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折々の記 2017 ①
【心に浮かぶよしなしごと】
【 01 】01/04~
【 02 】01/05~
【 03 】01/06~
【 04 】01/09~
【 05 】01/13~
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【 06 】01/16~
【 07 】01/22~
【 08 】01/24~
【 01 】01/13~
【 02 】01/16~
【 03 】01/22~
【 04 】01/24~
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【 06 】01/25~
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【 10 】01/27~
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特別編集 トランプ氏の波紋 その二 【 02 】01/16~
就任前 【 02 】
No.3 「トランプ王国」を行く トピックス
(07) ついに勝てるかも… トランプ氏支持者、にじむ期待感 (11/06)
(06) ヒラリー氏は大嫌い ブルー・ドッグ、民主党への困惑 (11/05)
(05) トランプ氏の演説「希望感じた」 選挙戦に没頭する女性 (11/04)
(04) 削られる「未来」、トランプ氏のバッジをつくる元警官 (11/03)
(03) NYは「最高の街」 サンドイッチ店で働く女性の考え (11/02)
(02) 選ぶのは「より小さい悪」 米大統領選、ある女性の熟慮 (11/01)
(01) トランプ氏に重ねる「伝説のヒーロー」 寂れる鉄鋼の街 (10/31)
No.3 続「トランプ王国」を行く トピックス
http://www.asahi.com/topics/word/%E3%80%8C%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%97%E7%8E%8B%E5%9B%BD%E3%80%8D%E3%82%92%E8%A1%8C%E3%81%8F.html
掲載写真はすべて、金成隆一撮影
金成 隆一(かなり・りゅういち) プロフィール
1976年生まれ。大阪社会部などを経てニューヨーク特派員。昨年から、トランプ支持者を150人近く取材。 きちんと働けば、
明日の暮らしは今よりも良くなるという「アメリカン・ドリーム」の喪失感が、「トランプ現象」の背景にあるのではと感じながら、今
日も支持者を探し続ける。 著書に「ルポMOOC革命 無料オンライン授業の衝撃」(単著、岩波書店)、「今、地方で何が起
こっているのか」(共著、公人の友社)。
「異端児」の異名を取り、移民や女性らへの差別的な言動を繰り返すドナルド・トランプ氏(70)が、なぜ、米大統領選で勝利し、スポットライトを浴びる主役になったのか?
ニューヨークなど大都市を取材しても、トランプ氏を毛嫌いし、笑いものにする人ばかり。
しかし、共和党の予備選では、トランプ氏が圧倒的な勝利を収めた街がある。今回の大統領選の最大の謎に迫るため、そうした街に向かった。
山あいの飲み屋、ダイナー(食堂)、床屋、時には自宅にまで上がり込んで、トランプ氏支持者の思いに耳を傾けた。
そこには普段の取材では見えない、見ていない、もう一つの米国、「トランプ王国」があった。
(14) オバマ氏を100%支持、「今回はトランプ氏」の理由 (11/22)
http://digital.asahi.com/articles/ASJCJ46CZJCJUHBI01P.html
(13) 62歳で年金初受給 元鉄鋼マン「何とか生き残ったぞ」 (11/18)
http://digital.asahi.com/articles/ASJCJ5HNSJCJUHBI02X.html
(12)「夢は学費を返済すること」 米の女子大学生3人組の声 (11/08)
http://digital.asahi.com/articles/ASJBX4H2CJBXUHBI028.html
(11) 抗議集会で「トランプは正しい」 移民追放を望む男性 (11/08)
http://digital.asahi.com/articles/ASJBT251CJBTUHBI004.html
(10) 炭鉱復活「トランプがやってくれる」 貧困の街の男たち (11/08)
http://digital.asahi.com/articles/ASJB03RKVJB0UHBI009.html
(09) 床屋談義はトランプ氏絶賛 「十戒」の石碑の意味 (11/07)
http://digital.asahi.com/articles/ASJBY0RNZJBXUHBI05N.html
(08) 「彼らは英独出身者とは違う」トランプ氏を支持する女性 (11/07)
http://digital.asahi.com/articles/ASJBX057LJBWUHBI047.html
(07) ついに勝てるかも… トランプ氏支持者、にじむ期待感 (11/06)
http://digital.asahi.com/articles/ASJC545C2JC5UHBI015.html
(06) ヒラリー氏は大嫌い ブルー・ドッグ、民主党への困惑 (11/05)
http://digital.asahi.com/articles/ASJC25G1CJC2UHBI02C.html
(05) トランプ氏の演説「希望感じた」 選挙戦に没頭する女性 (11/04)
http://digital.asahi.com/articles/ASJBZ30S6JBZUHBI00Q.html
(04) 削られる「未来」、トランプ氏のバッジをつくる元警官 (11/03)
http://digital.asahi.com/articles/ASJBX1QCWJBXUHBI001.html
(03) NYは「最高の街」 サンドイッチ店で働く女性の考え (11/02)
http://digital.asahi.com/articles/ASJBW0DQKJBVUHBI034.html
(02) 選ぶのは「より小さい悪」 米大統領選、ある女性の熟慮 (11/01)
http://digital.asahi.com/articles/ASJBV7RHVJBVUHBI025.html
(01) トランプ氏に重ねる「伝説のヒーロー」 寂れる鉄鋼の街 (10/31)
http://digital.asahi.com/articles/ASJBT61C3JBTUHBI02B.html
(07) ついに勝てるかも… トランプ氏支持者、にじむ期待感 (11/06)
「ついに共和党の候補者が勝てるかもしれない」
そんな期待感が顔に出ていた。
大統領選の激戦州オハイオ。かつて鉄鋼業や製造業が栄え、労働組合が強く、民主党の本拠でもあったトランブル郡で、共和党委員長を務めるランディ・ローさんのことだ。
委員長という立場から、もちろん発言は慎重だ。「勝てる? 勝てない? みんな同じことを聞いてくるが、私は選挙予測をしませんよ。共和党候補を一生懸命に応援するだけです」
でも、期待感はどうしたって顔に出る。ちょっとした「異変」が起きていたからだ。
10月2日は快晴の日曜日。絶好のピクニック日和だが、ロー氏は選挙対策本部で仕事に追われていた=写真①。
「大統領選とはいえ、この地域でこんな運動が起きたことはなかった。まるで明日にでも投票があるみたいな熱気。電話が鳴りやまず、新しいボランティア志願者が次々と訪れる。トランプの看板やTシャツも作っても、作っても、すぐになくなってしまう」
ほとんど同じセリフを、3月25日に喫茶店で会ったときにも言っていた。ちょうどオハイオ州の共和党予備選が終わった直後だった。
ローさんは「普通の年は予備選が3月に終わると、本選の11月まで半年以上もあるのでいったん静かになる。ところが今も電話がかかってくる。なにか手伝えることはないか、トランプのヤードサインを庭に飾りたい=写真②、そんな要望ばっかりだ」。忙しいったらありゃしないという口調だが、同時にうれしそうでもあった。
それもそうだろう。同郡の共和党員が急増しているのだ。1万4400人だった共和党員は予備選後に2万9千人に倍増。その後も増え続けていて、11月3日時点では3万2300人まで増えていた。
事務所には「トランプ」看板が2メートルほど積み上がっていたが=写真③、これも「2日間でなくなる」とやはり休日出勤の会計担当デビー・ロスさん。
ローさんが舌を巻いているのは、トランプ氏の新規の「動員力」だ。おおざっぱに言ってしまえば、これまで選挙関連のイベントに顔を出したこともない人、有権者登録や投票をしたことがない人を取り込む力だ。「毎日、キャンペーンの規模が大きくなっている」と興奮を隠せない。
彼らの質問内容でだいたい推測がつく。「どうやったら投票できるのか」「どうやったらトランプを応援できるか」と聞いてくれる人は、トランプ氏の立候補でやっと政治に期待するようになった人々ではないか、とローさんは見ている。
「あります、あります。一軒一軒ドアをノックして、あなたのトランプ氏への情熱を伝えて下さい。外出の時間がなければ、自宅から電話をかけて投票を呼び掛けて下さい。事務所に待機してもらって、トランプの看板やヤードサインを訪問者に配布してくれても助かります」
もう一つ注目しているのが、従来の民主党員から共和党に移る人々だ。「毎日のように新しい仲間に出会う。彼らはGM(ゼネラルモーターズ)や製鉄所で働いていたと教えてくれる。彼らの多くは、元々は民主党の支持層だったわけです」
いわばライバル政党からの「越境組」。彼らの中には、労働組合の活動に熱心だった人も少なくない。
ローさんはこれらの体験と党員の増加データに手応えを感じている。完全な統計があるわけではないので、「越境組」の実際の規模まではわからない。それでも普段とは異なることが起きていることは間違いないという。
そもそもロー氏には、大統領選では負けた記憶しかない。ブルーカラーの街では、労働組合に支えられた民主党候補が地元の選挙を制してきた。
2008年も12年も民主党のオバマ大統領に全体の6割の票を奪われ、共和党候補の得票率は約38%にとどまった。ただ、共和党のブッシュ氏が全米では勝った00年と04年でもトランブル郡でのブッシュ氏の得票率はやはり38%に届かなかった。全米の傾向がどうであれ、この郡で共和党候補は「38%の壁」を突破できていない。
「高校時代からこのエリアで選挙に携わってきたが、大統領選で今年ほどのキャンペーンの盛り上がりを経験したことがない。具体的な数字まで予測するつもりはないが、今回は38%を大きく超えるだろう」と語る。
ローさんが期待していることが、実はもう一つある。
それが「隠れトランプ・ファン」の存在だ。ローさんは「これは底流のことで、なかなかわからない」と前置きした上で、「ときどき支持者が『私の知り合いが実はトランプを支持している。本人は公には認めませんが』と教えてくれる。このエリアには一定数の保守的な民主党員『ブルー・ドッグ』がいる。様々な発言をしてきたトランプ氏への支持は打ち出しにくい面もある。トランプの支持率は、世論調査では低めに出ていると感じます」と話した。
同郡の予備選では、有権者は投票所の受付で、民主党に入れる場合は青い用紙、共和党に入れる場合は赤い用紙を受け取る。そのため、長年の民主党支持者だった人は、周囲の視線を気にして赤い用紙を受け取りにくかった。しかし、11月の本選では、同じ投票用紙に共和党のトランプ氏と民主党のクリントン氏の名前が併記されるため、有権者は本音の1票を投じることができるという。ローさんは「予備選よりも、本選の方が本音の投票がしやすくなるはずだ」と期待している。
トランブル郡では、ボランティアの支持者たちが投票日の11月8日夜にパーティーを予定している。もちろん勝利を祝うための企画だ。(金成隆一)
(06) ヒラリー氏は大嫌い ブルー・ドッグ、民主党への困惑 (11/05)
長く民主党を支持してきたブルーカラー労働者たちがトランプ支持に流れている。
かつて栄えた鉄鋼業や製造業で廃れ、「ラストベルト(さびついた工業地帯)」と呼ばれる地域にあるオハイオ州ジラード。この街に住む元道路作業員ジョン・ミグリオッジさん(48)=写真①=も、そんな一人だ。職場の労働組合で委員長も務めた。米労働総同盟・産別会議(AFL―CIO)傘下の組合だ。
もっとも重要な仕事が冬の雪かきだ。
雪が積もると、警察から連絡が来る。午前1時、午前3時、時間は関係ない。作業員7、8人で幹線道路に向かう。手分けしてやっても、15~16時間の作業を強いられることが少なくなかった。
積雪が8センチを超えると、削岩機での作業に切り替える。こいつがやっかいだ。小さな街で予算に限りもあるため、旧式の手動削岩機で、重量は約50キロもある。吹雪で視界もさえぎられる中、路面に凍り付く雪を削り取っていく。「ガッガッガッガとやると、ホントに疲れるんです」
でも、やりがいはあった。
朝日が光り輝く中、自分たちが除雪した後の道を、パトカーや消防車が走り、労働者を乗せた車が製鉄所に向かっていく。そんな光景を仲間と眺めるのが好きだった。「オレたちの仕事がなければ、パトカーも立ち往生さ」
イタリア出身の父は、小学3年までの教育しか受けられなかったが、勤務先の製鉄所では労組委員長になった。労働者を守る活動を代々誇りにしてきた。ポーランド出身の母の父も製鉄所で働いた労働者。そんな家庭環境の中で民主党を支持するのは自然だった。
ただ、ミグリオッジさんは強調する。「私も父もブルー・ドッグの生き残りです」。ブルー・ドッグとは、保守的な民主党支持層だ。首都ワシントンには議員集団もいて、オバマ氏の医療保険制度改革法案の下院での採決では、このグループから反対が出た。そんな話を聞いたことはあったが、実際に自己紹介で「ブルー・ドッグ」を使う人に出会ったのは初めてだ。
それが今の民主党への困惑につながるという。
「オバマ大統領にもヒラリーにも『あなたに必要なことを、私はあなた以上に知っている』という姿勢を感じるんです。私はそれが大嫌いです」
「例えばですよ、オバマケア(医療保険制度改革)には6割が反対していました。それでも『これが正しい』と言って大統領が押し付けてくる。連邦政府、中央政府がそこまで個人の暮らしに介入するべきでしょうか? やり過ぎではありませんか? 『政府の方がものごとを深く知っている』という姿勢に、私は社会主義や全体主義に通じるものを感じるのです。今の民主党は急進的に左に傾きすぎている。リベラル勢力が民主党を乗っ取ってしまったんです」
街の衰退も気がかりだ。薬物汚染が広がり、16歳のめいは過剰摂取で死んだ。地元紙は連日、若者の死を伝えている。
米国が進んでいる方向は何かおかしい。そんな違和感を覚えていた時、選挙費用に多額の自己資金を投入すると豪語する実業家トランプ氏が立候補した。
「メキシコ人が薬物と犯罪を持ち込んでいる」
「自由貿易には賢い指導者が必要だ。それなのに米国の自由貿易の交渉人たちはバカで、利益団体に操られている」
女性への蔑視発言には賛成できないが、分かりやすい言葉を語る。いつも堂々と振る舞い、名門出身の政治家や指導者ら「エスタブリッシュメント(既成勢力)」を敵に回すことを楽しんでいるようにすら見える。この男ならロビイストの影響も無視できそうだ。
気付けばトランプ氏の熱心な支持者になっていた。ミグリオッジさんは「米国を再び偉大にしよう」というトランプ氏のロゴが入った帽子をかぶり直して言った。
「実業家のトランプに何ができるか、お手並み拝見したい。少なくともオバマ政権3期目になるヒラリーよりは期待できますよ」
インタビューを終えると、自宅に案内してくれた。
「こつこつ働いて、やっと家を買うことができましたよ。中古ですけどね。女房は喜んでくれています」。玄関は造花や人形できれいに飾られている=写真②。
「私が指導者に求めていることはシンプルです。まじめに働き、ルールを守って暮らし、他人に尊敬の念を持って接する。そうすれば誰もが公正な賃金(honest day wage)を得られて公正な暮らし(honest living)が実現できる社会です。ビジネス界でやってきたトランプに期待したいのです」
(05) トランプ氏の演説「希望感じた」 選挙戦に没頭する女性 (11/04)
日々の暮らしのため、子どもを育てるため、複数の仕事を掛け持ちしている人は日本にも多い。アメリカも同じだ。
米大統領選の激戦区オハイオ州。同州東部のトランブル郡で、トランプ支持者の代表を務めるデイナ・カズマークさん(38)もそんな一人だ。彼女の選挙戦への没頭ぶりは地元でも有名。トランプ支持者の間で尊敬を集めている。
4~19歳の子4人を母親の手も借りて育てている。昼間は喫茶店で、夜はバーで働く。
最初にデイナに会ったのは3月25日の金曜日。「どうしても面会したい」と電話で取材を申し込むと、「夜はバーで働いているから飲みに来たら」と前向きな返事が来た。
バーは、ジラード(Girard)という街にあった。
デイナは店内を忙しそうに駆け回っていた。20人ほどの客の注文をとり、飲み物や食事を運び、精算もして雑談にも応じている。店内は全員白人。入店すると、すぐに気付いたデイナが笑顔であいさつしてくれた=写真①。気さくで初対面なのにそのように感じさせない。
あまりに忙しそうなので、この日の取材はあきらめた。食事を済ませて帰ろうとすると、デイナが声を掛けてくれた。「日曜も街にいる? イースター(感謝祭)だから私の実家にハムを食べに来ない?」
デイナの実家は郊外の平屋だった。米国では平均的なサイズ。親族だけでなく近所の人も集まったので、部屋はいっぱい。ハムとハンバーガー、ポテトサラダをごちそうになった。デイナは4人の子どもを連れてきていた=写真②。長女には3歳の娘がいるという。デイナにとってのお孫さんだ。
たばこを吸いながら話そうというので、外に出て座った。この話からは、トランプ支持者の境遇、思いのほか、政治に興味のなかった人が選挙戦に没頭するまでの経緯もわかる。大げさかもしれないが「草の根の民主主義」の姿も見えてくるかもしれない。
◇
私はデイナです。ブルックフィールドという街で生まれ、育ちました。この街を出たことはありません。
地元のブルックフィールド高校を卒業後、母が店長をしていた食堂を手伝うため、一緒に働き始めました。80号線沿いのトラック・ショップの食堂です。大きな駐車場があるため、鉄筋などを運ぶ長距離トラックの運転手がメインのお客さん。
「Jib Jab」(ジブ・ジャブ)って知ってますか? 知ってるわけないですね、地元で人気チェーンのホットドッグ店=写真③④。
私は常連客の名前を覚え、必死に働きました。働くのが好きなんです。ジッとしているよりも、お客さんと話している方が楽しい。それに食堂で給料をもらい子育てしてきたのですから。高卒後の私の人生は、半分が子育て、半分がジブ・ジャブでした。
ところが2012年10月、私が務めていた店が閉店に追い込まれました。トラックの交通量の激減が理由です。私が働き始めた90年代から、すでに製鉄所は次々と閉鎖され、少しずつ客は減り始めていた。16年間も勤めた食堂が閉鎖され、母と同時に解雇されました。
人生の半分を過ごした場所。閉店はショックでした。でも気付けば、高校時代の友人の4割は街からいなくなっていた。みんな仕事を求めて街を去っていた。職を転々とする子も多い。私はまだラッキーだったのかもしれません。
この街で若者が明るい将来を描くことは難しい。わずかに残る製鉄所で仕事が見つかればいいけど、それ以外の働き口は、飲食店か小売店、病院しかない。私は血液が苦手なので病院はダメ。だから今も、喫茶店とバーで週末も働いている。賃金が低いから、どうしても長時間労働。ワーキング・プアってやつですね。
そろそろ弟の話をします。
弟はヘロイン中毒で2012年に死にました。過剰摂取。33歳でした。生まれは15カ月違いで、親友のように育ちました。一緒に高校に通い、それぞれのパートナーを連れて高校のプロム(ダンス)パーティーにも行った。ホントにいい思い出です(涙ぐむ)。
高卒後は製鉄所で溶接工として働き始め、私の家族の中で、誰よりもいい給料を稼いでいた。
ところが、やはり製鉄所が閉鎖になり失職しました。2008年のことです。彼が悪いんじゃない。再就職がうまくいかず、引きこもりがちになった。その頃のようです、ヘロインを手放せなくなったのは。詳しいことは、わかりません。電話の本数が減っていたので、失業で落ち込んでいるなとは気付いていたけど、まさかそこまで深刻だったとは。手遅れでした。
弟が死んだのは、食堂が閉鎖になり、母と私が失業した5日後でした。この街から仕事がなくなった影響で、弟も母も私も仕事を失い、弟は死んでしまった。その衝撃が、たった5日間に集中して起きたんです。今でも信じられません。
失業でぼうぜんとしているときに携帯が鳴ったんです。「家族に不幸があったから病院に来なさい」と。てっきり一番年配の父のことと思い込んでいたら、次の電話で弟と知らされた。今でも夜に携帯が鳴ったりサイレン音を聞いたりすると、あの晩を思い出します。
弟は、実業家ドナルド・トランプの大ファンだった。高校時代に「誰に大統領になって欲しいか」というテーマで作文の宿題があった。私は映画『プリティ・ウーマン』の主演ジュリア・ロバーツで、弟はトランプで書いて見せ合った。おもしろい作文だった。この国ではビジネスで成功した人は尊敬される。特に弟はトランプが好きだった。いつか握手したい、彼のように成功したいとも書いていました。
私はそれを覚えていたので、トランプが出馬を表明したときは驚きました。演説に聴き入った。弟が生きていたら選挙戦を必死で手伝うだろうって思った。実は陣営の正規ボランティアになる前から私は勝手に電話を始めた。「ねえ、あなた、あの演説きいた? トランプのことよ。聞きなさいよ普通の候補じゃないから」って。
彼は実業家。いろんなことをいう人がいるみたいだけど、きちんと人と資金を管理して、会社を成長させた。それって国の指導者に最も必要な才能でしょ? きちんと米国を運営し、私たちのような庶民が働ける国にしてくれる人が必要でしょ? まあ、私はもう自分のことをミドルクラスとは思っていないけど。
◇
記者はこの晩、ジラードの宿でトランプ氏の出馬演説を聞き直してみた。
「私たちの国は深刻な問題を抱え込んでいる。かつて連勝した米国が負けてばかりだ。最後に米国が勝ったのはいつだ? 中国との貿易交渉はどうなった? 日本を相手に何かで勝てたか? 東京で(アメリカ車の)シボレーを最後に見たのはいつだ? シボレーなんて東京にはないんだ。日本はいつも米国を打ち負かす」
「米国の本当の失業率は18~20%。(政府統計の)5~6%なんて信じてはいけません。仕事が得られないのは、仕事がないからですよ。中国やメキシコが我々の仕事を取っているのです。みんなが私たちの仕事を奪っているのです」
「私は、神が創造した中で、仕事を生み出す最も素晴らしい大統領になります。私は、雇用を中国やメキシコ、日本から取り戻します」
「米国の自由貿易の交渉人たちはバカで、利益団体に操られているのです」
「米国に薬物と犯罪が持ち込まれています」
デイナの心に響いたであろうフレーズがいくつも盛り込まれていた。デイナは弟だけでなく、高校時代の友人も薬物中毒で失った。とにかくデイナは、この演説に希望を感じた。この日からデイナは立ち直ったという。選挙戦の取り組みも語ってくれた。
◇
正直に言えば、政治への関心など、弟の死まではゼロでした。選挙運動が初めてなのではなくて、そもそも投票すらしたことがなかった。そんな私がトランプの応援を始めたんです。
子どもを朝バスに乗せて学校に送り出したら、コーヒーを入れて電話開始。トランブル、マホニング、コロンビアナの三つの郡が私の担当。ペンシルベニアとの州境に縦に隣り合っている3郡です。こんな具合に電話を掛けるんです。
「私の名前はデイナです。トランプ氏を応援しています。あなたの支持も期待していいですか?」と、まず聞きます。相手が「まだ決めていない」と言えば、「私に何かお手伝いできますか?」「関心のあるテーマは何ですか?」と質問する。関心テーマがあれば、トランプの立場を説明します。
しっかり話せた人は、トランプの魅力がわかったと言ってくれます。「私との会話に時間を費やしてくれて、ありがとう」とか「ボランティアであなたがこれだけの時間を割いているという事実だけで、もう十分。それだけの魅力があるのでしょう、私もトランプに投票します」とか言われると、やりがいを感じます。
1日に11時間も電話したこともある。ボランティアの活動実績は陣営のコンピューターに残るみたいで、驚いた人もいるみたい。
予備選前には、選挙事務所に詰めたり、自宅やお店で支持者集会を開いたりもしました。うれしかったのは、「ずっと民主党だったけど、どうやったら共和党に投票できる?」と質問する人に多く出会えたこと。従来の民主党支持者たちが、トランプを応援するために共和党に流れてきているんです。
予備選が終わるまで、私の携帯はずっと鳴りっぱなし。出られなくても必ずかけ直した。カナダから「応援したい」なんて電話を掛けてきた人もいて笑っちゃいました。
予備選では、私が担当した三つの郡でトランプが勝った。それがホントにうれしくて、ますます夢中になった。電話作戦のターゲットは州外にも及びます。ハワイ、メリーランド、アリゾナ、ウィスコンシン、アイオワ、ワシントンなどに電話を掛けてきました。
選挙の楽しさを学びました。これまで勉強に興味なんてなかったけど、いま授業をとろうと探し始めています。政治学っていうの? コミュニティーカレッジの講座なら、少しずつ学べそうだし。遅くとも大統領選が終わったら、始めたいです。将来は、自分も地元の選挙に出てみたいな、そんなことまで考えるようになりました。
◇
デイナはインタビューを終えると、実家の奥の部屋に案内してくれた。壁に弟の遺影が飾ってあった=写真⑤。
彼女への取材は今も続いている。ゆっくり取材できたことはほとんどない。初日は偶然イースター(今年は3月27日)と重なり、実家で取材できたが、その後はほとんど勤務時間の合間だ。午前10時から午後3時までは喫茶店で、終わるとバーに移って深夜まで働く。週末も同じような働きぶりだ。
トランプ氏が正式に大統領候補に指名された7月の共和党全国大会には、「産業政策の失政の被害地域の一人」として招かれた。貢献が認められた結果と知らされ、涙が出たという。
ステージから遠い5階席から華やかな党大会を眺めた。わずか1年前までトランプ氏を「よそ者」「異端者」として煙たがっていた共和党が、目の前でトランプ候補の誕生に沸き立っていた。
トランプ氏は受諾演説で、こう強調した。
「毎朝、私は全米で出会った、これまでなおざりにされ、無視され、見捨てられてきた人々の声を届けようと決心している。私はリストラされた工場労働者や、最悪で不公平な自由貿易で破壊された街々を訪問してきた。彼らはみな『忘れられた人々』です。必死に働いているのに、その声は誰にも聞いてもらえない人々です。私はあなたたちの声になる」
会場からトランプ・コールが湧き起こり、「USA」コールが続いた。デイナは、トランプ氏が自分たちのことを語ってくれていると感じ、仲間と抱き合って喜んだ。(金成隆一)
(04) 削られる「未来」、トランプ氏のバッジをつくる元警官 (11/03)
バーのカウンター。一つ空席を挟んで隣で大柄な男性がビールを飲んでいた。表情ひとつ変えず、ビール瓶を片手にテレビのバスケットボールの試合を見ている。
オハイオ州ヤングスタウン。キリスト教の復活祭(3月27日)を翌日に控えた土曜日の昼下がり。午後2時前だが、店内では白人7人がカウンターを囲んでいた。
「家にいると家族に邪魔者扱いされる」。日本の居酒屋でも聞きそうな言い訳をしながら男たちがビールを瓶で飲んでいる。早くもウイスキーで顔を真っ赤にしている男性もいた。
隣の男性が手提げ袋から金髪カツラを取り出し、自分の頭に載せて話し始めた=写真①。
「私は長年の民主党員でしたが、今回の予備選(3月10日実施)では共和党に越境し、トランプに投票しました。みなさんも越境しましょう!」。金髪カツラは、もちろんトランプ氏のマネだ。
元警察官のドナルド・スコウロンさん(70)。現役時代、双子でやはり警察官の弟と共に、銃を持った犯罪者が相手でも恐れない「クレージー・カウボーイ」と呼ばれていたという。確かに顔は怖いが、おちゃめな人だった。
スコウロンさんは、トランプ氏の写真をカウンターに並べて自慢を始めた。写真は、トランプ氏が近くの空港に遊説に来た時のもので、スコウロンさんは最前列で聞いたという。「CNNのインタビューに応じたのは、私なんですよ。私の意見をみんなが聞きたがるんです。何でかなあ~」と自慢話が続く。
よく見ると、写真の中のスコウロンさんの頭にも同じカツラが載っており、それにトランプ氏が親指を突き出して「グッド・サイン」を送っている。カウンターの客の一人が「この写真、すごい!」と言うと、スコウロンさんは顔をくしゃくしゃにして喜んだ。
一部始終をカウンターの中からあきれた表情で聞いていた店員の女性がついに口を開いた。「私はイヤよ。人種差別、女性蔑視、その他なんでも。トランプのような社会に分断を持ち込む大統領なんてお断りです!」。本当に不機嫌そうだ。
ウイスキーで既にろれつの回らなくなっている男性が「トランプだろ、頑固なクルーズ(共和党予備選の候補)だろ、社会主義者のサンダース(民主党予備選の候補)だろ。おかしな候補者ばかりで投票する気も起きねえや」とこぼすと、女性がしかりつけた。「普通選挙の実現のために先人が闘ってきた。その権利を行使しないなんて信じられない!」。カウンター客から拍手が起きた。
スコウロンさんは「まあまあ」と言いながら、今度は袋から大量のトランプ・バッジを取り出し、「トランプを次期大統領に」と言いながら客に配り始めた。
バッジは4種類あり、トランプ氏の顔写真や、キャッチフレーズ「米国を再び偉大にしよう」がデザインされている。民主党のサンダース氏を支持するという男性も「子どもにあげよう」とバッジを喜んで受け取っていた。
すべてスコウロンさんの手作りバッジ。これまでに2千個を作って周囲に無料で配ってきたという。
「今日もバッジを作るから、おまえも一緒にやるか?」
楽しそうなのでお邪魔することにした。酒を飲んでいない私がハンドルを握り、助手席にほろ酔いのスコウロンさんを乗せて自宅に向かった。さっきまで気持ちよさそうに飲んでいたくせに、「昨夜も飲んだからホントは今日は飲みたくなかったんだ」とブツブツ言っている。
車内でトランプ氏を支持する理由を聞いた。スコウロンさんはとてもいい話をしてくれた。
「この谷(街)からすっかり仕事がなくなってしまった。製鉄所が元気だったときは、周辺のサービス業も含めて、みんな潤った。経済が回っていたんだ。ところが街のエンジンが停止すると、すべてがダメになった。この州のケーシック知事は均衡財政を実現するためといって、いろんな公共サービスを切り始めた。ついには学校教育にも影響が出ている。音楽や美術の授業が削減されている。この国はついに未来にまで手を付け始めた。学校教育は未来への投資だ。トランプはそんなことは言わない。彼は米国に雇用を取り戻すと約束した。成功した実業家だから、やれると思う。これまで職業政治家ではうまくいかなかったんだから、次は実業家にやらせてみよう」と期待を語った。
実はスコウロンさんも高卒後、警察官になるまで製鉄所で働いていた。この地域で多くの人が言うことだが、当時、高卒直後の未経験者でも仕事を見つけ、一人前の給料がもらえた。
スコウロンさんは「この辺りでは、みんな人生のどこかで製鉄所で働いた。本当にやりたいことが見つかるまでのつなぎだったり、大学に通いながらだったり、いろいろだけどね」と教えてくれた。
2階建ての一軒家に到着した。芝生の庭はテニスコートが5面ほどはつくれそうな広さだ。車庫の横がバッジ工房になっていた。トランプ氏のポスターがはってあり、トランプ氏の顔写真が印刷された用紙が積まれている。スコウロンさんは、手動式の製造機を卓上に置き、ガチャンガチャンと慣れた手つきでバッジを作り始めた=写真②。
車庫には「クロス・オーバー(越境して)トランプに投票を」と大きく書かれた手製プラカードが5枚あった。古くからの民主党員に、共和党のトランプ氏への投票を呼び掛けるための選挙道具で、予備選の前に路上でPR活動したという=写真③。
てっきりトランプ陣営に頼まれてやっているのだと思ったら、完全なボランティアで、自分のアイデアで活動内容を決めたという。バッジの制作費は、アイデアをおもしろがってくれた地元の資産家に全額を寄付してもらったという。
日本ではなかなかお目にかかれないタイプの選挙ボランティアだと思う。トランプ氏の大統領就任を信じ、自分のアイデアで選挙戦を応援するスコウロンさん。その楽しみ方を見ていて、少しだけ、うらやましくなった。(金成隆一)
(03) NYは「最高の街」 サンドイッチ店で働く女性の考え (11/02)
いつもの飲み屋で記者もカウンター席につく。
すると目の前にウイスキーのショット3杯が並んだ。見覚えのあるカウンターの男性客たちがニヤリ。前回も一緒に飲んだ面々だった。彼らからのおごりだ。この街では、よそ者はなかなか自分で払わせてもらえない。
隣に座っていた大柄の男性が「スロッピー・ジョー(Sloppy Joe)好きか?」と話しかけてきた。牛ひき肉をトマトソースなどで味付けしてバンズ(パン)ではさむ米国の家庭料理だ。この男性の奥さんが作ってくれたらしく、食べろ、食べろという。
ウイスキーは、ブラック・ベルベット(Black Velvet)。どこでも同じだが、出された酒をおいしそうに飲み干すと、周囲は大喜びしてくれる。酔いが回る。
常連客のビクター・ヘルナンデスさん(49)は満足そうに「さあ、今日はどのトランプ支持者の話を聞きたい? 本日のオススメはミスター・ジノ・ジオッポだ」と言った。
野球帽をかぶった大柄なジノ・ジオッポさん(32)は満面の笑みであいさつしてくれた。丸太のような腕の太さだ。
ジオッポさんは立ち上がって「別室でやろう」。どうやら本気でしゃべってくれそうだ。
◇
「この8カ月間で142社に応募したというのに仕事が見つからない。必死に探しているのに。このままじゃ、この街を出るしかないと思っているんだ。現金がなくなってきたから、家も売り払ったんだ」
さっきまで陽気だったジオッポさんが真剣に話し始めた。今年1月28日に9年間勤めた天然ガス採掘会社を「自主」退職した。運用管理者だったが、原油価格の下落に連動し、年収の半減を一方的に通告された。
オハイオ州東部やペンシルベニア州などにまたがり、全米最大のシェール層ともいわれる「マーセラス・シェール」で働き、業績を伸ばしてきただけに納得できず、選択解雇の道を選んだ。解雇手当(severance package)は「わずか2万ドル(200万円)だった」と悔しがる。
ヤングスタウンで民主党員の両親の元に育てられ、ケント州立大を2007年に卒業。そのまま天然ガス採掘会社に就職した。地元では誰もがうらやむ人生が暗転したのは、国際的なエネルギー価格の低迷だった。なすすべがなかった。
家族も含め、民主党の候補以外に投票したことはなかった。このエリアの人がよく使うフレーズだが、ジオッポさんも「民主党員として生まれ育った(I was born and raised as democrat.)」と自己紹介した。
しかし、今回は初めて共和党のトランプ氏に投票すると決めたという。
「オバマの民主党外交は弱腰なんだ。共和党政権だったら、こんな原油価格の暴落を許すわけがない。ブッシュ政権ではこんな事態にはなったことはなかったはずだ。OPEC(石油輸出国機構)が米国経済を意図的に破壊したんだ。トランプならヤツらの破壊行為を止めてくれるはずだ」
ジオッポさんはエネルギー産業が盛況だった当時を懐かしそうに振り返った。日当は最高で700ドル(7万円)に達した。ベテラン技術者には日給1500ドル(15万円)という先輩もいた。この業界でやっていこうと心に決めていた。
「労働者にカネが入れば、街が潤う。一泊79ドル(7900円)のホテルが改装して300ドル(3万円)になった。夜の街ではストリッパーも稼ぎまくっていた。みんな笑顔だったのに」
トイレに席を立ったジオッポさんが言った。
「でも、オレはビル・クリントン(元大統領)は好きだぞ。アーカンソー州の貧困家庭からはい出てきた男だ。オレは好きだ。ヒラリーに言っておいてくれ、『ビルを副大統領にするなら、支持してやる』ってな」
トイレから戻ってきたジオッポさんが、ガールフレンドのミシェル・ローリーさん(27)を紹介してくれた。彼女もトランプ支持者という。「彼女の話も聞いてやってくれや」
◇
ローリーさんの実家は、ヤングスタウンで約40年続くサンドイッチ屋だ。彼女も高卒後ずっと店で働いてきた。
彼女の話は、「学歴社会」の批判だった。
「祖父がサンドイッチ店を成功させたの。でも実は、彼はケント州立大学を追い出されたのよ。成功に学歴なんて関係ないのよね。人生っておもしろいって思い、大学に進むのはやめた。祖父は『大学費用は出す』と言ってくれていたけど断った。スモール・ビジネス(自営業)の一家に育ったから、実業家のトランプに引かれているのだと思うわ」
ところが飲みながら話していると、今の暮らしぶりへの迷いを語り始めた。
「毎朝、お店に行くでしょ。ドアを開けて、サラダを作るの。ゴミ出しもする。あれもこれもする。でもね、何かにイライラするのよね。ビジネスは成功? そうね、でも何も達成していない気もする。私がやっているのって、クソみたいな肉体労働なんじゃないのって(Am I actually doing fucking labor work?)」
「父は15歳から働いている。私よりもずっと早い、毎朝6時に店に出て、フレンチフライを揚げる。いま59歳。ずっと朝起き、毎日毎日よ。勤労者なの。でも、そんなこと誰も知らないんじゃない? わがままな人ばかりだから、この国は。大統領もそんなこと興味ないでしょ? 私の1票にどんな意味があるのかも、実はよくわからないの」
ローリーさんは一気にしゃべった。そして続けた。
「店では大学生も雇っているけど、時給8ドル以上は払えない。それだけの価値がないのね。怠け者で、ゴミの出し方から教えないといけない。でも、そんな彼らが卒業証書を手にすると、途端に価値が上がるって本当? ウソでしょ、冗談でしょ」
「米国って結局はだまし合っているんじゃないのって思う。ジオッポの話を聞いたでしょ? 彼もあのケント州立大を卒業しているのに、いまの稼ぎはゼロ。大学なんて若者に借金させてカネ稼ぎしているだけじゃないの? いまの私には何が正しいのかわからないのよね」
ローリーさんは私が差し出した「ニューヨーク支局員」との名刺をみて言った。
「私、世界で一番ニューヨークが大好き。毎年1回はバスで行く。片道40ドル(4千円)ぐらいでいけるのよ。タイムズスクエアのブロードウェー。歩いて行ったり来たりするの。別に買い物するわけでもなく、ただ歩くの。高層ビルを見上げるでしょ、ネオンが明るいじゃない。人の数もすごい。どの街角にもパン屋さんとコーヒー店。あの街で私は生きているって実感するのよ。全身よ。恍惚(こうこつ)とさせる(mind-blowing)街よ。大都会にいると自分が小さく感じるけど、同時に将来は大きく見える。わかる? 小さな自分に達成するべきことがたくさんあると思えるの。そう、希望があるのよ」
「でも、私にはニューヨークで暮らすチャンスがなく、この『ひどく汚い場所』で暮らし(I live in this shithole)、家族のために一生を捧げているのよ」
酔っているためなのか、言葉遣いが激しくなっている。すると、髪の毛をかきあげて笑顔を見せた。
「実は大親友がニューヨークで暮らし始めたばかりなの。野球場でスポーツチームの物販の仕事に見つけ、ブルックリンで家賃700ドル(7万円)でルームシェアしているって。それってニューヨークでは手頃でしょ? 私は『最高じゃない!』って言ったわ」
「彼女が遊びに来いって誘ってくれたの。もし私にも仕事が見つかるなら、胸をドキドキさせて、ここを出て行くわ。ニューヨークは私にとって最高の街なのよ(New York IS my fucking city.)」
ここまで話して彼女は立ち上がり、バーに戻っていった。
取材メモを整理してから遅れてバーに戻ると、2人は肩を寄せ合ってビールを飲んでいた。私も、ブラック・ベルベットに手を伸ばした。
(02) 選ぶのは「より小さい悪」 米大統領選、ある女性の熟慮 (11/01)
バーのドアを開けると、いつものように室内の隅のポップコーン製造機から甘いにおいが漂ってきた。
土曜日の午後1時。カウンターを10人ほどの客が囲んで、アメリカンフットボールの試合を観戦していた。
オハイオ州ヤングスタウン。鉄鋼業や製造業などの主要産業がすっかり廃れ、ラストベルト(さび付いた工業地帯)と呼ばれるエリアだ。
バーの近くをマホニング川が流れる。かつて川沿いには製鉄所が立ち並び、通りは出勤する労働者で混雑し、警察官が3交代制で交通整理に当たるほどにぎわっていた。1950年代、この街の鉄の生産量は同規模の街では世界最大で、マイホームの保有率も全米屈指。豊かな労働者が暮らす街の代名詞のような存在だった。
しかし、そんな面影はもうない。
工場や民家の廃虚が目立ち、取材していると「この街は危険だから、十分に気をつけて。カメラはカバンにしまった方がいい」と若者から助言された=写真①。
バーで待ち合わせたビクター・ヘルナンデスさん(49)は、すっかりできあがっていて、ふらふらと立ち上がった。
「またニューヨークから運転して来たのか? クレージーだな。ここもクレージーなヤツばかりだ。カウンターにはトランプ支持者がいっぱいだ。でもな、今日はトランプに怒っている女性もいるぞ~」
周囲がどっと笑う。プエルトリコ系のヘルナンデスさん以外は、全員が白人客だ。
カウンターの一角で、3人の女性がビールを飲んでいた。
少し前に第1回討論会(9月26日)が全米に生中継され、トランプ氏が1996年のミス・ユニバースで優勝したベネズエラ出身のアリシア・マチャドを「ミス子豚」と呼んだり、中南米出身というだけで「ミス家政婦」と呼んでいたりしたことが暴露された。
女性陣はビールを片手に「トランプ最悪」と毒づく。ピンクのシャツの女性は立ち上がり、自分の腰元を両手でなでながら、「誰だって容姿のどこかが気になるわよ。だからなんなのよ」。男性陣から歓声が上がる。「魅力的だよ、キャロル」と励ましの声が飛んだ。
◇
このバーでは普段は誰も政治の話をしないそうだが、この日は「解禁」してくれた。
男性陣は圧倒的にトランプ支持で、わいわい騒いでいる。
ウイスキーグラスを手に顔を真っ赤にした男性が「オレは国の将来をトランプに掛ける。イチかバチかだ。あんな『政治的に正しくない』ような本音を、むきだしに言う候補は見たことがない」と言った後、「まあ、第3次世界大戦になるのも怖いけど、そのリスクもとる」と軽口をたたいた。
これを聞いた女性が「私はノーよ! 街の子どもたちを戦場に送り込んで欲しいの?!」と立ち上がって猛反撃。男性陣はとたんに静まり返り、「さすがに第3次大戦は言い過ぎだよ」「あんまりリンダを怒らせるな」と赤ら顔の男性をたしなめた。
この猛反撃をした女性はリンダ・ヴェシーさん(54)=写真②。すっかり今回の大統領選に頭を抱え込んでいた。
「トランプは最悪。メキシコ人をバカにし、黒人を差別する。人を味方か敵かに二分して、後はずっとケンカ。プロレスの生中継が続いているわけ、昨年からずっと。それで移民国家アメリカの大統領が務まるわけがないでしょ。私、トランプが本当に怖いのよ」
「でもね、ヒラリーも好きになれない。自分のために大統領になりたいんでしょ? 政界に30年もいて、いまごろ平然と『ミドルクラスのための政治』なんて言わないでよ。今まで何をやっていたのよ。ホントに『二つの悪のマシな方』(Lesser of two evils)を選ぶ選挙だわ」
そう嘆いた後、ヴェシーさんは携帯を取り出した。「ねえ、これ見てよ」
のぞき込むとオバマ大統領の家族写真だった。彼女はグラスを傾けながら「クラス、クラス(Class.Class all the way)」とつぶやく。
最初、「クラス」の意味がわからなかったが、次のフレーズでわかった。
「彼は演説が上品で(well spoken)、穏やかな振る舞い(calm demeanor)。ミシェルもとってもかっこいい(very classy)。子ども2人はよく教育されていて。もし彼らが白人だったら、誰も彼らを侮蔑しない、全米あこがれの一家よ。ごめんね。また人種問題の話になっているけど、この国はまだ人種差別的なのよ。オバマがやったことを、もし白人の大統領がやったら、今ごろ国中で『良い大統領だ』となっていたわ」
そして周囲の男性たちに聞かせるように声を大きくして続けた。
「オバマにどんな文句があるの? そりゃ、すべてのチェンジは無理だったわよ。でも彼が就任したとき、この国はどん底だった。みんな覚えてる? オバマが失業率を下げ、多くの人に医療保険のチャンスを与えたのよ。それに大統領は万能じゃないわ。議会があるのよ? わかってるのかしら?」
ヴェシーさんは熟慮の末、クリントン氏という「より小さい悪」を選ぶことに決めた。「反トランプ」「トランプ当選の阻止」の思いが勝っただけだという。
CNNの最新の世論調査によると、今回の大統領選では、相手候補への反発が動機となる投票が目立っている。クリントン氏の支持者の間で、トランプ氏への反発からクリントン氏に投票すると答えた人が30%いた。逆に、クリントン氏への反発からトランプ氏に投票すると答えた人も39%いた。積極的な「支持」ではなく、「不支持」を表明するための投票なのだ。
今回はそんな選挙である。(金成隆一)
(01) トランプ氏に重ねる「伝説のヒーロー」 寂れる鉄鋼の街 (10/31)
♪父は溶鉱炉で働いた 炉を地獄よりも熱く保つ仕事
父はオハイオで職に就いた
第2次世界大戦から帰還後のこと
今では鉄くずとがれきが残るだけ
ここの工場で作った戦車と爆弾で戦争に勝った
朝鮮やベトナムに息子たちを送り出した
今になって思う 一体何のために死んだのかと
◇
米国の労働者階級に育ち、反戦や貧困、人種差別など社会の底流に流れる問題をテーマに歌い続ける「ボス」ことブルース・スプリングスティーン=写真①=が作った「ヤングスタウン」の抜粋だ。
この米北東部オハイオ州にあるヤングスタウンという町は、歌詞にもあるように、かつては鉄鋼業が栄えたが、今は衰退してしまい、失業率が高く、若者の人口流出も激しい。まさに、「ラストベルト」(さび付いた工業地帯)の典型的な町だ。
そして、共和党候補のトランプ氏の人気が高い地域でもある。
ニューヨークから車でヤングスタウンに入り、街の東の外れにある「シティー・リミッツ・レストラン(City Limits Restautant)」という食堂に入った。
◇
「ジム・トラフィカント(James Traficant)って聞いたことあるか? 2年前に事故死してしまったが、ここのトランプ人気を知りたければ、彼を調べるとおもしろいよ。とにかく、2人はそっくりなんだ」
地元マホニング郡で22年間、保安官代理を勤めたデイビッド・エイさん(52)は、オムレツをほおばりながら、こう教えてくれた。トランプ氏の熱心な支持者だ=写真②。
エイさんは続けた。
「トラフィカントはヤングスタウン(第17選挙区)選出の下院議員で、今のトランプと同じことを主張していた。彼は首都ワシントンで暮らしていた時、普通の政治家が立派な家に暮らすのに、なんとポトマック川に係留した木製の小型ボートで暮らしていたんだぞ。まあ、トランプにそれはできないだろうけどな」
隣の席に座っていた住宅管理人ビクター・ヘルナンデスさん(49)と家具職人カート・エンスリーさん(53)も、さっきまで雑談していたのに、トラフィカント氏の話になると黙って聞いている。
「彼の伝説が始まったのは、製鉄所の相次ぐ閉鎖で失業者が急増していた1980年代。家賃を払えなくなった労働者に対し、裁判所は自宅からの強制退去命令を出した。しかし、保安官だったトラフィカントは『労働者は悪くない』と宣言して執行命令を無視し、刑務所に送られたんだ。労働者の味方だった」
気付けば、オムレツを食べ終えていたエイさんが涙目になっている。ヘルナンデスさんもエンスリーさんも妙にしんみりして、「彼は真のヒーローだったんだ」とつぶやいた。
地元紙などによると、トラフィカント氏=写真③=は、ヤングスタウンのトラック運転手の末っ子。高校時代とピッツバーグ大学では、アメリカンフットボールのクオーターバックとして活躍した。
保安官として強制退去の執行命令に背いた際は、3日間刑務所に送られた。また、川の木製ボートを売った後は、議会の事務所で寝泊まりしていたという。
84年、連邦下院議員選に民主党から立候補して初当選。首都ワシントンに行っても「反エスタブリッシュメント(既成勢力)」の姿勢を貫いたことで厚い支持を固め、連続8回再選を果たした。
◇
食堂で別れてから数日後、エイさんからテキストメッセージが届いた。トラフィカント氏の演説に関する動画だった。
「国境が開いたままで、どうやって国の安全を守るんですか? 国境を越えるのは、仕事を求める無実のメキシコ人ばかりと思いますか? 銃の密輸業者、テロリスト、薬物の密輸業者のことを考えてみて下さい」
トランプ氏の演説とそっくりだ。トランプ氏の場合、「レイピスト(強姦(ごうかん)者)」とまで呼んだが。
さらにトラフィカント氏は続ける。
「海外派遣中の軍隊1万人を帰還させ、国境を守るために配置しましょう。そんな提案をしたら、私は人種差別主義者(racist)とか偏見を持つ人(bigot)とか批判されたんです」
トランプ氏の「国境沿いの壁」とは異なるが、国境警備の強化という趣旨はまったく同じ。批判される時の言葉まで同じだ。演説もうまい。
「私の話を聞いていて、皆さん思ったでしょ、米国には国境警備隊がいるって。そうじゃないんです。国境の2マイル(約3キロ)ごとに1人しかいないんですよ。ご近所で2マイル先を想像してみてください。その間に1人だけですよ。米国には国境警備なんてないんです。彼らがダメだって言っているんじゃなくて、人数が足りていないって言っているんです」
もちろん雇用も得意テーマだった。
「もはや絶滅危惧種ですよ、雇用は。一つの職に100人が応募するんですから」「ウィスコンシン州のハーレーダビッドソン社が組合に言いました。『妥協が成立しないと、ウィスコンシン州を出て行く』と。税制とか規制が企業の重荷になっている。米国の労働者は今や、自国の国内政策の犠牲者なんですよ」
具体的な社名を挙げる点も、トランプ氏とそっくりだ。トランプ氏が演説で多用したのは、メキシコ移転を発表していた空調機器メーカー「キャリアー」だった。
自由貿易を徹底的に批判するのも同じだ。
トラフィカント氏が中でも標的にしたのが、同じ民主党のビル・クリントン大統領が署名し、94年に発効した北米自由貿易協定(NAFTA)だ。トランプ氏はいまNAFTAの「再交渉か離脱」を掲げている。
トラフィカント氏が当時「大統領だろうが、民主党だろうが、共和党だろうが関係ない。これ以上、人々の力を弱める法案には反対だ」と下院で訴えた演説は、いまも地元の語り草になっている。
◇
トラフィカント氏の晩年は不遇だったようだ。2002年に収賄で有罪判決を受け、議会を追放された。ワシントン・ポスト紙によると、南北戦争以来で議会を追放されたのは2人目。09年に釈放されたが、14年9月にトラクターで転倒事故を起こし、ヤングスタウン市内の病院で死去した。73歳だった。
トランプ氏が大統領選への立候補を表明したのは、トラフィカント氏の死から9カ月後だった。
労働組合で委員長も務めた元道路作業員のジョン・ミグリオッジさん(48)=写真④=は、やはり勤務先の製鉄所で労組委員長だった父がトラフィカント氏の熱烈な支持者だったこともあり、トラフィカント氏の初当選の時から選挙を手伝った。子どもの名前も一回で覚えるトラフィカント氏を「魅力的な人だ」と心底おもった。
ミグリオッジさんは今回の大統領選でトランプ氏の支持に回っている。
「トラフィカントは批判を恐れず、労働者の本音をありのまま口にした。批判なんて全然気にしない。顔のツラが厚いところもそっくり。でも民主党の方針に背き続けたので、最後は収監されてしまった。トランプが共和党主流派から足を引っ張られているのと、まったく同じなんです」
トラフィカント氏は地元を代表するローカル・ヒーローだった。一方、今回の大統領選で、トランプ氏の躍進ぶりは全米に広まっている。その理由について、トラフィカント氏が80年代から繰り返していたという警告が、まるで予言していたかのようで興味深い。
「今の(庶民切り捨ての)貿易政策などを続ければ、いまヤングスタウンで起きていることが、やがて全米各地で起きるだろう」(金成隆一)