SFとミステリーがごちゃまぜになったガイド本。石川氏は日本SF作家クラブの創設者の一人なので、SF寄りかと思いきや、結構無節操にジャンルにこだわらず作品への熱い思いを語っておられる。そういう“いいものはいい”というストレートな姿勢には、思わず好感を抱いてしまう。こうして見直してみると、やはりどれもジャンルを越えていい作品だし、時代を越えた今になってもやっぱりいいな、と思う。
史上最低の探偵とは誰か? 答えはドーヴァー警部。ドーヴァーは才女ジョイス・ポーターが創り出した、フランケンシュタインならぬ、もっとも駄目な探偵。外見、品性ともに最悪で、なおかつ捜査もいいかげん、という、当時はまさにホームズの対極といった位置づけだった。(今はけっこうリアリティあるかも)そんなヒドイ探偵にも関わらず、彼が人気を得ていたのは、ひとえに他の名探偵たちのあまりのかっこよさゆえだろう。世の中に偏ったものが溢れると、必ずそれに対するアンチテーゼが登場するのがイギリス。ドーヴァーはそうして生み出された探偵だったというふうに思える。しかし、そのあまりのグロテスクさ、あるいは時代の移り変わりのせいか、昨今はすっかり忘れ去られた感がある。最近の復刊ブームにも彼だけが見放されていて、なんだか気の毒だ。
そんなドーヴァー警部の全盛期(?)が偲ばれる、熱ーい紹介文。
“消失ミステリー”といえば、かつては立派な一ジャンルだった。筆頭はやはりクレイトン・ロースン、トニー・ケンリックあたりだろうか。しかし、ここでは消失トリックに関連してチェスタトン、クイーン、カー、乱歩などの名前まで挙げている。高笑いを残して闇に忽然と姿を消す犯人に、人々は夢中になった。“消失”ものの総括といった感じで、ちょっと今では分かりにくくなった“消える怪人”像などがダイレクトに伝わってくる。
総括という意味では、この章も必読。ポーから始まって、金田一、ホームズ、そして無論ルルー『黄色い部屋の謎』と、(なぜかカーが入ってない)間に乱歩の“トリック分類表”を織り込み、セイヤーズの名言「人間の創り方は一つしかないが、殺し方は無限にある」(すごいこと言いますね、女史は)を挟みつつ、最後はなんと『虚無への供物』で締めくくられているという、かなりクラシック感ただよう密室総括。味があった。
巻末には“ミニ推理・SF史”、“SF・ミステリー読書ガイド”まで併録されていて、とってもお得。SFとミステリーの起源から現代までの歴史や、おすすめ本などが紹介されている。もちろん昔(初版は1977年)の本ばかりだが、ジャンル別に言うと本格、ハードボイルド、サスペンス、警察小説、スパイ小説、冒険小説、ユーモア・ミステリ、など、その網羅ぶりは驚くばかり。最後のほうでちょっと競馬ミステリにも触れているところが笑える。(石川氏は現在、競馬評論家らしい)
全部読み通してみると、SFとミステリには意外なほど共通点があることに気づく。どちらもかつては“わくわくして、不思議で、怖い”という意味で同義語だったのだ。そういえば、ミステリ出版の大手である早川書房や東京創元社には、今でもその頃の名残がある。早川はかつてSFもポケミスから出していたし(今もSFとミステリの文庫の装丁が似てる)、創元にいたってはいまだにどちらも創元推理文庫から出版している。これを読むと、その頃の熱気が乗り移ったように、思わず、あれも読んだこれも読んだ、あ、これはまだ読んでない、と興奮してしまう。総括、論評だけでなく、読む楽しさを教えてくれる1冊。
ミステリに関心のない家族や友人の目に入るところにそっと置いておきたくなった。