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No.3 2017年01月24~25日 の記事から (その三)
  (1) 対日赤字、車に矛先 トランプ氏、「不公平」協議示唆
  (2) トランプの時代)強弁、日本車たたき トランプ氏「貿易、不公平」
  (3) 対米「対立も服従もしない」 北米自由貿易「堅持求める」  メキシコ大統領が演説
  (4) トランプ氏、建設容認へ オバマ政権が却下のパイプライン
  (5) トランプ革命の檄文としての就任演説  国際ニュース解説
      ①(Donald Trump inauguration speech: Read the full transcript)
      ②(トランプの経済ナショナリズム)
      ③(米国民を裏切るが世界を転換するトランプ)
      ④(世界と日本を変えるトランプ)
      ⑤(米大統領選挙の異様さ)
      ⑥(マスコミを無力化するトランプ)



No.3 2017年01月24~25日 の記事から (その三)

(1) 対日赤字、車に矛先 トランプ氏、「不公平」協議示唆
      ASAHI DIGITAL 1月25日
      http://digital.asahi.com/articles/DA3S12763613.html

トランプ氏が署名した大統領令

  * 署名した大統領令

      ① 米国をTPP交渉から永久に離脱させる
      ② 将来の貿易協定は一対一で交渉する
      ③ 米国の労働者の利益になる、公平な貿易協定を作る

  * 法律の制定

      ① 大統領の署名だけで法律を発令できる
      ② 通常は議会の議決による
         但し、議会は大統領令に反対する法律を作り、対抗できる

貿易に関するトランプ氏の発言

  日本では、我々が自動車を売るのを難しくしているのに、彼らは見たこともない大
  きな船に数十万台の車を載せてやってくる。 公平ではなく、話し合う必要がある

  TPPは正しい方法ではなかった


 トランプ米大統領は23日、日本との自動車貿易を「公平ではない」と批判し、貿易赤字を解消するために二国間で協議を始める考えを示した。環太平洋経済連携協定(TPP)から「永久に離脱する」とした大統領令に署名。日米の同盟関係を深めるはずのTPPが頓挫した上、貿易摩擦の懸念も出ている。▼2面=日本車たたき、11面=メキシコ大統領が演説

 ■TPP離脱、大統領令

 トランプ氏は「署名国から離脱し、TPP交渉から米国が永久に離脱する」とする大統領令に署名した。貿易交渉を担う米通商代表部(USTR)に対し、ほかの参加国11カ国に、文書で離脱を通告するよう指示した。国内総生産(GDP)で世界の4割、人口8億人の巨大経済圏を目指したTPPは破綻(はたん)した。

 トランプ氏は、大統領令のなかで「個別の国と直接一対一で将来の貿易交渉を進める」とも宣言。「米国第一」を掲げ、自国に有利になるよう貿易交渉を「二国間」で進めていく姿勢を強調した。

 大統領令を出す前には、ホワイトハウスで米国の企業経営者らと面談。「中国などで、ものを売るのはとても難しい」などと批判した後に、日本との自動車貿易について触れ、「日本では、我々の車の販売を難しくしているのに、数十万台の車が大きな船で米国に入ってくる」と日本を名指しで批判した。「公平ではなく、話し合わなければならない」として、日本に何らかの是正を求める意向を明らかにした。

 安倍政権は2月上旬以降に、日米首脳会談を行う方向で調整している。安倍晋三首相は24日の参院本会議で「トランプ大統領は、自由で公正な貿易の重要性は認識していると考えており、TPPが持つ戦略的、経済的意義についても腰を据えて理解を求めていきたい」と語り、従来の答弁を繰り返した。

 ■米大手3社に新工場を要請

 トランプ氏はまた、24日午前(日本時間24日夜)にホワイトハウスで、ゼネラル・モーターズ(GM)、フォード・モーター、フィアット・クライスラー・オートモービルズの米自動車「ビッグ3」のトップらを招いて会談した。トランプ氏は「必要のない規制を取りはらう」と話し、米国に新しい工場を作るよう訴えた。日本の自動車メーカーは招かれなかった。(ワシントン=五十嵐大介)



(2) (トランプの時代)強弁、日本車たたき トランプ氏「貿易、不公平」  
      ASAHI DIGITAL 1月25日
      http://digital.asahi.com/articles/DA3S12763660.html

 「TPP(環太平洋経済連携協定)から永久に離脱」「日本の自動車貿易は公平ではない」――。本格始動したトランプ米大統領が23日に投げかけたのは、日本への強烈な一撃だった。アジアの成長を取り込み、中国を意識した同盟強化を果たすという狙いが一転、厳しい貿易交渉を迫られかねない状況に陥り、日本は戸惑いを隠せない。▼1面参照

 ■輸出半減、関税ゼロなのに

 トランプ氏の発言が伝わった24日朝、日本の大手自動車メーカー幹部は怒りをあらわにした。

 「新大統領はあまりにも単純すぎる。国際ビジネスのことも、製造業のなんたるかも、分かっていない」

 大統領に就任すれば、現実的な対応に変わるのでは――。そんな淡い期待を裏切り、勢いを増すトランプ氏の「日本車たたき」だが、「言いがかり」ですまない影響も出つつある。この日の東京株式市場では、トヨタ自動車や日産自動車、ホンダ、マツダが1~2%程度値下がりするなど、自動車関連株が軒並み下落した。

 自動車業界には過去にも、米国に煮え湯をのまされた生々しい記憶が残る。

 繊維、鉄鋼、半導体……。米国は対日貿易赤字が広がった1960~90年代にかけ、特定の産業分野をやり玉に挙げて日本側に輸出の自主規制などの要求を繰り返した。とりわけ、80~90年代の日本車をめぐる貿易摩擦は強烈だった。

 90年代のクリントン米政権は、自動車や自動車部品の対日貿易赤字は「日本市場の閉鎖性が原因」と主張、数値目標つきの輸出規制などを求めた。日本の高級車に高関税をかける制裁の発動もちらつかせ、最後は日本メーカーが自主的に米国での生産を増やすことなどを決めて決着した。

 業界にとって、トランプ氏の言動は、当時の米国側の主張をなぞっているように見える。だが、日本メーカーの現地生産は進み、構図は大きく変わっている。

 ピーク時の86年に343万台あった日本から米国への自動車輸出台数は、2015年には160万台に減った。一方で、85年に30万台に満たなかった米国での生産台数は、384万台と10倍以上に増えた。米国内の日本の自動車関連産業の雇用者数は約150万人にのぼる。米国の貿易赤字に占める日本の割合も1991年の65%から減り続け、2015年には9%と、中国(49%)、ドイツ(10%)に次ぐ3番手だ。

 さらにトランプ氏は、日本での米国車のシェアが0・3%にとどまるのに対し、米国での日本車のシェアが40%近いという現状を問題視している。

 ■菅氏「事実誤認」

 これに対し、世耕弘成経済産業相は24日の記者会見で、「日本では米国の自動車に関税はまったくかからない。関税以外の部分でも日本車と比べて差別的な取り扱いはしていない」と強調。菅義偉官房長官は24日のBS日テレの番組で「(トランプ氏の批判は)事実誤認ですから。首脳会談をし、関係閣僚が説明していくことが大事」と述べた。

 日本は、6・4%だった自動車関税を1978年に撤廃しており、逆に今は米国が日本車に2・5%の関税をかけている。別の自動車メーカーの幹部も「そもそも米メーカーは日本市場を重視していないということを冷静に考えてほしい」という。実際、米フォード・モーターは昨年、日本市場から撤退したばかりだ。

 ただ、90年代の自動車交渉を経験した経産省幹部は「米国が無理難題を要求してくるのは以前も同じだった」と警戒感を強める。日本の自動車大手幹部も「米国の生産拠点がある州の議員に働きかけていかなければ」と話し、対応を急ぐ考えだ。(高木真也、青山直篤)

 ■対日赤字是正訴え「まるで80年代」

 「公平ではない。話し合う必要がある」。トランプ氏は23日午前、米大企業のトップを前に、日本との自動車貿易について、何らかの是正を求めていく考えを強調した。

 その後、ホワイトハウスの執務室で、TPPから離脱する大統領令に署名。「米国の労働者にとって素晴らしいこと」と誇らしげに書面を掲げて言った。

 「多国間」の貿易交渉にケリをつけ、貿易赤字を解消するために「二国間」の交渉に持ち込む戦略を描く。トランプ政権の経済ブレーンが照準を合わせているのが自動車産業だ。

 貿易政策の司令塔を担うナバロ国家通商会議(NTC)議長やロス次期商務長官は、域内の原材料や部品をどのぐらい使えば関税撤廃の対象にするかを決める「原産地規則」の見直しを狙っている。たとえば、トランプ氏が再交渉を求めている北米自由貿易協定(NAFTA)では、域内の部品を62・5%以上使った車は無関税としている。この割合をもっと引き上げて米国内の部品メーカーを使うよう迫るとみられる。

 気がかりなのはトランプ氏の「対日観」だ。この日の企業のトップとの会談で、トランプ氏は「日本では、我々の車の販売を難しくしているのに、数十万台の車が大きな船で米国に入ってくる」と語った。大統領選中も「何百万と車を送り込み、雇用を奪う」などと日本批判を繰り返した。

 こうした発言について、ニューヨーク・タイムズ紙は「80年代の対日観が更新されていない証拠」とし、貿易摩擦で対立した日本のイメージを引きずっていると指摘している。

 安倍政権が2月上旬以降で調整を進めている日米首脳会談でも、トランプ氏から何らかの是正策を求められる恐れがある。(ワシントン=五十嵐大介)



(3) 対米「対立も服従もしない」 北米自由貿易「堅持求める」  メキシコ大統領が演説
      ASAHI DIGITAL 1月25日
      http://digital.asahi.com/articles/DA3S12763587.html

 メキシコのペニャニエト大統領は23日、今後の外交方針について演説し、メキシコへの批判を繰り返すトランプ米大統領について「対立も服従もしない。解決策は対話と交渉だ」と述べた。31日にはトランプ氏との会談が予定されており、トランプ氏が見直しを突きつけてくるとみられる貿易や移民政策について、何らかの形で歩み寄りを見いだしたい考えだ。

 トランプ氏は米国、メキシコ、カナダが参加する北米自由貿易協定(NAFTA)について、再交渉を掲げる。米国向けが輸出の約8割を占めるメキシコ経済にとって、見直しは大打撃となりかねない。ペニャニエト氏は「3国間の貿易には、いかなる関税もかけられるべきではない。(協定によって)北米の競争力が高められる」と説明。「域内の自由貿易の堅持」を求め続ける考えを示した。

 またトランプ氏は、不法移民対策として国境にメキシコの負担で壁を建設するとも主張。不法移民の強制送還のほか、メキシコ移民が祖国に送金するのを停止する可能性にも言及してきた。

 ペニャニエト氏は「交渉で唯一求めるのは、国と国民の利益だ」と説明。今後の交渉では、メキシコ移民の人権尊重や、米国からの自由な送金の保障などを米国側に求めていくとした。

 一方で、米国からメキシコに武器が密輸され、メキシコ国内の治安が悪化しているとして、取り締まりのための協力を米国側に求める考えも強調した。

 ペニャニエト氏は「メキシコが信じるのは壁ではなく懸け橋だ」とも語った。

 メキシコのビデガライ外相とグアハルド経済相は25、26日、ワシントンでトランプ政権幹部らと会談を予定しており、安全保障や貿易、移民政策についての両国の本格的な交渉がスタートする。

 グアハルド氏は23日付の地元紙インタビューで「NAFTAの再交渉に応じる準備はできている」と表明。メキシコからの輸入品に高関税をかけるとするトランプ氏の主張について「対抗措置を取ることになる」とも述べた。(メキシコ市=田村剛)



(4) トランプ氏、建設容認へ オバマ政権が却下のパイプライン  
      ASAHI DIGITAL 1月25日
      http://digital.asahi.com/articles/DA3S12763586.html

 米メディアによると、トランプ大統領は24日、オバマ政権が環境保護などの理由から建設を却下した二つのパイプライン計画を認める大統領令に署名する。政府の規制を撤廃し、化石燃料の利用を進めるという公約を実行に移すものだ。環境保護団体などの批判が強まりそうだ。

 計画は、カナダ産の原油をテキサス州に運ぶ「キーストーンXL」と、シェールオイルの採掘が進むノースダコタ州からイリノイ州までを結ぶ「ダコタ・アクセス・パイプライン」。

 キーストーンXLは、オバマ大統領が国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP21)直前の2015年11月、建設を認める法案を可決した議会を押し切る形で計画を却下した。経済成長と環境保護の両立を図るオバマ政権の象徴的な存在だった。ダコタ・アクセス・パイプラインは、先住民らが抗議活動を続ける中、予定地を所管する米陸軍省が昨年12月、ルートの一部で着工を認めない方針を発表した。(ワシントン=小林哲)




(5) トランプ革命の檄文としての就任演説  国際ニュース解説
      田中 宇 1月24日
      http://digital.asahi.com/articles/DA3S12763586.html

 まず書こうとすることの概要。トランプは米国と世界に巨大な転換を引き起こそうとしている。全体像が膨大で分析が間に合わないので、とりあえず今回はトランプの大統領就任演説を分析する。演説は、米国を支配してきたワシントンDCのエリート層による支配構造をぶちこわせと米国民をけしかけている。トランプは米大統領という、支配層のトップに入り込んだのに、その地位を使って支配層を壊そうとしている。これは革命、クーデターだ。支配層の一員であるマスコミは、就任演説を否定的にとらえ、趣旨をきちんと報じない。リベラル派は反トランプ運動を強めている。おそらくトランプ陣営は、意図的に対立構造の出現を誘発している。概要ここまで。以下本文。 ①(Donald Trump inauguration speech: Read the full transcript)

 ドナルド・トランプが米大統領に就任した。彼は、米国と世界の政治・経済・社会状況に、大きな転換をもたらしそうだ。昨春に彼が有力候補になって以来、私は彼について何本も記事を書いてきた。最近の私は「トランプ情勢分析者」になっている。それほどに、彼は国際情勢の巨大な転換役となる感じがする。米大統領という、人類の覇権体制の中枢を占めた彼が、どんな戦略に基づいて、何をどこまでやれそうか、何を破壊して何を創設するのか、どこからどんな敵対・妨害・支援を受けるのか、全体像が膨大だし、曖昧・未確定・未言及な部分が多いので、読み込みや分析が追いつかない。とりあえず今回は、トランプが1月20日に発した大統領就任演説の分析をする。 ②(トランプの経済ナショナリズム) ③(米国民を裏切るが世界を転換するトランプ) ④(世界と日本を変えるトランプ)

 就任演説を読んでまず驚くのは「ずっと前から、ワシントンDCの小集団・エスタブリッシュメントだけが儲け、あなたたち米国民は失業や貧困にあえいでいる。だが今日からは違う。米政府はあなたたち米国民のものだ。(トランプが主導する)この運動は、米国の国家を(エスタブ小集団の支配から解放し)、米国民のための存在に変えるためにある」と明言し、米国民に対し、エスタブ小集団を権力の座から追い出すトランプの運動に参加するよう呼びかけていることだ。 (The Following Words Had Never Appeared In An Inaugural Address, Until Today) (Donald J. Trump takes the helm. What happens now?)

For too long a small group in our nation's capital has reaped the rewards of government while the people have borne the cost. Washington flourished but the people did not share in its wealth. Politicians prospered but the jobs left and the factories closed. The establishment protected itself but not the citizens of our country. That all changes starting right here and right now because this moment is your moment. It belongs to you. At the centre of this movement is a crucial conviction – that a nation exists to serve its citizens. (Donald Trump’s full inauguration speech transcript, annotated)

 米大統領は、米国を支配するワシントンDCのエスタブ小集団のトップに立つ地位だ。トランプは、自分がその地位に就いたのに、就任式の演説で、自分がトップに立つ支配体制をぶち壊したいので協力してくれと、国民に呼びかけている。しかもトランプは、これと同趣旨の演説を、共和党の候補の一人だった昨年初めから、何度も繰り返している。トランプは思いつきの出まかせばかり言う人だとマスコミは報じてきたが、全くの間違いだ。トランプは一貫して同じことを言い続けている。確信犯だ。 (Trump's Declaration Of War: 12 Things He Must Do For America To Be Great Again) ⑤(米大統領選挙の異様さ)

 ふつうの人は、大統領になったら、エスタブ小集団に迎合してうまくやろうとする。民主主義や人権といった建国以来の米国の理念を賛美し、世界の「悪」(独裁国家や社会主義)に立ち向かう決意を表明するのが、従来ありがちな大統領の就任演説だった。しかし、トランプは、そういうことを全く演説に盛り込まないどころか「中身のない話をする時は終わった。実行の時がきたのだ」(The time for empty talk is over, now arrives the hour of action.)と明言している。 (Donald Trump meant everything he said)

 トランプは、大統領になって米国の政権(エスタブ小集団)を握ったとたん、米国の政権を破壊し転覆する政治運動を、大統領として開始し、国民に参加を呼びかけている。これは革命だ。就任演説は、トランプ革命への参加を国民に呼びかける「檄文(召集命令)」となっている。演説は「私たち、あなた方(we, you)」といった米国民全体をさす呼称が多用され、「私(I)」がほとんど出てこない。トランプ自身が英雄になるつもりはないようだ。悪い権力構造を破壊して最後は自分も消される運命を予期しているのか。 ("We Are Transferring Power Back To The People" - Trump's Full Inaugural Speech) (Trump’s Declaration of War - Paul Craig Roberts)

 米支配層(エスタブ小集団)の一員であり、支配層による支配体制を「いいこと」として報じることが不文律的な義務となっているマスコミは、当然ながら、トランプ革命の檄文という就任演説の主旨を報じず、トンデモ屋のトランプがまたおかしな、危険なことを言っているという感じで報じている。米国民の中でも、大統領選挙でクリントンに入れ、トランプを嫌い続けているリベラル派の人々は、トンデモ演説とみなしているかもしれない。だがトランプ支持者は、よくぞ言ったと評価し、鼓舞されているだろう。米国は、トランプ支持者と、リベラル派(と軍産マスコミなど支配層)とが対峙する傾向を増している。 (Viewers SAVAGE BBC Newsnight for Obama BIAS as Donald Trump described as 'JOKE') ⑥(マスコミを無力化するトランプ)

▼トランプの魅力は、決して屈服しない強固な喧嘩腰

 トランプは選挙戦中から、中露イランや欧州、日韓など、同盟国や非米反米諸国との関係をいろいろ表明してきたが、それらは就任演説にあまり盛り込まれていない。政治面の個別具体策としては「古くからの同盟を強化しつつ、新しい同盟を作る。過激なイスラムのテロリズムをこの世から根絶するために世界を団結させる」という一文のみだ。

 このトランプの「テロ戦争」は、おそらく911以来の米国のテロ戦争と全く似て非なるものだ。従来のテロ戦争は、米支配層の一部である軍産複合体が、アルカイダやISといったテロリストを裏でこっそり支援しつつ表向きの戦いをやる、軍産エスタブ支配の永続を狙った恒久戦争の戦略だった。トランプのテロ戦争は対照的に、軍産が敵視するがゆえに軍産の傀儡でないロシアなどと協力し、米政府内の軍産(国防総省やCIAなど)に裏のテロ支援をやめさせつつ、アルカイダやISを本気で全滅する計画だろう。トランプ革命(エスタブ潰し)には、テロリスト(テロの脅威)を使って軍産エスタブが米国を支配する911以来の構造を壊すことが必要だ。 (Trump Inauguration Address Centers on Fighting Islamic Terror) ⑦(911十周年で再考するテロ戦争の意味)

 トランプは就任演説で「これまでわれわれ(米国)は、自国の国境を守ることを拒否する一方で、諸外国の国境を守ってやること(愚策)を続けてきた」(We've defended other nations' borders while refusing to defend our own.)とも言っている。「米政府は従来、米墨国境を抜け穴だらけに放置し、メキシコから違法移民が大量流入して米国民の雇用を奪うことを黙認する一方で、日韓やイラクの駐留米軍やNATOなどによって、大して米国の国益にならないのに諸外国の国境や領海を守ってやってきた。こんな悪い政策はもうやめる」という意味だ。トランプは「貿易、税制、移民、外交に関するすべての決定は、米国の労働者と家族の利益になるものにする」とも言っている。いずれも、選挙戦中から彼が言ってきたことだ。 (Why Donald Trump's Inaugural Address Matters)

 貿易政策で度肝を抜かれる一文は「保護(主義、Protection)は、大きな繁栄と(国家や経済の)強さにつながる」というくだりだ。世界的に「極悪」とされてきた保護主義をみごとに肯定している。「これまで何十年も、われわれ(米国)は、自国の産業を犠牲にして外国の産業を儲けさせてきた。自国の軍隊をすたれるままにしつつ他国の軍隊に資金援助してきた。米国のインフラを整備をしない一方で外国に何兆ドルも支援してきた(今後これらのことを全部やめる)」とも言っている。 (New President, New World Patrick Buchanan)

For many decades, we've enriched foreign industry at the expense of American industry, subsidised the armies of other countries, while allowing the sad depletion of our own military. And spent trillions and trillions of dollars overseas while America's infrastructure has fallen into disrepair and decay.

 これらもすべて選挙戦中からトランプが言っていたことだが、意味するところは「覇権の放棄」である。戦後の米国は、世界の単独覇権国として、基軸通貨と基軸貯蓄ツールであるドルと米国債を世界に持ってもらうことで無限発行できる利得の見返りとして、自国の製造業をないがしろにしつつ世界から商品を旺盛に買い続け、世界の消費を底上げして世界経済の成長を維持する役目を担ってきた。この経済覇権の構造が、同盟諸国の軍隊を支援する軍事覇権の構造と合わせ、覇権国である米国が維持すべき義務だった。米国の覇権的な義務を放棄することで、米国の産業や雇用を一時的に再生しようとするのがトランプの経済戦略の要諦だ。 ⑧(トランプのポピュリズム経済戦略)

 覇権の利得で儲けてきた米国の支配層は、当然ながらトランプを敵視している。もしくは、トランプは支配層の一員になったのだから、儲かる覇権構造を意図して破壊・放棄したがるはずがないと考え、そのうちトランプは姿勢を転換するはずだと考えている。投資家の多くは、金儲けの視点しかないので、トランプが姿勢転換すると予測している。日本政府も、トランプの姿勢転換を予測してTPPに固執している。 ("It Remains A Mystery Why So Many Continue To Anticipate A Change In Trump's Behavior")

 だが実際には、トランプが姿勢を変えることはない。私が以前から何度も分析してきたことだが、米国の支配層の中には、ずっと前(第二次大戦で英国が米国に覇権を譲渡した直後)から、自国の覇権を意図的に放棄して多極型・分散型の覇権構造に転換しようとこっそり努力し続けてきた勢力(隠れ多極主義者)がいる。キッシンジャーやCFRつまりロックフェラーは、その一味だ。彼らは、多極分散型に転換した方が、世界は政治的、経済的に安定する(大戦争やバブル膨張・崩壊しにくい)と考えている。トランプは隠れ多極主義者だ。トランプは昔からでなく、大統領に立候補するに際して隠れ他極主義者になった。おそらく、隠れ多極主義者たちの方からトランプに立候補を持ちかけた。トランプが姿勢を変えることはない。 (Reagan And Trump: American Nationalists - Patrick Buchanan)

 多極主義者たちが感じたトランプの魅力は「決して屈服しない喧嘩腰」だろう。オバマもCFRに評価されて大統領になったが、オバマは沈着冷静で喧嘩しない。とりあえず軍産エスタブの覇権勢力の言いなりになり、その上で微妙な転換や歪曲策をやる。たとえばオバマは、シリアに濡れ衣戦争を仕掛けて途中でやめて意図的に混乱を招き、仕方がないといってロシアに軍事介入を頼み、シリアなど中東の支配権をロシアに移譲していくという、回りくどいことをやった。オバマの下ごしらえのおかげで、今やロシアや中国は、米国が捨てる覇権の一部を拾って自分のものにしてもいいと考えている(この数十年の世界において、覇権は奪い合うものでなく押し付けあうものだ)。 ⑨(米英覇権を自滅させるシリア空爆騒動) ⑩(アメリカの戦略を誤解している日本人)

 ビルクリントンは、覇権を軍事主導から経済主導に変えた。次のブッシュ政権は911とともに覇権を軍事側に戻したが、イラクで過激に(故意に)大失敗し、リーマン危機の対策(QE=ドルパワーの浪費)を含め、覇権を盛大に無駄遣いした。オバマもシリアやリビアやQEで覇権の浪費を続け、いまや米国の覇権は経済外交の両面で崩壊感が強い。ここで新大統領として、米中枢の覇権勢力(軍産エスタブ)に喧嘩を売り、覇権戦略の一方的な放棄、もしくは覇権運営どころでない米国内の内戦・内乱状態を作る無茶苦茶野郎が出てくれば、米国が放棄した覇権を、中露などBRICSやドイツ(いずれきたる再生EU)、イラン、トルコなど(日本=日豪亜も??)が分割するかたちで継承し、自然と多極化が進む。 ⑪(ますます好戦的になる米政界) ⑫(潜水艦とともに消えた日豪亜同盟)

 トランプは、こうした隠れ多極主義者のシナリオを引き受けることにして、大統領選に出馬して勝った、というのが私の見立てだ。トランプは、米国を主権在民に戻すと言っているが、それが最大の目標でない。最大の目標は、米国民を政治運動に駆り立て、米単独覇権を運営する軍産エスタブ、政界やマスコミの支配構造をぶち壊すことだ。近代資本主義の前提となる国民国家体制を作るためにフランス革命があったように、きたるべき時代の世界の基盤となる多極分散型の覇権体制を作るためにトランプ革命がある。 ⑬(覇権の起源)

 トランプが就任して米国の新たな混乱が始まったとたん、中国政府(人民日報など)は「米国の事態は、欧米型の民主主義の限界を示している。中国の社会主義の方が安定している」と豪語し、落ち目な米欧に代わって中国が世界に影響力を行使するという言説を発し始めている。ドイツの左派のシュタインマイヤー外相は「トランプの出現は、20世紀の古い世界秩序の終わりと、厄介な新たな事態の始まりを示している」と指摘している。 (China Says It Is Ready To Assume "World Leadership", Slams Western Democracy As "Flawed") (Trump’s presidency harbinger of troubled times ahead: German FM)

▼CIAを脅して味方につけ、マスコミを潰しにかかる

 戦後、覇権を牛耳る軍産支配を壊そうとした大統領はみんなひどい目にあっている。若気のいたりで冷戦を終わらせようとしたケネディは暗殺された。中国和解やドル潰しをやったニクソンは弾劾された(これらの教訓から、レーガンは目くらまし的な裏表のある政策をとって成功した)。トランプも、殺されたり弾劾されたりするかもしれない。しかし、軍産支配を壊そうとする黒幕のCFRなども、この間、知恵をつけてきている。黒幕に守られ、トランプは意外としぶといだろう。 ⑭(ニクソン、レーガン、そしてトランプ)

 トランプの目的は、米国の既存の支配層を潰して自分が独裁支配することでない。米国の支配層を潰し、その果実をBRICSなど他の諸大国が分散して受け取る新たな世界体制を作ることだ。トランプは、勝たなくても目的を達せられる。ただ喧嘩して壊すだけでいい。代わりの政体を作る必要がない。次の世界システムは、米国の覇権のしかばねの上に自然に生えてくる。 (The Trump Speech That No One Heard)

 大統領就任後、トランプの喧嘩の矛先はまずマスコミに向いている。就任式に集まった人々の数をマスコミが過小に報じたかどうかをめぐり、さっそく大統領府とマスコミが相互批判している。トランプ陣営は、マスコミと折り合っていく常識的な道筋をとっていない。 (White House Spokesman Slams Media Over "Crowd Size Comparisons" In Bizarre First Briefing)

 トランプは就任の翌日、CIA本部を訪れて職員を前に演説し、テレビ中継された。演説でトランプは、マスコミを「世界でもっともウソつきな人々」と非難しつつ「私はマスコミと戦争している。マスコミは、私が諜報界と喧嘩しているかのように報じているが、そんなことはない。私は就任後、真っ先にここに来た。私はみなさんを1000%支持する。マスコミは私を酷評するが、多くの人々が私の就任演説を支持してくれている。みなさんも支持してくれるよね」と述べた。 (Watch Donald Trump give first CIA speech and his 1,000% backing - full transcript)

 私から見ると、この演説が意味するところは、トランプがCIAに向かって「マスコミとの戦争で俺を支持しろ。これまでのように俺を不利にすることをマスコミにリークするをやめて、逆にマスコミを不利にすることを俺に教えろ。トランプ革命に協力しろ。そうすればお前らを優遇してやる。従来のように、俺を潰そうとするマスコミを支援し続けるなら、俺は逆にお前たちを潰すぞ」という二者択一を、テレビの前で迫ったことだ。 ⑮(トランプと諜報機関の戦い) (Why Trump's CIA speech was simply inappropriate)

 トランプはこの演説でもう一つ「われわれはISISを倒すしかない。他に選択肢はない」とCIAに通告している。CIAは軍産複合体の一部として、イラクやシリアなどでISISをこっそり支援してきた。それはトルコ政府も指摘する「事実」だ。トランプはCIAに行って「もうISISを支援するな。そうすればCIAを厚遇する。(逆に、こっそりISISを支援し続けるなら、お前たちもマスコミ同様、俺の敵だ)」と啖呵を切り、それをテレビで米国民にも知らせた。 (Trump's CIA speech reveals a challenge to America's 'deep state')

 これまでの、独自の諜報網がない米大統領なら、CIAは、大統領に知られないようにこっそりISISを支援し続けられたかもしれない。だがトランプにはプーチンのロシアがついている。露軍はシリアに駐留し、トルコやイランの当局とも通じているので、CIAなど米国勢がISISをこっそり支援し続けていたら、すぐ察知してトランプに通報する。トランプが就任前からプーチンと仲良くしてきたのは、米露関係自体のためだけでなく、米国内の軍産エスタブ潰しのためともいえる。 (Lifting of anti-Moscow sanctions an illusion: Russian PM)

 米諜報界では、オバマ政権で1月20日までCIA長官だったジョン・ブレナンが、現役時代から、トランプへの激しい敵視を続けている。ブレナンのトランプ敵視は、オバマや米民主党、リベラル派、軍産エスタブのトランプ敵視とつながっている。CIAなど米諜報界は今後、親トランプ派と反トランプに分裂する傾向を強めるだろう。国防総省とその傘下の業界も、軍事費の急増を約束しているトランプになびく勢力と、旧来のトランプ敵視を維持する勢力に分裂・内紛しそうだ。軍産内部を分裂させるのがトランプ陣営の作戦と感じられる。この分裂にオバマも一役買っている。 (Plan of neocon axis in Senate to spend $5 trillion on military could destroy US: Ron Paul) ⑯(得体が知れないトランプ)

▼軍産に取りつかれたマスコミやリベラルとトランプの長い対立になる

 トランプは、大統領就任後もツイッターの書き込みをさかんに続け、マスコミを迂回する情報発信をしている。FTなのに気骨ある分析を書き続けるテットは、トランプのツイートをルーズベルトの炉辺談話になぞらえて評価している。トランプ政権は、大統領府(ホワイトハウス)の大統領執務室の近くにあった50人収容の記者会見室を撤去し、代わりにとなりの建物に400人収容の記者会見場を設ける計画を進めている。従来の、大手マスコミだけが大統領の近くにいられる記者クラブ的な癒着状況を廃止し、大手以外のオルトメディアなども入れる大きな会見場を作る。 (Twitter: Trump’s take on the ‘fireside chat’ Gillian Tett) (Trump Team Responds: May Move White House Briefings To Accommodate More Than Just "Media Elite") ("They Are The Opposition Party" - Trump May Evict Press From The White House)

 トランプは、マスコミの特権を剥奪する一方で、イラク大量破壊兵器に象徴される軍産プロパガンダを「事実」として報じてきたマスコミへの敵視を続けている。米(欧)国民のマスコミへの信頼は低下し続けている。共和党系のFOXなど一部のマスコミは、トランプ擁護の姿勢に転じている。米国のメディア機能はすっかりインターネットが中心になり、ネット上ではマスコミもオルトメディアも個人ブログも大差ない。トランプの喧嘩腰は、軍産の一部であるマスコミを弱め、軍産と関係ないオルトメディアを強める。 ⑰(偽ニュース攻撃で自滅する米マスコミ) (The ‘Post-Truth’ Mainstream Media)

 マスコミや軍産と並んでトランプを敵視するもうひとつの勢力は、民主党系の市民運動などのリベラル派だ。この戦いは、大統領選挙のクリントン対トランプの構造の延長として存在し、トランプの大統領就任とともに、リベラル派の方から仕掛けられている。負けたクリントン、大統領を終えたオバマ、世界的に民主化を口実とした政権転覆を手がけてきたジョージソロスなどが、指導ないし黒幕的な面々だ。ソロスはダボス会議での公式演説で、トランプを倒すと宣戦布告している。 (George Soros Vows To ‘Take Down President Trump’) (Putin Warns Of "Maidan-Style" Attempt To Delegitimize Trump)

 草の根の右からのポピュリズムを動員して軍産エスタブを潰しにかかるトランプに対抗し、軍産エスタブの側は左(リベラル)の市民運動を動員している。もともと軍産は冷戦時代から、強制民主化、人権侵害の独裁政権の軍事転覆など、民主主義や人権擁護といったリベラルな理想主義を口実として戦争することを得意としてきた。イラク戦争を起こした共和党のネオコンは、民主党のリベラルから転じた勢力だ。リベラル派のお人好し(=人道重視)の理想主義が軍産に悪用されてきたが、今回また何十万人ものリベラル派が、トランプとの戦いに、軍産の傀儡にされていることも気づかずに結集し「トランプを強姦罪で弾劾しよう」と叫んでいる。トランプに反対するワシントンでの女性らの「自発的」な50万人集会を率いた人々のうち56人がソロスとつながりのある人だった。 (Ex-WSJ Reporter Finds George Soros Has Ties To More Than 50 "Partners" Of The Women’s March) (Beware the Rise of Left-Wing Authoritarianism)

 女性や有色人種、貧困層、都会の知識人を束ねているリベラルの運動を敵に回すのは、トランプにとってマイナスとも考えられる。だがリベラルと仲良くすると、軍産エスタブがリベラルのふりを展開してきた強制民主化・独裁転覆の戦争や、人権を口実にした格安労働者の導入である違法移民放置策、覇権とカネ儲けの策である地球温暖化対策などを否定しにくくなる。喧嘩好きのトランプは、リベラル全体を敵に回す荒っぽい策をとることで、むしろリベラルが不用意に軍産の傀儡になってしまっていることを浮き彫りにしている。 (Trump responds to protesters: Why didn’t you vote?) ⑱(まだ続く地球温暖化の歪曲)

 トランプと、リベラル派やマスコミ、諜報界、軍産エスタブとの戦いは、まだ始まったばかりだ。今後、延々と続く。すでに述べたように、この長い戦いは、トランプ陣営が好んで始めた計算づくのことだろう。対立が続くほど、トランプ側の草の根からの支持者の動きも活発になる。これぞ米国の民主主義のダイナミズムだ。誰もトランプ革命について語らず、自国のひどい官僚独裁政治にすらほとんど誰も気づいていない浅薄な日本から見ると、米国はラディカルで強烈ですごいと改めて思う。





①(Donald Trump inauguration speech: Read the full transcript)
      「折々の記」 ⑱9面 トランプ大統領就任演説〈1〉  ⑭8面 トランプ大統領就任演説〈2〉
      ⇒日本語 (http://park6.wakwak.com/~y_shimo/momo.695.html)




②(トランプの経済ナショナリズム)
      田中宇 2016年12月13日
      http://tanakanews.com/161213taper.php

 11月8日にドナルド・トランプが次期米大統領に当選して以来、米国の長期金利が上がり続けている。長期金利の基準である10年もの米国債の金利は、投票日に1・86%だったのが、その後の1カ月あまりで2・5%まで上がった。今後さらに上がって3%に近づくと予測されている。グリーンスパン元連銀議長は、いずれ5%にまで上がると言っている。 (10-Year U.S. Bond Yield Closes at 17-Month High) (Greenspan Predicts Bond Yields Rising As High As 5%)

 金利が上がるのは、トランプが1兆ドルという巨大規模のインフラ整備の公共事業を計画しているからだ。整備せず放置され、老朽化がひどい米国の交通や都市のインフラを整備するこの事業で、巨額資金が実体経済につぎ込まれることでインフレがひどくなり、長期金利にインフレ分が上乗せされるので金利上昇になる。まだトランプは大統領就任前だが、トランプが選挙に勝って金利上昇が予測された時点で上昇が市場に織り込まれ始め、金利がじりじりと上がっている。12月13-14日の連銀会合(FOMC)で短期金利の利上げが決まると、長期金利もつられてさらに上がりそうだ。 (Money Managers Have Never Been More Sure That Interest Rates Will Continue To Rise)

 金融市場ではこれまでも、米日欧の中央銀行が、通貨を巨額発行して債券を買い支えるQE(量的緩和策)によって、08年のリーマン倒産後、合計12兆ドルもの巨額資金を市場に注入している。だが、QEの資金は金融のマネーゲームの世界のみにとどまり、実体経済の方に入らないので、QEをいくらやってもインフレにならない。 ($12 trillion of QE and the lowest rates in 5,000 years.. for this?)

 QEは、リーマン危機後に崩壊状態が続いている「死に体」の債券金融システムを、あたかも生きているかのように見せるための救済策であり、永遠に続ける必要があるので、中銀群は、いくらやってもインフレにならないQEを「デフレ解消(インフレ誘発)」のための策であると発表して続ける、意図的な間違いを挙行している(米国は、基軸通貨であるドルを高め誘導するため、14年にQEをやめて日欧に肩代わりさせた)。 (QEやめたらバブル大崩壊)

 QEは、実体経済から離れた金融システムだけの動きなのでインフレにならないが、トランプが始めるインフラ整備は、実体経済への巨額資金注入なので、インフレになると予測され、それが米国の債券金利を押し上げている。インフレ率2%、10年もの米国債金利が3%ぐらいまでは、健全な状況の範囲内だが、それを大きく超えてインフレや金利上昇がひどくなり、グリーンスパンが予測する5%ぐらいになると、それは不健全な超インフレだ。何とかして金利を引き下げる必要があるが、超インフレは通貨に対する信用失墜を意味し、失われた信用を回復するのは時間がかかる困難な作業だ。歴史を見ると、超インフレに陥った多くの通貨が、信用を回復できず紙くずになって放棄され、代わりに新しい通貨が発行されている(それがまた超インフレになって放棄されることが繰り返されたりしてきた)。 (アメリカ金利上昇の悪夢)

 米連銀(FRB)のバーナンキ前議長は「金融システムに対してだけでなく、実体経済に対して巨額資金を注入してもインフレにならない」という理論を信奉し、ヘリコプターで空から人々に札束をばらまく方法での実体経済への資金注入策(ヘリコプターマネー政策)にも効果があると(非常識な)主張をして「ヘリコプター・バーナンキ」と揶揄的にあだ名されてきた。彼は連銀議長になってヘリコプターマネーをやれる立場になったが、実施しなかった。連銀内外で、彼の持論に賛成しない人が多かったからだ。彼自身、ヘリコプターマネーをやってインフレにならないと本当に考えているのかどうか怪しい。 (Kuroda set to dash hopes of `helicopter money' for Japan's economy)

 バーナンキは今年7月、日本銀行がQEで買える日本国債が市場に足りなくなり、日銀のQEが行き詰まり始めたとき、日本にやってきて安倍首相や黒田日銀総裁らと会い「QEがダメならヘリコプターマネーをやれ」とけしかけた。日本政府は、その提案を受け入れなかった。政府の財政赤字総額が先進国で最悪のGDPの2倍以上になっている日本でヘリコプターをやると、破滅的な超インフレになる確率が高い。日銀のQEは、自国のためでなく、米国の債券金融システムを救済するためで、米連銀がやるべきQEを肩代わりしている。米国勢は、日本がQEを続けられなくなって米国の債券市場が再崩壊するぐらいなら、日本に自滅的なヘリコプター策をやらせ、日本の犠牲のもとに米国が延命する方が良いと考え、バーナンキを日本に派遣して安倍や黒田に圧力をかけたのだろう。 (Japan policymakers to meet on markets, Bernanke to talk with Abe) (米国の緩和圧力を退けた日本財務省)

 バーナンキのヘリコプターの話を持ちだしたのは、トランプがやろうとしている1兆ドルのインフラ整備事業が、ヘリコプター策と同等の悪影響(超インフレ)をもたらしかねないからだ。トランプ当選後の米国の長期金利の上昇は、市場(投資家)が、そのような懸念を持っていることを物語っている。 (`Helicopter Money President' Trump To Create Inflation and Gold Will Rise)

▼覇権国としての利他的消費大国の責務を放棄して経済成長を引き出す

 とはいえ、トランプの大規模インフラ事業が、超インフレを引き起こさないシナリオもありうる。米国の実体経済を成長させつつインフラ整備を進めるなら、税収が増えるので財政赤字が増えず、インフレが悪化しにくい。オバマ政権時代にほとんど成長しなかった(成長したように見せかける統計粉飾ばかりの)米国の実体経済が、トランプになったとたんに成長するはずがない、と考えられがちだ。だが、オバマまでの米政権と、トランプは、一つの大きな違いがある。それは、従来の米政府が、米国の覇権体制の維持を重視してきたのに対し、トランプは覇権を放棄しようとしている点だ。 (ひどくなる経済粉飾)

 第2次大戦後、覇権国になってからの米国が常に進めてきたのは、政府の財政赤字や民間の負債を増やしつつ旺盛に消費し続けるとともに、米国以外の国々(最初は日本や西欧、その後は韓国東南アジア、最近では中国やインド)が製造業を発展させ、製品を米国に輸出して経済成長し、その国々の中産階級が育つように仕向けることだった。 (経済覇権国をやめるアメリカ)

 戦後の米国は覇権国として、世界経済を成長させ続ける責務を背負い込んだ。世界から輸入して旺盛に消費するのは、覇権国としての責務だ。その代わり、米国の負債(米国債や社債)は、世界的に信用度の高い(=金利の低い)債券として、貿易黒字を貯め込んだ対米輸出国がどんどん買い込んだ。ドルは、唯一の基軸通貨として、いくら刷っても世界がほしがる備蓄通貨であり続けた。この覇権システムを維持したため、米国の製造業はすたれ、米国のインフラは整備されず老朽化したまま放置された。覇権システムを利用し、紙切れの債券を高く世界に売りさばく金融界が、米国を支える業界になった。 (飢餓が広がる米国)

 覇権研究が禁じられている(大学にその道の専門家が全くいない)敗戦国の戦後日本では、覇権を国民国家の狭い枠組みでしか考えられず「覇権運営者も米国民なのだから、米国の発展を何より優先するはずだ」といった思い込みが席巻している。だが実のところ、米国の覇権運営者は、米国自身の発展や米国民の幸福を二の次に考えている。「国際主義=インターナショナリズム」は、対米従属の日本で「良いこと」ととらえられているが、米政界においては、米国自身を重視する「ナショナリズム=米国第一主義」を「孤立主義」として排斥し、覇権に群がる勢力(投資銀行、国際企業、軍産複合体など)の利益を最優先にする考え方だ(日本の国際化教育は従属教育でしかなく大間違い)。 (アメリカを空洞化させた国際資本)

 覇権に群がる人々は近年、米国という国家でなく、米国の投資銀行やネット企業(グーグルとか)を新たな受け皿(ビークル=乗り物)として、覇権を運営する新システムまで開発し、それをTPPやTTIPとして具現化しようとした。彼らにとって、従来の覇権の受け皿だった「国民国家」は、選挙や社会保障など、めんどくさい手続きや「無駄」が多く、非効率で時代遅れだ。 (大企業覇権としてのTPP) (覇権過激派にとりつかれたグーグル)

 トランプは、このような米覇権システムの「効率化」や「(運営者にとっての)進化」に、真っ向から対立するかたちで、大統領選挙に出馬した。覇権運営者の中に、国家を捨てる覇権の進化策を阻止したい者たちがいて、彼らがトランプを大統領選に押し出した(対照的にクリントンは、グーグルやJPモルガンなど覇権の進化を目指す勢力と結託した)。トランプは、米国の製造業を復活させると豪語し、TPPに反対し、製造拠点を外国に転出させる米企業に報復的な課税をすると言いつつ、ラストベルト(五大湖周辺)の失業者など覇権運営の犠牲者たちをけしかけて、エリート敵視・トランプ支持の政治運動を引き起こし、選挙に勝った。 (米大統領選と濡れ衣戦争)

 トランプは、米国内での油田やパイプラインなどエネルギー開発を規制していた環境保護政策を破棄しようとしている。これは一般に環境の悪化につながると考えられている。だが、覇権の視点でとらえると、従来の環境保護への過剰な重視は、米国内のエネルギー開発を抑止することで、中東やその他の産油国からの輸入に頼らざるを得ず、シーレーンの確保を含め、米軍を世界中に駐留させ、世界中の国々の内政に干渉し続けねばならない覇権運営優先の国家体制を維持するための歪曲策だったとも考えられる。かつて、トランプと同様に国内エネルギー開発規制の撤廃をめざしたブッシュが政権についた時は、911テロ事件が(自作自演的に)引き起こされ、ブッシュは逆に中東の戦争に没頭させられた。 (米国民を裏切るが世界を転換するトランプ)

 延々と回り道の説明をしたが、要するに、トランプは、これまでの覇権運営優先・国内実体経済の発展軽視の風潮を破壊し、米国の覇権を放棄する代わりに、国内実体経済(国民経済)の発展を最優先する経済ナショナリズムをやろうとしている。これまでの覇権優先の体制下で、意図的に諸外国に無償供与されてきた「米国民に商品を売る権利」を、米国民を雇用する米企業の手に引き戻そうとしている。これまで米国にどんどん輸出して儲けてきた中国に対し「米国からもっと買わないと、台湾を冷遇する『一つの中国の原則』を守ってやらないぞ」と脅すという、新たな「非常識」を展開している。 (Trump questions 'one China policy' without Beijing concessions)

 トランプは、他の国々にも同種の前代未聞な揺さぶりをかけていくだろう。これまで米国が意図的にないがしろにしてきた国内産業の振興をトランプが進め、外国勢でなく米国の(国際企業でなく)土着企業を儲けさせる政策が奏功するなら、米経済は意外な成長を始めるかもしれない(これまでの意図的なないがしろが見えないようにされてきただけに、新たな成長が「意外な」ものになる)。この手の成長が始まれば、大規模なインフラ整備が超インフレにつながらず、むしろ成長を後押しする。

 中国を筆頭に、対米輸出で儲けてきた国々は、内需を拡大しない限り、国内経済の成長が鈍化する。トランプの米国が、経済ナショナリズムを重視し始めるとともに、米国から中国など新興市場諸国に流入していた投資資金が米国に逆流し始め、ドル高人民元安が進み、中国政府は資金流出や人民元安を止めようとやっきになっている(トランプの「中国は為替を引き下げる不正をやっている」という主張は大間違いになっているが、彼にとって主張の正誤は重要でない)。 (China: Renminbi stalls on road to being a global currency)

▼金融バブルが再崩壊して実体経済の成長を吹き飛ばしそう

 トランプの覇権放棄と経済ナショナリズムは、これまで覇権運営の裏側で軽視されてきた米国の製造業など実体経済に成長をもたらしそうだ。だが、米国の金融バブルの規模は、実体経済の何十倍もある。トランプ政権が、バブルを延命させる策に失敗し、金融危機が再発すると、実体経済の発展など簡単に吹き飛んでしまう。 (Donald Trump's unhappy fate is to oversee a financial crisis far worse than the last)

 バブルが延命されている間は金利が低く、倒産しそうな企業でも比較的低金利でジャンク債を発行できるので倒産が増えず、実体経済の景気が底上げされた状態を維持できる。バブルが崩壊すると、これが逆回しになり、金利高騰で資金調達難になって企業倒産が急増し、実体経済の悪化に拍車がかかる。トランプは、自分の政権下で金融バブルが崩壊して企業倒産が増えることを予測しているのか、財務長官になるミヌチンや、商務長官になるロスは、いずれも企業倒産のプロフェッショナルだ。 (Nominating Mnuchin for Treasury Will Dredge Up Mortgage Meltdown Controversies) (Donald Trump expected to pick billionaire investor dubbed 'King of Bankruptcy' as Commerce Secretary)

 米国では近年、自動車の販売が回復しているが、その大きな要因の一つは「サブプライム自動車ローン」だ。超低金利が続く中、ふつうなら自動車ローンを組ませてもらえない低所得者に融資が行われ、それで自動車が売れている。最近の米国の家計の負債の増加分の約半分が自動車ローンだ。住宅のサブプライムローンがバブル崩壊してリーマン倒産につながったように、いずれ自動車ローンも破綻が増えて金融バブル再崩壊の引き金を引きかねない。 (More than half of the debt increase came through auto loans)

 トランプが、リーマン危機の直後に大統領になっていたら、中央銀行群が何年もQEを続けてバブルを前代未聞な規模にまで拡大させてしまう現状の発生を防いでいたかもしれない。だが現実は、この8年間のオバマ政権下で、QEがバブルを膨張させ、中銀群は余力を使い果たし、いずれ起きる次の金融危機を救済できなくなっている。日本人の多くは、トランプよりオバマを好んでいるが、米国の国益から見ると、オバマは無意味なバブル膨張と中銀群の余力低下を看過した「悪い人」になっている。

【明日の米利上げを見すえつつ次回に続く】



③(米国民を裏切るが世界を転換するトランプ)
      田中宇 2016年11月11日
      http://tanakanews.com/161111trump.htm

 ドナルド・トランプが米大統領選挙で勝ったことで、来年1月にトランプが大統領になった後、尖閣諸島をめぐる日中対立に再び注目が集まりそうな流れが始まっている。オバマ大統領は、尖閣諸島が日米安保条約の適用対象地域に含まれるという解釈をとってきた。中国が尖閣諸島に侵攻して日本との交戦になったら、米国は日本に味方し、米軍が中国と戦うために参戦するということだ。トランプは、大統領就任後、このオバマの解釈を廃棄し、代わりに「尖閣諸島は日米安保条約の対象地域に含まれない」という新たな解釈を表明する可能性がある。 (With Trump as President, What's Next for Japan and the U.S.?)

 米国の共和党系の論文サイト「ナショナル・インテレスト」は11月9日に「トランプは就任から百日間にどんな新しい外交政策をやりそうか」という記事を出した。その中で「地球温暖化対策パリ条約にオバマが署名したのを撤回する」「オバマ政権がイランと締結した核協約を破棄する」というのに続き「尖閣諸島は日米安保条約の対象地域だと言ったオバマの姿勢を撤回する。尖閣諸島で日中が交戦した場合、米国が参戦するかどうかはその時の状況によって変わる、という姿勢へと退却する(日本を疎外しつつ米中間の緊張を緩和する)」というのが、トランプが就任後の百日間にやりそうな新外交政策の3番手に入っている。 (Donald Trump's First 100 Days: How He Could Reshape U.S. Foreign Policy)

 4番手には「中国を不正な為替操作をする国の一つとしてレッテル貼りし、それに対する報復として米国が輸入する中国製品に高関税をかけ、米中貿易戦争をおこす」というのが入っている。尖閣紛争を日米安保の枠から除外して軍事面の米中対立を減らす代わりに、貿易や経済の面で米中対立をひどくするのがトランプの政策として予測されている。 (Yuan slips as dollar recovers but wary over Trump's China intentions)

 米フォーチューン誌は11月9日に「トランプ大統領は最初の1年間に何をしそうか」という記事を載せた。「米国内での大規模なインフラ整備事業の開始」「地球温暖化対策の後退」「税制改革」などの後に、尖閣諸島問題をあげて「トランプの最初の外交試練は中国との間で起きる」と予測している。日本の安全保障に米国が全面的な責任を負う従来の体制を拒否するトランプの姿勢を見て、中国がトランプを試すため、トランプ就任後、尖閣諸島での中国側の領海侵犯がひどくなると予測し、これが「トランプの最初の外交試練」になると予測している。 (Here’s What to Expect from Donald Trump’s First Year as President)

 英ガーディアン紙は「トランプ政権下で激動しそうな10の国と地域」という感じの記事を11月10日に載せた。タリバンの要求に応じて米軍が撤退するかもしれないアフガニスタン、親ロシアなトランプの就任におののくバルト三国、NAFTA改定を心配するカナダ、トランプ勝利のあおりでルペンが来春の大統領選で勝ちそうなフランスなどに混じって、オバマ政権からもらった尖閣諸島を守る約束をトランプに反故にされかねない日本が言及されている(北の核の話と合わせ、日韓がひとくくりにされている)。 (Mapping the Trump factor: 10 countries and regions feeling the heat)

 米国の外交政策の決定権は議会にもあり、大統領だけで決められない。米議会は今回の選挙で上下院とも共和党が多数派になったが、議会では軍産複合体の影響が大きく、日韓など同盟国との関係見直しは議会の反対や抵抗を受ける。とはいえ、議会と関係なく、大統領令や、大統領による意思表明によって決まった政策もかなりある。温暖化対策やイランとの核協定は、議会の反対を無視してオバマが大統領令で固めた部分が大きい。それらは、トランプが新たな大統領令を出すことで政策を転換できる。 (Obama's Environmental Legacy Just Went Up in Smoke)

 日米安保に関しても、安保体制そのものを変えることは議会の承認が必要であり、トランプの一存で決められないが、安保条約の対象地域に尖閣諸島を含めるという決定・解釈は、オバマ大統領が議会と関係なく発したものだ。だからトランプ大統領も、議会と関係なく、尖閣諸島は日米安保条約の対象地域でないと言ったり、対象地域であるかどうか曖昧化してしまうことができる。対象地域から明確に外すと議会の反発を受けるが、曖昧化は議会の反発を受けにくいのでやりやすい。曖昧化されるだけでも、日本政府にとって非常に恐ろしいことになる。 (世界と日本を変えるトランプ)

 世界的には、トランプ政権下で変わりそうなことの中で、日米安保よりも、温暖化対策パリ条約からの離脱や、イラン核協約からの脱退の方が意味が大きいようにも見える。だが、パリ条約は批准国が55カ国を超えて事前の規定に達し、先日、条約として発効した。米国が離脱しても条約の体制は変わらない。米議会はパリ条約の批准を拒否しており、オバマは議会上院を迂回して大統領権限で条約を批准したことにしている。トランプは、このオバマの策を無効化するつもりのようだ。 (Paris Agreement to combat climate change becomes international law) (Global Warming Scam Exposed) (White House defends Obama evading Senate on Paris climate deal)

 米国が転換・離脱してもくつがえらないのは国連で決まったイラン核協約も同じだ。欧州やアジア諸国など他の世界各国は、制裁をやめてイランとの経済関係を広げており、いまさら米国がイラン制裁を再強化しても大したことでない。オバマ政権下でも、議会はイラン制裁解除を拒否し続けており、トランプはそれを追認するだけだ。温暖化もイランも、トランプがやりそうなことは、米国自身の孤立を深めるだけだ。日米安保から尖閣を外すことの方が、米国としての大きな方向転換になる。

▼石油産業や金融界と癒着しつつ覇権構造を変える歴代共和党政権

 トランプ政権になって新たに始まる外交政策の最大のものは、対ロシア関係だろう。トランプとロシア政府は、選挙期間中に連絡を取り合っていたことを認めている。前出のナショナルインテレストの記事は、トランプが大統領就任後、自分の権限でやめられる対露制裁をすべて廃止し、プーチンと会ってウクライナ問題とシリア問題を話し合うと予測している。シリア問題では、オバマ政権(ケリー国務長官)が何度もロシア側と会い、ロシアに頼んでシリアに軍事進出してもらい、中東覇権をロシアに譲渡した観がある。トランプは、この路線を継承する。オバマが目立たないようにやってきたことを、トランプは大っぴらにやる。 (Trump, Putin have really close positions in foreign policy: Kremlin) (Donald Trump's First 100 Days: How He Could Reshape U.S. Foreign Policy)

 ウクライナ問題での米露交渉は、トランプが独自に新たに始める部分だ。オバマ政権は、ウクライナ問題の解決に参加していない(露独仏で推進)。オバマ政権はむしろ、ウクライナの政権転覆を煽るなど、内戦や混乱を引き起こした「犯人」の側だ。ロシア敵視の一環として内戦を引き起こした米国が、内戦解決のためにロシアと対話し始めるのだから、トランプになるとウクライナ問題の意味が全く変わる。 (ウクライナでいずれ崩壊する米欧の正義)

 経済分野では、米国内のエネルギー産業に対する優遇がトランプ政権の一つの特徴になりそうだ。温暖化対策を拒絶することがその一つで、温室効果ガスを多く出すとして使用を規制されてきた石炭に対する規制を撤廃し、環境問題を理由に止められてきた米国内の石油ガスパイプラインの敷設も解禁しそうだ。シェールの石油ガスの採掘に対する規制も緩和される。 (The Promises of President-Elect Donald Trump, in His Own Words)

 環境保護の観点から、トランプのエネルギー政策への反対が強まるだろう。だが同時に、国内のエネルギー開発を抑制する既存の米政府の政策は、環境保護にかこつけたサウジアラビアなど産油国からの献金や政治ロビーの見返り(輸入に頼らざるを得ない状態の維持)という部分があった。クリントン大統領になっていたら「環境保護=サウジとの癒着=サウジが支援するISアルカイダを米国も支援」の構図が続いただろうが、トランプはそれを破壊する。米シェール産業とサウジ王政の、原油安とジャンク債市場が絡んだ長い戦いは、トランプの登場により、シェール側が優勢になる。 (米サウジ戦争としての原油安の長期化) (米シェール革命を潰すOPECサウジ)

 経済面でトランプがやると宣言しているもう一つの政策は、リーマン危機後に金融バブル防止のために制定された金融規制法である「ドッドフランク法」を廃棄(Dismantle)することだ。これは、選挙期間中にクリントンを支持し、トランプを嫌っていた金融界を取り込むための作戦だろう。大統領選挙の投票日、トランプが勝ちそうなのでいったん株価が暴落したが、その後、株は反騰した。ドッドフランクの廃止など、トランプも悪くないぞということらしい。 (Trump Team Promises To 'Dismantle' Dodd-Frank Bank Regulations) (Donald Trump’s Transition Team: We Will ‘Dismantle’ Dodd-Frank)

 2300ページという膨大なドッドフランク法は、議会審議の過程で金融界の強い介入を受けて骨抜きにされ、発効したもののバブル防止の効果はほとんどない。そもそも今の金融市場は、米日欧の中央銀行群が自らQEなどによって巨額資金を注入し、超法規的にバブルを膨張させており、どんな強力なバブル防止法があっても意味がない状態だ。それでも、金融危機再燃防止策の象徴だったドッドフランク法を廃止するトランプ政権は「一般市民の味方とか言っていたのに、当選したら金融界の言いなりだ。騙された」という批判を受ける。 (米国金融規制の暗雲) (QEの限界で再出するドル崩壊予測)

 トランプの経済政策は、ブッシュ親子やレーガンの共和党政権がやってきたことのごたまぜの観がある。ブッシュ親子は石油業界の出身で、米国内のエネルギー開発の徹底した自由化をやって環境団体から批判されていた。レーガンは金融自由化や劇的な減税をやり、米国の貧富格差拡大の源流となったが、トランプはこれを継承している。大幅な減税をやる一方で軍事費の増大をやる点も、トランプはレーガンを踏襲している。トランプは選挙戦で貧困層の味方をしたが、就任後の政策が金持ち層の味方になるだろう。彼は、クリントンより規模が大きい詐欺師だ。

 米国内的にはそういうことだが、世界的には、レーガンが「冷戦を終わらせた人」であるように、トランプは911以来続いている米国の軍産支配を終わらせるか、弱体化させるだろう。トランプがウクライナ問題を対露協調して解決に乗り出したら、今まで米国に睨まれていたのでロシアを敵視していたドイツやフランスは、あわてて対露協調に転換する。独仏が独自でロシアを敵視する理由など何もない。NATOは内部崩壊だ。エルドアンの高笑いが聞こえる。英国メイもニンマリだ。これだけでも、トランプがレーガンの後継者であることがわかる。 (Trump's Revolution - Now beware the counter-revolution by Justin Raimondo) (ニクソン、レーガン、そしてトランプ)

 米露協調でシリアやイラクのISアルカイダを退治しようという話になれば、米軍は増強でなく(ISカイダ支援をやめて)撤退するだけで、あとは露イラン軍やシリア政府軍がISカイダを退治してくれる。ISカイダは欧州などに行ってテロを頻発しようとするが、それはフランスのルペンなど欧州のトランプ派を政治的に強化し、難民や移民の流入を規制することで中長期的に抑止される。

 米中関係は、しばらく貿易戦争した後、何らかの米中合意が結ばれるだろう。全体として、トランプ政権下で米国の単独覇権体制が崩れ、多極型の覇権体制の構築が進むことになる。トランプが大統領になる意義はそこにある。



④世界と日本を変えるトランプ
      田中宇 2016年4月2日
      http://tanakanews.com/160402trump.htm

 3月26日、米国のニューヨークタイムスが、共和党の大統領候補ドナルド・トランプのインタビュー記事を掲載した。その中でトランプは、日本や韓国に駐留する米軍について「米国は(財政力などの点で)弱体化が進んでおり、日韓政府が駐留米軍の居住費や食費などの費用負担を大幅に増やさない限り、駐留をやめて出ていかざるを得なくなる」「日韓が(負担増を認めず米軍を撤退させる道を選ぶなら)日韓が米国の核の傘の下から出て、自前の核兵器を持つことを認めてもよい」「日米安保条約は、米国が日本を守る義務があるのに、日本が米国を守る義務がない片務性があり、不公平なので、再交渉して改定したい」という趣旨の発言をした。日本も韓国も国家戦略の基本が対米従属で、その象徴が駐留米軍だ。有力候補であるトランプの発言は、日韓両国の国家戦略を根幹からくつがえす内容だ。日韓政府は表向き平静を装っているが、トランプに対して危機感を持っている。 (In Donald Trump's Worldview, America Comes First, and Everybody Else Pays) (Trump Suggests Pulling Troops From Japan, Korea: Let Them Build Nukes)

 日韓両国とも最大の希望は、米軍の恒久駐留と永遠の対米従属であり、対米自立を意味する核武装など望んでいない。韓国の場合、北朝鮮が核兵器を廃棄し、見返りに米朝と南北が和解し、朝鮮戦争を60年ぶりに終結させて在韓米軍が撤退する6カ国協議の長期的なシナリオがある。米国は、6カ国協議の主導役を03年の開始以来、一貫して中国に押し付けており、いずれシナリオが成就するとき、韓国と北朝鮮は両方とも中国の影響圏に入る。これまで韓国を傘下に入れてきた米国が韓国に核武装を許しても、韓国の新たな(日韓併合以来約百年ぶりに戻ってくる)宗主国である中国は、韓国に核武装を許さない。だから韓国は核武装できない。 (◆北朝鮮の政権維持と核廃棄)

 日本の方は、戦後一貫して、対米従属以外の国家戦略が何もない。被爆国として、核兵器保有に対する国内の反対も強い。左翼は戦争反対=核反対で、右翼は対米従属希望=核反対だ。少数の反米右翼以外、日本の核武装を望んでいない。日本人の多くが勘違いしているが、対米従属と核武装は両立できない。日本が核武装したら、米国は出て行く。対米従属を続けられる限り、日本は核武装しない。逆に、在日米軍が完全に撤退し、日米安保条約が空文化もしくは米国に(事実上)破棄され、対米従属できなくなると、日本は核武装する可能性が高い。 (多極化への捨て駒にされる日本) (日本経済を自滅にみちびく対米従属) (日本の核武装と世界の多極化)

 トランプは「核武装容認」より先に「駐留米軍の居住費や食費などの費用負担を大幅に増やせ」つまり日本政府に「思いやり予算」の大幅増額を要求している。米国は冷戦終結の前後から、日本に思いやり予算を増額させ続けている。米国は韓国にも、駐留米軍の住宅を大増設させてきた。トランプは日韓について「自国の防衛にかかる負担を米国に背負わせる一方、同盟国であることを良いことに非関税で工業製品を米国にどんどん輸出して大儲けしてきたタダ乗りの国」と前から批判してきた。それだけを見ると「要するにトランプも、これまでの米政府と同様のたかり屋だ」「核兵器うんぬんは大騒ぎのための飾りだ」という話になる。トランプは日本にとって新たな「脅威」にならないと楽観できないこともない。 (日本の官僚支配と沖縄米軍) (日本の権力構造と在日米軍)

 だが、同じNYタイムスの記事に出た、日韓以外の世界に対するトランプの戦略表明を見ると、これまでの米政府とかなり違うことが見えてくる。最も重要な点は「NATO廃止」を主張していることだ。彼は「ロシアはソ連よりずっと規模が小さい(大した脅威でない)のに、冷戦後、米国は時代遅れのNATOを拡大し続け、巨額の予算を投入してきた」「ウクライナは米国から遠い(欧州に解決させるべき)問題なのに、ロシア敵視のNATOに拘泥する米国はウクライナに首を突っ込んでいる。馬鹿だ」「NATOを再編し(ロシアも入れた)テロ対策の国際組織に変えるべきだ」という趣旨を述べている。 (NATO延命策としてのウクライナ危機)

 トランプはサウジアラビアに対しても、日韓についてと同様のタダ乗り批判を展開し「サウジなどアラブの同盟諸国が、ISISと戦う地上軍を派兵するか、ISISと戦う米軍の費用を負担しない限り、彼らから石油を買うのをやめる」と言っている。もともとISISを育てたのは米軍(軍産複合体)だが、サウジは軍産のやらせ的なテロ戦争に便乗することで米国との同盟関係を維持してきた。韓国が、北朝鮮を挑発して敵対構造を恒久化する軍産の策略に便乗して米韓同盟を強化し、日本が、南シナ海問題で中国を挑発する軍産の策略に便乗して日米同盟を強化してきたのと同じだ。軍産によるロシア敵視を使った欧州支配の道具であるNATOの廃止と合わせ、トランプの戦略は、軍産複合体を無力化し潰そうとする策になっている。 (The Trump Challenge by Justin Raimondo) (サウジアラビア王家の内紛)

 トランプは、米国の内政問題として軍産複合体を叩くのでなく(ケネディ以来、何人もの米大統領がそれをやって失敗している)軍産にぶらさがる同盟諸国に厳しい条件を突きつけ、同盟諸国と軍産との関係を切るやり方で、軍産を無力化していこうとしている(彼は、米政界を牛耳るイスラエルに対してだけは、軍産側からの反撃を減らすため、できるだけ明確な発言を避けている)。日本では、外務省筋が「日本に関するトランプの発言は人気取りの思いつきだ」といった「解説」を流布しているが、これは(意図的に)間違っている(日本外務省が本気でそう考えているなら間抜けだ。この解説は目くらましで、外務省は対米従属を維持できなくなりそうなので困っているはずだ)。トランプは、大統領になって軍産による国際政治と米国政治に対する支配を壊す戦略を表明しているのであって、日本に対する要求はその一環だ。2月にトランプの政策顧問の一人(Sam Clovis)が説明した戦略案と、今回のNYタイムスでのトランプの発言は一致しており、政策にぶれがない。 (ニクソン、レーガン、そしてトランプ) (Trump Policies Perplex U.S. Allies in Asia Amid China's Rise)

 トランプは、米国の金融がひどいバブル状態になっていると知っており、いずれ巨大なバブルが崩壊し、米国の覇権が弱体化していくと言っている。マスコミのトランプ中傷報道にしか接していない人々は、これをトランプの誇張話と受け取るかもしれないが、私の記事をずっと読んできた人は、トランプのバブル崩壊予測が正しいことがわかるはずだ。トランプは米国の弱体化を見据えて、米国は世界中に軍事展開し続けることができなくなるとか、日韓がもっと金を出さないと米軍が駐留し続けられなくなると言っている。彼は「孤立主義」と呼ばれることを拒否して「米国第一主義」を自称し、米国の余力が減る中で、世界中に軍事駐留し続けることは米国の利益にならないと言って、日韓や中東や欧州からの撤退を呼びかけている。 (Trump questions need for NATO, outlines noninterventionist foreign policy) (◆万策尽き始めた中央銀行)

 クリントンやクルズといった他の大統領候補たちは、軍産や(その一部である)イスラエル系からの献金で選挙戦を回しているため、軍産が好む政策しか打ち出さない。トランプは自分で貯めた巨額資金を使い、ほかから借りずに選挙をやれるので、軍産などに媚びる必要がない。軍産に絡め取られているのは政治家だけでなく、外交官やマスコミ、国際政治学界などの「外交専門家」の多くも同様だ。マスコミや学界で誰に知名度や権威を与えるかは、軍産のネットワークが決める。だから軍産と対峙するトランプの政策顧問は、クリントンやクルズの顧問団に比べ、無名で権威のない人が多くなる。トランプの顧問団は無名(=無能)な人ばかりなのでろくな政策を打ち出せないと報じられているが、こうした報道(軍産系プロパガンダ)は、本質を(わざと)見ていない。 (Trump's Mixed Foreign Policy Agenda)

(軍産やイスラエル系から資金援助されている候補たちは、出資者を満足させるため、中東政策や対露政策などの軍事面の世界戦略を、好戦的に、確定的な公約として何度も表明しなければならない。だが米国民は911以来の無茶苦茶な戦争の末に、政府の好戦策にうんざりしている。トランプはそこを突き、自己資金で立候補し、米国民が好む政策を言って人気を獲得し、軍産を潰すような政策を静かに採用しつつ、イスラエルに言質を取らせない曖昧な態度をとっている) (Trump Names Israel Among Countries That Will Reimburse U.S. When He's President)

 米国が覇権衰退すると、世界の覇権構造は多極化していくが、そこで重要になるのが中国とロシアだ。トランプは、プーチン大統領を以前から評価しており、NATO廃止論と合わせて考えると、彼が大統領になったら、ロシアを敵視してきた軍産の策をやめて、対露協調、もしくはロシアによる自由な国際戦略の展開を可能にしてやる米国勢の撤退や同盟国外し(サウジを露イランの側に押しやることなど)をやりそうだと予測できる。 (◆ロシアとOPECの結託)

 対露政策がわかりやすいのと対照的に、トランプは、中国に対する政策を意図的に曖昧にしている。彼自身「戦略を敵に悟られないようにするのが良い戦略(孫子の兵法)だ」と言っている。この場合の「敵」は中国であると思われがちだが、実は逆で、軍産が敵かもしれない。トランプは、中国が南シナ海での軍事拡大を続けるなら、中国の対米輸出品に高い関税をかけて制裁すると言っている。しかし、高関税策は必ず中国からの報復や、国際機関への提訴を招き、現実的でない。中国政府は南シナ海を自国の領海であると言い続けており、米国に制裁されても軍事化を止めない。 (中国を隠然と支援する米国) (中国の台頭を誘発する包囲網)

 AIIB(アジアインフラ投資銀行)に象徴されるように、中国は経済面に限定して世界的な影響力(覇権)を強めている。軍事力では米国が中国より断然強いが、金融技能以外の経済の影響力(経済覇権)の分野では、中国が米国より強くなりつつある(米国の金融技能はQEで崩壊しかけている)。中国に対し、経済面に集中して強硬策をとるトランプの策は(意図的に)有効でない。 (経済覇権としての中国) (日本から中国に交代するアジアの盟主)

 トランプは就任当初、中国を敵視してみせるかもしれないが、経済面の中国敵視が有効でないと露呈したあと「現実策」と称する協調策に急転換する可能性がある。トランプが米国の覇権衰退と世界からの撤退傾向を見据えている以上、彼は覇権の多極化を容認しているはずで、中国とは敵対でなく協調したいはずだ。在韓米軍を撤退したいなら、6カ国協議の主導役である中国の協力が不可欠なので、その意味でもトランプは対中協調に動く必要がある。 (◆北朝鮮の政権維持と核廃棄)

 トランプが、対ロシア政策が明確なのに中国に対してあいまいなのは、ロシアに対する政策をすでにオバマ政権がシリアなどでかなり進めており、メドがついている一方、中国や日韓に対してオバマは手つかずのままなのでトランプがやる必要があるからと考えられる。オバマとトランプの世界戦略はよく似ている。以前に考察したアトランティック誌のオバマに関する記事「オバマ・ドクトリン」と、今回のトランプのNYタイムスのインタビュー記事を読み比べると、それがわかる。両者とも、米国が軍事で国際問題を解決するのはもう無理だと考え、米国に軍事的解決を求めてすり寄ってくるサウジなど同盟諸国にうんざりし、好戦策ばかり主張する外交専門家(=軍産の要員たち)を嫌っている反面、プーチンのロシアを高く評価している。 (軍産複合体と闘うオバマ)

 オバマは「オバマ・ドクトリン」の中で、国務長官だったクリントンの好戦策を何度も批判している。クリントンのせいでリビアが無茶苦茶になったと言っている。次期大統領選でオバマは、表向き自分の党のクリントンを支持しているが、これを読むと、オバマは本心でクリントンを軽蔑しており、後継者として真に期待しているのはトランプでないかと思えてくる。オバマは、世界的な米覇権の退却と多極化の流れのうち、中東とロシアの部分だけぐんぐん進めた。世界の残りの、欧州とロシアのNATOの部分、それから中国と日韓朝などアジアの部分、それから多極化後を見据えた西半球(南北米州)の再協調などについては、トランプが次期大統領になって継承して進めると考えると、スムーズなシナリオとして読み解ける。(西半球についてオバマは今回キューバを訪問し、転換の端緒だけ作った) (The Obama Doctrine) (Trump wants to leave U.S. allies in the lurch)

 オバマとトランプは、個人的に親しいわけでない。政党も違う。それなのにオバマとトランプの政策が一致し、連続できるのは「背後にいる勢力」が同じだからだろう。そうした背後の勢力を象徴するのは、米国の外交政策立案の奥の院で、戦時中から多極化を(往々にして軍産に隠れて)推進してきたロックフェラー系のCFR(外交問題評議会)だ。オバマは、上院議員になる前からCFRに評価(政治家として育成)されていた(CFRは共和党系でオバマは民主党だが、それは重要でないようだ)。かつてキッシンジャーの多極化戦略もCFRで考案された。 (ニクソン、レーガン、そしてトランプ)

 オバマやキッシンジャーとトランプの政策の類似性から考えて、トランプの政策もCFR仕込みだろう。CFRの会長であるリチャード・ハースはトランプの顧問団の一人だ。トランプは、報じられているような米政界内の一匹狼でなく、CFRという強力な後ろ盾があることになる。CFR内からトランプ非難も出ているが目くらましだろう。CFRと草の根の民意という、上と下から支持を得ているトランプは、軍産が押すクルズやクリントンより優勢だと考えられる。トランプの勝算は十分大きい。 (Trump Will Make His Peace with the War Party)

 NYタイムスのトランプのインタビュー記事を書いたのはワシントン支局長のデビッド・サンジャーだが、彼はイラク戦争の時に大量破壊兵器保有のウソを書きまくり、その後はイラン核武装の歪曲報道もさんざんやり、米国を今の覇権衰退に導いたネオコン系の一人だ。私は以前から、CFRのメンバーも多いネオコンたちが、意図的に米国を失敗させて覇権衰退に導き、多極化を実現した「隠れ多極主義者」の一員だち考えてきたが、そのネオコンのサンジャー記者が、多極化を推進するトランプのインタビュー記事を書くのは興味深い。 (Talk: David E. Sanger - SourceWatch)

 ネオコンはトランプを仇敵とみなし、クリントンやクルズを必死に応援しているが、これもお得意の「過激に応援し、応援した相手を失敗させる」策でないか。今や草の根勢力から、米国の覇権を衰退させた好戦的な悪者とみなされることが多いネオコンからの応援を受けるほど、クリントンやクルズの草の根からのイメージが悪化する。それを十分わかっていてネオコンはクリントンらを支援しているのだろう。 (Hillary Clinton's Neo-Conservative Foreign Policy) (Neocon War Hawks Want Hillary Clinton Over Donald Trump. No Surprise - They've Always Backed Her)

 7月の共和党大会で、トランプが過半数の支持を得られない場合、共和党本部の采配でトランプでなくクルズが共和党の候補に指名されるとか、その場合トランプが共和党を離脱して第3政党を作り、同じくクリントンを擁立した民主党から離脱して第4政党を結成するサンダースと合わせ、11月の大統領選挙は4候補の戦いになり、米国の2大政党制が崩壊するといった予測も出ている。しかし、CFRがトランプをこっそり支援しているなら、7月の共和党大会より前に、トランプが一部譲歩(ネオコンを新政権に入れるとか)して党内で調整がはかられ、候補者がトランプに一本化される展開もありうる。1980年の選挙で共和党がレーガンに一本化した時はそうだった(この時にネオコンは民主党から共和党に鞍替えした)。 ( Insiders to Trump: No majority, no nomination) (It's the End of the Line for GOP as We Know It) (Trump warns of riots, pulls plug on Republican presidential debate) (Trump questions need for NATO, outlines noninterventionist foreign policy)

 日本のことについて詳しく書かないうちに、長々と書いてしまった。全世界を俯瞰したうえで日本について見ると、日本をめぐる事態が国内で語られているのとかなり違うことに気づける。トランプが大統領になったら、日本に思いやり予算の大幅増額を求めるだろう。日本は財政難なので、要求の一部しか応えられない。可能性としてあるのが、日本が予算を出した分だけの米軍が駐留し、残りは日本から撤退するシナリオだ。普天間の海兵隊が辺野古に移らず、米本土とハワイとグアムに分散撤退し、辺野古の基地建設はこのまま止まり、嘉手納の空軍や横須賀の海軍は残るが、普天間は返還されて海兵隊が去るといった展開がありうる。この展開なら、沖縄県民もとりあえず満足できる。 (日本が忘れた普天間問題に取り組む米議会) (従属のための自立)

 米国外で海兵隊が恒久的に大規模駐留しているのは全世界で沖縄だけだが、海兵隊は東アジアの防衛に向いていない。輸送機の能力が上がったので、海兵隊の常駐は米本土だけで十分だ。海兵隊が沖縄にいるのは米国の世界戦略に基づくのでなく、日本政府がいてくれと米国に金を出しつつ懇願してきたからという、腐敗した理由による。軍事戦略的に見て、普天間の海兵隊は要らない。 (官僚が隠す沖縄海兵隊グアム全移転) (再浮上した沖縄米軍グアム移転)  もう一つの展開は、日米安保条約に関するものだ。日本政府は、対米従属を維持するため、米国は日本を守るが日本は米国を守らないという片務的な現行条約を守りたい。だがトランプはそれを認めない。折衷案として、全世界を対象とするのでなく、日本とその外側の海域に限って、米国と日本が対等に相互防衛する態勢に移行することが考えられる。グアム以東は米国の海域なので、グアム以西から中国の水域までの間、南北では日本からシンガポールまでの海域が、日米の相互防衛の海域になりうる。グアムには「第2列島線」、中国の領海・経済水域の東端には「第1列島線」が南北に通っている。2つの列島線の間の海域が、日本と米国が対等なかたちで防衛する海域になる。 (米中は沖縄米軍グアム移転で話がついている?)

 この2つの列島線はこれまで、米国と中国の戦略対話の中で出てきた。中国は第1列島線の西側(黄海、東シナ海、台湾、南シナ海)を自国の領海・経済水域・影響圏として確保・死守する姿勢を示す一方、米国は中国の求めにしたがって自国の影響圏の西端をいずれ第2列島線まで後退させる姿勢を見せてきた。2つの列島線の間の海域は、米中いずれの影響圏でもなく、緩衝地帯として、今ところ宙ぶらりんな状態だ。このまま中国の台頭が続くと、いずれ中国が2本の列島線の間の海域も影響圏として取ってしまうだろう。トランプが、日本に、この海域を中国でなく日本の影響圏として取らせ、この海域において米国勢が攻撃された場合、日本の自衛隊が米国勢を守る義務を負うような追加策を日米同盟に付加し、日米安保条約の片務性を解消しようとするシナリオが考えられる。 (見えてきた日本の新たな姿)

 このシナリオは、すでに昨年、オーストラリア軍の新規発注する潜水艦群の建造を日本勢が受注しようとする流れが始まったことで開始されている。2つの列島線の間の海域を、日本が豪州やフィリピンなど東南アジア諸国と組んで管理していくシナリオが見え始めている。日本の政府やマスコミなど「外交専門家」たち(=軍産。オバマやトランプの敵)が、このシナリオについて沈黙しており、シナリオに名前がついていないので、しかたなく私は勝手にその新体制を「日豪亜同盟」と呼んでいる。 (日豪は太平洋の第3極になるか)

 日本がこのシナリオに沿って動くと、日本を自立させ、世界を多極化していこうとする米国側をある程度満足させつつ、日本もしばらく対米従属を続けられるので好都合だ。国際法上は表向き、国家が領海・経済水域の外側に影響圏を持ってはならないことになっている。だが現実は、最近まで世界中が米国の影響圏だったわけだし、オバマは英仏独伊などEU諸国がリビアやシリアの内戦に不十分にしか介入しなかったといって失望感を表明している。オバマつまり米国は、地中海の反対側にある中東や北アフリカを、EUが責任を持つべき影響圏とみなしている。中東や北アフリカがEUの影響圏であるなら、西太平洋の2つの列島線の間の海域が日本の影響圏とみなされてもおかしくない。



⑤(米大統領選挙の異様さ)
      田中宇 2016年8月28日
      http://tanakanews.com/160828trump.php

 今年の米国の大統領選挙をめぐり、米国のマスコミが異様な態度をとっている。これまでの大統領選挙に際し、米マスコミ、特に日刊紙や週刊誌の業界で、何割かは民主党候補への支持を表明し、何割かは共和党候補を支持するのが通常だった。たとえば、08年の大統領選挙で、日刊紙のうち296紙がオバマへの支持を表明し、180紙がマケインへの支持を表明した。12年の選挙でも、無数の新聞がオバマとロムニーの2大候補への支持を表明した。 (Newspaper endorsements in the United States presidential election, 2008) (Newspaper endorsements in the United States presidential election, 2012)

 だが、今年の大統領選(予備選段階)では、日刊と週刊を合わせて80紙以上がクリントンを支持したのに対し、トランプへの支持を表明したのはわずか4紙しかない。支持したのは、日刊紙ニューヨークポストや、トランプの娘婿が所有する週刊誌ニューヨーク・オブザーバーといった、トランプの地元NYのタブロイド3紙などで、いわゆる大手の「高級紙」は含まれていない。今年の分は、まだ2大政党が個別に行う党内の予備選挙に際して誰を支持するかという段階のものしか出ておらず、11月の最終投票に際してどちらの候補を支持するかという話は9-10月にならないと出てこない。 (Newspaper endorsements in the United States presidential election, 2016)

 7月の共和党の予備選挙に際し、ジョン・カシッチへの支持を表明したのが約50紙、マクロ・ルビオを支持したのが約20紙あった。新聞に支持された数でみると、トランプよりも、カシッチやルビオの方が「まともな候補」だ。共和党の予備選で、両者のどちらかが勝っていたら、今年の大統領選挙も従来と同様、無数の新聞が2大候補を支持して競う「常識的」な展開になっていただろう。だが予備選で勝ったのは「泡沫候補」のはずのトランプだった。ウィキペディアによると、11月の本選挙に向けて、今のところ4紙誌がクリントン支持を表明している。トランプ支持はゼロだ。 (Newspaper endorsements in the United States presidential primaries, 2016) (Sorry, Hillary: Trump's policies are clearly better for blacks)

 予備選での状況から見て、本選挙でも、新聞雑誌の支持表明のほとんどがクリントンに向かうと予測される。米国のマスコミは、クリントンに対する支持が圧倒的に強いだけでなく、トランプに対する批判や敵視が圧倒的に強い。米国の諜報当局(NSA)不正を報じて有名になった「権威」ある記者グレン・グリーンワルドは、米国のマスコミはトランプ敵視で完全に結束していると述べている。グリーンワルドが主催するサイト( theintercept.com )には、トランプを批判する方向の特ダネ記事も出ており、トランプ支持者による思い込み発言でなく、客観的な指摘として重要だ。 (Is the Elite Media Failing to Reach Trump Voters?) (Glenn Greenwald: The U.S. Media Is Essentially 100 Percent United Against Donald Trump) (Private Prison Involved in Immigrant Detention Funds Donald Trump and His Super PAC)

 なぜ米マスコミはトランプを敵視するのか。マスコミ自身がよく語っていることは、トランプは人種差別主義者だから、偏見が強いから、ウソばかり言っているから、といった感じのことだ。トランプは、メキシコからの違法移民の流入を止めることに関して、ラティノ(ヒスパニック系)の怒りをかうようなことを言ったり、テロ対策として米国へのイスラム教徒の移民を禁止せよと言ってムスリムの怒りをかったりしている。 (A new poll showing Hillary Clinton up 10 points gives insight into why Donald Trump's campaign is faltering) (Just How Bad Is (Social) Media Bias In This Election?)

 この手の発言は、大統領選に出馬する前からのトランプの傾向で、トランプはこの手の発言を繰り返しながら、ずっとテレビ番組に出演し続けてきた。彼は、テレビ番組の制作まで手がけている。トランプの発言は、少なくとも米国のテレビの倫理規定に違反していない。テレビの討論番組での受けを狙うような、意図的な問題発言を発するトランプの姿勢は、選挙戦など政界での発言としてどぎついが、マスコミがよってたかって落選させる必要があるほど劣悪であるかどうかは疑問だ。 (Do I think Hillary Will Win? Buckle Your Seats – This Will be Worse than You Thought)

▼トランプへの濡れ衣「赤ん坊を追い出した」

 むしろ、マスコミの方が、意図的にトランプに濡れ衣をかけて悪い印象を定着させようとする報道をしている。トランプは8月2日、バージニア州で演説した。演説で中国批判を展開中に、聴衆の中で赤ちゃんが泣き出し、泣き止ませようとするがうまくいかずあわてる母親を見て、トランプが「私は赤ちゃんの泣き声が大好きだ。泣き止ませなくていいよ。そのままで大丈夫」という趣旨をおどけて言って聴衆をわかせた。数分後また赤ちゃんが泣き出し、トランプが母子にまた何か冗談を言いそうだと聴衆の目が母子に注がれ、泣き止ませるため会場を出てもいいものか母親が迷った挙句に外に出ることにすると、トランプは「さっきのは冗談。外に行って泣き止ませてもいいよ。私が本当に、赤ちゃんの泣き声の中で演説したがる人だと思ったかい?」と言って、また会場をわかせた。トランプの当日の演説の動画に加え、母親(Devan Ebert)が後日テレビに出て語ったところを総合すると、そんな展開だった。 (FULL Donald Trump & The Crying Baby At Rally) (Mom of crying baby defends Trump: I thought it was hilarious)

 母親は後日「トランプは陽気で、演説会はとても楽しかった。会場の人は皆よくしてくれた」とFOXテレビに出て語っている。しかしこの日のやりとりでトランプが「(子供を泣かしたままにしておいてほしいという私の冗談を信じないで)外に出て行ってもいいよ」(You can get that baby out of here)と母親に呼びかけたのを、いくつものマスコミが「(泣き止まないなら)外に出てくれた方がいい」と言ってトランプが母子を追い出したという話に曲解し「トランプは非人間的」「罪もない母子を演説会場から追い出す心ない奴」と報じた。 (Donald Trump Jousts With a Crying Baby at His Rally) (Trump at rally: 'Get the baby out of here')

 トランプ非難を繰り返す(非難することで実は応援する「隠れ何とか」かもしれない)英ガーディアン紙は「だからトランプはダメなんだ」といった「解説記事」まで出した。「ベビーゲート(babygate)」と呼ばれたこの件で、ひとしきりトランプが叩きまくられた後、現場にいた記者たちが後日、真相を書き始めた。母親がテレビに呼ばれて真相を語り「報道はトランプのユーモアを誤解している」と擁護した。トランプが即興で語る言葉は、その場にいる人に感銘を与えるようだが、独自のおどけやひねりがあるため、トランプ敵視のマスコミの意図的な歪曲を受けやすい。だが、マスコミがトランプを叩くほど、演説会場の現場では、これまで軽信していたマスコミのインチキに気づき、トランプを支持し始める人が増えているともいえる。 (Donald Trump's treatment of a crying baby reveals his total lack of empathy) (No, Donald Trump did not eject a baby) (Trump is right: He didn't kick a baby out of a campaign rally) (Devan Ebert, mom of baby 'kicked out' of Donald Trump rally, says joke was 'blown out of proportion')

▼トランプとクリントンの「ウソ」の違い

 ガーディアン紙などは、トランプの「ウソ」を問題にしている。演説の中で、クリントンはほとんど間違ったことを言わないが、トランプはしばしば事実と異なる「ウソ」を言う。トランプはウソつきなので大統領になる資格がない。マスコミがトランプを大統領にしたくないと考えるのは当然だ。マスコミは、ウソつきが大統領になることを防ぐという「良いこと」をしている、という論調だ。 (Guardian: “yes media is weighted against Trump” because he's “rubbish”)

 だが、マスコミがトランプの「ウソ」と称するものの多くは「ウソ」というより「数字などの記憶違い」だ。数字の言い間違いは、悪意を持った人から見ると「意図的な誇張」とみなされ「ウソつき」と呼ばれてしまう。米議会など政界は、そのような与野党間の攻撃に満ちている。クリントンは、夫のビルが93年に大統領になって以来、政策立案に関与する大統領夫人、上院議員、国務長官として20年以上、ずっと米政界の上の方で活動していた。だから彼女は、選挙戦で語られるような数字や事実関係の多くが頭に入っており、正確にすらすらと出てくる。 (Trump's Week of Errors, Exaggerations and Flat-out Falsehoods)

 対照的にトランプは、言論活動の出発点がテレビ討論のスタジオだ。テレビは一過性のメディアなので、発したものが後まで残る活字メディアや、すべての発言が意地悪な政敵の批判にさらされる政界での言論に比べ、数字などの言い間違いに関してかなり寛容だ。発言の正確さより、瞬間的に視聴者に「なるほど」と思わせる発言が重要だ。テレビ業界で発言してきたトランプが、政界で発言してきたクリントンに比べ、数字などの事実性に無頓着なのは当然だ。発言する数字が正確で、差別的と攻撃される言い回しを避ける方が「賢明」だが、トランプはむしろテレビでの気ままな発言スタイルを変えず、有権者に「なるほど」の感覚を与えることを優先し、草の根の支持を伸ばす策を取り、無頓着さをあえて放置している感じだ。それをマスコミが意地悪く「ウソつき」のレッテル貼りに使っている。

 民主党支持の映画監督マイケル・ムーアは最近、マスコミから批判され、支持率を落としてもスタイルを変えずに放置しているトランプについて「勝つ気がない」「大統領になるためでなく、選挙で有名になってテレビの出演料を引き上げるために選挙に出ている彼は、勝ったら困るので批判されることをわざと言い続けて」と言い出している。これに対し「ムーア自身も、この発言が象徴するように、気ままで無頓着、無根拠な発言を繰り返しており、トランプとそっくりだ」との混ぜ返しが出ている。 (Michael Moore: Trump Trying to Lose Because He Never Wanted to Win) (What Michael Moore and Donald Trump Have In Common)

 言い間違い、つまり軽微なウソはトランプがまさっているが、もっと政治家っぽい本格的なウソについては、クリントンの方が「健闘」している。クリントンが抱える疑惑の一つは、国務長官時代、政府の専用サーバーで送受信すべき機密文書を含んだ公的なメールを、自分の私的サーバーに転送して送受信する違法行為を行っていたという「メール問題」だ。このほかメール関連では、民主党本部(DNC)の職員のメールボックスが暴露され、クリントンを勝たせるためにサンダースの選挙運動を妨害していたことなどが発覚した。これらの問題を問われたくないため、クリントンは記者会見を全く開かず、味方してくれそうな記者にだけ個別に取材させるやり方をとっている。 (Judicial Watch in Court Monday, Seeking Release of Another 15,000 Clinton Emails) (Clinton deflects with attack on Trump as `Kremlin puppet')

 加えてクリントンは政治献金の問題でも、クリントン財団が中国やサウジアラビアなど外国勢から政治献金を受け取っていることの合法性や倫理性が問題になっている。マスコミは「クリントン財団はエイズ撲滅など慈善事業をやっているが、トランプはあくどい金儲けしかしてこなかった」と歪曲的に報じているが、実際のところ合法性が問われるのは、外国勢力から献金を受け取っているクリントンの方だ。 (Why Did the Saudi Regime and Other Gulf Tyrannies Donate Millions to the Clinton Foundation?) (Clinton is dogged by ties to charity's donors)

 最近のクリントンは、健康問題も出ている。演説や歩行の際に支えが必要な状態が指摘され、パーキンソン病だという話も出ている。クリントン陣営は、健康疑惑を「陰謀論」と一蹴し、マスコミもクリントンが望むような論調で報じているが、医療関係者の中からは「陰謀論扱いして逃げるのでなく、超党派の医師団を作ってクリントンの健康を診断し、疑いを正面から晴らすべきだ」という声が出ている。 (Top Doctor: Concerns Over Hillary's Health `Not a Conspiracy Theory')

▼軍産に頼らず人気を得るトランプへの驚愕

 米マスコミがこぞってトランプを敵視し、クリントンを支持する理由として、トランプが「人種差別主義者だから」「ウソつきだから」というのが挙げられているが、これらは正当な理由になっていない。クリントン陣営にも多くの問題があるが、米マスコミはそれを軽視する不公平さがある。マスコミがトランプを敵視し、不公平にクリントンを支持する理由は何か。私なりの答えは、すでに何度も書いている。「マスコミは、米政界で強い影響力を持つ軍産複合体の傘下にあり、軍産は自分らの言いなりになるクリントンを当選させ、言いなりにならないトランプを落としたいから」というものだ。 (トランプ台頭と軍産イスラエル瓦解)

 軍産複合体は、米国の世界戦略を牛耳っている。そのことは、米国がロシアやイラクやイランやシリアに濡れ衣をかけて戦争や軍事対立を煽ってきたことからわかる。米国は、わざわざ不必要な濡れ衣をかけて、イラクやアフガニスタンへの侵攻、イラン核問題、シリア内戦、ウクライナ危機による米露対立激化などを起こしてきた。これらの対立や戦争はすべて、米国民にとっても人類全体にとっても不必要だ。 (米大統領選と濡れ衣戦争)

 それなのに米国の政府や議会がわざわざこれらの濡れ衣戦争に足を突っ込みたがるのは、戦争によって権限や儲けが拡大する軍産複合体が、米政府や議会で大きな影響力を持っているから、という説明が説得力がある。そして、濡れ衣を人々に「事実」として信じこませることは、マスコミが歪曲報道をやって協力しないと達成できないことを考えると、マスコミが軍産の一部であるというのも納得がいく。 (Prospect of Trump win threatens to put US Asian pivot in a spin)

 今回の米大統領選挙で、クリントンはロシアを強く敵視しているし、「シリアでは(軍産が敵として涵養した勢力である)ISISより先にアサド政権を打倒する策に転換する」と明言している。いずれも軍産が強く望んでいることであり、クリントンは軍産の影響力や資金力にあやかって当選を狙う軍産の候補だとわかる。 (Paul Craig Roberts: Trump Vs. Hillary Summarized) (More than half of Clinton Foundation's major donors would be barred under new rule)

 対照的にトランプは、ロシアとの敵対を不必要なこととみなし、ロシアと協調して急いでISISを倒すべきだと言っている。彼は、ロシア敵視機関であるNATOを「時代遅れ」と言い切り、軍産の利権である在日と在韓の米軍も撤退の方向だと言っている。いずれも軍産が最も避けたいことだ。トランプの選挙は、基本的に自己資金なので、資金面でも軍産が入り込むすき間がない。トランプが米大統領になると、軍産は弱体化させられる可能性が高い。軍産が、傘下のマスコミを動員し、全力でトランプの当選を妨害し、クリントンを大統領に据えたいと考えるのは当然だ。 (Trump Calls Russia an Ally, Says Hillary Wants `Something Worse' Than Cold War) (世界と日本を変えるトランプ)

 軍産が米政界を支配した戦後の米大統領選は大体、2大政党の候補がいずれも軍産に逆らわず、マスコミは共和党支持と民主党支持にわかれ、それぞれ数十紙以上の日刊紙からの支持を受けつつ選挙を戦い、健全な民主主義が機能しているかのように見えるかたちを4年ごとに作り上げてきた。2大候補のどちらが勝っても、軍産の隠然支配はゆるがなかった。今回も、もし共和党の統一候補がカシッチやルビオになっていたら、いつもと同じ選挙状況だった。しかし、そうはならなかった。トランプが勝つと、軍産は危機に瀕する。もはや軍産には、健全な民主主義が機能しているかのようなかたちを作っている余裕などない。その結果、マスコミの多くがクリントンを支持し、トランプ支持のマスコミがほとんどないという、なりふりかまわなくなった軍産が作る、前代未聞の異様な事態が起きている。 ("They Will Rig The Game... They Can't Afford A Trump Victory") (Trump's Economic Team: Bankers and Billionaires (and All Men))

 トランプは、イラク侵攻の失敗以来の軍産の政治力の低下を見て取り、あえて軍産に忠誠を誓わず「あっかんべー」を発しながら、軍産支配のさまざまな弊害にうんざりしている米国民の支持を集める策をとっている。トランプは意図的に反軍産の策を取り、マスコミからほとんど支持されなかったのに、草の根の支持だけで、共和党の予備選に圧勝してしまった。この事態は、軍産を驚愕させているはずだ。 (Trump: `The Establishment Media Doesn't Cover What Really Matters in This Country') (7 Myths about Trump's 'Doomed' Path to the White House)

▼背景に軍産の弱体化

 とはいえこの事態は、トランプの政治力が異様に強いから起きているのでない。ブッシュやオバマや米議会が、好戦的な覇権主義をやりすぎて失敗した結果、軍産の支配力が潜在的に弱くなっており、トランプはそれに便乗して大成功している。もし今回の選挙でクリントンが勝ち、とりあえず軍産の支配が維持されても、世界はかなり多極化が進んでおり、米国の国際影響力の低下は今後も続く。軍産の低落傾向が変わらないので、2020年や2024年の大統領選挙に、トランプの手法を真似た反軍産の強力な第2第3の候補が出てきて、いずれ軍産系の候補を打ち破る。トランプは、今年の大統領選に勝っても負けても、米政界のメカニズムを不可逆的に大きく変えるだろう。 (How Trump is changing America's political map) (すたれゆく露中敵視の固定観念)

 そもそも、すでに今年の選挙で、トランプの勝算はかなり高い。トランプが、マスコミに妨害されたのに共和党の予備選で圧勝したことを忘れてはならない。米国の世論調査の多くはマスコミ系なので、クリントンに有利、トランプに不利な結果を出し続ける傾向がある。あえてクリントン不利、トランプ有利の方向に歪曲することで、クリントン支持者を頑張らせ、トランプ支持者を慢心させ、結果的にクリントンを優勢にする策もあり得るが、報道の幼稚なトランプ叩き、クリントンびいきの姿勢を見ると、そのような高等戦術はとられていない感じだ。 (Media Blackout: Trump Surges Past Clinton in Major Poll, Press Cites Older Polls) (New Zogby poll: Clinton and Trump in Statistical Tie; Trump Has Closed the Gap Among Older Millennials)

 世論調査は、実態よりクリントン有利、トランプ不利になっている可能性が高い。それでも、ロサンゼルスタイムスの世論調査などは、トランプ優勢の傾向を示し続けている。全体の歪曲傾向を取り去ると、少なくとも大接戦になる。クリントン圧勝はあり得ない。逆に、ひょっとするとトランプ圧勝はあり得る。 (Trump gains ground against Clinton, tracking poll finds) (Poll: Trump holds narrow lead over Clinton in Florida)

 おそらく、今年の米大統領選における世論調査の状況は、6月の英国のEU離脱投票の時と似てくる。英投票に関して、世論調査は、EU残留派の勝利をずっと予測していたが、最後の2週間になるとゆらぎが大きくなり、土壇場で離脱派優勢に転じる傾向になり、最終的に離脱派が勝った。米大統領選も、10月中旬以降の最後の2週間に、世論調査の傾向が、歪曲がはがれてどんな風にゆらぐかが見どころだ。 (Why Are Elites Out of Touch? They Think Anyone Who Disagrees with Them Is Crazy)



⑥(マスコミを無力化するトランプ)
      田中宇 2016年4月2日
      http://tanakanews.com/161129trump.php

 1月20日から米大統領になるドナルド・トランプは、11月8日の選挙で当選した後も、ツイッターやユーチューブで、政策の発表や、政敵への攻撃を続けている。加えてトランプは、当選以来、正式な記者会見を一度も開いていない。トランプは選挙戦で、マスコミから誹謗中傷や歪曲的な報道の扱いを受け続け、トランプが抗議しても報道や世論調査の歪曲は止まらなかった。 (Donald J. Trump @realDonaldTrump | Twitter) (Trump makes announcements only on social networks, bypassing media)

 当然ながら、トランプはマスコミを信用しなくなり、大統領になる自分の政策や主張をマスコミ報道を通じて世の中に伝えるのでなく、マスコミを迂回し、ツイッターやユーチューブで伝えている。トランプのフォロワーは1600万人以上おり、マスコミを通じなくても広報ができる。11月21日には、これまで歴代の大統領がマスコミを通じて発表していた「就任後の百日間に実施する予定の政策」を、マスコミを経由せず、ユーチューブで発表した。 (A Message from President-Erect Donald J. Trump) (Donald Trump Calls for List of Day-One Executive Actions, Outlines First 100 Days)

 この記事を書いている現時点での最新のトランプのツイートは、再開票騒ぎに関してトランプを批判(中傷)報道したCNNを標的に「CNNは大統領選挙で100%クリントンを支持していた。彼女が惨敗して途方に暮れ、血迷っている」というものだ。トランプは、間もなく大統領になるというのに、マスコミやリベラル陣営から売られた喧嘩をさかんに買い続け、ツイッターで反論や逆中傷し続けている。トランプは、大統領としての広報活動を、マスコミを迂回したままやろうとしているかのようだ。 (CNN is so embarrassed by their total support of Hillary Clinton)

(ツイッターは経営難だ。10月にグーグルなどに買収される噂が出て一時株価がやや持ち直したが、その後また株価が下がっている。トランプがツイッターを重視し続けると、潰れかけたツイッターが蘇生できるかもしれないと、冗談半分に指摘されている) (Can Trump save Twitter? Maybe)

 米大統領など、政治指導者は、自分の政策や主張、行動実績について、国民に伝える義務を負っている。大統領が政策や主張をどのような形で国民に伝えるべきかを定めているのは、義務的な法令でなく、記者クラブ的な慣行(プロトコル)でしかない。インターネットが広く普及している米国において、大統領になったトランプが、マスコミ経由でなく、ツイッターやユーチューブで広報活動することは、型破りであるが、違法でない。 (Trump Bypasses Media With Direct YouTube/Twitter Distribution As Feud With Mainstream Outlets Rages)

 トランプは当選以来、大統領就任予定者が守るべきプロトコルを破り続けている。トランプが行く先々にマスコミの記者団(番記者)が同行しているが、トランプは自分の飛行機に記者団を乗せることを拒否している。政権準備の執務室があるトランプタワーにも番記者群がはりつき、外出時は記者団に伝えることが求められているが、トランプは記者団に伝えず家族と食事に出かけ、騒動になった。かつてトルーマン大統領は、常に記者団に監視されているホワイトハウスを「白い監獄」と呼んでプロトコルを批判した。トランプは、監獄プロトコルをかなり拒否している。 (Trump Flouts Traditions Heading Into an Office Defined by Them)

 マスコミからすれば、短期的には「トランプはひどいやつだ」と報じていればいいが、長期的には、記者会見や側近からの意図的な情報リークなどを得られず、トランプ周辺にマスコミが近づけない状態が続くと、マスコミの方が情報源を絶たれて行き詰まる。批判をやめて、トランプに擦り寄る必要がある。擦り寄る時にまずマスコミが言ってくるのは「マスコミと良い関係を結んでうまく使った方が、支持率が上がるし良いですよ」ということだ。しかしトランプの場合、マスコミを含む米国の支配層(軍産複合体、エスタブリッシュメント)の支配体制を壊すために大統領になっている。トランプとマスコミは簡単に和解できない。 (米大統領選挙の異様さ)

 トランプは11月中旬、CNN、ABC、フォックス、NBCなど、米国の大手テレビ局の経営者や著名アンカーを30人ほどトランプタワーに呼び集め、非公式オフレコの懇談会をを開いた。テレビ各社は、トランプがマスコミと仲直りしたくなったと思い、喜んで集まった。だが、この会合でトランプは延々と激しいマスコミ批判を展開し、マスコミ側はトランプと仲直りすることも、新たな取材ルートの開拓もできず、叱られて嫌な思いをしただけだった。トランプは新聞のNYタイムズとの間でも、非公式オフレコ会談をいったん設定した後、NYタイムス側が会談の条件を変更してきたと言ってキャンセルし、その後さらに翻意して会談を了承することをやっている。 (Donald Trump’s media summit was a ‘f−−−ing firing squad’) (Trump cancels, then uncancels meeting with New York Times)

 トランプは、マスコミとの喧嘩を続けつつ、非公式に「会う。会わない。会っても批判するだけ」を繰り返すことで、トランプの言いなりになるマスコミを1社2社と作り、残りのマスコミをさらに冷遇して屈服・転向する社を増やそうとしている(フィリピンのドゥテルテが同じやり方で国内マスコミを屈服させている)。トランプはマスコミとの関係において、既存のプロトコルを破壊して、彼が満足できる新たなプロトコルを作ろうとしている。 (Trump "Exploded" At Media Execs During Off-The-Record Meeting: "It Was A F--king Firing Squad") (After Threatening Journalists, Filipino President-Elect Bans Them from Inauguration)

 ツイッターやユーチューブは、トランプが言いたいことを一方的に国民に伝えるだけで、トランプに答えたくないことを質問して答えさせる機能がない。マスコミの記者会見には、その機能があり、それがマスコミの「健全さ」であるとされる。だが今年の大統領選でマスコミはクリントンを支援してトランプを誹謗中傷し、不健全そのものだった。米マスコミは911以来、イラクやイラン、ロシアへの濡れ衣な非難報道、経済が改善していないのに改善したかのように報じるなど、不健全なことばかりやってきた。 (ひどくなる経済粉飾) (米大統領選と濡れ衣戦争)

 米国やその傀儡である日欧のマスコミに健全性を期待するのは無理だ。これらのマスコミは、早く潰れて消失した方がいい。マスコミの従業員たちは「俺たちがいなくなって困るのは君たちだ」と国民に向かって言うが、それは大ウソだ。マスコミの「偽ニュース」などない方が、人々がウソを軽信せずにすむ。困るのは、失業するマスコミ従業員たち自身だけだ。トランプがやっているマスコミ叩きは良いことだ。 (Donald Trump, America's first independent president)

 今回の米大統領選挙との絡みで見ると、米国で新聞を読む人の多くは、都会の比較的教育の高い人で、彼らの多くはクリントン支持だった。マスコミ自身、多くはリベラルで、クリントン支持(もしくはトランプ当選に反対)の勢力だ。共和党主流派を含め、米国の支配層はマスコミとの親和性が強く、トランプを敵視してきた。トランプとマスコミの喧嘩は、大統領選の延長線上にある。選挙に勝って最高権力者になったトランプが、往生際の悪い軍産マスコミ勢力を、成敗ないし屈服させようとするのが今の動きだ。 (Private dinners with Clinton campaign show MSM are Hillary's whores) (The Long War Of The Trump Presidency Has Only Just Begun)

▼好戦やくざメディアを雇ってマスコミに消耗戦を強いて屈服させる

 トランプの対マスコミ戦法は、トランプ自身のツイートやユーチューブ利用以外にもある。それは、トランプが主席戦略官に右派ニュースサイト「ブライトバート breitbart.com 」の経営者であるスティーブ・バノンを任命したことだ。ブライトバートは、右派の中でも反主流派(オルトライト)で、米国のイスラエル極右系の著述家アンドリュー・ブライトバート(故人)が07年に創設した。トランプは、選挙戦中からバノンをメディア戦略などの顧問として使い、バノンのブライトバートはトランプ人気に乗って読者(ユニークユーザー)が4500万人に急増し、月刊3億ページビューという大手マスコミ並みのニュースサイトになった。 (Breitbart now has 45 million users, is the mainstream media. CNN/NY Times should be called Alt-Media from now on)

 トランプの戦略は、ブライトバートという反エスタブ・反リベラルな右派ニュースサイトを、NYタイムスやCNNを筆頭とするエスタブ・リベラルなマスコミに噛みつかせ、戦わせる策だ。マスコミは、バノンを「差別主義者」「危険人物」と酷評しているが、バノンは権力を背にしており、いずれマスコミは沈黙・黙従する。エリートなマスコミは、これまで軽蔑してきたやくざなブライトバート(やその他の反主流な言論サイト)と戦わされて消耗した挙句、トランプに媚を売って屈服せざるを得なくなる。ユダヤ人の世界として見ても、左派リベラルなユダヤ人が経営する米マスコミが、好戦的で草の根の右派(極右)の入植者ユダヤ人に攻撃・侵入され、イスラエル右派のロビイ団体であるAIPACが米政界を恫喝・席巻し、議員やマスコミ経営者にお追従を言わせてきた構図と重なっている(古くは英国の、エリートなロスチャイルドvs草の根で好戦的なシオニストとの戦いに起因する)。 (世界を揺るがすイスラエル入植者) (Andrew Breitbart - Wikipedia) (イスラエルとロスチャイルドの百年戦争)

 極右の入植者はイスラエル上層部をも支配し、首相のネタニヤフがその筆頭だが、ネタニヤフは以前からトランプと親しい(ネタニヤフの最有力な支持者である米国のカジノ王シェルドン・アデルソンがトランプを強く支持した)。同時にネタニヤフは近年、プーチンのロシアに擦り寄っており、トランプ・プーチン・ネタニヤフの同盟が形成されている。オバマの時代まで、米国の上層部は左派ユダヤ人が支配し、右派ユダヤ人の侵入と戦うと同時に、冷戦的な米露対立が続いてきた。だがトランプは、この全体像を解体再編し、トランプの米政府が右派ユダヤ人、ロシアの両方と結託し、既存エリート層の(ユダヤと非ユダヤの)左派リベラルを無力化しようとしている。 (トランプ・プーチン・エルドアン枢軸) (トランプ台頭と軍産イスラエル瓦解)

 トランプは、反主流な右派のバノンを首席戦略官に任命すると同時に、それと並ぶ首席補佐官に、共和党の全国委員長という主流派の右派の地位にあるラインス・プリーバスを任命している。トランプは、選挙戦で共和党の主流派から敵視されつつ、草の根の支持を圧倒的に集め、主流派から嫌々ながら支持された経緯がある。トランプは大統領になるにあたり、連邦議会上下院の多数派を制覇した共和党の主流派を取り込むため、プリーバスを首席補佐官に任命した。だが同時に、プリーバスのライバルとなる首席戦略官に反主流派のバノンを任命し、2人がトランプの傘下で戦い続ける構図を作った。 (Trump's pick of right-wing firebrand for White House job sparks outrage)

 トランプは、これまでの会社経営でも、異なる意見の2人の部下をライバル的な2つの職位につけて戦わせ、その論争や紛争の中から出てくる色々な意見の中から、自分がこれと思うものを採用して経営に役立ててきた。紛争の存在は、外部に対する目くらましとしても機能する。トランプは同じやり方を、米政府の中枢で展開しようとしている。草の根好戦派出身のバノンは、民主党系のリベラル左派(やマスコミ)と、共和党主流右派の両方にかみつく役回りを負わされている。トランプの側近選びはちぐはぐで混乱していると指摘されているが、それは意図的、戦略的なものだ。 (Donald Trump fills two more spots in his administration)

 トランプの主要な閣僚人事でいま残っているのは国務長官だ。共和党主流派で大統領戦のライバルだったミット・ロムニーや、オバマ政権でCIA長官だった米元軍大将のデビッド・ペトラウスらの名前が出ている。以前は共和党ネオコンの元国連大使ジョン・ボルトンも取りざたされた。これらの軍産系の主流派を国務長官にすることに、草の根反主流なトランプ側近から反対論が出ている。国務省は、内部が軍産・好戦的な「外交専門家」ばかりで、国務長官が軍産主流系だと、トランプの意に反する外交を展開しかねない。 (Trump Allies Raise Doubts About Mitt Romney Leading State Department)

 だが、そうした懸念が現実化するのは「もしトランプが国務省に外交を任せた場合」だけだ。トランプは大統領当選後の2日間で32カ国の首脳たちから電話で祝辞をもらい、会話しているが、それらはすべて国務省に何の連絡もなく行われた。安倍首相との会談も、準備を仕切ったのはトランプ陣営で、国務省は全く外されていた。トランプは、国務省を無視している。選挙戦中から、トランプの外交顧問の中には主流派の著名人がいない。トランプは、いわゆる「外交専門家」を外している。大統領に就任した後も、外交を国務省に担当させずホワイトハウスが仕切り、国務省は外され続ける可能性がある。この場合、国務長官が誰であろうが「おかざり」にすぎない。共和党主流派は「国務長官をもらった」と喜んでいると、あとで失望することになる。 (Top Trump National Security Picks Accept as First Landing Team Launches) (Japan's Abe calls Trump `a leader I can trust')

 国務省は、他の諸国でいうと外務省だ。国務省や外務省抜きで外交ができるはずがない、と思う人は洗脳されている。トランプが親しくしているネタニヤフ政権のイスラエルでは、数年前から外務省が事実上、機能停止され、外務大臣も置かれずネタニヤフが兼務している。外務省内の最高位である外務次官には、極右な入植者が任命され、省内の外交官たちが外交活動をやらないよう監視している。イスラエル外務省は、米欧の外交官と結託してパレスチナ国家を創設する「2国式中東和平」の推進勢力だったので、徹底的に無力化されている。外務省がなくても、イスラエルはロシアに擦り寄り、トルコと和解し、サウジに接近し、エジプトやヨルダンを傀儡化する巧妙な外交を展開している。外務省など廃止した方が、うまい外交ができる(日本も)。トランプの米国において国務省が無力化される可能性は十分にある(安倍もトランプに続け。まずは対露和解、いずれ対中朝韓も)。 (国家と戦争、軍産イスラエル) (イスラエルのパレスチナ解体計画)

 国務省の外交専門家(=軍産)を一人ずつ改心させるより、まるごと無視して全体を事実上の失職に追い込んだ方が早い。これは、トランプがツイッターで直接発信したりブライトバート経営者を戦略官に任命したりして、外交官と並んで軍産の一部であるマスコミを迂回・消耗させて事実上の失職に追い込もうとしているのと同じ構図だ。軍産のもうひとつの部門であるCIAなど諜報界に対しては、前回の記事に書いたように、毎日の諜報ブリーフィングにトランプがほとんど出席しないというかたちで無力化している。トランプは徹底して軍産を無力化しようとしている。 (トランプ・プーチン・エルドアン枢軸)

 トランプのツイッター利用には、おちゃらけた部分もある。トランプは大統領選出馬前、テレビタレントであると同時に、テレビドラマの監督や役者もやっていた。その技能を生かし、今回は、自分の政権の閣僚選考をツイッターで逐一実況中継し「誰が入閣するか落選するかワクワクドキドキ。最終結果を決めるのは俺様トランプだぁ」的なテレビドラマ風に仕立てている。トランプは、閣僚候補の誰かに会うといちいちツイートし、彼はすばらしいとかイマイチだとか書き込む。落選者は1600万人のフォロワーに告知され屈辱を味わう。トランプは、シリアスな超大国の閣僚人事を、おふざけなエンタメにしている。とんでもないやつである。今後が楽しみだ。 (Donald Trump stars in all the drama of The Appointee) (Just met with General Petraeus--was very impressed!)