらう計画だという。
▼無料で昼食つきの講演会やセミナー
これらの講演会やセミナーはすべて無料で、大学に関係ない人も参加できる。しかも昼どきのセミナーなどは、ハンバーガーなど簡単な食事と飲み物が無償で用意されている。開催日時は各研究所や学部のウェブサイト( 大学のトップページから探索していける)に出ているか、掲示されていない場合は、サイトの担当者に電子メールを送ると、定期的に催事情報をメール配信してくれる。(例:中南米に関する連続セミナー)
ハーバードには、東アジア、中央アジア、中近東、アフリカ、中南米など、地域問題の研究所が10か所以上あり、その多くは毎週1回とか月に1-2回の定期的な公開イベントを持っている。週末前後の金曜日と月曜日を避けたがる講演者が多いため、講演会やセミナーは火・水・木曜日の昼どきに集中している。このほか、金曜日の午後にゆっくりと語る、というスタイルのセミナーもある。
ハーバード大学には、いくつかの美術館や博物館があるので、芸術や文学、歴史、科学、医療などの分野の学術イベントも膨大にある。多すぎて、それらの情報までチェックしている余裕がないのが私の現状だ。
私はこのほかに、ハーバード大学と、近くのタフツ大学のフレッチャー大学院(国際問題の専門大学院)の授業を、あわせて3つほど聴講し始めている。フレッチャーの授業は国際移民とグローバリゼーションに関するもので、私が最近配信した移民に関する連続記事は、その授業をとる準備の一環として書いたものだ。ハーバードではアメリカの大統領制についての授業も聞き始めたので、その方面の記事もいずれ書けるかもしれない。
このように、無数の授業や講演会、音楽や美術などのイベントなどの中から、面白そうなものを見つけて参加するという日々は、まさに「知のディズニーランド」にいるかのようだ。たくさんのアトラクションの中から好きなものを選んで一日をすごすという、ディズニーランドの遊び方に似ているからである。
▼大学を活性化するフェローシップ制度
私の妻が参加したニーマンフェローの理念は、アメリカと世界から職歴5-15年ぐらいの中堅キャリアのジャーナリストたちを毎年25人ばかり招待し、この「知のディズニーランド状態」を1年間楽しんでもらい、ジャーナリズムの発展に役立てようというものだ。奨学金はくれないが、授業に無料で参加(聴講)できる。
ニーマンフェローの制度を運営するニーマン財団は、ミルウォーキー・ジャーナルという新聞の創設者だったL・W・ニーマンを記念して、彼の妻アグネス・ニーマンの提唱で、1937年にハーバード大学内に作られた。
ハーバード大学にはニーマンフェローのほか、外交官その他の官僚、企業の専門家や研究者、弁護士など、いろいろな職業の中堅キャリアの人々を特別研究員として招待する、さまざまなフェローシップ・プログラムがあり、相互に「知のディズニーランド」状態を生み出している。
フェローどうしの立食パーティのようなものがよく開かれるが、他の職業の中堅キャリアの人々と話をするだけで勉強になる。こうした状態は、大学自体の質を高め、学問の世界が各職業の現場から離れて机上の空論に陥ることを防いでいる。
先日パーティがあったフェローシップには、軍人と外交官が混在する陣容だったが、その中には、中国と台湾とアメリカの軍の関係者がおり、彼らは互いに談笑していた。こうした交流は、紛争解決の手段になるかもしれない、と感じられた。
私自身はフェローではないのだが、フェローと似たような生活を送っている。それはハーバード大学やニーマン財団が、配偶者に対してもフェロー本人に準じる待遇をするからだ。フェローと同じように授業を聴講できるし、学生証の提示が必要な図書館への入館や本の貸し出し用に特別貸出証をもらった。
ニーマンフェローの中には、配偶者もジャーナリストという人が他にも数組おり、フォトジャーナリストのフェロー本人(男)よりテレビ記者の奥さんの方が授業でよく見かけるというカップルもいる。
▼道場破りを歓迎する大学
最初は、配偶者を厚遇する大学の姿勢に感心したが、よく考えると、大学と何の関係もない人でも授業を聴講できるシステムであることが分かった。何曜日の何時から、どの教室でどんな授業をやっているか、大学のウェブサイトに大体出ているし、生協の書店でもコースガイドとして5ドルで売っている。
教授に聴講の申請をするときも、その授業に関心を持つ理由をはっきり説明できれば、外部の人であっても、おそらく誰でも大体歓迎されると思われる。ただし一般の学生と同様に、教官が指定する関連図書を読む宿題をこなすことが求められる。その量は、多いときには一回分の授業用が200ページを超える。全部を読み切れないので、数人で分担して読み、それぞれが自分の読んだ部分の要約を作り、それを交換した上で授業に臨むという学生がけっこういるようだ。
宿題の図書指定をウェブサイトに掲示する教授もけっこういるので、日本からボストンを旅行する人でも、事前に大学のサイトを見て日時を把握し、宿題を読んでおけば、学生顔負けの発言や質問をする「道場破り」が可能だ。アメリカの大学には、外部の人が来て意外な発言をすることが、大学を豊かにするという考え方があるように見える。知のディズニーランドは、知的プロレスのリングでもあるらしい。
例外的に、外部の人々を歓迎しないといわれるのは、ハーバード・ビジネススクールである。ここは、高い授業料収入と企業から流入する研究費などで非常に儲かっているにもかかわらず、外部の人々が金を払わずに授業を聴講しにくることを歓迎しない体質がある、とニーマン財団の人から聞いた。金持ちほどケチだという「ビジネスの原理」を自ら示しているかのようだ。
ハーバードの各大学院は独立採算制をとっており、ビジネススクールと対照的に清貧なのは、神学部だそうだ。他の学部は数年前から学生に電子メールのアカウントを配布していたのに、神学部はインターネットのサーバーを買う予算が足りず、昨年になってようやく電子メールが使えるようなったのだという。
▼アメリカの強さを支える大学教育
ハーバードの知の豊かさは、アメリカの政治経済の強さを支える一因となっていることは間違いない。MITで講演したノーベル賞経済学者たちは、過去50年間のアメリカの発展の一因として、高等教育の成功をあげていた。(反面、アメリカでは小中学校など初等教育が成功していないと指摘した)
そして対照的に、その翌日に講演したエズラ・ボーゲルは、日本でここ数年間に停滞がひどい分野の一つは、大学を中心とする高等教育だ、と指摘していた。特に国立大学は、文部省を頂点とする硬直化した官僚制度のため、時代の変化に柔軟に対応する教育や研究ができなくなっている、と語っていた。
ハーバードの学生はよく勉強している。図書館も深夜12-1時ごろまで開いている。宿題をこなさないと卒業できないという現実もあるが、勉強する楽しさを感じている人も多いはずだ。授業のシステムは、聴衆を引き付ける技術を持った教授の講義を聞き、指定された大量の本を読み、学生どうしで討論する会合に出るという「聞く・読む・話す」の3つの要素を組み合わせたもので、系統的に理解が進むようになっている。
ワシントンポストから来たニーマンフェローは「大学の周りを歩いている人々は、みんな幸せそうな、輝いた顔をしているので驚いた」という意味のことを言っていた。新学期が始まったばかりで、エリート大学に入れてうれしい新入生が多いせいかもしれないが、知的好奇心を満たされて幸せな人も多いのではないかと思う。(私もそのひとりだ)
最近の日本人の若者は勉強しない、物事を知らない、と言われるが、実は問題なのは若者(学生)の不勉強ではなく、学生の知的好奇心をかき立てる努力をしない先生(大学制度)の方なのかもしれない。すでに日本の大学関係者の改革努力は始まっているとも聞くが、日本の大学が「知のディズニーランド」として復活すれば、日本は昨今の停滞感から抜け出せるだろう。